ひとりで山に行くのは全然苦ではないし、自分にはこのスタイルが向いていると思っていますが、ただ、自己流なので専門的な知識や技術があるわけではありません。また、今の自分がどれくらいのレベルにあるのか、客観的に知ることもできません。

それで、ベテランの登山家などに指導を受ける教室のようなものはないか、ネットで調べていたら、ある登山サークルのウェブサイトに、2010年前後の山ガールや団塊の世代による“山ブーム”の頃と比べると、現在はハイカーの数が半減していると書いているのが目に止まりました。私は、今も”山ブーム”がつづいているものと思っていましたので、半信半疑ながら「へぇ~、そうだったのかぁ~」とどこかで聞いたような台詞を心の中で呟きました。

たしかに、団塊の世代が高齢化して、山登りができなくなったという側面はあるでしょうが、後続の世代は、団塊の世代ほど山に興味を持ってないということなのでしょうか。そう言えば、昭和30年代に登山ブームがあり、そのときに親に連れられて山に登った世代が、昨今のブームを支えているというような話を聞いたことがあります。

私も若い女性向けの輸入雑貨を扱う仕事をしていましたのでよくわかりますが、ブームは所詮ブームなのです。登山も例外ではなかったということなのかもしれません。

本多勝一氏は、先に紹介した『新版・山を考える』とは別の『貧困なる精神T集・「日本百名山」と日本人』(2006年・金曜日)でも、中高年ハイカーによる百名山ブームを「メダカ社会の共鳴現象」と書いていましたが、そういった浮薄な現象がやがて終焉を迎えるのは理の当然と言えるでしょう。

ある登山愛好家のブログにも、山小屋で中高年夫婦の次のような会話が耳に入って呆れたというような記事がありました。妻が「××山は怖いから登りたくないわ」と言ったら、夫が「××山は百名山ではないから登らなくていい」と言ったのだとか。山に対する冒涜だと書いていましたが、その気持はわからないでもありません。

また、別のブログでは、山の中に使用済みのティッシュがよく捨てられているけど、ティッシュを持ち帰るくらいの心使いもできないのかと憤慨していました。たしかに、私もよく目にします。山に登ると、やたら洟水が出てティッシュで洟をかむことがありますが、それを平気で山の中に捨てているのです。これでは、食べ残したものを捨てるなんて朝飯前でしょう。そして、ついでに、ユガテの監視カメラではないですが、花や果物も盗んで帰るのでしょう。

ある登山ガイドの方のブログでは、登山関連のキュレーションサイトから執筆依頼が来るけど、その際、アマゾンで販売している登山用品を必ず取り上げてほしいという条件が付くので、それが嫌で断っていると書いていました。登山の初心者がありがたがって読んでいるキュレーションサイトの記事にも、ステルス広告が埋め込まれているのです。それどころか、百名山のように、今や山自体が商品化しブランド化しているのです。

ハイカーが半減したという話がもしホントなら、旅行会社や登山メーカーや登山用品の販売店は大変でしょうが、他人に煩わされずに静かに山(自然)と向き合いたいと考えている人たちにとっては、あるいは無用に人間が食べるものへの好奇心をそそられ、その結果迷惑がられて駆除される熊にとっても、むしろ歓迎すべきことと言えるのかもしれません。
2019.08.19 Mon l l top ▲
あいちトリエンナーレに対する脅迫メールやファックスが770通にものぼっているそうで、ネトウヨ化する日本の異常さをあらためて痛感せざるを得ません。

と同時に、今回の日韓対立を仕掛けたのが安倍政権の方だということを忘れてはならないでしょう。

その口実は輸出管理における「安全保障上の問題」でした。しかし、ホントに「安全保障上の問題」があったのか、検証するメディアはどこもありません。それどころか、「安全保障上の問題」はいつの間にかどこかに消えてしまったのでした。

安倍政権の措置が、徴用工裁判に対する報復であるのは明々白々ですが、しかし、メディアはそのことにも触れようとはしません。

何度も言うように、徴用工の問題は、日本帝国主義による侵略戦争の”負の遺産”です。だから、韓国が過剰に反発するのは当然で、まるで侵略された側に非があるかのような主張をする限り、韓国側の反発が収まることはないでしょう。「盗人猛々しい」という気持はわからないでもありません。

日韓請求権協定(1965年)は、国交正常化の際に日韓基本条約とともに結ばれた、日本が韓国に5億ドルの経済支援を行うことで、両国及び国民の間での請求権を完全かつ最終的に解決したとする内容の協定です。韓国では、日韓基本条約ともども「日帝の戦争犯罪を不問に付す不平等条約」であるとして、学生たちを中心に激しい反対運動が起こりました。しかし、当時の韓国は旧日本軍の下士官であった朴正煕が、クーデターで権力を掌握した軍事独裁政権下にありました。学生たちは苛烈に弾圧され、「不平等条約」は締結されたのでした。

言うなれば、子どもが殴られてケガをしたけど、親が子ども抜きに勝手に相手と交渉して金銭で解決したような話です。しかし、殴られた子どもは、殴られたことを忘れることはできません。相手に対して謝れと言うのですが、相手はお金で解決したから謝る必要はないと突っぱね、挙句の果てには、殴った覚えがないなどと言い出し開き直っているのです。

徴用工や従軍慰安婦の問題は、民主化された韓国社会が、親日派の軍事独裁政権が過去に行った対日交渉を見直す過程で再浮上した問題でもあるのです。

それにしても、安倍政権が韓国に対して報復措置を取ると、メディアがいっせいに韓国叩きに走るこの光景には、おぞましさしか覚えません。これこそ安倍一強の翼賛体制と言うべきでしょう。日本のメディアは、韓国のナショナリズムの暴走を嗤っていますが、日本も同じなのです。韓国を嗤う資格などないのです。

これでは為政者はやりたい放題のことができ、笑いが止まらないでしょう。安倍や麻生や菅や二階のあの人をバカにしたような傲慢な態度も、理解できようというものです。メディアは、権力を監視するどころか、権力の茶坊主になっているのです。

アメリカのトランプは、まるでゴロツキのように中国やイランなどにケンカを吹っかけて無用に対立を煽っていますが、アメリカも日本と同様、野党の民主党がふがいないので(民主党も”中国脅威論”を共有し、米中対立を支持している)、来年の大統領選挙もトランプが有利と言われています。ただアメリカの場合は、まだしもニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストなど権力を監視するメディアが存在しています。日本には、権力を監視するメディアさえ存在してないのです。暴走を止める装置がないのです。

一方、朝鮮人にとって、言うことと実際の行動が釣り合わないのはよくある話なので(だからバカにされる)、あの過激で感情的なもの言いとは裏腹に、韓国があれよあれよという間に妥協する可能性もないとは言えないでしょう。矛盾した言い方ですが、朝鮮人は面子を重んじるものの、面子そのものにこだわるわけではないのです。そういった朝鮮人特有の気質も日本側に見透かされているように思います。

先日、女優のチョン・ユミが、DHCのモデル活動を拒否し契約を解除したというニュースがありましたが、DHCが排外主義的なナショナリズムを煽る韓国ヘイトのネトウヨ企業であるのは衆知の事実で、チョン・ユミが今までモデルを務めていたこと自体驚きでした。そんな調子だから、日本のメディアから「(DHCは)とばっちり」「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い話だ」とヤユされるのです。そういった大甘=ご都合主義も朝鮮人の特徴と言えるでしょう。

韓国の歴代政権は、「反共」や「アメリカ」を媒介に、日本の保守政権と蜜月を結んできました。その日本の保守政権の多くは、建て前はともかく、侵略戦争を正当化し美化するような歴史観を持っているような政権でした。何を今更という声があってもおかしくないでしょう。

案の定、文在寅政権がトーンダウンしはじめたという話も出ていますが、ナショナリズムのいい加減さと愚かさを身を持って知るためにも、ここは徹底的に対立した方がいいのです。そして、お互い痛い目に遭えばいいのです。国民国家の宿痾でもあるナショナリズムに対しては、そうやって何度も痛い目に遭い「学び直し」するしかないのです。


関連記事:
「愛国ネットウヨ企業大図鑑」
2019.08.15 Thu l 社会・メディア l top ▲
明神池熊の出没
上高地・明神池


札幌市南区の住宅街に出没していた熊は、今日の早朝、地元猟友会によって駆除(射殺)されたそうです。

TBS NEWS
札幌、住宅街出没のクマを山で駆除

「駆除の一報に住民からは安堵の声が聞かれ」たそうですが、熊が置かれている問題について、最近、少なからぬ関心を抱いている“熊恐怖症”の人間としては、やり切れない気持にならざるを得ませんでした。

ネットでは、熊が人里に降りて来るのは、山にエサが不足しているからではなく、逆に熊が増えすぎているからだというようなトンデモ話がまことしやかに流れていますが、こういったトンデモ話と駆除のニュースを考えると、やはり「傲慢」という言葉しか思い浮かびません。そこには、自然に対する畏敬の念が微塵も伺えません。

調べてみると、熊に対するさまざまな誤解が存在することもわかりました。

ちょっと古いですが、2013年に日本熊森協会と北海道熊研究会が北海道知事に共同で申し入れた“人と熊が共存するための要望”には、私たちの熊に対する偏見や誤解が指摘されており、目から鱗が落ちる思いがしました。

北海道知事への熊問題に関する申し入れ ( 要望 )
http://www.yasei.com/bearlobby.html

熊に遭遇したら死んだふりをすればいいという対処法については、妄言であると一刀両断していました。

道の「あなたとヒグマの共存のために」と言う道民向けのパンフレットには「熊に襲い掛かられたら ( これは爪や歯で襲われている状態を言う ), 首の後を手で覆い、地面に伏して死んだふりをして下さい。山に入る人は万一に備えて練習して下さい」とあるが、これは全く間違った対処法である。まず熊の攻撃に意識ある状態で無抵抗で耐え得る人間など何処にいようか。これを書いた当事者に聞きたいものである。熊に囓られ爪で引っ掻かれれば意識あれば反射的に抵抗するもので、これに耐え我慢せよと言うのは、正に妄言であり、責任ある当局が言うべき事ではない。


むしろ、反撃すべきだと言います。

襲い掛かって居る熊に反撃すれば、熊が更に猛り、被害が大きくなるではないかと、想像で反論する者がいるが、過去の事例を検証した限り、そう言う事例は全く無く、それは杞憂に過ぎぬ事は明白である。

熊ばかりでなく、動物に襲われて、その難から身を守る原則は相手に対し積極的に反撃することが原則であることは、人を含む動物界における基本原理常識である。


そのためにも、昔の山子(山師)のように鉈(ナタ)を携行すべきだと言うのです。

また、私なども山に行くときに必ず携行している熊鈴についてですが、鈴の音は沢の音などでかき消され熊に音が届かないことがあるので、鈴よりもホイッスルの方が有効だとか。ホイッスルを「10数分毎に2~3 回」吹くことを推奨していました。

たしかに、一番怖いのは熊と出合いがしらに遭遇することです。熊は臆病なので、出会いがしらに遭遇するとパニックになって襲いかかってくるからです。だから、ここに人間がいるぞということを前もってアピールする必要があるのです。鈴を鳴らすと逆に熊に居場所を知られて危険だというような話もありますが、(たしかに如何にももっともらしい話ではあるものの)逆に遭遇の危険性を高める間違った考えと言えるでしょう。

山に詳しい人の話では、糞や足跡や剥皮(熊が樹木の皮を剥いだ跡)の特徴、それに活動する時間帯(早朝と夕方)や出没しやすい場所(広葉樹林の森や沢)など、熊の生態を知っておくのも大事だと言ってました。

”要望”では、今回のような住宅街に出没する事例についても言及していましたが、それによれば「満2歳未満の熊は人を襲う事は無い」し、「夜にのみ街中に出て来る熊は人を襲わない」そうです。

夜にのみ街中に出てきている熊は人を慎重に避けて行動している証拠で、熊が出て来ているその様な場所に人が夜間に出歩いても、熊の方で先に人の存在に気づき身を潜めるもので、人を襲うことは先ず無い。


山小屋で働いていた人に聞いた話でも、日本アルプスなどでは山小屋の近くに熊が出没することはあるけれど、山小屋やテント場まで降りてくることはないそうです。なぜなら人間がいるからです。

近づいてきたらピストルの音に似た擬音を発して追っ払うそうですが、もし仮に食べ物を与えたりしたら熊の好奇心を煽り、ますます人間に近づいてくるようになるでしょう。よくネットには山でカップ麺を食べて美味しかったというような写真がアップされていますが、ホントに麺やスープもすべて平らげ容器を持ち帰っているんだろうか(食べ残したものを棄てたりはしてないのだろうか)と気になります。

私の祖父などもそうでしたが、昔は山に行くときは必ず鉈を携行していました。しかし、今の世の中で鉈を持って行くというのは難しい面もあります(鉈を持って電車やバスに乗ったら警察に通報されるでしょう)。最低限、熊スプレーとホイッスルは持って行くべきだとあらためて思いました。
2019.08.14 Wed l l top ▲
私は、山に行くときはヤマレコのGPS地図アプリを利用していますが、一方でユーザーが実際に山に行った際の感想や写真を書き込む「山行記録」を読むと、ときに違和感を抱くことがあります。

ヤマレコ
https://www.yamareco.com/

「山行記録」には、中高年の登山ブームの火付け役になった(と言われる)深田久弥氏の百名山について、今回登ったのが何座目だなどと言って、まるで四国八十八か所巡りのお遍路さんみたいに、百名山を踏破することが目的のように書いている文章が散見されます。最近は、百名山のほかに二百名山なるものもあるみたいで、日本山岳会もそれに悪ノリしているようです。さらに、日本山岳会の後ろには、登山メーカーや登山雑誌や登山用品の販売店や旅行会社などが連なり、舌なめずりしながらソロバン勘定をしているのです。

私のようなシロウトでも、百名山ってなに?と思います。山のブランドなのかと思ってしまいます。深田久弥氏は、人間に人格があるように、山にも品格(山格)があると書いていましたが、「山格」とはもはや冗談みたいな話です。文学というのは、かように便利で且つ特権的で、文学的装飾で偽装すれば(そして、あの小林秀雄がお墨付きを与えれば)、冗談みたいな話ももっともらしく受け取られるのです。

百名山や二百名山を有難がっている”登山ジレッタント”たちは、裸の王様に裸だと言えずに、盲目的に王様にかしずく心の不自由な人たちと言うべきなのかもしれません。本多勝一氏は、『新版·山を考える』(朝日文庫)の中で、彼らを「メダカ民族」の「モノマネ没個性登山者」だと批判していましたが、正鵠を得ていると言うべきでしょう。

また、ヤマレコの「山行記録」には、やたらとコースタイムにこだわったり、北アルプスのような技量と体力を要する山でも「たいしたことはなかった」みたいに書く人たちもいます。世の登山愛好家には、この手の自己顕示欲の強い人間が多いのも事実です。

私は、彼らの「山行記録」を読むにつけ、ここはオレたちの道路だと言わんばかりに我が物顔に煽ってくるダンプカーの運転手と似ているように思えてなりません。ヨーロッパの模倣からはじまった日本の近代登山は、とうとうそんなピエロを生むまでに至ったと言うべきかもしれません。本多氏は、深田久弥氏について、「『山それ自体』の関心があまり深くなかったのではないか」と書いていますが、むしろ、やたらコースタイムにこだわったり、レベルの高い山も「たいしたことはなかった」と嘯く世の登山愛好家たちこそそう言えるのではないでしょうか。

一方で、深田氏は、意外にも次のようなことを書いているそうです。

登山がスポーツ化されるに従って、それは何らかの形で体制的なものの下におかれる。山の自由な空気を楽しむよりも、記録を立てることの方に重点がおかれる。やがては記録を目的とする登山さえ出てくる。彼らは山に登って山を見ようとしない。記録のためには、山で享受できるものすべてを棄ててもかまわない。(中略)学校の山岳部に主将とか副将とかいうのが決められ、シゴキとか訓練とかが重視されるようになっては、登山はスポーツにはなったが、本当の山好きではなくなったようである。

(『Energy』1970年4月号・「登山とスポーツ」)
※ネットより孫引き


その言やよしですが、ただ、百名山や二百名山にこだわるのもまた、山行の「自由な空気」の対極にあるものでしょう。その意味では、深田氏が書いていることは自己撞着にほかなりません。

私は、大学の山岳部出身のそれこそダンプカーの運転手のような人間を知っていますが、彼がいつも口にする体育会的な山のオキテや山自慢も、山行の「自由な空気」の対極にあるという点では百名山信仰と同じなのです。言葉は悪いですが、目クソ鼻クソなのです。
2019.08.12 Mon l l top ▲
世間では今日からお盆休みですが、トレーニングのため、群馬県高崎市の榛名湖に行きました。榛名湖だと標高が高いので、熱中症の心配もないだろうと思ったのです。たしかに、平地に比べたら気温が低く(22〜3度くらいでした)快適でした。

まず東上線で終点の小川町まで行き、小川町でJR八高線に乗り換えて高崎に。高崎から榛名湖行きのバスに乗りました。早朝6時過ぎに東上線に乗り、榛名湖に着いたのは11時半過ぎでした。

榛名湖に行ったのは二度目で、前に行ったのは30年近く前です。前回は車でしたので、こうして電車とバスを乗り継いで行くのは初めてです。

東上線も八高線も榛名湖行きのバスも、お盆休みに入ったというのに結構混んでいました。八高線では、大きなバッグを持った帰省中とおぼしき乗客も目に付きました。

高崎に行ったのも、15年ぶりくらいです。昔、事情があって、当時親しくしていた女性と高崎で「逢引き」していたことがあり、その頃通っていました。

八高線の車内で、車の免許の高齢者講習を受けたばかりだという女性と隣合わせになり、四方山話をしていたら、彼女も山が好きでよく山登りに行くのだと言うのです。

「どんな山に行くのですか?」と尋ねたら、「2千メートル以上の山が多い」と言ってました。それで、「北アルプスなどにも行くのですか?」と訊いたら、「3年前に槍ヶ岳に行った」と言うのでびっくりしました。高齢者講習は70歳からなので、年齢は推して知るべしで、見た目も普通の高齢女性です。

「私も、最近、山歩きを再開したんですが、とにかく体力がなくて情けないですよ」と言ったら、「体力なんて山を歩けば自然に付きますよ」「登山は競争じゃないんだから自分のペースで歩けばいいんです。そうすれば誰でも頂上に着きますよ」と言ってました。けだし名言だと思いました。まったく、競争するなら会社でしてくれと言いたいです。

「私はツアーは嫌いです。山に行くときは、いつも一人か、多くて二三人ですよ」と言ってました。

高崎駅から榛名湖行きのバスには、若い人も多く乗っていました。バスが山岳道路に入ってもそのまま乗っているので、私はてっきり彼らも榛名湖に行くものと思っていました。ところが、手前の榛名神社で全員降りたのでした。

私は、隣の席の女性に「榛名神社って若者に人気があるんですか?」と訊きました。

「ええ、パワースポットで有名なんですよ」
「パワースポット?」
「岩の間にお社があって見ごたえがありますよ。行ったことがないんですか?」
「はい」
「一度行ったらいいですよ。おすすめですよ」と言われました。

榛名湖はカルデラ湖で、周辺にいくつかの外輪山があります。その中でいちばん高い掃部ヶ岳(かもんがだけ)に登ることにしました。掃部ヶ岳は標高1449メートルですが、榛名湖自体が標高1000メートル以上ありますので、標高差は400メートル足らずです。頂上までは1時間ちょっとで登ることができますが、最初からきつい登りがつづくので思ったより息が上がりました。

20分くらい登ったら分岐点があり、山頂とは別に硯岩(すずりいわ)という方向への案内板がありました。行くと、硯岩は巨大な岩で、すぐ下は身がすくむような断崖絶壁でした。しかし、慎重に岩に登ると、眼下に榛名湖が見渡せ、絶景に感動しました。掃部ヶ岳の方は榛名湖方面の眺望がなく、がっかりしました。

途中ですれ違ったのは二人だけでした。硯岩の手前でヘトヘトになって登っていたら、上から降りてきた若者から「もう少しですよ。がんばって下さい」と言われました。

「上は景色がいいですよ」
「体力がなくて情けないよ」
「ハハハ」
「アナタなんか休憩しないで登れたの?」
「一応」
「オレなんか二回も休んだよ」
「自分は20代だからそのくらい当然ですよ」と言ってとっととと降りて行きました。

登山道には「熊出没注意」の看板があり、両側もクマザサ(熊笹)で覆われていましたので、先日の”熊恐怖症”がよみがえってきました。

バス停の近くの食堂で道を尋ねた際、「熊は出ませんか?」と訊いたら、食堂のおばさんから「そんな話は聞いたことがない」と言われたのですが、登山道に入ったらさっそく「熊出没注意」の看板です。20代の若者にも「熊はいなかった?」と訊いたら、「ハハハ、いませんよ」と一笑に付されてしまいました。

山から降りたら、来たときとは反対側へ向かって、榛名湖のまわりを一周しました。5キロくらいありました。

湖畔ではあちこちで、家族連れなどがテントを張ったりテーブルを設置したりしてバーベキューをしていました。そんな光景を見るにつけ、家庭の幸福とは無縁な人間としては、幸せそうで羨ましいなとしみじみ思うのでした。

湖畔を一周してバス停の近くに戻り、最初に道を訊いた食堂でワカサギの天ぷら定食を食べました。九州の私の田舎にあるダムでもワカサギが釣れるので、ワカサギの天ぷらはなつかしい食べ物です。二十歳のとき、退院して実家に帰ったときも、時間を持て余したので、毎日のようにワカサギ釣りに行った思い出があります。

食堂のご主人に「今は書き入れ時でしょ? 人出はどうですか?」と訊いたら、「いや~、全然ですな」と言ってました。

「昔はこんなじゃなかった。もっと多かったですよ」
「たしかに、廃業したホテルなんかの建物も目に付きますね」
「そうです」
「今はどこに行っても外国人観光客がいますが、榛名湖にはあまりいませんね」
「交通の便が悪いからでしょ。車が主体なので、それがネックになっているんじゃないかな」

私も昔はどこに行くにも車でしたので、他人(ひと)のことはとやかく言えないのですが、こうして山に行ったりするようになると、山に車で来て何が面白いんだろう?と思ってしまいます。車から見る風景と歩いて見る風景は、まったく違います。息を切らして登るからこそ山の魅力があるのです。そうやって自然と向き合うことで、自然に対する畏敬の念を持つことができるのです。それがわからないのは不幸のような気がします。

「榛名湖は、あまりにも人工的になりすぎているんじゃないですか? 人工的なものが目立ちすぎますね。それが魅力を削いでいるような気がしますよ」と言ったら、食堂の主人は「うーん」と考え込んでいました。

マラソン(ヒルクライム)やロードバイクや花火などのイベントを催して集客を狙っているようですが、発想が行政主導でステレオタイプなのです。群馬は名にし負う保守的な土地柄ですが、そういったことと関係があるのかもしれません。榛名湖もアスファルトばかりが目立ちます。トレッキングの客はあまりいません。まわりをアスファルトで塗り固められた湖が主役で、山は完全に後景に退いている感じです。

帰りは、高崎から湘南新宿ラインで横浜まで乗り換えなしで帰りました。奮発してグリーン席に乗ったのですが、ゴルフ帰りのサラリーマンたちが車内で宴会をはじめて散々でした。どうやら都市銀行の行員たちのようで、昔よく耳にした銀行員と警察官の宴会はタチが悪いという話を思い出しました。


榛名湖1

榛名湖7

榛名湖3

榛名湖4

榛名湖5

榛名湖6

榛名湖8
硯岩からの眺望

榛名湖9
建物の上の山の突起した部分が硯岩

榛名湖10

榛名湖11

榛名湖12

榛名湖13

榛名湖14

榛名湖15


2019.08.10 Sat l l top ▲
排尿するとペニスに痛みが走るようになりました。それに、血尿も出ています。

昨日、病院に行って検査したら、石が膀胱の手前で止まっており、その影響だろうと言われました。このブログでも書いていますが、石が落ちたのは5月の初めで、もう3ヶ月になります。それでもまだ排出されていません。尿路結石はこれで5度目ですが、こんなに長くかかるのは初めてです。

「どうしてこんなに長くかかっているのですか?」と訊いたら、担当のドクターからは「いろいろですよ」とつれない返事が返ってきました。やはり加齢が関係しているのかもしれません。

さらに、レントゲン検査の結果、なんと次の石もできているらしいのです。私は、今回の石が排出されれば、しばらくは尿路結石から解放されると思っていたのでショックでした。今まではずっと左の腎臓でしたが、今度は右の腎臓だそうです。

「エエッ、またですか?」「もう勘弁して下さいよ」と思わず叫んでしまいました。すると、ドクターは顔も上げずに「体質ですからね~」と呟いていました。

「運動していますか?」と訊かれたので、「最近は山に行ってます」と答えたら、「今の天気は異常なので、熱中症になりますよ」と言われました。

「この時期は、室内で運動する方が安全ですよ」
「でも、先生。室内で運動するのはお金がかかるんです」
「家の近くに市のスポーツセンターがあるじゃないですか。あそこに行けば、お金がかからないでしょ」
「先生、今の時期のスポーツセンターはガキとジジババばかりなんです。あんなところに行ったら気が滅入りますよ」と言ったら、じろりと睨まれました。

山に行きたいのは山々なのですが(おやじギャク)、熱中症を避けるには早朝に出かける必要があり、そのため、なかなかタイミングが合わないのでした。

先日、スペインのネット通販で新しくトレッキングシューズを買い、それがやっと届いたので(スペインで買った方がサイズが豊富で、送料を入れても安く買えます)、早く履き具合を試したくてヤキモキしています。

それで、午後から近所の公園に散歩に出かけました。外は文字通りうだるような暑さでした。自宅の裏には、木々におおわれた丘があり、その中に「見晴らしの丘公園」というのがあるらしいのです。しかし、子どももいないので、その公園に行ったことはありません。

駅とは反対側にしばらく歩くと、丘の下の住宅街まで来ました。ただ、どこが上がり口なのかわかりません。道端に座って休憩していた作業服姿の男性に、「ここから先に行けば上に登ることができるんですか?」と訊いたら、「オレはここに住んでいるわけじゃないからわからんな」と言われました。

とりあえずそのまま住宅街の奥に進んでみました。すると、目の前に車両止めの柵が設けられた坂道が見えてきました。坂を登って行くと、大きなマンションが現れ、その前に広場がありました。どうやらこれが「見晴らしの丘公園」のようです。広場の端には送電線の鉄塔が立っていました。

広場はサッカーコートが優に入るくらいの広さがありましたが、一面膝丈くらいの夏草に覆われていました。そのためか、夏休みにもかかわらず人影はありませんでした。広場の真ん中には、クリスマスのイルミネーションの名残なのか、電球が巻かれたままのもみの木がポツンと立っていました。広場を囲うようにベンチが設置されていましたが、それがよけい寂寥感を漂わせていました。

私は、横のマンションを見やりながら、こんなところまでマンションが建っているのかと思いました。失礼ながら、パークサイドと言えばパークサイドですが、駅まではどうやって行くのだろう、買物も不便だろうなと思いました。もっとも私が登った坂道はマンションの裏側に通じる道で、別にマンション専用?の車道がありました。

公園を一周すると、奥の方に小さな階段がありました。どうやらその階段でも下に降りることができるみたいです。下に降りると、また別の住宅街が広がっていました。そのあたりも、バス通りから奥に入ったところで、駅からかなり離れています。さすがにマンションは見当たりません。ただ、昭和をイメージするような古い木造のアパートが点在していました。

こんな不便な場所にどうしてアパートがあるんだろうと思いましたが、昔は駅の近辺や川を渡った先などに工場があったので、工場で働いていた人たち向けに建てられたのかもしれません。

そのまま住宅街を進むと見覚えのあるお寺が見えてきました。そのお寺の前からは、最寄り駅の上にある別の公園に上がることができます。坂を登って、上の公園に行き、さらに坂道を下って駅の横に出ました。

腕時計のデータで確認すると、4.5キロの道を1時間15分で歩いていました。途中、一度も休憩していません。また、最近は心拍数を測りながら歩いているのですが、最高心拍数も120でした。前に比べれば少し体力が付いたように思います。

帰りにいつも買物をしているスーパーに寄ったら、顔見知りのレジのおばさんから「すごい汗ですね」と言われました。


近所の散歩1

近所の散歩8

近所の散歩3

近所の散歩2

近所の散歩4

近所の散歩5

近所の散歩6

近所の散歩7
2019.08.06 Tue l 日常・その他 l top ▲
安倍政権は、とうとう韓国に対して輸出管理の優遇対象国(ホワイト国)から外す決定を下し、日韓の関係は「戦後最悪」と言われるまで悪化しています。

日本政府は、ホワイト国から外す理由に「安全保障上の問題」をあげていますが、それはあくまで表向きの理由で、本音は元徴用工裁判に対する報復であるのは誰の目にもあきらかです。ニューヨークタイムズが言うように、安倍首相はトランプ大統領のやり方を真似ているのでしょう。

元徴用工について、日本のメディアは「労務動員」なる言い方をしていますが、それが「強制連行」という禁句を使わないための言い換えであるのは言うまでもありません。要するに、元徴用工の問題は、従軍慰安婦の問題と同様、日本帝国主義による侵略戦争の“負の遺産”にほかならないのです。それがこの問題のキモです。

日本政府は1965年の日韓請求権協定で解決したとの立場をとっていますが、それはあくまで国家間の問題であって、個人の請求権まで消滅したのではないと指摘する法曹関係者もいます。それどころか、下記の朝日新聞の記事によれば、日本政府も2000年以前は個人の請求権が存在するという立場をとっていたそうです。

 請求権を互いに放棄する条項は1951年のサンフランシスコ講和条約(サ条約)にもある。後に原爆被害者が「条約により米国に賠償請求できなくなった」として日本政府に補償を求めて提訴すると、政府は「自国民の損害について、相手国の責任を追及する『外交保護権』を放棄したもの。個人が直接賠償を求める権利に影響はなく、国に補償の義務はない」と主張した。

 90年代には、韓国人の戦争被害者が日本で提訴し始めたが、政府は従来と矛盾する解釈は取れず、「個人請求権は消滅していない」との国会答弁を続け、訴訟でも「請求権協定で解決済み」とは抗弁しなかった。

朝日新聞デジタル
元徴用工の「個人請求権」なぜ残る 弁護士ら声明で指摘


ところが、2000年代に入ると姿勢が変化しはじめたのだそうです。おそらく、排外主義的なナショナリズムの高まりと第一次安倍政権の誕生などが関係しているのでしょう。そして、個人の請求権を認める韓国の裁判所の判決に対して、文在寅政権が適切な処置をとらなかったとして、先月、半導体材料の韓国向け輸出管理の厳格化を発表し、さらに今回のホワイト国からの除外決定へとエスカレートしていったのでした。

でも、韓国も請求権協定が結ばれた朴正煕政権の頃と違って三権分立の民主国家です。文在寅政権が適切な処置をとらなかったと言いますが、司法の決定に易々と政治が介入できるものではないでしょう。安倍政権の主張は、そんな民主主義のイロハを無視した無理難題と言えるのです。

メディアもまた、まるで独裁政権下の国営メディアのように、安倍政権の無理難題に同調して、ヘイトクライムまがいの過熱報道で国民を煽っています。そのため、過半数を優に超える国民が政府の対応を支持するという世論調査の結果も出ています。

また、「韓国を懲らしめよ」という声が多数のためか、野党の反応も、共産党を除いては極めて鈍く、おためごかしに批判めいたことを述べるにとどまっています。こういった光景も、先の戦争の前夜とよく似ています。

一方、韓国国内では、すぐ頭に血が上る国民性ゆえの過激なもの言いとは裏腹に、ここに至ってもまだ「日帝」にすがるような姿勢がいろんなところで見て取れるのでした。

今月の初め、解決策を探るために来日した韓国の国会議員の代表団が、自民党の二階俊博幹事長との面会がドタキャンされたことに対して、「我々は物乞い外交をしに来たのではない」と激怒したというニュースがありましたが、しかし、彼らの来日はどう見ても「物乞い」のようにしか見えませんでした。少なくとも多くの日本の国民の目にはそう映ったでしょう。

そもそも今まで自国経済の生命線である半導体の材料の供給を日本に依存していたことが大甘で、今になって国内で賄えるよう体制を整えるというのは滑稽ですらあります。小国の哀しさなのか、同じナショナリズムでも中国のそれとは雲泥の差です。御都合主義的なナショナリズムの底の浅さを日本から見事に突かれたという感じです。

安倍政権の「韓国を懲らしめよ」の姿勢は、ネトウヨたちを狂喜(狂気?)乱舞させ、彼らの妨害工作によってあいちトリエンナーレの 「表現の不自由展・その後」が中止になる事態まで招いたのですが(同時に、津田大介氏の腰の弱さに唖然としましたが)、このままエスカレートすれば日韓の安保協力体制にも亀裂が生じる可能性さえあるでしょう。

文在寅大統領は、日本政府の決定に対して、「日本は一線を越えた」と言ったそうですが、もしそれが本音なら(ホントに日本にすがる気持がないのなら)、日本のネトウヨが主張するように、国交断絶すればいいのだと思います。そうなれば、北朝鮮による拉致被害の解決も永遠に遠のくでしょうし、アメリカなき東アジアの新秩序に向けた、中国やロシアや北朝鮮からの脅威も益々高まるでしょう。「日本を懲らしめる」いい機会になるのは間違いないのです。そして、やがて日韓はナショナリズムの暴走のそのツケを払わされることになるでしょう。

少なくとも私は、今の政治と世論がタッグを組んだ愚劣な動員の光景を見るにつけ、左派リベラルのような「仲良くしましょう」式の(ほとんど意味のない)常套句を口にする気にはとてもなれないのです。


関連記事:
『帝国の慰安婦』と日韓合意
2019.08.05 Mon l 社会・メディア l top ▲
吾野から黒山三滝1


おととい、また山に行きました。一週間に一回、トレーニングに行くノルマをみずからに課しました。

「熱中症になるからやめた方がいいよ」という声を振り切って、いつものように西武池袋線に乗りました。途中、秩父線への連絡が悪くて、飯能駅で30分以上待たされ、目的地の吾野駅に着いたのは午前8時すぎでした。

あたらしいコースを探すのも面倒なので、今回は前々回の逆コースを歩くことにしました。吾野駅~顔振峠~傘杉峠を経て黒山三滝に下るコースです。

ところが、顔振峠へ向かっているとき、ふと、決められたコースを歩くのは面白くないなと思ったのでした。それで、峠の近くにある展望台に、下から登ることができないか、試してみたいという誘惑に駆られたのでした。展望台から下に降りる道はなく、下に降りるにはいったん峠まで戻らなければならないのです。

およその目星を付けて、木材の切り出し用に造られたとおぼしき道に入りましたが、途中で道は行き止まりになりました。そのあとは、一面シダなどに覆われ、前日の雨のせいか、水がしみ出している斜面を登って行きました。トレッキングポールでまわりを突きながら、ひとつひとつ足場を確認して、慎重に登って行きました。靴もズボンも泥だらけになりました。

そして、どうにか展望台の下まで来たのものの、行き詰ってしまいました。展望台は、大きな岩の上にあります。でも、その岩はとても登れるようなシロモノではありません。岩の右手にまわれば、登ることができるような感じがしないでもありませんが、それには、斜面を横切らなければなりません(登山用語で言うトラバースしなければならない)。でも、間にある斜面は大きく窪んでいて、中を鉄砲水が流れたような跡があります。足元が見えづらいのでとても危険です。左手は崖で、そっちに迂回することはできません。

結局、それ以上登るのをあきらめ、下ることにしました。せっかく苦労して登ったのに、下るのは悔しくてなりません。そう思いながら途中まで降りたら、先の斜面に人が歩いた跡があるのに気付いたのでした。ラッキーと思って、そっちに向かおうと思ったときでした。喉に痰を詰まらせたおっさんのような鳴き声が聞こえてきたのでした。

向かう方向を見ると、30メールくらい先に、まるで通せんぼしているみたいに動物がいるのがわかりました。最初は「鹿かな?」と思いました。しかし、よく見ると、鹿のわりには太っています。それに、あんなに毛の黒い鹿なんているのだろうかと思いました。

私は、「まさか」と思いました。熊にしては少し痩せているように思いますが、若い熊だったらあり得るかもと思いました。すると、向こうも熊鈴を付けている私に気付いたみたいで、こっちを見ていました。私は、急いでカメラを出して写真を撮ろうと思いました。ズームで撮ろうとしても、慌てているのでなかなか熊?を捉えることができません。それで、適当に連写して、そろりとその場を離れ、あとは一目散に斜面を下ったのでした。

下りながらカメラをチェックしたら、熊?らしきものはまったく映っていませんでした。よほど慌てていたのでしょう、中にはブレてスクランブル放送の画面のようになった写真もありました。

たしかに、熊の目撃情報ありという注意書きがありましたが、めったにロトにも当たらない自分がよりによってどうしてと思いました。そのあと、山に入るのが怖くて峠まで車道を歩いて登りました。風でガサガサ音がすると、思わずうしろを振り返るようなあり様でした。

余分に時間を取ったので、ゴールの黒山三滝に着いたのは午後12時半すぎでした。黒山三滝から越生駅までバスで帰るのですが、午後1時台のバスはなく、次は2時24分です。2時間近く待たなければなりません。今日はついてないなと思いました。

下界はアスファルトからの照り返しで、既にフライパンの上にいるようです。越生駅までは10キロ近くあります。でも、仕方ない、歩けて行けるところまで行こうと思いました。それで、途中のバス停からバスに乗ろうと考えたのでした。

しばらく歩くと、道の反対側に喫茶店がありました。陶器の窯元のような建物のなかを進み、階段を降りるとおしゃれな内装の喫茶店がありました。お客は誰もいなくて、店主の女性が手持ち無沙汰な様子でカウンターのなかに座っていました。聞けば、バス停もすぐ近くにあると言うので、昼食を食べながらバスの時間まで待つことにしました。

最近、シカやイノシシやアライグマの駆除を行っていますという看板を至るところで見かけるので、店主に訊くと、シカやイノシシやアライグマが異常繁殖し、下まで降りてきて農地を荒らすので、地元の人たちは困っていると言ってました。店のまわりでも、夜間シカやイノシシが出没するのだとか。アライグマはどう考えても場違いですが、どうやらペットで飼われていたのが山に捨てられ、それが繁殖したみたいです。近所の人が罠を仕掛けたら、一週間に一匹くらいの割合でアライグマが掛ると言ってました。行政ではそれらを「有害鳥獣」と呼んでいます。

一方、熊は逆で、帰って調べたら、下記のような新聞記事がありました。九州につづいて四国でも絶滅が危惧されているそうです。

朝日新聞デジタル
四国のツキノワグマ、保全へ本腰 九州は絶滅…苦い歴史

環境庁から九州の熊の絶滅宣言が出されたのは2012年だそうで、意外に最近なのでびっくりしました。九州ではずっと以前から捕獲されたというニュースもないので、とっくに熊はいないものと思っていました。何の警戒心もなく、山の中のどこにでも当たり前のようにテントを張っていました。怖いのは熊よりも人間だなんて冗談を言っていたくらいです。また、四国でも、確認された個体は既に10数頭しかなく、九州の二の舞にならないように、絶滅を回避できる最少の数とされる100頭を目標に保護策が講じられているのだとか。

熊の生活圏(テリトリー)に勝手に入っているのは、私たちの方なのです。ホントは「お邪魔します」と頭を下げるべきなのです。山に行くなら、ただ怖がるだけでなく、熊が置かれている状況にも関心を持つべきだなと思いました。


吾野から黒山三滝2

吾野から黒山三滝3

吾野から黒山三滝4

吾野から黒山三滝5

吾野から黒山三滝6

吾野から黒山三滝7
スクランブル放送

吾野から黒山三滝8

吾野から黒山三滝9

吾野から黒山三滝10

吾野から黒山三滝11

吾野から黒山三滝12
2019.08.01 Thu l l top ▲
吉本をめぐる騒動には、メディア(芸能マスコミ)やただメディアに踊らされるだけのネット民(“ぐみん”とルビ)のお粗末さが、これでもかと言わんばかりに露呈されているように思いました。

ご存知のとおり、当初、振り込め詐欺グループから「お金をもらってない」とウソを吐いた宮迫博之や田村亮は、メディアやネットで袋叩きに遭いました。特に、芸能マスコミにとって、謝罪会見もしない彼らは目の敵でした。

ところが、二人の捨て身の会見で、謝罪会見を吉本上層部から止められていたことが暴露されると、今度は“吉本叩き”に空気は一変したのでした。

二人の会見のあと、アクセスジャーナルの山岡俊介氏は、つぎのような記事をアップしていました。

アクセスジャーナル
<主張>「吉本興業に、反社会勢力からの謝礼を理由に宮迫らをクビにする資格なし」

現在、私は会員ではないので、記事の最後まで読むことができませんが、公開された部分にはつぎのように書かれていました。

そもそも「吉本興業」側にはそれを理由に所属芸人をクビにする資格はないのではないか。
なぜなら、未だに吉本興業自体、反社会勢力とのつきあいを絶てていないのではないかとの疑惑があるからだ。


裏事情にも精通するある芸能関係者は、20日の宮迫らの会見後、こんな電話を本紙に寄越した。
「宮迫らは会見では告発してたけど、数日もすれば口を噤むよ。見てな。


案の定、二人の会見から10日以上経った現在、「この問題の本筋は、宮迫らが反社グループからお金をもらったことだ」「宮迫らがウソを言わなければ、ここまで問題が大きくなることはなかった」などと、”吉本叩き”は問題のすり替えだと言わんばかりに、再び空気は変わりつつあります。

しかし、忘れてはならないのは、二人の捨て身の会見で、吉本興業に関して、看過できない二つの大きな問題が暴露されていたことです。

ひとつは、振り込め詐欺グループのパーティについて、田村亮が入江慎也に「大丈夫か?」と訊いたら、「吉本の会社を通したイベントについてくれているスポンサーなので安心です」と答えたという話です。それで、宮迫も「安心した」と言ってました。この「スポンサー」というのは、振り込め詐欺グループのフロント企業のようで、間接的であれ、吉本興業は振り込め詐欺グループのフロント企業と取引きをしていた疑惑があるのです。もっとも、入江は吉本公認で別会社を作って、今回のようなイベントなどの営業をしており、入江周辺では”闇営業”かそうではないのかという線引きも曖昧だったのかもしれません。

宮迫の契約解除の引き金になった(と言われている)金塊強奪事件の犯人たちとの写真についても、私はどこが問題なのかさっぱりわかりませんでした。たまたま飲み屋で一緒になり、トイレから出てきたら、彼らに囲まれて写真を撮らせてくれと言われて断りきれずに写真を撮った、「ただそれだけのことです」と宮迫は言ってましたが、芸能人の場合、こういったケースはよくあるのではないでしょうか。まして、相手が強面だったらよけい断ることはできないでしょう。それがどうして「ギャラ飲み」になるのか。

そもそもフライデーが一連の写真をどうやって手に入れたか、そっちの方が問題でしょう。反社周辺の人間がフライデーに写真を持ち込んだのは間違いなく、フライデーが謝礼を払って買取ったと考えるのが常識でしょう。反社からお金をもらったことと反社にお金を渡したことにどれほどの違いがあるんだろうかと思ってしまいます。考えてみれば、今回の騒動を仕掛けたのは、(写真を持ち込んだ)反社なのです。フライデーをはじめメディアは、反社に振りまわされているだけなのです。なんだか反社の連中の高笑いが聞こえるようです。

もうひとつは、岡本社長から「在京5社、在阪5社のテレビ局は吉本の株主だから大丈夫と言われた」という発言です。私は、なんだそういうことかと思いました。だから、テレビが吉本芸人に占められていたのかと合点がいきました。

能年玲奈(のん)や元SMAPのメンバーの例を上げるまでもなく、芸能人が独立するとどうして干されるのかという問題の根っこにあるのも同じでしょう。そこにあるのは、芸能プロダクションとテレビ局の共犯関係です。それは、芸能マスコミが華々しくぶち上げる芸能人のスキャンダルなるものも同じです。ターゲットになるのは、いつも弱小プロか個人事務所の人間ばかりなのです。

昔は、芸人の楽屋にまでヤクザが借金の取り立てに来ていたそうですが(タイガースの選手も、球場に取り立てに来ていたそうです)、それは芸人だけの話ではないのです。吉本自体も興行会社として闇社会と持ちつ持たれつの関係にあったというのは、多くの人が証言しています。

前に紹介しました森功著『大阪府警暴力団担当刑事』(講談社・2013年刊)では、わざわざ「吉本興行の深い闇」という章を設けて、吉本と闇社会の関係について書いていました。

昭和39年(1964年)の山口組に対する第一次頂上作戦を行った兵庫県警の捜査資料のなかには、舎弟7人衆のひとりとして、吉本興業元会長(社長)の林正之助の名前が載っていたそうです。

2006年、正之助の娘の林マサと大崎洋会長(当時副社長)&中田カウスの間で起きた内紛(子飼いの芸能マスコミを使った暴露合戦)は、私たちの記憶にも残っていますが、その背後にも裏社会の魑魅魍魎たちが跋扈していたと書いていました。本では具体的な名前まで上げて詳述していますが、巷間言われるような、裏と表、守旧派と開明派、創業家と幹部社員の対立というような単純なものではなかったのです。また、その対立は、2011年の島田紳助の唐突な引退にもつながっているそうですが、今回の騒動にもその影がチラついているように思えてなりません。

一方で、総合エンターテインメント企業を名乗る吉本興業は、テレビ局と癒着することで公序良俗の仮面をかぶり、さらには官邸と密接な関係を築いて国家の事業にまで触手を伸ばすようになったのでした。それが、今回のようなゴタゴタを招いた(謝罪会見を止めた)遠因であるのは間違いないでしょう。

それにしても、岡本社長の会見を見て、あんなボキャブラリーが貧しく如何にも頭の悪そうな人間がどうして社長になったのか不思議でなりませんが、それもひとえに岡本社長が大崎会長の操り人形だからなのでしょう。岡本社長のパワハラも、虎の威を借る狐だからなのでしょう。「大崎会長が辞めたら自分も辞める」という松本人志や、「大崎会長がいなくなったら吉本はもたない」という島田紳助の発言は、将軍様ならぬ会長様の意向を汲んだ(あるいは忖度した)、多分に政治的なものと考えるべきなのです。

ここにも怖い怖い芸能界のその一端が垣間見えているのです。


関連記事:
『芸能人はなぜ干されるのか?』
『大阪府警暴力団担当刑事』
2019.07.31 Wed l 芸能・スポーツ l top ▲
34人の命を奪った京都アニメーションの放火事件。事件直後、みずからも全身にやけどを負った犯人の41歳の男は、「(小説を)パクりやがって」と叫んでいたとか。

警察も、犯人はもともと精神的に不安定なところがあったと言ってましたが、男が過去に起こした騒音トラブルやコンビニ強盗などを見ても、多分に被害妄想のようなところがあり、精神的な疾患を抱えていたのは間違いないでしょう。

現在、重篤な状態で供述も得られないことから、「犯行の動機はヤブの中」などとメディアは報じていますが、仮に犯人から供述が得られたとしても、おそらくメディアが求めるような動機はなく、「ヤブの中」で終わるのではないでしょうか。

犯人は、幼い頃に両親が離婚し、タクシー運転手をしていた父親に、ほかの兄妹とともに育てられたそうですが、経済的には貧しかったと言われています。

新聞の記事によれば、高校は定時制に進み、昼間は埼玉県の文書課の非常勤職員として「各部署に手紙や文書を配る」、「メールボーイ」呼ばれる仕事をしていたそうです。その頃は、同年代の同僚と明るく楽しそうに仕事をしていたそうで、部屋を出入りするときも大きな声で元気に挨拶していたのが印象的だったという証言もありました。

しかし、仕事が民間委託になったことで契約が打ち切られ、その後は、郵便局やコンビニなどでアルバイトをしていたそうです。また、派遣切りに合ったりして、住まいも転々とするようになったのだとか。

そして、30代に入ってから、騒音などでまわりとトラブルを起こすようになります。貧困と孤独。同じスタート台に立つことさえできない社会の現実。犯人は、その理不尽さを呪ったに違いありません。30代になり、将来に対する悲観と焦りに、精神的に追いつめられていったというのは容易に想像できます。秋葉原事件の犯人や川崎殺傷事件(登戸事件)の犯人と共通点を見つけるのはそう難しいことではないでしょう。

派遣を「働き方の多様化」だと積極的に捉えるムキもありますが、派遣は雇用の安全弁として新自由主義が要請してきたのであり、「働き方の多様化」が“資本の論理”であるのは言うまでもありません。しかし、政府や財界は、その“資本の論理”をあたかも「生き方の多様化」であるかのように、詭弁を弄して“個人の論理”にすり替えているのです。さらには左派リベラル界隈でも、正規社員=社畜のイメージを盾に、正規社員だけが唯一の生き方ではないなどと、資本の論理に追随するような考え方さえ存在します。

どうして非正規が問題なのかと言えば、非正規では経済的にまともな人生が送れないからです。国税庁の「民間給与実態統計調査」によれば、年齢や企業規模によって多少の違いはありますが、非正規の年収はほぼ200万円前後です。しかも、雇用は不安定です。どう考えても、非正規で生きて行くなんて無理なのです。でも、現実には、非正規の人たちは2162万人(厚労省労働力調査・2019年1月~3月期の速報値)もいるのです。

だったら、待遇を改善すればいい。安定した収入と安定した雇用を保障すればいいじゃないか。政府はそう言って、正規と非正規の格差の解消を「働き方改革」のひとつの柱に据えています。でも、派遣が資本の要請である限り、それが絵に描いた餅の気休めにすぎないことはあきらかでしょう。

京アニ放火事件の犯人は、やったことは特殊ですが、存在自体は特殊でもなんでもないのです。同じような境遇の人間は、私たちのまわりにもいくらでもいます。メディアが言うように、動機は「ヤブの中」なんかではないのです。ただ彼らは現実を見ようとしてないだけです。


関連記事:
たったひとりの”階級闘争”
秋葉原事件
2019.07.25 Thu l 社会・メディア l top ▲
17日の水曜日、再び埼玉の山に行きました。

今回は、八高線の毛呂駅から鎌北湖を経て、峠と山を越えて西武秩父線の吾野駅に至るルートで、距離は12~3キロです。

前回と同様、ほとんど眠ってない最悪の状態で出かけました。中止にしようかと思ったのですが、とにかく、行けるところまで行こうと電車に乗りました。

西武池袋線の東飯能でJRの八高線(八王子と高崎を結ぶローカル線)に乗り換えたものの、八高線に乗るのは初めてだったので、うっかり反対側の電車に乗ってしまい、途中で引き返すというアクシデントもありました。

八高線は本数が少ないので、引き返す際も、次の電車まで20~30分待たなければなりません。そのため、池袋を出たのが6時すぎだったのに、毛呂駅に着いたのは、なんと10時近くになりました。

毛呂駅は、埼玉医科大やその付属病院があります。しかし、このあたりは、地方と同じように、移動手段はほとんど車なので、大学病院があるにもかかわらず毛呂駅の乗降客は一日700人くらいだそうで、駅前は前回の越生よりは商店らしきものがあったものの(ただ休みなのか、ほとんど閉まっていた)、おせいじにも賑わっているとは言い難い感じでした。

私は、埼玉に住んでいた頃に、大学病院の前の道路は何度も通ったことがあります。前の道路は、あんな山奥にもかかわらず、夕方になると渋滞するのでした。それは、なんだかとても奇妙な光景に見えました。大学病院にも、友人が入院していたことがあり、お見舞いに行ったことがあります。

鎌北湖は、私が埼玉に住んですぐの頃、大学病院に入院した友人から連れて行ってもらいました。それから、私は、埼玉の山に行くようになったのでした。言うなれば、鎌北湖は、埼玉の山に行くきっかけになった場所でもあるのです。

当時、鎌北湖は、東武鉄道が観光名所として売り出していて、東上線の電車の中にも、鎌北湖の観光ポスターなどが貼っていました。鎌北湖には、宿泊施設もあり、宿泊料と乗車券がセットになった“お得なプラン“なんていうのもありました。日本中がちょうどバブルに浮かれていた頃です。

私は、宿泊施設はとっくになくなっているものと思っていましたが、ネットで調べたら、ホテルは現在も予約の入ったときだけ営業しているそうです。ホテル(元々はユースホステルだったらしい)自体は1990年代に廃業し、その後、飯能市(?)かどこかの「公共の宿」になっていたそうです。

旅館の方は、完全な廃墟になっていました。一部の好事家の間で”心霊スポット”として知られているそうですが、案の定、不審火で建物の一部が焼失したらしく、金網には「敷地内に勝手に入るのは犯罪です。警察に通報します」という看板が取り付けられていました。そう言えば、峠の奥にも、昔、川越市の山の家というのがありましたが、あれもおそらく廃墟になっているのではないでしょうか。

また、都幾川村の林道沿いには、不動産会社かなにかが建てたペンションのような白い建物(実際は社員の研修所だったらしい)があったのですが、それを地下鉄サリン事件のあと、オウム真理教が買収して、麻原彰晃の家族が住むようになり、麻原の子供を都幾川村の小学校が入学拒否をしたとして大騒動になったことがありました。

私は、最初、車で林道を登っていたとき、突然目の前に現れた白い建物にびっくりした覚えがあります(その頃は既に建物は無人になっていた)。さらにそれから1年後くらいに、再び建物のある林道を走っていたら、「オウム反対」「オウムは出ていけ」などという立札がびっしり林道沿いの木々にぶら下げられていたので、二度びっくりしました。そして、事件後各地を漂流したオウムの信者たちが、その建物に住み着いたことを初めて知ったのでした。

その頃は、山に行くと、警察官からしょっちゅう職務質問を受けるようになりました。オウムの信者たちは、人目を忍んで峠を行き来していたらしく、警察が峠の上で24時間検問していたのです。それで面倒臭くなって山に行くのをやめたのでした。

鎌北湖(と言っても、ホントは灌漑用のダムですが)の周りには、表札は出ているものの、人が住んでいる気配のない半ば朽ちた建物もありました。一方で、実際に人が住んでいる建物もありましたし、食堂のようなものも一軒残っていました。

毛呂駅から鎌北湖までは、5キロ弱で、歩いて1時間ちょっとでした。湖のまわりを一周したあと、駐車場の隅で休憩しながら、どうしようかと思いました。吾野駅に行くには、これから8~9キロ歩いて峠と山を越えなければなりません。このまま横になってしばらく眠りたい心境でした。引き返すか。

そう思っていたとき、向こうの道を山から徒歩で下りて来る人物が見えました。リュックを背負って、頭に白いタオルを巻いた、如何にも昔から山歩きが好きだというような、山でよく見かけるタイプの初老の男性です。今どきの山ガールなどをしかめっ面で睨みつけるような”偏屈老人”です。

最近の登山ブームは、登山自体がファッション化し、服装や装備にブランドを競うような風潮があるのはたしかでしょう。著名な登山家たちがメーカーの広告塔になり、素人を煽っているのです。そのためかどうか、登山関連の商品はとにかくバカ高いのでした。

でも、山好きに聞くと、日帰りのトレッキングレベルでは、中国製の安いザックで充分だし、シューズも有名ブランドではない、安価なもので用は足りると言います。速乾のポリエステル製の衣類にしても、ブランド品でなければ安いのがいくらでもあります。ブランドものでなければダメだと言うのは、広告塔になっている登山家や登山雑誌の編集者たちのセールストークなのです。

一方、山好きの”偏屈老人”たちは、作業ズボンのようなものを穿き、頭にタオルを巻いて、なんだか木こりや猟師の延長のような恰好をしています。でも、昔はみんなそうやって山を歩いていたのです。今、私たちが歩いている登山道も、昔は木こりや猟師が歩いていた道なのです。そう考えれば、山好きの”偏屈老人”たちのしかめっ面も、一理あるような気がしました。

私は、山から下りてきた”偏屈老人”を見たら、やはり、山に登ろうと思ったのでした。そして、スマホの登山用アプリを立ち上げると、山の中に入って行ったのでした。

考えてみれば、山と言っても、子どもの頃、祖父と一緒に行った山とそんなに変わりはないのです。祖父は、私が生まれた記念や小学校に入学した記念などに、所有する山に木を植えていました。そして、ときどき私を連れて下刈りに出かけていました。

後年、親がお金がないと嘆いていたので、「あの山を売ればいいんじゃん」と私が言ったら、父親が、「バカ、あんなものはとっくにねぇ(無い)わ」と言うのです。「エエッ、どうして?」と訊くと、「お前のために売ったんじゃ」と言われました。

今回のコースは、距離は長かったものの、前回のような岩場もなく、それほど神経を使うことはありませんでした。ただ、アップダウンが続くので、結構足に来ました。そんなとき、ハアーハアー肩で息をしながら坂を見上げ、体力がなくなったなあとしみじみ思うのでした。

峠を下る途中に、ユガテという集落を通りました。ネットでは、「桃源郷」などと言われていますが、私の田舎に行けば、似たような集落はいくらでもあり、山奥のよくある集落にしか見えませんでした。

私は、若い頃、”九州の秘境”と呼ばれる熊本の五家荘を2日間かけて縦断したことがあります。阿蘇の方から山に入って山越えし、五木の子守唄で有名な五木村を経て、それこそ麻原彰晃が生まれた八代に下りたのでした。

五家荘の人たちは、昔は柳田國男の「山の人生」を彷彿とするような生活をしていて、道らしい道もなく、山の斜面を上り下りしていたという話を聞きました。今で言えば、毎日登山をしていたようなものです。だから、私が訪れた頃でも、村には小学校の分校が6つくらいありました。学校が遠すぎて、通えないからです。

ユガテでは、家の軒先に「カメラで録画しています」という注意書きの札が下がっていました。「桃源郷」にあるまじき光景に戸惑いましたが、花や野菜を盗む不心得者がいるのかもしれません。トレッキングなどと称し、モンベルやノースフェイスやパタゴニアのシェルを着てカッコをつけていても、そうやって山奥の「桃源郷」を荒らす輩がいるのでしょう。登山ブームと言っても、油断も空きもあったもんじゃないのです。

山が好きな人に悪人はいないというのは、おめでたい幻想でしょう。すれ違うとき、「こんにちわ」と挨拶するので、そういった幻想を抱くのかもしれません。私が聞いた話では、頂上にアタックする際などに、余分な荷物を登山道や山小屋に置く場合があり、それを登山用語で「デポ」と言うのですが、デポしていると、中の用具が盗まれてなくなっていることもあるそうです。私は、その話を聞いて、どこにも泥棒はいるんだなと思いました。

ユガテからはずっと下りだと思っていたら、何度か上りもあり、そのたびに立ち止まってため息を吐いている自分がいました。事前に地図で調べて、「飛脚道」(昔、飛脚が山越えする際の予備の道だったらしい)を下り神社の横に降りるはずだったのですが、着いたのは福徳寺というお寺の横でした。途中でルートを外れたみたいです。

それまでも、何度か道を間違え、そのたびに登山アプリの音声の警告メッセージでもとの道に戻ったのですが、最後の間違いは、チェックポイントが同じだったからなのか、警告メッセージが発せられなかったみたいです。山に行って怖いのは、自分の方向音痴と熊ですが(ちなみに、九州の山には熊はいません)、この登山アプリはとても便利です。一応地図とコンパスも持って行きますが、よほどのことがない限りコンパスを使うことはなくなりました。

福徳寺には、国東の富貴寺に似た立派な釈迦堂がありました。県の重要文化財に指定されているそうです。かなりの名刹と見受けられましたが、人の気配がなく森閑としていました。聞けば、住職が住んでない「無住寺」だそうです。

帰りは、東飯能から八高線で八王子に出て、八王子から横浜線で帰りました。なんやかやで2時間近くかかりました。山に行くと帰りはどうしても帰宅ラッシュに遭うので、それが憂鬱です。せっかくいい汗をかいたあとなのに、電車の座席に座ることが人生の目的みたいな人たちにもみくちゃにされ、くたくたになって帰ってきました。


P1080040.jpg

P1080050.jpg

P1080069.jpg

P1080070.jpg

P1080076.jpg

P1080099.jpg

P1080082.jpg

P1080109.jpg

P1080161.jpg

P1080172.jpg

P1080182.jpg

P1080190.jpg

P1080193.jpg

P1080198.jpg

P1080204.jpg

P1080210.jpg

P1080215.jpg

P1080219.jpg

P1080224.jpg

2019.07.20 Sat l l top ▲
山に行ってきました。と言っても、行ったのは埼玉の越生の山で、練習のためです。朝7時すぎの東武東上線に乗り、越生駅まで行きました。仕事の関係で前の日は一睡もしてなくて、最悪のコンディションでした。

東上線は、昔、沿線に住んでいましたので、毎日利用していたなつかしい路線です。通勤時間帯ではあるものの、都心とは逆方向なので、空いているだろうと思ったら、とんでもない、座っている人より立っている人のほうがはるかに多いくらいでした。昔では考えられないような込み具合で、びっくりしました。

それだけ沿線の開発が進み、勤務先や通学先が増えたということなのでしょう。たしかに、時折、車で通ることがあるのですが、昔に比べて、ショッピングモールや総合病院などが増えています。幹線道路沿いもあたらしい建物が増えて、開発が進んでいるのがよくわかります。

川越あたりまでは、制服姿の高校生の姿も多くありました。普通、通学と言うと、都心に向かうようなイメージがありますが、実際は都心とは逆方向に通っている高校生も多いのです。川越をすぎると、電車のなかは大学生が目立つようになります。

私は、会社を辞めた翌日、いつもの時間帯に都心とは逆方向の電車に乗った思い出があります。そのときは、電車のなかはガラガラでした。朝、都内に向かう通勤の電車を待っているときに、ホームの反対側にやって来る、逆方向の電車に乗ってみたいとずっと思っていたのでした。路線バスの運転手が、路線を外れ違う道を走ってみたいと思うのと同じかもしれません(そんな映画がありましたが)。

越生に行くには、坂戸駅で支線の越生線に乗り換えなければなりません。越生には車では何十回と行ってますが、電車で行くのは初めてです。越生線になると、車内は学生に占領されたような光景になりました。意外にも、埼玉の奥には大学のキャンパスが多くあるのでした。

乗り換えの時間などもあり、越生駅に着いたのは8時半すぎでした。越生からは、目的地である黒山行きのバスに乗るのですが、バスは1時間に1本しかなく、次の便まで40分待たなければなりませんでした。なんだか蛭子能収の「路線バスの旅」みたいでした。

越生の駅前にはコンビニもなく、「お土産」の看板を掲げた食料品店が一軒あるきりでした。その店でおにぎりを買って、駅の待合室で食べて時間を潰しました。ちなみに、越生線はワンマン電車で、越生駅も無人駅でした(ネットで調べたら今年から無人駅になったみたいです)。

越生駅から25分くらいで終点の黒山に着きました。乗客は、私とやはりトレッキングの恰好をした女性の4人グループの5人だけで、途中、乗降客もなく、全員終点の黒山で降りました。

黒山は、黒山三滝という滝の名所で、近くに田山花袋も訪れたという鉱泉宿もあります。車で来たことはありますが、修験道が修行したという峠への登山道を登るのは初めてです。

滝見学が目的ではないので、最初の滝の横から滝の上に登り、それから「パノラマコース」と道標で示された峠への道を登り始めました。ところが、これが想像以上に荒れた急坂で、息が上がりました。樹林帯のなかの沢と崖がつづく道を登るので、湿気も多く、周辺は天然記念物だというシダが茂っています。さらに途中から岩場も多くなり、両手を使って登る場面も何箇所か出てきました。また、数メートルですが、クサリが架かっているところもありました。しかも、途中から雨が降り始めたので、岩が滑り、かなり気を使いました。

同じルートを登った人のブログを見ると、途中で引き返したという人もいましたが、その気持もわかります。低山と言っても、あなどれないのです。

体力がないので、途中、休み休み登りました。鬱蒼とした森林のなかにいるのは、私一人です。近くでクマの目撃情報があったという注意書きもありましたが、クマに襲われても誰も助けてくれません。それどころか、足を踏み外して、崖の下に落ちても、誰にも知られることもないのです。

大きな岩が目の前に出現すると、「もう登れないよ」と思うのですが、しかし、いざ登り始めると、火事場の馬鹿力のような力が出て、自分でも意外なほどクリアできるのでした。岩登り自体は、スリルがあって楽しいのでした。子どもの頃、よく岩登りをして遊んでいたので、そのときの感覚が思い出されるのでした。

雨と一緒に汗が滝のように流れ、心臓が波打っているような激しい鼓動に思わず声を漏らすほどでした。登っている最中は、「なんでまた山に登りたいなんて思ったんだろう」「山に登るなんて自分には無理だよ」と思うのですが、上まで登るとまた来たいと思うのでした。

峠に辿り着き、林道脇に設置されたベンチでしばらく休んでいたら、下から声が聞こえてきました。自分だけでなく、同じルートを登ってくる人がいたのでした。

見ると、来るときのバスで一緒だった女性のグループでした。途中で、同じルートに合流したのでしょう。みんな、ハアハア息をしてしんどそうでした。

「お疲れ様でした。結構しんどかったでしょ?」と声をかけると、「もう泣きそうでした」「岩がきつかったあ」と言ってました。「埼玉の山もバカにできないですね?」と言うと、「ホント、こんなにきついとは思いませんでした」と言ってました。

私は、自分の体力を測るのにいいコースだなと思いました。熊が怖いけど、自分の体力を測るためにまた来たいと思いました。

そのあと、別の峠に移動して、峠の茶屋で山菜の天ぷらそばを食べました。その峠も、昔は車でよく来ましたが、こうして尾根伝いに林道を歩くのは初めてでした。

茶屋では、もう60年やっているという、茶屋の主のおばあさんと話をしました。最近は、峠にも外国人がやって来るのだそうです。「毎日、必ずやって来ますよ。多いときは、10人くらい来る日もあります」と言ってました。その日も、ウインドシェルを着た金髪の青年が、蕎麦を食べていました。

「何を言っているのかチンプンカンプンで困りますよ」

それで、イギリスの大学に留学していたという女の子がときどきアルバイトに来るので、その子に頼んで英語のメニューを作ってもらったと言ってました。

峠の茶屋の栄枯盛衰の話も聞きました。峠はもう東武ではなく西武のテリトリーなのですが、昔は、西武線の終点が吾野駅だったというのは初めて知りました(あとで調べたら、終点が秩父になったのは1969年です)。その当時は、吾野駅からハイキング客が登ってくるので茶屋も繁盛したそうです。また、学校の遠足でもよく峠まで来ていたそうです。

「西武が秩父まで伸びてからハイキングの客がガクンと減ってしまいました」「その分、秩父の人間たちは喜んでいますよ。西武様々ですよ」と言ってました。なんだかことばの端々に秩父の人たちに対する対抗心のようなものを感じましたが、もしかしたら昔から地域対立があり、秩父事件のような歴史も関係しているのかもと勝手に想像しました。

西武線が伸びるまでは、秩父の人たちの交通手段は秩父鉄道だけで、都内に出るには、秩父鉄道で寄居まで行って、そこから東武東上線で池袋に出るしかなかったそうです。「そりゃ、不便でしたよ」と言ってました。私は、その話を聞いて、だから、秩父は熊谷との結びつきが強かったんだなと思いました。買い物も熊谷に行っていたし、優秀な生徒は、熊谷高校や熊谷女子高に通っていたという話を聞いたことがあります(埼玉では、旧制中学の流れを汲む高校は、今でも男女別学の伝統が残っているのです)。

ちなみに、東武東上線が寄居まで開通したのが1925年で、秩父鉄道の熊谷・秩父間が開通したのが1930年です。それまで秩父は、交通の便の悪い辺境の地だったのです。私が秩父事件のことを知ったのは、井手孫六の一連の著書によってですが、1884年(明治17年)、秩父困民党が蜂起した秩父事件は、文字通り日本の近代史で特筆すべき辺境最深部でおきた窮民革命だったと言えるのかもしれません。

帰りは、吾野駅まで下って、飯能と練馬で乗り換え、副都心線で帰ってきましたが、2時間以上もかかってしまいました。

体重も既に10キロ近く落としましたが、あと5キロ落としたいと思っています。毎日、スクワットで登山に必要な大腿筋と臀部の筋肉を鍛え、低山登山を重ねながら岩登りの練習もしたい。そして、年齢的なタイムリミットも見極めつつ、人生最後の挑戦をしたいと思っています。

余談ですが、先日、登山雑誌に載っていた穂高の歴史を読んでいたら、1941年に西穂高の西穂山荘が建設されたと書いていました。1941年と言えば、真珠湾攻撃がおこなわれ、日米戦争がはじまった年です。日本は、既にその前から中国大陸や南洋諸島に進出し、侵略戦争の泥沼にはまり込んでいました。そんな戦時下に穂高連峰の南端の西穂高岳に山小屋を建設したというのは、なんと(時流に反する)浮世離れした話なんだろうと思いましたが、そういった”非日常性”が登山の魅力でもあるのです。今の自分にも、前に山に来ていた頃と同じように、個人的に逃避したい日常があり、それが再び山に向かわせた理由でもあります。

また、女優の杏が、二十歳のとき、奥穂高から西穂高まで穂高連峰を縦走したことも知りました。穂高の縦走は、国内でも屈指の難ルートですが、実際にジャンダルムやピラミッドピークも登ったのだとか。私は、その話を聞いて、いっぺんに杏を尊敬しました。

次回は、奥多摩か丹沢に行こうと思っています。そして、来月か再来月には、また、長野に行きたい。こうしてだんだん”非日常”への思いがエスカレートしていく自分なのでした。


※途中で雨が降り始めたり、きつくて撮る余裕がなくなったりしたので、写真は登り始めの部分しかありません。

奥武蔵1

奥武蔵2

奥武蔵3

奥武蔵4

奥武蔵7


2019.07.12 Fri l l top ▲
津原泰水氏の『ヒッキーヒッキーシェイク』(ハヤカワ文庫)を読みながら、ふと、山本太郎のれいわ新選組が6人目の候補者にヒキコモリの人間を擁立したら面白いのにと思いました(フリーターを擁立する可能性はあるように思いますが)。

アンダークラスに依拠する政党として、これ以上のインパクトはないでしょう。そして、ヒキコモリたちが選挙のスタッフに参加すれば、文字通り小説を地で行くような話になり、若者から中高年まで100万人以上いると言われるヒキコモリたち=「忘れられた人々」にとって、大きな希望になるのは間違いないでしょう。

こう書くと、ヤユして書いているように思うかもしれません。ヒキコモリの話をすれば、ややもすればそう誤解されることが多いのも事実で、「ヒッキー」は言わずもがなですが、ヒキコモリということば自体にも、既にヤユするようなイメージが付与されているのです。ヒキコモリが、労働力の再生産という資本主義社会のオキテに反する、それこそ生産性のない存在だからでしょう。

だったら、それを逆手に取ればいいのだと思います。れいわ新選組から立候補した重度障害者の木村英子氏は、立候補の要請が来た際、「障害者を利用している」と山本太郎がバッシングされることを心配したそうです。それに対して、山本太郎は、「上等ですよ。利用して制度を変えていけばいいじゃないですか」と答えたのだとか。彼には、そういう(政治家として必須の)したたかさを持っているのです。

山本太郎は、朝日新聞のウェブサイト「論座」で、れいわ新選組の政策を表明していますが、立憲民主党や国民民主党と一線を画した反緊縮の主張には傾聴に値するものがあると思いました。

論座
山本太郎から自民党を支持してきた皆様へ

ヨーロッパで若者たちをひきつけたポデモスやシリザと同じように、反緊縮を主張する政党が日本にも出てきたことの意味は、私たちが想像する以上に大きいのかもしれません。現に、僅か3カ月で2億円以上の寄付金を集めた、れいわ新選組ブームと言われる現象までおきているのです。私は、(買い被りと言われるかもしれませんが)ユーチューブで山本太郎の辻説法を見るにつけ、シャンタル・ムフの言う「左派ポピュリズム」ということばが連想されてなりませんでした。

ただ、ポデモスやシリザが、「急進左派」と呼ばれ、ラジカルな大衆運動を背景に生まれた政党であるのに対して、れいわ新選組はそういった基盤をもっていません。あくまで議会内の政党にすぎないのです。そのため、ブームがブームで終わる可能性もあるでしょう。選挙が近づけば、マッチポンプがお家芸の朝日新聞が手のひらを返して、れいわ新選組を「落とす」に違いありません。また、ホントにれいわ新選組が脅威になれば、文春や新潮を使ったスキャンダルが仕掛けられるかもしれません。既成政治の洗礼を受けるのはこれからなのです。そういったことも含めて、アンダークラスに依拠し反緊縮の旗を掲げる、このあたらしい政党の行く末を注視する必要があるでしょう。
2019.07.01 Mon l 社会・メディア l top ▲
もうひとつ床屋政談を・・・・。

今回のG20に関しては、日本のメディアの報道を見る限り、何が話し合われ、何がどうなったのか、さっぱりわかりません。なんだか目くらましに遭ったような感じです。

米中首脳会談にしても、竜頭蛇尾のような報道でした。挙げ句の果てには、ホスト役を務めた安倍総理の評価はどうだったかというような、どうでもいいような話ばかりが取り上げられているのでした。

しかし、今回のG20で私たちが見たのは、中国の習近平主席の自信に満ちた態度でした。日本では、トランプによって中国は瀕死の状態に追い詰められているようなイメージがありましたが、実際は怯むことなく堂々とアメリカと渡り合う姿がそこにあったのでした。

それは、G20と関係ありませんが、イランも同じです。トランプから難癖を付けられ、挑発を受けてもなお、トランプの挑発を「子どもじみたふるまい」と一蹴し、イランは毅然とした態度を取り続けたのでした。

一方、28日には、ウィーンで、イラン核合意の参加国であるイギリス・ドイツ・フランス・中国・ロシア・EUがアメリカのイラン制裁再発動に対する対応を協議した結果、イランを経済的に支援することを決定したというニュースがありました。

これらから見えるのは、何度もくり返しますが、アメリカが超大国の座から転落して世界が多極化するという流れです。それに伴い、中国やロシアやイスラムなどの台頭がより顕著になっているという事実です。

日米安保が片務的だというトランプの不満も、多極化の流れのなかにあるのはあきらかです。明日、板門店でトランプと金正恩の三回目の会談がおこなわれるという観測がありますが、米朝正常化=朝鮮半島の緊張緩和の先にあるのが、在韓・在日米軍の撤退であるのは間違いないでしょう。そして、東アジアの覇権が中国に移行するのも間違いないのです。

田中宇氏は、メルマガでつぎのように書いていました。

田中宇の国際ニュース解説・無料版
板門店で電撃の米朝首脳会談

今後うまくいけば、中露が安保理で北制裁を緩和し、南北の経済交流が始まり、今は裏でやっている中朝間の貿易も表向きに再開する。在韓米軍の撤収が俎上にのぼり、在日米軍の撤収も言及される(すでにトランプは今回、日米安保条約を破棄したいと表明している)。米朝だけでなく、日朝も和解していく。安倍は早く訪朝したいと以前から思っている。日米安保の代わりとして、中国は昨秋、安倍の訪中時に、日本と安保協定を結びたいと提案していたと、先日暴露された。こんな暴露が今の時期に行われた点も興味深い。
(略)
安倍はプーチンとも仲良しで、日露の平和条約も早く結びたい。北方領土は2島返還以外の解決がないと大昔からわかっていた。北朝鮮、中国、ロシアの3か国と平和的な恒久関係が確立したら、日本にとって脅威な外国はなくなる。米軍が日本に駐留する必要もなくなる。ハブ&スポーク的な日韓別々の対米従属を維持するための、子供じみた日韓の相互敵視も、米国の覇権低下とともに下火になり、日韓も安保協定を結ぶ。日本の対米従属の終わりが、すぐそこまできている。
(略)


しかし、日本のメディアに、こういった視点は皆無です。わけのわからない目くらましのような記事でお茶を濁すだけなのです。それは、BSテレビのニュース番組などに(特に顕著に)見られるように、日本のメディアが、対米従属を至上の価値とするネトウヨ的思考に囚われているからでしょう。

さらには、会談後に、ファーウェイに対する禁輸措置を解除するとトランプが表明したのを見て、私は、メディアに煽られて、ファーウェイはヤバいなどと言っていた人間たちはどう言い訳するんだろうと思いました。まさに、彼らのバカさ加減がさらけ出されるオチまで付いたのでした。ファーウェイがヤバいなら、アイフォンだって、グーグルピクセルだってヤバいでしょう。スノーデンが暴露したように、アメリカ政府も似たようなことをやっているのです。

ファーウェイの問題では、先日、グーグルが今後、ファーウェイのスマホに自社のサービスを提供しないと発表して大騒ぎになりましたが、その一方で、アンドロイドの提供をやめれば、ファーウェイが独自のOSを開発するので、その方が安全保障上問題がある(アンドロイドを使わせていた方が安心ですよ)、とグーグルがアメリカ政府を説得したというニュースもありました。今回の禁輸措置の解除も、案外そのあたりに真相があるのかもしれません。

とは言え、ことは単純な話ではなく、多極化が国際政治の思惑と力学のなかで、紆余曲折を経ながら進んでいくのは言うまでもないことです。日本のメディアは、その紆余曲折を針小棒大に取り上げ、多極化という本筋をマトモに伝えようとしないのです。

トランプの対中強硬策に対しては、アメリカ国内では共和党だけでなく民主党の議員たちも党派を越えて支持しているそうです(そうやってトランプ人気に手を貸している)。対中強硬という点では、アメリカは挙国一致で結束しているのです。つまり、それは裏を返せば、アメリカが中国の台頭に怯え、余裕をなくしている表れと見ることもできるでしょう。

いづれにしても、今回の米中首脳会談では、坂を上る国と下る国の明暗がはっきり出ていたように思いました。
2019.06.29 Sat l 社会・メディア l top ▲
6月21日の麻生太郎財務相(兼金融相)に対する問責決議案の参院本会議での採決で、れいわ新選組の山本太郎議員が棄権したことに対して、野党支持者たちから批判がおこっているそうです。

中には、消費税廃止や奨学金の返済免除などを掲げる山本議員が、「政策の一部を実現するために、自民党と組む」のもやぶさかではないと発言したという『アエラ』のインタビュー記事を取り上げて、自民党にすり寄り、自民党と「組む」ために棄権したのではないかなどという穿った見方さえあります。しかし、それこそ「負ける」という生暖かいお馴染みの場所でまどろむ(ブレイディみかこ)リベラル左派の“誇大妄想”と言うべきでしょう。

一方、山本太郎議員は、オフィシャルブログで、つぎのように棄権した理由を述べていました。

山本太郎オフィシャルブログ
棄権について

このタイミングの問責。
何の意味をもつのだろうか?
国会閉会間近の風物詩、以外にその理由は見当たらない。
(略)
事前の戦いが事実上ほぼない中で問責されても痛くも痒くもない。

事前に精一杯の戦いがあっての問責ならば、意味もあろう。

しかし残念ながら、戦っている印象を残すための儀式でしかない。
そんな儀式には参加したくないのだ。


問責決議案が否決されたことを伝えるテレビのニュースは、「否決されるのは野党も織り込み済みで・・・・」と言ってましたが、否決されるのが「織り込み済み」の問責案って、一体なんの意味があるのかと思います。要するに、国会の会期末に提出される問責決議案や内閣不信任案は、山本太郎が言うように、「私たちはこうやって抵抗しています」と野党が国民にアピールするための茶番にすぎないのです。

山本太郎は、野党は本気でケンカをする気がないと野党の姿勢を批判していますが、それは、55年体制のときから指摘されていた“与野党の馴れ合い”です。その“悪しき伝統”が今もつづいているのです。有権者をバカにするのもいい加減にしろという声が出て来てもおかしくないでしょう。国民不在の”与野党の馴れ合い”に与しないという山本太郎の選択は、間違ってないのです。”与野党の馴れ合い”を真に受け、山本太郎を批判する左派リベラルは、愚の骨頂と言うべきでしょう。

何度も何度もくり返しますが、今の格差社会や貧困の現実を考えるとき、大事なのは右か左ではなく上か下かなのです。政治のリアルは、右か左かではなく上か下かにあるのです。上か下かという考えに立てば、反緊縮も重要なテーマになるはずです。しかし、立憲民主党も国民民主党も、基本政策は、(自民党と同じように)財政健全化と持続可能な財政構造の確立を掲げています。本気でケンカするつもりがないのは理の当然なのです。

ブレイディみかこ氏は、『労働者階級の反乱』(光文社新書)で、EU離脱について、次のように書いていました。

(略)2016年のEU離脱投票の後、わたしも離脱派の勝利の背景には緊縮財政があると書いたのだったが、日本の多くの人々は、「欧州の危険な右傾化」と「ポピュリズムの台頭」が原因であるというところで止まってしまい、「緊縮が理由などと書くのは、右傾化した労働者階級を擁護することになり、レイシスト的だ」と苦情のメールも来た。 
 しかし、それまで気にならなかった他者を人々が急に排外し始めるときには、そういう気分にさせてしまう環境があるのであり、右傾化とポピュリズムの台頭を嘆き、労働者たちを愚民と批判するだけではなく、その現象の原因となっている環境を改善しないことには、それを止めることはできない。


さらに、こう書いていました。

 労働者がポピュリストに扇動された結果だ、とか、排外主義に走った愚かな労働者階級の愚行だ、とか、その行動や思想の是非はあるにしろ、それが「労働者階級がエスタブリッシュメントを本気でビビらせた出来事」の一つだったことは誰にも否定できないと思う。
   EU離脱投票の結果を知った朝、わたしが一番最初に思ったのは、「この国の人たちは本当にやってしまう人たちなのだ」ということだった。いいにしろ、悪いにしろ、英国の労働者階級は黙って我慢するような人たちじゃない。必ず反撃の一手に出る。


ブレイディみかこ氏が言うように、「労働者階級の意味を再定義するときが来ている」のはないでしょうか。『新・日本の階級社会』が指摘しているように、階級の問題はすぐれて今日的な問題なのです。「地べたに足をついて暮らしているすべての」人々を、右か左かではなく上か下かで定義し直す必要があるのではないか。左翼的な硬直した”労働者本隊論”ではなく、貧困を強いられ、人生の希望を失くし、人としての尊厳を奪われた下層の人々こそ、労働者階級と呼ぶべきなのです。彼らは、「忘れられた人々」なのです。保守と中道の票争いのなかで(左派が中道化しリベラル化するなかで)、土俵の外に追いやられた人々なのです。

「2千万円問題」も恵まれた人たちの話です。(中道という共通の土俵で)「2千万円」のレベルで年金問題を議論するのは、政治(野党)の欺瞞と怠慢以外のなにものでもありません。この国には、アンダークラスの人々に依拠した”下”の政党がないのです。私たちは、立憲民主党や国民民主党が野党であることの不幸をもっと知るべきでしょう。


関連記事:
山本太郎は間違ってない
『左派ポピュリズムのために』
『新・日本の階級社会』
2019.06.23 Sun l 社会・メディア l top ▲
明神池3
明神池

18日・19日に1泊2日で、穂高と上高地に行きました。年齢のせいもあるのか、最近、精神的に行き詰まっているのをすごく感じていました。それで、気分転換を兼ねて山に行こうと思ったのでした。

埼玉に住んでいたときは、毎週のように秩父の山に行ってました。大晦日に行ったこともあります。麓に車を停めて、3~4時間ひとりで山の中を歩いていました。

私は、九州の山間の町の出身なので、山に行くとホッとするのです。「山に抱(いだ)かれる」と言うとキザっぽい言い方になりますが、山が自分の原点のような気がします。だから、山に行くと、よく泣いていました。わけもなく涙があふれてくるのでした。やはり「抱かれる」ような気持になるからでしょうか。

新宿バスタから高速バスの飛騨高山行きに乗って、同じ高山市の奥飛騨にある平湯温泉で下車して、同地に一泊しました。

高速バスに乗るのも、初めてでした。平湯温泉まで4時間以上かかります。私は身体が大きいので、4時間もの道中、隣に他人(ひと)座ることを考えると恐怖です。それで、2千円追加して、二人掛けの座席を一人で使うことができる「おひとりだけシート」というオプションを予約しました。

ところが、私の心配は杞憂でした。行きも帰りも車内はガラガラで、別に二千円払わなくても、二人掛けの座席をいくらでも一人で独占できるのです。もちろん、「おひとりだけシート」を利用しているのは私だけでした。なんだかバツの悪さを覚えたくらいです。

朝の7時5分発のバスに乗りました。新宿バスタの最寄り駅である新宿三丁目駅は、普段副都心線でよく通っていますが、バスタを利用したことがないので、地上に出たらどっちの方向に行っていいのかわからず、不覚にも道に迷ってしまいました(帰りも迷った)。

平湯温泉には高速道路のサービスエリアのようなバスターミナルがあり、平湯温泉から新穂高ロープウェイや上高地、あるいは乗鞍岳へのシャトルバスが運行されています。

平湯温泉は、九州の私の田舎とロケーションがよく似ていました。私の田舎も、国立公園に接した山間の温泉地で、かつては登山の拠点でした。私たちが子どもの頃、山開きの前日は、どこの旅館も登山客で満杯でした。そのため、今で言う民泊のように、旅館が近所の民家の部屋を臨時に借りていたほどです。でも、時代の流れとともに登山客もマイカーでやって来るようになり、山の反対側に駐車場が整備された登山口ができたため、今では登山客の姿を見かけることはなくなりました。

一方、平湯温泉は、上高地や乗鞍岳がマイカー規制されているため、今でも北アルプスの登山やハイキングの拠点になっているみたいです。また、冬にはスキー客もいるという話でした。しかし、地の利に恵まれているわりには、温泉街はいまひとつ活気がない気がしました。

一日目は、新穂高ロープウェイで、標高2100メートルの西穂高岳の登山口がある尾根まで行きました。実は、そのまま尾根伝いを歩いて、西穂山荘へ行きたいと思い、いったんはロープウェイの建物から外に出て登山道に入り、西穂高に向かいました。しかし、ロープウェイの最終便まで3時間足らずしかありません。往復すると時間的にはギリギリで、行程に手間取れば最終便に間に合わなくなる可能性もあります。それで、やむを得ず途中で引き返しました。

西穂山荘の先には、11峰の独標がありますが、今の体力では岩登りはまだ無理なので、次回は稜線を歩いて丸山まで行き、そのあと体力が付いたら独標をチャレンジしたいと思っています。

二日目は、朝8時のバスで上高地に行きました。乗客は、私と女性の外国人観光客の二人だけでした。大正池で下車して、梓川沿いを1時間半かけて河童橋まで歩き、さらに河童橋から2時間かけて明神池まで歩きました。

この時期は雨も多いので観光客も少なく、「裏ベストシーズン」と言われているそうですが、幸いにも雨に降られることもなく、新緑の「裏ベストシーズン」を満喫できました。

ただ、河童橋周辺は、御多分に漏れず日本人より中国人の方が多いくらいでした。大正池から河童橋まで歩いているとき、中国人観光客の団体が後ろからやって来ました。彼らは、大声でまくし立てるように喋るので、あたりに大音量の中国語が響き渡り、山歩きの雰囲気が台無しでした。思わず「うるさい!」と言いたくなりました。彼らを見ていると、訪れるのはどこでもよくて、ただ観光地で記念写真を撮ることだけが目的のような感じです。中には、(写真屋の息子にはなつかしい)昔のカメラ雑誌に出ていたモデルのようなポーズで、写真におさまっている女性もいました。まさに新中間層の”プチ成金旅行”といった感じです。

もっとも、うるさいのは中国人観光客だけではありません。明神池にある嘉門次小屋では、会社の旅行で来たような明らかに場違いな感じの(日本人)男性のグループが、名物の岩魚の骨酒で上機嫌になったのか、あたりはばからず大声でバカ話をして"小宴会"状態になっていました。

また、帰る際、バスセンター近くの店で食事をしたのですが、場所柄価格が割高なのは仕方ないとしても、アルバイトとおぼしきフロア係の女の子たちの人を食ったような接客態度に唖然としました。アジアからの観光客が多いので、いつの間にかお客さんを上から見るような悪癖が付いているのかもしれません。ちなみに、その店も、ネットのレビューでは高い評価が付いていました。

そんな「リゾートバイト」の女の子たちに比べれば、(言っていることが矛盾するようですが)バスセンターでバスの案内をしている中国人の女の子たちの方がはるかに好感が持てました。日本人だからと言って、中国人よりマシだとは限らないのです。

上高地の白眉は、なんと言っても明神池です。明神池の神秘的な風景は一見の価値ありで、来てよかったと思いました。

ただ、私は、上高地を歩きながら、いつの間にかなつかしさに浸っている自分がいました。上高地のような風景は、スケールの違いこそあれ、私の田舎にもありました。私の田舎の川も、大正池や明神池に負けないくらい水がきれいでした。私の田舎の水道は、公営ではなく、地域の住民が水道組合を作って共同で運営していました。もちろん、カルキなども使ってなくて、山の湧き水をそのまま水道に利用していました。だから、街から親戚が来ると、水が美味しいと言って、いつも真っ先に水道の水を飲むのでした。私たちはそれが当たり前だと思っていましたが、今思えば、毎日飲んでいたのは、天然のミネラルウォーターだったのです。

大いに歩き、山の空気をいっぱい吸って、心をリセットした二日間でした。山は文字通り、私にとって「空っぽになれる場所」(田口ランディ)なのです。スマホの歩数計で確認すると、一日目が22000歩、二日目が36000歩でした。


新穂高ロープウェイ1
新穂高ロープウェイ・西穂高口駅

新穂高ロープウェイ8

新穂高ロープウェイ2
登山道

新穂高ロープウェイ3

新穂高ロープウェイ4

新穂高ロープウェイ5
ケルン

新穂高ロープウェイ6ー

新穂高ロープウェイ7

大正池1
大正池

大正池3

大正池4
大正池

大正池5

大正池7

田代橋1
ウォルター・ウェストン碑

田代橋2
碑文

河童橋1
河童橋

河童橋10

河童橋3

河童橋4

河童橋6

河童橋9

河童橋8
橋上からの風景

明神2
明神池に向かう途中

明神3
まるで高崎山のように目の前を猿が横切って行きました

明神4

明神6
明神池に向かう梓川の左岸コース

明神11070281

明神橋1

明神橋2

明神橋3
明神橋

嘉門次小屋
嘉門次小屋

明神池4
明神池

明神池5

明神池7

明神池8

明神池9

明神池10

明神池11

明神池12

明神池13

明神池14

明神池16

明神池17

明神池18

明神池19

明神池20

明神池21

明神池22

明神池23

明神池24
帰りは梓川の右岸(自然探勝路)コース

明神池25

明神池26

明神池28

明神池30

平湯温泉1
旅館の部屋

平湯温泉2
平湯温泉

平湯温泉4
平湯温泉バスターミナル
2019.06.20 Thu l l top ▲
日頃、ヤフコメに対して悪態ばかり吐いていますが、最近、膝を打つような書き込みが2件ありました。まるでゴミだめに咲いている花を見つけたような気持でした。

ひとつは、講談社の女性雑誌『ViVi』と自民党のコラボのニュースに対してのコメントです。

戦前の翼賛体制下において、戦意高揚のプロパガンダに大衆雑誌が使われた歴史は、大塚英志や早川タダノリ氏の仕事によってあきらかにされていますが、権力者にとって、サブカルチャーが大衆を動員するのに恰好の”装置”であるのは言うまでもないでしょう。今回の『ViVi』のコラボと、安倍首相と吉本芸人たちとの“共演”は地続きでつながっているのです。

いずれにしても、ファッション誌そのものがこういうことをやらないと存続できない時代になっているということです。近年の凋落ぶりを見れば、何が起こっても不思議ではありません。特に『ViVi』や『JJ』『CanCam』といった、かつて大学生をターゲットとしていた雑誌は読者を失い迷走しています。インスタグラムなどのSNSにその座を奪われたファッション誌の存在意義が問われているということでしょう。


Yahoo!ニュース(ハフポスト日本版)
「ViVi」が自民党とコラボした理由は? 講談社が説明「政治的な背景や意図はまったくない」

これは、甲南女子大学教授の米澤泉氏の「オーサーコメント」です。要するに、貧すれば鈍するということなのでしょう。

講談社(大日本雄辯會講談社)は、文藝春秋社と並んで、戦前の天皇制ファシズムに随伴した代表的な戦犯出版社で、文春同様もともと権力と密通する体質(DNA)を持っている会社です。言うなれば、地が出たということなのかもしれません。

もっとも、外野から見れば、今回のコラボは末期症状の悪あがきのようにしか見えません。いづれ『ViVi』が書店の棚から姿を消すのは必至のような気がします。

もうひとつは、今夏、別府市にインターコンチネンタルホテルが開業するというニュースに対する次のようなコメントです。

別府温泉に進出は結構なことだが、集客はこの場所では難しく温泉街からは遠く周りに何も無い所、この地域の宿泊金額は低価格で2食付きがメインで外資系のスタイルでは集客むずかいいだろう、九州方面を甘く見てる、趣味でオーナー様は出店したと思われる。当分赤字続きで日本の旅館オーナーたちを敵に回して潰れると予想されます。日本の温泉地は外資系にとって甘くないです。


Yahoo!ニュース(Impress Watch)
IHG、「ANAインターコンチネンタル別府リゾート&スパ」を説明。マッサリーニ総支配人「別府に身を委ねて」

地元の人間によるコメントだと思いますが、先日も別府に帰って地元の人間たちと会った際、この話題が出ました。中には、観光業に携わる人間や公的な立場にある人間もいましたが、みんな、総じてこのコメントと同じような見解を述べていました。

ホテルができるのは、高校生のとき、耐久遠足で行った山の上です。今は高速道路が走っているので、昔より便利になりましたが、それでも温泉街の情緒とは無縁な場所です。欧米の富裕層をターゲットにしているそうですが、前に紹介した別府市の観光動態調査を見てもわかるとおり、欧米の観光客は、国別で見ると1%にも満たないのです。

外国人観光客の55%は韓国の観光客です。しかも、その多くは格安航空で来る若い観光客なのです。たしかに、外国人観光客は平成29年度を見ても、前年比33%増と増加していますが、大半は韓国をはじめとするアジアからの観光客です。欧米からの観光客は、ほとんど誤差の範囲のような数字にすぎません。しかも、北米はやや増えているものの、ヨーロッパからの観光客はこのインバウンドブームの中でも逆に減少しているのです。

さらに、別府の観光業者に衝撃が走ったという一人当たりの観光客消費額は、日帰り客で日本人が5166円、外国人が3371円。宿泊客は(宿泊料も含めて)日本人が24446円、外国人が13852円です。インターコンチネンタルホテルは、顧客を首都圏から大分までANAで運んで、専用車で空港に迎えに行き、ホテルに滞在させるという構想を描いているようですが、構想を実現させるには、このような「安い国ニッポン」の現実を凌駕する途方もないアイデアと勇気と努力が必要でしょう。

たしかに、別府の老舗ホテルは、改修資金にも事欠き、老朽化して無残な姿をさらしているところが多いのは事実です。そのため、宿泊料金も老舗ホテルほど低価格化が著しいのです。昔から別府には企業の保養所や別荘などがあった関係で、富裕層をターゲットにした高級旅館も数多く存在していました。しかし、それら高級旅館も、日本経済の停滞とともにどこも苦境に陥り、多くは既に廃業したり人出に渡っています。また、別府の代表的な観光ホテルの杉乃井ホテルは2008年オリックスに、城島高原ホテルは1984年後楽園に、亀の井ホテルは紆余曲折を経て20014年にホテルマイステイズ(旧ウィークリーマンション東京)に、それぞれ営業権が譲渡されています。

一方で、そんな間隙をぬって、インバウンド需要を狙い、韓国や中国の資本、あるいはアパや大江戸温泉物語などが買収攻勢をかけ、(看板はそのままですが)既に至るところに進出しています。それは、風俗も然りで、ソープランド事情に詳しい人間の話では、大半は福岡や関西など県外の業者が経営しているそうです。しかも、半分近くはフロント企業だという話さえあります。

地元の人間には、「国際観光温泉文化都市」の幻想なんてとっくにないのです(と言うか、最初からなかった)。別府や湯布院の観光の基を築いたと言われる油屋熊八翁(亀の井ホテルの創業者)もそうですが、もともと別府はよそから来た人間や資本によって開発された観光地であり、県外資本が進出しては撤退して行くのもめずらしい話ではないのです。地元の人間たちが、インターコンチネンタルホテルの壮大な構想を冷めた目で見るのも、ゆえなきことではないのです。


関連記事:
日本は「買われる国」
『誰がアパレルを殺すのか』
2019.06.13 Thu l 社会・メディア l top ▲
今日、夜のニュースを観ていたら、元KAT-TUNの田口淳之介被告が、保釈された警察署の前で、地面に頭をこすり付けて土下座している場面が目に飛び込んできて、思わず目が点になりました。能町みね子ではないですが、見てはいけないものを見たという感じでした。

もう20年以上前ですが、六本木にあったマリファナショップに大麻草がデザインされた海外のステッカーや缶ケースなどを卸していたことがあります。と言っても、その店はマリファナを売っているわけではなく、マリファナに関連する吸引具やグッズなどを売っている、言うなれば法の網をかいくぐった”合法的”な(正確に言えば、”脱法的”な)店でした。もちろん、当時も芸能人などを対象にしたみせしめの摘発はあったものの、今よりは大麻に対しておおらかな空気がありました。レゲエが流行っていましたので、マリファナの葉がプリントされたTシャツなどが当たり前のように売られていたし、ドレッドヘアの若者たちも、当たり前のようにそれを着ていました。

私は、その店に吸引具を卸してる同業の人間から店を紹介されたのですが、彼は、大田区の水道管を造っている町工場に頼んで、オリジナルの吸引具を制作したと言ってました。たしかに、よく見ると水道の蛇口に似たような形をしていました。

記事によれば、田口被告は「金輪際、大麻などの違法薬物、そして、犯罪に手を染めないをここに誓います。(略)しっかりと更正し、罪を償い、1日でも早くみなさまのご信頼を取り戻すべく、必死に生きて参ります」と謝罪したそうですが、なんだか大仰な気がしてなりません。私は、どうしても「たかがマリファナで」という気持は拭えないのです。

先日も、参院議員会館の近くで、大麻草が自生しているのが見つかったというニュースがありましたが、安倍昭恵夫人を持ち出すまでもなく、日本では古代から神事に麻が使われていたのは事実ですし、医療用大麻の合法化を主張する意見も多くあります。

厚労省やメディアが言う「習慣性」や「精神作用」についても、煙草や酒ほどの「習慣性」や「精神作用」はないという意見もあります。実際に、承知のとおり、海外ではマリファナが解禁されている国も多いのです。

大麻が覚せい剤などとひとくくりにされて、麻薬=危険のイメージが流布されているのはたしかでしょう。その背景にあるのは、昨今の犯罪に対して厳罰化を求める社会の風潮です。震災以後、国家が前面にせり出してきたのに伴ない(東浩紀はそれを手放しで礼賛したのですが)、冷静な議論は隅に追いやられ、問答無用の厳罰化の声ばかりが大きくなっているのです。

田口被告の土下座も、そんな世間に恭順の意を示すためと見えなくもありません。わざとらしいという声もありますが、だとしたらまだしも”救い”があります。それくらい、土下座は異様な光景と言うほかありません。

水は常に低い方に流れるの喩えどおり、相変わらずネットは痴呆的な”説教コメント”のオンパレードですが、その中で、私は、下記のツイートに「いいね」をあげたくなりました。


余談ですが、メディアでは、大麻使用は小嶺麗奈被告が主導し、田口被告は小嶺被告に引きずり込まれた「犠牲者」であるかのような報道が多いのですが、それも「ふしだらな女」と同じで、「犯罪の陰に悪女あり」という定番の印象操作のように思えてなりません。田口被告をかばうような供述をしている小嶺被告は、むしろ「けなげな女」に見えますが、メディアはどうしても小嶺被告を「悪女」にしたいようです。「悪女」こそ世間が求めるイメージなのです。メディアの印象操作は、文字通り反吐が出るような「俗情との結託」(大西巨人)と言うべきでしょう。


関連記事:
「共謀罪」と厳罰化の風潮
2019.06.07 Fri l 芸能・スポーツ l top ▲
今更の感はありますが、田中龍作ジャーナルが、消費税増税に関する立憲・国民民主の姿勢について、次のような辛辣な記事をアップしていました。

田中龍作ジャーナル
立憲と国民民主が「消費税減税」を言えない理由 カギは庶民の生き血啜る連合

 野党第一党の立憲と第二党の国民民主が、経団連の手先となって我々庶民の生き血を啜っていることが、白日の下にさらけ出された。


 立憲と国民民主に投票することは、有権者が自分で自分の首を絞めるに等しい。


このブログでも何度も書いていますが、立憲民主党や国民民主党と自民党にどれほどの違いがあるのか、私にはわかりません。それどころか、旧民主党(民進党)の彼らは、ただ自民党を勝たせるためだけに存在しているようにしか思えません。それほどまでにあの(悪夢のような)民主党政権は、トラウマになっているのです。

国民民主党の玉木雄一郎代表は、先日の夕刊フジの「単独インタビュー」で、次のように語っていました。

「われわれは『中道保守』を目指している。内政では、自由主義や自己責任よりも格差是正に重点を置きつつ、外交・安全保障では現実路線を採用する。例えば、安保法制廃止とセットで、領域警備法案やPKO(国連平和維持活動)法改正案を提出した。これは南西諸島に他国の武装集団が上陸したとき、警察や海上保安庁だけでは対処できないからだ」


zakzak(夕刊フジ)
国民民主党・玉木雄一郎代表インタビュー! 「『中道保守』政党を目指す」「小沢氏は『政権交代実現担当』として不可欠」

これを読むと、国民民主党が安保法制に反対した理由がわからなくなってきます。別に、反対する必要はなかったんじゃないかと思えてきます。一事が万事この調子なのです。「中道」というのは便利なことばで、「保守」と言ったら自民党と同じになってしまうので、「中道」ということばをくっつけて違いを見せているだけなのかもしれません。

先日も都内の地下鉄の駅前で、立憲民主党の幟を立てた参院選の候補予定者が演説をしていました。彼は、消費税増税に際して、この国が貯め込んでいる2千兆円のお金(国民の金融資産と企業の内部留保)を低所得者対策に使うべきだと主張していました。私は、増税の代わりに2千兆円のお金を当てればいいという話なのかと思いましたが、そうではなく、あくまで増税が前提の話なのでした。同じ増税派でも、私たちには”救済策”がありますと言いたいのかもしれませんが、なんだか子供だましのような話で、苦しい言い逃れとしか思えません。それで支持を得ようと本気で思っているのなら、おめでたいと言うしかないでしょう。

憲法改正においても、彼らと自民党にそんなに違いはないのです。立憲民主党も、憲法改正は安倍政権下では認めないと言っているだけで、山尾志桜里議員の発言を見てもわかるとおり、改正自体には反対していないのです。要するに、立憲民主党や国民民主党は、たまたま野党の立場に置かれているので、野党のふりをしているだけなのです。

もちろん、そこには、記事にあるように、スポンサーである連合の意向がはたらいているのは言うまでもありません。連合は、旧総評と旧同盟が合体したナショナルセンターですが、指導部は旧同盟系の活動家たちによって掌握されています。日本会議の”加入戦術”ではないですが、連合には旧同盟(旧民社党)の右派労働運動のエートスが受け継がれ、今回の消費税増税要請に見られるように、労使協調の翼賛運動に換骨奪胎されたのです。それが、連合誕生の際、労働戦線の「右翼的再編」と言われたゆえんです。

一方で、田中龍作ジャーナルは、「だから期待できるのは共産党だけ」と言いたげですが、本当の野党は我が党だけという共産党のプロパガンダもまた、とっくに失効した“古い政治”にすぎません。そういった幻想に寄りかかっている限り、田中龍作ジャーナルは”古い政治”の狂言回しの役割から脱することはできないでしょう。

選挙に行かないやつはバカだ。選挙に行かないのは、自公政権に白紙委任するようなものだ。そんなおなじみの声がありますが、むしろ選挙は茶番ではないのかと思います。私たちの前にあるのは、シャンタル・ムフが言う「中道での合意」によって招来された「ポスト政治的状況」です。選挙は、そのコップのなかの選択にすぎないのです。どこかの誰かが言っていたように、カレーライスが好きか、ライスカレーが好きか、どっちかを選べと言われているようなものです。その欺瞞性を問わずに、「民主主義の危機」なんてお題目(常套句)をいくら唱えても、なにも変わらないでしょう。

小沢一郎氏は、「このままでは野党は全滅だ」と言ってましたが、全滅すればいいのだと思います。もうそこからやり直すしかないのではないか。


関連記事:
民主党政権は悪夢だった
『左派ポピュリズムのために』
積極的投票拒否の思想
2019.06.05 Wed l 社会・メディア l top ▲
トランプ相撲


これは、ネットで拾った画像です。三人(実際は頭にメガネを乗せている左端の男性を入れて四人)のなかのひとりは、ブログで、トランプ大統領と遭遇したのは偶然だったと書いていました。しかし、テレビ中継では、相撲観戦を終えて帰る際、安倍総理がわざわざトランプ大統領を呼び止め、三人に引き合わせたように見えました。

三人は、誰もが知っている親安倍の右派文化人です。自他ともに認める「愛国」者です。しかし、この日の三人は、まるでアイドルに握手を求めるファンのようでした。真ん中の女性に至っては、感極まったような顔をしています。

私は、この画像を見て、『永続敗戦論』の次の文章を思い浮かべたのでした。

(略)第二次安倍内閣において内閣官房参与に任命された元外務事務次官の竹内正太郎に至っては、米日の関係を「騎士と馬」に擬えている。ここまで来ると、彼らの姿はSF小説『家畜人ヤプー』のなかの「ヤプー=日本人」そのものである。


SM雑誌の『奇譚クラブ』に連載された『家畜人ヤプー』は、右翼の反発を受け、出版元へのテロまでひき起こしたのですが、そんななかで、三島由紀夫はこの小説を高く評価したのでした。

トランプに握手を求める三人の表情も、「アメリカを背中に乗せて走る馬になりたい」と考えている倒錯者のそれのようです。彼らには、アメリカなしの日本なんて考えられないのでしょう。

これがこの国の「愛国」者の姿なのです。そこには、見事なまでに「愛国」と「売国」が逆さまになった「戦後の背理」が映し出されているのでした。彼らが依拠するのは、“対米従属「愛国」主義”とも言うべき歪んだ従属思想にすぎないのです。三島由紀夫は、愛国心ということばは(わざとらしくて)嫌いだと言ったのですが、その気持がわかる気がします。

きっこは、今回の”接待外交”について、次のようにツイートしていました。



きっこが言うように、ドナルド・トランプのふるまいは、まるで宗主国の大統領のようでした。トランプ来日で私たちの目に映ったのは、アメリカに対して、哀しいまでに卑屈になって媚びへつらうこの国の姿でした。そして、そこには、犠牲を強いた国民を見捨て、戦争に負けた責任に頬被りして、いち早く”昨日の敵”にすり寄っていった戦争指導者たちの姿が二重写しになっているのです。しかも、トランプの太鼓持ちを演じた宰相は、その戦争指導者の孫なのです。これは決して偶然ではないでしょう。


関連記事:
『永続敗戦論』
『宰相A』
2019.05.28 Tue l 社会・メディア l top ▲
2019年5月山下公園


性懲りもない話ですが、再び、三度、四度、五度、六度、七度、ダイエットをはじめました。

健康診断でLDLコレストロールの数値が高いと指摘を受けたので、後日、かかりつけの病院で検査を受けたら、血管年齢が80歳だと診断されたのでした。それで、コレストロールを下げる薬を飲みはじめることになったのですが、以後、病院に行くたびに、ドクターから「今、体重はどのくらいですか?」「運動していますか?」「食事は気を付けていますか?」と訊かれるようになり、否応なくダイエットせざるを得なくなったのでした。

もっとも、自分でも怠惰な生活をしているのはよくわかっていましたので、このままではヤバいなと思っていました。

運動に関しては、比較的よくしている方だと思います。と言っても、歩いているだけですが、毎日1万歩歩くように心がけています。問題は食べる方です。もともと大食漢でしたので、今でもついつい食べ過ぎてしまうきらいがあるのです。

それで、主食をおにぎりにしました。しかも、一食に付きおにぎり1個と決めました。すると、どうでしょう、瞬く間に5~6キロ体重が減ったのでした。

過去に何度も糖質制限ダイエットを経験していますので、これも想定内でした。リバウンドをくり返しても、逆にそれが、その気になればいつでも体重は減らせるという、妙な“自信”につながっていました。目標は10キロ減なので、既に半分をクリアしたことになります。私も、目標の達成には自信を持っていました。

ところが、そこからピタリを止まってしまったのです。それどころか、少しでも食べ過ぎると、瞬く間に増えてしまうのでした。これではおちおち外食もできません。

しかも、ダイエットの“壁”は、以前より数値が高くなっているのでした。以前は、今より5キロ減くらいの数値(今回の目標体重)に“壁”がありました。

先日、友人宅でダイエットの話をしていたら、友人の奥さんが「年を取ると、ダイエットしても若いときのように体重が減らないのよ」と言ってましたが、その現実を突き付けられた感じです。

もちろん、若い頃に比べて食欲もかなり落ちています。食べ過ぎるとすぐ胃がもたれるようになりました。それでも体重は落ちないのです。

食欲が落ちたにもかかわらず、さらに炭水化物の摂取を制限しなければならない。魯迅ではないですが、水に落ちた犬をさらに打つようなことをしなければならないのです。それでも大きな“壁”が前に立ちはだかり、にっちもさっちもいかなくなったのでした。

薄着の季節になり、体形が気になるのは男でも同じです。スーパーのエスカレーターに乗った際、横のカガミに映った自分の姿に愕然とするのは、いくつになっても同じなのです。

でも、年齢とともに高くなるこの“壁”を前にすると、ダイエットも若者のものなのかと思ったりして、気持も萎えてくるのでした。
2019.05.25 Sat l 健康・ダイエット l top ▲
津原泰水氏の『ヒッキーヒッキーシェイク』文庫化をめぐるトラブルで、津原氏の単行本の実売数を公表し物議を醸した見城徹氏が、各方面からの批判に耐えかねてとうとうTwitterの終了を宣言しました。本人のことばを借りれば「身から出た錆」とは言え、実にみっともない終幕を演じることになったと言えるでしょう。

同時に、AbemaTVの冠番組『徹の部屋』も、同番組のなかで終了すると宣言したそうです。どうしてAbemaTVに冠番組をもっているのか不思議に思いましたが、どうやら見城氏がテレビ朝日の放送番組審議会の委員長を務めていることが関係しているようです。言うまでもなく、AbemaTVはサイバーエージェントとテレビ朝日が共同で出資したネットテレビで、見城氏とサイバーエージェントの藤田晋社長も親しい関係にあります。なんのことはない、わかりすぎるくらいわかりやすいメディアの私物化なのでした。

『徹の部屋』には、今まで安倍総理や百田尚樹氏や有本香氏、それに見城氏と親しい秋元康や坂本龍一や村上龍や藤原紀香や郷ひろみなどが出演したそうです(坂本龍一にも今回の問題をどう思うか聞いてみたい気がする)。また、以前は出演拒否していたテレビ朝日の「報道ステーション」に安倍総理が出演するなど、最近のテレビ朝日と官邸の”蜜月ぶり”が話題になっていますが、テレビ朝日と官邸をつないだのも見城氏だと言われています。

見城氏は、慶応在学中はブント(共産主義者同盟)系の活動家として赤軍派にシンパシーを抱いていたという話があります。過去には、幻冬舎には場違いとも思える重信房子の本が出ていますが、それも見城氏の個人的な“負い目”が関係しているのかもしれません。

そのあたりの話は、下記のBLOGOSの記事でも触れられていました。

BLOGOS
ITビジネスに積極的だった見城徹氏のSNS終了宣言

今回の“騒動”について、私は、フリーライターの佐久間裕美子氏の「みんなウェルカム@幻冬舎plusをおやすみすることにしました」というブログと、花村萬月氏のTwitter上の発言に考えさせるものがありました。しかし、花村萬月氏は、既にTwitterのアカウントを削除しています(追記:後日確認したら、また復活していました)。

佐久間裕美子 明日は明日の風が吹く
みんなウェルカム@幻冬舎plusをおやすみすることにしました

佐久間裕美子氏は、上記のブログのなかで、つぎのように書いていました。

(略)先週、見城徹社長が、Twitter上で、幻冬舎からの出版が中止になった津原泰水さんの過去の作品の部数を「晒し」たということを知り、これまで感じたことのない恐怖感を感じました。出版社しか知りえない情報が、作家を攻撃し、恥をかかせるための武器として使われたのです。

自分が書いた文章を世の中に発表するーーそんな恐ろしい行為をありったけの勇気を振り絞ってやれるのは、後ろで背中を押さえていてくれる編集者がいるからです。そして、どうやら自分は、今まで出版社への信頼というものを、編集者との関係に置いてきたようでした。今回の件で、恐怖感を感じたのは、自分が置いてきた信頼というものが、書き手対出版社という関係性においてまったく脆いことがわかったから。そして、批判の声を上げた書き手が、出版社に守られるどころか、攻撃の対象になりうることがあると知ったときに、「みんなウェルカム」を幻冬舎プラスで続けていくことはできない、と思ったのでした。


まさに見城氏は「編集者失格」と言わねばならないでしょう。見城氏のふるまいは、まるで独裁国家の国営出版社の社長のようです。佐久間氏が感じたのも、それに連なる「恐怖感」だったのでしょう。

一方、花村萬月氏は、百田尚樹氏らが執拗に(!)攻撃する津原泰水氏の「粘着質な性格」について書いていました。仮にそうだとしても、個人的には付き合いたくないタイプだけど、しつこくて細かい性格は小説を書く上ではプラスになると書いていました。

津原氏の作品を読むと、小説家というのは、妄想狂で文才のある人のことだというのがよくわかるのでした。優れた小説は、往々にして世間的な常識とは対極にあるものです。世間様が眉をひそめるような“非常識”のなかに、ものごとの(人間存在の)真実が隠されているかもしれないのです。

たとえば、山本一郎氏が書いているように(めずらしくマトモなことを書いている)、「五色の舟」を読めば、津原氏が百田氏など足元にも及ばない才能の持ち主であることがわかるはずです。「五色の舟」は、夢野久作や小栗虫太郎を彷彿とするようなフリークな世界を描いた傑作で、私は、久しぶりに「蠱惑的」ということばを思い浮かべたのでした。

どんな人間かなんて関係ないのです。作品がすべてなのです。もしかしたら性格破綻者や犯罪者が書いた小説が100年後も読み継がれるような名作になるかもしれないのです。だからこそ編集者は常にフリーハンドでなければならないのです。もとより編集者には、そんな名作を発掘する使命と誇りもあるはずです。

しかし、こんなことを見城氏に言っても、所詮は馬の耳に念仏でしょう。見城氏もまた、歌を忘れたカナリアになり晩節を汚したと言えるのかも知れません。いや、権力や権威に接近することで勘違いしてみずから墓穴を掘った、と言った方が適切かもしれません。今の見城氏には、BLOGOSの記事にある「滑稽」ということばがいちばんふさわしいように思います。編集者としても、経営者としても、ただの頓馬と言うしかありません。
2019.05.21 Tue l 本・文芸 l top ▲
津原泰水氏の文庫本出版の中止をめぐって、幻冬舎社長・見城徹氏の次のようなツイートが物議を醸しています(現在は謝罪の上削除)。

津原泰水さんの幻冬舎での1冊目。僕は出版をちゅうちょしましたが担当者の熱い想いに負けてOKを出しました。初版5000部、実売1000部も行きませんでした。2冊目が今回の本で僕や営業局の反対を押し切ってまたもや担当者が頑張りました。実売1800でしたが、担当者の心意気に賭けて文庫化も決断しました。


このもの言いからは、作家や作品に対するリスペクトなど微塵も伺えません。まして、実売数を晒すなど編集者としてあり得ない話です。何様のつもりかと言いたくなります。「クズ編集者」(ビジネスジャーナル)「編集者失格」(久田将義氏)という批判は当然でしょう。

津原泰水氏によれば、『ヒッキーヒッキーシェイク』の文庫化は、「ゲラが出て、カバー画は9割がた上がり、解説も依頼して」いたにもかかわらず中止になったのだそうです。そして、担当編集者から、「『日本国紀』販売のモチベーションを下げている者の著作に営業部は協力できない」と一方的に「通達」されたのだとか。どうやら幻冬舎から出ている『日本国紀』を批判したことがお気に召さなかったようです。

一方、トラブルが表面化したことで、幻冬舎に対して、多くの作家や読者から批判が寄せられています。そして、朝日や毎日が記事にするまでになっています。

津田大介氏は次のようにツイートしていました。


ホントかなと思います。「多くの作家や読者」と書きましたが、実際は「一部の作家や読者」が正しいのではないか。「多くの」作家は沈黙を守る、と言ったら聞こえはいいですが、要するに見て見ぬふりをするだけでしょう。それは、新潮や文春のときも同じでした。

幻冬舎のイメージが悪くなったのは事実でしょうが、だからと言って、読者の不買や作家の執筆拒否・版権引き上げにまで事態が拡大するかと言えば、それはとても”叶わぬ夢”のように思います。

見城徹社長は、角川書店にいた頃から、五木寛之氏のエッセイに登場するなどやり手の編集者として有名でした。幻冬舎という社名も、たしか五木氏が命名したような記憶があります(今、ウキペディアで確認したら、やはり、五木氏が命名したと書いていました)。

一方で、「幇間」「爺殺し」というレッテルも常に付いてまわっていました。最近では、安倍総理や石原慎太郎氏の腰巾着として知られています。五木氏に取り入ったのも同じなのでしょう。

五木寛之氏は、作家としてデビューした際、質(純文学)より量のエンタテインメント(中間小説でも大衆文学でもなく通俗小説)の世界で勝負したいと”宣言”して、芸術至上主義的な純文学の世界にうんざりしていた読者から拍手喝采を浴びたのですが、今になればそれが両刃の剣であったことがよくわかるのでした。86歳になった五木氏にこんなことを求めるには酷かもしれませんが、かつての五木ファンのひとりとして、この問題に対する五木氏の見解を聞きたいものです。”製造者責任”もあるのではないでしょうか。

また、津原氏と見城氏のバトルに参戦した花村萬月氏が、「ボクは小説は最後しか読まない」という若かりし頃の見城氏の「放言」を暴露したことも波紋を広げています。「それは文字通り、小説のラストだけ目を通して、すべてを決めるということで、雑念が入らぬぶん、当たりを出せるということ──らしい」と。

このツイートに対して、見城氏はなんと訴訟をチラつかせて反論したのでした(のちにやはり謝罪して撤回)。こういった対応ひとつ見ても、「編集者失格」と言われても仕方ないでしょう。

今回の問題について、花村萬月氏は次のようにツイートしていました。


まったくその通りで、作家にとって作品がすべてなのです。優れた作品なら、どんな人間であるかなんて関係なく無条件に評価されるべきなのです。もちろん、優れた作品かどうかということと、売れたかどうかということは別問題です。見城社長や編集とネットワークビジネスを混同したあのエキセントリックな社員は、出版社としての自社の看板にみずから泥を塗ったと言えるでしょう。


関連記事:
渡部直己氏のセクハラ問題
五木寛之の思い出
2019.05.19 Sun l 本・文芸 l top ▲
最近の小室圭さんに関する“文春砲”には目に余るものがあります。ネタが枯渇したので、無理してネタにしている感さえあります。反論できないことをいいことに、書きたい放題なのです。

文春オンライン
小室圭さん同級生が初めて語る「父親の死と“おじさん”の登場が彼を変えた」

秋篠宮家の長女・眞子さま(27)との結婚問題が国民的な議論となっている小室圭氏(27)。もし結婚が成立した場合、小室氏は悠仁さまの義兄となり、将来は“天皇の兄”という特別な立場になる。これが令和皇室における重要問題であることは論を俟たない。


フジサンケイグループのFNNニュースや夕刊フジも、女性宮家が創設されたら、小室圭さんには「殿下」の称号が与えられ、年間4500万円の血税(皇族費)が支給されるというような話を流していましたが、まったく悪意ある記事としか言いようがありません。

発端となった小室圭さんのお母さんと元婚約者の400万円だかの”金銭トラブル”も然りです。先日のワイドショーでも、「小室さん側の弁護士は相手の弁護士と接触して、どうして解決しようとしないんですかね?」とコメンテーターたちが首をひねっていましたが(たかが400万円のはした金なのにと言わんばかりに)、彼らはなんにもわかってないんだなと思いました。

相手の元婚約者の「代理人」は、弁護士ではなくフリーライターで、弁護士には依頼してないのです。弁護士に相談したら、返還を求めるのは法的には無理だと言われたという話さえあります(素人考えでもそうでしょう)。接触を避けている(拒んでいる)と言われており、どうやら接触しようにも接触できないのが真相のようです。

デヴィ夫人が言うように、”金銭トラブル”は小室圭さんと眞子さんの婚約が発表されてから表沙汰になったのですが、別に係争案件ではないので、当人たちが口外しない限り公になることはなかったはずです。つまり、”小室バッシング”の発端になった借金問題は、元婚約者がみずからメディアに流して発覚した(わざと表沙汰にした)のです。タイミングから見ても、多分に嫌がらせの側面もあるように思えてなりません。昔から老いらくの恋を七つ下がりの雨などと言いますが、お母さんに対する未練がこういった行為に向かわせているのではないかと勘繰りたくなります。

そもそも元婚約者がどういう人物なのか、不思議なことに一切メディアには出て来ないのです。直撃取材どころか、周辺取材すらないのです。「代理人」のメディア対策が功を奏しているのか、ただ元婚約者の言い分を一方的に伝え、立場上反論できないことをいいことに、小室親子がとんでもなく腹黒い人物のように言い立てるのでした。

また、Yahoo!ニュースも、代替わりに伴い、眞子さんが秋篠宮ご夫妻から引き継いで「みどりの祭典」に出席したなどという、どうでもいいような記事をヤフトピに掲載していました。すると、案の定、「もし本当に小室さんと結婚するのなら持参金辞退は当然と思う」「男を見る目がない」「眞子さんには公務などして欲しくないです。見るのも嫌です」「今の状況で、よく人の前に出て来れるなと思います」「みどりの式典の関係者はこの人が来てくれて喜んだの?」などと“不敬な”書き込みが殺到したのでした。

バズることを狙ったYahoo!ニュースにしてみれば、してやったりという感じなのかもしれません。

Yahoo!ニュース
眞子さま、みどりの式典に 秋篠宮ご夫妻から引き継ぐ

以前、週刊誌に、佳子さんが御所近くのコンビニで、iTunesカードなどを買物したという記事が出ていましたが、皇族と言えども彼女たちが今どきの若い女性であることには変わりがないのです。iPhoneで音楽を聴いたり、SNSをチェックしたりしているのでしょう。もしかしたらエゴサーチしているかもしれません。もちろん、記者会見のときのような、あんな喋り方を普段しているわけがないのです。

小室圭さんと眞子さんが横浜でデートした際、帰りの東横線の車内で、お互いのスマホを見せ合いながら「マーちゃんの写真も見せてよ」「ブスだから嫌だぁ~」というような会話があったという記事がありましたが、それが普通でしょう。

また、佳子さんがダンスを習っていることに対しても、皇族なら他にやることがあるだろうみたいな批判の声が多くありますが、なんだか「税金」「カゴの鳥」」という”不敬”且つ不遜な本音が垣間見えるようです。

しかし、ここまで悪意を持って書かれると、姉妹の間で「もう皇族なんて嫌だ」「なんであんな風に言われなきゃならないの」というような会話が存在しても不思議ではないでしょう。

若い世代になればなるほど、天皇制が時代にそぐわなくなっているのはたしかで、眞子さんや佳子さん本人だけでなく、彼女たちに対する中傷もその表れと見えないこともありません。それは、メディアの世論調査では見えない皇室観です。皇族を見る目が、若い世代ほど(オレたちが税金で‥‥と言わんばかりに)上から目線になっているのです。かように開かれた皇室=象徴天皇制は両刃の剣でもあるのです。だから、保守派は危機感を募らせ戦前回帰を目論むのでしょう。


関連記事:
デヴィ夫人の「提言」
小室さんバッシングのおぞましさ
2019.05.12 Sun l 社会・メディア l top ▲
三日前、朝、トイレに行ったら、血尿が出ていました。それもかなり濃い色です。私は、石が落ちたのだなと思いました。

おととし、ESWLで破砕した際、飛び散った破片の一部が腎臓に入ったみたいだと説明を受けていたのですが、その石が尿管に落ちたのでしょう。

夜、案の定、左わき腹のあたりに痛みがやってきました。しかし、我慢できないほどの痛みではありません。わき腹をさすると痛みを忘れるくらいです。ベットに仰向きに寝てわき腹をさすっていたら、そのまま眠ってしまい、目が覚めたときは既に痛みはなくなっていました。しかし、色はやや薄まってきたものの、血尿はつづいています。

それで、今日、病院に行きました。レントゲンとエコーで検査したら、やはり、石が落ちており、尿管のいちばん細い部分に引っかかっているそうです。石は6ミリくらいなので、多分自然排出されるでしょうと言われました。

いつものことですが、尿がせき止められるので、腎臓内に圧がかかり、腎臓が少し腫れていると言われました。つまり、水腎症の症状が出ているのです。私は、若い頃、腎炎を患い三度入院したことがありますので、むしろ、そっちの方が気になりました。

また、下腹部に張りのようなものを感じるのですが、それも結石の影響だろうと言われました。

石が無事排出できれば、しばらくは尿管結石の恐怖から解放されます。腎臓に石がなくなるのは10数年ぶりです。

尿の流れをよくするため、ツムラの芍薬甘草湯(シャクヤクカンゾウトウ)エキス顆粒という漢方薬を処方されました。筋肉を緩め利尿作用を促すというわけなのでしょう。また、痛み止めの座薬(アデフロニックズポ)も14回分処方してもらいました。座薬は2021年の8月まで有効だそうで、余ったら冷蔵庫に入れて保管して下さいと言われました。そのほかに、通常の薬も処方されましたので、スーパーで買い物したみたいにビニール袋いっぱいの薬を渡されました。

余談ですが、今日は病院と薬局に合わせて1万5千円近く支払いました。病院にかかると、お金もバカになりません。ほかの人に比べても、私は支払い額が多いような気がしてなりません。泌尿器科なので、患者は高齢の男性が多いのですが、窓口で支払っているのはほとんどが数百円です。私だけ、一桁多いのです。もしかしたら、患者の中で私がいちばん貧乏かもしれません。なのにどうしてといつも思うのでした。

それは、薬局でも同じです。今日もベビーカーに子どもを乗せたお父さんが来ていましたが、お父さんは薬だけもらってお金は払っていませんでした。乳幼児の医療費は無料なのだろうかと思いました。近くに小児科があるため、子ども連れも多いのですが、どうみても皆さん、それなりの生活をしている“中間層”に見えます。子どもが小さいということもあるのでしょうが、お母さんたちも専業主婦のようです。でも、皆さんが支払っているのは、私の四分の一から五分の一くらいの金額です。

もちろん、病気の程度によって支払い額が違うのはわかりますが、だからと言って私は、ほかの人に比べて深刻な病気を抱えているわけではありません。社会保障も結婚を前提にした家族単位の制度なので、私のような未婚の単身者は、制度的に不利な面があるのかもしれないなどと思ったりします。

前に調剤薬局で働いていた女性が、「前立腺ガンの患者さんって一回で四万円とか五万円とか払う人がいるんだよ」と言ってましたが、それを考えると空恐ろしくなります。窓口負担の限度額はあるものの、ひと月だけならまだしも、毎月になれば生活が圧迫されるでしょう。

いづれにしても、痛み止めも処方され「人生最悪の痛み」に備えることもできました。用意万端整い、あとは無事排出されるのを待つばかりです。


関連記事:
ESWLの結果
ESWL体験記
ESWLで破砕することになった
再び病院に行った
9年ぶりの再発
2019.05.11 Sat l 健康・ダイエット l top ▲
10連休の最後の日。私は、開店したばかりの駅裏のスーパーに行きました。さすがにお客さんは数えるほどしか入っていません。

店の中では、多くの人たちが品出しをしていました。私は、レジに並ぶのが嫌なので、朝の開店間際に行くことが多いのですが、品出しをしている人たちの顔触れもいつも同じです。60代くらいの初老の人たち(それも男性)が目に付きます。早朝の品出しのときだけ仕事をしているパートの人たちなのでしょう。

レジも含めて、見事なほど若い従業員はいません。店内には、「○○(店名)では、働く仲間を募集しています。興味のある方はお近くの店員にお気軽にお声かけ下さい」という放送が繰り返し流れていました。

買物を終えレジに向かうと、まだレジは一つしか空いていませんでした。そこには、既に三人のお客さんが並んでいました。

いづれも70を越しているような高齢者でした。三人とも「みすぼらしい」と言ったら語弊がありますが、着古したヨレヨレの服を着て、おせいじにもオシャレとは言い難い、なんだか普段の生活の様子が伺えるような恰好でした。おそらく独り暮らしの老人たちではないでしょうか。

私が住んでいる街は、東横線沿線の人気の住宅地です。「どこに住んでいるのですか?」と訊かれて、駅名を言うと、「いいところに住んでいますね」とよく言われます。

そのため、一方で、若い女性や30~40代の若い夫婦も多く住んでいます。近所に近辺では人気の(と言われている)幼稚園がありますが、子どもを送り迎えするお母さんたちは、送り迎えするだけなのにどうしてと思うくらい、総じてオシャレな格好をしています。午後になれば、そんな幼稚園にお迎えに行ったあとの母子連れが買い物にやってきます。その頃は、品出しも終わっており、パートの人たちの姿も店内からは消えています。また、夜になると、店内は仕事帰りの若い女性たちの姿が目立つようになります。

そんな他の時間帯に比べると、開店間際の店内は圧倒的に高齢者の比率が高いのでした。

レジに並んでいる老人たちが手にしている買い物カゴの中は、質素と言えば聞こえはいいですが、哀しいくらいわずかしか商品が入っていません。私の前は、車椅子に乗っているかなり高齢の女性でしたが、160円の卵のパックと28円のモヤシが一つ入っているだけでした。その前の男性は、110円だかの食パン二つに、やはりモヤシが一つ入っているだけでした。みんな、財布から小銭をひとつひとつ出して精算していました。そのため、やけに時間がかかるのでした。

同じ老人でも、違う時間帯になれば、見るからに余裕がありそうな夫婦連れなどが多くなります。以前は、メディアでお馴染みの元金融エリートの「上級国民」の姿を見かけたことさえあります。それに比べれば、このつつましやかな光景はなんだろうと思いました。

そんな中で、私は、(嫌味に聞こえるかもしれませんが)カゴいっぱいの買物をして、4千円弱の代金をクレジットカードで払ったのでした。と言って、別に優越感に浸ったわけではありません。たしかに、老人たちをやや憐み、同情したのは事実ですが、でも、彼らと違うのは「今だけ」だというのが重々わかっているからです。まだ仕事にありついているので、経済感覚もなく買い物をしてクレジットカードで払う「余裕」があるだけなのです。

私と前に並んでいる老人たちは紙一重なのです。彼らは明日の自分の姿でもあるのです。憐み、同情しても、いづれ自分に返ってくるだけです。そう思うと、あらためて現実を突き付けられた気がして、否応なく暗い気持にならざるを得ないのでした。


関連記事:
明日の自分の姿
『老人漂流社会』
2019.05.06 Mon l 日常・その他 l top ▲
今日、Yahoo!ニュースに転載されていたデヴィ夫人の「提言」「貧しさは罪悪ではない」には、思わず拍手を送りたくなりました。

Yahoo!ニュース
女性自身
小室圭さん問題にデヴィ夫人が提言「貧しさは罪悪ではない」

デヴィ夫人は言います。

小室さんの母・佳代さんは、ご主人を亡くして母子家庭となっても、洋菓子店などのパートを掛け持ち。圭さんにバイオリンを習わせ、授業料の高いインターナショナルスクールに通わせ、ICU(国際基督教大学)にも入学させました。

そんなけなげな佳代さんを愛して婚約までしたのなら、一人息子である圭さんの留学費用くらい出すのは当然のこと。それなのに匿名で「何月何日にいくら貸した」「何日にいくら銀行に振り込んだ」と409万円の内訳を喋りまくるX氏には、憤りを覚えました。(略)

マスコミはそんなX氏をとがめるどころか、言い分をそのまま連日のように報道する一方で、母子家庭である小室家の貧困さを書き立てました。婚約解消時ではなく、5年後の小室さんの婚約発表後に表沙汰にするとは悪意を感じます。


佳代さんのご主人とその父が自殺している、怪しげな新興宗教を信仰している、などとセンセーショナルに取り上げられましたが、はたしてそれらは責められるべきことでしょうか?


こういった正論が正論として通用しないのは、メディアや大衆に、身分制の幻影を求めるような特異な皇室観があるからでしょう。言うまでもなく、それは差別と対になったものです。

前の記事で紹介した『感情天皇論』の中で、大塚英志は、近代について、次のように書いていました。

近代とは他人に覗き込むことのできない「心」があることを発見してしまった時代である。だから他者としての殺人者の動機、つまり「心」を説明する探偵小説が近代小説の先駆けとして登場するのだ。このように近代とは、誰かといることの不穏に、誰もが耐えなくてはいけない時代だ。この不穏さが「他者」だと言える。


しかし、天皇には「他者」がいません。大塚英志ならずとも、そこには「近代」が存在しないことは誰が見てもあきらかでしょう。

代替わりについて、メディアで発言していた識者たちも、ただの藩屏でしかないことがよくわかりました。日本政治思想史の研究者で、「近現代の天皇・皇室・神道の研究を専門とする」原武史氏の朝日新聞のインタビュー記事も例外ではありません。本人はそう思ってないようですが、私たちの目には“令和フィーバー”の太鼓持ちのひとりにしか見えませんでした。

朝日新聞デジタル
「ひざまずいた天皇、令和で鍵握るのは?」 原武史教授

そんな中で、4月30日に放送されたNHKスペシャル「日本人と天皇」が、天皇制の「不都合な真実」を伝えていたと評判になっています。私も観ましたが、代替わりに際して天皇制とは何かを考えさせられる番組でした。

Yahoo!ニュース
改元特番でNHKだけが伝えた”不都合な真実”(水島宏明)

小泉内閣のとき、皇室典範に関する有識者会議が発足し、「女性・女系天皇」を容認するかどうか、議論をはじめたのですが、その中で、意外な(というか私たちにはショッキングな)事実がわかったそうです。

 これまでの125代におよぶ天皇のうち、約半分が「側室」(第2夫人、第3夫人など)の子と見られているという。戦後は「側室」という制度はない。過去400年間では側室の子どもではない天皇は109代の明正天皇、124代の昭和天皇、125代の前天皇(今の上皇陛下)の3人のみで、側室の制度がない現在においては「男系」の伝統の維持は難しいという声が多くの委員が認識したという。


「高貴な血」は、こうして継承されていたのです。古代オリエント史の研究者で、「碩学」と言われた三笠宮崇仁親王(昭和天皇の末弟)は、戦後、華族制度が廃止されたことについて、「天皇制の外堀が埋められた」と言ったそうですが、それは華族制度が男子皇族の正室だけでなく、側室の"供給元"と見なされていたからではないでしょうか。万世一系の幻想に支えられた天皇制が、時代と乖離していくのは当然と言えば当然なのです。

以前、「オウムは生きている」という記事の中で、皇室の「伝統」について、私は次のように書きました。僭越ながら引用します。

『天皇と儒教思想』(小島敦著・光文社新書)によれば、メディアによく取り上げられる「田植え」や「養蚕」など皇室の恒例行事も、明治以後にはじまったものが多いそうです。来年、天皇の生前退位により新しい元号に変わりますが、「一世一元」の原則も明治以後にはじまったのだとか。皇室の宗教も、奈良時代から江戸時代までは仏教だったそうです。皇室=神道という「伝統」も、明治以後に創られたイメージなのです。また、皇室に伝わる祭祀などは、中国の儒教思想から借用された「儒式借用」のものが多いそうです。

要するに、明治維新による近代国家(国民国家)の成立に際して、国民統合のために、皇室を中心とする「日本の伝統」が必要とされたのでしょう。そうやって(偽史運動によって)”国民意識”が創出され、”日本”という「想像の共同体」が仮構されたのです。(引用終わり)

「女性・女系天皇」の容認も、創られた「伝統」にさらに屋上屋を架すようなものでしょう。しかし、そのように指摘する識者は皆無でした。そして、眞子さんの”自由恋愛”こそ、創られた「伝統」の対極にあるものと言えるのです。


関連記事:
オウムは生きている
2019.05.02 Thu l 社会・メディア l top ▲
感情天皇論


天皇の代替わりに伴い、あと四日で元号が「平成」から「令和」に変わりますが、最近は西暦を使用することが定着していますので、個人的には「昭和」から「平成」に変わるときほどの感慨はありません。先日、ラジオを聴いていたら、パーソナリティの女性が「もう平成も残り少なくなりましたので、平成のうちに会いたい人に会いに行きたいと思っています」と言っていましたが、かように改元にまつわるメディアの狂騒はバカバカしいの一語に尽きます。

今回の生前退位について、大塚英志は、最新刊『感情天皇論』(ちくま新書)で、次のように書いていました(以下、引用は全て同書)。

(略)今回の退位に最も問題があったとぼくが考えるのは、「国民の総意」でこれからも天皇を退位させられる前例ができたことだ。今や左派がリベラルな天皇を以て政権の暴挙を牽制しようとしているが、こういう二重権力は、パブリックなものの形成を損なうだけでなく、世論の形を借りて政権の気に入らない天皇を退位させることを可能にする。権力の暴走阻止は三権分立の仕組みと選挙によってのみなされるべきである。天皇という三権の外側に権力の抑止機能を求めてはいけない。
「お気持ち」を世論が忖度しての退位は、天皇の最悪の政権利用の余地をつくってしまった。


また、「お気持ち」についても、次のように書いていました。

 彼の訴えたかったことは、象徴天皇制のあり方の表明とその制度化であった。つまり国事行為以外に「感情労働」が象徴天皇の「機能」であり、そして、その「機能」を高齢となった自分が果たせないなら「機能」の継続性を担保するために、退位を制度化してほしいという、「象徴天皇制の継続性を担保する制度化」が彼の主張だった。


とどのつまりは、「感情による国民統合」(=象徴天皇制)をどう考えるかでしょう。自民党の憲法改正草案が目指す、戦前型の元首化よりまだ「マシ」と考えるのか。

大塚英志も『感情天皇論』の中で指摘していましたが、リテラなどに代表される多くの左派リベラルは「マシ」と考えているようです。彼らは、戦後的価値を保守する現天皇と戦後レジームからの脱却を目論む安倍政権が対立しているかのように主張します。しかし、その”片恋”にどれほどの意味があるというのでしょうか。

 リベラル派はかつて戦争責任を昭和天皇に求めたことを忘れたかのように、今は明仁天皇を戦後憲法的な平和主義の象徴と見なす。しかし、戦後民主主義を天皇に託すことが正しいとはぼくには思えない。(略)戦後憲法について考え、実践し、考えを示すことを天皇に託してしまうことは主権者としての判断停止であると考える。


これは、至極真っ当な意見です。

大塚英志は、「『近代』とは人に等しく『個人たれ』という抑圧としてあり、同時にそのサボタージュの精神史としてある」と書いていましたが、まさに天皇制は、そのサボタージュする装置として存在していると言えるでしょう。

また、いわゆる「不敬文学」なるものが、天皇をはじめとする皇室の人間たちを「個人たれ」と描いている(描こうと試みている)というのは、そのとおりでしょう。

一方で、「感情労働」としての象徴天皇制は、「天皇ってカワイイ」と言う女子高生に象徴されるように、アイドルまがいに消費される対象にすらなっており、天皇制を権威付ける神道由来の「神秘性」は後景に退いています。保守派にはそれが天皇制の危機と映っているのかもしれません。自民党の元首案も、そういった危機意識の表れなのかもしれません。でも、見方によっては、「天皇ってカワイイ」というのは象徴天皇制の”あるべき姿”と言えないこともないのです。

戦争責任という側面でしか天皇制を捉えてこなかった左派リベラルが、戦争犠牲者を慰霊し平和を希求する(そういった「感情労働」をみずからの「務め」とする)今の象徴天皇制の前ではただ現状を追認することしかできないのは、当然と言えば当然です。と言うか、今や左派リベラルが象徴天皇制の最大の擁護者になっていると言っても過言ではないでしょう。山本太郎参院議員が2013年に園遊会に出席した際、天皇に原発事故の現状を訴える手紙(上奏文?)を渡した”事件”がありましたが、左派リベラルこそ誰よりも天皇の政治利用を目論んでいると言えなくもないのです。

戦後74年が経ち、天皇制はここまで「倒錯」した存在になっているのです。でも、それが象徴天皇制の本質なのです。大塚英志風に言えば、そうやって「象徴天皇制の継続性」が担保されるのです。

「天皇が国家の象徴などと言う言い分は、もう半世紀すれば、彼が現人神だと言う言い分と同じ笑止で理の通らぬたわごとだと言うことになる、と言うより問題にもされなくなる、と僕は信じる」と大塚英志は書いていましたが、それはあまりに楽観的すぎると言わねばなりません。


関連記事:
昭和天皇崩御の日
感情化する社会と意味不明なナショナリズム
オウムは生きている
2019.04.26 Fri l 社会・メディア l top ▲
2019年4月帰省1


ふと思いついて、二泊三日で九州に帰りました。昨年十月に帰りましたので、半年ぶりの帰省です。

いつものように墓参りをして、友人たちと会いました。また、高校時代の友人と喫茶店で待ち合わせていたら、そこに別の同級生が偶然やって来たりと、田舎ならではの邂逅もありました。

前の記事でも書きましたが、私は、中学を卒業すると、親元を離れてまちの学校に行ったので、小中学校の友達はひとりもいません。もちろん、幼馴染はいますが、彼らとも疎遠になっています。

祖父母と両親が眠る墓は、田舎の菩提寺にあるのですが、しかし、既に実家もありませんので、生まれ故郷の町に帰っても、ただ墓参りをするだけで誰に会うこともありません。

とは言ってもやはり、自分が生まれ、祖父母と両親が眠る町は特別なものです。心の中には、子どもの頃の風景がずっと残っているのでした。今回も空港から真っ先に向かったのは、生まれ故郷の町でした。

町に近づくと新しく作られたバイパスから離れ、昔の道に入りました。雑草が生い茂った道沿いには、住人がいなくなって放置された家が点々とありました。昔は、県庁所在地の街から実家のある町まで、路線バスで二時間半かかりました。バスは、大正時代(?)泥棒を県庁所在地の警察署まで護送する際、用を足していた巡査が泥棒から突き落とされたという逸話が残る「巡査落としの谷」を眼下に見ながら峠を越すのですが、峠の突端にある商店で十分間のトイレ休憩をするのが決まりでした。

その商店も人影もなく朽ちていました。しかし、店の看板やビール瓶ケースはそのまま残されていました。外観が痛んでいることを除けば、今も住人が住んでいるのではと錯覚を覚えるくらい、生活の痕跡もそのまま残っていました。

商店の前を通る道も雑草で覆われ、昔はこんな狭い道をバスが走っていたのかと思いました。バイパスは、峠にトンネルが掘られ、その中を走っているのです。

商店の前のバス停から同じ中学に通っていた一学年下の女の子がいました。そこから三十~四十分かけてバスで通学していたのです。

彼女とは高校生のとき、一度だけ会ったことがあります。中学時代は、映画館もスーパーもない山奥の町でしたので、デートなんて望むべくもなかったのですが、高校になってから連絡をとり、二人で映画を観に行ったのでした。朽ちて傾きかけた家を前にして、そんな甘酸っぱい思い出がよみがってきました。

墓参りのあとは、地元の会社に勤めていた頃の同僚を訪ねて、来たときとは反対側の山を越え、彼が住んでいる町へ行きました。

同僚と言っても、私よりひと回り以上も年上で、既に七十歳を越え、今は奥さんと二人でのんびりと老後を過ごしています。夕方までお喋りをして帰ろうとすると、「夕飯を食べに行こうや」と言われました。

それで、三人で町内にある和食の店に行きました。彼もガンで何度か手術をしています。痩せて見た目も変わり、声も弱々しくなっていました。でも、口をついて出るのは、昔と変わらないトンチの効いた明るい話ばかりでした。店の前で別れ車を走らせると、外灯の下でこちらに向かって手を振りつづけている姿がルームミラーに映っていました。

二日目は、別府から車を飛ばして宇佐神宮にお参りに行きました。私は、宇佐神宮は初めてでした。翌日、高校の同級生たちと会ったとき、宇佐神宮に行った話をしたら、高校三年の冬休みに、十人くらいで汽車に乗って宇佐神宮に行ったことがあると言うのです。

「お前も行かなかったっけ?」と言われましたが、私は行っていません。受験の合格祈願に行ったのだそうです。翌月には、合格祈願に行った友人たちと受験のため一緒に上京しているのです。どうして私だけが抜けていたのか、しかも、今までその話を知らなかったのか、なんだかわけもなくショックを覚えました。

宇佐神宮は、全国の八幡さまの総本宮と言うだけあって、想像以上に大きな神社でした。クラブツーリズムのツアーでやってきたお年寄りたちが前を歩いていましたが、「伊勢神宮と同じくらい広いな」と言っていました(いくらなんでもそれはオーバーでしょう)。宇佐神宮は、前も書きましたが、「六郷満山」と呼ばれる国東半島の寺々に大きな影響を与え、独特な神仏習合の仏教文化を生み出したのでした。でも、最近、宮司の跡継ぎ問題で内紛が起き、裁判沙汰になったそうです。

宇佐神宮のあとは、豊後高田市の「昭和の町」へ行きました。宇佐神宮から車で10分くらいでした。私たちの世代の人間にとって、豊後高田と言えば、バスケットの強豪校の高田高校がある街というイメージしかありません。ところが、20年くらい前からさびれた商店街を逆手に取った町おこしが行われ、それが見事に当たったのです。さまざまなメディアに取り上げられて、「昭和の町」はいっきに全国区の町になったのでした。

しかし、行ってがっかりでした。平日ということもあってか、文字通り閑古鳥が鳴いていました。休日になれば訪れる人も多くなるのかもしれませんが、これではレトロではなくただのさびれた町だと思いました。

閑古鳥が鳴いているのは「昭和の町」だけではありません。県内のほかの温泉地や観光施設も、地元の人間に訊くと、意外にも悲観的な声が多いのです。メディアでふりまかれるイメージやトリップアドバイザーのレビューでは伺い知れない現状があるようです。このままではインバウンドの「千客万来」も、一夜の夢に終わる懸念さえあるでしょう。

今回も旧知の人間たちと会い、昔話に華を咲かせましたが、しかし一方で、だんだん田舎に帰るのがしんどくなっているのを感じます。それは、体力面ではなく、多分に精神的なものです。このもの哀しさはなんだろうと思います。

なつかしさに駆られて田舎に帰るものの、戻ってくるときは、いつも暗い気持になっている自分がいます。田舎で目に入るのは、”黄昏の風景”ばかりです。坂口安吾ではないですが、なつかしさというのは残酷なものでもあるのです。そのため、東京に戻る飛行機の中では、いつもこれで最後にしようと思うのでした。


2019年4月帰省2
原尻の滝1(豊後大野市)

2019年4月帰省3
原尻の滝2

2019年4月帰省4
宇佐神宮1

2019年4月帰省5
宇佐神宮2

2019年4月帰省6
宇佐神宮3

2019年4月帰省7
宇佐神宮4

2019年4月帰省8
宇佐神宮5

2019年4月帰省9
昭和の町1(豊後高田市)

2019年4月帰省10
昭和の町2

2019年4月帰省11
昭和の町3
2019.04.20 Sat l 故郷 l top ▲
先日、NHKの「クローズアップ現代」で、「独自映像 “ショーケン”最期の日々」と題してショーケンのプライベート映像が放送されていました。GIST(消化管間質腫瘍)を発病したあと、八年間に渡って撮りだめた53時間の映像がNHKに託されたのだそうです。

映像には、死を意識しながら仕事に取り組むショーケンの姿が克明に記録されていました。前に『日本映画[監督・俳優]論』を取り上げた中でも書きましたが、ショーケンの俳優としての覚悟と「感受性の高さ」が映像にも出ていました。

ショーケンは、四度目の結婚に際して、今までジェットコースターのような人生だったけど、メリーゴーランドのような穏やかな人生を送りたいと言っていたそうで、映像の中でも、奥さんに対する感謝のことばを述べている場面がありました。

死を前にしたとき、家族がどんなに支えになったことでしょう。家族のいない私は、ひとりで死んでいく覚悟は持っているつもりです。しかし、それでも、孤独な死に耐えられるだろうかと思ったりもします。その意味では、ショーケンが羨ましくもあります。

ただ、一方で、ショーケンには(ショーケンだけは)最後まで破天荒でいてもらいたかったという気持もあります。

映像の中で、ショーケンは、今まで三回結婚したけど、ひとりの女性も幸せにできなかった、ひとりの女性も幸せにできない男になりたくないというようなことを言ってました。

でも、私は、ショーケンからそんなことばを聞くのは、ちょっとさみしい気持がしました。

破天荒なら破天荒でいいじゃないか。別に丁寧に生きなくたっていいじゃないかと思います。最後まで破天荒を貫くことで、映画や文学の本質にせまることができるはずです。俳優にとって(表現を生業とする人間にとって)、それこそ本望なのではないでしょうか。

何度も引用して恐縮ですが、ショーケン自身も、神代辰巳監督について、次のように語っているのです。

 これはあの人のいいところでもあるんだけど、名刀を持っているくせして、止めを刺せない優しさがあるんです。獲物を捕ってもさらに止めを刺せ、というんだ。でも刺せない。それがあの人の優しさなんだな。止めを刺せよ。もう死んでるも同然じゃないか。これ以上生かしておいたらかわいそうだよ。生き物なんだから。映画監督なら止めを刺さなきゃ。それが黒澤にも溝口(健二)にも小津(安二郎)にもあるんだよ。人間としての残酷さが。
(『日本映画[監督・俳優]論』)


芸能人というのは、市民社会の埒外に存在するものです。サラリーマンではないのです。サラリーマンの嘘臭さの対極にいるのが芸能人なのです。それは作家も同じです。

たしかに、死を前にすると、常識や規範や日常(家族)といった”市民的価値意識”に身を委ねたくなる気持もわからないでもありません。

でも、人間というのはもともと破天荒で矛盾だらけで、”市民的価値意識”に収まりきれない存在なのです。文学や映画が描こうとしているのも、そういった人間存在の真実なのです。人様に身を晒して生きる芸能人こそ、ことばの真正な意味においてヤクザな存在なのです。「河原乞食」には「河原乞食」の矜持があるはずです。だからこそ、差別をあこがれへと止揚することができるのです。


関連記事:
『日本映画[監督・俳優]論』
2019.04.18 Thu l 芸能・スポーツ l top ▲
12日に行われた東大の入学式で、同大名誉教授の上野千鶴子氏が祝辞を述べたそうですが、その全文が朝日新聞デジタルに掲載されていました。

朝日新聞デジタル
東大生と言えない訳 上野千鶴子氏が新入生に伝えたこと

上野氏は、次のように述べていました。

 あなたたちはがんばれば報われる、と思ってここまで来たはずです。ですが、冒頭で不正入試に触れたとおり、がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています。

 そして、がんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。あなたたちが今日、「がんばったら報われる」と思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです。

 世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひと……たちがいます。がんばる前から、「しょせんおまえなんか」「どうせわたしなんて」とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます。

 あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶(おとし)めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください。


既にいろんなところで指摘されていますが、収入格差がそのまま教育格差につながっている現実があります。フェミニストの上野氏は男女差にウエイトを置いて話したようですが、男女差だけでなく貧富の差においても、「報われない社会」になっているのです。

ネットには次のような表がありました。これは、東大生の家庭の世帯年収の割合(2016年)を表にしたものです。

東大生世帯年収
※出典
年収ガイド
東大生の親の年収データ

表について、記事は次のように書いていました。

パーセンテージのみの数値で、具体的な金額が出ていないため確実な数字とは言えませんが、世帯年収で1000万円以上が平均になることは上の表から間違いないでしょう。
(略)
こちら(世帯の平均年収・所得)のデータでは、「児童のいる世帯」の平均所得は約700万円です。
この数字と比べると東大生の平均が約300万円以上も上回っていることがわかります。
以前から言われていることですが、やはり経済力と学力には相関関係があることが見て取れます。


ちなみに、世帯年収が1000万円以上の家庭の割合は、2016年で13.2%です。巷間言われるように、東大生は裕福な家庭の子弟が多いというのは、否定すべくもない事実なのです。

でも、それは意外な話ではありません。東大に行くには、幼少期から多大な教育投資が必要です。経済的に余裕がなければ、その資金も捻出できないのです。

一方で、日本社会も既に階層の固定化がはじまっており、東大生の親たちも高学歴で、大手企業や官庁の管理職が多いというデータもあります。それが「教育熱心」と「経済的な余裕」の背景なのでしょう。

東大生の出身地の割合を見ると、2018年度では関東出身者が59.7%(東京37.5%)を占めています。もっとも、早稲田や慶応はもっと偏っており、同じ2018年度で、早稲田が76.91%(東京37.99%)、慶応が77.0%(同41.22%)です。

東大研究室
合格者の出身地割合
慶大塾
慶應義塾大学 出身地区別志願者・合格者数
早大塾
早稲田大学 出身地区別志願者・合格者数

全国学力テストの結果などを見ると、義務教育時の学力は「地方の方が上」だそうです。しかし、その後の地域環境や教育投資の多寡によって進学先に差がついてしまうのです。

もとより地方では、今は進学も地元志向が主流になっています。それは、子どもを都会の大学に通わせるほど親の経済的な余裕がなくなったからです。

前も書きましたが、私は九州のそれなりの公立高校に通いましたが(私自身も中学を卒業すると親元を離れ、まちの学校に越境入学したのでした)、当時、東京の大学に進んだ同級生は100名以上いました(今でも50~60名の同級生が関東に居住しています)。しかし、現在、母校で東京の大学に進むのは10名もいません。

教育格差は、上の学校に行くかどうかというレベルだけでなく、こういった(目に見えない)部分でも広がっているのです。”上京物語”も今や昔の話なのです。

上野氏によれば、東大生ひとりに対して4年間で500万円の「国費」が投じられているそうです。こうやって教育においても、格差の世代連鎖が進むのです。

この冷酷な(としか言いようのない)現実を考えるとき、「あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください」という上野千鶴子氏のことばも、なんだかむなしく響いてくるような気がしないでもありません。


関連記事:
上野千鶴子氏の発言
『女性たちの貧困』
貧すれば鈍す
2019.04.12 Fri l 社会・メディア l top ▲
昨夜、テレビを観ていたら、「俳優の萩原健一さん死去」というニュース速報が流れたのでびっくりしました。一瞬、自殺?と思ったほどでした。以来、今日も一日しんみりとした気持になっています。

2011年から病魔と闘っていたなんて知りませんでした。何度かテレビに出ている姿を観ましたが、別に痩せてもいないし、病気を抱えているようには見えませんでした。横浜の鶴見から都内に引っ越していたことも知りませんでした。

私たちの世代にとって、ショーケンはヒーローでした。テンプターズのショーケンもそうでしたが、テンプターズの頃はまだ子どもでしたので、個人的には、俳優としてのショーケンのほうがインパクトがありました。

デビュー作の「約束」(斎藤耕一監督・1972年)の、列車の中で岸恵子と出会うシーンは今でも印象強く残っています。既出ですが、演出家の蜷川幸雄は、ショーケンのすごさについて、ショーケンを特集したフジテレビの「ザ・ノンフィクション」のなかで、つぎのように語っていました。

YouTube
ノンフィクション(フジテレビ)
ショーケンという孤独

蜷川 ほら、初期の頃の『約束』(72年)って映画とか見ると、いつも思うんだよ。たとえばマーロン・ブランドやジェームス・ディーンやチブルスキーは、許容できない現実を生きる青年の鬱屈を擬態というスタイルで表現したんだよね。その、世界的な演技の流れを日本で最初にやったのがショーケンだったんだよ。それは革命的な出来事だったと思うよ。
(2008年7月7日「合縁奇縁」・株式会社東急文化村)


そんなショーケンの演技は、神代辰巳監督の「青春の蹉跌」(1974年)でいっきに開花したように思います。全編を覆うあの気怠く倦んだ空気は、ショーケンでなければ出せないものでしょう。

当時、全共闘以後の世代は「シラケの世代」と呼ばれていましたが、私は、「シラケ」という言葉にどこか違和感を覚えてなりませんでした。むしろ、「屈折」と言ったほうがピタリとくるような気がしました。

全共闘運動に挫折した世代も、そんな全共闘世代を仰ぎ見つつ戦いに行き遅れた世代も、70年代を生きる若者たちはみんな「屈折」していたのです。「約束」や「青春の蹉跌」では、ショーケンがそんな「屈折した世代」の時代感覚を体現していたのでした。

当時の若者たちには、ショーケンのような”尖った部分”は共通してありました。それは、年を取ってもどこかに残っているのです。無定見に阿ることなく自分にこだわる。それがショーケンがいつまでもカッコよかった理由でもあるのだと思います。

ショーケンと並び称せられる沢田研二も同じです。この前のドタキャン騒ぎも然り。あれだけ一時代を築いた大スターでありながら、護憲や反原発を表明しているのも、彼のなかに”尖った部分”が残っているからでしょう。反原発発言で干された山本太郎が、2012年の衆院選に東京8区から出馬した際、ジュリーはわざわざ荻窪まで出向いて応援演説をしたのですが、それも”反骨精神”ゆえでしょう。ショーケンやジュリーが、ビートルズよりローリングストーンズに魅かれていたのもわかる気がします。

享年68歳というのは、いくらなんでも早すぎます。最近のショーケンは、「いい年の取り方をした」というのとは違った意味で、カッコいい年寄りでした。下の世代の私たちにとっても、これから“黄昏の季節”を生きる上でのロールモデルであり、気になっていた存在でした。だから、よけい残念でなりません。


関連記事:
『日本映画[監督・俳優]論』
ショーケンはカッコええ
2019.03.29 Fri l 訃報・死 l top ▲
NGT48暴行問題に関する第三者委員会による報告書が公表されたことに伴い、AKSの運営責任者らが会見を行いましたが、会見を観ていた被害者がリアルタイムに反論をTwitterに投稿。そのため、次々に上がってくる反論について、記者が運営会社に回答を求め、3時間にも及ぶ異例の会見になったそうです。一方的な会見に対しては、SNSを使ったこんな方法もありなんだなと思いました。

何度も言いますが、私はAKBのファンではありません。ただ、AKBのアイドル商法にも、女衒と見紛うような旧態依然とした怖い!怖い!芸能界のオキテが存在しており、その点に興味があるだけです。

AKBのアイドル商法の問題点について、リテラは次にように書いていましたが、すべてはこれに尽きるように思います。

LITERA
NGT48暴行問題で山口真帆が謝罪強要を訴えるも運営は無視! 第三者委員会も運営も秋元康の責任隠蔽

 そもそもAKBグループのシステム自体が内部で不和を誘発しやすいものである。「選抜総選挙」や「個別握手券の売上」など過度な競争を煽る構造や、「恋愛禁止」といった非人道的なルールを強要している環境によるストレスは、メンバーのメンタルをむしばみ、メンバー間の軋轢を引き起こす要因になるからだ。

 また、握手会に代表される“疑似恋愛”ビジネスも、ファンとのトラブルを生み出す要因となっていることは言うまでもない。さらに、一部メンバーが秋元氏ら運営幹部から優遇される一方、そうではないメンバーのなかには過度な競争のなかで承認を求めてファンへの依存度が高まってしまうという問題も生じている。


リテラが言うように、「こうしたシステムをビジネスとしてつくり上げ、温存させてきたのは無論、秋元氏」なのです。にもかかわらず、秋元康氏は、今回の問題でも、メディアの前に出ることがなく無言を貫いています。

一方で、秋元氏は、グループ内ではまるで「天皇」のように振舞い、お気に入りのメンバーを“喜び組”のように傍に置いて寵愛しているのです。これではアイドルを私物化していると言われても仕方ないでしょう。秋元氏と幹部たちの関係は、キャバクラを運営する会社の社長と店長の関係に似ているように思えてなりません。

運営会社にとって、被害者のメンバーが目の上のたんこぶであるのは間違いないでしょう。どうやってフェードアウトさせるか悪知恵を絞っているに違いありません。でも、それがみずから墓穴を掘ることになるのだという認識は、彼らにはないのでしょう。

やっというべきか、ここにきてAKBのアイドル商法のいかがわしさがいっきに露呈した感じです。選抜総選挙の中止も、AKBのアイドル商法が追い詰められている証左と言えるでしょう。と言うか、末路を辿りはじめたと言っても過言ではないかもしれません。

AKBのアイドル商法に踊った(踊らされた)朝日新聞をはじめメディアに対しては、ざまぁwとしか言いようがありません。今になって手の平を返したような記事を書いても、白々しく見えるだけです。


関連記事:
NGTと怖い!怖い!芸能界
朝日新聞とAKB
2019.03.24 Sun l 芸能・スポーツ l top ▲
どうしてこんなに憂鬱なんだろうと思います。急に気分が落ち込みはじめ、それからはどんどん落ち込んで行くばかりです。

昔、パニック障害になったという女性がいました。付き合っていた男性からDVを受け、それ以来パニック障害になったと言うのです。外出するのが怖くて、いつも死にたいと思っていたと言ってました。

私のまわりでも死にたいと思っていたと言う人間は結構多いのです。みんなそうやって人生の苦難をくぐってきたのです。

警察庁によれば、2018年の自殺者数は2万598人で、2010年以来8年連続で減少しているそうです。ちなみに、ピークの2003年は年間3万5千人近くの人がみずから命を絶っていました。ただ、2018年の交通事故死が3532人ですから、減少したとは言え、それでも自殺者が如何に多いかがわかります。

専門家のなかには、自殺者の背後にはその10倍の自殺未遂者がいると言う人もいるそうです。その説に従えば、年間20万人以上の人が自殺未遂を起こしていることになります。

自殺や自殺未遂は、家族が他言することを避け隠そうとするので、私たちはその事実を知ることは少ないのです。しかし、統計から見る限り、私たちの身近にも自殺や自殺未遂が存在していてもおかしくないのです。

ふと思いついて、パソコンに保存している日記を開きました。日記は1999年からはじまっていますが、2013年からは途絶えたままでした。もう6年つけてないことになります。しかも、2013年は9月に一日つけているだけです。1999年から2010年まではほぼ毎日つけていましたが、それ以後は中断と再開のくり返しでした。私は、もともと二十歳の頃から手書きで日記をつけており、そのあとパソコンに切り替えたのでした。

日記を読み返すと、いっそうしんみりした気持になりました。人間というのは、いつまで経っても同じことをくり返す懲りない動物です。“人間嫌い”というのも、単にわがままなだけかもしれないと思ったりします。私は、小学校の頃から「協調性がない」と通知表に書かれるような人間でしたが、「協調性がない」のもわがままだからなのでしょう。

どうしてこんな人生になったのかなんて考え始めたら、それこそ底なし沼に落ちて行くような気持になります。四十にして惑わずと言いますが、老いても尚、人生に惑うことは、より残酷で絶望的なものにならざるを得ないのは当然でしょう。そこにあるのは、文字通りどうにもならない人生です。

また、日記には、病院でガンの疑いがあると言われ、検査入院しなければならなくなったときの心境を書いたものもありました。春だったのですが、病院から土手沿いの桜並木の下を歩いて帰っていたら、前を保育園の子どもたちが手を引かれ散歩していたのでした。それを見たら、途端に涙があふれてきたと書いていました。検査の結果、ガン細胞は見つからなかったのですが、しかし、これから年を取ってくると、いつかまた同じような場面に遭遇するかもしれません。

以前、久しぶりに旧知の人間に会ったら、別人のように太っていたのでびっくりしたことがありました。聞けば、鬱病を患い、無性に甘いものを欲し、毎日ケーキやチョコレートなどを食べまくっていたのだそうです。脳内の生理的なバランスが崩れ、そのために糖を過大に摂取して、感情をコントロールする神経伝達物質のセルトニンを多く分泌しようとしたのでしょう。

かく言う私も、もともと甘党なので、日頃からできる限り甘いものを控えるように気を付けているのですが、最近は我慢できなくてやたら甘いものを食べるようになっています。そのため、体重も増える一方です。

とは言え、エーリヒ・フロムではないですが、こうして文章(ブログ)に書いて自分を客観視できる間はまだ大丈夫でしょう。なにか気分転換をはからなければと思っています。知らず知らずのうちに、悩みを自分の方に自分の方に引き寄せようとする力がはたらいていますが、できる限り、突き放すようにしなければと思ったりもしています。突き放すと、それがたいしたことではないことに気が付くのです。
2019.03.24 Sun l 日常・その他 l top ▲
昨日、フジテレビの番組で、三十九歳でモデルデビューするために北海道から上京してきた女性のドキュメンタリーをやっていました。

そのなかで、女性が中国のファッション雑誌の専属モデルのオーディションを受けるシーンがありました。オーディションには全国から四千七百人の応募があったそうです。五次審査まであり、女性は三次審査で落ちたのですが、驚いたのは、一次と二次の審査を日本人スタッフが請け負ってやっていたことです(三次審査は中国の審査員も加わり日中合同でやっていた)。

テレビのワイドショーなどでは、相も変わらずデーブ・スペクターの会社などが提供する、中国が如何に野蛮で遅れた国かというような動画を流して優越感に浸っていますが、今や雑誌のモデル募集でも中国が日本に依頼し、日本が下請けになっている現実があるのです。もちろん、モデルやタレントを志す人間にとっても、巨大な中国市場は魅力でしょう。さらにその背後には、汎アジアの市場も控えているのです。

中国は野蛮な遅れた国であると自演乙している間に、既に中国は日本を飲み込むほどの大国になっていたのです。

HUAWEIの問題も、5G (次世代通信システム)をめぐるアメリカと中国の覇権争いが背景にあるのはあきらかで、日本政府の口真似でHUAWEIはヤバいなどと言っているのは、それこそトンチンカンの極みと言うべきでしょう。5Gが巷間言われているように、世界を制するような圧倒的なイノベーションを持つものかどうか、私にはわかりませんが、この米中対立が意味しているのは、世界の覇権を裏付けるものが軍事力から情報技術に代わったということでしょう。ここにもアメリカが超大国の座から転落する(そして、世界が多極化する)あらたな歴史の流れが表れているように思います。

千代田区で不動産関係の仕事をしている知人の話では、番町あたりの高級マンションの三分の一は中国人に買われているそうです。なかでも、最上階や角部屋などの高い部屋は、ほとんど中国人に買い占められていると言っていました。

中国人観光客のマナーが悪いのは事実ですが、ただ、彼らが既に私たちより豊かな生活をしているのもまた事実なのです。でも、多くの日本人はそれを認めようとしません。認めたくないのでしょう。中国は野蛮で遅れた国だと自演乙することで、現実から目を反らしているだけです。

もちろん、中国にも深刻な格差があるのは言うまでもありません。しかし、先進国で最悪の格差社会を招来し、生活保護の基準以下で生活する国民が二千万人もいるような国が、よその国の格差を云々する資格があるのかと思います。生活保護の捕捉率が10%台というのは、OECD加盟国のなかでも際立って低い数字で、日本は社会保障後進国なのです。

中国だけではありません。キャッチアップしたアジアの国々には、(格差という影を背負いながら)既に膨大な中間層が誕生しているのです。

地方の観光地では、そんなアジアからの観光客に依存する傾向がますます強くなっています。「アジアの観光客はマナーが悪くて迷惑だ」と言いながら、心のなかでは揉み手しながら彼らを熱烈歓迎しているのです。

地元の別府市観光課が発表した平成二十九年度の観光動態調査によれば、別府を訪れる外国人観光客の80%以上はアジアからの観光客です。

外国人観光客のベスト10(平成二十九年度)
1 韓国 55.2%(329680人)
2 台湾 15.0%(89664人)
3 香港 10.55%(62598人)
4 中国 8.4%(50447人)
5 タイ3.1%(18778人)
6 シンガポール1.3%(7707人)
7 アメリカ 0.9%(5129人)
8 フランス 0.5%(2696人)
9 オーストラリア 0.4%(2375人)
10 マレーシア 0.4%(2310人)
平成二十九年度別府市観光動態調査要覧に基づいて編集

韓国からの観光客が多いのは、大分とソウルの間に、韓国の格安航空が就航しているからですが(だから若い観光客が多い)、これを見ると、「YOUは何しに日本へ?」の主役である欧米からの観光客は数パーセントにすぎないことがわかります。ちなみに、日本全体でも、アジアからの観光客が70%以上を占め、欧米からの観光客は10%程度です。

一方で、中国などの富裕層は、既に日本に興味を失くしているという話もあります。中国の都市部に住んでいる人たちは、上海や北京などの発展ぶりを知っているので、東京が逆に色あせて見えるのだとか。

今、日本を訪れているのは、経済発展で新しく中間層になった人々ですが(だからマナーが悪いのでしょう)、彼らも、やがて日本に対する興味を失っていく懸念はあるでしょう。日本の観光地は、外国のそれに比べればスケールも小さくショボいところばかりです。それに、なにより”日本的”なるものが、実は中国大陸や朝鮮半島にルーツがあることを彼らがいちばんよく知っているからです。一巡すれば、爆買いの例が示すように、訪日客が下降線を辿りはじめる可能性もないとは言えないでしょう。

今や日本は「買われる国」なのです。テレビ東京の「ニッポン行きたい人応援団」が吹聴するような「あこがれの国」ではありません。中国や韓国の男たちの間では、日本行きの”買春ツアー”が密かなブームだそうです。吉原のソープも、外国人観光客で持っているという話さえあるくらいです(別府のソープもそう言われています)。

秋葉原を訪れる外国人観光客のなかには、欧米に比べて規制が緩い児童ポルノが目当ての人間も多いというのは前から指摘されていました。アイドルやアニメも、ペドフィリア(小児性愛)の対象として見られているのです。それが「クールジャパン」の実態なのです。「YOUは何しに日本へ?」は、そんなペドファイル(小児性愛者)やその予備軍をオモロイ「おたくYOU」として取り上げているのです。

そのうち歌舞伎町のホストクラブも、アジアの国々の有閑マダムたちに占領されるかもしれません。実際に、派遣型風俗店のなかには、外国人観光客に特化した店もあるそうです。なんだかひと昔前の”妓生(キーセン)観光”のようですが、それが訪日客増加のもうひとつの顔でもあるのです。

先日、「東京の二十代の女性に梅毒が急増」というニュースがありましたが、どうして東京だけがと不思議に思いました。ところが、その多くが風俗で働く(それこそ外国人観光客に買われる)女性たちなのだという話を聞いて、さもありなんと思いました。それも訪日客増加の副産物と言えるのかもしれません。

何度もくり返しますが、アメリカが超大国の座から転落して、世界が多極化するのは間違いないのです。トランプ政権の外交政策などを見ても、その流れが一層鮮明になっています。そして、中国がアジアの盟主になるのも避けられない流れです。しかし、ここに至ってもなお、多くの日本人はその現実を見ようとしません。そこには、「日本は侵略などしていない」「南京大虐殺は幻だ」「従軍慰安婦なんて存在しない」などという、”過去の栄光”にすがる歪んだ歴史観が伏在しているからでしょう。現実を直視できなくて、どうして対抗したり競争したりできるでしょうか。これでは、日本が世界に誇るのが百均の商品と児童ポルノとセックス産業だけということにもなりかねないでしょう。


関連記事:
「安くておいしい国」日本
「中間層ビッグバン」
2019.03.11 Mon l 社会・メディア l top ▲
保証人の件ですが、電話だとどうしても感情的になって真意が伝わらないと思ったので、手紙を書くことにしました。そして、以下のような手紙を書いて投函しました(プライバシーに関わる部分は削除しています)。

投函したあと、ずっと憂鬱な状態がつづいています。友人は、見かけによらずナイーブな一面を持っているので、ショックを受けるのは間違いないでしょう。もしかしたら、裏切られたと思うかもしれません。でも、いつまでも"いい人"を演じるわけにはいかないのです。と同時に、お金が恨めしくもあります。

--------------------------------

×× 様

突然、手紙で失礼します。

電話をしようかと思いましたが、電話だと冷静に順序立てて私の気持をお話しできそうもないので、手紙を書くことにしました。

結論から先に申しますと、事務所にお伺いする件はキャンセルさせていただきます。また、リースの保証人の件もお断りさせていただきます。

そもそも私のような属性の人間は、保証人としての責務を果たせるとはとても思えません。信販会社からも、弁済能力に疑問が付けられるのは間違いありません。「通りやすいようにする」という営業マンのことばは、私には悪魔のささやきのようにしか聞こえません。

また、この年齢になれば、健康面でもいつどんなことがあるかもわかりません。お互いそういったリスクも考えないわけにはいかないでしょう。私にはリクスが大きすぎます。

貴殿には話していませんでしたが、私は、昔、身から出たサビで大きな債務を背負い苦労した経験があります。それが未だ私の中でトラウマになっています。

そのため、できるだけお金の苦労はしたくないという思いは強くあります。たかが「この程度」の保証人でと思われるかもしれませんが、私は「この程度」の生活しかしてないのです。ちまちまとでもいいから、できるだけ今を平穏に生きて行きたいと思っているのです。

年金も少ないので、間近にせまった”老後”も大きな不安です。そのためもあって、私は、極力ローンは避けたいと思って生活してきました。にもかかわらず、どうして他人の5年払いのローンの保証人にならなければならないのかという気持は、正直言ってあります。

非常に心苦しいのですが、事情をお察しの上、ご理解下さいますようお願いいたします。

お力になれなくて申し訳ございません。

お元気で頑張ってください。
2019.03.03 Sun l 日常・その他 l top ▲
一昨日、突然、友人から電話がかかってきました。私は、出かけていたので、電話に出ることができなかったのですが、スマホに何度も着歴が残っていました。

なんだろうと思って電話をすると、保証人になってくれと言うのです。私は、心の中で「キタ~~!!」と思いました。

それまで別の同級生に頼んでいたけど、彼が病気になり入院したので断られたと言うのです。

事務機器のリースの保証人だそうです。彼は、五年前に会社を辞めて、自分で事業をはじめたのですが、そのときに入れたコピー機のリースが五年で終了したので、再契約しなければならないのだと。

事業と言っても一人でやっているだけで、他の友人に聞いても決してうまく行っているようには見えないということでした。

友人は、大学時代、運動部に所属していて、いつもパンチパーマに学ランを着てのし歩いているような、典型的な右翼学生でした。今でも体重が百キロ超あり、一見ヤバい人に見える風貌をしています。そのためもあって、声も大きく押しの強い言い方をします。

「オレは保証人になれないよ。保証能力がないよ」
「いや、大丈夫だよ。頼むよ」「昔、お前がアパートを借りるとき、オレが保証人になったじゃないか」
と、大昔の話まで持ち出してくる始末です。しかも、印鑑と運転免許証を持って数日中に事務所に来てくれと言うのです。

「そんなこと言われても急に行けないよ。書類を送ってくれよ。よく見て検討するよ」
「それじゃ時間がないんだよ」
「前に、応援部出身で新宿でエグい仕事をやっているやつがいるって話していたじゃないか。オレなんかよりあいつに頼めばいいじゃないか?」
「本音を出して話せるやつと話せないやつがいるんだよ」
「じゃあ、兄弟がいるじゃないか? 兄さんはちゃんとした会社に勤めているじゃないか。オレなんかよりよほど信用があるだろう」
「兄弟でも頼めない場合があるんだよ」
「おい、そんなで大丈夫かよ」

とにかく、考えておくと言って電話を切りました。ところが、そのあと、スマホに知らない番号から電話が来るようになったのです。もちろん、登録をしていない番号です。当然、無視しました。しかし、一日に何度も着歴が残っていました。

翌日も友人から電話がかかってきました。事務所に来てくれの一本やりです。

「そんなの無理だよ」
「頼むよ」
「なんでそんなに急いでいるんだよ」
「時間がないと言われているんだ」
「それは営業マンの都合だろう。ノルマに追われているので、そう言っているだけだろう」

「じゃあ、月曜日(三日後)に来てくれ」
「無理だよ。書類を送ってくれよ」
「そんな時間がないんだよ」
「オレは契約の内容も知らない。それでいきなり保証人なんかなれないよ」

「リースっていくらなんだよ」
「月に三万五千円だ」
「三万五千円? だったら五年リースで二百万超すじゃないか? お前の仕事でそんなコピー機いらないだろう」
「いるんだよ」
「安いファックスとスキャナーを買ってパソコンでプリントアウトすればいいじゃないか?」
「お前みたいにパソコンができないんだよ」
「だからって二百万のコピー機をリースすることないだろう」
ホントにコピー機なんだろうかという疑問が私の頭をよぎりました。

彼の仕事は、(ちょっとカッコよく言えば)文化人や芸能人を相手にする仕事です。別にコピーを生業にしているような仕事ではありません。それに、社員もいない、「一人社長」の吹けば飛ぶような個人事業であることには変わりがありません。

友人と電話で話した途端に、知らない番号からの電話もピタリと止みました。やはり、友人が私の電話番号を教えていたのかもしれません。業者も一緒になって、私に保証人の依頼の電話をかけていたのか。

中には、この程度の保証人でと思う人もいるかもしれませんが、私はこの程度の生活しかしてないのです。

よく年を取ると人間が丸くなると言いますが、私の場合は、ますます嫌味たらしく且つ計算高くなっている気がします。もちろん、”いい人”でいたいという気持もありますが、若い頃に比べて損得勘定でものを考えることが多くなりました。

ときには、今までの人生で、ホントにお世話になった人間は何人いるだろうなんていやらしいことを考えたりすることもあります。

もちろん、人間関係が打算だけじゃないと言うのはわかります。打算で考えるのは下の下だというのも充々わかっています。でも、年を取るといろんな意味で余裕がなくなるので、打算でものを考えるようになるのです。

本音はもちろん断りたいのですが、だからと言ってはっきりと言い出せない自分もいます。

既出ですが、吉本隆明は、お金を借りに来た友人に次のように言ったそうです。

(前略)吉本は千円札を三枚、私の手に握らせると言った。
「俺のところもラクじゃない。しかし、この金は返さなくてもいいんだ。なあ、佐伯(注:筆者のこと)。人間ほんとうに食うに困った時は、強盗でも何でもやるんだな」

川端要壽『堕ちよ!さらば-吉本隆明と私』(河出文庫)


自分の事になると言うは易し行うは難しですが、こういうところに私たちの人生の現実があるのはたしかでしょう。と言うか、私たちは、ホントはこういった現実のなかでしか生きてないのです。私たちが持っていることばも、こういった現実の中から生まれたものです。そのはずなのです。


関連記事:
お金が全てではない
2019.03.01 Fri l 日常・その他 l top ▲
少し前の話ですが、安倍首相が二月十日の自民党大会で、「悪夢のような民主党政権」と発言したことについて、民主党政権時代に副総理や外相などを務めた岡田克也氏(元民主党・元民進党代表)が、衆院予算委の質疑で、発言を撤回するよう求め、撤回を拒否する安倍首相との間で感情的な応酬が行われたと話題になりました。ちなみに、私も、安倍首相とは別の意味で、民主党政権は悪夢だったと思っている人間のひとりです。

安倍首相は、岡田氏の撤回要求に「では、なぜ、民主党という名前を変えたんですか」と“反論”したそうですが、痛いところを突いたと言えるでしょう。名前を変えても中身(顔触れ)は変わらないのです。

政権交代への期待と裏切り。それを考えれば、厚顔無恥ということばしか思い浮かびません。立憲民主党の枝野代表の「政権奪還」宣言なんて、誇大妄想もいいところでしょう。有権者を舐めんなよと言いたくなります。

シャンタル・ムフは、『左派ポピュリズムのために』で、つぎのように書いていました。

政治の対抗モデルと左 ‐ 右の対立を時代遅れだと主張し、中道右派と中道左派の「中道での合意」を歓迎することで、いわゆる「ラジカルな中道」は専門家(引用者:“テクノクラシー”とルビ)支配による政治形態を進めることになった。この考え方によれば、政治とは党派対立ではなく、公共の事柄を中立的にマネジメントすることとされたのだ。
(『左派ポピュリズムのために』)


シャンタル・ムフは、これを「ポスト政治的状況」と呼んでいます。

 結果として、市民がそれを通じて政治決定に影響を与える議会や諸機関の役割は劇的に後退してしまった。選挙はもはや、伝統的な「統治を担う諸政党」を通して、真の代替案(引用者:”オルタナティヴ”とルビ)を選択する機会にはなりえない。ポスト政治的な状況においては、中道右派政党と中道左派政党の二大政党的な政権交代しか起こらない。「中道での合意」や新自由主義的なグローバル化以外に選択肢はないという教義に反対する者はすべて、「過激主義者」と表現するか「ポピュリスト」であるとして、政治にかかわるべきではないとされたのだ。
(同上)


『左派ポピュリズムのために』の帯にある「少数支配(オリガーキー)」とは、こういうことです。

「野党が政権を取ってもなにも変わらない」という巷の声は真実を突いているのです。事実、民主党が政権を取ってもなにも変わりませんでした。自民党政権と五十歩百歩でした。政権交代が可能な二大政党制の導入を旗印に、労働戦線の右翼的再編と軌を一にして誕生した民主党は、文字通りシャンタル・ムフが言う「ポスト政治的状況」を招来する役割を担っていたのです。それが、私にとって、民主党政権が悪夢であった所以です。

シャンタル・ムフは、党派性は政治の本質であり、そのことを再肯定する必要があると言っていました。党派性を否定する政治は、政治ではなく、「少数支配」を前提とした「マネジメント」にすぎないのです。


関連記事:
日本で待ち望まれる急進左派の運動
2019.02.26 Tue l 社会・メディア l top ▲
左派ポピュリズムのために


先日、朝日新聞デジタルに、政治学者の山本圭氏(立命館大学準教授)の非常に示唆に富んだ寄稿が掲載されていました。

朝日新聞デジタル
極右に対抗「左派ポピュリズム」広がる 政治家に存在感

山本氏は、次のように書いています。

もとよりポピュリズムに対しては、「大衆迎合主義」と(誤って)翻訳されることが多いせいか、本邦ではことのほかネガティブな印象が強い。これが喚起するイメージといえば、デマゴーグによる人気取り政策、あることないこと放言する民主主義の腐敗、おおかたそんなところだろう。

 とはいえ、元来ポピュリズムとは、既存の政党政治からこぼれ落ち、疎外されてきた人々を、ひとつの政治勢力としてまとめあげる、そのような政治手法を指す言葉である。そのかぎりで、ポピュリズムこそ真に民主主義的である、という見方も当然成り立つ。

 近年、欧州や米国ではポピュリズムのこうした伝統が回帰している。それが〈左派ポピュリズム〉と呼ばれるものだ。ギリシャの急進左翼進歩連合(シリザ)やスペインのポデモスといった政党をはじめ、英国労働党のコービン、「不服従のフランス」のメランション、米国のサンダース、さらに最近になると富裕層への課税を訴える民主党のオカシオコルテスといった政治家らが存在感を示している。


また、ブレイディみかこ氏も、かつてみずからのブログ「The Brady Blog」で、左派ポピュリズムについて、次のように書いていました。

Yahoo!ニュース
ポピュリズムとポピュラリズム:トランプとスペインのポデモスは似ているのか

「ポピュリズム」という言葉は、日本では「大衆迎合主義」と訳されたりして頭ごなしに悪いもののように言われがちだが、Oxford Learner’s Dictionariesのサイトに行くと、「庶民の意見や願いを代表することを標榜する政治のタイプ」とシンプルに書かれている。
(中略)
EU離脱、米大統領選の結果を受けて、新たな左派ポピュリズムの必要性を説いているのは英ガーディアン紙のオーウェン・ジョーンズだ。

「統計の数字を見れば低所得者がトランプ支持というのは間違い」という意見も出ているが、ジョーンズは年収3万ドル以下の最低所得者層に注目している。他の収入層では、2012年の大統領選と今回とでは、民主党、共和党ともに票数の増減パーセンテージは一桁台しか違わない。だが、年収3万ドル以下の最低所得層では、共和党が16%の票を伸ばしている。票数ではわずかにトランプ票がクリントン票に負けているものの、最低所得層では、前回は初の黒人大統領をこぞって支持した人々の多くが、今回はレイシスト的発言をするトランプに入れたのだ。英国でも、下層の街に暮らしていると、界隈の人々が(彼らなりの主義を曲げることなく)左から右に唐突にジャンプする感じは肌感覚でわかる。これを「何も考えていないバカたち」と左派は批判しがちだが、実はそう罵倒せざるを得ないのは、彼らのことがわからないという事実にムカつくからではないだろうか。


左派ポピュリズムについては、私もこのブログで何度もブレイディみかこ氏のことばを引用して書いてきました。大事なのは、右か左ではなく上か下かだ、と。

そして、ブレイディみかこ氏やオーウェン・ジョーンズやポデモスのパブロ・イグレシアスに影響を与えているのが、ベルギーの政治学者のシャンタル・ムフです。

山本圭氏が邦訳した彼女の新著『左派ポピュリズムのために』(明石書店)は、現代の社会運動を担う人々にとってバイブルになり得るような本だと思いました。私は、本を読むとき、受験勉強のなごりで、重要と思う箇所に赤線を引いて、そのページに付箋を貼る習慣があるのですが、『左派ポピュリズムのために』は文字通り赤線だらけ付箋だらけになりました。

でも、その多くは、このブログで再三くり返していることです。

どこを引用してもいいのですが、たとえば、中道化するなかで新自由主義という”共通の土俵”に上がってしまった「社会ー民主主義」勢力(=左派リベラル)のテイタラクについて、シャンタル・ムフは次のように書いています。

 多くの国において、新自由主義的な政策の導入に重要な役割を果たした社会ー民主主義政党は、ポピュリスト・モーメントの本質を掴みそこねており、この状況が表している困難に立ちむかうことができていない。彼らはポスト政治的な教義に囚われ、みずからの過ちをなかなか受入れようとせず、また、右派ポピュリスト政党がまとめあげた諸要求の多くが進歩的な回答を必要とする民主的なものであることもわかっていない。これらの要求の多くは新自由主義的なグローバル化の最大の敗者たちのものであり、新自由主義プロジェクトの内部にとどまるかぎり、満たされることはない。
 (略)右派ポピュリスト政党を「極右」や「ネオファシスト」に分類し、彼らの主張を教育のせいにすることは、中道左派勢力にとってとりわけ都合がよい。それは右派ポピュリスト政党の台頭に対する中道左派の責任を棚上げにしつつ、彼らを不適合者として、排除する簡単な方法だからである。「民主的討議」から「過激派」を追い出すための「道徳的」フロンティアをつくり上げることによって、「善良なる民主主義者たち」は、自分たちが「不合理な」情念の台頭を止めることができると信じているのである。


でも、それは「政治的には無力である」とシャンタル・ムフは書いていました。

私たちは、右派ポピュリズムに学ばなければならないのです。生産諸関係のなかに「政治的アイデンティティ」を求めるような「階級本質主義」(労働者本隊主義の幻想!)から離別し、左派ポピュリズムに依拠することをためらってはならないのです。既存の政治から見捨てられた人々のなかに、もうひとつの”政治”を発見しなければならないのです。シャンタル・ムフは、「その結果として、平等と社会正義の擁護に向けた共通の感情を動員することで、『人民』の構築、すなわち集合的意志の構築が生じるだろう。これにより、右派ポピュリズムが推し進める排外主義政策と闘うことができるようになる」のだと書いていました。

※最近、文章を書くのがしんどいので、引用ばかりになってしまいましたが、ご容赦ください。


関連記事:
歌を忘れたカナリア
「市民的価値意識」批判
2019.02.20 Wed l 本・文芸 l top ▲
今日の早朝6時前、車で首都高を走っているときでした。既に車は多く走っていましたが、まだ流れは順調でした。

途中、前方にスピードの遅い車が走っていたので、追い越そうとドアミラーで確認して右に車線変更したときでした。後ろから猛スピードで車がやってきたのです。そして、私の車の後ろにピタリと付け、プープープーとけたたましくクラクションを鳴らしながら激しくパッシングするではありませんか。

ルームミラーで見ると、ボンネット型のバンです。どこかの営業車なのでしょう。私は、頭に来ましたが、まさか首都高の上で急停車するわけにはいきませんので、しばらく走ったのち、左に車線変更をしました。すると、私の方にわざと車を寄せながら走り去って行ったのでした。横にピタリと付けられた際、運転手を見ましたが、五十絡みの作業服のようなものを着た男性でした。しかし、運転手はこちらを睨みつけるでもなく、まるで何かに取り憑かれているかのように正面を凝視したままでした。私は、逆にそれが怖いなと思いました。

こう書くと、ただ急いでいるだけだろうと言う人がいるかもしれません。また、あおり運転を受けないために心がけることを書いた記事なるものを見たこともあります。まるであおり運転は仕方ない面もあり、あおられる方にも非があるのだと言わんばかりです。

でも、テレビニュースなどで取り上げられるような事例の方がむしろ特殊なのです。動画を見ると、車から降りて窓ガラスをドンドン叩いたり、暴言を吐いたり、車体を蹴上げたりしていています。なかには、酒を飲んでいたケースもあるようです。

あおり運転は、そんな特殊なものだけではないのです。もっと日常的にあるものです。車を運転している人だったら、普段誰しもが経験していることでしょう。むしろ、急いでいるのだろうとかトロトロ走っているからあおられるのだ、などというもの言いこそがあおり運転をはびこらせる要因になっているように思います。

あおり運転は、事故を誘発するケースも多いのです。中でも運転に未熟な人ほど、後ろからあおられたら、気が動転して運転を誤る危険性も大きいでしょう。しかも、運転に未熟な人ほど、あおり運転のターゲットになるケースが多いのです。

あおり運転もメンヘラの一種と言えないこともないでしょう。放っておくとどんどんエスカレートするという点も含めて、あおり運転はDVと似ている気がしないでもありません。警察は、特殊な事例をアピールすることで一罰百戒を狙っているのかもしれませんが、これほど社会問題になってもなおあおり運転をしているような人間には、もはや一罰百戒なんて効果がないのは明白です。

それは、歩きスマホと同じです。電車に乗ると、「歩きスマホは危険ですからやめましょう」とうるさいほどアナウンスしていますが、常識のある人間はもうとっくにやめています。今でも歩きスマホをやっている人間には、そんなアナウンスは馬の耳に念仏でしょう。それより、万歩計のような仕組みを利用して、歩行中にスマホを操作できないような機能をスマホ本体に組み込むべきです。HUAWEIがどうのといった陰謀史観に囚われる前に、まずそういった身近な問題を検討すべきなのです。

言ってもわからない人間はいくら言ってもわからないのです。

新東名では、ヘリコプターであおり運転を監視しているようですが、ヘリコプターで監視して、果たして一日に何件摘発できるのでしょうか。

ヘリコプターで監視するような手間暇があるなら、私たちが普段利用する道路で日常的に行われているあおり運転をもっと摘発すべきです。警察庁は、あおり運転の取り締まりを強化して、2018年度は年間1万件以上摘発し、前年に比べ倍増したと胸を張っていますが、倍増であれなんであれ、あおり運転が日常的に繰り返されている現実は何ら変わりはありません。

私の経験では、トラックやバンなど営業車によるあおり運転が多いように思います。日頃からその道路を利用しているので、「オレたちの道路だ」「邪魔なんだよ」というような意識がはたらいているかもしれません。

昔から大型ダンプの運転が危険だと言われていますが、彼らはダンプカー協会という後ろ盾があるからなのか、我が物顔でやりたい放題のように見えます。また、深夜の「PRESS」と書いた新聞社の配送トラックや、収集を終えて湾岸部の清掃工場に向かう首都高のゴミ収集車もあおり運転の常習者です。「PRESS」ならあおり運転してもいいのか、ゴミ収集という公共サービスに携わっていればあおり運転をしてもいいのかと思ってしまいます。また、平日の夕方、環八の外周りなどでは、現場帰りの人夫送迎の箱バンがよく前の車をあおりトラブルになっているのを目にします。

あおり運転においても、後ろ盾(天下りの業界団体)のない一般車ばかりがやり玉に上がっていますが、常習的な”営業車”を重点的に取り締まれば、もう少し道路も平和になるでしょう。後ろのガラスに「後方録画中」というステッカーを貼っている車がありますが、自分を守るにはそんな方法しかないのかと思ってしまいます。あおり運転の問題にしても、悪貨が良貨を駆逐するような現実があるのです。あおり運転は、私たちの日常で半ば常態化しているのです。テレビで取り上げられる特殊なケースだけではないのです。
2019.02.13 Wed l 日常・その他 l top ▲
千葉県野田市の10歳の女児が父親から虐待を受けて死亡した事件では、母親の両親から家庭内暴力の相談を受けていたにもかかわらず、女児から聴取することもなく「虐待はない」と判断して事態を放置した糸満市の教育委員会や、父親の暴力を具体的に記述し「先生、どうにかなりませんか」と訴えた女児のアンケート用紙をあろうことか父親に渡した野田市の教育委員会や、父親に強制的に書かされた女児の書面が嘘だとわかっていながら、それを根拠に一時保護を解除して家に戻す判断をした柏市の児童相談所など、またしても行政のずさんな対応が問題になっています。

こういった事ずさんな対応は、子どもの虐待やいじめによる自殺が起きるたびにくり返し指摘されていたことです。ずさんな対応の背景に、児童相談所の人員不足や行政の縦割り意識があるという識者の意見も、いつものことです。そもそも人が足りないというのは、なにか問題が起きると決まって出てくる役所の常套句です。しかし、そんなことを百万遍くり返しても、虐待事件はなくならないでしょうし、学校や教育委員会や児童相談所のずさんな対応もなくならないでしょう。

たしかに、公権力が個人のプライバシーに介入することのむずかしさはあるでしょう。しかし、結果として子どもの命が奪われたのです。どうして関係機関が機能しないのか、どうして同じことがくり返されるのか、ということをもっと真面目に且つ深刻に考える必要があるでしょう。でも、メディアや識者には、そういった姿勢は皆無です。

メディアや識者の意見には、根本的に欠けているものがあるように思います。それは、公務員の仕事に対する当事者意識の欠如です。当事者意識の欠如は、公務員特有の事なかれ主義によるものです。こういった事件が起きても、肝心な公務員たちはまったく他人事にしかとらえてないのではないか。また、担当した職員たちに対しては、「運が悪かった」「気の毒だ」というような見方しかしてないのではないか。

仕事などを通して公務員の生態を熟知している人たちから見れば、メディアの論調や識者の意見は、ただの気休めにしか思えないでしょう。メディアの論調や識者の意見もまた、公務員と同じ事なかれ主義にしか見えません。

母親も虐待に加担したとして逮捕されましたが、その論法に従えば、女児をさらに窮地に追いやることがわかっていながら、アンケート用紙を渡したり、自宅に帰したりした担当職員も、虐待に加担したと言えなくもないでしょう。

にもかかわらず、記者会見では「今後の課題としなければと思っています」などととぼけたことを言うのでした。ひとりの子どもの命が失われたことに対する痛惜の念など微塵もないかのようです。ただ責任逃れに終始するばかりで、外の人間から見れば信じられない光景です。

一方で、生活保護の申請に来た人間に対しては、小田原市の例が示すように、公務員たちは居丈高な態度で門前払いするのが常です。そのくせ、強面の人間だと途端に弱気になり、ホイホイと申請を通してしまうのです。(極端な例ですが)ベンツに乗りながら生活保護を受けているというような話がときどきやり玉にあがりますが、それは単に窓口で断り切れなかっただけなのです。今回の女児の父親に対する対応と同じです。

税金にしても、取りやすいところから取るというのが”鉄則”だと言われますが、たしかに、私たちには強気な税務署が、ヤクザの事務所に税務調査に入ったなんて話は聞いたことがありません。

メディアや識者が言うように、児童相談所の人員を増やせば、今回のような無責任な対応がホントになくなるのでしょうか。そういった対策案は、(木を見て森を見ないではなく)”木を見ないで森ばかり見る”トンチンカンな議論と言わねばなりません。と言うか、問題の本質を隠蔽する役割さえ果たしていると言えるでしょう。

制度や組織の前に、まず公務員の仕事に対する意識そのものがきびしく問われるべきでしょう。未だに公務員=自治体労働者=自治労=プロレタリアートという噴飯ものの幻想にとらわれているのか、左派リベラルは、ここでも人員不足が原因だみたいな“焼け太り論”に与するのが関の山で、”公務員批判”すらできないのです。

左派リベラルに言わせれば、”公務員批判”は魔女狩りなのだそうです。”公務員批判”を日本維新の会のような安手のファシストに渡し、教条主義的なおためごかしの論理で現実をごまかすことしかできない左派リベラルのテイタラクが、ここでも露呈されているのです。

彼らは、役所は金儲けをするところではない、役所にコスト云々を言うのはお門違いだと言います。でも、公務員にコスト意識がないことが税金の無駄使いにつながっているのは誰が見てもあきらかでしょう。

公務員は、職務上の瑕疵は原則として問われないことになっています。つまり、責任は負わないようになっているのです。国家賠償法では、責任を負うのはあくまで国や地方公共団体です。だから、民間のように業務上過失〇〇という刑事罰は適用されないのです。それが公務員の事なかれ主義、無責任な対応を生む要因になっているように思えてなりません。

児童相談所の人員を増やしても、彼らの当事者能力のなさが解消されることはないでしょう。これからも同じような事件が起きる懸念は拭えません。

テレビのワイドショーでは、ゲストで呼ばれた児童相談所のOBが事件の背景や対応の仕方などを解説していましたが、スポーツ中継じゃないんだから「身内」に解説させてどうするんだと思いました。

そもそもDVというメンヘラに起因する行為に対して、教育委員会や児童相談所が対応すること自体、場違いな気さえします。教育委員会や児童相談所には、DVがメンヘラに起因するという認識さえないのです。記者会見の質疑応答で、担当者が無能に見えるのもゆえなきことではないのです。DVのノウハウを持っているNPO法人などに「民間委託」するほうがまだしも現実的な気がしてなりません。と、公務員の問題を考えると、やはり、ネオリベの誘惑を抑えることはできないのでした。


関連記事:
公務員の思い上がった意識
『ルポ 虐待―大阪二児置き去り死事件』
『ファミリー・シークレット』
2019.02.06 Wed l 社会・メディア l top ▲
噂の真相休刊号


『噂の真相』の編集長だった岡留安則氏が1月31日、那覇市の病院で死去したという報道がありました。

岡留氏は、『噂の真相』休刊後も、移住先の沖縄からブログを発信し、BLOGOSなどにも転載されていましたが、そのブログも2016年4月に途絶えたままでした。どうしたんだろうと気になっていましたが、記事によれば、2016年に脳梗塞を発症、さらに昨年の11月、肺がんが見つかり、そのときは既に末期の状態だったそうです。

享年71歳というのは、早すぎる死と言うほかありませんが、やはり酒と煙草が寿命を縮めたのかもしれません。

私は、『噂の真相』は前身の『マスコミ評論』の頃から毎号欠かさず読んでいました。『噂の真相』に関しては、創刊準備号から休刊号まで今でも全て持っています。『噂の真相』は、業界では「ウワシン」と呼ばれていましたが、全共闘以後の世代にとっても、「ウワシン」と「マナコ」(『現代の眼』)は必携の雑誌でした。

当時(70年代)は、『現代の眼』以外にも、“総会屋雑誌”と呼ばれていた総合誌が多くありました。そういった雑誌の誌面を飾っていたのが、いわゆる新左翼的な言説です。三菱や三井など一流企業の広告が掲載された雑誌に、新左翼的な立場に依拠した記事が並んで掲載されていたのです。言うなれば独占資本と革命派が同居していたのです。60年代後半の叛乱の季節の余韻がまだ残っている時代でした。しかし、81年の商法改正によって、“総会屋雑誌”は次々と休刊に追い込まれていくのでした。

そんななかで、総合誌とやや性格を異にする『噂の真相』だけは、2004年の休刊まで、80年代90年代をひとり駆け抜けて行ったのでした。それは、『噂の真相』が“総会屋雑誌”(前身の『マスコミ評論』)を他山の石にして、広告に頼らない経営方針をとったからにほかなりません。だからこそ「タブーなき反権力スキャンダル雑誌」が維持できたのです。『噂の真相』のスキャンダリズムに比べれば、文春砲なんて(権力との対立を回避した)子供だましの似非スキャンダルにすぎません。『噂の真相』は実際に黒字だったようで、岡留編集長はポルシェに乗っているという噂を耳にしたことがあります(上野千鶴子はBMWに乗っているという噂もありました)。

ちなみに、私も70年代の半ばの浪人時代、虎ノ門にある総会屋の事務所でアルバイトをしたことがあります。一張羅のスーツを着て、タクシーで丸の内などにある有名企業の総務部を訪問し、一冊数万円もする右翼の評論家の本を売っていました(と言うか、有無を言わさず売りつけていました)。総会屋の事務所の壁には、孫文の革命がなんたらというような扁額がかけられていました。文字通り、私は、竹中労の言う「左右を弁別せざる思想」を実践していたのです(冗談ですが)。もっとも、竹中労は、『噂の真相』のような雑誌は嫌いだと言ってました。また、女優とのスキャンダルを書かれた五木寛之氏は、「噂の真相の真相という雑誌が必要だ」と皮肉を言ってました。

一度、地下鉄丸の内線の車内で岡留氏を見かけたことがありました。岡留氏は、いかがわしい金融業者が持っているようなセカンドバッグ(ワニ革ではなかったような)を小脇に抱え、ドアの横に立っていました。その姿がなんだかとても孤独な感じに見えたのを覚えています。

『噂の真相』の副編集長であった川端幹人氏は、朝日の記事で、岡留編集長の人となりを次のように語っていました。

朝日新聞デジタル
川端幹人さん 「すぱっと謝罪、また書く」 岡留さん悼む

覚悟や理念はあっても、スタッフを責めたり、説教したりすることはなかった。変なプライドもなく、謝罪する時は割り切ってすぱっと謝罪する。そしてまた書く。


それは『噂の真相』の特徴でもあったように思います。親しくしていても、いつ斬られるかわからないという声はよく聞きました。でも、そのあとも、何事もなかったかのように親し気に接してくるのだそうです。そういった割り切り方、遠慮のなさは、みずからの人間関係においても少なからず参考になりました。


関連記事:
キーワード検索「噂の真相」
2019.02.03 Sun l 訃報・死 l top ▲
嵐の突然の「活動休止」には驚きましたが、だからと言って、彼らの歌の題名もなにひとつ知らない私は、嵐に対してはとりたてて興味があるわけではありません。ただ、SMAPのときと同じように、オジサンの年齢になってもなお、アイドルを演じるのは傍目で見る以上にしんどいものなんだろうなと思っただけです。

もっとも、SMAPのメンバーのその後を見ると、芸能界にとどまる限り、SMAPの呪縛から解き放されてもアイドルの呪縛から解き放されるわけではないということがよくわかります。むしろ、逆に痛々しく見えるほどです。

SMAPの解散や嵐の「活動休止」は、ジャニー喜多川氏の高齢化に伴って、ジャニーズ事務所の権勢にほころびが見え始めた兆候ととらえることができるでしょう。と言うか、ジャニーズ帝国自体が内部崩壊に向かっている証左と言えなくもないのです。今後も大物アイドルの退所の噂があるようですが、さもありなんと思います。

しかし、芸能マスコミは、相変わらず美談仕立ての話を伝えるばかりで、そういった「活動休止」の背後にある問題に触れようとしません。それは一般紙も同様です。

朝日の特集記事では、中森明夫、デープ・スペクター、井上公造、駒井千佳子のコメントが紹介されていましたが、そのなかでまともなことを言っているのは中森明夫だけでした。

朝日新聞デジタル
SMAP解散に絶望「ジャニーズの生態系崩壊」と評論家

あとはジャニーズ帝国を忖度したいつものおべんちゃらにすぎません(デープ・スペクターなんて、奥さんが片山さつきと共著を出して、その広告看板に公選法違反の疑いがかけられたほど、与党政治家とズブズブの関係にあるのに、未だにワイドショーのコメンテーターに起用されているのは大いに問題ありでしょう)。

でも、ジャニーズ帝国を忖度した時代遅れのおべんちゃらは、芸能レポーターだけではありません。系列局のニュース番組にコメンテーターとして天下っている大手新聞の(元)「論説委員」なる人間たちも同様です。

彼らのコメントもまた、芸能リポーターの美談話と寸分も違わないトンチンカンなものです。たかが芸能と言うなかれ。彼らがジャーナリストだなんて片腹痛いのです。

スーツにネクタイ姿のいい歳したおっさんが、「嵐は日本中から愛され、もはやアイドルグループの枠を超えていました。特に東日本大震災のあと、彼らは被災者たちに多くの元気を与えたのです」などと、したり顔で解説しているのを見るにつけ、思わずお茶を吹き出しそうになりました。

私たちは、せめてこういうもの言いを冷笑するくらいの見識はもちたいものです。”動員の思想”(=共感の強要)の対極にあるのがシニズムで、斜に構えてものごとを見るのも、それはそれで意味はあるのだと思います。
2019.01.29 Tue l 芸能・スポーツ l top ▲
小室さん母子がメディアやネットから叩かれているのを見るにつけ、私は違和感を抱かざるを得ません。これこそ「ネットとマスメディアの共振」(藤代裕之氏)で生み出される“私刑”の構造と言えるでしょう。

男女間の問題には、第三者が伺い知れないデリケートなものがあるのは言うまでないことです。ときにお金が絡むことだってあるでしょう。関係が順調なときは「いいよ。いいよ」と言いながら、関係が冷えると「あのときのお金を返せ」と言い出し、トラブルになるのもめずらしい話ではありません。そこからストカーに豹変するケースもあるでしょう。と言うか、「お金を返せ」と言うこと自体、もはやストーカーの心理と言えないこともありません。

借用書が存在しない限り、譲渡と見做されるのは素人でもわかる話です。元交際相手の男性が弁護士に相談したら、「あきらめるしかない」と言われたのは当然です。そういった世間の常識もどこかに吹っ飛んでいるのです。

私は小室さん一家と最寄り駅が同じで(一度駅で小室さんを見かけたことがあります)、小室さんが通っていた幼稚園はすぐ近所ですし、小室さんが学生時代にアルバイトをしていたレストランにも食べに行ったことがあります。もちろん、小室さん一家が住んでいるマンションも知っています。でも、男性のことを聞いても誰も知らないと言います。どういう人物なのか知りたかったのですが、噂にも上らないみたいです。

男性は、法的には不利なためか、フリーライターだかが代理人に就いて、メディアを利用する戦略に切り替えたようで、最近は積極的にインタビューに答えています。しかし、小室さん母子が立場上表だって反論できないことをいいことに、自分に都合のいい情報だけを発信している感は否めません。

別れたあとになって「あのときのお金を返せ」と言うのは、古い言い方をすれば「男の風上にもおけない」のです。右派のマッチョイズムから言っても、むしろ交際相手の男性の方こそ非難されても仕方ないのです。

ところが、なぜかメディアも大衆も、ストカーまがいの男性を被害者に仕立てて、批判の矛先をもっぱら小室さん母子に向けるばかりです。

眞子さんは結婚すれば皇室を離れ「民間人」になるのです。彼女は、今どきの女の子と同じように(皇族のなかでは初めてと言っていい)自由な恋愛を実践したのです。でも、メディアや大衆はそれが気に入らないのでしょう。「品格」なることばを使うのは、皇族をいつまでも(不自由な)カゴのなかに閉じ込めておこうという魂胆さえ感じてなりません。茶道の家元や神社の神官や殿様の末裔や公務員なら「品格」があるとでも言うのでしょうか。「品格」なるものの前には、恋愛の自由も許されないかの如くです。そもそも罪多き人生を送る私たちが、他人(ひと)様の結婚に対して、「品格」なんてことばを使う資格などあるのでしょうか。

小室さんバッシングの裏には、大衆の妬みや嫉みが伏在しているように思えてなりません。そこにあるのは、皇族の恋愛をきっかけに露呈した大衆の負の感情です。生活保護叩きなどと構造は同じです。メディアはネットに同調することで、大衆の心の奥底に潜む負の感情に火を点けたとも言えるのです。

今の状況のまま結婚に至るにはまだ難しい気もしますが、一方で小室さんが開き直っているように見えるのも、眞子さんの小室さんに対する気持が変わらないからでしょう。しかし、大衆はそのようには考えません。小室さん母子は皇室を利用しようとしているなどと陰険で底意地の悪い見方しか持てないのです。なんだかおぞましささえ覚えますが、もとより私たちの(市民としての)日常性は、そういったおぞましさによって仮構されているのだということをゆめゆめ忘れてはならないでしょう。


関連記事:
勝間カミングアウトと日大悪質タックルとジャーナリズムのあり方
私刑の夏
2019.01.27 Sun l 社会・メディア l top ▲
NGT48のメンバーが、会社が寮として借りていたマンションの部屋の前で男二人から暴行を受けた事件は、私たちに「『人形遣い』の錬金術」(週刊新潮)の”素の部分”を垣間見せてくれたように思います。少なくとも、熱狂的なファン(ヲタ)のストーカー行為というような“単純な話”でないことだけはたしかでしょう。

なんら対策も講じず事件を隠蔽しようとする運営側にしびれをきらした被害者が、事件から一か月後に動画サイトにアップした悲痛な訴えには、アイドル商法の裏にある”闇”を伺わせるものがありました。

「本当のこと言わないとなにも解決しないし。私とまた同じ目に遭う人がいるのに、結局この1カ月待ったけど、なんも対処してくれなくて。今村さんだって『クリーンなNGTにする』って言ったのに。『新しいNGTにする』って、『悪いことしてるやつらだって解雇する』って言ったくせに、なんも対処してくれてなくて」
(略)
「今回、私は助かったから良かったけど、殺されてたらどうするんだろうって思うし。なんで他のグループでは許されないことがNGTでは許されるかわかんない。生きてる感じがしない(中略)ずっとずっと言いたかったけど、全部対処してくれるって言ったからこの1カ月怖かったけどずっと待ってた。だけど、結果、なんもしてくれなくて。悪いことしてた人たちも全部そのままで。誰かが取り返しつかなくなったらどうするんだろう。全部言いたいけど、お世話になってる人たちにも迷惑かかるし」

LITERA
NGT48暴行被害でメンバーが運営の無責任体質を告発! 芸能マスコミはスルーしAKSの火消しに協力


さらに被害者はTwitterでも、メンバーが男たちに被害者の部屋や帰宅時間を教え部屋に行くようにそそのかしたとか、加害者の男たちはメンバーの部屋から出てきたなどと書き込み、事件にメンバーが関与していたことを示唆したのでした。

また、被害者が以前、メンバーのなかの風紀の乱れを運営側に訴えていたという報道もあります。それらをつなぎ合わせると、ネットの“正義感”もあながち暴走と言えない面もあるように思います。

もとより芸能界は、“普通の”社会ではないのです。市民社会の埒外にあるものです。吉本隆明が言うように、「特殊××」なのです。かつてAKBの熱心なファンだった知人は、今回の事件について、「アイドルだなんて言っても、昔で言えば女郎屋と女郎の関係のようなもので、こんなことはいくらでもあり得るよ」と吐き捨てるように言ってました。

「総選挙」によってグループ内で序列が付けられるため、一票でも多くの票を獲得することはメンバーにとって至上命題です。そのために、投票に影響力のある一部のファンと、疑似恋愛を越えた関係をもつメンバーが出てくるのはあり得ない話ではないでしょう。言うなれば、多くの指名を取るために、同伴出勤したり、ときに枕営業も厭わないクラブのホステスと同じようなものかもしれません。それに、アイドルと言っても、今どきの若い女の子ですから、ヤンキーと親和性の高い(美意識を共有する)子だっているでしょう。現に週刊誌に、そういったゴシップ記事が出たメンバーもいました。彼女は、今やテレビでひっぱりだこの売れっ子になっているのです。

AKBに関しては、初期の活動資金に、振り込め詐欺や闇金や闇カジノなど違法ビジネスで稼いだお金が使われていたという記事が出たことがありましたし、私的なパーティの席で、AKBのメンバーがあられもない恰好で運営会社のスタッフの膝の上に座ってはしゃいでいる写真が流出したこともありました。また、AKBのメンバーと運営会社の社長との「不適切な関係」がとり沙汰されたこともありました。そういったことと、今回の事件はすべてつながっているように思えてなりません。

被害者の訴えを受け、男たちとつながっていたメンバーが誰なのか、ネットでは犯人捜しがはじまっていますが、一方で、その加熱ぶりに警鐘を鳴らす識者の声もあります。しかし、今回の事件に限って言えば、識者の建前論よりネットの犯人捜しのほうが、まだしも事件の本質にせまっているように思います。識者の建前論は、事件の幕引きをはかる運営会社の策動に手を貸すものだというネットの主張も、的外れとは言えないでしょう。AKB関連の報道には常にバイアスがかかっているのも事実で、芸能マスコミに彼らが不信感をもつのも当然なのです。

余談ですが、事態が落ち着いたら、被害者は「一時休養」した上で、そのままフェードアウトする可能性もなきにしもあらずでしょう。怖い!怖い!芸能界のオキテに従えば、それしか落としどころはないように思います。


関連記事:
『芸能人はなぜ干されるのか?』
朝日新聞とAKB
峯岸みなみの丸刈り謝罪
魔性
ヤンキー文化
2019.01.16 Wed l 芸能・スポーツ l top ▲
今日(1月7日)は昭和天皇崩御の日だそうです。もうあれから30年経ったのかとしみじみとした気持になりました。

昭和天皇の容態が予断を許さない状態であることが伝えられた年末から、日本中は自粛ムードでした。当時、私は、ポストカードやポスターを輸入する会社に勤めていたのですが、自粛ムードの煽りでクリスマスカードが売れず、会社ではみんな焦っていました。

話は飛びますが、「大喪の礼」(2月24日)の日、私は金沢に出張していました。ところが、出張先に社長から連絡があり、話があるのですぐ戻って来いと言われました。それで、私は、急遽、特急電車に乗って帰京し、そのまま新宿のホテルの喫茶室で社長に会いました。

社長は深刻な顔をして、クリスマスカードの販売不振が響いて会社の経営状態がよくないと言っていました(もっとも、前から会社の経営状態はよくなくて、自粛ムードでトドメを刺されただけです)。

「このままだと会社は潰れる。お前に東京より西の販路をやるので、独立しろ」と言われました。今だったら喜んで独立したでしょうが、”サラリーマン根性”が染み付いていた当時の私には、独立なんてとても考えられませんでした。私は、会社を縮小して、10人程度で再出発したらどうかと提案したのですが、社長はそれは無理だと言ってました。

それからほどなく会社は倒産し、私は同じ業界の別会社に転職。数年後、会社を辞め、結局独立することになるのでした。

平成元年は、個人的にも大きな出来事がありました。前年の秋に父親が入院し、平成元年の5月に亡くなったのです。父親の容態もまた予断を許さない状態がつづいていましたので、年末年始も九州に帰り、入院している父親の病院に詰めていました。母親は病院に寝泊りしていましたので(当時は、付き添いのために家族が病院に寝泊りすることができたのです)、実家には誰もいません。それで、大晦日も病院の近くのホテルに泊まったのを覚えています。

そんな状況のなかで、1月7日の崩御の日を迎えたのでした。私が崩御を知ったのは、通勤する電車のなかでした。スマホなんてありませんので、横に立っていたサラリーマンの会話が耳に入ったのでした。

「天皇陛下が死んだな」
「ああ、これで競馬も中止だよ」

サラリーマンたちは、そんな“不謹慎”なことを話していたのでした。ふと外を見ると、電車は鉄橋にさしかかり、鉄橋の下の川べりでは、魚を釣っている人がいました。それもいつもの光景でした。

会社に行くと、みんなは口々に「今日、どうすればいいんだろう」と言ってました。みんな、戸惑っていたのです。

会社の営業部門は、数か月前に荻窪の駅前のビルに移転したばかりでしたが、荻窪の駅前では、ヘルメットにタオルで覆面をした中核派のメンバーが40~50人くらい集まり、「天皇賛美を許すな!」と演説しながらビラを配っていました。そのため、機動隊も出動して、駅前は騒然とした雰囲気になっていました。私たちは、窓際に立ってその様子を見ていました。また、お茶の水の明治大では、革労協のメンバーが路上に火炎瓶を投擲したというニュースもありました。

私は、「昭和天皇より絶対長生きするんだ」と言っていた吉本隆明のことを思い出しました。正月に帰ったとき、母親は、「天皇陛下とどっちが先じゃろうか?」と言ってましたが、父親は昭和天皇より長生きしたんだなと思いました。と言っても、父親は戦争にも行ってませんので、昭和天皇に格別な思い入れがあったわけではありません。

仕事を終えた私は、池袋と新宿の間を何度も行き来しました。昭和の最後の日の街の様子を目に焼き付けておこうと思ったからです。今調べたら1989年1月7日は土曜日でした。新宿の駅ビルの入口には、ネオンが消えた薄暗いなかに、人がぎっしり立っていました。これから待ち合わせて週末の街に繰り出そうという人たちなのです。池袋でも同じでした。ネオンが消えた街は、いつもと違いおどろおどろしい感じでしたが、人々はいつもの日常を過ごそうとしていたのです。そんな様子を写真家の卵なのか、若い女性がカメラにおさめていました。

その日からテレビは追悼番組で埋め尽くされました。アナウンサーもみんな喪服を着ていました。ゲストで呼ばれた人たちも、一様に黒っぽい服装をして、沈痛な表情を浮かべ昭和天皇の人となりを語っていました。

当時、私は、埼玉に住んでいたのですが、翌日には街の至るところで異様な光景を目にしました。貸しビデオ屋の前に、車がずらりと列を作って並んでいたのです。その頃はまだTSUTAYAもなく、街のあちこちに地域のチェーン店や個人が経営する貸しビデオ屋がありました。追悼番組に飽きた人たちが貸しビデオを求めて、店に殺到していたのです。

そこにもまた、日常を切断された人々の”ささやかな抵抗”があったのです。こういった”ささやかな抵抗”は戦争中もあったそうです。でも、「公」に対して「私」はあまりに無力なのです。すべては何事もなかったかのように処理されるのでした。追悼一色に染まったメディアで、そんな”ささやかな抵抗”を報じたところはどこもありませんでした。

あれから30年。時間の経つのは速いものです。今日、新横浜に行ったら、駅ビルのなかに「10周年ありがとう!」という垂れ幕がありました。駅ビルができてもう10年になるのです。このブログにも、建設中の駅ビルのことを書いたことがありますが、なんだか10年が束になってやってくる感じで、年を取れば取るほど時間の経つのが速くなるというのはホントだなと思ったばかりでした。

一方で、平成の時代は、日本が経済的に沈み行く国だということがはっきりした30年でもありました。下記の平成元年と平成30年の時価総額ランキングの比較を見れば一目瞭然です。

DIAMOND online
昭和という「レガシー」を引きずった平成30年間の経済停滞を振り返る

時価総額比較

でも、相変わらず「ニッポン、凄い!」ブームはつづいています。また、現在、自粛ムードと同じように、徴用工やレーダー照射の問題をきっかけにメディアをおおっている嫌韓ムード(の再燃)などを見るにつけ、貧すれば鈍すではないですが、日本社会や日本人は益々余裕がなくなり、自分を客観的に(冷静に)見ることすらできなくなっているように思えてなりません。「日本を、取り戻す」という自民党のキャッチフレーズが象徴するように、いつまでも”過去の栄光”にすがり、成長神話というないものねだりを夢見るだけで、今の身の丈に合った国家観や社会観はどこにもないのです。前も書きましたが、坂を下る思想や坂を下る幸せだってあるはずなのです。
2019.01.07 Mon l 日常・その他 l top ▲
今日(1/2)の朝日新聞デジタルに、大塚英志のインタービュー記事・「感情が政権と一体化、近代に失敗しすぎた日本」が掲載されていました。今の私たちが置かれた社会の状況を考える上で、とても示唆に富んだ記事でした。(デジタル記事の場合、時間が経過すると削除されますので、可能な限り引用して紹介します)

朝日新聞デジタル
感情が政権と一体化、近代に失敗しすぎた日本 大塚英志

私は、つぎのような発言に目がとまりました。

 「例えば右派の人たちが大好きな『日本』にしたって、きっともう少し日本の『中身』でつながりようがあるわけですよ。『好き』以外の感情を許さない、感情化された『日本』っていうのか、内実はそれこそ戦時下の劣化版みたいな『日本』でしかない。中身がないから『反日』『親日』のように、隣の国の否定や、反日というファクターを作ることによってしか『日本』を定義できない。あと外国人に『ここがスゴイ』と言ってもらうとか。快・不快で『日本』がかろうじて輪郭を結ぶわけです」


 「だから、今の『保守』の人たちが言う『日本』がぼくには本当にわからないんですよ。種子法が廃止され、『移民』法、水道の民営化が国会を通過し、北方領土は2島返還でいいという空気になっている。ネトウヨはTPPも多くは推進派だった。普通、『米』『水』とか『領土』とか、ぼくは同意できないけど、『反移民』とかは『右』が命かけて守るものでしょう。それが全部、ないがしろにされて、大丈夫なのかなって、左派の方が心配しているくらいでしょう。少なくとも今回は、国会の前を安保法制の時のリベラルのように右翼たちが大挙して囲んでいなくちゃいけない状況だった気がします。でも、そうならないのは、それは多分、安倍政権は、安倍さんと日本と支持者の自我がきれいに重なって一体化している、つまり、感情的共感に支えられた感情化した政権だからでしょう」


こういった中身のない「感情化」(ただ感情のみで共感を求める傾向)は、記事でも触れていますが、とりわけネットにおいて顕著です。

私は、仕事の関係でInstagramを日常的にチェックしていますが、たとえば趣味をテーマにしたインスタなどでは、理解に苦しむような多くの「いいね!」が付いている記事をよく見かけます。

ひとりよがりの雑な写真や個人的な日常を綴った絵日記のようなものに対して、信じられない数の「いいね!」が付けられているのです。どうして人気があるんだろうといくら考えても理解できません。でも、インスタの場合、従来の感覚で理解しようとすること自体、間違っているのかもしれません。「いいね!」は評価ではないのです。

そこにあるのは「空気」です。私は、以前、仕事で知り合った若い女性たちの誘いに乗ってLINEのグループに入り、僅か一週間で「村八分」に遭った苦い経験があるのですが、そのとき感じたのも、グループを支配する「空気」や暗黙のルールでした。私はそれを読むことができなかったのでした。

インスタも同じで、判断停止して「いいね!」を押しているだけなのでしょう。そうやってお互いに「いいね!」を押し合っているのでしょう。

フォローにしても然りで、画像をアップすると瞬間的にフォロワーが増えますが、一日経つとまたもとに戻るのでした。要するに、フォローされたら同じようにフォローを返さなければならないのです。返さないと、フォローが取り消されるのです。中身なんて二の次なのです。そうやってフォロワーを増やすことだけが目的になっているのです。

私などは、バカバカしいとしか思えませんが、それが今様の(ネットの)「つながり」なのです。ネットの時代の若者にとっては、そんな人間関係のほうがむしろリアルなのでしょう。そして、自分が認められたような気になっているのでしょう。「ひとりじゃない」と本気で思っているのかもしれません。

でも、「空気」を読むことは反面とても疲れることです。LINEグループの経験から言えば、本音を言えないストレスもあるでしょう。心にもないお追従のようなコメントばかり書くことに嫌気がさすこともあるでしょう。「SNSに疲れた」という声が出るのもわからないでもありません。

中身のない浅薄な関係は、国家に対しても同様です。大塚英志が言うように、今のナショナリズムのなんといい加減なことでしょう。そこには「主義」と呼べるような論理的な一貫性などありません。思想としての誠実さも皆無です。ただ、グローバル資本主義に拝跪する安倍政権に、盲目的に「いいね!」を押しているだけです。

これではこの国がグローバル資本主義に無力なのは当然でしょう。この国には、SNS的な感情に同化するだけの意味不明なナショナリズムしかないのです。誤解を怖れずに言えば、「日本」が不在なのです。だから、百田某のように、ネットからコピペした「日本」を捏造するしかないのでしょう。

大塚英志も、記事の最後でつぎのように言っていました。

 「中国や北朝鮮が攻めてくる的イメージがずっと繰り返されてきましたが、『攻めてくる』のは、無国籍なグローバルな経済の波です。その意味での『見えない戦争』はとっくに始まっていて、もう負けていますね。さっき言ったように『移民』法は成立、水、固有種の種子といった、いわば国家の基本をなすようものはどんどん外資に譲り渡す流れになっている。日本の中で『勝っている』人は確かにいるけれど、それはグローバルな経済の方に飛び乗った人たちで、私たちの大半はもう『負けて』いる。だからここにあるのは、もう焼け野原なのかもしれない。でも、かつての『戦後』はこの国が『近代』をやり直すチャンスだったわけで、もう一回、『近代』及び『戦後』をやってみるしかないでしょう」


大塚英志が言うように、私たちは既に焼け野原に立っているのかもしれません。格差社会の過酷な現実も、どう考えても焼け野原の風景にしか見えません。薄っぺらな「愛国」も、グローバル資本主義に無条件降伏するための方便のようにしか思えません。


関連記事:
『メディアミックス化する日本』
『物語消費論改』
『愚民社会』
2019.01.02 Wed l 社会・メディア l top ▲
昨日、テレビ東京の「家、ついて行ってイイですか」という番組を観ていたら、都内の風呂無しトイレ共同の古い木造アパートで、ひとり暮らしをする65歳の男性が出ていました。東京出身だそうですが、30代の頃、両親が相次いで病死し、一人っ子だったので天涯孤独で、現在は清掃の仕事をして糊口を凌いでいると言ってました。今のアパートも30年以上住んでいるのだとか。

若い頃は会社勤めをしていたけど、「サラリーマンには向いてない」「自由に生きたい」と思ったので、両親が亡くなったあと、会社を辞め、以後日雇いの仕事をしていたそうです。ただ、年金が少ないので、身体が丈夫な間は働かなければならないと言ってました。

テレビの男性より下の世代ですが、私の知り合いにも似たような生活をしている人間が何人もいます。彼らは、フリーターの第一世代です。学校を出てほぼ大半をフリーターとして生きているのです。そんな彼らも、既に50代の半ばに差し掛かっているのです。親の年金に寄生している中高年ニートが100万人近くいるという話もありますが、それとは別に稼働年齢の終わりに近づきつつある中高年フリーターの問題も深刻なのです。

『新・日本の階級社会』の著者・橋本健二氏によれば、65歳以上の「高齢アンダークラス」の年金の平均受給額は96万円だそうです。

(略)高齢アンダークラス男性の現状は、現在の若年・中年アンダークラス男性が将来どのような生活を送ることになるかについて、示唆するところが多い。年金収入は九六万円だから、基礎年金を満額受け取った場合に比べて二〇万円ほど多いだけである。(略)しかし逆からみれば、基礎年金すら受け取ることができるかどうかわらかない現在の若年・中年アンダークラスに比べれば、わずかとはいえ恵まれているだろう。その意味ではこれらの高齢アンダークラスは、若年・中年アンダークラスの将来の生活の、いわば「上限」を示しているとみていいだろう。

『アンダークラス—新たな下層階級の出現』(ちくま新書)

 
一方で、中高年フリーターがブラック企業のカモにされているという現実もあります。ブラック企業がはびこるのも、膨大なフリーターの労働市場があるからです。しかも、中高年になると、同じブラック企業でも、清掃や警備や配送など仕事も限られるのです。今後外国人労働者が入ってくると、こういった仕事も若い外国人に奪われるでしょう。

中高年フリーターに対して、まわりからは「自由がいいからだよ」「縛られたくないんだよ」というような見方をされ、本人たちも、「家、ついて行ってイイですか」の男性のように、「自由に生きたかった」というような言い方をするのが常です。でも、自由どころか、老いてもなお生活に追われ、いつまでも働きつづけなければならないきびしい現実が待っているのです。

上記の『アンダークラス—新たな下層階級の出現』のなかで、橋本氏もつぎのように書いていました。

NPOを拠点にソーシャルワーカーとして活動する藤田孝典氏は、「生活保護基準相当で暮らす高齢者及びその恐れがある高齢者」を「下流老人」と呼び、その数は推定で六〇〇~七〇〇万人に上がると指摘している。そしてこれらの高齢者は、年金受給額の減少、介護保険料の増加、生活費高騰のため、生きるために働き続けなければならない状況に置かれており、このように日本は「死ぬまで働き続けなければ生きられない社会」になりつつあるのではないか、という(『下流老人』『続・下流老人』)。これら高齢アンダークラス男性は、こうした日本を象徴する存在だということができる。


総務省統計局が2014年の労働力調査に基づいて発表した年代別非正規雇用の割合を見ると、65歳以上がいちばん多くて73.1%、つぎが15~24歳で48.6%、三番目が55~64歳の48.3%、四番目が45~55歳の32.7%です。

総務省統計局
最近の正規・非正規の特徴

55~64歳のなかには、リストラなどで職を奪われ、非正規を余儀なくされた人たちも多くいるのでしょう。そういった人たちも問題ですが、いちばんの問題は、そのあとの45~55歳の32.7%という数字です。45~55歳のなかには、間違いなくフリーターの第一世代がマスとして含まれているからです。年金に未加入の人間も多いはずです。もちろん、そのあとも第二第三とフリーターの世代がつづくのです。

彼らに向かって、「自業自得」「自己責任」ということばを投げつけるのは簡単ですが、しかし、彼らの存在は、私たちにとっても決して他人事ではないのです。

資本主義社会で生きて行くのは大変です。それは私たちの実感でもあります。日本人の7割は、サラリーマンとして人生を終えると言われますが、しかし、みんなが順調に人生を終えるわけではないのです。サラリーマンということばのイメージとはまったくかけ離れたような人生を送っている人も多いのです。

ネット通販で巨万の富を得た間寛平似の成金社長が、恋人だか愛人だかわからないような若い女優や取り巻きのお笑い芸人と麻布の高級店で食事する、その一回の食事代にも及ばないような年収しかない下級労働者が、この国には1千万人近くもいるのです。

そして、間寛平似の成金社長や彼の部下は、おなじみの「自己責任」論で下級労働者を貶め、女優の肩を抱きながら高笑いを放っているのです。

藤田孝典氏は、下級労働者を見下した彼らのSNSの書き込みに対して、つぎのようにTwitterで怒りを表明していました。


間寛平似の社長らの臆面のない成金自慢を見るにつけ、マックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を持ち出すまでもなく、資本主義が歯止めもなく倫理的に崩壊しているのをひしひしと感じます。ネット社会やグローバル資本主義が、そういった暴走を招いているのです。彼らにとっては、格差社会もまるで勝利の美酒のツマミのようです。これでは、資本主義社会で生きて行くのが益々大変になっているのも当然でしょう。


関連記事:
『新・日本の階級社会』
秋葉原事件
2018.12.31 Mon l 社会・メディア l top ▲
ローラが、インスタグラムで辺野古の新基地建設工事の中止を求める署名を呼びかけて話題になっています。と言うか、“政治的発言”だとしてメディアやネットで叩かれているのです。そうやってローラをCMから降ろすようにスポンサーに圧力をかけている(かけられている)のです。

松本人志や北野武や坂上忍らの”政治的発言”は不問に付され、どうしてローラだけが問題視されるのか。ローラのそれは政権批判につながるものだからでしょう。松本人志や北野武や坂上忍のような、機を見るに敏なポチのおべんちゃらではないからです。

もっともローラは、今までも環境問題やペットの殺処分に関して積極的に発言していますので、辺野古の工事についても、どちらかと言えば、政治的な理由というより環境問題として、埋め立てに懸念を表明したのかもしれません。

また、現在、拠点をアメリカに置いていますので、こういった発言をすることに躊躇いはなかったのでしょう。ローラも所属事務所と契約問題でもめたことがありますが、むしろ、政治的に色が付かないように、見ざる聞かざる言わざるの三猿であることを強いられる日本の芸能界が特殊なのです。その前提にあるのは、言うまでもなく日本の芸能界にはびこる”奴隷契約”(竹中労)です。

ただ一方で、私は個人的には、新基地建設の中止をアメリカ政府にお願いする署名運動には違和感を抱かざるをえません。原発事故で盛り上がった反原発運動を野田首相(当時)との面会に収れんさせ、ものの見事に運動のエネルギーを雲散霧消させたあの”悪夢”が思い出されてならないのです。そこにあるのは、「『負ける』という生暖かいお馴染みの場所でまどろむ」(ブレイディみかこ)左派リベラル特有のヘタレで自慰的で敗北主義的な発想です。もとより日米軍事同盟は、それほどヤワなものではないでしょう。

去る12月20日、ロシアのプーチン大統領は、恒例の年末記者会見で、日本との平和条約交渉に関連して、つぎのような考えを示したそうです。

(略)日本との平和条約交渉について、締結後の北方領土への米軍展開を含めロシアの懸念を払拭するのが先決との考えを示し、「日本側の回答なしに重要な決定を行うのは難しい」と述べた。また沖縄県で民意に反し米軍基地の整備が進んでいることを例示し、日米同盟下で日本が主権を主体的に行使できているのか疑問を呈した。

共同通信
ロシア、在日米軍展開懸念払拭を


これほどバカにされた発言はないでしょう。ホントに独立国なのか?と言われているようなものです。これでは、平和条約=北方領土返還なんて絵に描いた餅にすぎないでしょう。

ローラの発言について、『ジャパニズム』(青林堂)の元編集長で元ネトウヨの古谷経衡氏は、つぎのように書いていました。

(略)私はローラさんが、辺野古移設工事反対10万筆署名に賛同の意を示したことの、どこが「左傾」「反日」なのか、まったくもって意味が分からない。

 沖縄の先祖代々の土地を、米軍から取り戻したい。沖縄の先祖代々の土地に、これ以上米国の軍隊の基地を創って欲しくない―。これこそが保守であり、真の愛国者の姿勢では無いのか。

Yahoo!ニュース
ローラさんの辺野古工事阻止10万筆署名賛同こそ、真の保守であり愛国者だ


当たり前すぎるほど当たり前の見方と言えるでしょう。当たり前に見えないのは、戦後の日本が当たり前ではないからです。そして、私は、あらためて「愛国」と「売国」が逆さまになった”戦後の背理”を考えないわけにはいかないのでした。私たちはまず、「愛国」を声高に叫ぶ人間たちこそ疑わなければならないのです。


関連記事:
『永続敗戦論』
『芸能人はなぜ干されるのか?』
2018.12.28 Fri l 社会・メディア l top ▲
南青山に建設予定の児童相談所の住民説明会における一部住民の反対意見が、テレビのワイドショーの恰好のネタになっています。

実際に建設されるのは、児童相談所を含めた4階建ての複合施設だそうで、港区のホームページの「南青山用地での整備の理由」には、つぎのように記載されていました。

港区公式ホームページ
(仮称)港区子ども家庭総合支援センター(児童相談所他2施設・平成33年4月開設予定)

港区は、児童虐待や非行などの児童に関する問題への対応や一時保護などを行う「児童相談所」、子育て中の人を支援する「子ども家庭支援センター」、様々な事情から養育が困難となった母子家庭が入所する「母子生活支援施設」が一体となった複合施設「(仮称)港区子ども家庭総合支援センター」を整備し、児童虐待、非行、障害など、あらゆる児童の問題に対して、区が主体性と責任を持って、切れ目のない一貫した相談・支援体制を作ってまいります。


これに対して土地のブランドにこだわる一部住民は、「一等地の南青山に児童相談所はふさわしくない」と本音丸出しの反対意見を述べ、物議を醸したのでした。

「南青山は自分でしっかりお金を稼いで住むべき土地。土地の価値を下げないでほしい」
「私の場合は、3人子どもがほしいと思ったので、私立に3人入れるよりは意識の高い公立小学校に入れると決め、億を超える南青山の土地を買い、家を建てた。
(略)
もし(施設の)子どもたちがお金ギリギリで(意識の高い)小学校にいらっしゃるとなったときは、とてもついてこられないし、とても辛い思いをされる。むしろかわいそうではないか」

複合施設に対する誤解もあり、不勉強ゆえにただ感情的に反発している気がしないでもないですが、こういった発言をする背景には、土地やマンションを所有することに資産価値を求め、土地にブランド価値を見出す発想があるからでしょう。私は地方出身者ですが、田舎では家をもつことに資産価値を求めるような発想はありません。なぜなら土地が安く、将来転売して利益を得ようという邪な考えがないからです。

もっとも、こういった発想は、南青山の住民だけでなく、マンションコミュニティーサイトの掲示板などを見ると、都心のマンションではどこにでも存在しています。都心のマンションの住民たちで、南青山の住民が“異様な人々“であるという認識をもっている人は、案外少ないのではないでしょうか。

都心のマンションでは、近所に老人福祉施設や病院ができたり、なかには区の図書館ができるというだけで、「資産価値が下がる」と言って差別的な書き込みが並ぶのが常です。学校も離れていればOKですが、すぐ近所だと迷惑施設になるのです。まして児童虐待やDV被害者の施設ができるなどと言われたら発狂するのは当然でしょう。そこにあるのは”土地神話”という病理です。

ただ、昔から住んでいる地の人間は、事情が異なるようです。私は、親の代から六本木や麻布や神楽坂に住んでいる人間を知っていますが、彼らはバブルの頃、地価がウナギのぼりすることに対していつも溜息を吐いていました。なかには、固定資産税を払うためにパートに出ている奥さんもいました。地の人間たちにとって、資産価値が上がっていいことなんてないのです。資産価値が上がって喜んでいるのは、他所から来た人間たちなのです。

“土地神話”が生まれたのはバブル以降ですが、しかし今また、異次元の金融緩和(量的緩和)で不動産業界にお金が流れ、首都圏では異常とも言える土地バブルが再来しています。

バブルの頃、暴力団を使った地上げが社会問題になりましたが、今も同じような地上げが行われています。ただメディアが以前のように取り上げてないだけです。そして、不動産業界に巣食うブラックな紳士たちが再び肩で風を切って歩いているのです。

五反田の旅館跡地をめぐって、地面師たちが積水ハウスから63億円を騙し取った事件も、土地バブルが生んだ事件と言っていいでしょう。騙し取られた積水ハウスも、63億円ごときではビクともしないのです。土地バブルでは、そんなお金ははした金にすぎないのです。私は、あの事件にはむしろ痛快な感想さえもちました。

南青山の住民によって、“土地神話”が人間の心を如何に蝕んでいるかがいみじくも証明されたのでした。「高級住宅地」だからと言って、住んでる人間が「高級」なわけではないのです。南青山の住民たちは、土地バブルに踊る(踊らされる)品性下劣な下等物件(©竹中労)であることをみずから暴露したと言えるでしょう。
2018.12.24 Mon l 社会・メディア l top ▲