日頃、ヤフコメに対して悪態ばかり吐いていますが、最近、膝を打つような書き込みが2件ありました。まるでゴミだめに咲いている花を見つけたような気持でした。

ひとつは、講談社の女性雑誌『ViVi』と自民党のコラボのニュースに対してのコメントです。

戦前の翼賛体制下において、戦意高揚のプロパガンダに大衆雑誌が使われた歴史は、大塚英志や早川タダノリ氏の仕事によってあきらかにされていますが、権力者にとって、サブカルチャーが大衆を動員するのに恰好の”装置”であるのは言うまでもないでしょう。今回の『ViVi』のコラボと、安倍首相と吉本芸人たちとの“共演”は地続きでつながっているのです。

いずれにしても、ファッション誌そのものがこういうことをやらないと存続できない時代になっているということです。近年の凋落ぶりを見れば、何が起こっても不思議ではありません。特に『ViVi』や『JJ』『CanCam』といった、かつて大学生をターゲットとしていた雑誌は読者を失い迷走しています。インスタグラムなどのSNSにその座を奪われたファッション誌の存在意義が問われているということでしょう。


Yahoo!ニュース(ハフポスト日本版)
「ViVi」が自民党とコラボした理由は? 講談社が説明「政治的な背景や意図はまったくない」

これは、甲南女子大学教授の米澤泉氏の「オーサーコメント」です。要するに、貧すれば鈍するということなのでしょう。

講談社(大日本雄辯會講談社)は、文藝春秋社と並んで、戦前の天皇制ファシズムに随伴した代表的な戦犯出版社で、今回のように、もともと権力と密通する体質(DNA)を持っている会社なのです。言うなれば、地が出たということなのかもしれません。

もっとも、外野から見れば、末期症状の悪あがきのようにしか見えません。いづれ『ViVi』が書店の棚から姿を消すのは必至のような気がします。

もうひとつは、今夏、別府市にインターコンチネンタルホテルが開業するというニュースに対する次のようなコメントです。

別府温泉に進出は結構なことだが、集客はこの場所では難しく温泉街からは遠く周りに何も無い所、この地域の宿泊金額は低価格で2食付きがメインで外資系のスタイルでは集客むずかいいだろう、九州方面を甘く見てる、趣味でオーナー様は出店したと思われる。当分赤字続きで日本の旅館オーナーたちを敵に回して潰れると予想されます。日本の温泉地は外資系にとって甘くないです。


Yahoo!ニュース(Impress Watch)
IHG、「ANAインターコンチネンタル別府リゾート&スパ」を説明。マッサリーニ総支配人「別府に身を委ねて」

地元の人間によるコメントだと思いますが、先日も別府に帰って地元の人間たちと会った際、この話題が出ました。中には、観光業に携わる人間や公的な立場にある人間もいましたが、みんな、総じてこのコメントと同じような見解を述べていました。

ホテルができるのは、高校生のとき、耐久遠足で行った山の上です。今は高速道路が走っているので、昔より便利になりましたが、それでも温泉街の情緒とは無縁な場所です。欧米の富裕層をターゲットにしているそうですが、前に紹介した別府市の観光動態調査を見てもわかるとおり、欧米の観光客は、国別で見ると1%にも満たないのです。

外国人観光客の55%は韓国の観光客です。しかも、その多くは格安航空で来る若い観光客なのです。たしかに、外国人観光客は平成29年度を見ても、前年比33%増と増加していますが、大半は韓国をはじめとするアジアからの観光客です。欧米からの観光客は、ほとんど誤差の範囲のような数にすぎません。しかも、北米はやや増えているものの、ヨーロッパからの観光客はこのインバウンドブームの中でも逆に減少しているのです。

さらに、別府の観光業者に衝撃が走ったという一人当たりの観光客消費額は、日帰り客で日本人が5166円、外国人が3371円。宿泊客は(宿泊料も含めて)日本人が24446円、外国人が13852円です。インターコンチネンタルホテルは、顧客を首都圏から大分までANAで運んで、専用車で空港に迎えに行き、ホテルに滞在させるという構想を描いているようですが、構想を実現させるには、このような「安い国ニッポン」の現実を凌駕する途方もないアイデアと勇気と努力が必要でしょう。

たしかに、別府の老舗ホテルは、改修資金にも事欠き、老朽化して無残な姿をさらしているところが多いのは事実です。そのため、宿泊料金も老舗ホテルほど低価格化が著しいのです。そして、その間隙をぬって、韓国や中国の資本、あるいはアパや大江戸温泉物語などが買収攻勢をかけ、(看板はそのままですが)既に至るところに進出しています。また、別府の代表的なホテルでもある杉乃井ホテルは2008年オリックスに、城島高原ホテルは1984年後楽園に、それぞれ営業権が譲渡されています。風俗も然りで、ソープランド事情に詳しい人間の話では、大半は福岡や関西など県外の業者が経営しているそうです。しかも、半分近くはフロント企業だという話さえあります。

地元の人間には、「国際観光温泉文化都市」の幻想なんてとっくにないのです(と言うか、最初からなかった)。別府や湯布院の観光の基を築いたと言われる油屋熊八翁もそうですが、もともと別府はよそから来た人間や資本によって開発された観光地であり、県外資本が進出しては撤退して行くのもめずらしい話ではないのです。地元の人間たちが、インターコンチネンタルホテルの壮大な構想を冷めた目で見るのも、ゆえなきことではないのです。


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2019.06.13 Thu l 社会・メディア l top ▲
今日、夜のニュースを観ていたら、元KAT-TUNの田口淳之介被告が、保釈された警察署の前で、地面に頭をこすり付けて土下座している場面が目に飛び込んできて、思わず目が点になりました。能町みね子ではないですが、見てはいけないものを見たという感じでした。

もう20年以上前ですが、六本木にあったマリファナショップに大麻草がデザインされた海外のステッカーや缶ケースなどを卸していたことがあります。と言っても、その店はマリファナを売っているわけではなく、マリファナに関連する吸引具やグッズなどを売っている、言うなれば法の網をかいくぐった”合法的”な(正確に言えば、”脱法的”な)店でした。もちろん、当時も芸能人などを対象にしたみせしめの摘発はあったものの、今よりは大麻に対しておおらかな空気がありました。レゲエが流行っていましたので、マリファナの葉がプリントされたTシャツなどが当たり前のように売られていたし、ドレッドヘアの若者たちも、当たり前のようにそれを着ていました。

私は、その店に吸引具を卸してる同業の人間から店を紹介されたのですが、彼は、大田区の水道管を造っている町工場に頼んで、オリジナルの吸引具を制作したと言ってました。たしかに、よく見ると水道の蛇口に似たような形をしていました。

記事によれば、田口被告は「金輪際、大麻などの違法薬物、そして、犯罪に手を染めないをここに誓います。(略)しっかりと更正し、罪を償い、1日でも早くみなさまのご信頼を取り戻すべく、必死に生きて参ります」と謝罪したそうですが、なんだか大仰な気がしてなりません。私は、どうしても「たかがマリファナで」という気持は拭えないのです。

先日も、参院議員会館の近くで、大麻草が自生しているのが見つかったというニュースがありましたが、安倍昭恵夫人を持ち出すまでもなく、日本では古代から神事に麻が使われていたのは事実ですし、医療用大麻の合法化を主張する意見も多くあります。

厚労省やメディアが言う「習慣性」や「精神作用」についても、煙草や酒ほどの「習慣性」や「精神作用」はないという意見もあります。実際に、承知のとおり、海外ではマリファナが解禁されている国も多いのです。

大麻が覚せい剤などとひとくくりにされて、麻薬=危険のイメージが流布されているのはたしかでしょう。その背景にあるのは、昨今の犯罪に対して厳罰化を求める社会の風潮です。震災以後、国家が前面にせり出してきたのに伴ない(東浩紀はそれを手放しで礼賛したのですが)、冷静な議論は隅に追いやられ、問答無用の厳罰化の声ばかりが大きくなっているのです。

田口被告の土下座も、そんな世間に恭順の意を示すためと見えなくもありません。わざとらしいという声もありますが、だとしたらまだしも”救い”があります。それくらい、土下座は異様な光景と言うほかありません。

水は常に低い方に流れるの喩えどおり、相変わらずネットは痴呆的な”説教コメント”のオンパレードですが、その中で、私は、下記のツイートに「いいね」をあげたくなりました。


余談ですが、メディアでは、大麻使用は小嶺麗奈被告が主導し、田口被告は小嶺被告に引きずり込まれた「犠牲者」であるかのような報道が多いのですが、それも「ふしだらな女」と同じで、「犯罪の陰に悪女あり」という定番の印象操作のように思えてなりません。田口被告をかばうような供述をしている小嶺被告は、むしろ「けなげな女」に見えますが、メディアはどうしても小嶺被告を「悪女」にしたいようです。「悪女」こそ世間が求めるイメージなのです。メディアの印象操作は、文字通り反吐が出るような「俗情との結託」(大西巨人)と言うべきでしょう。


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2019.06.07 Fri l 芸能・スポーツ l top ▲
今更の感はありますが、田中龍作ジャーナルが、消費税増税に関する立憲・国民民主の姿勢について、次のような辛辣な記事をアップしていました。

田中龍作ジャーナル
立憲と国民民主が「消費税減税」を言えない理由 カギは庶民の生き血啜る連合

 野党第一党の立憲と第二党の国民民主が、経団連の手先となって我々庶民の生き血を啜っていることが、白日の下にさらけ出された。


 立憲と国民民主に投票することは、有権者が自分で自分の首を絞めるに等しい。


このブログでも何度も書いていますが、立憲民主党や国民民主党と自民党にどれほどの違いがあるのか、私にはわかりません。それどころか、旧民主党(民進党)の彼らは、ただ自民党を勝たせるためだけに存在しているようにしか思えません。それほどまでにあの(悪夢のような)民主党政権は、トラウマになっているのです。

国民民主党の玉木雄一郎代表は、先日の夕刊フジの「単独インタビュー」で、次のように語っていました。

「われわれは『中道保守』を目指している。内政では、自由主義や自己責任よりも格差是正に重点を置きつつ、外交・安全保障では現実路線を採用する。例えば、安保法制廃止とセットで、領域警備法案やPKO(国連平和維持活動)法改正案を提出した。これは南西諸島に他国の武装集団が上陸したとき、警察や海上保安庁だけでは対処できないからだ」


zakzak(夕刊フジ)
国民民主党・玉木雄一郎代表インタビュー! 「『中道保守』政党を目指す」「小沢氏は『政権交代実現担当』として不可欠」

これを読むと、国民民主党が安保法制に反対した理由がわからなくなってきます。別に、反対する必要はなかったんじゃないかと思えてきます。一事が万事この調子なのです。「中道」というのは便利なことばで、「保守」と言ったら自民党と同じになってしまうので、「中道」ということばをくっつけて違いを見せているだけなのかもしれません。

先日も都内の地下鉄の駅前で、立憲民主党の幟を立てた参院選の候補予定者が演説をしていました。彼は、消費税増税に際して、この国が貯め込んでいる2千兆円のお金(国民の金融資産と企業の内部留保)を低所得者対策に使うべきだと主張していました。私は、増税の代わりに2千兆円のお金を当てればいいという話なのかと思いましたが、そうではなく、あくまで増税が前提の話なのでした。同じ増税派でも、私たちには”救済策”がありますと言いたいのかもしれませんが、なんだか子供だましのような話で、苦しい言い逃れとしか思えません。それで支持を得ようと本気で思っているのなら、おめでたいと言うしかないでしょう。

憲法改正においても、彼らと自民党にそんなに違いはないのです。立憲民主党も、憲法改正は安倍政権下では認めないと言っているだけで、山尾志桜里議員の発言を見てもわかるとおり、改正自体には反対していないのです。要するに、立憲民主党や国民民主党は、たまたま野党の立場に置かれているので、野党のふりをしているだけなのです。

もちろん、そこには、記事にあるように、スポンサーである連合の意向がはたらいているのは言うまでもありません。連合は、旧総評と旧同盟が合体したナショナルセンターですが、指導部は旧同盟系の活動家たちによって掌握されています。日本会議の”加入戦術”ではないですが、連合には旧同盟(旧民社党)の右派労働運動のエートスが受け継がれ、今回の消費税増税要請に見られるように、労使協調の翼賛運動に換骨奪胎されたのです。それが、連合誕生の際、労働戦線の「右翼的再編」と言われたゆえんです。

一方で、田中龍作ジャーナルは、「だから期待できるのは共産党だけ」と言いたげですが、本当の野党は我が党だけという共産党のプロパガンダもまた、とっくに失効した“古い政治”にすぎません。そういった幻想に寄りかかっている限り、田中龍作ジャーナルは”古い政治”の狂言回しの役割から脱することはできないでしょう。

選挙に行かないやつはバカだ。選挙に行かないのは、自公政権に白紙委任するようなものだ。そんなおなじみの声がありますが、むしろ選挙は茶番ではないのかと思います。私たちの前にあるのは、シャンタル・ムフが言う「中道での合意」によって招来された「ポスト政治的状況」です。選挙は、そのコップのなかの選択にすぎないのです。どこかの誰かが言っていたように、カレーライスが好きか、ライスカレーが好きか、どっちかを選べと言われているようなものです。その欺瞞性を問わずに、「民主主義の危機」なんてお題目(常套句)をいくら唱えても、なにも変わらないでしょう。

小沢一郎氏は、「このままでは野党は全滅だ」と言ってましたが、全滅すればいいのだと思います。もうそこからやり直すしかないのではないか。


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2019.06.05 Wed l 社会・メディア l top ▲
トランプ相撲


これは、ネットで拾った画像です。三人(実際は頭にメガネを乗せている左端の男性を入れて四人)のなかのひとりは、ブログで、トランプ大統領と遭遇したのは偶然だったと書いていました。しかし、テレビ中継では、相撲観戦を終えて帰る際、安倍総理がわざわざトランプ大統領を呼び止め、三人に引き合わせたように見えました。

三人は、誰もが知っている親安倍の右派文化人です。自他ともに認める「愛国」者です。しかし、この日の三人は、まるでアイドルに握手を求めるファンのようでした。真ん中の女性に至っては、感極まったような顔をしています。

私は、この画像を見て、『永続敗戦論』の次の文章を思い浮かべたのでした。

(略)第二次安倍内閣において内閣官房参与に任命された元外務事務次官の竹内正太郎に至っては、米日の関係を「騎士と馬」に擬えている。ここまで来ると、彼らの姿はSF小説『家畜人ヤプー』のなかの「ヤプー=日本人」そのものである。


SM雑誌の『奇譚クラブ』に連載された『家畜人ヤプー』は、右翼の反発を受け、出版元へのテロまでひき起こしたのですが、そんななかで、三島由紀夫はこの小説を高く評価したのでした。

トランプに握手を求める三人の表情も、「アメリカを背中に乗せて走る馬になりたい」と考えている倒錯者のそれのようです。彼らには、アメリカなしの日本なんて考えられないのでしょう。

これがこの国の「愛国」者の姿なのです。そこには、見事なまでに「愛国」と「売国」が逆さまになった「戦後の背理」が映し出されているのでした。彼らが依拠するのは、“対米従属「愛国」主義”とも言うべき歪んだ従属思想にすぎないのです。三島由紀夫は、愛国心ということばは(わざとらしくて)嫌いだと言ったのですが、その気持がわかる気がします。

きっこは、今回の”接待外交”について、次のようにツイートしていました。



きっこが言うように、ドナルド・トランプのふるまいは、まるで宗主国の大統領のようでした。トランプ来日で私たちの目に映ったのは、アメリカに対して、哀しいまでに卑屈になって媚びへつらうこの国の姿でした。そして、そこには、犠牲を強いた国民を見捨て、戦争に負けた責任に頬被りして、いち早く”昨日の敵”にすり寄っていった戦争指導者たちの姿が二重写しになっているのです。しかも、トランプの太鼓持ちを演じた宰相は、その戦争指導者の孫なのです。これは決して偶然ではないでしょう。


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『宰相A』
2019.05.28 Tue l 社会・メディア l top ▲
2019年5月山下公園


性懲りもない話ですが、再び、三度、四度、五度、六度、七度、ダイエットをはじめました。

健康診断でLDLコレストロールの数値が高いと指摘を受けたので、後日、かかりつけの病院で検査を受けたら、血管年齢が80歳だと診断されたのでした。それで、コレストロールを下げる薬を飲みはじめることになったのですが、以後、病院に行くたびに、ドクターから「今、体重はどのくらいですか?」「運動していますか?」「食事は気を付けていますか?」と訊かれるようになり、否応なくダイエットせざるを得なくなったのでした。

もっとも、自分でも怠惰な生活をしているのはよくわかっていましたので、このままではヤバいなと思っていました。

運動に関しては、比較的よくしている方だと思います。と言っても、歩いているだけですが、毎日1万歩歩くように心がけています。問題は食べる方です。もともと大食漢でしたので、今でもついつい食べ過ぎてしまうきらいがあるのです。

それで、主食をおにぎりにしました。しかも、一食に付きおにぎり1個と決めました。すると、どうでしょう、瞬く間に5~6キロ体重が減ったのでした。

過去に何度も糖質制限ダイエットを経験していますので、これも想定内でした。リバウンドをくり返しても、逆にそれが、その気になればいつでも体重は減らせるという、妙な“自信”につながっていました。目標は10キロ減なので、既に半分をクリアしたことになります。私も、目標の達成には自信を持っていました。

ところが、そこからピタリを止まってしまったのです。それどころか、少しでも食べ過ぎると、瞬く間に増えてしまうのでした。これではおちおち外食もできません。

しかも、ダイエットの“壁”は、以前より数値が高くなっているのでした。以前は、今より5キロ減くらいの数値(今回の目標体重)に“壁”がありました。

先日、友人宅でダイエットの話をしていたら、友人の奥さんが「年を取ると、ダイエットしても若いときのように体重が減らないのよ」と言ってましたが、その現実を突き付けられた感じです。

もちろん、若い頃に比べて食欲もかなり落ちています。食べ過ぎるとすぐ胃がもたれるようになりました。それでも体重は落ちないのです。

食欲が落ちたにもかかわらず、さらに炭水化物の摂取を制限しなければならない。魯迅ではないですが、水に落ちた犬をさらに打つようなことをしなければならないのです。それでも大きな“壁”が前に立ちはだかり、にっちもさっちもいかなくなったのでした。

薄着の季節になり、体形が気になるのは男でも同じです。スーパーのエスカレーターに乗った際、横のカガミに映った自分の姿に愕然とするのは、いくつになっても同じなのです。

でも、年齢とともに高くなるこの“壁”を前にすると、ダイエットも若者のものなのかと思ったりして、気持も萎えてくるのでした。
2019.05.25 Sat l 健康・ダイエット l top ▲
津原泰水氏の『ヒッキーヒッキーシェイク』文庫化をめぐるトラブルで、津原氏の単行本の実売数を公表し物議を醸した見城徹氏が、各方面からの批判に耐えかねてとうとうTwitterの終了を宣言しました。本人のことばを借りれば「身から出た錆」とは言え、実にみっともない終幕を演じることになったと言えるでしょう。

同時に、AbemaTVの冠番組『徹の部屋』も、同番組のなかで終了すると宣言したそうです。どうしてAbemaTVに冠番組をもっているのか不思議に思いましたが、どうやら見城氏がテレビ朝日の放送番組審議会の委員長を務めていることが関係しているようです。言うまでもなく、AbemaTVはサイバーエージェントとテレビ朝日が共同で出資したネットテレビで、見城氏とサイバーエージェントの藤田晋社長も親しい関係にあります。なんのことはない、わかりすぎるくらいわかりやすいメディアの私物化なのでした。

『徹の部屋』には、今まで安倍総理や百田尚樹氏や有本香氏、それに見城氏と親しい秋元康や坂本龍一や村上龍や藤原紀香や郷ひろみなどが出演したそうです(坂本龍一にも今回の問題をどう思うか聞いてみたい気がする)。また、以前は出演拒否していたテレビ朝日の「報道ステーション」に安倍総理が出演するなど、最近のテレビ朝日と官邸の”蜜月ぶり”が話題になっていますが、テレビ朝日と官邸をつないだのも見城氏だと言われています。

見城氏は、慶応在学中はブント(共産主義者同盟)系の活動家として赤軍派にシンパシーを抱いていたという話があります。過去には、幻冬舎には場違いとも思える重信房子の本が出ていますが、それも見城氏の個人的な“負い目”が関係しているのかもしれません。

そのあたりの話は、下記のBLOGOSの記事でも触れられていました。

BLOGOS
ITビジネスに積極的だった見城徹氏のSNS終了宣言

今回の“騒動”について、私は、フリーライターの佐久間裕美子氏の「みんなウェルカム@幻冬舎plusをおやすみすることにしました」というブログと、花村萬月氏のTwitter上の発言に考えさせるものがありました。しかし、花村萬月氏は、既にTwitterのアカウントを削除しています(追記:後日確認したら、また復活していました)。

佐久間裕美子 明日は明日の風が吹く
みんなウェルカム@幻冬舎plusをおやすみすることにしました

佐久間裕美子氏は、上記のブログのなかで、つぎのように書いていました。

(略)先週、見城徹社長が、Twitter上で、幻冬舎からの出版が中止になった津原泰水さんの過去の作品の部数を「晒し」たということを知り、これまで感じたことのない恐怖感を感じました。出版社しか知りえない情報が、作家を攻撃し、恥をかかせるための武器として使われたのです。

自分が書いた文章を世の中に発表するーーそんな恐ろしい行為をありったけの勇気を振り絞ってやれるのは、後ろで背中を押さえていてくれる編集者がいるからです。そして、どうやら自分は、今まで出版社への信頼というものを、編集者との関係に置いてきたようでした。今回の件で、恐怖感を感じたのは、自分が置いてきた信頼というものが、書き手対出版社という関係性においてまったく脆いことがわかったから。そして、批判の声を上げた書き手が、出版社に守られるどころか、攻撃の対象になりうることがあると知ったときに、「みんなウェルカム」を幻冬舎プラスで続けていくことはできない、と思ったのでした。


まさに見城氏は「編集者失格」と言わねばならないでしょう。見城氏のふるまいは、まるで独裁国家の国営出版社の社長のようです。佐久間氏が感じたのも、それに連なる「恐怖感」だったのでしょう。

一方、花村萬月氏は、百田尚樹氏らが執拗に(!)攻撃する津原泰水氏の「粘着質な性格」について書いていました。仮にそうだとしても、個人的には付き合いたくないタイプだけど、しつこくて細かい性格は小説を書く上ではプラスになると書いていました。

津原氏の作品を読むと、小説家というのは、妄想狂で文才のある人のことだというのがよくわかるのでした。優れた小説は、往々にして世間的な常識とは対極にあるものです。世間様が眉をひそめるような“非常識”のなかに、ものごとの(人間存在の)真実が隠されているかもしれないのです。

たとえば、山本一郎氏が書いているように(めずらしくマトモなことを書いている)、「五色の舟」を読めば、津原氏が百田氏など足元にも及ばない才能の持ち主であることがわかるはずです。「五色の舟」は、夢野久作や小栗虫太郎を彷彿とするようなフリークな世界を描いた傑作で、私は、久しぶりに「蠱惑的」ということばを思い浮かべたのでした。

どんな人間かなんて関係ないのです。作品がすべてなのです。もしかしたら性格破綻者や犯罪者が書いた小説が100年後も読み継がれるような名作になるかもしれないのです。だからこそ編集者は常にフリーハンドでなければならないのです。もとより編集者には、そんな名作を発掘する使命と誇りもあるはずです。

しかし、こんなことを見城氏に言っても、所詮は馬の耳に念仏でしょう。見城氏もまた、歌を忘れたカナリアになり晩節を汚したと言えるのかも知れません。いや、権力や権威に接近することで勘違いしてみずから墓穴を掘った、と言った方が適切かもしれません。今の見城氏には、BLOGOSの記事にある「滑稽」ということばがいちばんふさわしいように思います。編集者としても、経営者としても、ただの頓馬と言うしかありません。
2019.05.21 Tue l 本・文芸 l top ▲
津原泰水氏の文庫本出版の中止をめぐって、幻冬舎社長・見城徹氏の次のようなツイートが物議を醸しています(現在は謝罪の上削除)。

津原泰水さんの幻冬舎での1冊目。僕は出版をちゅうちょしましたが担当者の熱い想いに負けてOKを出しました。初版5000部、実売1000部も行きませんでした。2冊目が今回の本で僕や営業局の反対を押し切ってまたもや担当者が頑張りました。実売1800でしたが、担当者の心意気に賭けて文庫化も決断しました。


このもの言いからは、作家や作品に対するリスペクトなど微塵も伺えません。まして、実売数を晒すなど編集者としてあり得ない話です。何様のつもりかと言いたくなります。「クズ編集者」(ビジネスジャーナル)「編集者失格」(久田将義氏)という批判は当然でしょう。

津原泰水氏によれば、『ヒッキーヒッキーシェイク』の文庫化は、「ゲラが出て、カバー画は9割がた上がり、解説も依頼して」いたにもかかわらず中止になったのだそうです。そして、担当編集者から、「『日本国紀』販売のモチベーションを下げている者の著作に営業部は協力できない」と一方的に「通達」されたのだとか。どうやら幻冬舎から出ている『日本国紀』を批判したことがお気に召さなかったようです。

一方、トラブルが表面化したことで、幻冬舎に対して、多くの作家や読者から批判が寄せられています。そして、朝日や毎日が記事にするまでになっています。

津田大介氏は次のようにツイートしていました。


ホントかなと思います。「多くの作家や読者」と書きましたが、実際は「一部の作家や読者」が正しいのではないか。「多くの」作家は沈黙を守る、と言ったら聞こえはいいですが、要するに見て見ぬふりをするだけでしょう。それは、新潮や文春のときも同じでした。

幻冬舎のイメージが悪くなったのは事実でしょうが、だからと言って、読者の不買や作家の執筆拒否・版権引き上げにまで事態が拡大するかと言えば、それはとても”叶わぬ夢”のように思います。

見城徹社長は、角川書店にいた頃から、五木寛之氏のエッセイに登場するなどやり手の編集者として有名でした。幻冬舎という社名も、たしか五木氏が命名したような記憶があります(今、ウキペディアで確認したら、やはり、五木氏が命名したと書いていました)。

一方で、「幇間」「爺殺し」というレッテルも常に付いてまわっていました。最近では、安倍総理や石原慎太郎氏の腰巾着として知られています。五木氏に取り入ったのも同じなのでしょう。

五木寛之氏は、作家としてデビューした際、質(純文学)より量のエンタテインメント(中間小説でも大衆文学でもなく通俗小説)の世界で勝負したいと”宣言”して、芸術至上主義的な純文学の世界にうんざりしていた読者から拍手喝采を浴びたのですが、今になればそれが両刃の剣であったことがよくわかるのでした。86歳になった五木氏にこんなことを求めるには酷かもしれませんが、かつての五木ファンのひとりとして、この問題に対する五木氏の見解を聞きたいものです。”製造者責任”もあるのではないでしょうか。

また、津原氏と見城氏のバトルに参戦した花村萬月氏が、「ボクは小説は最後しか読まない」という若かりし頃の見城氏の「放言」を暴露したことも波紋を広げています。「それは文字通り、小説のラストだけ目を通して、すべてを決めるということで、雑念が入らぬぶん、当たりを出せるということ──らしい」と。

このツイートに対して、見城氏はなんと訴訟をチラつかせて反論したのでした(のちにやはり謝罪して撤回)。こういった対応ひとつ見ても、「編集者失格」と言われても仕方ないでしょう。

今回の問題について、花村萬月氏は次のようにツイートしていました。


まったくその通りで、作家にとって作品がすべてなのです。優れた作品なら、どんな人間であるかなんて関係なく無条件に評価されるべきなのです。もちろん、優れた作品かどうかということと、売れたかどうかということは別問題です。見城社長や編集とネットワークビジネスを混同したあのエキセントリックな社員は、出版社としての自社の看板にみずから泥を塗ったと言えるでしょう。


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渡部直己氏のセクハラ問題
五木寛之の思い出
2019.05.19 Sun l 本・文芸 l top ▲
最近の小室圭さんに関する“文春砲”には目に余るものがあります。ネタが枯渇したので、無理してネタにしている感さえあります。反論できないことをいいことに、書きたい放題なのです。

文春オンライン
小室圭さん同級生が初めて語る「父親の死と“おじさん”の登場が彼を変えた」

秋篠宮家の長女・眞子さま(27)との結婚問題が国民的な議論となっている小室圭氏(27)。もし結婚が成立した場合、小室氏は悠仁さまの義兄となり、将来は“天皇の兄”という特別な立場になる。これが令和皇室における重要問題であることは論を俟たない。


フジサンケイグループのFNNニュースや夕刊フジも、女性宮家が創設されたら、小室圭さんには「殿下」の称号が与えられ、年間4500万円の血税(皇族費)が支給されるというような話を流していましたが、まったく悪意ある記事としか言いようがありません。

発端となった小室圭さんのお母さんと元婚約者の400万円だかの”金銭トラブル”も然りです。先日のワイドショーでも、「小室さん側の弁護士は相手の弁護士と接触して、どうして解決しようとしないんですかね?」とコメンテーターたちが首をひねっていましたが(たかが400万円のはした金なのにと言わんばかりに)、彼らはなんにもわかってないんだなと思いました。

相手の元婚約者の「代理人」は、弁護士ではなくフリーライターで、弁護士には依頼してないのです。弁護士に相談したら、返還を求めるのは法的には無理だと言われたという話さえあります(素人考えでもそうでしょう)。接触を避けている(拒んでいる)と言われており、どうやら接触しようにも接触できないのが真相のようです。

デヴィ夫人が言うように、”金銭トラブル”は小室圭さんと眞子さんの婚約が発表されてから表沙汰になったのですが、別に係争案件ではないので、当人たちが口外しない限り公になることはなかったはずです。つまり、”小室バッシング”の発端になった借金問題は、元婚約者がみずからメディアに流して発覚した(わざと表沙汰にした)のです。タイミングから見ても、多分に嫌がらせの側面もあるように思えてなりません。昔から老いらくの恋を七つ下がりの雨などと言いますが、お母さんに対する未練がこういった行為に向かわせているのではないかと勘繰りたくなります。

そもそも元婚約者がどういう人物なのか、不思議なことに一切メディアには出て来ないのです。直撃取材どころか、周辺取材すらないのです。「代理人」のメディア対策が功を奏しているのか、ただ元婚約者の言い分を一方的に伝え、立場上反論できないことをいいことに、小室親子がとんでもなく腹黒い人物のように言い立てるのでした。

また、Yahoo!ニュースも、代替わりに伴い、眞子さんが秋篠宮ご夫妻から引き継いで「みどりの祭典」に出席したなどという、どうでもいいような記事をヤフトピに掲載していました。すると、案の定、「もし本当に小室さんと結婚するのなら持参金辞退は当然と思う」「男を見る目がない」「眞子さんには公務などして欲しくないです。見るのも嫌です」「今の状況で、よく人の前に出て来れるなと思います」「みどりの式典の関係者はこの人が来てくれて喜んだの?」などと“不敬な”書き込みが殺到したのでした。

バズることを狙ったYahoo!ニュースにしてみれば、してやったりという感じなのかもしれません。

Yahoo!ニュース
眞子さま、みどりの式典に 秋篠宮ご夫妻から引き継ぐ

以前、週刊誌に、佳子さんが御所近くのコンビニで、iTunesカードなどを買物したという記事が出ていましたが、皇族と言えども彼女たちが今どきの若い女性であることには変わりがないのです。iPhoneで音楽を聴いたり、SNSをチェックしたりしているのでしょう。もしかしたらエゴサーチしているかもしれません。もちろん、記者会見のときのような、あんな喋り方を普段しているわけがないのです。

小室圭さんと眞子さんが横浜でデートした際、帰りの東横線の車内で、お互いのスマホを見せ合いながら「マーちゃんの写真も見せてよ」「ブスだから嫌だぁ~」というような会話があったという記事がありましたが、それが普通でしょう。

また、佳子さんがダンスを習っていることに対しても、皇族なら他にやることがあるだろうみたいな批判の声が多くありますが、なんだか「税金」「カゴの鳥」」という”不敬”且つ不遜な本音が垣間見えるようです。

しかし、ここまで悪意を持って書かれると、姉妹の間で「もう皇族なんて嫌だ」「なんであんな風に言われなきゃならないの」というような会話が存在しても不思議ではないでしょう。

若い世代になればなるほど、天皇制が時代にそぐわなくなっているのはたしかで、眞子さんや佳子さん本人だけでなく、彼女たちに対する中傷もその表れと見えないこともありません。それは、メディアの世論調査では見えない皇室観です。皇族を見る目が、若い世代ほど(オレたちが税金で‥‥と言わんばかりに)上から目線になっているのです。かように開かれた皇室=象徴天皇制は両刃の剣でもあるのです。だから、保守派は危機感を募らせ戦前回帰を目論むのでしょう。


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2019.05.12 Sun l 社会・メディア l top ▲
三日前、朝、トイレに行ったら、血尿が出ていました。それもかなり濃い色です。私は、石が落ちたのだなと思いました。

おととし、ESWLで破砕した際、飛び散った破片の一部が腎臓に入ったみたいだと説明を受けていたのですが、その石が尿管に落ちたのでしょう。

夜、案の定、左わき腹のあたりに痛みがやってきました。しかし、我慢できないほどの痛みではありません。わき腹をさすると痛みを忘れるくらいです。ベットに仰向きに寝てわき腹をさすっていたら、そのまま眠ってしまい、目が覚めたときは既に痛みはなくなっていました。しかし、色はやや薄まってきたものの、血尿はつづいています。

それで、今日、病院に行きました。レントゲンとエコーで検査したら、やはり、石が落ちており、尿管のいちばん細い部分に引っかかっているそうです。石は6ミリくらいなので、多分自然排出されるでしょうと言われました。

いつものことですが、尿がせき止められるので、腎臓内に圧がかかり、腎臓が少し腫れていると言われました。つまり、水腎症の症状が出ているのです。私は、若い頃、腎炎を患い三度入院したことがありますので、むしろ、そっちの方が気になりました。

また、下腹部に張りのようなものを感じるのですが、それも結石の影響だろうと言われました。

石が無事排出できれば、しばらくは尿管結石の恐怖から解放されます。腎臓に石がなくなるのは10数年ぶりです。

尿の流れをよくするため、ツムラの芍薬甘草湯(シャクヤクカンゾウトウ)エキス顆粒という漢方薬を処方されました。筋肉を緩め利尿作用を促すというわけなのでしょう。また、痛み止めの座薬(アデフロニックズポ)も14回分処方してもらいました。座薬は2021年の8月まで有効だそうで、余ったら冷蔵庫に入れて保管して下さいと言われました。そのほかに、通常の薬も処方されましたので、スーパーで買い物したみたいにビニール袋いっぱいの薬を渡されました。

余談ですが、今日は病院と薬局に合わせて1万5千円近く支払いました。病院にかかると、お金もバカになりません。ほかの人に比べても、私は支払い額が多いような気がしてなりません。泌尿器科なので、患者は高齢の男性が多いのですが、窓口で支払っているのはほとんどが数百円です。私だけ、一桁多いのです。もしかしたら、患者の中で私がいちばん貧乏かもしれません。なのにどうしてといつも思うのでした。

それは、薬局でも同じです。今日もベビーカーに子どもを乗せたお父さんが来ていましたが、お父さんは薬だけもらってお金は払っていませんでした。乳幼児の医療費は無料なのだろうかと思いました。近くに小児科があるため、子ども連れも多いのですが、どうみても皆さん、それなりの生活をしている“中間層”に見えます。子どもが小さいということもあるのでしょうが、お母さんたちも専業主婦のようです。でも、皆さんが支払っているのは、私の四分の一から五分の一くらいの金額です。

もちろん、病気の程度によって支払い額が違うのはわかりますが、だからと言って私は、ほかの人に比べて深刻な病気を抱えているわけではありません。社会保障も結婚を前提にした家族単位の制度なので、私のような未婚の単身者は、制度的に不利な面があるのかもしれないなどと思ったりします。

前に調剤薬局で働いていた女性が、「前立腺ガンの患者さんって一回で四万円とか五万円とか払う人がいるんだよ」と言ってましたが、それを考えると空恐ろしくなります。窓口負担の限度額はあるものの、ひと月だけならまだしも、毎月になれば生活が圧迫されるでしょう。

いづれにしても、痛み止めも処方され「人生最悪の痛み」に備えることもできました。用意万端整い、あとは無事排出されるのを待つばかりです。


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10連休の最後の日。私は、開店したばかりの駅裏のスーパーに行きました。さすがにお客さんは数えるほどしか入っていません。

店の中では、多くの人たちが品出しをしていました。私は、レジに並ぶのが嫌なので、朝の開店間際に行くことが多いのですが、品出しをしている人たちの顔触れもいつも同じです。60代くらいの初老の人たち(それも男性)が目に付きます。早朝の品出しのときだけ仕事をしているパートの人たちなのでしょう。

レジも含めて、見事なほど若い従業員はいません。店内には、「○○(店名)では、働く仲間を募集しています。興味のある方はお近くの店員にお気軽にお声かけ下さい」という放送が繰り返し流れていました。

買物を終えレジに向かうと、まだレジは一つしか空いていませんでした。そこには、既に三人のお客さんが並んでいました。

いづれも70を越しているような高齢者でした。三人とも「みすぼらしい」と言ったら語弊がありますが、着古したヨレヨレの服を着て、おせいじにもオシャレとは言い難い、なんだか普段の生活の様子が伺えるような恰好でした。おそらく独り暮らしの老人たちではないでしょうか。

私が住んでいる街は、東横線沿線の人気の住宅地です。「どこに住んでいるのですか?」と訊かれて、駅名を言うと、「いいところに住んでいますね」とよく言われます。

そのため、一方で、若い女性や30~40代の若い夫婦も多く住んでいます。近所に近辺では人気の(と言われている)幼稚園がありますが、子どもを送り迎えするお母さんたちは、送り迎えするだけなのにどうしてと思うくらい、総じてオシャレな格好をしています。午後になれば、そんな幼稚園にお迎えに行ったあとの母子連れが買い物にやってきます。その頃は、品出しも終わっており、パートの人たちの姿も店内からは消えています。また、夜になると、店内は仕事帰りの若い女性たちの姿が目立つようになります。

そんな他の時間帯に比べると、開店間際の店内は圧倒的に高齢者の比率が高いのでした。

レジに並んでいる老人たちが手にしている買い物カゴの中は、質素と言えば聞こえはいいですが、哀しいくらいわずかしか商品が入っていません。私の前は、車椅子に乗っているかなり高齢の女性でしたが、160円の卵のパックと28円のモヤシが一つ入っているだけでした。その前の男性は、110円だかの食パン二つに、やはりモヤシが一つ入っているだけでした。みんな、財布から小銭をひとつひとつ出して精算していました。そのため、やけに時間がかかるのでした。

同じ老人でも、違う時間帯になれば、見るからに余裕がありそうな夫婦連れなどが多くなります。以前は、メディアでお馴染みの元金融エリートの「上級国民」の姿を見かけたことさえあります。それに比べれば、このつつましやかな光景はなんだろうと思いました。

そんな中で、私は、(嫌味に聞こえるかもしれませんが)カゴいっぱいの買物をして、4千円弱の代金をクレジットカードで払ったのでした。と言って、別に優越感に浸ったわけではありません。たしかに、老人たちをやや憐み、同情したのは事実ですが、でも、彼らと違うのは「今だけ」だというのが重々わかっているからです。まだ仕事にありついているので、経済感覚もなく買い物をしてクレジットカードで払う「余裕」があるだけなのです。

私と前に並んでいる老人たちは紙一重なのです。彼らは明日の自分の姿でもあるのです。憐み、同情しても、いづれ自分に返ってくるだけです。そう思うと、あらためて現実を突き付けられた気がして、否応なく暗い気持にならざるを得ないのでした。


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2019.05.06 Mon l 日常・その他 l top ▲
今日、Yahoo!ニュースに転載されていたデヴィ夫人の「提言」「貧しさは罪悪ではない」には、思わず拍手を送りたくなりました。

Yahoo!ニュース
女性自身
小室圭さん問題にデヴィ夫人が提言「貧しさは罪悪ではない」

デヴィ夫人は言います。

小室さんの母・佳代さんは、ご主人を亡くして母子家庭となっても、洋菓子店などのパートを掛け持ち。圭さんにバイオリンを習わせ、授業料の高いインターナショナルスクールに通わせ、ICU(国際基督教大学)にも入学させました。

そんなけなげな佳代さんを愛して婚約までしたのなら、一人息子である圭さんの留学費用くらい出すのは当然のこと。それなのに匿名で「何月何日にいくら貸した」「何日にいくら銀行に振り込んだ」と409万円の内訳を喋りまくるX氏には、憤りを覚えました。(略)

マスコミはそんなX氏をとがめるどころか、言い分をそのまま連日のように報道する一方で、母子家庭である小室家の貧困さを書き立てました。婚約解消時ではなく、5年後の小室さんの婚約発表後に表沙汰にするとは悪意を感じます。


佳代さんのご主人とその父が自殺している、怪しげな新興宗教を信仰している、などとセンセーショナルに取り上げられましたが、はたしてそれらは責められるべきことでしょうか?


こういった正論が正論として通用しないのは、メディアや大衆に、身分制の幻影を求めるような特異な皇室観があるからでしょう。言うまでもなく、それは差別と対になったものです。

前の記事で紹介した『感情天皇論』の中で、大塚英志は、近代について、次のように書いていました。

近代とは他人に覗き込むことのできない「心」があることを発見してしまった時代である。だから他者としての殺人者の動機、つまり「心」を説明する探偵小説が近代小説の先駆けとして登場するのだ。このように近代とは、誰かといることの不穏に、誰もが耐えなくてはいけない時代だ。この不穏さが「他者」だと言える。


しかし、天皇には「他者」がいません。大塚英志ならずとも、そこには「近代」が存在しないことは誰が見てもあきらかでしょう。

代替わりについて、メディアで発言していた識者たちも、ただの藩屏でしかないことがよくわかりました。日本政治思想史の研究者で、「近現代の天皇・皇室・神道の研究を専門とする」原武史氏の朝日新聞のインタビュー記事も例外ではありません。本人はそう思ってないようですが、私たちの目には“令和フィーバー”の太鼓持ちのひとりにしか見えませんでした。

朝日新聞デジタル
「ひざまずいた天皇、令和で鍵握るのは?」 原武史教授

そんな中で、4月30日に放送されたNHKスペシャル「日本人と天皇」が、天皇制の「不都合な真実」を伝えていたと評判になっています。私も観ましたが、代替わりに際して天皇制とは何かを考えさせられる番組でした。

Yahoo!ニュース
改元特番でNHKだけが伝えた”不都合な真実”(水島宏明)

小泉内閣のとき、皇室典範に関する有識者会議が発足し、「女性・女系天皇」を容認するかどうか、議論をはじめたのですが、その中で、意外な(というか私たちにはショッキングな)事実がわかったそうです。

 これまでの125代におよぶ天皇のうち、約半分が「側室」(第2夫人、第3夫人など)の子と見られているという。戦後は「側室」という制度はない。過去400年間では側室の子どもではない天皇は109代の明正天皇、124代の昭和天皇、125代の前天皇(今の上皇陛下)の3人のみで、側室の制度がない現在においては「男系」の伝統の維持は難しいという声が多くの委員が認識したという。


「高貴な血」は、こうして継承されていたのです。古代オリエント史の研究者で、「碩学」と言われた三笠宮崇仁親王(昭和天皇の末弟)は、戦後、華族制度が廃止されたことについて、「天皇制の外堀が埋められた」と言ったそうですが、それは華族制度が男子皇族の正室だけでなく、側室の"供給元"と見なされていたからではないでしょうか。万世一系の幻想に支えられた天皇制が、時代と乖離していくのは当然と言えば当然なのです。

以前、「オウムは生きている」という記事の中で、皇室の「伝統」について、私は次のように書きました。僭越ながら引用します。

『天皇と儒教思想』(小島敦著・光文社新書)によれば、メディアによく取り上げられる「田植え」や「養蚕」など皇室の恒例行事も、明治以後にはじまったものが多いそうです。来年、天皇の生前退位により新しい元号に変わりますが、「一世一元」の原則も明治以後にはじまったのだとか。皇室の宗教も、奈良時代から江戸時代までは仏教だったそうです。皇室=神道という「伝統」も、明治以後に創られたイメージなのです。また、皇室に伝わる祭祀などは、中国の儒教思想から借用された「儒式借用」のものが多いそうです。

要するに、明治維新による近代国家(国民国家)の成立に際して、国民統合のために、皇室を中心とする「日本の伝統」が必要とされたのでしょう。そうやって(偽史運動によって)”国民意識”が創出され、”日本”という「想像の共同体」が仮構されたのです。(引用終わり)

「女性・女系天皇」の容認も、創られた「伝統」にさらに屋上屋を架すようなものでしょう。しかし、そのように指摘する識者は皆無でした。そして、眞子さんの”自由恋愛”こそ、創られた「伝統」の対極にあるものと言えるのです。


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感情天皇論


天皇の代替わりに伴い、あと四日で元号が「平成」から「令和」に変わりますが、最近は西暦を使用することが定着していますので、個人的には「昭和」から「平成」に変わるときほどの感慨はありません。先日、ラジオを聴いていたら、パーソナリティの女性が「もう平成も残り少なくなりましたので、平成のうちに会いたい人に会いに行きたいと思っています」と言っていましたが、かように改元にまつわるメディアの狂騒はバカバカしいの一語に尽きます。

今回の生前退位について、大塚英志は、最新刊『感情天皇論』(ちくま新書)で、次のように書いていました(以下、引用は全て同書)。

(略)今回の退位に最も問題があったとぼくが考えるのは、「国民の総意」でこれからも天皇を退位させられる前例ができたことだ。今や左派がリベラルな天皇を以て政権の暴挙を牽制しようとしているが、こういう二重権力は、パブリックなものの形成を損なうだけでなく、世論の形を借りて政権の気に入らない天皇を退位させることを可能にする。権力の暴走阻止は三権分立の仕組みと選挙によってのみなされるべきである。天皇という三権の外側に権力の抑止機能を求めてはいけない。
「お気持ち」を世論が忖度しての退位は、天皇の最悪の政権利用の余地をつくってしまった。


また、「お気持ち」についても、次のように書いていました。

 彼の訴えたかったことは、象徴天皇制のあり方の表明とその制度化であった。つまり国事行為以外に「感情労働」が象徴天皇の「機能」であり、そして、その「機能」を高齢となった自分が果たせないなら「機能」の継続性を担保するために、退位を制度化してほしいという、「象徴天皇制の継続性を担保する制度化」が彼の主張だった。


とどのつまりは、「感情による国民統合」(=象徴天皇制)をどう考えるかでしょう。自民党の憲法改正草案が目指す、戦前型の元首化よりまだ「マシ」と考えるのか。

大塚英志も『感情天皇論』の中で指摘していましたが、リテラなどに代表される多くの左派リベラルは「マシ」と考えているようです。彼らは、戦後的価値を保守する現天皇と戦後レジームからの脱却を目論む安倍政権が対立しているかのように主張します。しかし、その”片恋”にどれほどの意味があるというのでしょうか。

 リベラル派はかつて戦争責任を昭和天皇に求めたことを忘れたかのように、今は明仁天皇を戦後憲法的な平和主義の象徴と見なす。しかし、戦後民主主義を天皇に託すことが正しいとはぼくには思えない。(略)戦後憲法について考え、実践し、考えを示すことを天皇に託してしまうことは主権者としての判断停止であると考える。


これは、至極真っ当な意見です。

大塚英志は、「『近代』とは人に等しく『個人たれ』という抑圧としてあり、同時にそのサボタージュの精神史としてある」と書いていましたが、まさに天皇制は、そのサボタージュする装置として存在していると言えるでしょう。

また、いわゆる「不敬文学」なるものが、天皇をはじめとする皇室の人間たちを「個人たれ」と描いている(描こうと試みている)というのは、そのとおりでしょう。

一方で、「感情労働」としての象徴天皇制は、「天皇ってカワイイ」と言う女子高生に象徴されるように、アイドルまがいに消費される対象にすらなっており、天皇制を権威付ける神道由来の「神秘性」は後景に退いています。保守派にはそれが天皇制の危機と映っているのかもしれません。自民党の元首案も、そういった危機意識の表れなのかもしれません。でも、見方によっては、「天皇ってカワイイ」というのは象徴天皇制の”あるべき姿”と言えないこともないのです。

戦争責任という側面でしか天皇制を捉えてこなかった左派リベラルが、戦争犠牲者を慰霊し平和を希求する(そういった「感情労働」をみずからの「務め」とする)今の象徴天皇制の前ではただ現状を追認することしかできないのは、当然と言えば当然です。と言うか、今や左派リベラルが象徴天皇制の最大の擁護者になっていると言っても過言ではないでしょう。山本太郎参院議員が2013年に園遊会に出席した際、天皇に原発事故の現状を訴える手紙(上奏文?)を渡した”事件”がありましたが、左派リベラルこそ誰よりも天皇の政治利用を目論んでいると言えなくもないのです。

戦後74年が経ち、天皇制はここまで「倒錯」した存在になっているのです。でも、それが象徴天皇制の本質なのです。大塚英志風に言えば、そうやって「象徴天皇制の継続性」が担保されるのです。

「天皇が国家の象徴などと言う言い分は、もう半世紀すれば、彼が現人神だと言う言い分と同じ笑止で理の通らぬたわごとだと言うことになる、と言うより問題にもされなくなる、と僕は信じる」と大塚英志は書いていましたが、それはあまりに楽観的すぎると言わねばなりません。


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2019.04.26 Fri l 社会・メディア l top ▲
2019年4月帰省1


ふと思いついて、二泊三日で九州に帰りました。昨年十月に帰りましたので、半年ぶりの帰省です。

いつものように墓参りをして、友人たちと会いました。また、高校時代の友人と喫茶店で待ち合わせていたら、そこに別の同級生が偶然やって来たりと、田舎ならではの邂逅もありました。

前の記事でも書きましたが、私は、中学を卒業すると、親元を離れてまちの学校に行ったので、小中学校の友達はひとりもいません。もちろん、幼馴染はいますが、彼らとも疎遠になっています。

祖父母と両親が眠る墓は、田舎の菩提寺にあるのですが、しかし、既に実家もありませんので、生まれ故郷の町に帰っても、ただ墓参りをするだけで誰に会うこともありません。

とは言ってもやはり、自分が生まれ、祖父母と両親が眠る町は特別なものです。心の中には、子どもの頃の風景がずっと残っているのでした。今回も空港から真っ先に向かったのは、生まれ故郷の町でした。

町に近づくと新しく作られたバイパスから離れ、昔の道に入りました。雑草が生い茂った道沿いには、住人がいなくなって放置された家が点々とありました。昔は、県庁所在地の街から実家のある町まで、路線バスで二時間半かかりました。バスは、大正時代(?)泥棒を県庁所在地の警察署まで護送する際、用を足していた巡査が泥棒から突き落とされたという逸話が残る「巡査落としの谷」を眼下に見ながら峠を越すのですが、峠の突端にある商店で十分間のトイレ休憩をするのが決まりでした。

その商店も人影もなく朽ちていました。しかし、店の看板やビール瓶ケースはそのまま残されていました。外観が痛んでいることを除けば、今も住人が住んでいるのではと錯覚を覚えるくらい、生活の痕跡もそのまま残っていました。

商店の前を通る道も雑草で覆われ、昔はこんな狭い道をバスが走っていたのかと思いました。バイパスは、峠にトンネルが掘られ、その中を走っているのです。

商店の前のバス停から同じ中学に通っていた一学年下の女の子がいました。そこから三十~四十分かけてバスで通学していたのです。

彼女とは高校生のとき、一度だけ会ったことがあります。中学時代は、映画館もスーパーもない山奥の町でしたので、デートなんて望むべくもなかったのですが、高校になってから連絡をとり、二人で映画を観に行ったのでした。朽ちて傾きかけた家を前にして、そんな甘酸っぱい思い出がよみがってきました。

墓参りのあとは、地元の会社に勤めていた頃の同僚を訪ねて、来たときとは反対側の山を越え、彼が住んでいる町へ行きました。

同僚と言っても、私よりひと回り以上も年上で、既に七十歳を越え、今は奥さんと二人でのんびりと老後を過ごしています。夕方までお喋りをして帰ろうとすると、「夕飯を食べに行こうや」と言われました。

それで、三人で町内にある和食の店に行きました。彼もガンで何度か手術をしています。痩せて見た目も変わり、声も弱々しくなっていました。でも、口をついて出るのは、昔と変わらないトンチの効いた明るい話ばかりでした。店の前で別れ車を走らせると、外灯の下でこちらに向かって手を振りつづけている姿がルームミラーに映っていました。

二日目は、別府から車を飛ばして宇佐神宮にお参りに行きました。私は、宇佐神宮は初めてでした。翌日、高校の同級生たちと会ったとき、宇佐神宮に行った話をしたら、高校三年の冬休みに、十人くらいで汽車に乗って宇佐神宮に行ったことがあると言うのです。

「お前も行かなかったっけ?」と言われましたが、私は行っていません。受験の合格祈願に行ったのだそうです。翌月には、合格祈願に行った友人たちと受験のため一緒に上京しているのです。どうして私だけが抜けていたのか、しかも、今までその話を知らなかったのか、なんだかわけもなくショックを覚えました。

宇佐神宮は、全国の八幡さまの総本宮と言うだけあって、想像以上に大きな神社でした。クラブツーリズムのツアーでやってきたお年寄りたちが前を歩いていましたが、「伊勢神宮と同じくらい広いな」と言っていました(いくらなんでもそれはオーバーでしょう)。宇佐神宮は、前も書きましたが、「六郷満山」と呼ばれる国東半島の寺々に大きな影響を与え、独特な神仏習合の仏教文化を生み出したのでした。でも、最近、宮司の跡継ぎ問題で内紛が起き、裁判沙汰になったそうです。

宇佐神宮のあとは、豊後高田市の「昭和の町」へ行きました。宇佐神宮から車で10分くらいでした。私たちの世代の人間にとって、豊後高田と言えば、バスケットの強豪校の高田高校がある街というイメージしかありません。ところが、20年くらい前からさびれた商店街を逆手に取った町おこしが行われ、それが見事に当たったのです。さまざまなメディアに取り上げられて、「昭和の町」はいっきに全国区の町になったのでした。

しかし、行ってがっかりでした。平日ということもあってか、文字通り閑古鳥が鳴いていました。休日になれば訪れる人も多くなるのかもしれませんが、これではレトロではなくただのさびれた町だと思いました。

閑古鳥が鳴いているのは「昭和の町」だけではありません。県内のほかの温泉地や観光施設も、地元の人間に訊くと、意外にも悲観的な声が多いのです。メディアでふりまかれるイメージやトリップアドバイザーのレビューでは伺い知れない現状があるようです。このままではインバウンドの「千客万来」も、一夜の夢に終わる懸念さえあるでしょう。

今回も旧知の人間たちと会い、昔話に華を咲かせましたが、しかし一方で、だんだん田舎に帰るのがしんどくなっているのを感じます。それは、体力面ではなく、多分に精神的なものです。このもの哀しさはなんだろうと思います。

なつかしさに駆られて田舎に帰るものの、戻ってくるときは、いつも暗い気持になっている自分がいます。田舎で目に入るのは、”黄昏の風景”ばかりです。坂口安吾ではないですが、なつかしさというのは残酷なものでもあるのです。そのため、東京に戻る飛行機の中では、いつもこれで最後にしようと思うのでした。


2019年4月帰省2
原尻の滝1(豊後大野市)

2019年4月帰省3
原尻の滝2

2019年4月帰省4
宇佐神宮1

2019年4月帰省5
宇佐神宮2

2019年4月帰省6
宇佐神宮3

2019年4月帰省7
宇佐神宮4

2019年4月帰省8
宇佐神宮5

2019年4月帰省9
昭和の町1(豊後高田市)

2019年4月帰省10
昭和の町2

2019年4月帰省11
昭和の町3
2019.04.20 Sat l 故郷 l top ▲
先日、NHKの「クローズアップ現代」で、「独自映像 “ショーケン”最期の日々」と題してショーケンのプライベート映像が放送されていました。GIST(消化管間質腫瘍)を発病したあと、八年間に渡って撮りだめた53時間の映像がNHKに託されたのだそうです。

映像には、死を意識しながら仕事に取り組むショーケンの姿が克明に記録されていました。前に『日本映画[監督・俳優]論』を取り上げた中でも書きましたが、ショーケンの俳優としての覚悟と「感受性の高さ」が映像にも出ていました。

ショーケンは、四度目の結婚に際して、今までジェットコースターのような人生だったけど、メリーゴーランドのような穏やかな人生を送りたいと言っていたそうで、映像の中でも、奥さんに対する感謝のことばを述べている場面がありました。

死を前にしたとき、家族がどんなに支えになったことでしょう。家族のいない私は、ひとりで死んでいく覚悟は持っているつもりです。しかし、それでも、孤独な死に耐えられるだろうかと思ったりもします。その意味では、ショーケンが羨ましくもあります。

ただ、一方で、ショーケンには(ショーケンだけは)最後まで破天荒でいてもらいたかったという気持もあります。

映像の中で、ショーケンは、今まで三回結婚したけど、ひとりの女性も幸せにできなかった、ひとりの女性も幸せにできない男になりたくないというようなことを言ってました。

でも、私は、ショーケンからそんなことばを聞くのは、ちょっとさみしい気持がしました。

破天荒なら破天荒でいいじゃないか。別に丁寧に生きなくたっていいじゃないかと思います。最後まで破天荒を貫くことで、映画や文学の本質にせまることができるはずです。俳優にとって(表現を生業とする人間にとって)、それこそ本望なのではないでしょうか。

何度も引用して恐縮ですが、ショーケン自身も、神代辰巳監督について、次のように語っているのです。

 これはあの人のいいところでもあるんだけど、名刀を持っているくせして、止めを刺せない優しさがあるんです。獲物を捕ってもさらに止めを刺せ、というんだ。でも刺せない。それがあの人の優しさなんだな。止めを刺せよ。もう死んでるも同然じゃないか。これ以上生かしておいたらかわいそうだよ。生き物なんだから。映画監督なら止めを刺さなきゃ。それが黒澤にも溝口(健二)にも小津(安二郎)にもあるんだよ。人間としての残酷さが。
(『日本映画[監督・俳優]論』)


芸能人というのは、市民社会の埒外に存在するものです。サラリーマンではないのです。サラリーマンの嘘臭さの対極にいるのが芸能人なのです。それは作家も同じです。

たしかに、死を前にすると、常識や規範や日常(家族)といった”市民的価値意識”に身を委ねたくなる気持もわからないでもありません。

でも、人間というのはもともと破天荒で矛盾だらけで、”市民的価値意識”に収まりきれない存在なのです。文学や映画が描こうとしているのも、そういった人間存在の真実なのです。人様に身を晒して生きる芸能人こそ、ことばの真正な意味においてヤクザな存在なのです。「河原乞食」には「河原乞食」の矜持があるはずです。だからこそ、差別をあこがれへと止揚することができるのです。


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『日本映画[監督・俳優]論』
2019.04.18 Thu l 芸能・スポーツ l top ▲
12日に行われた東大の入学式で、同大名誉教授の上野千鶴子氏が祝辞を述べたそうですが、その全文が朝日新聞デジタルに掲載されていました。

朝日新聞デジタル
東大生と言えない訳 上野千鶴子氏が新入生に伝えたこと

上野氏は、次のように述べていました。

 あなたたちはがんばれば報われる、と思ってここまで来たはずです。ですが、冒頭で不正入試に触れたとおり、がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています。

 そして、がんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。あなたたちが今日、「がんばったら報われる」と思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです。

 世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひと……たちがいます。がんばる前から、「しょせんおまえなんか」「どうせわたしなんて」とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます。

 あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶(おとし)めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください。


既にいろんなところで指摘されていますが、収入格差がそのまま教育格差につながっている現実があります。フェミニストの上野氏は男女差にウエイトを置いて話したようですが、男女差だけでなく貧富の差においても、「報われない社会」になっているのです。

ネットには次のような表がありました。これは、東大生の家庭の世帯年収の割合(2016年)を表にしたものです。

東大生世帯年収
※出典
年収ガイド
東大生の親の年収データ

表について、記事は次のように書いていました。

パーセンテージのみの数値で、具体的な金額が出ていないため確実な数字とは言えませんが、世帯年収で1000万円以上が平均になることは上の表から間違いないでしょう。
(略)
こちら(世帯の平均年収・所得)のデータでは、「児童のいる世帯」の平均所得は約700万円です。
この数字と比べると東大生の平均が約300万円以上も上回っていることがわかります。
以前から言われていることですが、やはり経済力と学力には相関関係があることが見て取れます。


ちなみに、世帯年収が1000万円以上の家庭の割合は、2016年で13.2%です。巷間言われるように、東大生は裕福な家庭の子弟が多いというのは、否定すべくもない事実なのです。

でも、それは意外な話ではありません。東大に行くには、幼少期から多大な教育投資が必要です。経済的に余裕がなければ、その資金も捻出できないのです。

一方で、日本社会も既に階層の固定化がはじまっており、東大生の親たちも高学歴で、大手企業や官庁の管理職が多いというデータもあります。それが「教育熱心」と「経済的な余裕」の背景なのでしょう。

東大生の出身地の割合を見ると、2018年度では関東出身者が59.7%(東京37.5%)を占めています。もっとも、早稲田や慶応はもっと偏っており、同じ2018年度で、早稲田が76.91%(東京37.99%)、慶応が77.0%(同41.22%)です。

東大研究室
合格者の出身地割合
慶大塾
慶應義塾大学 出身地区別志願者・合格者数
早大塾
早稲田大学 出身地区別志願者・合格者数

全国学力テストの結果などを見ると、義務教育時の学力は「地方の方が上」だそうです。しかし、その後の地域環境や教育投資の多寡によって進学先に差がついてしまうのです。

もとより地方では、今は進学も地元志向が主流になっています。それは、子どもを都会の大学に通わせるほど親の経済的な余裕がなくなったからです。

前も書きましたが、私は九州のそれなりの公立高校に通いましたが(私自身も中学を卒業すると親元を離れ、まちの学校に越境入学したのでした)、当時、東京の大学に進んだ同級生は100名以上いました(今でも50~60名の同級生が関東に居住しています)。しかし、現在、母校で東京の大学に進むのは10名もいません。

教育格差は、上の学校に行くかどうかというレベルだけでなく、こういった(目に見えない)部分でも広がっているのです。”上京物語”も今や昔の話なのです。

上野氏によれば、東大生ひとりに対して4年間で500万円の「国費」が投じられているそうです。こうやって教育においても、格差の世代連鎖が進むのです。

この冷酷な(としか言いようのない)現実を考えるとき、「あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください」という上野千鶴子氏のことばも、なんだかむなしく響いてくるような気がしないでもありません。


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昨夜、テレビを観ていたら、「俳優の萩原健一さん死去」というニュース速報が流れたのでびっくりしました。一瞬、自殺?と思ったほどでした。以来、今日も一日しんみりとした気持になっています。

2011年から病魔と闘っていたなんて知りませんでした。何度かテレビに出ている姿を観ましたが、別に痩せてもいないし、病気を抱えているようには見えませんでした。横浜の鶴見から都内に引っ越していたことも知りませんでした。

私たちの世代にとって、ショーケンはヒーローでした。テンプターズのショーケンもそうでしたが、テンプターズの頃はまだ子どもでしたので、個人的には、俳優としてのショーケンのほうがインパクトがありました。

デビュー作の「約束」(斎藤耕一監督・1972年)の、列車の中で岸恵子と出会うシーンは今でも印象強く残っています。既出ですが、演出家の蜷川幸雄は、ショーケンのすごさについて、ショーケンを特集したフジテレビの「ザ・ノンフィクション」のなかで、つぎのように語っていました。

YouTube
ノンフィクション(フジテレビ)
ショーケンという孤独

蜷川 ほら、初期の頃の『約束』(72年)って映画とか見ると、いつも思うんだよ。たとえばマーロン・ブランドやジェームス・ディーンやチブルスキーは、許容できない現実を生きる青年の鬱屈を擬態というスタイルで表現したんだよね。その、世界的な演技の流れを日本で最初にやったのがショーケンだったんだよ。それは革命的な出来事だったと思うよ。
(2008年7月7日「合縁奇縁」・株式会社東急文化村)


そんなショーケンの演技は、神代辰巳監督の「青春の蹉跌」(1974年)でいっきに開花したように思います。全編を覆うあの気怠く倦んだ空気は、ショーケンでなければ出せないものでしょう。

当時、全共闘以後の世代は「シラケの世代」と呼ばれていましたが、私は、「シラケ」という言葉にどこか違和感を覚えてなりませんでした。むしろ、「屈折」と言ったほうがピタリとくるような気がしました。

全共闘運動に挫折した世代も、そんな全共闘世代を仰ぎ見つつ戦いに行き遅れた世代も、70年代を生きる若者たちはみんな「屈折」していたのです。「約束」や「青春の蹉跌」では、ショーケンがそんな「屈折した世代」の時代感覚を体現していたのでした。

当時の若者たちには、ショーケンのような”尖った部分”は共通してありました。それは、年を取ってもどこかに残っているのです。無定見に阿ることなく自分にこだわる。それがショーケンがいつまでもカッコよかった理由でもあるのだと思います。

ショーケンと並び称せられる沢田研二も同じです。この前のドタキャン騒ぎも然り。あれだけ一時代を築いた大スターでありながら、護憲や反原発を表明しているのも、彼のなかに”尖った部分”が残っているからでしょう。反原発発言で干された山本太郎が、2012年の衆院選に東京8区から出馬した際、ジュリーはわざわざ荻窪まで出向いて応援演説をしたのですが、それも”反骨精神”ゆえでしょう。ショーケンやジュリーが、ビートルズよりローリングストーンズに魅かれていたのもわかる気がします。

享年68歳というのは、いくらなんでも早すぎます。最近のショーケンは、「いい年の取り方をした」というのとは違った意味で、カッコいい年寄りでした。下の世代の私たちにとっても、これから“黄昏の季節”を生きる上でのロールモデルであり、気になっていた存在でした。だから、よけい残念でなりません。


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2019.03.29 Fri l 訃報・死 l top ▲
NGT48暴行問題に関する第三者委員会による報告書が公表されたことに伴い、AKSの運営責任者らが会見を行いましたが、会見を観ていた被害者がリアルタイムに反論をTwitterに投稿。そのため、次々に上がってくる反論について、記者が運営会社に回答を求め、3時間にも及ぶ異例の会見になったそうです。一方的な会見に対しては、SNSを使ったこんな方法もありなんだなと思いました。

何度も言いますが、私はAKBのファンではありません。ただ、AKBのアイドル商法にも、女衒と見紛うような旧態依然とした怖い!怖い!芸能界のオキテが存在しており、その点に興味があるだけです。

AKBのアイドル商法の問題点について、リテラは次にように書いていましたが、すべてはこれに尽きるように思います。

LITERA
NGT48暴行問題で山口真帆が謝罪強要を訴えるも運営は無視! 第三者委員会も運営も秋元康の責任隠蔽

 そもそもAKBグループのシステム自体が内部で不和を誘発しやすいものである。「選抜総選挙」や「個別握手券の売上」など過度な競争を煽る構造や、「恋愛禁止」といった非人道的なルールを強要している環境によるストレスは、メンバーのメンタルをむしばみ、メンバー間の軋轢を引き起こす要因になるからだ。

 また、握手会に代表される“疑似恋愛”ビジネスも、ファンとのトラブルを生み出す要因となっていることは言うまでもない。さらに、一部メンバーが秋元氏ら運営幹部から優遇される一方、そうではないメンバーのなかには過度な競争のなかで承認を求めてファンへの依存度が高まってしまうという問題も生じている。


リテラが言うように、「こうしたシステムをビジネスとしてつくり上げ、温存させてきたのは無論、秋元氏」なのです。にもかかわらず、秋元康氏は、今回の問題でも、メディアの前に出ることがなく無言を貫いています。

一方で、秋元氏は、グループ内ではまるで「天皇」のように振舞い、お気に入りのメンバーを“喜び組”のように傍に置いて寵愛しているのです。これではアイドルを私物化していると言われても仕方ないでしょう。秋元氏と幹部たちの関係は、キャバクラを運営する会社の社長と店長の関係に似ているように思えてなりません。

運営会社にとって、被害者のメンバーが目の上のたんこぶであるのは間違いないでしょう。どうやってフェードアウトさせるか悪知恵を絞っているに違いありません。でも、それがみずから墓穴を掘ることになるのだという認識は、彼らにはないのでしょう。

やっというべきか、ここにきてAKBのアイドル商法のいかがわしさがいっきに露呈した感じです。選抜総選挙の中止も、AKBのアイドル商法が追い詰められている証左と言えるでしょう。と言うか、末路を辿りはじめたと言っても過言ではないかもしれません。

AKBのアイドル商法に踊った(踊らされた)朝日新聞をはじめメディアに対しては、ざまぁwとしか言いようがありません。今になって手の平を返したような記事を書いても、白々しく見えるだけです。


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2019.03.24 Sun l 芸能・スポーツ l top ▲
どうしてこんなに憂鬱なんだろうと思います。急に気分が落ち込みはじめ、それからはどんどん落ち込んで行くばかりです。

昔、パニック障害になったという女性がいました。付き合っていた男性からDVを受け、それ以来パニック障害になったと言うのです。外出するのが怖くて、いつも死にたいと思っていたと言ってました。

私のまわりでも死にたいと思っていたと言う人間は結構多いのです。みんなそうやって人生の苦難をくぐってきたのです。

警察庁によれば、2018年の自殺者数は2万598人で、2010年以来8年連続で減少しているそうです。ちなみに、ピークの2003年は年間3万5千人近くの人がみずから命を絶っていました。ただ、2018年の交通事故死が3532人ですから、減少したとは言え、それでも自殺者が如何に多いかがわかります。

専門家のなかには、自殺者の背後にはその10倍の自殺未遂者がいると言う人もいるそうです。その説に従えば、年間20万人以上の人が自殺未遂を起こしていることになります。

自殺や自殺未遂は、家族が他言することを避け隠そうとするので、私たちはその事実を知ることは少ないのです。しかし、統計から見る限り、私たちの身近にも自殺や自殺未遂が存在していてもおかしくないのです。

ふと思いついて、パソコンに保存している日記を開きました。日記は1999年からはじまっていますが、2013年からは途絶えたままでした。もう6年つけてないことになります。しかも、2013年は9月に一日つけているだけです。1999年から2010年まではほぼ毎日つけていましたが、それ以後は中断と再開のくり返しでした。私は、もともと二十歳の頃から手書きで日記をつけており、そのあとパソコンに切り替えたのでした。

日記を読み返すと、いっそうしんみりした気持になりました。人間というのは、いつまで経っても同じことをくり返す懲りない動物です。“人間嫌い”というのも、単にわがままなだけかもしれないと思ったりします。私は、小学校の頃から「協調性がない」と通知表に書かれるような人間でしたが、「協調性がない」のもわがままだからなのでしょう。

どうしてこんな人生になったのかなんて考え始めたら、それこそ底なし沼に落ちて行くような気持になります。四十にして惑わずと言いますが、老いても尚、人生に惑うことは、より残酷で絶望的なものにならざるを得ないのは当然でしょう。そこにあるのは、文字通りどうにもならない人生です。

また、日記には、病院でガンの疑いがあると言われ、検査入院しなければならなくなったときの心境を書いたものもありました。春だったのですが、病院から土手沿いの桜並木の下を歩いて帰っていたら、前を保育園の子どもたちが手を引かれ散歩していたのでした。それを見たら、途端に涙があふれてきたと書いていました。検査の結果、ガン細胞は見つからなかったのですが、しかし、これから年を取ってくると、いつかまた同じような場面に遭遇するかもしれません。

以前、久しぶりに旧知の人間に会ったら、別人のように太っていたのでびっくりしたことがありました。聞けば、鬱病を患い、無性に甘いものを欲し、毎日ケーキやチョコレートなどを食べまくっていたのだそうです。脳内の生理的なバランスが崩れ、そのために糖を過大に摂取して、感情をコントロールする神経伝達物質のセルトニンを多く分泌しようとしたのでしょう。

かく言う私も、もともと甘党なので、日頃からできる限り甘いものを控えるように気を付けているのですが、最近は我慢できなくてやたら甘いものを食べるようになっています。そのため、体重も増える一方です。

とは言え、エーリヒ・フロムではないですが、こうして文章(ブログ)に書いて自分を客観視できる間はまだ大丈夫でしょう。なにか気分転換をはからなければと思っています。知らず知らずのうちに、悩みを自分の方に自分の方に引き寄せようとする力がはたらいていますが、できる限り、突き放すようにしなければと思ったりもしています。突き放すと、それがたいしたことではないことに気が付くのです。
2019.03.24 Sun l 日常・その他 l top ▲
昨日、フジテレビの番組で、三十九歳でモデルデビューするために北海道から上京してきた女性のドキュメンタリーをやっていました。

そのなかで、女性が中国のファッション雑誌の専属モデルのオーディションを受けるシーンがありました。オーディションには全国から四千七百人の応募があったそうです。五次審査まであり、女性は三次審査で落ちたのですが、驚いたのは、一次と二次の審査を日本人スタッフが請け負ってやっていたことです(三次審査は中国の審査員も加わり日中合同でやっていた)。

テレビのワイドショーなどでは、相も変わらずデーブ・スペクターの会社などが提供する、中国が如何に野蛮で遅れた国かというような動画を流して優越感に浸っていますが、今や雑誌のモデル募集でも中国が日本に依頼し、日本が下請けになっている現実があるのです。もちろん、モデルやタレントを志す人間にとっても、巨大な中国市場は魅力でしょう。さらにその背後には、汎アジアの市場も控えているのです。

中国は野蛮な遅れた国であると自演乙している間に、既に中国は日本を飲み込むほどの大国になっていたのです。

HUAWEIの問題も、5G (次世代通信システム)をめぐるアメリカと中国の覇権争いが背景にあるのはあきらかで、日本政府の口真似でHUAWEIはヤバいなどと言っているのは、それこそトンチンカンの極みと言うべきでしょう。5Gが巷間言われているように、世界を制するような圧倒的なイノベーションを持つものかどうか、私にはわかりませんが、この米中対立が意味しているのは、世界の覇権を裏付けるものが軍事力から情報技術に代わったということでしょう。ここにもアメリカが超大国の座から転落する(そして、世界が多極化する)あらたな歴史の流れが表れているように思います。

千代田区で不動産関係の仕事をしている知人の話では、番町あたりの高級マンションの三分の一は中国人に買われているそうです。なかでも、最上階や角部屋などの高い部屋は、ほとんど中国人に買い占められていると言っていました。

中国人観光客のマナーが悪いのは事実ですが、ただ、彼らが既に私たちより豊かな生活をしているのもまた事実なのです。でも、多くの日本人はそれを認めようとしません。認めたくないのでしょう。中国は野蛮で遅れた国だと自演乙することで、現実から目を反らしているだけです。

もちろん、中国にも深刻な格差があるのは言うまでもありません。しかし、先進国で最悪の格差社会を招来し、生活保護の基準以下で生活する国民が二千万人もいるような国が、よその国の格差を云々する資格があるのかと思います。生活保護の捕捉率が10%台というのは、OECD加盟国のなかでも際立って低い数字で、日本は社会保障後進国なのです。

中国だけではありません。キャッチアップしたアジアの国々には、(格差という影を背負いながら)既に膨大な中間層が誕生しているのです。

地方の観光地では、そんなアジアからの観光客に依存する傾向がますます強くなっています。「アジアの観光客はマナーが悪くて迷惑だ」と言いながら、心のなかでは揉み手しながら彼らを熱烈歓迎しているのです。

地元の別府市観光課が発表した平成二十九年度の観光動態調査によれば、別府を訪れる外国人観光客の80%以上はアジアからの観光客です。

外国人観光客のベスト10(平成二十九年度)
1 韓国 55.2%(329680人)
2 台湾 15.0%(89664人)
3 香港 10.55%(62598人)
4 中国 8.4%(50447人)
5 タイ3.1%(18778人)
6 シンガポール1.3%(7707人)
7 アメリカ 0.9%(5129人)
8 フランス 0.5%(2696人)
9 オーストラリア 0.4%(2375人)
10 マレーシア 0.4%(2310人)
平成二十九年度別府市観光動態調査要覧に基づいて編集

韓国からの観光客が多いのは、大分とソウルの間に、韓国の格安航空が就航しているからですが(だから若い観光客が多い)、これを見ると、「YOUは何しに日本へ?」の主役である欧米からの観光客は数パーセントにすぎないことがわかります。ちなみに、日本全体でも、アジアからの観光客が70%以上を占め、欧米からの観光客は10%程度です。

一方で、中国などの富裕層は、既に日本に興味を失くしているという話もあります。中国の都市部に住んでいる人たちは、上海や北京などの発展ぶりを知っているので、東京が逆に色あせて見えるのだとか。

今、日本を訪れているのは、経済発展で新しく中間層になった人々ですが(だからマナーが悪いのでしょう)、彼らも、やがて日本に対する興味を失っていく懸念はあるでしょう。日本の観光地は、外国のそれに比べればスケールも小さくショボいところばかりです。それに、なにより”日本的”なるものが、実は中国大陸や朝鮮半島にルーツがあることを彼らがいちばんよく知っているからです。一巡すれば、爆買いの例が示すように、訪日客が下降線を辿りはじめる可能性もないとは言えないでしょう。

今や日本は「買われる国」なのです。テレビ東京の「ニッポン行きたい人応援団」が吹聴するような「あこがれの国」ではありません。中国や韓国の男たちの間では、日本行きの”買春ツアー”が密かなブームだそうです。吉原のソープも、外国人観光客で持っているという話さえあるくらいです(別府のソープもそう言われています)。

秋葉原を訪れる外国人観光客のなかには、欧米に比べて規制が緩い児童ポルノが目当ての人間も多いというのは前から指摘されていました。アイドルやアニメも、ペドフィリア(小児性愛)の対象として見られているのです。それが「クールジャパン」の実態なのです。「YOUは何しに日本へ?」は、そんなペドファイル(小児性愛者)やその予備軍をオモロイ「おたくYOU」として取り上げているのです。

そのうち歌舞伎町のホストクラブも、アジアの国々の有閑マダムたちに占領されるかもしれません。実際に、派遣型風俗店のなかには、外国人観光客に特化した店もあるそうです。なんだかひと昔前の”妓生(キーセン)観光”のようですが、それが訪日客増加のもうひとつの顔でもあるのです。

先日、「東京の二十代の女性に梅毒が急増」というニュースがありましたが、どうして東京だけがと不思議に思いました。ところが、その多くが風俗で働く(それこそ外国人観光客に買われる)女性たちなのだという話を聞いて、さもありなんと思いました。それも訪日客増加の副産物と言えるのかもしれません。

何度もくり返しますが、アメリカが超大国の座から転落して、世界が多極化するのは間違いないのです。トランプ政権の外交政策などを見ても、その流れが一層鮮明になっています。そして、中国がアジアの盟主になるのも避けられない流れです。しかし、ここに至ってもなお、多くの日本人はその現実を見ようとしません。そこには、「日本は侵略などしていない」「南京大虐殺は幻だ」「従軍慰安婦なんて存在しない」などという、”過去の栄光”にすがる歪んだ歴史観が伏在しているからでしょう。現実を直視できなくて、どうして対抗したり競争したりできるでしょうか。これでは、日本が世界に誇るのが百均の商品と児童ポルノとセックス産業だけということにもなりかねないでしょう。


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2019.03.11 Mon l 社会・メディア l top ▲
保証人の件ですが、電話だとどうしても感情的になって真意が伝わらないと思ったので、手紙を書くことにしました。そして、以下のような手紙を書いて投函しました(プライバシーに関わる部分は削除しています)。

投函したあと、ずっと憂鬱な状態がつづいています。友人は、見かけによらずナイーブな一面を持っているので、ショックを受けるのは間違いないでしょう。もしかしたら、裏切られたと思うかもしれません。でも、いつまでも"いい人"を演じるわけにはいかないのです。と同時に、お金が恨めしくもあります。

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×× 様

突然、手紙で失礼します。

電話をしようかと思いましたが、電話だと冷静に順序立てて私の気持をお話しできそうもないので、手紙を書くことにしました。

結論から先に申しますと、事務所にお伺いする件はキャンセルさせていただきます。また、リースの保証人の件もお断りさせていただきます。

そもそも私のような属性の人間は、保証人としての責務を果たせるとはとても思えません。信販会社からも、弁済能力に疑問が付けられるのは間違いありません。「通りやすいようにする」という営業マンのことばは、私には悪魔のささやきのようにしか聞こえません。

また、この年齢になれば、健康面でもいつどんなことがあるかもわかりません。お互いそういったリスクも考えないわけにはいかないでしょう。私にはリクスが大きすぎます。

貴殿には話していませんでしたが、私は、昔、身から出たサビで大きな債務を背負い苦労した経験があります。それが未だ私の中でトラウマになっています。

そのため、できるだけお金の苦労はしたくないという思いは強くあります。たかが「この程度」の保証人でと思われるかもしれませんが、私は「この程度」の生活しかしてないのです。ちまちまとでもいいから、できるだけ今を平穏に生きて行きたいと思っているのです。

年金も少ないので、間近にせまった”老後”も大きな不安です。そのためもあって、私は、極力ローンは避けたいと思って生活してきました。にもかかわらず、どうして他人の5年払いのローンの保証人にならなければならないのかという気持は、正直言ってあります。

非常に心苦しいのですが、事情をお察しの上、ご理解下さいますようお願いいたします。

お力になれなくて申し訳ございません。

お元気で頑張ってください。
2019.03.03 Sun l 日常・その他 l top ▲
一昨日、突然、友人から電話がかかってきました。私は、出かけていたので、電話に出ることができなかったのですが、スマホに何度も着歴が残っていました。

なんだろうと思って電話をすると、保証人になってくれと言うのです。私は、心の中で「キタ~~!!」と思いました。

それまで別の同級生に頼んでいたけど、彼が病気になり入院したので断られたと言うのです。

事務機器のリースの保証人だそうです。彼は、五年前に会社を辞めて、自分で事業をはじめたのですが、そのときに入れたコピー機のリースが五年で終了したので、再契約しなければならないのだと。

事業と言っても一人でやっているだけで、他の友人に聞いても決してうまく行っているようには見えないということでした。

友人は、大学時代、運動部に所属していて、いつもパンチパーマに学ランを着てのし歩いているような、典型的な右翼学生でした。今でも体重が百キロ超あり、一見ヤバい人に見える風貌をしています。そのためもあって、声も大きく押しの強い言い方をします。

「オレは保証人になれないよ。保証能力がないよ」
「いや、大丈夫だよ。頼むよ」「昔、お前がアパートを借りるとき、オレが保証人になったじゃないか」
と、大昔の話まで持ち出してくる始末です。しかも、印鑑と運転免許証を持って数日中に事務所に来てくれと言うのです。

「そんなこと言われても急に行けないよ。書類を送ってくれよ。よく見て検討するよ」
「それじゃ時間がないんだよ」
「前に、応援部出身で新宿でエグい仕事をやっているやつがいるって話していたじゃないか。オレなんかよりあいつに頼めばいいじゃないか?」
「本音を出して話せるやつと話せないやつがいるんだよ」
「じゃあ、兄弟がいるじゃないか? 兄さんはちゃんとした会社に勤めているじゃないか。オレなんかよりよほど信用があるだろう」
「兄弟でも頼めない場合があるんだよ」
「おい、そんなで大丈夫かよ」

とにかく、考えておくと言って電話を切りました。ところが、そのあと、スマホに知らない番号から電話が来るようになったのです。もちろん、登録をしていない番号です。当然、無視しました。しかし、一日に何度も着歴が残っていました。

翌日も友人から電話がかかってきました。事務所に来てくれの一本やりです。

「そんなの無理だよ」
「頼むよ」
「なんでそんなに急いでいるんだよ」
「時間がないと言われているんだ」
「それは営業マンの都合だろう。ノルマに追われているので、そう言っているだけだろう」

「じゃあ、月曜日(三日後)に来てくれ」
「無理だよ。書類を送ってくれよ」
「そんな時間がないんだよ」
「オレは契約の内容も知らない。それでいきなり保証人なんかなれないよ」

「リースっていくらなんだよ」
「月に三万五千円だ」
「三万五千円? だったら五年リースで二百万超すじゃないか? お前の仕事でそんなコピー機いらないだろう」
「いるんだよ」
「安いファックスとスキャナーを買ってパソコンでプリントアウトすればいいじゃないか?」
「お前みたいにパソコンができないんだよ」
「だからって二百万のコピー機をリースすることないだろう」
ホントにコピー機なんだろうかという疑問が私の頭をよぎりました。

彼の仕事は、(ちょっとカッコよく言えば)文化人や芸能人を相手にする仕事です。別にコピーを生業にしているような仕事ではありません。それに、社員もいない、「一人社長」の吹けば飛ぶような個人事業であることには変わりがありません。

友人と電話で話した途端に、知らない番号からの電話もピタリと止みました。やはり、友人が私の電話番号を教えていたのかもしれません。業者も一緒になって、私に保証人の依頼の電話をかけていたのか。

中には、この程度の保証人でと思う人もいるかもしれませんが、私はこの程度の生活しかしてないのです。

よく年を取ると人間が丸くなると言いますが、私の場合は、ますます嫌味たらしく且つ計算高くなっている気がします。もちろん、”いい人”でいたいという気持もありますが、若い頃に比べて損得勘定でものを考えることが多くなりました。

ときには、今までの人生で、ホントにお世話になった人間は何人いるだろうなんていやらしいことを考えたりすることもあります。

もちろん、人間関係が打算だけじゃないと言うのはわかります。打算で考えるのは下の下だというのも充々わかっています。でも、年を取るといろんな意味で余裕がなくなるので、打算でものを考えるようになるのです。

本音はもちろん断りたいのですが、だからと言ってはっきりと言い出せない自分もいます。

既出ですが、吉本隆明は、お金を借りに来た友人に次のように言ったそうです。

(前略)吉本は千円札を三枚、私の手に握らせると言った。
「俺のところもラクじゃない。しかし、この金は返さなくてもいいんだ。なあ、佐伯(注:筆者のこと)。人間ほんとうに食うに困った時は、強盗でも何でもやるんだな」

川端要壽『堕ちよ!さらば-吉本隆明と私』(河出文庫)


自分の事になると言うは易し行うは難しですが、こういうところに私たちの人生の現実があるのはたしかでしょう。と言うか、私たちは、ホントはこういった現実のなかでしか生きてないのです。私たちが持っていることばも、こういった現実の中から生まれたものです。そのはずなのです。


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お金が全てではない
2019.03.01 Fri l 日常・その他 l top ▲
少し前の話ですが、安倍首相が二月十日の自民党大会で、「悪夢のような民主党政権」と発言したことについて、民主党政権時代に副総理や外相などを務めた岡田克也氏(元民主党・元民進党代表)が、衆院予算委の質疑で、発言を撤回するよう求め、撤回を拒否する安倍首相との間で感情的な応酬が行われたと話題になりました。ちなみに、私も、安倍首相とは別の意味で、民主党政権は悪夢だったと思っている人間のひとりです。

安倍首相は、岡田氏の撤回要求に「では、なぜ、民主党という名前を変えたんですか」と“反論”したそうですが、痛いところを突いたと言えるでしょう。名前を変えても中身(顔触れ)は変わらないのです。

政権交代への期待と裏切り。それを考えれば、厚顔無恥ということばしか思い浮かびません。立憲民主党の枝野代表の「政権奪還」宣言なんて、誇大妄想もいいところでしょう。有権者を舐めんなよと言いたくなります。

シャンタル・ムフは、『左派ポピュリズムのために』で、つぎのように書いていました。

政治の対抗モデルと左 ‐ 右の対立を時代遅れだと主張し、中道右派と中道左派の「中道での合意」を歓迎することで、いわゆる「ラジカルな中道」は専門家(引用者:“テクノクラシー”とルビ)支配による政治形態を進めることになった。この考え方によれば、政治とは党派対立ではなく、公共の事柄を中立的にマネジメントすることとされたのだ。
(『左派ポピュリズムのために』)


シャンタル・ムフは、これを「ポスト政治的状況」と呼んでいます。

 結果として、市民がそれを通じて政治決定に影響を与える議会や諸機関の役割は劇的に後退してしまった。選挙はもはや、伝統的な「統治を担う諸政党」を通して、真の代替案(引用者:”オルタナティヴ”とルビ)を選択する機会にはなりえない。ポスト政治的な状況においては、中道右派政党と中道左派政党の二大政党的な政権交代しか起こらない。「中道での合意」や新自由主義的なグローバル化以外に選択肢はないという教義に反対する者はすべて、「過激主義者」と表現するか「ポピュリスト」であるとして、政治にかかわるべきではないとされたのだ。
(同上)


『左派ポピュリズムのために』の帯にある「少数支配(オリガーキー)」とは、こういうことです。

「野党が政権を取ってもなにも変わらない」という巷の声は真実を突いているのです。事実、民主党が政権を取ってもなにも変わりませんでした。自民党政権と五十歩百歩でした。政権交代が可能な二大政党制の導入を旗印に、労働戦線の右翼的再編と軌を一にして誕生した民主党は、文字通りシャンタル・ムフが言う「ポスト政治的状況」を招来する役割を担っていたのです。それが、私にとって、民主党政権が悪夢であった所以です。

シャンタル・ムフは、党派性は政治の本質であり、そのことを再肯定する必要があると言っていました。党派性を否定する政治は、政治ではなく、「少数支配」を前提とした「マネジメント」にすぎないのです。


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日本で待ち望まれる急進左派の運動
2019.02.26 Tue l 社会・メディア l top ▲
左派ポピュリズムのために


先日、朝日新聞デジタルに、政治学者の山本圭氏(立命館大学準教授)の非常に示唆に富んだ寄稿が掲載されていました。

朝日新聞デジタル
極右に対抗「左派ポピュリズム」広がる 政治家に存在感

山本氏は、次のように書いています。

もとよりポピュリズムに対しては、「大衆迎合主義」と(誤って)翻訳されることが多いせいか、本邦ではことのほかネガティブな印象が強い。これが喚起するイメージといえば、デマゴーグによる人気取り政策、あることないこと放言する民主主義の腐敗、おおかたそんなところだろう。

 とはいえ、元来ポピュリズムとは、既存の政党政治からこぼれ落ち、疎外されてきた人々を、ひとつの政治勢力としてまとめあげる、そのような政治手法を指す言葉である。そのかぎりで、ポピュリズムこそ真に民主主義的である、という見方も当然成り立つ。

 近年、欧州や米国ではポピュリズムのこうした伝統が回帰している。それが〈左派ポピュリズム〉と呼ばれるものだ。ギリシャの急進左翼進歩連合(シリザ)やスペインのポデモスといった政党をはじめ、英国労働党のコービン、「不服従のフランス」のメランション、米国のサンダース、さらに最近になると富裕層への課税を訴える民主党のオカシオコルテスといった政治家らが存在感を示している。


また、ブレイディみかこ氏も、かつてみずからのブログ「The Brady Blog」で、左派ポピュリズムについて、次のように書いていました。

Yahoo!ニュース
ポピュリズムとポピュラリズム:トランプとスペインのポデモスは似ているのか

「ポピュリズム」という言葉は、日本では「大衆迎合主義」と訳されたりして頭ごなしに悪いもののように言われがちだが、Oxford Learner’s Dictionariesのサイトに行くと、「庶民の意見や願いを代表することを標榜する政治のタイプ」とシンプルに書かれている。
(中略)
EU離脱、米大統領選の結果を受けて、新たな左派ポピュリズムの必要性を説いているのは英ガーディアン紙のオーウェン・ジョーンズだ。

「統計の数字を見れば低所得者がトランプ支持というのは間違い」という意見も出ているが、ジョーンズは年収3万ドル以下の最低所得者層に注目している。他の収入層では、2012年の大統領選と今回とでは、民主党、共和党ともに票数の増減パーセンテージは一桁台しか違わない。だが、年収3万ドル以下の最低所得層では、共和党が16%の票を伸ばしている。票数ではわずかにトランプ票がクリントン票に負けているものの、最低所得層では、前回は初の黒人大統領をこぞって支持した人々の多くが、今回はレイシスト的発言をするトランプに入れたのだ。英国でも、下層の街に暮らしていると、界隈の人々が(彼らなりの主義を曲げることなく)左から右に唐突にジャンプする感じは肌感覚でわかる。これを「何も考えていないバカたち」と左派は批判しがちだが、実はそう罵倒せざるを得ないのは、彼らのことがわからないという事実にムカつくからではないだろうか。


左派ポピュリズムについては、私もこのブログで何度もブレイディみかこ氏のことばを引用して書いてきました。大事なのは、右か左ではなく上か下かだ、と。

そして、ブレイディみかこ氏やオーウェン・ジョーンズやポデモスのパブロ・イグレシアスに影響を与えているのが、ベルギーの政治学者のシャンタル・ムフです。

山本圭氏が邦訳した彼女の新著『左派ポピュリズムのために』(明石書店)は、現代の社会運動を担う人々にとってバイブルになり得るような本だと思いました。私は、本を読むとき、受験勉強のなごりで、重要と思う箇所に赤線を引いて、そのページに付箋を貼る習慣があるのですが、『左派ポピュリズムのために』は文字通り赤線だらけ付箋だらけになりました。

でも、その多くは、このブログで再三くり返していることです。

どこを引用してもいいのですが、たとえば、中道化するなかで新自由主義という”共通の土俵”に上がってしまった「社会ー民主主義」勢力(=左派リベラル)のテイタラクについて、シャンタル・ムフは次のように書いています。

 多くの国において、新自由主義的な政策の導入に重要な役割を果たした社会ー民主主義政党は、ポピュリスト・モーメントの本質を掴みそこねており、この状況が表している困難に立ちむかうことができていない。彼らはポスト政治的な教義に囚われ、みずからの過ちをなかなか受入れようとせず、また、右派ポピュリスト政党がまとめあげた諸要求の多くが進歩的な回答を必要とする民主的なものであることもわかっていない。これらの要求の多くは新自由主義的なグローバル化の最大の敗者たちのものであり、新自由主義プロジェクトの内部にとどまるかぎり、満たされることはない。
 (略)右派ポピュリスト政党を「極右」や「ネオファシスト」に分類し、彼らの主張を教育のせいにすることは、中道左派勢力にとってとりわけ都合がよい。それは右派ポピュリスト政党の台頭に対する中道左派の責任を棚上げにしつつ、彼らを不適合者として、排除する簡単な方法だからである。「民主的討議」から「過激派」を追い出すための「道徳的」フロンティアをつくり上げることによって、「善良なる民主主義者たち」は、自分たちが「不合理な」情念の台頭を止めることができると信じているのである。


でも、それは「政治的には無力である」とシャンタル・ムフは書いていました。

私たちは、右派ポピュリズムに学ばなければならないのです。生産諸関係のなかに「政治的アイデンティティ」を求めるような「階級本質主義」(労働者本隊主義の幻想!)から離別し、左派ポピュリズムに依拠することをためらってはならないのです。既存の政治から見捨てられた人々のなかに、もうひとつの”政治”を発見しなければならないのです。シャンタル・ムフは、「その結果として、平等と社会正義の擁護に向けた共通の感情を動員することで、『人民』の構築、すなわち集合的意志の構築が生じるだろう。これにより、右派ポピュリズムが推し進める排外主義政策と闘うことができるようになる」のだと書いていました。

※最近、文章を書くのがしんどいので、引用ばかりになってしまいましたが、ご容赦ください。


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「市民的価値意識」批判
2019.02.20 Wed l 本・文芸 l top ▲
今日の早朝6時前、車で首都高を走っているときでした。既に車は多く走っていましたが、まだ流れは順調でした。

途中、前方にスピードの遅い車が走っていたので、追い越そうとドアミラーで確認して右に車線変更したときでした。後ろから猛スピードで車がやってきたのです。そして、私の車の後ろにピタリと付け、プープープーとけたたましくクラクションを鳴らしながら激しくパッシングするではありませんか。

ルームミラーで見ると、ボンネット型のバンです。どこかの営業車なのでしょう。私は、頭に来ましたが、まさか首都高の上で急停車するわけにはいきませんので、しばらく走ったのち、左に車線変更をしました。すると、私の方にわざと車を寄せながら走り去って行ったのでした。横にピタリと付けられた際、運転手を見ましたが、五十絡みの作業服のようなものを着た男性でした。しかし、運転手はこちらを睨みつけるでもなく、まるで何かに取り憑かれているかのように正面を凝視したままでした。私は、逆にそれが怖いなと思いました。

こう書くと、ただ急いでいるだけだろうと言う人がいるかもしれません。また、あおり運転を受けないために心がけることを書いた記事なるものを見たこともあります。まるであおり運転は仕方ない面もあり、あおられる方にも非があるのだと言わんばかりです。

でも、テレビニュースなどで取り上げられるような事例の方がむしろ特殊なのです。動画を見ると、車から降りて窓ガラスをドンドン叩いたり、暴言を吐いたり、車体を蹴上げたりしていています。なかには、酒を飲んでいたケースもあるようです。

あおり運転は、そんな特殊なものだけではないのです。もっと日常的にあるものです。車を運転している人だったら、普段誰しもが経験していることでしょう。むしろ、急いでいるのだろうとかトロトロ走っているからあおられるのだ、などというもの言いこそがあおり運転をはびこらせる要因になっているように思います。

あおり運転は、事故を誘発するケースも多いのです。中でも運転に未熟な人ほど、後ろからあおられたら、気が動転して運転を誤る危険性も大きいでしょう。しかも、運転に未熟な人ほど、あおり運転のターゲットになるケースが多いのです。

あおり運転もメンヘラの一種と言えないこともないでしょう。放っておくとどんどんエスカレートするという点も含めて、あおり運転はDVと似ている気がしないでもありません。警察は、特殊な事例をアピールすることで一罰百戒を狙っているのかもしれませんが、これほど社会問題になってもなおあおり運転をしているような人間には、もはや一罰百戒なんて効果がないのは明白です。

それは、歩きスマホと同じです。電車に乗ると、「歩きスマホは危険ですからやめましょう」とうるさいほどアナウンスしていますが、常識のある人間はもうとっくにやめています。今でも歩きスマホをやっている人間には、そんなアナウンスは馬の耳に念仏でしょう。それより、万歩計のような仕組みを利用して、歩行中にスマホを操作できないような機能をスマホ本体に組み込むべきです。HUAWEIがどうのといった陰謀史観に囚われる前に、まずそういった身近な問題を検討すべきなのです。

言ってもわからない人間はいくら言ってもわからないのです。

新東名では、ヘリコプターであおり運転を監視しているようですが、ヘリコプターで監視して、果たして一日に何件摘発できるのでしょうか。

ヘリコプターで監視するような手間暇があるなら、私たちが普段利用する道路で日常的に行われているあおり運転をもっと摘発すべきです。警察庁は、あおり運転の取り締まりを強化して、2018年度は年間1万件以上摘発し、前年に比べ倍増したと胸を張っていますが、倍増であれなんであれ、あおり運転が日常的に繰り返されている現実は何ら変わりはありません。

私の経験では、トラックやバンなど営業車によるあおり運転が多いように思います。日頃からその道路を利用しているので、「オレたちの道路だ」「邪魔なんだよ」というような意識がはたらいているかもしれません。

昔から大型ダンプの運転が危険だと言われていますが、彼らはダンプカー協会という後ろ盾があるからなのか、我が物顔でやりたい放題のように見えます。また、深夜の「PRESS」と書いた新聞社の配送トラックや、収集を終えて湾岸部の清掃工場に向かう首都高のゴミ収集車もあおり運転の常習者です。「PRESS」ならあおり運転してもいいのか、ゴミ収集という公共サービスに携わっていればあおり運転をしてもいいのかと思ってしまいます。また、平日の夕方、環八の外周りなどでは、現場帰りの人夫送迎の箱バンがよく前の車をあおりトラブルになっているのを目にします。

あおり運転においても、後ろ盾(天下りの業界団体)のない一般車ばかりがやり玉に上がっていますが、常習的な”営業車”を重点的に取り締まれば、もう少し道路も平和になるでしょう。後ろのガラスに「後方録画中」というステッカーを貼っている車がありますが、自分を守るにはそんな方法しかないのかと思ってしまいます。あおり運転の問題にしても、悪貨が良貨を駆逐するような現実があるのです。あおり運転は、私たちの日常で半ば常態化しているのです。テレビで取り上げられる特殊なケースだけではないのです。
2019.02.13 Wed l 日常・その他 l top ▲
千葉県野田市の10歳の女児が父親から虐待を受けて死亡した事件では、母親の両親から家庭内暴力の相談を受けていたにもかかわらず、女児から聴取することもなく「虐待はない」と判断して事態を放置した糸満市の教育委員会や、父親の暴力を具体的に記述し「先生、どうにかなりませんか」と訴えた女児のアンケート用紙をあろうことか父親に渡した野田市の教育委員会や、父親に強制的に書かされた女児の書面が嘘だとわかっていながら、それを根拠に一時保護を解除して家に戻す判断をした柏市の児童相談所など、またしても行政のずさんな対応が問題になっています。

こういった事ずさんな対応は、子どもの虐待やいじめによる自殺が起きるたびにくり返し指摘されていたことです。ずさんな対応の背景に、児童相談所の人員不足や行政の縦割り意識があるという識者の意見も、いつものことです。そもそも人が足りないというのは、なにか問題が起きると決まって出てくる役所の常套句です。しかし、そんなことを百万遍くり返しても、虐待事件はなくならないでしょうし、学校や教育委員会や児童相談所のずさんな対応もなくならないでしょう。

たしかに、公権力が個人のプライバシーに介入することのむずかしさはあるでしょう。しかし、結果として子どもの命が奪われたのです。どうして関係機関が機能しないのか、どうして同じことがくり返されるのか、ということをもっと真面目に且つ深刻に考える必要があるでしょう。でも、メディアや識者には、そういった姿勢は皆無です。

メディアや識者の意見には、根本的に欠けているものがあるように思います。それは、公務員の仕事に対する当事者意識の欠如です。当事者意識の欠如は、公務員特有の事なかれ主義によるものです。こういった事件が起きても、肝心な公務員たちはまったく他人事にしかとらえてないのではないか。また、担当した職員たちに対しては、「運が悪かった」「気の毒だ」というような見方しかしてないのではないか。

仕事などを通して公務員の生態を熟知している人たちから見れば、メディアの論調や識者の意見は、ただの気休めにしか思えないでしょう。メディアの論調や識者の意見もまた、公務員と同じ事なかれ主義にしか見えません。

母親も虐待に加担したとして逮捕されましたが、その論法に従えば、女児をさらに窮地に追いやることがわかっていながら、アンケート用紙を渡したり、自宅に帰したりした担当職員も、虐待に加担したと言えなくもないでしょう。

にもかかわらず、記者会見では「今後の課題としなければと思っています」などととぼけたことを言うのでした。ひとりの子どもの命が失われたことに対する痛惜の念など微塵もないかのようです。ただ責任逃れに終始するばかりで、外の人間から見れば信じられない光景です。

一方で、生活保護の申請に来た人間に対しては、小田原市の例が示すように、公務員たちは居丈高な態度で門前払いするのが常です。そのくせ、強面の人間だと途端に弱気になり、ホイホイと申請を通してしまうのです。(極端な例ですが)ベンツに乗りながら生活保護を受けているというような話がときどきやり玉にあがりますが、それは単に窓口で断り切れなかっただけなのです。今回の女児の父親に対する対応と同じです。

税金にしても、取りやすいところから取るというのが”鉄則”だと言われますが、たしかに、私たちには強気な税務署が、ヤクザの事務所に税務調査に入ったなんて話は聞いたことがありません。

メディアや識者が言うように、児童相談所の人員を増やせば、今回のような無責任な対応がホントになくなるのでしょうか。そういった対策案は、(木を見て森を見ないではなく)”木を見ないで森ばかり見る”トンチンカンな議論と言わねばなりません。と言うか、問題の本質を隠蔽する役割さえ果たしていると言えるでしょう。

制度や組織の前に、まず公務員の仕事に対する意識そのものがきびしく問われるべきでしょう。未だに公務員=自治体労働者=自治労=プロレタリアートという噴飯ものの幻想にとらわれているのか、左派リベラルは、ここでも人員不足が原因だみたいな“焼け太り論”に与するのが関の山で、”公務員批判”すらできないのです。

左派リベラルに言わせれば、”公務員批判”は魔女狩りなのだそうです。”公務員批判”を日本維新の会のような安手のファシストに渡し、教条主義的なおためごかしの論理で現実をごまかすことしかできない左派リベラルのテイタラクが、ここでも露呈されているのです。

彼らは、役所は金儲けをするところではない、役所にコスト云々を言うのはお門違いだと言います。でも、公務員にコスト意識がないことが税金の無駄使いにつながっているのは誰が見てもあきらかでしょう。

公務員は、職務上の瑕疵は原則として問われないことになっています。つまり、責任は負わないようになっているのです。国家賠償法では、責任を負うのはあくまで国や地方公共団体です。だから、民間のように業務上過失〇〇という刑事罰は適用されないのです。それが公務員の事なかれ主義、無責任な対応を生む要因になっているように思えてなりません。

児童相談所の人員を増やしても、彼らの当事者能力のなさが解消されることはないでしょう。これからも同じような事件が起きる懸念は拭えません。

テレビのワイドショーでは、ゲストで呼ばれた児童相談所のOBが事件の背景や対応の仕方などを解説していましたが、スポーツ中継じゃないんだから「身内」に解説させてどうするんだと思いました。

そもそもDVというメンヘラに起因する行為に対して、教育委員会や児童相談所が対応すること自体、場違いな気さえします。教育委員会や児童相談所には、DVがメンヘラに起因するという認識さえないのです。記者会見の質疑応答で、担当者が無能に見えるのもゆえなきことではないのです。DVのノウハウを持っているNPO法人などに「民間委託」するほうがまだしも現実的な気がしてなりません。と、公務員の問題を考えると、やはり、ネオリベの誘惑を抑えることはできないのでした。


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2019.02.06 Wed l 社会・メディア l top ▲
噂の真相休刊号


『噂の真相』の編集長だった岡留安則氏が1月31日、那覇市の病院で死去したという報道がありました。

岡留氏は、『噂の真相』休刊後も、移住先の沖縄からブログを発信し、BLOGOSなどにも転載されていましたが、そのブログも2016年4月に途絶えたままでした。どうしたんだろうと気になっていましたが、記事によれば、2016年に脳梗塞を発症、さらに昨年の11月、肺がんが見つかり、そのときは既に末期の状態だったそうです。

享年71歳というのは、早すぎる死と言うほかありませんが、やはり酒と煙草が寿命を縮めたのかもしれません。

私は、『噂の真相』は前身の『マスコミ評論』の頃から毎号欠かさず読んでいました。『噂の真相』に関しては、創刊準備号から休刊号まで今でも全て持っています。『噂の真相』は、業界では「ウワシン」と呼ばれていましたが、全共闘以後の世代にとっても、「ウワシン」と「マナコ」(『現代の眼』)は必携の雑誌でした。

当時(70年代)は、『現代の眼』以外にも、“総会屋雑誌”と呼ばれていた総合誌が多くありました。そういった雑誌の誌面を飾っていたのが、いわゆる新左翼的な言説です。三菱や三井など一流企業の広告が掲載された雑誌に、新左翼的な立場に依拠した記事が並んで掲載されていたのです。言うなれば独占資本と革命派が同居していたのです。60年代後半の叛乱の季節の余韻がまだ残っている時代でした。しかし、81年の商法改正によって、“総会屋雑誌”は次々と休刊に追い込まれていくのでした。

そんななかで、総合誌とやや性格を異にする『噂の真相』だけは、2004年の休刊まで、80年代90年代をひとり駆け抜けて行ったのでした。それは、『噂の真相』が“総会屋雑誌”(前身の『マスコミ評論』)を他山の石にして、広告に頼らない経営方針をとったからにほかなりません。だからこそ「タブーなき反権力スキャンダル雑誌」が維持できたのです。『噂の真相』のスキャンダリズムに比べれば、文春砲なんて(権力との対立を回避した)子供だましの似非スキャンダルにすぎません。『噂の真相』は実際に黒字だったようで、岡留編集長はポルシェに乗っているという噂を耳にしたことがあります(上野千鶴子はBMWに乗っているという噂もありました)。

ちなみに、私も70年代の半ばの浪人時代、虎ノ門にある総会屋の事務所でアルバイトをしたことがあります。一張羅のスーツを着て、タクシーで丸の内などにある有名企業の総務部を訪問し、一冊数万円もする右翼の評論家の本を売っていました(と言うか、有無を言わさず売りつけていました)。総会屋の事務所の壁には、孫文の革命がなんたらというような扁額がかけられていました。文字通り、私は、竹中労の言う「左右を弁別せざる思想」を実践していたのです(冗談ですが)。もっとも、竹中労は、『噂の真相』のような雑誌は嫌いだと言ってました。また、女優とのスキャンダルを書かれた五木寛之氏は、「噂の真相の真相という雑誌が必要だ」と皮肉を言ってました。

一度、地下鉄丸の内線の車内で岡留氏を見かけたことがありました。岡留氏は、いかがわしい金融業者が持っているようなセカンドバッグ(ワニ革ではなかったような)を小脇に抱え、ドアの横に立っていました。その姿がなんだかとても孤独な感じに見えたのを覚えています。

『噂の真相』の副編集長であった川端幹人氏は、朝日の記事で、岡留編集長の人となりを次のように語っていました。

朝日新聞デジタル
川端幹人さん 「すぱっと謝罪、また書く」 岡留さん悼む

覚悟や理念はあっても、スタッフを責めたり、説教したりすることはなかった。変なプライドもなく、謝罪する時は割り切ってすぱっと謝罪する。そしてまた書く。


それは『噂の真相』の特徴でもあったように思います。親しくしていても、いつ斬られるかわからないという声はよく聞きました。でも、そのあとも、何事もなかったかのように親し気に接してくるのだそうです。そういった割り切り方、遠慮のなさは、みずからの人間関係においても少なからず参考になりました。


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2019.02.03 Sun l 訃報・死 l top ▲
嵐の突然の「活動休止」には驚きましたが、だからと言って、彼らの歌の題名もなにひとつ知らない私は、嵐に対してはとりたてて興味があるわけではありません。ただ、SMAPのときと同じように、オジサンの年齢になってもなお、アイドルを演じるのは傍目で見る以上にしんどいものなんだろうなと思っただけです。

もっとも、SMAPのメンバーのその後を見ると、芸能界にとどまる限り、SMAPの呪縛から解き放されてもアイドルの呪縛から解き放されるわけではないということがよくわかります。むしろ、逆に痛々しく見えるほどです。

SMAPの解散や嵐の「活動休止」は、ジャニー喜多川氏の高齢化に伴って、ジャニーズ事務所の権勢にほころびが見え始めた兆候ととらえることができるでしょう。と言うか、ジャニーズ帝国自体が内部崩壊に向かっている証左と言えなくもないのです。今後も大物アイドルの退所の噂があるようですが、さもありなんと思います。

しかし、芸能マスコミは、相変わらず美談仕立ての話を伝えるばかりで、そういった「活動休止」の背後にある問題に触れようとしません。それは一般紙も同様です。

朝日の特集記事では、中森明夫、デープ・スペクター、井上公造、駒井千佳子のコメントが紹介されていましたが、そのなかでまともなことを言っているのは中森明夫だけでした。

朝日新聞デジタル
SMAP解散に絶望「ジャニーズの生態系崩壊」と評論家

あとはジャニーズ帝国を忖度したいつものおべんちゃらにすぎません(デープ・スペクターなんて、奥さんが片山さつきと共著を出して、その広告看板に公選法違反の疑いがかけられたほど、与党政治家とズブズブの関係にあるのに、未だにワイドショーのコメンテーターに起用されているのは大いに問題ありでしょう)。

でも、ジャニーズ帝国を忖度した時代遅れのおべんちゃらは、芸能レポーターだけではありません。系列局のニュース番組にコメンテーターとして天下っている大手新聞の(元)「論説委員」なる人間たちも同様です。

彼らのコメントもまた、芸能リポーターの美談話と寸分も違わないトンチンカンなものです。たかが芸能と言うなかれ。彼らがジャーナリストだなんて片腹痛いのです。

スーツにネクタイ姿のいい歳したおっさんが、「嵐は日本中から愛され、もはやアイドルグループの枠を超えていました。特に東日本大震災のあと、彼らは被災者たちに多くの元気を与えたのです」などと、したり顔で解説しているのを見るにつけ、思わずお茶を吹き出しそうになりました。

私たちは、せめてこういうもの言いを冷笑するくらいの見識はもちたいものです。”動員の思想”(=共感の強要)の対極にあるのがシニズムで、斜に構えてものごとを見るのも、それはそれで意味はあるのだと思います。
2019.01.29 Tue l 芸能・スポーツ l top ▲
小室さん母子がメディアやネットから叩かれているのを見るにつけ、私は違和感を抱かざるを得ません。これこそ「ネットとマスメディアの共振」(藤代裕之氏)で生み出される“私刑”の構造と言えるでしょう。

男女間の問題には、第三者が伺い知れないデリケートなものがあるのは言うまでないことです。ときにお金が絡むことだってあるでしょう。関係が順調なときは「いいよ。いいよ」と言いながら、関係が冷えると「あのときのお金を返せ」と言い出し、トラブルになるのもめずらしい話ではありません。そこからストカーに豹変するケースもあるでしょう。と言うか、「お金を返せ」と言うこと自体、もはやストーカーの心理と言えないこともありません。

借用書が存在しない限り、譲渡と見做されるのは素人でもわかる話です。元交際相手の男性が弁護士に相談したら、「あきらめるしかない」と言われたのは当然です。そういった世間の常識もどこかに吹っ飛んでいるのです。

私は小室さん一家と最寄り駅が同じで(一度駅で小室さんを見かけたことがあります)、小室さんが通っていた幼稚園はすぐ近所ですし、小室さんが学生時代にアルバイトをしていたレストランにも食べに行ったことがあります。もちろん、小室さん一家が住んでいるマンションも知っています。でも、男性のことを聞いても誰も知らないと言います。どういう人物なのか知りたかったのですが、噂にも上らないみたいです。

男性は、法的には不利なためか、フリーライターだかが代理人に就いて、メディアを利用する戦略に切り替えたようで、最近は積極的にインタビューに答えています。しかし、小室さん母子が立場上表だって反論できないことをいいことに、自分に都合のいい情報だけを発信している感は否めません。

別れたあとになって「あのときのお金を返せ」と言うのは、古い言い方をすれば「男の風上にもおけない」のです。右派のマッチョイズムから言っても、むしろ交際相手の男性の方こそ非難されても仕方ないのです。

ところが、なぜかメディアも大衆も、ストカーまがいの男性を被害者に仕立てて、批判の矛先をもっぱら小室さん母子に向けるばかりです。

眞子さんは結婚すれば皇室を離れ「民間人」になるのです。彼女は、今どきの女の子と同じように(皇族のなかでは初めてと言っていい)自由な恋愛を実践したのです。でも、メディアや大衆はそれが気に入らないのでしょう。「品格」なることばを使うのは、皇族をいつまでも(不自由な)カゴのなかに閉じ込めておこうという魂胆さえ感じてなりません。茶道の家元や神社の神官や殿様の末裔や公務員なら「品格」があるとでも言うのでしょうか。「品格」なるものの前には、恋愛の自由も許されないかの如くです。そもそも罪多き人生を送る私たちが、他人(ひと)様の結婚に対して、「品格」なんてことばを使う資格などあるのでしょうか。

小室さんバッシングの裏には、大衆の妬みや嫉みが伏在しているように思えてなりません。そこにあるのは、皇族の恋愛をきっかけに露呈した大衆の負の感情です。生活保護叩きなどと構造は同じです。メディアはネットに同調することで、大衆の心の奥底に潜む負の感情に火を点けたとも言えるのです。

今の状況のまま結婚に至るにはまだ難しい気もしますが、一方で小室さんが開き直っているように見えるのも、眞子さんの小室さんに対する気持が変わらないからでしょう。しかし、大衆はそのようには考えません。小室さん母子は皇室を利用しようとしているなどと陰険で底意地の悪い見方しか持てないのです。なんだかおぞましささえ覚えますが、もとより私たちの(市民としての)日常性は、そういったおぞましさによって仮構されているのだということをゆめゆめ忘れてはならないでしょう。


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私刑の夏
2019.01.27 Sun l 社会・メディア l top ▲
NGT48のメンバーが、会社が寮として借りていたマンションの部屋の前で男二人から暴行を受けた事件は、私たちに「『人形遣い』の錬金術」(週刊新潮)の”素の部分”を垣間見せてくれたように思います。少なくとも、熱狂的なファン(ヲタ)のストーカー行為というような“単純な話”でないことだけはたしかでしょう。

なんら対策も講じず事件を隠蔽しようとする運営側にしびれをきらした被害者が、事件から一か月後に動画サイトにアップした悲痛な訴えには、アイドル商法の裏にある”闇”を伺わせるものがありました。

「本当のこと言わないとなにも解決しないし。私とまた同じ目に遭う人がいるのに、結局この1カ月待ったけど、なんも対処してくれなくて。今村さんだって『クリーンなNGTにする』って言ったのに。『新しいNGTにする』って、『悪いことしてるやつらだって解雇する』って言ったくせに、なんも対処してくれてなくて」
(略)
「今回、私は助かったから良かったけど、殺されてたらどうするんだろうって思うし。なんで他のグループでは許されないことがNGTでは許されるかわかんない。生きてる感じがしない(中略)ずっとずっと言いたかったけど、全部対処してくれるって言ったからこの1カ月怖かったけどずっと待ってた。だけど、結果、なんもしてくれなくて。悪いことしてた人たちも全部そのままで。誰かが取り返しつかなくなったらどうするんだろう。全部言いたいけど、お世話になってる人たちにも迷惑かかるし」

LITERA
NGT48暴行被害でメンバーが運営の無責任体質を告発! 芸能マスコミはスルーしAKSの火消しに協力


さらに被害者はTwitterでも、メンバーが男たちに被害者の部屋や帰宅時間を教え部屋に行くようにそそのかしたとか、加害者の男たちはメンバーの部屋から出てきたなどと書き込み、事件にメンバーが関与していたことを示唆したのでした。

また、被害者が以前、メンバーのなかの風紀の乱れを運営側に訴えていたという報道もあります。それらをつなぎ合わせると、ネットの“正義感”もあながち暴走と言えない面もあるように思います。

もとより芸能界は、“普通の”社会ではないのです。市民社会の埒外にあるものです。吉本隆明が言うように、「特殊××」なのです。かつてAKBの熱心なファンだった知人は、今回の事件について、「アイドルだなんて言っても、昔で言えば女郎屋と女郎の関係のようなもので、こんなことはいくらでもあり得るよ」と吐き捨てるように言ってました。

「総選挙」によってグループ内で序列が付けられるため、一票でも多くの票を獲得することはメンバーにとって至上命題です。そのために、投票に影響力のある一部のファンと、疑似恋愛を越えた関係をもつメンバーが出てくるのはあり得ない話ではないでしょう。言うなれば、多くの指名を取るために、同伴出勤したり、ときに枕営業も厭わないクラブのホステスと同じようなものかもしれません。それに、アイドルと言っても、今どきの若い女の子ですから、ヤンキーと親和性の高い(美意識を共有する)子だっているでしょう。現に週刊誌に、そういったゴシップ記事が出たメンバーもいました。彼女は、今やテレビでひっぱりだこの売れっ子になっているのです。

AKBに関しては、初期の活動資金に、振り込め詐欺や闇金や闇カジノなど違法ビジネスで稼いだお金が使われていたという記事が出たことがありましたし、私的なパーティの席で、AKBのメンバーがあられもない恰好で運営会社のスタッフの膝の上に座ってはしゃいでいる写真が流出したこともありました。また、AKBのメンバーと運営会社の社長との「不適切な関係」がとり沙汰されたこともありました。そういったことと、今回の事件はすべてつながっているように思えてなりません。

被害者の訴えを受け、男たちとつながっていたメンバーが誰なのか、ネットでは犯人捜しがはじまっていますが、一方で、その加熱ぶりに警鐘を鳴らす識者の声もあります。しかし、今回の事件に限って言えば、識者の建前論よりネットの犯人捜しのほうが、まだしも事件の本質にせまっているように思います。識者の建前論は、事件の幕引きをはかる運営会社の策動に手を貸すものだというネットの主張も、的外れとは言えないでしょう。AKB関連の報道には常にバイアスがかかっているのも事実で、芸能マスコミに彼らが不信感をもつのも当然なのです。

余談ですが、事態が落ち着いたら、被害者は「一時休養」した上で、そのままフェードアウトする可能性もなきにしもあらずでしょう。怖い!怖い!芸能界のオキテに従えば、それしか落としどころはないように思います。


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2019.01.16 Wed l 芸能・スポーツ l top ▲
今日(1月7日)は昭和天皇崩御の日だそうです。もうあれから30年経ったのかとしみじみとした気持になりました。

昭和天皇の容態が予断を許さない状態であることが伝えられた年末から、日本中は自粛ムードでした。当時、私は、ポストカードやポスターを輸入する会社に勤めていたのですが、自粛ムードの煽りでクリスマスカードが売れず、会社ではみんな焦っていました。

話は飛びますが、「大喪の礼」(2月24日)の日、私は金沢に出張していました。ところが、出張先に社長から連絡があり、話があるのですぐ戻って来いと言われました。それで、私は、急遽、特急電車に乗って帰京し、そのまま新宿のホテルの喫茶室で社長に会いました。

社長は深刻な顔をして、クリスマスカードの販売不振が響いて会社の経営状態がよくないと言っていました(もっとも、前から会社の経営状態はよくなくて、自粛ムードでトドメを刺されただけです)。

「このままだと会社は潰れる。お前に東京より西の販路をやるので、独立しろ」と言われました。今だったら喜んで独立したでしょうが、”サラリーマン根性”が染み付いていた当時の私には、独立なんてとても考えられませんでした。私は、会社を縮小して、10人程度で再出発したらどうかと提案したのですが、社長はそれは無理だと言ってました。

それからほどなく会社は倒産し、私は同じ業界の別会社に転職。数年後、会社を辞め、結局独立することになるのでした。

平成元年は、個人的にも大きな出来事がありました。前年の秋に父親が入院し、平成元年の5月に亡くなったのです。父親の容態もまた予断を許さない状態がつづいていましたので、年末年始も九州に帰り、入院している父親の病院に詰めていました。母親は病院に寝泊りしていましたので(当時は、付き添いのために家族が病院に寝泊りすることができたのです)、実家には誰もいません。それで、大晦日も病院の近くのホテルに泊まったのを覚えています。

そんな状況のなかで、1月7日の崩御の日を迎えたのでした。私が崩御を知ったのは、通勤する電車のなかでした。スマホなんてありませんので、横に立っていたサラリーマンの会話が耳に入ったのでした。

「天皇陛下が死んだな」
「ああ、これで競馬も中止だよ」

サラリーマンたちは、そんな“不謹慎”なことを話していたのでした。ふと外を見ると、電車は鉄橋にさしかかり、鉄橋の下の川べりでは、魚を釣っている人がいました。それもいつもの光景でした。

会社に行くと、みんなは口々に「今日、どうすればいいんだろう」と言ってました。みんな、戸惑っていたのです。

会社の営業部門は、数か月前に荻窪の駅前のビルに移転したばかりでしたが、荻窪の駅前では、ヘルメットにタオルで覆面をした中核派のメンバーが40~50人くらい集まり、「天皇賛美を許すな!」と演説しながらビラを配っていました。そのため、機動隊も出動して、駅前は騒然とした雰囲気になっていました。私たちは、窓際に立ってその様子を見ていました。また、お茶の水の明治大では、革労協のメンバーが路上に火炎瓶を投擲したというニュースもありました。

私は、「昭和天皇より絶対長生きするんだ」と言っていた吉本隆明のことを思い出しました。正月に帰ったとき、母親は、「天皇陛下とどっちが先じゃろうか?」と言ってましたが、父親は昭和天皇より長生きしたんだなと思いました。と言っても、父親は戦争にも行ってませんので、昭和天皇に格別な思い入れがあったわけではありません。

仕事を終えた私は、池袋と新宿の間を何度も行き来しました。昭和の最後の日の街の様子を目に焼き付けておこうと思ったからです。今調べたら1989年1月7日は土曜日でした。新宿の駅ビルの入口には、ネオンが消えた薄暗いなかに、人がぎっしり立っていました。これから待ち合わせて週末の街に繰り出そうという人たちなのです。池袋でも同じでした。ネオンが消えた街は、いつもと違いおどろおどろしい感じでしたが、人々はいつもの日常を過ごそうとしていたのです。そんな様子を写真家の卵なのか、若い女性がカメラにおさめていました。

その日からテレビは追悼番組で埋め尽くされました。アナウンサーもみんな喪服を着ていました。ゲストで呼ばれた人たちも、一様に黒っぽい服装をして、沈痛な表情を浮かべ昭和天皇の人となりを語っていました。

当時、私は、埼玉に住んでいたのですが、翌日には街の至るところで異様な光景を目にしました。貸しビデオ屋の前に、車がずらりと列を作って並んでいたのです。その頃はまだTSUTAYAもなく、街のあちこちに地域のチェーン店や個人が経営する貸しビデオ屋がありました。追悼番組に飽きた人たちが貸しビデオを求めて、店に殺到していたのです。

そこにもまた、日常を切断された人々の”ささやかな抵抗”があったのです。こういった”ささやかな抵抗”は戦争中もあったそうです。でも、「公」に対して「私」はあまりに無力なのです。すべては何事もなかったかのように処理されるのでした。追悼一色に染まったメディアで、そんな”ささやかな抵抗”を報じたところはどこもありませんでした。

あれから30年。時間の経つのは速いものです。今日、新横浜に行ったら、駅ビルのなかに「10周年ありがとう!」という垂れ幕がありました。駅ビルができてもう10年になるのです。このブログにも、建設中の駅ビルのことを書いたことがありますが、なんだか10年が一束になってやってくる感じで、年を取れば取るほど時間の経つのが速くなるというのはホントだなと思ったばかりでした。

一方で、平成の時代は、日本が経済的に沈み行く国だということがはっきりした30年でもありました。下記の平成元年と平成30年の時価総額ランキングの比較を見れば一目瞭然です。

DIAMOND online
昭和という「レガシー」を引きずった平成30年間の経済停滞を振り返る

時価総額比較

でも、相変わらず「ニッポン、凄い!」ブームはつづいています。また、現在、自粛ムードと同じように、徴用工やレーダー照射の問題をきっかけにメディアをおおっている嫌韓ムード(の再燃)などを見るにつけ、貧すれば鈍すではないですが、日本社会や日本人は益々余裕がなくなり、自分を客観的に(冷静に)見ることすらできなくなっているように思えてなりません。「日本を、取り戻す」という自民党のキャッチフレーズが象徴するように、いつまでも”過去の栄光”にすがり、成長神話というないものねだりを夢見るだけで、今の身の丈に合った国家観や社会観はどこにもないのです。前も書きましたが、坂を下る思想や坂を下る幸せだってあるはずなのです。
2019.01.07 Mon l 日常・その他 l top ▲
今日(1/2)の朝日新聞デジタルに、大塚英志のインタービュー記事・「感情が政権と一体化、近代に失敗しすぎた日本」が掲載されていました。今の私たちが置かれた社会の状況を考える上で、とても示唆に富んだ記事でした。(デジタル記事の場合、時間が経過すると削除されますので、可能な限り引用して紹介します)

朝日新聞デジタル
感情が政権と一体化、近代に失敗しすぎた日本 大塚英志

私は、つぎのような発言に目がとまりました。

 「例えば右派の人たちが大好きな『日本』にしたって、きっともう少し日本の『中身』でつながりようがあるわけですよ。『好き』以外の感情を許さない、感情化された『日本』っていうのか、内実はそれこそ戦時下の劣化版みたいな『日本』でしかない。中身がないから『反日』『親日』のように、隣の国の否定や、反日というファクターを作ることによってしか『日本』を定義できない。あと外国人に『ここがスゴイ』と言ってもらうとか。快・不快で『日本』がかろうじて輪郭を結ぶわけです」


 「だから、今の『保守』の人たちが言う『日本』がぼくには本当にわからないんですよ。種子法が廃止され、『移民』法、水道の民営化が国会を通過し、北方領土は2島返還でいいという空気になっている。ネトウヨはTPPも多くは推進派だった。普通、『米』『水』とか『領土』とか、ぼくは同意できないけど、『反移民』とかは『右』が命かけて守るものでしょう。それが全部、ないがしろにされて、大丈夫なのかなって、左派の方が心配しているくらいでしょう。少なくとも今回は、国会の前を安保法制の時のリベラルのように右翼たちが大挙して囲んでいなくちゃいけない状況だった気がします。でも、そうならないのは、それは多分、安倍政権は、安倍さんと日本と支持者の自我がきれいに重なって一体化している、つまり、感情的共感に支えられた感情化した政権だからでしょう」


こういった中身のない「感情化」(ただ感情のみで共感を求める傾向)は、記事でも触れていますが、とりわけネットにおいて顕著です。

私は、仕事の関係でInstagramを日常的にチェックしていますが、たとえば趣味をテーマにしたインスタなどでは、理解に苦しむような多くの「いいね!」が付いている記事をよく見かけます。

ひとりよがりの雑な写真や個人的な日常を綴った絵日記のようなものに対して、信じられない数の「いいね!」が付けられているのです。どうして人気があるんだろうといくら考えても理解できません。でも、インスタの場合、従来の感覚で理解しようとすること自体、間違っているのかもしれません。「いいね!」は評価ではないのです。

そこにあるのは「空気」です。私は、以前、仕事で知り合った若い女性たちの誘いに乗ってLINEのグループに入り、僅か一週間で「村八分」に遭った苦い経験があるのですが、そのとき感じたのも、グループを支配する「空気」や暗黙のルールでした。私はそれを読むことができなかったのでした。

インスタも同じで、判断停止して「いいね!」を押しているだけなのでしょう。そうやってお互いに「いいね!」を押し合っているのでしょう。

フォローにしても然りで、画像をアップすると瞬間的にフォロワーが増えますが、一日経つとまたもとに戻るのでした。要するに、フォローされたら同じようにフォローを返さなければならないのです。返さないと、フォローが取り消されるのです。中身なんて二の次なのです。そうやってフォロワーを増やすことだけが目的になっているのです。

私などは、バカバカしいとしか思えませんが、それが今様の(ネットの)「つながり」なのです。ネットの時代の若者にとっては、そんな人間関係のほうがむしろリアルなのでしょう。そして、自分が認められたような気になっているのでしょう。「ひとりじゃない」と本気で思っているのかもしれません。

でも、「空気」を読むことは反面とても疲れることです。LINEグループの経験から言えば、本音を言えないストレスもあるでしょう。心にもないお追従のようなコメントばかり書くことに嫌気がさすこともあるでしょう。「SNSに疲れた」という声が出るのもわからないでもありません。

中身のない浅薄な関係は、国家に対しても同様です。大塚英志が言うように、今のナショナリズムのなんといい加減なことでしょう。そこには「主義」と呼べるような論理的な一貫性などありません。思想としての誠実さも皆無です。ただ、グローバル資本主義に拝跪する安倍政権に、盲目的に「いいね!」を押しているだけです。

これではこの国がグローバル資本主義に無力なのは当然でしょう。この国には、SNS的な感情に同化するだけの意味不明なナショナリズムしかないのです。誤解を怖れずに言えば、「日本」が不在なのです。だから、百田某のように、ネットからコピペした「日本」を捏造するしかないのでしょう。

大塚英志も、記事の最後でつぎのように言っていました。

 「中国や北朝鮮が攻めてくる的イメージがずっと繰り返されてきましたが、『攻めてくる』のは、無国籍なグローバルな経済の波です。その意味での『見えない戦争』はとっくに始まっていて、もう負けていますね。さっき言ったように『移民』法は成立、水、固有種の種子といった、いわば国家の基本をなすようものはどんどん外資に譲り渡す流れになっている。日本の中で『勝っている』人は確かにいるけれど、それはグローバルな経済の方に飛び乗った人たちで、私たちの大半はもう『負けて』いる。だからここにあるのは、もう焼け野原なのかもしれない。でも、かつての『戦後』はこの国が『近代』をやり直すチャンスだったわけで、もう一回、『近代』及び『戦後』をやってみるしかないでしょう」


大塚英志が言うように、私たちは既に焼け野原に立っているのかもしれません。格差社会の過酷な現実も、どう考えても焼け野原の風景にしか見えません。薄っぺらな「愛国」も、グローバル資本主義に無条件降伏するための方便のようにしか思えません。


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2019.01.02 Wed l 社会・メディア l top ▲
昨日、テレビ東京の「家、ついて行ってイイですか」という番組を観ていたら、都内の風呂無しトイレ共同の古い木造アパートで、ひとり暮らしをする65歳の男性が出ていました。東京出身だそうですが、30代の頃、両親が相次いで病死し、一人っ子だったので天涯孤独で、現在は清掃の仕事をして糊口を凌いでいると言ってました。今のアパートも30年以上住んでいるのだとか。

若い頃は会社勤めをしていたけど、「サラリーマンには向いてない」「自由に生きたい」と思ったので、両親が亡くなったあと、会社を辞め、以後日雇いの仕事をしていたそうです。ただ、年金が少ないので、身体が丈夫な間は働かなければならないと言ってました。

テレビの男性より下の世代ですが、私の知り合いにも似たような生活をしている人間が何人もいます。彼らは、フリーターの第一世代です。学校を出てほぼ大半をフリーターとして生きているのです。そんな彼らも、既に50代の半ばに差し掛かっているのです。親の年金に寄生している中高年ニートが100万人近くいるという話もありますが、それとは別に稼働年齢の終わりに近づきつつある中高年フリーターの問題も深刻なのです。

『新・日本の階級社会』の著者・橋本健二氏によれば、65歳以上の「高齢アンダークラス」の年金の平均受給額は96万円だそうです。

(略)高齢アンダークラス男性の現状は、現在の若年・中年アンダークラス男性が将来どのような生活を送ることになるかについて、示唆するところが多い。年金収入は九六万円だから、基礎年金を満額受け取った場合に比べて二〇万円ほど多いだけである。(略)しかし逆からみれば、基礎年金すら受け取ることができるかどうかわらかない現在の若年・中年アンダークラスに比べれば、わずかとはいえ恵まれているだろう。その意味ではこれらの高齢アンダークラスは、若年・中年アンダークラスの将来の生活の、いわば「上限」を示しているとみていいだろう。

『アンダークラス—新たな下層階級の出現』(ちくま新書)

 
一方で、中高年フリーターがブラック企業のカモにされているという現実もあります。ブラック企業がはびこるのも、膨大なフリーターの労働市場があるからです。しかも、中高年になると、同じブラック企業でも、清掃や警備や配送など仕事も限られるのです。今後外国人労働者が入ってくると、こういった仕事も若い外国人に奪われるでしょう。

中高年フリーターに対して、まわりからは「自由がいいからだよ」「縛られたくないんだよ」というような見方をされ、本人たちも、「家、ついて行ってイイですか」の男性のように、「自由に生きたかった」というような言い方をするのが常です。でも、自由どころか、老いてもなお生活に追われ、いつまでも働きつづけなければならないきびしい現実が待っているのです。

上記の『アンダークラス—新たな下層階級の出現』のなかで、橋本氏もつぎのように書いていました。

NPOを拠点にソーシャルワーカーとして活動する藤田孝典氏は、「生活保護基準相当で暮らす高齢者及びその恐れがある高齢者」を「下流老人」と呼び、その数は推定で六〇〇~七〇〇万人に上がると指摘している。そしてこれらの高齢者は、年金受給額の減少、介護保険料の増加、生活費高騰のため、生きるために働き続けなければならない状況に置かれており、このように日本は「死ぬまで働き続けなければ生きられない社会」になりつつあるのではないか、という(『下流老人』『続・下流老人』)。これら高齢アンダークラス男性は、こうした日本を象徴する存在だということができる。


総務省統計局が2014年の労働力調査に基づいて発表した年代別非正規雇用の割合を見ると、65歳以上がいちばん多くて73.1%、つぎが15~24歳で48.6%、三番目が55~64歳の48.3%、四番目が45~55歳の32.7%です。

総務省統計局
最近の正規・非正規の特徴

55~64歳のなかには、リストラなどで職を奪われ、非正規を余儀なくされた人たちも多くいるのでしょう。そういった人たちも問題ですが、いちばんの問題は、そのあとの45~55歳の32.7%という数字です。45~55歳のなかには、間違いなくフリーターの第一世代がマスとして含まれているからです。年金に未加入の人間も多いはずです。もちろん、そのあとも第二第三とフリーターの世代がつづくのです。

彼らに向かって、「自業自得」「自己責任」ということばを投げつけるのは簡単ですが、しかし、彼らの存在は、私たちにとっても決して他人事ではないのです。

資本主義社会で生きて行くのは大変です。それは私たちの実感でもあります。日本人の7割は、サラリーマンとして人生を終えると言われますが、しかし、みんなが順調に人生を終えるわけではないのです。サラリーマンということばのイメージとはまったくかけ離れたような人生を送っている人も多いのです。

ネット通販で巨万の富を得た間寛平似の成金社長が、恋人だか愛人だかわからないような若い女優や取り巻きのお笑い芸人と麻布の高級店で食事する、その一回の食事代にも及ばないような年収しかない下級労働者が、この国には1千万人近くもいるのです。

そして、間寛平似の成金社長や彼の部下は、おなじみの「自己責任」論で下級労働者を貶め、女優の肩を抱きながら高笑いを放っているのです。

藤田孝典氏は、下級労働者を見下した彼らのSNSの書き込みに対して、つぎのようにTwitterで怒りを表明していました。


間寛平似の社長らの臆面のない成金自慢を見るにつけ、マックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を持ち出すまでもなく、資本主義が歯止めもなく倫理的に崩壊しているのをひしひしと感じます。ネット社会やグローバル資本主義が、そういった暴走を招いているのです。彼らにとっては、格差社会もまるで勝利の美酒のツマミのようです。これでは、資本主義社会で生きて行くのが益々大変になっているのも当然でしょう。


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秋葉原事件
2018.12.31 Mon l 社会・メディア l top ▲
ローラが、インスタグラムで辺野古の新基地建設工事の中止を求める署名を呼びかけて話題になっています。と言うか、“政治的発言”だとしてメディアやネットで叩かれているのです。そうやってローラをCMから降ろすようにスポンサーに圧力をかけている(かけられている)のです。

松本人志や北野武や坂上忍らの”政治的発言”は不問に付され、どうしてローラだけが問題視されるのか。ローラのそれは政権批判につながるものだからでしょう。松本人志や北野武や坂上忍のような、機を見るに敏なポチのおべんちゃらではないからです。

もっともローラは、今までも環境問題やペットの殺処分に関して積極的に発言していますので、辺野古の工事についても、どちらかと言えば、政治的な理由というより環境問題として、埋め立てに懸念を表明したのかもしれません。

また、現在、拠点をアメリカに置いていますので、こういった発言をすることに躊躇いはなかったのでしょう。ローラも所属事務所と契約問題でもめたことがありますが、むしろ、政治的に色が付かないように、見ざる聞かざる言わざるの三猿であることを強いられる日本の芸能界が特殊なのです。その前提にあるのは、言うまでもなく日本の芸能界にはびこる”奴隷契約”(竹中労)です。

ただ一方で、私は個人的には、新基地建設の中止をアメリカ政府にお願いする署名運動には違和感を抱かざるをえません。原発事故で盛り上がった反原発運動を野田首相(当時)との面会に収れんさせ、ものの見事に運動のエネルギーを雲散霧消させたあの”悪夢”が思い出されてならないのです。そこにあるのは、「『負ける』という生暖かいお馴染みの場所でまどろむ」(ブレイディみかこ)左派リベラル特有のヘタレで自慰的で敗北主義的な発想です。もとより日米軍事同盟は、それほどヤワなものではないでしょう。

去る12月20日、ロシアのプーチン大統領は、恒例の年末記者会見で、日本との平和条約交渉に関連して、つぎのような考えを示したそうです。

(略)日本との平和条約交渉について、締結後の北方領土への米軍展開を含めロシアの懸念を払拭するのが先決との考えを示し、「日本側の回答なしに重要な決定を行うのは難しい」と述べた。また沖縄県で民意に反し米軍基地の整備が進んでいることを例示し、日米同盟下で日本が主権を主体的に行使できているのか疑問を呈した。

共同通信
ロシア、在日米軍展開懸念払拭を


これほどバカにされた発言はないでしょう。ホントに独立国なのか?と言われているようなものです。これでは、平和条約=北方領土返還なんて絵に描いた餅にすぎないでしょう。

ローラの発言について、『ジャパニズム』(青林堂)の元編集長で元ネトウヨの古谷経衡氏は、つぎのように書いていました。

(略)私はローラさんが、辺野古移設工事反対10万筆署名に賛同の意を示したことの、どこが「左傾」「反日」なのか、まったくもって意味が分からない。

 沖縄の先祖代々の土地を、米軍から取り戻したい。沖縄の先祖代々の土地に、これ以上米国の軍隊の基地を創って欲しくない―。これこそが保守であり、真の愛国者の姿勢では無いのか。

Yahoo!ニュース
ローラさんの辺野古工事阻止10万筆署名賛同こそ、真の保守であり愛国者だ


当たり前すぎるほど当たり前の見方と言えるでしょう。当たり前に見えないのは、戦後の日本が当たり前ではないからです。そして、私は、あらためて「愛国」と「売国」が逆さまになった”戦後の背理”を考えないわけにはいかないのでした。私たちはまず、「愛国」を声高に叫ぶ人間たちこそ疑わなければならないのです。


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2018.12.28 Fri l 社会・メディア l top ▲
南青山に建設予定の児童相談所の住民説明会における一部住民の反対意見が、テレビのワイドショーの恰好のネタになっています。

実際に建設されるのは、児童相談所を含めた4階建ての複合施設だそうで、港区のホームページの「南青山用地での整備の理由」には、つぎのように記載されていました。

港区公式ホームページ
(仮称)港区子ども家庭総合支援センター(児童相談所他2施設・平成33年4月開設予定)

港区は、児童虐待や非行などの児童に関する問題への対応や一時保護などを行う「児童相談所」、子育て中の人を支援する「子ども家庭支援センター」、様々な事情から養育が困難となった母子家庭が入所する「母子生活支援施設」が一体となった複合施設「(仮称)港区子ども家庭総合支援センター」を整備し、児童虐待、非行、障害など、あらゆる児童の問題に対して、区が主体性と責任を持って、切れ目のない一貫した相談・支援体制を作ってまいります。


これに対して土地のブランドにこだわる一部住民は、「一等地の南青山に児童相談所はふさわしくない」と本音丸出しの反対意見を述べ、物議を醸したのでした。

「南青山は自分でしっかりお金を稼いで住むべき土地。土地の価値を下げないでほしい」
「私の場合は、3人子どもがほしいと思ったので、私立に3人入れるよりは意識の高い公立小学校に入れると決め、億を超える南青山の土地を買い、家を建てた。
(略)
もし(施設の)子どもたちがお金ギリギリで(意識の高い)小学校にいらっしゃるとなったときは、とてもついてこられないし、とても辛い思いをされる。むしろかわいそうではないか」

複合施設に対する誤解もあり、不勉強ゆえにただ感情的に反発している気がしないでもないですが、こういった発言をする背景には、土地やマンションを所有することに資産価値を求め、土地にブランド価値を見出す発想があるからでしょう。私は地方出身者ですが、田舎では家をもつことに資産価値を求めるような発想はありません。なぜなら土地が安く、将来転売して利益を得ようという邪な考えがないからです。

もっとも、こういった発想は、南青山の住民だけでなく、マンションコミュニティーサイトの掲示板などを見ると、都心のマンションではどこにでも存在しています。都心のマンションの住民たちで、南青山の住民が“異様な人々“であるという認識をもっている人は、案外少ないのではないでしょうか。

都心のマンションでは、近所に老人福祉施設や病院ができたり、なかには区の図書館ができるというだけで、「資産価値が下がる」と言って差別的な書き込みが並ぶのが常です。学校も離れていればOKですが、すぐ近所だと迷惑施設になるのです。まして児童虐待やDV被害者の施設ができるなどと言われたら発狂するのは当然でしょう。そこにあるのは”土地神話”という病理です。

ただ、昔から住んでいる地の人間は、事情が異なるようです。私は、親の代から六本木や麻布や神楽坂に住んでいる人間を知っていますが、彼らはバブルの頃、地価がウナギのぼりすることに対していつも溜息を吐いていました。なかには、固定資産税を払うためにパートに出ている奥さんもいました。地の人間たちにとって、資産価値が上がっていいことなんてないのです。資産価値が上がって喜んでいるのは、他所から来た人間たちなのです。

“土地神話”が生まれたのはバブル以降ですが、しかし今また、異次元の金融緩和(量的緩和)で不動産業界にお金が流れ、首都圏では異常とも言える土地バブルが再来しています。

バブルの頃、暴力団を使った地上げが社会問題になりましたが、今も同じような地上げが行われています。ただメディアが以前のように取り上げてないだけです。そして、不動産業界に巣食うブラックな紳士たちが再び肩で風を切って歩いているのです。

五反田の旅館跡地をめぐって、地面師たちが積水ハウスから63億円を騙し取った事件も、土地バブルが生んだ事件と言っていいでしょう。騙し取られた積水ハウスも、63億円ごときではビクともしないのです。土地バブルでは、そんなお金ははした金にすぎないのです。私は、あの事件にはむしろ痛快な感想さえもちました。

南青山の住民によって、“土地神話”が人間の心を如何に蝕んでいるかがいみじくも証明されたのでした。「高級住宅地」だからと言って、住んでる人間が「高級」なわけではないのです。南青山の住民たちは、土地バブルに踊る(踊らされる)品性下劣な下等物件(©竹中労)であることをみずから暴露したと言えるでしょう。
2018.12.24 Mon l 社会・メディア l top ▲
カルロス・ゴーンに対する東京地検特捜部の拘留延期申請が却下され、保釈も間近と思われたのもつかの間、まさかの再逮捕(三度目の逮捕)には誰しもが驚いたことでしょう。推定無罪という近代法の基本原則などどこ吹く風の検察の横暴にしか見えませんが、それもゴーン逮捕が”政治案件”だからなのかもしれません。

もともと虚偽記載という“形式犯”で長期間身柄を拘束することには批判がありました。とりわけ海外のメディアからは、”人権後進国”の日本に対して厳しい目が向けられていました。そういった批判が、拘留延期却下という東京地裁の異例の決定(!)に影響を与えたのは間違いないでしょう。だからというわけなのか、東京地検特捜部は、“本丸”の特別背任罪での再逮捕という大博打に打って出たのでした。ただ専門家の間では、特別背任罪による起訴は難しいという見方が多いようです。

このような日本的な「人質司法」も、弁護士の渡辺輝人氏によれば、裁判所の“慣行”にすぎないのだそうです。考えてみれば、裁判官も検察官も同じ公務員です。”身内意識”がはたらいてないと言えばウソになるでしょう。

(略)刑事訴訟法の条文自体は、身体拘束にそれなりに厳しい要件を設けており、本来、簡単に起訴前勾留を認めたり、安易に勾留延長を認めたり、“振り出しに戻る”ルールを安易に許したりするようにはなっていません。このような「人質司法」はひとえに制度を運用する裁判所の慣行です。そして、長期の身体拘束と、被疑者・被告人の取り調べについて弁護人の同席を認めない制度が、無実の人を自白の強要により冤罪に追い込む仕組みになっています。

Yahoo!ニュース
ゴーン再逮捕と身柄拘束手続の仕組み


マフィア化は政治だけでなく、法の番人も例外ではないのです。まさにこの国そのものがマフィア化しているのです。

宮台真司は、週刊読書人ウェブの鼎談のなかで、人類学者の木村忠正氏の『ハイブリッド・エスノグラフィー』(新曜社)を取り上げ、つぎのように言ってました。

木村氏は「政治が自称マイノリティに特権を与え過ぎ、マジョリティが享受すべき利益が喰われた」とする議論がネットで分厚く支持される事実を実証します。ネットユーザーの過半数です。「自称マイノリティ」には広い意味があります。生活保護受給者や在日コリアンやLGBTだけでなく、日本に様々な要求をする中国・韓国・北朝鮮のような国も含まれます。勤勉で正直な自分らマジョリティは弱者を騙るずるい人や国に利益を奪われている──。そんな被害妄想が拡大しています。

氏の議論はフランクフルター(批判理論)と接続がいい。中流が分解し、昭和みたいな経済成長も立身出世もない。そう人々が断念したのに加え、今のポジションより落ちるのではないかとの不安と抑鬱に苛まれる。フランクフルターが問題にした大戦間のワイマール期に似ます。エーリヒ・フロムの分析によれば、貧乏人ではなく、没落中間層が全体主義に向かう。「こんなはずじゃなかった感」に苦しむからです。だから被害妄想を誇大妄想で埋めようとする。

週刊読書人ウェブ
宮台真司・苅部直・渡辺靖鼎談
民主主義は崩壊の過程にあるのか


国民においても、非人道的な「人質司法」や検察の横暴などより、日産=日本の利益を食い物にしたゴーンに対する反感が優先されるのです。そこにあるのも、マフィア化を支えるブラックアウト的感情です。そして、そういった感情を煽る役割を担っているのがメディアです。メディアは、検察からリークされた情報を垂れ流し、まるで裁判がはじまる前から有罪が確定したかのような印象操作をおこなっているのでした。権力を監視するどころか、権力の走狗になっているのです。

(法律に)「やっていいと書いていないことはやらない」のではなく、「法律が禁じていないことはやっていい」という、法律の抜け穴を利用するような政治。安保法制や辺野古をめぐる対応や森友や加計の問題などを見れば、一目瞭然でしょう。これが(この国が)「底がぬけた」と言われる所以です。


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ゴーン逮捕と人権後進国
政治のマフィア化
2018.12.22 Sat l 社会・メディア l top ▲
パリの「ジレ・ジョンヌ(黄色のチョッキ)」のデモは、当初の燃料税引き上げに反対するものから反マクロンの政権批判に発展し、デモ自体も全国に拡大しているようです。

しかし、日本のメディアは、デモの「暴徒化」のみにフォーカスを当て、デモの本質を伝えようとしていません。

WEBRONZAに掲載された在フランスのジャーナリスト・山口昌子氏の記事によれば、有名ブランド店などのショーウインドが破壊されたりするのは、デモ隊に紛れた「キャサール(壊し屋)」の仕業だそうです。日本のメディアが伝えるのは、もっぱらそういった現場の映像です。

WEBRONZA
パリは革命前夜? 「黄色いチョッキ」デモの実態

現地で取材する田中龍作氏によれば、グローバル企業の象徴とも言えるスタバの壁には、「打倒、帝国主義」と落書きされていたそうです。と言うと、落書きしたのは左翼のように思うかもしれませんが、実際は、多くの「ジレ・ジョンヌ」がそうであるように、愛国的なドゴール主義者の手によるものなのでしょう。階級闘争も反帝国主義も、今や右派のスローガンになっているのです。

フランスにおいても、「忘れられた人々」が声を上げはじめているのです。自分たちを「忘れられた」存在に追いやるグローバル資本主義に、反撃の矛先を向けはじめているのです。それを主導しているのが極右です。

田中龍作ジャーナル
【パリ発】黄色いベストが襲撃するネオリベ金融機関とスタバ ‘MACRON HARAKIRI’

歴史上初めて市民革命(フランス革命)を成し遂げたフランス人にとって、デモは「遺伝子」みたいなもので、「大小を合わせると、デモの回数は年間3000回という数字もある」(上記山口氏の記事)そうです。

デモ自体も、日本では考えられないような激しさです。今の日本には、あのようなデモをする自由さえありません。ゴーン逮捕で世界に知られることになった「人権後進国」の実態が、デモの自由度においても露呈されているのです。

日本では、反原発や反安保法制の国会前デモに見られるように、「おまわりさんの言うことに従おう」という”檻のなか”のデモしかありません。フランス人から見れば、「あんなのデモではないよ」と言われるでしょう。

日本においては、政権が追い込まれるデモなんて夢のまた夢です。それより選挙に行って野党に投票しようというのが、デモの主催者たちの主張です。だから、選挙に行かないやつが悪い、選挙に行かないやつに政治を語る資格はない、と彼らは言うのです。そのためのデモなのです。それが「僕らの民主主義」(高橋源一郎)なのです。

マクロンが、かつてロスチャイルド系の銀行に勤務し、企業買収などを担当して高額な報酬を得ていたことは知られていますが、ロスチャイルド系の銀行に勤務していたとき、彼はフランス社会党の党員でもありました。その後、政治家に転身して中道政党を立ち上げるのですが、こういったところにも、ネオリベと密通したフランス左派の現状(テイタラク)が示されています。それが、革命が極右に簒奪された主因でもあるのでしょう。

もっとも、2000年代初めアメリカで新保守主義が台頭した際、ネオコンは「”赤いマント”を着ていないトロッキストだ」と喧伝されたように、左翼のインターナショナリズムがグローバリゼーションと思想的に親和性が高いのは否定すべくもない事実でしょう。むしろ右翼民族主義こそがグローバリズムに対峙する思想的な視点をもっているはずなのです。”戦後の背理”に呪縛された日本の民族主義は歪んだものになっているので、日本的な視点で見ると理解できないかもしれませんが、極右がグローバリズムに反対するのは自然な流れとも言えるのです。

デモは、マクロンを徐々に追いつめいています。デモによって、マクロンは、最低賃金の増額や残業代とボーナスの非課税、それに月額2千ユーロ(約26万円)未満の年金受給者に対する社会保障税減税などの妥協案を発表せざるを得なくなったのでした。

余談ですが、年金受給者向けの減税案を見ても、フランスの年金レベルが日本と比べ高いことがわかります(フランスの年金の平均支給額は22万円強だそうです)。デモで政権を追いつめることができる自由と言い、同じ民主主義を標榜する「先進国」でもこんなに違うのかと思います。それは、市民革命で自由を手に入れた国と、そうではない国の違いでもあるのでしょう。と同時に、「非暴力」という排除の論理で偽装した左の全体主義=「僕らの民主主義」の欺瞞性を今更ながらに痛感せざるを得ないのでした。

栗原康が編纂した『狂い咲け、フリーダム』(ちくま文庫)に、山の手緑氏のつぎのような文章がありました。

メルロ・ポンティがいうように「受肉した存在であるわたしたちにとって、暴力は宿命である」のなら、身体だけその辺に置いて逃げるわけにもいかない。暴力を手放すわけにはいかない。
 貧しい者は幸いである、無力なものには暴力がある。というのが資本主義の現実である。
(略)
 暴力を手放すということは自由を手放すことに等しいことなのだ。
(「暴力、大切」山の手緑)


暴力もまた自由の尺度のひとつなのです。


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左の全体主義
2018.12.14 Fri l 社会・メディア l top ▲
2018年12月9日14


関内に用事があったついでに、いつものように日本大通りから山下公園、さらにみなとみらい界隈を散歩しました。

紅葉もほぼ終わり、日本大通りや山下公園のイチョウも、黄色い葉がかろうじて枝に付いている感じでした。

日曜日とあって、横浜はどこも多くの観光客で賑わっていました。横浜に来る観光客で特徴的なのは、カップルが多いことです。そのなかを、大男のオヤジがいっそう背を丸め歩いているのでした。

例年赤レンガ倉庫で催される「クリスマスマーケット」も、大変な人出で、歩くのも苦労するほどでした。もともと「クリスマスマーケット」はドイツかどこかのマーケットを真似ていて、販売されているのも海外のクリスマスグッズが主でした。ところが、よく見ると、ずいぶん様変わりしており、グッズは影を潜め、食べ物の店が前面に出ているのでした。もちろん、多くはクリスマスと関係のない食べ物屋ばかりです。やはりクリスマスも「花より団子」なのかと思いました。

若い頃から輸入雑貨の仕事に携わり、クリスマスのカードやグッズを扱ってきた人間としては、ちょっとさみしい気持になりました。

デパートなどでバラエティ雑貨とか趣味雑貨と呼ばれていた輸入雑貨を最初に手掛けたのは、芸能界の周辺にいた人間たちでした。彼らが、ひと儲けしようと海外からめずらしい雑貨を持ち帰り、徐々に増えはじめていた雑貨の店に売り込んだのです。あの三浦和義もそのひとりでした。私が最初に勤めた会社の社長も、某フォークディオのマネージャーでした。なかには、元グループサウンドのメンバーが立ち上げた会社もありました。私は、彼らから「面白かった時代」の話をよく聞かされました。でも、今も生き残っている会社はほとんどありません。

そう言えば、この時期は休みもなく働いたもんだなあ、と昔をなつかしんだりしました。この時期が一年でいちばんの「書き入れ時」でした。

帰りに、いつものように、ランドマークタワーのくまざわ書店に寄って、本を買いました。会社に勤めていた頃、くまざわ書店も担当したことがありました。当時は八王子にある小さな書店にすぎませんでした。ところが、会社を辞めてしばらく経ったら、いつの間にか全国区に急成長していたのでびっくりしましたが、TSUTAYA(蔦屋書店)などと同じように、大手取次会社の資本が入ったからでしょう。

本を物色していたら、モデルと見紛おうようなきれいな娘(こ)に遭遇しました。あまりジロジロ見ると、変態オヤジと思われそうなので、さりげなく視線を走らせましたが、きれいな娘に胸をときめかすなんて、なんだか昔にタイムスリップしたような気分になりました。と同時に、田中康夫の『なんとなく、クリスタル』に漂っていた、あの虚無感が思い出されるのでした。人は変わっても、街はいつの時代もきらびやかで若いままなのです。

年をとると、どこに行ってもなにを見ても、さみしい気持になるばかりです。


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関連記事:
『33年後のなんとなく、クリスタル』
2018.12.09 Sun l 横浜 l top ▲
今、私が住んでいる街は、横浜では一応人気の住宅地です。私は、10年弱しか住んでない新住民ですが、昔は町工場などが多かったそうです。東横線沿線ということもあって、工場跡地にマンションが建てられ、農地だったところが宅地に整備されて、人気の住宅地に変貌したのでした。

昔の名残なのか、駅近くの路地の奥に、飲み屋ばかり入った”長屋”のような建物があります。2階建ての横に長い木造の建物で、1階に居酒屋や小料理屋などが6軒入っています。昔は、工場で働く人たちが仕事帰りに立ち寄る憩いの場だったのでしょう。もっとも、こういった建物は、背後に工場地帯を控える駅などではよく見かけました。ところが、先日、前を通ったら、既に2軒看板が外され閉店していました。もしかしたら取り壊しになるのかもしれません。

私が来た頃は、駅の周辺の路地には、まだ古い飲み屋やアパートが残っていました。しかし、ここ数年でつぎつぎと取り壊され、新しい建物に代わっています。

前も書きましたが、そんな古い木造の、それこそ「○○荘」などという如何にも昭和っぽい名前が付けられたアパートには、低所得の高齢者たちも多く住んでいました。建物が取り壊される度に、住人たちはどこに行ったのだろうと気になって仕方ありません。

金融緩和やオリンピック景気で、土地バブルが再来していると言われており、銀行による積極的な融資によって、古いアパートがつぎつぎと新しく建て替えられているのです。駅周辺の古いアパートも、あと2~3軒を残すのみとなりました。

今日、別の路地を歩いていたら、やはり古いアパートが壊され、シートに囲われた新しい建物が建築中でした。近所の人に聞くと、新しい建物は県内でチェーン展開する保育園になるそうです。

周辺のマンション住民のために保育園が建てられる。そのために追い立てられる低所得者。オーバーと言われるかもしれませんが、なんだか今の格差社会を象徴するような光景に思えてなりません。

反発されるのを承知で言えば、「日本死ね」も所詮は恵まれた人たちの話にすぎません。待機児童の問題では、母親が働かなければ生活が成り立たないような話がいつも強調されますが、当事者の多くは「中」の階層に属する人たちです。間違っても「弱者」ではないのです。「弱者」を盾にみずからを主張しているだけです。もちろん、2千万人もいると言われる生活保護の基準以下で生活している低所得者なんかではありません。

一方で、彼らは、各政党にとってメインターゲットの有権者でもあります。自民党から共産党まで、彼らの歓心を引こうと競って耳障りのいい政策を掲げています。待機児童問題がこれだけ大きくなったのもそれゆえです。まさにプチブル様々なのです。

左翼の概念が右へ右へとずれ、左派がリベラル化中道化するにつれ、左派は上か下かの視点を失っていったのでした。

ジジェクも、現代は「ファシズムが文字通り左派の革命に取って代わる(代理をする)事態を表している」(『ポストモダンの共産主義)』と書いていましたが、アメリカのトランプ現象やヨーロッパを覆う極右の台頭に見られるように、プチブル様々の社会から置き去りにされた人々のルサンチマンを吸収したのは、左派ではなく極右です。上か下かの視点を持っているのは極右の方で、階級闘争は極右の代名詞にすらなっています。ナチスと同じように、”革命”が極右に簒奪されたのです。リベラル化して現実を見失った左派は、歌を忘れたカナリアになってしまったのです。


関連記事:
「市民的価値意識」批判
『新・日本の階級社会』
2018.12.03 Mon l 社会・メディア l top ▲
ワイドショーでもおなじみ、ジャーナリストのモーリー・ロバートソン氏が、『週刊プレイボーイ』のコラムで、イギリスのガーディアン紙でのスラヴォイ・ジジェクの発言を取り上げていました。

Yahoo!ニュース(週プレNEWS)
左派賢人の過激な問い。"世界のトランプ化"はリベラルのせい?

ロバートソン氏の要約によれば、ジジェクの発言はつぎのようなものです。

〈(略)今、リベラル陣営はグローバル経済の構造自体の欠陥に関する議論よりも、倫理やモラル、多様性、ゲイライツ、人種差別といった"小さな問題"にばかり注目するようになっている。

本筋から逃亡し、"正しい側"の席に座り、"正しいこと"を叫ぶだけでは何も変わらない。左派が本質的な原因に目を向けることなく、本来すべき役割を果たさないからこのような社会になっているのだ〉


つづけて、ジジェクの発言について、ロバートソン氏はつぎのように注釈を加えていました。

ジジェクは、リベラル陣営がトランプら右派政治家の言動ばかりに目を奪われるのは「バカげている」と喝破(かっぱ)します。極右の再興はあくまでもグローバリズムの暴走、格差の拡大による"二次的な症状"である。

にもかかわらず、右派陣営に煽(あお)られるがままに、反差別や多様性といった"些末(さまつ)なこと"を追いかけても、この社会はよくならない。いや、むしろ右派ポピュリズムは拡大していくだけだ――。

身もふたもない言い方をすれば、ジジェクは「左派はきちんとゼニの話をしろ」と言っているのです。


左派がリベラル化するにつれ、社会の根本にある下部構造の話をしなくなったというのは、そのとおりでしょう。それゆえ、「極右の再興はあくまでもグローバリズムの暴走、格差の拡大による"二次的な症状"である」という視点すら持てなくなっているのです。成長や繁栄から置き去りにされ、大労組からも見捨てられたアンダークラスの人々こそ、右か左かに関係なくプロレタリアートと呼ぶべきなのです。

また、ジジェクは、つぎにような大胆な発言もしています。

〈混乱した社会の中で左派に惹(ひ)かれる人々は、決まって理想やモラルを叫ぶ。だからこそ、こういうときに一番大事なのは民衆の声を聞かないことだ。民衆はパニックに陥っており、そこには知恵などない。これまでも民の声を聞いた結果、ポピュリズムとファシストしか出てこなかったじゃないか〉


思わず「異議なし!」と叫びたくなりました。

ジジェクは、「はじめは悲劇として、二度目めは笑劇として」というマルクスの有名な箴言が副題に付けられた『ポストモダンの共産主義』(ちくま新書)でも、つぎのように書いてました。

 じつは進行中の危機の最大の犠牲者は、資本主義ではなく左派なのかもしれない。またしても世界的に実行可能な代案を示せないことが、誰の目にも明らかになったのだから。そう、窮地に陥ったのは左派だ。まるで近年の出来事はそれを実証するために仕組まれた賭けでもあったかのようだ。そうして壊滅的な危機においても、資本主義に代わる実務的なものはないということがわかったのである。
『ポストモダンの共産主義』


ジジュクは、別の章では、構造改革は「詭弁」だとも書いていました。

左派が下部構造=経済の話をしなくなったというのは、ブレイディみかこ氏も常々指摘していることです。ブレイディみかこ氏の発言も、ジジェクと重なるものがあります。

ブレイディ 両極化する世界とか中道の没落とか言われてますけど、それはあくまで地上に見えている枝や葉っぱの部分で、地中の根っこはやっぱり経済だと思います。中道がいつまでも「第三の道」的なものや緊縮にとらわれて前進できずにいるから、人びとがもっと経済的に明るいヴィジョンを感じさせる両端にいっている。

シノドス
「古くて新しい」お金と階級の話――そろそろ左派は〈経済〉を語ろう
ブレイディみかこ×松尾匡×北田暁大


先日、パリのシャンゼリゼ通りのガソリン価格の高騰や燃料税引き上げに抗議するデモで、「一部が暴徒化した」というニュースがありましたが、その街頭行動の背景に、2017年の大統領選挙の第一回投票で、マクロンにつづいて極右・国民連合(国民戦線)のマリーヌ・ル・ペンが2位、そして、ニューレフト(新左翼)の左翼党(不服従のフランス)を率いるジャン=リュック・メランションが3位を獲得したという、フランスにおける「流動的」な政治情勢が伏在しているのは間違いないでしょう。

それは、(このブログでも再三書いていますが)フランスに限った話ではありません。ヨーロッパでは、反グローバリズム・反資本主義において、極左と極右がせめぎあいを演じているのです。そういったせめぎあいは、右か左かでは理解できない状況です。

上記の『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう』のなかで、社会学者の北田暁大氏が、“社会学の陥穽”について、「自戒を込めて」つぎのように言ってました。

北田 経済がどうやって発展するとか、社会が安定的に成長していくには具体的にはどうしたらいいのかって発想がなくて、全部制度的な公正性の原理だけで物事を考えているわけですよ。

(略)いまの社会学って、方法はさまざまありますが、やっぱり制度を比較に基づいて分析する学問だから。「その制度は不公正ですよ」「この制度では機能していませんよ」ということは言えるんですけど、どうやったら社会が全体的に「豊か」になるのか、そもそも社会を「豊か」にするとはどういうことなのかって発想が欠落しているんですよね。

(略)イスの数は決まっていて、その分配については不公平がある、その不公平はこのような形で生み出される、という分析は大切ですが、イスの数を増やすという発想は薄い。じゃあ、誰かのイスを取り上げるしかない、ということになりがちです。


これは、社会学の問題だけでなく、リベラルの限界であり、リベラル化した左派の限界でもあるでしょう。もとより私たちも「自戒」とすべき事柄でもあります。
2018.11.27 Tue l 社会・メディア l top ▲
2018年11月渋谷1


私は、週に2~3日は東横線(副都心線)で渋谷を通っています。車でもよく246や明治通りを通ります。

しかし、考えてみたら、もう1年くらい渋谷で途中下車したことがありません。最近はめっきり足が遠ざかっています。私にとって渋谷は、いつの間にか通過するだけの街になっていたのです。

今月、BSフジの「TOKYOストーリーズ」という番組で、二週に渡って「さよなら渋谷90s」と題し渋谷を特集していました。また、昨日のテレ東の「アド街」でも、「百年に一度の再開発」が行われている渋谷を特集していました。

それで、今日、久しぶりに渋谷で途中下車して、変わりゆく渋谷の街を歩きました。

私が一番渋谷に通っていたのも90年代です。「さよなら渋谷90s」では、牧村憲一(音楽プロデューサー)・谷中敦(東京スカパラダイスオーケストラ)・カジヒデキ・鈴木涼美・石川涼(アパレルブランド・せーの代表)・藤田晋(サイバーエージェント代表)・Licaxxx(DJ)らが、みずからの“渋谷体験”を語っていました。ただ、鈴木涼美とLicaxxxは、90年代の渋谷を語るには年齢的に若すぎ、明らかに人選ミスだと思いました。

もっとも番組で語られる渋谷は、パルコの広告戦略に象徴されるような公園通りを中心とした渋谷にすぎません。カジヒデキは、「95年頃に『渋谷系』ということばは終わった」と言ってましたが、私は最初から「渋谷系」ということばにすごく違和感がありました。このブログでも書いているように、私も、セゾン(パルコ)とは仕事をとうして関わっていましたが、しかし、公園通りの風景は渋谷のホンの一面でしかないのです。まして、藤田晋がヒップホップを語るなんて悪い冗談だとしか思えません。

昔、起業したばかりでまだ無名の藤田に密着したドキュメンタリー番組を観たことがありますが、そのなかで、田舎の両親(父親はたしか学校の教師だったような?)が原宿かどこかのアパートでひとり暮らしする息子の行く末を心配しているシーンがあったのを思い出しました。エリートやボンボンによくある話ですが、渋谷を語るのに、昔はちょっとヤンチャだったと虚勢を張りたかっただけなのでしょう。ヒップホップもいいようにナメられたものです。

過去というのは、このように語る人間に都合のいいようにねつ造されるものなのです。それは、国家の歴史に限らず個人においても然りです。

彼らが語る渋谷には、ストリートの思想がまったくありません。そこには、ただ資本に踊らされる予定調和の文化があるだけです。

谷中敦は、番組のなかで、渋谷をうたった詩を朗読していましたが、そのなかにソウルフラワーユニオンの歌のタイトルを彷彿とさせるような「踊れないのではなく踊らないのだ」という詩句がありました。でも、谷中敦だって、「踊っていた」のではなく、「踊らされていた」だけではないのか。そして、これからも渋谷を支配する東急資本に踊らされるだけなのだろうと思います。都市と言っても、昔の都市(まち)と今の都市ではまったく違うのです。渋谷がなによりそれを象徴しているのです。

私は当時、南口の東急プラザの裏の、玉川通りから脇に入った路地によく車を停めていましたが、あたりにはまだラブホテル(というより「連れ込み旅館」と言ったほうがふさわしいような古いホテル)が残っていました。

夜遅く、車を取りに坂を上ると、暗がりに人がウロウロしているのです。最初は、なんだろうと怪訝に思って見ていました。でも、やがて彼らの目的がわかったのでした。イラン人からクスリ?を買うために来ていたのでした。イラン人たちは、ビルの前の植え込みなどにクスリ?を入れたビニール袋を隠していました。初めの頃は私もイラン人たちから警戒されているのがわかりました。しかし、やがて彼らの敵ではないことがわかると、目で挨拶されるようになりました。

路地で「東電OL」とすれ違ったこともありました。彼女の”仕事場”は、道玄坂の反対側の神泉や円山町あたりでしたが、ときどき道玄坂を横切り、坂の上から裏道を降りて東急プラザに来ていたのでしょう。

でも、今は東急プラザは壊され、跡地はステンレスの囲いで覆われ、来年の秋の開業に向けて新しいビルが建築中です。周辺も人通りが少なく殺風景になっていました。

牧村憲一は、「渋谷で知っているところはもう9割がた失くなった」と言ってましたが、私も歩いていたらいつの間にか、新しい渋谷より知っている渋谷を探している自分がいました。


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2018.11.25 Sun l 東京 l top ▲
カルロス・ゴーンの逮捕が、ルノーと日産の経営統合を阻止するための国策捜査であり、国策捜査を誘引したクーデターであることが徐々に明らかになっています。

グローバル資本主義においては、日本の大企業が外国資本に呑み込まれるのはいくらでもあり得るでしょう。日産だってグローバル資本主義のお陰で復活したのです。グローバル資本主義に拝跪するということは、「日本を、取り戻す」ことではなく「日本を売る」ことなのです。裁量労働制の導入も外国人労働者に門戸を開放するのも、グローバル資本主義のためなのです。「助けてもらったのに、恩を仇で返すのか」というルノーの地元の声は当然です。

日本のメディアは、例によって例の如く検察からのリークを垂れ流し、重箱の底をつつくようにカルロス・ゴーンの“悪業”を暴き立ていますが、でも、彼らは昨日までグローバル資本主義の使徒とも言えるカルロス・ゴーンをカリスマ経営者としてヒーロー扱いしていたのです。日産の役員たちに勝るとも劣らない見事な手の平返しと言えるでしょう。こういった寄らば大樹の陰の節操のなさも、日本社会の特質です。

フランス在住の永田公彦氏は、ダイヤモンドオンラインで、ゴーン逮捕について、日本特有の集団的な手のひら返しだと書いていました。

DIAMOND online
ゴーン氏逮捕でフランス社会から見える、日本の「集団手のひら返し」

永田氏が書いているように、サラリーマンの社会でも、ある日突然梯子を外されることはめずらしくありません。永田氏によれば、手の平返しは権威主義を重んじ集団的な和を尊ぶ「アジアやアフリカ諸国に多い」そうですが、たしかに、中国や韓国などでも手の平返しの話はよく聞きます。大統領経験者に対する韓国世論の手の平返しなどは、その最たるものでしょう。

東京地検特捜部の(国策捜査であるがゆえの)荒っぽい手法については、元検事で弁護士の郷原信郎氏が、下記のインタビューで、法律の専門家の立場から疑問を投げかけていますが、しかし、日本のメディアの報道にこういった視点は皆無です。ただ、「検察は正義」の幻想を痴呆的に振りまくばかりです。

VIDEO NEWS(ビデオニュース・ドットコム)
不可解なゴーン逮捕と無理筋の司法取引説

一方で、ゴーン逮捕の“副産物”として、日本が人権後進国であることが世界に知られたのは、誠に慶賀すべきことと言えるでしょう。

朝日のパリ特派員が、フランスのメディアの反応を伝えていました。

朝日新聞デジタル
ゴーン容疑者いる拘置所「地獄だ」 仏メディアが同情?

記事によれば、フィガロ紙は、「『検察の取り調べの際に弁護士も付き添えない。外部との面会は1日15分に制限され、しかも看守が付き添い、看守がわかる言葉(日本語)で話さなければならない』と指摘し、『ゴーン容疑者の悲嘆ぶりが想像できるというものだ』と報じている」そうです。

また、いわゆる日本式「人質司法」についても、つぎのように書いていました。

 フランスでは容疑者が拘束された際、捜査当局による聴取の際に弁護士が同席でき、拘束期間もテロ容疑をのぞき最長4日間(96時間)と定められている。このため、ゴーン容疑者の環境がとりわけ厳しく映ったようだ。


これでは、ニッポン凄い!どころか、日本ヤバい!になりかねないでしょう。

ちなみに、東京地検特捜部と密通して、ゴーン逮捕を事前にスクープしたのが、他ならぬ朝日新聞でした。だから、上記の記事も、どこか斜に構えたような感じになっているのでしょう。
2018.11.24 Sat l 社会・メディア l top ▲
2018年11月伊勢山皇大神宮2


夕方から散歩に出かけました。桜木町と野毛の間の丘の上に、伊勢山皇大神宮という神社があるのですが、まだ一度も行ったことがないので行ってみようと思いました。

自宅から新横浜まで歩いて、新横浜から市営地下鉄に乗り、横浜駅のひとつ先の高島町駅で降りました。高島町駅からは、スマホのナビを頼りに国道16号線を桜木町駅方面に進み、途中から右手にある紅葉坂(もみじざか)を上りました。かなり急な坂ですが、坂の上は伊勢山という横浜で有名な高級住宅地です。ここでも成り上がったら坂の上に住むという横浜人の法則がはたらいているのでした。

既にあたりは暗くなりましたが、坂の上に県立青少年センターという公共施設があったので、入口の警備員の人に、伊勢山皇大神宮の場所を訊きました。

「あの脇道を入れば、裏参道があるよ」と言われ、言われたとおり脇道を入ると、薄闇に参道の階段が現れました。

境内は人の姿もなく、ひっそりと静まり返り、夕闇の中に浮かび上がった本殿が一層荘厳に見えました。本殿の前では、仕事を終えた巫女さんが拝礼していました。

帰りは表参道を降りて、野毛の方へ坂を下りました。そして、野毛をぬけ、伊勢佐木町の有隣堂で本を買い、さらに関内・汽車道・赤レンガ倉庫から臨港パークを歩き、大観覧車のあるコスモワールドの脇をとおって、横浜駅まで歩きました。

途中、汽車道の対岸にある北仲では、再開発に伴って三井不動産のタワマンやアパの高層ホテル、それに32階建ての横浜市庁舎の建設が進んでいました。なんだか途端に現実に引き戻された気がしました。

3兆円を超す借金(市債発行残高)。全国的にトップクラスの職員給与。地上32階の豪奢な市庁舎。公務員の給与が高いのではない、民間の給与が低すぎるのだと嘯き、現市政を支持する労組。「自治体労働者への攻撃を許すな」と主張する新左翼セクト。そこにあるのは、醜悪としか言いようのない、平岡正明が言う「中音量主義」をまるで嘲笑っているかのような光景です。

帰りはさすがに足が棒のようになっていました。万歩計を持っていませんでしたが、1万歩を優に超したのは間違いないでしょう。


2018年11月伊勢山皇大神宮3

2018年11月伊勢山
(野毛に向かう坂)

2018年11月汽車道2
(ワールドポーターズの前のツリー)

2018年11月北仲
(汽車道から北仲を望む)

2018年11月臨港パーク
(臨港パーク)
2018.11.17 Sat l 横浜 l top ▲
日本が売られる


向こう5年間で34万人の外国人労働者を受け入れる出入国管理法(入管法)改正案が衆院本会議で審議入りしましたが、議論の叩き台になるはずの法務省のデータに改ざんが見つかり、審議がストップしたままです。

移民は認めないと公言する日本政府ですが、2015年のOECD外国人移住ランキングでは、日本はいつの間にか世界第4位の”移民大国”になっているのでした。

以下が、2015年のトップ10です。

1.ドイツ(約201万6千人)
2.米国(約105万1千人)
3.英国(約47万9千人)
4.日本(約39万1千人)
5.韓国(約37万3千人)
6.スペイン(約29万1千人)
7.カナダ(約27万2千人)
8.フランス(約25万3千人)
9.イタリア(約25万人)
10.オーストラリア(約22万4千人)

その結果、日本には既に128万人の外国人が居住しているのです。

労働力不足と言っても、要するに、「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)で謳われているように、「介護」「建設」「農業」「宿泊」「造船」など、いわゆる3Kの仕事で、低賃金の若年労働力が不足しているという話なのです。現在、その部分を弥縫的に担っているのが、”留学生”(資格外活動)29.7万人と技能実習生25.8万人です。

先日、日立製作所が山口県下松市の笠戸事業所で働くフィリピン人技能実習生40人に解雇を通告した問題で、実習期間の残り2年間分の基本給と生活費として月に2万円を支払うことで実習生と和解したというニュースがありましたが、基本給は14万円だそうです。

でも、この給与は技能実習生としては、恵まれた方で、農家に来ている実習生なんて、手取りが5万~10万円もめずらしくないと言われています。別のニュースでは、実習先から失踪して東京の飲食店で働いていた元実習生の話が出ていましたが、彼が得ていた給与は月に20万~25万円だったそうです。

これでは、失踪したくなるのは当然という気がしますが、しかし、20~25万円の給与も(福利厚生がほとんどないことを考えれば)最低レベルの賃金です。技能実習生の給与は、文字通り“最低以下”なのです。

どうして“現代の奴隷制度”とヤユされるような“最低以下”の給与しか貰えないのかと言えば、前に書いたとおり(『ルポ ニッポン絶望工場』)、監理機関や監理団体など官僚の天下り機関による(「会費」や「管理費」などの名目の)ピンハネがあるからです。実習生ひとりにつき10万円近くのピンハネが行われているという話さえあります。また、多くの監理団体には、政治家たちが役員におさまっており、文字通り官民あげて実習生を食い物にしているのです。

ところが、まだ始まったばかりとは言え、入管法改正をめぐる国会審議や、あるいはメディアの報道においても、このピンハネの問題がいっこうに表に出て来ないのです。何か不都合でもあるのか、不思議でなりません。

一方で、ホントに人出不足なのかという声もあります。仕事がきつくて賃金が安いので敬遠されているだけではないのかと。

堤未果氏は、WEBRONZAで、「現在日本には一年以上、職についていない長期失業者が約50万人いる」と書いていました。

WEBRONZA
人間にまで値札 外国人労働者拡大の危うさ

堤氏か書いているように、「人材がいないのではない」のです。労働条件が劣悪で、なり手がいないだけなのです。その「なり手がいない」仕事を、外国人労働者にさせようという話なのです。

 景気を良くするためだ、などと言って金融緩和をしても、永住まで可能な外国人を数十万人規模で受け入れれば、価格競争によって賃金は地盤沈下を起こし、日本人の失業者や単純労働者は、今後入ってくる移民との間で仕事を奪い合うことを余儀なくされるだろう。


外国人労働者の流入が、日本のアンダークラスの賃金を押し下げる要因になるというのは、これまでも指摘されていました。

堤氏は、新著『日本が売られる』(幻冬舎新書)の中でも、次のように書いていました。

 一橋経済研究所の試算でも、単純労働に外国人が100万人入れば、国内の賃金は24%下落するという数字が出ているのだ。
 こうした政府の方針によって、「人・モノ・サービス」はますます自由に国境を越えて売買され、2019年のTPP発効までに、日本に参入してくる外資や投資家が「世界一ビジネスしやすい環境」が着々と作り上げられてゆく。


グローバル資本主義に拝跪して(国を売り渡して)、何が愛国だ、何が「日本を、取り戻す」だと言いたいですが、一方で、プロレタリアートに国境はないという左翼のインターナショナリズムが、現代に奴隷制度をよみがえらせたグローバル資本主義と同床異夢を見ているという「右も左も真っ暗闇」の現実があることも、忘れてはならないでしょう。


関連記事:
『ルポ ニッポン絶望工場』
上野千鶴子氏の発言
2018.11.17 Sat l 社会・メディア l top ▲
渋谷のハロウィンのバカ騒ぎに対して、「狂騒」「暴徒化」などという言葉を使っているメディアさえありました。なんだか殊更問題化しているフシもなきにしもあらずです。渋谷区の長谷部健区長も、先週末に発生した一部参加者の乱痴気騒ぎに対して、「到底許せるものではない」と「緊急コメント」を発表。そして、ハロウィンから一夜明けた今日、長谷部区長は、来年以降ハロウィンの有料化も検討すると発言したそうです。ハロウィン有料化とは、まるでお笑いギャグのような話です。

私などは、渋谷の騒動と言えば、1971年の“渋谷暴動”を思い浮かべますが、あれに比べればハロウィンの騒ぎなんて子どもの遊びみたいなものでしょう。それに、もともと都市=ストリートというのは、常に秩序をはみ出す行動を伴うものです。そういった“無秩序”を志向する性格があるからこそ、私たちは、都市=ストリートに解放感を覚えるのです。都市=ストリートに対して、非日常の幻想を抱くことができるのです。

毛利嘉孝氏は、『ストリートの思想』(NHKブックス)の中で、イギリスにはじまって90年代に世界に広がった「ストリートを取り返せ」(RTS)運動について、次のように書いていました。

「ストリートを取り返せ」(引用者:原文では「リクレイム・ザ・ストリーツ」のルビ)のスローガンが意味するところは、やはり現在ストリートで切り詰められている「公共性」を、ダンスや音楽など身振りによって取り戻そうということだろう。ダンスや音楽は、「言うこと聞くよな奴らじゃない」連中が、同じように「言うこと聞くよな奴らじゃない」官僚制度や警察的な管理に対抗する手段だったのである。


テレビには、ハロウィンの若者たちは迷惑だと主張する地元商店会の人間たちが出ていましたが、私は以前、渋谷に日参していましたので、その中には当時顔見知りだった人物もいました。

私は、それを観て、渋谷は地元商店会のものではないだろうと思いました。渋谷に集まってくる若者たちだって、区民でなくても立派な渋谷の“住人”です。渋谷の街は、東急資本や地元商店会だけが作ってきたわけではないのです。私は、当時、路上で脱法ハーブやシルバアクセを売る外国人や地回りのやくざなどとも顔見知りでしたが、彼らだって渋谷の街を作ってきたのです。

もっとも、地元商店会にしても建前と本音があるのです。彼らも、商売の上では渋谷に集まる若者たちを無視することはできないのです。ドンキはじめ一部の商店が若者達に瓶に入った酒を売っていたとして批判を浴びていますが、イベント会場の周辺の店がイベントにやってくる若者相手に店頭で食べ物を売ったりするのと同じように、ハロウィンの若者たちを当て込みソロバンを弾いていた店も多いはずです。

メディアの前で迷惑顔をしている老人の中には、普段ストリート系の若者相手に商売をしている店の関係者もいました。若者の性のモラルの低下を嘆く教師や警察官や市議会議員などが、一方で中学生や高校生の少女を買春していた事件が後を絶ちませんが、あれと同じでしょう。

センター街には、昔からチーマーやコギャルが跋扈していましたが、しかし、跋扈していたのは彼ら(彼女ら)だけではなかったのです。コギャル目当ての大人たちも跋扈していたのです。チーマーやコギャル達は、そんな建前と本音のバカバカしさをよく知っていたのです。

それはメディアも然りです。メディアだって渋谷に建前と本音があることぐらいわかっているはずです。メディアは、地元の商店会と一緒になって建前を振りかざしながら、一方では若者たちを煽っているのです。「厳戒態勢の渋谷から中継」なんてその最たるものでしょう。今日の早朝の番組でも、各局がハロウィンから一夜明けた渋谷から中継していましたが、私にはバカ騒ぎの名残を惜しんでいるようにしか見えませんでした。

ともあれ、再開発の真っ只中にある渋谷が、やがて完全に東急に支配された(東急の色に染まった)街になるのは間違いないでしょう。そうなればストリートも消滅して、バカ騒ぎをする若者たちも、そんな若者たちに眉をひそめる地元の商店会も、街から排除される運命にあるのは目に見えています。そして、ハロウィンも、川崎などと同じように(あるいは、東京レインボープライドのパレードと同じように)、管理され秩序されたものにとって代わることでしょう。その意味では、渋谷の無秩序なハロウィンも、スカンクの最後っ屁のようなものと言えるのかもしれません。


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2018年10月帰省1
(高千穂峡)


最近、体調も、そして精神面も不安定な状態にあり、自分でもまずいなと思っていました。

それで、「最後の帰省」という二月の前言を翻して、気分転換のために九州に帰りました。今回の目的は、墓参りだけでなく、久住や阿蘇や高千穂に行って、秋を先取りすることでした。それは、ちょっと恰好を付けた言い方をすれば、過去を追憶する旅でもありました。

小学校低学年の頃、家族で久住高原にピクニックに行ったことがありました。最近、そのことがやたら思い出されてならないのでした。二月に帰ったときも、久住に行ったのですが、私のミスでそのとき撮った写真を消去してしまったのです。それで、今回再訪しました。

ピクニックに行ったのは、10月の20日すぎでした。非常に寒くてピクニックどころではなかったことを覚えています。ところが、今回も同じ10月22日に行ったのですが、暖かくて、フリースを羽織ることもなくずっとシャツ一枚で過ごしました。なんだかあらためて地球温暖化を痛感させられた気がしました。

ただ、ピクニックに行った草原は、その後、観光会社が買収して展望台として整備されたのですが、その会社が昨年倒産し、展望台に上る道路も閉鎖され、上にあがることができませんでした。

また、小学生のとき、父親と山に登ったときに利用した登山口にも行きました。やはり写真を消去したので、もう一度思い出の風景をカメラに収めたいと思ったのでした。あのとき登山口にバイクを停めて、二人で山に入って行ったことを思い出しました。下山する際、風雨に晒されて何度も転びながら下りてきたのを覚えています。当時、父親はまだ40歳前後だったはずです。私の中には晩年の老いた姿しかありませんが、そうやって思い出の場所に行くと、若い父親の姿がよみがえってくるのでした。

久住のあとは、阿蘇の大観峯に行きました。若い頃、彼女ができると必ずドライブに行った場所です。また、悩んだときもよく出かけました。会社を辞めようと思ったときも、再び上京しようと思ったときも、大観峯に行きました。

しかし、30年ぶりに訪れた大観峯はすっかり様相が変わっていました。駐車場が作られ、休憩所?のような建物もできていました。駐車場にはぎっしり車が停まっており、平日にもかかわらず観光客で賑わっていました。絶壁にひとり佇んで、眼下に広がる景色を眺めながらもの思いに耽ったような雰囲気はもはや望むべくもありません。落胆して早々に退散しました。

大観峯のあとは、高千穂に向けて車を走らせました。高千穂も父親との思い出があります。20歳のとき、一年間の入院生活を終え、実家に戻ってきた私は、毎日、実家で今で言う引きこもりのような日々を送っていました。当時はパソコンがなかったので本ばかり読んですごしていました。そんなある日、父親に誘われて高千穂峡に行ったのです。そのとき、父親が撮った写真は今も手元にあります。

大観峯から高千穂までは60キロ以上ありますが、山間を走る道路は昔と違って整備されていて、1時間ちょっとで着きました。でも、高千穂も昔とはずいぶん違っていました。すっかり観光地化され、素朴なイメージがなくなっていました。スペイン語を話す外国人観光客の一団と一緒でしたが、わざわざこんな山奥までやって来て後悔しないんだろうかと心配になりました。ほかに、韓国や中国からの観光客の姿もありました。

ふと思いついて、高千穂から地元の友人に電話しました。家にいるというので、地元に引き返すことにしました。友人と会うのは二年ぶりです。友人は、高千穂の手前にある高森(町)によく行くのだと言ってました。毎月月始めに高森の神社にお参りするのだそうです。高千穂に行くのを知っていたら、高千穂や高森のパワースポットを教えたのにと言っていました。あのあたりは、パワースポットが多いのだそうです。

ちなみに、私の田舎(地元)は大分県で、久住も大分県ですが、阿蘇と高森は熊本県、高千穂は宮崎県です。いづれも九州に背骨のように連なる山地の間にあるのでした。

友人が毎月高森に行っているというのは初耳でした。離婚してひとり暮らしているのですが、地元で生きていくのは傍で考えるよりつらいものがあるんだろうなと思いました。田舎が必ずしも温かい場所でないことはよくわかります。私は、そんな田舎から逃避するために再度上京したのですが、旧家の跡取り息子である彼にはそんな選択肢はなかったのでしょう。

「こんなこと他人に話すのは初めてだけど」と言いながら、心の奥底にある思いをまるでいっきに吐き出すように切々と話していました。私は、それを聴きながら、昔、母親になにか宗教でも信仰した方がいいんじゃないと言ったことを思い出しました。そのとき、母親も大きな苦悩を抱えていたのです。私の口から「宗教」なんて言葉が出てきたので、母親はびっくりして私の顔を見返していました。人間というのは、にっちもさっちもいかなくなったら、もうなにかにすがるしかないのです。それしかないときがあるのです。それが「宗教」の場合だってあるでしょう。誤解を怖れずに言えば、「宗教」のようなものでしか救われない魂というのはあるのだと思います。

地元の友人は、ずっと死にたいと思っていたそうですが、神社に行くようになって、「自分は生かされているんだと思うようになった」と言ってました。「笑うかもしれないけど、ホントだよ」と何度もくり返していました。

彼が一時、家業とは別に久住のホテルでアルバイトしていたことは知っていましたが、深夜、仕事を終え、あの草原の道を自宅に向けて車を走らせながら、どんなことを考えていたんだろうと思いました。死にたい気持になったのもわかるような気がするのでした。

翌日と翌々日は、別府に行って高校時代の同級生と会いました。夜の別府は昔と違ってすっかりさびれ、寂寥感が漂っていましたが、老いが忍び寄る私達の人生もまた同じで、もはや過去を追憶して心のよすがとするしかないのです。



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(高千穂峡)

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2018年10月帰省7

2018年10月帰省8

2018年10月帰省9
(芹川ダム)

2018年10月帰省10
(田ノ浦ビーチ)

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(別府)
2018.10.27 Sat l 故郷 l top ▲
さいたまスーパーアリーナで開催予定だった公演をドタキャンした問題で、沢田研二がメディアから袋叩きに遭っています。

袋叩きの背後にあるのは、「旧メディアのネット世論への迎合」(大塚英志)です。「ファンに失礼だ」「プロ意識に欠ける」などという身も蓋もない言い方で、「動物化」した大衆を煽るメディア。それもまた、芸能人の「不倫」や「独立」報道でくり返されるおなじみの光景です。

挙句の果てには、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとばかりに、ジュリーの年老いた容姿までヤユし嘲笑する始末です。

その好例が日刊ゲンダイデジタルの次のような記事でしょう。

日刊ゲンダイデジタル
沢田研二の不人気とジリ貧 公演ドタキャン騒動で浮彫りに

 ツアーは7月6日の日本武道館を皮切りに展開中で、来年1月21日の日本武道館公演まで全66公演。この状況で完走できるか心配だが、SNS上には「もともとジュリーはファンを大切にしていない」「歌唱中に歌詞が飛んだりして、健忘症どころか認知症じゃないか」と批判の声まで飛び交い始めた。スポーツ紙芸能デスクはこう言う
「反原発活動でスポンサーが離れた上、今春に発売したCDも売れず、ツアー展開するための資金繰りにすら困っていたようです。個人事務所は都内雑居ビルにあるし、ホームページも古い手づくり的なもので、インディーズレーベルでの活動は大変に見えます。今ツアーでは、予算削減のためかステージに上がるのは沢田さんとギタリストの2人だけ。大規模ホールは初めから無理があったのかもしれません」


日刊ゲンダイは政府批判の記事が多く、ネトウヨからは「左翼」扱いされるメディアですが、しかし、政治的な立ち位置なんて関係なく、いざとなればこのように翼賛メディアに豹変するのです。”動員の思想”に右も左もないのです。

記事にあるように、沢田研二が個人事務所なので叩きやすいという、これまたおなじみの側面もあるでしょう。ジャニーズやバーニングには腰が引けて何も書けないくせに、個人事務所だったらあることないこと書き連ね徹底的に叩く事大主義も芸能マスコミの特徴です。

一方、ミュージシャンのグローバーは、フジテレビ「とくダネ!」で、沢田研二のドタキャンに対して、つぎのようにコメントしたそうです。

Yahoo!ニュース
東大卒のミュージシャン・グローバー ドタキャンのジュリーに「感動した」

当初9000人の動員と聞いていたが、当日聞かされた集客状況が7000人だったため、空席が多い状態で歌うことを拒否したという説明に、自身もバンドでコンサートを行っているグローバーは「沢田さんを見ていて感動する」と言い、「こういうことを正直に言えないことのほうが多い。体調不良だとか、そういう理由でキャンセルする」と指摘した。

 また、「自分が今やりたい、自分がみんなを幸せにしたい、こういう空間をつくりたいっていうのがはっきりあって、だから今回キャンセルの理由もこうなんだ」と説明したと言い、「ちっちゃい会場で満員でそれでできる幸せな空間もあるし、大きい会場の満員でしかできない音楽の幸せもある。沢田さんは70歳、音楽人生考えたら一定以上のキャパで、満員でつくる自分でしかつくれない幸せをつくりたいってこと。(沢田をキャンセル理由とした)意地って言葉は、これは美しい言葉の意味に(自分は)とってます」と強調していた。


また、小学生の頃から沢田研二の大ファンで、当日、公演会場に来ていたダイアモンドユカイも、TBSの「ビビット」で、次のようにコメントしていたそうです。

スポニチアネックス
ダイアモンド☆ユカイ ドタキャン謝罪の沢田研二を「あんな正直に語れる人は素敵」

 公演を中止にした沢田の判断については「その人それぞれの考え方だし、沢田さんって何でも自分で決める立ち位置にいるから、すごく大変だと思う。すごく正直に謝罪しているじゃないですか。あんな正直に語れる人っていうのは素敵じゃない。これは子供っぽいとかあるかもしれないけど、そういう人が世の中にいなくなってきているから、貴重な人だと思いますよ」と自身の考えを話した。


私は、沢田研二の会見を観て、ふと「孤立無援の思想」という言葉を思い浮かべました。プロ意識と言うなら、これこそプロ意識と言うべきでしょう。

沢田研二がタイガースで人気絶頂を極めていた頃、新幹線の車内で居合わせた乗客とトラブルになり、暴力を振るったとかいった事件がありました。私は、その頃はまだ子供でしたが、「カッコいい」と思ったことを覚えています。

ダイヤモンドユカイのように、ロッカーはかくあるべしという考えを持つほどロックに通暁しているわけではありませんが、しかし、尖った人間というのはいつでも「カッコいい」のです。ミック・ジャガーは最近やや好々爺のようになってきましたが、70歳にもなってまだこのように尖った考えを持ち続けている沢田研二ってカッコいいじゃないかと思います。尖った考えというのは、言い換えれば気骨があるということです。気骨がある人間が「孤立無援」になるのは当たり前なのです。沢田研二が内田裕也やゴールデンカップスなど、先輩のロッカー達に可愛がられたのもわかる気がします。

私には、「ファンに失礼だ」「プロ意識に欠ける」などと、常にマジョリティの側に身を寄せて身も蓋もない言い方しかできない人間達が滑稽に見えて仕方ありません。彼らは、「私は愚鈍な大衆です」と白状しているようなものでしょう。そこには、寄らば大樹の陰、同調圧力を旨とする日本社会がデフォルメされているのです。まして、沢田研二の行為を(イベント会社の社員に対する)パワハラだなどと言っている手合いは愚の骨頂と言うべきでしょう。

私は、沢田研二のファンサイトに寄せられていた次のようなコメントに、今回の問題の本質が示されているように思いました。

Saoの猫日和
会見

ジュリーが一番納得いかないのは、イベント会社は9,000人客が入っていると言ったのに7,000人しか入ってなかった。この会場を予約したのは2~3年前で、そんなに集客出来なかったら自分はできないのでやらないと言っていたのにイベント会社サイドは大丈夫ですと言っていた。
当日ふたを開けたらやはり黒幕で覆っている場所が目立つ。約束がちがうではないか。
ジュリーは空席が目立つ集客ならやらないと言っていたのに、結局イベント会社に騙された形になったのに我慢ができなかったのではと思うのです。
それでもやるのがお客に対するプロだと言われればそうかもしれませんが、私はそれでこそジュリーだと思いました。



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2018.10.19 Fri l 芸能・スポーツ l top ▲
先日、朝日新聞に掲載された『新潮45』の休刊に関する記事に対して、次のようなTwitterの書き込みを見つけました。

朝日新聞デジタル
新潮45の休刊、櫻井よしこさんと池上彰さんの評価は


まったくその通りです。ここにも、「言論の自由」を無定見に信奉する朝日新聞のオブスキュランティズムがあるのです。かつて羽仁五郎は、オブスキュランティズムについて、「明日は雨が降るけど天気はいいでしょうと言っているようなものだ」と言っていましたが、まさに言い得て妙です。

コメントにあるように、ヘイトに寄生する極右の女神は、従軍慰安婦の問題では嘘を重ねて植村元記者と朝日新聞を攻撃してきたのです。そして、“朝日国賊”のイメージを拡散したのでした。そんな櫻井よしこの嘘は、裁判でも認定されているのです。

「外教」氏の次のような書き込みにも激しく同意します。


『新潮45』休刊に関しても、朝日新聞は、先日、次のような佐伯啓思氏の「感想」を掲載していました。

朝日新聞デジタル
(異論のススメ)「新潮45」問題と休刊 せめて論議の場は寛容に

佐伯氏は言います。

第二に、そもそも結婚や家族(家)とは何か、ということがある。法的な問題以前に、はたして結婚制度は必要なのか、結婚によって家族(家)を作る意味はどこにあるのか。こうした論点である。そして第三に、LGBTは「個人の嗜好(しこう)」の問題なのか、それとも「社会的な制度や価値」の問題なのか、またそれをつなぐ論理はどうなるのか、ということだ。しかし、杉田氏への賛同も批判も、この種の基本的な問題へ向き合うことはなく、差別か否かが独り歩きした。これでは、不毛な批判の応酬になるほかない。


LGBTは、「結婚」や「個人の嗜好」や「社会的な制度や価値」などとはまったく次元の異なるものです。むしろそういったことと関連付けることから、差別がはじまるのです。「生産性」発言も、まさにそこから生まれているのです。もちろん、社会的な制度や規範に従属する「個人の嗜好」なんかでもないのです。

佐伯氏は、一度だってLGBTの問題を真面目に考えたことさえないのでしょう。これじゃ自称「文芸評論家」と五十歩百歩です。

また、別の日に掲載された三輪さちこ記者による、もうひとりの極右の女神=稲田朋美氏のインタビュー記事は、さらに輪をかけてお粗末でした。

朝日新聞デジタル
稲田朋美氏「多様性尊重が保守の本来 杉田さん議論を」

稲田氏の発言は、どれも「よく言うよ」の類のものでしかありません。しかし、三輪記者は、稲田氏の二枚舌に対して、ヘイトを煽った責任をどう考えているのかと質問することさえないのです。杉田水脈に代表されるように、性的少数者への差別と民族排外主義が通底しているのは、論を俟たないでしょう。稲田氏が信仰する生長の家原理主義=日本会議の”国家主義思想”とLGBTはどう相容れるのか、当然、訊くべきでしょう。これじゃジャーナリストではなく、単なる御用聞きと言わねばなりません。

そう言えば、安倍昭恵氏を「家庭内野党」などと言って持ち上げたのも、朝日の女性記者でした。今になれば、あの記事が如何にデタラメであったということがよくわかります。

朝日新聞は、「異なる」(と思っている)意見をただ機械的に並べ、それでバランスを取っているつもりなのでしょう。両論併記が民主主義のあるべき姿と思っているのかもしれません。多くの人は朝日がリベラルだと思っているみたいですが、朝日のリベラルなんて、佐伯氏が言う「寛容さ」と同じで、現実回避の詭弁でしかありません。
2018.10.15 Mon l 社会・メディア l top ▲
週刊読書人のウェブサイトを見ていたら、次のような短歌が目に止まりました。

見送ると汽車の外(と)に立つをさな子の鬢の毛をふく市の春風

これは、歌人の太田水穂の若かりし頃の歌で、1898年(明治31年)の作だそうです。

週刊読書人の「現代短歌むしめがね」というコラムで、歌人の山田航氏が紹介していました。

週刊読書人ウェブ
現代短歌むしめがね

山田氏は、同コラムで次のように書いています。

太田水穂は1876(明治9年)に長野県東筑摩郡広丘村(現在の塩尻市)に生まれ、長野市にあった長野県師範学校(信州大学の前身の一つ)に進学した。この歌は師範学校を卒業して、現在の松本市に小学校訓導として赴任するために、長野を汽車で去った体験にもとづく。
(略)
遠くへと旅立つ自分と、汽車の外から見つめてくる恋人。恋人の鬢の毛が春風に揺れている。実にロマンティックな一首だ。


1898年と言えば、今から120年前です。いつの時代も恋愛は存在したのです。

私がこの歌に目が止まったのは理由がありました。もしかしたら、前にも書いているかもしれませんが、二十歳のときに見たある光景が今でも心の中に残っているからです。この歌によって、そのときの光景が目の前によみがえってきたのでした。

当時、私は、九州の別府にある国立病院に入院していました。別府は、私が高校時代をすごした街でした。実家は、別府からだと汽車とバスを乗り継いで3時間近くかかる熊本県との境にある山間の町にありました。

今と違って、私達の頃は高校を卒業すると、地元を離れ、関西や関東の大学に行くのが一般的でした。私も、東京の予備校に通っていたのですが、身体を壊して帰省し、入院したのでした。みんな都会の大学に行っているので、別府に戻っても、親しい同級生は誰一人残っていませんでした。

その日、私は、外泊許可をもらい、実家に帰るために別府駅から汽車に乗りました。

4人掛けのボックス席の前の席には、70歳をとうにすぎたような年老いた男性が座っていました。そして、外を見ると、同じ年恰好の女性がホームに立っていました。二人は黙ったまま、時折ガラス越しに目を合わせていました。

やがて発車を告げるベルがけたたましく鳴り響き、汽車がゆっくりと動き始めました。二人は手を挙げるでもなく、ただ目を合わせているだけです。汽車がホームを離れ、見送りにきた女性の姿が見えなくなりました。すると、目の前の男性は、背広のポケットからハンカチを取り出して目頭を拭きはじめたのでした。

老いた二人のしっとりとした別れ。昔の恋人が久しぶりに会いに来て、再び別れるシーンだったのではないか、と私は勝手に想像していました。

そのあと、男性は、何かに思いを馳せるように、ずっと窓の外の風景に目をやっていました。

ロマンティックというのは、たしかに古い感覚ですが、しかし、いつまで私達の胸を打つものがあります。
2018.10.10 Wed l 本・文芸 l top ▲
先日、初めてメルカリを利用しました。PCでメルカリを見ていたら、前からほしかったショルダーバッグが出品されているのを見つけたのでした。説明文には、「数回しか使用してない新品同様」となっていました。しかも、新品より5千円も安いのです。

私は、さっそくスマホにアプリをダウンロードして、会員登録を行い、バッグを購入しました。クレジットカードでの支払い手続きも済ませました。メルカリからは、「購入完了」「出品者からの発送連絡をお待ち下さい」というメールが届きました。

しかし、3日経っても「発送連絡」はありません。しびれを切らした私は、アプリ経由で出品者に催促のメールを送りました。すると、メールを送って半日経った頃、出品者から次のようなメールが届いたのでした(そのときの記憶でメールを再現しています)。

「ずっとメルカリをチェックしてなかったので、気が付きませんでした。ごめんさない。あのバック、売れました。今からキャンセルの手続きをしますね。」

私は、唖然としました。それで、すかさず次のようなメールを送りました。

「いい加減ですね。既にクレジットカードでの支払いの手続きも終わっているのですよ。どうなるんですか?」

しかし、返信はなく、メルカリからキャンセルの承認を求めるメールが届いただけでした。

ヤフオクもそうですが、購入者(落札者)には一方的にキャンセルができない“縛り”があります。一方的にキャンセルした場合、ペナルティが課せられる旨の半分脅しのような注意書きが記されているのが常です。しかし、出品者は平気で売切れや欠品を言ってきます。出品者には甘いのです。

知人にメルカリの話をしたら、メルカリではよくあることだ、メルカリはヤフオクよりモラルが低い、と言ってました。

中古市場は拡大の一途で、既に2兆円を超えているという話さえあります。それに伴い、メルカリのような個人間の売買サービスも隆盛を極めています。

言うまでもなく、ものを売買するのは商行為です。そこに、”商モラル”が要求されるのは当然でしょう。もちろん、シロウトでも、例外ではありません。

しかし、メルカリを見る限り、その「言うまでもない」ことさえ理解してない出品者が少なからず存在しているようです。彼らは、ネットで簡単に金儲けができる、箪笥の中で眠っている不用品がお金になるなどという幻想を煽られて、サービスに参加したのでしょう。しかし、肝心な”商モラル”を教えてくれる者は誰もいないのです。その結果、モラルが欠如し、商売を愚弄しているとしか思えないシロウトが跋扈するようになったのです。しかも、彼らは、シロウトであるがゆえに、「別に悪気があるわけではない」なんて言われて、最初から免罪されているのです。

ここにも、金を掘る人間より金を掘る道具を売る人間が儲かるネットビジネスのカラクリが顔を覗かせているように思えてなりません。シロウト商売に振り回される利用者(購入者)こそいいツラの皮でしょう。

私は、メルカリを退会する際、「必須」となっていた「退会理由」を次のように書いて送りました。

「初めて購入し支払い手続きをしたものの、3日経っても出品者から連絡がないので、しびれを切らして当方から連絡したところ、『売り切れました』『キャンセルの手続きをします』のひと言で済まされました。知人にこの話をしたら、メルカリではよくあることだと言われました。とても怖くて利用する気になりません。」

でも、あとで考えれば、なんだかドン・キ・ホーテのような気がしないでもありません。メルカリの担当者も、「退会理由」を一瞥してプッと噴き出したかもしれません。いい歳したおっさんがメルカリなどを利用したこと自体、間違っていたのかもしれないと思いました。
2018.10.09 Tue l ネット l top ▲
滑走路


先日、朝日新聞で紹介されていた萩原慎一郎の歌集『滑走路』(KADOKAWA)を読みました。

歌集については、下記のような歌を挙げて、非正規の生きづらさを指摘する声があります。

ぼくも非正規きみも非正規秋がきて牛丼屋にて牛丼を食べる

今日も雑務で明日も雑務だろうけど朝になったら出かけてゆくよ

非正規の友よ、負けるな ぼくはただ書類の整理ばかりしている

しかし、私は、やはり中高時代に遭遇したいじめが大きかったように思います。いじめは、そのあとも彼の心に暗い影を落とし、その後遺症に苦しむことになるのでした。多感な時期にいじめに遭うということは、どれほど残酷なものでしょうか。

以来、彼はずっと精神の不調を抱え苦しんでいたのです。歌を詠むようなナイーブな内面を持っているからこそ、よけいいじめが残酷なものになったことは容易に想像できます。

自死の誘惑に抗いながら、次のような歌を詠んでいたのです。

木琴のように会話が弾むとき「楽しいな」と率直に思う

靴ひもを結び直しているときに春の匂いが横を過ぎゆく

この二首は、私が歌集の中で好きな歌です。しかし、こういった日常をもっても、彼は死の誘惑に抗うことはできなかったのでした。

癒えることなきその傷が癒えるまで癒えるその日を信じて生きよ

疲れていると手紙に書いてみたけれどぼくは死なずに生きる予定だ

消しゴムが丸くなるごと苦労してきっと優しくなってゆくのだ

一方で、このように自分を奮い立たせるような歌も詠んでいますが、しかし、(当然ながら)残酷な記憶を消し去ることはできなかったのです。

前回、職場で息子ほど歳の離れた若い社員から罵声を浴びせられた知人の話を書きましたが、作者が抱いていた生きる苦しみや哀しみは、私達とて無縁ではないのです。

彼は、よく自転車に乗って界隈を探索していたようで、自転車の歌もいくつかありました。

公園に若きふたりが寄り添っている すぐそばに自転車置いて

春の夜のぬくき夜風吹かれつつ自転車を漕ぐわれは独り身

寒空を走るランナーとすれ違いたるぼくは自転車を漕いでいるのだ

私は、これらの歌を読んだとき、ふと寺山修司の次のような歌を思い出しました。

きみのいる刑務所の塀に 自転車を横向きにしてすこし憩えり

しかし、昨年6月、第一歌集の『滑走路』を入稿し終えたあと、作者の萩原慎一郎氏は、みずから死を選んだのでした。32年の短い人生でした。

作者も「あとがき」で名前を挙げていますが、歌人の岡井隆氏に『人生の視える場所』という歌集があります。しかし、「人生の視える場所」に立っても、眼前に広がるのは、必ずしもきれいな、心休まる風景とは限らないのです。

巨いなる寂しさの尾を踏み伝ふ一歩一歩の爪さきあがり
(『人生の視える場所』)

こういった歌も、作者の心の奥底にあるものを氷解させることはできなかったのです。

「悲しみ」とただ一語にて表現できぬ感情を抱いているのだ

作者は、そう歌っていますが、私は「むごい」という言葉しか持てませんでした。
2018.10.08 Mon l 本・文芸 l top ▲