デルタ株の感染爆発に伴い、政府が感染者のなかで、今まで入院治療が原則だった中等症の患者を自宅療養に切り替えるべく方針を転換したことが物議を呼んでいます。もちろん、これは病床逼迫に対応するための方針転換なのですが、その基準も曖昧で、自宅で酸素吸入をしなければならないケースさえ出てくると言われています。

菅総理は、重症化リスクには充分対応すると言ってますが、今までも自宅療養していた感染者で容態が急変して亡くなるケースもめずらしくないのです。報道によれば、自宅待機の感染者にパルスオキシメーターを配布し、電話やLINEを使って経過観察を行うそうですが、症状が急変した場合、ホントにそんなことで対応できるのか疑問です。政府の方針転換を受けて、東京都も感染者の入院の判断基準を改定して、血中酸素濃度が「96%未満」という従来の基準を厳格化するという報道もありました。ちなみに、私は、コロナの前からパルスオキシメーターを携行して山に行ってますが、標高が高くなると酸素が薄くなるため、血中酸素濃度が95%以下に下がることがよくあります。

現在、東京都に限って言えば、自宅療養している患者は1万4000人もいるそうです。この1か月で13倍も増えたとか。方針転換されると、東京都だけでも自宅療養の患者が3万5千人になるという見方もあります。現在、自宅療養は無症状や軽症が主ですが、なかには中等以上の症状がありながら入院待機をしている患者もいるでしょう。今後は、そういった患者も自宅療養が原則で、入院は望めなくなるのです。でも、なかにはひとり暮らしの人もいるはずです。肺炎を併発しても入院もできずに、自分で酸素吸入をしながら容態の急変に怯え、ひとりで自宅で過ごさねばならないのです。もし自分がそうなったらと思うと、恐怖以外のなにものでもありません。

一方で、オリンピックでは、相変わらず、日本の快進撃が止まらないとかメダルラッシュがつづいているとか言ったお祭り気分の只中にあります。メダリストになったアスリートはテレビ局をハシゴして歯の浮いたような賛辞を受け、ハイテンションで喜びを語っています。

この相反する光景は一体なんなんだと思わずにおれません。アスリートに対してSNSなどで誹謗中傷があり許せないという声が、アスリート自身から上がっていますが、しかし、全てが彼らが言うように「誹謗中傷」なのか疑問です。そのなかには、このコロナ禍のオリンピックで、どうしてスポーツだけが特別なのか、どうしてアスリートは聖域なのかという素朴な疑問をぶつけたものもあるに違いありません。

菅総理は、3日、総理官邸で日本医師会など医療関係団体との意見交換を行い、方針転換の協力を要請したそうですが、これに対して参加者から「注文や批判も相次いだ」そうです。

私は、そのニュースを観て、だったらこうなる前に、日本医師会などはどうしてもっと強くオリンピック中止を主張しなかったんだと思いました。最初からわかっていたことではないのか。それは、感染爆発のニュースを報じたあと、急に笑顔に変わって「さて、オリンピックの方ですが、日本選手の活躍が目立っていますね」、と安っぽい感動に盛られたニュースを伝えるニュースキャスターやコメンテーターたちのサイコパスのような二面性も然りです。

オリンピックを開催しながら、一方で、県をまたいだ移動は禁止、帰省も旅行も自粛という政府や自治体の呼びかけはとても常人のものとは思えません。しかし、日本では「この人たち頭がおかしいんじゃないの」と誰も言わないのです。

そこにあるのは、やはり”日本的な特殊性”です。このおかしな国のおかしな空気を考えるとき、丸山眞男の言説が思い出されてならないのでした。

大義について、丸山眞男は「超国家主義の論理と心理」のなかで、下記のように書いていました。オリンピック開催の是非が問われていたとき、野党がオリンピック開催にもはや大義はないと言っていましたが、私はそれを聞いて、だったから大義があればいいのかと思いました。日本では、大義それ自体は無条件にいいこと=善と捉えられるのです。

公を一義とする日本では、「私的なものは、即ち悪であるか、もしくは悪に近いものとして、何程かのうしろめたさを絶えず伴っていた。 営利とか恋愛とかの場合、特にそうである」と丸山眞男は書いていましたが、公の意思=大義があれば戦争だってオリンピックだってなんだって可能なのです。その大義の内容が問われることは一切ないのです。

「大義を世界に布く」といわれる場合、大義は日本国家の活動の前に定まっているのでもなければ、その後に定まるのでもない。 大義と国家活動とはつねに 同時存在なのである。 大義を実現するために行動するわけだが、それと共に行動することが即ち正義とされるのである。「勝つた方がええ」というイデオロギーが「正義は勝つ」というイデオロギーと微妙に交錯しているところに日本の国家主義論理の特質が露呈している。それ自体「真善美の極致」たる日本帝国は、本質的に悪を為し能わざるが故に、いかなる暴虐なる振舞も、いかなる 背信的行動も許容されるのである!
   こうした立場はまた倫理と権力との相互移入・・・・としても説明されよう。国家主権が倫理性と実力性の究極的源泉であり両者の即自的統一である処では、倫理の内面化が行なわれぬために、それは絶えず権力化への衝動を持っている。倫理は個性の奥深き底から呼びかけずして却って直ちに外的な運動として押し迫る。国民精神総動員という如きそこでの精神運動の典型的なあり方・・・なのである。
(「超国家主義の論理と心理」)


そのため、法についても、西欧的な概念ではなく、「天皇を長とする権威のヒエラルヒーに於ける具体的支配の手段」という人治的な性格を付与されているのです。丸山眞男は、次のように具体的に書いていました。

法は抽象的一般者として治者と被治者を共に制約するとは考えられないで、むしろ天皇を長とする権威のヒエラルヒーに於ける具体的支配の手段にすぎない。だから遵法ということはもっぱら下のものへの要請である。軍隊内務令の繁雑な規則の適用は上級者へ行くほどルーズとなり、下級者ほどヨリ厳格となる。 刑事訴訟法の検束、拘留、予審等々の規定がほかならぬ帝国官吏によって最も露骨に蹂躙されていることは周知の通りである。具体的支配関係の保持強化こそが眼目であり、そのためには、遵法どころか、法規の「末節」に捉われるなということが繰返し検察関係に対して訓示されたのである。従ってここでの国家的社会的地位の価値規準はその社会的職能よりも、天皇への距離にある。
(同上)


これを読むと、安倍晋三のモリカケの問題を真っ先に思い浮かべますが、それだけでなく、国民に自粛を強要しながら政治家や高級官僚たちが平然と自粛破りを行なうという、「国民には厳しく自分たちには甘い」今の風潮もよく示しているように思います。また、国家主義者たる右翼が、国家を溶解させる(させかねない)パンデミック下のオリンピック開催に賛成して、あろうことか反対派に敵意をむき出しにするという本末転倒した光景も納得ができるのでした。

こう考えていくと、もうメチャクシャ、支離滅裂ということばしか浮かびません。
2021.08.04 Wed l 新型コロナウイルス l top ▲
過日(7/9)アップした「横浜市長選の魑魅魍魎」に下記のような追記を書きました。尚、読みやすいように、行をあけて転載しています。

横浜市長選の魑魅魍魎
http://zakkan.org/blog-entry-1637.html

追記:(7/29)
神奈川県内に無料配布されるタウン紙・「タウンニュース」の最新号(7月29日号)の「意見広告」に、小此木氏と菅義偉首相の対談が掲載されていました。そのなかで菅首相は、「横浜の顔になれるこれ以上の人はほかにいない」「すべての横浜市民の未来のために、小此木さんの政治活動を全面的かつ全力で応援します」と小此木氏への支持を明言していました。

上記に書いたとおり、これで小此木氏の出馬が「出来レース」であることがはっきりしました。林VS小此木の一騎打ちの色彩がより濃くなったとも言えますが、一方で、もう勝負は決まったも同然という声もあります。もっとも、林VS小此木と言っても、(ここが重要!)現状のまま話を進めて華僑・中国系にするのか、それともいったん「白紙撤回」してアメリカのIR業者の再登板を待つのか、そのどっちかにすぎないのです。このままでは候補者の乱立も茶番に終わりそうな気配ですが、口さがない街のスズメたちの間でも、選挙戦そのものより、「退路を断ってない」候補者のなかで誰が出馬をとりやめるかに関心が移っています。

また、ここに来て、関内駅近くの一等地にある評価額9億2千万円の旧市庁舎跡地が、7700万円で三井不動産やDeNAなどの企業グループに叩き売られた問題にも再度スポットが当てられています(実際は建物は売却だが土地は70年の定期借地権契約)。濡れ手に粟の買い物をした企業グループのなかに、林市長と親しい星野リゾートの関連会社が入っていたことが物議を呼んでいるのでした。もちろん、その背後にIRの存在があるのは言うまでもありません。下記は、昨年、この問題が浮上したときの記事です。

月刊ベルダ
林・横浜市長に“叩き売り”疑惑

横浜市は直近のデータ(平成30年度)で市債発行残高が3兆1570 億円あり、しかも残高は右肩上がりで増え続ける一方です。それで、執行部や議会は、だから博打のテラ銭で借金を返済しなければならないのだ、と”チンビラの論理”で市民を脅すのですが、その一方で、昨年、917億円の巨費を投じて32階建ての新市庁舎を馬車道駅の近くの北仲通に新築・移転したのでした。ところが、完成した途端に雨漏りがしたとかで、「天下の笑いもの」と言われたり、全国でトップクラスの高給を誇る職員たちが32階の雲上から市民を睥睨するため、横浜名物の「三塔物語」をもじって「デビルの塔」とか「ドラキュラの塔」とヤユされる始末なのでした。

もちろん、このような市政を支えているのはオシャレな街の住民たちです。文字通りこの市民にしてこの市政ありなのです。横浜が「日本一大きな田舎」なら、横浜市民は「日本一の田舎坊」と言うべきでしょう。

横浜市は、住民税が全国一高い自治体です(前は職員の給与が全国一高い自治体でした)。どうして住民税がこんなにバカ高いのかということを少しは考えてもよさそうですが、そんな市民は圧倒的に少数です。言うなれば、住みたい街、オシャレな街という不動産会社が作ったイメージをバカ高い住民税で買っているようなものですが、それがまるでわかってないのです。

住民税が高い市区町村ランキング
https://magazine.aruhi-corp.co.jp/0000-4429/

ともあれ、これで「日本一大きな田舎」にふさわしい市長選になったと言えるでしょう。

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※もうひとつ付け加えました。
※これは本記事には追記していません。

追記:(8/2)
自慢するわけではありませんが、予告したとおり、魑魅魍魎が跋扈する横浜市長選はいよいよグダグダのスキャンダル合戦の様相を呈してきました。

今日、Yahoo!トピックスに次のような記事が掲載されました。

Yahoo!ニュース
SmartFLASH
横浜市長選「野党統一候補」がパワハラメール…学内から告発「この数年で15人以上辞めている」

このスキャンダルを報じたのが『FLASH』だということに、まず注目すべきでしょう。先日、立候補が噂されていた元横浜DeNAベイスターズ球団社長の池田純氏とDeNAとの金銭トラブルを報じたのも『FLASH』です。DeNAは、言うまでもなく旧市庁舎跡地の再開発などにも深く関わっている横浜市ご用達の企業です。

この手の記事は、「もしこれがホントなら」という仮定さえ付ければ、いくらでも拡大解釈は可能です。そして、いつの間にか事実として、しかも別の目的をもってひとり歩きしていくのです。池田氏の交際費をめぐる「金銭トラブル」や今回の指導をめぐる(世間知らずの学者先生にありがちな)「パワハラ」はとても便利なネタと言えるでしょう。

横浜市は、天下りの批判を受けてか、「横浜市退職者の再就職状況」をメディアに発表しているのですが、それを見ると、どう見ても天下りとしか思えない再就職先が嫌味のように並んでいるのでした。でも、それは天下りではなく斡旋だという公務員におなじみの詭弁を使って正当化しているのです。もしかしたら、次期市長(その可能性は低いけど)のパワハラをいちばん怖れているのは、職員たちなのかもしれません。

横浜市
横浜市退職者の再就職状況

それにしても、如何にもわけありげな『FLASH』の記事をトップページに掲載したYahoo!ニュースは、『FLASH』同様、典型的なイエロージャーナリズムと言うべきでしょう。もっとも、Yahoo!ニュースが横浜市長選の足の引っ張り合いに関与したのは今回が初めてではありません。Yahoo!ニュースは、大阪の吉村知事の「イソジン会見」(ポビドンヨードでうがいすると、陽性率が下がる=新型コロナウイルスの弱毒化に効果があるというトンデモ会見)のデータを解析したのが横浜市立大の山中教授だという、「ニュースソクラ」なるキューレーションサイトの怪しげな記事を転載しネットに拡散した前歴もあるのでした。その結果、水は低い方を流れるネットでは、水たまりに湧いたボウフラのようなネット民たちが未だにそれを信じて拡散しつづけているのです。そんなYahoo!ニュースの総会屋まがいの行為を見るにつけ、ソフトバンクも横浜のIRに一枚噛みたいのではないかと穿った見方さえしたくなります。

東京新聞 TOKYOWeb
山中氏「うがい薬解析した事実ない」 大阪府知事の「イソジン会見」めぐり反論 横浜市長選

もっとも、これも何度も書いていますが、ニュースをバズらせてマネタイズすることしか考えないYahoo!ニュースをジャーナリズムと呼ぶのは最初から無理があるのです。ジャーナリストを落ちこぼれたスタッフたちが、終日パソコンの前にすわって、まるでまとめサイトの管理人と同じように、ニュースを切り貼りしているその光景自体が多分にいかがわしいと言わざるを得ません。

前の中田市長のケースもそうですが、横浜ではどうしてこんなスキャンダルが次々と出てくるのかと言えば、この手の記事が、民主主義が豚に真珠の横浜市民には非常に効果があるからです。そのため、まるでロシアのように、このような古典的な手法が取られるのです

また、今回に限って言えば、立憲民主党が獅子身中の虫に対してあまりにも無頓着すぎるという背景もあるように思います。と言うか、誰が獅子身中の虫で誰がそうではないのかもわからないほど、立憲民主党もグダグダなのかもしれません。連合神奈川や市関係4労組の面従腹背ぶりを見ても、とてもまともに市長選を戦う体制になっているとは思えません。そもそも林市政の生みの親は旧民主党です。実際に、ついこの前まで旧民主党(立憲民主党)は林市政の与党でした。立憲民主党が独自候補を擁立すること自体、悪い冗談としか思えません。

横浜市長選はカオスなんて言いながら、「村社会」は意気軒高です。まさにおそるべしです。メディアを使った足の引っ張り合いは、まだまだこのあともつづくに違いありません。
2021.07.29 Thu l 社会・メディア l top ▲
案の定、オリンピックが開催されると、昨日までの「開催反対」の声はどこ吹く風、日本列島は感動に湧き立っています。前回の記事でも書きましたが、70~80%あった「開催反対」の世論も、あっという間に30%に急降下しています。

そして、たとえば、開催に反対していた立憲民主党の蓮舫代表代行がツイッターで、日本選手の金メダルをたたえるツイートをすると、「反対していたのにおかしい」「手の平返しだ」などという声が殺到し、炎上するような事態まで起きているのでした。また、茂木健一郎がオリンピック反対派をノイジーマイノリティ(声だけ大きい反対派)だと批判し、沿道でオリンピック反対の行動をしていることにツイッターで「苦言を呈した」というニュースが流れると、反対デモをしているのは極左団体だとか中核派だとかいったコメントが瞬く間にヤフコメに溢れたのでした。

それにしても、昨日まで70~80%あった反対の声がどうしてこんなに180度違う空気に変わったのか、その豹変ぶりにはただただ唖然とするばかりです。と同時に、ここにも日本社会の”特殊性”が垣間見えるような気がするのでした。

このブログを読んでいただければわかるように、私は、70~80%の反対の声に対してずっと懐疑的でした。開催されれば「感動に寝返る」はずだと書いてきました。また、菅総理は「国民は、開催されればメダルラッシュに感動にして反対していたことなど忘れる」と言っていましたが、まさにそのとおりになったのです。

これは蓮舫や茂木健一郎にも言えることですが、たとえ反対のポーズを取っていても、「感動に寝返る」要素は最初から存在していたのです。いつでも「寝返る」ことができるように「逃げ道」が用意されていたのです。

ひとつは、スポーツは特別だという「逃げ道」です。反対論の多くは、コロナ禍なのにオリンピックなんかやっている場合かという素朴な反発心にすぎず、一方でそこには、あらかじめ代表選手は批判しない、選手は別という抑制(一種のタブー)がありました。

つまり、70〜80%の反対論の多くは、オリンピックやスポーツのあり方を真面目に考え論理的に整序された反対論ではなかったのです。そんなただ素朴な心情から発した反対論が、スポーツは特別なのかという”壁”を乗り越えるのはどだい無理な話だったとも言えます。ゆえに、批判の矛先が向くことのなかった代表選手たちによってもたらされる感動に、一も二もなく飛びついたのは当然と言えば当然でしょう。

もうひとつの「逃げ道」は、中韓に対するヘイトという「逃げ道」と言うか「ガス抜き」です。反対論を唱える多くの人びとのなかにも、御多分に漏れず中韓に対する民族排外主義的なナショナリズムが貼り付いていたのです。オリンピック開催にまつわる政権批判の矛先をかわすのに、中韓ヘイトはこれ以上のない”魔法の杖”とも言えます。さしずめ下記の記事などはそのカラクリを端的に表していると言えるでしょう。

PRESIDENT Online
東京五輪にかこつけて文在寅大統領が日本から引き出したかった"ある内容"

日本はいつまで経っても優位な立場でいたいのでしょう。だから、韓国はオリンピックにかこつけて物乞い外交をしたかったけど、それができないとわかったので文在寅大統領は来日を取りやめたという、如何にも日本人の自尊心をくすぐるような記事です。

しかし、現実は冷厳で、豊かさの指標である一人当たり実質購買力平価GDPでは、既に韓国に抜かれています。日本の国民より韓国の国民の方が豊かだということが、国際的な指標でもあきらかになっているのでした。

Yahoo!ニュース
Wedge
なぜ、日本は韓国よりも貧しくなったのか

日本人はこういった現実は絶対に認めたくないはずです。できれば見たくない現実でしょう。

中国に対しても然りで、米中対立が実は二つの大国による世界支配(世界分割)をめぐる丁々発止のやりとりだというのは、もはや誰の目にもあきらかでしょう。それこそが中国の狙いであり、同時にそれはアメリカが唯一の超大国の座から転落したことを意味しているのでした。いつの間にか、中国がアメリカと対等に、世界分割について交渉するまでになっていたという、日本人にとっては信じたくない現実がここにも立ち現れたのです。

そう考えれば、勝ったか負けたかのスポーツの祭典で中韓ヘイトがヒートアップするのも、「コロナ禍なのに」という素朴な反発心が偏狭なナショナリズムの前で片隅に追いやられるのも、最初から予定されていたと言うべきかもしれません。

そして、あとは、丸山眞男が言った「つぎつぎとなりゆくいきほひ」という、もうはじまったことは仕方ない、それに乗っていくしかないという没論理的なノリノリの総動員体制に突き進むだけです。一方で、寝返った人間たちが、(その後ろめたさから)未だに反対している少数派に対して牙を剥き出しにするというのもいつもの光景です。そのためには、反対派は市民社会の埒外にいる極左、過激派ではなくてはならないのでした。

もっとも、それも権力が用意した「逃げ道」、矛先にすぎません。先月だったか、京大の熊野寮や中核派の前進社が相次いで家宅捜査を受けたのは、その前段だったのでしょう。そして、先週の反対デモにおいて、警察官の「手首を掴んだ」として公務執行妨害で中核派の活動家が逮捕され、大きく報道されたのでした。そうやってオリンピックの反対運動をしているのは極左だというイメージが流布されたのでした。もっとも、逮捕された活動家は、「手首を掴んだ」程度の微罪なので、早晩、処分保留で釈放されるのは間違いありません(もしかしたら既に釈放されているかもしれません)。それもいつものことですが、メデアが報道することは一切ありません。

丸山眞男は、『日本の歴史』のなかで、開国(明治維新)以後の日本の思想風土について、次のように書いていました。

思想が伝統として蓄積されないということと、「伝統」思想のズルズルべったりの無関連な潜入とは実は同じことの両面にすぎない。一定の時間的順序で入って来たいろいろな思想が、ただ精神の内面における空間的配置をかえるだけでいわば無時間的に併存する傾向をもつことによって、却ってそれらは歴史的・・・な構造性を失ってしまう。小林秀雄は、歴史はつまるところ思い出だという考えをしばしばのべている。それは直接的には歴史発展という考え方にたいする、あるいはヨリ正確には発展思想の日本への移植形態にたいする一貫した拒否の態度と結びついているが、すくなくとも日本の、また日本人の精神生活における思想の「継起」のパターンに関するかぎり、彼の命題はある・・核心をついている。新たなもの、本来異質なものまでが過去との十全な対決なしにつぎつぎと摂取されるから、新たなものの勝利はおどろくほど早い。過去は過去として自覚的に現在と向きあわずに、傍におしやられ、あるいは下に沈降して意識から消え「忘却」されるので、それは時あって突如として「思い出」として噴出することになる。(略)
日本社会あるいは個人の内面生活における「伝統」への思想的復帰は、いってみれば、人間がびっくりした時に長く使用しない国訛りが急に口から飛び出すような形でしばしば行われる。


そして、丸山眞男は、そんな時間軸が消失し「前近代」と「近代」が継ぎ目なしに併存した思想風土において、「実感信仰」による「『ありのままなる』現実肯定」が現在と向き合う際の日本人の特徴であると(いうようなことを)書いていましたが、それこそが今回のような「感動に寝返る」バッググランドになっているように思います。

また、丸山眞男は、『超国家主義の論理と心理』で、「抑圧の委譲」というものについて、次のように書いていました。この「抑圧の委譲」は、日本特有の同調圧力のメカニズムを考える上でヒントになるように思いました。

自由なる主体的意識が存せず各人が行動の制約を自らの良心のうちに持たずして、より上級の者(従って究極的価値に近いもの)の存在によって規定されていることからして、独裁観念にかわって抑圧の委譲・・・・・による精神的均衡の保持・・・・・・・とでもいうべき現象が発生する。上からの圧迫感を下への恣意の発揮によって順次に移譲して行く事によって全体のバランスが維持されている体系である。これこそ近代日本が封建社会から受け継いだ最も大きな「遺産」の一つということが出来よう。


もっとも、いくら権力の意志を貫こうとしても、パンデミック下にあるオリンピックでは、猛威を振るうウイルスを(どこかの誰かではないけど)都合のいいようにアンダーコントロールできるわけではありません。感動に沸き立つ日本列島に冷水を浴びせるかのように、7月27日の東京都の新規陽性者数は2848人という過去最高の数字を記録したのでした。4日連休が関係しているからだという声もありますが、しかし、検査数は8038人にすぎず、連休明けで検査数が増えたのでその分感染者数も増えたというわけではないのです。

オリンピックが開催されてから、東京都は検査数を絞っているようでずっと1万件を下回る数字になっています。それでもこんな新規感染者数が記録されるのですから、まともに検査したらどれくらいの感染者が出るかわかりません。デルタ株(インド型変異株)の感染爆発はもう既にはじまっていると考えるのが常識でしょう。

オリンピックと感染爆発のダブルパンチで医療も逼迫しています。東京都が通常の救急や手術は控えて新型コロナ用のベットを確保するように、病院に指示したというニュースもありました。トリアージが再び行われようとしているのです。アスリートたちがメダルを胸にはしゃいでいるその裏で、皺寄せを受けた患者たちの命が人知れず選別されようとしているのです。なんと不条理な話でしょう。それでもスポーツ(アスリート)は特別だと言えるのか、そう問い返したい気持があります。
2021.07.28 Wed l 社会・メディア l top ▲
なんだか水に落ちた犬を叩いているように思われるかもしれませんが、その後も次々と出て来る小山田圭吾の悪行については、やはりひとつひとつ取り上げて糾弾していくべきではないでしょうか。障害のある同級生に与えた一生消えない心の傷を考えれば、通りいっぺんの反省で済むようなものではないでしょう。

ネットでは「何をいつまで同じことを言っているんだ」という言い方をよく目にしますが、ネットの場合、タイムラインに見られるように、目の前の事柄をやり過ごし、次々から次へと興味が移っていくのが当たり前のようになっています。小山田圭吾の悪行も然りで、彼に対するバッシングの熱気も既に失せつつあるように思えてなりません。人々の関心は次に移っているのです。

小山田圭吾の問題について、日本のメディアは、外国メディアに比べて、ぼかして報道しているという指摘がありましたが、たしかに、新聞やテレビを見ても、いじめの内容にはさらりと触れているだけで詳細は伝えていません。そのため、どこか他人事のように見えます。私たちがいじめの詳細を知るのは、週刊誌やネットなどを通してです。

もっとも、日本のメディアのどこか他人事のような報道は、今にはじまったことではありません。つまり、それは、「不偏不党の客観性」という建前の理念があるからでしょう。また、「抑制のきいた文章」ということばもよく耳にしますが、それがぼかして書くことにつながっているように思います。その結果、日本のメディアは、何を言っているのか、何を言いたいのかわからない、オブスキュランティズム(曖昧主義)に陥っているのです。

羽仁五郎は、日本の新聞は、「明日は雨ですが、天気はいいでしょう」というようなよくわからない記事ばかりだと言っていましたが、それこそ日本のメディアの”特殊性”を言い当てているように思います。しかも、そういった「抑制のきいた文章」がメディアのなかでは連綿と受け継がれているのです。新米の記者が書いた記事も、デスク?によって添削され「抑制のきいた文章」に書き直されるのです。そういったトレーニングがくり返され、新聞記事とは「抑制のきいた文章でなければならない」「そういった品位のある文章が書けるようにならなければならない」という刷り込みが行われるのです。そして、たとえば朝日の「天声人語」のような文章がお手本とされ、ときに名文などと言われるようになるのです。

私たちは、残念ながら、当時の『ロッキング・オン・ジャパン』と『クイック・ジャパン』のインタビュー記事を直接読むことはできません。そのため、小山田圭吾の悪行の詳細は、メディアをとおして知るしかないのです。

下記の芸能ネタに特化したまとめサイトで、私は、前回の記事で触れた以外のいじめを知ることができました。他人のふんどしで相撲を取るまとめサイトについては、批判的な意見の方が多いのですが、しかし、今回の問題でも、その詳細を知るにはまとめサイトを参考にするしかないのが日本のメディアの実情なのです。

TREND NEWS
【全文】小山田圭吾記事内容(ロッキンオン・クイックジャパン)と年賀状

何度も言いますが、小山田圭吾は、「民主的な人格の育成」という教育理念を掲げる和光学園で、小学校から高校まで知的障害を持つ同級生に対して、執拗にいじめをくり返したのでした。それは、障害を持つ児童と健常者の児童が同じクラスで学ぶ和光学園の「共同教育」というシステムを逆手にとったものでした。「みんなで助け合って仲良くしましょう」「何事も話し合って解決しましょう」という性善説に基づいた民主主義教育の理念が、実際は空回りして”悪の根源”にさえなっていたのです。

でも、たとえば、通勤・通学電車のなかでの乗客たちのふるまいを見れば、そういった民主主義教育の理念が、空疎で観念的な理想論にすぎないということが容易にわかるでしょう。私が住んでいる路線にも、有名な私立学校がありますが、そこに通う高校生たちの車内での傍若無人なふるまいを見るにつけ、テレビドラマでよく描かれる金持ちのおぼっちゃんの歪んだ人格が連想されてならないのでした。系列の大学では集団強姦事件も何度か起きていますが(最近も高校の同級生である経産省キャリア2人の給付金詐欺がメディアを賑わせました)、それもなんとなくわかる気がするのでした。

そこにあるのは、まさにマルクスが言う「存在が意識を決定する」(としか思えない)現実です。剰余価値を生み出す有用な労働力という資本の論理から言えば、心身に障害のある人間は有用ではないのです。そんな人を社会の役に立つか立たないかで判断し選別するする考えは、近代合理主義(経済的合理性)に必然的に存在する”悪魔の思想”とも言うべきものです。その極地にあるのがナチズムでしょう。小山田圭吾にもそんな”悪魔の思想”が影を落としているように思えてなりません。

『クイック・ジャパン』のインタビュー記事では、いじめた相手と対談をするという企画まで持ち出し、実際に編集者が相手の家を訪問して母親にそのことを伝えているのでした。また、小学生のときに障害のある同級生から来た年賀状をわざわざ持参して、ハガキに母親が線を引いた上に「スゲェ汚い字で」文字を書いているのをヤユして笑いものにしているのでした。25歳を過ぎた立派な大人になってもなお、雑誌でそんないじめ自慢をしているのでした。

彼の所業について、日刊ゲンダイデジタルに、次のような記事がありました。

日刊ゲンダイデジタル
小山田圭吾が一生涯背負う“十字架”と本当の謝罪 障害者の父親は「謝っても許されない」と強い憤り

 自身も障害児の父親である動物写真家で、YouTuberとしても活動する小原玲氏はこう憤る。

「親とすれば子供が学校でこんな目に遭っていたと思うと言葉がありません。私が当該記事を読んで涙が出たのは、障害児童が小山田氏に出した年賀状を雑誌でさらして笑いものにしたことです。その年賀状にはお母さんが定規で線を引いてそれに沿って児童が鉛筆で稚拙ながらも文をしたためていました。それを大人になってからかうとはどんな神経か。親がどんな思いで友達に年賀状を出すかわかりますか。子供が少しでも学校で友達に恵まれるようにという願いからですよ。こんな人物が手掛けた楽曲がパラリンピックで流されるなんてブラックジョーク過ぎる。トラウマになってしまいかねない。たとえ27年前のことであっても許される話ではない」


辞任したからそれで済んだ話なのか。もう終わったことなのでしょうか。

小山田圭吾は、ツイッターの謝罪文で、いじめた相手に対して「連絡を取れる手段を探し、受け入れてもらえるのであれば、直接謝罪をしたいと思っております」と、『クイック・ジャパン』の企画と同じようなことを言っていましたが、辞任した今でもホントにそう考えているのか、実際に実行したのか、たしかめたい気さえします。「自分自身でも長らく罪悪感を抱えていた」と言いながら、今まで何もやってなかったのですから、どこまで本気なのかわかりません。身内の人間たちの挑発的なツイートを見ても、ホントに反省しているのか疑問です。

そして、今度は、開閉会式のディレクターを務める予定だった小林賢太郎が、お笑いコンビの時代に、コントのなかで「ユダヤ人大量惨殺ごっこ」という発言をしていたことが発覚して”解任”されました。ただ、今回は小山田圭吾のときと違って、小林賢太郎に同情する声が多いようです。

「言葉尻を捉えて全体を見てない」という茂木健一郎のコメントがそんな国内の空気を代表しているように思いますが、しかし、ホロコーストの犠牲になった人々にとって、「ユダヤ人大量虐殺ごっこ」というギャグが単に「言葉尻」の問題なんかではないことは、少しでも考えばわかるでしょう。茂木健一郎の無神経ぶりにも驚くばかりです。

小林賢太郎の問題では、このように、メディアを中心とした空気の緩さが際立っているように思えてなりません。そんな日本の緩い空気に対して、日本在住のイスラエル人が「もし広島や長崎の原爆や福島の原発事故が笑いのネタにされたら日本人はどう思いますか? それと同じでしょ」と言っていたのが印象的でした。

そんななかで、既に一部のオリンピックの競技がはじまりました。すると、メディアは、早速、今大会では日本は史上空前のメダルラッシュが期待されるなどと言って、手のひらを返したようにオリンピックムードを煽りはじめたのでした。前も書いたように、どう考えてもアンフェアな今大会で、開催国の日本が有利なのはあきらかです。でも、誰もそうは言いません。既に見え透いた感動物語も出ています。反語的に言えば、大衆はバカで単純だ、愚鈍な存在だという保守政治家の冷徹な大衆観は圧倒的に正しいのです。あと数日もすれば、菅総理やIOCのバッハ会長が言うような「メダルラッシュに熱狂してなにもかも忘れる」現実が、日本的な同調圧力を携えて私たちの前に出現することでしょう。

このパンデミックのもと、無観客のなかで競技をするアスリートたちを見て、どうしてスポーツだけが特別なのかという(素朴な)疑問を持つ人さえ少ないようです。そもそもオリンピックのようなものがスポーツの本来のあり方なのかという疑問を持ってもよさそうですが、もはやそれも水中に火を求むようなものです。ついひと月前まで70%~80%の国民がオリンピック開催に反対だと言われていたのに、最新の世論調査では、案の定、反対の声は30%に急降下しています。

次から次に発覚するスキャンダルに対しても、日本人はタイムラインをスクロールするように、終わったこと、過ぎ去ったことにして、オリンピックの熱狂にみずから身を投じようとしているのでした。そして、それに呼応するように、あの(東浩紀も礼賛した)「ニッポン、凄い」の自演乙が再びメディアを覆うとしているのでした。まさに衆愚たちの祝祭がはじまろうとしているのです。
2021.07.23 Fri l 社会・メディア l top ▲
コーネリアスの小山田圭吾が、小林賢太郎や田中知之とともに、オリンピック・パラリンピックの開閉会式の制作メンバーに選ばれたことをきっかけに、小山田圭吾が過去に『ロッキング・オン・ジャパン』と『クイック・ジャパン』のインタビューで語っていた”いじめ自慢”が再び取り上げられ物議をかもしています。

ちなみに、大会組織委員会が制作メンバーとして彼らを発表したのは14日です。オリンピックの開会式が今週の23日ですから僅か10日前です。発表自体に唐突感があるのは否めませんし、なんだか不自然な感じがしないでもありません。当然ながらメンバーにはずっと以前に依頼していたはずで、どう考えても、発表するのを目前まで待っていた、あるいは控えていたとしか思えないのです。

大会組織委員会の武藤敏郎事務総長は、小山田圭吾の”いじめ自慢”を「知らなかった」と言っていますが、同時に、「引き続き貢献してもらいたい」とも発言しています。小山田圭吾の”いじめ自慢”は、ネットをググればすぐ出てくるくらい有名な話で(ただ、ウィキペディアでは、何故か記載と削除のイタチごっこが繰り返されていたみたいです)、どう考えても”渋谷系”の音楽と縁があるとは思えない武藤事務総長はともかく、彼らを選定した人間たち(電通?)が知らなかったというのは俄に信じ難い話です。それに、役人主導の典型的な日本的組織である大会組織委員会において、決裁を受ける際にその話が出なかったとはとても思えないのです。

一方で、もう終わったことをいつまで言っているんだというような寛容な(ことばを変えれば臭いものに蓋をする)意見もあります。私の知る限りでは西村博之(ひろゆき)や爆笑問題の太田光などがその代表と言えるでしょう。なかでもひろゆきのそれは、子どものような論理で屁理屈をこねまわして、批判するのを避けながら遠回しに擁護するというまわりくどいものです。

ひろゆきは、2ちゃんねる絡みの訴訟で下された数々の賠償金を踏み倒して(住所だけ置いていた西新宿の木造アパートの郵便受けから督促状があふれ出ている写真を見たことがあります)、それを得意げに語るような人物ですが、今やメディアでは”論破王”としてもてはやされているのでした。しかし、その”論破王”なるものも、一皮むけば、賠償金の踏み倒しに見られるように、昔、私たちのまわりにもいた、どうすれば飲酒運転の摘発から逃れられるかとか、どうすれば駐禁の違反金を払わずに済むかとかいった”裏テクニック”を得意げに話していたあのおっさんたちと同じレベルのものにすぎません。

もちろん、小山田圭吾が自慢たらしく語ったいじめは、もはやいじめの範疇を越えた、犯罪と言ってもいいような悪行で、ひろゆきや太田光が言うように、もう終わったことをいつまで言っているんだと言えるようなレベルのものではありません。しかも、いじめは、「民主的な人格の育成」を教育理念に掲げる和光学園の障害者と健常者が同じ教室で学ぶ「共同教育」を舞台に、小学校から高校まで執拗につづいたのでした。

「ディリー新潮」は、いじめの内容について、実際にインタビューで語った内容も含めて、次のように詳細に書いていました。

「全裸にしてグルグルにひもを巻いてオナニーさしてさ。ウンコ喰わしたりさ。ウンコ喰わした上にバックドロップしたりさ」(「ロッキング・オン・ジャパン」)

「クイック・ジャパン」のインタビューによると、小学校の時には障がいのある同級生の体をガムテープで巻き、身動きが取れないようにして、段ボールに入れたという。

 同じ同級生のことは高校生時代にもイジメた。みんなでジャージを脱がせ、下半身を露出させた。

「女の子とか反応するじゃないですか。だから、みんなわざと脱がしてさ、廊下とか歩かせたりして」(「クイック・ジャパン」)

 中学の時の修学旅行では違う同級生を、留年した先輩と一緒にイジメている。この同級生にも障がいがあった。小山田は先輩と一緒になって同級生に自慰行為をさせている。

「クイック・ジャパン」にはほかにもこんな下りがある。

「掃除ロッカーの中に入れて、ふたを下にして倒すと出られないんですよ。すぐ泣いてうるさいから、みんなでロッカーをガンガン蹴飛ばした」

「マットの上からジャンピング・ニーパットやったりとかさー。あれはヤバいよね、きっとね」

(2021年7月17日掲載)


ディリー新潮
イジメっ子「小山田圭吾」の謝罪に不可解な点 当時の学校運営に不満だったという証言

また、それ以外にも、近くの学校に通うダウン症の子どもに対する侮蔑発言や人種差別発言も掲載されているそうです。

身の毛もよだつとはこのことでしょう。実際に中学時代、小山田圭吾にいじめられた同級生は自殺まで考えたそうです。

また、東浩紀も、ひろゆきや太田光と同じような論法でこの問題を語っていましたが、知識人の仮面を被って発言している分、ひろゆきや太田光より始末が悪いと言えるでしょう。東浩紀は、次のようにツイートしていました。

東浩紀 Hiroki Azuma
https://twitter.com/hazuma

東浩紀小山田圭吾1

東浩紀小山田圭吾2

東浩紀小山田圭吾3

それにしても、「そもそも音楽もスポーツも苦手なので、個人的には例の件はかなりどうでもいい」という言い草にも驚くばかりです。「何様か」とツッコミたくなります。

東浩紀は「過去の記録はアップデートできない」と言いますが、その気になればいくらでも「アップデートできる」でしょう。小山田圭吾は、今回批判が殺到して初めてツイッターで謝罪したにすぎず、今までも「アップデートできる」チャンスはあったのにそれをしなかったのです。

その時代の背景、その時代の環境も考えるべきというような屁理屈も然りで、それは、(牽強付会だと言われるかもしれませんが)戦争中だからジェノサイドや集団強姦も許される、戦争中だから妊婦を強姦して腹を切り裂きなかの胎児を取り出したことも許されるという論理と同じです。話を飛躍すれば、そうやって戦後の日本は平和と繁栄の虚構を演じてきたのです。だから、胎児を取り出して高笑いしていた日本兵たちは、復員すると、俺たちのお陰で戦後のニッポンがあるのだと開き直り、金・物万能の世の中で精神が疎かになっている、愛国心を忘れていると説教を垂れるようになったのです。もちろん、その責任を当事者の兵士だけに帰するのではなく、どうやって加害国の国民として共有していくのかを考えるのが”知”の役割というものでしょう。

この東浩紀の屁理屈を見て、私は、かつて東京都知事選で猪瀬直樹を応援して選挙カーの上で応援演説をしたそのトンチンカンぶりを思い出さざるを得ませんでした。

池袋駅東口に停められた選挙カーの上で、聴衆に向って手を振る猪瀬直樹の横で、「猪瀬さんこそ夢を託しながら現実の第一歩を踏み出せる、着実に改革ができる人物だ」と応援演説をしたその姿とその演説の内容こそ、彼が如何に俗物で中身がスカスカかということを示しているように思います。穿った見方をすれば、東浩紀が「アップデートできない過去」を強調するのも、彼自身にこういった消せない過去があるからかもしれないのです。

tegetter
東浩紀の演説。

また、彼は、東日本大震災の際、なにを血迷ったか、次のような日本賛美&総動員体制万歳のような発言をしたこともありました。

 震災前の日本は、二〇年近く続く停滞に疲れ果て、未来の衰退に怯えるだけの臆病な国になっていた。国民は国家になにも期待しなくなり、世代間の相互扶助や地域共同体への信頼も崩れ始めていた。

 けれども、もし日本人がこれから、せめてこの災害の経験を活かして、新たな信頼で結ばれた社会をもういちど構築できるとするのならば、震災で失われた人命、土地、そして経済的な損失がもはや埋め合わせようがないのだとしても、日本社会には新たな可能性が見えてくるだろう。もちろん現実には日本人のほとんどは、状況が落ち着けば、またあっけなく元の優柔不断な人々に戻ってしまうにちがいない。しかしたとえそれでも、長いシニシズムのなかで麻痺していた自分たちのなかにもじつはそのような公共的で愛国的で人格が存在していたのだという、その発見の経験だけは決して消えることがないはずだ。
(「For a change, Proud to be Japanese : original version」)
東浩紀の渦状言論 はてな避難版 2011年3月22日


東浩紀は、筑波大附属駒場中学・高校から東大の文科一類に進んだ秀才で、たしかに頭はいいのでしょう。しかし、その頭のよさは、子どものような論理で屁理屈をこねまわす程度の頭のよさにすぎないのです。実際は、巷の労働体験もほとんどない世間知らずのセンセイにすぎないのです。もしかしたら「先生と言われるほどの馬鹿でなし」という諺の意味もわかってないのかもしれません。

東浩紀のゲンロンなるものは、そんな子どもの論理で屁理屈をこねまわす、俺たち凄いだろう?というような、登山者にとってのヤマレコと同じような自己顕示と自己慰謝の場にすぎないのです。

だから、彼らの言説が、宮台真司が言う「現実にかすりもしない」のは当然です。ゲンロンなるものに集まって、どうでもいい屁理屈をこねまわしている学者やジャーナリストたちは、ただそうやって知識人ごっこをしているだけなのです。

要するに、屁理屈のわりに中身はスカスカなので、現実と拮抗すると、小山田圭吾の問題を「過去の話」と一蹴したり、猪瀬直樹のような自称作家の俗流政治屋に伴走したり、東日本大震災後の「ひとつになろう日本」キャンペーンに象徴される国家がせり出してきた状況を手放しで礼賛するような、トンチンカンな醜態を晒すことになるのでしょう。

パラリンピックの開閉会式に、上記のような凄惨ないじめをした人物が作曲した音楽が使われるというのは、考えようによってはこれほどの悪趣味はないのです。しかし、東浩紀らは、そんな想像力の欠片さえ持ってないと言うべきかもしれません。

おぞましいのは小山田圭吾だけではないのです。擁護しているんじゃないと言いながら擁護している東浩紀も同じです。


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2021.07.19 Mon l 社会・メディア l top ▲
横浜市長選は、8月8日告示、22日投開票ですので、告示までちょうどひと月となりました。早いもので、私が横浜に住んでもう3回目の市長選です。前2回の市長選のときもこのブログで記事を書いていますので、僭越ですが最下部の関連記事をお読みいただければ幸いです。

今回の市長選が前2回と異なるのは、候補者が乱立していることです。そのため、どれが「本命」でどれが「当て馬」でどれが「泡沫」なのか(「対抗」がいないところがミソです)、わかりにくいということです。文字通りカオスと化しているのです。

もちろん、今回の市長選の大きなテーマはIR誘致に賛成か反対かです。選挙の争点はIRだけじゃない、ほかの市民生活に直結する問題も大事だという声もありますが、それはどちらかと言えば、IRを争点にしたくないIR賛成派からあがっている声です。今年の1月に、IRの是非を問う住民投票の条例案が提出されたのですが、議会で多数を占める自由民主党と公明党によって否決されたのでした。そのため、今回の市長選がIRの是非を問う場にならざるを得なくなった(なってしまった)というのが実情です。それをIRだけが争点じゃないというのは、居直り強盗のような言い草と言うべきでしょう。

とは言っても、立候補予定者の多くはIRに反対を表明しています。それは、IR反対が過半の市民の声でもあるからです。その意味でも、住民投票の条例案を否決した自公の罪は大きいのです。

それどころか、ここに来て、自民党神奈川県連の会長として、IR推進の先頭に立っていた小此木八郎氏(菅総理が秘書を務めた小此木彦三郎元建設相の三男)が、突然、国家公安委員会委員長を辞職して、「IR白紙撤回」を公約に立候補を表明するというちゃぶ台返しがあったのでした。そのため、メディアのことばを借りれば、市長選はいっそう「混迷を深める」ことになりました。ただ、小此木氏の出馬がホントにちゃぶ台返しなのか、疑問の声もあります。憲法改正&核武装を主張し、日本青年会議所のカルト的な極右思想を共有する典型的なおぼっちゃま議員が、一転してIR反対に寝返るなど俄かに信じられず、「白紙撤回」というのは山下埠頭に限った話ではないのかという見方も出ているのでした。

もちろん、反対が過半の市民の声であるとは言え、こんなに乱立すると反対派が共倒する懸念があります。知人(横浜市民)は、「見てみ、林文子が漁夫の利を狙って必ず出て来るよ」と言っていましたが、知人の言うとおり、態度をあきからにしなかった現職の林文子市長も、乱立で勝算ありと睨んだのか、どうやら立候補の意思を固めたようです。

自民党横浜市連は、ずっと前に林市長に対して、多選と高齢を理由に支持しないことを伝えているのですが、それはもしかしたら小此木氏出馬の伏線だったんじゃないかと思ったりもします。今回の市長選は何でもありなので、それも単に下衆の勘ぐりとは言えない気もするのでした。

一方で、関内や元町や中華街などの地元商店街や横浜市商工会議所や横浜建設業協会などは、「IR推進」の立場から林市政の継続を求めているそうです。

反対派のツイッターによれば、崎陽軒や元町のキタムラの社長と並んで、中華街組合(横浜中華街発展会協同組合)の理事長もカジノ推進だそうです。今の理事長は日本人のようですが、華僑たちのいつもながらのこずる賢く立ち回る向銭奴ぶりが連想され、私は、魯迅の「利口者と馬鹿と奴隷」のなかに出て来る「利口者」の話を思い出しました。現在、残っている応募業者は、シンガポールのカジノ会社&日本のゼネコンのグループ(共同企業体)と香港でカジノを運営する会社の2つだけで、いづれも華僑系もしくは中国系の業者なので、中華街のIR推進もその辺の絡みもあるのかもしれません。浮利を追うだけでなく、その前に香港の弾圧に声を上げろよと言いたくなります。

また、このブログでも何度も書いていますが、市関係4労組(自治労横浜・横浜交通労組・横浜水道労組・横浜市教職員組合)も、建前はともかく、本音では良好な関係にある林市政の継続を求めているはずです。前々回の市長選までは、彼らは公然と林市長を支持していたのです。

同様に前々回まで林市長を支持していた旧民主党(立憲民主党)は、今回は林市長に「裏切られた」として独自候補を擁立しました。住民投票を求める署名活動をしていた市民団体も、立憲の候補を支持することを決定してしています。しかし、今まで旧民主党が横浜でやって来たことを考えると、今更のように偽善者ぶっている立憲民主党に対して、眉に唾して見ている人は多いでしょう。それに、前回も林市長を推薦した連合神奈川の本音が、立憲の候補とは別のところにあるのは間違いないのです。立憲の候補者は横浜市立大医学部の”名物教授”だった人だそうですが、なんだか気の毒にすら思えてきます。

他に、田中康夫氏も立候補を表明しましたが、反IR候補の乱立に一本化を求める声があることに対しては、一本化は「開かれた談合」だと拒否しているそうです。私は、田中康夫氏が横浜に移住していたことも、FMヨコハマで7年前から番組を持っていたことも知りませんでした。ただ、田中氏のバックにはFMヨコハマのオーナーでもある”ハマのドン”がいると言われて、本人もそう仄めかしているようです。だったら、一本化に前向きであってもよさそうですが、そうではないのです。

田中氏は、2016年の参院選におおさか維新の会から立候補し、私もこのブログで「田中康夫の変節」と題して批判しましたが、記者からそのことを指摘された田中氏は、あれは自分にとって「黒歴史」だと言ったそうです。しかし、あのときの田中氏の選択は、そんなひと言で済まされるようなものではないでしょう。

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当初、自民党の候補者リストとして、タリーズコーヒーの松田公太や菅総理の子飼いの三原じゅん子参院議員や林市長と親しく柳美里とも親友だという八方美人の元TBSアナウンサー・渡辺真理などの名前があがっていましたが、その顔ぶれを見るにつけ、どれだけ人材がいないんだと呆れるばかりでした。三原じゅん子が市長候補だなんて悪い冗談だとしか思えませんが、横浜では「三原じゅん子市長」は冗談ではないのです。マジなのです。

メディアは「一部の女性経営者」と書いていましたが、既に支援者たちによって「三原氏を支援する会」が結成され、擁立に動いているというニュースもありました。ただ、三原参院議員の名誉のために言っておけば、三原議員は、本来横浜には何のゆかりもないにもかかわらず、神奈川選挙区でトップ当選を果たした実力者です。横浜では存在感のある立派な(!)政治家なのです。

言うなれば、それが横浜が横浜である所以です。常に「住みたい街」の上位に位置し、オシャレな街、あこがれの街として君臨する横浜も(でも住民税や国民健康保険料はバカ高い)、一皮むけば、そういった外から見れば目をシロクロさせるような光景が、なんの臆面もなく当たり前のように存在する街なのです。

こうして見ると、あたらめて横浜って田舎だなあと思います。それも今どきめずらしいようなド田舎です。子飼いにしても、その取り巻きにしても、面子があまりにもお粗末としか言いようがありません。誰かのセリフではないですが、お神輿はなるべくハリボテで軽い方がいいとでも言いたげです。むしろ、それしか考えてないような感じです。

もうひとり、出馬の噂が消えない元横浜DeNAベイスターズ球団社長の池田純氏は、下記の文春オンラインの記事で、横浜は「日本一大きな田舎」「限られた人たちだけの『村社会』」と言っていましたが、まったくそのとおりで、その認識は私が前に書いた記事とも一致します。ただ、そこが横浜が一筋縄ではいかないところですが、そう言う池田氏自身が「村社会」の住人でないという保証はないのです。”ハマのドン”ばかりが強調されるので誤解されているようですが、横浜は、イスラム世界と同じように、”ドン”と呼ばれる一握りの人間たちによって支配された田舎で、菅総理も新参者ながらそのひとりであることを忘れてはならないでしょう。

文春オンライン
“日本一大きな田舎”横浜の問題点…なぜ横浜市長選は盛り上がらないのか?

横浜市の人口は372.2万人(2015年現在)で、名目GDPは、2021年3月の推計で13兆8774億円(実質GDPは13兆3740億円)です。たとえば、ミャンマーのGDPは6兆6000億円ですから、ミャンマーの倍です。同じくらいのGDPの国を調べると、ハンガリーが12兆6000億円ですので、ハンガリーとほぼ同じです。当然ながら、横浜市には国家レベルの強大な”利権”が存在します。一にもニにも、それが横浜が田舎でありつづける(オシャレになれない)理由なのです。

林市長の前に市長だった中田宏氏は、女子大生とコンパをしたとか人妻と不倫しているとかいった週刊誌のスキャンダル記事によって失脚したのですが、それも、中田氏よる新自由主義的な市政運営が「村社会」の”利権”という虎の尾を踏んだからだと言われています。もちろん、全国でトップクラスの給与を得ていた市関係4労組も、歳出(人件費)削減を掲げる中田市長と激しく対立していたことは言うまでもありません。

別に中田氏の肩を持つわけではありませんが、中田氏が無所属で立候補するまでは横浜市長選は総じて各党相乗りの選挙でした。また、中田氏が辞任したあとの林現市長の時代になると、以前と同じように各党相乗りのオール与党体制に戻っています。中田氏が目の上のたん瘤だった理由がわかるような気がします。

その中田氏に対して「ハレンチ市長」のキャンペーンを張った某週刊誌が、今回も獲物を狙って横浜の街を嗅ぎまわっているそうです。どんなスキャンダルが飛び出してくるか知れたものではありません。このように、今回の市長選でも、”ドン”の息がかかった「村社会」の魑魅魍魎たちがあちこちで跋扈しているのです。

「こんなバカバカしい選挙なんか行ってもしょうがない」という知人の声は、民主主義を無定見に信奉する”良識派”(「負ける」という生暖かいお馴染みの場所でまどろむ勝てない左派)は眉をひそめるでしょうが、しかし、私は、その声が横浜に対するもっともリアルな批評であるように思えてなりません。


追記:(7/14)
その後、記事で触れた部分で動きがありましたので、一応追記しておきます。
①自民党横浜市連は、小此木支援で話がまとまらず「自主投票」になりました。一方で、小此木氏のちゃぶ台返しは菅総理との「出来レース」だという噂があります。それは、IRに反対する”ハマのドン”が90歳と高齢なので、とりあえずIR誘致は凍結して”ハマのドン”に花を持たせる(”状況”が変わるまで待つ)という、如何にも政治屋・菅義偉らしい話です。
②池田純氏は、出馬しないことをあきらかにしました。横浜市長選ではおなじみの週刊誌にDeNAとの金銭トラブルが報じられ、断念せざるを得なかったというのがどうやら真相のようです。ちなみに、女性初の経団連の副会長に就任したばかりのDeNAの南場智子会長は、横浜の再開発に深く関わっており、IR推進の代表的な人物です。
③三原じゅん子参院議員も、出馬しない意向を支援者に伝えたということです。
結局は、林VS小此木の事実上の一騎打ちという、大山鳴動して鼠一匹のような「村社会」が描く構図になってきました。さすが横浜で、「乱立」「混迷」のなかでも、「本命」「当て馬」「泡沫」の輪郭が徐々にはっきりしてきました。

追記:(7/29)
神奈川県内に無料配布されるタウン紙・「タウンニュース」の最新号(7月29日号)の「意見広告」に、小此木氏と菅義偉首相の対談が掲載されていました。そのなかで菅首相は、「横浜の顔になれるこれ以上の人はほかにいない」「すべての横浜市民の未来のために、小此木さんの政治活動を全面的かつ全力で応援します」と小此木氏への支持を明言していました。
上記に書いたとおり、これで小此木氏の出馬が「出来レース」であることがはっきりしました。林VS小此木の一騎打ちの色彩がより濃くなったとも言えますが、一方で、もう勝負は決まったも同然という声もあります。もっとも、林VS小此木と言っても、(ここが重要!)現状のまま話を進めて華僑・中国系にするのか、それともいったん「白紙撤回」してアメリカのIR業者の再登板を待つのか、そのどっちかにすぎないのです。このままでは候補者の乱立も茶番に終わりそうな気配ですが、口さがない街のスズメたちの間でも、選挙戦そのものより、「退路を断ってない」候補者のなかで誰が出馬をとりやめるかに関心が移っています。
また、ここに来て、関内駅近くの一等地にある評価額9億2千万円の旧市庁舎跡地が、7700万円で三井不動産やDeNAなどの企業グループに叩き売られた問題にも再度スポットが当てられています(実際は建物は売却だが土地は70年の定期借地権契約)。濡れ手に粟の買い物をした企業グループのなかに、林市長と親しい星野リゾートの関連会社が入っていたことが物議を呼んでいるのでした。もちろん、その背後にIRの存在があるのは言うまでもありません。
横浜市は直近のデータ(平成30年度)で市債発行残高が3兆1570 億円あり、しかも残高は右肩上がりで増え続ける一方です。それで、執行部や議会は、だから博打のテラ銭で借金を返済しなければならないのだ、とまるでチンビラのような言い草で市民を脅すのですが、その一方で、昨年、917億円の巨費を投じて32階建ての新市庁舎を馬車道駅の近くの北仲通に新築・移転したのでした。ところが、完成した途端に雨漏りがしたとかで、「天下の笑いもの」と言われたり、全国でトップクラスの高給を誇る職員たちが32階の雲上から市民を睥睨するため、横浜名物の「三塔物語」をもじって「デビルの塔」とか「ドラキュラの塔」とヤユされる始末なのでした。
もちろん、このような市政を支えているのはオシャレな街の住民たちです。文字通りこの市民にしてこの市政ありなのです。横浜が「日本一大きな田舎」なら、横浜市民は「日本一の田舎坊」と言うべきでしょう。
横浜市は、住民税が全国一高い自治体です(前は職員の給与が全国一高い自治体でした)。どうして住民税がこんなにバカ高いのかということを少しは考えてもよさそうですが、そんな市民は圧倒的に少数です。言うなれば、住みたい街、オシャレな街という不動産会社が作ったイメージをバカ高い住民税で買っているようなものですが、それがまるでわかってないのです。
ともあれ、これで「日本一大きな田舎」にふさわしい市長選になったと言えるでしょう。


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※日付の古い順に掲載
横浜はイナカ
横浜市長選
横浜市長選と民進党
横浜市政は伏魔殿
2021.07.09 Fri l 横浜 l top ▲
メディア関係で働く知り合いは、小池百合子はまだ自民党に党籍があり、二階派に所属しているよと言っていましたが、ホントなのでしょうか。

都民ファーストは地域政党にすぎないので、現実的にはあり得ない話ではありません。小池百合子の国政復帰が取り沙汰されるとき、メディアの報道も自民党から出馬するというのが前提になっているように思います。実際に、都議選後、彼女がいの一番に向かったのは、自民党本部の二階俊博幹事長のところでした。そういった曖昧模糊とした怪しげな話も、如何にも小池百合子らしいなと思います。

小池百合子の虚像について、メディアがどこまで関わっているのか、むしろそっちの方が興味があります。少なくとも彼女の数々のパフォーマンスも、メディアの協力なしには成り立たないのです。

都議選寸前に「過度の疲労」だとして入院したことについて、”元恋人”(本人たちは否定)と言われる舛添要一氏が、ツイッターでかなり執拗に「病名をあきらかにしないのはおかしい」と突っ込んでいたのも気になりました。若作りをしているとは言え、小池百合子も来週で69歳になります。病気のひとつやふたつ抱えていてもおかしくないでしょう。ただ、投票日前日のサプライズ応援を見ると、今回の入院もやはり、”小池劇場”だったのではないかという疑念は拭えないのでした。

しかし、メディアは、あくまで病気を押して応援したというような(いつもの大甘な)見方に終始していました。政治家が入院すると、病状をあれこれ詮索されて、権力の威光に翳りが生じることもありますが、一方で、批判を封じたり、難局を切り抜けたりするのに都合のいい場合もあります。

安倍晋三が持病で二度目の政権投げ出しを行なった際も、たとえば下記の記事に書いたように、おしどりマコは病気をダシに批判するのはフェアではないと言っていたのですが、そういったおしどりマコのような”同情論”に、したたかな政治家はしてやったりとほくそ笑んでいるに違いないのです。現に安倍はその後、病気などどこ吹く風とばかりにケロッとして、復権への準備に余念がないなどと言われているのです。

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安倍辞任に優しい世論と野党

舛添要一氏は、小池百合子の入院について、「政治は演技である。嘘も方便。IQの低い大衆は、それを見抜けない」とツイートしていましたが、たしかに都議選の結果を見ると、小池都知事のパーフォーマンスは、「IQの低い」都民に大きな効果があったのは事実でしょう。「倒れてもがんばるあたし」に、多くの都民は目を潤ませていたのかもしれません。しかも、入院によって、東京都のコロナ対策に対する批判もすっかり影を潜めたのでした。

私は、都議選の結果を見て、70%とか80%とか言われていた開催反対の世論はどこに行ったんだろうと思いました。案の定、大衆は寝返ったのです。あとは開催されたら、(菅総理らが考えるように)なにもかも忘れて感動に酔い痴れ、バカな本性を臆面もなくさらけ出すに違いありません。

選挙協力した立憲民主党と共産党は、選挙結果について「手ごたえがあった」と論評していましたが、それもいつもの党官僚による自演乙と言わざるを得ません。両党の得票率や得票数を合わせると、自民党のそれを上回ると牽強付会に総括していますが、しかし、今の選挙制度ではそういった総括も気休めにすぎないことぐらい子どもでもわかる話です。どうあがいても、彼らが永遠の野党であることには変わりがないのです。

一方で、メディアは、自民党と都民ファーストの「対立」みたいな幻想をふりまいていますが、しかし、小池百合子の自民党籍の真相は別にしても、都民ファーストが自民党の別動隊であることはまぎれもない事実でしょう。

そもそも記者会見における小池番の記者たちの、あの下僕のようなヘタレな姿はなんなんだと思わざるを得ません。あんなものはジャーナリストでもなんでもなく、ただの御用聞きと言うべきでしょう。

選挙のたびに思うのですが、大衆(有権者)は賢明だ、いつも正しい選択をしているというような言説には違和感を覚えてなりません。社会主義国家(党派)の大衆を神格化する政治的なスローガンのなかにある大衆蔑視の思想を指摘したのは埴谷雄高ですが、社会主義国家の愚劣な憲法の文言を持ちだすまでもなく、大衆を神格化する左派リベラルの観念的なダメさ加減に対して、大衆は所詮「IQの低い」存在にすぎないというバルカン政治家の身も蓋もない大衆観は、ある意味で大衆の本質を衝いているとも言えるのです。小池百合子のパフォーマンスが最強であるのもむべなるかなと思います。

そう考えれば、オリンピック後の総選挙で、麻生+菅VS二階の権力抗争の結果次第では自民党が都民ファと”保守合同”して小池百合子を”選挙の顔”にするという、一部で取りざたされているトンデモ話も、満更あり得ない話ではないような気さえしてくるのでした。と言うか、どこを見渡しても”選挙の顔”がいない自民党内で、「この際、清水の舞台から飛び降りたつもりで小池百合子に相乗りしよう」という、世も末のような話が出て来てもおかしくないように思います。


関連記事:
『女帝 小池百合子』
2021.07.06 Tue l 社会・メディア l top ▲
Yahoo!ニュースに載っていた「オーサー」の森田浩之氏の記事「東京五輪の暴走に、何もしなかったメディアのことを忘れない」が秀逸で、共感するところ大でした。

Yahoo!ニュース(個人)
東京五輪の暴走に、何もしなかったメディアのことを忘れない

パンデミック下のオリンピック開催をめぐる問題で、私たちがまずなにより痛感されられたのはこの国のメディアのテイタラクです。今までも記者クラブの弊害など、メディアに関してはいろいろ言われてきましたが、ここまでひどかったのかとあらためて思い知らされたのでした。

ポストコロナでは、いろんな業界で大きな変化が訪れるだろうと言われていますし、ビジネスの現場でそのことを痛感している人も多いと思いますが、メディアでも”新聞離れ””テレビ離れ”がいっそう加速するのは間違いないでしょう。森田氏は、「怠慢」と書いていましたが、むしろ根本的な体質の問題と言った方が適切でしょう。文字通り、メディアはみずから墓穴を掘ったのです。

森田氏は、ロンドンのメディア・コミュニケーション学の大学院の授業を受講した際に、教授が口にした「嘘には3種類あります ── 嘘、真っ赤な嘘、そして世論調査」ということばを思い出したそうですが、たしかに、「moving goalposts(ゴールポストを動かす)」ようなやり方で開催に向けた世論を誘導したNHKを筆頭とする世論調査などは、犯罪的であるとさえ言えるでしょう。

そして、現在、開催をまじかに控え、どこの新聞もテレビもオリンピック賛美の美辞麗句で彩られようとしています。タレント活動をしている元オリンピック代表選手らの出演も目立って多くなっています。パンデミック下の不平等な今大会で、開催国の利を生かしてメダルラッシュになるのは火を見るよりあきらかですが、メディアはメダルラッシュを熱狂的に煽り立て、菅総理が言うように「感動で何もかも忘れる」ように演出するつもりなのでしょう。

開催の是非をめぐる議論について、メディアが本来の役割を果たさなかったことだ。この先、東京五輪の行く末がどうなろうと、私たちはメディアについてその点をしっかり忘れずにいるべきだ。


私たちは記憶にとどめておけばいい ── メディアは東京五輪の暴走を止めるために、ほとんど何も仕事をしなかった。メディアとしての機能を果たさなかった。

ぼくたちは何だかすべて忘れてしまう。でも、このことだけはもう忘れない。


森田氏はそう言いますが、私たちもメディアが果たした役割を忘れないようにしなければいけないのです。

東京オリンピック開催のようなデタラメが通るのならなんだってまかり通るでしょう。戦争だってまかり通ってしまいます。適当な大義名分を掲げてそれを煽れば、かつての戦争がそうであったように、そして、オリンピックと同じように、国民はそれを真に受けて熱狂するでしょう。

権力者は、今回の経験で、日本あるいは日本人には「強力な指導力」が通用するということを知ったはずです。小泉政権で「B層」ということばが生まれ、衆愚政治のタガが外れたのですが、菅政権ではサディスティックな強権政治のタガが外れた(外された)と言っていいのかもしれません。それは菅義偉が政治家ではなく、政治屋だからこそできたことでもあります。横浜市議時代に培った”恐怖支配の手法”をそのまま国政に持ち込み、しかも、それが国政でも通用したのです。

いつも上目使いであたりを睥睨する、如何にもコンプレックスの塊のような貧相な小男。なんだかヒットラーと共通するものがありますが、そんな”プチ独裁者”の暴走を押しとどめる者がどこにもいないのです。メディアが本来のメディアの役割を果たしてないのです。そもそも今のメディアは、「本来のメディアの役割」さえはなから持ってないかのようです。

私は、もうひとつ、今回の開催をめぐる問題のなかで、個人的に疑問を持ったことがあります。それは、どうして「愛国」を標榜する右翼は開催に賛成するのか、どうして右翼の街宣車はオリンピック反対のデモにあんなに敵意を剥き出しにするのか、という疑問です。本来なら右翼こそが反対すべきテーマのはずです。国民の命や健康よりスポンサー企業やIOCの意向を優先する菅政権を「売国的」と糾弾してもおかしくないのです。

それで、本棚から片山杜秀氏の『近代日本の右翼』(講談者選書メチエ)という本を引っ張り出して読み返しているのですが、その「あとがき」で、片山氏は戦後の右翼が陥った隘路について、下記のように書いていました。片山氏は、戦前の右翼(超国家主義者)は、「天皇を小道具に魔術を為そうとした者たちが、逆に天皇の魔術にからめとられて、今が気に入らないのか、今のままで大いに結構なのかさえ、よく分からなくなっていった」と指摘していましたが、戦後の右翼もまた、その桎梏から自由になれなかったと書いていました。たとえば、「反共右翼からの脱却」というスローガンを掲げて登場した新右翼に私たちは衝撃を受けたのですが、しかし、大半の戦後右翼にとってはそれも単なる”世迷い言”にすぎなかったのです。

(略)戦後の右翼は、天皇絶対の思想が象徴天皇制をうたう新憲法のせいで相当に弱められることで、かえってもっと自由に、必ずしもすべてを天皇に縛られずに、日本の過去の様々なイメージを持ちだして撃つ方法を手に入れることができたはずであった。ところが実際の右翼は、左翼が天皇を脅かし、新憲法によって弱らされた天皇をますます痛めつけ、ついには天皇を排除しようとしているので、とりあえずこれを守らねばならないという「国防哲学」に専心しすぎ、今ある天皇をとりあえずそのまま保つという戦時中の現在至上主義の一種の反復にかなりの精を費やし続け、現状を打破するための思想性を回復、もしくは創出できないまま、ずるずる来てしまったようにも見える。
(『近代日本の右翼』あとがき)


ところが、その天皇は、なんと菅総理による内奏の3日後に、”推察”というかたちで強行開催に懸念を示したのでした。

一方、菅総理らは、”推察”について、「西村宮内庁長官の個人的な意見」と無視を決め込んだのです。そんな菅総理らの態度に対して、私は真っ先に「君側の奸」ということばを思い浮かべましたが、しかし、不思議なことに、右派からそのようなことばが出て来ることはありませんでした。それどころか、安倍晋三元総理は、”極右の女神”との雑誌の対談で、オリンピック開催に反対する人たちは「反日的」だと仰天発言をしているのです。つまり、パンデミック下においてもなお、国民の命や健康よりスポンサー企業やIOCの意向を優先することが「愛国」だと言っているのです。まさに「愛国」と「売国」が逆さまになった”戦後の背理”を象徴する発言と言えるでしょう。安倍元総理の発言についても、「なに言っているんだ、お前こそ反日じゃないか」という声があってもおかしくないのですが、そういった声も皆無でした。

いろんな意味で、この国の劣化はもはや押しとどめないほど進んでいるのです。オリンピック開催をめぐる問題が、それをいっきに露わにした気がしてなりません。
2021.07.02 Fri l 社会・メディア l top ▲
総合病院に行った翌週、紹介状を書いてもらった近所の病院に診察に行きました。

診察室に入り、ドクターの手元にある私のカルテを見ると、そこには総合病院から送られてきた「報告書」のような紙が貼られていました。私はそれを見て、「なんだ、ちゃんと連携していたんだ」と思いました。

何事においてもそういった傾向がありますが、私自身が勝手にいろいろ考えて、一人相撲を取ろうとしていたみたいです。

ドクターは手元の「報告書」を見ながら、「✕✕注射を打ったんですね?」と言いました。

「どうでした?」
「3日くらい痛みが消えましたが、また元に戻りました」
「ああ、そうですか」
「ステロイドの注射ってそんなもんですか?」
「人によりますね。効く人もいればそうでもない人もいます」

8月に「再来」を指定されたので、そのことについても行くべきかどうか訊いてみました。

「たしかに8月とはちょっと間が空きすぎですが、ただ、✕✕注射の効果を含めて経過を診たいんだと思いますよ。その上で診断が適切だったのかどうか知りたいんだと思います。もし、症状と診断に食い違いが出ていたら、さらにMRIなどで検査して、別の角度から診断することになるのだと思います」

そして、「(キャンセルしないで)指定された診察は受けた方がいいと思いますよ」と言われました。

痛みは多少ぶり返したものの、だからと言ってそれほど気になるほどではなく、どちらかと言えば違和感の方があります。どうしても痛い方の足をかばい、歩く際も足を充分伸ばして歩くことがためらわれるのですが、意識して足を伸ばして歩いても、地面に足を置いて膝を伸ばす際、かすかな痛み(みたいなもの)がある程度です。改善されてきたことは事実です。

「少し水が溜まっていますが、今日はこのままにして様子を見ましょう」
ドクターはそう言って、「来週来れますか?」と訊かれました。「大丈夫です」と答えると、「じゃあ、そのときに次の注射を打つかどうか判断しましょう」と言われました。

前の膝痛の記事でリンクを間違えていたのですが、下記に紹介するヤマケイオンラインの記事は、変形膝関節症に悩むハイカーにとってはまさに”希望の糧”になるような記事とも言えます。そして、引用したようなドクターの発言を考えると、近所の整形外科医の説明も納得がいくのでした。近所の整形外科医はスポーツ医なので、あえて変形性膝関節症よりオーバーユースの方を強調することで、とおりいっぺんの診断とは違った保存療法の大切さを説いていたのかもしれないと思いました。まったく患者というのは勝手なものです。

ヤマケイオンライン
「変形性膝関節症」の痛みの理由を知って、膝痛とうまく付き合おう。認定スポーツ医に聞く膝痛対策<後編>

(略)体重がかかった状態で軟骨がすり減ってくると、圧力の受け皿となる上下の骨が痛みだすことがほとんどです。けれども、人間の体というのはうまくできていて、何とかしようと頑張るのです。
圧力を逃がす方法は2つあります。1つは面積を広くすること。そしてもう一つは、受け皿となる骨が硬くなること。面積が広くなって、土台の役割を果たす骨が硬くなれば、その関節は強くなってきます。この状態を繰り返すのが、変形性膝関節症なのです」


「圧力がかかるようになると、まずは骨棘というものができて、受け皿になる部分の骨の面積が広がります。次に土台の役割を果たす骨が硬くなって骨硬化像というのが生じ、レントゲンで撮影すると白く写るようになります。この状態になれば、軟骨がすり減っても耐えられるようになるんです。そうすると痛みも次第に消えていくでしょう。その状態が、3ヶ月くらいで作られていくのです」


先日の総合病院のレントゲン写真で、白い部分がありまだ炎症が残っているとか棘があると言われたのも、上記の話から考えれば、逆に”希望の糧”と解釈していいのかもと思いました。もちろん、痛みの緩和が遅い場合、別の原因を考えるというのも、ドクターとして当然の判断でしょう。「痛み(炎症)」や「水」や「棘」は、よくなるための”通過儀礼”のようなものと考えてもいいのかもしれません。

整骨院には行っていませんが、個人的に知っている理学療法士も、軟骨が減って骨と骨がぶつかると言うけど、実際にそういった人はほとんどいませんよと言っていました。

私の田舎などには、長年の農作業で極端に腰が曲がった年寄りがいましたが、そういった年寄りが深刻な腰痛や膝痛を抱えるようになるというのならわかります。当然、足も極端なO脚になっています。しかし、それでも痛い膝をかばいながら農作業を続けているのです。

前に浅間嶺からの下りの時坂(とっさか)峠の山道で、下から腰の曲がった老婆が手作りの案内板のようなものを持って登って来た話を書きましたが、そういった老婆だと、気の毒だけど「軟骨が減って骨と骨がぶつかる」深刻な状態に至る可能性がないとは言えないでしょう。

しかし、私たちの場合、痛みの具合とのバランスを考えながら、ストレッチとある程度の運動を取り入れ、よく言われるように膝を支える筋肉の柔軟性を取り戻し、さらに筋力不足を解消して膝の変形を防げば、そこまで悲観的に考える必要はないのではないかと思いました。

もっとわかりやすく言えば、痛みがある間は膝を休ませる(何もしない)。痛みがある程度和らいだら無理しない程度にストレッチをはじめる(しかしやりすぎない)。痛みがほとんど改善されたら筋力を付ける運動をはじめる。そういう段階を進んで行くことが大事なのだと思います。要はその見極めでしょう。でも、これがシロウトには難しく、焦りからフライングして一時的に悪化させてしまうことも多いのです。

余談ですが、記事のなかに出てくる小林医師は以前、大分の病院に勤務していたみたいで、なんだかそれだけで嬉しくなりました(現在は静岡の病院に勤務しているそうです)。また、日本山岳会が主催するハイカー向けの講演会でも講演しているようです。記事のなかで紹介されている本も買いましたが、本はあまりにお手軽にできすぎており、ちょっと物足りない気がしました。

私は、最近、エアロバイクも買いました。今は負荷をかけずに毎日10分~20分ゆっくり漕いでいる程度ですが、膝の状況を見ながら徐々に筋力不足を解消する運動もはじめようと思っています。もちろん、ダイエットも大事なので、(性懲りもなく)またはじめました。3キロくらい減りましたが、ただ、運動ができないので思うように減りません。運動だけではダイエットはできないけど、だからと言って、食事制限だけでも効果を得るのはなかなか難しいのです。
2021.06.30 Wed l 健康・ダイエット l top ▲
昨日(21日)にYahoo!トピックスに掲載された下記の記事に対して、「国際ジャーナリスト」の高橋浩祐氏が書いたコメントが正鵠を射ていたので、あえて再掲します。

Yahoo!ニュース
共同通信
東京五輪、観客上限1万人で開催 5者協議決定、政府制限に準拠

東京オリパラがマネーファーストになっている。スポンサー招待客やチケット代、IOC委員ら五輪貴族を重視し、有観客になったとみられる。

コロナ禍の人命重視で五輪中止が内外で叫ばれてきた中、ここに来て、スポンサー企業などに左右される世界一大スポーツ興行の五輪の地金が出てきている。

ある大会組織委幹部は、「何十億円も出してくれた各スポンサー企業のことを考える、中止という選択肢はない」「電通がスポンサー集めに奔走した。中止になったら電通がつまはじきにされ、つぶれかねない」と話した。

しかし、スポーツはいったい誰のためにあるのだろうか。スポーツの語源はラテン語の「deportare」で仕事や家事から解放される人々の「気晴らし」や「娯楽」を指す。

一方的な決定に国民感情としては大会を支持する気持ちが薄れていくばかりではないだろうか。

五輪を巨額のカネが動く商業主義に陥らせたIOCの罪は大きい。


「マネーファースト」というのは、言い方を変えれば利権ということです。お金がからめば利権が生じるのは当然でしょう。

「スポーツの力」とか「アスリートの夢」とか、あたかもスポーツやアスリートは特別であるかのような言説がふりまかれるのも、その根底にスポーツにからむ利権があるからです。

与党の政治家や産経や読売や右派コメンテーターらが、オリンピックは「国際公約」なので中止はあり得ないと言っていましたが、それは詭弁で、ホントは単にお金を出してもらっているスポンサーとの契約に縛られているだけなのです。こういったところにも、「マネーファースト」の資本主義が持つ野蛮さや節操のなさが顔を覗かせているように思います。

時流におもねる現代文学(平成文学)を「電通文学」だと一刀両断したのは、セクハラで失脚した渡部直己ですが、それは文学だけでなくスポーツも同じです。スポーツに限らず「元気をもらう(元気を与える)」とか「勇気をもらう(勇気を与える)」などという言い方が盛んに使われるようになったのは東日本大震災からですが、言うなればそれは広告代理店のコピーのようなものでしょう。

ネットでは黒色のウレタンマスクをしている人間は頭が悪いイメージがあると言われているそうですが、私は、テレビのインタビューで臆面もなく「元気をもらう(元気を与える)」とか「勇気をもらう(勇気を与える)」などと言っているアスリートや芸能人を見ると、「私は何も考えていません」「私はバカです」と言っているようにしか聞こえませんでした。

今回のオリンピックでも、招致の段階から電通が大きな役割を担い、今回のオリンピックの陰の主役は電通ではないかと言われているくらいですが、もしかしたら、菅首相や丸川五輪大臣や橋本大会組織委員会会長の発言も、電通が作成した台本をただ読んでいるだけかもしれないのです。

昔の政商と言えば、三井や三菱などの旧財閥を思い浮かべますが、高度な情報化社会になった現代では、電通やパソナのような広告や情報を扱う第三次産業の会社がそれに代わったと言えるのではないでしょうか。どこかのバカ息子が役員になっていた東北新社も然りでしょう。

言うまでもなく登山もスポーツですが、だからと言って、私たちのような個人的に山が好きで山に登っている下々のハイカーには、たとえば日本山岳会のような団体はほとんど関係のない存在です。

ところが、(私もこのブログで批判しましたが)昨年の緊急事態宣言の際、日本山岳会をはじめとする山岳関連の4団体が共同で登山自粛の呼びかけをしたのでした。それが登山者を縛るだけでなく、さらに”自粛警察“やメディアに、山に行く登山者を攻撃する格好の口実を与えることになったのでした。しかし、呼びかけはその一度きりで、その後の緊急事態宣言では同様の呼びかけはありませんでした。じゃあ、去年のあの呼びかけは一体なんだったんだと思わざるを得ないのです。ただ国家の要請に盲目的に従っただけのようにしか思えないのです。日本山岳会は、戦前がそうであったように、今も「お国のための登山」を奨励する翼賛団体にすぎないのではないか。私は、彼らが登山者を代表しているかのように振舞うことには反発すら覚えるのでした。一方で、日本山岳会は、百名山、二百名山、果てはみずから三百名山までねつ造して、「モノマネ没個性登山者」(本多勝一)のミーハー登山を煽っているのです。おそらくそこにも、モンベルなどスポンサーの存在があるからでしょう。

それは、登山だけでなく、ほかのスポーツについても言えることです。街のスポーツ愛好者がいつの間にか電通などによってオリンピックのような国家イベントに動員される、その巧妙なシステムを知る必要があるのです。これだけ感染防止が叫ばれているのに、ボランティアを辞退しない人間たちに対する批判がいっさい出て来ないのが不思議でなりません。彼らはホントに”善意の人々”なのでしょうか。彼らの陰で、ボランティア募集の実務を担ったパソナは、対前年比10倍の莫大な利益を得ているのです。

パンデミック下のオリンピック開催によって、初めて(と言っていい)「スポーツは特別なのか」「アスリートは特別なのか」という疑問が人々の間に生まれたのですが、それが「元気をもらう」とか「勇気をもらう」とかいったカルトのような呪縛から抜け出すきっかけになれば一歩前進と言えるでしょう。そして、今回のオリンピックを奇貨として、もう一度スポーツのあり方を根本から考え直すことができれば、”狂気の祭典”もまったく無駄ではないと言えるのかもしれません。と言うか、既に開催が既成事実化された今に至っては、もうこんなことくらいしか言えないのです。


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2021.06.22 Tue l 社会・メディア l top ▲
怖れていたことが現実になった感じです。オリンピックの事前合宿のため、19日の夜に来日したウガンダの選手団9人のなかで、成田空港での検査によって1人の陽性が確認されたというニュースがありました。

しかも、当初、成田空港で行われた検査は、唾液による抗原検査で、抗原検査ではっきりした反応が出なかったので、PCR検査を行ったところ陽性が判明したということでした。入国時の検査の問題について、私は、以前、このブログで次のように書きました。

選手と関係者の入国に伴う検査と健康管理にも、大きな懸念があります。観客を除いても、選手1万5千人に関係者を含めると5〜7万人が入国すると言われていますが、そういった海外からの入国者に対しても、PCR検査より精度が落ちる唾液による抗原検査をするだけで、しかも、選手の健康管理はアプリによる自己申告が主だそうです。

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選手たちは、母国でアストラゼネカ製のワクチンを2回接種し、出国前72時間以内に受けた検査の陰性証明書も提出していたそうですが、それでも陽性者が出ているのです。医療関係者の話では、そういったケースは充分あり得るそうです。ワクチンを打ったから大丈夫というわけではないのです。

ワクチンの接種率が90%に上るイギリスでは、デルタ株(インド型のなかでいちばん最初に発見された変異株)の変異ウイルスが猛威を振るいはじめ急拡大しているというニュースもあります。日本でも早晩、インド型が主流になると言われています。

今回のウガンダ選手団は僅か9人です。そのなかで1人の陽性が判明したのです。東京オリンピック開催に伴う入国者数は、当初の予定から大幅に減って3万5千人になったとか言われていますが、それでも3万5千人に9分の1をかけると、身の毛もよだつ数値が出てきます。もちろん、現実はそんな単純な話ではないにしても、相当数の陽性者が出るのは間違いないでしょう。

さらにびっくりするのは、抗原検査で陰性と判定された残りの選手たちは、どう見ても濃厚接触者であるにもかかわらず、「行動制限が不要と判断され」(東京新聞)、合宿地の大阪府泉佐野市にバスで移動したそうです。合宿地の泉佐野市に到着すると、市民たちが拍手で迎えたのだとか。しかも、陽性の1人も、陰性になれば「入国と国内移動が可能になる」そうです。

パンデミック下にオリンピックを開催するという”狂気の沙汰”が、野郎自大な政治の力によってまかり通ってしまうこの国の現実。しかも、政府は、オリンピック期間中はリモートしろ、通勤は控えろと言うのです。まさに言いたい放題、やりたい放題です。私たちは、現在いま、アイパーを当てて剃りこみを入れ、チョビ髭を生やし、学ランを着て学内を闊歩していた学生時代から一歩も出ない、稚児じみた政治思想の持ち主が運転する専制主義という名の暴走列車に乗っているのです。

加速主義者が願うように、こうやってこの国は堕ちるところまで堕ちていくのだと思います。オリンピックが、国威発揚どころか二等国の悲哀をかこつそのターニングポイントになるのは間違いないでしょう。

あらためてしみじみ思うのは、菅義偉首相は、田舎の市会議員くらいががお似合いの政治屋にすぎないということです。そんな政治屋が、政権与党内のパワーバランスによって、あろうことか国の指導者に祭り上げられたのです。それはマンガチックな不幸でさえあります。

政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長らの提言(案の定、腰砕けになったけど)を無視して開催に突き進む菅内閣の姿勢を、日米開戦について「日本必敗」の結論を出した戦中の総力戦研究所になぞらえるむきもありましたが、しかし、あのときとはあきらかに社会の体制は違っているのです。曲がりなりにも今は「言論の自由」があるのです。

にもかかわらず、産経や読売の保守メディアを筆頭に、オリンピック開催を擁護する言説がこれほど多く存在する現実は、むしろ天皇制ファシズム体制下の戦中よりも深刻な問題を孕んでいると言えるでしょう。右派メディアや右派文化人(コメンテーター)たちが、唖然とするようなアクロバチックな論理で政府の方針を追認する姿を見るにつけ、私はやはり「太鼓持ち」「狂気」ということばしか思い浮かびません。それは、元オリンピック選手をコメンテーターに起用して、彼らにオリンピック賛美を言わせている各局のスポーツ番組も然りです。

反対運動をしている活動家たちに対する警察の監視も日ごとにきびしくなっているようですが、開催まで残りひと月になり、オリンピック開催が治安問題として扱われ、「テロ」を名目に反対運動に対する取締りが香港のようにエスカレートしていく懸念もあります。オリンピックに反対するのは「プロ市民」だというイメージを流布するために、みせしめの強制捜査が行われる可能性もないとは言えないでしょう。そうやって「ニッポン低国」(©竹中労)は、”狂気の祭典”にいっきに雪崩れ込んでいくつもりなのでしょう。

オリンピック開催の問題が、いつの間にか観客数の上限をどうするかという問題に矮小化され、開催そのものが既成事実化されていますが、いみじくも国会の党首討論で前回の東京オリンピックに対する思い出を延々と語っていたように、菅首相には、ガラガラの客席に向かって開会式の挨拶をするような事態はなんとしてでも避けたい気持があるのだと思います。秋田出身のオールド世代の政治屋にとって、オリンピックの開会式は(運動会の来賓とは比べ物にならない)文字通り天にも上るような晴れ舞台に違いないのです。

一方で、無観客を避けるというのは、IOCの至上命令でもあるのだと思います。IOCの独断で、マラソン競技の会場が東京から札幌に変更になった理由について、『オリンピック・マネー 誰も知らない東京五輪の裏側』(後藤逸郎著)は、暑さ対策というのはあくまで建前で、真意は「(暗くて)ヘリで中継できない」からだと書いていました。

当初、東京都は、「暑さ対策」のため、午前6時以前のスタートを決めていました。しかし、IOCは、それでは「(暗くて)ヘリで中継できない」ので午前7時以降のスタートの必要性を主張していたそうです。

IOCは、ドーハ大会でも、ドーハ当局が提案したマラソンのスタート時間について「視聴率が下がるから」という理由で拒否している過去があるそうです。IOCは、放映権を契約した放送局に対して高視聴率を保証しており、そのために、視聴率に貢献できる時間帯や撮影環境に必要以上に拘るのだとか。無観客のようなさみしい光景ではオリンピックは盛り上がらない、視聴率も稼げない、とIOCが考えても不思議ではないのです。

そんな思惑は日本政府も共有しているのです。国民なんて(バカだから)開催反対なんて言っていても、開催すれば戯言を忘れて感動するに違いないと思っているので、そのためにはなんとしてでも観客を入れて、感動を演出しなければならないのです。

海外を見てもわかるように、早晩、第五波の感染爆発が起きるのは必至です。感染防止の優等生だと言われていた台湾やイスラエルでさえ感染拡大に見舞われているのです。私たちは、「風にそよぐ葦」に同調して祝祭ムードに踊らされるのではなく、なにより自分のために、次の感染爆発に備えて「正しく怖れる」ことが肝要なのです。それが”狂気の祭典”に対する賢明な向い方でしょう。


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2021.06.20 Sun l 社会・メディア l top ▲
前の記事から2日後の今日、かかりつけ医から紹介状を書いてもらった総合病院に行きました。この病院は、13年前の正月に尿管結石で二夜に渡って駆け込んだ病院です。ちなみに、その9年後には尿管結石が再発して、結局、ESWLで破砕することになったのですが、破砕した病院はそれとは別の総合病院です。

いづれもこのブログで体験記を書いていますが、今、読み返すとちょっとトンチンカンなことがあり、今日、13年ぶりに診察に訪れて、あらためてそのことが思い出されたのでした。

それは、腹痛で夜間の救急外来に最初に駆け込んだ際、「便秘」と診断されたことです。それまでも3・4年の間をおいて何度か腹痛に襲われたことがありましたが、病院には一度も行ってないので、私自身にも腹痛の原因が尿管結石だという認識はありませんでした。腹痛に襲われたのはいづれも夜間でしたので、病院に行くのがためらわれて布団の中で腹をさすりながら我慢していると、明け方近くにいつの間にか寝てしまい、そして、目が覚めるとウソのように痛みがなくなっていました。それでいづれも病院に行かずじまいでした。

それにしても、私の説明不足もあったにせよ、「便秘」という診断はなんだったんだと思わずにおれません。そして、次の夜、再び腹痛に襲われて同じ救急外来に駆け込んだのですが、その際も若いドクターから、「腎臓が悪いですね」と言われました。問診表の既往症の欄に、若い頃、腎炎で三度入院したと書いたからかもしれませんが、今考えれば、「腎臓が悪い」というのは、結石で尿路の流れが悪くなったことにより水腎症の症状が出ていたからでしょう。

私は、「腎臓が悪いですね」と言われて、「腎炎が再発したのか」とショックを受けました。しかし、そう告げられたきり、私はERのベットの上で、間断なく襲ってくる腹痛に耐えながら、救急車で運ばれて来た別の患者の処置が終わるので待たされることになりました。今考えれば、救急車で運ばれてくる患者を優先的に診るというトリアージがあったのだと思います。

救急患者の処置が終わると、救急外来のリーダーとおぼしきドクターが先程の若いドクターを連れて私の元にやって来て、腎臓のあたりに再びエコーを当てモニターに映し出された画像を見ていました。すると、若いドクターに向かってかなり強い口調で、「どうしてこれがわからないんだ?」と言いながら、専門用語を使って説明しはじめたのでした。

若いドクターへの説明が終わると、今度は私に向かって、「尿路に石が落ちています。尿路結石ですね」「石はそんなに大きくないので、多分時間が経てば尿と一緒に排出されるでしょう。膀胱に移動すれば痛みもなくなるはずです」と説明したのでした。

「とりあえず痛み止めの薬を出しますが、念の為に、明日近くの病院で診てもらって下さい」と言われました。そして、「個人のクリニックがいいですか? それとも大きな病院がいいですか?」と訊かれました。それで「大きな病院がいいです」とわけもわからず答えると、近所にある総合病院(ESWLとはまた別の病院)への紹介状を書いてくれたのでした。

翌日、近所の総合病院に行くと、既に石は流れ出たあとで姿かたちもないと言われました。「おしっこをするとき石が出たのがわかりませんでした?」と訊かれたのですが、尿管結石を意識したのはそのときが初めてだったので、気付きようもありません。ただ、その際、「腎臓に別の石がありますが、それは問題ないです」と言われました。しかし、その石こそがのちに尿路に落ち、ESWLで破砕することになるのでした。

予約では11時からの診察でしたが、診察がはじまったのは12時半すぎでした。診察の前には、いろんな角度からレントゲンを撮りました。私は、れっきりMRIを撮るものと思っていましたので、「レントゲンだけなのか」とがっかりしました。

レントゲン撮影を終え、廊下の椅子で1時間くらい待って診察室に入ったら、そこには足を投げ出して椅子に深々と座った40代くらいのドクターがいました。

「よろしくお願いします」
「あっ、どうも」
そして、私の予診票を見ながら「登山かぁ~」と独り言のように言い、椅子に身体をあずけたまま、レントゲン写真をボールペンで指し示しながら説明をはじめました。

「ここを見てもわかるとおり、一部の関節の間が狭くなっていて、変形膝関節症が進行していますね。末期ではないけど中期と言ってもいいでしょう。また炎症もあります。この白い部分がそうです。棘のようなものもあります」

さらに、私にとって衝撃なことばがそのあとにつづいたのでした。
「また登山をしようと思ったら、人工関節だと無理なので、脛骨の一部を切って繋ぎ直す手術をした方がいいでしょう」
「そんなに悪いのですか?」
「日常生活を送るには保存療法でいいと思いますが、登山のような運動をするなら話は別ですよ」

廊下で順番を待つ間、スマホで担当医のプロフィールを検索したら、スポーツ医とかではなく人工関節が専門のドクターのようで、もしや手術を勧められるんじゃないかと思っていましたが、杞憂が現実になった感じでした。

とりあえず、膝をロックしたまま足の上げ下げをして太腿の筋肉を鍛え、それから体重を落とす。「それで様子を見るしかないですね」と言われました。

「サポーターを持っていますか?」と訊かれました。私は、「来たな」と思いました。それで、「近くの病院で買いました」と答えました。すると、今度は「少しO脚なので、O脚を治すインソールを作ることもできます。値段は高いけど、保険を使えば3割負担で済みますよ。どうしますか?」と言われました。「O脚を治すインソールってアマゾンでも売ってるじゃん」と思って、「今日はいいです」と答えました。帰って調べたら、整形外科の「装具」はインソールでも数万円もするみたいです。

「あと、何度も打つことができませんが、炎症に効く注射があります。どうしますか?」と言われました。私は、ステロイド注射だなと思いました。ステロイド注射は、私の知り合いが打ったことがあり(彼は昨年脛骨を切る「骨切り術」を受け、1年経った8月に金具を取り外す手術を受けることになっています)、”魔法の注射”と言われているけど効果は一時的で、しかも、副作用があるので何度も打つことができないという話を聞いていました。

実際は、ステロイドを打つほど痛いわけではないのですが、全て断るのも気が引けるので「お願いします」と言いました。「糖尿病ではないですよね?」と訊かれてから、膝の前部の関節に注射を打たれました。帰って「診療明細書」を見たら、炎症を抑える「ケナコルトーA」と痛み止めの「キシロカイン」の関節腔内注射となっていました。

「じゃあ、次の診察日ですが・・・・」と言ってパソコンのモニターを見はじめたので、「エッ、次があるんだ?」と思いました。「予約でいっぱいなので、8月になりますね」と言われたので、「わかりました」と答えました。

何度も書きますが、膝痛(特に変形膝関節症など)の場合、「治療法」と呼べるものは、大腿四頭筋を鍛えるためのストレッチと体重を軽くすることくらいしかないのです。もとより、膝痛にはそういった”対症療法”しかないのです。患者から見ると、ドクターのあまりやる気があるように見えない態度も、膝痛が命に関わるような病気ではないからかもしれません。

診察の途中で携帯に電話がかかってきたのですが、どうもそれは救急外来からのようです。そして、外来からの電話を切ると、今度は院内のドクターに電話をしていました。専門用語を使っていましたので詳細はわかりませんでしたが、「麻酔は必要ないと思うんだよね」とか「骨折していたら」どうとか言っていました。診察に時間がかかっているので、他のドクターに処置を頼んだのだと思います。

ステロイド注射は、噂にたがわず効果てきめんでした。注射してまだ半日しか経っていませんが、痛みは完全に消え、多少の突っ張り感が残っているだけです。

帰ってから、さて、近所の整形外科に「精密検査」の報告に行った方がいいのかどうか、考え込んでしまいました。ヒアルロン酸は既に2クール打ったので、痛み止めの薬と湿布を処方してもらうことくらいしかないのですが、”予備がないと不安症候群”なので、痛み止めの薬と湿布と水抜きが途切れることの不安もあります。

患者の立場から言えば、「紹介状」 の意味が今ひとつわかりません。患者をそのまま基幹病院に送るケースもあるし、単に精密検査だけを依頼するケースもあります。片道切符なのか往復切符なのか、はたと悩んでしまうのでした。

いづれにしても、今の自分のいちばんの課題がダイエットであることは間違いありません。たしかに、膝を痛めて運動をしなくなったということもあって、体重は増える一方です。駅のトイレなどで、カガミに映った自分の姿を見て愕然とすることも多くなりました。それで、奮発して体組成計の体重計を買い変えたばかりでした。このブログを読んでもらえばわかりますが、いつもリバウンドのくり返しでダイエットは「もううんざり」という気持しかないのですが、今度は膝痛に直結した課題を与えられているので、気合を入れて取り組むしかないでしょう。

近所の整形外科では、レントゲンの結果は「きれいな膝」で変形膝関節症ではないと言われていたので、今日の診断結果は予想外で、その意味でもショックだったのですが、要するにオーバーユースで変形膝関節症を発症させたということなのでしょう。

膝痛に関しては、私の理解力に問題があるのか、このように捉え方が浅薄でそのときどきの状況にふりまわされて一喜一憂するばかりです。もっとも、(何度も言いますが)膝痛の診断には曖昧模糊としたところがあるのも事実で、そのために整形外科の病院や整骨院めぐりをするようになるのでしょう。医療費の”無駄”と指摘されて、整骨院の保険利用に規制が入ったのもわからないでもないのです。

現金なものですが、結局は下記のような記事を”希望の糧”にして膝痛と付き合っていくしかなさそうです。膝痛の場合、患者もまた、自分の都合ばかり考え、シロウトの浅知恵で自己診断する傾向もあるのです。たかが膝痛と言うなかれで、膝痛というのは命には直接関係がないけれど、それだけやっかいなものだということです(「病気」と書かずに「もの」と書くところもミソですが)。

YAMAKEI ONLINE
膝痛と上手に付き合い、対処していくために必要なこと。認定スポーツ医に聞く膝痛対策<前編>
「変形性膝関節症」の痛みの理由を知って、膝痛とうまく付き合おう。認定スポーツ医に聞く膝痛対策<後編>

診察のあと、会計の窓口の電光掲示板に私の計算が終了した表示が出なくて、私よりあとの番号がつぎつぎと表示されるので、しびれを切らして窓口に問い合わせたら「あっ、支払いできますよ」とあっさり言われました。公的な病院だから仕方ないのかもしれませんが、「申し訳ありません」のひと言もないのです。若い頃ならいざ知らず、年を取るとそんなことが妙に気にかかるのでした。私は早く帰りたいのでそのまま引き下がりましたが、ややもすると小言幸兵衛を演じて「キレる老人」などと言われることになるのでしょう。

病院を出たのは13時半すぎでした。行きも帰りもタクシーを使いましたが、関東地方は今日は局地的な大雨に襲われて、タクシーを捕まえるのもひと苦労でした。行きは最寄り駅の前のタクシー乗り場から乗り、帰りは病院の玄関前のやはりタクシー乗り場から乗りましたが、いづれも一台も待機してなくてしばらく待ちました。運転手によれば、新横浜駅のタクシー乗り場には長い行列ができていたそうです。

余談ですが、運転手の話では、私鉄の駅は指定の会社のタクシーでないと客待ちはできない決まりになっているそうですが、JRの駅は指定がないのでどこの会社でも客待ちができるのだとか。ただ、そうは言っても、客待ちするにも暗黙のルールがあって、ルールを知らない新参者のタクシーが入ると常連の運転手から文句を言われるのだそうです。「建前上は誰でもいいことになっていますが、実際は縄張りがあるんですよ」と言っていました。

帰りの道中では、気分は暗く憂鬱で仕方ありませんでした。今年の初めの山田哲哉氏の『奥秩父 山、谷、峠そして人』に関する記事でも書いたように、最近の私は山しか「逃避」するところがない感じだったので、落胆せざるを得ませんでした。山に行けないのならもう死んだほうがましと(一瞬ですが)思ったくらいでした。山に登らない人には理解できないかもしれませんが、私のような人間にとっては、「たかが山」だけど、でも「されど山」でもあるのです。帰りのタクシーでやたら運転手に話しかけ饒舌を装っていたのも、そんな落ち込んだ気分を紛らわそうとしていたからだと思います。
2021.06.16 Wed l 健康・ダイエット l top ▲
その後の膝の具合ですが、相変わらず停滞したままです。従って、ここに書く内容も同じことのくり返しになります。

膝を痛めた山行が3月10日ですから、もう3ヶ月が経ちました。痛みはいくらか緩和されたものの、少しでも歩数が増えると途端に痛みが増し、膝が腫れぼったくなります。要するに水が溜まるのです。

ヒアルロン酸は既に2クール(5週を2回)注入しましたが、あまり効いている感じはありません。もう一度山を歩きたいという気持が強いので、焦燥感ばかりが募り、気分は落ち込む一方です。

3週間前、病院に行った際、いっこうに水が止まらないのはもしかしたらオーバーユースではない別の原因があるかもしれないので、一度、精密検査をした方がいいかもしれませんね、と言われました。

ところが、不思議なことに、そう言われた途端に水が引き始めたのでした。そして、次の週、病院に行ったら、ドクターから「水が引いていますね」「これでやはりオーバーユースが原因だということがはっきりしました」「精密検査の必要はないですよ」と言われました。しかし、喜んだのもつかの間、先週行ったらまた水が溜まっていました。

痛みは、ずっと変わらず続いています。家のなかだと突っ張り感だけで、ほどんど痛みは感じないのですが、外を歩くと痛みが出てきます。そして、距離が長くなると痛みが増すのでした。痛める前に日課になっていた4キロの道を試しに歩いてみましたが、帰ってきたら膝の張りが尋常ではありませんでした。

先週でヒアルロン酸の2クールが終わったので、私はドクターに「やはり一度精密検査を受けてみます」と言いました。そして、新横浜にある総合病院の整形外科の紹介状を書いて貰いました。私自身、MRIで詳細に診て貰いたいという気持があったので、水が引いて精密検査は必要はないでしょうと言われたときは、正直、がっかりしたのでした。

山で酷使したのは紛れもない事実なので、今になって後悔していますが、ただそれにしてもこんなに長引くものなのかという疑問もあります。今までも山から帰ったら膝痛に襲われたことは何度もあります。膝の場合、1日おいてから症状が出て来るので、山から帰った翌日に膝痛で階段の上がり下りに苦労したということもありました。しかし、いつも2~3日経つと痛みもなくなりました。

今までの酷使が積み重なったからだと言われればそうかもしれませんが、今回に限って3ヶ月も痛みが引かないというのはいくらなんでもレベルが違いすぎるような気がしてなりません。仮にMRIで異常はないと言われても、それはそれでいくらか安心はできるのです。

週が明けた今日(月曜)、総合病院に電話して外来の予約を入れ、明後日、MRI検査を受けることになりました。

何度も言いますが、オーバーユースと変形膝関節症の違いがよくわかりません。ネットの見過ぎなのかもしれませんが、変形膝関節症のストレッチを行なったりすると、オーバーユースでは逆効果になる場合もあるのではないか。そう思ったりします。

先週も、ドクターと次のようなやりとりをしました。

「なるべく膝に負担をかけないことですね。そう言うと、じゃあ、トイレに行くのも這って行くのですか?と極端なことを言う患者さんがいるのですが、日常生活で必要な歩行は仕方ないでしょう。でも、筋力を落とさないために少しくらい痛くても歩こうなどと考えるのは間違っています。✕✕さん(私のこと)は、まだ若いので仕事をするのにある程度歩くのは仕方ありません。また、人より体格がいいので体重も重くて、その点も直りが遅い要因になっていると思います。ただ、足腰を鍛えようと無理して歩いたりするのは禁物ですよ」
「じゃあ、先生、たとえば膝をロックして足を上げて大腿四頭筋を鍛えるとかいうストレッチなどはどうなのですか?」
「スクワットのような体重がかかるストレッチは論外ですが、そういった体重がかからないストレッチは痛みを軽減する効果はあります。ただ、それでオーバーユースの症状が改善されるということはありません。それとはまったく無関係です。基本は膝を休ませることです。筋力を付けるというのは、膝が良くなってからの話ですよ」
「膝を痛めて3ヶ月になりますが、3ヶ月かかってこんな状態というのは普通にあり得ることですか?」
「あり得ますね。膝痛の場合、症状の程度だけでなく、その人の生活や体形・体格など別の要素も関わってくるので、治りが早い人もいれば遅い人もいる。千差万別です。膝には体重の3倍の負荷がかかると言われていますので、体重を落とすことも大事ですよ」

体重も落とせないで膝痛を治そうと思うなと言われているようで、穴があったら入りたいような気持になりました。

ドクターが言うには、前も書きましたが、膝痛の7割はオーバーユース、つまり使いすぎなのだそうです。変形膝関節症などは一部にすぎないと言っていました。使いすぎには老いも若きもない、誰でも膝痛になるそうです。

こんな状態ではいつになったら再び山を歩けるようになるかわかりませんが、とにかく、「絶望の虚妄なること亦希望に同じ」(魯迅)の精神で、目の前の課題をひとつひとつこなして気長に待つしかないのです。もどかしいけど、それしかないのです。でも、気分は暗い。


関連記事:
膝を痛めた(その4)- 水が引かない
膝を痛めた(その3)- 整骨院
膝を痛めた(その2)- 膝痛とネット
膝を痛めた
2021.06.14 Mon l 健康・ダイエット l top ▲
これは強調しておかなければなりませんが、当初、国会議員で東京オリンピックに反対したのは山本太郎参院議員(当時)だけです。今でこそ、共産党や立憲民主党が反対を表明していますが、反対に転じたのはごく最近のことです。誘致に成功した当初は、立憲民主党(旧民主党)や共産党も賛成していたのです。

前の記事のくり返しになりますが、後藤逸朗氏の『オリンピック・マネー』からその部分を引用します。

  二〇二〇年東京大会開催が決定した直後、日本の衆参両院は十三年十月十五日、「二〇二〇年東京オリンピック・パラリンピック競技大会の成功に関する決議案」を採択した。
  衆院では、自民党の遠藤利明議員が、「自由民主党、民主党・無所属クラブ、日本維新の会、公明党、みんなの党、生活の党を代表し」と、提案趣旨を説明。全会一致で可決された。
  参院では、自民党の橋本聖子議員が、「自民党、民主党・新緑風会、公明党、みんなの党、日本維新の会、新党改革・無所属の会、生活の党の各会派共同提案」、「国民との対話を重視し、情熱を持って諸対策を強力に推進し、二〇二〇年に向け、万全の体制を構築すべき」と説明。投票総数二百三十九、賛成二百三十八、反対一で可決された。


まさに翼賛国会そのものです。共同提案に応じなかった日本共産党も、本会議の決議では賛成したのです。でも今になって、日本共産党は「日本はIOCの植民地なのか」(志位委員長)などと言っているのでした。

その山本太郎れいわ新選組代表は、先日の記者会見で、開催強行に突き進む菅政権について、「完全に常軌を逸した世界」「漫画のような世界」とこき下ろしていたそうですが、けだし、当時の国会議員のなかで、開催を批判する資格があるのは山本太郎だけでしょう。

今頃、国会でオリンピック開催の是非を論じているのは、朝日の反対論と同じであまりにも遅すぎると言わねばなりません。と言うか、リベラルなメディアや野党が得意とする、大勢が判明してからのとって付けたような反対のアリバイ作りであるのはミエミエです。

ついこの前まで開催に反対する声が国会内に存在しなかったという事実。オリンピックは、文字通り挙国一致体制のなかにあったのです。一方で、ここに至っても尚、「愛国」を自称する右派メディアを中心に、莫大なキャンセル料を取られるとか、アスリートの夢を潰すことになるとか、日本の信用がガタ落ちになるとか、それこそ本末転倒した理由で開催強行を擁護する声があります。狂っているのはIOCだけではないのです。

ロラン・バルトが喝破したように日本の中心にあるのは”空虚”なのです。誰も責任を取らない「無責任体系」が、この国をこの国たらしめているもうひとつの国体です。

下記の文春オンラインの記事は、そんな日本の社会をつらぬく「無責任体系」について、「日本人の習性」という言い方で分析してました。

文春オンライン
「五輪で日本人が金を取れば盛り上がる。何とかなる」…菅政権の「楽観論」に見る“日本人の習性”

「日本人には危機に際して、『起きては困ることは、起こらないことにする』悪癖がある」という故半藤一利の指摘は、まさに正鵠を射ていると言えます。たしかに、「想定外」ということばはなんと便利なんだろうと思います。「想定外」ということばにも、この国をつらぬく「無責任体系」が映し出されているのでした。

開催を1年延長した際の安倍総理(当時)の対応について、記事は次のように書いていました。

(略)週刊文春4月29日号にこんな逸話が載っている。東京オリンピック開催の延期を決定した昨年3月、大会組織委会長の森喜朗が「2年延期」を主張したが、首相だった安倍晋三が「日本の技術力は落ちていない。ワクチンができる。大丈夫です」と根拠のない理屈を言って「1年延期」で森を説得。その結果、2021年開催になる。


それは、菅総理も同じです。

(略)菅首相は4月12日、「感染の波は想像を超えたもの」と国会で答弁した。そのような災禍の最中でありながら、コロナと五輪は別問題だと言い続け、また五輪開催はワクチン接種を前提としないと言いもした。今の日本はとめどない無責任の渦中にある。


そして、現在、菅総理は、ワクチン接種の拡大をなりふり構わず進めているのでした。なんだか出来の悪い受験生のようです。

菅総理は、当初、ワクチンなんてあとでいい、オリンピックが始まれば、開催反対の世論なんてすぐ変わる、感動に寝返るとタカを括っていたのでしょう。しかし、ワクチンの遅れに対する不安が思ったより広がったので、今度はワクチン接種が進めば世論をなだめることができると、記事が書いているように泥縄式にワクチン接種に舵を切ったのだと思います。

開催まで2ヶ月を切りましたが、ここに来て、案の定と言うべきか、「高止まり」と言いつつも感染拡大に歯止めがかかりはじめました。しかし、何度も言いますが、新規感染者数なんて検査数を操作すればどうにでもなるのです。

職場と通勤電車の感染防止がなおざりにされたまま、飲食店や娯楽施設や商業施設などがやり玉に上げられて苦境に追いやられていますが、これほど理不尽で、これほど無責任な話はないでしょう。

コロナ禍でも仕事に行かなければならない事情はわかりますが、それにしても、通勤電車のなかでの乗客たちのふるまいはおよそ感染防止とは程遠いものです。ひとりひとりが「正しく怖れる」なら、緊急事態宣言なんてどうだっていいのです。しかし、通勤電車における感染は「感染経路不明」として処理され、誰が見てもスーパーのレジなどに比べたらはるかに問題ありの車内の”密”は不問に付されているのでした。

「電車の座席に座ることが人生の目的」みたいな彼らを見ていると、オリンピック開催に反対だなどとよく言えたもんだと言いたくなります。菅総理が考えるように、彼らはワクチン接種さえ進めばいつ感動に寝返るとも限らないでしょう。

(略)東京オリンピックやコロナ対策を戦争と重ね合わせる向きがある。分不相応に大きなことをやろうとする、撤退戦を知らず玉砕に向かう、精神論で乗り切ろうとするetc。

  これらをレトリックと見る方もいるかもしれないが、そうとも言えない。軍隊は閉鎖的な性質であることから、その内部で観念が純化される性質にあり、そのため戦争には国の文化や国民性がより強調して現れるからだ(略)。
(同記事)


要するに、みんなで渡れば怖くないは「日本人の習性」なのです。たしかにオリンピック開催に突き進む今の日本は、アスリートに元気や勇気をもらってみんなで感動すれば、コロナも怖くないとでも言いたげです。為政者やメディアが、「スポーツの力」なるカルトまがいの精神論を口にするのもよく似ています。

なんだかアスリートが悪病を祓ってくれる神サマのようです。そのうち神宮外苑に”池江神社”が建立されてもおかしくないでしょう。

もちろん、「無責任体系」は、政治家だけの話ではなく国民も同じです。先の戦争でも、国民は、東條英機の自宅に「早く戦争をやれ」「戦争が怖いのか」「売国奴め」と段ボールに何箱もの手紙を送って、戦争を熱望したのです。でも、敗戦になった途端に、自分たちは被害者だと言いはじめたのでした。そして、政治家や軍人と一緒になって、”昨日の敵”にすり寄っていったのでした。

誰も責任を取らない、如何にも日本的な「とめどない無責任の渦中」で、開戦、いや、開催は文字通りなし崩し的に強行されようとしているのです。


関連記事:
『永続敗戦論』
2021.05.30 Sun l 社会・メディア l top ▲
膝痛は既に2ヶ月以上経ちましたが、いくから改善されたものの、完治にはまだ程遠い状態です。自分の感覚では50%くらいです。そのあたりで行きつ戻りつしている感じです。

水(関節液)も7回ぬいていますが、すぐに溜まって、イタチごっこを繰り返しています。ヒアルロン酸も水をぬくたびに注入していますので、既に7回注入しています。明細書を見ると、現在の関節注射は「スベニールディスポ関節注25mg」が2回。その前は「アルツディスポ関節注25mg」をワンクール(5回)注入しました。

痛みは半分程度に緩和されたものの、水は相変わらず溜まっていますので、あまりヒアルロン酸の効果が出ているようには思えません。ドクターはいつも首を捻っていますが、そんなドクターの様子を見るたびに私は暗い気持になるのでした。

ただ、痛み止めを飲んでいる限り、通常の生活の範囲内であれば、それほどひどい痛みを感じることはなくなりました。前のように突き上げるような激しい痛みは姿を消しました。

今、いちばん気になるのは張りや突っ張っりです。また、歩いていると、膝のなかの筋肉か軟骨かなにかが緩んだようなグリグリした感覚が出ることがあります。おそらくそれも水が原因なのだろうと思います。

そう考えると、膝に溜まっている水がなくなれば今の状態がかなり改善するような気がするのです。

とは言え、少しでも歩数が多くなると、てきめんに膝の状態が悪くなるのも事実です。通常は毎日4500歩くらい歩いています。膝を痛める前は1万歩前後は歩いていましたので、運動量は半分くらいになっています。ただ、用事などがあって2000~3000歩余分に歩くと、途端に状態が悪くなり痛みも出て来るのです。腫れも大きくなっているのがわかります。

膝痛は個人差があり、自然治癒を待つしかないので、このように行きつ戻りつしながら鈍牛の歩みで進むしかないのかもしれません。それは自分でもわかっているつもりです。しかし、ストレスは溜まる一方で、ずっと気持が萎えたままです。思うように歩くことができないということが、こんなに大きなストレスになるとは思ってもみませんでした。いつの間にか暗い方に暗い方に、また、悪い方に悪い方に物事を解釈している自分に気付いて、ハッとすることがあります。

普段は、ドクターから指示された、膝をロックして足を5秒上げるおなじみのストレッチなどをやっていますが、最近は膝痛改善の本に書いていた軽めのスクワットも時折それに加えています。

ストレッチは、サポーターと同じように膝の関節を支える大腿四頭筋などの筋力を鍛えるのが目的だと書いていましたが、だとすれば効果が出るまで相当な時間がかかるのではないか、とまたネガティブに考えたりするのでした。

それに、ストレッチが逆に膝に負担を与え炎症の治りが遅くなることはないのかとか、そもそも膝関節症とオーバーユースによる炎症はどう違うのかとか、前も書きましたが、次々と疑問に襲われるのでした。

膝痛になったら、そんなモヤモヤした状態のなかに置かれるのです。よく言う「水抜きとヒアルロン酸でお茶を濁されている」ような気持になるのです。出口のないトンネルのなかを行ったり来たりしているような感じで、ホントに出口に辿り着けるのだろうかと不安になったりするのです。そのため、整形外科と整骨院を渡り歩く”渡り鳥患者”が出て来て、テレビの通販番組の格好のターゲットになったりするのでしょう。

「手術をした方が早いんじゃないか」「先生を紹介するよ」と言ってくれる知人もいますが、しかし、それはいくらなんでもオーバーではないかと思います。停滞しているとは言え、改善していることは事実なのです。痛みも以前より和らいでいるのです。そこに希望を持ちたいと思っています。最初に診断を受けたとき、膝関節症などではなく、単なるオーバーユースだろうと言われたのですが、そのことばを信じたい自分がいるのです。

また再び山に行きたいと思っているので、よけい焦る気持も強いし、ときに気持が沈むこともあるのでしょう。

膝痛になって思ったのは、他の病気のように、高度な医療の進歩みたいなものを実感することはほとんどありません。膝痛や腰痛や肩痛などの治療は、整形外科のすぐ近くにリハビリと称して整骨院の施術が存在しているように、注射や薬物よりストレッチやマッサージなど、どちらかと言えば理学療法が大きなウエイトを占めるような世界です。そのため、患者個人の治療に対する前向きな姿勢も大事だと言われるのです。その意味では、もう一度山に行きたいという気持は決して悲観するものではないはずで、そう思ってみずからを鼓舞しているのでした。
2021.05.24 Mon l 健康・ダイエット l top ▲
オリンピック・マネー


アメリカのNBCは、2013年から2020年(2021年に延期)の東京オリンピックまでの夏冬4大会分の放映権を44億ドル(約4855億円)で獲得しており、契約の上では今回の東京大会が最後の大会になるそうです。ただ、NBCは、これとは別に2032年まで(東京大会以後6大会分)の放映権も、既に76億5000万ドル(約7800億円)で獲得しています。

放映権というのは、無観客であれ何であれとにかく大会さえ開かれて、IOC(実際は関連会社のオリンピック・ブロードキャスティングサービス=OBS)が撮影したいわゆる“国際映像”が配信されれば、契約が成立するのです。

つまり、IOCにとっては、どんなかたちであれ、開催すればいいのです。日本政府は、自国民の健康より、そんなIOCの金銭的な都合を優先しているのです。そんな日本政府の姿勢に対して、間違っても”右”ではない私でさえ「売国」ということばしか思い浮かびません。

ちなみに、日本のメディアは、高騰する放映権料のために、NHKと民放が共同でジャパンコンソーシアム(JC)という組織を作っており、JCも2018年の平昌冬季オリンピックから2020年(2021年)の東京オリンピック、2022年の北京冬季オリンピック、2024年のパリオリンピックまでの4大会分の放映権を獲得しています。放映権料は、平昌・東京が660億円、北京・パリが440億円で、合わせて1100億円だそうです。

他にヨーロッパでは、ヨーロッパ全域で「ユーロスポーツ」を展開するアメリカのディスカバリー社が放映権を取得しており、金額は2018~2024年までの4大会で13億ユーロ(約1730億円)だそうです。

これらの巨額な放映権料と、IOCが「TOP」または「ワールドワイドオリンピックパートナー」と呼ぶスポンサー企業からのスポンサー料がIOCの財政を支えているのです。年間平均で約1500億円と言われるIOCの総収入のうち、テレビの放送権料が73%を占め、次いで「TOP」スポンサー料が18%で、残りがライセンス料などだそうです。

いづれにしても途方もない金額のお金が、関連会社などを通って(文字通り資金洗浄されて)「五輪貴族」たちのもとに流れ、彼らに優雅な生活をもたらしているのです。それが「ぼったくり男爵」と呼ばれるゆえんです。

オリンピックではIOCの幹部たちが泊るホテルのグレードまで、開催都市契約の付則で細かく規定されているそうです。

  ホテルのグレードは「四つ星~五つ星のホテル」で計千六百室、三十三泊の確保を開催都市に義務づけている。
  二〇二〇年東京大会では、立候補ファイルで「ホテルオークラ」と「ANAインターコンチネンタルホテル東京」、「ザ・プリンス パークタワー東京」、「グランドハイアット東京」の五つ星ホテルの全室をIOCファミリーに提供すると保証した。
(後藤逸郎『オリンピック・マネー』)


「TOP」というのは、「The Olympic Partner」の略で、東京オリンピックに協賛するスポンサーとはまったくの別格の、IOCと直に契約したスポンサー企業です。一業種一企業に限定されており、そうすることでオリンピックに連動した宣伝効果の価値を高めているのです。IOCが実質的なスポーツビジネスの会社であることの一面を伺わせる内容と言えるでしょう。

現在の「TOP」スポンサーは、以下の14社です。

コカ・コーラ
エアビーアンドビー
アリババ
アトス(フランスのIT企業)
ブリヂストン
ダウ・ケミカル
ゼネラル・エレクトリック
インテル
オメガ
パナソニック
P&G
サムスン
トヨタ
VISA

「TOP」スポンサーの契約内容もご多分も漏れず秘密にされていますが、『オリンピック・マネー』によれば、2015年にIOCと「TOP」スポンサー契約を結んだトヨタ自動車のスポンサー料は、「2024年までの10年間で約2千億円と推定されている」そうです。

先日、パナソニックが大幅なリストラを発表しましたが、IOCに多額のスポンサー料を払いながらその一方で首切りと言うのでは、社員たちもやり切れないでしょう。

「TOP」以外の東京オリンピック限定のスポンサー企業については、下記に記載されています。

TOKYO2020
パートナー

それを見ると、前も書きましたが、「オフィシャルパートナー」に読売新聞・朝日新聞・日本経済新聞・毎日新聞が入っています。また、その下のカテゴリーの「オフィシャルサポーター」には、ヤフー・産経新聞・北海道新聞が名を連ねています。

これから開催に向けた本格的なキャンペーンがはじまると思いますが、スポンサーになっているそれらのメディア(その系列のテレビやスポーツ新聞も含めて)の報道は、くれぐれも眉に唾して見る必要があるでしょう。

JOCの「オフィシャルパートナー」の朝日新聞は、開催をめぐる問題について、下記のような記事を書いていました。

朝日新聞デジタル
五輪開催に突き進むIOCの本音は 放映権料に分配金…

IOCは支出の約9割を、アスリート育成や世界各国の五輪委員会や競技団体への分配に使っているとしている。仮に大会が中止になり、放映権料を払い戻すことになれば、特にマイナー競技の団体は分配金が減って資金難に陥る可能性がある。


なんだか中止になったら大変なことになると遠回しに脅しているような記事で、オリンピックありきの本音が出ているように思いました。「配当金」なる二義的な問題に焦点を当てることで、問題のすり替えをしているように思えなくもありません。

『オリンピック・マネー』によれば、IOCは、競技団体をA~Eの5段階にランク分けして活動資金を「配分」しているのですが、その5段階のランク付けは、テレビなどメディアの露出度によって分けられているのだそうです。そこにもスポーツビジネスの営利会社と見まごうようなIOCの体質が垣間見えるのでした。ちなみに、2016年のリオ大会におけるランク付けでは、Aランクは水泳・陸上・体操で、最下位のEは近代五種・ゴルフ・ラブビーだったそうです。Eランクのゴルフとラグビーは経済的に自立しているため、オリンピックに対する依存度が低いからでしょう。Dランクには、カヌー/カヤック・乗馬・フェンシング・ハンドボール・ホッケー・テコンドー・トライアスロン・レスリングなどがありました。

しかし、IOCの財務が非公開なので、「支出の9割」という話がどこまでホントなのか、誰もわからないのです。あくまでそれはIOCが主張していることにすぎないのです。ましてマイナー競技の団体が、IOCの「分配金」で息を継いでいるような話には首を傾げざるを得ません。後藤氏は、IOCの下に多くの財団や関連会社が連なる「複雑なグループ組織」の間の金の流れを調べようとしても、「情報が公開されていないという壁が(略)立ちふさがる。疑問があって調べても、スイスの法制というブラックボックスへと消えてゆく」と書いていました。

IOCが本部を置くスイスのNPOの規制は緩く、誰でも定款を作りNPOを名乗れば登記しなくても法人格が認められるのだそうです。しかも、財務を公表する必要もないのです。定款に基づけば収益活動も自由で、収益に対しても税の優遇処置を受けることができるのだとか。そのため、IOCだけでなく、FIFA(国際サッカー連盟)やUEFA(欧州サッカー連盟)など多くのスポーツ団体が、NPOとしてスイスに本部を置いているのだそうです。

オリンピックが経済的に自立できないマイナースポーツの祭典になっており、それ故にマイナースポーツの競技団体や選手たちが、オリンピックにすがらざるを得ない事情があることも事実でしょう。だからと言って、オリンピックが(それもたった1回の東京オリンピックが)中止になると、競技団体が兵糧攻めに遭い苦境に陥るかのような言い方は、いくらなんでも大袈裟すぎるように思います。

仮に百歩譲ってそうだとしても、じゃあ経済的に自立できないマイナースポーツの存続のために(IOCから「分配金」を貰うために)、開催国の国民の健康と命がなおざりにされていいのかという話になるでしょう。それこそオリンピックありきのアスリートが、自分のことしか考えてないというのと同じではないでしょうか。

アスリートの夢は、コロナ禍で苦境に陥っている飲食店の店主や真っ先に人員整理の対象になった非正規雇用の労働者や、あるいは医療崩壊してトリアージの対象になり命が見捨てられた患者のそれと違って特別なものなのか。彼らにも夢はあるしあったはずなのです。スポーツは、国民の暮らしや健康や命に優先するほど特別な存在なのか。とどのつまり、そういうことでしょう。スポーツで元気を与えたいなどとふざけたことを言っている代表選手に、そう問い正したい気がします。むしろ、スポーツは、聖火リレーの歴史が示しているように、ファシズムやスターリニズムなど全体主義ときわめて親和性が高いものでもあるのです。朝日の記事にある「スポーツの力」ということばには、くれぐれも注意が必要でしょう。と同時に、朝日の記事がIOCのいかがわしさに一切触れてないのも不思議でなりません。朝日は、IOCの利権について、それを検証する視点さえ持ってないのでしょうか。

後藤氏は、「分配金」を「寄付」と言い換えて、そのカラクリを次のように書いていました。

  IOCは開催都市との契約で、「競技の撮影はOBSに発注する」ことを義務づけている。この金額は非公表だが、「数百億円」(二〇二〇年東京オリンピック組織委員会メンバー)とみられている。
  IOCはテレビ放送権で得た巨額な収入の一部を、開催都市に運営部の一部として寄付している。しかし、開催都市がOBSと契約せざるを得ない以上、IOCの寄付金はいったん開催都市を経由し、IOCの関連会社に戻るだけに過ぎない。
(同上)


また、”国際映像“の撮影費用の一切合切も開催国の組織委員会が負担することになっているのだそうです。そこにも「寄付」のカラクリが存在するのでした。

  二〇二〇年東京大会で発生するOBSの費用は公表されていない。だが、一九九八年長野大会が七競技六十八種目で約二百億円かかっていることから、三十三競技三百三十九種目が行われる二〇二〇年東京大会の放送費用は、数倍に上る可能性が高い。
  この費用は東京オリンピック組織委員会が負担する。IOCは東京オリンピック組織委員会に八百五十億円を寄付している。お金に色はついてないが、八百五十億円の大半はOBSの費用に充てられる計算だ。
(同上)


まるで「寄付」がマネーロンダリングの役割を担っているかのようです。いったん「寄付」したお金が、契約上圧倒的な優位に立つIOCによって回収される(ぼったくられる)ことによって、結果的にオリンピックマネーがIOCの関連会社に還流し、関連会社の役員をしているIOCの幹部たちの懐に入っていくのです。しかも、関連会社の役員報酬も非公開なのです。

メディア、特に「オフィシャルパートナー」の4大全国紙は、どこも明確に開催に反対する社論を掲げていません。「感染が収束しないので政府は困っている」というような論調でお茶を濁しているだけです。まだ感染収束とはほど遠い状況にあることを考えれば、そういったオブスキュランティズムは、スポンサーになっているということも含めて、「言論の死」ならぬ「言論の自死」と言っても過言ではないでしょう。これでは、”緩慢な死”どころか、加速度的に新聞離れが進むのは間違いないでしょう。東京オリンピックは、「言論の自死」という副産物までもたらしたのです。

もっともそれは、政治家も同じです。東京オリンピックの招致に成功したあと、衆参両院は、「2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会の成功に関する決議案」を採択したのですが、その際反対したのは参院の山本太郎議員(当時)だけだったそうです。共産党も賛成したのです。後藤氏は、翼賛的な決議案の採択について、日本は「無邪気な選良がオリンピックを無批判にあがめる」国だと痛烈に批判していました。ただ、現実には日本のような国は少数で、開催費用の高騰なども相まって、今後オリンピック開催に手を上げる都市がなくなる懸念さえあり、IOCも危機感を募らせているのだそうです。

また、新国立競技場が、オリンピック後、陸上の世界大会が開かれることができなくなるという話もあります。何故なら、世界陸連の規定でサブトラックが付設されていなければならないのですが、新国立競技場はオリンピック後に神宮外苑の再開発でサブトラックがなくなるからです。そのために、世界新記録などの公式記録が認められなくなるのです。

そのオリンピックにかこつけた神宮外苑の再開発が、「サメの脳みそ」や「空疎な小皇帝」など少数の関係者の密談で決まったという話や、マラソンと競歩が札幌に変更されたホントの理由などもありますが、そういった話は次回に譲ります。

感染が蔓延しているからオリンピックをやめるべきだというのも大事な論理ですが、オリンピックが抱える問題はそれだけではないのです。1974年に「オリンピック憲章」からアマチュア規定が削除され、以後オリンピックもIOCも大きく変質したのです。上記のように放映権料もとてつもない金額に高騰し、利権まみれになって、IOCの幹部たちも「五輪貴族」と呼ばれるようになったのです。能天気な日本の国会議員たちが「あがめる」ような大会ではなくなったのです。

『オリンピック・マネー』には、イギリスのオックスフォード大学のベント・フライバーグ教授が算出した「予算超過率」が紹介されていました。これは、「立候補時に掲げた開催費用と実際にかかった費用の乖離度を調査した」ものです。それによると、1960年~2012年の夏冬17大会の「実質割合の平均は174%だ」そうです。「つまり、当初予算の2.7倍かかっている」のです。『オリンピック・マネー』は、「乱暴に言えば、ハナから当初予算がないに等しい」と書いていました。前の記事でも書いたように、今回の東京大会も例外ではないのです。

今回の開催の問題は、オリンピックそのもののあり方を根本的に問い直すいい機会でもあります。ポエムのような”オリンピック幻想”からいい加減自由になる必要があるのです。でなければ、池江璃花子の”感動物語”のような”動員の思想”にからめとられる怖れはまだ残っているように思います。

日本という国の上にIOCの幹部たちが鎮座ましまして、日本政府が国民そっちのけでIOCのパシリをしているその卑屈で滑稽な姿。私たちは、お涙頂戴の”感動物語”にごまかされるのではなく、そんなこの国の指導者たちの姿をしっかり目に焼き付けておくべきでしょう。その卑屈で滑稽な姿は、一夜明けたら、「鬼畜」と呼んでいた昨日の敵に我先にすり寄っていったあのときと同じです。その背後にあるのは、丸山眞男が喝破した日本の(もうひとつの)国体とも言うべき”無責任体系”です。開催に関するリモート会議などを見ても、日本政府の関係者や東京都の小池都知事などは、まるで本社から指示を受ける支店長みたいです。それでよくもまあ「美しい国」「とてつもない国」「日本、凄い!」などと言えたものだと思います。宮台真司は、この国にはホントの愛国者はいないと言っていましたが、今更ながらにそのことばが思い出されてならないのでした。
2021.05.20 Thu l 社会・メディア l top ▲
Yahoo!ニュースにも転載されていましたが、クーリエ・ジャポンがフランスの日刊紙リベラシオンの東京五輪に関する特集を紹介していました。

COURRiER Japon(クーリエ・ジャポン)
フランス紙が東京五輪を大特集「なぜ日本国民にしなかった対策を外国の選手団のためにはするのか」

リベラシオンは、「政府は、PCR検査数を増やすこともなく、ワクチンの提供を急ぐこともなく、医療体制を強化することもなく、必要な資金援助をすることもなく、1年以上もウイルスの蔓延を放置している」と日本政府の不作為を批判していますが、まったくそのとおりでしょう。

また、数字が正確かどうかわかりませんが、「3万人の選手団とその関係者に毎日PCR検査をする」という方針に対して、次のように書いているそうです。

オリンピック期間中、3万人の選手団とその関係者へのPCR検査が毎日予定されている。リベラシオン紙は、日本のPCR検査数の少なさや、ワクチン接種の遅れにも懸念を示す。

「現在、東京都の人口1400万人に対し、1日のPCR検査の数が1万件を超えることはほとんどない。1人が4年に1度接種できる程度の割合で行われているに過ぎない」という専門家の言葉を引用し、「東京で1日3万回の検査が可能なのであれば、なぜ住人には提供しないのか。無料でPCR検査を受けるには処方箋が必要であり、自分の希望で受けるには検査に最大250ユーロ(約3万3000円)も払わなければならない。さらに、1億2700万人の国民がいるなか、抗原検査は1日5000件にも満たない」。こう矛盾を問いかける。


海外から見れば、東京都に限らず日本の検査数の少なさが異常に映るのは当然でしょう。

それで、直近の東京都のPCR検査数を調べてみました。東京都が発表している「医療期間等実施分」は以下のとおりです。尚、これとは別に「健康安全研究センター」という公衆衛生の研究機関が研究目的で検査している分が、大体一日に200~300くらいあります。

5/13(木) 7,702
5/12(水) 8,936
5/11(火)1,0528
5/10(月)14,444
5/9 (日) 2,399※
5/8 (土) 6,828
5/7 (金)13,678
5/6 (木)14,981
5/5 (水) 4,768※
5/4 (火) 5,464※
5/3 (月) 5,227※
5/2 (日) 3,564※
5/1 (土) 7,441
4/30(金)12,574
4/29(木) 2,928※
4/28 (水)12,037
4/27(火)10,837
4/26(月)13,580
4/25(日) 2,444※
4/24(土) 6,292
4/23(金)10795
4/22(木)10,222
4/21(水)11,324
4/20(火)11,118
4/19(月)14,195

※印は休日

リベラシオンが書いているように、東京都は一日に3万件の検査能力があると言っていますが、しかし、相変わらずその3分の1程度しか検査をしていません。検査の拡充は、それこそ耳にタコができるくらい去年からずっと言われてきたことですが、未だにこんな状態なのです。拡充する気などさらさらないのでしょう。

メディアは、連日、新規感染者数が何人だとか「ニュース速報」でセンセーショナルに伝えていますが、検査数をまったく問わずに感染者数だけを報じてもどれほどの意味があるのかと思ってしまいます。日本では海外のように、自分が感染しているかどうかを知るための公的な検査は行われてないために(海外では無償で検査を受けることができる国も多いのですが、日本では”専門家”と称する太鼓持ちたちがそんなことをしても意味がないなどと言って、政府の無作為を擁護しているのが現状です)、国民は自費で民間の検査を受けているのですが、そこで陽性の判定が出た人、特に無症状の人が正直に保健所に届け出るとは限らないので、「隠れ陽性者」もかなりの数に上るのではないかと言われています。当然ながら、市中の検査が行われてないので、当局が把握していない市中の陽性者も相当数いると考えるのが普通でしょう。そんな潜在的な陽性者が、あの超密な通勤電車で席の奪い合いをしているのかもしれないのです。

何故、日本は海外に比べて検査数が極端に少ないのかと言えば、日本医師会の存在が関係しているという指摘があります。彼らが医療崩壊を理由に検査を増やすことを拒んでいるからだと。つまり、彼らの既得権益を守るためです。それは、打ち手不足で、ワクチン接種が遅々として進まないのも同じ理由だという声があります。

日本医師会は医師17万人が加入する公益社団法人ですが、その影響力は絶大で、政治団体の「日本医師連盟」をとおして自民党をはじめ与野党に年5億円近くを献金しているそうです。また、選挙においても地方の名士である開業医の影響力は大きく、「当選させるほどの力はないが落選させる力はある」と言われているそうです。

前も書きましたが、日本は人口当たりの病院数や病床数が世界で一番多く、CTやMRIの台数も他国を圧倒しているにもかかわらず、病床不足が指摘され医療崩壊が叫ばれているのです。既に大阪や兵庫や北海道では、実質的な医療崩壊が起きています。それも、ひとえに日本医師会の政治力に医療行政が歪められているからです。ちなみに、人口千人当たりの医師数は、OECD平均が3.5人なのに日本は2.4人しかいません。日本の医師数は、「1人当たりGDPが平均以上の国の中で最下位」だそうです。医療設備の充実を宝のもち腐れにしている”医師不足“も、既得権益を守る日本医師会の意向が関係していると言われているのです。

そんな日本の医療行政を歪める日本医師会の会長の記者会見を、まるで神の御託宣のように伝えているメディアは、よほどの節穴か、よほどのタヌキかどっちかでしょう。

コロナ禍であきらかになった日本の劣化。百年に一度と言われるパンデミックに晒されても尚、政治は旧態依然としたままで、周辺に蝟集する既得権益者の意向に従ってことが進められているのです。「国民の健康や命よりどうしてオリンピックを優先するのか」という声がありますが、オリンピックだけでなく感染対策そのものも、既得権益を甘受するステイクホルダーの意向が優先されているのでした。

「日本凄い!」も、文字通り自演乙でしかなかったのです。それこそ「笑笑」と言うべきでしょう。しかし、外国の新聞から心配されるくらい政府からコケにされているのに、国民は怒るわけでもなく、ただ陰でブツブツ言うだけです。通勤電車の光景を見ればわかりますが、ここに至っても、彼らにとっては、感染云々より電車で座席に座ることの方が大事なのです。目を血走らせながら車内に乗り込んで来ると、まるでマスクをしたニワトリのように車内をキョロキョロ見まわして、少しでも空いているスペースがあれば我先に突進する彼らを見ていると、絶望感すら覚えます。

世論調査を見ても、自民党の支持率は35%前後で、2位の立憲民主党が5~6%ですから、相変わらず自民党は抜きん出て支持されているのです。私は、読売の「オリンピック反対59%」という数字にも懐疑的です。池江璃花子の”感動物語”に涙するその単細胞ぶりを見せつけられると、ホントにどこまで反対の意思があるのか、首を捻らざるを得ません。東京五輪の問題は、オリンピックそのもののあり方を考えるいい機会だと思いますが、彼らを見ていると、それこそないものねだりの子守歌のように思います。

昨日の記者会見でも、菅首相は、オリンピック開催について「安心・安全な大会を実施することは可能と考えている」と人を食ったようなことを言っていましたが、正気かと言いたくなるようなそんな強気な姿勢の裏には、(何度も言いますが)「国民はオリンピックが始まれば今までのことを忘れて熱狂するに違いない」「池江璃花子のような感動話を与えれば涙を流して応援するに決まっている」という考えがあるからでしょう。バッハ会長も同じようなことを言って、日本の世論から反発されたとメディアは書いていましたが、しかし、開催されれば実際そのとおりになるでしょう。

なにせ日本人は、あの未曾有の原発事故でも変わらなかったのです。一度行き着くところまで行った方がいいという加速主義の(加速主義的な)考え方も、わからないでもないのです。
2021.05.15 Sat l 社会・メディア l top ▲
ツイッターで「奇跡の復活劇で人々を感動させたばかりの池江選手に厳しい言葉が浴びせられている」(東洋経済オンライン)そうで、メディアで批判の大合唱になっています。「厳しい言葉」を浴びせているのは、オリンピック反対派だそうです。池江璃花子自身のツイートで明らかになったのですが、メディアはそれを「おぞましい匿名の圧力」と言い、なかには「サイバーテロ」だと指弾するメディアもあります。

しかし、ツイッターのハッシュタグは「#池江璃花子選手は立派だが五輪開催は断固反対」という穏やかなものです。それに、巷間言われるようなオリンピック辞退を要求したツイートは極々一部で、「おぞましい匿名の圧力」「サイバーテロ」というのはどう見てもオーバーな表現です。むしろ、池江璃花子にからんだオリンピック反対の声を「おぞましい匿名の圧力」「サイバーテロ」にしたいがために、ことさら騒ぎ立てているフシさえあるのです。

とは言え、池江璃花子に限らずオリンピックありきのアスリートが「自分のことしか考えていない」と言うのは、そのとおりでしょう。メディアに袋叩きに遭った「あんたがどんな記録を出そうが、私たちには全く関係ない」というツイートに対しても、ことばがやや乱暴だとは思うものの、特に私は違和感を覚えませんでした。

ただ、一方で、池江選手に「オリンピックを辞退してほしい」という声については、私もお門違いだと思いました。と言って、それは、風にそよぐ葦にすぎないワイドショーのコメンテーターと同じ意味で言っているのではありません。辞退する気がない人間にそんなことを言っても、最初から無駄だと思うからです。

大学や高校の運動部でよくクラスターが発生していますが、スポーツ選手が感染防止について、どこまで正しい認識をもっているのか、はなはだ疑問です。もちろん、オリンピック代表という立場上、自分の感染には神経を使っているでしょうが、では、コロナ禍でのオリンピックのあり方やアスリートとしての自分とコロナ禍の社会との関係について、一度だって真面目に真剣に考えたことがあるのでしょうか。すべて所属するクラブや競技団体にお任せのようにしか見えないのです。

病魔と戦いながら、オリンピックという夢に向かって努力をしてきた池江選手に辞退しろなんて言うのは酷だ、鬼畜だ、みたいな批判もありますが、何度も言いますが、努力をしているのは池江選手だけではないのです。みんな努力しているのです。それぞれ夢に向かって努力してきたのです。それが、コロナで職を失ったり、事業が立ち行かなくなったりして、夢破れ、路頭に迷い、なかには死をも覚悟している人だっているのです。

まして、下記のニュースにあるように大阪や神戸では既に医療崩壊がはじまっており、実質的なトリアージ(命の選別)が行われ、高齢者がその対象になっているのです。命が見捨てられているのです。

朝日新聞デジタル
関西の高齢者2施設で計38人死亡 大半が入院できず

 神戸市と大阪府門真市の高齢者施設で新型コロナウイルスのクラスター(感染者集団)が発生し、二つの施設で計38人の入所者が亡くなっていた。大阪府と兵庫県では病床逼迫(ひっぱく)が深刻化しており、両施設では、多くの入所者が入院先が決まらないまま療養を続けていたという。


そういった現状を前にしても、池江璃花子は特別なのか、アスリートは夢に向かって努力して来たので特別なのか、と問いたいです。「生命いのちだけは平等だ」というのは、徳洲会の徳田虎雄が掲げた理念ですが、私はアスリートは特別だみたいに言う人たちにそのことばを突き付けたい気持があります。

別にみながみな池江璃花子の”感動物語”に涙を流しているわけではないのです。オリンピック開催のシンボルに祭り上がられたことで、その”感動物語”に胡散臭さを感じる人が出て来るのは、むしろ当然でしょう。

池江璃花子のような”感動物語”は、戦争中もメディアによっていくらでもねつ造されてきました。そうやって戦場に赴く若者が美化されたのです。一度走りはじめたら停まることができない日本という国家のメカニズムは、戦争もオリンピックも同じなのです。そして、そこには必ずメディアを使ったプロパガンダが存在します。

私は、池江選手に対する”同情論”に、逆にオリンピック開催反対の世論の”軽さ”を見たような気がしました。今回の針小棒大なバッシングには、丸山眞男が指摘したような、オリンピックよりコロナ対策だという合理的思考が、「勇気」や「元気」や「感動」など日本人が好きな”情緒的美化”によって、いともたやすく”動員の思想”にからめとられる”危うさ”が示されているように思います。病気を克服した池江璃花子が開催の象徴として利用されるのもそれゆえでしょう。(何度も言いますが)大衆は時が経てば忘れる、喉元すぎれば熱さを忘れる存在だ、という菅ら保守政治家の大衆観は真実をついているのです。彼ら為政者たちは、コロナがどうだとか言ってても、オリンピックがはじまればなにもかも忘れて熱狂するんだ、とタカを括っているに違いないのです。

じゃあ、池江璃花子の「夢」の対象であるオリンピックはどんなものなのか。今週のビデオニュースドットコムがその実態を取り上げていました。

ビデオニュースドットコム
マル激トーク・オン・ディマンド (第1048回)
誰がそうまでしてオリンピックをやりたがっているのか

私はゲストの後藤逸郎氏の著書の『オリンピック・マネー 誰も知らない東京五輪の裏側』(文春新書)をまだ読んでなかったので、番組を観たあと早速、痛い足を引き摺って近所の本屋に行きました。しかし、既に売切れていました。しかも、アマゾンや楽天や紀伊国屋などネットショップもどこも売切れで、電子書籍しか販売されていませんでした。

アメリカのワシントン・ポスト紙は、IOCのバッハ会長のことを「ぼったくり男爵」と書いていたそうですが、言い得て妙だなと思いました。今やオリンピックは、「一にお金二にお金、三四がなくて五にお金」の世界なのです。そのなかで、彼も「五輪貴族」とヤユされるような優雅な暮らしを手に入れたのです。

番組で、IOCにとっては、無観客でも何でもいいからとにかく開催してテレビ中継さえ行われればIOCが「儲かる」仕組みになっていると言っていましたが、スイスのNPO(民間団体)にすぎないIOCは、別に財団をいくつか持っており、さらにそれに連なるメディア関連の「オリンピック・チャンネルサービス」と「ブロードキャスティングサービス」という二つの会社が、それぞれスイス(株式会社)とスペイン(有限会社)にあるそうです。実務はスペインの有限会社が担っており、そこには日本のテレビ局や広告代理店からも社員が派遣されているのだとか。「ブロードキャスティングサービス」は、競技を撮影・中継し、それを各国のテレビ局を通して世界に配信することを主な業務にしているのですが、2016年12月末の資料では、日本円で400億円近くの売上げがあり、約60億円の利益を得ているそうです。もちろん、同社の役員にはIOCの幹部たちが就いていますが、その報酬は非公開だそうです。

要するに、IOCというのは、オリンピックというイベントを企画して、それを各国に売り込み、さらにイベントのコンテンツを管理するスポーツビジネスの会社と言っても間違いないのです。そもそもオリンピック自体が、キャッチアップを果たした旧発展途上国の国威発揚のイベントになっているというのはそのとおりで、オリンピック招致という発想そのものがアナクロなのです。

招致の際、コンパクトなオリンピックにするという触れ込みで7340億円で済むように言っていたにもかかわらず、2019年12月の会計検査院の報告によれば、招致から6年間で既に1兆600億円の関連経費が支出されていることがあきらかになっています。また、それ以外に大会組織委員会や東京都、国の別枠の予備費を合わせると実際は3兆4000億円にまで膨らんでいるそうです。

しかも、無観客になれば900億円の入場料収入もなくなり、開催都市の東京は1兆円の赤字を負担しなければならなくなるのだとか(そして、国が財政保証しているので、最終的には私たちの税金で処理することになるのです)。

選手と関係者の入国に伴う検査と健康管理にも、大きな懸念があります。観客を除いても、選手1万5千人に関係者を含めると5〜7万人が入国すると言われていますが、そういった海外からの入国者に対しても、PCR検査より精度が落ちる唾液による抗原検査をするだけで、しかも、選手の健康管理はアプリによる自己申告が主だそうです。

緊急事態宣言では人流を抑制しなければならないと盛んに言われていますが、オリンピック期間中は晴海のオリンピック村に選手1万5千人を閉じ込めることになるのです。食堂だけでも一度に数千人が食事できる規模だそうで、これ以上の”密”はないでしょう。しかも、いくら閉じ込めると言っても、無断で外出して飲みに行く選手が出て来ないとも限りません。強制収容所ではないのですから、電流を通した金網を張ったり、脱走した人間を銃殺するわけにはいかないのです。

IOCが作った大会関係者向けの「プレイブック」には、「選手同士の交流や握手、ハグは禁止」と書いているそうですが、しかし、禅道場ではないのですから、狭い空間のなかに1万数千人の若い男女が閉じ込められると、性的な欲望が充満するのは避けられないでしょう。そのために、表に出ていませんが、16万個のコンドームを配るという話もあるそうです。ハグどころか、合体が前提なのですからもはや笑い話みたいな話です。因みに、夜毎大量のコンドームが使われる選手村は、オリンピックが終われば高級マンションに化けるのです。

ワイドショーのコメンテーターはどれもいかがわしいのですが、そんなコメンテーターの日本政府がキャンセルすると違約金が発生するので日本政府からやめると言うことができないという発言についても、後藤氏はあり得ないデタラメだと言っていました。そんなことは開催都市契約のどこにも書いてないそうです。

ただ、開催がキャンセルになった場合、スポンサー企業などから開催都市やIOCに対して損害賠償の訴訟を起こされることはあるかもしれないと言っていました。もっとも、そういった訴訟は大規模イベントにはつきものなので、後藤氏も言うように、仮に訴訟を起こされたら粛々と対応すればいいだけでしょう。

最終的には40万人?必要とか言われているボランティアについても(無観客になればそんなにいらないのでしょう)、ボランティアを手配し派遣する仕事はパソナが一括して請け負っているそうです。当然ながらパソナは、その費用をもらっているのです。しかし、ボランティアの人たちは無償です。これでは、JOCではなくパソナに対してボランティアをしているようなものじゃないかと言っていましたが、たしかにこれほどおいしい商売はないでしょう。濡れ手に粟とはこのことでしょう。

でも、こういった話はメディアにいっさい出てきません。どうしてかと言えば、朝日・日経・読売・毎日は、オフィシャルスポンサーに名を連ねており、東京オリンピックに関しては利害当事者になっているからです。だから、自分たちにとって都合の悪いことは口を噤んでいるのです。

開催が厳しいという話も、どこの新聞も欧米のメディアの報道を引用するばかりで、自分の口で言おうとしません。宮台真司も、「自分とこの社論はどうなっているんだ」「自分の口でものを言えよ」と憤っていましたが、コロナ禍のオリンピック開催についてはメディアも同罪なのです。

繰り返しますが、サマランチ時代にオリンピックが商業主義に大きく舵を切り(だから、IOCの関連会社がサマランチの出身国のスペインに置かれているという指摘があります)、「オリンピック憲章」に謳われる崇高な精神も単なる建前と化したのですが、しかし、こと代表選手に関しては、未だに「スポーツの力」とか「感動をありがとう」とか「夢をもらう」などと、永井荷風が言う「駄句駄字」の空疎なことばが飛び交っているのでした。まるでそこだけありもしない「オリンピック憲章」の建前が生きているかのようです。一方で、メディアは、オリンピックありきのアスリートへの批判を「差別」だと断じていますが、そんな大仰なもの言いには、アスリートと同じオリンピックありきのメディアの本音が透けて見えているような気がしてなりません。

アスリートにとってオリンピックが「夢」だという話にしても、番組でも言っていたように、サッカーや野球やバスケットやテニスやゴルフなど経済的(興行的?)に自立している人気スポーツは、オリンピックに対する幻想がほとんどありません。仮にオリンピックの種目に入っていても、オリンピックはワールドカップや世界大会よりカテゴリーが下です。だから、選手たちもオリンピックに出ることにそんなにこだわっていません。むしろ怪我すると損だみたいな理由で辞退する選手も多く、オリンピックに出ることが「夢」だなんて、ゆめゆめ思ってないのです(おやじギャク)。

今やオリンピックはマイナースポーツの祭典になっているという指摘も、あながち的外れではないように思います。要するに、自立できないがゆえに、競技団体も選手もオリンピックにぶら下がらざるを得ないし、金銭面で活動を支えてくれるスポンサー企業の手前、出るか出ないかでは天と地の差があるというのはそのとおりなのでしょう。アスリートは、マイナースポーツであるがゆえに、スポンサー企業や政治の論理にがんじがらめに縛られて、(武者小路実篤ではないですが)「一個の人間」として自立することさえ阻まれているのです。そんな彼らにとって、オリンピック中止はあり得ないし、まして辞退など想像すらできないことでしょう。

ただ、そうは言っても、自然の猛威である新型コロナウイルスが都合よく収束してくれるはずもありません。感染拡大とともにオリンピック開催の問題がグチャグチャになっているのは誰の目にも明らかで、どう見ても準備が順調に進んでいるようには思えません。強気な姿勢の裏で、菅政権がかなり追い詰められているのも事実でしょう。番組のなかでは、小池都知事が時期を見て開催反対を言い出すんじゃないか、そして、国民の喝采を浴び、それを国政への復帰のステップにするんじゃないかと言っていましたが、私もそれは充分あり得ると思いました。進むも地獄戻るも地獄ならぬ、やるも茶番やめるも茶番になる可能性も大きいのです。
2021.05.09 Sun l 社会・メディア l top ▲
ビデオニュースドットコムを観ていたら、ゲストに出ていた斎藤幸平氏の次のようなことばが耳に残りました。

ビデオニュースドットコム
マル激トーク・オン・ディマンド (第1047回)
コロナでいよいよ露わになったコモンを破壊する資本主義の正体

「多くの人たちが立ち上がらない限り、この問題(引用者註:気候変動の問題)は解決しない。しかし、一方で分断が生じていて、お前は恵まれているからこういうことを考えられるんだっていうのは、環境問題でいつも言われることなんですよ。お前、恵まれているからベジタリアンの食事も食べられるし、オーガニックの服も買えるけど、俺ら金もないし忙しいから牛丼とラーメン食って、ユニクロの服着なきゃいけないんだ、みたいな話になるわけですよね。それは本当に不毛の対立で分断なわけですよ。僕は別にお金がなくてユニクロを買ってる人、牛丼を食べてる人だって、むしろ、積極的に声を上げてほしい。なんでオーガニックコットンのシャツを買えるくらいの給料をくれないんだよ。なんで300円400円で食えるものが、身体に悪い牛丼みたいなジャンクフードしかないのかということを怒ってもいい」

「(余裕があることに)全然罪悪感を感じる必要もないし、一方で余裕がある人も買って満足するというのは、まさにアヘンですよね。(しかし)社会全体を変えていくためには単に自分が良いものをちょっと買うだけではなくて、社会の構造とか格差そのものも変えていかなければ意味がないわけで、みんなが声を上げていいんだっていう風になれば、僕はその瞬間に変わっていくと思うし、逆に、みんなで声をあげてこのシステムそのものを変えていこうという風にしていかないと最終的には問題も解決しない」

斎藤幸平氏はまた、「3.5%」の人が立ち上がれば世の中は変わるとも言っていました。「3.5%」というのは、ハーバード大学の政治学者エリカ・チェノウェス教授が主張する数字です。エリカ・チェノウェス教授によれば、フィリピンのマルコスの独裁体制を倒した「ピープルパワー革命」やグルジアの「バラ革命」など、過去の社会変革のきっかけになった運動を調べると、「3.5%」の”法則”が当てはまるのだそうです。今のミャンマーの国軍に対する不服従の運動も、例外ではないように思います。

悪しき大衆主義と前衛主義の対立は左派の永遠のテーマですが、「3.5%」というのは腑に落ちる数字なのでした。宮台真司は、社会の圧倒的多数の人たちは何も考えずにただ漫然と大勢に流されて生きているだけという現実を考えれば、「3.5%」の数字はリアルティがあると言っていました。つまり、はっきり言えば、大衆というのは金魚の糞みたいな存在だということです。私が大衆主義に「悪しき」という連体詞を付けたくなるのも、それゆえです。

安倍元総理や菅総理らは、「有権者は時間が経てば忘れる」という大衆観を持っており、それがモリカケの対応や一連の反動的な法改正などの強権的な姿勢につながっていると言われていますが、彼らは如何にも保守政治家らしく大衆の本質を熟知しているとも言えるのです。オリンピック開催も同じでしょう。オリンピックが開催され、メディアがオリンピック一色に彩られ、「勇気」や「感動」などというおなじみのワードが飛び交うようになれば、8割反対もどこ吹く風、態度を一変してオリンピックに熱狂するに違いないのです。政権与党の政治家たちもそうタカをくくっているのだと思います。

誤解を怖れずに言えば、世論調査であれ、政党支持率であれ、そんなものはほとんど意味がないのではないか、ホントは取るに足りないものではないのか。そんな大胆な考えがあってもいいように思います。

前にも書いたとおり、ミレニアル世代あるいはその下のZ世代と呼ばれる若者たちの間では、ジェレミー・コービンやバーニー・サンダースのカリスマ的人気に象徴されるように、”左派的なもの”に対するシンパシーが世界的に広がっているのですが、しかし、残念ながら日本では、”左派的なもの”は嘲笑と不信の対象でしかありません。

番組でも言っていましたが、”左派的なもの”に対する関心は、今の社会のシステムを根本から変えなければもうどうにもならないことを若い世代が気付きはじめたということでもあるのです。地球温暖化や格差拡大や財政破綻の問題は、若い世代にとっては自分たちの人生に直接関わる切実な問題で、否応なくそれと正面から向き合わなければならないのです。彼らは、そこに「資本主義の限界」を見ているのです。鷲田小彌太氏のことばを借りれば、「臨界点」を見ているのです。たとえば、余暇としての趣味ではなく、趣味のために働くという先行世代から眉をしかめられるような考え方も、今の社会に対するラジカルな批評になっているのです。斎藤幸平氏は、『人新世の「資本論」』のなかで、それを「ラジカルな潤沢さ」と呼んでいました。

文字通り喉元すぎて熱さを忘れた反原発運動の”愚”をくり返さないためにも、(前も書きましたが)地べたの生活の現実に依拠し、まっとうな生き方をしたいと思っている「3.5%」の人々の琴線に触れるような、真に革命的な急進左派の運動が今の日本に求められているのです。それは、「アウシュビッツ行きの最終列車に乗る」とヤユされるような、選挙対策の”野党連合”(立憲民主党への合流)などとはまったく別次元の話です。

社会のシステムを変えると言うと、政治のことばを大上段に振りかざしたものを想像しがちですが、一方で、それは、自分の人生や生き方にも関わるきわめて身近なもの(こと)でもあるのです。人生を少しでも豊かで充実したものにするためには、趣味でもボランティアでも家族サービスでもなんでもいいから、生活のなかに仕事だけでない別の時間を持つことが大事でしょう。そして、それが仕事と同じかあるいはそれ以上のウエイトを占めるようになれば、労働時間の短縮や最低賃金の引き上げや有給休暇の拡大などが身近な問題として考えられるようになってくるでしょう。そうやって”左派的なもの”との接点が生まれ、それが世界に目をひらく端緒になるのです。

山を登る趣味を考えても、山に登ることがきっかけで、自然の大切さや身体しんたい(=身体的であること)の重要性と出会い、環境にやさしい素材を使った服を買ったり、安全で身体からだにいいものを食べたりするようになれば、自分の人生に対する考え方も変わるだろうし、世の中に対する見方も変わっていくでしょう。

もちろん、「SDGsは大衆のアヘンである」と斎藤幸平氏が言うように、SDGsが貪欲な資本のあらたな市場になっているのも事実です。地方の山がソーラーパネルで埋め尽くされたのと同じように、「田舎」がエコな経済の収奪の対象として「外部化」されているのは否定できないでしょう。昨今のリモートによる地方移住も、あらたしい生き方でもなんでもなく、ただ資本から派遣された先兵にすぎません。もとより、エコバッグで買い物に行ったり、有機野菜で料理をしたりするのは、あの「お花畑」の元総理夫人だってやっていることです。ありきたりな言い方ですが、ホンモノとニセモノが混在しているのはたしかです。しかし、それを百も承知で言えば、個的なレベルにおける”革命”というのは、そういう身近な生活スタイルを変えることからはじまるわけで、そこから世界に向けた回路がひらかれているのもまた、たしかなのです。


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2021.05.03 Mon l 社会・メディア l top ▲
ゴールデンウィークで連休が続くので、今日、手持ちがなくなった薬を処方してもらうべくあわててかかりつけの病院に行きました。土曜日で午前中しか診察をやってないため、朝8時すぎの電車に乗り、東横線、そして市営地下鉄のグリーンラインとブルーラインをそれぞれ乗り継いで行きました。普段はタクシーで行くことも多いのに、何故か今日はケチって電車で行くことにしたのでした。

電車の場合、当然ながら駅まで歩いて行かなければならないし、途中、二度の乗り換えもあるので、距離的にも遠回りになり、タクシーだと15分くらいで行くところが電車だと1時間近くかかります。そのため、帰って来たら、痛めている右膝が曲げるのも困難なくらいパンパンに腫れていました。

前日は、整形外科の病院で、膝にたまった”水”をぬきヒアルロン酸を注入しました。通常、ヒアルロン酸は5週注入するケースが多いみたいですが、いっこうに改善しないのでもう少し続けた方がいいでしょうと言われたのです。しかし、自宅に帰った頃には、再び”水”がたまっているのが自分でもわかりました。

痛みそのものは、最初の頃に比べれば半分くらいに和らいでいます。と言っても、それは痛みのランクが半分くらいに下がったにすぎず、歩けないほどの痛みからなんとか歩けるほどの痛みに変わった程度です。

ヒアルロン酸を注入されているからなのか、心なしか膝のお皿のあたりがツルツルになった感じがします。これだったら膝より顔に注入してもらった方がよほど効果があるような気がしないでもありません。

また、膝に力を入れて(膝をロックして)足を15センチから20センチ持ち上げて5秒から10秒維持し、それを10回くり返すストレッチを毎日3~5セット行って下さいと言われました(ほかにタオルを丸めたものを膝の下に置いてそれを上から潰すストレットも)。

私は、「はい、わかりました」と聞いたふりをしましたが、それはもうとっくに自分でやっていました。また、今日もかかりつけ医に膝を痛めたという話をしたら、やはり同じストレッチを推奨されました。

私の場合、前も書きましたが、変形性膝関節症ではなくただのオーバーユースだと言われたのですが、ネットで見ると、オーバーユースで変形性膝関節症を発症すると書いているサイトもあります。でも、私が行っている整形外科のドクターは(認定スポーツ医でもある)、レントゲンでは膝は非常にきれいで問題はないし、しかも、膝を使わないときに痛みがないということを考えれば、変形性膝関節症ではなくただの使いすぎだろうと言うのです。

山に登り始めの頃も、(主に反対側の膝でしたが)膝痛に悩ませられたことがありました。そのときも、膝が腫れた感じがして屈伸するのに違和感がありましたので、おそらく膝に”水”がたまっていたのでしょう。でも、数日もすると痛みも取れて元に戻っていました。同じオーバーユースでも、今回はあまりにレベルが違いすぎるのです。患者というのは不思議なもので、明確な病名を付けられないと逆に不安を覚えるのでした。

ヒアルロン酸の効果や深夜の通販番組ではおなじみの軟骨がすり減ることによる膝の痛みについて、京都のドクターがブログで次のように書いていたのが目に止まりました。

石田内科リウマチ科クリニック
クリニックBLOG
膝関節へのヒアルロン酸注射の有効性

米国整形外科学会(AAOS)は6月4日、変形性膝関節症(OA)治療に関する臨床診療ガイドライン(CPG)改訂版を発表した。ヒアルロン酸関節内注射治療を推奨しないと明記した。(略)ヒアルロン酸の関節内注射は、14件の試験のメタ解析において臨床的に重要な改善を意味する最小閾値に達しておらず、症候性の変形性膝関節症(OA)治療法としてもはや推奨されないものとしている。日本では、症候性OAについては、ヒアルロン酸関節内注射が頻繁になされている。ロコモティブシンドロームの代表格であるOAについて、このような見解が示されたのは、大きな衝撃であろう。「OAの症状のみで、関節内遊離体や半月板損傷など他の問題が見られない者には、関節鏡下洗浄治療は行わない」「BMI25超の肥満者は最低5%減量する」「低負担の有酸素運動を積極的に取り入れる」などが盛り込まれている。患者が主体的に治療に取り組むことが、痛みを軽減し、良好な健康状態を実感するに最適な方法の一つである。太り気味であれば、減量が進行を遅らせるためにできる最善策でもある。


そして、最後に「これまでOAは軟骨の変性摩耗と叫び続けてきた方々のコメントを待ちたい」と書いていました。

やっぱり、ヒアルロン酸は皺取りの方が効果があるのかもと思ってしまいました。「軟骨の変性摩耗」もおなじみのフレーズですが、たしかに深夜の通販番組を見ると、医学的な一見解にすぎないものが、商業的な目的のために拡大解釈され独り歩きしているような気がしないでもありません。

膝痛を経験した多くの人たちが口にする、病院に行っても湿布薬と”水”抜きとヒアルロン酸で「お茶を濁されるだけ」というのもわからないでもないのです。そのために、ストレッチに望みを託して整骨院に駆け込み、回数券や「部位回し」で散財することになるのでしょう。

筋力が落ちたり、筋肉が固くなったりするのを防ぐという意味では、ストレッチは有効かもしれません。ただ、痛みが改善するのは、あくまで自然治癒にすぎないのでないか。保存療法というのは、結局、そういうことでしょう。だったら、「自然に治るまで待つしかありませんよ」と言ってくれればいいのにと思います。ヒアルロン酸や”水”抜きに過大な期待を抱く分落胆する気持も大きいのです。

同じように膝痛を抱える知人は、膝痛は命には関係ないので治療の研究が進んでないんじゃないかなと言っていましたが、膝痛の当事者として、そう思いたくなる気持もわからないでもありません。そして、そういったなかなか痛みが取れない”もどかしさ”が、通販番組の主役を務めるくらいに膝痛の市場を虚業化し大きくしたと言えなくもないでしょう。

余談ですが、膝に”水”がたまると膝がいびつな形に変形するのですが、それを見るといっそう気が滅入ってきます。そのため、女子高生の素足のミニスカートから覗いた、左右きれいに揃った膝が羨ましくてならず、やたら女子高生の膝が気になるようになりました。道を歩いていても、電車のなかでも、ついつい女子高生の膝に見入ってしまうことがあり、近くにいた女性から怪訝の目で見られたこともありました。このように膝痛によって、”膝フェチ”という副産物までもたらされたのでした。

閑話休題あだしごとはさておき、今朝の東横線も、通勤客やレジャーに出かける乗客で、普段の週末とほとんど変わらないくらい混んでいました。また、新横浜駅方面に向かう市営地下鉄の車内では、通勤客に混ざって大きなキャリーケースを横に置いた乗客も目につきました。

どうしてこのタイミングなんだ?と思いますが、横浜の桜木町駅から汽車道の上を通るロープウェイが開通したので、それを目当ての家族連れも多く押しかけているようです。「人の流れを抑制しなければならない」「ゴールデンウィーク期間中はステイホームで」とか言いながら、その一方で、テレビはロープウェイ開通をトピックスとしてとりあげ宣伝しているのです。それでは行くなと言う方が無理でしょう。

しかも、今月の15・16日には、山下公園で「世界トライアスロン」の横浜大会が開催されます。国内外の招待選手に優待・一般参加の選手を含めて2000名の参加者でレースが行われるそうです。無観客の大会になったので、林文子横浜市長は「観戦に来ないで」と呼びかけていますが、これほどバカげた話はないでしょう。無観客とは言え、どうしてこの時期に開催しなければならないのか。私は、横浜市民として、林市長の神経さえ疑いました(もっとも、緊急事態宣言が延長されて中止になる可能性の方が高いですが)。

埼玉から都内に通勤している友人も、今朝の電車はいつもと変わらなかった、普段の土曜日よりむしろ多いくらいだったと言っていました。また、池袋駅では山登りの恰好をした登山客やハイキングに向かうとおぼしきリュックを背負った家族連れも目についたと言っていました。

三度目の緊急事態宣言は、政府の目論みとは逆に外出自粛にはほど遠い現実しかないのです。私は、これでは「オリンピックなんてできるわけがない」とあらためて確信しました。もしかしたら、国民はわざと外出し感染を拡大させることで(そうやってみずから身を挺して)、オリンピック開催を阻止しようとしているんじゃないか。そんな皮肉な見方さえしたくなりました。

おそらく、二週間後はとんでもない新規感染者数を見ることになるでしょう。もし、そうではなく、予想に反して新規感染者数が減少していたら、それはオリンピック開催のためになんらかの”操作”が行なわれたと見て間違いないでしょう。

今日のテレビのニュースでは、緊急事態宣言で軒並み人出が減っていることを強調していましたが、どこが?と思いました。東京駅の新幹線のホームも「閑散としている」と伝えていましたが、JRによれば新幹線の乗車率は50%〜70%で、過去2回の緊急事態宣言のときより大幅に増えているのです。乗車率50%〜70%は、普通に考えても「閑散」とは言わないでしょう。オリンピックのスポンサー企業に名を連ねる大手の新聞社やテレビ局は、言うまでもなく”開催ありき”です。開催して貰わなければ困るというのが本音です。そんなオリンピック開催で政府と一体化したメディアが、あたかも緊急事態宣言に効果が出ているかのように恣意的な報道を行っていることも気になりました。
2021.05.01 Sat l 社会・メディア l top ▲
小室さんの問題で、元婚約者がコメントを発表し、「解決金」の交渉に応じる意向を示したというニュースがいっせいに流れました。

毎日新聞
小室圭さん母の元婚約者、解決金の交渉進める意向 コメント発表

意地悪な私は、やっぱりと思いました。ことばは悪いけど、意外と早く食いついてきたなと思いました。このあたりが老いらくの恋の落としどころなのかもしれません。二人の結婚の意思は固いようなので、いづれにしても結婚の方向に話が進んで行くのは間違いないでしょう。

ただ、元婚約者の真意が、「解決金」にあるのか、それとも体調を崩して入院していると伝えられる小室さんのお母さんにあるのか、今ひとつはっきりしませんので、今後も紆余曲折がないとは言えないでしょう。

単にお金がほしいだけなら話は簡単ですが、そうではなく(それだけではなく)ストーカーによく見られるような別の屈折した心情が伏在しているとしたら、話がこじれる可能性はあるでしょう。元婚約者の代理人を務めるのは、弁護士ではなくフリーライターだったのですが、今もそうなのか気になります。と言うのも、代理人やメディアの立場から言えば、話がこじれた方が間違いなくオイシイからです。

別れたから今まで使ったお金を返せというのは、昔だったら「最低の男」「男の風上にもおけない」と言われたでしょう。それは、かわいさ余って憎さ百倍のストーカーに暴走しかねない論理と言えなくもないのです。

元婚約者はなかなか老獪で、金銭問題でふたりの結婚に支障が出るのは忍びないとか言いながら、だからと言ってメディアから身を遠ざけているわけではないのです。今回も、「代理人」のフリーライターのプロデュースなのか、小室さんの「文書」が発表されると『週刊現代』の取材に応じて、マンションのローンを払えないので今は家賃8万円の木造アパートに住んでいるとか、小室さんの「文書」には「納得できない」とか、婚約解消の話し合いの席での”無断録音”に「驚いた」などと「独占告白」しているのでした。そうやってことあるごとにメディアに登場して、バッシングの材料を提供しているのです。

問題の本質は、お金を貰ったか借りたか(貸したか)にあるのではなく、小室さんと眞子さんの恋愛&婚約がメディアに大々的に取り上げられ、小室さん一家にスポットライトが当てられた途端、元婚約者が金銭問題をメディアにリークしたその行為にあるのです。もっとありていに言えば、その行為に至った動機にあるのです。

もし自分だったらと考えれば、問題がわかりやすくなるかも知れません。私も度量の狭い人間ですので、使ったお金はもったいなかったなとか捨て銭になったなとか、心の片隅で少し思ったりはするかもしれませんが(それも半分は自虐ネタみたいなものですが)、しかし、いくらなんでも“金銭トラブル”をメディアにタレこんで若いふたりの恋路を邪魔するなんてことは、とても考えられないしあり得ない話です。そこまでやるというのは、「執念」ということばでも解釈し切れない、もっと根深い要因があるような気さえします。

小室さん母子が結婚詐欺師VS元婚約者が善意の被害者というメディアが描く構図自体が、どう考えても悪意の所産だとしか思えません。もとより、(何度もくり返しますが)男と女の間には第三者が立ち入れないデリケートなものがあり、仮にお金のやり取りがあったとしても、それが借りたか(貸したか)貰ったかなんて判断すること自体、明確に犯罪でも構成してない限り、無理があるのです。元婚約者が弁護士に相談したら、借用書などがないと返金を求めるのは無理だと言われたという話が漏れ伝わっていますが、その話がホントかどうかは別にしても、法的に解釈すれば当然そうなるでしょう。だから、訴訟も起こしてないのでしょう。

小室さん自身、法律を専門的に勉強しているし、また日本では弁護士事務所に勤務していましたので、法的に見て問題ないという認識は当然持っているでしょう。でも、メディアはそれを「不誠実」「上から目線」だと批判するのです。また、バッシングに対しても、名誉棄損に当たることは小室さん側も重々わかっているはずです。しかし、眞子さんとの関係上、簡単に訴訟を起こすことができないのも事実でしょう。メディアもそれがわかっているので、みずからが描いた構図に従って書きたい放題に書いているのでしょう。

以前、『週刊現代』元編集長の元木昌彦氏がPRESIDENT Onlineに書いた下記の記事を紹介しましたが、元木氏が書いているように、一連の騒動から見えてくるのは、「今の若者には珍しいほど勤勉で誠実な」小室圭さんの姿です。眞子さんとの結婚のために、国際弁護士を目指して渡米、成績も優秀で弁護士資格を取得するのはほぼ間違いないと言われています。眞子さんとの約束を果たすべく努力し、約束どおりちゃんと成果をあげようとしているのです。小室さんに悪罵を浴びせるゲスな国民たちは、むしろ爪の垢を煎じて飲んだ方がいいくらい立派な青年なのです。

PRESIDENT Online
「圭さんと結婚します」の言葉を国民は祝福する

集団ヒステリーと化したかのような小室さんバッシングですが、それはこの社会にマグマのように滞留する負の感情がいびつな姿で噴出した、現代の日本に特有ないじめとストーカーの問題ではないのか。小室さんの問題については、私はどうしてもそんな見方しか持てないのです。


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小室さん
2021.04.28 Wed l 社会・メディア l top ▲
三度目の緊急事態宣言が発令(発出)され、25日から来月11日までの17日間、東京・大阪・京都・兵庫の4都府県で実施されることになりました。併せて既に発令されているまん延防止等重点措置も、対象地域が拡大され、緊急事態宣言と同じく来月11日まで実施されることになりました。

何度も言いますが、来月の11日までというのは、ゴールデンウィーク云々だけでなく、IOCのバッハ会長が17日だかに来日するので、それまでに終了したいという”政治的思惑”がはたらいているのは間違いでしょう。そのために、過去の二度の緊急事態宣言と違って、わずか17日間という「短期間に集中して感染を抑え込む」(菅総理の発言)方針に転換したのです。すべてはオリンピック開催のためです。

昨日の緊急事態宣言初日の朝、用事があって駅に行きましたが、都内に向かう上りの電車も横浜の中心街に向かう下りの電車も、「みんな、どこに行くの?」と思うくらい多くの乗客が乗っていました。若者だけでなく家族連れや高齢者夫婦など、世代を問わずみんな休日の繁華街に向かっていました。また、揃いのユニフォームを着た中学生のグループも、部活の練習試合のためか、改札口の前で待ち合わせをしていました。

「自粛疲れ」「宣言慣れ」などと言いますが、要するに国家が覚悟を示せないのに、国民だけ覚悟を持て、自覚を持てと言っても、それはないものねだりの子守歌というものです。オリンピックはやるけど、お前たちは外出を控えろと言うのは、説得力がないし、自己矛盾も甚だしいのです。

ましてや、大阪市の例が示すように、公務員たちは、市民に自粛を要請しながら自分たちは陰で飲み会をやっているのです。大阪市の場合、感染者が出たので調査してあきらかになったのですが、ほかの自治体もただ調査していないだけで、実態は似たようなものでしょう。厚労省も然りですが、公務員の飲み会の横行は、「自分には甘く住民には厳しい」公務員の習性をよく表しているように思います。たとえば、税金の使い方にしても、自分たちはザルなのに住民に対しては杓子定規で厳格です。一方で、税金の徴収は容赦なく厳しいのです。それは、地頭の子転んでもただでは起きぬの時代から連綿と続いている官尊民卑の考えが背景にあるからでしょう。

私は、新型コロナウイルスの感染が取り沙汰されるようになってから外食はまったく控えています。何故なら、水に落ちた犬を叩くようで気が引けるのですが、飲食店を信用してないからです。大手のチェーン店は、バカッターの例に見られるようにほとんどがアルバイトで運用されていますが、彼らアルバイトがホントに真面目に感染防止に務めているとはとても思えません。

また、個人経営の店なども、テレビのインタビューに答えている店主を見ると、一応マスクはしているものの、二階(幹事長)や麻生(副総理)と同じように鼻が出ている場合が多いのです。それで、「いらっしゃいっ!」と大声で挨拶されたらたまったものではありません。しかも、飛沫防止効果が高いと推奨されている不織布マスクではなく、若者と同じようにウレタンマスクを装着している店主も多いのです。それは、アクリル板や消毒スプレー以前の基本中の基本だと思いますが、そんな基本的なことさえ守られてないのです。

何故、こんな「細かいこと」にこだわり、小言幸兵衛みたいなことを言うのかと言えば、「正しく怖れる」ためです。ひとりひとりが正しく怖れれば、緊急事態宣言もまん延防止措置も必要ないし、「ファシスト的公共性」で不自由をかこつこともないのです。

感染拡大を叫びながら、政府はオリンピックをやると言い、テレビは政府の意を汲んでオリンピックムードを盛り上げ、一方で人出が減ってないとかなんとか言いながら、春爛漫の名所旧跡を訪ねる旅番組を流して外出を煽っているのです。メディアは、オリンピック開催のマスコットガールにすべく白血病から代表に復帰した池江璃花子を美談仕立てで報じていますが、「がんばっている」のは池江璃花子だけではないでしょう。コロナと戦っている感染者も、実質的な医療崩壊のなかで命を繋いでいるほかの患者も、コロナで職を失った人たちも、もちろん諸悪の根源のようにやり玉にあがっている飲食店の店主も、みんな必死で「がんばっている」のです。スポーツ選手だけが「がんばっている」のではないのです。

新型コロナウイルスに関しては、アベノマスクを筆頭に、大阪府知事や大阪市長のイソジンや雨合羽、それに兵庫県知事のうちわ会食など、ホントに危機感があるのか疑問に思うようなトンデモ話が次々と飛び出していますが、今回の緊急事態宣言では、小池都知事が負けじとばかりに”灯火管制”を言い出したのでした。”灯火管制”が必要なくらい危機的な状況なら、まずその前にオリンピックをやめることでしょう。「話はそれから」なのです。

僭越ですが、以前、このブログで私は次のように書きました。

定額給付金・ハイブリット車購入資金の助成・高速料金の千円均一・省エネ家電のエコポイントなど、いわゆる麻生内閣の景気対策を見るにつけ、かつて故・江藤淳氏が「国家・個人・言葉」(講談社学芸文庫『アメリカと私』所収)で書いていた、「倫理の源泉であることを引き受けたがらぬ国家は、ただ金をためろ、輸出を伸ばせ、というだけである」「個人は、したがって孤独であり、なにをもって善とし、なにを悪とするかを知らない。人はただ生きている」という文章を思い出しました。

さしずめこれをもじって言えば、「倫理の源泉であることを引き受けたがらぬ国家は、ただ金を使え、ものを買え、というだけである」「個人は、したがって孤独であり、なにをもって善とし、なにを悪とするかを知らない。人はただ生きている」と言うべきかもしれません。国家主義者ならずとも「この国は大丈夫か?」と思ってしまいます。

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たしかに、新型コロナウイルスの感染対策を見ても、江藤淳が言うように、国家は「倫理の源泉」としての役割すら放棄したかのようです。国家の中枢に鎮座する菅や二階や麻生の能天気ぶりや、新型コロナウイルス対策で露わになった自治体の長たちのトンチンカンぶりが、なによりそれを表しているように思います。

ここに来て、菅総理は突然、7月までに65歳以上の高齢者のワクチン接種を終えるとか、7月から一般の国民に対してもワクチン接種を開始するなどと言い出しましたが、能力的な限界に突き当りいよいよ取り乱しはじめたかと思いました。ホントにそう思っているのなら、国立競技場を接種会場にすればいいのです。そのくらいの覚悟を見せてくれと言いたいです。
2021.04.26 Mon l 社会・メディア l top ▲

大正四年の京都の御大典ごたいてんの時は、諸国から出て来た拝観人で、街道も宿屋も一杯になった。十一月七日の車駕しゃが御到着の日などは、雲もない青空に日がよく照って、御苑ぎょえんも大通りも早天から、人をもって埋めてしまったのに、なお遠く若王子にゃくおうじの山の松林の中腹を望むと、一筋二筋の白い煙が細々と立っていた。ははあ、サンカが話をしているなと思うようであった。


これは、柳田国男の『山の人生』のなかの有名な一節です。私は、柳美里の『JR上野駅公園口』を読んだとき、ふと、この文章が頭に浮かんだのでした。

現天皇は、学生時代、中世の交通史・流通史を専攻していますが、それは子どもの頃から登山が趣味だったということが関係しているのかもしれないと思ったりします。

山登りは中高年になってからその楽しみが増しますが、その意味では年齢的に「今から」というときに山登りを卒業せざるを得ないその境遇には、あらためて同情せざるを得ません。彼は、いにしえの人々の人生やその生活に思いを馳せながら、彼らがかつて行き来した道を辿ることはもうないのです。

交通史・流通史を専攻していれば、柳田国男の『山の人生』や宮本常一の『忘れられた日本人』も読んでいたはずです。上記の柳田国男の文章で示されているように、かつてこの列島には天皇制にまつろわぬ人々が少なからぬ存在していたことも、当然知っていたでしょう。

現天皇は、記録を見る限り、雲取山に三度登っていますが、交通史・流通史の観点から秩父往還の道に興味を持っていたのは間違いないでしょう。そして、その道が、天皇制国家に弓を引いた秩父事件で大きな役割を果たしたこともわかっていたに違いありません。

年を取り体力が衰えてくると、力まかせに登っていた若いときと違って、別の風景も見えてくるようになります。そのひとつが山中に人知れず行き交っている”道”です。

森崎和江は、五家荘の人々が古くから歩いていた道を「消えがての道」と呼んで同名の本を著したのですが、私が五家荘に行きたいと思ったのもその本を読んだからでした。しかし、先日、Googleのストリートビューで五家荘を見たら、中央線が引かれ至るところに標識が設置された立派な道路が走っており、あたりの風景も別世界のようになっていました。私が登った当時は、一応車道(林道)はありましたが、上りと下りは一方通行でした。つまり、離合(すれ違い)もできないような狭い道しかなかったので、上りのときと下りのときは別の道を利用しなければならなかったのです。当時は、五家荘は泉村と呼ばれていましたが、小学校は村内に七つの分校がありました。集落が離れているため、遠くて子どもたちが通えないからです。しかし、その「消えがての道」も、もう誰からも歩かれることがなく草木の下に消えてしまったに違いありません。

佐野眞一は、『旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三』(文春文庫)のなかで、上記の『山の人生』の一節を引用して、次のように書いていました。

   柳田はこの大正天皇の御大典に、宮内書記官として、衣冠束帯の古式の礼装に威厳を正して列席した。高級官僚であると同時にわが国民俗学の創始者でもあった柳田は、公式の席に列しながら、天皇にまつろわぬ民である非定着民のサンカの動向も、鋭く視野にいれることを忘れなかった。


『山の人生』は大正15年に発表されたのですが、柳田国男はそれ以前に書かれた『遠野物語』や『山人考』などでも、「非常民」に関心を寄せていました。しかし、東京帝大出の高級官僚(今で言う”上級国民”)であった柳田は、栄達の階段を上るにつれ、天皇制国家にまつろわぬ「非常民」への関心を失っていくのでした。

  (略)最後は貴族院書記官長までのぼりつめた柳田は、大正八年に官職を辞したにもかかわらず、『山の人生』以後、非常民にはほとんどふれず、常民と天皇制の基盤をなす稲作の世界に、日本民俗学の方向を大きくリードしていった。
(同上)


もしかしたら、現天皇も柳田国男と同じような心の軌跡を歩んでいるのかもしれません。眞子さんもそうですが、自由がきかないというのはホントに不幸なことなんだなとしみじみ思えてなりません。皇室に不幸という観念が存在するのかどうかわかりませんが、眞子さんの結婚だって、人間には幸福を求める権利はあるけれど、でも、必ずしもそうはならない場合もある、思いもよらない苦労をするのも人生だと考えれば(そう自分の胸に手を当てて考えれば)、あんなに目くじらを立てることもないのです。
2021.04.24 Sat l 本・文芸 l top ▲
特措法改正で新設された「まん延防止等重点措置」がまったく効果がなかったとして、三度みたび緊急事態宣言が発令(発出)されることが決定されたようです。

報道によれば、今回は東京都と大阪府と京都府と兵庫県に発令される予定だとか。しかし、緊急事態宣言の期間は、過去の二度より短く、4月29日~5月9日のゴールデンウィークの間で、感染状況次第ではさらに1週間(5月16日まで)延長することを検討しているそうです。

一度目(2020年4月)は、東京・神奈川・埼玉・千葉・北海道が1ヶ月半、その他の府県が1ヶ月でした。二度目(2021年1月)は、首都圏の1都3県(東京都・神奈川県・千葉県・埼玉県)と、あとで追加になった大阪府・京都府・兵庫県・愛知県・岐阜県・栃木県・福岡県の7府県が対象でしたが、感染が収束しなかったため二度の延長が行われて、期間は最長で2ヶ月半でした。

過去の二度の緊急事態宣言と比べると、今回は極端に期間が短いのです。どうしてかと言えば、IOC(国際オリンピック委員会)のバッハ会長が来月の17日に来日する予定なので、それまでに解除したいという考えがあるからだそうです。バッハ会長の来日によって、開催の可否を最終的に協議する(と言うか、開催を最終的に決定する?)ので、そのスケジュールに合わせたのではないかと言われています。

つまり、今更言うまでもないことですが、新型コロナウイルスよりオリンピック開催が優先されているのです。国民の命と健康よりオリンピックが大事なのです。シロウト目で見ても、僅か10日かそこらで感染状況が好転するとはとても思えません。それでも菅総理の言う「人類がコロナに打ち勝った証し」としての開催にこだわるなら、(既に東京都はPCR検査や変異ウイルスのモニタリング調査をサボタージュしていると指摘されていますが)もはや数字のごまかしで感染状況の”劇的な改善”をアピールするしかないでしょう。もしかしたら、そういった”もうひとつのスケジュール”も同時進行しているのかもしれません。

くり返しますが、第四次感染拡大のさなかにあっても、オリンピック開催ありきでこと・・が進められているのです。まったく狂っているとしか思えません。こういう”狂気”に対して、左だけでなく右からも「憂国」「売国」「国辱」という声が出て来てもおかしくないのですが、不思議なことにそういう声はまったく聞こえてきません。在日に対するヘイトや中国の新疆ウイグルや尖閣の問題、あるいは小室さん問題にはえらく熱心ですが、オリンピック開催ありきの新型コロナ対策に対しては、まるで見ざる聞かざる言わざるのように反応が鈍いのです。

言うまでもなく、商業化したオリンピックによって、バッハ(IOC)はグローバル資本と利害を共有しています。彼がグローバル資本の代弁者であるのは明白で、開催強行はオリンピックに群がるグローバル資本の利益のために(と言うか、先行投資した資金を回収するために)開催国の国民の命と健康がなおざりにされる、資本主義の本性がむき出しになったどん欲で暴力的な光景以外のなにものでもありません。日本の政治家は、その買弁的な役割を担わされているのです。就任早々アメリカに朝見外交に出かけた菅総理が、いつになく卑屈で貧相な田舎オヤジに見えたのもゆえなきことではないのです。

しかし、買弁的なのは与党の政治家だけではありません。オリンピック開催について、立憲民主党の福山哲郎幹事長の発言が、下記の記事に出ていました。

Yahoo!ニュース
東スポWeb
3度目の緊急事態宣言発令へ…東京五輪開催めぐり野党に〝深刻な温度差〟

 立憲民主党の福山哲郎幹事長(59)は「コロナがなければオリンピックにネガティブだったわけではありません。それに対して政府が(五輪開催に)ハッキリとものを言わない状況で、開催に賛成か反対かと無責任にものをいうのは適切じゃない」とした。


社員350人のうち100人をリストラするという、前代未聞の経営危機に陥っている東スポの記事なのでどこまで信用できるかわかりませんが、もしこの発言が事実なら、こんな野党第一党はいらないと声を大にして言いたいです。
2021.04.21 Wed l 社会・メディア l top ▲
登山家として知られているイラストレーターの沢野ひとし氏の『人生のことはすべて山に学んだ』(角川文庫)を読んでいたら、「文庫版あとがき」で、若山牧水の『木枯紀行』を読んで「胸がぎゅっと捕らえられた」と書いていました。そして、沢野氏自身も、牧水が歩いた十一月の初旬に、十文字峠から栃本集落まで歩いたのだそうです。

『木枯紀行』は青空文庫に入っていますので、私も早速、kindleにダウンロードして読みました。

牧水は、旧梓山村(現長野県南佐久郡川上村)から地元の老人に道案内を頼み、十文字峠を越えて秩父の栃本へ下ったのですが、調べてみると、牧水が『木枯紀行』の旅をしたのは、関東大震災があった1923年(大正12年)です。38歳のときでした。しかも、牧水自身、当時住んでいた静岡県の伊豆で震災を体験しているのです。震災があったのは9月1日です。それから2ヶ月後、牧水は、「御殿場より小淵沢、野辺山、松原湖、十文字峠、秩父への約十五日間」(『人生のことはすべて山に学んだ』)の旅に出るのでした。

牧水は、栃本集落について、次のように書いていました。

  日暮れて、ぞくぞく(註・原文はくりかえし記号)と寒さの募る夕闇に漸く峠の麓村栃本といふへ降り着い た。 此処は秩父の谷の一番つめの部落であるさうだ。其処では秩父四百竃の草分と呼ばれてゐる旧家に頼んで一宿さして貰うた。
  栃本の真下をば荒川の上流が流れてゐた。殆んど真角に切れ落ちた断崖の下を流れてゐるのである。向う岸もまた同じい断崖でかえたつた山となつて居る。その向う岸の山畑に大根が作られてゐた。栃本の者が断崖を降り、渓を越えまた向う地の断崖を這ひ登つてその大根畑まで行きつくには半日かかるのださうだ。 帰りにはまた半日かゝる。ために此処の人たちは畑に小屋を作つて置き、一晩泊つて、漸く前後まる一日の為事をして帰つて来るのだといふ。栃本の何十軒かの家そのものすら既に断崖の中途に引つ懸つてゐる様な村であつた。


私も、雁坂トンネルができる前に、栃本には何度か行っています。雁坂嶺にも登ったことがあります。雁坂峠や十文字峠は、秩父と信州を結ぶ秩父往還の道にある峠で、昔の人たちはこの標高2千メートル近くある峠道を交易路として行き来していたのです。

同じ道を歩いた沢野氏は、次のように書いていました。

  牧水が歩いた十一月の初旬にあわせて十文字峠から栃本とちもとまで約十六キロ。軽いザックを背に歩いてみた。一里ごとに観音様があり、手を合わせてお賽銭さいせんを置く。視界がないうっそうとした原生林の中をひたひたと歩くとやがてバス停の二瀬ふたせに出る。そして秩父鉄道の三峰みつみね口に着く。
  牧水の文庫本をポケットから時折取り出し、大きく溜息ためいきを吐く。牧水は登山家よりはるかに足腰が強い。中途半端な気持ちで来たことを反省していたが、あらたな山旅を発見した。
(『人生のことはすべて山に学んだ』)


牧水は、生前、日本の至るところを旅しています。それも、多くは街道ではなく山道を歩く旅です。そして、旅の途上で多くの歌を詠んでいたのでした。

『木枯紀行』のなかで、私が好きな歌は次の二首です。

  木枯の過ぎぬるあとの湖をまひ渡る鳥は樫鳥かあはれ

  草は枯れ木に残る葉の影もなき冬野が原を行くは寂しも

牧水は、その2年前には上高地にも行っていました。上高地から飛騨高山に下っているのですが、その際、焼岳にも登っていました。

旅と歌は切っても切れない関係にあったのでしょう。昔の歌人はよく旅をしていたようです。それも今風に言えば、ロングトレイルと言うべき道を歩いています。

九州の久住(くじゅう)連山の麓にある私の田舎にも、与謝野鉄幹・晶子夫妻が訪れ、歌を詠んでいます。また、山頭火も放浪の旅の途中に立ち寄っていることが、『山頭火日記』に記されています。『山頭火日記』では、私の田舎について、子どもたちは身なりは貧しいが道で会うとちゃんと挨拶するので感心した、というようなことが書かれていました。

『木枯紀行』を読んで、私も、栃本集落から雁坂峠や十文字峠を越える道をもう一度歩いてみたいとあらためて思いました。ただ、何度も同じことを書きますが、そう思うと、どうしても今の膝のことが頭を掠め、暗い気持にならざるを得ないのでした。


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2021.04.18 Sun l 本・文芸 l top ▲
「内親王」の身位にある眞子さんの結婚が、まるで芸能人のスキャンダルのように、ここまで下世話な話になってしまったことに対して、この国の天皇主義者はどう考えているんだろうと思うことがあります。

小室圭さんが、いわゆる母親と元婚約者との間の金銭問題について、28ページに及ぶ文書を公表したことで、再びメディアの恰好の餌食になっています。また、文書を公表した4日後、代理人が小室さん側が400万円だかの「解決金」を元婚約者に渡す意向だと表明したところ、さらに火に油を注ぐ結果になり、もはやサンドバッグ状態になっています。もっとも、メディアは最初からバッシングありきなので、何をやっても何を言っても叩かれるのは目に見えているのです。

腹にいちもつのタレント弁護士が、法曹家の文章としては「ゼロ点だ」などと偉そうなコメントを発したかと思えば、ただ口が達者なだけのお笑い芸人やタレントたちが、文字通り風にそよぐ葦とばかりに、「違和感を覚える」「心がこもってない」などと低劣なバッシングの先導役を買って出ているのでした。

貰ったのか借りたのか以前に、たかが数百万円で済む話なのに、どうしてそれで解決しようとしないのか、大きな疑問がずっとありました。今回あきらかになったのは、どうやら眞子さんの側がお金で解決することを望まなかったみたいです。下々の人間には伺い知れない皇室の尊厳みたいなものが関係しているのかもしれません。そのため、小室さんは自縄自縛になった。そこを世故に長けた元婚約者やメディアに、いいように突かれたと言っていいでしょう。

元婚約者が今も住んでいるのかどうかわかりませんが、小室さん親子や元婚約者が住んでいたマンションは、私の住居と同じ駅にあり、一度だけSPをひきつれた小室圭さんが駅から出てきたのを見かけたことがあります。駅前にパトカーが停まって、警察官が舗道に立っていたのでなんだろうと思っていたら、小室さんが勤務先から帰って来るところだったのです。

同じ町に住む人間から見れば、小室さんだけでなく、元婚約者についても、その気さえあればいくらでも取材できたはずなのに、どうして取材しなかったのか、不思議でなりません。一連の報道のなかでは、もう一方の当事者である元婚約者がどんな人物なのか、肝心要なことがすっぽり抜け落ちているのでした。

最初は老後のお金を貸したので生活費にもこと欠いて困っていると言っていたのですが、その後はお金を返して貰おうとは思ってないと「発言」が変わっています。じゃあ、どうしたいのか? どうすればいいのか? 今ひとつわかりません。そもそも小室さんの婚約発表に合わせて、まるでタイミングをはかったかのように金銭問題をメディアにリークしたのは、ほかならぬ元婚約者なのです。だからと言って、金銭問題で訴訟を起こしているわけではありません。もう関わりたくないと言いながら、バッシングが激しくなると、「発言」というかたちでメディアに登場するのでした。

何度も言いますが、男と女の間には、第三者にはうかがい知れないデリケートな部分があるのは言うまでもないことです。別れたからお金を返せというのは、普通は「最低」と言われても仕方ないでしょう。でも、誰もそうは言わないのです。それどころか、”かわいそうな被害者”みたいな扱いになっているのです。もしかしたら、小室さん親子が身動きできないのをいいことに、嫌がらせをしているだけなのかもしれないのにです。愛が憎しみに変わるというのはよくある話ですが、況や老いらくの恋においてをやでしょう。

「発言」なるものも、その多くは代理人から伝えられるものです。いつもならあることないこと書き散らしてもおかしくないのに、何故かメディアに出て来るのは、フリーライターだとかいう代理人をとおした「発言」だけです。

立場が違うとは言え、あれだけ小室さん親子について微に入り細に渡って報道するのなら、元婚約者についても取材しなければあまりに公平さを欠くと言わざるを得ません。しかも、最初から小室さんの主張はウソで、元婚約者の主張がホントと決めつけられているのです。まるで小室さん親子が結婚詐欺師か美人局であるかのような言い方です。しかも、多くの国民はそんなメディアの報道を真に受けて、バッシングに同調しているのです。ネットには、小室さん親子の背後で闇の勢力が(日本の皇室を乗っ取るべく?)糸を引いているなどというQアノンばりの陰謀論まで登場する始末で、もはや集団ヒステリーの様相さえ呈しているのでした。

ただ、今回の文書について、宮内庁の西村長官が、「非常に丁寧に説明されている」、金銭問題の対応の経緯を「理解できた」、「静かにお見守りしていきたい」と感想を延べたことをみてもわかるとおり、文書の公表や「解決金」の支払い(元婚約者がごねてすぐに受け取らない可能性もありますが)が結婚に向けての地ならしであることは間違いないでしょう。なんだか世間の人間たちに比べると、「カゴの鳥」の監視役である宮内庁の元警察官僚の方がマトモに見えるくらいです。

それにしても、メディアに煽られたとは言え、皇族の自由な恋愛&結婚に対して、「オレたちの税金で」という上から目線と、一方で言いがかりとしか思えない非現実的な潔癖性を求める(芸能人の不倫に対するのと同じような)あまりに性悪で冷淡な反応を見るにつけ、私には、ゲスの国民たちが自分のことを棚に上げて、時代にそぐわなくなった天皇制をいいように弄んでいるようにしか思えないのです。要するに、「カゴの鳥」は「カゴの鳥」らしくしろ、「カゴの鳥」にはそれにふさわしい結婚があるだろうということでしょう。眞子さんだけでなく、佳子さんもそうですが、そんな時代にそぐわなくなった天皇制に縛られる若い皇族たちはホンマに!?気の毒だなと思えてなりません。


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眞子さんに対する中傷
2021.04.14 Wed l 社会・メディア l top ▲
ミャンマー国軍による市民への弾圧は、日に日にエスカレートする一方です。クーデターの犠牲者は10日までに700人を超えたと言われています。迫撃砲やロケット弾を使って市民を虐殺しているという話も伝わっており、もはや常軌を逸した虐殺行為と言っても過言ではないでしょう。

ビデオニュースドットコムにリモート出演したヤンゴンの反対派市民は、兵士たちは麻薬や酒を与えられて弾圧行為を強いられていると言っていました。また、兵士たちが命令に背かないように、家族が半ば人質のようになっているとも言っていました。

ビデオニュースドットコム
マル激トーク・オン・ディマンド (第1044回)
ミャンマー危機における日本の責任を考える

もともとミャンマーの国軍は、設立以来、常に国内の少数民族の武装組織やビルマ共産党の掃討作戦を続けており、国軍は国防より警察と一体化した治安組織としての性格の方が強いそうです。そのため、国民に銃を向けるのもそんなに抵抗はないと言われています。

狙撃兵が道端で遊ぶ子どもを狙って撃ったり、アトランダムに民家に銃弾を撃ち込んだり、あるいはいきなり民家を襲撃して片端から若者を連行するなどという行為も行われているようです。連行された若者は、日本円で3万円とか5万円を払うと釈放されるという話もあるのだとか。このように狂気と化した国軍や警察によって、暴虐の限りが尽くされているのです。

上智大学の根本敬教授は、番組のインタビューで、国軍の経済利権について、国防省兵站部国防調達局という国防省内の一部局が2つの持ち株会社を所有しており、その2つの持ち株会社の下に150以上の大手企業が連なり、国軍はそれらから株主配当金を吸い上げるシステムになっていると言っていました。しかも、その株主配当金は非課税の上非公開なので実態は闇の中だとか。一説には、ミャンマーの国防予算の2500億円を上回る金額が上納されているという話もあるそうです。もちろん、その一部は国軍の幹部たちのポケットマネーにもなっているのです。

しかし、ミャンマーに対して最大の援助国であり、しかも、国軍と太いパイプがある(密接な関係がある)日本政府は、欧米とは歩調を異にし依然として制裁には消極的です。日本が援助を凍結すると、ミャンマーに経済的な空白が生じ、その間隙を突いて中国が進出してくるという、ネトウヨでおなじみの「中国ファクター」がその理由です。そのため、G7に参加する主要先進国として、一応クーデターを非難する声明は出すものの、制裁などに踏み切るつもりはなく、かたちばかりの声明でことを済まそうとする姿勢が見えると根本教授も言っていました。

前の記事でも書きましたが、ミャンマーに進出している日系企業は2020年末の時点で、433社に上るそうです。そのなかには、丸紅や三菱商事、住友商事、イオン、KDDIなど、日本を代表する大手企業も入っており、それらの多くは、何らかのかたちで、国防調達局傘下の持ち株会社に連なる会社と合弁事業を行なっています。そうやって”狂気の軍隊”を経済的に支えているのです。

国軍がやっていることはどう見ても戦争犯罪としか言いようがありません。だとしたら、”援助”の名のもとに彼らを経済的に支える日本政府や日本企業も、「人道に対する罪」は免れないように思います。

かつての宗主国であり、そして現在、最大の援助国として経済的に密接な関係のある日本は、間違っても傍観者の立場などではあり得ないのです。

JIJI.COM
NGOがユニクロ告発 ウイグル強制労働めぐり―仏

昨日、「中国・新疆ウイグル自治区での人権問題をめぐり、ウイグル族を支援するフランスのNGOなどは(略)、少数民族の強制労働で恩恵を受けているとして、人道に対する罪の隠匿の疑いで『ユニクロ』の仏法人を含む衣料・靴大手4社をパリの裁判所に告発した」という記事(上記)がありましたが、市民を虐殺するミャンマー国軍を経済的に支える日本企業に対しても、もっときびしい目を向ける必要があるでしょう。


追記:
根本敬教授らが、ミャンマーの民衆を支援するクラウドファンディングを立ち上げています。主催者は、「たとえ少額でもミャンマー市民への力強い応援歌になる」と支援を呼びかけています。また、発起人の今村真央山形大教授は、「かつての弾圧時にはなかったネットを味方に付け、民主主義を求めるミャンマーの人々を支えたい」とプロジェクトの目的を述べていました(朝日新聞デジタルより)。

緊急支援:クーデター下のミャンマー市民へ医療・食料支援を。
https://readyfor.jp/projects/justmyanmar21
2021.04.12 Mon l 社会・メディア l top ▲
山に生きる人びと


膝の具合ですが、その後、3回水をぬいてその都度ヒアルロン酸を注入しています。しかし、いっこうに改善の兆候はありません。ドクターも「もう水はたまってないと思っていたんですがねえ」と首をひねっていました。こんな調子ではいつ山に行けるようになるのかわかりません。そう思うと暗い気持になります。

だからというわけではないですが、民俗学者の宮本常一の『山に生きる人びと』(河出文庫)と柳田国男の『山の人生』(角川ソフィア文庫)を買って、山に思いを馳せながら、再び読み返しています。いづれもまだ20代の頃、友人と二人で、テントを担いで二泊三日で熊本の五家荘を縦走した際に読んだことがあるのですが、細かい部分はもう完全に忘れています。『山の人生』はkindleにも入っていますが、やはり紙の本でないとなかなか読む気になれず、そのままにしていました。

今、『山に生きる人びと』を読み終えたばかりですが、同書の冒頭は、次のような文章ではじまっています。尚、同書の単行本が刊行されたのは1964年です。

  山中の道を歩いていて、いったいここを誰が通ったのであろうと思ってみることがある。地図にも出ていない道であるのだが、下草におおわれながらもかすかにそこを何人かの人が通りすぎたあとがのこされている。人の歩いた部分はややくぼんでいて、草も生えていないか、生えていても小さい。木も道の上の空間はそれほど枝をさしかわしていない。といって一日に何人ほどの人が通るのであろうか。そういう道を歩ていると草が茂り木が茂って、とだえてしまっていることも多い。それからさきは人も行かなかったのであろうか。それとも雑木や雑草がうずめつくして通ることすらできなくなってしまったのであろうか。
  こうした道はまたどうしてひらいたものであろうか。古い道のなかには獣の通ったあとを利用したものもすくなくなかったようである。
  山の奥のどんづまりの部落でそれからさらに山中にはいり、峠をこえて向う側へ出ようとする道をたどろうとするとき、「どこそこからウサギ道になるから気をつけて行け」などと教えてくれることがある。ウサギ道とかシシ道というのが山の中にはあったうようで、山の中を往来する獣はおのずから道を定めてそこを通った。
(略)
  古い時代には野獣の数はきわめて多かった。そしてそれらが山の中を往来することによっておのずから道はできたわけであろう。その道を人もまた利用したのである。


今、私たちが登山と称して歩いている道のなかには、そんな古の道もあるのかもしれません。しかし、そこにはロマンなどとは別に、山に生きる(生きざるを得ない)人々の並大抵ではないつらい生活の現実があったのです。

著者の宮本常一が、戦前(昭和16年12月)、愛媛県小松から高知県寺川に行く山中で、ひとりの「レプラ患者」(註:ハンセン病のこと)の老婆に会ったという話には身につまされるものがありました。「ぼろぼろの着物を着、肩から腋に風呂敷包をかけていた。杖をついていたが手に指らしきものはなかった」老婆は、阿波(徳島県)から来て、伊予(愛媛県)の知り合いのところに行くのだと言う。どうやって来たのか訊くと、「四国には自分のような業病の者が多く、そういう者のみが通る道があって、それを通ってきた」と言っていたそうです。著者は、「阿波から石鎚山の東まで山道をよぼよぼ歩いて、五日や六日の日はかかったであろう。どこで泊って何を食べてきたのであろうか」と書いていました。

あとで泊めてもらった農家の人にその話をしたら、山中には「カッタイ道」というのがあって、「カッタイ病の者はそういう道を歩いて行き来している」と言われたそうです。

本書は、そういった山間に行き交う人知れぬ道とともに、長年のフィールドワークの賜物である、「狩人」「杣(そま)」「木挽」「木地屋」「鉄山師」「炭焼き」などの一所不在の人生を生きる人々の山の暮らしの様子が、エッセイ風に綴られていました。

私は山国育ちなので、私の原風景は山です。子どもの頃、見晴らしのいい峠に立って、彼方に見える尾根の先に思いを馳せ、いつかあの尾根を越えて行ってみたいと思っていました。

『山に生きる人びと』によれば、山奥で木地や杣(木こり)や狩猟のような山仕事と焼畑農業で生計を立てていた人々の多くは、里から山奥に入ったのではなく、多くは山を越えてやって来たのだそうです。だから、麓で稲作農業をしている里人たちとは没交渉だった場合が多いのだそうです。オーバーな言い方をすれば、別世界の人々だったのです。

たとえば、長野県下伊那郡上村下栗のごときもその一つである。この部落は遠山川の作った峡谷の上の緩傾斜にあるが、下の谷から上って村をひらいたものではなく、東の赤石山脈の茶臼岳をこえて、大井川の方からやって来たものであるという。


ちなみに、赤石山脈とは今で言う南アルプスのことです。茶臼岳はそのなかにある標高2,604mの山です。

(略)山中の村で奥から川や箸や椀が流れて来たのでいって見るとそこに村があったという話は八岐大蛇伝説のほかに広島、島根県境の村や、滋賀県山中できいたことがあるが、これらも山の奥は谷口の方からではなく、山の彼方から来て開いたもののあったことを物語る例であろう。このように山中には水田耕作をおこなわず、定畑や焼畑耕作によって食料を得ていた集落が、私たちの想像をこえたほど多かったのではなかろうか。


そういった一所不在の漂泊の民が通る道が、街道のような表の道とは別に山のなかに存在していたのです。

余談ですが、子どもの頃、父親と久住(九重ではありません!)の山に登ったとき、頂上から「あれが法華院だ」と言って父親が指差した先に、豆粒ほどの小さな建物がありました。法華院温泉の住所は、登山口と同じ久住町有氏(現竹田市久住町有氏)でしたので、父親の知り合いもいたみたいです。

今は、九重町(ここのえまち)の長者原まで車で行って、モンベルもあるような観光地化された長者原から徒歩で行くのが当たり前みたいになっていますが、同じ郡内からは、法華院温泉は山を越えて行くところだったのです。事実、江戸時代までは、法華院は竹田の岡藩の国境警備を兼ねた祈願所でもあったそうです。国境は山を越えた先にあったのです。山を越えるというのは、昔は当たり前のことだったのです。

そう言えば、前も書きましたが、秩父困民党の落合寅市は、明治政府からの弾圧を逃れるために、いったん高知県に逃亡した後、雁坂峠を越えて再び秩父に戻っていますが、おそらく官憲が把握し得ない山道を利用していたのでしょう。落合寅市だけでなく、幹部たちも信州や甲州や東京に潜伏しているところを捕えられています(なかには北海道まで逃走した幹部もいました)。官憲の目が光る街道ではなく、山の人間しか知り得ない逃走ルートが存在したのは間違いないでしょう。

秋田県檜木内(旧秋田県仙北郡檜木内村)にいた山伏は、「生涯に二度ほど熊野へまいったそうで」、その際「山から山へわたり歩いて熊野へ行った」のだとか。「羽黒に属している山伏は羽黒へ、熊野に属している山伏は熊野へ、一生のうち何回かは往復し、また高い山々の峰駆けもしている」のだそうです。

吉野(吉野山・大峰山)というのは、今の奈良県です。羽黒(羽黒山)は山形県の鶴岡市にある山です。今風に言えば、秋田から奈良まで山から山を伝ってトレランで往復したのです。

『山に生きる人びと』には、文政期(1800年代)、若い頃に東北への旅に出て、以後76歳で羽後(現秋田県)で客死するまで、郷里の三河(現愛知県)に戻ることのなかった菅江真澄という人が、旅の途中に郷里の知人に送った手紙が1年後返信されて戻ってきた話が出ていましたが、その「通信伝達の役目をはたした」のも山伏だったそうです。

ちなみに、山伏のなかには、麓の里から山麓の村まで物資を運ぶ「荷物持ち」(歩荷)のアルバイトをしていた者もいたそうで、「一人で二三~四貫の荷を背負った」ケースもあったと書いていました。1貫は3.75kgですので、86kg以上になります。前に甲武信ヶ岳から国師ヶ岳を縦走して大弛峠に下りて来たハイカーが背負っていたザックが20kgあるとかで、それを試しに背負わせて貰ったことがありました。よくこんな重いものを背負って山を越えて来たもんだなと感心しましたが、昔の山伏はその4倍以上の荷物を背負って山を登っていたのです。それにつけても、いくら乱暴に歩いたとは言え、たかだか6kgあまりのザックを背負い10キロちょっとの山道を歩いただけで、膝に水がたまって歩くのもままならなくなっている私は、なんと軟弱なんだとあらためて思わざるを得ません。

でも、「山に生きる」ということは、きびしい条件下における艱難辛苦に満ちた生涯であったことは想像に難くありません。落人伝説で語られる山の生活にしても、「世間の目をのがれて、きわめてひっそりと生きて来た」ようなイメージがありますが、実際は「決して安穏なものではなく、むしろそこにはたえず闘争がくりかされていた」そうです。平野部の「政治闘争」(領土争い)に果敢に参加した資料も残されているのだとか。「平野に住む農民たちよりはるかに荒々しい血をもっていたのではないかと思われる」と書いていました。

  元来稲作農民は平和を愛し温和である。日本文化を考えていくとき、平和を守るためにあらゆる努力をつづけ工夫したあとが見られる。にもかかわらず、一方には武士の社会が存在し、武が尊ばれている。しかもその武の中には切腹や首斬りの習俗が含まれている。それは周囲民族の中の高地民の持つ習俗に通ずるものである。それで武士発生の基盤になったものは狩猟焼畑社会ではなかったであろうかと考えるようになって来た。九州の隼人も山地の緩傾斜面で狩猟や焼畑によって生計をたて、関東武士も畑作(古くは焼畑が多かったと見られる)のおこなわれた山麓、台地を基盤にして発生しているのである。


著者は、「試論の域を出ない」と断った上で、このように書いていました。もとより、条件のきびしい山奥で生活するには、「荒々しい血」をもっていなくてはとても生き延びて行けないでしょう。

『山に生きる人びと』を読み返すにつけ、そんな古の人々に思いを馳せ、もう一度山道を歩いてみたい、特に子どもの頃の思い出のある故郷の山をもう一度歩いてみたいという思いを強く持ちました。ただ、一方で、今の膝の状態を考えると、よけい暗い気持にならざるを得ないのでした。
2021.04.08 Thu l 本・文芸 l top ▲
東京オリンピックの聖火リレーが、3月25日から7月23日までの日程で、福島県の楢葉町及び広野町のJヴィレッジでスタートしました。Jヴィレッジというのは、東京電力によって原発建設の地域対策事業の一環として造られた全天候型のスポーツ施設です。その原発関連の施設から「復興五輪」を掲げて聖火リレーがスタートしたのです。原発事故で生活も人生も乱わされた(くるわされた)地域の人たちはどんな思いで、この「復興」の文字を掲げたセレモニーを見たのでしょうか。

早速メディアは、聖火ランナーに選ばれた震災で家族を亡くした男性が、亡き家族への思いを託して笑顔で走った、などという美談を報じています。主要な新聞社やテレビ局は、メディア委員会などに属するスポンサー企業なので、ここに来て開催ありきの本音を臆面もなく出し始めた感じです。

でも、一方で、変異ウイルスを中心にした感染拡大が止まりません。”第四次感染拡大”の懸念さえ出始めています。

このブログでも紹介した『感染症の世界史』の著者・石弘之氏は、下記のインタビュー記事で、「新型コロナウイルスはRNAウイルスという種類で、変異を起こしやすいタイプなので、大変なことになるかもしれない」と考えていたそうですが、実際そのとおりになりつつあります。

カドブン
人類史が教えるパンデミック収束の道筋と、コロナ後の世界

また、石氏は、次のように語っていました。

石:今回の新型コロナウイルスが収まっても、中国奥地に生息する自然宿主のコウモリには数百種のコロナウイルスの変異株が見つかっているそうです。そのなかには次の出番を待っているものがいるかもしれません。次の感染症に備えることも大切だと思います。

 もうひとつ気がかりなのは、私の友人で新型コロナウイルスに感染した人がいるのですが、7ヵ月後に再検査したら抗体がまったく消えていたそうです。ワクチンが普及してもどれだけ効果が持続するのか。ちょっと心配になります。


それに、ワクチンは毎年打たないと効果が持続しないという話もあります。インフルエンザなどを見てもわかるように、次々変異株が出て来るので、それに合わせたワクチンを定期的に接種する必要があるというのは、素人でも理解できます。

また、たまたま現在、私は膝痛でヒアルロン酸を注入されていますが、ヒアルロン酸は、ワクチンの代表的な副作用であるアナフィラキシーショックを起こしやすいと言われています。実際に、ヒアルロン酸の副作用に「アナフィラキシーショック」の記載がありました。膝痛のおっさんだけでなく、美容外科で皺取りにヒアルロン酸を使っている美魔女も要注意でしょう。

そもそも、日本のワクチンの接種率は、まだ1%にも満たないのです(3月26日現在0.03%)。

そういった現実を考えれば、オリンピック開催は狂気の沙汰のようにしか思えません。このまま開催に突っ走れば、間違いなくこの国は、その愚鈍ぶりを世界に晒すことになるでしょう。ざまあみろと言いたいところですが、もちろん、社会の一員である限り、無関係で済ますわけにはいかないのです。感染の恐怖を抱きながら、これからも正しく怖れていかなければならないのです。自分の身は自分で守るしかないのです。

自治体の長たちも、連日、飲食店の時短営業の延長や不要不急の外出自粛の要請など、感染拡大の危機感の共有を訴えていますが、しかし、不思議なことに、誰ひとり開催反対を表明する者はいません。不要不急の外出を控えるようにと言いながら、聖火リレーはマスクもしないランナーたちによって、天下の公道で堂々と行われているのでした。

国家が行うことに対して、野党も自治体の長もメディアも誰ひとり反対する者がいない。「オリンピックなんてやってる場合じゃないだろう」と誰も言わない。これこそ”プチ全体主義”と言えるのではないか。中国やロシアの全体主義を批判する資格はないのです。

新型コロナウイルスで一抜けた(と主張する)中国は、未だコロナ禍の真っ只中で右往左往している世界を尻目に、中華思想の再来を彷彿とするような覇権大国への道を突き進んでいます。既に香港やミャンマーで全体主義=社会帝国主義の影響力の行使がはじまっています。それは、おぞましいとしか言いようのない光景です。

一方、香港やミャンマーに対する米欧西側諸国の対応は誰が見ても心許ないものです。日本に至っては、米欧が提唱する中国への制裁について二の足を踏んでいるようなあり様です。ミャンマーについても、戦争中のいきさつから日本政府は国軍と密接な関係にあり、制裁に後ろ向きだと言われています。過去の軍政下においても、欧米が制裁に舵を切るなかで、日本政府は一貫して経済的な支援を行い、軍政を支えてきたのでした。ジェトロ(日本貿易振興機構)によれば、2020年末の時点でミャンマーに進出している日系企業は433社に上るそうです。しかも、その多くは国軍の経済的利権の根っこにある国軍系企業と合弁事業を行っています。しかし、今回のクーデターで国軍系企業との取引きを見直すと表明したのは、キリンビールだけです。日本は、実質的には国軍を支援する中国やロシアと同列なのです。日本のメディアが心配するのも、民衆への弾圧よりも、制裁によって、日系企業がビジネス上の被害を蒙るのではないかということです。挙句の果てには、曖昧な立場だからこそ、国軍と欧米を仲介する役割を期待できるなどと言い出す始末です。

西側諸国の対応が心許ないために、香港やミャンマーの民衆の抵抗運動は孤立し、独裁権力の弾圧のなかで苦闘を強いられています。そのために、悲劇はどんどん増すばかりです。それどころか、国軍のクーデターに抗議の声を上げる在日ミャンマー人たちに対して、ネトウヨや自粛厨は、「コロナ禍で迷惑だ」「ミャンマーに帰れ」などと罵声を浴びせているのでした。

全体主義に対して全体主義で対抗する。トランプ政治であきらかになった”全体主義の時代”がポストコロナの世界の主流となるのは、もはや既定路線のようになっています。

コロナ禍において「ファシスト的公共性」を希求する大衆の心情が(みずからの基本的人権を何のためらいもなく国家に差し出す大衆の”動員の思想”への回帰が)、このような流れを作り出しているのは否定し得ない事実でしょう。

ただ、こういった国家に依存した”全体主義の時代”は両刃の剣でもあるのです。今回のコロナ禍で露わになったように、盤石だったと思われていた国家が機能不全に陥ることだってあるのです。

斎藤幸平は『人新生の「資本論」』(集英社新書)で次のように書いていました。

    (略)危機の瞬間には、帝国的生活様式の脆弱さが露呈する。実際、コロナ感染の第一波が襲った瞬間、先進国では、マスクも消毒液も手に入らなかった。安くて、快適な生活を実現するために、あらゆるものを海外にアウトソーイングしてきたせいである。
   また、SARSやMERSといった感染症の広がりが、遠くない過去にあったにもかかわらず、先進国の巨大製薬会社の多くが精神安定剤やED(勃起不全)の治療薬といった儲かる薬の開発に特化し、抗生物質や抗ウイルス薬の研究開発から撤退していたことも、事態を深刻化させた。その代償として、先進国の大都市は、レジリエンス(障害に直面した際の復元力)を失ってしまったのだ。


そして、「こうした問題は、『価値と使用価値の対立』として、マルクスが問題視していた事柄にほかならない」と書いていました。

資本の価値増殖のために、本来の人間の経済活動の目的であった使用価値は価値に従属されるようになったのです。国家をリバイアサン(怪物)と呼んだのはホッブスですが、資本主義社会では資本こそがリバイアサンなのです。その最たるものがネオリベラリズムでしょう。ネオリベは、みずからの出自である国民国家さえ足手まといだと言わんばかりに飛び越えて、世界市場で文字通り野蛮なリバイアサンとして、価値増殖の猛威を振るうようになったのでした。

つまり、斎藤幸平のことばを借りれば、非合理的な資本主義社会では、「命を救う」ワクチン(使用価値)より儲かるEDの薬(価値)が優先されるのです(ただ、今回のパンデミックでは、開発競争を制したファイザーやモデルナ、アストラゼネカなどの世界的医薬品メーカーは、莫大な利益=価値を手にすることになりました。ちなみに、ワクチン1回分の売価は、1400円〜1600円と言われています)。

もとより、今回のオリンピック開催においても、「価値と使用価値の対立」が露わになっているように思えてなりません。国民の健康より、オリンピックに商業的な利益(=価値増殖)を求める資本の都合が優先されるのです。オリンピックに先行投資した彼らにとって、やめるなんてあり得ない話でしょう。これこそ資本の野蛮な性格が如実に表れているように思います。もちろん、そのなかには、新聞社やテレビ局などのマスメディアも含まれています。だからよけいタチが悪い。

斎藤幸平は、「『コミュニズムか、野蛮か』、選択肢は二つで単純だ!」と書いていましたが、ここで言う「コミュニズム」というのは、脱成長を前提にした自治管理や相互扶助に基づいた社会のことで、間違っても、中国のような人民の一挙手一投足が徹底的に管理されたディストピアのような(”思想の生産力主義”に呪縛された)社会のことではありません。

でも、前も書きましたが、私はきわめて悲観的です。ポストコロナの世界は、やはり、全体主義で全体主義に対抗する、”全体主義の時代”が私たちの頭上を覆うような気がしてなりません。


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感染症の世界史
2021.03.27 Sat l 社会・メディア l top ▲
他人の膝痛などあまり関心はないかもしれませんが、今日、再び近所の整形外科に行きました。痛みがいっこうに改善しないからです。

診察した結果、やはり水がたまっていると言われました。そして、水を抜いたのですが、ただ、量は前回の半分くらいだと言っていました。

膝の裏が痛いとか座っているときや寝ているときに痛いとか言うのではなく、歩くときに体重がかかったら痛い、それも膝の前下が痛いと言うのであれば、「変形膝関節症」や「半月板損傷」などではなく、やはりオーバーユースが原因だろうと言っていました。

それに、関節砲のなかの水(関節液)も前回より減っているので、改善の兆候はあると言われました。

そして、水を抜いたあと、前回と同じヒアルロン酸のアルツディスポ関節注25mgを注入されました。また、今回は、痛み止めのテープとともにあらたに飲み薬と胃薬を処方されました。これで痛みがいくらでも改善されることを願うばかりです。

ただ、これで服用する薬は、花粉症の薬を入れると6種類、花粉症を除いても5種類になります。飲み薬以外に、花粉症の点眼薬と鼻炎薬、それに今回の鎮痛・抗炎症剤の貼り薬(テープ)があります。なんだか年齢ととももに、段々薬漬けになっていくような気がしてなりません。

前に高校時代の同級生と食事に行ったとき、食後、同級生がやにわにテーブルの上に薬を並べ、ひとつひとつ飲み出したのを見て笑ったのですが、もう他人事ではなくなってきました。

余談ですが、先日、地元にいる高校時代の同級生から突然電話がかかってきました。電話に出ると、「おおっ、生きているか?」と言われました。電話の向こうからは、「ハハハ」という奥さんの笑い声が聞こえてきました。

何でも千葉でひとり暮らしをしていた同級生が孤独死したのだそうです。よくわからない話ですが、「血がつながってない娘」が訪ねて来て遺体を発見したのだとか。それで、ひとり暮らしをしている私に電話をかけてきたようです。

私自身、亡くなった同級生とはほとんど交流はなかったのですが、毎年1回は親の墓参りのために九州に帰省していて、既に親も亡くなって実家がないので、ホテルに泊って、親しい同級生と会っていたみたいだと言っていました。「そういったところもお前とよく似ているからな」と言われました。

私は、若い頃何度も入院した経験があるし、親戚に医療関係者が多いということもあって、病院の敷居は低く、なにかあるとすぐ病院に行くクセがあります。そのため、どうしても服用する薬が多くなるのでした。ちなみに、手持ちの診察券を数えたら8枚ありました。

今日、病院の近くの処方薬局に行って薬ができるのを待っていたら、70歳をとうに越えたような婦人がやって来ました。受付で処方箋を出した際、「お薬手帳は持っていますか?」と訊かれていましたが、どうやらお薬手帳は持って来てないみたいでした。すると、そのあと、受付の女性が老婦人のもとにやって来て、「保険証を見せていただけますか?」と言っていました。老婦人は、「3年ぶりですからね」と言って、笑いながらバックのなかから保険証を出していました。

私は、その様子を横目で見ながら、「3年ぶりって凄いな」と思いました。もちろん、ほかの薬局に行っていたのかもしれませんが、その年齢でもし3年間医者にかかってなかったとしたらたしかに凄いことです。私などには考えられません。

年をとって病院に行くと、文字通り「ドツボにはまる」ようなところがあります。病院は「もう来なくて大丈夫ですよ」とは決して言わないのです。かかりつけ医があるにもかかわらず、時間の都合でほかの病院を受診し、かかりつけ医で看てもらっているからと言ったにもかかわらず、再来を指示され、再び受診したらかかりつけ医と同じ薬を処方された(しかもひと月分)ということがありました。

どう考えても重複しているのです。意地悪な解釈をすれば、”患者を奪う”ような意図さえ感じました。それで、処方箋を無視して、以後その病院に行くことはありませんでした。医療費の増大のひとつの側面を垣間見た気がしました。

私は、今回膝痛を経験するまで知らなかったのですが、整骨院などは保険適用にきびしい条件が課せられているようです。健康保険が適用されるのは、急性期の外傷性の負傷に限られ、しかも、骨折や脱臼などは医師の同意が必要なのだそうです。また、同じ負傷で整形外科や外科で治療を受けたあとに、整骨院や柔道整復師に「重複並行的」にかかった場合、保険が適用されず全額自己負担になるそうです。

そのため、整骨院などは、経営上、自由診療の体制に移行するのが急務だと書いていました。整骨院に行くと、回収券の購入を勧められるという話も聞きますが、そうやって携帯のキャリアと同じように患者の囲い込みが行われているのでしょう。ひとつの部位の施術に行ったのに、いろんな部位は関連しているからと言われて、ほかの部位の施術も行われるのを「部位回し」と呼ぶのだそうですが、患者の安易な”治療院巡り”だけでなく、そういった業界の姿勢も医療費の抑制をめざす厚労省に目を付けられたのかもしれません。

私が住んでいる街の駅前通りは、美容院とドラッグストアが異常繁殖しています。美容院の乱立によって、昔ながらの理髪店の廃業が相次ぎ、理髪店はもう残り僅かになりました。理髪店には1980円のような安売りの店もありますが(私が行っているのは3700円)、美容室にもそれと同じか、それ以上に安い店もあるみたいです。店のなかを除くと、頭の禿げた爺さんが椅子に座って順番を待っていたのでびっくりしました。私などの感覚では、頭の禿げた爺さんが美容院(昔のパーマ屋)に行くなんて考えられないことです。

しかし、駅前通りに異常繁殖しているのは、美容院とドラッグストアだけではありません。整骨院も同じです。そこには、膝や肩や腰の痛みに悩む老人たちが多くなった高齢化社会の背景があるからでしょう。それは、テレビ通販のサプリや健康食品の増殖と軌を一にしているように思います。階段を下りるのも手すりを持ちながら危なっかしい足取りでしか下りられなかったのに、サプリを飲んだ途端、孫と一緒に公園を走りまわるようになったというCMが象徴するように、高齢化社会における”痛みの市場”は私たちが想像する以上に大きいのでしょう。

飲み薬と湿布薬で痛みが緩和され、炎症も治癒されればいいなあと思います。こうやって身体に不調を覚えると、気分も落ち込まざるを得ません。何より日常生活が不便でなりません。


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2021.03.26 Fri l 健康・ダイエット l top ▲
膝痛ですが、その後、まったく痛みが消えません。前の記事に書いたとおり、当初は楽天的だったのですが、徐々に深刻になってきました。

痛みの箇所は、膝の前下のやや内側、シロウトの見方ですが、膝の関節図を見ると、関節軟骨のあたりのような気がします。

座っているときや階段を登ったり下りたりするときはほとんど痛みはありません。歩いていて、足を着地し膝が延びるときに痛みが出るのです。つまり、交互に足を出すのに、一瞬片足立ちになり全体重がかかるときに痛みが発生するのでした。

両膝を比べると、再び右膝が少し腫れているように思います。水がたまりはじめているのかもしれません。

月曜日に病院に行った際、次回は1週間後と言われましたが、明日でもまた行ってみようかなと思っています。

経験者に訊いてみようと膝の手術した知人に電話をしたら、病院や整骨院に対する悲観的な話ばかり聞かされて暗い気持になりました。彼は、何年も前から膝痛に悩み、病院や整骨院を渡り歩いたけど改善せず、結局、人工関節?を入れる手術をしたそうです。「もういくらお金を使ったかわからないよ」と言っていました。

ネットで検索しても、たとえば温める方がいいのか、冷やす方がいいのかさえわかりません。温めた方がいいと書いているサイトもあるし、冷やす方がいいと書いているサイトもあります。なかには、冷やしてくださいと書いているけど、後半になったら温めてもいいですと書いているサイトもありました。また、ストレッチをした方がいいのか、しない方がいいのか、それもはっきりしません。どっちなんだとツッコミを入れたくなりました。

と言っても、それらは一時問題になったキュレーションサイトです。Googleで検索して出て来るのは、キューレーションサイトばかりです。そういったなりすましの”腹にいちもつ”の情報しかないので、どれが真実なのか、そもそも真実はあるのか、そのあたりから疑わざるを得ないのでした。

余談ですが、一般的なテキスト主体のサイトでもそのあり様なので、動画に特化したYouTubeはもっと情報が限られるのです。これは登山などにも言えますが、YouTubeだけの情報でものごとを判断するのはきわめて危険だなとあらためて思いました。

夜になり病院も既に閉まっているので、近所の整骨院に行ってみようかと思って、文字通り重い足取りで(右足を引き摺りながら)自宅を出たのですが、整骨院に向かっていたら、ふと知人の話を思い出して、行っても無駄ではないかという気持に襲われたのでした。それで、踵を返してドラッグストアに行き、「熱さまシート」と「あったかカイロ」を買って帰りました。両方買ったのは、温めていいのか、冷やしていいのかわからないからです(笑)。

品出しをしていた店員に「すいません。冷やすものはありますか?」と訊きました。
「冷やすものですか?」
「そうです。熱が出たときに貼るやつです」
「ああ、はい、はい、こちらですね」
そう言われて、「熱さまシート」が並べられたコーナーを案内されました。

今度は温めるものです。
「すいません。もうひとついいですか」
「はい」
「温めるものはありますか?」
「エッ、温めるものですか?」
店員も戸惑っている感じでした。心のなかでは、「この人、どうなっているんだ?」と思っていたのかもしれません。
「そうです。ホッカイロみたいものがあるじゃないですか」
「あっ、はい、はい。ただ、もう季節の商品は入れ替えが行われたのであるかどうか・・・・」
と言われて、「熱さまシート」からかなり離れたコーナーに連れて行かれました。

「たしか、このあたりにあったと思うのですが・・・・。あっ、ありました!」
指差された方を見ると、虫除けのムシューダやタンスにゴンゴンなどが並べられたワゴンの一番下に、如何にも売れ残りという感じで「あったかカイロ」の箱がありました。手に取る際、埃をかぶっているんじゃないかと思ったくらいです。

しかし、家に戻り、「熱さまシート」と「あったかカイロ」を前にして、これからどうすればいいんだと思いました。温めて冷やすのか、冷やして温めるのか。ハムレットのような心境になっています。もうマンガみたいな話です。

(その後、「膝 水 痛い 温める 冷やす」と検索したら、某病院のサイトがヒットしました。それによれば、急性期は冷やす、慢性期は温めると書いていました)

ただ、言うまでもなく、こういったことは気休めでしかありません。炎症なりが治癒しないことには、同じことがくり返されるだけです。しかし、治癒するのも特効薬はなく、どうやら自然治癒を待つしかないような感じです。保存療法というのは、そういうことではないのか。

病院では変形膝関節症でも半月板損傷でもないと言われましたが(そう言われてホッと安堵したのですが)、ホントなんだろうかと疑いの気持さえ持つようになりました。何事においても悲観的な性格がここでも頭をもたげているのでした。
2021.03.24 Wed l 健康・ダイエット l top ▲
先々週に三ツドッケに登ったあと、右膝に違和感がありました。私は、若い頃、左膝を痛めていますので、山でも常に左膝をかばうように歩いています。それは無意識のうちにそうやっているのです。

登りながら写真を撮るので、ストックも1本しか使っていませんが(下りは2本使っている)、そのストックも左手で持つ場合が多いのです。また、登りや下りでも、段差があるところはいつも右足から先に出しています。そのため、右足(膝)に過重な負担がかかっているのは自分でもわかっていました。

そして、2~3日すると痛みが出てきました。もちろん、今までも膝痛を経験していますので(それは大概左膝でしたが)、時間が経てば治るだろうとタカを括っていました。

ところが、日を追うごとに痛みが増してきたのでした。痛み止めのロキソニンのテープを貼ってもほとんど効果がありません。椅子に座っているときや階段を下りるときはそうでもないのですが、道を歩くと右膝がビンビン痛みます。そのため、おのずと右足をひきずって歩くようになりました。

ベットに足を伸ばして寝ていても、痛みはないものの、膝裏にだるさのような、そんな違和感がずっとありました。

それで、今日、近所の整形外科に行きました。受診の結果、膝に水がたまっていることがわかりました。たしかに、左右の膝を比べると、あきらかに右膝がいびつに腫れているのがわかりました。

私は、もう6~7年泌尿器科の病院に通っていますが、泌尿器科のドクターと比べると、今日のドクターは対応も説明も非常に丁寧で、こっちが恐縮するくらいでした。

上記の登山の話をしたら、恐らく膝の「処理能力」に比して過重な負担がかかったために、水がたまったのではないかと言われました。こういう場合、往々にして「変形膝関節症」や「半月板損傷」や「関節リウマチ」などが疑われるけど、膝の痛みの7~8割は年齢に関係のない過重な負担が原因なのだそうです。年齢とともに膝の「処理能力」が低下するので、高齢者に膝痛が多いのは事実だけど、しかし、膝痛は高齢者だけの話ではない、膝の痛みに関しては老いも若きも関係ないと言っていました。

「処理能力」を超えた過重な負担(オーバーユース)について、膝の「赤字」という言い方をしていました。「赤字」を「黒字化」しなければならないのです。「黒字化」する方法はふたつあります。出費を控えて倹約することと収入を増やすことです。出費を控えるというのは、膝を休ませることです。あるいは、ダイエットして体重を減らすことです。収入を増やすというのは、より筋力を付けるためにストレッチなどを行うことです。しかし、「赤字」のときにそれをやるのは逆効果だと言っていました。よけい膝を悪化させるだけだと。しかし、ネットには、膝痛にはこういうストレッチがいい、こうすれば膝痛が解消されるなどと、「収入を増やす」いろんな方法が出ています。

私も、何かあるとすぐネットで調べる(ググる)癖がありますが、膝痛に関しても、検索すると、ドクターが言うように「変形膝関節症」や「加齢による軟骨の減り」や「半月板損傷」などといったワードが真っ先に出てきて、どうしてもそれらと結び付けたくなります。でも、それは、間違ってはいないけど偏った情報なのです。そのため、結果的に正しいとは言えないのです。そういったワードが多く出てくるのは、Googleのアドセンスやアドワードとの関連があるからでしょう。

それは、ネットの特徴というか、広告と連動した検索エンジンの”宿命”とも言えるものです。政治でも登山でも、あるいは社会的な事件でも芸能人のゴシップでも同じでしょう。つまり、私たちに求められているのは、「間違ってはいないけど偏った情報であるがゆえに、結果的に正しいとは言えない」ことを見極めることができるかどうかなのです。それがいわゆるネットリテラシーというものだと思います。間違ってもGoogleは神ではないのです。単なる広告会社なのです。「Don't be evil」という行動規範も、建前に過ぎないのです。

話は戻りますが、膝の関節は関節包という膜に覆われており、その関節包のなかに潤滑油の役割をする関節液があり、それが関節を湿らす程度に常に分泌され吸収されているのだそうです。しかし、膝に炎症などができると、関節液が過剰に分泌され吸収されずに関節包のなかに溢れるのだそうです。それが「水がたまる」という言い方になるのです。そして、たまった水(関節液)が関節を支える筋肉を圧迫するので、痛みが発生するのです。

膝に残っている水を注射器で吸引し(注射器2本分の黄色い関節液が吸引されました)、ヒアルロン酸1本分を注射されました。1週間後に再度診察して、状況が芳しくなければ、週1本、全部で5本分のヒアルロン酸を注射した方がいいでしょうと言われました。

また、念の為にレントゲンを撮りましたが、ドクターからは「年齢を感じさせないきれいな膝ですね」「全然問題ないですよ」と言われました。もう二度と山に行けないのではないかと思っていましたので、安堵しました。しばらくは山行を中止して、膝を休めるしかなさそうです。

たしかに、このところ急登や距離の長い山行が多かったので、膝に過重な負担がかかったのだと思います。今日の話とは矛盾しますが、年を考えずに走りすぎたのかもしれません。

特に、先日の三ツドッケの下りが決定的だったように思います。やはり、自分のペースでゆっくり歩くべきだったと反省しています。どこかでコースタイムに拘っていた軽薄な自分がいたように思います。前に山で会ったガイドの人が、「年寄りのハイカーは無茶な人が多いですよ」と言ってましたが、そんな無茶な人に惑わされたという側面はあるのかもしれません。

余談ですが、山での歩き方については、下記のサイトが参考になるように思いました。特に、重心移動の仕方については目から鱗でした。何事でもそうですが、理論はたしかに大事なのです。理論は言い換えればコツなのです。私も最近は登りでも「横向き」を多用していますが、そうするとずいぶん楽になりました。

ミキヤツ登山教室
国際山岳ガイドが教える登山施術 登山の歩行技術
2021.03.22 Mon l 健康・ダイエット l top ▲
こんな床屋政談みたいなことばかり書いても虚しくなるばかりですが、1都3県に出されていた緊急事態宣言は、明日(21日)で全面解除されることが決定しました。それにつけても、今回の緊急事態宣言はなんだったのか。まして、2週間の延長なんて、文字通りの蛇足だったとしか思えません。

緊急事態宣言の愚策については、ノンフィクションライターの窪田順生氏が、DAIAMOND onlineに書いていた下記の文章が正鵠を得ているように思いました。

DAIAMOND online
根拠なき緊急事態宣言延長で「経済死」を国民に強いる日本は75年前のまま

政治家や官僚の事なかれ主義は言わずもがなですが、いつの時代もおまかせな”翼賛体制”を無定見に欲する国民のあり様も問題でしょう。先の戦争でもそうですが、国民は無謀な政治に引きずり込まれた犠牲者ではないのです。みずからそれを欲したのです。緊急事態宣言の解除についても、世論調査では反対する声が多数です。しかし、一方で、自粛破りする自分を「自粛疲れ」などと弁解することも忘れないのです。こういう身勝手さこそ衆愚の所以でしょう。

おととい(木曜日)の深夜2時すぎ、所要で池袋の西口を車で通りました。飲食店は午後8時までの時短要請が行われているので、飲み屋街も寝静まっているのではないかと思っていましたが、あにはからんやコロナ以前の”眠らない街”の光景がそのままありました。

私も山に行っているので他人のことをとやかく言えないのですが、特に若者の姿が目立ちました。通りを千鳥足で歩いているだけでなく、地べたに座り込んでいる若者もいます。飲食店が入ったビルからは若者のグループがぞろぞろ下りて来て、舗道で嬌声を上げながら騒いでいました。通りの角に立ち、客引きをしている若い女の子たちもいました。

店の看板の照明は消されているものの、通りは煌々とした灯りに照らされて、まさに不夜城といった感じでした。飲み屋街から少し行った北口の通りには、深夜で駐車違反の取り締まりがないからなのか、路上駐車の車がずらりと停まっていました。どう考えても、飲みに来た人間たちの車だとしか思えません。

また、飲み屋街のなかの通りは、路肩に客待ちのタクシーが列を作って停まっているため、通り抜けるのもひと苦労するほどでした。しかも、タクシーの間から酔っぱらいがふいに飛び出してくるので、運転していても気が抜けません。そのあたりは、2014年に合法(脱法)ドラッグを吸引した男性が運転するRV車が舗道を暴走し、1人が死亡6人が重軽傷を負う事故のあった通りです。街の光景は、その頃と寸分も違わないのでした。

有名無実化した緊急事態宣言。しかし、政府は緊急事態宣言の効果を自画自賛しています。また、解除に伴って、猛威を振るいつつある変種ウィルスに対するモニタリング検査の拡充など、今後の感染対策の5大方針も発表されました。飲食店の時短営業も当面は継続されるそうです。でも、それらは、今まで何度もくり返されてきた空念仏にすぎません。

時短営業では、一日6万円の協力金(東京都の場合)で”コロナバブル”に沸いている店もあると言われています。飲食街で貸しビル業をやっている知人は、店をやめると言っていたスナックの高齢の経営者が、協力金で急に元気になり、不労所得で手に入れた優雅な日々を謳歌していると笑っていましたが、そういった話もめずらしくないでしょう。知人は、コロナが終息して協力金を貰えなくなったら、スナックは予定通り閉めるだろうと言っていました。

知人は、役人のことを「あいつら」という言い方をしていましたが、「あいつらは、原資が税金なので、やっていることがザルなんだよ」と憤慨していました。”Go To Eat”の申請書についても、「ものすごく立派な封筒が届いたのでびっくりしたよ」「普通の封筒でいいと思うけど、そうじゃないんだ。特注の分厚い封筒で、どれだけお金をかけているんだと思ったよ」と言っていました。

でも、”コロナバブル”で旅行三昧のスナックのママなんてまだかわいいものです。”Go To Eatキャンペーン”では、ポイント付与業者に選ばれた菅総理のスポンサー企業であるぐるなびなどは、目もくらやむような莫大な収益を上げて、場末の飲食店などとは桁違いの”コロナバブル”を謳歌しているのでした。

もっとも、国家を食い物にしているのは、政治家やそのオトモダチ企業だけではありません。「あいつら」も同じなのです。

立憲民主党の辻元清美議員は、山田真貴子内閣広報官が東北新社の菅総理の息子らから接待を受けていた問題について、「安倍政権のときは、森友(学園の問題)で財務省が振り回されて自殺者まで出したけど、菅政権でも、今度は息子さんで優秀な女性官僚が潰されたという側面もあるんじゃないか」(朝日新聞デジタル)と記者団に述べたそうですが、辻元議員は「地頭は転んでも只では起きない」という諺を知らないのかと思いました。

国が掲げる某看板政策に関わり、その政策を実行するための関連団体(天下り団体)から委託されて実働部隊の仕事をしていた別の知人も、「あいつらは乞食と同じだよ」と常々言っていました。”たかり”は、中央の官僚から地方の末端の役人まで、規模の違いこそあれ、地頭の時代からずっと続いている、公務員の習性とも言えるものなのです。私も若い頃、似たような経験をしたことがありますが、仕事で公務員と関わったことがある人なら、そういった公務員の卑しさを痛感した人は多いはずです。

それは、日本の社会が官尊民卑のイデオロギーに縛られているからにほかなりません。「優秀な官僚」以前の問題なのです。辻元議員の発言も、官尊民卑のイデオロギーを前提にしたものにすぎないのです。

その結果として、国会でのあの人を食ったようなデタラメな答弁があるのだと思います。憲法では、国会は「国権の最高機関」と謳われていますが、彼らにはその認識は微塵もないのでしょう。でないと、「国権の最高機関」である国会を愚弄するようなあのようなデタラメな答弁は出て来ないはずです。彼らは公僕ではなく、ときの政権の下僕にすぎないのです。内閣人事局の創設で、官邸に生殺与奪の権利を握られたということもあるのでしょうが、彼らこそ上にヘラコラし下に威張る”ヒラメ上司”の典型と言えるでしょう。この場合の上は与党政治家で、下は国民です。

今回の問題は、「優秀な官僚」がどうたらではなく、国家の仕組みそのものを根本から変えなければどうにもならないということを示しているのです。まさに革命待望のような話なのです。しかし、野党議員には、その思想も気概も認識もないのでした。いみじくも福島みずほが言ったように、カレーライスをライスカレーと言い換えて、「優秀な官僚」はそのままに、同じ権力の移譲を求めているだけです(でも、移譲なんて永遠にあり得ない)。

いわゆる左派リベラルと呼ばれる、未だ”革新幻想”に囚われた観念の屍のような人たちは、それこそ目を皿のようにして与党と野党の違いを探し出し、立憲民主党のような保守政党に同伴することで”政治を変える”運動をしているつもりになっているようですが、それはうんざりするような前時代の遺物の光景でしかありません。彼らは、二大政党制幻想と政党助成金と小選挙区比例代表並立制がセットになった政界再編なる”翼賛体制”に、みずからが組み込まれているという自覚さえないのです。与党も野党も、そして左派リベラルも、所詮は同じ穴のムジナと言うべきでしょう。
2021.03.20 Sat l 社会・メディア l top ▲
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武蔵小杉駅~立川駅~青梅駅~奥多摩駅~東日原バス停~【三ツドッケ(天目山)】~東日原バス停~奥多摩駅~青梅駅~立川駅~武蔵小杉駅

※山行時間:約6.5時間(休憩等含む)
※山行距離:約12キロ
※累計標高差:登り約1,226m 下り約1,228m
※山行歩数:約23,000歩
※交通費:3,458円


昨日(10日)、三ツドッケ(天目山・1575メートル)に登りました。三ツドッケは都県境尾根の長沢背稜にある山です。尚、三ツドッケというのは、埼玉側の呼び名で、東京側の呼び名は天目山です。天目山という山は山梨や群馬にもありますし、中国の浙江省にもあるみたいなので、もしかしたら日本文化あるあるで中国の山に模して命名されたのかもしれません。

だからという訳ではありませんが、私は埼玉側の呼び名である三ツドッケの方が好きです。ほかにも、雲取山から長沢背稜へ向かう分岐のところには芋ノ木ドッケ、秩父の浦山には大ドッケがあります。また、同じ長沢背稜にある酉谷山(とりだにやま)も、埼玉側では黒ドッケと呼ばれています。ドッケというのは、「尖ったところ」という意味の秩父の方言だそうです。つまり、三ツドッケには三つの瘤があり、そのひとつが山頂になっているのです。

三ツドッケの下には、連続強盗事件で有名な一杯水(いっぱいみず)避難小屋がありますが、一杯水避難小屋から山頂へは距離こそ短いもののかなりの急登で、しかも、いったん登ってまた下ることをくり返さなければなりません。

山にはマナーの悪いおばさんやおっさんだけでなく、痴漢や泥棒もいるし、大言壮語の嘘つきは掃いて棄てるほどいます。それどころか、追いはぎまでいるのです。山と言っても、所詮は地上の延長なのです。「こんにちわ」と挨拶するので、山に来る人はあたかも”いい人”ばかりのように思いがちですが(登山者性善説)、それは幻想でしかないのです。

早朝5時すぎに横浜の家を出て、武蔵小杉まで東横線、武蔵小杉からは南武線・中央線・青梅線を乗り継ぎ、奥多摩駅に着いたのは8時すぎでした。駅前のバス停から東日原(日原鍾乳洞)行きのバスは数分後に出ます。急いでバス停に向かったら、既にバスは乗客を乗せて待機していました。

乗客は20数名でほぼ座席が埋まるほどでした。鍾乳洞に行くとおぼしき数名の若者以外はハイカーでした。ただ、ハイカーの大半は、川苔山の登山口がある川乗橋(かわのりばし)のバス停で下車し、残ったハイカーは私と40代くらいの男性ハイカーふたりだけになりました。

東日原は、川乗橋からさらに6つ先のバス停です。もうひとりの男性も私と同じ東日原で降りました。通常、東日原にある登山口は、三ツドッケと鷹ノ巣山の稲村岩尾根ルートのふたつです。

ただ、鷹ノ巣山の稲村岩尾根ルートは、一昨年10月の台風19号の被害で未だ通行止めになっていますので、現在、 東日原からは三ッドッケか一杯水避難小屋を経由する蕎麦粒山しか登ることができません。また、東日原行きのバスも、道路の崩落により1年以上運休していて、去年の12月に再開したばかりなのです。

私は、バス停から数十メートル戻ったところにある登山口から登ったのですが、もうひとりの男性はバス停の先の方に歩きはじめました。先の方からも登山道に合流できるみたいですが、大半のハイカーは手前の登山口を利用します。道がわかってないのかなと思いました。

東日原のバス停は、一日の何便かは終点及び始発になるので、屋根付きのベンチとトイレのほかに、バスが方向転換できるようなスペースも設けられています。尚、日原鍾乳洞のバス停は、東日原から二つ先です。

トイレに行ったあと、ベンチで準備をしていたら、登山の恰好をした高齢の女性がやって来てトイレに入りました。そして、トイレから出て登山の案内板を見ていたのですが、突然、後ろを振り返り、「すいません」と話しかけられました。

「鷹ノ巣山の稲村岩尾根は通行止めなんでしょうか?」と驚いた様子で訊くのでした。
「そうですよ。一昨年の台風で登山道が崩落したとかでずっと通行止めになったままなんですよ」
「エエッ、そうなんですか。鷹ノ巣山に登るつもりで来たんですが・・・・。困ったなあ」と困惑した表情を浮かべていました。

そして、「失礼ですが、どちらに登るのですか?」と訊くので、「三ツドッケ、ここに書いてある天目山です」と案内板の地図を指で示しました。
「天目山? 結構距離があるみたいですね?」
「でも、鷹ノ巣山よりは楽ですよ」
「そうですかあ。残念です。ありがとうございました」と言って駐車場の方に歩いて行きました。

登山口は、集落が管理するハイカー用の駐車場の前の坂を登って行くのですが、坂に差しかかると、先程の女性がご主人とおぼしき男性とふたりで道路脇に立っていました。どうやら車で来たみたいです。そして、私から聞いた話をご主人に伝えているところでした。「あの方は天目山に登るみたいですよ」という女性の声が背中の方から聞こえてきました。

三ツドッケは、片道が6キロです。最初は樹林帯の中の九十九折の道を歩きますが、1200メートルくらいから先は痩せ尾根、そして巻道がつづきます。巻道は幅が狭く、横は断崖で切れているので、足を滑らしたり躓いたりしたら大きな事故につながる危険があります。ただ、慎重に歩けばそれほど難しい道ではありません。基本的には歩き易い道です。

最初は東側の巻道で、いったん尾根(ヨコスズ尾根)に出たあとは今度は西側の巻道になります。先週までは雪や霜が残っていたみたいですが、今週に入って暖かな天気が続いたので雪や霜もまったくなく、落ち葉が積もっているだけでした。

特に昨日は気温が20度近くまで上がったとかで、春を思わせるような陽気でした。私もバス停でジャケットを脱いで、以後、帰りの武蔵小杉駅までは薄手のパーカーだけでした。ただ、痩せ尾根を通るとき、尾根が下から吹き上げて来る風の通り道になっているのでもろに風を受け、パーカーだと肌冷く感じました。

山頂直下の避難小屋までは誰にも会いませんでした。そのため、マイペースで登ることができ、時間的にも順調に進みました。途中、二度ほどおにぎりタイムを設けたのがよかったのか、登山アプリのコースタイムより30分近くはやいペースで登ることができました。

避難小屋に着くと、小屋の前のベンチで40代くらいの男性ハイカーが休憩していました。既に山頂に登って戻って来たところだそうです。これから蕎麦粒山と川苔山を縦走して下るのだと言っていました。

「ここはいい山ですね。どうして人が少ないのか不思議ですよ」と言っていました。それで、私も「ホントにそうですね。歩いていて感動するくらいでしたよ」と言いました。

山頂はどうだったか訊いたら、「四方に眺望が拓けていていいですよ」「ただ、登りがきついですね。私はザックをデポして登ったのですが、デポしてよかったと思いましたよ」と言っていました。

「そうですか。じゃあ、私は巻道を利用しようかな」と言ったら、「エッ、巻道があるんですか?」と訊くのです。
「そうですよ。そこの小屋の横の道が巻道なんですよ」
「そうだったんだ」

山頂へは避難小屋の裏から直登する道と小屋の横から巻く道があります。ただ、巻道はやや遠回りになるし、やはり山頂直下に急登があります。

直登は、南側から登って南東の瘤を経由し、山頂のドッケに登ります。一方、巻道は、西に巻き西側の瘤を経由して登ることになります。巻道は酉谷山から下って来る縦走路と合流するので、短い距離ですが長沢背稜縦走の雰囲気を味わうことができます。私は、巻道を選択したことで、雲取山から長沢背稜を歩きたいという思いをあたらめて強くしたのでした。

三ツドッケについて、私の奥多摩歩きのバイブルと言ってもいい『奥多摩 山、谷、峠、そして人』(山と渓谷社)のなかで、著者の山田哲哉氏は次のように書いていました。尚、文中のハナド岩というのは、一杯水避難小屋から長沢背稜を2キロ弱雲取山方面に登ったところにある眺望のすぐれた岩です。今回は時間の都合で訪れることができませんでした。

  ハナド岩は岩峰でもなければピークをもたない展望台だ。地形図には露岩記号もない。その東に天目山、秩父側では三ツドッケと呼ばれるカラマツと広葉樹の明るい山頂がある。ドッケとは尖った峰の意味をもつ。南側・奥多摩の山からは2つの山頂しか見えないが、北側からは明瞭に3つの尖峰がきれいに並ぶのが見える。小川谷、ハナド岩、三ツドッケは、東日原から横スズ尾根をたどれば日帰りで往復は可能だが、奥多摩でも最奥に位置するため、縦走途中に立ち寄るのは容易ではない。それだけに、明るい眺めとは裏腹に、遠い、静かな独特の雰囲気をもっている。
(22章「最奥の展望台 ハナド岩」)


山頂に行ったら、朝バスで一緒だった男性がいました。「あれっ」と言ったら、「下調べが充分でなかったので、鷹ノ巣山が通行止めだというのを知らなくて、こっちに登って来たんですよ」と言っていました。どうやらバス停の先にある道から登ってきたみたいです。

男性は望遠鏡で四方の山を眺めていました。そして、「ここはいいですね」としきりに言っていました。

男性は下りる際、「昼ごはんは食べたんですか?」と訊くので、「途中でおにぎりを食べたんですが、ただ、ここでひとりで食べるのはちょっと淋しいので、下の避難小屋で食べようかなと思っています」と言ったら、「ああ、そうですね」と笑っていました。そして、「お先に」と言って下りて行きました。

帰りは直登コースを下りましたが、すぐ下で高齢の女性とすれ違いました。ハアハア息を弾ませながら「疲れました」と言っていました。

「もうそこが山頂ですよ」
「ああ、そうですか? やっと着いた」
「眺望がいいですよ。四方に広がっていますよ」
「ありがとうございます」
そう言って、さも嬉しそうな表情を浮かべていました。

70歳を優に越えているような年恰好ですが、そうやってひとりで山に登って来るなんて凄いなと思いました。バス停で声をかけられた女性もそうでしたが、なんだかすごく上品そうなもの言いをする女性でした。武蔵五日市駅のバス停で平気で割り込んで来る”おまかせ登山”のおばさんたちと違って、どこかインテリ臭が漂っているのでした。おばさんたちよりひとつ前の世代のハイカーのような感じです。

認知心理学が専門で、みずから登山を趣味にしている日本大学文理学部の巌島行雄教授は、PEAKSのインタビュー記事で、「ソロ登山の心理学」について、次のように言っていました。

PEAKS
なぜ、人はひとりで山を歩くのか? ソロ登山の心理学

  (引用者注:ソロ登山の人は)いろいろ自分で考えて行動できるタイプの人ですね。そういった行動力のある人のほうがむしろ多いように感じるんです。ソロ登山はすべてをひとりでこなさなくてはならないですよね。だからそういう人のほうが向いているし、もっといえばそういう人でないとできない。


(略)ひとりで登っていれば単純に自由度が高いですから。歩くときに人にペースを合わせなくてもいいとか、日程が自由になるというのも現実的に大きな利点ですよね。

ただ、自由は責任とセットなので、ソロ登山は自由なぶん、責任も大きい。登山は自己責任というけれど、ソロ登山はそれがいちばんはっきりしている。だから、リスクや責任を負ってでも自由をとりたいという人がソロ登山を選ぶのではないでしょうか。それが自立ということかもしれません。


(略)ひとりで登っていると話したり相談したりする相手がいないから、四六時中、山に神経を向けていますからね。

分岐が出てきたらどっちに行くか考えて決めなくてはいけないし、雲が出てきたら天気のことを気にかけないといけないし。もちろんどうしたらいいか聞く相手はいないから、自然と状況を一所懸命観察しますよね。それが結果的に山から得られる体験を深くし、豊かにするということなんだと思います。


リスクの大きい単独行は警察から推奨されていませんが、しかし、自分のことを考えても巌島教授の話は腑に落ちます。ひとりで山に登る魅力はたしかにあるのです。と言うか、私の場合、ひとりのほかは考えられない。

下りは、思ったよりはやく、2時間弱でバス停に着きました。登山計画に利用している登山アプリより1時間はやく着きました。そのため、16時台のバスに間に合うことができました。

帰りは、来たときと同じように、奥多摩駅から青梅線で青梅駅、青梅駅から中央線で立川駅、立川駅から南武線で武蔵小杉駅、武蔵小杉駅から東横線で最寄り駅に帰りました。最寄り駅に着いたときは20時を越えていました。


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東日原バス停

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登山口
表示を右折する

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斜面の上の狭い道を登る

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登山道沿いにあった廃屋

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最初は樹林帯の中の道

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金網の先は、奥多摩工業の採掘場

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アンテナ
標高1200メートルくらい

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樹林帯をぬけて巻道がはじまった
滝入ノ峰ピークの下あたり

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通行注意の札もあります。

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痩せ尾根
このあたりは風が強くて寒かった

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右下は断崖

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尾根の上にあった穴だらけの木
キツツキの仕業?

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ヨコスズ尾根の背中を登る

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鳥の巣のように見えますが、ヤドリギ(宿り木)です。

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今度は西側の巻道に変わります。

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一杯水避難小屋

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避難小屋の内部

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巻道を選択して山頂へ

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長沢背稜の縦走路との分岐(合流地点)

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山頂に向かう道

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最初の瘤の登り

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次(山頂)の瘤の登り

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山頂が見えてきた

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山頂標識
もともと三ツドッケは雑木に覆われて眺望がよくなかったそうですが、無断伐採で今のような眺望になったとか。三ツドッケと言えば、一杯水避難小屋の強盗と山頂の無断伐採が有名です。
ちなみに、無断伐採した男性は、自然保護法違反で30万円の罰金を払ったそうです。下記は、その男性と山頂で会ったというブログの記事です。
https://jetstream777.blog.ss-blog.jp/2013-03-03

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三等三角点

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奥多摩方面
正面に見えるのは大山や御前山

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埼玉(奥武蔵)方面
やや右の尖った山が、一杯水避難小屋から行ける蕎麦粒山

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奥秩父(雲取)方面
奥に見えるのは、天祖山や小雲取山

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もう一度山頂の様子
無断伐採から既に15年近く経っていますので、この眺望が見られるのもあと15年から20年くらいでしょう。

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下る際、このような南東側の瘤(ドッケ)への登り返しがありました。

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避難小屋への下り

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避難小屋をあとにして尾根を下ります。

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横が切れた巻道をもう一度

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同上

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同上

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東日原の集落が見えてきた

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奥多摩駅
2021.03.11 Thu l 山行 l top ▲
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池袋駅~飯能駅~名郷バス停~【蕨山】~【藤棚山】~【大ヨケの頭】~さわらびの湯(河又・名栗湖入口バス停)~飯能駅~練馬駅~自由が丘駅

※山行時間:約.6.5時間(休憩等含む)
※山行距離:約11.5キロ
※累計標高差:登り960m下り1025m
※山行歩数:約21,000歩
※交通費:3,998円


一昨日(4日)、蕨山に登りました。蕨山と言えば、このブログを読んでいただければわかると思いますが、昨年の8月に手痛い思いをしたいわくつきの山です。今回は言うなればリベンジのようなものです。

飯能駅から前回と同じ6時55分発「名郷」行きのバスに乗りました。電車から降りてそのまま駅前のバス停に直行しましたが、既に3人のハイカーが並んでいました。しかし、あとからおばさんたちのグループがやって来て、あっという間に20人くらい列が伸びました。通勤客も入れると最終的には30人近くが並んでいたと思います。座席がちょうど埋まるくらいの人数でした。途中のバス停から乗った人たちの中には立っている人もいました。

しかし、ハイカーの大半は棒ノ折山の登山口がある「河又・名栗湖入口」で降車し、以後、終点の「名郷」までは最後部の座席に座っていた私と高齢のハイカーの2人だけになりました。

「名郷」に降りると、高齢のハイカーは蕨山の登山口とは逆方向のキャンプ場の方に歩き始めました。蕨山ではなく武川岳に登るんだろうと思いました。

橋を渡り、林道を20分進むと林道の突き当りになります。そこから右の土手を下り、小さな沢を渡ると登山道が始まります。前回登ったあとに台風や大雨があったからなのか、登山道の状況も若干変わっている気がしました。登山道横の斜面にも、至るところに流されてきたとおぼしき大量の倒木が横たわっていました。

最初は樹林帯の中をひたすら登り続けます。そして、尾根に出ると今度は痩せ尾根や岩場に変わります。蕨山がきついのは、何度も同じような急登や岩場が出てくることです。まるでデジャブを見ているように同じような道が目の前に現れるのでした。

蕨山の標高は1044メートルで、実質的な山頂扱いになっている展望台は1033メートルです。名郷のバス停の標高が326メートルですから、単純標高差は700メートルちょっとです。それだけを見ると、チョロいと思うかもしれませんが、山というのは、山の形状や登山道の状況等により、数字とは違う難易度やきつさがあるのです。

蕨山に関しても、ネットには「あっと言う間に着いた」「特に問題ない」というような感想や、信じられないようなコースタイムの山行記録があります。今やネットはそういった「オレ凄いだろ」式の自己誇示の場になっているのです。山小屋や山頂で遭遇するベテランハイカーの大言壮語が、そのままネットに移ってきた感じです。

ヤマケイオンラインに、「ネットでみかける“スゴイ”登山記録。あなたは、どう感じますか?」という、読者の質問に山田哲哉氏が答えた記事がありました。質問自体は、北アルプス?のような高山の冬季の山行に関したものですが、そこには、ファクトチェックされることのないネット特有のウソとハッタリだけでなく、現在の登山が抱えている深刻な問題も示されているように思いました。

ヤマケイオンライン
ネットでみかける“スゴイ”登山記録。あなたは、どう感じますか?

YouTubeや5ちゃんねるの登山スレなどによく見られる「凄い」「凄い」という煽りは論外としても、今の登山について、山田哲哉氏は、「“登山の常識”は大きく変わったどころか、“登山の常識”なんて言葉は、なくなったに等しいのが現在の日本の登山界です」と書いていました。たしかに身近にあった地域や職場の山岳会や登山サークルなどもまったく過去のものになりました。もちろん、そういった組織が持つ体育会的な体質がウザいと思われたのも事実ですが(私もそのひとりですが)、しかし一方で、山岳会や同好会で知識や技術を学び、それが継承される”功”の一面もあったのです。そういった場所がなくなり、”登山の常識”や自然に対する畏敬の念や山に登ることの謙虚さが、登山者から失われたのは事実でしょう。

マラソンで記録を競っているかのようなコースタイム至上主義が、ネットに投稿される山行記録の”盛り”につながるのは当然でしょう。それどころか、そもそも5ちゃんねるような掲示板は、実際に山に登ってない”なりすまし登山者(エア登山者)”が多いという話さえあります。なりすまして何が面白いんだろうと思いますが、そういったほとんどビョーキのような人間たちによってまことしやかに山が語られているのです。たとえば、前も書きましたが、「貧脚」とか「ナマポ」などということばを使って山を語っているのは間違いなく”なりすまし登山者”です。山に非日常性や自己克己を求めて登っている人間は、そんな歪んだ日常的な視点で同じ登山者を見たりはしません。そもそもそんな悪意でものを見る余裕などありません。ネットで語られる山と、実際の山は似て非なるものなのです。

睡眠不足と酷暑でヘトヘトだった前回と比べると、今回は1時間早く展望台に着きました。途中、誰にも会わず、展望台に行っても人影はありませんでした。そして、ベンチに座って、おにぎりを食べていたら、何と武川岳に行ったと思っていた高齢のハイカーが登ってきたのでした。

「武川岳に行ったのかと思っていましたよ。どこから登ってきたのですか?」と訊いたら、「鳥首峠の方から登って来ました」と言うのです。鳥首峠というのは、名郷と秩父の間にある峠で、私が歩いたコースに比べると、かなり迂回するコースです。

「名郷から登って来たんですか?」と訊かれたので、「そうです」と答えたら、「きつかったしょう?」と言われました。

「そうですね。何度も同じような道が出て来るので嫌になりますね」
「ああ、たしかに」と言って笑っていました。

そのハイカーとは下りでも一緒でした。私の方が先に下りたのですが、途中で追い抜かれました。昔から山を歩いている熟達者のようで、年齢を感じさせないような足さばきでした。また、帰りのバスでも一緒でした。

下りは、さわらびの湯まで7キロの道を歩きましたが、初めてだったということもあって、実際の距離以上に長く感じられました。太腿の筋肉が悲鳴をあげているのがわかりました。しかし、筋肉が悲鳴をあげるくらいでないと、体力はつかないのです。

大ヨケの頭というピークから下ると、林道を横切り金比羅尾根を登るのですが、そこに差し掛かったら人の話し声が聞こえてきました。見ると、軽トラが停まっていました。近くに行くと、軽トラから林道脇に木製の柱が数本降ろされているのが見えました。

余談ですが、この大ヨケの頭(おおよけのあたま)というのはどういう意味なんだろうと思って、ネットで調べたのですが、どこにも謂れが載っていませんでした。「ヨケ」というのは、「除け」のことかもしれません。魔除けとか悪除けとかいった意味があるのかもと勝手に想像しました。

林道脇に置かれている柱には見覚えがありました。というのも、登る途中に何度も見かけたからです。蕨山の指導標はどれも古く、中には文字が消えかかっているものもあります。そんな指導標の横に真新しい柱が置かれていたのです。その柱には、「飯能市」という銘板が取り付けられていました。

指導標を新しく取り替えるために、とりあえず柱だけを先に運んでいるのだと思います。ということは、指導標に刻まれている「名栗村」の文字はもう見られなくなるのです。

軽トラが走り去ったあとには、作業服姿の男性が3人残っていました。ひとりは20代くらいで、あとのふたりは40代くらいの年格好です。

すると、若い男性が柱を肩に担ぎ、片手でそれを支えながら登山道を登り始めたのです。そして、次の男性も同様にあとに続いて歩き始めました。残りの男性は、ロープで柱を縛っています。どうするのかと思ったら、柱を背負子に縛り付けていました。背負子で運ぶみたいです。

「ご苦労さまです。上の方で柱が置かれているのを見て、どうやって運んでいるんだろうと思っていたところだったんですよ」
「ハハハ、こんな原始的な方法なんです」
「山頂に近いところなんか、大変だったでしょ? やはり担いで登ったんですか?」
「そうですよ、あそこは根性で登りました」と言ってました。

そのあと、先の方で休憩していたので、足を止めて暫く話をしました。市から委託された建設会社の仕事で来ているそうですが、本業は林業だと言ってました。

指導標が設置された場所の写真と地図が印刷された紙を持っていました。また、他に、昭文社の山と高原地図とコンパスも持っていました。それらで場所を確認しながら運んでいるそうです。ただ、中には作業道と登山道の識別がつかずわかりづらいところもあると言っていました。私たちと一緒なのです。

それにしても、凄い体力です。やはり、山のプロは違うなと思いました。彼らに比べれば、私などは恥ずかしいくらいのヘタレです。

「プライベートで山登りはするんですか?」と訊いたら、「しないですね」と言われました。質問したあと、愚問だったかなと思いました。

逆に、「よく山に登るんですか?」と訊かれました。「そうですね。月に2〜3回登っていますね」と答えたら、「凄いな」と言われました。そして、「そうやって頻繁に山に登る山の魅力ってなんですか?」と質問されました。

「よく言われることですが、やはり、忘れることができるってことですかね」
「忘れることができる?」
「そうです。日常生活では、嫌なことや憂鬱なことが沢山あるじゃないですか。楽しいことよりむしろそっちの方がはるかに多いでしょ。でも、山に来るとそれを忘れることができるんですよ。空っぽになれるんです」
そう言うと、「なるほどな。奥が深いな」と言ってました。しかし、それは決して皮肉で言っているような感じではありませんでした。

山に行くと、下刈りや枝打ちをしてない山も多くあります。その話をしたら、枝打ちをしているのは役所から依頼された山が大半で、個人所有の山は放置されたものが多いと言ってました。どうしてかと言えば、木を売っても維持管理の費用がペイしないからだそうです。つまり、赤字になるからです。しかも、枝打ちをしなかったら木の商品価値はどんどん下がるので(「二足三文になる」と言ってました)、枝打ちしない山はそのまま放置するしかないのだそうです。

私の祖父は晩年、山のブローカーのような仕事をしていました。祖父は私が高校生のときに亡くなったので詳しくは知らないのですが、木が成長した山を買い、木を切り出してお金に替えるとその山を転売して、また別の山を買うというような仕事をしていたみたいです。自分で切り出す手間を省いて早くお金に換えたい持ち主と交渉して、山を買い(買いたたき)自分たちで切り出して利益を得ていたのでしょう。

それ以外にも、自分の山を持っていて、私の誕生記念とか小学校入学記念とかに植えた木を見せられたことがありました。でも、私はまったく興味がなかったので、祖父と山に行ったのは一度か二度あるかどうかです。

高校時代、休みで実家に帰っていたとき、祖父が亡くなった直後だったということもあって、ふと祖父が自分のために植えた木がどうなったか見に行ってみようとひとりで出かけたことがありました。しかし、途中の道がきつくて引き返してしまいました。その頃からヘタレだったのです。

そうやって林業が本職だという人たちの話を聞いていたら、なんだか懐かしいような切ないような気持になり、ちょっとしんみりしました。

旧金毘羅神社の跡地から名栗湖ネイチャートレイルという自然探索路を下ると、さわらびの湯の前にある墓地の横に出ました。そこが下山口でした。バスの時刻表を見ると、次のバスは30分後でした。それで、「河又・名栗湖入口」まで歩いて、屋根付きのバス停の中でバスを待ちました。

飯能駅からは西武池袋線の電車に乗り、途中の練馬駅で元町・中華街行きの地下鉄副都心線の直通電車に乗り換えました。いつの間にか眠り込み、渋谷を過ぎて東横線に入った頃に目を覚ましたら、目の前は帰宅する通勤客で立錐の余地もないほど密になっていました。

これが緊急事態宣言下の光景?と思いました。かく言う私も、不要不急の外出を控えるようにという呼びかけを無視して、こうして山に出かけているのです。深夜、繁華街を通ると、時間短縮の要請を無視してヤミ営業している風俗店や飲食店もめずらしくありません。看板の灯りを消した店の物陰に客引きが立ち、夜の街を徘徊する”不心得者”に声をかけています。にもかかわらず、新規感染者数は、(下げ止まったとは言うものの)最初の頃に比べると目を見張るように減少しているのです。

自粛なんかしてないのに、新規感染者数は1500人や2000人から最近は300人前後にまで激減しているのでした。緊急事態宣言の効果だなどと言いながら、さらに2週間延長することが決定したのでした。しかし、その前に、自粛しなくても新規感染者数が減った不思議な現象を説明する方が先ではないでしょうか。

感染防止策は、もはや科学ではなく政治なのです。オリンピック開催という政治の都合でボロ隠しのように行われているにすぎないのです。命令に従わない国民には罰を与えて自粛を強制しながら、オリンピックは開催する。こんなでたらめな政府を許すなら、それこそ主権者の沽券にかかわるでしょう。

同時に、歓送迎会も花見も卒業旅行も自粛せよと呼びかける一方で、メディアも野党も、そして専門家と称する科学者たちも、誰もオリンピックを中止せよと言わない不思議も考えないわけにはいきません。本来ならオリンピックを中止して、この際徹底的に感染防止に務めるべきだと言ってもおかしくないのに、どうして言わないのだろうと思います。歓送迎会や花見や卒業旅行より、オリンピックを中止することが先決でしょう。まず隗より始めよではないですが、まずそこから始めるべきでしょう。

私が乗った直通電車は通勤特急でしたので、もう一度自由が丘で各駅停車に乗り換えなければなりませんでした。最寄り駅に着いたときは19時をまわっていました。


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登山口までの林道
杉の枝で埋まっています。

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林道の突き当り

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右側の土手を下りる

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最初はひたすら樹林帯の中の急登を登ります。

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古い指導標

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逆光で見えませんが、尾根に出ました。約3分の1の地点。

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上の指導標を少し登った地点から撮り直した

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やや痩せた尾根になりました。

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こういった指導標ももう見納めです。

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手前が前武川岳と武川岳、奥が武甲山だと思います。

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痩せ尾根

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最初の岩場

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遠くに名郷の集落
恥ずかしいのですが、カメラをフルオートに設定していたので、ピントが前の木になっています。

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次の岩場
こういった岩をがしがし登って行きます。と言って、そんなに危険ではありません(下りはともかく、登りの滑落はほとんどあり得ない)。

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前武川岳と武川岳のアップ

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次の痩せ尾根

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危険注意の標識

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落石注意の標識

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次の岩場

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同上

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稜線に出た

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古い指導標の横に置かれた新しい柱

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目の前に展望台

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展望台の様子

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前回はこのベンチで横になっていました。

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山頂標識(と言えるのかどうか)

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はるか先に見えるのは、武尊山(ほたかやま)や榛名山など群馬の山です。

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河又に向けて下山

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ここにも新しい柱

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藤棚山
男性のハイカーがひとり、ベンチで昼食を食べていました。

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登山道に煙草のポイ捨て
展望台にも、吸い殻や包装紙が捨てられていました。

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大ヨケの頭

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こうやって柱を運んでいるのです。

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金毘羅神社跡
下記の看板に書いていますが、ここも焼失したようです。原因はタバコか焚火なのか。いづれにしても火の不始末なのでしょう。

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鳥居だけが残っていた

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指導標が「河又」から「さわらびの湯」に変わった(どっちも同じです)

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現在の金毘羅神社

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金毘羅神社の謂れ

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さわらびの湯の入口

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墓地が下山口
下りてきたとき、「参ったな」と思いました。
そう言えば、棒ノ折山の滝ノ平尾根ルートも民家のお墓の横に下りて来ます。
奥多摩などでも、お墓の横が登山口というのは結構多いのです。


関連記事:
蕨山
2021.03.06 Sat l 山行 l top ▲
東北新社に勤務する長男らによる総務省幹部の接待問題を見るにつけ、(前も書きましたが)菅総理は政治家ではなく政治屋なんだとあらためて思えてなりません。所詮は、(市会議員には悪いけど)市会議員レベルの人間なんだなと思います。

菅総理は、官房長官のイメージが強いのですが、もともとは総務省に絶対的な影響力を持つ”総務省のドン”と言われてきました。それは、小泉政権下で総務副大臣を任命されたときまで遡ります。第3次小泉改造内閣の竹中平蔵総務大臣のとき、「総務副大臣(情報通信、郵政担当)として総務省内部統制のトップを任され、事実上人事権なども行使」(ウィキペディア)し、総務省に睨みをきかせるようになったのでした。さらに、第1次安倍内閣で総務大臣として初入閣してからその権勢を絶対的なものにしたのです。

みずから政権を手にしてから、携帯料金の引き下げやデジタル庁新設などの目玉政策を打ち出しましたが、それもひとえに菅総理が自他ともに認める”総務省のドン”だからにほかなりません。

また、東北新社は、創業者の故植村伴次郎氏(2019年没)が菅氏と同郷(秋田県出身)だったことから、JR東日本やぐるなびなどとともに菅氏の有力なスポンサー企業になっていました。今回の接待問題が発覚してからも、過去に500万円の政治献金を受けていたことがあきらかになっています。もちろん、そこには持ちつ持たれつの関係がありました。

明治学院大を卒業したものの就職もせずにバンド活動をしていた長男を、何の社会人経験がないにも関わらず、総務大臣時代にみずからの秘書官(特別職公務員)に抜擢して世間の顰蹙を買ったのですが、その理由について、菅氏は雑誌の取材で、「バンドを辞めてプラプラしていたから」と言ったそうです。

しかし、秘書官も半年しか続かず、そのあと、後援者の植村氏の伝手で東北新社に入社したのでした。東北新社は、総務省から衛星基幹放送事業者の認可を受けている会社です。コネ入社した長男はとんとん拍子で出世して、今回の問題が発覚する前までは、30代の若さで、本社の部長と子会社の衛星放送「囲碁将棋チャンネル」の取締役を兼務していたのでした。そのためかどうか、衛星放送は今や東北新社の売上の4分の1を占めるまでになっているそうです。東北新社にとっても、菅様々なのです(もちろん、父親の方ですが)。

余談ですが、文春に載った長男の目線入りの写真を見て唖然とした人も多いのではないでしょうか。長髪・口髭で、だらしなくネクタイを緩め、咥え煙草でスマホを見ているそのチャラい姿は、まるで福富町(註:横浜の風俗街)あたりの路上でたむろしている悪ガキみたいです。東北新社では、こんな人物が本社の部長と子会社の取締役を兼務していたのです。彼の下で働く社員たちが気の毒でなりません。しかも、子どもまでいて、一家でみなとみらいのタワーマンション(億ション)に住んでいるというのですから二度びっくりです。秘書官時代、まったく仕事ができないので、まわりから「バカ息子」と陰口を叩かれていたそうですが、それが東北新社ではえらい出世なのでした。

ひとり74,203円のステーキ&海鮮ディナーにも目が点になりました。国民年金を40年払い続けても、貰える年金は年間781,700円で(平成20年現在)、月に直すと65,141円です。それが国民年金の満額です。日本は豊かだという幻想がありますが(一部のアホな国民がそう自演乙していますが)、実際は、明日の1万円、いや1万円どころか千円もなくてみずから命を絶つ国民が少なからずいるような国なのです。生活保護の中の生活扶助費(食費・被服費・水道光熱費等の日常生活に必要な経費。家賃は除く)の支給額は、68歳の高齢者単身世帯だと、東京都で月額80,870円、地方で65,560円です(平成28年度の概算)。それでも個人で申請に行っても、自助を口実に追い払われるのがオチです。東京都の調査によれば、ネットカフェで生活するいわゆるネットカフェ難民は都内だけで4千人もいるそうです(2019年調査)。そんな現実はどこ吹く風で、「バカ息子」と「バカ息子」の父親が「総務省初の女性事務次官にしてやる」と言ってはばからないほど寵愛する女性官僚は、ひとり当たり74,203円のステーキ&海鮮ディナーに舌鼓を打ちながらオダを上げていたのです。こういうのを「上級国民」と言うのでしょう。

「バカ息子」だけではありません。菅氏の実弟も、スポンサー企業のJR東日本の関連会社にコネ入社したと言われているのでした。

Yahoo!ニュース
文春オンライン
菅義偉首相の実弟が自己破産後、JR企業の役員に就任していた

上記の記事によれば、実弟は菅氏が横浜市会議員になった2年後の1989年に菓子店を起業し、「八重洲中央改札近くの『銀の鈴』そばのコンコース(大通路)という一等地」にあるキオスクでお菓子を売っていたのだとか。しかし、2002年に倒産し、実弟も東京地裁から自己破産宣告を受けたのでした。

ところが、そのあとびっくりするような”人生の逆転劇”が待っていたのでした。

 (引用者註:実弟は)半年ほど病院で介護職を務めた後、JR東日本の子会社である千葉ステーションビルに営業部付きの部長として入社していたのだ。2010年には取締役にも就任し、2017年まで務めている。

 千葉ステーションビルは海浜幕張、津田沼、西船橋など10の駅ビルを運営しており、年間400億円近くを売り上げる優良企業だ。277店舗のテナントが入居する中核の千葉駅「ペリエ千葉」は、数あるJR東日本管内の不動産・ホテル事業のなかでも3番目の規模を誇る。


入社したとき、実弟は既に50歳を越えていたそうです。自己破産して、病院で介護の仕事をしていた50歳を越えた男性が、いきなり優良企業の部長として再就職するなんて話は、そうそうあるものではないでしょう。初老のおっさんには似合いませんが、なんだか韓流ドラマのシンデレラストーリーを彷彿とするような話です。

ちなみに、JR東日本グループの千葉ステーションビルは、社員125名(2020年6月現在)で、資本金2億円、売上高は515億2千5百万円(2019年度テナント売上高)の会社です。しかも、弟は役員にまでなっているのです。ここでも「バカ息子」同様、電光石火の出世をしているのでした。JR東日本は、1987年の国鉄分割民営化によって誕生した会社です。民営化に際しては、新会社が選別した1047名の国労組合員が再雇用されず解雇されています。千葉ステーションビルもそういった犠牲(不当労働行為)の上にできたグループ会社です。まさに革命上等のような話でしょう。

人事権を駆使して官庁を”恐怖支配”するやり方については、下記の朝日の記事に具体的に書かれていました。それは、市役所の人事に介入することで、「影の横浜市長」と言われた横浜市議時代に培ったものなのです。言うなれば”横浜方式”とも言えるものです。

朝日新聞デジタル
(未完の最長政権)「課長を飛ばしたよ」(有料記事)

 「OBが人事を決めている省もある。総務省の人事はどういうふうに決まるんだ? OBはどのぐらい力があるんだ?」

 第2次安倍政権で官房長官を務めた菅義偉は2006年9月、第1次政権で総務相に就いた。着任早々、総務省幹部にこう尋ねたという。

 幹部が「うちはOBは決めていません」と答えると、菅は即座に続けた。「人事権を持っているのは誰だ?」。幹部が「大臣です」と答えると菅は「そうだよな、権限は使わないと意味がない」。省庁の人事権は閣僚が持つと法的に定められているのに、事実上は、各省の現職官僚、そしてOBが決める霞が関の体質を菅は嫌っていた。


そして、NHKの受信料値下げに対して、「そう簡単ではない」と発言した担当課長を更迭したときの菅氏の様子について、同省元幹部は次のように語っています。

 同省元幹部は、更迭直後の菅の様子を明確に覚えている。これまで多くの大臣が使わなかった権力を行使したことに興奮を隠せない様子で「課長を飛ばしたよ、飛ばしてやったよ」と言ったという。


そうやって”総務省のドン”としての地歩を築いて行ったのでしょう。

出世がすべての官僚にとって、人事権を握られることは絶対的な服従を強いられるほどの恐怖があります。さらに、菅氏は、政治主導の名のもとに、内閣人事局の創設を主導し、霞が関そのものをかつての横浜市庁舎と同じように”恐怖支配”することに成功したのでした。

それは、官僚だけではなくメディアにおいても然りです。「断らない女」山田真貴子内閣広報官を使ったメディア支配については、下記のNEWSポストセブンが詳しく書いていました。

文春といい、週刊誌の奮闘が目立っていますが、それはとりもなおさず新聞やテレビなどのマスメディアが権力の支配下に置かれ、ジャーナリズムの牙をぬかれているからでしょう。もっとも、かつての『噂の真相』のように、記者たちが自社で記事にできないネタを週刊誌に持ち込んでいるということもあるかもしれません。上層部が権力者と懇ろになり、完全に取り込まれていることに対するうっぷん晴らしという側面もあるのかもしれないのです。

Yahoo!ニュース
NEWSポストセブン
7万円ステーキ汚職の総務省が「文春にリークした犯人捜し」に血眼になっている

長くなりますが、引用します。

 そもそも山田氏の広報官としての強権ぶりは官邸記者たちにすこぶる評判が悪かった。会見に参加する記者たちから事前に事細かに質問内容を聞き出し、それをもとに官僚が「答弁書」を作り、菅首相はお得意のペーパー読み回答をするだけだった。こんなものは記者会見とは呼ばない。中国か北朝鮮の国営メディアのインタビューと同じである。その会見で山田氏は、政権の意に沿わない質問をする記者は徹底的に無視して、いくら手を挙げても指さない。首相の答えに納得せずに食い下がる記者を制止し、最後は「このあと日程があります」と、質問の途中でも強引に会見を打ち切って首相を逃がすガードマンの役割だった。

 そもそも首相会見は記者クラブが主催しているものだ。山田氏に司会をさせて、その傍若無人を許している記者クラブのほうこそ情けないのだが、それでも山田氏に逆らえない理由が大手マスコミにはある。それこそ、今回の菅正剛氏(菅首相の長男)による高額接待の舞台となった総務省「情報流通行政局」の存在である。

 この部署は2008年に新設された新しいセクションで、その生みの親こそ、第一次安倍内閣で総務大臣を務めた菅氏だった。ここにNHKから民放、衛星放送まですべての許認可を集中させ、系列の新聞社を含めて大手マスコミに睨みを利かせる“放送マフィア”の役割を担わせた(ちなみに電波の割り当てを行う総合通信基盤局は「電波マフィア」と呼ばれる)。安倍内閣、菅内閣を通じて政権がマスコミに高圧的に接し、会見は適当、NHK人事にまで介入したと疑いをかけられてきたのは、この放送マフィアの存在ゆえだ。総務省のドンである菅氏は、この局にお気に入りの菅派官僚を集め、マスコミ支配の道具にしてきた。山田氏も総務省時代に同局の局長を務めたマフィアのボスである。


何度も言いますが、菅義偉は政治家ではなく政治屋なのです。政治屋が総理大臣になったのです。そして、その政治屋に急所を握られた大手メディアは、いいように手玉に取られてきたのでした。
2021.02.27 Sat l 社会・メディア l top ▲
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新宿駅~武蔵五日市駅~浅間尾根登山口バス停~【浅間嶺】~払沢の滝入口バス停~武蔵五日市駅~拝島駅~立川駅~武蔵小杉駅

※山行時間:約5.5時間(休憩等含む)
※山行距離:約12キロ
※累計標高差:919m(登り)1250m(下り)
※山行歩数:約21,000歩
※交通費:2,036円


一昨日(20日)の土曜日、奥多摩の浅間嶺に登りました。当初、長沢背稜の三ツドッケ(天目山)に登る予定でしたが、前夜、あまり寝てなかったので、慎重を期して「予備」の浅間嶺に行くことにしました。それで、今回のホリデー快速では、8号車から10号車の「あきかわ号」に乗りました。

春を思わせるような好天が予報されていましたので、ハイカーも多いのではないかと思いましたが、意外にも車内はガラガラでした。

ちなみに、三ツドッケは、奥多摩駅から日原街道を行った東日原のバス停に登山口があります。一昨年の台風19号の被害で、1年以上運休していた東日原のバス便が昨年の12月にやっと開通したので、川苔山の百尋ノ滝ルートなどとともに登山も可能になったのでした(ただし、鷹ノ巣山の稲村岩尾根ルートは登山道の被害が甚大で未だに再開されていません)。三ツドッケは、片道(登り)だけで6キロ近くありますので、もう少し日が長くなってから登ろうと思っています。

いつものように新宿駅6時46分発のホリデー快速「あきかわ号」に乗ると、終点の武蔵五日市駅には8時ちょっと過ぎに着きます。しかし、目的の数馬行きのバスは9時しかなく、1時間近く待たなければなりません。それで、バス停のベンチで朝食のおにぎりを食べてバスを待ちました。出発時間が近くなるとハイカーの行列ができましたが、もちろん私が一番先頭でした。密を避けるためか、バスは臨時便も出ましたが、二台目のバスには半分も乗っていませんでした。私たちが乗った先頭のバスも、全員が座ることができました。

浅間嶺は二度目ですが、今回は檜原街道の「浅間尾根登山口」のバス停から登って、帰りは「払沢の滝入口」のバス停まで歩くことにしました。距離は12キロくらいあります。山を歩く持久力を付けるためには、日頃からできる限り長い距離を歩くことが大事だということに遅ればせながら気付いたのでした。

バス停から尾根の上までは1時間弱でした。この程度だと休憩もなしに登ることができます。それから尾根道を歩いて浅間嶺の展望台まで1時間半かかりました。途中で写真を撮ったり、眺望があるところではしばらく足を止めて景色を堪能したりと、マイペースで歩きましたが、それでも私が利用している登山アプリのコースタイムと比べると30分はやく着きました。今回はそれほどバテた感じはありませんでした。と言うか、現金なもので、逆に物足りないくらいでした。

こうやって奥多摩の山に通っていると、最近は奥多摩の山が身近に感じられ、愛着を覚えるようになりました。このところ憂鬱な気分が続いていましたので、山に行くと山に慰められているような気がします。山は、たしかに嫌なことも憂鬱なことも忘れさせてくれるのでした。

登る途中、私としてはめずらしく追い抜いた中年のカップルがいましたが(イチャイチャしていたので夫婦ではないのかもしれない)、尾根に上がって眺望の開けたところで山を眺めていたら、目の前をさっさと通り過ぎて行きました。いらぬお節介かもしれませんが、もっと山を楽しめばいいのにと思いました。

展望台に行くと、大声でバカ話をしながらインスタントラーメンを食べているおっさんのグループがいました。ラーメンを食べたあとはみんなで煙草をプカプカ吸っていました。いつも思うのですが、ホントにインスタントラーメンは一滴も残さずに全て平らげているのでしょうか。バス待ちの列に平気で割り込んだり、鼻をかんだティッシュを登山道の脇に捨てたりするような日頃のマナーを考えると、食べ残したものを律義に持ち帰っているとはとても思えないのです。

山でカツ丼を作っているユーチューバーの動画を観たことがありますが、ネットではそういった軽薄な登山がまことしやかに流通しているのです。

登山雑誌とネットが、山メシなるもの(と言ってもインスタント食品を温めるだけ)やコースタイム至上主義のような軽薄な登山を助長させたと言っても過言ではないでしょう。そうやって少しでも多くの広告を集めるために、アウトドア用品のあらたな市場を開拓しているつもりなのかもしれません。

登山雑誌と言えば聞こえはいいですが、『山と渓谷』が「山と広告」とヤユされるように、今や登山雑誌もカタログ雑誌と化しています。特集記事も、毎年使いまわされたものばかりで、余程の物好きか山のビギナーでない限りわざわざ買って読むほどの価値はありません。雑誌の販売より広告収入に依存したカタログ雑誌の休刊のニュースが女性誌で相次いでいますが、登山雑誌も早晩同じ運命を辿るのは目に見えているように思います。もっとも老舗と言われる登山雑誌は、既にいづれも売却の憂き目に遭っており、今後、広告収入の減少によって、譲渡先から足手まとい扱いされリストラされる可能性も大きいでしょう。身も蓋もない資本の論理を山に持ち込んだのは彼らなのですから、自業自得とも言えるのです。結局、生き残るのは、京都大学山岳部の有志によって創刊されたという輝かしい歴史を持つにもかかわらず、東京新聞からモンベルに譲渡され、金をもうけたら”文化人風な能書き”を垂れたい(間違っても順序は逆ではない)成金会長の”自己満誌”のようになっている『岳人』だけかもしれません。

浅間嶺のウリは、昔の奥多摩を彷彿とさせるような眺望です。前も歩いた人里(へんぼり)峠と浅間嶺の間に伐採地があり、そこからの眺望も見事でしたが、浅間嶺から時坂(とっさか)峠に下る間にもあらたに伐採地ができていました。そのあたらしい伐採地からも目の前に御前山や大岳山がそびえ、さらには三頭山やその奥に雲取山や飛龍山も見渡せました。また、東の端には先日登った馬頭刈尾根から続く鋸尾根の上にポツンと飛び出した鋸山の特徴のある山容も見ることができました。

途中、北側の巻き道には残雪が凍結した箇所があり、石尾根のときと同じように山側の足跡が少ない斜面の上を歩きました。しばらく行くと、下から登って来る若い男性とすれ違いましたが、足元を見るとスニーカーでした。たしかに浅間嶺はハイキングと言ってもいいいうような行程ではあるものの、凍結した道をスニーカーで登るのはちょっときびしいのではないかと思いましたが、山にひとりで来る若者はコミュ障みたいな男の子が多いので(ホントに)、声をかけずらいのです。昨日はひとりでブツブツ言いながら登っている20~30代の青年もいました。

下山地の「払沢の滝入口」のバス停に着いたのは、15時過ぎでした。バス停の前にある有名豆腐店の前では、滝見物の観光客の行列ができていました。その行列を眺めながらバスを待ちました。

帰りはいつものように武蔵五日市駅から拝島駅、拝島駅から立川駅、立川駅から南武線で武蔵小杉駅、武蔵小杉駅からは東横線で最寄り駅まで帰りました。武蔵小杉までの車内ではほとんど寝ていました。最寄り駅に着いたときは、19時近くになっていました。

追記:
栃木県足利市の山火事は6日目(25日現在)になりましたが、鎮火の見通しはまったく立ってないそうです。最初に火の手が上がったのは、両崖山山頂近くのベンチなどが設置されているハイキングコース内の休憩場所だそうで、山メシを作るためのバーナーの火が飛び火したか、あるいは煙草のポイ捨てが原因ではないかと言われているみたいです。さもありなんと思いました。特に今の時期は、落ち葉(枯葉)が多いので、風が強いと瞬く間に燃え広がっていくでしょう。
もちろん、火事だけではありません。食べ残したものを山に捨てると、熊が人間の食べ物に興味を持ち、人間に接近してくるようになると散々警告されてきました。しかし、一部のハイカーには馬の耳に念仏なのでした。食べ残したものを山に捨てるのは、熊などの野生動物に迷惑をかけることになるのだという最低限の認識さえ持てないハイカーも少なくないのです。
しかも、こういった軽薄な登山を登山雑誌やネットが「今風の登山スタイル」であるかのように喧伝しているのです。テン泊だと、テン場のような管理された場所で火器を使うので、一応マナーの周知もできますが、日帰りの場合、どこでも野放図に火を使うことになります。足利のような山火事がどこでも起こり得ることだけはたしかでしょう。前も書きましたが、鳩ノ巣駅の待合室で焚火をするようなとんでもない不心得者さえいることを忘れてはならないのです。


※サムネイル画像をクリックすると拡大画像がご覧いただけます。

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浅間尾根登山口バス停(数馬方面の建物)
檜原街道沿いのバス停はこういった屋根付きが多く、バス待ちするハイカーにはありがたいです。
ここは前に反対側の笹尾根から下りたことがあります。
写真のバス停の上は、「中央区の森」になっています。

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檜原街道から林道に入り、橋を渡って進む

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上から橋を見る

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林道を左折して民宿(看板)の方へ進む

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登山道
とても歩きやすい

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同上

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同上

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同上

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尾根の上に着いた(数馬分岐)

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以後、尾根道を歩く

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ところどころで御前山が見える

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チェックポイントの「サル石」
猿の手形が付いているとかなんとか言われている石

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こういった尾根道を尾根のピーク(浅間嶺)に向けてひたすら歩く

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同上

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浅間尾根の尾根道も、昔は村人が峠越えするための生活道路だったので、至るところに地蔵像や古い道標や小さな祠があります。
山に行ったときだけですが、ひとつひとつお賽銭を上げて手を合わせています。そのためお賽銭用の10円玉を忘れずに持って行くようにしています。

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少し崩落した箇所もある

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朽ちた橋
通行注意の札が下げられていた

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人里峠の道標
前回はここに登ってきました。

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最初の伐採地
御前山とその奥の小さく映っているのが雲取山と飛龍山

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大岳山
大岳山の山容は特徴があるのですぐわかります。

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スマホで撮影
カメラの露出を間違えただけなのにカメラが壊れたと思って、スマホで撮りました。

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巻き道と尾根道の分岐標
前回は巻き道に行ったので、今回は尾根道を選択

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ここがホントの山頂?

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山頂の祠は壊れていた
でも、手を合わせました。

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休憩所

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休憩所の建物の向こうに大岳山

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休憩所の裏の坂を登ると展望台

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山頂標識は展望台にある

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展望台からの眺望

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同上

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払沢の滝に向けて下る
このあたりは霜が溶けてドロドロでした。転ばないように慎重に歩きました。

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あたらしい伐採地
下で作業をしていた

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鋸尾根と鋸山(左側の尖っている山)

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石ころだらけの沢沿いの道

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前回も紹介しましたが、「ぽつんと一軒家」に出た蕎麦屋
現在は経営者が変わっているみたいです(11月~4月まで休業)。

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これも前回も紹介しましたが、「甲州古道」の表示

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峠の茶屋(閉店)の前からの眺望

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車両通行止めの林道を歩いて時坂峠に向かう

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このような注意書きもありましたが、鎖を外して入って来たのか、中年の男性が運転する一般車両が走って来たのでびっくりしました。また、時坂峠では、普通の恰好をしたお母さんと小さい女の子が登って来たので、それにもびっくりしました。

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時坂峠からの下り

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前回台風で崩落していた箇所に新しく橋が架けられていました。

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集落のすぐ上の道
柚子が沢山落ちていました。
黄色の花も至るところに咲いていました(あとで福寿草だと知った)。

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「払沢の滝入口」バス停
2021.02.22 Mon l 山行 l top ▲
Yahoo!トピックスに「アパレル苦境 相次ぐ人員削減」という東洋経済の記事が掲載されていました。

Yahoo!ニュース
東洋経済オンライン
アパレル苦境で「人減らし」の嵐がやまない 三陽商会、ワールドなど相次ぎ希望退職の発表

コロナ禍の自粛によってアパレルが売れなくなったのは、誰でも容易に理解できることでしょう。先日、近所のクリーニング店に行ったら、売上げが半分以下に落ちて廃業の危機だと店主が嘆いていました。特にワイシャツの落ち込みが大きいと言ってましたが、もちろんワイシャツだけでなく、いわゆる通勤着をクリーニングに出す頻度も少なくなっているはずです。ほかに、リモートワークとマスクの影響で化粧品の落ち込みも大きく、資生堂もとうとう赤字に転落しました。

ただ、アパレルの苦境は今に始まったことではありません。モードの時代はとっくに終わっているのです。自分を振り返ってみればわかりますが、もうおしゃれをして街を歩くことに高揚感を覚えることはなくなったのです。言うなれば、コロナ禍でとどめを刺されたにすぎないのです。

文化的な最先端の商品であるアパレルが売れなくなったのは、現代の先進資本主義が行き詰ったことを意味しているのです。アパレルの苦境は、現代資本主義の苦境を映し出しているのです。

アメリカの若者たちの間では、社会主義者のバーニー・サンダースがカリスマ的な人気を博していますが、アパレルが売れなくなったということと、バーニー・サンダース人気は無関係ではないのです。それは、牽強付会な話ではありません。既にそうやってポスト資本主義を模索する流れが始まっているのです。見方によっては、”トランプ現象”もその流れのひとつとも言えるのです。世界は間違いなくポスト資本主義に向けて流動化しているのです。そして、ポスト資本主義のキーワードが、右か左かではなく「上か下か」だというのももはや自明です。

私は、以前、『誰がアパレルを殺すのか』という本に関連して、アパレルの低迷が現代資本主義の”宿痾”を表しているという、以下のような記事を書きました。ご参照ください。

ちなみに、下記の記事の中で触れている総務省の家計調査による「1世帯当たりの年間の被服及び履物の消費支出額」に関して言えば、2000年と最新データの2020年を比較すると、2000年が182,266円で2020年が92,291円です。この20年で何と半分になっているのです。


関連記事:
『誰がアパレルを殺すのか』
2021.02.19 Fri l 社会・メディア l top ▲
オリンピック・パラリンピックの招致に関しては、投票権があるIOC(国際オリンピック委員会)委員たちに対する買収疑惑がずっと以前より指摘されてきました。それは、東京オリンピックも例外ではありませんでした。JOC(日本オリンピック委員会)の竹田恒和会長(当時)も、東京オリンピック開催のために、一部のIOC委員に200万ユーロ(約2億5000万円)を支払ったとしてフランスの検察当局の捜査対象になりました。そのため、一昨年の6月、任期満了をもって退任したのですが、それは実質的な引責辞任だと言われています。

東京五輪の疑惑については、2019年1月にロイターのEdward Hadasという記者が、下記のようなコラムを書いていました。

PEUTERS
コラム:東京五輪にも疑惑浮上、「不正の連鎖」断ち切れるか

(略)過去数十年、五輪の開催国は常に損失を出してきた。日本も例外ではない。東京五輪の組織委員会は放映権や企業のスポンサー料、チケット販売などで約6000億円の収入を見込んでいる。一方、日本の会計検査院は、関連経費を含めた支出は2兆8000億円超になると指摘している。

これでは賄賂に支払う財源などないように見えるかもしれない。しかしコストの大半は、専用の競技施設や選手の宿泊施は無駄にならないとの皮算用をはじく政府が負担している。収入のほとんどを手にする各国の五輪委員会とIOCは、少なくとも競技が実際に始まるまで資金繰りに余裕があるものだ。

つまり、ばらまく現金は存在する。そして、開催地を決めるIOC総会で投票権を持つ96人の委員のうち、少なくとも一部の票は買収し得る。

なぜ赤字の大会を開催するために金を払うのか。施政者が成功というシンボルを手に入れたいからだ。世界から注目を集めるとともに、オリンピック精神の輝きを手に入れることができる。これまで多くの影響力ある人たちが、スポーツイベント開催の栄光に浸るため、倫理を無視してカネを払うこともいとわない姿勢を取ってきた。


安倍総理は、東京五輪は東日本大震災の被害から「力強く復興しつつある被災地の姿を、世界に見てもらうため」の「復興五輪」だと言っていました。一方、菅総理は、五輪開催は「人類が新型コロナウィルスに打ち勝った証し」だと言っています。開催理由なんて、そのときどきの都合で変わっていくのです。ホントはどうだっていいのでしょう。

また、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の職員数は、開催するまでに7000人~8000人に増やす予定だと言われていましたが、今年1月時点で3500人です。それとは別に、理事が35名、参与や評議員や顧問、各委員会の委員などが100名以上います。

これらの人員に対して、当然報酬が払われています。理事には最大年間2400万円の報酬が支払われているという話もあります。昨年12月に公表された最新データによれば、総経費は1兆6440億円で、開閉会式の制作等の業務委託をしている電通との契約金額は165億円だそうです。

言うなれば、これは五輪招致で生まれた既得権益です。中止になれば、この既得権益が一瞬で失われるのです。仮に中止にするにしても、できる限り先延ばしにしようと考えてもおかしくないでしょう。それは税金を食い物にする公務員の習性のようなものです。

しかし、メディアは、開催が近づくにつれ、オリンピックに関する疑惑を報道することはなくなりました。五輪開催の問題が、あたかも森個人の問題であったかのように報道するだけです。それが問題のすり替えであるのは言うまでもありません。

IOCは無観客の開催も視野に入れているようですが、もしそうなれば、菅総理は観客のいないスタンドに向かって、開催は人類が新型コロナウィルスに打ち勝った証しだと演説して胸を張るのでしょうか。これほど滑稽な光景はないでしょう。

昨夜の福島県沖のマグニチュード7.1の地震は、10年前の地震の余震だと言われていますが、この余震が開催をいっそう困難にする可能性もあるでしょう。

ワクチンが、ホントに感染収束の”魔法の薬”になるのか誰もわからないのです。ただ、そうなればいいと思っているだけです。しかも、そのワクチンさえ国民全員に行き渡らない中で、開催を強行すると言うのです。狂気の沙汰としか思えません。一体誰のために、何のために開催するのか、という疑念を抱かざるを得ません。どう考えてもオリンピックなんてできるわけがないのです。


関連記事:
東京五輪とメディアの病理
2021.02.14 Sun l 社会・メディア l top ▲
噂の真相2000年6月号2


今はなき『噂の真相』は、現在、日本中から袋叩きに遭っている森喜朗が、早稲田大学の学生時代に、売春等取締条例(売春防止法の前身)違反で警視庁に検挙された前歴があることをスッパ抜いたのでした。それは、彼が内閣総理大臣に在任中のことでした。また、記事では、彼がマスコミから「サメの脳ミソ、ノミの心臓、だが下半身はオットセイ」とヤユされていると書いていました。

その記事が掲載された『噂の真相』の2000年6月号から一部を抜粋します。

今回、本誌の取材に匿名で応じてくれた警視庁OBが重い口を開く。
「あれはそう、今から40年ほど前、確か昭和33年のことだった。その年の4月に赤線(半ば公認された売春地域)を廃止する売防法が施行されるというんで、2月1日から青線(非公認の売春地域)や白線(もぐりの売春)業者の一斉摘発に乗り出したんだ」
(略)
   一方の森は当時20歳。早稲田大学商学部にコネで入学し、ラグビー部に入部したものの胃潰瘍を患って退部。雄弁会に入るまでは酒浸りの日々を送っていたという。警視庁OBが続ける。
「その年(昭和33年)の2月17日から18日にかけて、新宿や浅草などの青線、白線業者を売春等取締条例違反などで一斉摘発し、業者や女、客ら20人近くを検挙したんだが、その客の中に、当時まだ早稲田の学生だった森、そう、今の総理大臣がいたんだよ」
(略)
「売防法と違って、当時の条例は売春業者側だけじゃなく、客も検挙したからね。森は検挙された客の一人だった。一目見ていいところの坊ちゃんだと思ったよ。結局、石川県では有名なエライ町長さんの息子で、将来もある若者だということで、1週間くらいで起訴猶予になったと記憶している」

(『噂の真相』2000年6月号 「サメの脳ミソ」と「ノミの心臓」を持つ森喜朗”総理失格”の人間性の証明)


この記事に対して、森側は名誉棄損で民事訴訟を起こしました。それに対して、『噂の真相』は、検挙された際の事件番号や指紋等の証拠を裁判所に提出。裁判所から証拠の真偽を求められた警視庁は回答を拒否。結果的に、森側も示談金も謝罪もなしで和解することに同意したのでした。

尚、同記事では、検挙された件だけでなく、「下半身がオットセイ」の面目躍如たるさまざまな醜聞も書かれていました。そんな森は「文教族」のドンで、常々日本人のモラルの低下を嘆き、あるべき愛国教育の必要性を唱えていたのでした。

言うなれば、女性差別(蔑視)発言は出るべくして出たと言えるのです。

そんな「サメの脳ミソ」の女性差別(蔑視)発言に対して、内外から批判の嵐が止まりません。それどころか、当初、擁護もしくは黙認していたIOCのバッハ会長やJOCの山下泰裕会長、小池百合子東京都知事や橋本聖子オリンピック担当相や自民党の「名誉男性」である野田聖子議員や稲田朋美議員、果てはワイドショーのコメンテーターの山口真由までもが、次々に手の平を返して批判に転じているのでした。その豹変ぶりは見事と言うほかありません。

中でもいちばん見事な手の平返しは、森発言を受けてオリンピックのボランティアを辞退した人間たちでしょう。彼らこそ、いけ好かないカマトトと言うべきです。ボランティアを辞退した人間たちに対する二階の発言が顰蹙を買っていますが、しかし、二階に痛いところを突かれたと言えなくもないのです。

それに忘れてはならないのは、このような手の平返しの風見鶏たちは、オリンピック開催に異議を唱えているわけではないということです。オリンピックを開催する上で、森発言が阻害要因になったと考えているにすぎないのです。

一方で、森に引導を渡せないのは、森がオリンピックを巡る利権の采配に絶大の力を持っているからだと見方がありますが、さもありなんと思います。

私は、以前、JOCの山下泰裕会長についても、森と同じように「サメの脳ミソ」であるかのような書き方をしましたが、そんなJOCの中で唯一マトモな意見を発信している山口香氏が、スポーツジャーナリストの近藤春夫氏によるインタビュー記事の中で、東京五輪の闇の部分について、次のような発言をしていたのが目に止まりました。

Yahoo!ニュース
山口香JOC理事「国民が五輪開催のリスクを負うことが問題」契約の不透明さに疑義

「(略)それに五輪に関してオープンにされていないことが、あまりにも多いんです。

たとえば今回、『IOCが中止を発表するか、東京が返上するか、それによって違約金の問題が生じるからチキンレースだ』みたいに言われていますよね。でも本当のところは私も知りません。なぜならば、IOCと東京都が、どのような契約を結んでいるかがオープンにされていないからです。こんな状況下では開催できないと東京が返上した時に、どれだけの違約金を支払うのかは契約時に決まっているはずです。それを国民にオープンにするべきではないでしょうか。

それが開示されたならば国民の判断材料になります。コロナ対策費と比べてどうなのか、五輪を開催すべきかやめるべきなのかを、お金=税金の観点からも考えることができます。なのに、この部分が国民に知らされていないのはおかしいんですよ」

──五輪に関してはブラックボックス化されていることが多くあるように思います。今回を機に、もっとオープンにされるべきですね。

「ええ。私は今回の五輪に関しては、日本国民の思いが大事だと思っています。IOCから押し付けられるものではないでしょう。そのために、判断材料となる正確な情報が国や組織委員会から発信されるべきなんです」


どういう契約になっているのか、JOCの理事すら知らないというのは、驚くべきことと言わねばならないでしょう。ここでも、政府と大会組織委員会の「由(よ)らしむべし知(し)らしむべからず 」の姿勢が存在するのです。

山口香氏が言うように、国民は〇〇〇桟敷に置かれているのです。国民はもっと怒るべきでしょう。ホントにオリンピックどころじゃないと思っているのなら、ミャンマーの国民のように声をあげるべきでしょう。オリンピック開催の問題には、私たちの命と生活がかかっていると言っても大袈裟ではないのです。

くり返しますが、今になって手の平を返している人間たちは、間違っても開催することに反対しているわけではないのです。ただ阻害要因を一掃して、開催にごぎつけようと思っているだけです。それは、森叩きに狂奔しているメディアも同様です。彼らも東京五輪の利権に連なっているわけですから、本心は開催されないと困るのです。

要するに、「サメの脳ミソ」の森は、オリンピック開催のためにスケイプゴートにされている(されつつある)のです。そのために現在(いま)、さまざまな政治的な思惑が交錯する中で、開催を前提にした悪あがきのような綱引きが行われているのだと思います。

追記:
ダークな東京五輪を象徴する(電通と二人三脚の)森喜朗にはがんばって貰いたいと思っていたのですが、辞任のニュースが流れてがっかりしました。最後に「ノミの心臓」の弱点が出た感じです。メディアは調整役がいなくなって開催が益々不透明になったみたいな言い方をしていますが、くれぐれも眉に唾して聞く必要があるでしょう。オフィシャルパートナーやメディア委員会に名を連ねる新聞社やテレビ局が、本音では”開催したい派”であることをゆめゆめ忘れてはならないのです。これで障害がなくなり開催のハードルが低くなったと安堵している関係者も多いはずです。後任に若くてクリーンな?操り人形を選んで、”いろいろあったけど、みんな水を流してオリンピックを楽しもう”という開催キャンペーンが、これから新聞やテレビを先頭にはじまることでしょう。(※後日、スケートの橋本聖子が後任に選ばれたのに伴い、太字にしました)



関連記事:
オリンピックなんてできるわけがない
2021.02.11 Thu l 社会・メディア l top ▲
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新宿駅~奥多摩駅~水根バス停~【六ッ石山】~石尾根縦走路~奥多摩駅~青梅駅~立川駅~武蔵小杉駅

※山行時間:約7.5時間(休憩等含む)
※山行距離:約16キロ
※標高差:960m(登り)1140m(下り)
※山行歩数:約29,000歩
※交通費:2,713円


一昨日 おととい(6日)の土曜日、奥多摩の六ッ石山(1478メートル)に登りました。六ッ石山の水根ルートも、奥多摩三大急登に数えられる急登です。六ッ石山には去年の3月にも登っていますので、これで二度目です。

いつものように、新宿駅から6時45分発のホリデー快速おくたま号に乗って奥多摩駅に向かいました。乗客は前回の本仁田山のときより多く、座席がほぼ埋まるくらいでした。それでも通勤電車並みに混雑するコロナ前に比べると、半分くらいです。

奥多摩駅に着いて駅前のバス停に向かうと、既に長蛇の列でした。どうやら定時のバスとは別に臨時バスが出るみたいです。私も列の後ろに並びました。水根のバス停までは15分くらいですが、バスの中は超満員で、乗車口のステップの上にも乗客が立っていました。普通のバスと違って乗客がそれぞれ大きなザックを持っているので、奥の方にいると、途中で降りるのが大変です。それで、降りやすいように、前の降り口に近いところに立ちました。

水根で降りたのは二人だけでした。しかし、水根は六ッ石山だけでなく鷹ノ巣山の水根沢ルートの登山口でもあるので、歩いて5分くらいしか離れてないひとつ先の奥多摩湖のバス停で降りて、水根まで歩いて来るハイカーも多くいました。しかも、現在、水根のバス停の前にあるトイレが建て替え中で利用できないため、よけい奥多摩湖で降りる人が多いみたいです。

水根のバス停からは車道を渡って脇の林道を登ります。二度目なので勝手知ったという感じで登って行きました。既に隣の奥多摩湖のバス停からも次々にハイカーがやって来て林道を登り始めていました。

鷹ノ巣山の水根沢ルートの道と岐れ、さらに右の方へ林道を登って行くと、民家の脇に手すりの付いた登り口が見えました。バス停から15分くらいです。

登山口に入ると、さっそく樹林帯の中の九十九折の道がはじまります。10分くらい歩くと、産土(うぶすな)神社の鳥居と祠が目の上に現れました。去年登ったときはピストンでしたので、登るときと下りのときに産土神社で手を合わせましたが、今回は山頂から奥多摩駅へ石尾根を縦走するので、手を合わせるのは一回きりです。いつものように、登山の安全を祈り、お賽銭をあげて柏手を打ちました。

これから先には、風の神土(かぜのかみつち)とトオノクボの二つのチェックポイントがあります。トオノクボまではずっと急登が続きます。特に、前回は風の神土・トオノクボ間が一番きつかった記憶があります。

しかし、今回は、タイム的には順調でした(それでも一人に追い抜かれたけど)。スタートの時間は、前回とほぼ同じだったのですが、30分くらい早いペースで登っていました。

しかも、急登はトオノクボまでで、トオノクボからは防火帯の広い道になり、登りもなだらかになります。それまでの急登と比べると別世界のようで、あれよあれよと言う間に山頂に着いた感じでした。このまま行けば、去年より30分はやく山頂に到着するはずでした。

ところが、防火帯に入ると途端にペースが落ちて、足がまったく前に進まなくなったのでした。去年はあれほど急登から解放されてルンルン気分だったのに、まるで悪魔に取りつかれたみたいでした。太腿の筋肉が痙攣を起こし、挙句の果てには踵の靴擦れが我慢できないくらい痛くなりました。それで、雪の上にしゃがみ込んで、靴と靴下を脱ぎ、持参したマメ用のパットを貼りました。パットのおかげで靴擦れは緩和しましたが、痙攣は間断なく続きました。

結局、トオノクボから山頂まで、去年と比べて30分よけいかかりました。そのため、到着時間は去年とまったく同じでした。

どうして今年は後半にあんなにバテてしまったのか。つらつら考えるに、いわゆるシャリバテだったような気がします。ダイエットをしているということもあって、前夜はコンビニのサンドイッチを食べただけで、朝はなにも食べてなかったのです。持って行ったのは、行動食がドーナツ1個で、昼食はミニクロワッサンの4個入りのパンでした。登る途中で食べたのは、ドーナツだけでした。おしっこも血尿が出ているんじゃないかと思うようなドロドロした濃い色で、あきらかに水分不足を示していました。

なんだか登山に対する慣れと惰性によって、杜撰な面が出ているように思います。私は、予備がないと不安症候群なので、非常に慎重な一面がある一方で(だから、なかなかステップアップできない)、始末の悪いことに杜撰な面もあるのです。たしかに登山でステップアップするには勇気が必要ですが、しかし、それと杜撰であるということはまったく別でしょう。

六ッ石山の山頂は、私のように六ッ石山を単独で登った人間より、隣の鷹ノ巣山から石尾根を下る途中に立ち寄るハイカーの方が多いくらいでした。しかも、20代~30代くらいの若い男性が多く、ほとんどがソロでした。夫婦やグループで登って来る人はまったくと言っていいほどいませんでした。

当日は春を思わせるような晴天でしたので、山頂からの眺望もこれ以上ないくらい恵まれました。午後になっても雲がかかることなく、どこまでも青空が広がっていました。

ただ山頂周辺はまだ雪が残っていました。六ッ石山の山頂にはベンチがないので、皆さん、残雪の上にシートを敷いて座っていました。私は、近くに座った70をすぎたとおぼしきベテランハイカーの男性と、お喋りをしながらパンを食べました。男性は、バーナーでお湯を沸かしてインスタントラーメンを食べていました。

男性とは、現天皇が皇太子時代に登った際に各地の山に作られたと噂されている「プリンスルート」について話が弾みました。中でも有名な新潟の平ヶ岳の「プリンスルート」には(このブログでも日の出山の記事で触れていますが)、男性は実際に登ったことがあると言っていました。

水根バス停から六ッ石山山頂までは4.7キロですが、これから歩く石尾根は10キロ以上あります。大体3時間くらいを予定しているのですが、私は日没にならないか心配でした。「大丈夫ですかね?」と訊いたら、「今日は快晴なので全然大丈夫ですよ」と言われました。

また、山頂あたりはまだ雪が残っているので、チェーンスパイクを装着しなくて大丈夫か訊いたら、「必要ないですよ」と言われました。しかし、そういった他人の言葉を信じた私が浅はかで、あとでチェーンスパイクを装着しなかったことを後悔しました。石尾根縦走路は北側に巻く道が多いのですが、北側の巻道には雪が残っていて、しかも踏み固められた雪がカチカチに凍っている箇所も多く、うっかり滑って転んだりしたら斜面に滑落する危険性があります。それで、なるべく踏み跡を避けて山側の雪の上を歩くようにしました。ところが、そのために、再び太腿の筋肉が痙攣しはじめたのでした。

下りの3時間は文字通りの苦行でした。別に道に迷うようなところはありませんでしたが、途中で歩けなくなり遭難するんじゃないかという不安が頭を掠めました。下まで下りて林道と合流すると集落が見えてきましたが、集落の家にしばらく休ませて貰うよう助けを求めようかと思ったくらいです。しかし、今のご時世では、それこそコロナの使徒みたいに忌み嫌われるだけでしょう。家の住民がキャーと叫びながら裸足で逃げ出すかもしれません。

それで、林道をショートカットした途中にあった神社の境内でしばらく休みました。その神社には、昨年だったか?熊が出没したそうです。

昨年の秋から、私はいわゆるガレージブランドのウルトラライトのザックを使っているのですが、一昨日はやたら腰が痛くてなりませんでした。腰ベルトがなく、全て肩で背負うようになっていますが、おそらくパッキングが下手なので、過重に偏りが生じて、それが背面の歪みになって腰に無用の負担を強いたのだと思います。片手でザックの底を少し持ち上げるようにすると、全然楽になりました。

靴擦れと痙攣と腰痛、まさに三重苦で踏んだり蹴ったりでした。ウルトラライトのザックを使うのはやめて、また前のザックに戻ろうと思いました。ウルトラライトのザックの場合、ザックだけ軽くしてもダメで、中身も軽くしなれば意味がないのです。たとえ日帰りでも、荷を軽くするために中身を削るというのは、やはり登山の装備としては本末転倒しているように思います。

予定どおり3時間かかって、午後4半近くに奥多摩駅に戻ってきました。まだ日没まで30分くらいありました。下りでは4人から抜かれましたが、皆さん、ホントにびっくりするくらい速足なのでした。と言って、私のペースが極端に遅いというわけではありません。いつも利用している登山アプリのコースタイムとほぼ同じくらいのペースです。

もちろん、私と違って彼らは健脚なのでしょう。体力があるということは、それだけ余裕を持って登山ができるという安全面でのメリットはたしかにあるかもしれません。しかし、一方で、過信が生まれ、それが無謀につながる懸念もあるように思います。実際に、山の遭難事例を見ると、下山時の転倒や滑落は道迷いに匹敵するくらい多いのです。ハイカーの構成比から言って、高齢者が多いのは当然ですが、しかし、20代や30代の若者もいないわけではありません。トレランや登山サイトの山行記録の影響なのか、一部にコースタイム至上主義のような風潮がありますが、そういった軽薄な風潮が滑落事故等のリスクを招来している面がないとは言えないでしょう。

まるで何かに急かされるように急ぎ足で下りて行く人たちを見ていると、なんだか電車が来てもないのに駅のエスカレーターを駆け下りて行くサラリーマンの姿が連想されてならないのでした。

奥多摩駅の前のベンチで30分くらい休憩して、いつものように奥多摩から青梅、青梅から立川、立川から南武線で武蔵小杉を経て、東横線で最寄り駅に帰りました。

ちなみに、スマホのアプリでは、一昨日の歩数は32000歩、歩行距離は22.85キロになっていました。


※サムネイル画像をクリックすると拡大画像がご覧いただけます。

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奥多摩駅ホーム(スマホで撮影)

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駅前のバス停(スマホで撮影)

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車道を渡って右の林道に入る

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正面が鷹ノ巣山の水根沢ルート、右方面に進むと六ッ石山の登山口

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登山口

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産土神社

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神社の謂われ

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急登は続く

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風の神土

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さらにトウノクボまでの急登

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防火帯を過ぎると雪景色

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やっと山頂

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山頂標識

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山頂の様子

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南アルプスの間ノ岳や北岳?もかすかに見える

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山頂から石尾根分岐までの道

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三ノ木戸山分岐

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北側の巻き道は残雪

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北側を外れると、雪の代わりに落ち葉が膝近くまで積もっている

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石尾根縦走路の標識

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こういう危なっかしい橋もあった

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稲荷神社(チェックポイント)の鳥居

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やっと三ノ木戸林道と合流

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羽黒三田神社
ここで休んだ
2021.02.08 Mon l 山行 l top ▲
前回の記事で書きましたが、あらたに罰則規定を設けた特別措置法と感染症法の改正案が、昨日成立しました。国民の私権を制限する法案にも関わらず、衆参合わせて僅か4日の審議で成立したという、全体主義国家まがいの拙速さでした。

Yahoo!ニュース
時事通信
審議4日、懸念置き去り 政府、曖昧答弁に終始 コロナ対策法

成立した途端、メディアのアリバイ作りのために、上記のような問題点を指摘する記事が出るのもいつものことですが(だったら先に言えよという話ですが)、この改正案が与党と立憲民主党の談合によって成立した事実は、いくら強調しても強調しすぎることはないでしょう。

参議院の予算委員会で、立憲民主党の徳永エリ議員が、与党議員の銀座夜遊び問題に関連して、「特別措置法の改正案では、要請に従わない人には罰則を科す。自分たちは(自粛を)守らないで、国民には守らないと罰則を科すなんてメチャクチャではないか」(朝日)と言っていましたが、そのメチャクチャな法案の成立に手を貸したのはみずからの党なのです。徳永議員も、そう言いながら採決では賛成しているのです。メチャクチャなのはどっちなんだと言いたくなりました。

因みに、銀座夜遊び問題では、三人組の中で大塚高司議員が当時、議員運営委員会のメンバーであったことから、議運委の席上で立憲民主党のメンバーが、「武士の情けでこの件はこれで終わりにする」と発言したという話も漏れ伝わって来ています。

法案に関しても、どこまでが罰則の対象なのか、誰が罰則を下すのか、そういったことさえ曖昧なまま、密室で合意し成立したのです。しかも、改正特措法と改正感染症法は、さっそく来週(13日)施行されるのです。

感染して入院したくても入院できないのに、改正感染症法では、入院を拒否すると行政罰が下されるのです。国家の瑕疵は免罪され、全ての責任を国民に転嫁するまさにふざけた法律と言えるでしょう。

これで、政府は、「ファシスト的公共性」に、有無を言わせずに国民を従わせる強権(脅し文句)を手にすることができたのです。

感染の拡大は、ホントに国民の責任なのでしょうか。あるいは、飲食店やパチンコ店など業者の責任なのでしょうか。今回の改正ニ法からは、二階(幹事長)が言うように、お上のやることにはつべこべ言わずに黙って従えという声が聞こえて来るようです。

それにつけても、「アベ政治もスガ政治も許さない!」などというボードを掲げながら、立憲民主党に同伴して、政権交代の甘い夢を共有している左派リベラルのお粗末さを今更ながらに痛感せざるを得ません。彼らもまた、心ならずかどうかわかりませんが、与党と立憲による翼賛政治の片棒を担いでいるのです。私たちの前にあるのは、まったく唾棄すべき愚劣で反動的な政治の光景です。

また、同党常任顧問の岡田克也氏らが、共産党が立憲民主党に提唱する「野党連合政府」構想に反対してあらたなグループを結成するという読売の記事がありましたが、これも旧民主党のお家芸とも言うべきものです。記事の真偽は別にしても、今までも自民党が苦境に陥ると、必ずと言っていいくらいみずからずっこけて”敵失”を演じ、自民党を助けて来たのでした。これから選挙が近づけば、獅子身中の虫たちが、現実にはあり得ない(夢物語のような)「野党連合政府」構想に難癖を付け、野党内のゴタゴタを演出するに違いありません。

一方、党内のリベラル派と言われる議員たちも、今回の改正案に対しては見ざる聞かざる言わざるの姿勢に終始しています。日頃の言動からすれば誰よりも敏感に反応してもおかしくないのですが、彼らの口から出るのは拉致問題や週刊誌ネタの政権スキャンダルの話ばかりで、与党と密室で談合した改正案などまるで存在しないかのようです。

こういった政党が野党第一党である不幸をあらためて痛感せざるを得ません。
2021.02.04 Thu l 社会・メディア l top ▲
よく言われることですが、各自治体が発表する「新規感染者数」なるものは、主に自覚症状があったり濃厚接触者と判断されたりして、医師の指示の元にPCR検査を受け、新型コロナウィルスの感染が判明した人の数に過ぎません。当然、それが検査数に左右されるのは言うまでもありません。

「新規感染者」が増えたとか減ったとか言われると、市中の感染者の増減をそのまま反映しているかのように錯覚しがちですが、あくまでそれは「検査を受けて感染が判明した人」に過ぎないのです。

メディアは検査数は二の次に、ただ「新規感染者数」が増えたとか減ったとか言って大騒ぎしていますが、それは文字通り木を見て森を見ない低劣なセンセーショナリズムと言えるでしょう。何度も言っているように、「新規感染者数」は検査数をコントロールすることでいくらでも操作可能なのです。

東京の「新規感染者数」は一時1000人を越えていましたが、このところ1000人を下回り、「減少傾向にある」「感染のピークは越えた」などと言われています。

ところが、リテラに「東京のコロナ感染者は本当に減ったのか」という記事が出ていました。

リテラ
東京のコロナ感染者は本当に減ったのか 接触者追跡縮小し検査件数も2割以上削減! 和歌山県知事は「崩壊招く」と警告

記事は、「あまり報道されていないが」と前置きして、次のように書いていました。

(略)先週22日、東京都は都内の保健所に対し、「積極的疫学調査」の対象を絞るよう、通知を出している。積極的疫学調査とは、陽性者に聞き取り調査などし感染経路や濃厚接触者を調べ追跡調査するもので、いわゆる「クラスター対策」の根幹にもなるものである。

 周知のとおり、日本では感染者の接触者をさかのぼり、濃厚接触者を検査、クラスターを見つけ、検査・隔離するという手法をメインとしてきた。しかし、22日以降は、濃厚接触者の検査対象を絞り、高齢者や基礎疾患のある人、医療機関、高齢者施設、障害者施設、特別支援学校など高リスクの人を優先させ、これ以外の若者などリスクの低い者に対する検査は「医師の総合判断」に委ね、基本的には検査はしないという。高リスク者以外は誰が濃厚接触者にするかの判断は感染者本人や企業、学校などに任せるという報道もある。


その結果、東京都の先月後半の6日平均の検査数は以下のようになっているそうです。

15日(金)〜20日(水)の合計が67288件。6日平均約11214件。
22日(金)〜27日(水)の合計が53803件。6日平均約8967件。

問題なのは、「検査を受けて感染が判明した人」より、感染しているのにまだ感染が判明していない(把握されてない)市中の人たちなのです。

今のような規制された検査数を分母にして陽性率を求めても、(まったく意味がないとは言いませんが)市中感染率を知ることはできません。市中感染率を知ることができないと言うことは、現在の感染状況を知ることもできないということです。相も変わらず暗闇の中で目隠しをして出口を捜しているようなものです。

今回は飲食店がターゲットになっていますが、私は、昨年の緊急事態宣言下において、パチンコ店がやり玉にあがり、松戸市長が営業を続けるパチンコ店の前で街宣右翼のように横断幕を掲げ、自粛を呼びかけるチラシを配っていた光景が思い出されてなりません。あれだけ悪(感染)の根源のように言われたパチンコ店ですが、今回はパチンコ店の「パ」の字も出ていないのです。

そんな中で、入院を拒否した感染者や営業時間の短縮命令などに応じない事業者に過料を科す感染症法と特措法の改正案の修正協議が、自民党と立憲民主党の間で合意し、週明けの本会議で成立することが決定したというニュースがありました。

「非常時」という大義名分の下、国民の私権を制限し罰則を科す法案の成立が僅か数日で決定したのです。これこそ「ファシスト的公共性」でなくて何だろうと思います。立憲民主党の「立憲主義」なるのものにはただただ呆れるしかありません。

刑事罰が削除されても、私権を制限することには変わりがありません。しかも、命令の基準は、上記のように、国家がいくらでも恣意的に決められるのです。

去年だったら、時短命令に従わないパチンコ店に行政罰が科せられ、メディアによって市中引き回しの刑に処されたことでしょう。でも、今になって考えれば、パチンコ店はまったくの濡れ衣だったのです。そして、今年はパチンコ店に代わって飲食店が餌食になっているのです。

法的な強制力が伴うようになると、生活のために営業を続けることも違法になります。ターゲットになった途端に、倒産や閉店を余儀なくされると言っても過言ではないでしょう。

二大政党制という幻想による(労働戦線の右翼的再編と軌を一にした)政界再編によって、立憲民主党のような野党が誕生したことが、この国の政治をさらに不幸なものにしたと言ってもいいでしょう。

枝野代表は、昨日の党大会で、来たる衆院選で「政権交代を目指す決意を強調した」そうですが、悪い冗談だとしか思えません。自民党三議員による銀座クラブ通いの問題でも、何故か急に追及の鞘を納めて、自分たちも身に覚えがあるからじゃないかとかさまざまな憶測を生んでいますが、”国対政治”にズブズブにはまった立憲民主党がもはや自民党の補完勢力に過ぎないことは、今国会の質疑などを見てもあきらかです。こんな野党が存在する限り、自民党政治は永遠に続くでしょう。

閑話休題 あだしごとはさておき(松田政男の口真似)、先日、私は、民間の疫学調査という名目のサイトで検査キットを購入して、自分で新型コロナウイルスの抗体検査をしました。どうして抗体検査をしようと思ったのかと言えば、ワクチンが不安だからです。もし抗体ができていたら、ワクチン接種を回避できると思ったからです。

検査キットは、送料を含めて4000円でした。近所の病院でも抗体検査ができますが、その場合は5000円です。しかし、病院に行って、年寄りばかりの密な待合室で待たされるのが面倒だったので、自分で検査することにしたのでした。

申し込んで数日でキットが送られてきました。送り主は世田谷の病院になっていました。抗体検査は、血液中の抗体になるたんぱく質の有無を調べる検査です。簡易的な即日検査は、検査の結果が出るまで数日を要する精密検査に比べると精度が劣るそうですが、しかし、近所の病院で行っている抗体検査も同じ即日の簡易検査でしたので、おおまかな抗体の有無を知ることはできるはずです。

指先に針を刺して出て来た血液をスポイトで吸い取り、それをキットの窓に滴下し、さらに付属の希釈液を数滴垂らすだけです。そして、15分経つとキットに赤い線が現れ、検査結果が確認できます。

結果は陰性でした。「感染初期」のIgM抗体も「感染中~後期」のIgG抗体も陰性で、「感染後の免疫状態」もなしでした。密かに抗体を期待していたので、正直残念な気持でした。
2021.02.01 Mon l 新型コロナウイルス l top ▲
朝日新聞デジタルの「論座」に、ジャーナリストの高田昌幸氏が、「『東京五輪中止』の現実味をスルーする日本マスコミの病理」と題する記事を書いていました。

論座
「東京五輪中止」の現実味をスルーする日本マスコミの病理

最近、やっとと言うべきか、日本のメディアにも、東京五輪の開催を危ぶむ報道が欧米メディアから相次いでいるという記事が出るようになりましたが、しかし、それも欧米のメディアの口を借りた多分にヘタレなものでしかありません。どうしてこんなに腰が引けているのか。それどころか、一方では未だに開催を前提にアスリートの紹介などを続けているのです。そうやって性懲りもなく”五輪開催幻想”を振りまいているのです。

それは、「怖れ多くもご質問申し上げます」とでも言っているかのような、内閣記者会(官邸記者クラブ)が仕切る首相記者会見のヘタレっぷりと通底しており、文字通り日本のマスメディアの「病理」を映し出していると言っていいでしょう。

高田氏はこう書いていました。

  全国紙で東京都や組織委を取材している記者は「今夏の開催が難しいことは記者の誰もが分かっているでしょう。でも、それを積極的に記事にしよう、社会に投げかけようという機運はありません。どのメディアも自分が先陣を切るのが怖いのだと思います」と言う。


これをヘタレと言わずして何と言うべきかと思いました。先陣争いをするのではなく、「先陣を切ることが怖い」とは。彼らにジャーナリストを名乗る資格はあるのでしょうか。

こういったメディアのヘタレっぷりが、権力を監視するどころか、虚言癖の宰相に伴走し、ひたすら忖度し続け、トランプ政権と同じように民主主義を毀損した長期政権を支えてきたのです。

でも、オリンピックに関しては、国民の8割は開催に反対しています。今の感染状況を見れば、オリンピックどころじゃないと考えるのは当然でしょう。しかし、メディアは違います。相も変わらず、官邸の意を忖度するような姿勢に終始しているのです。それでは、国民の間に、新聞やテレビなどの既存メディアに対する不信感が増すのは当然でしょう。そして、メディア離れをいっそう加速させることになるのも当然です。権力を監視する役割を放棄して、権力のパシリに零落した彼らは、そうやってみずから墓穴を掘っているのです。貧すれば鈍するとはこのことかもしれません。

  東京オリンピック・パラリンピックのオフィシャルパートナーには読売新聞社と朝日新聞社、日本経済新聞社、毎日新聞社が名を連ねている。オフィシャルサポーターには産業経済新聞社と北海道新聞社が加わっている。メディア委員会にはテレビ局や通信社、新聞社などが揃い踏みだ。

   新聞社やテレビ局も営利企業であり、オリンピックを大きなビジネス・チャンスとして捉えること自体は否定しない。しかし、営利目的が「報道の論理」を食い尽くし、国民が疑問に思う大きなテーマを取材・報道しないのであれば、報道機関としては役割放棄と言えよう。報道をしない期間にも開催に向けて湯水のごとく税金は使われている。


こういった言葉も、もはや馬の耳に念仏なのでしょう。日本のメディアの「病理」は、治癒不能なほど深刻なのです。

追記:
21日、日本政府が内密に東京五輪を中止する結論を出したと報じた英タイムズ紙の記事が、日本国内でも大きなニュースになっています。記事によれば、日本政府の関心は既に「開催枠が空いている2032年の五輪大会を確保すること」に移っているのだとか。

Yahoo!ニュース
THE PAGE
英タイムズ紙が「政府が内密に東京五輪中止を決定。2032年開催プランが水面下で進行」の衝撃報道

政府や大会組織委員会は報道を否定していますが、火のないところに煙は立たないという諺があります。もしかしたら、国内外の反応を見るために、「政権与党の古参議員」を使ってアドバルーンを上げたのかもしれません。

それにつけても、この場に至っても、国民は○○○桟敷に置かれ蔑ろにされているのです。主権者である国民に情報が開示され、それに基づいた国民=主権者の意思と判断が適時行政府の政策決定に反映されるというのが民主主義のイロハのはずですが、肝心な国民は○○○桟敷に置かれたままです。まったくいいように嘗められたものです。と同時に、政府の動向が海外のメディアに先行して報道される日本のメディアのテイタラクぶりにも、ただただ呆れるしかありません。民主主義を毀損しているという点では、メディアも同罪なのです。


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新宿駅~奥多摩駅~【本仁田山】~鳩ノ巣駅~青梅駅~立川駅~武蔵小杉駅

※山行時間:約6.5時間(休憩等含む)
※山行距離:約8.5キロ
※標高差:875m
※山行歩数:約24,000歩
※交通費:2,776円


昨日(17日)の日曜日、本仁田山(ほにたやま・1224.5m)の大休場尾根(おおやすんばおね)に登りました。

大休場尾根は、奥多摩三大急登に数えられている名にし負う急登です。尚、奥多摩の山で、平均勾配(斜度)が20度以上の急登は以下のとおりです。尚、平均勾配というのは、標高差(m)÷距離(m)×100で出された数値(%)です。

本仁田山・大休場尾根 35.5度
鷹ノ巣山・稲村岩尾根 26.5度
六ッ石山・水根ルート 24.0度
天祖山・表参道 22.0度
御前山・大ブナ尾根 20.2度

出典:
徒然なる登山ブログ
奥多摩三大急登とは?

これを見ると、大休場尾根がダントツです。山頂までの距離が短い上に、緩やかな道がほとんどないので、平均勾配が大きくなるのでしょう。とにかく、最初から最後まで急登の連続でした。たとえば、三頭山のヌカザス尾根も急登ですが、平均勾配は17.1度でした。途中にゆるい勾配のところがあるからです。

日本山岳会奥多摩支部のグレーティングによれば、大休場尾根は、登山道グレードや技術力グレードは星2つでしたが、体力グレードは星4つでした。

大休場尾根は、地元では「鉄砲尾根」と呼ばれているそうです。そして、大休場尾根を登ることを「鉄砲登り」と言うのだとか。

距離は短いものの、急登による体力の消耗が激しいので、大休場尾根では何件かの遭難事故も発生しています。昨日も、登っていたら下から腰にカラビナやロープを下げた男性二人が登って来ました。ヘルメットを見ると、「警視庁」と書かれていました。「どうしたんですか?」と訊いたら、「ちょっと捜索しているんですよ」と言ってました。「この辺だよな」「どこかに引っかかるはずなんだけどな」なんて話していました。

また、やはりロープの束を肩から下げた地元の山岳会のメンバー?とおぼしき人たちが5~6人、登山道から斜面に下りていました。

最初は訓練なのかと思ったのですが、捜索だと言うのでびっくりしました。ただ、見た感じではあまり緊張感はなさそうでした。

小さな岩場を登っていたら、上から下りてきた先程の隊員から「あっ、コース外れていますよ」と言われました。たしかにロープがあったのですが、ロープがゆるんで地面に垂れていたので、そのまま登ったのでした。どうやらそれは通行止めのロープだったようです。

「ホントは横を巻くんですよ」「そんなに難しくはないけど、上に一枚岩のような岩があって、それを登るので気を付けてください」と言われました。

もうひとりの隊員からは、私のぶざなま姿を見かねたのか、「きついでしょ?」と言われました。「そうですね。噂通りきついですね」と言ったら、「奥多摩三大急登ですからね」と笑っていました。

今回も、前回の大寺山のときと同じ新宿駅6時46分発のホリデー快速に乗りました。緊急事態宣言下でしたが、前回よりハイカーは多く乗っていました。もちろん、コロナ前の休日に比べたら全然少なく(4 分の1以下?)、ゆったり座って行くことができました。

大休場尾根は、奥多摩駅から直接登ることができます。8時半前に奥多摩駅に着きましたが、駅前のバス停には既にハイカーが列を作っていました。青梅街道を走る奥多摩湖(丹波や鴨沢)方面のバス停には10人前後、日原(にっぱら)街道を走る川苔山の百尋ノ滝(ひゃくひろのたき)方面のバス停には20人近くが列を作っていました。日原街道を走るバスはマイクロバスなので、かなりギューギュー詰め(つまり、密)になるでしょう。

私は、バス停のハイカーたちを横目で見ながら、奥多摩駅を出ると右の方に進みました。奥多摩町役場の前を通って、石灰石の工場の前を左折し、日原川に架かる北氷川橋(きたひかわばし)を渡って氷川国際ます釣場の方に向かいます。二つ目の女夫橋(めおとばし)を渡ると、右手に氷川国際ます釣場がありますが、大休場尾根の登山口は、左手の除ケ野(よげの)集落の中の坂道を登って行きます。九十九折の山の中の坂道を45分くらい登ると、安寺沢(あてらさわ)という集落の奥に大休場尾根の登山口がありました。

本仁田山の標高は1200メートル超で、山頂までの距離も2.2キロですが、単純標高差は800メートルを越します(登山口からは720メートル)。距離が短い分斜度が大きく、奥多摩の低山おなどるなかれを象徴するようなコースでした。低山をバカにする山のシロウトには、一度登ってみろと言いたいです。北アルプスに行くためのトレーニングで奥多摩の急登を登るというハイカーも多いのですが、たしかに筋力トレーニングするには最適だと思いました。私も、最近はゆるゆる登山ばかりしていたので、下りは完全に足に来てつらい思いをしました。帰りに駅の階段を下りるのもひと苦労でした。

登山口に向かう際、私の前を中年のカップルが歩いていました。途中で追い抜いたのですが、急登で再び追い抜かれました。その際、少し話をしたのですが、やはり夫婦ではないみたいでした。

また、途中で立ち止まって休憩していると、後ろから登ってきた中年の女性と30代くらいの男性が追い抜いて行きました。とにかく皆さん驚異の脚力で、気が遠くなるような急登もガンガン登って行き、あっと言う間に姿が小さくなっていきました。その脚力には圧倒されました。やはり、他の山と違って、熟達者というか上級者が多い気がしました。

大休場尾根を登るのも大変ですが、下りはもっと大変な気がします。しかし、反対側の杉ノ殿尾根が一部に急登があるものの大休場より全然楽なので、杉ノ殿尾根を登りに使って、下りに大休場を選ぶハイカーも結構いるみたいです。

頂上付近で、上から下りて来た老夫婦とすれ違いましたが、「なに、これ?」「大変だよ」などと言いながら、おぼつかない足取りで急斜面を下りていました。しかし、そこはまだ序の口で、下に行けば足を滑らせると滑落の危険性がある激下りが待っているのです。

ほうほうの体で山頂に辿り着いたら、山頂では外人の若い女性が二人、弁当を食べていました。喋っていた言葉は英語でした。私たち外人もワクチンを打ってもらえるんだろうかと言っていました。そして、弁当を食べ終わると、大休場尾根の方へ下りて行きました。彼女たちもおそらく杉ノ殿尾根を登って来たのでしょう。これから待ち構えている試練を知らないんだなと思いました。

私は、このブログにも書いていますが、前に杉ノ殿尾根をピストンしたことがあるので、本仁田山は今回で二度目です。着いたときは曇り空で、眺望はあまり望めませんでした。ベンチに座っていると急に身体が冷えて来ました。それで、登り始めに脱いだ上着をもう一度羽織りました。前に来たとき、山頂には誰もいなくて、ベンチに座ってひとりでパンを食べていたら、わけもなく泣きそうな気持になったことを思い出しました。

外人の二人組が下りたあと、登って来る人もなく、前回と同じようにひとりになりました。しかし、今回は疲労困憊で、前回のようなロマンティックな?気分に浸る余裕はありませんでした。と、ぼつぼつ下ろうかと思っていたときでした。やにわに空が明るくなってきて、長沢背稜の背後に忽然と富士山が姿を現したのでした。それは、文字通り忽然という表現がピタリとするような感じでした。山の天気は変わりやすいのですが、それは必ずしも悪いことばかりではないのです。

杉ノ殿尾根を40~50分下ると、林道(西川林道)と交差したところにある大根ノ山ノ神(おおねのやまのかみ)に着きました。ここは杉ノ殿尾根と川苔山をそれぞれピストンした際に通りましたので、これで三度目です。

大根ノ山ノ神から鳩ノ巣駅までは30~40分くらいです。鳩ノ巣駅に向けて登山道を下っていたら、下から登って来た高校生とおぼしき若者の二人組とすれ違いました。ただ、手にペットボトルを持っているだけの軽装でした。途中で拾ったのか、木の枝を杖代わりにして、ハアハア荒い息を吐きながら登って来ました。まさかそんな恰好で川苔山や本仁田山に登るとは思えません。面倒くさいので声はかけませんでしたが、ネットでも話題になっている峰集落の跡地に”探検”に行くのかもしれないと思いました。

奥多摩の山を歩いていると、こんなところにと驚くような場所に人家の跡があったりしますが、峰集落もそのひとつです。大根ノ山ノ神から西川林道を少し下ると、1972年に最後の住人が山を下りて「廃村」になった峰集落の跡地があります。昔、集落の子供たちは、今、私たちが登山の恰好をして登っている鳩ノ巣駅から大根ノ山ノ神の道を毎日歩いて学校に通っていたのだそうです。峰集落については、ヤマップの「活動日記」にも次のような記述がありました。

峰集落とは鎌倉末期から大正末期まで500年以上も木材、炭焼きで繁栄した村で昭和47年に最後の住民が下山して廃村となりました。
柳田國男も滞在して研究したと言われる伝説の村です。

YAMAP
本仁田山と峰集落


柳田國男もこの道を歩いて峰集落に行ったのかと思うと、(足は筋肉痛で悲鳴をあげていたけど)なんだか感慨深いものがありました。そして、柳田國男の『山の人生』をもう一度読み返したい気持になりました。

尚、峰集落については、下記の文春オンラインに掲載されている記事(訪問記)に詳しく書かれています。

文春オンライン
これぞ東京の秘境! 1972年に廃村になった奥多摩山中の「峰集落」へ行ってみた

鳩ノ巣駅に着いたのは、15時すぎでした。私が使っている登山アプリ(ネットから登山届を提出することができるアプリ)のコースタイムとほぼ同じでした。

鳩ノ巣駅からは青梅線で青梅駅、青梅駅から中央線で立川駅、立川駅から南武線で武蔵小杉駅、武蔵小杉駅から東横線で最寄り駅に帰りました。最寄り駅に着いたのは19時前でした。

途中の電車も、それから青梅駅や立川駅や武蔵小杉駅も、緊急事態宣言下とは思えないほど人が多く、普段の日曜日より若干少ない程度でした。皆、「不要不急の外出自粛」などどこ吹く風の不心得者です。もちろん、かく言う私もそのひとりなのでした。


※サムネイル画像をクリックすると拡大画像がご覧いただけます。

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石灰石工場の横の坂を下り、最初の橋(北氷川橋)を渡る

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石灰石工場全景

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二番目の橋(女夫橋)を渡る

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氷川国際鱒釣場

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安寺沢の集落に向かって車道を登る

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登山口

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いきなり急登

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尾根に迷い込んで滑落したケースがあったので、こういった看板を立てたのかもしれません。

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登山道を上から振り返る

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六ッ石山?

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山頂

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山頂標識

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忽然と姿を現した富士山

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木に括りつけられた瘤高山の山頂標識

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瘤高山からの眺望
都心も見えた

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大根ノ山ノ神
今回もお賽銭をあげて手を合わせた

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麓の集落に戻って来た

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鳩ノ巣駅全景

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改札口

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待合室の中にあった注意書き
鳩ノ巣駅は無人駅なので、待合室で夜明かしするのに焚き火をする人間がいるのでしょうか。山の中でもときどき焚き火の跡を見かけますが、駅の待合室で炊き火とは凄い話です。もう放火のレベルと言っていいくらいです。
2021.01.18 Mon l 山行 l top ▲
日本で新型コロナウイルスの感染が確認されてから15日でちょうど1年だそうです。この1年間で、日本では31.1万人が感染し4119人が亡くなりました(1月14日現在)。

もちろん、これは公的機関が確認した数です。日本は欧米に比べて17分の1と言われるくらい検査数が少ないので、当然感染が確認された数も少ないと考えるのが常識でしょう。全てはオリンピック開催のためです。そうやって感染状況を小さく見せるための不作為が行われているのでした。

そして、今、そのツケがまわってきているのです。フリップを掲げて感染爆発だと大騒ぎしている自治体の長たちも、昨日までは、GoToトラベルやGoToイートの還元キャンペーンのフリップを掲げ、観光や会食を奨励していたのです。あたかも新型コロナウイルスは山を越した、自粛は終わったと言わんばかりに、「みんな、街に出よう」と言っていたのです。

昨日の新聞にも、「感染爆発」というフリップを掲げている黒岩祐治神奈川県知事の写真が出ていましたが、私にはその顔はまぬけ顔にしか見えませんでした。黒岩県知事もまた、神奈川県とは縁もユカリもない人物です。誰が連れて来たのか知りませんが、立候補するに際して、自公と民主党(当時)が支持し、選挙で(当然ながら)圧勝したのでした。

今のコロナ禍では誰がやっても同じという声がありますが、しかし、総理大臣を含む政治家や感染対策の実務にたずさわる役人たちを見ていると、どうしてこんなにお粗末なんだろうと思わずにはおれません。対策が「後手」になっていることが何よりそのお粗末さを表しているのです。

PCR検査をサボタージュしながら、相も変わらずまるでモグラ叩きのようなクラスター対策ばかり行なっている日本。日本は人口当たりの病院数や病床数が世界で一番多く、CTやMRIの台数も他国を圧倒しているにもかかわらず(ただし医師の数は少ない)、病床不足が指摘され医療崩壊が叫ばれているのです。感染の確認から既に1年が経ったのに、感染専門の病院すらないのです。地域の基幹病院(一般病院)がCOVID-19の患者を引き受けていますが、そのため、専門医や個々の病院で得た”経験値”や病床機能などのいわゆる医療資源が重点的に配分されず、有効活用されてないと指摘されていました。しかし、政治家や厚労省や日本医師会の都合と思惑によって、臨機応変な対応は行われなかったのでした。

私も院内感染(クラスター)が発生したいくつかの病院を知っていますが、気の毒としか言いようがありません。お粗末な(厚労省の)感染症対策の犠牲になったと言っても言い過ぎではありません。

ここに至っても、あらたにCOVID-19の重症患者を引き受けた病院に対して、緊急事態宣言の対象地域の病院には1床あたり1950万円(その他の地域は1500万円、重症化以外の病床は450万円)支給するなどと言っていますが、どう考えても場当たり的な弥縫策だとしか思えません。要するに、「ワクチンで全て解決」までの時間稼ぎのつもりなのでしょう。ここにも役人特有の前例主義と事なかれ主義が如実に出ている気がしてなりません。このような”小役人的発想”で、感染対策の基本方針が維持される不幸と怖さをあらためて考えざるを得ません。

そんな中で、(予断と偏見を捨てると)小池都知事が、都立の広尾病院・荏原病院・豊島病院をCOVID-19の患者を重点的に受け入れる「コロナ専門病院」にする方針をあきらかにしたのは、英断だと思いました。報道によれば、この3病院のほかに、他の都立病院と都の政策連携団体の公社が設置する「公社病院」の合わせて14の病院で、600床増やして1700床にする方針だそうです。

また、広島県の湯崎英彦知事が、「無症状の感染者を早期に発見し、市中感染の拡大を封じ込める」ため、広島市中心部の4区(中区、東区、南区、西区)の全住民や就業者80万人を対象に、無料のPCR検査を実施する方針を明らかにしたことも、同様に英断だと思いました。逆に言えば、他の首長たちはどうして同じことができないんだろうと思いました。「感染爆発」のフリップを掲げて”自粛警察”を煽るだけが能ではないでしょう。

何度もくり返しますが、ウイルスは撲滅などできないのです。共生するしかないのです。

昨日の朝日新聞デジタルに、前にこのブログで取り上げた『感染症と文明』(岩波新書)の著者の山本太郎長崎大熱帯医学研究所教授のインタビュー記事が掲載されていましたが、その中で山本教授は、現在、「二つの物語」が進行していると言っていました。

朝日新聞デジタル
コロナ1年、感染症の専門家が葛藤する「二つの物語」

ひとつは、「ウイルスとの共生、社会経済との両立と集団免疫の獲得」という「物語」で、もうひとつは、隔離に伴う差別や限られた医療資源の中での命の選別に直面する患者たちの「個の物語」です。

とりわけ自分の命が疎かにされる怖れがある「個の物語」は深刻です。ただ高齢だとか、ただ貧困だというだけで、失われなくてもいい命が失われるのかもしれないのです(現実にはコロナ禍でなくても、命の選別は行われていますが)。にもかかわらず、非常時だから「仕方ない」で済まされるのです。

神奈川県でも、職員の入力ミスで安否確認の連絡システムが機能しなかったために、自宅療養していた患者が人知れず亡くなったという事件がありましたが、そういった事件も黒岩知事が頭を下げただけであっさりと処理されたのでした。

戦争中と同じで、指導者の責任が不問に伏されているのです。非常時だから仕方ないという日本的な”翼賛思想”ばかりが強調され、どう見ても無能としか思えない指導者でも唯々諾々と従うしかないかのようです。まるで悲劇を悲劇として認識することさえ放棄しているかのようです。それでは悲劇が増幅されるだけでしょう。

ワクチン開発にしても、日本は最初からレースの枠外でした。日本政府がやったことは、オリンピック開催に拘り、意図的にPCR検査をサボタージュして感染状況を小さく見せることだけでした。テレビやネットでは「ニッポン凄い!」という自演乙が花盛りでしたが、コロナ禍によって”凄くないニッポン”が露わになったのです。

尚、山本教授が言う「ウイルスとの共生」については、下記の記事をご参照ください。


関連記事:
新型コロナウイルスと「共生への道」
2021.01.16 Sat l 新型コロナウイルス l top ▲
今日は成人の日だそうですが、私たちの年代には成人の日と言えば1月15日というイメージがあるので、1月11日が成人の日と言われてもピンと来ません。もっとも、2000年からハッピーマンデー制度がはじまり、1月の第2月曜日が成人の日と定められているそうで、成人の日が1月15日でなくなってから既に20年も経っているのです。

成人の日と言えば、沖縄や福岡などヤンキーたちによる荒れた式典がメディアに取り上げられ、果たして公費を使って成人の日の式典を行う必要があるのかという議論が毎年巻き起こるのが決まりでした。

ところが、今年は様相を一変しています。新型コロナウイルスの感染拡大に伴って、成人式を中止や延期する自治体が続出しているのでした。特に、二度目の緊急事態宣言が出された首都圏では、1月11日に成人式を挙行する自治体はごく稀です。

その中で、杉並区と横浜市は式典を開催(強行?)したのでした。二度目の緊急事態宣言が発令され、「ステイホーム」「不要不急の外出自粛」というおなじみのキーワードが発せられ、メディアも繁華街の人出が思ったより減ってないなどと報道する一方で、それにまったく反するような式典が挙行されたのでした。

去年までメディアの間で姦しく飛び交っていた”成人式不要論”はまったく影を潜めています。何が言いたいのかと言えば、緊急事態宣言という「ファシスト的公共性」と成人式の開催は矛盾しているではないかということです。それこそ、再三言っているように、頭隠して尻隠さず、あるいは竜頭蛇尾の典型と言えます。私は、杉並区や横浜市の首長は、これからどんな顔をして「ステイホーム」「不要不急の外出自粛」を言うつもりなんだろうと思いました。

特に横浜市は、全国の市町村で最多の3万7000人の新成人がいて、その中で7割の新成人が式典に出席する予定だと言われています。感染対策として、会場を例年の横浜アリーナのほかにパシフィコ横浜も加え、さらにそれぞれの会場で4回ずつ8回に分けて式典が行われるそうです。

新成人に対するテレビの街頭インタビューなどでは、「思い出になるので式はやってほしい」という声が多くありました。「思い出」というのは便利な言葉ですが、要するに彼らにとって成人式は、クリスマスやハロウィンなどと同じようなイベントなのです。言うなれば、ジモト(地元)やタメ(同級生)というヤンキー的テイストに基づいて騒ぎたいだけなのです。成人式という公的に認められた場で、晴れ着を着て、地元の友達と誰に遠慮することもなく盛大に無礼講を行ないたいだけなのです。それを彼らは「思い出」という言葉で合理化しているのでした。

そんな「思い出のため」などという誰でも言える無意味なワードが飛び交っている今年の成人式に対して、猪瀬直樹が、大学進学率が5割になった今は「成人式をやる意味がない」とめずらしく正論を述べていました。メディアから”成人式不要論”が忽然と消えた中で、唯一と言っていい正論だと思いました。

エキサイトニュース
東スポWeb
猪瀬直樹氏が持論 大学進学率50%の今「成人式をやる意味ない」

(略)猪瀬氏は自身の時代の成人式を振り返り「成人式はきわめて空疎な式典だ。僕の時代は大学進学率が12%ぐらいで大学生は成人式には行かなかった。大部分は中卒・高卒で社会人となり仕事も慣れたところで、成人式は通過儀礼としての意味があった」とし、本来は社会人になった成人のための式だったとした。

 その上で「いま大学進学率50%+専門学校、ほとんど学生だ。いま成人式をやる意味はない。卒業式で充分だ」と私見を述べた。


まったくその通りで、私は猪瀬直樹より下の世代ですが、私たちの頃も、大学に行った人間は成人式に出席しないのが普通でした。私は大学どころか、まだ東京の予備校に通っている身でしたので、成人式と言われてもピンと来なかったというのが正直な気持でした。中学を卒業すると3分の1は就職するような田舎でしたので、二十歳になった小中学校の同級生のほとんどは既に働いていました。そんな中で、未だ親の脛を齧っている身としては、肩身が狭い気持もありました。猪瀬直樹が言うように、成人式には社会に出て一人前の大人になる通過儀礼の側面がたしかにあったのです。

私の田舎では成人式は夏に行われていましたが、成人式の年の秋、私は、持病の再発で東京から九州に戻り、国立病院で三度目の入院をすることになりました。そして1年間の長期入院を余儀なくされたのでした。父親が、東京に迎えに来たとき、盆休みに行われた成人式の写真を持って来ました。そこには懐かしい小中学校の同級生たちの顔がありましたが、しかし、病気による失意の只中にいたということもあって、特別な感慨はありませんでした。ましてや「思い出」などという言葉が入り込む余地などありませんでした。

ただ、翌年の1月15日の成人の日に、突然、主治医の先生や婦長さんが病室にやって来て、病棟の職員一同からの記念品としてアルバムを貰いました。その頃はまだ病状が安定せず、ほとんど寝たきりの状態でしたので、すごく感激したことを覚えています。アルバムの上には「祝成人」と書かれた熨斗(のし)が貼られていました。アルバムは今も大切に持っています(成人式の写真は紛失して手元にありません)。それが私にとって、成人式の「思い出」と言えば「思い出」です。

「ステイホーム」「不要不急の外出自粛」などと言いながら、政治家や公務員はこっそり忘年会をやり、若者たちに迎合して成人式を挙行するのです。それでは、「ステイホーム」「不要不急の外出自粛」が建前にしか聞こえないのも当然でしょう。とりわけ、昨今の成人式は、公費を使ってSNS向けの「思い出」作りに手を貸すようなものです。ヤンキーが多い横浜市も荒れる成人式として有名ですが、式典のあと、新成人たちがお行儀よく自宅に帰るとはとても思えません。成人式は、ウィルスの運び屋である若者たちの密や飲み会を、半ば公認するようなものと言っていいでしょう。これでは「正しく怖れる」など夢物語でしょう。

もともと横浜とは縁もユカリもないシャネル大好きのおばさんを市長候補として連れて来たのは、当時民主党の党首であった小沢一郎ですが、その結果、横浜市は、菅義偉のような市政を牛耳る地域のボスと市関係4労組(自治労横浜・横浜交通労組・横浜水道労組・横浜市教職員組合)が共存する伏魔殿になったのでした。

横浜市は、令和2年度末時点で、市債と外郭団体の借入金を合わせると、4兆3千億円の借金があります。そのうち、外郭団体の収入(水道料金やバス運賃など)を除いた”純借金”は3兆1千億円です。そんな中で、昨年、800億円の巨費(それも借金)を投じて、桜木町駅近くの北仲通南地区に32階建ての市庁舎を建てたのでした。

横浜市には、外郭団体を入れて4万5千人の職員がいます。人件費は、1年間の歳出の実に20%、3700億円を占めています。2010年には、横浜市は、ラスパイレス指数(国家公務員給与を100とした時の地方公務員の給与水準)で、全国の地方自治体で1位になり、高給が批判を浴びました。今は当時より給与水準は落ちているものの、依然として100超(つまり、国家公務員よりは高い給与を得ている)であることには変わりがありません。それに、外郭団体のほかにみなとみらいのような第三セクターも多く、退職後の再就職先(天下り先)も手厚く保障されているのです。

32階建ての豪華市庁舎から市民を睥睨する”役人天国”の住人たち。成人式の挙行も、公務員の忘年会と同じような、現実と乖離した建前と本音の所産なのかもしれません。

今日も近所のスーパーは行列ができるくらいお客が殺到していました。また、休日の都心に向かう朝の電車も、コロナ前の電車と変わらないくらい混雑していました。「ステイホーム」「不要不急の外出自粛」という「ファシスト的公共性」が、行政に対する不信感によって骨抜きにされているのは(言っていることが矛盾しているようですが)いいことです。しかし、COVID-19の猛威は続いているのです。悩ましい話ですが、私たちは、正しい知識で「正しく怖れる」必要があるのです。一方で、自分たちの自由は自分たちで守る必要もあるのです。

新型コロナウイルスは撲滅などできないのです。共生するしかないのです。罰則規定を新たに設ける特別措置法や感染症法の改悪が俎上に登る中で、みずから進んで国家に自由を差し出す”自粛警察”のような衆愚を他山の石として、自由を守りながらどう感染防止を行うか、どう「正しく怖れる」かという課題が私たちに突き付けられているのだと思います。


関連記事:
横浜市政は伏魔殿
2021.01.11 Mon l 横浜 l top ▲
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新宿駅~拝島駅~奥多摩駅~深山橋バス停~【大寺山】~深山橋バス停~奥多摩駅~青梅駅~立川駅~武蔵小杉駅

※山行時間:約4時間(休憩含む)
※山行距離:約6キロ
※標高差:430m
※山行歩数:約18,000歩
※交通費:3950円


冬の低山ハイク第4弾。正月三が日の1月3日、奥多摩町(東京都)と丹波山村(山梨県)の都県境にある大寺山(982m)に登りました。奥多摩周辺の山に登ったとき、遠くの山の上に白い建物が見えることがあります。あれは何だろうとずっと気になっていました。

ネットで調べたら、その建物は法華宗系の宗教団体である日本山妙法寺の仏舎利塔であることがわかりました。そう言えば、別府の実相寺という丘の上にも同じような仏舎利塔がありました。あれと同じようなものかもしれないと思いました。

日本山妙法寺と言えば、今でも反原発や反核の運動ではおなじみの宗教団体ですが、私も若い頃、三里塚の支援集会などで、団扇太鼓を打ち鳴らしながら「南無妙法蓮華経」とお経を唱えていた僧侶の一団を見かけたことがあります(でも、日本山妙法寺はのちに運動から離脱し、敵前逃亡だと批判を浴びました)。

大寺山自体は、奥多摩湖に面した標高が1000メートルにも満たない低山ですが、奥多摩特有の急登が続く山だという紹介がネットにありました。それで、仏舎利塔と急登に惹かれて登ってみることにしたのでした。

大寺山は片道3キロ弱の距離しかなく、コースタイムも1時間30分くらいなので、通常は大寺山からさらに1時間30分かかる鹿倉山を縦走して丹波山温泉に下りる場合が多いようです。ただ、その場合、奥多摩駅に戻るバスが一日に4便しかないため、3便目の15時台のバスに間に合うかどうか微妙なのでした。それに乗り遅れると最終便の18時台のバスしかありません。それで、今回はピストンすることにしました。

新宿駅から土日と祝日だけ運行されている6時46分発のホリデー快速おくたま号に乗りました。それでも終点の奥多摩駅に着いたのは8時21分でした。

いつものホリデー快速だと、大きなザックを背負ったハイカーたちで通勤電車並みに混むのですが(新宿駅ホームのその光景は壮観です)、やはりコロナ禍の中、拍子抜けするくらいガラガラでした。ホリデー快速は、途中の拝島駅で奥多摩駅行きと武蔵五日市駅行きに切り離されるのですが、私が乗った車両にはハイカーは5~6人くらいしかいなくて、むしろ通勤客の方が多いくらいでした。ちなみに、1号車から6号車までが奥多摩行き(おくたま号)、7号車から10号車が武蔵五日市駅行き(あきかわ号)になります。

奥多摩駅に着くと、駅前のバス停には既にハイカーが並んでいました。そのバス停から8時35分発の丹波行きのバスに乗ります。ハイカーご用達のバスは、青梅街道を走るこの路線と日原街道を走る東日原行きに大別されますが、東日原行きは2019年10月の台風19号の被害でずっと運休になっていました。しかし、先月(2020年12月1日)、1年2ヶ月ぶりに運行が再開されたばかりです。ただ、道路の復旧が完全に終わっていないのか、通常の大型バスではなく小さなマイクロバスが運行されていました。

東日原行きのバスに乗っているのは、川苔山の百尋ノ滝コースを歩くハイカーが大半だと思いますが(百尋ノ滝コース自体も台風の被害から復旧したばかりです)、冬の凍結時期ということもあってか、数人しか乗っていませんでした。他に東日原からは、鷹ノ巣山の稲村岩尾根コースもあるのですが、稲村岩尾根コースは台風19号の被害で未だ通行止めになっているのでした。

一方、私が乗った「鴨沢方面丹波行き」のバスは8割程度の乗車率でした。全員ハイカーです。途中でいちばん降りる人が多かったのは、奥多摩駅から8個目の奥多摩湖のバス停でした。御前山か隣の水根沢から鷹ノ巣山に登るハイカーたちなのでしょう。私は、34個目のやはり奥多摩湖沿いにある深山橋(みやまばし)のバス停で降りました。降りたのは私ひとりだけでした。

バスには数人残っていましたが、彼らは39個目の鴨沢のバス停で降りて、雲取山か七ツ石山に登るハイカーたちなのだろうと思います。

深山橋は、三頭山のムロクボ尾根ルートの最寄りのバス停でもあります。バス停を降りて、奥多摩湖にかかる緑色の橋(深山橋)を渡ると、陣屋という蕎麦屋さんがあります。その蕎麦屋さんの横(ほとんど敷地内のようなところ)を入ると、「鹿倉山・大寺山登山口」の古い看板がありました。ちなみに、大寺山に登る途中には、道標は二つしかありませんでした。いづれも奥多摩湖方面を示す、手作りのかなり古い道標でした。あとは踏み跡とピンクテープを頼りに登るしかありません。ただ、ピンクテープも、色が褪せたり吹き飛ばされたものが多く、あまり数も多くありません。

登り口からいきなり急登でした。私は靴擦れになり、途中から足の後ろの部分が痛くてなりませんでした。ただ、距離が短くて時間も長くないので、それほどつらい感じはありませんでした。尾根に辿り着くと、今度は両側が切れた痩せ尾根が続きました。そして、痩せ尾根のあとは再び急登になり、息を切らして登ると目の前に山頂の白い建物が忽然と現れました。

私は、尾根に上がった際、道を見失い尾根の上とは反対側の谷の方に向かってしまいました。典型的な道迷いのパターンです。この時期ではよくある話ですが、落ち葉によって踏み跡が消えていたのでした。ピンクテープも見つからず、しばらくウロウロした挙句、かすかに踏み跡らしきものがある(気がした)谷側に歩いて行ったのでした。スマホのGPSで確認しましたが、GPSが示す方向は間違ってないのです。

でも、やはりおかしいなと思って、尾根の上に上がることを考えました。それで急斜面を木を掴みながらかなり強引によじ登りました。途中、掴んだ木がポキッと折れて滑り落ちたりしました。

尾根の上に上がると、案の定、踏み跡がありました。尾根の上は風が強いので、落ち葉もそれほど積もっていなくて踏み跡も明瞭に残っているのです。ここで20分~30分時間のロスをしました。

最後の急登の手前では、特別天然記念物のニホンカモシカに遭遇しました。5分くらい睨み合いましたが、その間カメラのシャッターを切り続けました。

山頂の仏舎利塔は、別府にあったものと同じでした。日本山妙法寺は全国各地の山に同じ仏舎利塔を建てているみたいで、大寺山の仏舎利塔には「帝都仏舎利塔」という石碑がありました。

仏舎利塔は、上の円筒の部分が工事用の鉄パイプで囲われており、補修工事が行われている様子でした。ペンキは塗り替えられているみたいですが、建てられてかなり時間が経っている感じがしました。ネットで調べると大寺山の仏舎利塔は1974年に落慶しています。設計したのは、浅草寺本堂や川崎大師平間寺本堂などを設計した建築家の大岡實氏だそうです。別府の仏舎利塔は1981年に建てられています。尚、日本山妙法寺を創建した藤井日達の母校がある大分県臼杵市にも、大寺山と同じ1974年に仏舎利塔が建てられています。仏舎利塔は、海外も含めて48塔あるそうです。

仏舎利塔のまわりにはベンチが設置されていました。ベンチに座っていつものように温かいお茶を飲み、どら焼きと羊羹を食べてまったりとしました。結局、山頂には1時間近くいました。歩いている途中でも山頂でも誰にも会うこともなく、私にとっては願ってもない山歩きになりました。

帰りは急登を下るのが面倒なので、林道を下ろうかと考えました。しかし、林道だと別のバスの路線の小菅村に下りることになり、バス便が極端に少くなるのです。それで、登って来たルートを戻ることにしました。

道に迷った尾根まで戻ると、たしかに踏み跡は消えていましたが、ピンクテープが2か所ありました。そのテープを見逃していたのでした。

広い尾根で落葉などによって道が消えている場合は、尾根の先端に行けば大概下り口があります。両側の谷筋に下りるのは危険で、それは下りの基本中の基本のようなものです。一方、登りで道がわからなくなったときは、尾根の上に出るのが基本です。今回のように、心理的には巻き道を選択しがちですが、やはり上が正解なのです。と、あとで冷静になればわかるのですが、そのときはどうしても焦ってしまい楽な方に気持が傾きがちです。道に迷ったら、まず水かコーヒーを飲んでひと息つけと言いますが、たしかにそうやって冷静さを取り戻すことが大事だと思いました。大寺山のような距離の短い山で遭難はあり得ないでしょうが、ただ道に迷って滑落する危険性はないとは言えません。

登山口に下りてきたのは、13時15分でした。深山橋のバスの時間は13時50分ですのでちょうどいいタイミングでした。帰りのバスに乗ると数名のハイカーが乗っていました。しかし、奥多摩湖に着くと、多くのハイカーが乗り込んできて、バスは満員になりました。奥多摩湖以降に乗って来た乗客は座ることもできないほどでした。

奥多摩湖の駐車場には多くの車が停まっていて、湖畔を散策する人たちでいっぱいでした。軽トラのキッチンカーも出ていました。しかし、再び緊急事態宣言が出されたら、前と同じようにこの駐車場も閉鎖されるのだろうかと思いました。奥多摩の住民たちも、小池都知事に煽られて、また「登山者が怖い」などと言い出すのかもしれません。

山田哲哉氏が主宰する「風と谷」のサイトには、「山を止めるな」というバナーが貼られていましたが、日本山岳会なども、また(偉そうに)登山の自粛を呼びかけるのかもしれません。そういった愚劣で翼賛的な光景が再び繰り返されるのかもしれません。

「ファシスト的公共性」によって、感染を避けひとりで静かに山を歩く行為まで禁止されるのです。山に行く電車やバスが問題だと言われますが、これ以上の密はないような都心の通勤電車が放置される一方で、山に向かうガラガラの交通機関がやり玉にあがるのでした。それこそ常軌を逸した”自粛警察的屁理屈”と言えるでしょう。もはや病理の世界だとしか思えません。”自粛警察”は、「欲しがりません勝つまでは」という戦中の日常生活を監視した隣組の現代版のようなものです。

昨日、田舎の友人と電話で話していたら、田舎では新型コロナウイルスに感染すると、どこの誰だということがすぐ特定されるため、家に落書きされたり感染を非難する電話がかかってきたりするそうです。そのため、感染した人が自殺したケースさえあったそうです。まさに感染者は非国民なのです。そこにあるのは、国家と通底した市民としての日常性を仮構する”差別と排除の力学”です。この社会は戦前と何も変わってないのです。でも、そういった悲惨な事件は、感染者を特定するのにメディアもひと役買っているからなのか、何故か大きく報道されることはないのでした。

奥多摩駅に着いのは14時20分すぎでした。奥多摩駅から青梅、青梅から立川、立川から南武線で武蔵小杉、武蔵小杉から東横線で帰りました。最寄り駅に着いたのは、16時すぎでした。


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深山橋バス停

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深山橋

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登山口

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いきなり急登

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同上

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同上

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この尾根で迷った

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尾根の上の踏み跡

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痩せ尾根

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同上

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巻き道

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ニホンカモシカ

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最後の急登

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山頂の手前にあった糞
熊じゃないのか?

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仏舎利塔

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四面にこのような座像や立像、涅槃像が設置されています。

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同上

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同上

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同上

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山頂からの眺望(樹木に遮られている)
遠くに雲取山も見えました。

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道標(この二つのみ)

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同上

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奥多摩駅
2021.01.06 Wed l 山行 l top ▲
今日、小池都知事が、西村経済再生担当相と面会して、政府に緊急事態宣言の発令(発出)を要請するというニュースが流れました。面会には埼玉県の大野知事も同席するそうです。また、神奈川県の黒岩知事も、「国の緊急事態宣言発出に向けた準備を始めている」というコメントを出したそうです。

自分たちで火に油を注いだくせに、今度は火事になったので大変だ、火を消してくれ、と言っているのです。自分たちの無為無策は棚に上げて、感染拡大の原因を全て都民(県民)になすりつけているのです。つい先日、GoToトラベル除外の解除を要請したのはどこの誰だと言いたくなります。都民の大移動がはじまったことで、日に日に感染が拡大していったのです。でも、それは都民の責任というより、GoToトラベルで大移動を煽った(小池都知事も含む)政治家の責任でしょう。

最近、開店してすぐのスーパーに行くと、どこも商品棚がガラガラで品出しが遅れているのがよくわかります。前はそうではありませんでした。どうしてかと言えば、それまで朝の品出しをしていた高齢のパートの人たちが新型コロナ以後、感染を恐れて辞めたからです。

感染リスクが高い高齢者は、そうやって既に自衛しているのです。言うなれば「正しく怖れている」のです。問題は感染リスクの低い若者たちでしょう。それと、このブログでもしつこいほど言っていますが、通勤電車におけるサラリーマンやOLたちです。

山に行くバスやロープウェイが人員制限しているのに、感染の確率がはるかに高い都心の電車が放置されたままというのは、それこそ頭隠して尻隠さずのトンチンカンな対策としか言いようがありません。それどころか、通勤電車では感染する可能性は低いなどというデマゴーグが未だにふりまかれているのでした。だったらどうしてこんなに感染経路不明の感染者が多いのかと思います。箱根駅伝の観客が密だなどとやり玉にあがる一方で、通勤電車の密に対してはみんな見て見ぬふりなのです。飲食店で食事する際は、お互い斜めに座ってお喋りは極力控えるようにと言うくせに、電車では相変わらず席を奪い合い、普通におしゃべりしています。「正しく怖れる」なんて考えはいつの間にかどこかに行ってしまったのです。

若者たちがミツバチのようにウィルスの運び屋になっている現状も、PCR検査が極端に少なく市中感染率がまったく把握できてない背景があるからでしょう。それでは、無症状や軽症の若者たちも、自分たちが感染しているという自覚を持てないでしょう。と言うか、検査もしてないので自覚の持ちようがないのです。

アメリカやヨーロッパや韓国や中国では無料でPCR検査を受けられるのに、どうして日本では医者が感染の疑いがあると診断した人だけしかPCR検査を受けることができないのか。どうして自費では3万円とかの高額になるのか。最近は、安価で検査を受けることができる民間の検査施設もできていますが、どうして日本だけがPCR検査の敷居が高いのかとあたらめて思います。

このような話は、今までも嫌になるくらい何度もくり返し言ってきたことです。とどのつまりは、おざなりな対策でお茶を濁して、ワクチンが供給されるまで時間稼ぎするつもりなのかもしれません。でも、それがいつまで続くのか、ワクチンで60%だか70%だかの集団免疫が得られたらホントにCOVID-19が収束するのか、誰にもわからないのです。集団免疫が得られたと言われていたスウェーデンでも、12月に入りアメリカ並みの感染爆発が起きているのです。そんな中で、未だにオリンピック開催という見果てぬ夢を追い続けているのですから、正気とは思えません。

小池都知事は、場当たり的な緊急事態宣言を要請する前に、オリンピックはやめましょう、そして、(時間稼ぎではない)抜本的な感染対策を行いましょう、とどうして言えないのかと思います(言えるわけないか)。オリンピックありきでは、抜本的な感染対策なんてできるわけがないのです。フリップを掲げてパフォーマンスするだけでは、もうどうにもならないところまで来ているのです。そもそもそういったパフォーマンスが今の事態を招いたのです。
2021.01.02 Sat l 新型コロナウイルス l top ▲
奥秩父 山、谷、峠そして人


31日から1日にかけては、ベットの上に寝転がって、山田哲哉氏の『奥秩父 山、谷、峠そして人』をkindleで読みました(と言ってもまだ読み終えていませんが)。私は、電子書籍より紙の本が好きなのですが、この『奥秩父 ・・・・』は初版が2011年なので、既に廃版になっているらしく、アマゾンでも中古本しか売っていませんでした。その中古本も5千円以上の値が付けられていました。まったくふざけた話です。それで、仕方なく電子書籍(1375円)を買ったのでした。

奥秩父は文字通り奥が深く、公共交通機関では日帰りするのが難しい山が多いのですが、昔、雁坂トンネルが開通する前に何度か行った栃本集落や雁坂峠(雁坂嶺)にはもう一度行ってみたいなと思いました。また、甲武信岳から国師ヶ岳に至る縦走路も、いづれ歩いてみたい道です。山田哲哉氏の本からは、よく練られた文章を通して、中学生の頃から通っているという奥秩父や奥多摩の山に対する造詣の深さと愛着がひしひしと伝わってきます。ありきたりな言い方ですが、山好きには堪えられない本です。

山が好きだから山に登るのです。でも、最近はスピードハイクやトレランやYouTubeの影響で、山が好きだから山に登るという、そんなシンプルな理由で山に登る人も少なくなっているような気がします。山が好きだというシンプルな理由だからこそ、その先にある奥深い世界と出会うことができるのだと思います。

ネットでは「低山」や「鈍足」をバカにするような風潮があります。そこにあるのは”強者の論理”です。”強者の論理”は、山を知らない人間の妄言と言うべきでしょう。ネットでは、そういう愚劣な言葉で山を語ることが当たり前になっているのです。山田哲哉氏の本には、山が好きだから山に登るというシンプルな理由をもう一度確認させられるようなところがあります。

本の中に、こんな文章がありました。

ここで、自分の履歴書には書かれることのない目茶苦茶忙しかった十数年に触れるつもりはないが、この飛龍山の三角点を踏んだときが、三里塚の土地収用代執行と沖縄返還協定調印の隙間を見つけ、あらゆる無理算段を重ねて得た至福の時間だったことが思い出される。忙しくても、いや、忙しかったからこそ、 どんなに睡眠時間を削っても、どんなに仲間に文句を言われて奥秩父の森の中を登りたかった。あれほどの強烈な山への思いは、自分の中に、もう二度と生まれることはないだろう。


私が山に行っていることを知っている友人からの年賀状に、「煩わしい人間社会より自然だよな。羨ましい限りです」と書かれていましたが、山が好きだという理由の中に「逃避」が含まれているのもたしかです。山の魅力について、「全てを忘れることができるから」と言った現天皇の気持も痛いほどわかるのでした。

私は若い頃、親しい人間から「人間嫌い」と言われていました。だからと言って、人見知りをするとかいうのではなく、むしろ逆で、山でも出会った人に積極的に話しかけるタイプです。しかし、一方で、誰にも会わない山を歩くのが好きです。心の中ではやはりひとりがいいなあといつも思っているのです。なんだか今の私にとって、もう山しか「逃避」するところがないような気さえするのでした。
2021.01.02 Sat l 本・文芸 l top ▲