座間のアパートで9人の遺体が発見された事件。身の毛がよだつとは、こういうことを言うのでしょう。

当初は、容疑者が自殺サイトを利用して、自殺志願の女性を物色していたと伝えられていましたが、実際に利用していたのは、ツイッターなどSNSのハッシュタグだったそうです。ハッシュタグで「死にたい」と呟いている女性を見つけ、コンタクトを取っていたのです。

容疑者は、実家のある座間に帰る前は、歌舞伎町で風俗関係のスカウトマンをしていたことがわかっています。ただ、今どきのスカウトマンは、路上で声をかけるだけでなく、SNSでわけありの女性を見つけて、風俗店に紹介することもあるのだとか。つまり、ネットで女性を物色するのはお手のものだったのです。

誰しも一度や二度は「死にたい」と思ったことはあるでしょう。「死にたい」と思うことほど孤独な心はありません。「死にたい」と思う心は、本来人に吐露するようなものではないはずです。だから、カウンセラーは、人に相談しなさい、話せば心が楽になりますよ、とアドバイスするのです。

SNSで「死にたい」と呟くのは、もしかしたら「死にたい」のではなく、「死にたくない」からかもしれません。カウンセラーが言うように、誰かに話して心が楽になりたかったのかもしれません。

若者事情に詳しい(と自称する)評論家が、今の若者たちにとって、リアルな日常とネットは別のものではなく、地続きでつながっているのです、と言ってましたが、たしかに今の若者たちは生まれたときからネットが身近にあるのです。ネットに無防備になるのも当然かもしれません。

しかし、街で声をかけてきたら、あんなに短期間のうちに「親しく」なれるでしょうか。お互いを理解し信頼を得るまでには、膨大な時間と労力を要するはずです。でも、ネットだとあっさりその壁を乗り越えてしまうのです。そして、今回のように、「死にたくない」気持を逆手に取られて、みずから死を招いてしまうことにもなるのです。

私は、風俗で働く(容疑者のようなスカウトマンによって風俗に沈められる)女性と「死にたい」と呟く女性には、共通点があるように思えてなりません。そのひとつがメンヘラです。容疑者もそれがよくわかっていたのではないでしょうか。”現代の女衒”にとって、ことば巧みに誠実さや優しさを装い、メンヘラ傾向のある女性の心のなかに入り込み、女性を手玉に取ることなど、赤子の手をひねるくらいたやすいことだったのでしょう。また、そういった女性たちは家族やまわりの人間たちとの関係も希薄で、社会的にも精神的にも孤立しているということも知り尽くしていたのかもしれません。

ネットにあふれるお手軽にデフォルメされた「人間観」や「死生観」。そんなものは嘘っぱちだよと言っても、リアルとバーチャルの境目もない今時の若者には所詮、馬の耳に念仏なのかもしれません。

殺害方法にしても、あきらかに狂気を感じますが、しかし、報道ではその狂気が見えてこないのです。切り刻まれた内臓や身体の部位がゴミとして回収されたというのも、俄に信じがたい話です。背後に臓器売買の闇の組織があるのではないかという陰謀論が出てくるくらい、理解しがたいものがあります。

ネットには、自己肯定の無限ループとも言うべき側面もあります。「克己のない世界」(中川淳一郎氏)であるネットでは、夜郎自大な自分が肥大化するだけです。相模原の事件の”優生思想”もそうですが、”ネットの時代”は、私たちが知らないところで、とんでもない(狂気を内に秘めた)モンスターを生み出しているのかもしれません。でも、もう後戻りはできないのです。


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2017.11.05 Sun l ネット・メディア l top ▲
あの北原みのり氏のツイッターに、つぎのようなツイートがありました。


今更の感がありますが、お粗末、あるいはトンチンカンとしか言いようがありません。

北原氏のなかには、前原氏の主張を「社会主義的政策」「『左』に振り切った政策」だと解釈するような薄っぺらな社会主義像しかなかったのでしょう。そして、彼女は、今度は立憲民主党の主張に、その薄っぺらな社会主義像を映しているのでした。

総選挙では自民党の圧勝が予想されていますが、モリ・カケ問題で苦境に陥っていた「アベ政治」にとって、「北朝鮮の脅威」は文字通り“神風”になったと言えるでしょう。換言すれば、安倍首相は、「北朝鮮の脅威」が“神風”になり得ると踏んだからこそ伝家の宝刀を抜いたとも言えるのです。

自民党から幸福実現党まで「北朝鮮の脅威」を喧伝するあらたな翼賛体制のなかで、リベラル左派は為す術もなく守勢に回らざるを得ない状況にあります。北原みのり氏のお粗末さが示しているように、リベラル左派は存在感さえ示すことができず、せいぜいが立憲民主党の「健闘」を慰めにするしかないのが現状です。

そこにあるのは、60年代後半の「反乱の時代」に否定された“古い政治”の風景です。北原みのり氏のようなリベラル左派は、とっくに終わったはずの“古い政治”に依拠しているにすぎないのです。

政党助成金とセットになった小選挙区比例代表並立制は、民主主義を偽装しながら(二大)保守政党が永遠に政権をたらい回しする(そうやって議会制民主主義を骨抜きにする)制度ですが、リベラル左派はその目論みに踊らされ、前原じゃなければ枝野、希望の党じゃなければ立憲民主党と、二者択一的に「よりましな党」を選んでいるだけです。

60年代後半の「反乱の時代」を支えたのは、日本共産党をスターリニズム=左翼全体主義、ソ連を社会帝国主義=社会主義の名を借りた帝国主義と断罪する「より左の思想」でした。「より左の思想」は、それまで左翼政党ではタブーとされていたトロッキーやローザ・ルクセンブルクやバクーニンなどの思想を援用して、堕落した既成左翼を批判したのでした。

ヨーロッパの若者たちを熱狂させているポデモスやシリザやSNP(スコットランド国民党)などの運動には、あきらかに60年代後半の「反乱の時代」の遺産が継承されています。それが彼らが「新左派」「急進左派」と呼ばれる所以です。

しかし、日本では、その遺産が継承されているとは言えません。それどころか、「反乱の時代」を担った”新左翼の思想”は、連合赤軍事件や内ゲバを生んだ忌々しい思想として総否定されているのが現状です。そのため、北原氏のように“古い政治”に先祖返りするのが当たり前になっているのです。

たしかに”新左翼の思想”が党派政治(セクト)に簒奪され歪められたのは事実ですが、しかし、”新左翼の思想”が提起した社民主義やリベラリズムの限界という問題は未だ手つかずのままなのです。もちろん、戦後のこの国をおおっている「アメリカの影」(加藤典洋)も大きな課題でしょう。

どの党に投票するかではなく、どの党もダメだという既成政党批判も、当然あり得るでしょう。『宰相A』ではないですが、投票することが翼賛体制にお墨付きを与えることになるという考えもアリでしょう。それに、坂口安吾が言うように、私たちは政治という粗い網の目から零れ落ちる存在なのです。支持する政党がないから投票に行かないという考えもひとつの見識と言えるでしょう。

佐藤優氏は、『文藝春秋』(11月号)で、「米朝間で始まるのは『戦争』ではなく『取引』」「米国は、先制攻撃を決断できない」と書いていました。

仮にアメリカが北朝鮮に先制攻撃をしても、北朝鮮を完全に制圧するのに2ヶ月かかるという日米政府のシュミレーションがあるそうです。ソウルはわずか2日で陥落し、制圧までに100万人以上の犠牲者が出ると予想されているのだとか。そのなかには、約4万人の在韓邦人や約20万人の在韓米人も含まれています。

それどころか、韓国経済が壊滅することによる世界経済への影響は計り知れず、1950年の朝鮮戦争のときとはまったく状況が異なるのです。

当時、韓国は、インフラのない貧しい農業国にすぎませんでしたが、今日の韓国の経済力、半導体生産などにおいて国際分業体制の中で占める位置は、当時と比較になりません。韓国経済が崩壊することになれば、東アジア全体が大きなダメージを被り、米国経済もその影響を免れません。
『文藝春秋』11月号・「トランプの『北の核容認』に備えよ」


一方で、核・ミサイル開発する北朝鮮の目的が「金王朝の維持=国体護持」である限り、「経済制裁によって北朝鮮が核・弾道ミサイル開発を放棄することはあり得ない」と言います。問題は、戦争ではなく、やがて始まるであろう米朝二国間交渉による「落としどころ」なのだと。今はそのための鞘当てがおこなわれているというわけです。佐藤氏は、「落としどころ」は「核容認とICBMの凍結になるはずだ」と書いていました。

(略)北朝鮮の核保有を阻止する手段をもたない日米韓は、すでにこの局面では「敗北」しています。しかし、「ゲーム・セット」ではありません。中長期的な視点から、このゲームに最終的な勝利するために、核をめぐる議論以上に、日本にできることが他にあります。
 まず、米朝交渉が始まれば、いづれ米朝国交正常化が進むでしょう。そうなれば、日本も日朝国交正常化を急ぐべきで、今から準備しておくべきです。
(同上)


北朝鮮問題解決のキーパーソンは、習近平ではなくプーチンだという見方がありますが、”対米従属愛国主義”に手足を縛られた日本は、トランプだけでなく、プーチンや金正恩にもいいように振り回されるのがオチでしょう。

この国のリベラル左派は、安倍政権が煽る「北朝鮮の脅威」に煽られているだけです。リベラル左派も「煽られる人」にすぎないのです。北朝鮮情勢が逼迫しているときに選挙などしている場合か、というもの言いなどはその最たるものでしょう。そうやってみんな「動員の思想」にひれ伏しているのです。これでは、いざとなったら(戦前の社会大衆党のように)「この国難に足の引っ張り合いをしている場合ではない。小異を捨てて大同につこう」なんて言い出しかねないでしょう。
2017.10.20 Fri l ネット・メディア l top ▲
朝日新聞に月に一度連載されている「寂聴 残された日々」というエッセイで、瀬戸内寂聴が山尾志桜里議員のスキャンダルについて書いていました。

朝日新聞デジタル
(寂聴 残された日々:27)山尾さん、孤独の出発に自信を 恋は理性の外、人生は続く

エッセイは、つぎのような文章ではじまっていました。

 何気(なにげ)なくつけたテレビの画面いっぱいに、端正な美貌(びぼう)の女性が、涙のたまった両目をしっかりと見開き、正面を向いてしきりに言葉を発している。その表情がまれに見る美しさだったのと、しゃべる言葉がしっかりしているのに驚かされ、テレビから目が離せなくなってしまった。


そして、つぎのような文章で終わっていました。

 不倫も恋の一種である。恋は理性の外のもので、突然、雷のように天から降ってくる。雷を避けることはできない。当たったものが宿命である。

 山尾さんはまだまだ若い。これからの人生をきっと新しく切り開いて見事な花を咲かせるだろう。それを95の私は、もう見られないのが残念。


坂口安吾ではないですが、「恋は人生の花」です。山尾議員だけでなく、斉藤由貴も上原多香子も、自分の人生を恥じる必要はないのです。他人の色恋を妬んだり嫉んだりする人間ほど、心の貧しい者はいません。「不倫上等」でいいじゃないか。不倫を詰るような輩(カス)には唾を吐きかければいいのです。

山尾議員の場合、「仕事と子育てにがんばるお母さんの味方」というようなスタンスをとっていたので、不倫に対する反発がよけい大きかったのでしょう。文春の記者が朝帰りの山尾議員に向かって、「先生、お子さんはどうしたんですか?」「先生、お子さんの面倒は見なくていいんですか?」とわざとらしく叫んでいたのは、そんな山尾議員に対する当てつけだったのでしょう。

そこで振りかざされているのは、「仕事と子育てにがんばるお母さん」は貞操観念もしっかりしていなければならないという、女性を結婚(家庭)と母性に縛るおなじみの良妻賢母のイデオロギーです。山尾志桜里議員はジャンヌダルクなんかではなかったのです。古い女性のイデオロギーに迎合する、ただのポピュリストにすぎなかったのです。だから「ざまあみろ」という声に反論すらできなかったのでしょう。

私は、政治家としての山尾志桜里議員にはまったく興味もありませんし、期待もしていません。ただ、瀬戸内寂聴も書いているように、ひとりの女性として、(みずから墓穴を掘ったとは言え)古い女性のイデオロギーを押し付ける下劣な報道に負けずに、顔を上げて前に進んでもらいたいと思うだけです。

それより私は、「先生、お子さんはどうしたんですか?」「先生、お子さんの面倒は見なくていいんですか?」と叫んでいた文春のアホ丸出しの記者のほうが興味があります。彼らだって不倫をしているはずなのです。誰か、文春や新潮の社員たちのスキャンダルを書く人間はいないのかと思います。『噂の真相』がなくなったのが、かえすがえすも残念でなりません。


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上原多香子と柳原白蓮
2017.09.15 Fri l ネット・メディア l top ▲
先月発売された丹野未雪の『あたらしい無職』(タバブックス)という本を読みたいと思い、新横浜の三省堂や新宿の紀伊国屋や池袋の三省堂やジュンク堂などをまわったのですが、小出版社の本だからなのか、どこにも在庫がありませんでした。

同書には電子書籍もありますが、私は、新刊本はできるなら紙の本で読みたいと思っている古いタイプの人間なので、今度はネットで購入しようと、通販サイトをチェックしました。

仕事の関係で、Tポイントが結構貯まるため、まずTポイントが使えるヤフーショッピングで検索してみました。しかし、ヤフーショッピングに出店している店も、いづれも在庫はなく、取り寄せるのに1週間から10日かかると表示されました。

つぎに、ジュンク堂と丸善と文教堂が共同で立ち上げたhontoという通販サイトにアクセスしてみました。在庫はあったのですが、お急ぎ便は送料が260円か350円かかります。

結局、プライム会員になっているアマゾンで注文しました。プライム会員だと送料無料の上、当日便で届きます。しかも、アマゾンでは、同書が「残り11点」となっていました。

最初からアマゾンにすればよかったと思いました。アマゾンは、当日便など宅配業者への負担が問題となっていますが、しかし、ユーザ-の立場からすると、掛け値なしに便利なのです。文字通り、アマゾン最強なのです。

当日便や時間指定の問題では、ユーザーも便利さだけを求めるのではなく、その裏にある労働問題などへも目を向けるべきだという声がありますが、しかし、それは資本主義社会において、ないものねだりの意見のように思えてなりません。

クロネコヤマトや佐川急便が”強気な”背景には、彼らが業界で圧倒的なシェアを占めているからにほかなりません。通販では如何にも赤字だみたいな話がありますが、しかし、巨額な利益を得ている独占企業であることには代わりがないのです。労働問題にしても、サービス残業で摘発されたことからもわかるように、アマゾン云々よりクロネコヤマトのブラックな体質こそが問題なのです。アマゾンのせいにするのは本末転倒です。人手不足なら、人材が集まるように労働条件を改善すればいいだけの話です。彼らは、莫大な内部留保をもたらす利潤率をそのままにして、人手不足を嘆いているにすぎないのです。

ここにも資本のウソ、ご都合主義が表れているように思えてなりません。的場昭弘氏が『「革命」再考』で書いていた、「資本は儲けるときはコスモポリタンで博愛的」だけど、「儲からなくなると、途端に国家にすがり国家主義的」になるのと同じです。

以前から言われていたことですが、アマゾンや楽天は、いづれ自前の宅配ネットワークをもつようになるでしょう。その動きは今後益々加速されるでしょう。そして、やがてアマゾンや楽天が、ヤマトや佐川のライバルになるのだろうと思います。

資本主義社会において、競争は当然で、それは決して悪いことではないのです。ヤマトや佐川の“殿様商売”のほうが不健全なのです。

そもそも翌日配達や時間指定など、今のような個人向けのサービスをはじめたのは、ほかならぬクロネコヤマトなのです。ところが、今度はそのサービスを値上げの口実にしているのです。ヤマトのやり方は、無料で顧客を囲い、シェアを占めると一転有料化して利益を回収する、ヤフーなどネット企業の手口とよく似ています。

若い頃に読んだ『都市の論理』という本で、著者の羽仁五郎が、公社・公団などは資本主義に社会主義的な要素を持ち込もうとする発想で、資本主義の良いところと社会主義の良いところを合体させようと思っているのかもしれないけど、それは両方の悪い面が出るだけだ、と書いていたのを思い出します。資本主義社会において、競争原理を否定するような論理こそ反動だということを、ゆめゆめ忘れてはならないでしょう。
2017.08.19 Sat l ネット・メディア l top ▲
(ヤフー系列の)BuzzFeedに、Yahoo!ニュースがヤフコメについてアンケートを実施したという記事がありました。

BuzzFeed News
「ヘイトの温床」の厳しい声も ヤフコメに期待することは?ユーザーから意見募る

私も何度も書いていますが、ヤフコメが「ヘイトの温床」であることは、もはや誰もが認める事実でしょう。Yahoo!ニュースがやっと(!)重い腰を上げようとしているという声がありますが、しかし、今までのヤフーの対応を見ていると、それも甘い見方のような気がします。

これほど厳しい指摘があるにもかかわらず、どうしてヤフーはコメント欄を閉鎖しないのか。その理由は、以前に紹介した藤代裕之氏の『ネットメディア覇権戦争』のつぎの一文に集約されています。

 ヤフーは、メディアとプラットフォームの部分をうまく使い分けてきた。
 差別発言や誹謗中傷が溢れ、ヤフー自身も極端なレッテル貼りや、差別意識を助長するような投稿があったと認めているニュースのコメント欄も同様だ。このコメント欄はプラットフォーム部分とされ、プロ責対応となる。つまり、事後対応でよいため、無秩序な状態が放置されてしまうのだ。
 ヤフーは、専門チームが24時間365日体制でパトロールを行い、悪質なコメントをするユーザーのアカウント停止措置、不適切コメントの削除といった対応を行っているというが、コメント欄を閉鎖する気はないようだ。理由は単純で、コメント欄がアクセス数を稼いているからだ。
(藤代裕之『ネットメディア覇権戦争』・光文社新書)


ニュースをマネタイズするためには、バズるのがいちばん手っ取り早い方法です。謂わば故意に「炎上させる」のです。そうやって倍々ゲームでアクセスを稼ぐのです。そのためには、ヘイトコメントはなくてはならないものです。

通常のニュースメディアのように、編集権が確立していないYahoo!ニュースにとって、ニュースも所詮はアクセスを稼ぎマネタイズするためのアイテムにすぎないのでしょう。Yahoo!ニュースの編集者たちに、ジャーナリストとしての自覚や矜持は必要ないのです。むしろそんなものは邪魔なのでしょう。それが、Yahoo!ニュースがニュースサイトというより、どちらかと言えばまとめサイトに近い存在だと言われる所以です。

Yahoo!ニュースが2年前に行った調査によれば、コメント欄を利用しているのは80%以上が男性で、そのうち30~50代の男性が50%を占め、なかでも40代が突出して多いのだそうです。

不惑の年のいい年こいたおっさんたちが毎日飽くことなくあんな低レベルなコメントを投稿している姿を想像すると、なんだかおぞましささえ覚えますが、彼らは一体どんな人間たちなのか、普通のサラリーマンなのか、そのあたりの属性がいまひとつはっきりしません。

排外主義的な主張をしているカルト宗教の信者たちが、コメント欄に常駐しているという話があります。また、自民党が組織した自民党サポーターズクラブの存在を指摘する人もいます。ネトウヨには、そういった紐付きの人間たちが多いのも事実でしょう。

Yahoo!ニュースには、コメント欄が特定の人間たちに占領される懸念などまったく頭にないかのようです。Yahoo!ニュースがカルト宗教の信者たちの書き込みを利用しているとしたら、Yahoo!ニュースと統一教会で集団結婚した日本人花嫁を「世界ナゼそこに?日本人」で紹介するテレビ東京は、同じ穴のムジナと言うべきかもしれません。

BuzzFeedの記事では、下記のツイートが紹介されていましたが、こういうまともな声がもっと広がるべきでしょう。



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『ネットメディア覇権戦争』
『ウェブニュース 一億総バカ時代』
2017.06.23 Fri l ネット・メディア l top ▲
「アベ政治を許さない」人たちが言うように、安倍首相が「追い詰められている」のかどうかはわかりませんが、自民党内には、森友や加計学園の問題は「氷山の一角」で、これから似たような話がもっと出てくるだろう、という声もあるそうです。実際に、昭恵夫人が「後援会長」をしていた渋谷区広尾の社会福祉法人に対して、国有地がタダで払い下げられた問題も出てきています。「愛国」を隠れ蓑にした国家の私物化は、とどまるところを知らないのです。

安倍政権の政策は、政治的には(戦前回帰を目論む)日本会議=「生長の家原理主義」の路線を踏襲した、きわめてアナクロで国粋主義的なものです。一方、経済政策では、TPPに代表されるように、市場原理主義的なグローバル資本主義を推進しているのです。そういった相矛盾したものが同居しているのが特徴です。

パン屋を和菓子屋と言い換えるよう「指導」した文科省の教科書検定に象徴されるように、国民には日本酒を強制しながら、資本家にはワインやシャンパンを推奨する、そんな二面性があるのです。

私は、「アベ政治」の二面性について、ムッソリーニの「国際主義は上流階級のみが得られる贅沢であり、庶民は望みもなく彼らの故郷に縛り付けられている」ということばを思い浮べました。グローバル資本主義によって格差が広がる一方のこの国にあって、文字通り「庶民(国民)は望みもなく彼らの故郷(愛国心)に縛りつけられている」のです。ここに「アベ政治」の本質があるように思います。

もっとも、グローバル資本主義を推進するという点では、民進党も変わりがありません。むしろ、民進党は、自民党以上にネオリベであると言ってもいいくらいです。自民党を批判しているのも、野党だからにすぎないのです。民主党政権のときは、逆に自民党が批判していたのです。これではいくら自民党を批判しても、民進党の支持率が上がないのは当然でしょう。

今日の昼間、たまたまフジテレビの「直撃LIVEグッディ!」を観ていたら、加計学園の問題を取り上げていました。言うまでもなく、フジテレビはフジサンケイグループなので、産経新聞や夕刊フジと同じように、安倍政権に対してネトウヨ的な擁護論を展開するのだろうと思っていました。ところが、それは冒頭から裏切られたのでした。

国会での質疑が終わったとき、安倍首相が「くだらない質問で終わっちゃったね。また」とヤジを飛ばしたことを取り上げ、キャスターの安藤優子が「くだらないなんてひどいと思いますよ。くだらないことはないですよ」と言ってました。そして、「加計学園の問題なんかより国会ではもっと大事なことがあるだろうと言う人がいますが、加計学園の問題は大事なことですよ。これをウヤムヤにしてはならないと思いますよ」と言ってました。

また、「政治アナリスト」の伊藤惇夫氏が、「安倍首相や菅官房長官の態度は、国民を愚弄していると言われても仕方ないでしょう」と発言すると、安藤優子は、「ホントにそう思いますね」と言ってました。番組では、前川前文科事務次官は(天下り問題での)引責辞任を最初は拒否していたという、菅官房長官の発言に対しても、当時の動きを時系列で記したボードを使って疑問を呈していました。

安倍政権の太鼓持ちであるフジサンケイグループのなかにあって、「グッディ!」はこのように独自の姿勢を保持しているのです。「グッディ!」には、あの山口敬之氏をはじめ、田崎史郎氏や竹田恒泰氏など、とんでもない人物がコメンテーターとして登場することもありますが、今日の「グッディ!」を観る限り、ジャーナリストの“矜持”はまだ残っているのではないかと思いました。もちろん、「グッディ!」は低視聴率に喘いでいるので、安倍批判で視聴率を上げようという魂胆もあるのかもしれませんが、少なくともフジサンケイグループのなかにあって、このような報道をすること自体、勇気のいることだというのは理解すべきでしょう。
2017.06.06 Tue l ネット・メディア l top ▲
前に紹介した『ネットメディア覇権戦争』(光文社新書)で、著者の藤代裕之氏はつぎのように書いていました。

 歴史作家の半藤一利と保坂正康は、『そして、メディアは日本を戦争に導いた』で、戦争が売り上げを伸ばすことをジャーナリズムは学んだと指摘している。満州事変、日中戦争、太平洋戦争の間、朝日新聞の部数は150万部から350万部に倍増、毎日新聞も250万部から350万部に増加した。ネットニュースのメディアにとっては、猫コンテンツや炎上、偽ニュースはアクセスを稼げる。かつての新聞にとっての戦争のようなものだ。新聞も戦争報道では多くの虚報や誇張を繰り返していた。


もちろん、これは、今の北朝鮮情勢をめぐる「明日は戦争」キャンペーンの前に書かれたものです。

たまたま先日、『噂の真相』の匿名コラム「撃」の1992年から2004年までの分をまとめた『「非国民」手帖』(情報センター出版局)を読み返していたら、つぎのような文章が目にとまりました。

 《平和と民主主義》という理念が強固に確立された現在、《戦争》という名辞が忌避されているだけで、真剣に考えることは逆に抑圧されている。
 そしてその一方では、北朝鮮核疑惑を契機として、《戦争》への扇動が確実に隆起している。《国土防衛》や《世界秩序維持》や《邦人救出》のために、と。これこそが十五年戦争へと導かれたセリフではないか。
(94年8月号/歪)


1994年と言えば、自社さ連立の村山内閣が誕生した年です。同時に、日本社会党は、国旗・国歌、自衛隊、日米安保等で基本方針の大転換を行い、自滅への道を歩みはじめたのでした。

23年前も今と同じようなキャンペーンが繰り広げられていたのです。

私などは、挑発しているのはむしろトランプ政権のほうではないか、ホントに危険なのは金正恩よりトランプのほうではないか、と思ってしまいますが、そんなことを口に出して言おうものなら、それこそ「非国民」扱いされかねないような空気です。

キャンペーンを仕掛ける側にとって、北朝鮮はまさに格好のネタと言えるでしょう。北朝鮮は、国交がないため、言いたい放題のことが言える好都合な相手です。それに、(見え見えの)瀬戸際外交を行う北朝鮮は、「ソウル(東京)を火の海にする」「全面核戦争も辞さない」などと感情をむき出して大言壮語する、謂わば「キャラが立つ」国なので、「明日は戦争」を煽るには格好の相手でもあるのです。

なかでも、Yahoo!ニュースなどネットニュースとテレビのワイドショーの悪ノリぶりには、目にあまるものがあります。

今やネットニュースにとって、「猫コンテンツ」などより、「明日は戦争」キャンペーンのほうが手っ取り早くアクセスを稼げるコンテンツなのでしょう。と言うか、「明日は戦争」キャンペーンそのものが、究極の「偽ニュース」と言ってもいいのかも知れません。

ご多分に漏れず部数減に歯止めがかからず、早晩政敵の「赤旗」に部数を抜かれるのではないかと言われている産経新聞は、最近ますますネトウヨ化に拍車がかかっていますが、アクセスを稼ぐために、そんな産経のフェイクな記事を使って戦争を煽っているYahoo!ニュースを見るにつけ、私は、藤代氏のつぎのような指摘を思い出さざるをえません。

 私は多くのヤフー社員を知っている。真面目でいい人が多いが、事件記者として汚職事件や暴力団などを取材したり、調査報道チームの一員として政治家や企業の問題を暴いたり、といったリスクの高い取材を行い、ジャーナリズムとしての経験を積んだ人は少ない。
 記者というのは剣豪に似ている。剣道などで強くなると、竹刀を交える前から相手の身のこなしなどで強さが分かるという。記者同士でも、ニュースなどについて話をしていると、ニュースの切り口、事実性への評価、取材すべきポイントなどで、実力を測ることができる。剣豪が負ける相手とは立ち会わない冷静さを持つように、できる記者ほど冷静で、多くを語らない。経験が乏しい素人ほど、実力を過信する。私がヤフーで「できる」と感じた人は、ごく一握りしかいない。
(『ネットメディア覇権戦争』)


これが「ヤフーにはジャーナリズムの素人しかいない」と言われる所以ですが、僭越ながら私も以前、このブログで、Yahoo!ニュースについて、つぎのように書いたことがありました。

Yahoo!ニュースに決定的に欠けているのは、野党精神(=「公権力の監視」)であり、弱者に向けるまなざし(=「弱者への配慮」)です。でも一方で、それはないものねだりなのかもしれないと思うこともあります。なぜなら、ウェブニュースの「価値基準」は、「公権力の監視」や「弱者への配慮」にはないからです。ウェブニュースの「価値基準」は、まずページビューなのです。どれだけ見られているかなのです。それによってニュースの「価値」が決まるのです。それは、ウェブニュースの”宿命”とも言うべきものです。
『ウェブニュース 一億総バカ時代』


先の戦争の前夜、メディはどのように戦争を煽ったのか。あるいは、ヒットラーが政権を取る過程で、メディアがどのような役割を果たしたのか。どうやって全体主義への道が掃き清められていったのか。私たちは、それをもっと知る必要があるでしょう。


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『ネットメディア覇権戦争』
2017.04.27 Thu l ネット・メディア l top ▲
木嶋佳苗手記


『週刊新潮』(4月20日号)に掲載された木嶋佳苗被告の手記を読みました。

4月14日、最高裁第2小法廷は、木嶋被告の上告を棄却し、死刑が確定しましたが、手記は判決前に書かれたものです。

木嶋被告は無実を訴えていますが、一方で上告破棄を「覚悟」していたかのように、手記のなかで、死刑の「早期執行の請願」を行うことをあきらかにしていました。

 生みの母が私の生命を否定している以上、確定後に私は法相に対し、早期執行の請願をします。これこそ「ある決意」に他なりません。通常、全面否認事件での女子の執行は優先順位が極めて低いものですが、本人からの請願は何より強い“キラーカード”になる。
 まったくもって自殺願望ではなく、生きてゆく自信がない、それだけです。


木嶋被告は、実母との確執によって、「生きていく自信」がなくなったと書いています。以前、北原みのり氏が『木嶋佳苗 100日裁判傍聴記』で、木嶋被告は幼い頃から実母との葛藤を抱えていたと書いていましたが、木嶋被告は、ブログで、北原氏を「『毒婦』ライター」と呼び、つぎのように批判していました。

「毒婦」ライター。彼女が私に関して語ることの7割は、事実じゃありません。3割は事実かって?それは、NHKのニュースで報道されるレベルのこと。彼女の取材能力は限りなくゼロに近いので、ルポルタージュを書けるライターじゃないですよ。

木嶋佳苗の拘置所日記
心がほっこりするイイ話


ところが、ここに至って木嶋被告は、実母との間にかなり深刻な確執があったことを認めているのです。それどころか、実父の死は、事故ではなく、夫婦関係が原因による自殺だったことをあきらかにしているのでした。もしかしたら図星だったから、あのように北原氏に対してヒステリックに反発したのかもしれません。

上記の引用文の前段にそのことが書かれています。

 私の父は妻である母に心を蝕まれた結果、還暦で自死を選びました。私が30歳のときです。4人の子ども達に残された遺言状を見るまで父の懊悩や2人の不仲など知る由もなかったし、限界まで追い詰められいたことに気付かなかった4人は遺骸の前で慟哭するほかなかった。母は父の親族から葬儀の喪主になることを許されなかったほどです。


木嶋佳苗被告が、父親の墓を実家のある北海道の別海町ではなく、わざわざ浅草の寺に造った理由も、これで納得がいきました。

このように実母との確執は、今にはじまったわけではないのです。昔からあったのです。私も以前、彼女の”売春生活”は、母親のようになりたくないという「不機嫌な娘」の意趣返しという側面もあったのではないかと書きましたが、まったく的外れではなかったのです。

ただ、それがどうして、早期の執行を求める理由になるのか。今更の感はぬぐえません。「自殺願望ではなく、生きてゆく自信がない」からという弱気な発言も、唐突な感じがしてなりません。まだ、「木嶋佳苗劇場」(木嶋被告の自己韜晦)は、つづいているような気がしてならないのです。彼女の心の奥底にあるものは、あきらかになってないように思えてならないのです。


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木嶋佳苗被告と東電OLの影
木嶋佳苗 100日裁判傍聴記
人名キーワード 木嶋佳苗
2017.04.17 Mon l ネット・メディア l top ▲
ネットメディア覇権戦争


先日、DeNAのキューレーションサイト(まとめサイト)の無断転載等の問題に関連して、同社が設置した第三者委員会の報告書が発表されました。

内容については、下記の記事が詳しく伝えていました。

INTERNET Watch
DeNA、創業者の南場智子氏が代表取締役に復帰、キュレーションメディア事業の第三者委員会報告書を受けガバナンス強化

背景にあるのは、PV至上主義です。ネットのコンテンツの多くは、基本的に無料ですので、ネットでお金を稼ぐには広告が主体になります。そのためには、どれだけ多くのアクセスを稼ぐかがなにより重要なのです。そして、アクセスを稼ぐためには、記事の量産やSEO対策が必須です。それが今回のように、コンプライアンスが二の次になった要因でしょう。

こういったネットのしくみを作ったのは、Googleです。今でこそGoogleは、「品質に関するガイドライン」なるものを設けて、コンテンツの質を重視するようなことを言ってますが、しかし、アドワーズやアドセンスの課金に対する(唯一の)指標が、クリック数であることには変わりがありません。ネットでお金を稼ぐには、PVを無視することはできないのです。

DeNAも、キューレーションサイトから撤退するとは言ってませんので、これからは今までのような粗雑で露骨なPV至上主義ではない、もっと巧妙なPV至上主義を模索することになるのでしょう。

もちろん、それは、ネットニュースも同じです。

藤代裕之氏は、近著『ネットメディア覇権戦争』(光文社新書)で、「ネットの話題がマスメディアの恰好のネタ元」になっていることが、今のような偽ニュースの拡散につながっていると書いていました。それこそが、大塚英志氏が言う「旧メディアのネット世論への迎合」ということでしょう。

そして、そのなかで大きな役割を果たしたのが、Yahoo!ニュースやJカス(J-CASTニュース)などのミドルメディアだと言います。

 ネットをネタ元にしたニュースが溢れる現状は、ソーシャルメディアとマスメディアの関係を追い続けてきた私の立場からすると、驚きである。
 約10年前、ブログやSNSが拡大していた時期に、既存メディアは、ネット上にはコンテンツのコピーが溢れており、著作権法違反でるという批判や、何の社会的価値もない便所の落書きといった、ネットを蔑む発言を繰り返していたからだ。
 だが、人々の発言が増えるにつれて、情報はネットからマスメディアへと「逆流」するようになった。YouTubeに投稿されて国際問題にまで発展した尖閣諸島の海上保安庁動画流出や、東日本大震災の津波や被災動画を経て、ソーシャルメディアのコンテンツはニュースへと位置付けられていく。
(略)
 従来、マスメディアから流れていたニュースは、ミドルメディアの登場で、人々からマスメディアへと「逆流」することになった。そしてこの構造は、ネットの世論らしきものを生み出している。


しかし、炎上に参加している「ネット民」は、ネットユーザーのわずか0.5%にすぎず(国際大学グローバル・コミュニケーション・センター山口真一研究員『ネット炎上の研究』)、ネトウヨと呼ばれる「ネット民」の比率は、ネット利用者の1%を下回る(大阪大学大学院・辻大介準教授『インターネットにおける「右傾化」現象に関する実証研究』)という調査があります。これが「ネット民大勝利」「ネットで話題」の実態なのです。

 本来マスメディアは、ネットに出回る情報を検証して、それを伝える役割があるが、ネットの情報に振り回されているのが現実だ。
 ネットで小さな波紋を起こして、、それによってミドルメディアが騒ぎ、マスメディアを動かしていく手法は、世界に広がっている。トランプ現象、そしてイギリスのEU離脱(Brexit)も同じだ。権力者や著名人の過激な発言は、アクセス数を稼ぐ格好のネタだ。ネットとマスメディアの共振で広く流布されるようになっている。


「そして、このような炎上の構造を、何らかの意図を持った国、企業、ユーザーが、利用したらどうか」(どうなるか)と警鐘を鳴らすのですが、実際にヤフーは、Yahoo!ニュースを利用して、自社の事業のために世論誘導を行ったり、ライバル会社の商品に対するネガキャンを行った「前科」があるそうです。

さらに藤代氏は、ミドルメディアの姿勢をつぎのように批判します。

 多くの人は、まさか自分たちが見ているニュースが、ここまで汚染されたり、偏ったりしているとは思わないだろう。人々のニュースへの信頼を利用して、プラットフォーム企業が巨額の利益を上げている。(略)「人々が発信する情報を掲載しているだけ、後は各自の判断で」というプラットフォーム企業の常識は、もはや通用しない。


藤代氏は、取材を受けるのにメディアを選別するヤフーの宮坂社長を、「取材に対してウソをつくトップがいるような組織に、信頼と品質など担保できるわけがない」と批判したところ、逆に「ネット民」から批判を浴び炎上したそうです。ただ、その際、ニュースサイトや広告代理店の関係者から、「ヤフーにはジャーナリズムの素人しかいない。ニュースの判断などできるはずがない」「これまでも何かと条件をつけて配信料を値下げしてきた。発信者支援などごまかしに過ぎない」「ヤフーが考える方針に従わないと、嫌がらせをされた」「社内の数字が達成できないからと、営業努力を求められた」などという声が、藤代氏のもとに寄せられたそうです。

そもそもYahoo!ニュースには、「編集権(編集の独立)」というニュースメディアとしての最低限のシステムも考え方も存在してないのです。Yahoo!ニュースがピューリッツァー賞を目指す(宮坂社長のことば)なんて、片腹痛いと言わねばなりません。Yahoo!ニュースにとって、ニュースは所詮、マネタイズする対象でしかないのです。

その典型がコメント欄でしょう。

 差別発言や誹謗中傷が溢れ、ヤフー自身も極端なレッテル貼りや、差別意識を助長させるような投稿があったと認めているニュースのコメント欄(略)。このコメント欄はプラットフォーム部分とされ、プロ責(引用者注:プロバイダ責任制限法)対応となる。つまり、事後対応でよいため、無秩序な状態が放置されてしまうのだ。


ヤフーは、とかく問題の多いコメント欄に対しても、「メディアとプラットフォームの部分をうまく使い分け」責任回避をしてきたのです。もちろん、いくら問題があっても、コメント欄を閉鎖する気なんてないそうです。「理由は単純で、コメント欄がアクセスを稼いでいるから」です。つまり、バイラル効果でお金を生むからです。Yahoo!ニュースの政治関連の記事に、ネトウヨと親和性が高い産経新聞の記事が目立つのも、故なきことではないのです。

こう考えてくると、藤代氏のつぎのようなヤフーに対する批判は、的を射ていると言えるでしょう。

 言論に責任を持たず、社会を惑わす企業は、ニセモノのメディアに過ぎない。


 組織的にリスクを回避する仕組みがなく、体制も整わない中で、新聞記者に憧れたトップがいくら旗を振っても、ニセモノのジャーナリズムは本物にならない。



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2017.03.22 Wed l ネット・メディア l top ▲
実話BUNKAタブー2016年2月号


トランプがツイッターで、LLビーンの商品の購入を呼び掛けたことで、逆にLLビーンの不買を呼び掛けるツイートが広がり、反トランプの不買運動がにわかに注目を集めています。

トランプが購入を呼び掛けたのは、創業者の孫娘がトランプを支持する政治団体に献金したからだそうです。トランプの政治観は、損得勘定だけだという批判がありますが、献金してくれたから購入を呼び掛ける、こういったところにもトランプの政治家としての資質に疑いをもたざるをえません。

就任式で、メラニア夫人が着ていたブランドはラルフローレンだったそうですが、私は、去年今年とたてつづけにラフルのダウンを買ったばかりで、なんだかこのニュースを見てラルフを着るのが恥ずかしくなりました。

私は身体が大きいので、普段はアメリカの(安い)ブランドばかり買っているのですが、LLビーンもそのひとつです。折しも今日、LLビーンからカタログが届いたばかりで、今年の冬は、ラフルのダウンにLLビーンのセーターとコーデュロイのスラックス、それにニューバランスのスニーカーが定番でした。役員がトランプ支持を表明したニューバランスも不買運動の対象になっていますので、これでは不買運動が歩いているようなものです。

不買は過剰反応ではないかという声もありますが、それだけトランプに反発する声が大きいということでしょう。アメリカの反トランプデモを見ると、「FASCIST」という文字をよく目にしますが、日本ではなぜかそういった見方は少ないようです。

メディアの報道も危機感の欠けた的を外したものばかりです。80年前のナチス政権誕生の際も、おそらくこんな感じだったのではないかと想像されますが、しかし、今回は日本の“宗主国”の大統領なのです。その影響はヒットラーの比ではないでしょう。

「宰相A」同様、いち早くトランプタワーを訪問し、トランプをヨイショした孫正義氏は、さすがネットの守銭奴の面目躍如たるものがあると言えるでしょう。幼少期、在日朝鮮人として差別を経験した人間が、長じてヘイトクライムの権化のような人物にすり寄り揉み手しているのです。

『あんぽん 孫正義伝』(佐野眞一著・小学館)によれば、孫正義氏が生まれたのは、佐賀県の鳥栖駅に隣接する「豚の糞尿と密造酒の強烈な臭いがする朝鮮部落」だったそうです。そして、多くの朝鮮人の子どもたちと同様、日本人から汚いとか近寄るななどと言われて石を投げられた経験があり、そのときの傷跡が今でも頭に残っているそうです。それが今では石を投げる人間の側に立っているのです。かつての自分と同じように差別に苦しんでいる子どもたちがいることなど、まるで頭にないかのようです。お金のためなら悪魔にでも魂を売るのでしょうか。私は、そこに人間のおぞましさのようなものさえ覚えてなりません。そして、編集権の独立と無縁なYahoo!ニュース(Yahoo!トピックス)が、トランプ批判にどこか遠慮がちなのもわかる気がするのです。

一方、日本では、南京大虐殺を否定する元谷代表の著書を客室に常備しているアパホテルや、東京MXテレビで沖縄ヘイトのニュース番組を制作しているDHCなど、トランプまがいの社長が率いる会社が批判を浴びています。

1年前の『実話BUNKAタブー2016年2月号』(コアマガジン)には、『日本会議の研究』の著者の菅野完氏が書いた(と本人が明らかにしている)「愛国ネットウヨ企業大図鑑」という記事がありました。記事では、不買運動をしたくなるような、トンデモ思想に染まった「ネトウヨ企業」がずらりと紹介されていました。

アリさんマークの引越社、ゴーゴーカレー、アパグループ、イエローハット、カドカワ(ニコ動とKADOKAWAの持株会社)、DHC、フジ住宅、高須クリニック、播磨屋おかき。大企業では、出光興産、九州電力、ブリヂストンサイクル、JR東海などの名があがっていました。しかも、そのなかには、ブラック企業として知られている会社も多いのです。

今後、孫正義氏のように、トランプ詣でする経営者が続出するのは間違いないでしょう。これも「本音の時代」のひとつの姿と言えるのかもしれません。
2017.01.23 Mon l ネット・メディア l top ▲
キュレーションサイト、いわゆるまとめサイトの問題は、DeNAのWELQに端を発し、サイバーエージェントのSpotlightやby.S、DMMのはちま起稿などへと、さらに問題は拡大しています。また、個人向けのNAVERまとめにプラットフォームを提供しているLINEにも批判が集まっています。

まとめサイトの問題は、著作権侵害の無断転載だけではありません。ステマや煽りやデマの拡散など、なんでもありのモラルなき姿勢が問われているのです。言うまでもなく、それは、まとめサイトがニュースや情報をマネタイズするための手段と化しているからです。ありていに言えば、まとめサイトというのは、広告を売るための「メディア」にすぎないのです。

民放のテレビニュースにも、当然ながら広告主がいます。ただ、テレビニュースなどは、営業(広告)と報道(編集)は分離しているのが建前です。それが編集権と呼ばれるものです。編集権の独立は、ニュースメディアの前提であり生命線なのです。しかし、ネットでは違います。そもそも通常言われるような編集権など存在しないのです。

広告枠を少しでも高く売るためには、より多くのアクセスを集めなければなりません。そのため、Yahoo!ニュースやJ-CASTニュースなどのように、煽りやデマの拡散が日常的におこなわれるようになるのです。

とりわけ、芸能ニュースや中国・韓国関連の海外ニュースなどは、煽りやデマのオンパレードです。芸能ニュースや海外ニュースのアクセスランキングは、その手のまとめ記事ばかりと言っても過言ではありません。

テレビ番組での出演者の発言を体よくまとめて記事にするライターを「コピペライター」と呼ぶそうですが、そういった「コピペライター」は、DeNAなどがやっていたように、ランサーズやクラウドワークスのようなクラウドソーシング会社から調達されるそうです。

DeNAの場合、ライターが千人くらい登録されていて(報酬は一字1円から0.5円だと言われていますが)、多くはフリーターや学生や主婦のアルバイトだそうです。彼らにライターとしてのモラルを要求するのはどだい無理な話でしょう。

さらに深刻なのは、オリジナルの記事をコピペして別の記事を作成する文章ソフトが、既に存在していることです。テーマやプロットを設定すれば、自動的に小説を書いてくれる小説作成ソフトがありますが、おそらくそれと似たようなソフトなのでしょう。そうやって量産されたコピペ記事がネットメディアを埋め、情報の真贋が検証されないまま、SNSなどを通して拡散され、マネタイズされていくのです。

一方、まとめサイトが猖獗を極めている背景に、Googleの検索の問題があることを多くの人が指摘しています。要するに、Googleの検索がいかがわしい(邪悪だ)からです。まとめサイトは、Googleの検索のいかがわしさを利用していると言えなくもないのです。しかも、Googleのシェアは、PCでは90%以上です。Googleの検索さえ逆手に取れば、多くのアクセスを集めることができるのです。

ネット通販も、当初は個人サイトばかりでした。しかし、やがてメーカーや問屋などが、個人サイトをパクって参入してきたのでした。そして、今や個人サイトは圏外に追いやられ、検索の上位は企業サイトや楽天やアマゾンなどショッピングモールのページで独占されています。それは、「NPO、公共団体、教育機関、法人企業」など”オーソリティサイト”を優遇するというGoogleのアルゴリズムがあるからです。

まとめサイトも同じです。最初は少額なアフィリ目当ての個人サイトが主でした。しかし、やがて、企業が参入することで、広告も数億円規模にまで拡大し、今回のような問題が生まれたのです。

Googleの独占体制がつづく限り、こういった問題はこれからもどんどん出てくるでしょう。まとめサイトを批判している既存メディアにしても、建前はともかく、利益率90%以上と言われる、濡れ手で粟のおいしいビジネスに食指が動かないわけがないのです。実際に、参入を虎視眈々と狙っている既存メディアの話も出ています。そのうちキュレーションサイトの主体は、新興の(ぽっと出の)ネット企業から老舗の既存メディアにとって代わられるのかもしれません。今回の問題も、そういったネットのリアル社会化・秩序化・権威化の過程で出てきたと言えなくもないのです。まるでGoogleの邪悪な検索に群がる蛆蝿のようですが、これがネットの現実なのです。
2016.12.28 Wed l ネット・メディア l top ▲
今日、Amazonの定額読み放題サービス「Kindle Unlimited」に関して、下記のようなニュースがありました。

Yahoo!ニュース
講談社、Amazonへ強く抗議 「Kindle Unlimited」から説明なく全作品消され「憤っております」

私は「Kindle Unlimited」を利用してないので、今ひとつわからないのですが、おそらく講談社が配信していたのはコミックなのでしょう。それで、定額の読み放題にしたら、アクセスが殺到して、講談社に支払うロイヤリティがかさ張り採算がとれなくなったので、ランキング上位の作品を削除したのではないでしょうか。さらに、講談社の抗議で、ほかの作品もすべて削除されたのでしょう。

これこそ、AmazonやGoogleなどにありがちなアロガントな姿勢と言えます。AmazonやGoogleがこういった姿勢を取る(取ることができる)のも、EUなどと違って、日本の公正取引委員会がまったく動かず、AmazonやGoogleの寡占を野放しにしているからです。

Googleの検索などはその最たるものです。Yahoo!JapanがGoogleの検索エンジンを採用したのは、今から6年前の2010年7月からですが、それによって、PC検索におけるGoogleのシェアは90%以上になったのでした。これは、誰が見ても健全な状況とは言えないでしょう。しかも、Googleは広告会社なのです。圧倒的なシェアを背景に、検索と広告を連動させることで莫大な利益を得ているのです。

私のサイトは、今年の1月にメインのキーワードで圏外に飛ばされました。それまで10数年トップページにいたのですが、突然、圏外に飛ばされたのでした。理由はまったくわかりません。サイトになにか手を加えたわけではありません。

「SEOに詳しいと称する人間」に言わせれば、アルゴリズムが変わったからだと言うのですが、そうであれば順位が下落するだけでしょう。6位が15位とか30位とか100位とかになったというのなら理解できます。それがどうして、検索にひっかからないような圏外に飛ばされるのか。

Googleには、「Search Console」というサイトオーナーに向けたサイトがあり、そこに登録すれば、ペナルティなどを与えられた場合、修正箇所が指摘され、それを修正して再審査をリクエストするというシステムがあります。一見、Googleお得意の民主的なシステムのように思いますが、しかし、それはあくまで表向きのポーズにすぎません。実は、「Search Console」で指摘されないペナルティというのがあるのです。私のサイトの場合も、「Search Console」ではなにも指摘されていません。

「SEOに詳しいと称する人間」に言わせれば、「Search Console」に指摘されないペナルティは、Googleに「悪質」と判断されたペナルティだそうです。そんなバカなと思います。10数年、むしろ優遇されていたサイトが、なにも手を加えてないにもかかわらず、ある日突然、圏外に飛ばされたのです。どこが「悪質」なのでしょうか。

そう言うと、「SEOに詳しいと称する人間」はハグかもしれないと言うのです。でも、1年近くハグのままだというのも、とても常識では考えられません。

もっとも、突然、圏外に飛ばされたのは自サイトだけではありません。同じ業種で競合していたサイトも、過去に圏外に飛ばされた例がいくつもあります。それどころか、10年くらい前からネット通販をやっていた同業サイトのなかで、圏外に飛ばされずに残っていたのは、自サイトくらいでした。

私は、「SEOに詳しいと称する人間」たちが言う、“SEOの法則”も、(それが正しいと仮定すれば)逆にGoogleの”難癖”のようにしか思えないのです。

たとえば、「重複コンテンツ」がその典型です。通販サイトでは、「拡大画像」や「ランキング」や「おすすめ」や「カテゴリー別」など、どうしてもGoogleの言う「重複コンテンツ」が発生します。それがペナルティの対象と言われたのでは、ネット通販が成り立たないほどです。まして、通常、オーナーたちは、通販サイトを運営する上で、「重複コンテンツ」なんてほとんど意識してないでしょう。「重複コンテンツ」に「悪意」なんてあろうはずもないのです。

私は、先日、自サイトにあたらしいページを作成しました。そして、レスポンシブ・ウェブデザインになるようにviewportを設定した上で、Googleの「モバイルフレンドーテスト」でチェックしてみました。ところが、「モバイルフレンドリーではありません」という“不合格”の評価が下されたのです。「テキストが小さすぎて読めません」とか「リンク同士が近すぎます」とかいった改善箇所が指摘されていました。

しかし、自分のスマホで表示してみると、スマホの画面にすっぽりおさまっており、別に支障があるわけではないのです。文字やリンクが、小さすぎるとか近すぎると言われても、スマホの画面ではそれは当たり前です。スマホの小さな画面では、いづれにしても拡大しなければならないのです。モバイルフレンドリーが言う適正サイズなんて、なんの意味があるんだろうと思いました。

むしろ、Googleの検索結果を見ると、Googleが言うモバイルフレンドリーなんてただの気休めでしかないことを痛感させられます。その証拠に、上位はGoogleに広告を出しているサイトで占められています。しかも、同じサイトの違うページが複数表示されている例も多くあります。それこそ「重複コンテンツ」と言うべきでしょう。

それどころか、モバイルフレンドリーに対応してないサイトが上位に表示されているケースさえあります。しかも、そのサイトは、モバイルフレンドリー未対応にもかかわず、PC表示よりモバイル表示のほうが順位が上なのです。

素人のオーナーにとって、Googleが要求するモバイルフレンドリーに対応するには、技術的にもハードルは高く、専門の業者に頼まなければ、普通は無理でしょう。そうやって高いハードルの対応を要求しながら、実際の検索はまったく別の基準でおこなわれているのです。これでは、口コミサイトを謳いながら、評価のスコアはユーザーのスコアと違うものを使っていた食べログと同じです。アルゴリズムなんていくらでも操作ができるのです。

モバイルフレンドリーは、言うまでもなくGoogle独自の基準で、きわめて恣意的なものです。今やネットにおける検索は、公共なものと言っていいでしょう。公共のものである検索が、一(いち)広告会社の利益のために使われており、そのために検索のルールが都合のいいように捻じ曲げられているのです。理不尽なペナルティで多くのサイトが検索エンジンから消えている一方で、同一サイトのページが重複して上位に表示されている矛盾が、なによりその”不都合な真実”を示していると言えるでしょう。

キーワードのマッチングにしても、以前に比べてトンチンカンな事例が多くなっています。たとえば、「パン」というキーワードでも(便宜上、「パン」の例を出しているだけで、実際の「パン」の検索とは関係ありません)、店名にたまたま「パン」という文字が入っているだけで、食べ物のパンとはまったく関係のないサイトが上位に表示されていたりするのです。

別にBingの肩をもつわけではありませんが、Bingにそういった例はあまりありません。また、同一サイトのページが重複して表示される例も、Googleに比べてきわめて少ないように思います。それになにより、Googleで圏外に飛ばされたサイトも、Bingではちゃんと表示されています。

昔は、むしろ逆でした。MicrosoftのMSNに比べて、Googleのほうが優秀であるのは誰の目にもあきらかでした。それで、Googleはユーザーの圧倒的な支持により急成長したのです。当時、Googleが今のように邪悪になるなんて誰が想像したでしょうか。

今のGoogleの寡占状態は、どう考えても健全とは言えません。日本のネットの健全化のためにも、寡占状態は解消すべきでしょう。聞けば、Yahoo!JapanとGoogleの契約は二年ごとの更新のようです。素人の浅知恵でGoogle対策のSEOにうつつをぬかすより、検索エンジンの寡占状態を解消する方向に声をあげたほうがよほど生産的だと思うのです。
2016.10.03 Mon l ネット・メディア l top ▲
私は、国会のなかの様子を知るには、今や上西小百合議員のツイッターをチェックするに限ると思っています。

上西議員のツイッターは、粘着質のネトウヨからの罵詈雑言であふれています。それは、まるで『狂人失格』のモデル女性のブログに巣食う、ネットストーカーたちを彷彿とさせるような光景なのでした。

しかし、上西議員は、そんなことにひるまず意気軒高です。昨日の衆院本会議の安倍首相の所信表明演説の際、自民党の議員たちがいっせに立ち上がって拍手をした、まるで北朝鮮か中国の国会のような光景に対しても、上西議員はつぎのように批判していました。



余談ですが、上西小百合風に言えば、Yahoo!ニュースというのは、コメント欄が示すとおり、「猿」に余計な知恵をつけるメディアと言えるのかもしれません。

さらに上西議員は、自民党の補完勢力である民進党をヤユすることも忘れていません。


民進党の蓮舫新代表が、みずからの派閥の親分である野ブタの復権をはかったことに対しても、シニカルに批判していました。




このような野党不在の翼賛国会の現状を上西議員は「絶望的な状況」と言うのです。SEALDsなどよりよほど今の政治の深刻さを自覚していると言えるでしょう。

右か左かなんて関係ないのです。むしろ、色眼鏡をかけてない分、今の政治の病理=「絶望的な状況」がよく見えるということもあるのではないか。腐臭を放つ政治状況に対して、はっきりと「臭い」と言えるのは、彼女が大阪維新を除名されて、孤立無援な、だからこそなにものにも縛られない自由な身になったからでしょう。これからも上西議員のツイッターは要チェックです。


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2016.09.27 Tue l ネット・メディア l top ▲
私は、NHKで深夜に放送されていた「MUSIC BOX」という番組が好きでしたが、最近、たまたまYouTubeに、その映像がアップされていたのを見つけて感激しました。アップ自体は違法なのかもしれませんが、かつての番組ファンにとっては感涙ものでした。

YouTube
NHK MUSIC BOX 80年代邦楽 「恋におちて」 小林明子
NHK MUSIC BOX 1991年邦楽 「PIECE OF MY WISH」 今井美樹

ただ、放送した年がはっきりしないので、いつこの番組を見たのか、ずっと気になっています。と言うのも、この番組を見ていた当時の自分の心境が、特別なものであったような気がするからです。

映像の左上にある数字は、放送されていた時刻です。どうしてそんな時間まで起きてテレビを見ていたのか。誰かに、深夜に放送されているNHKの番組が好きだという話をしたような記憶もあります。なにがあって眠れぬ夜をすごしていたのか。それが気になって仕方ないのです。失恋か。仕事の悩みだったのか。

「MUSIC BOX」に映し出されている80年後半から90年代にかけては、私は、六本木にあるポストカードやポスターなどを輸入する会社に勤めていました。バブルが弾ける前でしたので、結構、分不相応なことも経験しました。「恋に落ちて」という曲にも思い出があります。それで、よけいセンチメンタルな気分になって見ていたのかもしれません。

考えてみれば、時間は容赦なく過ぎていくのです。文字通り容赦なく、それも駆け足ですぎていく。

先日の新聞に出ていましたが、「金妻」の舞台になったような、かつての「あこがれのニュータウン」も、今は住民が高齢化して街も寂れ、さまざまな問題が生じているそうです。「恋におちて」も今は昔なのです。「金妻」たちは、老後を前にした現在(いま)、どんなことを考えているのだろうかと思いました。やはり、あのキラキラ輝いていた時代をときどき思い出し、追憶に浸ることはあるのだろうかと思いました。


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2016.09.24 Sat l ネット・メディア l top ▲
先日、「文春砲は腰抜け」という記事を書きましたが、訂正しなければならないのかもしれません。今週号(9月29日)では、豊洲移転問題に関連して、石原慎太郎のことを取り上げていました。ついにタブーが破られたかと思いましたが、でも、やはりどこか腰が引けている感はぬぐえません。芸能人のスキャンダルのときのような”冴え(意地の悪さ)”はありません。

週刊文春(9月29日)号
総力取材 豊洲の「戦犯」 石原とドン内田

都議会のドンは、元テキヤだそうです。しかも、豊洲の問題で権勢をふるった当時は、なんと落選中の身だったとか。にもかかわらず、「自民党東京都連幹事長に留任。都議会に部屋と車が用意され、都政に大きな影響力を持っていた」のです。そして、ドンがおこなったのが、豊洲移転に反対する民主党との「交渉」です。と言うのも、当時、民主党は都議会でも大躍進し、与野党の勢力図がほぼ拮抗していたからです。

折しも、『原発ホワイトアウト』のモデルでもあった泉田裕彦知事が突然出馬撤回した新潟県知事選挙について、つぎのようなニュースがありました。

Yahoo!ニュース(産経新聞)
新潟県知事選、野党3党に推され東大卒の医師が出馬表明 前長岡市長と一騎打ちへ

 共産、生活、社民の3党は今月17日、米山氏の擁立を民進党県連に要請したが、同県連は申し出を断り自主投票を決めていた。米山氏は民進党に離党届を既に提出しており、無所属で知事選に出馬する方向。


出馬表明した米山隆一氏は、民進党の新潟5区総支部長で、次期衆院選の公認候補にも内定していたそうです。

にもかかわらず、民進党は他の野党から要請されていた米山氏の擁立を断り、米山氏は離党して立候補することになったのです。どうしてなのか。それは、米山氏が東京電力柏崎刈羽原発の再稼働について、泉田知事同様、慎重な姿勢をとっているからです。

東京電力柏崎刈羽原発の再稼働に直接関係する新潟県知事に、慎重派の知事が誕生することは、電力総連に牛耳られた連合を支持母体とする民進党としても容認できないのでしょう。野ブタが復権したのも別に驚くことではありません。むしろ、民進党が野党を名乗ることの不幸(この国の政治の不幸)を考えるべきでしょう。

豊洲の移転問題においても、ドンの裏工作によって、民主党は妥協を重ね、豊洲移転の障壁ではなくなったのでした。民主党(民進党)も、伏魔殿の一員であることには変わりがないのです。

今週号では、石原と鹿島の関係にもちらっと触れていますが、もちろん、利権は豊洲移転だけではありません。むしろ本丸は、東京オリンピックのほうでしょう。

それにしても、この国の「愛国者」は、いつの時代も責任転嫁ばかりです。関東軍の上級士官たちも、部下や邦人を置き去りにして、満州から真っ先に逃げ出し、先を争って“昨日の敵“に取り入ったのでした。そして、公職に復帰すると、再び「愛国者」ズラして、戦後の日本はエゴイズムがはびこり、国を愛することが疎かになっている、などと国民に説教を垂れていたのです。

醜い弁解と責任転嫁に終始する石原こそ、この国の「愛国者」の典型と言えるでしょう。忘れてはならないのは、そんな石原を新橋や丸の内のサラリーマンたちは、かつて「理想の上司」として崇めていたことです。文春や新潮ばかりでなく、フジサンケイグループなども、まるで「救国のリーダー」のようにヨイショしていたのです。

豊洲移転問題でも、みんな口をそろえて「知らなかった」と言うばかりです。誰ひとり責任を取ろうとする人間はいません。それは、あの戦争のときから変わらないこの国の姿です。

テレビのワイドショーなども、徐々に腰砕けになっており、この問題の落としどころを探っているフシさえあります。来年になれば問題も沈静化して、計画どおり移転がはじまるだろうという見方も出ています。昨日のTBSの番組では、角谷浩一というコメンテーターが、誰の責任か追及するのは生産的ではない、みんな良かれと思ってやったことだ、というようなことを言ってましたが、そうやって沈静化がはかられるのでしょう。

築地市場の歴代の市場長の天下り先を見ると、「東京メトロ代表取締役副会長」を筆頭に、目も眩むほどの豪華さです。また、直接工事等に関わった部署の担当者たちの多くも、ゼネコンなどに天下りしているそうです。今回の問題の根っこにあるのは、このような役人天国の問題です。そして、その役人天国と持ちつ持たれつの関係を築くことで伏魔殿と化した議会の問題があるのです。当然ながら、そこに利権が生まれ、利権によって行政が動かされる現実があるのです。その中心に鎮座ましましていたのが、「愛国者」且つ「救国のリーダー」且つ「理想の上司」の「空疎な小皇帝」(斎藤貴男)石原慎太郎だったのです。
2016.09.23 Fri l ネット・メディア l top ▲
週刊文春2016年9月22日号


豊洲新市場への移転問題で、小池知事の株は文字どおりうなぎのぼりに上がっています。さすが世渡り上手な政治家です。メディアを利用した“劇場型政治”の用意周到さとその舵さばきは見事というしかありません。野党統一候補の鳥越俊太郎氏が知事になっていたら、こんなセンセーショナルな展開は望めなかったでしょう。

朝日新聞によれば、盛り土がおこなわれなかったことについて、都庁の元担当者は、「将来新たに地下水汚染が見つかった際、状況を調べたり取水などの汚染対策に使ったりする『モニタリング空間』」だったと言っているそうです。こういう往生際の悪さも役人の特徴でしょう。ああ言えばこう言う役人の詭弁の罠にはめられて、大山鳴動して鼠一匹出ずということにならないように願うばかりです。

国政より先に自公体制が築かれていた都議会は、石原慎太郎が言うよりはるかに前から「伏魔殿」と呼ばれていました。むしろ、石原は、都政を「伏魔殿」にしたひとりと言ってもよく、彼に「伏魔殿」なんて言う資格はないのです。そもそも豊洲移転を持ち出したのも石原なのです。謂わば石原は、豊洲移転問題の一丁目一番地なのです。

豊洲移転に対しては、当初は築地の仲卸業者の大半も反対していたそうです。しかし、その後、寄らば大樹の陰で、多くの業者が賛成に転じたのですが、食を扱うプロとしての矜持もポリシーもない彼らの責任も無視できないでしょう。豊洲移転に賛成した彼らは、間違ってもメディアが言うような「被害者」なんかではないのです。

石原は、盛り土がおこなわれてなかったことに対して「だまされた」と言い、みずからが盛り土の提言を否定するような言動をおこなっていたことに対しても、「覚えてない」(のちに撤回)とか「下から言われたのでそのとおりに言っただけ」とか責任逃れの発言に終始しています。

彼は自他ともに認める「愛国者」です。尖閣諸島の購入計画を打ち出して、棚上げにされていた領土問題を再燃させたのも彼です。中国が攻めてくるという妄想を日本中に広めた張本人と言ってもいいでしょう。

そんな「愛国者」が、みずからの責任に頬かむりしているのです。それは、国民を守るためではなく、国体を守るために本土決戦を回避して(それどころか、原爆投下を「天佑」と”歓迎”すらして)、敗戦の責任から逃れるために、我先に昨日の敵にすり寄っていった戦争指導者とよく似ています(アベシンゾーのお爺ちゃんもそのひとりです)。

一方、東条英機に「早く戦争をやれ!」「戦争が恐いのか」「卑怯者!」「非国民め!」というような手紙を段ボール箱に何箱も書いて(鈴木邦男)、戦争を熱望した国民たちは、敗戦になった途端、自分たちは「被害者」だと言い始めたのです。それは、築地の仲卸業者たちとよく似ています。その背後にあるのは、戦前から一貫して変わらない日本社会の無責任体系です。

そんな豊洲問題を我らが週刊文春も取り上げていました。

週刊文春(9月22日号)
小池VS.豊洲利権

リードに曰く、「ついにパンドラの箱が開いた。築地市場の移転先となる豊洲新市場で、土壌汚染対策の盛り土が行われていなかったことが発覚した。総事業費は六千億円に膨らむ一方で、食の安全に対する懸念は残ったままだ。誰による、誰のための移転だったのか。徹底検証する」

しかし、記事は「徹底検証」なんてほど遠い、まったく腰が引けた竜頭蛇尾な代物でした。

文春の記事には、豊洲移転の張本人であり、今回の問題のキーパーソンである人物の名前がいっさい出てこないのです。

もともと豊洲市場の土壌汚染対策は〇八年七月、有識者による専門家会議が都に対して「敷地全体に盛り土を実施すべき」と提言していた。ところが、都は単独で工法を変更したのだ。


 専門家の指摘を反故にしてまで一体、いつ、誰が盛り土の中止を決めたのか。


でも、記事には石原の「い」の字も出てこないのでした。石原の“鶴の一声”などまるでなかったかのような感じです。

豊洲移転の利権にしても、ゼネコン各社の異常な落札率の高さを指摘していますが、でも、東京オリンピックの問題でも指摘されていた石原と鹿島の“親密な関係”については、ひと言もないのです。

私は、以前、1969年に当時隆盛を極めていた“左“の言論に対抗するために『諸君』が創刊された際、石原が文春内で果たした役割について、元社員から話を聞いたことがありますが、未だに文春では、石原センセイはタブーなのでしょう。

文春砲は腰抜けです。叩きやすいところを叩くだけの、タブーだらけのスキャンダリズムにすぎないのです。音だけ大きい屁のようなスキャンダリズムなのです。
2016.09.19 Mon l ネット・メディア l top ▲
カカクコムが運営する口コミサイト「食べログ」で、また”疑惑”がもちあがっているようです。

Yahoo!ニュース
ねとらぼ
食べログの評価が3.0に突然リセット 飲食店オーナーの書き込みが物議

「食べログ」は、過去にヤラセの口コミが問題になったことがありましたが、そのときは、「食べログ」はどちらかと言えば“被害者”の立場でした。しかし、今回は違っています。

SNSに投稿したレストランオーナーによれば、「食べログ」の営業担当者から、ネット予約機能を使わないと検索の優先順位を落とすと言われたものの、予約機能を拒否したところ、「食べログ」のスコア(評価点数)が3.0にリセットされた(下げられた)のだとか。しかも、リセットは、経営する4店舗全部でおこなわれたそうです。それに対して、カカクコムは、予約機能とスコアは「無関係」と言っているようです。しかし、投稿を読む限り、スコアになんらかの手が加えられたのは間違いないでしょう。経営者の怒りはわからないでもありません。

どうしてネット予約機能を使わないと検索順位を落とすと言われたのか。それは、ネットの予約機能が広告に連動しているからです。要するに、広告を出せば、検索順位を優先して上位に表示すると言いたかったのでしょう。もちろん、それをあからさまにやればユーザーの反発を招くので、スコアや予約機能などさまざまなサービスを使って広告であることを巧妙に隠しているだけなのです。

そもそも今回リセットされたスコアにしても、個々のユーザーがレビューの際に付けるスコアの平均ではないのだそうです。私は、表示方法も同じなので、でっきりユーザーのスコアの平均だと思っていました。ところが、ユーザーのスコアではなく、「食べログ」が独自の基準で算出した(いかように操作できる?)スコアなのだそうです。何のための口コミサイトかと思ってしまいますが、それが、今回の騒動のポイントでしょう。

もっともこれは、「食べログ」に限った話ではありません。Googleなども同じです。たとえば、Googleショッピングも広告なのです。アドセンスを利用しないとGoogleショッピングに表示されません。それどころか、Googleの検索順位の上位をアドセンスの広告ユーザーが占めているは、半ば常識です。SEOなんて、所詮は素人の浅知恵にすぎないのです。

忘れてはならないのは、カカクコムもGoogleも営利企業だということです。しかも、その収益の大半を広告で稼いでいる会社なのです。検索システムを自分で作っているというのは、検索のルールを自分で決められるということです。アルゴリズムなんていくらでも操作できるのです。

言うまでもないことですが、カカクコムやGoogleは「公正中立な神」なんかではないのです。ましてや、彼らに「公正中立な神」であることを求めるのは、八百屋で魚を買うようなものです。たしかに、Googleは、今やネットにおいて“全能の神”のような存在になっています。しかし、その“全能の神”は、収益の90%をアドセンスやアドワードの広告で稼いでいる営利企業でもあるのです。

「食べログ」やGoogleが「公正中立」を装っているのも、広告の効果を高めるためです。広告枠を高く売るためなのです。

今回の問題で、カカクコムに「公正中立」を求めるような方向に進むのなら、それこそネットに「公正中立の神」が存在するかのような幻想をふりまくだけの、トンチンカンな反応と言わねばならないでしょう。


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2016.09.09 Fri l ネット・メディア l top ▲
Windows10ロゴ


私は現在、デスクトップとノートの二台のPCを使っています。主に仕事によって二台を使い分けているのですが、OSはデスクトップがWin7でノートがWin8でした。

Windows10の無償アップグレードがはじまったとき、どうしようか迷ったのですが、とりあえずノートのほうをアップグレードしました。アップグレード自体も問題なくすんなりとおこなわれました。

一方、デスクトップはメインのネットの仕事に使っていますので、さまざまなソフトを使っています。また周辺機器も日常的に使用しているものばかりで、Win10との互換性に不安があったので、アップグレードは保留していました。

しかし、貧乏性の習いで「無償」の誘惑をどうしても拭うことができません。ノートで確認してみると、ソフトも周辺機器も、特別問題はなさそうでした。

それで、意を決して(!)アップグレードを試みたのですが、何度やっても失敗するのでした。ネットで調べてみると、どうもWindows Updateの「更新プログラムの確認」ができないことが原因のようでした。更新プログラム自体はインストールされているようですが、なぜか「最終確認」が2015年の3月で止まったままなのです。

もちろん、現実的にはWin7でもなんら支障はないのです。そのため、いったんはアップグレードをあきらめてこのままWin7で行こうかと思いました。ところが、貧乏人の哀しい性で、やはり「無償」の文字が目の前にチラついてならないのでした。更新期限が近づくと、よけい「アップグレードしなければ損」みたいな気持になってくるのでした。しかも、そんな浅ましい気持はどんどんエスカレートして、「こうなったら意地でもアップグレードしてやる」というようなレベルまで行ってしまったのでした。それが更新期限(7月29日)の二日前です。

最新の「更新プログラムの確認」ができるようにするにはどうすればいいのか。素人考えで思いついたのは、「システムの復元」です。しかし、「復元ポイント」を見ると、今年の3月の日付しかありません。それ以前がないのです。引っかかるものがありましたが、とりあえず、3月のポイントで復元してみることにしました。

ところが、それが”悪夢”のはじまりでした。ハードディスクがビジー状態になり、にっちもさっちもいかなくなったのでした。いつまでたっても復元が完了しないのです。

仕方なく強制終了しましたが、その途端、パソコンの動作が異常に重くなったのでした。ネットにつないでも、昔のアナログ回線の頃のような緩慢な動きをするだけです。パソコンが不調になると頭が真っ白になることがありますが(それだけ実務的にもパソコンに依存しているからでしょう)、もうこうなったらリセットしてOSを再インストールするしかないなと思いました。まるで元プロ野球選手(清原のことです)や有名女優の夫の元タレント(高知東生のことです)ように、全身から汗が噴き出し異常な興奮状態に陥っていた私には、それしか思いつかなかったのでした。

とりあえずセーフティモードで立ち上げて、仕事用のデータを外付けのハードディスクにバックアップしました。仕事用のデータは週に一回はバックアップしていますので、2~3日分をバックアップするだけです。顧客データ等は、契約しているサーバーに保存されていますので、バックアップの必要はありません。

バックアップを終えてから、Win7を再インストールしてパソコンをリセットしました。そして、Win10のアップグレードを試みると、今度はすんなりと進み、アップグレードは完了したのでした。

ところが、アップグレードしたあとにとんでもない“忘れ物”をしていることに気付いたのでした。「マイピクチャ」のフォルダに入っている画像をバックアップしてなかったのです。そこには、今までデジカメで撮った写真が入っていたのです。

今のパソコンに買い替えたのは4年前ですが、そのときはWindowsの転送ツールを使ってデータを移動したので、外のメディアに保存していませんでした。あわてて,、押し入れの段ボール箱のなかから古いCD-Rを探し出して再生してみたら、さらにその前の2002年ににパソコンを買い替えたときに保存したデータしか残っていませんでした。つまり、2002年以後のこの14年間に撮った写真が消えてしまったのです。未編集のまま撮ったものを次から次に入れていましたので、数千枚は優にあったと思います。

14年間パソコンのなかのデータをいっさい保存してなかったという、このIT社会に生きる人間にあるまじき怠惰な態度は、迂闊どころではなく、文字通り自業自得と言うしかありません。

なんのことはない、14年間に撮った写真で残っているのは、わずかにこのブログにアップしたものだけになったのです。ブログをつづけるのは、結構しんどいものがあり、自己顕示の塊のような記事を読み返しては、自己嫌悪に陥ってやめようと思ったことも一度や二度ではありません。でも、ブログに残った写真を見ると、やめないでよかったのかなと思ったりもするのでした。今はそう思って自分を慰めるしかないのでした。

追記:
その後、データ復元ソフトを使って、6~7割くらいの画像が復元できました。
2016.07.31 Sun l ネット・メディア l top ▲
やっぱり、週刊文春が鳥越俊太郎候補に対するスキャンダルを掲載しました。文春につづいて新潮や東スポなども、負けじと鳥越候補に対して後追い記事を書いています。そして、待ってましたとばかりに、ネガキャンに走る産経新聞の記事がYahoo!トピックスに踊っています。見事な連携プレイと言えるでしょう。おそらくこの記事が、鳥越候補にとって”致命傷”となるのは間違いないでしょう。

業界関係者によれば、メディアの情勢調査では「まだ投票先を決めてない人が4割おり、情勢は変わる可能性がある」というような文言が最後に必ず入っていますが、しかし、その「4割」の人は、実際は投票に行かない人なのだそうです。つまり、余程のハプニングでもない限り、「情勢が変る可能性」はないのです。

私は、”舛添叩き”のときに、東京都知事は選挙などしても意味がない、週刊文春に選んでもらえばいいと書きましたが、まったくそのとおりになりました。

鳥越候補の「淫行疑惑」は14年前の話だそうですが、週刊文春や週刊新潮は、石原慎太郎氏が立候補したときに、石原氏の「愛人」や「隠し子」を記事にすることはありませんでした。それを記事にすることは絶対的なタブーだったのです。

記事自体は、下記の斎藤貴男氏のコメントにあるように、周辺の伝聞話を集めただけのマユツバなもので、鳥越候補のイメージダウンを狙った文春お得意の”ためにする”記事と言えますが、でも、日ごろリベラルな発言をしている作家やライターなどが文春を表立って批判することはないのです。高橋源一郎だって、大江健三郎だって、文春や新潮を批判することはないのです。みんな、見て見ぬふりです。それもいつもの光景です。

昔の学生たちは、文春や新潮は内調(内閣情報調査室)の広報誌だと言ってました。文春や新潮の記事が公安情報に基づいたものが多いというのも、半ば常識でした。ところが、今やそんな文春や新潮の記事は、昔とは比べ物にならないくらい大きな影響力をもつようになっているのです。

今回の選挙でも、内調の意向を組んで文春が鳥越候補のスキャンダルを書く準備をしているという記事が、選挙前から一部のメディアに出ていました。予想できないことではなかったのです。

文藝春秋の松井清人社長とジャーナリスト時代からの知り合いで、日ごろから親しい関係であることを公言している民進党の有田芳生参院議員は、今回の記事に対して、「スキャンダル報道があると、決まって『官邸筋のリーク』などと言われます。こんどの報道の背景で多方面に密かに語っていたのは官邸筋ではなく、鳥越さんを良からぬとする者たちだった」とツイッターに書いていましたが、なんだか話のすり替えのようにしか聞こえません。これでは獅子身中の虫と言われても仕方ないでしょう。

それに比べれば、「赤旗」に掲載されていた元文春記者の斎藤貴男氏のコメントのほうが“真っ当“と言えます。

 鳥越俊太郎氏の「疑惑」を取り上げた「週刊文春」の記事は、「被害者A子」さん自身の証言はなく、仮名の夫と匿名の「有名私立大学関係者」のコメントばかりで構成されています。肝心の事実関係もすべて「という」で結ばれています。こういうふうに言っている人がいるというだけです。このタイミングで報じるにはあまりにも政治的すぎる、と断じざるを得ません。選挙のときに、「という」としか書けないようなスキャンダル記事を出すべきではない。
 実際に記事を読めばいいかげんな内容だとわかりますが、ほとんどの人は読まない。それを踏まえ、一番多くの人に見られる電車や新聞広告の柱にすえるという、計算しつくした非常に卑劣なやり方です。
 週刊誌はゲリラですから、新聞やテレビとは違います。面白ければ何でもあり、選挙への影響をあまり配慮する必要はないという論理はわかりますし、私も否定はしません。 
 しかし、だったらどうして、東京都の金を自分の財布のように使っていた石原慎太郎知事の時は沈黙を決め込んでいたのか。
 そのくせ、今回は、鬼の首でも取ったみたいに鳥越さんのイメージダウンをはかる卑劣さは、かって『文春』に身を置いた者としても許せません。
 保守的な編集姿勢も結構ですが、保守と権力のイヌとは違うはずです。

※下記より転載
「文春」報道の不可解 選挙妨害の意図的記事 非常に卑劣なやり方 斎藤貴男さんコメント「赤旗」7/22


でも、何度も言いますが、共産党だって昨日までは文春の記事に踊っていたのです。都合のいいときだけ踊って、都合が悪くなると「卑劣」と言うのは、(如何にも共産党らしい)ご都合主義と言えるでしょう。

文春砲に沈黙するリベラル左派の”文化人”。都合のいいときは踊って、都合の悪いときは批判する野党。まさに「勝てない左派」の典型と言えるでしょう。きつい言い方になりますが、無定見に文春の掌の上で踊る(踊っていた)アホがシッペ返しを食らい、足をすくわれるのは当然なのです。


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全体主義には右も左もない
”舛添叩き”の奇異な光景
”舛添叩き”への違和感
上原多香子の名誉毀損
2016.07.23 Sat l ネット・メディア l top ▲
”舛添叩き”は、いよいよこの国あげての”いじめ”のような様相を呈しています。少しでも異議を唱えようものなら、逆に袋叩きに遭いそうな感じです。でも、このような”絶対的な正しさ”は、常に眉に唾して見る必要があるでしょう。況や政治においてをやです。

舛添知事は、先日、みずからの給与を半分に減額する条例案を提出すると言ってましたが、昨日の総務委員会の集中審議では、とうとう全額返上すると言い出す始末です。なんだか憐れみさえ覚えました。

以前、都営バスが労組の集会や旅行に私的利用されていた問題がありましたが、舛添知事は、そんな長年の自公体制で伏魔殿と化している都庁の税金を食い物にする構造に悪ノリしただけなのでしょう。石原は叩かれず、どうして自分だけが叩かれるのかと思っているのかもしれません。都庁の役人たちの天下りや渡りや裏金の問題がいっさい問われず、舛添のセコい(あまりにもセコい!)政治資金の用途や公用車の使い方だけがやり玉にあがるこの奇異な光景。“小悪“は徹底的に叩かれ、文壇タブーで守られた“大悪“は、金のない人間はセコいですななどと言って高笑いしているのです。

しかし、冷静になって考えてみれば、”舛添叩き”の陰で、電通が主導した東京五輪の裏金招致疑惑や「パナバ文書」であきらかにされた大企業のタックスヘイブン(租税回避)の問題が、片隅に追いやられてしまったのです。なんだかメディアは、これらの問題を回避するために、ことさら舛添を叩いているような感じさえするのでした。そこにこの集団ヒステリーの本質が表れているのではないか。


舛添を応援したのは私だ


上の三バカ大将のグリコの一等賞のような写真は、ネットで拾ったパロディ画像です。このように、舛添は自公の推薦で都知事になったのです。安倍総理と山口代表は、「都知事は舛添さんしかいません!」と絶叫したのです。しかし、”舛添叩き”ではなぜか、舛添を担いだ自公への批判は回避されているのでした。舛添は都知事の資質に欠けるとかなんとか批判するけれど、それを担いだ自公に批判が向かうことはないのです。これも奇異な光景と言えるでしょう。

昨日の集中審議で、公明党の女性都議は、舛添知事は東日本大震災の現地に一度も行ってない、こんな知事に復興五輪を語る資格はない、辞任すべきだ、などと難癖としか言いようのない論法で(しかも、芝居がかった言い方で)辞任をせまっていましたが、厚顔無恥とはこのことでしょう。舛添を推薦したのはどこの政党なんだと言いたくなりました。公明党に比べれば、舛添追及に及び腰の自民党のほうがまだしも”正直”に思えるくらいです。なんのためらいもなく(命令一下)、平気で手のひら返しをするこの党の全体主義的な体質とその怖さを再認識させられた気がしました。

舛添に211万票を入れた東京都の有権者も然りです。今になって「ダマされた」「不誠実だ」などと言ってますが、彼らは戦争でも原発事故でも汚職でもなんでも、そうやっていつも「ダマされた」と被害者ズラするのです。それが彼らが”衆愚”であるゆえんでしょう。

自民党から共産党まで、産経から朝日まで、ファシストからコミュニストまで、ネトウヨからSEALDsまで、隣のポチから向かいのミーちゃんまで、改憲だろうが護憲だろうが関係なく、みんな口をそろえて舛添に悪罵を浴びせるこの光景は、”小保方バッシング”とよく似ています。小保方さんも舛添も、別に法律に違反しているわけではないのです。勝手に疑惑だと騒いでいるだけなのです。これでは、どんな問題でも低劣なスキャンダルと化し、社会的に抹殺することが可能でしょう。

多くの国民は、舛添はいつ警察に逮捕されるのだろうと思っているのかもしれません。そういう人たちはビョーキなのです。ビョーキにさせられたのです。日本の社会は同調圧力の強い社会だなどと、日頃は高尚なご託宣を垂れるメディアも、いざとなれば「撃ちてし止まん」「一億総火の玉」の隊列に加わるのです。そして、最後に残るのは、全体主義のことばだけです。

こうなったら次の都知事は選挙なんかせずに、文春に選んでもらえばいいのです。選挙しても意味がないのですから。


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”舛添叩き”への違和感
小保方バッシングとはなんだったのか
2016.06.14 Tue l ネット・メディア l top ▲
北海道の男児行方不明事件に関連して、尾木ママのブログが炎上しているそうです。尾木ママは、しつけのために置き去りにしたことについて、ブログで「虐待」だと批判し、さらに「置き去りそのものが真実なのか疑いたくなる」とか「警察に逮捕されることでしょう」などと両親の犯罪さえ匂わせていたのでした。そのため、今、批判にさらされているのです。

こういうお粗末な人物が、教育の専門家としてメディアでもてはやされ、法政大学で教鞭を執っているのですから開いた口がふさがらないとはこのことでしょう。テレビでわけ知り顔にコメントしているのは、この手の”下等物件”ばかりなのでしょう。そして、彼らはテレビで顔を売って、週末に講演で荒稼ぎするのです。

もっとも、尾木ママのような”陰謀史観”は、ネットではめずらしいことではありません。たとえば、この事件に対するJ-CASTニュース(Jカス)の記事は、犯罪まがいのひどいものでした。情弱な尾木ママも、Jカスの記事を見て、「ネットで真実を見つけた」つもりになったのかもしれません。

Jカスは、男児が発見される前の6月2日には、つぎのような意味深な記事を発信していました。

Yahoo!ニュース
北海道の男児「置き去り」深まるナゾ 服装、理由などの説明「変化」が気になる人も

 北海道七飯(ななえ)町の林道で小学2年の男児(7)を置き去りにした、と両親が明かしてから6日目に入った。自衛隊も出動したが、2016年6月2日夕現在も見つかっておらず、ナゾが深まっている。

 「置き去り」を巡っては、父親の説明が次々に変わり、初動捜査などに影響したと報じられた。
(略)
 当初は、5月28日夕に山菜採りの途中ではぐれたとの話だったが、車の中に山菜がないなど不自然な状況があった。父親は翌朝になって、男児が車や人に石を投げつけたため、「しつけ」として林道に置き去りにしたと話を変えた。その場所に5分ほどして戻ったが、男児の姿はすでになかったともいう。

 その後、男児の服装についても当初説明のジーパンではなく、紺色系のジャージズボンを履いていたなどとした。例えば、29日早朝のテレ朝系「ANNニュース」では、警察によると、男児は「Tシャツにジーパン姿で、サンダルを履いている」と報じていた。サンダルは後に「赤い運動靴」に変わっている。

 さらに、函館新聞の6月1日付記事によると、置き去りにした後、車に追いついた男児を再び乗せ、今度は遠めの場所に置き去りにしたと父親は話しているという。

 東京スポーツもこの日発売号で、警察関係者の話として、置き去りにしたという現場で警察犬が出動したが、臭いにまったく反応せずに現場から動かなかったと報じた。

 こうした不可解な状況に、ネット上では、様々な憶測が書き込まれている。

  「なにかをまだ隠してる」「ホントに置き去りにしたのか?」「そもそもそこに来ていない可能性...」

 2ちゃんねるでは、スレッドが2日夕現在で80以上にも達しており、中には、根拠のない憶測も出ているほどだ。


2ちゃんねると東スポの記事を根拠に、七飯町役場に電話取材して記事をでっち上げる。Jカスのいつものやり方です。こうして”陰謀史観”がネットに拡散されるのです。

これは、「在日特権」でも「中国が攻めてくる」でも、あるいは「小保方バッシング」でも「干される芸能人」でも、みんな同じです。ときに東スポが週刊文春に変わるだけです。

Jカスは、そうやってアクセスを稼ぎ、ニュースをマネタイズしているのです。また、Yahoo!ニュースのアクセスランギングで、このJカスの記事が1位になっていたように、Yahoo!ニュースなどに転載されることで、さらに何倍にもなってアクセスが返ってくるのです。

ウキペディアによれば、J-CASTニュースは、『AERA』や『週刊朝日』などに在籍していた朝日新聞のOBたちが作った会社だそうです。そう言えば、朝日新聞デジタルの「イチ押し週刊誌」というコラムをJカスのシニアエディターなる人物が担当していますが(Jカスの編集者が週刊誌の記事を”批評”するなんて悪い冗談みたいな企画ですが)、それも朝日新聞との人的なつながりで仕事が発注されているのかもしれません。

さらにJカスは、男児が発見されたあとも、つぎのような記事をアップしていました。

Yahoo!ニュース
「無事発見の美談でおしまい」に違和感の声 北海道置き去り、「状況が不自然」と首ひねる人も

 一方で、「(話が出来過ぎていて)不自然」などと、「無事救出の美談」に違和感を持つ人もいるようだ。「水だけ」で丸5日以上も暮らしながら、男の子が自分で歩けるほど元気だったことや、発見された自衛隊施設の管理をめぐる証言の「食い違い」など、依然、謎も残されている。


これでは確信犯と言われても仕方ないでしょう。JカスやYahoo!ニュースがこうやって「ネットの真実」を捏造し、ネトウヨのような「ほとんどビョーキ」の人間たちを生み出しているのです。尾木ママもママと(まんまと)それに引っ掛かったのでしょう。


関連記事:
”不謹慎狩り”と私刑の構造
『ウェブニュース 一億総バカ時代』
2016.06.06 Mon l ネット・メディア l top ▲
先日、「STAP細胞論文を巡り、神戸市にある理化学研究所の研究室からES細胞(胚性幹細胞)が盗まれたとして理研OBが告発していた問題」で、神戸地検が不起訴を決定したというニュースがありました。

毎日新聞
理研ES細胞窃盗 神戸地検が不起訴「事件自体疑わしい」

言うまでもなく、これは、実際は小保方晴子さんを告発したものです。しかし、神戸地検は、「窃盗事件の発生自体が疑わしい」として不起訴処分にしたのです。

小保方さんの『あの日』(講談社)では、この「ES細胞混入ストーリー」は、研究のリーダーであった山梨大学の若山照彦教授や若山研に関係する理研関係者らによって巧妙に仕組まれたストーリー(要するに、責任逃れのストーリー)だと書かれていますが、今回の不起訴処分によってそれが証明されたとも言えます。しかし、記事にもあるように、このストーリーは既にひとり歩きしており、理研の調査委員会でも「混入説」が結論付けられているのです。でも、理研が調査をやり直すという話は聞きません。

あらためてあの小保方バッシングとはなんだったのかと思わずにはおれません。小保方さんならずとも、そら恐ろしいまでの報道犯罪と人権蹂躙だったのではないか。

本来科学論争であるべき問題が、理研の事なかれ主義や研究者間の足の引っ張り合いやマスコミの売らんかな主義とそのための「ネット世論への迎合」によって、研究者の人格攻撃へと暴走してしまったのです。その結果、「常に水は低いほうに流れる」ネットの格好の餌食になり、小保方さんがとんでもないウソ付きのとんでもない女性のように仕立てられたのです。

おそらくこのニュースを見ても、小保方さんをとんでもない女と信じ込んでいるネットのゲスたちは、ニュース自体を信じないのかもしれません。小保方バッシングは、それほどまでに「ほとんどビョーキ」と化しているのです。

もちろん、小保方さん自身が世間知らずの学者バカで、どこか的外れなところがあることは事実です。彼女が瀬戸内寂聴と対談している『婦人公論』(6/14号・中央公論社)も読みましたが、どうしてこんな対談に出たのか首をひねらざるをえませんでした。世間知らずなところをいいように利用されている気がしてならないのです。対談の内容も実に薄っぺらで、とりたてて書くほどのものはありません。瀬戸内寂聴にしても、バッシングのときは沈黙し見て見ぬふりをしていたくせに、今になって応援するはないだろうと思いました。グラビアもどきの写真といい、この対談に出た小保方さんの真意が私には理解できませんでした。こんな彼女の世間知らずなところがゲスたちの標的になったのは間違いないでしょう。

『あの日』については、複雑に入り組んだ人間関係や研究内容とその手順、あるいは各論文の撤回に至る経緯などが事細かに綴られていますが、素人にはわかりにくい部分も多く読むのに苦労しました。瀬戸内寂聴は、登場人物をひとりひとりノートに書き出して読んだそうですが、その気持がよくわかります。

そのため、若山教授の暗躍や毎日新聞の須田桃子記者やNHKの「Nスぺ」スタッフの傍若無人な取材や週刊文春のスキャンダルのでっち上げなど、わかりやすい部分だけがクローズアップされる結果になっているのです。もちろん、それらが小保方バッシングを構成する上で重要な役割を果たしたのは事実ですが、しかし、本来科学論争であるべき問題がどうして逸脱し暴走したのかというこの問題の本質を考えるとき、隔靴掻痒の感は否めませんでした。

外国では日本の報道は「クレージーだ」と言われていたそうですが、こんなバッシングが許されるなら、科学に限らずどんな問題でも、すべてが低劣なスキャンダルと化してしまうでしょう。それは、誤解を恐れずに言えば、今の舛添バッシングにも言えるのです。税金を食い物にしていると言うなら、舛添の背後にある東京都の役人たちの問題も取り上げるべきでしょう。それは、シャネル大好き市長の横浜も同じです。

小保方バッシングとはなんだったのか。あの狂気のようなバッシングをくり広げたマスゴミやジャーナリスト、それに与した科学者たち。朝日新聞のWEBRONZAには、最近も「なぜ小保方氏への同情論が消えないのか」というような記事が出ていましたが、これなどはバッシングに悪ノリした下劣な記事の好例と言えるでしょう。彼らに反知性主義を批判する資格はないのです。

マスゴミとネットが密通して作り上げる私刑の構造。それが現代の全体主義の姿です。「反戦平和」を謳い左派リベラルの立場に立つある有名ブログは、週刊文春の「乱倫研究室」のような記事を真に受けて、小保方さんと自殺した笹井芳樹教授の”道ならぬ関係”が騒動の根幹にあるような書き方をして小保方バッシングに与していましたが、それなども現代の全体主義を象徴していると言えるでしょう。


関連記事:
STAP騒動は「ほとんどビョーキ」
2016.05.31 Tue l ネット・メディア l top ▲
私は、マスコミが血眼になって舛添東京都知事を叩いている図には、当初からずっと違和感を抱いていました。文字通り坊主憎けりゃ袈裟まで憎いような感じで、”舛添叩き”はエスカレートするばかりですが、「どうして舛添だけが」という気持はどうしてもぬぐえませんでした。

舛添知事に比べ、週に3日しか登庁せず、同じように”大名旅行”が指摘されていた石原慎太郎元知事は、一部の新聞を除いて、マスコミから叩かれることはほとんどありませんでした。石原元知事の場合、都のプロジェクトに息子を登用するなど、その公私混同ぶりは舛添知事の比ではありませんでした。でも、石原元知事は不問に付され、舛添知事だけが叩かれているのです。なにか変です。

そう思っていたら、リテラにつぎのような記事がアップされていました。

リテラ
舛添より酷かった石原慎太郎都知事時代の贅沢三昧、登庁も週3日! それでも石原が批判されなかった理由

たしかに、今回の”舛添叩き”は、週刊文春の記事によってふってわいたようにはじまったのです。このブログでも何度も指摘していますが、週刊文春にしても週刊新潮にしても、石原を批判することは絶対にないのです。それは、文壇タブーがあるからです。石原の公私混同は、作家と政治家の混同でもあるのですが、その文壇タブーをいいことにやりたい放題のことをやってきたのが石原なのです。そんな文壇タブーを真に受けて、世のサラリーマンたちは石原を「理想の上司」にあげていたのです。それは、石原だけでなく、田母神に60万票を投じた東京の有権者と同じおバカな構造と言えるでしょう。

また、文春の”舛添叩き”に我が意を得たとばかりにはしゃいでいる野党の政治家などは、マスコミの空気に乗って舛添を「批判」しているビートたけしや橋下徹と同じただ機を見るに敏なだけの”下等物件”(©竹中労)と言えるでしょう。Twitterに「文春快進撃」と書いていた中東専門のジャーナリストなんて、どこまでバカなんだと言いたくなりました。

舛添が叩かれた背景に、韓国学園への都有地の貸出しやヘイト・スピーチに対する発言などによって、ネットで舛添が”親韓派”と見られていたことが関係しているように思えてなりません。それに、安倍と距離を置き、オリンピック問題でぎくしゃくしている都知事の首のすげ替えを狙う与党の思惑などが絡んで、文春に標的にされたのではないのか。そこにも、「旧メディアのネット世論への迎合」(大塚英志)や「ネットとマスメディアの共振が『私刑化』する社会を拡大させている」(藤代裕之)構造が伏在しているように思えてなりません。

能天気な文春賛美は、「ヘイト・スピーチ対策法」と似ています。法律によって、やつら(国)に”権限”を与え、ヘイト・スピーチをおこなっている下衆な人間たちを締め上げてもらうという甘い夢を抱いているのかもしれませんが、でも、やつらに”権限”を与えれば、その”権限”がいつ自分たちに向かってくるかもしれないのです。「ヘイト・スピーチ対策法」が”理念法”で、罰則規定がないからというのは、理由にはならないでしょう。”理念法”であっても、”裁量”と”権限”は付与されるのです。そこには、国家や法律というものに対する能天気な認識や期待感が垣間見えて仕方ないのです。

「タブーなきスキャンダリズム」を標榜していたのは『噂の真相』でしたが、文春の場合はタブー満載のきわめて眉唾なスキャンダリズムです。自分たちが文春の掌の上で弄ばれているだけだという自覚もなしにはしゃいでいるとしたら、政治家やジャーナリスト失格と言うしかないでしょう。


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2016.05.13 Fri l ネット・メディア l top ▲
熊本や大分の温泉地は、地震の影響で外国人観光客のキャンセルが相次いでおり、深刻な打撃を受けているようです。先々月帰省したときも、こんなところまでとびっくりするくらい山奥の温泉場にまでアジアからの観光客が押し寄せていましたが、彼らが戻ってくるまでこの苦境はつづくのでしょう。

ヘイトが日常化しているニッポンと、そのヘイトな対象であるアジアから観光客の”経済効果”に頼っているニッポン。誤解を招くような言い方になるかもしれませんが、災害によってその矛盾がいっきに露呈したとも言えるのです。

今、国会では「ヘイトスピーチ対策法」の論議が山場を迎えています。与野党双方が合意をめざして、それぞれが提出した法案のすり合わせと修正協議がおこなわれています。もっとも、「ヘイトスピーチ対策法」はあくまで罰則規定のない”理念法”にすぎないのです。

ただ、私は、「ヘイトスピーチ対策法」が対象とするようなヘイト・スピーチなどより、私たちの身近にある”サイレントヘイト・スピーチ”のほうがはるかに問題なのだと思います。たとえば、再三書いているように、「旧メディアのネット世論への迎合」(大塚英志)によって作り出されるヘイトな話題などがそうです。

田母神某に見られるように、「愛国」者なんてどこにもいないのです。いるのは、「愛国」をマネタイズする人間だけです。「愛国」ビジネスがあるだけです。ヘイトだって同じです。そこにあるのは、ヘイト・ビジネスなのです。人を差別することで金儲けをしようという人間たちがいるだけです。「ヘイトスピーチ対策法」でイメージされているような手合いは、ただヘイト・ビジネスに煽られて路上にまで出てきたイタい人間たちにすぎないのです。

いちばんタチが悪いのは、差別をマネタイズするために、陰に陽に差別を煽っている旧メディやセカンドメディアやそれらに巣食う差別をビジネスにしている人間たちです。夕方のニュースや朝のワイドショーには、やれ中国人が交通事故を起こしたとか、やれ喧嘩したとか、やれ転んだとか、YouTubeなどから収集したトンマな映像を流して”下等民族”の中国人を嗤うコーナーがありますが、今はその手の映像を専門に配信する会社さえあるのです。デーブ・スペクターの会社などもそうだと言われていますが、要するに、”嫌中憎韓ブーム”を利用して周辺国を嗤いものにするビジネスが存在しているのです。そういったビジネスがさらにヘイト・スピーチを煽っているのです。

先日、テレビ東京の街歩きの番組を見ていたら、ネトウヨご用達のヘイトな”評論家”として有名な人物が、街の歴史を解説する「経済評論家」として出演していたので、文字通り目が点になりました。ちょっと前までだったこんないかがわしい人物がメディに登場するなど、とても考えられないことです。このように、ヘイトな言説は旧メディアのなかにも確実に浸透しているのです。「ヘイトスピーチ対策法」が成立するようになっても、状況は改善するどころか、むしろヘイトな風潮は裾野を広げているのです。

Yahoo!国際ニュースランキングやヤフコメのあの異常性。中国人や韓国人の一挙手一投足が気になって気になって仕方ない人たち。Yahoo!ニュースなどセカンドメディアが、ページビューを稼ぐために(所謂「バズる」ために)、ヘイトを煽るような記事を掲載していることに対して、「ヘイトスピーチ対策法」はまったく無力なのです。人の理性や良心を前提にする”理念法”なんて、絵に描いた餅にすぎないと言えば、言いすぎになるでしょうか。

根本にある問題が放置されたまま法律だけがひとり歩きすれば、「ヘイトスピーチ対策法」が逆に路上の抗議も縛るような”トロイの木馬”になる可能性だってあるのです。もとより法律とはそういうものでしょう。
2016.04.26 Tue l ネット・メディア l top ▲
今回の地震に関連して、ネットでくり広げられている芸能人に対する”不謹慎狩り”が問題になっているようです。SNSの書き込みの言葉尻をとらえて、「不謹慎」だと指弾し炎上させたり、なかにはインスタグラムに笑顔の写真をアップしただけで「不謹慎」だと批判された芸能人もいたそうです。それらは、ほとんど言いがかりとしか言いようのないもので、ある意味でビョーキと言えるでしょう。

ヘイト・スピーチとの類似性を指摘する意見もありますが、たしかに、ヘイト・スピーチと”不謹慎狩り”は重なる部分があるように思えてなりません。日ごろ「中国人や朝鮮人は日本から出ていけ!」などと書き込んでいるような連中が、あらたな標的を見つけて”不謹慎狩り”をおこなっているような気がしてならないのです。

ネットに常駐するネトウヨの書き込みを見ると、彼らのかなりの部分はビョーキであるという指摘も、あながち的外れとは言えないように思います。ゴミ問題が大きく扱われると、ゴミに異様に執着する人間が出現するのと同じように、安倍政権の誕生によって”嫌中憎韓”の排外主義的な空気が醸し出されると、中韓に異常に執着する人間たちが出現するのです。たとえば、Yahoo!の国際ニュースランキングなどが、この異常な風潮をよく表わしているように思います。

ただ、私たちは、”不謹慎狩り”の背景に、大塚英志が書いていたような「旧メディアのネット世論への迎合」があることを忘れてはならないでしょう。それこそが、藤代裕之が「インターネットと「私刑化」する社会」で書いていた「ネットとマスメディアの共振が『私刑化』する社会を拡大させている」構造なのです。

とりわけYahoo!ニュースやJ-CASTニュースなどセカンドメディの責任は、大きいと言えるでしょう。彼らは、ページビューを稼ぐために(ニュースをマネタイズするために)、ネトウヨなどほとんどビョーキなネット民をひたすら煽ってきたのです。ヘイト・スピーチにも”不謹慎狩り”にも、背後に煽っている(煽られている)構造があることを見過ごしてはならないのです。

Yahoo!ニュースやJ-CASTニュースが、今になって”不謹慎狩り”を云々するのは、それこそカマトトと言うべきでしょう。


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私刑の夏
2016.04.21 Thu l ネット・メディア l top ▲
前回の記事のつづきですが、電話をしてもなかなかつながらないので、「OCNテクニカルサポート」に状況を書いて、メールを送信しました。

すると、翌日、返信がありました。内容は、パソコンの履歴を確認してテクニカルサポートに電話してくださいという実に簡単なものでした。なんのことはない、やはり電話をしなければならないのです。

それで、きょうの朝、メールに記されていたテクニカルサポートに電話しました。電話口に出たのは女性でした。私は、もう一度、電話口の女性に、メールに書いたことを最初から説明しました。説明し終えると、女性は、「そういった話は別の部署になりますので、折り返し担当者から連絡を差し上げます」と言うのです。私が「このまま待ちますよ」と言ったら、「いや、かなり時間がかかると思いますので、折り返しお電話を差し上げます」と言い張るので、私は仕方なく携帯電話の番号を伝えて電話を切りました。

午後遅く、携帯に電話がありました。今度は男性の担当者でした。担当者は、「テレビ電話など利用されたのではないですか」と言うのです。いや、テレビ電話どころか、YouTubeなど動画も観てないと言うと、「USB端末を他の方が使ったということはないですか」などと言う始末です。まったく話にならないのです。

こう書いても、多くの人は、OCNの担当者と同じように、「勘違いだろう」「知らない間に使っているのに気が付いてないだけだろう」と思うのかもしれません。しかし、当日(3月15日)出先でパソコンを使ったのは1~2時間です。書きものをして、ネットでYahoo!や朝日新聞などを閲覧した程度です。そのあとはパソコンの電源を切っています。シャットダウンする際、更新プログラムなどのダウンロードもありませんでした。どう考えても3~4Gを使うなどあり得ないのです

それにしても、こんなことを書けば書くほどむなしくなります。オーバーなことを言えば、冤罪被害者と同じで、いくらやってないと言っても、ただその声がむなしくはね返ってくるだけです。OCNは日本を代表するプロバイダーだ、だから正しい、という事大主義的な「認知資本主義」が前提にある限り、なにを言っても信用されないのでしょう。でも、昨年のように、「システムトラブル」でデータ容量が消えることは現実にあるのです。

結局、昨年とまったく同じやり取りに終始しました。USB端末のデータ量が一日で3~4G消えたのも同じですし、OCNの対応も同じでした。もっとも、「テクニカルサポート」と言っても、彼らもまた派遣やアルバイトにすぎないのです。だから、テレビ電話だなんだと突飛なことを言ってその場を言い逃れるしかないのでしょう。言い逃れるのが彼らの仕事なのでしょう。

いつもなら5G前後の使用量が、今月は10G近くにはね上がりそうです。今までは容量オーバーによる速度制限なんてまったく心配する必要がなかったのですが、このままいくと今月は容量オーバーになりそうです。しかも、その増えた分は、わずか1日(正確に言えば、わずか1~2時間)で使ったことになっているのです。なんとも理不尽な話で、忌々しい気持にならざるを得ません。


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クレーマーになってやる
2016.03.22 Tue l ネット・メディア l top ▲
深夜、何気にスマホのOCNモバイルONEのアプリをチェックしたら、データ容量の残りが異常に少ないことに気付きました。

私が契約しているのは5Gのプランで、それをスマホ用の音声付SIMと、出先に置いているノートPC用のUSB端末でシェアしているのですが、通常二つのSIMの使用量は5G前後です。モバイルONEの場合、残った容量を翌月に繰り越すことができるのですが、以前SIMのトラブル(下記の記事参照)で5G補てんされたので、毎月10G前後でスタートして、5G前後を繰り越すというパターンをくり返していました。

そういった通常のパターンからすると、今の時点でまだ7Gくらい残っていてもおかしくないのです。ところが、2Gしか残っていませんでした。それで、アプリでSIMごとの使用量を確認すると、USB端末のSIMが通常の倍以上になっていることがわかりました。しかも、3月15日に1日で3G以上使っており、全体の使用量がいっきに上がっているのです。

でも、出先のノートPCを使うのは2日に1回くらいで、使用する時間も夜間1~2時間くらいです。まったく使わないときもあります。むしろ最近は以前より使ってないくらいです。3月15日に3G使うなんてとてもあり得ないのです。

実は、昨年もまったく同じトラブルがありました。

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そのときも今回と同じUSB端末のトラブルでした。ノートPCの使用状況から言っても、一度にそんな大きなデータ量を使うなど絶対にあり得ないといくら説明しても、カスタマーフロントやテクニカルサポートの担当者は「当社に間違いはありません」「お客様の勘違いではないですか」とくり返すばかりで、ラチがあきませんでした。ところが、後日、モバイルONEのシステムの不具合で繰り越しデータ容量が消失していたとして、5Gが補てんされたのでした。

OCNに電話をしても、前回と同じように、カスタマーフロントからテクニカルサポートにたらいまわしされ、挙げ句の果てに「当社に間違いはありません」とまず結論ありきの詭弁を聞かされるのは目にみえています。自分の主張を通そうと思えば、そこから粘り強く何度もやり取りをしなければならないのです。その労力と時間を考えるとうんざりします。クレームを入れると、いつの間にこちらがそんなに使ってないことを証明をしなければならないかのような話の展開になるのですが、それもおかしな話です。どうして顧客が説明責任を負わなければならないのかと思います。

スマホの普及によって、私たちはおのずとモバイルの通信データ量に関心をもつようになりましたが、その肝心なデータ量の計算がホントに信用に値するものなのか、ホントにトラブルなどで消失したりしてないのか、私たちにはいっさいわからないのです。疑ったらきりがありませんが、実際に、自分の与り知らぬところで通信データ量が消えていることがあるのです。

「認知資本主義」を相手にするには精神的にタフでなければクレーマーにもなれないのです。でも、二度目となるとさすがに「もうつきあってられない」という気持になります。
2016.03.19 Sat l ネット・メディア l top ▲
最近ネットで、タレントのGENKINGの発言が話題を呼びました。GENKINGは、ご存知のとおりInstagramで有名になった、文字通りネットから生まれたタレントで、Instagramのフォロワーは84万人を誇るそうです。

TechCrunch Japan
Googleは使わない、SEO対策しているから——Instagram有名人のGENKINGが語った10代の「リアル」

GENKINGの発言は、3月3日・4日、福岡で開催された「B Dash Camp 2016 Spring in Fukuoka」というイベントの「次のビジネスを仕掛けるなら、Instagramに乗れ!」と題したセッションの場で発せられたものです。セッションには、フェイスブックやセプテーニ(ネット広告会社)などの企業の担当者も同席。タイトルからもわかるとおりInstagramを使ったマーケティングはどうあるべきかをディスカッションしたもので、彼らの立場から言っても、「これからはInstagramだ」という意図が隠されているのは間違いなく、発言の内容は多少割り引いて考える必要があるでしょう。

ただ、それでもなお、もはやキーボードで文字を打つことさえできない(と言われている)若い世代にとって、Googleの検索がリアルじゃないという発言は注目すべきものがあるのです。フェイスブックやInstagramがGoogleに比べてどれだけマシか、どれだけリアルかという問題はさて措いても、たとえば「Googleで検索すると文字が出てくるし、(検索結果は)SEO対策されている。あとはスポンサー(広告)とかが上がってきて…ネットってリアルじゃない」というような発言は、たしかに正鵠を射ていると言えるでしょう。若い世代が、Googleの検索のカラクリに気付いているとしたら、それは歓迎すべきことではないでしょうか。

このブログでも再三書いているように、今やGoogleの検索はGoogleに都合のいいサイトを上位に表示するものでしかありません。アルゴリズムもそのためのものでしかないのです。それが広告と一体化した今の検索の実態です。Googleでは求めるサイトにたどり着けない、ただ誘導されているだけのような気がする。そう思っているユーザーは多いはずです。

「一昔前ならGoogleで検索して化粧品のランキングを見ていたが、いまは見ません。結果にウソが多いのも若い子は知っている。自分が使っている化粧品が良くなくても、(ネットの)評価がいいと『ウソだな』と思う。Instagramは個人がやっているからウソがない」


こういった発言も、TJの記事が書いているように「すごく核心をついた話」に聞こえます。Google やYahoo!や楽天やAmazonや食べログや価格コムやアットコスメなどに踊らされるネットユーザー。もちろん、Instagramにも広告が入っているわけで、Instagramとて例外ではないのですが(それに、1枚の写真をアップするのに800枚の写真を撮るというのは、とてもリアルとは言えないでしょう)、でも、スマホ世代の若者たちが、とにかくGoogleを冷めた目で見るようになっているというのは、ただ踊らされるだけのユーザーに比べれば”一歩前進”と言えるでしょう。たとえ、彼らがさらに巧妙化されたあらたなカラクリに踊らされているとしても、です。

Googleが右サイドの広告を撤廃したのも、検索と広告の一体化の結果にすぎないのです。撤廃したと言っても、商品に関連するキーワードだと、「Googleショッピング」の広告が連動して表示されるのです。そうやって広告の効果を高め、広告単価を引き上げる狙いがあるのでしょう。間違っても”脱広告”に進んでいるのではないのです。むしろ逆で、より巧妙化しより検索と一体化しているのです。
2016.03.16 Wed l ネット・メディア l top ▲
シール検索2016月1月15日 


以前も取り上げましたが、上記は、本日、Google で「シール」と検索(PC検索)したトップページの画像です。5、6、7位と同じサイトのページが表示されています。しかも、ご覧のとおりタイトルも非常によく似ています。以前取り上げた記事が、昨年の12月17日で、以来ずっとつづいていますので、これは一時的なハグとはとても言えないでしょう。

Google の腹話術師たち
http://zakkan.org/blog-entry-1116.html

折しもGoogle の検索順位は、先週末に「コアアルゴリズムのアップデート」が実施され、かなり大幅な変動がありました。しかし、主に変動したのは、2ページ目以降です。アドセンスのスポンサーサイトが上位を占めるトップページは、「アップデート」などどこ吹く風で、このような”おかしな現象”がずっとつづいているのです。

その先週末の変動で、自サイトは圏外に飛んだのでした。しかも、その後、いっこうに復活する気配はなく、石原吉郎やソルジェニーツィンと同じように、このままラーゲリで強制労働の長期刑が科せられる可能性が高い気がします。

もちろん、Search Console(Google が提供するサイトオーナーのためのSEOツール)に「重要メッセージ」は届いていませんし、「手動による対策」にもスパムの警告はありません。自サイトの場合、「手動のペナルティ」ではなく、「自動のペナルティ」を科せられたのです。従ってサイトを手直してGoogle 様に「再審査」をお願いする方法もありません(お願いしたくもないけど)。「自動」で解除されるのを待つしかないのです。もちろん、永遠に解除されない可能性もあります。これほど理不尽な話はないでしょう。

ところが、SEO関連のサイトは、順位が下落したのにはちゃんと理由があると言うのです。ただ「品質ガイドライン」に抵触しているのがわかってないだけだ、と。彼らは、いつもそうやって「品質ガイドライン」をお題目のように(バカのひとつ覚えのように)唱えるだけです。

これ見よがしにトップページを3つのページが占めるサイトと圏外に飛ばされたサイト。そこにどれだけの「品質」の違いがあると言うのでしょうか。ふざけるなと言いたいです。むしろ、トップページを占めている3つのページこそ重複コンテンツではないのか。

現在、「シール」で上位に残っているのは、めったに更新もしないようなメーカーのサイトだけで、「シール」の通販サイトで上位に残っているサイトはひとつもありません。多くは圏外に飛ばされています。その代わりに、「シール」とは関係がなく、たまたま店名に「シール」の文字が入っているアイスクリーム屋やバッグショップのページがいくつも上位に表示されています。

このように、Google のアルゴリズムにおいては、通販サイトは(「シール」に関係のないアイスクリーム屋やバッグショップの後塵を拝するほど)大きなハンディを背負わさせているのです。でも、何度も言いますが、商品画像や説明文を重複コンテンツと看做されたら、通販サイトなんて成り立ちません。そんな基準がつづく限り、通販サイトが上位に来ることはないでしょう。

Googleはどうしてこんなおかしな検索エンジンになってしまったのか。やはり、それは、Google の広告に依存した体質が関係しているように思えてなりません。いつの間にか“検索のための検索“ではなく、”広告のための検索”になってしまったからでしょう。
2016.01.15 Fri l ネット・メディア l top ▲
とうとうと言うべきか、ついにと言うべきか(同じ意味ですが)、自サイトがメインのキーワードで圏外に飛びました。最後は60~100位を行ったり来たりしていましたが、昨日の午後、突然、姿を消してしまいました。検索順位を調べるツールでは、「300位以下」の表示になっています。

Google は年が明けてからペンギンアップデートの更新をおこなうとアナウンスしていますので、この”変動”はそれに関連したものかもしれません。実際にネットでも、自サイトと同じように、圏外に飛ばされたという書き込みがチラホラ見られます。ただ、まだ本格的な変動には至ってない感じです。

Google 帝国の親衛隊たちは、今さらのようにGoogle から「低品質」の評価を受けるには理由があると言うのですが、言われるまでもなく「低品質ガイドライン」なんて百も承知です。「品質ガイドライン」に抵触しないようにするのは、SEO にとって初歩の初歩でしょう。むしろ、Google の悪口を言ったから圏外に飛ばされたんだと言われたほうがよほどすっきりします。

調べてみたら、このブログで、今年の4月のモバイルフレンドリー以前に検索順位について書いたのは、なんと10年前だったということがわかりました(下記参照)。この10年間、SEOにおいてはそれなりに幸せな日常を送っていたということなのでしょう。

このまま流刑地に送られてラーゲリ暮らしになるのか。あるいは、取り調べだけで釈放されるのか。しばらくゲシュタポの動向を見守るしかありません。と言うか、全体主義国家では、もはやそうするしかないのです。ほかに手はないのです。


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2016.01.10 Sun l ネット・メディア l top ▲
思うところがあって、ドメインを下記のように変更しました。これでタイトル(雑感)どおりのドメインになりました。

http://zakkan.org/

自動的にあたらしいドメインに移動になりますので、ブックマーク等の変更は必要ありません。

2016.01.09 Sat l ネット・メディア l top ▲
先日、津田大介氏のツイッターにつぎのような投稿がありました。

津田大介ツイッター2015年12月29日
引用元:https://twitter.com/tsuda/status/682005205639016456

これは、Facebookに投稿されたヘイト(人種差別)な書き込みを削除せず放置したことが、人種差別や民族憎悪を扇動した罪に当たるとして、ドイツのハンブルグの捜査当局がFacebookのマネージャー三名を扇動容疑で捜査しているというニュースを受けて投稿されたものです。

一方、その動きを受け、Facebook・Google ・Twitterの三社がヘイトな書き込みを24時間以内に削除することに合意したというニュースもありました。

もちろん、これはドイツの話です。日本ではヘイトな書き込みはし放題です。もっとも日本は、国連人種差別撤廃委員会が指摘したように、「朝鮮人を海に沈めろ」というようなヘイトなデモが許可され、しかもそれを合法的なデモとして警察が警護しているような国なので、ヘイトな書き込み云々以前の問題があると言えるでしょう。

今回の従軍慰安婦問題に関する日韓合意についても、Yahoo!トピックスには、合意以降、「慰安婦少女像 撤去に猛反発」「日韓合意 元慰安婦ら猛反発」「10億円拠出 少女像移転が前提」「韓国 記憶遺産不参加を否定」「慰安婦少女像移転 66%が反対」「元慰安婦ら 日本相手に訴訟」「慰安婦合意 韓国では破棄論も」など、「合意しないほうがよかった」とでも言いたげな記事がつぎつぎにアップされていました。すると、ヤフコメ(コメント欄)には、「やっぱり」「これだから韓国は信じられない」というようなお約束のコメントが殺到するのでした。

Yahoo!トピックスがどうしてそんな「合意しないほうがよかった」みたいな記事を優先的に掲載するのかと言えば、そのほうがアクセスが稼げるからです。そんなヘイトな感情を煽る記事のほうがFacebookやTwitterなどSNSに転載される可能性が高く(所謂バズって)、アクセスが何倍にもなって返ってくるからです。ニュースをマネタイズするには、とにかくアクセスを稼ぐ必要があるのです。

私は、今回の日韓合意の先に、日韓安保協定、6カ国協議再開(米朝国交正常化)、日韓からの米軍の撤退、日韓朝中米露6カ国による集団安保体制というアメリカのアジア外交戦略を見る田中宇氏の「国際ニュース解説」を興味をもって読みましたが、もちろん、Yahoo!ニュースにはそんな視点は皆無です。Yahoo!ニュースだけを見ていると、田中氏の「解説」なんて荒唐無稽に思えるに違いありません。

田中宇 国際ニュース解説
日韓和解なぜ今?


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『ウェブニュース 一億総バカ時代』
2016.01.06 Wed l ネット・メディア l top ▲
同じことのくり返しになりますが、昨日(1/4)、自サイトがメインのキーワードで90位に下落しました。前回の記事(12/25)のあと、50位前後まで”回復”していたのですが、再び90位に下落したのです。こうして1週間から10日前後で下落・”回復”をくり返しています。

しかも、順位は徐々に落ちています。7位~20位で始まり、20位~40位、30位~50位、40位~70位、50位~90位と右肩下がりに下降しているのです。

で、昨日、私は、いつものようにサイトを更新しました。と言っても、別にむずかしいことをしたわけではありません。h1タグのみ使っていたトップページに、h2とh3を加えただけです。すると、ほどなく再び50位に戻ったのでした。これは今にはじまったことではありません。次回は逆のパターンをすればいいのです。いつもこのくり返しなのです。

Google には、順位が一定の期間で上下をくり返すヨーヨー現象というのがありますが、たしかに自サイトの事例はヨーヨー現象と言えばそう言えるでしょう。しかし、通常言われるヨーヨー現象にしては、その間隔があまりにも短い気がします。また、hタグの付け替え程度でヨーヨーが起きるというのも、あまりにも単純すぎてちょっと理解しがたいものがあります。

なんらかのフィルターがかけられているのは間違いないでしょうが、どうしてフィルターをかけられたのか、さっぱりわかりません。どう考えても理不尽な気がしてならないのです。香港で中国共産党に批判的な書店の関係者5人が相次いで失踪したというニュースがありましたが、それと同じで、突然秘密警察がやって来て、理由もなく拘束されたような感じです。

でも、SEO関連のサイトなどは、それにはちゃんと理由があると言うのです。彼らはなんでもわかったふりをするのです。わかったふりをすることがSEOなのでしょう。

SEOでは説明できない”不可解な現象”をどうして指摘しないのか。Google のアルゴリズムが、普遍的な価値に基づいた公平で公正なものであると本気で思っているのでしょうか。

今のウェブは、Googleが支配する全体主義国家のようなものです。言うなればSEOは全体主義を称賛することしかできない床屋政談のようなもので、それがSEOをしてバカバカしいと思うゆえんです。
2016.01.05 Tue l ネット・メディア l top ▲
先日(12/17)の記事から数日後、自サイトはPC検索で90位台までさらに下落しました(モバイル検索は70位台)。もう見事としか言いようがありません。ここまで落ちると、逆に清々しささえ覚えます。

考えてみれば、今年の4月までPC・モバイルともに4~6位でした。その状態は10年間つづいていました。それがわずか半年ちょっとであれよあれよという間に90位台まで下落したのです。

もちろん、通常の更新以外に、サイトになにか手を加えたわけではありません。どうしてこんなに下落したのか、その理由をGoogle に訊きたい気がします。

さしずめSEO業者であれば、Google の「品質ガイドライン」に沿ったサイト作りをしてないからだと言うのでしょう。そして、牽強付会に、あれこれ”問題点”を上げていくのでしょう。あるいは、順位を決定するアルゴリズムは日々進化しているので、従来のやり方がいつまでも通用すると思っているのが間違いだ、というような常套句で煙に巻くのかもしれません。

一方で、モバイル検索のトップページ(1位~9位)で、モバイル対応しているサイトが3つしかなく、あとはモバイル未対応のサイトで、しかも、それらの多くは、4月21日のモバイルフレンドリー以降にトップページに登場したとか、モバイルフレンドリー以降、モバイル未対応にもかかわらず大幅に順位を上げたのは、Google のアドワード(スポンサー)サイトか公共団体のサイトばかりだという、“不可解な現象“があるのです。しかし、そういった現象に対して、彼らが的確な説明をしているのを見たことがありません。

検索順位の上位をめざし、そのノウハウを提供するというのなら、Google のガイドライン云々以前に、そういった”不可解な現象”をどう捉えるかという視点も必要ではないでしょうか。

自サイトに関しても、ここまで順位が下がるというのは、なんらかのペナルティを科せられたのは間違いないでしょうが、だからと言って、合理的な理由があるわけではないのでしょう。もちろん、Search Consoleに、”警告”のメッセージは来ていませんし、「HTMLの改善」でも「サイトでコンテンツの問題は検出されませんでした」となっています。

ネットに飛び交っているSEO話なんて、気休めにもならない与太話にすぎないのです。「品質ガイドライン」などに関係なく、検索と広告の「一体化」によりSEOは無効になった、無効になりつつあるのだと思います。それがGoogle がめざすこれからの検索の姿なのです。
2015.12.25 Fri l ネット・メディア l top ▲
シール12月16日1
シール12月16日2


上は、昨日、「シール」のキーワードで検索した際、表示されたPC検索のトップページの画像です。

同じサイトの明らかに意図的に似せたタイトルのページが6位と7位に並んで表示されていました。こういった現象は昨日に限った話ではありません。今年の4月21日のモバイルフレンドリー以後、同じような現象がほぼ日常的に起きています。とても単なるハグとは言い難い現象なのです。

一方、(自サイトの例を出すと、単なる愚痴だと受け取られかねないので気がひけるのですが)自サイトは「シール」のキーワードで10年以上トップページを維持していたものの、4月21日以降、トップページから転落。現在、PC検索で50位、モバイル検索で35位に低迷しています。もちろん、モバイルフレンドリーにも適応済みで、モバイル検索のページでも「モバイル対応」のラベルが付けられています。にもかかわらず大幅な下落に見舞われたのでした。

しかも、その下落には“不自然“と言ってもいいようなパターンがありました。最初は20位くらいに下落しました。それで、サイトを更新すると、10位くらいに戻りました。しかし、1週間から10日経つと、25位に下落。再び更新すると15位に戻り、それから30位、40位、50位、60位、80位と段階を追って順位が下がっていったのでした。今も更新すると、1週間から10日順位が戻る現象はつづいています。また、モバイル検索も、同じパターンで、常にPC検索より10~15位上に表示されています。

これはなにを意味するのでしょうか。やはりなんらかのペナルティを科せられたのか。

先日、Google が検索結果の品質を評価するガイドラインの完全版を公開したというニュースがありました。しかし、私たちは、そういった”公式見解”ではなく、その裏にある邪悪なシステムにこそ目を向けなければならないのです。収益の9割を広告で稼ぐ一企業が、検索で圧倒的なシェアをもち、ウェブを統御している、その不健全な現実をこそ直視する必要があるのです。

ちなみに、皮肉と言うべきか、マイクロソフトのBingでは、自サイトはここ数日「シール」で1位に表示されています。もちろん、Google とBingで順位が違うのは当然です。でも、どうしてここまで順位が違うのかと思わざるをえないのです。それは、自サイトだけではありません。Google で圏外に飛ばされているサイトも、Bingでは上位に表示されています。また、Bingでは上の画像のような一部のサイトに見られるおかしな現象もありません。

なによりGoogle の品質ガイドラインに照らせば、上の画像のようなサイトこそ、故意に過剰な操作をおこなったとしてペナルティが課せられてもおかしくないのです。でも、現実は逆です。なぜなら上のサイトは、Google のスポンサー(アドワーズ)サイトだからです。

独裁国家であっても、一見民主的な権利を並べたような憲法を制定しているのが常です。「民主共和国」を謳っている国が、独裁国家である例はいくらでもあります。Google のガイドラインもそれと似たようなものかもしれません。

SEO関連のサイトがバカバカしいのは、あきらかにおかしな現象に対しても、Google の”公式見解”をそのまま鵜呑みにして、まず結論ありきで帰納的に説明するだけで、その裏にある邪悪なシステムに誰も触れようとしないことです。おかしいということさえ誰も言わないのです。それでは、Google の腹話術師と言われても仕方ないでしょう。


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2015.12.17 Thu l ネット・メディア l top ▲
先日、朝日新聞の「学びを語る」というシリーズ企画に、「ネットの万能感 『世間を知っている』と自信過剰に」という情報教育アドバイザー・遠藤美季氏のインタービュー記事が出ていました。

朝日新聞デジタル
(学びを語る)ネットの万能感 「世間を知っている」と自信過剰に 遠藤美季さん

「2012~13年の厚生労働省研究班の調査によると、ネット依存の傾向がある中高生は全国に推計約52万人いる」そうです。

しかし、これは中高生に限った話ではないのです。中高生と一緒に、2ちゃんねるやニコ動に常駐している、いい年したニートやフリーターのなんと多いことか。

今やフリーターの第一世代は50代に入ったのです。彼らの特徴は、「世間話」ができないことです。彼らには「世間」がないのです。「世間」や「社会」に対して基本的な経験や知識が欠けているからです。

そのためによけい、ネットで得た知識によって、誰よりも世の中を知っていると思い込み、2ちゃんねるやニコ動で攻撃的な書き込みをすることで、他人を支配したつもりになり、「万能感」に酔い痴れ、自分が大きくなったつもりになるのです。そこにあるのは、ネット特有の夜郎自大な性向です。ヤフコメも同じですが、それではますます社会と乖離し適応できなくなるのは当然でしょう。

一方でネットには、社会に適応できないことが自由だと勘違いさせる、そんな自己を合理化する”屁理屈”も用意されているのです。特にネットの黎明期には、その手の言説があふれていました。たとえば梅田望夫氏なども、『ウェブ進化論』で、リアル社会に適応できなくても、ネットで充分特化した生き方ができるなどとさかんに喧伝していました。もちろん、現実がそんな都合のいいものではないことは言うまでもありません。

それに、彼らの唯一の情報源であるネットにしても、多分に人工的に工作されたものでしかないのです。まして、ネットに”自由な言論”があるとかネットこそ真実なんて思っている人間は、あまりにも能天気だと言わざるを得ません。

『紙の爆弾』(鹿砦社)12月号に掲載されていた「世論を動かすアメリカの情報操作 『サイオプス』の正体」という匿名座談会に、つぎのような発言がありました。サイオプスというのは、サイコロジカル・オペレーションの略で、アメリカ国務省が指揮するアメリカ陸軍の「心理作戦」のことです。作戦を担う特殊部隊は、1万人規模の組織だとか。

X(引用者註:軍事ジャーナリスト) 九月に日本最大手のポータルサイト「Yahoo!」が、嫌韓を煽るからと「サーチナ」との契約を解除した。ところが、嫌韓や嫌中を煽っていたのはサーチナじゃなくて「レコード・チャイナ」(レコチャイ)で、こっちが国務省資本のサイオプス部隊といわれているんだ。だいたいサーチナはソフトバンクの孫正義が所有している。むしろ、レコチャイの情報工作を円滑にするために、潰すように圧力をかけられたとしか思えないんだよ。
Y(引用者註:週刊誌記者) 実際、中国共産党の批判を辿っていくと、だいたいネタ元はカナダのネットニュースサイト「エポックタイムズ」、日本語名の「大紀元」なんだよ。もともとは文化大革命に亡命した華僑という触れ込みだが、経営しているのはアメリカ国務省。法輪功の信者を死刑にして臓器売買をしているとか、共産党の腐敗や賄賂といった情報は、ここから発信されている。とはいえ中国政府に批判的な大紀元のニュース発では信憑性が薄くなる。そこでレコチャイが情報の受け手となって情報のロンダリングをしてきた。


レコチャイは、嫌中のニュースを2ちゃんねるのスレッドに立て、ヘイトな書き込みを煽り、系列のまとめサイトがその書き込みを掲載して拡散するのだそうです。また、中国の掲示板でも中国のユーザーを挑発して、「反日」的な書き込みを煽り、それを記事にして日本で配信するのだとか。Yahoo!の国際ニュースのアクセスランキングで上位を占めているのは、そんな煽り記事ばかりです。

そんなアメリカの情報工作のお先棒を担いでいるのが、自民党のネットサポーターズクラブ(J-NSC)です。約1万人いると言われる会員たちが、従属思想を「愛国」と言い換え、日々嫌中嫌韓の書き込みをして、安倍政権に批判的な書き込みや記事を「反日」として炎上させるべく工作しているのです。

それが、ネットでなんでも知っているつもりになり、「万能感」に酔い痴れている者たちが拠り所とする情報の実態なのです。
2015.11.23 Mon l ネット・メディア l top ▲
Google のパンダアップデートがはじまったとき、シールの通販をしていたあるサイトが検索ページから姿を消しました。それまでメインのキーワード(シール)で2ページ目(11~20位)に表示されていたのですが、どこを探しても見つけることができません。圏外に飛ばされたのです。

そのサイトで使われていた商品画像は、メーカーの画像をそのままコピペしたものでした。また、商品の説明文も、多くはメーカーの説明文を流用していました。その意味では、Google の言う典型的な「低品質なサイト」と言えます。そのためにパンダアップデートの餌食になったのは間違いありません。

しかし、オリジナルの商品を扱ってない小売店がメーカーの商品画像や説明文を流用することは、通販サイトではよくあることなのです。サイトの管理人にしても、別に悪意があってやっていることではないでしょう。それに、リアルな店舗ではそんなことは常識で、販促のために、メーカーがみずから作成したポスターやポップを小売店に提供しているケースさえあります。

ところが、リアル店舗では常識なことでも、ネットだと「悪意のある行為」と看做され、ペナルティが課せられるのです。でも、それはあくまでGoogle の基準にすぎません。Bingでは、件のサイトはペナルティを課せられることなく、ずっと2~3ページ目に表示されています。

Google は、同じ画像を異なったサイトが使うと、ネットが混乱してユーザーを惑わすからというようなことを言ってますが、だからと言って、Google のように「低品質なサイト」を締め出してないBingがユーザーにとって快適ではないのかと言えば、もちろんそんなことはありません。むしろGoogle よりバランスのとれた検索結果を提供しているくらいです。

このような独善的なGoogle の基準が、結果的に通販サイト、それも零細な通販サイトに非常にきびしいものになっているのは事実です。当初は、パンダアップデートは、検索の上位を占領しているまとめサイトなどを排除するための基準だと言われていました。しかし、蓋を開けてみたら、まとめサイトではなく通販サイトが標的になっていたのです。

現在もパンダアップデートが進行中で、パンダアップデートは終了するまで数ヶ月かかるとGoogle は表明しています。そのためか、Google の検索ページは、(何度も同じことを書きますが)同一サイトの似たようなページが重複して表示されるなど、混乱した状態がつづいています。しかも不思議なことに、ページが重複して表示されているサイトの多くは、アドワーズのスポンサーサイトです。

Google に言わせれば、まだアップデートが終了してないので「テスト中」ということになるのかもしれませんが、であればこれほどユーザーを愚弄した話はないでしょう。これではハンドルもブレーキも効かない未完成車を公道で走らせて「テスト」しているようなものです。もしかしたら、交通ルールはオレたちが決めるので、公道で「テスト」しても構わない、ほかの車にぶつけても構わない、と思っているのかもしれません。

Google は数ヶ月前から検索エンジンに「RankBrain」という人工知能を導入しているそうで、さっそくネットの事情通たちは「すごい」「すごい」と大騒ぎしていますが、私にはただのお粗末な暴走車にしか見えません

SEOのサイトを見ても、大半はGoogle の「品質に関するガイドライン」をコピペした、まるでGoogle の腹話術師のようなサイトばかりです。しかも、その多くはアフィリサイト向けのSEO話にすぎず、通販サイトにとって参考になるような情報はほとんどありません。そもそも、「NPO、公共団体、教育機関、法人(スポンサー)企業」を優遇するという前提を問題にしない限り、「1位になるための対策」なんて意味がないのです。
2015.11.14 Sat l ネット・メディア l top ▲
昨日、Business Journalに、宮永博史・東京理科大学大学院MOT(技術経営専攻)教授の「iPhoneの広告ブロック機能、グーグルに大ダメージ?高いiPhone依存が急所に」という文章が掲載されていました。

これは、既にロイターなども伝えていますが、アップルがiPhoneなどで広告をブロックできるようにする(具体的には、ブロックするアブリのダウンロードを解禁する)方針を打ち出したことについて書かれたものです。

Business Journal
iPhoneの広告ブロック機能、グーグルに大ダメージ?高いiPhone依存が急所に

REUTERS ロイター
米アップル、iPhoneでの広告ブロック容認 グーグルに打撃

BLOGOS
iPhone新製品に広告ブロック機能、広告一辺倒ビジネスの終わりの始まり?

ダウンロードしたアプリにくっついてくる広告がうざいというのは、誰しもが思うことで、その広告をブロックすることが可能になったというのは、iPhoneユーザーにとっては歓迎すべきことでしょう。

記事にもあるように、既にアップルの最新OS・iOS 9に「標準搭載されているブラウザ・ソフトのSafariには、広告をブロックする拡張機能が追加されており、専用のアプリをインストールすると広告をブロックできる」そうです。同時に、楽天やヤフオク!やAmazonなどで商品をクリックすると、その商品の広告がいつまでもつきまとってくる行動ターゲティング広告(その基になるユーザーの行動を追跡するトラッキング機能)も拒否できるそうです。これらはパソコンでは従来より可能でしたが、モバイルにおいても可能になったのです。

今後スマホやタブレットなどモバイルがネットの主流になるのは間違いなく、当然ネット広告もモバイルが主戦場になると言われています。Google がパソコン検索とモバイル検索を分離し、モバイル検索ではスマホに対応したモバイルフレンドリーのサイトを優遇すると表明したのも(実際はウソですが)、そういった流れを視野に入れているのは間違いないのです。

アップルがこのような大胆な方針を打ち出した背景には、広告に依存しない収益構造をもっているからです。アップルの収益の70%はiPhoneなど端末代で、残りはアップルストアの売上だそうです。アップルは広告に頼らなくてもいいのです。

一方、アップルの方針によって大きな打撃を受けるのがGoogle です。Google は、アップルと違って収益の90%がアドセンスなどの広告収入なのです。しかも、モバイルのブラウザのシェアを見ると、日本ではGoogle (android)が強いのですが、世界的にはSafariが45%とトップで、アップルとGoogle のシェアはほぼ互角なのです。

さらに、記事にあるように、ゴールドマンサックスの調査によれば、2014年のグーグルのモバイル広告収入118億ドル(約1兆4,600億円)のうち、実に75%の90億ドル(約1兆1,100億円)がiPhoneからのアクセスによるものだそうです。今回の方針が、Google にとって大きな打撃になるのは間違いありません。

ネットでは、アップルの方針によって、広告一辺倒のネットのビジネスモデルが終わりを告げるのではないかという声がある一方で、ユーザーにとってネットの”無料経済”はもはや当たり前のことになっており、それから脱却することは考えられないので、”無料経済”を支えている広告の”ありがたみ”をユーザーが再認識するきっかけになり、結局元の木阿弥になるのではないかという楽観的な見方もあります。

でも、今回のアップルの方針が私たちに突き付けた問題の所在は、そういったところにあるのではないと思います。

先日、ヤフーがソニー不動産と資本・業務提携したことに伴い、「大手不動産業者で組織する不動産流通経営協会(FRK)」が、「不動産情報サイト『Yahoo!不動産』を運営するヤフーへの物件情報の提供を12月10日に打ち切る」というニュースがありました。理由は、ポータルサイトの中立性を損なうヤフーの姿勢を疑問視したからだそうです。

CNET Japan
不動産業界団体、ヤフーへの情報提供を打ち切り--ポータルとしての中立性を重視

これは、広告においても同じでしょう。検索サイトが同時に広告業者を兼ねるという現実に対して、当然検索の中立性に疑問をもってもいいはずです。欧州委員会が再三指摘しているのも、まさにその点なのです(Google が、Google ショッピングに登録しているスポンサーサイトが上位に表示されるように検索順位を操作しているという疑惑です)。でも、日本ではなぜかそういった声がまったく出てこないのです。

言うまでもなく、検索順位を決めるアルゴリズムは、Google が独自に開発したものです。Googleのさじ加減ひとつで、いくらでも順位の操作が可能なのです。まして、Google は、収益の90%を広告収入に頼る広告業者でもあるのです。YouTubeやGoogle マップなどGoogle のサービスは広告のためにあるのです。それは検索も同じで、検索だけが中立なんてあり得ないでしょう。

たとえば、通販サイトが、メーカーの商品画像や商品名や商品の説明文を流用したり、同じ商品画像を使ってカテゴリー別や売れ筋(ベスト10)など別のページを作ることは、重複コンテンツと看做され、順位を下げるマイナス要因になるというSEO の“常識“がありますが、そんなのはすべてウソです。

いや、正確に言えば、私たちのような零細なサイトにとっては、たしかにそれらはマイナス要因になっています。しかし、「NPO、公共団体、教育機関、法人企業」には関係ないのです。

その証拠に、大手の通販サイトはメーカーの商品画像や説明文を堂々と流用していますが、まったく関係なく検索の上位に掲載されています。零細なサイトが同じことをおこなったら、大きく順位を下げるでしょう。実際に、モバイルフレンドリーが実施された今年の春以降、その傾向が強くなりました。一方、「NPO、公共団体、教育機関、法人企業」のサイトでは、逆に重複コンテンツとしか言いようのないページが並んで表示されている事例がいくらでもあります。

すべては広告がらみの思惑によるものなのでしょう。考えてみれば、検索に公平性や中立性が担保されているというのは、何の根拠もない話です。「そうあるべきだ」と”希望的観測”で勝手に思っているだけです。

最近のGoogle とマイクロソフトのBingの検索を比べると、Bingのほうがはるかにまともに見えます。Bingには、Googleによってペナルティを受け圏外に飛ばされたサイトもちゃんと掲載されています。それに、Google のように同じサイトのページが重複して掲載されるという”珍現象”もありません。もちろん、前も書いたように、「シール印刷」のアドワーズ(スポンサー)サイトが上位を占めるという不自然な現象もありません。どちらがユーザービリティにすぐれているかは一目瞭然でしょう。

Google のDon’t be evil(邪悪にならない)というスローガンには、マイクロソフトに対する皮肉が込められていたと言われていますが、今やそれが逆になっているのです。これこそ皮肉なことはないでしょう。

Google は、アップルの方針に対抗して、早速広告をブロックできないようにするアプリの配布をはじめたそうです。これなどもGoogle のアロガントな姿勢を示していると言えるでしょう。広告頼りの危機感がますますGoogle を邪悪にしているのです。


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LINEとGoogleが示すネットの現実
Google がめざす「検索の終わり」
これからの検索の方向性
2015.11.02 Mon l ネット・メディア l top ▲
先日、下記のような 記事が目に付きました。

Yahoo!ニュース
日本人のTwitter好き「異常」

 Twitter Japanの笹本裕代表は「日本は『バルス』で最高秒間ツイート記録を持つなど、世界的にも“異常”なほどTwitterがよく利用されており、本国の社員から『どうして日本人はこんなに使うの?』と聞かれることもしばしば。普及具合、活用の幅などあらゆる点で世界をリードしている」と話す。


おそらくそれは、日本人は、外国人に比べて、(文化的に)他人とのコミュニケーション能力に劣るところがあるからではないでしょうか。

昔、2ちゃんねるに常駐している人間のことを「一行バカ」と言った人がいましたが、さしずめ今は「140文字バカ」の時代なのです。もちろん、それはツイッターだけではありません。ヤフコメなども同様ですが、お手軽に一行か二行で”自己主張”する傾向はネット全体に蔓延しているのです。

文章を書くことは、同時にものを考えることでもあります。文章を書くなかで、ものの考えがより深まっていくのはよくあることです。でも、ツイッターなどは、ものを考えることにはつながりません。言うなれば、捨て台詞を吐くようなものです。面と向かっては吐けないけど、顔の見えないネットではいくらでも吐けるのです。それが、建前と本音を使い分けて生きる日本人には向いているのかもしれません。日本はほかの国に比べてイタズラ電話が多いそうですが、ツイッターで他者攻撃をするのは、イタズラ電話と似たものがあるのかもしれません。そして、「140文字バカ」たちは、負の感情を元手にした(ひとりよがりの)全能感に酔い痴れるのでしょう。

このブログの記事も、知らない間にはてなブックマークなどに引用され、一行か二行のコメントを付けられることがありますが、いらぬおせっかいで迷惑な話です。ときどきはてなブックマークを拒否することはできないのだろうかと思うことがあります。私は、そういう「双方向」なんてまったく信用していません。

たしかに、ツイッターは「電車の遅延や地震の発生」などの際、身近な情報として役立つ面がなきにしもあらずですし、企業などの情報発信ツールとしてもそれなりに有効だとは思いますが、一方で、ツイッターがネットの”自己表現”をお手軽に劣化させたのも事実でしょう。

ツイッターが招来した捨て台詞を”自己表現”と勘違いする時代。ツイッターが登場した際、「『論壇』がネットを中心に『復活』しつつあり、その『突破口』になっているのがツイッターだ」と宣った”痴識人”のことが今さらながらに思い出されてなりません。


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ツイッター賛美論

2015.09.15 Tue l ネット・メディア l top ▲
先日、FC2からメールが届きました。以下がその内容です。

平素は、FC2(fc2.com)をご利用いただき、誠にありがとうございます。

日本の一部のマスメディアからFC2創業者が、国際警察機構(ICPO)を通じて国際指名手配を受けたという報道がなされておりますが、誤報であることを当該マスメディアからの文書で回答を受けております。

FC2は、従前と変わらぬようコンプライアンスを重視しユーザー様のご要望・ご期待に沿えるよサービスを提供して行く所存です。

今後ともFC2をよろしくお願いいたします。

FC2(fc2.com)は、今後もユーザーサイドの視点で、利用者の皆様が快適にお使いいただけるよう努めてまいります。

FC2, Inc.


もしFC2の言うことがホントなら、むしろ犯罪を犯しているのは、メディアのほうでしょう。メディアは、警察のリークで記事を書いたのでしょうが、何の裏付けも取らずに、みんなで渡れば怖くないとばかりに、揃って”飛ばし記事”を書いたのでしょうか。たしかに、ICPOを通じて国際指名手配したというわりには、続報がないのです。

折しも、ハンガリーの南部の町で、国境を越えてきた難民の子供や子供を抱いた男性に対して、取材中の地元テレビ局の女性カメラマンが足を蹴ったり足を引っかけたりして転倒させている映像が波紋を呼んでいますが、その映像を見ながら、もし日本に朝鮮半島から難民が押し掛けてきたら、日本のメディアはどう報道するのだろうと考えないわけにはいきませんでした。ヨーロッパの多くのメディアのように、最低限の客観性を保ちながら報道できるでしょうか。こんな”飛ばし記事”を平気で書くようなメディアに、最低限であれ客観性を求めるのはないものねだりのような気がしないでもありません。

難民を足蹴にしたカメラマンが所属するテレビ局は、移民排斥を主張する極右のインターネットテレビだったそうですが、私はそれを聞いて、フジサンケイグループを連想しました。

産経新聞は、昔は取材をしないで記事を書くイメージがいつもつきまとっているような”二流新聞”(謂わば一般紙のなかの東スポのような扱い)でしたが、ネットの時代になるとなぜかメジャー扱いされるようになったのでした。Yahoo!ニュースでも政治関連のトピックスでは(特に中韓に関する問題や重要な政治テーマのときは)、産経の記事の掲載が際立っています。それが、”ネット世論”がヘイトでゆがんだものになっている一因でもあるように思います。

フジテレビは、数年前に、赤字を垂れ流している産経新聞を牛丼のすき屋(ゼンショーホールディングス)に売却しようとしたのですが、ゼンショーの都合でとん挫したと言われています。私は、産経の身売りが不調に終わったことが未だ悔やまれてなりません。産経新聞は”牛丼屋の新聞”こそふさわしい気がします。

私は、毎朝、「めざましテレビ」を見ていますが、加藤綾子アナのあのさわやかな笑顔の背後に、排外主義的なナショナリズムを掲げ、戦争を煽っているフジサンケイグループの”「正論」路線”が控えているのかと思うと、一種のおぞましささえ覚えてなりません。

メディアが警察のリークで”飛ばし記事”を書くと、日ごろマスコミを”マスゴミ”呼ばわりしているネット住民たちも、記事を鵜呑みにして、いっせいに”FC2叩き”に走るのでした。まさに踊る(踊らされる)アホの典型ですが、もしかしたら、既にFC2の創業者兄弟も「在日」認定されているのかもしれません。

ユーザーのひとりとして、FC2にはがんばってもらいたいと言いたいです。ライブドアのような”火事場泥棒”に負けるな、はてなのような”偽善者”に負けるなと言いたいです。たとえ、わいせつ動画に関与していたとしても、です。

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ブログの移転
2015.09.13 Sun l ネット・メディア l top ▲
2020年東京五輪のエンブレムの”パクリ騒動”が、とうとう「白紙撤回」の事態にまで至りました。もっとも、”パクリ騒動”が起きたときから、エンブレムを使用することによるイメージの低下を恐れた経済界から、「白紙撤回」の声があがっていたそうで、大会組織委員会の決定は別に意外ではないという声もあるようです。

それにしても今回の”パクリ騒動”は、あれほど中国のパクリを嗤っていた日本の、文字通り天に唾するトンマな姿を世界に晒したと言えるでしょう。ヨーロッパの人間から見れば、中国であれ韓国であれ日本であれ、みんな同じようにしか見えないのです。にもかかわらず、オレが偉い、オレのほうが世界でリスぺクトされている、なんて言い合っている姿は、彼ら西欧中心主義の人間からすれば、醜いアジア人がドングリの背比べをしている格好の差別ネタになるだけです。今回の決定を「ぶざまな成り行きになった」といち早く報じたイギリスBBC放送が、なによりそれを象徴しているように思います。

今回の”騒動”はネットから火が点いたのですが、それが大炎上して「白紙撤回」にまで至った要因については、中川淳一郎氏が独自のリアルな分析をおこなっていました。

Yahoo!ニュース
東京五輪エンブレム炎上騒動から見る広告人と一般社会の乖離
五輪エンブレム問題 声あげない業界、陰謀論に憤り 中川淳一郎氏「獲物が現れた時のネットの恐ろしさ」

もともと日本の文化は、コピーの文化なのです。言うまでもなく漢字も仏教も国家の統治制度も日常のさまざまな風習も、多くは中国や朝鮮からの輸入です。また、脱亜入欧以後はヨーロッパの模倣です。

かつて輸入雑貨の業界にいた人間からすると、日本がコピーの国であるというのは半ば常識です。たとえばシールやポストカードのメーカーで、「デザイナー」と呼ばれている人間の仕事は、まずロフトやハンズに行って、輸入もののよく売れている商品を買ってくることなのです。そして、それを模倣(トレース)してデザインするのです。

昔は、同じシールでも雑貨の系統と文具の系統に分かれていました。ホンモノにこだわり直接輸入していたのは雑貨の系統の会社でした。しかし、現在残っているのは、コピーとアニメキャラクターのライセンス商品が中心の、その意味ではいかにも日本的な文具の系統の(それも大阪の)メーカーばかりです。「本物志向」などと言いますが、実際はホンモノよりコピーのほうが売れるのです。それはコピーに対する文化的なバッグボーンがあり、そのほうが日本人の感性に収まりがいいからでしょう。

三島由紀夫は、『文化防衛論』において、伊勢神宮の式年遷宮を引き合いに出し、日本文化はコピーとオリジナルの区別がないと言ったのですが、まさにそれが日本文化なのです。サブカルチャーにおける二次創作も、そんな日本文化の系譜に連なるものです。日本が誇るクールジャパンも、模倣の文化の所産なのです。

模倣が当たり前のこととして存在する日本の文化。それは、この国の成り立ちからして、逃れることのできない”宿命”のようなものです。だから、日本人は、オリジナルなものより、コピーにコピーを重ねるそんな移ろいゆくはかなきものに「美」を見出したのです。それが日本の文化様式なのです。丸山真男が言った、主体性(考え方の核になるもの)をもたず「つぎつぎとなりゆくいきほひ」に流される日本人の思考の形態も、そんな日本の文化様式に附合しているように思います。そう考えれば、”エンブレム騒動”は、身も蓋もないことを言って自己撞着に陥っていると言えないこともないのです。

エンブレムのデザイナーの佐野研二郎氏は、ネットで在日認定され住所や電話番号まで晒されて、さまざまな嫌がらせを受けているそうですが、ネット住人たちはそうやって「愛国」の名のもとに佐野氏を血祭りにあげながら、あろうことか三島由紀夫が喝破した日本文化の伝統様式をも否定しているのでした。

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コピー文化
2015.09.05 Sat l ネット・メディア l top ▲
先日の記事で、PCでは広告を非表示にできるけど、スマホでは広告を非表示にできないというライブドアブログの”巧妙”な仕様について書きましたが、ところがそこには露骨な”区別”が存在していたのです。

スマホで広告の表示を拒否できないのは個人のユーザーだけで、「NPO、公共団体、教育機関、法人企業」は、スマホでも広告を拒否できるのだそうです。ライブドアの公式ブログでも、「『広告非表示プラン(無料)』は、NPO、公共団体、教育機関、法人企業を対象としたプランで、PC、スマートフォン、ケータイでの広告は非表示となります」と記載されていました。

ここにも、ネットの秩序化・リアル社会化・権威化の流れが示されていると言えます。さすがLINEで、機を見るに敏だなと思いました。

これはGoogleの検索も同じです。モバイルユーザーが見やすいサイト、つまり、モバイルフレンドリーにしないと検索順位を下げるとさんざん脅された挙句、4月21日にいざ蓋を開けてみたら、モバイルフレンドーに対応してないサイトが突如、下位から「飛び級」でトップページに登場してきたのでした。それも、ひとつやふたつではありません。しかも、その”異変”はPCだけではありません。肝心なモバイルの検索においても同様でした(さらに現在は、PCもモバイルもほとんど順位に違いがなくなりました)。

モバイルフレンドリーにしないと順位を下げるというあのGoogle の警告は一体なんだったのか。モバイル検索の1ページ目に表示されているサイトのなかでも、「スマホ対応」のサイトは2~3つしかありません。

「飛び級」で登場したサイトを見ると、見事なほどLINEの方針と重なります。「NPO、公共団体、教育機関、法人企業」など、Google が言うオーソリティサイトばかりです。しかも、「法人企業」の多くは、Google のアドワーズユーザー(広告主)です。

ネットの収益源は未だに広告頼りで、それはGoogle もLINEも事情は同じです。そう考えれば、ネットの秩序化・リアル社会化・権威化は当然の流れとも言えるのです。

そんな流れのなかで、モバイルフレンドリーに見られるように、個人ユーザーはいいように振りまわされ、いいようにコケにされるだけなのです。Google はよく「ユーザービリティ」ということばを使いますが、それは自分たちの都合をそう言い換えているにすぎないのです。

歌田和弘氏によれば、Google の”Don't be evil”という有名な理念について、スティーブ・ジョブズは、「うそっぱちだと激しく怒っ」ていたそうです。

歌田和弘の『地球村事件簿』
グーグルに対して怒りまくったスティーブ・ジョブズ

また、特許侵害をめぐってGoogle と抗争中のオラクルのCEO・ラリー・エリソン氏も、同様の発言をしているそうです。オラクルの場合、目クソ鼻クソという感じがしないでもありませんが、少なくとも実際のビジネスの現場では、GoogleもただのEvilな会社にすぎないということなのでしょう。

バカのひとつ覚えのように、Google が「すごい」「すごい」というだけのネットの事情通たち。Google がロゴを変えると、まるで大事件であるかのようにいっせいに書き立てる事大主義。なかには、Google の誰々が妊娠したなどとという記事を書いていたSEO業者までいました。


「シール」検索結果1
「シール」検索結果2

これは、本日、「シール」でPC検索したトップページの画像です。ずらりと並んだ「シール印刷」のタイトル。SEOではタイトルが検索順位に大きく影響すると言われていますが、これが世界中の優秀な頭脳が集まって開発したパンダやペンギンやモバイルフレンドリーの現実なのです。
2015.09.02 Wed l ネット・メディア l top ▲
FC2ブログ


このブログは、ご覧のとおりFC2のサービスを利用しています。2014年のニールセンの調査によれば、PCからの利用者数では、FC2は月間平均22445千人で、Yahoo!・Google につづいて3番目です。ただ、最近はスマホからの利用者が増加して(逆にPCは10~20%減少)、ネットサービスの主戦場がスマホに移りつつありますが、スマホになるとFC2は10位に下落するのです。

ニールセン
ニールセン2014年 日本のインターネットサービス利用者数ランキングを発表

そういった焦りもあったのか、FC2の実質運営会社の社長や創業者の弟など関係者が、動画投稿サイトのFC2動画において、投稿されたわいせつ動画を投稿者と「共謀」してサーバーに保存し配信したとして、わいせつ電磁的記録媒体陳列の疑いで、3度逮捕される事態になっています。そして、今度はアメリカ在住の創業者にも逮捕状が出され、指名手配されたというニュースがありました。報道によれば、FC2は単に配信の”場”を提供しただけでなく、「投稿の配信で得た利益を投稿者と折半する契約を交わす」など、積極的に関与していたのだとか。

22445千人のかなりの部分は動画などの利用者で、そういったエロ目的の利用者から得た利益によって、FC2が提供するさまざまな無料サービスが成り立っており、私たちがそれをありがたく利用しているわけです。タダでサービスを利用しながら、FC2の”違法行為”をけしからんと言うのもどうかなと思いますが、ブログを利用する身としては、ブログサービスの行く末に一抹の不安を抱かざるをえないのは事実です。

仮にFC2の経営が行き詰ったとしても、これほど多くの利用者がいるサービスがおいそれと消えることはないと思いますが(ライブドアブログのように、ほかの会社が受け継ぐ可能性が高いとは思いますが)、ただ、ネットの場合、ある日突然、サービスが停止ということもなくはないのです。実際に、私もFC2の前に、同じような災難に遭った経験があります。

このブログは曲がりなりにも10年つづけていますので、10年間の記事がすべて消えるというのはやはり忍びがたいものがあります。それで、万一のことも考え、ネットで情報を収集していたら、ライブドア公式ブログのなかに、「FC2ブログからライブドアブログへのお引っ越しの方法」というのを見つけました。その日付から見ても、摘発を受けてのFC2ユーザーの動揺を狙ったものとしか思えません。抜け目がないのです。

試しに手順に従ってやってやってみたら、拍子抜けするくらい簡単に移転ができました。

ライブドアのブログ
http://sealmania.blog.jp/
※削除しました。リンクが切れています。

移転にかかった時間は、10分程度でした。ただ、自分でカスタマイズしている部分がありますので、その部分を手作業で修正しなければならず、完全に移転するにはもう少し時間がかかります。

と言っても、実際にライブドアに移転するかどうか、まだ決めかねています。私は、ブログに広告が表示されるのが嫌なので、FC2は広告が表示されない有料サービスを利用しているのですが、ライブドアの場合、有料サービスがないのです。前はあったみたいですが、現在は有料サービスが廃止され、パソコン版に限っては無料でも広告が表示されなくなったそうです。それはそれで画期的なサービスだと思いますが、しかし、その代わりスマホ版の広告が拒否できなくなったのです。

ブログの利用者がPCからスマホに移っていることを睨んで、PCの広告は非表示にするけど、これから主戦場になるスマホの広告は非表示にすることができないようにするというライブドアのやり方は、さすがに親会社がLINEだけあって、なかなか巧妙だなと思います。とは言え、広告が拒否できないシステムには、やはり違和感を抱かざるをえません。

私自身は、FC2のブログは使い勝手がよくてすごく気に入っています。ただ今後のことが不安なだけで、できればこのまま使いたいというのが本音です。

それにしても、今回のFC2の摘発をとおして、ネットの秩序化・リアル社会化をあらためて痛感されられた気がします。利用者数がYahoo!・Googleにつぐ第3位の会社でさえ収益源を”違法行為”に頼らざるをえないほど、ネットのビジネスモデルはきわめて脆弱で限られているのです。Google にしても、世界中の優秀な頭脳が集まっているとか言われ、今でこそさまざまなベンチャービジネスに触手を伸ばしていますが、現実は不透明な検索やユーチューブに見られるように、グレーなことをやって大きくなったのです。しかも、収益の大半は、未だに広告なのです。

そう考えれば、利用者数第3位とは言え、弱小会社であるがゆえに当局に狙い撃ちされた感のあるFC2には同情を禁じ得ません。なんとか踏ん張ってもらいたいけど、結局はいいように叩かれてボロボロになったところで、リアル社会のヒモ付きのどこか大手の会社に、ユーザーともどもタダ同然で買い取られるのかもしれません。もしかしたら既にそういう筋書きのなかで、FC2の運命が弄ばれているのかもしれないのです。
2015.08.27 Thu l ネット・メディア l top ▲
先日、朝日新聞デジタルに、高橋源一郎氏と東浩紀氏の対談に関する記事が掲載されていました。

朝日新聞デジタル
3・11後の論壇に物申す 高橋源一郎さん×東浩紀さん

記事では触れていませんが、これは、7月10日に東浩紀氏が主宰するゲンロンカフェの企画でおこなわれた二人の対談、「『論壇』はどこにあるのか」を記事にしたものです。

記事にもあるように、3.11のあと、東浩紀氏は、「日本人はいま、めずらしく、日本人であることを誇りに感じ始めている。自分たちの国家と政府を支えたいと感じている」と書き、国家がせり出してきた状況を手放しで礼賛したのでした。言うまでもなく、その”国家的紐帯”は、やがてヘイトな「愛国」主義へと接続されるのでした。

東浩紀の渦状言論 はてな避難版
For a change, Proud to be Japanese

また、その前年(2010年)の朝日新聞の「論壇時評」で、東氏は、「滅びたと言われて久しい」「論壇」がネットを中心に「復活」しつつあり、その「突破口」になっているのがツイッターだ、と書いていました(「ネットが開く新しい空間」)。「いままでは愚痴の海に埋もれていた魅力的な言論が、ツイッターの出現によって可視化され組織化されている」と。

そして、大震災直後の最後の「論壇時評」では、大震災と原発事故によって、ネットをとおして発信者みずからがメディアになるようなあたらしい状況が現出したとして、ツイッターなどのソーシャルメディアに、「論壇」の復活とその未来像を見ているのでした。

ところが今になって、東氏は、「新しい言論空間が生まれるのかな、という希望」はあったけど、結局、「議論が意味をなさない社会状況になった」「今は何もない。希望はゼロ」と言うのでした。そんなことは最初からわかっていたはずです。それが彼がトンチンカンである所以です。

一方、東氏より年長で、東氏と違って政治の洗礼を浴びているはずの高橋源一郎氏は、今の状況を前向きにとらえ、「原発や安全保障、立憲主義など、人々の関心が集まるようになったことに希望を見いだそうと訴えた」そうです。でも、前向きになれる根拠になっているのは、かつて高橋氏らが否定したはずの(左右を問わない)全体主義的で権威的で抑圧的な”古い政治のことば”です。

「論壇」なんてないのです。とっくに終わっているのです。それは、東氏が言うような、ネットのあたらしい言語空間に吸収されたとかいうような意味ではありません。もはや「論壇」という発想そのものが意味をなさなくなったのです。

栗原康氏は、新著『現代暴力考』(角川新書)の「はじめに」(まえがき)で、反原発デモで遭遇したつぎのような経験を書いていました。

3.11直後の高円寺の反原発デモは、「めちゃくちゃ解放感があった」。大震災や原発事故による重苦しい雰囲気や負い目みたいなものをふり払いたいという気分がデモにあふれていたと言います。

ところが、それから1年後の官邸前デモに行くと、デモは警察の規制に従って整然とおこなわれる秩序立ったものに変わっていたのです。

(警察の規制に)いらだった若者が「ジャマなんだよ」と警官にくってかかっているが、そこにスタスタと腕章をまいた二〇代くらいの女性がやってきた。デモ主催者というか、ボランティアスタッフみたいなものだろう。わたしは「まあまあ」といなすくらいのことをするのかなとおもっていたら、その女性は大声をだしてこういった。「おわまりさんのいうことをきいてください。お仕事のめいわくでしょう」。


また、警察の規制をおしのけて、デモの一部が道路になだれ出たとき、歩道から腕章をつけた人たちがマイクでこう叫んだそうです。

「おまえら、なにがしたいんだ」。(略)
「これでデモができなくなったらどうするんだ。おまえらのせいで再稼働がとめられなくなるんだぞ」。


栗原氏は、こう書きます。

(略)デモにしても、いつのまにか秩序の動員力にのみこまれていて、ひとつの目的が設定されてしまっている。議会に圧力をかけること以外はやってはいけない。デモの主催者が正当な暴力を手にしていて、それにさからう人たちは「暴力的」といわれて非難される。権力だ。


栗原氏は、この秩序化された光景について、生きたいとおもうこと(Desire to Live)と生きのびること(Survival)というフランスのシチュアシオニストのラウル・ヴァネーゲムのことばを引用して論じているのですが、その光景をもたらしているのがとっくに失効したはずの”古い政治のことば”です。

「安保法制反対のデモが盛り上がっている」とマスコミは言いますが、仮に盛り上っているとしても、そのエネルギーの行き着く先は、民主党をはじめとする野党の国会対策なのです。栗原氏は、「原発推進派にしても反対派にしても、よりよく生きのびようとあらそっているだけのことだ」と書いていましたが、それは安保法制も同じでしょう。

そこには、既存の”秩序”に別の”秩序”を置き換える発想しかないのです。いや、そもそも別の”秩序”ですらないのかもしれません。同じ”秩序”のなかで、ただ陣取り合戦をしているだけではないのか。

二人の対談は、相変わらず啓蒙的でトンチンカンな言説と言わざるをえません。いみじくも二人の対談が、「論壇」なんてもはや意味をなさないことを逆に証明しているのだと思います。
2015.08.18 Tue l ネット・メディア l top ▲
さらば、ヘイト本!


昨日のYahoo!トッピックスに、「鳩山氏、ひざまずき合掌」という見出しを見て、私は思わず心のなかで「出たっ!」と叫びました。と言って、お化けが出たのではありません。

出たのは、Yahoo!ニュースお得意の排外主義を煽る嫌中憎韓の記事です。まあ、季節を問わず定期的に出てくるYahoo!ニュースのお化けと言えばそう言えるのかもしれませんが・・・。

Yahoo!ニュース
鳩山氏、ひざまずき合掌=植民地時代の刑務所跡で―韓国

記事自体は、時事通信から配信されたものですが、なかでもネット住人たちにインパクトを与えたのは、記事に添えられていた鳩山由紀夫氏が正座している写真でしょう。

別の記事には、土下座をして頭を下げているような写真もあり、実際に「土下座」ということばも使っていました。もちろん、記事を受けて、コメント欄は鳩山氏への罵詈雑言で溢れていました。

Yahoo!ニュースにしてみれば、ネット住人たちの発狂ぶりを見て、「してやったり」という感じなのかもしれません。これこそ三田ゾーマ氏ではないですが、「バカを煽って金儲けするウェブニュース」の典型と言えるでしょう。

どうしてYahoo!ニュースのコメント欄はバカばっかりなのか。それは、Yahoo!ニュースがページビューを稼ぐために、そんなバカたちを煽っているからです。コメント欄のレベルが、Yahoo!ニュースのレベルをよく表しているのです。

Yahoo!ニュース編集部の井上芙優氏は、『Journalism』(朝日新聞出版)に、「ニュースの“見られ方”“見せ方”の変容に因って、取材して書く・撮る人材“だけ”がジャーナリストを名乗っていた世界は変わろうとしている」「これからはどんなメディアでも、新人を育てるに当たって“取材をするから育つ”“取材しないから育たない”といった単純な対立軸に当て嵌めることはできない」(「取材をしない」ニュース編集部 いかに報道マインドを根付かせるか)と書いていましたが、私に言わせればよく言うよという感じです。

ちなみに、鳩山氏の「ひざまずき」「土下座」は、「韓国では「クンジョル」と呼ばれる最上位の敬意を示す作法であり、屈服の意を示す土下座とは全く別物」だそうです。

BUZZAP!
鳩山元首相の韓国での謝罪を「土下座」と勘違いした一部ネット民が大発狂、実は韓国式の最敬礼「クンジョル」でした

こんなことは、調べればすぐわかるはずです。フジテレビも、如何にも土下座したかのようなニュースを流していましたが、Yahoo!ニュースやフジテレビのやり方は、しらばっくれた確信犯的な印象操作と言えるでしょう。そして、実はそれは、ヘイト本を作るやり方とそっくり同じなのです。

『さらば、ヘイト本!』(ころから)では、実際にヘイト本の「製造」に携わった元編集者たちが、その内幕を語っていました。

編集プロダクションの社員のもとに、クライアントの出版社から届いた企画書には、「保守層や韓国に批判的な層が留飲を下げる目的で作る」と書いていたそうです。その企画書に基づいて、編集者がまずやったのは、韓国の中央日報や朝鮮日報、聯合ニュースの日本語の電子版にアクセスして、日本を非難している記事を片端から拾い集めることだったそうです。それがヘイト本のネタになるのです。もちろん、その場合、日本を褒めているような記事はいっさい無視するのが鉄則です。

と言っても、編集者は、思想的には無色です。宝島社からの依頼で、ヘイト本を作っていた編集者の某氏が心がけていたことは、「読者ではなく、版元の担当者に納得してもらうものを作る」ということだったそうです。そこには「愛国」も「憂国」もないのです。ただ、”嫌中憎韓”を金儲けの手段にする無節操な商売人のソロバン勘定があるだけです。

ヘイト本は、もともとでたらめな世界なので、裏取りは必要なく、ネットで拾ってきた情報をネタに、もっともらしく記事に仕立て上げさえすれば、いとも簡単に本ができる、元手がかからないおいしい商売でもあるのです。

初期のネトウヨたちのバイブルになった山野車輪の『マンガ嫌韓流』(晋遊舎)も、「嫌韓流のネタは編集者がネットで探して何の知識も素養もない山野に伝えた」そうです。なんとそれからあの「嫌韓流」のシリーズがはじまったのです。

── 山野車輪は、こういったものに知識はなかったのですか。
「要するにネットだけです」
── 確信犯的に。
「もともとネット上に漫画はあったんですが、間違いだらけだったり」
(略)
── 山野サンは誰が見つけてきたんですか?
「これも、いま原作をやっている人が会社をやめているんですが、彼がネットで見つけてきたんです」
(略)
── 山野さんはどんな人物ですか。やっぱり、こういうようなことを自らネットに上げていたぐらいですから、本人も嫌韓なんですか。
「本人は、そうじゃないと言うんですけど、そんなに物事を掘り下げて考える人ではないので。もともと漫画をちゃんとやりたかった人です」


「ネトウヨは本を読まず、動画をメインとして情報を仕入れるので」、雑誌の記事もタイトルと目次しか読まないとか、いくらヘイトな番組を流しても、テレビのワイドショーの視聴者は、ヘイト本の読者にはならないとか、なるほどと思える話もありました。

売れりゃなんでもいい。そんな考えに立てば、「溜飲を下げる目的」という企画書に見られるように、負の感情を煽って売るのがいちばん手っとり早いのです。それは、Yahoo!ニュースも例外ではありません。

しかし、ヘイト本が、ヘイトスピーチに見られるように、(民族間の)憎しみを生み出し、それを煽っていることは事実です。ただ金儲けのために、ヘイト本を出している思想的には無色の編集者や、ページビューを稼ぐために、排外主義や差別を煽る記事をあえてトップページにもってくるYahoo!ニュースの編集者たちは、そのことにあまりにも無自覚だと言えるでしょう。

でも、無自覚であることは罪なのです。ハンナ・アーレントが言うように、「悪は悪人が作り出すのではなく、思考停止の凡人が作る」のです。「売れりゃなんでもいい」のか。ページビューを稼げればなんでもいいのか。所詮、馬の耳に念仏なのかもしれませんが、Yahoo!ニュースのジャーナリスト気取りの編集者たちにそう問いたい気がします。

もっとも、嫌中憎韓のヘイト本は売れなくなっており、業界的にはオワコンなのだそうです。そう言えば、有隣堂や三省堂のヘイト本コーナーもいつの間にかなくなっていました。ヘイト本に代わるのは、テレビ東京的慰撫史観の書籍版だとか。日本(日本人)は世界中でリスペクトされているというあれです。そうやって懲りない連中は、二匹目のドジョウを狙っているのでしょう。


関連記事:
『ウェブニュース 一億総バカ時代』
2015.08.14 Fri l ネット・メディア l top ▲
先日、「晴練雨読」というSEO関連のサイトにアクセスしたら、トップページにつぎのような”お断り”が出ていました。

検索順位情報の提供、ページランク情報の提供、およびそれらを使用した各種の分析結果情報の提供は、終了しました。
(2015年7月25日・管理人)


晴練雨読
http://www.seiren-udoku.com/

「晴練雨読」は、常時Google の検索順位をチェックしていて、独自の基準に基づいた「変動情報」を公開していました。私もサイトを立ち上げた当初から、「晴練雨読」を「お気に入り」に入れて、「変動情報」を参考にしていました。もちろん、それは、Yahoo!JapanがGoogle を採用するずっと前のGoogle とYSTの二強の時代からです。

「晴練雨読」が「検索情報」をやめたというのは、検索が技術的にもSEOの観点からも、本来の機能を失ったということなのでしょう。つまり、地域によって検索結果が異なるローカル検索や個人によって異なるパーソナル検索が進化したことにより、汎用的な「変動情報」の提供が不可能になったからでしょう。

同じように、やはり「お気に入り」に入れて、検索順位のチェックに利用していた「DW230」の「検索順位比較ツール」も、パンダアップデート以後、順位が表示されない状態がつづいています。

DW230
無料SEO対策 検索順位比較ツール

10数年前、Google が登場したとき、その検索の精度の高さに私たちは驚き且つ感動しました。そして、Google はいっきにネットユーザーの支持を集めたのでした。

でも、圧倒的なシェアを占め一強時代になった今、もはやGoogle は検索の精度を高めることより、ほかのことに興味が向かっている気がしてなりません。

昨日、Google が、持ち株会社「アルファベット(Alphabet)」を新たに設立し大規模な組織再編をおこなうというニュースがありました。

CNET JAPAN
グーグル、組織再編を発表--新会社「Alphabet」設立、グーグルが子会社に

それによれば、Google 傘下にある先端技術研究部門や物流事業や健康・医療事業や投資事業などをGoogle から切り離して持ち株会社の傘下に置き、同時にGoogle本体も持ち株会社の傘下に置かれ子会社化されるのだそうです。尚、アドワーズやアドセンスやYouTubeやGoogleマップなどのサービス・広告部門は、そのままGoogle のなかに残るそうです。

今回の組織再編が、従来の検索事業を中核に置いたビジネスから、検索に依存しない多角的な方向に舵を切る、その方向性を示しているのはたしかでしょう。それは、ちょっと意地悪な見方をすれば、おいしいラーメンを作るために日々努力した結果、多くのお客の支持を集め、店が繁盛すると、いつの間にか日々の努力を忘れて、チェーン展開したりインスタントラーメンに商標を提供したりして金儲けに走る、どこかの人気ラーメン店と似ている気がします。

あのゴチャゴチャした検索結果のページが、なにより今の検索のあり様をよく表していると思いますが、さらにその先にあるのは検索と広告の一体化です。これではGoogle が検索の精度を高めるのに興味を失うのも当然です。ありていに言えば、もう検索の精度を高める必要はないのです。

実際に、10年以上検索順位をチェックしている経験から言っても、Google の検索の精度はどんどん落ちているように思えてなりません。最新の順位を見ても、トップページの上位に掲載されているのは、アドワーズユーザーの企業サイトばかりです。現在、パンダアップデートの更新中ですが、上位を独占するアドワーズユーザーの顔ぶれにほとんど変化はなく、小刻みに変動をくり返しているのは、10位前後と2ページ目以降のサイトだけです。

検索にも徐々に広告の要素が加えられているように思えてなりません。広告で表示されると、「優良なリンクをもらっている」と評価され、検索順位において優遇されるのです。欧州委員会がEU競争法(独占禁止法)違反で指摘したのも、Google ショッピングに関連したそのようなカラクリに対してでした。

このようにGoogle の検索では、どれが検索でどれが広告なのか、ますます曖昧になっているのです。そして、最終的にGoogleがめざしているのは、「検索の終わり」だと言われています。「検索の終わり」というのは、Google がユーザーの嗜好に合わせて、ユーザーの代わりに検索するようになることです。これも認知資本主義の一種と言えますが、そうなれば、Google の検索にますます広告の要素が強くなるのは当然でしょう。

また、ネットショップにおいても、Google は、検索で表示した商品に、直接「買物ボタン」を設置する実験を既にはじめているそうです。つまり、通販サイトにアクセスしなくても、検索ページから直接商品が買えるようになるのです。その場合、決済は通販サイトではなくGoogle 内においておこなわれますので、その手数料がGoogle に入る仕組みです。しかし、Google の狙いはそれだけではないでしょう。「買物ボタン」で買い物ができるようになるには、Google と通販サイトが契約しなければなりません。それに、当該の商品ページが検索順位の上位に表示されなければ、通販サイトもGoogleもメリットがないのは言うまでもありません。そこにあらたに広告が介在する余地が生まれることになるのです。

検索の公共性ということを考えれば、Google がやろうとしていることは、あきらかにオキテ破りです。でも、Google も民間会社にすぎないのです。より多くの利益を得ようとするのは資本の原理です。市場の独占を放っておけば、資本が自己増殖しリバイアサン(怪物)になるのは理の当然です。今回の組織再編はその表われと言えますが、だからこそ、再三指摘されるように、シェアが90%を超えるような邪悪(evil)な状況を解消し、正常な競争が求められるべきだと思うのです。Google をリバイアサンにした責任もあるでしょう。
2015.08.12 Wed l ネット・メディア l top ▲
やれやれ、今度はOCNです。

私のスマホはOCNモバイルONEのSIMを刺しているのですが、先日、モバイルONEのアプリを見たら、繰越しのデータ容量がいつもより極端に少ないことに気が付きました。

私は月5GBの容量の契約をしているのですが、モバイルONEの場合、月末時点で余ったデータは翌月に繰り越すことができます。私は、動画などはほとんど見ないので、月に使用するデータは大体3.5~4GBくらいです。それで繰り越し分も含めて通常だと8.5~9GBくらいあるはずなのですが、今月に限っては6GBしかないのでした。

モバイルONEのSIMは、スマホに刺している分と出先で使用するノートPC用のUSB端末の分の二つをシェアして使っているのですが、アプリで確認するとノートPC用のSIMの使用量に”異常”があることがわかりました。それで、なにかの間違いだろうと思って、OCNのカスタマーズフロントのフリーダイヤルに電話しました。

電話口に出たのは、委託先のコールセンターのアルバイトとおぼしき若い男性で、私が”異常”を説明すると、案の定、最初から「間違いなんてあり得ない」と言わんばかりの言い方をするのでした。

ノートPCのSIMの使用量が多いのは、Windows10をダウンロードしたからではないかと言うのです。予約はしているけどまだダウンロードしてないと答えると、今度は自動的にダウンロードしたのを気が付いてないだけではないかなんて言う始末です。

「いや、デスクトップを見てもWindow10ではなく今までと同じですよ」
「私はWindows10の画面を見たことがありませんので新しいデスクトップの画面がどんなものかわからないのですが、もしかしたらWindows7と見分けがつかないのかもしれません」
「(なに言ってるだ、こいつ)Windows10のトップ画面は予約する際にマイクロソフトのページに出ているので、その違いくらいわかるよ」
「では、Windows10をダウンロードするために、事前にいろんなファイルがインストールされたのかもしれませんね」
「でも、Windows10の画面を見たこともないような素人にそう言われても説得力はないな」
(カッコ内は私の心の声です)

そう言うと、急に口ごもり、「ちょっとお待ちください」と言って、誰かに相談をはじめたようでした。

そして、「こちらでは専門的なことはわかりかねますので、今から申し上げますテクニカルサポートのほうへかけ直していただいて、そちらでご相談していただけますか?」と言って、別のフリーダイヤルの番号を案内されたのでした。

私はめんどうだなと思いながら、教えられたテクニカルサポートにかけ直しました。テクニカルサポートの電話に出たのは女性でした。OCNの社員かどうかわかりませんが、フムフムというように結構偉そうにこちらの話を聞いていました。でも、答えは同じでした。

「それはマイクロソフトの問題ですね」
「間違いではないと」
「そうです。マイクロソフトによってWindows10に関連したアップデートがおこなわれたのだと思います。でも、それはマイクロソフトの問題なので、どうしてそんなに大きなデータになったのかというのは、こちらではわかりかねます」
「でも、今までそんなデータ量を使うことはなかったのですよ」
「今度のWindows10は特別ですよ」
「ひと月分を1日で使うこともあると?」
「はい、それはあります」

いつまでも堂々巡りのやり取りをしていても仕方ないので、私は、釈然としないまま電話を切ったのでした。たしかに、Window10に関連するアップデートであれば、大量のデータ通信もあり得るかもしれませんが、しかし、3.3GBのデータを使用した日、ノートPCは出先で1時間くらい使っただけなのです。それに、シャットダウンするときも、別に更新プログラムのダウンロードなんてありませんでした。

ところが、今日、突然、OCNからつぎのようなメールが届いたのです。タイトルは、「『OCN モバイル ONE』一部お客さまの繰越容量が表示されない事象について」となっていました。

OCNモバイルONE不具合メール

私は狐につままれたような気持になりました。そして、モバイルONEのアプリを確認したら、いつの間にか今月のデータ量が9.8GBに増えていたのでした。

「繰越容量消失」というのもよくわからない話ですが、私の”異常”もそれと関係があったのでしょうか。だったら、あのカスタマーフロントとテクニカルサポートの応対はなんだったんだと言いたくなります。ただ、言い逃れるためだけに、適当なことを言ったのか。

OCNの不具合にWindow10のアップデートが関係していたのかどうかわかりませんが、不具合の言い逃れに、(これ幸いとばかりに)アップデートが使われたのはたしかなのです。

要するに、コールセンターなんて、当社はアフターサービスをおこなっておりますというアリバイ作りのためにあるようなものなのでしょう。そのために、かたちばかりの「カスタマーフロント」を外部委託しているのでしょう。コールセンターに任されているのは、簡単な手続きの仲介だけです。だから、少しでもクレームめいたことを言おうものなら、マニュアルに従ってクレーマー扱いされるのです。お客様は神様どころか、お客様はクレーマーみたいな考えしかないのでしょう。そうかと言って、なにも言わなければ、ミスさえ認めず泣き寝入りさせられるだけなのです。

マスコミもクレーマー問題を針小棒大に扱うので、なんだか自由に文句が言えない風潮のようなものがありますが、私は、これも「認知資本主義」の一種かもしれないと思いました。

『はたらかないで、たらふく食べたい』(タバブックス)の著者の栗原康氏は、同書のなかで、「認知資本主義」について、つぎのように書いていました。

大切なのは、なんらかの情報がはいってきたら、期待されたとおりの反応をしめすこと、けっして迷わないこと、躊躇しないこと、いっけん人間の頭脳を活用するようになったこの社会は、じつのところほんとうのことをいってしまえば耳だけを重視するようになった社会である。これこれこういう情報がはいってきたら、なにも考えずにいわれたとおりにうごくこと。ようするに、上から命令されたら、それにしたがえということだ。


なにも考えずに、なにも疑わずに言われたとおりに従うこと。それが「認知資本主義」の要諦です。クレーマーは、いわば「認知資本主義」に弓を引く不届き者とも言えます。

正しいと思ったら遠慮なく文句を言うこと。クレーマーになってやるというくらいの覚悟でないと、「私どもは間違っておりません。お客様の勘違いではないですか?」という「認知資本主義」の常套句(マニュアル)に言い負かされるだけです。
2015.08.08 Sat l ネット・メディア l top ▲
アラタナ24hというサイトに、辻正浩氏という「SEOコンサルタント」の方のインタービュー記事が載っていましたが、これからの検索の方向性を知る上で、大変参考になりました。

アラタナ24h
辻正浩氏が明かすSEOの考え方【1】今後のGoogle、SEOの方向性
辻正浩氏が明かすSEOの考え方【2】SEOは今後も必要な技術なのか?

モバイルフレンドリー以後のGoogle の検索は、私たちの目には「混乱」のようにしか映りません。常にめまぐるしく順位が変動しており、しかも、それはモバイルフレンドリー、つまり、モバイル向けにサイトを適応しているかどうかというような簡単な話ではなく、従来のSEOの常識では測れない”奇々怪々”なものです。現在、パンダアップデートが更新中ですので、バンダアップデートの影響のように言う人が多いのですが、この小刻みな変動が始まったのは、モバイルフレンドリーが始まってからなのです。モバイルフレンドリーのアップデートに乗じて、アルゴリズムに別の要素が加わったのは間違いないのです。

具体的には、Google が言うオーソリティサイト、いわゆる企業などのブランドサイトがモバイルフレンドリーの対応如何に関係なく優遇されているのが特徴です。そして、その多くはGoogle のアドワーズユーザーと重なっているのです。

今や個人がネット通販をはじめても、楽天などショッピングモールにでも出店しない限り、ほとんど成功は見込めません。昔のようなチャンスはないのです。なぜなら検索で上位に表示することがほぼ不可能だからです。既にネットは、ウェブ2.0の頃のような理想とはほど遠い状況にあり、ロングテールなんていうことばも、いつの間にか死語になってしまいました。ネットはますます秩序化・権威化・リアル社会化してるのです。

Google の検索における最近の動きとして、辻氏は、”ローカル系”、”モバイル系”、”エージェント型検索”の三つをあげていました。

”ローカル系”というのは、「検索する場所によって検索結果が変わることです」。つまり、横浜と大分では検索結果が異なり、それぞれの地元のリアル店舗や会社などのサイトが優先して表示されるようになっているのです。

それでなくても検索で表示されたサイトの間に、Google やYahoo!が自社のサービスコンテンツを挿入させていますので、トップページの「10件表示」も、実際は8~9件しか表示されていません。ローカル検索でその地域のサイトが優先して表示されると、トップページの表示枠はますます少なくなるのです。とりわけワリを食うのは、地域に限定されない無店舗の通販サイトです。辻氏もつぎのように言ってました。

ECサイトを運営している場合では、多くの場合マイナスです。いままでは上位に全国対応のインターネット通販サイトが表示されていたキーワードで、各地域に限定されたリアルの店舗が表示される状況もいくつか確認できています。


つぎの”モバイル系”で、辻氏が今後「怖いと思っている」のは、App Indexingの影響だと言ってました。

App Indexingのなかで特に大きな影響をもたらすと言われるのは、検索結果にアプリが表示されるようになることです。Googleも、アプリのあるなしが今後検索順位に影響を与えるようになると明言しているのです。

スマホ対応にしても、アプリの格納にしても、Google は「ユーザーに快適な検索体験を与える」ためと言ってます。しかし、それはGoogle の考える「ユーザー目線」にすぎません。本来「快適」であるかどうかを判断するのはユーザーでしょう。

同じスマホで見るにしても、情報量が少ないスマホ用のサイトや画面のズームインやズームアウトができないレスポンシブデザインなどより、PCサイトのほうが「快適」な場合だってあるでしょう。ユーザーの好みやサイトの性格によって違うはずなのです。

それに、辻氏も言っているように、スマホ対応やアプリの格納が必要のないサイトだってあります。まして、個人の通販サイトなどがアプリを作成するには技術的にも資金的にも大きな負担です。でも、アプリを作らないと検索順位では不利になるのです。逆に言えば、それが可能な企業サイトが有利だということです。

極めつけは、”エージェント型検索”です。「横浜 おすすめ」と音声検索すると、横浜の観光名所が表示されるテレビCMがありましたが(あっ、あのCMはGoogle ではなく、ジャパネットたかただったか?)、あれをさらに進化させたのが”エージェント型検索”です。辻氏は、つぎのような具体例をあげていました。

例えば誰かと電話していて、「明後日の19時から飲みに行こうよ!じゃあお店探しとくね!」となって電話を切った途端、画面に「あなたは◯◯さんとは最近A店とB店に行って満足だったようです。この店に近い場所であなたと●●さんの好みにも合ったC店はどうですか?」と出てくるようなものが”エージェント型検索”です。エージェント、代理人が勝手に調べて、検索する前に検索結果を教えてくれるわけですね。


これを便利と考えるか、おせっかいと考えるか、あるいは怖いと考えるか、人それぞれでしょう。

この”エージェント型検索”こそ究極の検索と言えるのかもしれません。つまり、検索なのか広告なのか見分けがつかないからです。今の検索結果が表示されるページが、昔と違ってゴチャゴチャしているのも、検索で表示されたサイトと広告サイトの見分けがつけにくいようにしているからですが、”エージェント型検索”では、検索そのものが広告と一体化(未分化)できるのです。このように検索技術は、ネット上に氾濫する膨大な情報を整理するという当初の目的から逸脱して、今や広告のための”手段”と化しているのです。

”ローカル系”も”モバイル系”も”エージェント型検索”も、すべては広告の効率と価値をあげるためです。PC検索とモバイル検索を別にするのも、今はまだそうなっていませんが、PC向けとモバイル向けに別の広告を出すようにしたいからでしょう。

App Indexingでアプリを検索の対象にするのも、ゆくゆくはアプリに広告を表示するためと言われています。資本主義は、地理的な拡大(収奪する周縁)が限界に達したとき、仮想空間というあらたな”周縁”を作りだし延命を図ったのですが(それが今のグローバルな金融資本主義ですが)、Google もそうやってあらたな広告の空間を作り出しているのです。そのためにGoogle は、「ユーザーに快適な検索体験を与える」ため、ユーザービリティのため、と称してみずからのルールを押し付けているのです。それがGoogle がarrogantと言われるゆえんです。

Google の売上げ660億ドル(約7兆8千億円)の90%はアドセンスやアドワーズの広告収入です。検索は事実上、そのためのプラットフォームになっているのです。しかも、Google は検索だけでなく、モバイルにおいてはOSまで独占しつつあります。

検索の公共性を考えれば、(現実にはGoogle とBingの二つの選択肢しかないのですが)Google の圧倒的なシェアを解消することが肝要でしょう。でないと検索はますます歪んだものにならざるをえないでしょう。Google であれどこであれ、営利企業である限りあくなき利益を追求するのは当然で、検索と広告が一体化するのはある意味では自然の流れなのです。だからこそ、ユーザーにとってなにが「快適な検索体験」なのか、それを主体的に選択できるような環境(公平な競争)が必要なのだと思います。
2015.08.04 Tue l ネット・メディア l top ▲
3年前に買った東芝のノートパソコンがあるのですが、ある日、本体部分と上蓋のディスプレイを接続するヒンジのカバー(キャップ)の片方が失くなっているのに気付きました。ヒンジカバーは、ヒンジの部分に上からはめて、底をネジで止めるようになっている幅1センチ長さが3~4センチの小さな部品ですが、開け閉めしているうちにいつの間にかネジがゆるみ外れてしまったのだと思います。別になにかしたわけではありませんので、それしか考えられません。

使用する上では別に支障はありませんが、接続部がむき出しになっていて気になるので、取り扱いマニュアルに記載されていたお客様センターに電話しました。

その際の主なやりとりは以下のとおりです。

「申し訳ございませんが、部品だけは売っておりません」
「じゃあ、どうすればいいのですか?」
「ノートパソコンの本体を送っていただいて、修理工房で点検し、修理することになります。費用は往復の送料を含めて基本料金が1万2千円かかります。それに部品代がプラスになります」
「だって、プラスドライバーがあれば誰でもできるような簡単なものですよ」
「申し訳ございませんが、そういう対応になります」

部品は数百円程度のもので、取り付ける作業も、子どもでもできるような簡単なものです。それがどうしてこんな大袈裟な話になるのか。

「じゃあ、部品はあるのですか?」
「今、ご返答はできません。本体を送っていただいてから手配することになります」

私は、「喧嘩売ってるのか」と言いたくなりました。車で言えば、ホイールキャップが外れたようなものです。私も経験がありますが、メーカーの部品会社でキャップを買って自分ではめたら数千円で済みました。それを「部品だけは売っていません。一度車をメーカーの工場に出していただいて、点検した上でないとキャップは取り付けられません。基本の点検料金がかかります」「部品も車を入庫していただいたあとから手配になりますので、在庫があるかどうかわかりません」と言われたら、お客は誰でも怒るでしょう。

もっとも、お客様センターと言っても、どこかのコールセンターに委託しているみたいで、電話口の男性は、丁寧な口調ではあるものの、こちらから口をはさまれないように、まくし立てるように一気に喋るのでした。男性は、おそらくコールセンターで雇われているアルバイトなのでしょう。気の毒ですが、彼に課せられた対応マニュアルでは火に油を注ぐような結果になるのは目に見えています。私も「話にならないな」と言って電話を切りました。

そのあと、ネットで調べたら、東芝のノートパソコンはヒンジカバーがはずれやすいのか、同じような経験をした人の書き込みが何件か出てきました。なかには、高額請求を覚悟の上で本体を送ったら、請求がゼロだったという話がありました。しかし、その一方で、別の箇所の故障が見つかったと言われて、逆に請求されたという話もありました。また、高額な基本料金を提示する(ふっかける)のは、使用する上で支障がないような簡単な作業の依頼を減らす(あきらめさせる)”水際作戦”ではないか、という穿った見方もありました。

東芝のコールセンターと言えば、1999年のあの「東芝クレーマー事件」を思い出しますが、東芝の体質はあの頃からなにも変わってないということなのでしょうか。

私には、今、問題になっている「不適切会計」とこの対応はどこかでつながっているように思えてならないのです。修理依頼をクレーマー対策のマニュアルで処理しようとする体質。会社ぐるみの「不適切会計」=粉飾決算に対して、「上場廃止」という話さえ出てこない不思議さ。

大分に東芝の工場があるのですが、工場に勤めている人間の話では、現地採用と本社採用の社員の間では天と地の差があるのだそうです。現地採用の社員は、出世してもせいぜいが主任か係長どまりで、しかも40才をすぎると昇給もストップしてラインから外れ、作業の裏方にまわるのが決まりだそうです。一方、本社採用の社員は、20代で課長でやってきて、数年勤務するとまたどこかへ転勤していくのだとか。

東芝の屋台骨を支えるのは、言うまでもなく原発事業です。世界的な原子炉プラントメーカー・ウェスチングハウスを買収するなど、東芝は日本を代表する”原発企業”で、原発事故以後も安倍首相の外遊に同行し、原発を海外に売り込むなど、国策と一体となったコングロマリットです。「不適切会計」やコールセンターのマニュアルに共通しているのは、夜郎自大で官僚的な巨大企業の体質です。「不適切会計」で、東芝のブランドイメージが毀損されたなどと言われますが、なにがブランドイメージだと思いました。
2015.07.23 Thu l ネット・メディア l top ▲
ウェブニュース 一億総バカ時代


月刊誌『Journalism』(朝日新聞出版)の5月号に、Yahoo!ニュース編集部員の井上芙優氏が、「『取材をしない』ニュース編集部 いかに報道マインドを根付かせるか」という記事を書いていました。

Yahoo!ニュースの編集部が新卒社員を受け入れるようになって、今年で5年目を迎えるのだそうですが、現在、編集部には、東京・大阪・北九州・八戸のオフィスに26名の部員が所属していて、新卒入社組は8名で、残りは報道機関からの転職組だそうです。

ただ、新卒入社組は、Yahoo!ニュースの編集部を希望して入社したわけではなく、「何れもビジネスコースの採用枠で入社し、入社後に編集職に配属」された人たちなのだそうです。つまり、彼らは、最初から「報道」に対する問題意識をもって入社したのではないのです。

Yahoo!ニュース編集部の場合、「取材をしない」だけでなく、みずから記事を書くこともありません。取材をすることと記事を書くことは、ジャーナリストの基本中の基本です。その”修練”は、単なるテクニックの問題にとどまらず、ジャーナリストとしての視点や問題意識を養う上で、大きな意味をもつはずです。

記事によれば、Yahoo!ニュースでは、編集者として身につけなければいけないことが大きく分けて二つあるのだとか。ひとつは、「ニュースの“価値判断能力”」、もうひとつは、「Yahoo!ニュース編集者としての“マインド”」です。

”価値判断能力”については、契約先から配信される1日あたり約4000本の記事のなかから、トップページ(Yahoo!ニューストピックス)に掲載される8本(1日で約100本)の記事をピックアップする訓練が、「野球の1000本ノックのように」くり返しおこなわれるのだそうです。

そして、その”価値判断能力”に欠かせないのが、もうひとつの「Yahoo!ニュース編集者としての“マインド”」です。

記事によれば、編集部には、”マインド”について、3つの「定義」があるそうです。

①ニュースを“出して終わり”でなく、「ユーザーに届いているか」という視点
②ネットでニュースを届ける世界を切り開く者としての気概
③伝統的な報道機関が必要としてきたニュースの使命感・責任感・恐ろしさへの理解、公権力監視・弱者への配慮


私は、Yahoo!ニュースにもっとも足りないものがこの”マインド”なのだと思います。特に、③の「公権力の監視・弱者への配慮」です。

ヤフトピ(Yahoo!ニューストピックス)を見ていると、政治ネタにおいても芸能ネタにおいても、ユーザーの負の感情を煽るような記事が目に付きます。ときに戦争や差別を煽っているのかと思うことすらあります。それは、Yahoo!ニュースの”マインド”の低さを表しているように思えてなりません。生活保護バッシングの際も、バッシングを煽るような記事はこれでもかと言わんばかりに掲載するけど、生活保護受給者のきびしい生活の実態を伝えるような記事が載ることは皆無でした。そんな姿勢は、今の安保関連法案に対しても同じです。

Yahoo!ニュースに決定的に欠けているのは、野党精神(=「公権力の監視」)であり、弱者に向けるまなざし(=「弱者への配慮」)です。でも一方で、それはないものねだりなのかもしれないと思うこともあります。なぜなら、ウェブニュースの「価値基準」は、「公権力の監視」や「弱者への配慮」にはないからです。ウェブニュースの「価値基準」は、まずページビューなのです。どれだけ見られているかなのです。それによってニュースの「価値」が決まるのです。それは、ウェブニュースの”宿命”とも言うべきものです。

そもそも、Yahoo!ニュースの編集者はジャーナリストと言えるのでしょうか。

 ニュースを取り巻く環境はここ数年間で大きな転換期を迎えている。情報摂取の起点はスマートフォンやタブレット端末等のスマートデバイスが中心となり、インターネットにおける情報摂取の導線も、スマホのアプリやツイッター・Facebook等のSNSの広がりに因って大きく変化した。Yahoo!ニュースもスマートデバイスの普及に因って、2014年の6月には月間100億PVの半数以上をスマートフォンからのアクセスが占めるようになった。
 ジャーナリストの仕事というと、主に報道機関等の組織に属している記者の他、フリーランス等も含めて、“取材して書く・撮る”という手法が真っ先に思い浮かぶ人も多いのではないかと思う。だが、ニュースの“見られ方”“見せ方”の変容に因って、取材して書く・撮る人材“だけ”がジャーナリストを名乗っていた世界は変わろうとしている。


記事はこう言いますが、しかし、どう考えてもYahoo!ニュースの編集者をジャーナリストと呼ぶのは無理があるように思います。どちらかと言えば、まとめサイトの編集者と言ったほうが適切ではないのか。実際に彼らの仕事は、まとめサイトの管理人がやっていることと同じです。

ウェブニュースの内部事情とそのからくりについては、『ウェブニュース 一億総バカ時代』(三田ゾーマ著・双葉新書)が具体的に書いていました。著者の三田ゾーマ氏は、企業系ニュースサイトの編集者をつとめる、いわゆる「中の人」です。

私たちがYahoo!ニュースをはじめ、ウェブニュースをどうして無料で読むことができるのかと言えば、ニュースサイトが広告を収入源としているからです。そのため、ニュースサイトは、多くのページビューが稼げるニュースを優先して掲載するようになるのです。ページビューを多く稼げば、それだけ広告枠が高く売れるからです。

 ニュース媒体を持てば広告収入が得られて金が儲かる。だから酷い媒体になるとどんな記事でも、誰が書いたものでも構わないから掲載して人々のアクセスを集めようとする。その記事は何の専門性もないアルバイトが書いたものかもしれないし、どこかからかコピペされた一部だけを書き換えたような”盗作”かもしれない。(略)
 そして、そんな屑を”報道”だとありがたがって読んでいるとすれば? 曖昧な発言元の情報に踊らされ、根拠の薄い発表を信用し拡散する人が増えていく。バカの一丁上がりである。


ページビューを稼ぐための記事。業界では「バズる」と言うそうですが、TwitterやFacebookで拡散される記事。そのための煽るような記事。そう思って、ヤフトピを見れば、納得できるものがあるのではないでしょうか。

しかし、ウェブニュースの問題はこれだけではありません。広告収入で成り立っているニュースサイトでは、広告そのものが巧妙化し、記事と広告の見分けもつかなくなっているのです。

ウェブ広告は、バナー広告のクリック率が下がり広告の効果が薄れてくると、記事を装ったタイアップ広告やステマなどのネガティブ広告へと、次第にエスカレートしていったのでした。そして、PCに比べて画面の情報量が少なく、ユーザーが閲覧するページ数も少ないスマホ時代になると、ニュースをマネタイズする方法はますます巧妙化し、ブラックになっているのです。

 ・広告主からお金を貰って作ったタイアップ広告を、広告であることを隠して(記載せず)掲載する。
 ・広告主の商品を、大して流行もしていないのに、広告であることを隠して「今話題になっている・・・」と称して記事を作る。
 ・広告主の商品が、さも業界を代表するブランドであるかのように紹介する記事を、広告であることを隠して作る。
 ・数十人規模のアンケートをもとに、広告であることを隠して、広告主の商品がさも日本中で求められているかのように記事を作る。


今なにが流行っているか(なにがトレンドか)という記事や、サイトに必ず設けられているアクセスランキングなどは、特に眉に唾して見る必要があるでしょう。

ニュースサイトの目的が、広告で金儲けすることであり、ニュースがそのための手段である限り、広告に対するルールや倫理感が欠如するのは当然でしょう。「読者をバカにして金を稼ぐウェブニュース」。それはYahoo!ニュースも例外ではないのです。
2015.07.21 Tue l ネット・メディア l top ▲