2018年12月9日14


関内に用事があったついでに、いつものように日本大通りから山下公園、さらにみなとみらい界隈を散歩しました。

紅葉もほぼ終わり、日本大通りや山下公園のイチョウも、黄色い葉がかろうじて枝に付いている感じでした。

日曜日とあって、横浜はどこも多くの観光客で賑わっていました。横浜に来る観光客で特徴的なのは、カップルが多いということです。そのなかを、大男のオヤジがいっそう背を丸め歩いているのでした。

例年赤レンガ倉庫で催される「クリスマスマーケット」も、大変な人出で、歩くのも苦労するほどでした。もともと「クリスマスマーケット」はドイツかどこかのマーケットを真似ていて、販売されているのも海外のクリスマスグッズが主でした。ところが、よく見ると、ずいぶん様変わりしており、グッズは影を潜め、食べ物の店が前面に出ているのでした。もちろん、多くはクリスマスと関係のない食べ物屋ばかりです。やはりクリスマスも「花より団子」なのかと思いました。

若い頃から輸入雑貨の仕事に携わり、クリスマスのカードやグッズを扱ってきた人間としては、ちょっとさみしい気持になりました。輸入雑貨の黎明期には、芸能界の周辺にいた人間などが海外からめずらしい雑貨をもち帰って、一旗揚げようと目論んでいたのです。あの三浦和義などもそのひとりでした。元グループサウンドのメンバーが立ち上げた会社もありました。もちろん、私はずっとあとの世代なので、古い人たちから、やくそんな「よかった時代」の話を聞かされました。でも、今も生き残っている会社はほとんどありません。

そう言えば、この時期は休みもなく働いたもんだなあ、と昔をなつかしんだりしました。この時期が一年でいちばんの「書き入れ時」でした。

帰りに、いつものように、ランドマークタワーのくまざわ書店に寄って、本を買いました。会社に勤めていた頃、くまざわ書店も担当したことがありました。当時は八王子にある小さな書店にすぎませんでした。ところが、会社を辞めてしばらく経ったら、いつの間にか全国区に急成長していたのでびっくりしましたが、TSUTAYA(蔦屋書店)などと同じように、大手取次会社の資本が入ったからでしょう。

本を物色していたら、モデルと見紛おうようなきれいな娘(こ)に遭遇しました。あまりジロジロ見ると、変態オヤジと思われそうなので、さりげなく視線を走らせましたが、きれいな娘に胸をときめかすなんて、なんだか昔にタイムスリップしたような気分になりました。と同時に、田中康夫の『なんとなく、クリスタル』に漂っていた、あの虚無感が思い出されるのでした。人は変わっても、街はいつの時代もきらびやかで若いままなのです。

年をとると、どこに行ってもなにを見ても、さみしい気持になるばかりです。


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『33年後のなんとなく、クリスタル』
2018.12.09 Sun l 横浜 l top ▲
今、私が住んでいる街は、横浜では人気の住宅地で、「どこに住んでいるのですか?」と訊かれて、駅名を言うと、決まって「いいところに住んでいますね」と言われます。

私は、10年弱しか住んでない新住民ですが、昔は町工場などが多かったそうです。東横線沿線ということもあって、工場跡地にマンションが建てられ、農地だったところが宅地に整備されて、人気の住宅地に変貌したのでした。

昔の名残なのか、駅近くの路地の奥に、飲み屋ばかり入った”長屋”のような建物があります。2階建ての横に長い木造の建物で、1階に居酒屋や小料理屋などが6軒入っています。昔は、工場で働く人たちが仕事帰りに立ち寄る憩いの場だったのでしょう。もっとも、こういった建物は、背後に工場地帯を控える駅などではよく見かけました。ところが、先日、前を通ったら、既に2軒看板が外され閉店していました。様子から察するに、どうやら取り壊しになるみたいです。

私が来た頃は、駅の周辺の路地には、まだ古い飲み屋やアパートが残っていました。しかし、ここ数年でつぎつぎと取り壊され、新しい建物に代わっています。

前も書きましたが、そんな古い木造の、それこそ「○○荘」などと名前が付けられたアパートには、低所得の高齢者たちも多く住んでいました。建物が取り壊される度に、住人たちはどこに行ったのだろうと気になって仕方ありません。

金融緩和やオリンピック景気で、土地バブルが再来していると言われており、銀行による積極的な融資によって、古いアパートがつぎつぎと新しく建て替えられているのです。駅周辺の古いアパートも、あと2~3軒を残すのみとなりました。

今日、別の路地を歩いていたら、やはり古いアパートが壊され、シートに囲われた新しい建物が建築中でした。近所の人に聞くと、新しい建物は県内でチェーン展開する保育園になるそうです。

周辺のマンション住民のために保育園が建てられる。そのために追い立てられる低所得者。オーバーと言われるかもしれませんが、なんだか今の格差社会を象徴するような光景に思えてなりません。

反発されるのを承知で言えば、「日本死ね」も所詮は恵まれた人たちの話にすぎません。待機児童の問題では、母親が働かなければ生活が成り立たないような話がいつも強調されますが、当事者の多くは「中」の階層に属する人たちです。間違っても「弱者」ではないのです。「弱者」を盾にみずからを主張しているだけです。もちろん、2千万人もいると言われる生活保護の基準以下で生活している低所得者なんかではありません。

一方で、彼らは、各政党にとってメインターゲットの有権者でもあります。自民党から共産党まで、彼らの歓心を引こうと競って耳障りのいい政策を掲げています。待機児童問題がこれだけ大きくなったのもそれゆえです。まさにプチブル様々なのです。

左翼の概念が右へ右へとずれ、左派がリベラル化するにつれ、左派は上か下かの視点を失っていったのでした。

ジジェクも、現代は「ファシズムが文字通り左派の革命に取って代わる(代理をする)事態を表している」(『ポストモダンの共産主義)』と書いていましたが、アメリカのトランプ現象やヨーロッパを覆う極右の台頭に見られるように、プチブル様々の社会から置き去りにされた人々のルサンチマンを吸収したのは、左派ではなく極右です。上か下かの視点を持っているのは極右の方で、階級闘争は極右の代名詞にすらなっています。ナチスと同じように、”革命”が極右に簒奪されたのです。リベラル化して現実を見失った左派は、歌を忘れたカナリアになってしまったのです。


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「市民的価値意識」批判
『新・日本の階級社会』
2018.12.03 Mon l 社会・メディア l top ▲
ワイドショーでもおなじみ、ジャーナリストのモーリー・ロバートソン氏が、『週刊プレイボーイ』のコラムで、イギリスのガーディアン紙でのスラヴォイ・ジジェクの発言を取り上げていました。

Yahoo!ニュース(週プレNEWS)
左派賢人の過激な問い。"世界のトランプ化"はリベラルのせい?

ロバートソン氏の要約によれば、ジジェクの発言はつぎのようなものです。

〈(略)今、リベラル陣営はグローバル経済の構造自体の欠陥に関する議論よりも、倫理やモラル、多様性、ゲイライツ、人種差別といった"小さな問題"にばかり注目するようになっている。

本筋から逃亡し、"正しい側"の席に座り、"正しいこと"を叫ぶだけでは何も変わらない。左派が本質的な原因に目を向けることなく、本来すべき役割を果たさないからこのような社会になっているのだ〉


つづけて、ジジェクの発言について、ロバートソン氏はつぎのように注釈を加えていました。

ジジェクは、リベラル陣営がトランプら右派政治家の言動ばかりに目を奪われるのは「バカげている」と喝破(かっぱ)します。極右の再興はあくまでもグローバリズムの暴走、格差の拡大による"二次的な症状"である。

にもかかわらず、右派陣営に煽(あお)られるがままに、反差別や多様性といった"些末(さまつ)なこと"を追いかけても、この社会はよくならない。いや、むしろ右派ポピュリズムは拡大していくだけだ――。

身もふたもない言い方をすれば、ジジェクは「左派はきちんとゼニの話をしろ」と言っているのです。


左派がリベラル化するにつれ、社会の根本にある下部構造の話をしなくなったというのは、そのとおりでしょう。それゆえ、「極右の再興はあくまでもグローバリズムの暴走、格差の拡大による"二次的な症状"である」という視点すら持てなくなっているのです。成長や繁栄から置き去りにされ、大労組からも見捨てられたアンダークラスの人々こそ、右か左かに関係なくプロレタリアートと呼ぶべきなのです。

また、ジジェクは、つぎにような大胆な発言もしています。

〈混乱した社会の中で左派に惹(ひ)かれる人々は、決まって理想やモラルを叫ぶ。だからこそ、こういうときに一番大事なのは民衆の声を聞かないことだ。民衆はパニックに陥っており、そこには知恵などない。これまでも民の声を聞いた結果、ポピュリズムとファシストしか出てこなかったじゃないか〉


思わず「異議なし!」と叫びたくなりました。

ジジェクは、「はじめは悲劇として、二度目めは笑劇として」というマルクスの有名な箴言が副題に付けられた『ポストモダンの共産主義』(ちくま新書)でも、つぎのように書いてました。

 じつは進行中の危機の最大の犠牲者は、資本主義ではなく左派なのかもしれない。またしても世界的に実行可能な代案を示せないことが、誰の目にも明らかになったのだから。そう、窮地に陥ったのは左派だ。まるで近年の出来事はそれを実証するために仕組まれた賭けでもあったかのようだ。そうして壊滅的な危機においても、資本主義に代わる実務的なものはないということがわかったのである。
『ポストモダンの共産主義』


ジジュクは、別の章では、構造改革は「詭弁」だとも書いていました。

左派が下部構造=経済の話をしなくなったというのは、ブレイディみかこ氏も常々指摘していることです。ブレイディみかこ氏の発言も、ジジェクと重なるものがあります。

ブレイディ 両極化する世界とか中道の没落とか言われてますけど、それはあくまで地上に見えている枝や葉っぱの部分で、地中の根っこはやっぱり経済だと思います。中道がいつまでも「第三の道」的なものや緊縮にとらわれて前進できずにいるから、人びとがもっと経済的に明るいヴィジョンを感じさせる両端にいっている。

シノドス
「古くて新しい」お金と階級の話――そろそろ左派は〈経済〉を語ろう
ブレイディみかこ×松尾匡×北田暁大


先日、パリのシャンゼリゼ通りのガソリン価格の高騰や燃料税引き上げに抗議するデモで、「一部が暴徒化した」というニュースがありましたが、その街頭行動の背景に、2017年の大統領選挙の第一回投票で、マクロンにつづいて極右・国民連合(国民戦線)のマリーヌ・ル・ペンが2位、そして、ニューレフト(新左翼)の左翼党(不服従のフランス)を率いるジャン=リュック・メランションが3位を獲得したという、フランスにおける「流動的」な政治情勢が伏在しているのは間違いないでしょう。

それは、(このブログでも再三書いていますが)フランスに限った話ではありません。ヨーロッパでは、反グローバリズム・反資本主義において、極左と極右がせめぎあいを演じているのです。そういったせめぎあいは、右か左かでは理解できない状況です。

上記の『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう』のなかで、社会学者の北田暁大氏が、“社会学の陥穽”について、「自戒を込めて」つぎのように言ってました。

北田 経済がどうやって発展するとか、社会が安定的に成長していくには具体的にはどうしたらいいのかって発想がなくて、全部制度的な公正性の原理だけで物事を考えているわけですよ。

(略)いまの社会学って、方法はさまざまありますが、やっぱり制度を比較に基づいて分析する学問だから。「その制度は不公正ですよ」「この制度では機能していませんよ」ということは言えるんですけど、どうやったら社会が全体的に「豊か」になるのか、そもそも社会を「豊か」にするとはどういうことなのかって発想が欠落しているんですよね。

(略)イスの数は決まっていて、その分配については不公平がある、その不公平はこのような形で生み出される、という分析は大切ですが、イスの数を増やすという発想は薄い。じゃあ、誰かのイスを取り上げるしかない、ということになりがちです。


これは、社会学の問題だけでなく、リベラルの限界であり、リベラル化した左派の限界でもあるでしょう。もとより私たちも「自戒」とすべき事柄でもあります。
2018.11.27 Tue l 社会・メディア l top ▲
2018年11月渋谷1


私は、週に2~3日は東横線(副都心線)で渋谷を通っています。車でもよく246や明治通りを通ります。

しかし、考えてみたら、もう1年くらい渋谷で途中下車したことがありません。最近はめっきり足が遠ざかっています。私にとって渋谷は、いつの間にか通過するだけの街になっていたのです。

今月、BSフジの「TOKYOストーリーズ」という番組で、二週に渡って「さよなら渋谷90s」と題し渋谷を特集していました。また、昨日のテレ東の「アド街」でも、「百年に一度の再開発」が行われている渋谷を特集していました。

それで、今日、久しぶりに渋谷で途中下車して、変わりゆく渋谷の街を歩きました。

私が一番渋谷に通っていたのも90年代です。「さよなら渋谷90s」では、牧村憲一(音楽プロデューサー)・谷中敦(東京スカパラダイスオーケストラ)・カジヒデキ・鈴木涼美・石川涼(アパレルブランド・せーの代表)・藤田晋(サイバーエージェント代表)・Licaxxx(DJ)らが、みずからの“渋谷体験”を語っていました。ただ、鈴木涼美とLicaxxxは、90年代の渋谷を語るには年齢的に若すぎ、明らかに人選ミスだと思いました。

もっとも番組で語られる渋谷は、パルコの広告戦略に象徴されるような公園通りを中心とした渋谷にすぎません。カジヒデキは、「95年頃に『渋谷系』ということばは終わった」と言ってましたが、私は最初から「渋谷系」ということばにすごく違和感がありました。このブログでも書いているように、私も、セゾン(パルコ)とは仕事をとうして関わっていましたが、しかし、公園通りの風景は渋谷のホンの一面でしかないのです。まして、藤田晋がヒップホップを語るなんて悪い冗談だとしか思えません。

昔、起業したばかりでまだ無名の藤田に密着したドキュメンタリー番組を観たことがありますが、そのなかで、田舎の両親(父親はたしか学校の教師だったような?)が原宿かどこかのアパートでひとり暮らしする息子の行く末を心配しているシーンがあったのを思い出しました。エリートやボンボンによくある話ですが、渋谷を語るのに、昔はちょっとヤンチャだったと虚勢を張りたかっただけなのでしょう。ヒップホップもいいようにナメられたものです。

過去というのは、このように語る人間に都合のいいようにねつ造されるものなのです。それは、国家の歴史に限らず個人においても然りです。

彼らが語る渋谷には、ストリートの思想がまったくありません。そこには、ただ資本に踊らされる予定調和の文化があるだけです。

谷中敦は、番組のなかで、渋谷をうたった詩を朗読していましたが、そのなかに「踊れないのではなく踊らないのだ」という詩句がありました。でも、谷中敦だって、「踊っていた」のではないのです。「踊らされていた」だけなのです。そして、これからも渋谷を支配する東急資本に踊らされるだけなのだろうと思います。

私は当時、南口の東急プラザの裏の、玉川通りから脇に入った路地によく車を停めていましたが、あたりにはまだラブホテル(というより「連れ込み旅館」と言ったほうがふさわしいような古いホテル)が残っていました。

夜遅く、車を取りに坂を上ると、暗がりに人がウロウロしているのです。最初は、なんだろうと怪訝に思って見ていました。でも、やがて彼らの目的がわかったのでした。イラン人からクスリ?を買うために来ていたのでした。イラン人たちは、ビルの前の植え込みなどにクスリ?を入れたビニール袋を隠していました。初めの頃は私もイラン人たちから警戒されているのがわかりました。しかし、やがて彼らの敵ではないことがわかると、目で挨拶されるようになりました。

路地で「東電OL」とすれ違ったこともありました。彼女の”仕事場”は、道玄坂の反対側の神泉や円山町あたりでしたが、ときどき道玄坂を横切り、坂の上から裏道を降りて東急プラザに来ていたのでしょう。

でも、今は東急プラザは壊され、跡地はステンレスの囲いで覆われ、来年の秋の開業に向けて新しいビルが建築中です。周辺も人通りが少なく殺風景になっていました。

牧村憲一は、「渋谷で知っているところはもう9割がた失くなった」と言ってましたが、私も歩いていたらいつの間にか、新しい渋谷より知っている渋谷を探している自分がいました。


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2018.11.25 Sun l 東京 l top ▲
カルロス・ゴーンの逮捕が、ルノーと日産の経営統合を阻止するための国策捜査であり、国策捜査を誘引したクーデターであることが徐々に明らかになっています。

ただ、グローバル資本主義においては、日本の大企業が外国資本に呑み込まれるのはいくらでもあり得るでしょう。日産だってグローバル資本主義のお陰で復活したのです。グローバル資本主義に拝跪するということは、「日本を、取り戻す」ことではなく「日本を売る」ことなのです。裁量労働制の導入も外国人労働者に門戸を開放するのも、グローバル資本主義のためなのです。「助けてもらったのに、恩を仇で返すのか」というルノーの地元の声は当然です。

日本のメディアは、例によって例の如く検察からのリークを垂れ流し、重箱の底をつつくようにカルロス・ゴーンの“悪業”を暴き立ていますが、でも、彼らは昨日までグローバル資本主義の使徒とも言えるカルロス・ゴーンをカリスマ経営者としてヒーロー扱いしていたのです。日産の役員たちに勝るとも劣らない見事な手の平返しと言えるでしょう。こういった寄らば大樹の陰の節操のなさも、日本社会の特質です。

フランス在住の永田公彦氏は、ダイヤモンドオンラインで、ゴーン逮捕について、日本特有の集団的な手のひら返しだと書いていました。

DIAMOND online
ゴーン氏逮捕でフランス社会から見える、日本の「集団手のひら返し」

永田氏が書いているように、サラリーマンの社会でも、ある日突然梯子を外されることはめずらしくありません。永田氏によれば、手の平返しは権威主義を重んじ集団的な和を尊ぶ「アジアやアフリカ諸国に多い」そうですが、たしかに、中国や韓国などでも手の平返しの話はよく聞きます。大統領経験者に対する韓国世論の手の平返しなどは、その最たるものでしょう。

東京地検特捜部の(国策捜査であるがゆえの)荒っぽい手法については、元検事で弁護士の郷原信郎氏が、下記のインタビューで、法律の専門家の立場から疑問を投げかけていますが、しかし、日本のメディアの報道にこういった視点は皆無です。ただ、「検察は正義」の幻想を痴呆的に振りまくばかりです。

VIDEO NEWS(ビデオニュース・ドットコム)
不可解なゴーン逮捕と無理筋の司法取引説

一方で、ゴーン逮捕の“副産物”として、日本が人権後進国であることが世界に知られたのは、誠に慶賀すべきことと言えるでしょう。

朝日のパリ特派員が、フランスのメディアの反応を伝えていました。

朝日新聞デジタル
ゴーン容疑者いる拘置所「地獄だ」 仏メディアが同情?

記事によれば、フィガロ紙は、「『検察の取り調べの際に弁護士も付き添えない。外部との面会は1日15分に制限され、しかも看守が付き添い、看守がわかる言葉(日本語)で話さなければならない』と指摘し、『ゴーン容疑者の悲嘆ぶりが想像できるというものだ』と報じている」そうです。

また、いわゆる日本式「人質司法」についても、つぎのように書いていました。

 フランスでは容疑者が拘束された際、捜査当局による聴取の際に弁護士が同席でき、拘束期間もテロ容疑をのぞき最長4日間(96時間)と定められている。このため、ゴーン容疑者の環境がとりわけ厳しく映ったようだ。


これでは、ニッポン凄い!どころか、日本ヤバい!になりかねないでしょう。

ちなみに、東京地検特捜部と密通して、ゴーン逮捕を事前にスクープしたのが、他ならぬ朝日新聞でした。だから、上記の記事も、どこか斜に構えたような感じになっているのでしょう。
2018.11.24 Sat l 社会・メディア l top ▲
2018年11月伊勢山皇大神宮2


夕方から散歩に出かけました。桜木町と野毛の間の丘の上に、伊勢山皇大神宮という神社があるのですが、まだ一度も行ったことがないので行ってみようと思いました。

自宅から新横浜まで歩いて、新横浜から市営地下鉄に乗り、横浜駅のひとつ先の高島町駅で降りました。高島町駅からは、スマホのナビを頼りに国道16号線を桜木町駅方面に進み、途中から右手にある紅葉坂(もみじざか)を上りました。かなり急な坂ですが、坂の上は伊勢山という横浜で有名な高級住宅地です。ここでも成り上がったら坂の上に住むという横浜人の法則がはたらいているのでした。

既にあたりは暗くなりましたが、坂の上に県立青少年センターという公共施設があったので、入口の警備員の人に、伊勢山皇大神宮の場所を訊きました。

「あの脇道を入れば、裏参道があるよ」と言われ、言われたとおり脇道を入ると、薄闇に参道の階段が現れました。

境内は人の姿もなく、ひっそりと静まり返り、夕闇の中に浮かび上がった本殿が一層荘厳に見えました。本殿の前では、仕事を終えた巫女さんが拝礼していました。

帰りは表参道を降りて、野毛の方へ坂を下りました。そして、野毛をぬけ、伊勢佐木町の有隣堂で本を買い、さらに関内・汽車道・赤レンガ倉庫から臨港パークを歩き、大観覧車のあるコスモワールドの脇をとおって、横浜駅まで歩きました。

途中、汽車道の対岸にある北仲では、再開発に伴って三井不動産のタワマンやアパの高層ホテル、それに32階建ての横浜市庁舎の建設が進んでいました。なんだか途端に現実に引き戻された気がしました。

3兆円を超す借金(市債発行残高)。全国的にトップクラスの職員給与。地上32階の豪奢な市庁舎。公務員の給与が高いのではない、民間の給与が低すぎるのだと嘯き、現市政を支持する労組。「自治体労働者への攻撃を許すな」と主張する新左翼セクト。そこにあるのは、醜悪としか言いようのない、平岡正明が言う「中音量主義」をまるで嘲笑っているかのような光景です。

帰りはさすがに足が棒のようになっていました。万歩計を持っていませんでしたが、1万歩を優に超したのは間違いないでしょう。


2018年11月伊勢山皇大神宮3

2018年11月伊勢山
(野毛に向かう坂)

2018年11月汽車道2
(ワールドポーターズの前のツリー)

2018年11月北仲
(汽車道から北仲を望む)

2018年11月臨港パーク
(臨港パーク)
2018.11.17 Sat l 横浜 l top ▲
日本が売られる


向こう5年間で34万人の外国人労働者を受け入れる出入国管理法(入管法)改正案が衆院本会議で審議入りしましたが、議論の叩き台になるはずの法務省のデータに改ざんが見つかり、審議がストップしたままです。

移民は認めないと公言する日本政府ですが、2015年のOECD外国人移住ランキングでは、日本はいつの間にか世界第4位の”移民大国”になっているのでした。

以下が、2015年のトップ10です。

1.ドイツ(約201万6千人)
2.米国(約105万1千人)
3.英国(約47万9千人)
4.日本(約39万1千人)
5.韓国(約37万3千人)
6.スペイン(約29万1千人)
7.カナダ(約27万2千人)
8.フランス(約25万3千人)
9.イタリア(約25万人)
10.オーストラリア(約22万4千人)

その結果、日本には既に128万人の外国人が居住しているのです。

労働力不足と言っても、要するに、「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)で謳われているように、「介護」「建設」「農業」「宿泊」「造船」など、いわゆる3Kの仕事で、低賃金の若年労働力が不足しているという話なのです。現在、その部分を弥縫的に担っているのが、”留学生”(資格外活動)29.7万人と技能実習生25.8万人です。

先日、日立製作所が山口県下松市の笠戸事業所で働くフィリピン人技能実習生40人に解雇を通告した問題で、実習期間の残り2年間分の基本給と生活費として月に2万円を支払うことで実習生と和解したというニュースがありましたが、基本給は14万円だそうです。

でも、この給与は技能実習生としては、恵まれた方で、農家に来ている実習生なんて、手取りが5万~10万円もめずらしくないと言われています。別のニュースでは、実習先から失踪して東京の飲食店で働いていた元実習生の話が出ていましたが、彼が得ていた給与は月に20万~25万円だったそうです。

これでは、失踪したくなるのは当然という気がしますが、しかし、20~25万円の給与も(福利厚生がほとんどないことを考えれば)最低レベルの賃金です。技能実習生の給与は、文字通り“最低以下”なのです。

どうして“現代の奴隷制度”とヤユされるような“最低以下”の給与しか貰えないのかと言えば、前に書いたとおり(『ルポ ニッポン絶望工場』)、監理機関や監理団体など官僚の天下り機関による(「会費」や「管理費」などの名目の)ピンハネがあるからです。実習生ひとりにつき10万円近くのピンハネが行われているという話さえあります。また、多くの監理団体には、政治家たちが役員におさまっており、文字通り官民あげて実習生を食い物にしているのです。

ところが、まだ始まったばかりとは言え、入管法改正をめぐる国会審議や、あるいはメディアの報道においても、このピンハネの問題がいっこうに表に出て来ないのです。何か不都合でもあるのか、不思議でなりません。

一方で、ホントに人出不足なのかという声もあります。仕事がきつくて賃金が安いので敬遠されているだけではないのかと。

堤未果氏は、WEBRONZAで、「現在日本には一年以上、職についていない長期失業者が約50万人いる」と書いていました。

WEBRONZA
人間にまで値札 外国人労働者拡大の危うさ

堤氏か書いているように、「人材がいないのではない」のです。労働条件が劣悪で、なり手がいないだけなのです。その「なり手がいない」仕事を、外国人労働者にさせようという話なのです。

 景気を良くするためだ、などと言って金融緩和をしても、永住まで可能な外国人を数十万人規模で受け入れれば、価格競争によって賃金は地盤沈下を起こし、日本人の失業者や単純労働者は、今後入ってくる移民との間で仕事を奪い合うことを余儀なくされるだろう。


外国人労働者の流入が、日本のアンダークラスの賃金を押し下げる要因になるというのは、これまでも指摘されていました。

堤氏は、新著『日本が売られる』(幻冬舎新書)の中でも、次のように書いていました。

 一橋経済研究所の試算でも、単純労働に外国人が100万人入れば、国内の賃金は24%下落するという数字が出ているのだ。
 こうした政府の方針によって、「人・モノ・サービス」はますます自由に国境を越えて売買され、2019年のTPP発効までに、日本に参入してくる外資や投資家が「世界一ビジネスしやすい環境」が着々と作り上げられてゆく。


グローバル資本主義に拝跪して(国を売り渡して)、何が愛国だ、何が「日本を、取り戻す」だと言いたいですが、一方で、プロレタリアートに国境はないという左翼のインターナショナリズムが、現代に奴隷制度をよみがえらせたグローバル資本主義と同床異夢を見ているという「右も左も真っ暗闇」の現実があることも、忘れてはならないでしょう。


関連記事:
『ルポ ニッポン絶望工場』
上野千鶴子氏の発言
2018.11.17 Sat l 社会・メディア l top ▲
渋谷のハロウィンのバカ騒ぎに対して、「狂騒」「暴徒化」などという言葉を使っているメディアさえありました。なんだか殊更問題化しているフシもなきにしもあらずです。渋谷区の長谷部健区長も、先週末に発生した一部参加者の乱痴気騒ぎに対して、「到底許せるものではない」と「緊急コメント」を発表。そして、ハロウィンから一夜明けた今日、長谷部区長は、来年以降ハロウィンの有料化も検討すると発言したそうです。ハロウィン有料化とは、まるでお笑いギャグのような話です。

私などは、渋谷の騒動と言えば、1971年の“渋谷暴動”を思い浮かべますが、あれに比べればハロウィンの騒ぎなんて子供の遊びみたいなものでしょう。それに、もともと都市=ストリートというのは、常に秩序をはみ出す行動を伴うものです。そういった“無秩序”を志向する性格があるからこそ、私達は、都市=ストリートに解放感を覚えるのです。都市=ストリートに対して、非日常の幻想を抱くことができるのです。

毛利嘉孝氏は、『ストリートの思想』(NHKブックス)の中で、イギリスにはじまって90年代に世界に広がった「ストリートを取り返せ」(RTS)運動について、次のように書いていました。

「ストリートを取り返せ」(原文では「リクレイム・ザ・ストリーツ」のルビ)のスローガンが意味するところは、やはり現在ストリートで切り詰められている「公共性」を、ダンスや音楽など身振りによって取り戻そうということだろう。ダンスや音楽は、「言うこと聞くよな奴らじゃない」連中が、同じように「言うこと聞くよな奴らじゃない」官僚制度や警察的な管理に対抗する手段だったのである。


テレビには、ハロウィンの若者達は迷惑だと主張する地元商店会の人達が出ていましたが、私は以前、渋谷に日参していましたので、その中には当時顔見知りだった人物もいました。

私は、それを観て、渋谷は地元商店会のものではないだろうと思いました。渋谷に集まってくる若者達だって、区民でなくても立派な渋谷の“住人”です。渋谷の街は、東急資本や地元商店会だけが作ってきたわけではないのです。私は、当時、路上で脱法ハーブやシルバアクセを売る外国人や地回りのやくざなどとも顔見知りでしたが、彼らだって渋谷の街を作ってきたのです。

もっとも、地元商店会にしても建前と本音があるのです。彼らも、商売の上では渋谷に集まる若者達を無視することはできないのです。ドンキはじめ一部の商店が若者達に瓶に入った酒を売っていたとして批判を浴びていますが、イベント会場の周辺の店がイベントにやってくる若者相手に店頭で食べ物を売ったりするのと同じように、ハロウィンの若者達を当て込みソロバンを弾いていた店も多いはずです。

メディアの前で迷惑顔をしている老人達の中には、普段ストリート系の若者相手に商売をしている店の関係者もいました。若者達の性のモラルの低下を嘆く教師や警察官や市議会議員などが、一方で中学生や高校生の少女を買春していたという事件が後を絶ちませんが、あれと同じでしょう。

センター街には、昔からチーマーやコギャルが跋扈していましたが、しかし、跋扈していたのは彼ら(彼女ら)だけではなかったのです。コギャル目当ての大人達も跋扈していたのです。チーマーやコギャル達は、そんな建前と本音のバカバカしさをよく知っていたのです。

それはメディアも然りです。メディアだって渋谷に建前と本音があることぐらいわかっているはずです。メディアは、地元の商店会と一緒になって建前を振りかざしながら、一方では若者達を煽っているのです。「厳戒態勢の渋谷から中継」なんてその最たるものでしょう。今日の早朝の番組でも、各局がハロウィンから一夜明けた渋谷から中継していましたが、私にはバカ騒ぎの名残を惜しんでいるようにしか見えませんでした。

ともあれ、再開発の真っ只中にある渋谷が、やがて完全に東急に支配された(東急の色に染まった)街になるのは間違いないでしょう。そうなればストリートも消滅して、バカ騒ぎをする若者達も、そんな若者達に眉をひそめる地元の商店会も、街から排除される運命にあるのは目に見えています。そして、ハロウィンも、川崎などと同じように(あの東京レインボープライドのパレードと同じように)、管理され秩序されたものにとって代わることでしょう。その意味では、渋谷の無秩序なハロウィンも、スカンクの最後っ屁のようなものと言えるのかもしれません。


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2018年10月帰省1
(高千穂峡)


最近、体調も、そして精神面も不安定な状態にあり、自分でもまずいなと思っていました。

それで、「最後の帰省」という二月の前言を翻して、気分転換のために九州に帰りました。今回の目的は、墓参りだけでなく、久住や阿蘇や高千穂に行って、秋を先取りすることでした。それは、ちょっと恰好を付けた言い方をすれば、過去を追憶する旅でもありました。

小学校低学年の頃、家族で久住高原にピクニックに行ったことがありました。最近、そのことがやたら思い出されてならないのでした。二月に帰ったときも、久住に行ったのですが、私のミスでそのとき撮った写真を消去してしまったのです。それで、今回再訪しました。

ピクニックに行ったのは、10月の20日すぎでした。非常に寒くてピクニックどころではなかったことを覚えています。ところが、今回も同じ10月22日に行ったのですが、暖かくて、フリースを羽織ることもなくずっとシャツ一枚で過ごしました。なんだかあらためて地球温暖化を痛感させられた気がしました。

ただ、ピクニックに行った草原は、その後、観光会社が買収して展望台として整備されたのですが、その会社が昨年倒産し、展望台に上る道路も閉鎖され、上にあがることができませんでした。

また、小学生のとき、父親と山に登ったときに利用した登山口にも行きました。やはり写真を消去したので、もう一度思い出の風景をカメラに収めたいと思ったのでした。あのとき登山口にバイクを停めて、二人で山に入って行ったことを思い出しました。下山する際、風雨に晒されて何度も転びながら下りてきたのを覚えています。当時、父親はまだ40歳前後だったはずです。私の中には晩年の老いた姿しかありませんが、そうやって思い出の場所に行くと、若い父親の姿がよみがえってくるのでした。

久住のあとは、阿蘇の大観峯に行きました。若い頃、彼女ができると必ずドライブに行った場所です。また、悩んだときもよく出かけました。会社を辞めようと思ったときも、再び上京しようと思ったときも、大観峯に行きました。

しかし、30年ぶりに訪れた大観峯はすっかり様相が変わっていました。駐車場が作られ、休憩所?のような建物もできていました。駐車場にはぎっしり車が停まっており、平日にもかかわらず観光客で賑わっていました。絶壁にひとり佇んで、眼下に広がる景色を眺めながらもの思いに耽ったような雰囲気はもはや望むべくもありません。落胆して早々に退散しました。

大観峯のあとは、高千穂に向けて車を走らせました。高千穂も父親との思い出があります。20歳のとき、一年間の入院生活を終え、実家に戻ってきた私は、毎日、実家で今で言う引きこもりのような日々を送っていました。当時はパソコンがなかったので本ばかり読んですごしていました。そんなある日、父親に誘われて高千穂峡に行ったのです。そのとき、父親が撮った写真は今も手元にあります。

大観峯から高千穂までは60キロ以上ありますが、山間を走る道路は昔と違って整備されていて、1時間ちょっとで着きました。でも、高千穂も昔とはずいぶん違っていました。すっかり観光地化され、素朴なイメージがなくなっていました。スペイン語を話す外国人観光客の一団と一緒でしたが、わざわざこんな山奥までやって来て後悔しないんだろうかと心配になりました。ほかに、韓国や中国からの観光客の姿もありました。

ふと思いついて、高千穂から地元の友人に電話しました。家にいるというので、地元に引き返すことにしました。友人と会うのは二年ぶりです。友人は、高千穂の手前にある高森(町)によく行くのだと言ってました。毎月月始めに高森の神社にお参りするのだそうです。高千穂に行くのを知っていたら、高千穂や高森のパワースポットを教えたのにと言っていました。あのあたりは、パワースポットが多いのだそうです。

ちなみに、私の田舎(地元)は大分県で、久住も大分県ですが、阿蘇と高森は熊本県、高千穂は宮崎県です。いづれも九州に背骨のように連なる山地の間にあるのでした。

友人が毎月高森に行っているというのは初耳でした。離婚してひとり暮らしているのですが、地元で生きていくのは傍で考えるよりつらいものがあるんだろうなと思いました。田舎が必ずしも温かい場所でないことはよくわかります。私は、そんな田舎から逃避するために再度上京したのですが、旧家の跡取り息子である彼にはそんな選択肢はなかったのでしょう。

「こんなこと他人に話すのは初めてだけど」と言いながら、心の奥底にある思いを滔々と話していました。私は、それを聴きながら、昔、母親になにか宗教でも信仰した方がいいんじゃないと言ったことを思い出しました。そのとき、母親も大きな苦悩を抱えていたのです。私の口から「宗教」なんて言葉が出てきたので、母親はびっくりして私の顔を見返していましたが、私は本気でそう思ったのでした。人間というのは、にっちもさっちもいかなくなったら、もうなにかにすがるしかないのです。それしかないときがあるのです。それが「宗教」の場合だってあるでしょう。誤解を怖れずに言えば、「宗教」のようなものでしか救われない魂というのはあるのだと思います。

地元の友人は、ずっと死にたいと思っていたそうですが、神社に行くようになって、「自分は生かされているんだと思うようになった」と言ってました。「笑うかもしれないけど、ホントだよ」と何度もくり返していました。

彼が一時、家業とは別に久住のホテルでアルバイトしていたことは知っていましたが、深夜、仕事を終え、あの草原の道を自宅に向けて車を走らせながら、どんなことを考えていたんだろうと思いました。死にたい気持になったのもわかるような気がするのでした。

翌日と翌々日は、別府に行って高校時代の同級生と会いました。夜の別府は昔と違ってすっかりさびれ、寂寥感が漂っていましたが、老いが忍び寄る私達の人生もまた同じで、もはや過去を追憶して心のよすがとするしかないのです。



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(高千穂峡)

2018年10月帰省4

2018年10月帰省5

2018年10月帰省6

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2018年10月帰省7

2018年10月帰省8

2018年10月帰省9
(芹川ダム)

2018年10月帰省10
(田ノ浦ビーチ)

2018年10月帰省2
(別府)
2018.10.27 Sat l 故郷 l top ▲
さいたまスーパーアリーナで開催予定だった公演をドタキャンした問題で、沢田研二がメディアから袋叩きに遭っています。

袋叩きの背後にあるのは、「旧メディアのネット世論への迎合」(大塚英志)です。「ファンに失礼だ」「プロ意識に欠ける」などという身も蓋もない言い方で、「動物化」した大衆を煽るメディア。それもまた、芸能人の「不倫」や「独立」報道でくり返されるおなじみの光景です。

挙句の果てには、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとばかりに、ジュリーの年老いた容姿までヤユし嘲笑する始末です。

その好例が日刊ゲンダイデジタルの次のような記事でしょう。

日刊ゲンダイデジタル
沢田研二の不人気とジリ貧 公演ドタキャン騒動で浮彫りに

 ツアーは7月6日の日本武道館を皮切りに展開中で、来年1月21日の日本武道館公演まで全66公演。この状況で完走できるか心配だが、SNS上には「もともとジュリーはファンを大切にしていない」「歌唱中に歌詞が飛んだりして、健忘症どころか認知症じゃないか」と批判の声まで飛び交い始めた。スポーツ紙芸能デスクはこう言う
「反原発活動でスポンサーが離れた上、今春に発売したCDも売れず、ツアー展開するための資金繰りにすら困っていたようです。個人事務所は都内雑居ビルにあるし、ホームページも古い手づくり的なもので、インディーズレーベルでの活動は大変に見えます。今ツアーでは、予算削減のためかステージに上がるのは沢田さんとギタリストの2人だけ。大規模ホールは初めから無理があったのかもしれません」


日刊ゲンダイは政府批判の記事が多く、ネトウヨからは「左翼」扱いされるメディアですが、しかし、政治的な立ち位置なんて関係なく、いざとなればこのように翼賛メディアに豹変するのです。”動員の思想”に右も左もないのです。

記事にあるように、沢田研二が個人事務所なので叩きやすいという、これまたおなじみの側面もあるでしょう。ジャニーズやバーニングには腰が引けて何も書けないくせに、個人事務所だったらあることないこと書き連ね徹底的に叩く事大主義も芸能マスコミの特徴です。

一方、ミュージシャンのグローバーは、フジテレビ「とくダネ!」で、沢田研二のドタキャンに対して、つぎのようにコメントしたそうです。

Yahoo!ニュース
東大卒のミュージシャン・グローバー ドタキャンのジュリーに「感動した」

当初9000人の動員と聞いていたが、当日聞かされた集客状況が7000人だったため、空席が多い状態で歌うことを拒否したという説明に、自身もバンドでコンサートを行っているグローバーは「沢田さんを見ていて感動する」と言い、「こういうことを正直に言えないことのほうが多い。体調不良だとか、そういう理由でキャンセルする」と指摘した。

 また、「自分が今やりたい、自分がみんなを幸せにしたい、こういう空間をつくりたいっていうのがはっきりあって、だから今回キャンセルの理由もこうなんだ」と説明したと言い、「ちっちゃい会場で満員でそれでできる幸せな空間もあるし、大きい会場の満員でしかできない音楽の幸せもある。沢田さんは70歳、音楽人生考えたら一定以上のキャパで、満員でつくる自分でしかつくれない幸せをつくりたいってこと。(沢田をキャンセル理由とした)意地って言葉は、これは美しい言葉の意味に(自分は)とってます」と強調していた。


また、小学生の頃から沢田研二の大ファンで、当日、公演会場に来ていたダイアモンドユカイも、TBSの「ビビット」で、次のようにコメントしていたそうです。

スポニチアネックス
ダイアモンド☆ユカイ ドタキャン謝罪の沢田研二を「あんな正直に語れる人は素敵」

 公演を中止にした沢田の判断については「その人それぞれの考え方だし、沢田さんって何でも自分で決める立ち位置にいるから、すごく大変だと思う。すごく正直に謝罪しているじゃないですか。あんな正直に語れる人っていうのは素敵じゃない。これは子供っぽいとかあるかもしれないけど、そういう人が世の中にいなくなってきているから、貴重な人だと思いますよ」と自身の考えを話した。


私は、沢田研二の会見を観て、ふと「孤立無援の思想」という言葉を思い浮かべました。プロ意識と言うなら、これこそプロ意識と言うべきでしょう。

沢田研二がタイガースで人気絶頂を極めていた頃、新幹線の車内で居合わせた乗客とトラブルになり、暴力を振るったとかいった事件がありました。私は、その頃はまだ子供でしたが、「カッコいい」と思ったことを覚えています。

ダイヤモンドユカイのように、ロッカーはかくあるべしという考えを持つほどロックに通暁しているわけではありませんが、しかし、尖った人間というのはいつでも「カッコいい」のです。ミック・ジャガーは最近やや好々爺のようになってきましたが、70歳にもなってまだこのように尖った考えを持ち続けている沢田研二ってカッコいいじゃないかと思います。尖った考えというのは、言い換えれば気骨があるということです。気骨がある人間が「孤立無援」になるのは当たり前なのです。沢田研二が内田裕也やゴールデンカップスなど、先輩のロッカー達に可愛がられたのもわかる気がします。

私には、「ファンに失礼だ」「プロ意識に欠ける」などと、常にマジョリティの側に身を寄せて身も蓋もない言い方しかできない人間達が滑稽に見えて仕方ありません。彼らは、「私は愚鈍な大衆です」と白状しているようなものでしょう。そこには、寄らば大樹の陰、同調圧力を旨とする日本社会がデフォルメされているのです。まして、沢田研二の行為を(イベント会社の社員に対する)パワハラだなどと言っている手合いは愚の骨頂と言うべきでしょう。

私は、沢田研二のファンサイトに寄せられていた次のようなコメントに、今回の問題の本質が示されているように思いました。さすがファンだなと思いました。

Saoの猫日和
会見

ジュリーが一番納得いかないのは、イベント会社は9,000人客が入っていると言ったのに7,000人しか入ってなかった。この会場を予約したのは2~3年前で、そんなに集客出来なかったら自分はできないのでやらないと言っていたのにイベント会社サイドは大丈夫ですと言っていた。
当日ふたを開けたらやはり黒幕で覆っている場所が目立つ。約束がちがうではないか。
ジュリーは空席が目立つ集客ならやらないと言っていたのに、結局イベント会社に騙された形になったのに我慢ができなかったのではと思うのです。
それでもやるのがお客に対するプロだと言われればそうかもしれませんが、私はそれでこそジュリーだと思いました。



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2018.10.19 Fri l 芸能・スポーツ l top ▲
先日、朝日新聞に掲載された『新潮45』の休刊に関する記事に対して、次のようなTwitterの書き込みを見つけました。

朝日新聞デジタル
新潮45の休刊、櫻井よしこさんと池上彰さんの評価は


まったくその通りです。ここにも、「言論の自由」を無定見に信奉する朝日新聞のオブスキュランティズムがあるのです。かつて羽仁五郎は、オブスキュランティズムについて、「明日は雨が降るけど天気はいいでしょうと言っているようなものだ」と書いていました。

コメントにあるように、ヘイトに寄生する極右の女神は、従軍慰安婦の問題では嘘を重ねて植村元記者と朝日新聞を攻撃してきたのです。そして、“朝日国賊”のイメージを拡散したのでした。そんな櫻井よしこの嘘は、裁判でも認定されているのです。

「外教」氏の次のような書き込みにも激しく同意します。


『新潮45』休刊に関しても、朝日新聞は、先日、次のような佐伯啓思氏の「感想」を掲載していました。

朝日新聞デジタル
(異論のススメ)「新潮45」問題と休刊 せめて論議の場は寛容に

佐伯氏は言います。

第二に、そもそも結婚や家族(家)とは何か、ということがある。法的な問題以前に、はたして結婚制度は必要なのか、結婚によって家族(家)を作る意味はどこにあるのか。こうした論点である。そして第三に、LGBTは「個人の嗜好(しこう)」の問題なのか、それとも「社会的な制度や価値」の問題なのか、またそれをつなぐ論理はどうなるのか、ということだ。しかし、杉田氏への賛同も批判も、この種の基本的な問題へ向き合うことはなく、差別か否かが独り歩きした。これでは、不毛な批判の応酬になるほかない。


LGBTは、「結婚」や「個人の嗜好」や「社会的な制度や価値」などとはまったく関係がないのです。むしろそういったことと関連付けることによって、差別がはじまるのです。「生産性」発言も、まさにそこから生まれているのです。LGBTは、社会的な制度や規範によって隠蔽されていた(”異常なもの”として抑圧されていた)にすぎないのです。もちろん、社会的な制度や規範に従属する「個人の嗜好」でもないのです。

佐伯氏は、一度だってLGBTの問題を真面目に考えたことさえないのでしょう。これじゃ自称「文芸評論家」と五十歩百歩です。

また、別の日に掲載された三輪さちこ記者による、もうひとりの極右の女神=稲田朋美氏のインタビュー記事は、さらに輪をかけてお粗末でした。

朝日新聞デジタル
稲田朋美氏「多様性尊重が保守の本来 杉田さん議論を」

稲田氏の発言は、どれも「よく言うよ」の類のものでしかありません。しかし、稲田氏の二枚舌に対して、ヘイトを煽った責任をどう考えているのかと質問することさえないのです。杉田水脈に代表されるように、性的少数者への差別と民族排外主義が通底しているのは、論を俟たないでしょう。稲田氏が信仰する生長の家原理主義=日本会議の”国家主義思想”とLGBTはどう相容れるのか、当然、訊くべきでしょう。これじゃジャーナリストではなく、御用聞きと言うべきでしょう。

そう言えば、安倍昭恵氏を「家庭内野党」などと言って持ち上げたのも、朝日の女性記者でした。今になれば、あの記事が如何にデタラメであったということがよくわかります。彼女達は、記者として最低限必要なものが欠落しているのではないか。そう思えてなりません。

朝日新聞は、「異なる」(と思っている)意見をただ機械的に並べるだけです。それでバランスを取っているつもりなのでしょう。両論併記が民主主義のあるべき姿と思っているのかもしれません。多くの人は朝日がリベラルだと思っているみたいですが、リベラルなんて、佐伯氏が言う「寛容さ」と同じで、現実回避の詭弁でしかないのです。
2018.10.15 Mon l 社会・メディア l top ▲
週刊読書人のウェブサイトを見ていたら、次のような短歌が目に止まりました。

見送ると汽車の外(と)に立つをさな子の鬢の毛をふく市の春風

これは、歌人の太田水穂の若かりし頃の歌で、1898年(明治31年)の作だそうです。

週刊読書人の「現代短歌むしめがね」というコラムで、歌人の山田航氏が紹介していました。

週刊読書人ウェブ
現代短歌むしめがね

山田氏は、同コラムで次のように書いています。

太田水穂は1876(明治9年)に長野県東筑摩郡広丘村(現在の塩尻市)に生まれ、長野市にあった長野県師範学校(信州大学の前身の一つ)に進学した。この歌は師範学校を卒業して、現在の松本市に小学校訓導として赴任するために、長野を汽車で去った体験にもとづく。
(略)
遠くへと旅立つ自分と、汽車の外から見つめてくる恋人。恋人の鬢の毛が春風に揺れている。実にロマンティックな一首だ。


1898年と言えば、今から120年前です。いつの時代も恋愛は存在したのです。

私がこの歌に目が止まったのは理由がありました。もしかしたら、前にも書いているかもしれませんが、二十歳のときに見たある光景が今でも心の中に残っているからです。この歌によって、そのときの光景が目の前によみがえってきたのでした。

当時、私は、九州の別府にある国立病院に入院していました。別府は、私が高校時代をすごした街でした。実家は、別府からだと汽車とバスを乗り継いで3時間近くかかる熊本県との境にある山間の町にありました。

今と違って、私達の頃は高校を卒業すると、地元を離れ、関西や関東の大学に行くのが一般的でした。そのため、別府に戻っても、親しい同級生は誰一人残っていませんでした。

その日、私は、外泊許可をもらい、実家に帰るために別府駅から汽車に乗ったのでした。

4人掛けのボックス席の前の席には、70歳をとうにすぎたような年老いた男性が座っていました。そして、外を見ると、同じ年恰好の女性がホームに立っていました。二人は黙ったまま、時折窓ガラス越しに目を合わせていました。

やがて発車を告げるベルがけたたましく鳴り響き、汽車がゆっくりと動き始めました。二人は手を挙げるでもなく、ただ目を合わせているだけです。汽車がホームを離れ、見送りにきた女性の姿が見えなくなりました。すると、目の前の男性は、背広のポケットからハンカチを取り出して目頭を拭きはじめたのでした。

老いた二人のしっとりとした別れ。昔の恋人が久しぶりに会いに来て、再び別れるシーンだったのではないか、と私は勝手に想像していました。

そのあと、男性は、何かに思いを馳せるように、ずっと窓の外の風景に目をやっていました。

ロマンティックというのは、たしかに古い感覚ですが、しかし、いつまで私達の胸を打つものがあります。
2018.10.10 Wed l 本・文芸 l top ▲
先日、初めてメルカリを利用しました。PCでメルカリを見ていたら、前からほしかったショルダーバッグが出品されているのを見つけたのでした。説明文には、「数回しか使用してない新品同様」となっていました。しかも、新品より5千円も安いのです。

私は、さっそくスマホにアプリをダウンロードして、会員登録を行い、バッグを購入しました。クレジットカードでの支払い手続きも済ませました。メルカリからは、「購入完了」「出品者からの発送連絡をお待ち下さい」というメールが届きました。

しかし、3日経っても「発送連絡」はありません。しびれを切らした私は、アプリ経由で出品者に催促のメールを送りました。すると、メールを送って半日経った頃、出品者から次のようなメールが届いたのでした(そのときの記憶でメールを再現しています)。

「ずっとメルカリをチェックしてなかったので、気が付きませんでした。ごめんさない。あのバック、売れました。今からキャンセルの手続きをしますね。」

私は、唖然としました。それで、すかさず次のようなメールを送りました。

「いい加減ですね。既にクレジットカードでの支払いの手続きも終わっているのですよ。どうなるんですか?」

しかし、返信はなく、メルカリからキャンセルの承認を求めるメールが届いただけでした。

ヤフオクもそうですが、購入者(落札者)には一方的にキャンセルができない“縛り”があります。一方的にキャンセルした場合、ペナルティが課せられる旨の半分脅しのような注意書きが記されているのが常です。しかし、出品者は平気で売切れや欠品を言ってきます。出品者には甘いのです。

知人にメルカリの話をしたら、メルカリではよくあることだ、メルカリはヤフオクよりモラルが低い、と言ってました。

中古市場は拡大の一途で、既に2兆円を超えているという話さえあります。それに伴い、メルカリのような個人間の売買サービスも隆盛を極めています。

言うまでもなく、ものを売買するのは商行為です。そこに、”商モラル”が要求されるのは当然でしょう。もちろん、シロウトでも、例外ではありません。

しかし、メルカリを見る限り、その「言うまでもない」ことさえ理解してない出品者が少なからず存在しているようです。彼らは、ネットで簡単に金儲けができる、箪笥の中で眠っている不用品がお金になるなどという幻想を煽られて、サービスに参加したのでしょう。しかし、肝心な”商モラル”を教えてくれる者は誰もいないのです。その結果、モラルが欠如し、商売を愚弄しているとしか思えないシロウトが跋扈するようになったのです。しかも、彼らは、シロウトであるがゆえに、「別に悪気があるわけではない」なんて言われて、最初から免罪されているのです。

ここにも、金を掘る人間より金を掘る道具を売る人間が儲かるネットビジネスのカラクリが顔を覗かせているように思えてなりません。シロウト商売に振り回される利用者(購入者)こそいいツラの皮でしょう。

私は、メルカリを退会する際、「必須」となっていた「退会理由」を次のように書いて送りました。

「初めて購入し支払い手続きをしたものの、3日経っても出品者から連絡がないので、しびれを切らして当方から連絡したところ、『売り切れました』『キャンセルの手続きをします』のひと言で済まされました。知人にこの話をしたら、メルカリではよくあることだと言われました。とても怖くて利用する気になりません。」

でも、あとで考えれば、なんだかドン・キ・ホーテのような気がしないでもありません。メルカリの担当者も、「退会理由」を一瞥してプッと噴き出したかもしれません。いい歳したおっさんがメルカリなどを利用したこと自体、間違っていたのかもしれないと思いました。
2018.10.09 Tue l ネット l top ▲
滑走路


先日、朝日新聞で紹介されていた萩原慎一郎の歌集『滑走路』(KADOKAWA)を読みました。

歌集については、下記のような歌を挙げて、非正規の生きづらさを指摘する声があります。

ぼくも非正規きみも非正規秋がきて牛丼屋にて牛丼を食べる

今日も雑務で明日も雑務だろうけど朝になったら出かけてゆくよ

非正規の友よ、負けるな ぼくはただ書類の整理ばかりしている

しかし、私は、やはり中高時代に遭遇したいじめが大きかったように思います。いじめは、そのあとも彼の心に暗い影を落とし、その後遺症に苦しむことになるのでした。多感な時期にいじめに遭うということは、どれほど残酷なものでしょうか。

以来、彼はずっと精神の不調を抱え苦しんでいたのです。歌を詠むようなナイーブな内面を持っているからこそ、よけいいじめが残酷なものになったことは容易に想像できます。

自死の誘惑に抗いながら、次のような歌を詠んでいたのです。

木琴のように会話が弾むとき「楽しいな」と率直に思う

靴ひもを結び直しているときに春の匂いが横を過ぎゆく

この二首は、私が歌集の中で好きな歌です。しかし、こういった日常をもっても、彼は死の誘惑に抗うことはできなかったのでした。

癒えることなきその傷が癒えるまで癒えるその日を信じて生きよ

疲れていると手紙に書いてみたけれどぼくは死なずに生きる予定だ

消しゴムが丸くなるごと苦労してきっと優しくなってゆくのだ

一方で、このように自分を奮い立たせるような歌も詠んでいますが、しかし、(当然ながら)残酷な記憶を消し去ることはできなかったのです。

前回、職場で息子ほど歳の離れた若い社員から罵声を浴びせられた知人の話を書きましたが、作者が抱いていた生きる苦しみや哀しみは、私達とて無縁ではないのです。

彼は、よく自転車に乗って界隈を探索していたようで、自転車の歌もいくつかありました。

公園に若きふたりが寄り添っている すぐそばに自転車置いて

春の夜のぬくき夜風吹かれつつ自転車を漕ぐわれは独り身

寒空を走るランナーとすれ違いたるぼくは自転車を漕いでいるのだ

私は、これらの歌を読んだとき、ふと寺山修司の次のような歌を思い出しました。

きみのいる刑務所の塀に 自転車を横向きにしてすこし憩えり

しかし、昨年6月、第一歌集の『滑走路』を入稿し終えたあと、作者の萩原慎一郎氏は、みずから死を選んだのでした。32年の短い人生でした。

作者も「あとがき」で名前を挙げていますが、歌人の岡井隆氏に『人生の視える場所』という歌集があります。しかし、「人生の視える場所」に立っても、眼前に広がるのは、必ずしもきれいな、心休まる風景とは限らないのです。

巨いなる寂しさの尾を踏み伝ふ一歩一歩の爪さきあがり
(『人生の視える場所』)

こういった歌も、作者の心の奥底にあるものを氷解させることはできなかったのです。

「悲しみ」とただ一語にて表現できぬ感情を抱いているのだ

作者は、そう歌っていますが、私は「むごい」という言葉しか持てませんでした。
2018.10.08 Mon l 本・文芸 l top ▲
先日、年上の知人と会ったら、なにやら深刻な表情でしきりに嘆いていました。会社を定年で辞めて、嘱託(という名のアルバイト)で別の会社に勤めているのですが、そこで社員とささいなことからトラブルになり、30歳年下の、文字通り息子ほど年の離れた若い社員から、「この野郎!」「お前は何が言いたいんだ!」と襟首を掴まれ怒鳴り付けられたのだそうです。

「若い人間から『お前』呼ばわりされ罵声を浴びせられたら凹むよ」と言ってました。だからと言って、まだ住宅ローンが残っているので、おいそれと辞めるわけにもいかず、毎日、憂鬱な気分で会社に通っていると言ってました。

彼は、一流大学を出た、博識で頭脳明晰な人物です。怒鳴り付けた社員など足元にも及ばないインテリです。しかし、こう言うと、「いつまでも過去の栄光にすがっている老人」みたいに見られて、「だから自尊心の強い年寄りは使いにくいんだ」と言われるのがオチでしょう。

私は、何と殺伐とした風景なんだろうと思いました。新自由主義的な考えがここまで個人の内面を蝕んでいるのかと思いました。経済合理性が、人間や人生を見る目にも影が落としているのです。敬老精神を持てなんて野暮なことを言うつもりはありませんが、そこには相手の立場を思いやる一片の想像力さえないのです。

私は、知人の話を聞きながら、昔観た「トウキョウソナタ」という映画のワンシーンを思い出しました。会社をリストラされた主人公が、再就職先を求めて面接に臨むのですが、若い面接官から「あなたは会社に何をしてくれますか?」「あなたは何ができますか?」と詰問された挙句、けんもほろろに追い返され、絶望的な気持にさせられるのでした。それは、新自由主義に染まりつつあるこの社会を暗示するような場面でした。

「トウキョウソナタ」についても、このブログで感想文を書いていますが、今、確認したら、前の記事の「歩いても 歩いても」と同じ2008年の日付になっていました。

何度も言いますが、「政治の幅は生活の幅より狭い」(埴谷雄高)のです。私達は、そんな日常にまつわる観念の中で生きているのです。私達の悩みの多くは、その観念に関連したものです。もとより、”生きる思想”というのがあるとしたら、息子ほど歳の離れた人間から怒鳴り付けられるのを歯を食いしばって耐えるような、そんな日常から生まれた言葉の中にしかないでしょう。


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2018.10.05 Fri l 日常・その他 l top ▲
樹木希林は、老けたイメージがありましたが、享年75歳だったそうです。鬼籍に入るにはまだまだ早い気がします。

たしか80年代の半ば頃だったと思いますが、『新雑誌X』(幸洋出版)という雑誌に、エッセイを連載していました。『新雑誌X』は、『現代の眼』(現代評論社)が廃刊したあと、同誌の編集長であった丸山実氏が創刊した雑誌でした。

彼女は、希心会という新興宗教を信仰していたことが知られていますが、エッセイでも宗教的な話が多かったように思います。80年代の半ばと言えば40歳を越したくらいですが、生と死の話も多く、人生を達観しているような印象がありました。

最近の(と言っても、もう10年前ですが)映画では、「歩いても 歩いても」の演技が心に残っています。是枝裕和監督と初めてダッグを組んだ映画でもあり、樹木希林にとって晩年のメルクマークとなった作品と言っていいでしょう。葬儀中に突然アゲハ蝶が現れたというスポーツ新聞の記事がありましたが、「歩いても 歩いても」の中にも黄色の蝶が舞う印象的なシーンがありました。

このブログで、「歩いても 歩いても」の感想文を書いていますので、僭越ながら追悼の意味を込めて再掲します。

(一部リンク切れがあります。シネカノンは、残念ながらその後倒産しました)

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歩いても 歩いても

今、個人的に旬なのは、出版ではNHKブックスと光文社新書とバジリコ社、映画ではシネカノンですが、そのシネカノンが制作に参加し、宣伝・配給を担当する是枝裕和監督の「歩いても 歩いても」を有楽町のビックカメラの7階にあるシネカノン有楽町1丁目で観ました。

「歩いても 歩いても」の舞台は、京浜急行が走る海辺の湘南の街です。その街で暮らす、老いて町医者を廃業した父と専業主婦として一生を送る母。その家に15年前に不慮の事故で亡くなった長男の命日のために、長女と二男の一家が帰って来る。そんな何気ない夏の一日とその裏に隠されたそれぞれの家族の思いや事情がゴンチチのアンニュイなギターの音色をバックに描かれています。

上野千鶴子氏は、江藤淳の『成熟と喪失』(講談社文芸文庫)の解説で、江藤が指摘した「父の崩壊」と「母の不在」という「日本近代」に固有の家族像について、近代の洗礼を浴びて家長の座から転落した「みじめな父」とその父に仕え「いらだつ母」、その母に期待されながら期待に添うことのできない「ふがいない息子」と、自分の人生は所詮、母のようになるしかないと観念する「不機嫌な娘」という、近代産業社会によって出現した中産階級の家族のイメージを具体的に提示していましたが、この「歩いても 歩いても」でも、「みじめな父」「いらだつ母」「ふがいない息子」「不機嫌な娘」が多少の濃淡を交えながら見事に配置されているように思いました。なかでも「いらだつ母」を演じた樹木希林の存在が際立っていました。

「歩いても 歩いても」のもうひとつのテーマは、言うまでもなく“老い”です。持参したスイカを冷やすために風呂場に入った息子(阿部寛)が見たのは、洗い場に新しく取り付けられたパイプの手すりでした。子供にとって親の老いを実感するときほど哀しいものはありません。しかし、老いは誰にも(親にも自分にも)必ずやって来るもので、その当たり前の事実を私達はどこかで受け入れなければならないし、その覚悟を決めなければならないのです。

先日、私はある病院に旧知のおばあさんを訪ねました。80才を優に越え、耳が遠くなり記憶も曖昧で歩くこともままならない状態になっていましたが、周囲に気を遣う優しい性格は昔のままでした。「ご飯食べたの?」と訊くので、「いや、まだですよ」と耳元で答えると、「そう、かわいそうだね~」と言って飴玉を2個くれました。

彼女は、「最近、変な夢ばかり見るんだよ」と言ってました。
「どんな、夢なんですか?」
「田んぼで稲刈りをする夢なんだよ」「昔は機械がなかったから大変じゃったよ」「女子(おなご)は大変じゃった」と。

私はその話を聞きながら、ふと黒田喜夫の「毒虫飼育」という詩を思い出しました。故郷を出奔し、都会の安アパートで息子と二人暮らしをする母親が、突然、押入れの中で蚕を飼い始めるという詩ですが、それは、夜、家に迷い込んだ黄色の蝶を死んだ息子が帰って来たんだと言って追いかける、「歩いても 歩いても」の樹木希林演じる母親の姿とも重なるものがあります。

「そろそろ帰りますよ」と言ったら、彼女は、治療のつらさを訴え、「早くあの世に行きたいよ~」と言ってました。私は、「そうだよね」と言いたくなる気持を抑えて、ただ笑って聞き流すしかありませんでした。

みんな、そうやって最後に残った記憶を抱えて亡くなって行くのでしょう。人の一生は何とむなしくて何とせつないものなのでしょうか。しかし、一方で、誰しも死から逃れることはできないという当り前の事実によって、私達はいくらか救われているような気もします。東京に帰る息子一家をバス停で見送り、再び坂道を戻って行く原田芳雄と樹木希林の老夫婦の後姿を観ながら、典型的な「ふがいない息子」である私は、しみじみとそんなことを考えたのでした。


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「歩いても 歩いても」
2018.10.04 Thu l 訃報・死 l top ▲
「そんなにおかしいか『杉田水脈』論文」という、開き直りとも思える特集を10月号で組んだ月刊誌『新潮45』が批判を浴び、ついに「休刊」することが発表されました。ちなみに、雑誌の場合、新規に取得するのが難しい「雑誌コード」を残すため、事実上の廃刊でもほとんどが「休刊」という届けが出されるそうです。

この“開き直り特集”が如何にひどいシロモノか、たとえば、自称「文芸評論家」の小川榮太郎氏は、特集で次のように書いています。

LGBTの生き難さは後ろめたさ以上のものなのだというなら、SMAG(編注:サドとマゾとお尻フェチと痴漢を指す小川氏の造語とのこと)の人達もまた生きづらかろう。ふざけるなという奴がいたら許さない。LGBTも私のような伝統保守主義者から言わせれば充分ふざけた概念だからである。

満員電車に乗った時に女の匂いを嗅いだら手が自動的に動いてしまう、そういう痴漢症候群の男の困苦こそ極めて根深かろう。彼らの触る権利を社会は保障すべきではないのか。触られる女のショックを思えというか。それならLGBT様が論壇の大通りを歩いている風景は私には死ぬほどショックだ、精神的苦痛の巨額の賠償金を払ってから口を利いてくれと言っておく。」
(文芸評論家・小川榮太郎氏「政治は『生きづらさ』という主観を救えない」より、一部中略)

※「HUFFPOST」より転載。
新潮社公式アカウントが「新潮45」批判を怒涛のリツイート 「中の人がんばって」の声援寄せられる


タイトルは秀逸ですが、書いていることは”危ないオヤジ”の戯言です。これでよくもまあ「文芸評論家」なんて自称できるものだと思います(私は本を読むのが好きですが、小川榮太郎なんて文芸評論家は聞いたことがありません)。

一方、上記の「HUFFPOST」の記事にあるように、10月号が発売され批判が巻き起こると、“中の人”である「新潮社出版部文芸」の公式Twitterが、同号を批判するコメントをリツイート。さらに「良心に背く出版は、殺されてもせぬ事」という同社創業者・佐藤義亮氏の言葉もツイートし、話題になりました。「中の人がんばれ!」なんていうコメントも、ネットには多く寄せられました。

これらの声に対して、能町みね子は、次のようにコメントしていました。


要するに、「新潮社出版部文芸」のツイートは、新潮社お抱えの作家・ライター達に「逃げ場を用意した」ものにすぎません。日頃リベラルな発言をしている作家センセイ達にとって、この特集と言うか、この批判は耐え難いものがあるでしょう。ヨーロッパの民主主義の二重底ではないですが、彼らもまた作家・ライターとして二重底の中を生きているのです。そうやってリベラルなボクがヘイト出版社から本を出す矛盾を覆い隠しているのです。

今日のリテラには、『新潮45』の杉田水脈発言が編集長の暴走などではなく、担当役員からお墨付きをもらっていたという記事が出ていましたが、新潮社が昔からヘイト出版社であることは半ば常識でした。何も『新潮45』に限った話ではないのです。私もこのブログで何度も書いていますが、『週刊新潮』の方がもっと悪質です。

リテラ
「新潮45」休刊声明の嘘! 杉田水脈擁護、LGBT差別は「編集部」でなく「取締役」がGOを出していた

リテラの記事によれば、「新潮社出版部文芸」のツイートも、「あまりに常識を逸脱した偏見が見受けられた」という社長声明も、ワイドショーなどにコメンテーターとして出演している中瀬ゆかり氏(文芸担当取締役)主導による「作家対策」なのだとか。

新潮社は、文芸部門と雑誌部門は、同じ会社と思えないほど気風が違っているとか、経営者が編集にいっさい口出しをしない編集権が確立されており、それが新潮社の伝統だなどという記事が出ていましたが、そんな都合のいい話があるわけないでしょう。新潮社から本を出している作家センセイ達の自己弁解のようなものでしょう。

新潮社は筋金入りのヘイト出版社です。「良心」をせせら笑うような出版社なのです。日本の文学は、そんなヘイト出版社によって支えられているのです。大江健三郎も、高橋源一郎も、星野智幸も、二重底の中で“文学を営んでいる”だけです。

『「週刊新潮」の内幕 - 元編集部次長の証言』(第三文明社)という30年以上前に出た本がありますが、その中で著者の亀井惇氏(故人)は、『週刊新潮』のことを「冷笑主義」「韜晦趣味」と表現していました。亀井氏は、新潮社に21年勤めた、文字通り”中の人”ですが、本では、『週刊新潮』の記事が「アカ嫌い」の幹部達の意向に沿って作られていたことを仔細に証言しています。

業界では知られた話ですが、かつての名物コラム「東京情報」の執筆者のヤン・デンマンなる「在日外人記者」も、社内で権勢を振るっていた斉藤十一重役(故人)の立案によるもので、ヤン・デンマンは「在日外人記者」でもなんでもなく、架空の人物だったそうです。同コラムでは、「戦後の日本人は人権を安易につまみ食い的にむさぼった結果、義務を忘れて〈社会を腐らせつつある〉」と主張し、「その”元凶”として憲法をやり玉にあげている」のでした。新潮社の「反人権体質」は、今にはじまったことではないのです。

余談ですが、昔、自宅近くの鎌倉の小町通りの小料理屋で一献を傾けている斉藤十一氏を、『噂の真相』が隠し撮りして誌面に掲載し、新潮社が激怒したという”事件”がありましたが、最近そういった骨のあるメディアがなくなったことも、新潮や文春のような”反人権メディア”がのさばる要因でもあるように思います。『新潮45』の編集長や新潮社の社長を直撃取材したメディアが一社もないのも、不思議でなりません。それがこの国の「言論の自由」なのです。

また、ヘイト本を出すのはビジネスのためだ、売れりゃなんでもいいという考えこそ問題だとか、ヘイト本を批判するあまり出版社を追い込むのは「言論の自由」を侵すことになるという意見があります。

実際にネトウヨなどは、「言論の自由」を逆手に取って、ヘイト本を批判する「ブサヨ」に対して、言うこととやってることが違うじゃないかと批判しています。「僕らの民主主義」(高橋源一郎)に安眠を貪る左派リベラルの痛いところを衝いているように思えなくもありません。

中には、「新潮社は言論機関だから」というような物言いさえありますが、新潮は「言論機関」なんかではありません。新潮社の「言論の自由」なんてどうだっていいのです。

小林よしのりは、BLOGOSで次のように書いていました。

BLOGOS
新潮45は炎上商法として大成功である

問題は「差別したい」という意見表明は許されるのかである。
思想言論の自由として許されるか?
それとも弾圧してしまうべきか?

市場に任せていても悪貨が良貨を駆逐するだけである。
市場の浄化作用なんかない。


「言論の自由」ってなんだ、とあらためて考えざるを得ません。「言論の自由」に寄りかかっている限り、権力を持つ側が「強い」のは当たり前でしょう。百家争鳴、談論風発というのは、民主主義の幻想です。賛否両論(両論併記)というオブスキュランチズムの罠に陥るだけです。

「言論の自由」を盾に、新潮に圧力をかけるのは言論弾圧ではないか、焚書坑儒ではないかというネトウヨの批判に対して、「言論の自由」に差別する自由は含まれない、差別は「言論の自由」の敵だと反論しても、なんだか自家撞着のようにしか思えません。

むしろ、「電通ダイバーシティ・ラボ」などの「市場の浄化作用」の方がよほど効果的な気がします。今回の「休刊」というトカゲの尻尾切りも、ある意味で「市場の浄化作用」が働いたと言えなくもないのです。でも、新潮社のヘイト体質は温存されるでしょう。これからも『週刊新潮』はヘイトな記事を流しつづけるでしょう。

「自由」というのは、かように非力で無力なものなのです。個人的には、(その可能性は低いようですが)今回の「休刊」が新潮社の「経営に深刻な打撃を与える」ことを願うばかりです。不買運動もない。新潮社から本を出している作家センセイを糾弾する声もない。だったら、もう自壊を待つしかないのです。一連の流れを見ても、そういう虚しさと歯がゆさしかありません。


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杉田水脈発言と性の商品化
メディアも大衆も目クソ鼻クソ
2018.09.26 Wed l 社会・メディア l top ▲
安室奈美恵が引退の前日、故郷の沖縄でラストライブが行ったので、安室ファンが沖縄に集結し、沖縄は「安室一色になった」と報道されていました。

地元紙の女性記者が、安室奈美恵は沖縄の人間に対するイメージを変えたと言ってましたが、たしかにその一面はあるでしょう。また、沖縄出身の安室ファンの女性が、上京して、職場で「どこの出身?」と訊かれたので、おずおずと「沖縄です」と答えたら、「安室奈美恵と一緒だ!」「いいなあ」と言われてびっくりした、というような記事も新聞に出ていました。

ちょうどアムラーブームの頃でしたが、原宿の竹下通りにある取引先の店に、沖縄出身の女の子がアルバイトで入ってきたことがありました。雑貨の店だったのですが、場所柄、タトゥーを入れた娘(こ)も働いていました。そんな女の子たちも、浅黒でエキゾティックな容貌の沖縄出身の彼女のことを「羨ましい」と言ってました。

彼女たちの会話を傍で聞いていた私は、若い頃、アルバイト先で一緒だった人間から聞いた話を思い出していました。彼は、「川崎の先に沖縄の人たちが集まって暮らしているところがあるんだよ」と言ってました。大学の授業(フィールドワーク)で、そこを訪れ、住人から話を聞いたのだそうです。「川崎の先」というのは、正確には横浜の鶴見のことです。鶴見は、今、私が住んでいる東横線沿線の街からは山を越えた反対側(海側)にありますが、たしかに、横浜に来て沖縄出身の人と遭遇することが多くなりました。

私は、九州の大分出身ですが、九州でも西の方の人間にとって、沖縄はとても遠い存在でした。東京に来るまで、沖縄出身の人間に逢ったことはありませんでした。むしろ、朝鮮半島や中国出身の人間の方が身近にいました。

今と違って、観光で沖縄に行くなんてこともほとんどありませんでした。飛行機の直行便もなく、交通の便が悪かったからです。私が地元で働いていた頃は、福岡経由で韓国の済州島にゴルフに行くのが流行っていましたが、福岡からだと沖縄より韓国の方が近かったのです。私が働いていた会社では、九州・四国・中国など地区ごとに販売担当者がいましたが、沖縄は九州に入っていませんでした。沖縄は東京から直接行っていました。

その頃の私には、沖縄は犯罪者が逃げ込む島のようなイメージがありました。小中学校の同級生で二人、犯罪を犯して指名手配された人間がいるのですが、二人とも沖縄に逃げていました。沖縄が“癒しの島”のようなイメージを付与されたのはまだ先のことです。当時は暴力団抗争が頻発する、犯罪者が逃げ込む島というイメージのほうが強かったのです。

そう言えば、安室奈美恵を見出した養成学校の関係者も、東京でトラブルを起こして沖縄に逃亡し、学校を作ったというような記事を読んだ覚えがあります。

以前、鶴見在住の沖縄出身の人と知り合り、話を聞いたことがありますが、その人も若い頃は、沖縄出身であることにコンプレックスを抱いていたと言ってました。苗字が独特なので、沖縄出身であることがすぐバレて、差別されることも多かったそうです。アパートも貸してもらえないこともあったそうです。そのため、京浜工業地帯で働く沖縄出身者を中心に、「ウチナーンチュのコミュニティが自然にできたんだろう」と言っていました。

ラストライブの際、共演したBEGINのメンバーが、MCの中で、東京で肉体労働のアルバイトしたとき、顔が本土の人間と違うので、イラン人やパキスタン人などと同じ外国人の列に並ばせられたというようなエピソードを面白可笑しく話していたそうですが、それはややオーバーにしても、ついこの前まで沖縄人が露骨に差別されていたのは否定し得ない事実でしょう。

沖縄も、なんだか韓流と似ている気がします。今の女子高生たちの中には、オルチャンメイクやオルチャンファッションなど韓国人に憧れる子が多いそうですが、しかし、その一方で、ネットでは相変わらず“嫌韓”=韓国人差別が根強く残っています。沖縄も同じです。“安室反日認定”などはその最たるものでしょう。

いらぬおせっかいだと言われるかもしれませんが、最近、沖縄のアイデンティティってなんだろうと思うことがあります。知事選も、なんだか本土の代理戦争のような気がしてなりません。

沖縄は、現在、空前の不動産ブームだそうですが、悲惨な戦争体験→米軍基地が集中した島→平和を希求する自然豊かな”癒しの島”のイメージが、見事なまでに資本主義の欲望に組み込まれ、「金のなる島」になっているように思えてなりません。

竹中労は、『黒旗水滸伝』の中で、次のような民謡の一節を紹介していました。「黄金の花」ではないですが、”癒しの島”になる中で失ったものもあるのではないか。そう思えてなりません(カッコ内のふりがなは本文ではルビ)。

うら頼(たの)ま南風(ばいかじ) 事言(くろうい)つく空(うい)るけ
大石垣(うふいしがき) 主島(あるじしま)吹ち通し
譬(たと)りばん物無(むぬね)ぬ 此びりばん事無ぬ
肝絶(きむた)いて 胸煙(んにきぶり)立ち通し
(八重山群島『言遣り節(いやりぶし)』)



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安室スキャンダルと”劣化”の構造
『琉球独立宣言』
2018.09.19 Wed l 芸能・スポーツ l top ▲
10代の終わり頃だったと思いますが、なにかの雑誌で、五木寛之氏と寺山修司が「市民的価値意識批判」というテーマで対談しているのを読んだことがありました。

当時はまだ全共闘運動の余韻が残っていて、論壇もいわゆる“新左翼的な論調”が主流でした。二人の対談のように、「市民的価値意識」を批判するのも半ば常識のような感じでした。今風に言えば、右か左かではなく上か下かの視点が存在していたのです。総評が主導する左派の労働運動も、本工主義だと批判されていました。労働の現場には、本工→下請工→期間工と言った三重の差別構造が存在していると言われていました。当然、左翼の権威の象徴でもあった日本共産党は、徹底的に批判されていました。民青の運動なんて、資本主義的な価値意識を補完する欲望のナチュラリズムにすぎないと批判する文章を読んだ覚えもあります。

しかし、今は「市民的価値意識」が金科玉条のようになっています。それこそ自民党から共産党まで、「市民的価値意識」を批判する政党なんていません。各政党は、「市民的価値意識」にどれだけ貢献できるかを競っているのです。与党も野党も同じ土俵で相撲を取っているだけです。まさに「市民」は神様なのです。

一方で、この国には、生活保護の基準以下で生活している人が2千万人もいるのです。OECDの加盟国のなかでも飛びぬけた格差社会なのです。労働の現場でも、差別構造は温存されたままです。それどころか、製造派遣が解禁され、益々劣悪になっている現状があります。

この国には、既成政党が用意する土俵に上がれない、「市民」にもなれない人たちが多くいるのです。

同じ土俵で相撲を取っている限り、野党が与党に勝てないのは当然です。有権者にとって、与党も野党も似たもの同士にしか見えないでしょう。だったら、与党の方が安心だと考えるでしょう。

「市民的価値意識」に安住し、欲望のナチュラリズムを美徳とする有権者には、”安倍独裁”なんてどうだっていいのです。武蔵小杉のタワマンの住民に向かって、改憲を目論む安倍政治にノーを突き付けましょうなんて演説しているのは、滑稽ですらあります。

階級の問題は決して過去の話ではないのです。弱肉強食を是とする風潮の中では、むしろ、すぐれて今日的な問題であると言えます。右はもちろん、左もそれに目を向けてないだけです。

ブレンディみか子氏は、左派は経済を語ることをやめてしまったと書いていましたが、左派というのは、言うなればサンクコストの呪縛に囚われた、もうひとつの保守にすぎないのです。そこに、左派が存在感を失った理由があるのだと思います。

何度もくり返しますが、右か左かではなく上か下かなのです。これも既出ですが、以前、ブレンディみか子氏は、ポデモスのイグレシアスの、次のような言葉を紹介していました。

「勝つためには、我々は左翼であることを宗教にするのをやめなければならない。左翼とは、ピープルのツールであることだ。左翼はピープルでならなければならない」


しかし、私は、イグレシアスの言葉をこう言い換えたくなりました。「勝つために、我々は左翼であることをやめなければならない。左翼に代わって、新しいピープルのツールを作らなければならない」と。

左翼こそめぐまれた既得権者だというネトウヨの”パヨク批判”も一理あるように思います。国会前デモや排外主義に反対する人たちのSNSなどを見ても、なんだか政権批判ごっこをしているようにしか見えません。危機感や絶望感はあまり伺えません。安倍政権と同じように、「やってる感」で自己慰撫しているだけのようにしか見えないのです。

ネトウヨに対して、「オマエたちはオレたちのような『市民』ではないだろう。ざまあみろ」みたいな”批判”が何のためらいもなく行われているのを見るとき、私は、暗澹たる気持にならざるを得ません。

今、必要なのは、左翼と決別することでしょう。左翼のドグマに無頓着な左派リベラルに引導を渡すことでしょう。そして、与党にも野党にも、もっと絶望することでしょう。全てはそこから始まるのだと思います。


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ギリシャ問題と「勝てる左派」
2018.09.13 Thu l 社会・メディア l top ▲
体操の宮川紗江選手のコーチが、練習中に宮川選手に暴力を振るったとして、日本体操協会から無期限登録抹消処分を受けた問題がメディアを賑わせています。一方、処分に反発した宮川選手は、日本体操協会の塚原千恵子女子強化本部長と夫の光男副会長にパワハラを受けたと告発。さらに今日、宮川選手がパワハラを受けたと主張する面談の音声データが塚原氏側から公開されました。

データの公開に際して、塚原氏側は、「私たちの言動で宮川紗江選手の心を深く傷つけてしまったことを本当に申し訳なく思っております」と謝罪し、データの公開も、宮原選手と対決する意図はなく、「高圧的」だという誤解を解くためであるという声明を出していました。

この問題の背景に、メディアの塚原夫妻に対する私刑(リンチ)があるのはたしかでしょう。宮川選手の告発によって、発端となった暴力を伴う指導法の問題は片隅に追いやられたのでした。そして、日本の体操界で大きな力を持つ塚原夫妻を“悪”と裁断する印象操作がメディアを覆うようになったのです。それはあきらかに問題のすり替えです。

宮川選手と速見コーチの関係を「宗教みたい」と言ったのも、(それが適切な表現ではなかったものの)選手とコーチの「共依存」を懸念した発言だったのかもしれません。一部の関係者が指摘するように、アスリートが次のステップに進むためにコーチを変えるのは、フィギュアスケートなどでもよくあることです。塚原氏はそうアドバイスしたかったのかもしれないのです。

テープ自体も、体操協会の強化合宿かなにかで、宮川選手が(速見コーチがいない)合宿を途中で引き上げると言い出したので、そんなことでどうするの、それじゃオリンピックにも出られないわよ、と説得(あるいは説教)していたような感じでした。会話を隠し録りしたのも、宮川選手がスポンサーと契約の問題でトラブルになっているので、念の為に録音したというようなことを言ってました。宮川選手はもともと「面倒くさい」選手だったのかもしれません。

日大アメフト部の悪質タックル問題以降、メディアの私刑(リンチ)はエスカレートするばかりです。メディアは、私刑(リンチ)によって視聴率(部数)が稼げる旨味を知ったのです。メディアは、次から次へと”獲物”を物色している感さえあります。

岐阜の病院の問題でも、テレビはニュースの中で、「病院が死亡診断書の死因を『熱中症』ではなく『病死』と書いていたことが判明しました」と言っていました。私は、最初、何が言いたいのかわかりませんでした。病院は「熱中症」が死因ではないと言っているのですから、「病死」と書くのは当然でしょう。

また、入院患者が死亡したことについても、「病院は警察に届けていませんでした」と言ってました。でも、入院中に病死したのであれば警察に届ける必要はないでしょう。法的になんら問題はないのです。メディアは、病院があたかも何か隠蔽しているかのような印象操作を行っているのでした。

メディアの私刑(リンチ)は、もはや”病的”と言ってもいいくらいです。印象操作によって、”犯罪”をねつ造さえしているのです。そして、思考停止した大衆は、塚原は”悪”だ、病院は患者を殺した、という予断に縛られ、メディアに踊らされるのです。それが彼らにとっての“真実“なのです。

これからも、「ネットとマスメディアの共振」(藤代裕之氏)による、視聴率(部数)稼ぎの私刑(リンチ)は続くことでしょう。 ”獲物”として狙われたら最後、ヤクザの言いがかりのような論理で市中引き回しの刑に処され、社会的に抹殺されるのです。しかも、私刑(リンチ)に異を唱える、気骨のあるメディアさえないのです。まさに、これこそデモクラティック・ファシズム(竹中労)と言うべきでしょう。
2018.08.31 Fri l 社会・メディア l top ▲
岐阜市の病院で、80代の入院患者が相次いで死亡したのは、エアコンが故障していたことによる熱中症が原因ではないかという問題が浮上しています。岐阜県警も、業務上過失致死の疑いで、家宅捜索を行ったというニュースもありました。

テレビのワイドショーでは、「殺人罪」の容疑も視野に入っていると言ってましたが、仮に、エアコンの故障が原因で熱中症で亡くなったにしても、「殺人罪」が適用されるなどあり得ないでしょう。

病院はエアコンが故障したため扇風機を使っていたそうですが、当然、看護婦や介護職員も患者をケアするために部屋に出入りしていたでしょうし、食事も毎日運んでいたでしょう。業務上過失致死だって難しいのではないかと思います。

私は、医療の現場を間近で見た経験から、この問題を自分なりに考えてみました。

件の病院は、「終末期医療」を担う療養型病床が主体の、所謂「老人病院」だったようです。昔と違って、今は医療費を圧縮するために国の方針が細分化され、それに伴って病院も機能別に細かく分かれています。大きく分けて高度急性期・急性期・回復期・慢性期の四つに分かれており、通常、私たちがイメージする病院は、大学病院などの高度急性期と総合病院の急性期の病院でしょう。外来が活発なのも、この二つの病院です。

当然、医療の質も違ってきます。建前上、質に違いはないことになっていますが、ドクターや看護師などの質は全然違います。そもそも医療設備からして違います。「終末期医療」と言えば聞こえはいいですが、それは手厚いケアが行われる大病院の緩和病棟などとは似て非なるものなのです。

私の知っている病院(回復期と慢性期を兼ねる病院)は、開業して10年も経ってないホテルのようなきれいな病院で、他の病院に比べて「患者の(所得)レベルが高い」と言われていますが、それでも入院患者の3割は家族がほとんど面会に来ないそうです。

この問題が浮上したのは、死亡した患者の成年後見人が警察におかしいと訴えたからだそうですが、では、家族からのクレームはどうしてなかったのかと思いました。今の病院は、昔と違って家族からのクレームに敏感です。家族は見舞いにも来てなかったのではないか。あるいは、身寄りのない患者が多かったのかもしれません。

ワイドショーを見ていたら、入院患者が救急車で移送されたとかで、レポーターたちが大騒ぎしていましたが、「老人病院」はあくまで慢性期の療養型病床なので、容態が急変したら、急性期の病院に救急搬送するのはよくあることです。なにか事件でも起きたかのように大騒ぎするような話ではないのです。ワイドショーは全てがこのレベルです。

旧大口病院での「大量殺人」でも、犯人の看護師が稀代の殺人鬼のように報道されていますが、私は、彼女はメンヘラだったように思えてなりません。医療従事者は、仕事の重圧に加えて職場の人間関係にも悩ませられるので、メンヘラになる人間が多いのです。まして「姨捨山」と陰口を叩かれるような「終末期医療」の実態を目にすると、ある種の“衝動”に駆られることがないとは言えないでしょう。「終末期医療」の「老人病院」の場合、「看取り」の確認書や指示書を家族から貰うのが通例ですが、その多くが延命処置を行わず自然に任せるのが希望だと言われています。

看護師はどこの病院も人手不足で(まして「老人病院」はよけいそうです)、みんな疲弊しています。旧大口病院の彼女の場合は、点滴に界面活性剤を混入したと言われていますが、疲弊し情緒不安定になった中で、喉に通した管を抜くだけでこの患者は楽になるのだ、と耳元で悪魔に囁かれることだってあるかもしれません。家族からも見捨てられ、生命維持装置を付けられてただ死を待つだけの患者。そういった現場を日常的に見ていると、人の死に対して、ナイーブな感覚もマヒしていくでしょう。残る砦は、人の命は地球より重いなどという20世紀の人権思想(ヒューマニズム)だけです。子供から「どうして人を殺してはいけないの?」と問われて、しどろもどろになるような思想だけなのです。

社会の片隅に追いやられ、決して恵まれているとは言えない医療環境で人生の終わりを迎える老人たち。一日に4人が亡くなるのも、「老人病院」だったらあり得ない話ではないでしょう。それをとんでもないことのように言うメディア。責任逃れのために、病院に立ち入り検査をする小役人たち。彼らは、法に定められた医療監視を行っているはずなのです。立ち入り検査も、メディア向けのパフォーマンスのようにしか思えません。世間の人間も含めて、みんな、自分たちの無関心や無責任を棚に上げ、カマトトぶって病院を叩いているだけです。


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メディアも大衆も目クソ鼻クソ
福祉」の現場
2018.08.29 Wed l 社会・メディア l top ▲
あるツイッターを見ていたら、下記の藤原新也氏のブログが紹介されていました。

Shinya talk
理稀ちゃん救出劇雑感。(Catwalkより転載)

理稀ちゃんを救出した尾畠さんは、上空に「カラスがカーカーうるそう鳴く」「とりやま(鳥山)」を見たのではないか。そして、その「とりやま」を目印に理稀ちゃんを発見できたのではないか、と藤原氏は書いていました。

このとりやま(鳥山)は海にも立つが陸や山にも立つ。

そしてそのとりやまの下には獲物があるということだ。

その獲物は生きている場合もあり死んでいる場合もある。

ちなみに東日本大震災の現場では陸地に多くのとりやまが立った。

その下に溺死体があったからだ。

とくにカラスのような物見高い鳥は何か下界で異変があると騒ぎ立てる習性がある。

これは日常的に死体が転がっているインドにおいても同じことである。


そう言えば、救出される前の報道の中に、「捜索隊の人はカラスが鳴いている場所を中心に捜索すると言ってました」という理稀ちゃんの祖父の発言がありました。そのとき、私は、なんだか残酷な気がしたのでした。

尾畠さんは、大分県日出町出身で、65歳まで隣の別府市で鮮魚店を営んでいたそうです。私が通った別府の高校の同級生にも、漢字は違いますが、日出町から来ていた「おばた」姓の人間がいました。また、現在、尾畠さんの自宅がある地区にも、何人かの同級生の実家がありました。

同じ田舎の出の人間として、藤原新也氏の「とりやま」の話はよくわかるのです。藤原氏が住む千葉の房総でも、「カラスの振る舞いは人の死を予見するという言い伝えがある」そうですが、私の田舎にもその言い伝えがありました。

私は、中学までは熊本県境に近い久住連山の麓の町で育ちましたが、「とりやま」という呼び名は知らなかったものの、カラスが鳴くと不幸事があるという言い伝えは子供の頃から共有していました。

上空でカラスがカーァカーァ鳴くと、親が「気味が悪りぃ。不吉な知らせじゃ」と言ってました。そして、親の言うとおり、カラスが鳴くと不思議と不幸事があるのでした。

つまり普段カラスが飛ばぬような上空に円を描くようにカラスが群れ飛ぶとその真下の家の誰かが死んでいるか、あるは死に行く人がいるということを鋭敏に感じとっているというわけである。


よく“自然の神秘”と言いますが、自然には「言語化」できない“神秘”がまだ残っているのでしょう。
2018.08.18 Sat l 故郷 l top ▲
8月15日の朝日新聞に、敗戦直後、旧満州に入植した開拓団の女性たちが、当時のソ連兵に対して「性接待」をさせられていたという記事が出ていました。

朝日新聞デジタル
開拓団の「性接待」告白 「なかったことにできない」
「性接待」証言活動支える家族 母たちの犠牲なければ

記事によれば、 開拓団の女性たちは、開拓団の幹部から「『(夫が)兵隊に行かれた奥さんたちには、頼めん。あんたら娘が犠牲になってくれ』と言われた」そうです。背景には、敗戦になって、彼らが日本軍に置き去りにされたという深刻な事情があったのでした。ただ、日本軍の中でも、下級兵士は同じように置き去りにされ、石原吉郎が書いているように、ソ連軍の捕虜となり過酷な抑留生活を余儀なくされたケースも多くありました。一方、戦争を指導した関東軍の上級将校たちは、いち早く日本に逃げ帰ったのです。

 「白川町誌」などによると、黒川開拓団は1941年以降、600余人が吉林省陶頼昭に入植した。敗戦後、旧日本軍に置き去りにされ、現地住民らによる暴行や略奪を受け、隣の開拓団は集団自決した。

 当事者の証言によると、黒川開拓団は幹部が近くの旧ソ連軍部隊に治安維持を依頼。17~21歳の未婚女性15人前後を「接待」に出した。45年9月から11月ごろまで続いた。一時期、中国兵の相手もさせた。


もちろん、これはホンの一例でしょう。こういった話はほとんど表に出てきていません。当事者たちは、口を噤み、胸の奥深くに秘匿して戦後を生きてきたのです。と言うか、戦後を生きるために、秘匿してきたのでしょう。

このような「性接待」の延長に、従軍慰安婦の問題が存在しているのは言うまでもありません。日本政府は、敗戦後、「性の防波堤」という名目で、特殊慰安施設協会なるものを設立、占領軍向けに国営の慰安所(特殊慰安施設)を設置していますが、これは政府主導の「性接待」と言えます。

(以下に、以前、このブログで書いたことを再掲します)

高見順は、『敗戦日記』(中公文庫)のなかで、この「特殊慰安施設」について、つぎのように書いています。

世界に一体こういう例があるのだろうか。占領軍のために被占領地の人間が自らいちはやく婦女子を集めて淫売屋を作るというような例が―。
(略)
戦争は終った。しかしやはり「愛国」の名の下に、婦女子を駆り立てて進駐軍御用の淫売婦にしたてている。無垢の処女をだまして戦線へ連れ出し、淫売を強いたその残虐が、今日、形を変えて特殊慰安云々となっている。


日本政府は占領軍のために、自国の婦女子を「淫売婦」に仕立てて提供したのです。しかも、「特殊慰安施設協会」なる名称からわかるように、そこには戦争中の従軍慰安婦のノウハウが生かされていたのです。

五木寛之は、朝鮮半島から引き揚げる際に、みずから体験したことをエッセイに書いています。しかし、それは例外と言ってもいいほどめずらしいことです。

数十人の日本人グループでトラックを買収して、深夜、南下している途中、ソ連軍の検問にひっかかり、お金を出せ、お金がなければ女を出せと言われたそうです。それも三人出せと。すると、グループのリーダーたちが相談して、三人の女性が指名されたのでした。

 指名された三人は全員の視線に追いつめられたように、トラックの荷台の隅に身をよせあって、顔をひきつらせていた。
「みんなのためだ。たのむよ」
 と、リーダー格の男が頭をさげて言う。言葉はていねいだが、いやなら力ずくでも突きだすぞ、といった感じの威圧的な口調だった。
 しばらく沈黙が続いたあと、その一人が、黙ってたちあがった。あとの二人も、それに続いた。
 運転手に連れられて三人の女性たちはトラックを降りて姿を消した。車内のみんなは黙っていたが、ひとりの男が誰にともなく言った。
「あの女たちは、水商売の連中だからな」
 一時間ほどして三人がボロボロのようになって帰ってくると、みんなは彼女たちをさけるようにして片隅をあけた。
「ソ連兵に悪い病気をうつされているかもしれんから、そばに寄るなよ」
 と、さっきの男が小声で家族にささやいた。やがてトラックが走りだした。
 私たちは、そんなふうにして帰国した。同じ日本人だから、などという言葉を私は信じない。

『みみずくの夜メール』(幻冬舎文庫)


中には、そのまま戻って来なかった女性もいるそうです。

民間人を置き去りにしていち早く逃走した帝国軍人たち。彼らにとって、こういった悲劇はなかったことになっているのです。そして、彼らは、戦後ものうのうと生き延び、自分たちが靖国の”英霊”の代弁者であるかのように振舞い、「戦後はお金や物万能の世の中で、心が疎かになっている」「日本人の誇りを失っている」なんて説教を垂れていたのでした。今はその子供や孫たちが同じことを言っています。なかったことにしている「性接待」を取り上げた朝日新聞は、「反日」「中共の手先」と攻撃されるのです。それがこの国の「愛国」なのです。


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2018.08.17 Fri l 社会・メディア l top ▲
杉田水脈議員のLGBTに対する「生産性がない」発言の何が問題かと言えば、それがナチスの優生思想へつながる“悪魔の思想”だからです。杉田議員は、名うてのレイシストとして、国会議員になる前から知られた存在でした。中には、Yahoo!ニュースのコメント欄に巣食う某カルト宗教との関係を指摘する人もいました。

杉田議員は、みんなの党から日本維新の会に移り、折からの“維新(橋本)ブーム“に乗って当選、衆議院議員を一期務めたものの次の選挙で落選。その後・次世代の党・日本のこころと渡り歩き、国政復活をめざしていた際、そのヘイト思想が目に留まったのか、桜井よしこ氏によれば「安倍さんが杉田さんって素晴らしいと言うので、萩生田さんとかが一生懸命になってお誘いして」、昨年の総選挙で自民党の比例中国ブロックの単独候補として公認され、当選、待望の国政復活を果たしたのでした。

名うてのレイシストである彼女が自民党から一本釣りされて再び国会議員になったことに、思わずのけ反った人も多いはずです。彼女のことを知っていれば、今回のような発言も別に驚くことではないのです。

杉田議員は、以前は「待機児童なんて一人もいない」「保育所は、家庭を崩壊させようとするコミンテルの陰謀だ」などと発言し、子育て支援に対しても批判的だったのですが、今回の寄稿では、一転して子育て支援に理解を示していました。子育ては「生産性がある」からでしょうか。

地盤を持たない比例選出の議員の場合、次の選挙で上位に指名されるためには、党内に向けて日頃から自分をアピールする必要があります。杉田議員も、そうやって安倍首相や自民党の大物議員たちに媚を売り、みずからの存在をアピールしているのでしょう。自分に目をかけて国政復活を手助けしてくれた恩人の安倍首相に喜んでもらおうと思ったのかもしれません。

ただ、稲田朋美氏が「多様性を認め、寛容な社会をつくることが『保守』の役割だ」(ツイッター)と批判めいたことを言ったり、安倍首相も「多様性が尊重される社会を目指すのは当然だ。これは政府、与党の方針でもある」と(白々しく)発言するなど、自民党内でも、(「LGBTは趣味みたいなもの」と言った低●議員を除いて)表立って杉田発言を擁護する人がほとんどいないのも事実です。時代はもはや杉田発言を擁護できないほど、LGBTが市民権を得つつあるのです。「多様性」や「ダイバーシティ」という言葉が、当たり前のこととして流通するようになっているのです。

前も書きましたが、電通も、「電通ダイバーシティ・ラボ」という専門組織を立ち上げ、LGBTをビジネスにつなげようとしています。電通のソロバン勘定によれば、LGBT市場は「約5.9兆円」まで拡大しているそうです。

杉田水脈議員の優生思想は論外としても、少なくともLGBTに関しては、日本の社会でも認知されつつあるのは間違いないでしょう。今回の問題で、あらためてそう感じた人も多いのではないでしょうか。

しかし、天の邪鬼な私は、同時に、若い頃に読んだ(と言っても途中で挫折したのですが)フーコーを思い出さざるを得ないのでした。知ってのとおり、フーコーも同性愛者でした。

フーコーによれば、18世紀以降の西欧社会では、性の「言語化」が図られ、それが個人の(主体性)の形成に関わるようになったと言います。つまり、性はただ単に禁忌されるべきもの・排除されるべきものから、医学や教育学や法学など知の対象(フーコーの言う「知への意志」の対象)になったのです。そうやって私たちは、みずからの性的欲望や性的行動を客観的に認識するように仕向けられたのです。もちろん、それは性の「解放」というような単純な話ではありません。むしろ、権力によって性が管理されコントロールされることを意味するのでした。権力は細部に宿り、さらに細部に細部に宿ろうとするものです。そのために、性が「言語化」され、性の拡大(と同時に「分節」)が意図されるのです。

杉田発言を誰も表立って擁護できないほどLGBTが認知されつつあるのも、それだけLGBTが権力によって管理され整序されつつある(されている)からだとも言えます。そうやって権力は私たちの身体の隅々にまで入り込み、「電通ダイバーシティ・ラボ」のように、資本主義のオキテ(=性の商品化)が貫徹されるのです。もとより文化とはそういうものでしょう。強制ではなく自発のように見えるのも、それだけ巧妙にコントロールされているからにほかなりません。それが権力の本来の姿です。こんなに苦しみました、こんなにつらい思いをしました、というような(日本人お得意の)”被害者史観”は、あらかじめ権力によって用意されたテンプレートとも言えるのです。

涙のカミングアウト(「告白」)は、フーコーが喝破した教会の「告解」(赦しの秘跡)と似ているように思えてなりません。「告白」が映し出しているのは、性に纏わる観念(の自明性)が整序され、操作されている私たちの心の風景です。フーコーは、そんな観念の奥に身を潜める権力を発見したのでした。

現代の権力は、杉田水脈議員のように、”逸脱する性”を排除したりタブー視したりすることはありません。もはや"逸脱する性"なんて存在すらしないのです。たとえば、下記のような記事を読むにつけ、涙の「告白」に違和感を抱かざるを得ないのでした。

電通報
今、企業がLGBTに注目する理由とレインボー消費
Sankei Biz
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今回の杉田発言でLGBTの認知はさらに深まるでしょう。杉田水脈議員は、LGBTを差別することで、逆にLGBTの認知(=広告)に貢献したとも言えるのです。まさにピエロとしか言いようがありません。そして、騒動の中でひとり微笑んでいるのが、LGBTという新たな市場を手に入れた電通なのかもしれません。
2018.08.10 Fri l 社会・メディア l top ▲
昨日の夕方、副都心線に乗っていたら、酔っぱらったネパール人らしき若者が二人、渋谷から乗ってきました。二人はかなりの酩酊状態で、車両全体に響き渡るような大声で喋っていました。聞いたこともないような外国語でした。喧嘩でもしているのか、お互い興奮してまくし立てていました。

電車は、週末に都心の繁華街に出かけて、これから帰宅する人たちでかなり混んでいました。二人は足元も覚束なくて、電車が揺れるたびに、身体がふらつき周囲の人たちにぶつかっていました。しかも、一人が缶コーヒーを持っていたのですが、ふらつくたびに飲み口が横に傾き、中身のコーヒーが床にこぼれていました。床には液体の染みがあちこちにできていました。そのためもあって、いつの間にか二人の周りに空間ができていました。

私は、少し離れたところに立っていたのですが、注意しようかと思いました。今までも何度か、似たような場面で注意したことがありました。中には、相手の反発を招きトラブルになったこともありました。ホームでもみあいになって、駅員から「警察を呼びますよ」と言われたこともあります。友人から、「やめなよ。そんなことしているとそのうち刺されるよ」と忠告を受けたこともありました。

私は、「迷惑だ」は英語でなんと言うんだっけと思いました。ネパール語は無理だけど、英語だと通じるのではないかと思ったのです。「降りろ」は「get down」でいいのか、スマホのGoogle翻訳で調べようかなと思いました。

でも、そう思いながら、あらためて電車の中を見渡しました。週末で、しかも夏休みなので、若者や家族連れが多く、ネパール人の近くには髭を生やしたストリートファッションの若者もいました。小さな子どもをかばうように立っている若い父親もいました。でも、みんな、見て見ぬふりなのです。顔をしかめて彼らを睨みつける人間すらいません。みんな、知らんぷりしてスマホの画面を見ているだけです。

そこで私は思いました。私が注意してまたトラブルになり、ホームに降りろというような話になっても、みんな、自分たちの身に火の粉がかからないように見て見ぬふりをするだけなんだろうなと。へたに正義感を出して行動を起こしても、所詮バカを見るだけなんじゃないかと。自分の中に、そういった損得勘定のようなものが働いたのでした。

そして、いつの間にか、二人の酔っぱらいより、見て見ぬふりをしている乗客たちのほうに軽蔑の眼差しを向けている自分がいました。過去に、ホームでトラブルになったとき、「何、この人たち」というような冷たい目で見られた体験がよみがえってきたのでした。それに、相手がネパール人だと、レイシストなんて触れ衣を着せられる可能性だってあるでしょう。

もちろん、なにか背負った(しょった)気持があるわけではありません。「ちょっとした正義感」にすぎません。とは言え、行動を起こすには勇気もいります。しかし、あの冷たい視線を思い出すと、バカらしくなり気持も萎えてくるのでした。

電車の中で、マナーの悪い乗客に対して、「何だ、お前は」みたいに注意すると、逆に周りから白い目で見られるのはよくあることです。見て見ぬふりをするのは、彼らの処世術なのです。そうやって「善良な市民」としての日常の安寧と秩序が保たれているのです。私は、電車の中を見回しながら、「卑怯な大衆」という言葉を頭に浮かべていました。

オウム真理教の死刑執行も然り、杉田水脈の”悪魔の思想”も然りです。みんな、見て見ぬふりなのです。自分たちの社会の問題なのに、所詮は他人事なのです。少しでも考えることすらしないのです。

この社会には、見て見ぬふりをすることが誠実に生きている証しだみたいな“大衆民主主義”のイデオロギーがあります。他人を押しのけて我先に座席に座る人々も、それが懸命に生きている証しであるかのようなイデオロギーがあるのです。

「小さなお子様連れ」という文言をいいことにして、週末のシルバーシートがベビーカーの家族連れに占領されているのをよく目にします。しかし、「小さなお子様」は通路を塞ぐベビーカーに乗っていて、シルバーシートに足を組んでふんぞり返って座っているのは、「小さなお子様」の親たちなのです。それがさも当然の権利だと言わんばかりです。

でも、そんな親たちを批判すると、この国は子育てをする母親に冷たいなどと、識者から批判を受けるはめになります。シルバーシートに足を組んでふんぞり返って座っている親たちは、子育てに無理解なこの国で苦労している、”恵まれない大衆”でもあるのです。たとえ武蔵小杉のタワーマンションに住んでいてもです。そのため、自民党から立憲民主党や共産党までが、彼らの歓心を買おうと耳障りのいい(そして、ほとんど大差ない)子育ての施策をアピールしているのでした。

あの杉田水脈でさえ、問題になった『新潮45』の文章では、「子育て支援や子供ができないカップルへの不妊治療に税金を使うという」のは、「少子化対策のためにお金を使うという大義名分」があると言っています(一方で、子供を産まない、「生産性」のないLGBTのために、どうして税金を使わなければならないのかと言うのです)。今や左右を問わず、子育て支援は最優先課題なのです。間違っても彼らを「卑怯な大衆」なんて言ってはならないのです。

私は、「ちょっとした正義感」に身を委ねるのは、もう「や~め~た」と思いました。その結果、自分も見て見ぬふりをする一人だと見られても、それでもいいと思いました。なにより「バカらしい」と思ったのでした。


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雨宮まみの死
2018.08.05 Sun l 日常・その他 l top ▲
オウム真理教の死刑囚たちには、逮捕後もずっと寄り添いケアしていた身内や友人がいました。「知的エリート」であった彼らは、もともと家庭環境や友人関係に恵まれた人間が多かったのです。しかし、それでも、人知れず“生きる意味”について悩み、生きづらさを覚え、自分の居場所を探していたのです。

世間から鬼畜のように指弾される彼らに寄り添ってきた人たちを考えると、ホントに頭の下がる思いがします。そして、ホッとした気持になるのでした。

豊田亨死刑囚にも、大学1年で知り合い、東京大学理学部物理学科、同大学院で共に学んだ親友がいました。その伊東乾氏が、死刑執行を受け、『AERA』に寄稿していました。

AERAdot
オウム豊田亨死刑囚 執行までの3週間に親友が見た苦悩 麻原執行後に筆記具を取り上げられた

伊東氏は、1992年3月、突然行方不明になり、次に豊田死刑囚が「私達の前に現れたときは地下鉄サリン事件の実行犯となっていた」と書いていました。

逮捕後の99年から接見を始め、「最高裁で死刑が確定した2009年以降は特別交通許可者として月に1度程度、接見し、様々な問題を共に考え、責任の所在や予防教育の必要を議論してきた」そうです。執行の当日も、約束通り小菅の東京拘置所に向かった伊東氏は、「書類を窓口に提出すると程なく年配の刑務官から『面会は出来ません』と告げられた」のです。そして、「待合室にいる間に、彼を含む6人のオウム事犯の死刑が執行された」のでした。

豊田死刑囚は、公判でも「『今なお自分が生きていること自体申し訳なく、浅ましい』と語り、深く悔いていた」そうです。

3月に拘置所内の「収監される階が変わり、昔長らく在房した階に戻った」豊田死刑囚は、死刑執行が間近に迫っている中で、次のようにくり返し言っていたそうです。

「日本社会は誰かを悪者にして吊し上げて留飲を下げると、また平気で同じミスを犯す。自分の責任は自分で取るけれど、それだけでは何も解決しない。ちゃんともとから断たなければ」


Yahoo!ニュースのコメント欄のように、「当然だ」「遅すぎたくらいだ」「執行しないで生かしつづけるのは税金の無駄使いだ」などと、彼らを「吊し上げて留飲を下げる」だけでは、オウムが私たちに突き付けた問題はなにひとつ解決しないでしょう。オウムの信者たちは、私たちの「親しき隣人」なのです。彼らの過ちは、決して他人事ではないのです。

聡明で真面目であるがゆえに、人生に悩み、苦しみ、挙句の果てにカルトに取り込まれて犯罪者になった彼ら。一方で、”生きる意味”を考える契機すら持たず(そんなことを考えるのはバカだと言わんばかりに)、ただ彼らを「吊し上げて留飲を下げる」だけのヤフコメの住人たち。不条理とはなにも難しい話ではないのです。このように、私たちのすぐ身近にあるものなのです。

また、私は、昨夜、広瀬健一死刑囚の手記を読みました。アゴラの宇佐美典也氏の記事で、手記の存在を知ったからです。

アゴラ
元オウム真理教信者、広瀬健一死刑囚の手記について

真宗大谷派 円光寺
オウム真理教元信徒 広瀬健一の手記

読み終えたのは朝方でした。窓を開けると、朝もやの中で徐々に輪郭をあらわしてくる街の風景がありました。その風景を眺めながら、私は、なんとも重い気持の中にいました。それが今もつづいています。

麻原が最終解脱を主張したのが1986年8月。翌9月に出家制度が発足しますが、そのときの出家者は15人、会員(信者)は約350人だったそうです。

広瀬死刑囚が、「宗教的回心」によってオウム真理教に入信したのが1年半後の1988年3月です。静岡県富士宮市の富士山総本部道場が完成したのが、1988年8月。そのときの出家者数は約100人、信者数は約2500人でした。広瀬死刑囚が出家したのは、翌年の1989年3月末。入信からちょうど1年後でした。

母親をはじめ、私の田舎の人間たちが、熊本県旧波野村のサティアン建設計画に関する国土利用計画法違反事件で、オウム真理教を知ったのが1990年です。

そして、私が恵比寿の駅前で、選挙運動をするオウムの信者たちを初めて観たのも、同じ1990年です。選挙の惨敗によってオウムは一気に武装化を進め、1994年6月の松本サリン事件、1995年3月の地下鉄サリン事件へと突き進んで行ったのでした。それらは、僅か10年足らずの短い間の話です。

広瀬健一死刑囚は、早稲田の理工学部応用物理学科を首席で卒業、卒業式では卒業生を代表して答辞を述べるなど、将来を嘱望された科学者の卵でした。大学院の修士課程に進み、出家する際は電機メーカーの研究所に就職も決まっていました。大学及び大学院時代は、母親と一緒にメッキ工場でアルバイトをして、学費も自分で賄っていたそうです。

武装化計画のために、理系エリートを勧誘するという方針の元、麻原から直々に出家を求める電話を受けた広瀬死刑囚は、就職の話を断って出家することを決意するのでした。その際も、内定を貰った会社に、わざわざ出向いて詫びを入れているのでした。そんなところにも、彼の誠実な人柄が伺えます。出家に関しても、自分が出家することで家族のカルマを自分が背負い、家族をより幸福な世界に転生させることができると信じていたのでした。

広瀬死刑囚は、科学の専門教育を受けた「知的エリート」です。麻原の空中浮遊についてどう考えていたのか、今どう考えているのか、手記にそのことが出ていました。

(略)「空中浮揚は慣性の法則に反する」という論理では、空中浮揚を否定できません。既知の物理法則を超える法則の存在は、論理によっては、否定できないのです。
つまり物理法則は、それが見かけ上成立する領域(条件)が不明な部分があるのです。ですから、ある領域において現象が未知の法則に支配される可能性は否定できません。言い換えると、物理法則は常に成立するものとして定義できないのです。それは、ニュートンの運動法則を超える相対論、量子力学・場の量子論が発見されて発展してきた物理学の歴史が示すとおりです。
麻原やオウムの教義から離れた今、「空中浮揚はあると思うか」と問われれば、私は「思わない」と答えます。しかし、これは推測――〈外見として日常的な領域で起こることだから、既知の物理法則のみが成立する条件が満たされている可能性が高いだろう〉という――に基づく見解であって、論理によって厳密に導出された結論ではありません。麻原のいう空中浮揚を・・・厳密に否定するには、麻原の空中浮揚を物理的に測定してその誤りを発見する以外に方法はありません。


また、サリンを散布するのにためらいはなかったのかという問いに対して、「ためらいはなく、感情を抑えることもなく、してはいけないことだとも思わなかった」「ヴァジラヤーナの救済のための当然の指示と感じた」と書いていました。

私は第一審時に共犯者の公判で、次の趣旨の供述もしました。
「指示が私の存在していた宗教的世界観に合致していたので、従わなくてはならないと強く思ったということではない。その指示自体が自然に、違和感なく受け入れられる状態になっていた」
「サリン袋を傘で刺すときためらいはなく、感情を抑えることもなく、してはいけないことだとも思わなかった」
前者の供述は、地下鉄サリン事件の指示について、麻原の指示だから自身の意思に反しても従わなければならないと思ったということではなく、ヴァジラヤーナの救済のための当然の指示と感じた、いう意味です。当時、私は教義の世界で生きている状態でした。


くり返しますが、彼らは私たちの「親しき隣人」なのです。彼らの過ちは、決して他人事ではないのです。
2018.08.02 Thu l 社会・メディア l top ▲
昨日処刑された端本悟死刑囚を担当していた弁護士は、早稲田の法学部で同じクラスだった同級生だそうです。端本死刑囚は、オウムに入信した友人を脱会させる目的でセミナーなどに通っているうちに、ミイラ取りがミイラになって入信したのでした。それがカルトの怖さです。他の死刑囚に比べて関与の度合いが低いとされ、死刑判決に疑問の声も多かったのですが、本人は再審請求を拒んでいたそうです。

また、東大卒(実際は大学院中退)で初めて死刑になったと言われた豊田亨死刑囚に出家を勧めたのは、中学・高校・大学の1年先輩であり、しかも学部(物理学部物理学科)も同じだった野田成人氏です。灘高のルートもそうですが、オウムの「知的エリート」たちは、受験名門校出身者の人脈で勧誘されたケースが多いのです。

野田氏もオウムの幹部でしたが、鈍くさいとかいう理由で、麻原によって実行メンバーから外されたと言われています。先日、テレビに出ていた野田氏は、解体業をしているとかで、汚れが付いたままの作業服姿でした。一方で、ホームレス支援の活動も行っていると言ってました。野田氏は、事件後、アレフの代表なども務めましたが、現在は教団を脱会しているそうです。だとしたらよけい豊田死刑囚に出家を勧めた負い目に苛まれているに違いありません。そうやって”自己処罰”しながら生きていくしかないのでしょう。

オウムの悲劇は、信者の多くが善男善女であったということです。それゆえにカルトに取り込まれてしまったという点にあります。カルトが怖いのは、このように善男善女がターゲットになり、彼らの純粋な心が利用されることです。しかも、ネットワークビジネスなどと同じように、学校や職場などの人間関係を通して勧誘が行われるので、二重三重の悲劇が生じることになるのです。

先に紹介したAERAdotの上昌広氏の記事によれば、東大医学部からオウムに入信したのは2人ですが、当時、「大勢が富士の裾野に行った」そうです。上氏は、彼らと2人を「分けたのは偶然だ」と書いていました。

このように、オウム真理教では、ハルマゲドンを演出するために、麻原の命により、高学歴の理系エリートを積極的に勧誘していたのでした。そして、優秀な頭脳を得た教団は、サリンの生成&散布へと突き進んで行ったのでした。

世の中の役に立つ人間になることを夢見て受験勉強に励み、他人が羨むような難関大学に進んだはずが、カルトに遭遇したために、文字通り刑場の露と消えた「知的エリート」の信者たち。本人ならずともどうして?という思いを抱いた人も多いでしょう。それを考えれば、あらためてやりきれない気持にならざるを得ないのでした。
2018.07.27 Fri l 社会・メディア l top ▲
今朝、オウム真理教の残り6名の死刑囚に対して、死刑が執行されたというニュースがありました。これで、ひと月の間に13名の刑が執行されたことになります。まさに前代未聞の出来事です。

否応なく暗い気持にならざるを得ません。人の命が奪われるというのは、犯罪であれ刑罰であれ、殺人であることには変わりがないのです。辺見庸ではないですが、むごいなと思います。信者たちに殺された人間たちも、処刑された信者たちも、みんなむごいなと思います。

私たちは、オウムを前にすると、恐怖と憎しみの感情に支配され、鬼畜を見るような目になるのですが、処刑された信者たちはホントに鬼畜だったのか。

地下鉄サリン事件で娘を殺された遺族は、「これで仇を取ることができました」と言っていたそうですが、一方で、どうしてあんな事件を起こしたのか、そして、今、どう思っているのか、加害者たちの生の声を聞くことが供養になるという考えがあってもおかしくないのです。たしかに、因果応報という仏教の考え方もありますし、江戸時代は仇討ちや切腹の風習もありましたが、しかし、みずからの死を持って罪を償わせるという考えは、本来日本人が持っている死生観や道徳観と必ずしも合致するものではないはずです。

先進国で死刑制度が存続しているのは、今や日本とアメリカくらいですが、死刑を廃止(もしくは停止)している国から、人権後進国の報復主義に基づいた「大量処刑」と見られても仕方ないでしょう。

今回の「大量処刑」は、オウム真理教がそれだけ国家からの憎悪を一身に浴びていたと言えるのかもしれません。かつては社会主義者や無政府主義者が憎悪の対象でしたが、平成の世にあっては、カルト宗教がそれにとって代わったのです。麻原の国選弁護人を務めた安田好弘弁護士は、今回の処刑でオウム真理教事件が“平成の大逆事件”になったと言ってましたが、決してオーバーではないでしょう。

今回の処刑で、麻原彰晃をグル(尊師)と崇め、タントラ・ ヴァジラヤーナを信奉する残存信者にとって、麻原をはじめ死刑囚たちが益々”ヒーロー”になるに違いありません。遺骨がどうのという問題ではないのです。国家から憎悪を浴びせられれば浴びせられるほど、彼らもまた国家に対して憎悪の念を募らせ、死刑囚たちを”ヒーロー”と崇めるのです。

事件の当事者たちの生の声を封印したまま刑を執行したことで、事件をより不可解なものにし、逆にカルトを増殖させる土壌を残したと言えるでしょう。前も書きましたが、「偽史運動」こそがカルトがカルトたる所以です。宗教学者の島田裕巳氏は、麻原の死刑によって、麻原の魂は信者たちの中で「転生」して生き続けることになるだろうと言ってましたが、これから事件や死刑囚たちを神格化する「偽史運動」が始まることでしょう。

平成の大事件だから平成の間にカタをつけたいなどという(小)役人的発想が、カルト宗教の反国家的感情をエスカレートさせるのは間違いないでしょう。

一方、麻原ら7名の死刑が執行された前夜(7月5日)、死刑執行命令を出した上川陽子法相が、「自民党赤坂亭」に出席していたことが判明して物議を醸しています。「衝撃的」と書いていたメディアさえありました。上川法相は、執行後の記者会見で、「磨いて磨いてという心構え」で、「慎重にも慎重な検討を重ねた」上で、死刑執行命令を出したと言っていましたが、執行前夜に酔っぱらってはしゃいでいる様子はとてもそのようには見えません。「自民党赤坂亭」は西日本を襲った集中豪雨の当夜のことでもあったので、その点でも批判を浴びましたが、政治家や役人など権力を持つ人間たちの、人(国民)の命に対する軽さ・無神経さには愕然とします。と同時に、怖いなと思います。それは、オウムの教義にも通底するものと言えるでしょう。
2018.07.26 Thu l 社会・メディア l top ▲
私のようなサッカーの素人でも、イニエスタの凄さはよくわかります。今日のデビュー戦でも、その抜きん出たテクニックの一端を垣間見ることができました。イニエスタの鋭いスルーパスに、ヴィッセル神戸の選手が付いて行くことができなかったほどです。

トーレスの果敢で迫力あるゴール前のパフォーマンスも然りです。日本の選手だとチャンスにできないような場面でも、トーレスはチャンスを演出するのです。その違いを観るだけでも、サッカーの醍醐味を味合うことができます。

アジアでは中国のスーパーリーグに世界レベルのスター選手を取られて、Jリーグは場末感が否めませんでしたが、イニエスタとトーレスの加入はJリーグに大きな刺激になることでしょう。もちろん、リップサービスは別にして、彼らがいづれJリーグに失望するのは目に見えています。できる限り長く日本に留まり、日本サッカーに風穴を空けてくれることを願うばかりです。

私の中にはまだワールドカップの余韻が残っていますが、ワールドカップの試合を観ても、ヨーロッパなどのチームと比べると、日本が見劣りするのは否定し得ない事実でしょう。なんだかバタバタするばかりで迫力がなく、スピードもまるで違うのでした。「世界から称賛されている」なんて片腹痛いのです。

でも、サッカー通(サッカーのコアなファン)は「ニッポン、凄い!」と言うばかりです。日本のサッカーは確実に世界レベルに近づいていると、十年一日の如く言い続けています。永遠にそう言い続けるつもりなのでしょう。彼らは、ネトウヨと同じで「煽られる人」にすぎません。サッカーの素人たちは、サッカーメディアやサッカー通のアホらしさに対して、遠慮せずに嘲笑する勇気を持つべきでしょう。ワールドカップを観てもわかるように、熱狂的なサッカーファンと言ってもただの酔っぱらいにすぎません。ホントにサッカーを楽しみ、サッカーを冷静に観ているのは、サッカーの専門誌も読んでなくて、サポーターとも呼ばれないようなサッカーの素人たちなのです。

今夜のフジテレビのスポーツニュース「S-PARK」では、イニエスタの日本デビューのニュースを後まわしにして、「香川真司の復活を支えた『フィットネス』」なんて特集を延々とやっていました。香川真司が安物のアイドルのような恰好をした“カリスマトレーナー”と出演して、彼女との「異色コラボ」でロシアW杯に臨んだ話をしていました。まるで青汁のCMと見まごうような特集でした。こういったところにも、ハリル解任の背後にあった「スポンサーの意向」が顔を覗かせているように思いました。

そんなミエミエの特集がイニエスタデビューのニュースより優先される日本のサッカー報道のいかがわしさを、私たちはもっと知る必要があるでしょう。そして、日本サッカーの閉塞感がこういったところから始まっているのだということも知る必要があるのです。


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2018.07.22 Sun l 芸能・スポーツ l top ▲
どうして、高学歴の「知的エリート」がオウムに取り込まれたのかを考える上で、下記の記事は非常にリアルで、参考になるように思いました。

AERAdot.
井上死刑囚から勧誘された医師が明かす「オウム真理教事件は受験エリートの末路」

記事を読むと、灘高のような受験名門校の人脈を通して勧誘が行われていたことがわかります。

もちろん、彼らが「取り込まれた」というのは、私たちが外野席で言っているだけです。当然のことですが、彼ら自身は「取り込まれた」なんて思っていません。麻原に「帰依」したのです。

彼らの多くは、理系の「知的エリート」です。専門的な科学教育を受けた科学者(あるいは科学者の卵)なのです。それが、どうして空中浮遊や神秘体験などの“超能力”を信じ、麻原のようないかさま師に「帰依」したのでしょうか。

専門家が指摘するように、ヨガを利用した”修行”やときには薬物まで使ったイニシエーションによって”霊的な幻覚”を体験することで、麻原の虜になったということはあるでしょう。しかし、一方で、「知的エリート」たちは、麻原の俗物性に目を瞑り、能動的に麻原に「帰依」した側面もあるのです。

はっきり言って、熊本の盲学校を出て(しかも、盲学校で飛びぬけて優秀な成績でもなかったのに)、熊本大学の医学部や東大の法学部を受験するというのは、誇大妄想としか思えません。でも、今の“大衆(建前)民主主義”では、そういう言い方は盲学校を見下す(差別する)ことになるのです。言ってはいけないことなのです。オウム真理教は、「信仰の自由」の問題も含めて、そういった“大衆(建前)民主主義”を逆手に取ったと言えないこともないのです。

そもそもオウム真理教自体が、麻原の誇大妄想の産物とでも言えるものです。でも、その誇大妄想が宗教の皮を被ると、神からの啓示=”超能力”のように思えて信仰の対象にすらなるのです。それが「宗教の宗教性」というものです。

私たちのまわりを見ても、無知の強さ、あるいは非常識の強さというのは、たしかに存在します。西欧的理性が木端微塵に打ち砕かれたナチズムの例を出すまでもなく、ものごとを論理的に考える知性というのは、無知や非常識に対して非力な面があるのです。

上昌広氏のつぎのような言葉が、「知的エリート」の“弱さ”を表しているように思います。

 エリートは権威に弱い。権威の名前を出されると、そのことを知らない自分の無知をさらけ出すのが恥ずかしく思い、迎合しようとする。決して「わからない」とは言わない。私を含め当時の東京大学の学生が、オウム真理教に引きずられていたのは、このような背景があるのではなかろうか。挫折を知らない、真面目で優秀な学生だからこそ、引き込まれる。


「決して『わからない』とは言わない」のが「知的エリート」の“弱さ”なのです。「先生と言われるほどのバカでなし」という川柳は、「知的エリート」の本質を衝いているのです。と同時に、大衆(世間)のしたたかさ、狡猾さを表してもいるのです。麻原のようないかさま師が彼らを取り込む(「帰依」させる)のは、そう難しいことではなかったでしょう。

麻原は、弱視でしかも柔道の有段者であることを盾に、熊本の盲学校では、視力障害者の同級生や下級生を相手に番長として君臨したのですが、まったく同じ手法で、無知や非常識に“弱い”「知的エリート」に対してグルとして君臨したのでした。

麻原は、修行をすれば射精しなくてもエクスタシーを得られる(クンダリニーの覚醒)と言いながら、自分は片端から女性信者に手を出して射精しまくっていたのです。しかも、それは射精ではなく「最終解脱者」のエネルギーを注入するイニュシエーションだとうそぶいていたのですが、しかし、”霊的な幻覚”を体験し、この世界には論理的に説明できない部分があること(科学の限界)を知っていた「知的エリート」たちには、もはや麻原の詭弁を疑う”余裕”はなかったのでしょう。

麻原と同じ熊本出身の谷川雁は、「大衆に向かっては断乎たる知識人であり、知識人に対しては鋭い大衆であれ(原文は「ある」)」(『工作者宣言』)と言ったのですが、たとえば、通勤電車の醜悪な風景の中で、「断乎たる知識人」であることは至難の業だし、哀れささえ伴うものです。でも、冗談ではなく、あの通勤電車の醜悪な風景こそがこの社会であり、電車の座席にすわることが人生の目的のような人々が大衆なのです。

間違っても「こいつらバカだ」「愚民だ」とは言えないのです。言ってはならないのです。そんな中で、麻原は、仏教の“裏メニュー”とも言うべき教義を彼らに提示したのでした。それが、「煩悩の海に溺れ悪業を積む凡夫は、ポアして救済しなければならない」という、グルを絶対視する戒律と選民思想で”再解釈”したタントラ・ ヴァジラヤーナの教義なのでした。

上氏の剣道での挫折もそうですが、麻原に「帰依」した「知的エリート」たちも、いったんは学校を出て就職したもののすぐに会社を辞めた人間が多いのが特徴です。受験競争では常に勝ち組であった彼らが、社会に出て初めて挫折を味わったのです。そして、麻原に「帰依」することによって、その挫折感がハルマゲドンのような終末思想と出会い、ハルマゲドンを実践する「光の戦士」としてエスカレートして行ったというのは、容易に想像できます。

職場の人間関係だけでなく、日々の生活の中でも、無知の強さや非常識の強さを痛感させられることはいくらでもあります。もちろん、ネットも然りです。しかも、無知の強さや非常識の強さは、“大衆(建前)民主主義”によって補強され、ある意味この社会では「最強」と言ってもいいのです。オウムの「知的エリート」たちがハルマゲドンを欲したのも不思議ではないのです。彼らは、教義以前に、あらゆる価値が(知をも)相対化される現代の民主主義を呪詛していたように思えてなりません。
2018.07.16 Mon l 社会・メディア l top ▲
死刑執行の日に朝日新聞に掲載された、宮台真司氏のインタビュー記事で、宮台氏はつぎのように言ってました。

不全感を解消できれば、現実でも虚構でもよい。自己イメージの維持のためにはそんなものどちらでもよい。そうした感受性こそ、昨今の「ポスト真実」の先駆けです。誤解されがちですが、オウムの信徒たちは現実と虚構を取り違え、虚構の世界に生きたわけではない。そんな区別はどうでもよいと考えたことが重要なのです。

朝日新聞デジタル
オウム化している日本、自覚ないままの死刑


宮台氏は、「だから危ない」のだと言います。

現実と虚構の区別なんてどうだっていいというのは、今のネトウヨなどにも言えるように思います。彼らにとって、ネットのフェイクニュースや陰謀史観の真贋なんてどうだっていいのです。みずからの「不全感」(人生や社会に対する負の感情)を「愛国」という排外主義的な主張で埋め合わせればそれでいいのです。それが反知性主義と言われるゆえんです。

どうして「知的エリート」が麻原彰晃のような安っぽいいかさま師に騙されたのか。オウム真理教を論じる場合、必ずと言っていいほど出てくる疑問ですが、私は、以前、大塚英志氏の『物語消費論改』を引用して、つぎのように書いたことがありました。

麻原彰晃は、英雄史観と陰謀史観を梃子に「大きな物語」を「陳腐に、しかし低次元でわかり易く提供して見せた」のでした。それは、「例えば『国を愛する』と言った瞬間、そこに『大きな物語の中の私』が至って容易に立ち上がる」ような安直なものでしかありませんでした。

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『物語消費論改』


戦前戦中、多くの左翼知識人=「知的エリート」が「転向」したのは、天皇制権力による思想的転換への強制、屈伏というより、彼らが大衆から孤立したからだ(彼らの思想が”大衆的基盤”をもたない脆弱なものだったからだ)、と言ったのは吉本隆明ですが、「知的」であるということは、ある種の”後ろめたさ”を伴うものでもあるのです。誠実であろうとすればするほど、大衆的日常性(大衆的価値観)から遊離した孤立感を抱くものです。「知的エリート」たちは、安直なもの(=大衆的なもの)であるからこそ、逆に取り込まれたとも言えるのです。

倫理なんて、糞の役にも立たない“文化的幻想”にすぎません。「知的エリート」が全体主義に動員される思想的なメカニズムは、E・フロムやハンナ・アーレントが言うよりもっと単純でもっと「陳腐」なものではないのか。

私は、そのメカニズムを解明するカギになるのが「オタク」だと思っています。オタク化とは、それだけこの社会に”オウム的なもの”が浸透していることを意味しているのです。オタクからネトウヨ、そしてカルトに至る回路こそ解明されるべきだと思います。

大塚英志氏は、『「おたく」の精神史』(講談社現代新書)で、「長山靖生『偽史冒険世界』や小熊英二『単一民族神話の起源』といった仕事において国民国家の形成の過程で起きた偽史運動への注目がなされているのは、オウムを近代史の中に位置づける上で重要な視座を提供しているように思う」と書いていました。

柳田民俗学は「正史」化し得た「偽史」の一つだというのがぼくの考えだが、教科書批判の運動が「オウム」後に保守論壇の枠を超えた大衆的な広がりを見せてしまったことの説明は、「オウム」を「偽史」運動の一つと位置づけることで初めて可能になってくるように思うのだ。教科書批判以降の「日本」や「伝統」の奇怪な再構築のされ方は、偽史運動とナショナリズムの言説が表裏一体のものとしてあることの繰り返しに、ぼくは思える。

『「おたく」の精神史』


『天皇と儒教思想』(小島敦著・光文社新書)によれば、メディアによく取り上げられる「田植え」や「養蚕」など皇室の恒例行事も、明治以後にはじまったものが多いそうです。来年、天皇の生前退位により新しい元号に変わりますが、「一世一元」の原則も明治以後にはじまったのだとか。皇室の宗教も、奈良時代から江戸時代までは仏教だったそうです。皇室=神道という「伝統」も、明治以後に創られたイメージなのです。また、皇室に伝わる祭祀などは、中国の儒教思想から借用された「儒式借用」のものが多いそうです。

要するに、明治維新による近代国家(国民国家)の成立に際して、国民統合のために、皇室を中心とする「日本の伝統」が必要とされたのでしょう。そうやって(偽史運動によって)”国民意識”が創出され、”日本”という「想像の共同体」が仮構されたのです。

もちろん、現在進行形の現代史においても(おいてさえ)、「偽史運動」めいたものは存在します。たとえば、安倍首相に代表される、スーツの襟にブルーリボンのバッチを付けている右派政治家やその支持者の一群が声高に主張する”正しい歴史”などもそうでしょう。

そこでは、「先の戦争は侵略戦争ではない」「南京大虐殺はねつ造だ」「従軍慰安婦なんて存在しない」という”正しい歴史”に目覚めることが「愛国」と直結しているのです。そして、ネトウヨに代表されるように、「『国を愛する』と言った瞬間、『大きな物語の中の私』が至って容易に立ち上がる」メカニズムが準備されているのです。私は、そこにオウム(オウム的なもの)とのアナロジーがあるように思えてなりません。実際にYahoo!ニュースのコメント欄なども、その手の書き込みであふれていますが、彼らの延長上に、「第二のオウム」と言われるようなカルト宗教=「偽史カルト」が存在するというのは、多くの人が指摘しているとおりです。安っぽいいかさま師は、麻原彰晃だけではないのです。


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2018.07.10 Tue l 社会・メディア l top ▲
私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか


麻原彰晃の遺骨の引き取りに関して、家族間で“綱引き”がはじまっているようです。メディアが言うように、麻原の「神格化」を怖れる公安当局としては、遺骨を妻に引き渡すのを避けたいのが本音でしょう。そのためかどうか、麻原が生前、遺骨の引き渡し先を四女に指名していたという話が出ています。ただ、それは、執行直前に刑務官に伝えたと言われるだけで、証拠はないのです。妻や三女らは、自分たちに遺骨を渡さないための「作り話」だと言うでしょう。

四女は、昨年、自分の相続人から両親を除くよう横浜家裁に申し立て、認められています。それは、実質的に家族と絶縁する意向を示したものです。遺骨の引き渡し先に関しては、法的にはっきりした規定はなく、慣例に従うしかないそうですが、家族と縁を切る意向を示した人間が、父親の遺骨を引き取りたいと申し出るのはどう考えても矛盾しています。故人の妻が引き取りの意向を示しているのですから、慣例から言えば、妻に渡すのが妥当でしょう。だから、そうさせないために、故人の遺志を出してきたとも言えるのです。

四女は、遺骨を引き取る理由について、アレフに渡したくないからと言っているそうです。家族と縁を切るなら、遺骨なんていらない、ほかの家族がどうしようが知ったことではない、自分は自分の道を生きる、と考えるのが普通でしょう。本当にオウムの悪夢から解放されたいと思うなら、遺骨のことなどに関わってないで、知らない土地で新しい人生を歩むのがいちばんでしょう。どうしていつまでもオウムの周辺にいるのだろうと思います。四女は、なんだか公安当局の意向を代弁している(代弁させられている?)ように思えてなりません。

10年前の話ですが、江川紹子氏は、四女の未成年後見人でした。それは、四女からの申し立てによるものでした。しかし、後見人になってわずか4ヶ月後、突然、行方不明になり、その後音信不通にもなったため、職務を果たせないと考え、「辞任許可申立書」を裁判所に提出したそうです。その間の経緯は、下記の江川氏のブログに書かれています。江川氏が辞任したあとに引き受けたのが、現在四女の代理人になっている滝本太郎弁護士なのかもしれません。

Egawa Shoko Journal
未成年後見人の辞任について

江川氏の文章のなかに、つぎのような気になる箇所があります。

(略)様々な形で彼女の自立の準備を支援してきたつもりです。教団以外の人間関係を広げて欲しいと思い、いろいろな働きかけも行いました。 
 しかし、残念ながら彼女の父親を「グル」と崇める気持ちや宗教的な関心は、私が気が付きにくい形で、むしろ深まっていました。彼女の状態が分かるたびに、私はカルト問題の専門家の協力を得ながら長い話し合いを行いましたが、効果はありませんでした。


オウムの奇々怪々は、未だつづいているのです。今度はそれに公安当局が一枚かんでいるのです。

私は、ちょうど8年前、四女の著書『私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか』の感想をこのブログに書きました。ご参照ください。

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教祖の娘


追記:(7月12日)
三女の松本麗華氏のブログに、長男がネットで滝本弁護士の殺害予告をしたという日テレの報道について、下記のような抗議文が掲載されていました。長男を告発した滝本弁護士も、オウムの奇々怪々と無縁ではないのです。
日テレの虚偽報道に対する抗議声明



2018.07.09 Mon l 社会・メディア l top ▲
今朝、テレビを観ていたら、「麻原彰晃死刑囚の死刑執行」「ほかの数人も執行見込み」という「ニュース速報」が流れたのでびっくりしました。

執行前に「ニュース速報」が流れるなんて前代未聞です。死刑執行が事前にメディアにリークされたのでしょう。まるで死刑が見世物にされたようで、オウムだったらなんでも許されるのかと思いました。

それからほどなく、つぎつぎと残り6名の執行を告げるテロップが流れたのでした。それは、異様な光景でした。一度に7名の人間が”処刑”されるなんて、先進国ではあり得ない話です。

死刑を報じるメディアの論調も、「当然」というニュアンスで溢れていました。被害者の家族だけでなく、長年オウムを取材してきたジャーナリストも、ニュースを解説する識者も、街頭インタビューに答える市民も、みんな一様に「当然」という口調でした。どんな事情であれ、人の命が奪われることを「当然」と考える感覚に、私は違和感を覚えざるをえませんでした。オウム真理教も、タントラ・ヴァジラヤーナという教義では、人の命を奪うことを「ポア」と称して救済=「当然」と考えていたのです。

今日の死刑執行に対して、EU駐日代表部は、EU加盟国、アイスランド、ノルウェー、スイスの各駐日大使とともに、日本政府に執行停止の導入を訴える共同声明を発表したそうです。


声明では、「死刑は残忍で冷酷であり、犯罪抑止効果がない。さらに、どの司法制度でも避けられない、過誤は、極刑の場合は不可逆である」と主張しています。でも、このニュースはほとんど報じられることはありませんでした。

今日の執行には、平成の間に事件の処理を終わらせたいという法務省の意向があると言われています。ニュースを解説する識者の、これでひとつの区切りが付いたというような発言も、それに符合するものでしょう。オウムの死刑囚は13名ですから、あとの6名も、平成の間に執行されるのは間違いないでしょう。「恩赦」や「再審請求」を封じるためという見方もありますが、そうやって人の死を政治的意図で操作する発想にも、違和感を抱かざるを得ません。

宮台真司氏が朝日新聞のインタビューで言っているように、オウムはすぐれて今日的な問題なのです。”オウム的なもの”はますます社会の隅々まで浸透しているのです。決して他人事ではないのです。オウムが私たちに突き付けた問題は、何ひとつ解決してないのです。オウムの事件に区切りを付け、歴史の片隅に追いやろうとする考えこそ反動的と言えるでしょう。


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オウムは終わってない
2018.07.06 Fri l 社会・メディア l top ▲
ワールドカップの「ニッポン、凄い!」キャンペーンは、ますますエスカレートするばかりです。メディアによれば、日本のサッカーは、100均の商品と同じように、世界中から称賛されているそうです。

ハリル解任はサッカー協会がスポンサーの意向を忖度したものだと批判していたサッカーファンは、見事なくらい手のひらを返して、「ニッポン、凄い!」キャンペーンに踊っています。もしかしたら、キャンペーンの背後にも、メディアを支配する電通の存在があるかもしれません。しかし、もはやそういう想像力をはたらかせることさえできないみたいです。

踊っているのは、”痴呆的”なサッカーファンだけではありません。日頃、ヘイト・スピーチに反対し、モリ・カケ問題の「手段を選ばない」隠蔽工作を指弾している某氏は、一方で著名なサッカーファンでもあるのですが、彼は、ポーランド戦のパス回しの時間稼ぎについて、つぎに進むために「手段を選ばない」のは当然だと言ってました。いざとなれば、翼賛的な空気に同調する左派リベラルの正体見たり枯れ尾花と言いたくなりました。

くり返しますが、勝ち試合で時間稼ぎをしたのではないのです。負け試合で時間稼ぎをしたのです。フェアプレーポイント云々以前に、スポーツとしてあり得ない話でしょう。

ラジオ番組で、やはり西野ジャパンの時間稼ぎに疑問を投げかけた明石家さんまにも、批判が集中しているそうです。さんまはサッカーを知らない「にわか」ファンにすぎないと叩かれているのだとか。上記の著名なサッカーファンの某氏と同じように、「時間稼ぎを批判するのはサッカーを知らない人間だ」と言いたいのでしょう。

livedoor NEWS
サッカー「にわか」を叩く風潮 明石家さんまにも矛先?

「感動」を強要し、「感動」しない者を叩いて排除する空気。異論や異端を排除することによって、「ニッポン、凄い!」という“あるべき現実“が仮構されるのです。

集団心理は、ときにこういう”異常”を招来するものです。”異常”のなかにいる者たちは、自分たちが”異常”なんて露ほど思ってなくて、むしろ自分たちこそが正義を体現していると思い込むのです。

改憲のために「手段を選ばない」安倍政権を批判しながら、サッカーでは「ニッポン、凄い!」キャンペーンに同調して、袋叩きの隊列に加わる左派リベラルのサッカーファン(サッカー通)。やはり、「感動」がほしいのでしょうか。全体主義を志向するファナティックな情念に右も左もないのです。こういう”左のファシスト”は、赤旗と日の丸の小旗を両手にもって、渋谷のスクランブル交差点を行進すればいいのです。
2018.07.04 Wed l 芸能・スポーツ l top ▲
私は、ベルギーが優勝候補の最有力と思っていましたので、日本が2点先制したときは、「まさか」と思いました。ただ、2点先制されるまでのベルギーは、油断していたのか、ナメていたのか、パスミスが多く、動きもチグハグでした。日本のほうがはるかにシステムが機能していました。

アルゼンチンやポルトガルの例を上げるまでもなく、ひとりのスーパースターにボールを集めるようなスタイルのサッカーは、もう終わりつつあるのです。ヨーロッパの5大リーグのようなところでは、客寄せの“ショー”として有効かもしれませんが、ワールドカップでは通用しなくなっているのです。世界の主流が、ヨーロッパスタイルと言われる、連携重視の組織的なサッカーになっているのは、多くの人が指摘するとおりです。

前半のベルギーは、アザールがセンタリングを上げて、ルカクがゴール前に飛び込むというパターンをくり返すだけでした。そういったワンパターンのサッカーには、ルカクをよく知っている吉田麻也ら日本の守備は有効でした。

3対2という得点差を上げて、「日本のサッカーは確実に進化している」「世界との差は縮まっている」などという声がありますが、それはいつもの翼賛的なサッカーメディアのおためごかしな意見にすぎません。4年前も8年前も、同じことが言われました。

日本のサッカーのためには、むしろ3対0で完敗したほうがよかったのではないかと思ったりします。「あと一歩」というような情緒的な総括では、日本のサッカーの課題を見つけることはできないでしょう。偶然の要素が大きいサッカーには番狂わせがつきものですが、とは言え、そう何度も番狂わせがあるわけではないのです。

2点先取したにもかかわらず、後半30分足らずの間に3点取られて逆転されたという事実にこそ、世界との差が表れているのだと思います。しかし、感情を煽るだけのサッカーメディアや、ただサッカーメディアに煽られるだけの単細胞なサッカーファンに、そんな冷静な視点は皆無です。

よその国だったら、むしろ短時間の間に逆転された問題点が指摘されるはずです。敗退したのに、「感動をありがとう!」「元気をもらった!」なんて言われて、敗因を問われることがないのは日本くらいでしょう。

今朝のテレビでも、「日本中が熱狂」「心が震えた」などということばが躍っていますが、そんなに「感動」を求めるなら、「宰相A」に頼んで戦争でもしてもらえばいいのです。戦争なら、サッカーどころではない「熱狂」を得られるでしょうし、もっと大きな「心が震える」感動を味わうこともできるでしょう。スポーツバーならぬ”戦争バー”でも作って、「ニッポン、凄い!」と感動を分かち合えばいいのです。そうすれば、渋谷のスクランブル交差点を日の丸の小旗を打ち振りながら堂々と行進できるでしょう。
2018.07.03 Tue l 芸能・スポーツ l top ▲
渡部直己氏のセクハラ問題は、とうとう新聞各紙が報道するまでに至っています。

最初に渡部氏のセクハラを取り上げたのは、ビジネス誌などを出版するプレジデント社の「プレジデントオンライン」で、既に関連記事も含めて3本の記事をアップしています。

PREDIDENT Online
早大名物教授「過度な求愛」セクハラ疑惑
早大セクハラ疑惑「現役女性教員」の告白
早大セクハラ疑惑"口止め教員"の怠慢授業

1984年に出た渡部氏の『現代口語狂室』(河出書房新社)のなかに、四方田犬彦氏のつぎのような発言がありました。

四方田 「女子大生と記号学には手を出すな」ってタブーがあるの知っている? 日本のアカデミズムにさ。
渡部 知らない(笑)
(われらこそ「制度」である)


今になれば、皮肉のように読めなくもありません。もしかしたら、当時から渡部氏の”性癖”が懸念されていたのかもしれません。

渡部氏のセクハラについて、周辺では「別に驚くことではない」という声が多いそうです。栗原裕一郎氏によれば、女性ライターの間では「超有名」だったそうです。女性記者の間で「超有名」だったどこかの国の財務官僚とよく似ています。

もっとも、1984年当時は、渡部氏もアカデミズムの住人ではありませんでした。高田馬場にあった日本ジャーナリスト専門学校(通称「ジャナ専」)の講師にすぎませんでした。ただ、今回のセクハラの発覚に対して、当時「ジャナ専」に通っていた人間たちからも(もう相当な年のはずですが)、「ざまあみろ」という声が上がっているようです。やはり、当時からそのような風評は流れていたのかもしれません。

プレジデント社との兼ね合いで言えば、『現代口語狂室』のなかで、渡部氏は、『プレジデント』誌の表紙について、つぎのような辛辣な文章を書いています。同誌の表紙は、当時は今と違って、写真と見まごうようなリアルな人物の顔が描かれていたのです。モデルは、もちろん、功成り名を遂げた財界人や歴史上の英雄でした。

(略)『プレジデント』という誌名からしてすでに厚顔に勝ち誇った雑誌の、比類なく扇情的な表紙を視つめることは不可能なのだが、実寸大で掲げてしまえばたちどころに首肯されうるように、中川恵司なる人物が毎号面妖のかぎりをつくして制作するこの表紙は、もはや雑誌の顔などというものではない。それはまさに、「プレジデント」たちのむきだしの下腹部と称する他ない、非凡なまでに醜悪な突起物として、書店の棚に、文字通り身ヲ立テ名ヲ遂ゲヤヨ励ミつつ、にわかに信じられぬほどの異彩を放っているのである。
(『プレジデント』あるいは勝者の愚鈍なる陽根)


まさか30数年後の意趣返しではないでしょうが、どこか因縁めいたものを感じてなりません。

渡部氏の父親は統幕会議議長という自衛隊の大幹部だったのですが、この文章を読むと、もしかしたらその成育過程で、渡部氏のなかに男根至上主義的な刷り込みがあったのかもしれないと思ったりもします。三つ子の魂百までというのは、文学を持ち出すまでもなく、人間存在の真実なのです。

渡部氏は、絓秀実氏との共著『それでも作家になりたい人のためのブックガイド』(太田出版)で、自分は絓氏に感化されて「新左翼」になったというような、冗談ともつかないようなことを話していました。その後、絓氏の引きがあったのかどうか、めでたく近畿大学文学部教授としてアカデミズムの一員になることができたのです。さらに、それを足がかりに、早稲田大学教授の地位まで手に入れたのでした。

それにしても、とんだ「新左翼」がいたものです。”SEALDsラブ”の老人たちと同じような「新左翼」のなれの果てと言うべきかもしれません。(以後、墓場から掘り出した死語を使って「新左翼」風に‥‥)指導教官あるいは『早稲田文学』の実質的な「発行人」という特権的地位を笠に、人民(女子学生)をみずからの性的欲望のはけ口に利用するのは、マルクス・レーニン主義に悖る反革命行為と言うほかありません。ブルショア国家の公的年金がもらえる年になったからといって、これ幸いに辞職するなどという反階級的な策動を断じて許してはならないのであります。人民の名において革命的鉄槌が下されなければなりません。

「おれの女になれ」なんて、どこかで聞いたような台詞です。エロオヤジ的、あまりにエロオヤジ的な台詞です。しかも、渡部氏は、プレジデントオンラインの取材に対して、つぎのように文学的レトリックを使って弁解しているのでした。

「(略)過度な愛着の証明をしたと思います。私はつい、その才能を感じると、目の前にいるのが学生であること忘れてしまう、ということだと思います」


田山花袋でもなったつもりか、と思わずツッコミを入れたくなりました。

「電通文学」というのは、渡部氏の秀逸な造語ですが、渡部氏自身が電通の向こうを張るセクハラオヤジだったのですから、これほどのアイロニーはないでしょう。もっとも、『早稲田文学』も、今や「電通文学」の牙城のようになっているのです。

被害者女性が相談に行ったら逆に口止めされた「教員」が誰なのか、『早稲田文学』の購読者や「王様のブランチ」の視聴者なら簡単に解ける問題でしょう。

今回のセクハラ問題であきからになったのは、渡部氏がいつの間にか文壇村の”小ボス”に鎮座ましまして、早稲田の現代文芸コース(カルチャーセンターかよ)や『早稲田文学』を根城に、文壇政治を司る”権力者”に成り下がっていたということです。若い頃、渡部氏の本を読んで、目からウロコが落ちる思いがした人間にとっては、反吐が出るような話です。

この問題については、私が知る限り、作家の津原泰水氏のツイッター上の発言がいちばん正鵠を射ているように思いました。

津原泰水 (@tsuharayasumi) | Twitter
https://twitter.com/tsuharayasumi








2018.06.29 Fri l 本・文芸 l top ▲
日本が2大会ぶりに決勝トーナメントに進出しましたが、終盤に露骨な時間稼ぎをおこなった日本チームを見て、なんだこりゃと思いました。実況アナウンサーは、「日本の冷静な判断が大きな力になりました」とわけのわからないことを言ってました。

タツゥーだらけの選手がまるで酸欠に陥った鳥のようにバタバタ倒れて、大仰に「ファウルだ」「PKだ」「FKだ」とアピールする南米のチームは見苦しくてうんざりさせられますが(ブラジルなんて負ければいいと思います)、日本の時間稼ぎも同様に見苦しいものでした。

そもそも、今大会から導入されたフェアプレーポイント(Tポイントじゃないんだから)なるものも問題ありです。フェアプレーと言うなら、日本のような時間稼ぎにも積極的にイエローカードを出すべきでしょう。でないと、今回のように、フェアプレーポイントを守るためにフェアプレーを放棄するという矛盾が出てくるのです。

日本は勝ち試合で時間稼ぎをしたのではないのです。ドローでもない。負け試合なのに、フェアプレーポイントの恩恵を受けるために時間稼ぎをしたのです。スポーツとしては、あり得ない話でしょう。

試合後、選手たちは、アンフェアな時間稼ぎには頬かむりして、「決勝トーナメントでは成し遂げた事のない結果を出したい」「歴史を変えたい」などと言ってましたが、なんだか真珠湾攻撃のときの軍部の口調と似ているように思いました。真珠湾攻撃も、手段を選ばず勝ちに行ったのですが、その結果、身の程知らずの破滅への道を暴走することになったのでした。

あのときも日本人は、「ニッポン、凄い!」と歓喜の声を上げたのです。そして、同じように、試合後の渋谷のスクランブル交差点では、サッカーファンたちが日の丸の小旗を打ち振りながら、「ニッポン、凄い!」と歓喜の声を上げているのです。

日本が決勝トーナメント進出を果たしたのは、一にも二にもコロンビアのお陰です。日本のサッカーファンは、コロンビアに足を向けて寝ることはできないでしょう。コロンビアも、日本戦以後は本来の力を発揮していたように思います。初戦の日本戦の不調はなんだったんだと思わざるを得ません。

たしかに、二戦目のセネガル戦に関しては、日本は健闘したと言っていいでしょう。決勝トーナメント進出は、その健闘が生きたという声もありますが、でも、それも牽強付会と言わざるを得ません。

余談ですが、ワールドカップの会場で、試合後に日本人サポーターたちのゴミ拾いをする様子が話題になっているという報道がありました。これも、日本のメディアの手にかかれば「ニッポン、凄い!」話になるのです。Jリーグでもそういう光景は見られますが、しかし、一方で、渋谷のスクランブル交差点でサポーターが大騒ぎした翌朝の渋谷駅周辺は、散らかし放題でゴミだらけです。商店街の旧知の店主は、「テレビが煽るからだよ」「迷惑だよ」と嘆いていました。これも、ニッポン的な建て前(表向きの顔)と本音(裏の顔)なのかと思いました。

先日、表参道で食事をしていたら、隣の席で若い女の子たちがワールドカップの話をしていました。

「サッカーって大袈裟すぎない?」「だってさ、どう見ても、たまたま目の前に転がってきたボールを蹴ったらゴールに入った感じなのに、解説者は、計算された結果だ、ゴールも必然だ、みたいに興奮して言うのよ。バカみたい」

たしかに、サッカーってただの玉蹴りにすぎないのです。その起源も、イングランドの田舎町でおこなわれていた寒さ凌ぎの玉蹴り合戦だったと言われています。女の子たちが言うように、サッカーは偶然の要素が大きいのも事実です。だから、番狂わせも多いのでしょう。偶然と見るか、必然と見るかによって、サッカーに対する見方も違ってくるでしょうし、サッカーの魅力をどうとらえるかも違ってくるでしょう。

所謂、サッカー通のコアなファンというのは、偶然にすぎないものを、必然と強弁して悦に入る、そうやって思考停止に陥る「バカみたい」な人間たちです。日本の時間稼ぎについても、「あれがサッカーだ」「フェアじゃないと批判するのはサッカーを知らない人間だ」などと言ってますが、彼らは、いつもそうやって現実を追認することで通ぶっている(サッカーを知っているふりをしている)だけです。むしろ、サッカーを巡る熱狂を冷めた目で見る原宿の女の子たちのほうが、サッカーの本質(魅力)を見抜いていると言えるのかもしれません。
2018.06.29 Fri l 芸能・スポーツ l top ▲
19日のコロンビア戦の”歴史的快挙”について、朝日新聞の忠鉢記者がつぎのような記事を書いていました。

朝日新聞デジタル
日本代表「勝てば官軍」か ハリル解任、正当化は反発も

みんなが論理も倫理もクソもない「風にそよぐ葦」になった今だからこそ、こういう記事は貴重だと思います。

そんな「勝てば官軍」の報道を見るにつけ、坂口安吾ではないですが、戦争に負けた途端に、「生きて虜囚の辱めを受けず」などと言っていた軍人(もののふ)から「天皇の赤子」まで、我先に昨日の敵にすり寄っていったあの光景を想起せざるを得ないのです。まさにあのときからこの国の戦後がはじまったのです。

今回のワールドカップは、PKとカウンターで試合が決まることが多いのですが、そのなかで日本は、「百年に一度の幸運」を得たと言っても過言ではないでしょう。  

「運も実力のうち」なんてのは、屁理屈にすぎません。サッカーに番狂わせはつきものですが、コロンビア戦に関しては、番狂わせと呼ぶのさえおこがましい気がします。明日のセネガル戦で日本の真価が問われるのは、言うまでもないでしょう。

余談ですが、わずか試合開始2分で10人でサッカーをすることを余儀なくされたコロンビアを見て、私は、もしこれがアルゼンチンだったらどうなっていただろうと思いました。10人になったら、メッシを交代させたでしょうか。もちろん、交代させることなんかできるわけがありません。でも、メッシをそのまま使えば、10人ではなく9人で試合するようなものです。”メッシ愛”が半端ねぇ小柳ルミ子には申し訳ないけど、メッシがいるアルゼンチンが相手だったら、5点くらい取れたかもしれません。そうなったらコロンビアどころではなく、日本中が狂乱したことでしょう。人気挽回を狙う「宰相A」が、代表チームに国民栄誉賞を、なんて言い出したかもしれません。

そして、私は、さらに話を飛躍させ、この国に全体主義をもってくるのは容易いことに違いないとあらためて思ったのでした。そんな論理も倫理もクソもないアジテーターがまだ出てきてないだけです。


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2018.06.24 Sun l 芸能・スポーツ l top ▲
米朝首脳会談に関して、アメリカのニュースサイト・「BUSINESS INSIDER」の日本版に、下記のような記事が掲載されていました。

BUSINESS INSIDER JAPAN 
"世界のリーダー"アメリカの終わりが見えてきた? アメリカの記者が見た、米朝首脳会談

次のリードに、記事の要点が示されています。

•アメリカのトランプ大統領は12日(現地時間)、北朝鮮と和平交渉をしている間は韓国との軍事演習を中止すると述べた。

•そうしている間にも、アメリカは国際社会における支配的な地位を失うかもしれない。

•軍事演習なしでは、在韓米軍は弱体化するだろう。和平交渉が続けば、その存在意義も損なわれるだろう。

•トランプ大統領の望み通り、米軍が韓国から徹底することになれば、中国のアジアひいては国際社会におけるプレゼンスは高まるだろう。

•トランプ大統領と北朝鮮の金正恩氏は12日、世界の新たな未来を語ったが、その新たな未来をリードするのはアメリカではなく中国かもしれない。


日本のメディアではどうしてこういった記事が出て来ないのだろうと思います。どこも揃って、旧宗主国の卑屈な精神で書いたようなネガティブな記事ばかりです。特にひどいのが、テレビ局や新聞社の「解説委員」「編集委員」と言われる人間たちです。彼らは、平日にお定まりのくだらないコメントで顔を売り、週末に講演でお金を稼ぐ、ワイドショーのコメンテーターとどう違うのだろうと思います。日本のメディアの手にかかると、米朝首脳会談も、日大の悪質タックル問題や和歌山のドン・ファン変死事件などと同じレベルで扱われるのです。

節操もなく、慌てて金正恩とのトップ会談を模索しはじめた安倍首相の姿は、もはや滑稽ですらあります。文字通り「宰相A」の醜態を晒していると言っていいでしょう。案の定、北朝鮮から「拉致問題は解決済み」とゆさぶりをかけられ、「(日本は)無謀な北朝鮮強硬政策に執拗にしがみついている」「日本はすでに解決された拉致問題を引き続き持ち出し、自らの利益を得ようと画策した」(15日の平壌放送)などと牽制される始末です。それでも、「宰相A」は拉致被害者の家族を官邸に呼んで、「日朝首脳会談による拉致問題解決を目指す決意を伝えた」そうです。でも、その「決意」の中身は、従来からくり返している空疎な原則論にすぎません。

日本政府が「拉致被害者全員の即時帰国」にこだわっている限り、北朝鮮が「解決済み」の姿勢を崩すことはないでしょう。「全員の即時帰国」というのは、「妥協の余地がない」と言っているも同然です。一方、北朝鮮が「解決済み」とくり返すのは、「(落としどころを)なんとかしろ」というメッセージでもあるのだと思います。しかし、国内向けに「全員の即時帰国」が交渉の前提だと大見得を切った手前、日本政府もおいそれとその旗を降ろすことはできないのでしょう。拉致問題は、勇ましい声とは逆に、このように自縄自縛になっているのです。そもそも、交渉の叩き台となるべき「調査報告書」を受け取ることができない(受け取っても公表できない)状態で、首脳会談を模索すること自体、自家撞着と言われても仕方ないでしょう。

蓮池透氏は、太田昌国氏との対談『拉致対論』(太田出版・20009年刊)で、次のように言っていました。

 私はいつも、拉致問題を北方領土化させて欲しくないと言っています。北方領土は今も物理的に残っていますが、拉致被害者は永遠に残るものではありません。時間の経過によって、当事者も、その家族も、消え去ってしまうかもしれない。日本政府はそれを待っているのではないかという穿った見方さえしてしまいます。


 私は、地村さんが拉致問題には「歴史的な過去の問題が背景にある」と手記に書いておられたのを、あれは北朝鮮で習ったことかもしれませんが、非常に重い言葉だなと思いました。当人が言うのは悲しい話です。拉致されて北朝鮮に連れて行かれたにもかかわらず、こういう発言をさせてしまうというのは、北朝鮮が悪いというよりも、この問題をほったらかしにしてきた日本というのは何なんだと思ってしまいます。


(略)締め上げろ締め上げろでは状況は動かないと思います。感情的な部分ばかりが誇張されて制裁が決議されているように感じます。(略)
 核と拉致とミサイルを包括的に解決するという言い方がありますが、私は核が解決したからといって拉致問題が自動的に解決されるとは思えない。拉致と核は別物だと思っています。包括的と言うと聞こえはいいですが、それはまやかしではないでしょうか。拉致問題は、核が一段落した時点で改めてスタートするのではないかと思っています。


蓮池氏の発言は2009年当時のものですが、この10年間、蓮池氏が言ったとおり、「締め上げろ締め上げろ」という「感情的な部分ばかりが誇張され」て、状況がまったく動かなかったのは事実でしょう。

蛇足を承知で言えば、政府が「全員の即時帰国」は現実的ではない、無理だとはっきり言うべきなのです。それこそ政治の責任で、家族を説得すべきです。その上で、「調査報告書」を叩き台に、文字通り覚悟をもって交渉に当たるべきなのです。メディアと一緒になって荒唐無稽な強硬論を主張し、北朝鮮に対する憎悪の感情を煽るだけでは、一国の政治を預かる者としてきわめて無責任と言わねばなりません。自民党内にも、安倍政権がつづく間は拉致問題の解決は難しいのではないかという声があるそうですが、いちばん現実を直視しなければならない人間がいちばん現実から目を背けているのですから、なにをか況やです。

たとえば、どうして拉致がおこなわれたのかという“初歩的な事実”さえ、国民には知らされてないのです。よけいなことは考えるなと言わんばかりに、いつもただ憎悪の感情を煽られるだけです。また、私たち自身も、「許せない」「かわいそう」という感情に流されるだけで、拉致問題を客観的に冷静に考えることを怠っていたのはたしかでしょう。

『北朝鮮 秘密集会の夜』(1994年刊)の著者・李英和氏は、1992年北朝鮮の朝鮮社会科学院に留学した際、監視兼世話役の教官から、次のような「拉致講義」を受けたそうです。

1.講義の場所は宿舎の部屋の中ではなく、公園で歩きながら。秘密警察の盗聴を嫌ってのこと。拉致は、秘密警察ではなく、工作機関の犯行と管轄なので。

2.工作機関による計画的な日本人拉致作戦は、1976~1987年の間に金正日(キム・ジョンイル)の指示で実施。「それ以前とそれ以降はやっていない」と断言。(当時、後継者候補の金正日が拉致作戦を立案・指揮していた。)

3.背景は経済計画の失敗(71年~「人民経済発展6カ年計画」)。汚名挽回のため、金正日が新機軸の対南(南朝鮮=韓国)テロ作戦を発動。経済破綻で全面戦争ができなくなったので、戦争の代わりにテロを立案。

4.同作戦により急遽、対南潜入工作員の大量養成が必要になり、その訓練の一環で日本人拉致を実施。新米(しんまい)工作員の敵国への潜入訓練の場として、海岸警備の手薄な日本海側を利用。教官は「潜入訓練完遂の証拠品として"日本人"の拉致を要求したので、拉致対象の年齢・性別・職業等は問わなかった」と説明した。そのせいで、近くの浜辺で手当たり次第に拉致。当時まだ女子中学生だった横田めぐみさんが連れ去られることになった。

5.沖合の母船から5人乗りゴムボートで海岸に3人の新米工作員が潜入。空席は2名なので、拉致は最大2名までが限界。アベックの「失踪」が多いのはそのせい。

6.金日成の名前で「拉致した日本人は絶対に殺さず、生かして平壌に連れ帰れ。拉致被害者は平壌近郊で『中の上』の暮らしをさせるから、安心して拉致して連れ帰れ」という厳命が下された。そのこころは、無関係な日本人の民間人を殺害することになれば、新米工作員に戸惑いの心理的動揺をきたし、訓練の失敗につながるおそれがあるから。したがって、拉致被害者は誰も現場で殺害されたり、日本海でサメの餌にされたりすることなく、平壌の工作機関の拠点まで生きて連れ去られた。

7.北到着後も「絶対に死なせるな」という金日成の厳命は生きた。工作機関は管理・監督責任を厳しく負わされるので、事故や病気での死亡を厳格に防いだ。「本人が死にたいと思っても、自殺もできない」という監視下で暮らした。

8.拉致被害者は工作機関の管轄区域内で5~6人一組で隔離生活させる都合上、被害者に与えられる仕事は「共通の特技」である日本語の教育係ぐらいしかなかった。したがって、何らかの特技を狙ったり、日本語教師をさせたりする目的で拉致したのではけっしてない。あくまでも訓練の証拠品。

9.作戦期間が10年余りなので、その間の上陸訓練の実施回数の分(1回最大2名)だけ拉致被害者が存在する計算になる。私はおよその人数を尋ねたが、講師は「正確には知らないが、とにかく大勢」と答えた。

(注1)91年当時は日本人拉致事件の北朝鮮犯行説は「半信半疑」で定説化していなかった。その中で、私に北犯行説を「自供」したのは驚愕の出来事だった。その当時、拉致問題解決を糸口に日朝国交樹立による賠償金狙いの戦略を既に固めていたものと見られる。賠償金獲得の動機は、91年から本格化する北朝鮮の密かな核開発の資金源だった。その目論見が2002年まで延期、ずれ込んだのは北で大飢饉(93~99年)が勃発したからと思われる。

(注2)以上の説明は日本人拉致問題の本筋に関するもので、ヨーロッパを舞台とする「よど号ハイジャック犯」による日本人留学生と旅行客拉致の「番外編」は含まれない。この番外編については、実行犯の「Y」(有本恵子さん拉致犯)から、個人的に全容の説明を聞いたが、あくまでも番外編なので今回は省略。

(注3)拉致作戦が76年に開始されたもうひとつの理由は、ベトナム戦争の終結(75年)。北はベトナム戦争が永遠に泥沼化することを願ったが、その願いに反して75年に北ベトナムの勝利で戦争が終結。米軍が韓国と日本に引き揚げ、朝鮮半島でベトナム戦争敗北の雪辱を期する事態に発展。これに慌てた金父子が非対称の対抗策としてテロ作戦を立案・発動した。

Newsweek日本版
「拉致被害者は生きている!」──北で「拉致講義」を受けた李英和教授が証言


感情を脇に置いて、冷静に考えること(分析すること)も、拉致問題を解決する上で大事なことでしょう。なにより戦争より平和がいいという考えこそ冷静なものはないのです。


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2018.06.16 Sat l 社会・メディア l top ▲
米朝会談に対しては、日本国内でも「期待外れ」という声が多く聞かれます。なにが「期待外れ」なのかと言えば、共同声明にCVIDの道筋が具体的に明記されなかったことがいちばん大きいようです。要するに、政府もメディアも国民も、軍事攻撃の代わりに、今度はCVIDで北朝鮮を無力化することを期待していたからでしょう。

しかし、何度もくり返しているように、CVIDは所詮は「絵に描いた餅」にすぎないのです。非核化も、拉致問題と同じで、外交カードにすぎないのです。落としどころをどこにするかなのです。

今回の首脳会談は、国交がない国の首脳同士が初めて顔を合わせる「異例」の会談です。従来のよくある首脳会談と違って、会談自体はあくまで”出発点”なのです。

いづれにしても、これから長い時間をかけて、非核化や国交正常化の交渉をおこなうことが決定したのです。両首脳によって、その号砲が鳴らされたのです。最初から結論を求めるメディアの論調自体が、ないものねだりのトンチンカンなものであるのは言うまでもありません。

落としどころがどこになるか(双方がどこで妥協するか)、これから注視する必要がありますが、ただ、膨大な時間と費用を要するCVIDなんてそもそも実現不可能だ、という声のほうがホントなのだろうと思います。

むしろ、共同声明を発表できただけでも、大きな成果だと言えるでしょう。共同声明には、戦争の終結、国交正常化、非核化に向けて努力していくことがはっきりと謳われているのです。それだけでもすごいことだと思いました。

私は、会談のあとのトランプの会見も感銘を受けました。日本の政治家だったら、あそこまでオープンな会見はやらないでしょう。安倍や麻生や二階の不遜な態度と比べると、雲泥の差があります。私は、トランプを少し見直しました。

トランプが会見のなかで、グアムから朝鮮半島まで戦闘機を飛ばして訓練するのはお金がかかりすぎる、「戦争ゲーム」をやめれば無駄なお金を使わなくて済むと言ってましたが、まさにそこに、トランプが主張するアメリカ・ファーストの本音が出ていたように思います。

言うまでもなく、トランプのことばの背後にあるのは多極主義です。“世界の警察官”をやめる(やめたい)ということです。そんなアメリカ·ファーストの本音など理解すべくもなく、ただCVIDで北朝鮮を無力化してもらいたいと願う人たちにとって、今回の会談結果が、「アメリカが前のめり」「北朝鮮のペース」と映るのは当然かもしれません。

一方で、米韓軍事演習の凍結まで示唆したトランプの発言に、日本政府が「驚いた」という報道には、逆にこっちが驚きました。防衛省の幹部は「予想外だ」と言ったそうですが、そんな感覚では、これから東アジアの覇権が中国に移るにつれ、ホントに口から泡を吹いて卒倒してもおかしくないような衝撃を何度も受けることになるでしょう。


追記:
米朝首脳会談に対してネガティブな報道がつづくなか、下記にような多極化に関する報道もいくつか出てきました。(6/14)

AFP
米、韓国との主要演習を「無期限停止」 米高官
CNN.co.jp
トランプ米大統領は在韓米軍を朝鮮半島から撤収する可能性も示唆
2018.06.13 Wed l 社会・メディア l top ▲
米朝首脳会談を二日後に控え、既にトランプと金正恩の両首脳もシンガポールに入りました。いよいよ掛け値なしの「歴史的な会談」が始まろうとしているのです。

一方で、米朝首脳会談の前にカナダで開かれたG7でも、アメリカ・ファーストを貫き、孤立することをも厭わないアメリカの姿勢に、唯一の超大国の”本心”が示されているように思いました。それは、言うまでもなく、多極主義です。アメリカが唯一の超大国の座からおりるということです。唯一の超大国の座からおりるということは、“世界の警察官”の役目もやめるということです。

田中宇氏は、著書やブログなどで、そのことをずっと言いつづけていました。私が、このブログで、田中氏の主張を借りて、アメリカの多極主義について初めて書いたのは、ちょうど10年前のリーマンショックのときでした。

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田中宇氏については、特にネットにおいて、キワモノ、トンデモ思想というような誹謗中傷も見られますが、しかし、この10年間の世界の流れを見ていると、田中氏が主張するとおり、世界が多極化の方向に進んでいることは明らかでしょう。

朝鮮半島についても、日本のメディアは、今にもアメリカの軍事攻撃が始まるかのように囃し立てていましたが、現実はまったくの逆でした。日本のメディアは、ここに至っても、金正恩のホテル代がどうのとか、ファーストコンタクトがどうなるか(握手をするのかハグをするのか)、それが会談の成否のカギになるなどと、どうでもいいような話をさも意味ありげにするばかりです。それでは、朝鮮半島に対する日本の世論がトンチンカンなのも当然でしょう。

世界では160ヵ国以上の国が北朝鮮と国交を結んでおり、北朝鮮と国交がないのはごく少数で、むしろ例外と言ってもいいくらいです。北朝鮮は如何にも「国際社会」から孤立しているかのようなイメージがありますが、実際は世界の大部分の国と「友好関係」にあるのです。日本のメディアによってふりまかれるイメージと違って、平壌の街角で出会った人々が意外なほど華やかで開明的(資本主義的)だというのは、ゆえなきことではないのです。

韓国は当然としても、アメリカと国交がないのは、ひとえに朝鮮戦争が休戦状態にあるからにほかなりません。休戦(戦争)状態が解消されれば、アメリカが自国の利益と照らし合わせながら、大胆な政策転換をおこなう可能性はいくらでもあるでしょう。

12日の首脳会談について、講釈師(専門家)たちはさまざまな「焦点」を並べていますが、会談の焦点は一つに集約されるのだと思います。それは、朝鮮戦争を終わらせるかどうか、その道筋を付けることができるかどうかです。その一点に尽きるのです。戦争を終わらせないことには、国交正常化も非核化もなにもはじまらないのです。

そして、朝鮮戦争の終戦が、単に戦争の終結にとどまらず、東アジアの政治秩序に、文字通り歴史的な転換をもたらすことになるのは間違いないでしょう。田中宇氏が「田中宇の国際ニュース解説」の最新記事で書いているように、朝鮮戦争の終戦宣言がおこなわれると、米軍(法的には国連軍)が韓国に駐留する法的根拠がなくなるのです。そうなれば、当然、米軍が韓国から撤退することになるでしょう。

さらに、韓国から撤退すれば、日本に駐留する意味も小さくなるので、行く行くは日本からも撤退することになるでしょう。こうして東アジア(というかアジア全体)の覇権が中国に移っていくのです。メディアは、本来、そういった会談の本質にあることを伝えるべきなのです。

田中宇の国際ニュース解説
在韓米軍も在日米軍も撤退に向かう

しかも、非核化交渉においても、建て前はともかく、実際は曖昧なまま妥結される可能性が高いと言われています。そうなれば、(何度も書いているように)実質的に核を保有する北朝鮮が、中国に手を引かれ東アジアの政治の表舞台に本格的に登場することになるのです。それは、日本にとって、口から泡を吹いて卒倒してもおかしくないほど衝撃的なものがあると言えるでしょう。

「東アジア共同体」構想や朝鮮半島の融和を求める平和外交を一笑に付し、自衛隊が平壌に侵攻して拉致被害者を奪還すればいいというようなトンデモ強硬論に感化され、アメリカの軍事攻撃をひたすら希求した日本の世論は、痛烈なシッペ返しを受けたと言ってもいいでしょう。北朝鮮の平和攻勢とアメリカの多極主義に翻弄され、その狭間で右往左往しているこの国の総理大臣のみっともない姿が、なによりそれを物語っています。

朝鮮戦争が正式に終われば、北朝鮮の豊富な地下資源をめぐって国際資本の争奪戦がはじまることでしょう。そして、北朝鮮は目を見張るような経済発展を遂げるに違いありません。北朝鮮が経済発展するのは、朝鮮半島の平和にとってもいいことです。それをいいことと思わないのは、日本の世論がトンチンカンだからです。

ただ、その一方で、置き去りにされようとしている問題があることも忘れてはならないでしょう。1980年に初めて拉致事件を紙面で取り上げた産経新聞の元記者・阿部雅美氏の『メディアは死んだ 検証・北朝鮮拉致報道』(産経新聞出版)や、国連の北朝鮮の制裁に関する「捜査」に携わった、国連安保理・北朝鮮制裁委員会の専門家パネル元委員の古川勝久氏の『北朝鮮 核の資金源』(新潮社)などを読むと、「歴史的な会談」が手放しで礼賛されるものではないことを痛感させられるのでした(だからと言って、日本のメディアのように、会談が破談すればいいなんて思いません。戦争より平和がいいに決まっています)。また、2009年に出版された太田昌国氏と蓮池透氏の対談『拉致対論』(太田出版)を読み返すと、あらためて拉致問題の本質を考えないわけにはいかないのでした。矛盾したことを言うようですが、こういった天の邪鬼な視点も大事なのだと思います。ここまできたら、逆に浮かれるのは慎まなければと思うのでした。

当然ながら、米朝会談の次に日朝会談を期待する声も出ており、安倍首相もいつ宗旨替えしたのか、日朝会談の開催を呼び掛けたなんてニュースもありました。しかし、北朝鮮から見れば、日本は主体性のない(チュチェ思想!)アメリカのポチにすぎません。それに、自分たちを植民地支配した国です。北朝鮮はここぞとばかりに強気に出るでしょうから、「拉致被害者全員の即時帰国」が前提の交渉では、成果を得るのは難しいと言わねばならないでしょう。蓮池透氏が言うように、落としどころ(妥協点)を決めないことには交渉のしようがないのです。

北朝鮮が日本のお金をあてにしているなんて話も、如何にも上から目線の旧宗主国の見方にすぎません。そういった上から目線とトンチンカンな世論は表裏一体のものです。日本政府は、拉致問題の解決が国交正常化の前提だと言ってますが、それを言うなら、日本の植民地支配の清算も、同様に国交正常化の前提のはずです。日本人は、そのことを忘れているのです。


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2018.06.10 Sun l 社会・メディア l top ▲
昨日、田舎の高校の同級生から電話がありました。先月、お父さんが亡くなったということでした。

具合が急変し救急車を呼んで病院に運んだことや、病院で延命処置について担当医から説明を受けたことや、息を引き取ったあと病院から斎場の安置所まで運んだことなどを淡々と話していました。

救急車で運ばれた病院は、私の叔父が運ばれた病院と同じでした。叔父もまた、その病院で息を引き取ったのでした。

二月に帰省した折、彼と喫茶店に入ったのですが、その喫茶店の前が家族葬専門の斎場でした。と言っても、外から見ても葬儀場とわからないような、普通の集会所のような建物です。

喫茶店の窓から斎場の様子を見ながら、彼は、何人かの同級生の名前を上げて、何々のお父さんや何々のお母さんの葬儀がここでおこなわれたんだぞと言っていました。

私も彼のお父さんには何度も会っています。彼とは大学受験の際、一緒に上京したのですが、お父さんも駅まで見送りに来ていました。中学校の先生をしていましたが、私たちにとってはちょっと怖い存在でした。

あの頃は、親たちもみんな若かったのです。受験の下見のために、彼と二人でお茶の水の通りを歩いていたら、偶然、やはり受験で上京していた高校の同級生に会ったことがありました。同級生は、付き添いのお父さんと一緒でした。聞けば、その同級生のお父さんも既に亡くなっているそうです。

彼の話を聞いていたら、たまらず田舎に帰りたくなりました。二月に帰ったときも、「お前が高校のときに下宿していた旅館があったろう? あの××旅館が取り壊されて更地になっているぞ」と言って、車で連れて行ってくれたのですが、もう一度、なつかしい場所を訪ねて歩きたいと思いました。

学校から帰る途中、坂の上から見た海の風景。家と家の間を、陽炎に包まれた船が、まるでスローモーションのようにゆっくりと横切って行くのでした。年を取ってくると、生きるよすがとなるのは、そういった記憶なのです。

東日本大震災のときも紹介しましたが、『「かなしみ」の哲学 日本精神史の源をさぐる』(NHKブックス)の著者・竹内静一氏は、死の別れについて、次のように書いていました。

 柳田邦男は、物語を語れ、一人ひとりの物語を創れ、ということを提唱している。とりわけ死という事態を前にしたとき、それまでの人生でバラバラであった出来事を一つのストーリーにまとめて物語にし、「ああ、自分の人生ってこういう人生だった」と思いえたとき、人は、みずからの死を受け入れやすくなるのだというのである。


 「弔う」とは、もともと「問う」ことであり、「訪う」ことである。死者を訪問して、死者の思いを問うことである。さきの柳田邦男の言葉でいえば、死者の「物語」を聴きとめることである。そのようにして死者の「物語」を完結させることが、同時に、こちら側の「悲哀の仕事」をも完遂させていくことになるということであろう。


竹内氏は、「悲哀の仕事」について、「対象喪失をめぐる自然な心のプロセスの完成」という言い方をしていました。「死んでいく者と遺された者は、たがいの『悲しみ』の中で、はじめて死というものに出会う」のです。故人を忍び悲しみに涙することは、遺された人間にとっても、精神的にも大事なことなのでしょう。その意味でも、世事に煩わされず「身内だけで見送る」家族葬や直葬が多くなっているのは、とてもいいことだと思いました。
2018.06.09 Sat l 訃報・死 l top ▲
昨日今日とたてつづけに、朝日新聞に「秋葉原事件」に関連する記事が掲載されていました。どうしてだろうと思ったら、事件が起きたのが2008年6月8日で、ちょうど今日が10年目に当たるのだそうです。

朝日新聞デジタル
秋葉原事件10年、死刑囚の父は今 明かりともさず生活
秋葉原で重傷、「なぜ」追い求め10年 死刑囚との手紙
「絶対に忘れない」 秋葉原無差別殺傷事件から10年
秋葉原で重傷の男性、発生時間に献花「10年は通過点」
今なお共鳴、加藤死刑囚の孤独 ネットに書き込み絶えず

私は、以前、加藤智大が書いた『東拘永夜抄』を読んだことがありますが、そこにあるのは、中島岳志氏も指摘しているように、青森県で有数の進学校に入ったものの、周囲が期待する大学に進むことができなかった挫折をいつまでも引き摺るナイーブな心と、たとえ仲のいい友達がいても心を通わせることができない孤独な心でした。そのため、人間関係が原因で何度も会社を辞めているのでした。

そして、行き着いたのが、派遣工として派遣会社を転々とする生活でした。派遣会社が用意したアパートでのかりそめの生活。それは、飯場を渡り歩く昔の労務者(自由労働者)と同じです。ただ、「派遣」や「ワンルームマンション」など、呼び方が現代風に変わっただけです。そんな生活では、ナイーブな心や孤独な心がますます内向していくのは当然でしょう。

秋葉原事件も、大阪教育大学附属池田小学校の事件や土浦の通り魔事件と同じように、自暴自棄な自殺願望が衝動的な犯罪へ向かったと言えるのかもしれません。ただ、その背景には、個人のキャラクターだけでは捉えきれない、社会的な問題も伏在しているように思います。生きづらさを抱く若者をさらに孤立させ追いつめていったものが、この社会にあったのではないか。

手前味噌ですが、私は、事件直後に下記のような記事を書きました。読み返すと、多少の事実誤認はあるものの、リアルなのは右か左ではなく上か下なのだとあらためて思うのでした。

関連記事:
秋葉原事件
2018.06.08 Fri l 社会・メディア l top ▲
歴史社会学者・小熊英二氏が、朝日新聞の「論壇時評」に興味ある記事を書いていました。

朝日新聞デジタル
(論壇時評)観光客と留学生 「安くておいしい国」の限界

国連世界観光機関(UNWTO)の統計では、2000年から2017年で、国際観光客到着数は2倍に増えたそうです。そのため、世界のどこに行っても、「マナーの悪い観光客に困っている」という話を聞くようになったのだとか。

今は世界的な観光ブームと言ってもいいのかもしれません。そのいちばんの要因は、グローバル資本主義によって、かつて「中進国」と言われた中位の国々が底上げされ豊かになったからでしょう。もちろん、その“豊かさ”が格差とセットであるのは言うまでもありません。

一方、日本は、2016年の国際観光客到着数で世界16位です。ただ、増加率が高く、2012年から2017年で3倍以上になったそうです。

日本の観光客数が急増したのも、中国や韓国や台湾だけでなく、タイ、マレーシア、フィリピン、シンガポール、インドネシアなど、経済成長したアジアの国々から観光客が訪れるようになったからですが、小熊英二氏は、もうひとつ別の理由をあげていました。

日本が「安くておいしい国」になったからだと言うのです。たしかに、「円安」によって観光客が増えたというのは、よく言われることです。

 ここ20年で、世界の物価は上がった。欧米の大都市だと、サンドイッチとコーヒーで約千円は珍しくない。香港やバンコクでもランチ千円が当然になりつつある。だが東京では、その3分の1で牛丼が食べられる。それでも味はおいしく、店はきれいでサービスはよい。ホテルなども同様だ。これなら外国人観光客に人気が出るだろう。1990年代の日本は観光客にとって物価の高い国だったが、今では「安くておいしい国」なのだ。


つづけて、小熊氏は、つぎのように書いていました。

このことは、日本の1人当たりGDPが、95年の世界3位から17年の25位まで落ちたことと関連している。「安くておいしい店」は、千客万来で忙しいだろうが、利益や賃金はあまり上がらない。観光客や消費者には天国かもしれないが、労働者にとっては地獄だろう。


「安くておいしい国」というのは、裏返して言えば、それだけ日本が日沈む国になりつつあるいうことなのかもしれません。外国人観光客が増えたからと言って、テレビのように「ニッポン、凄い!」と単純に喜ぶような話ではないのかもしれません。

日本は、観光客だけでなく、留学生も増えています。なぜ非英語圏の日本に(ベトナムやネパールなどから)留学生が押し寄せているのかと言えば、日本は外国に比べて留学生の就労規則が緩く、「就労ビザのない留学生でも週に28時間まで働ける」からです。しかも、その「週28時間」も、ほとんど有名無実化しているのが実情です。その結果、「留学生」と言う名の外国人労働者が日本に押し寄せているのです。

政府は、昨日(5日)、外国人労働者の受け入れ拡大に向けた「骨太の方針」を決定したばかりですが、しかし、忘れてはならないのは、それは日本が「豊かな国」だからではないのです。3Kの単純労働の仕事で、若くて安い労働力が不足しているからです。ただそれだけの理由です。

一方で、低賃金の外国人労働者の流入が、単純労働の仕事を支えている非正規雇用などの「アンダークラス」の賃金を押し下げる要因になっているという指摘もあります。また、この国には、生活保護の基準以下で生活している人が2千万人もいるという、先進国にあるまじき貧困の現実があることも忘れてはならないでしょう。

しかし、日本人は、『ルポ ニッポン絶望工場』の出井康博氏が書いているように、いつまでも自分たちが豊かだという「上から目線」がぬけないのです。二言目にはアジア人観光客は「マナーが悪くて迷惑だ」と言いますが、そんな「マナーが悪い」アジア人観光客が既に自分たちより豊かな生活をしている現実は見ようとしません。と言うか、見たくないのでしょう。(こんなことを言うと発狂する人間がいるかもしれませんが)そのうち北朝鮮だって、日本より豊かになるかもしれません。100円ショップの商品まで持ち出して「ニッポン、凄い!」と自演乙するのも、そんな哀しい現実から目を反らすための、引かれ者の小唄のようにしか思えません。


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2018.06.06 Wed l 社会・メディア l top ▲
今日、Yahoo!ニュースが、次のような産経新聞の記事をトピックスに掲載していました。

Yahoo!ニュース(産経新聞)
新潟知事選は総力戦 野党…参院選へ共闘試金石×与党…敗北なら総裁選に影

産経新聞は、与党候補「優勢」という事前予想を受け、陣営の引き締めを狙っているのかと思いましたが、もっと深読みすれば、この選挙で、安倍三選の道筋を付けようとしているのかもしれないと思いました。それくらい与党は”余裕”なのです。

一方、野党側は、下記の田中龍作ジャーナルの記事が示しているように、原発再稼働の問題と沖縄の基地問題を結び付けることで、選挙運動の盛り上げを狙っているかのようです。と言うか、そうやって実質的な野党統一候補を実現させたことを自画自賛しているのです。

田中龍作ジャーナル
【新潟県知事選】「安倍政権はありったけの暴力と権力でやってくる」

しかし、私は、ここにも、相変わらず「『負ける』という生暖かいお馴染みの場所でまどろむ」(ブレイディみか子氏)左派の姿があるように思えてなりません。

原発再稼働の問題と沖縄の基地問題がどう関係があるのか。と言うと、左派リベラルの人たちは激怒するかもしれませんが、少なくとも有権者はそんな感覚ではないでしょうか。

そもそも原発再稼働の問題にしても、ホントに選挙の争点になるのか、私は疑問です。原発再稼働の問題は、選挙の争点になるような(争点にするような)問題ではないのではないか。

新潟の知事選に沖縄の基地問題をもってくるやり方が、左派特有の夜郎自大なご都合主義の所産であるのはあきらかでしょう。そうやって「野党共闘」が演出され、大衆運動が政党や党派に引き回されるのです。言うなれば、左派のお家芸のようなものです。

もちろん、左派リベラルと呼ばれる人たちの多くが、マルクス・レーニン主義と無縁であるのは言うまでもありません。彼らを「極左」と呼ぶネトウヨは、よほどの無知蒙昧か誇大妄想としか言いようがありません。ただ一方で、彼らのなかに、「前衛主義」のような発想があるのは否定しえないでしょう。

最近、左派リベラルの一部のグループがカルト化しているという声がありますが、カルト化していると言われるグループのSNSなどを見ると、たしかに(どうでもいい)自己を正当化するために身近なところに敵を見つける、党派政治にありがちな隘路に陥っているように思いました。それもいつか見た風景です。そこにも左翼の悪しき伝統が影を落としているように思えてなりません。

左派リベラルは、今回も、「『負ける』という生暖かいお馴染みの場所」でまどろみ、産経新聞の目論見どおり、安倍三選の道筋を付けることに一役買うことになるのでしょうか。なんだか産経新聞の高笑いが聞こえてくるようです。


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2018.06.04 Mon l 社会・メディア l top ▲
今日、ロシアワールドカップの日本代表の最終メンバーが発表されましたが、これほど盛り上がらないメンバー発表もめずらしいのではないでしょうか。心なしか、メンバーを発表する西野監督の表情も精彩を欠いていたように思います。

それもそのはずで、昨夜のガーナ戦のテイタラクはまさに目を蔽うばかりでした。「それ見たことか」ということばしか見つかりません。「ハリル解任ってなんだったんだ?」という言い方さえカマトトに思えるくらいです。

ガーナはワールドカップ予選に負けたばかりのチームです。あたらしいチーム作りもまだはじまってない状態でしょう。そんなチームが親善試合で招待されて来日したのです。知人は、どうせ吉原に行くのが楽しみで来たようなもんだろうと言ってましたが、どう考えてもボクシングで言う「咬ませ犬」にすぎません。負けるのが仕事のようなものです。

一方、日本はワールドカップの最終メンバーの発表を翌日に控えた、文字通り最後のアピールとなる試合でした。両チームのモチベーションは、天と地の差があったはずです。実際に、ガーナの選手たちは、アマチュアのチームのように、統制の取れてないチグハグな動きをしていました。そんなチームに、FKとPKだったとは言え2対0で完敗して、勝つことが前提の壮行試合を台無しにしたのです。お話にならないとはこのことでしょう。

ヨーロッパのサッカーメディアは、ハリルを解任した日本を今大会の最弱国だと辛辣な評価を下しているそうですが、あながち的外れだとは言えないでしょう。昨夜の試合では、「明日につながる試合だった」「課題が見つかった」などという常套句もさすがに影を潜めていました。

サッカーは、野球や相撲と違って、世界を相手に戦わなければならないのです。常にみずからを世界の基準に晒さなければならないのです。「一国社会主義」では世界に通用しないのです。いくら「ニッポン、凄い!」と自演乙しても、そんなものはクソの役にも立たないのです。サッカー協会の派閥やスポンサーの意向を忖度して世界で戦おうなんて、悪い冗談だとしか思えません。真面目に勝つことを考えているとはとても思えません。

ハリル解任を主張していたセルジオ越後氏や杉山茂樹氏などは、さっそく西野ジャパンの戦術を批判していますが、今更なにを言ってるんだと思いました。批評のレベルも、その国のサッカーのレベルに比例するのでしょう。

そして、グループステージで敗退してロシアから帰ってきたら、翼賛的なサッカーメディアに訓致されたサポーターたちは、「感動をありがとう!」「勇気をもらった」などというおなじみの垂れ幕を掲げて拍手と歓声で迎えるのでしょう。そんな痴呆的な光景が目に浮かぶようです。


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2018.05.31 Thu l 芸能・スポーツ l top ▲
先日、LGBTを告白した勝間和代氏に対して、「芸能界からも温かい声」というような記事がありました。メディアの受け止め方も好意的なものばかりです。

電通は、「電通ダイバーシティ・ラボ」という専門組織を立ち上げ、「LGBT市場規模を約5.9兆円と算出」しているそうです。LGBTも既に美味しいビジネスになりつつあるのです。もちろん、だからと言って、性の多様性を認める社会に異議を唱える者などいようはずもないのです。

と思ったら、久田将義氏が編集長を務めるニュースサイト・TABLOに、勝間氏のカミングアウトに対して、「批判的な声が浴びせられている」という記事が出ていました。

TABLO
LGBTを告白した勝間和代さんに早くも「ビジネスLGBTでは」の声

・じゃあもう少し、弱者やマイノリティに優しい人であってくれ
・おっ今はLGBTブームなんや! それで本でも書いたろ!
・LGBTが流行ってるから一枚かんでおこうという下衆な魂胆
・こいつ大人の発達障害が話題になった時も 自分は「発達障害かもしれない」 とかカミングアウトして すぐに、講演会開いて、イベント開いて、NPOから発達障害の普及大使かなんかに任命されて 執筆したりしてたよな 今度はLGBTか
・この前隠れ巨乳なこともカミングアウトしてたよな
・娘もいい年だろうにそんな母親のカミングアウト聴きたくないだろ
・これ単なる生々しい性癖の告白だからな
・こいつの趣味 PC、バイク、麻雀... 料理もするが、見栄えより効率重視 男性脳は男性脳だわな
・バイクゴルフ麻雀全部飽きたっぽいし同性愛もすぐ飽きるだろ
・ものすごい生き急いでる感は結構好き


私は、2ちゃんねるが5ちゃんねるに変わったのも知らなかったくらいですが、ネットにはまだこういった声が残っているのかと思うと、少し安心したような気持になりました。「じゃあもう少し、弱者やマイノリティに優しい人であってくれ」というのはまさに至言で、今までの勝間氏を見ていると、今回のカミングアウトが、電通がLGBT市場を試算する話とどこか似たものがあるような気がしてならないのです。

しかし、メディアにそういった視点はありません。ただ同調圧力に与するだけです。もちろん、その同調圧力は、視聴率や売上部数やアクセス数など、ニュースをマネタイズするビジネスにつながっているのです。

メディアの同調圧力がもっとも歪なかたちで出ているのが、日大の悪質タックル問題です。先日は、朝日新聞に元日大全共闘の闘士たち(と言っても、SEALDs大好きの70すぎの爺さんたち)まで登場し、日大の体質は、日大闘争のきっかけになった古田体制の頃からなんら変わってないなどとコメントしていました。文字通り坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとばかりに、今や日大は日本中から袋叩きに遭っているのです。日大生の就職活動にまで影響を及ぼしているなんて、いくらなんでもそれはないだろうと思いますが、メディアは真顔でそういったニュースまで流しているのです。

日本国民を敵にまわすようですが、あれはどう見てもチーム同士で話し合うような問題でしょう。日大の体質云々は言いがかりのようなものです。日大の体質に問題があるとしても、それはタックルとは別の問題でしょう。日大の対応が遅れたと言いますが、遅れたというより戸惑っていたのだと思います。もちろん、記者会見を開くような問題でも、まして(元水泳選手が偉そうな)スポーツ庁が乗り出すような問題でもないでしょう。問答無用の上下関係や空疎な精神論を強いる日本の学生スポーツの”体育会的体質”が根っこにあると言えば、そう言えるのかもしれません。だとしても、それは日大だけの問題ではなく、関学も同じでしょう。

週刊文春が公開した、試合直後に内田監督が記者たちと談笑していたテープでは、内田監督は、日大のタックルがひどいなんてよく言うよ、1年前の関学はもっとひどかったよというようなことを言ってました。そして、その場にいた記者たちも笑っていたのです。ところが、タックルの映像がYouTubeに上げられると、日大に対する批判が沸き起こり、日大は“国賊”のようになって行ったのです。映像をYouTubeに上げた行為の妥当性についても検証されるべきだと思いますが、そういった意見は皆無です。

監督とコーチの記者会見の際に司会を務め、その横柄な仕切りが炎上した、日大広報部顧問のY氏についても、唯一、スポーツ報知が次のような記事を載せていました。

スポーツ報知
“逆ギレ司会者”にも一分の理…アナウンサーは取材者なのか出演者なのか

こういった「一分の理」を書くことも、ジャーナリズムにとって大事なことではないでしょうか。

さらにこじつければ、眞子さまの婚姻をめぐる報道にも、同じような同調圧力が見え隠れしているように思えてなりません。元週刊現代編集長の元木昌彦氏は、プレジデントオンラインに次のような記事を書いていました。

PRESIDENT Online
"眞子さま報道"で問われる元婚約者の品性

たしかに、小室さんのお母さんがあそこまで叩かれるのなら、その情報を提供した(売った?)人物の素性もあきらかにすべきでしょう。プライベートな個人間のトラブルをメディアに提供する行為は、品性だけでなく、その倫理性も問われるべきです。また、そのリスクも、当然みずからで負うべきでしょう。

ものごとには表もあれば裏もあるのです。見る角度(立場)によって、捉え方が違ってくるのは当然です。多事争論ではないですが、さまざまな角度(立場)から報道するのがジャーナリズムのあり方でしょう。でなければ、どこにものごとの本質があり、真実があるかもわからないでしょう。北朝鮮から日大まで、今のメディアは、ただ同調圧力に与するだけで、誰でも書けるような(文章自動作成ツールでも書けるような)記事を書いているだけです。

メディアは、そやって獲物を見つけ、血祭りに上げることで、ニュースをマネタイズしているのです。この手の血祭りは昔からありましたが、最近は「旧メディアのネット世論への迎合」(大塚英志)によって、報道が増幅されより狂暴になっているように思います。「日大の悪質タックル問題は、いっこうに出口が見えない」などとメディアは言ってますが、メディアが勝手に出口を塞いでいるだけです。そうやってサディスティックになぶり殺すまでやるつもりなのかと思ってしまいます。

メディアにとって、獲物さえ見つかれば、衆愚を煽ることなど赤子の手をひねるくらいたやすいことなのでしょう。しかも、衆愚に右も左もないのです。保守もリベラルも関係ないのです。そして、同調圧力は、まるで集団ヒステリーのように、一切弁明も許さず異論や反論も徹底的に叩く、問答無用なものへとエスカレートして行くのでした。「少し頭を冷やせ」とたしなめる者がいない社会。そんなメディアが主導する同調圧力に、私は全体主義ということばしか思い当たりません。
2018.05.30 Wed l 社会・メディア l top ▲
きのう、南北首脳が、極秘に板門店で二度目の会談をしていたというニュースには驚きました。北朝鮮の朝鮮中央通信もきょう、「金正恩朝鮮労働党委員長が26日に板門店で行われた韓国の文在寅大統領との会談で、『歴史的な朝米首脳会談への確固たる意志』を表明した」と報じたそうです。このすばやい報道も異例です。あらためて金正恩の”本気度”を痛感させられたと同時に、朝鮮半島の融和がもはや後戻りできない段階まで進んでいることを実感させられました。

もろちん、このままスムーズに6月12日を迎えるかどうか、まだ予断を許さないものはあるでしょう。ただ、そのリスクは、金正恩だけでなくトランプにもあるのです。アメリカ側にいる私たちは、ともすれば金正恩のリスクばかりを考えがちですが、トランプのリスクも忘れてはならないのです。

下記のハフポストの記事によれば、平壌などでは、私たちが抱いている全体主義国家の暗いイメージとは違った表情があるそうです。

HUFFPOST
変わる北朝鮮 街中にいちゃこらカップル、そしてセグウェイ…。写真家が見たリアル

記事のなかで、写真家・初沢亜利氏は次のように言ってました。

「(略〉日本人が北朝鮮を仮想敵国として政治利用し、お茶の間で笑いものにしている間に、北朝鮮は粛々と自力更生の道を歩んでいたんですよ」

「『住民を抑圧して食べ物がない国が長く持つわけがない』という過去の妄想を、日本人は捨てきれない。ただ、北朝鮮は明らかに前例のない発展をしています。(略)」


ミサイル発射の現場で、黒ずくめの恰好で眉間に皺を寄せ、煙草を口にくわえて指示している金正恩の姿ばかり流しているこの国のメディアでは、決してわからない「あたらしい流れ」がずっと前からはじまっていたということなのでしょう。

北朝鮮は、2003年にNPTを脱退したときから、本格的な核開発に着手したと言われています。そして、核を取引材料にアメリカと直接交渉して、経済的な発展を目指すロードマップを描いていたという話がありますが、あながち嘘ではなかったのかもしれません。そもそも三代目の跡取りをわざわざ資本主義国(永世中立国)のスイスで教育を受けさせたのも、将来の進むべき道を考えたものだったのかもしれません。

一方、トランプの「中止」表明を受けて、会談そのものが流れたかのように大騒ぎしていたこの国のメディアは、一日経つと180度違うニュースを流しています。彼らはただ米朝の情報戦に踊らされ右往左往しているだけです。そんないい加減なニュースを真に受け、アメリカが北朝鮮を攻撃すると本気で思っていたYahoo!ニュースのネトウヨたちは、このめまぐるしい展開にどうやって正気を保っているのだろうと逆に心配になってきました。

金正恩の一連の言動や行動を見ていると、もしかしたら本気でアメリカ主導のCVIDを受け入れるつもりかもしれないとさえ思えてきます。北朝鮮は、「非核化」を担保に、核開発と経済発展の二本立ての並進路線から経済優先へと舵を切ろうとしているのですが、金正恩の命運がどうなるかは別にして、うまく着地点を見い出せれば、私たちは、やがて中国と同じような改革開放の経済発展した姿を、北朝鮮に見ることになるでしょう。

北朝鮮が、金日成の遺訓で昔から教育に力を入れていたのはよく知られています。北朝鮮は、(皮肉ではなく)もともと短期間で核開発を成し遂げたり、外国の政府機関を標的にしたサイバー攻撃をおこなったりするような”優秀な頭脳”をもっているのです。トランプが言うように、経済による国造りに向かえば、そういった”優秀な頭脳”が「豊かな人的資源」になるのは間違いないでしょう。

北朝鮮には、レアメタルだけでも数百兆円分が埋蔵されていると言われています。そんな豊富な地下資源と「豊かな人的資源」。あと足りないのは、資金だけなのです。

ワイドショーで、デーブ・スペクターの会社(スペクター・コミュニケーションズ)が提供する「中国は遅れた貧しい国」の映像を見て嘲笑っている間に、気が付いたら、私たちよりはるかに豊かな中国人が大挙して観光にやってくるようになっていたのです。そして、卑屈な日本人は、さも迷惑そうな顔をしながらも、陰では揉み手して「熱烈歓迎」するようになっていたのです。資本主義国で教育を受けた独裁者の”英断”によって、北朝鮮もまた中国と同じ道を歩みはじめた(はじめようとしている)と言っていいでしょう。


※前回の記事(米朝首脳会談と「奴隷の楽園」)の「追記」として書いたものを、一部書き加えて独立した記事にしました。
2018.05.27 Sun l 社会・メディア l top ▲
首脳会談を来月に控え、米朝双方の駆け引きが激しくなっていますが、「延期」や「中止」を仄めかすのではなく、トランプがいきなり「中止」を表明したのには、さすがにびっくりしました。

びっくりしたのは、北朝鮮も同じだったみたいで、すぐに金桂寛第一外務次官が談話を発表したのですが、それは、メディアがヤユするように、今までの北朝鮮ではあり得ないような低姿勢なものでした。談話では、「我々はトランプ大統領が過去のどの大統領も下せなかった勇断を下して首脳対面という重大な出来事をもたらすために努力したことを依然として内心高く評価してきた」とトランプを持ち上げた上で、「我々は、いつでも、いかなる方式であれ対座して問題を解決する用意があることを米国側に改めて明らかにする」と交渉の継続をアメリカに乞うているのでした。つまり、それだけ金正恩は本気だったということでしょう。

国際ジャーナリストの高橋浩祐氏は、WEBRONZAで、今回の「中止」表明を「メガトン級の『牽制球』」と呼んでいました。言うなれば、”ショック療法”のようなものかもしれません。

WEBRONZA
トランプ氏 メガトン級の「牽制球」のワケ

高橋氏は、トランプの「中止」表明を「『マッドマンセオリー』の使い手らしい一手」と評していました。「マッドマンセオリー」とは、「何をするかわからないと相手に思わせる狂人理論」だそうです。

今後の展開について、高橋氏も、「長年の悲願であった米朝首脳会議を開催するチャンスを、北がやすやすと蹴っ飛ばす可能性は低い」という見方をしていました。

「完全で検証可能かつ不可逆的な非核化(CVID)」を求めるアメリカと、「段階的な非核化」(実質的な核保有)を主張する北朝鮮との交渉が難航するのは最初からわかっていたことです。だからこそ、激しい駆け引きがおこなわれていたのです。もとより、米朝首脳会談は、国交のない国の首脳同士が直接顔を合わせる「歴史的な」会談なのです。予想もつかない展開を見せるのも当然でしょう。

高橋氏は、つぎのように書いていました。

 仮に、米朝首脳会談が6月12日に実施されても、今のままでは評価は分かれるかもしれない。

 北朝鮮の非核化に道筋を付け、朝鮮戦争の終結と朝鮮半島の平和をもたらす貴重な機会を確保したとの理由で、トランプ政権の株は上がるかもしれない。

 しかし、その一方で、準備不足の生煮えのままで米朝首脳会談が決行されれば、成果を急ぐトランプ大統領がノーベル平和賞を脳裏に浮かべながら、北朝鮮に譲歩を重ねて、米国に届く大陸間弾道ミサイル(ICBM)の放棄だけで合意してしまうかもしれない。「完全な非核化」ではなく、中途半端な合意で北朝鮮に一部の核を温存させてしまう恐れがあるのだ。11月の中間選挙を前に、トランプ大統領が功を焦るあまり、北を核保有国として認めさせる金委員長の術中にはまる懸念は小さくない。

 いずれにせよ、トランプ大統領は今、短い期間で、北朝鮮との合意を形成する難しさを薄氷の上を歩むような思いで痛感しているはずだ。米朝首脳会談の中止の撤回を含め、今後の展開から目が離せない。


米朝の駆け引きがどういった落としどころになるのか、素人なりに考えると、まず思い浮かぶのは、アメリカ主導によるCVIDです。しかし、アメリカ主導のCVIDは、リビアのように「永遠の濡れ衣」(田中宇氏)になりかねないので、北朝鮮もおいそれと妥協はできないでしょう。金正恩のたてつづけの習近平詣では、CVIDを前提に「体制保証」を確約してもらうように中国に仲介を依頼したと見えないこともありませんが、しかし、CVIDで妥協するにはハードルが高すぎるし、交渉の時間もかかりすぎるように思います。早急な「歴史的な成果」を求めているのは、11月の中間選挙を控えたトランプも同じなのです。お互いに折り合いをつけるとなると、上記の高橋氏が懸念するように、CVIDを装いつつ実際は北朝鮮の核保有を黙認するか、あるいは田中宇氏が再三書いているように、CVIDの判定に中国を絡ませることで「永遠の濡れ衣」を回避するか、そのどっちかでしょう。そう考えれば、トランプの「中止」表明は、いかにも彼らしい演技(ハッタリ)と見えなくもないのです。

一方、トランプの「中止」表明を受け、この国のメディアが流しているのは、「それみたことか」と拍手喝采を送り、会談そのものが雲散霧消したかのような、文字通りそうなればいいという希望的観測に基づいた(フェイクな)記事ばかりです。不動産屋であるトランプ一流の交渉術を指摘するような報道は皆無です。まして、トランプが”両刃の剣”であることなど、露ほども思ってないようです。この国のメディアは、対米従属を至上の価値とする恥も外聞もない従属思想に寄りかかることで、見えるものも(見なければならないものも)見えなくなっているのです。

白井聡氏は、新著『国体論』(集英社新書)で、「日本は独立国ではなく、そうありたいという意志すら持っておらず、かつそのような現状を否認している」と書いていましたが、たしかに、どうしてアメリカの核が「正義」で、北朝鮮の核が「悪」なのかという、国際政治の”不条理”に対する疑問は、日本中どこを探しても存在しません。保守もリベラルも、核抑止力というアメリカの論理(詭弁)に、「ごもっともでございます」と雁首を並べて膝を折り頭を垂れているあり様です。

白井氏は、この国の戦後を「奴隷の楽園」と呼んでいました。そして、何度も言うように、「奴隷の楽園」では、「愛国」と「売国」がまったく逆の意味に使われているのです。

 ニーチェや魯迅が喝破したように、本物の奴隷とは、奴隷である状態をこの上なく素晴らしいものと考え、自らが奴隷であることを否認する奴隷である。さらにこの奴隷が完璧な奴隷である所以は、どれほど否認しようが、奴隷は奴隷にすぎないという不愉快な事実を思い起こさせる自由人を非難し誹謗中傷する点にある。本物の奴隷は、自分自身が哀れな存在にとどまり続けるだけでなく、その惨めな境涯を他者に対しても強要するのである。
(『国体論 菊と星条旗』)


これでは、日本はアメリカのポチにすぎない(理念のない国だ)、と北朝鮮からバカにされるのも当然でしょう。

多少の紆余曲折はあろうとも、東アジアの「あたらしい流れ」が避けようのない現実(既定路線)であるのはあきらかです。米朝の次は日朝だとか言われていますが、白井氏が言うように、独立国ですらない日本が一筋縄でいかない北朝鮮と交渉するのは、どう考えてもプレイヤーの「格が違いすぎる」と言わざるを得ません。日本のメディアが首脳会談の「中止」表明に拍手喝采を送るのも、できるなら交渉などしたくないというこの国の本音が隠されているのでしょう。

北朝鮮がみずから言うように、ホントに核兵器が完成しているのなら(まだ完成していないという説もありますが)、核を保有する(隠し持つ)北朝鮮が東アジアの政治の表舞台に登場することになるわけで、その衝撃は想像以上に大きいと言えるでしょう。しかも、北朝鮮はレアメタルをはじめ豊富な地下資源をもっており、制裁が解除になって外国資本が入れば経済的に大きく飛躍する可能性があると言われています。そう考えると、会談が「中止」になってほしい、できれば交渉したくない、という”日沈む国”の気持もわからないでもありません。


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2018.05.25 Fri l 社会・メディア l top ▲
愛しきソナ


今、映画監督のヤン・ヨンヒ氏の小説・『朝鮮大学校物語』(角川書店)を読んでいるのですが、それで思うところがあって、同監督の「愛しきソナ」(2011年)をNetflixで観ました。「愛しきソナ」を観たのは、これで二度目です。

大阪の鶴橋に住む在日朝鮮人の一家。1970年代の初め、18歳・16歳・14歳の息子三人は、当時「地上の楽園」と言われた北朝鮮に帰国します。日本に残ったのは、朝鮮総連の幹部であった父親と母親、それにまだ6歳のひとり娘(ヤン・ヨンヒ監督)でした。

やがて三人の息子はそれぞれ家庭をもち、両親には北朝鮮に八人の孫がいます。三人の息子の生活は、日本からの仕送りで支えられています。母親からの仕送りは、兄たち家族の「生命線」だと映画のなかで言ってました。お金や薬、それに風呂釜まで送られたそうです。

「愛しきソナ」は、次兄の娘・ソナにフォーカスを当て、1995年から10年以上に渡り、北朝鮮と日本に分かれた一家の悲喜こもごもの交流を記録したドキュメンタリー映画です。

ソナが5歳のとき、実母が子宮外妊娠で亡くなります。一周忌のために訪朝した際に撮られた、ソナが母親の墓前で、受験のときに覚えたという「将軍様」を讃える詩を暗唱するシーンは、なんだかせつないものがありました。

ソナの父親にとって、ソナの母親は二度目の妻でした。妻の死から二年後、次兄は三度目の結婚をします。母親は、今回も結婚式の費用はもちろん、花嫁衣装やブーケまで日本からもって行ったのでした。

一方、長男は、日本にいるときはコーヒーとクラシック音楽が好きだったそうですが、北朝鮮に渡ったのち、躁うつ病になります。その薬も日本から送っていました。しかし、薬の催促のためにかかってきた国際電話で、薬事法の改正で患者本人でないと薬を処方してもらえなくなったので、薬を送ることができなくなった、と母親が説明するシーンがありました。

その長男も、息子に音楽家になる夢を託して2009年に亡くなるのでした。同じ2009年11月、脳梗塞で倒れた父親も亡くなります。また、ヤン・ヨンヒ監督も、前作「ディア・ピョンヤン」(2006年)が北朝鮮当局に問題視され、入国禁止を言い渡されるのでした。

どんな国に生まれても、子どもたちの小さな胸には夢がいっぱい詰まっており、子どもたちは天真爛漫に生きているのです。ただ、舞台が北朝鮮だと、どうして天真爛漫さが哀しく映るんだろうと思いました。

ピョンヤンの劇場の前の階段に、小学生のソナと監督の二人が座り、カメラを止め、日本では休日にどんなことをするのかとか、日本の演劇では誰が好きかといったことを話すシーンも(映画のなかでは、黒い画面に会話の文字が映し出されるだけですが)、印象に残りました。ソナは、「わからないけど、聞いているだけで楽しい」と言うのでした。

映画のなかで、「そっちに行くのも難儀でな」「国交が正常化したら行き来しような」と父親が電話で話すシーンがありましたが、今回の融和ムードを祈るような気持で見ている在日朝鮮人も多いことでしょう。

「政治の幅は生活の幅より狭い」(埴谷雄高)のです。それは、北朝鮮で生きる人たちだって同じでしょう。私たちは、北朝鮮のことを考える上で、その”当たり前の事実”を忘れてはならないのです。

政治に翻弄され、家族がバラバラになった朝鮮人にとって(北朝鮮によって家族が引き裂かれた拉致被害者の家族にとっても)、今回の融和ムードは掛け値なしに喜ぶべきことでしょう。トランプや金正恩の政治的思惑などどうだっていいはずです。戦争より平和のほうがいいに決まっているのです。それがすべての前提でしょう。


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「愛しきソナ」予告編
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2018.05.16 Wed l 芸能・スポーツ l top ▲