先日、初めてメルカリを利用しました。PCでメルカリを見ていたら、前からほしかったショルダーバッグが出品されているのを見つけたのでした。説明文には、「数回しか使用してない新品同様」となっていました。しかも、新品より5千円も安いのです。

私は、さっそくスマホにアプリをダウンロードして、会員登録を行い、バッグを購入しました。クレジットカードでの支払い手続きも済ませました。メルカリからは、「購入完了」「出品者からの発送連絡をお待ち下さい」というメールが届きました。

しかし、3日経っても「発送連絡」はありません。しびれを切らした私は、アプリ経由で出品者に催促のメールを送りました。すると、メールを送って半日経った頃、出品者から次のようなメールが届いたのでした(そのときの記憶でメールを再現しています)。

「ずっとメルカリをチェックしてなかったので、気が付きませんでした。ごめんさない。あのバック、売れました。今からキャンセルの手続きをしますね。」

私は、唖然としました。それで、すかさず次のようなメールを送りました。

「いい加減ですね。既にクレジットカードでの支払いの手続きも終わっているのですよ。どうなるんですか?」

しかし、返信はなく、メルカリからキャンセルの承認を求めるメールが届いただけでした。

ヤフオクもそうですが、購入者(落札者)には一方的にキャンセルができない“縛り”があります。一方的にキャンセルした場合、ペナルティが課せられる旨の半分脅しのような注意書きが記されているのが常です。しかし、出品者は平気で売切れや欠品を言ってきます。出品者には甘いのです。

知人にメルカリの話をしたら、メルカリではよくあることだ、メルカリはヤフオクよりモラルが低い、と言ってました。

中古市場は拡大の一途で、既に2兆円を超えているという話さえあります。それに伴い、メルカリのような個人間の売買サービスも隆盛を極めています。

言うまでもなく、ものを売買するのは商行為です。そこに、”商モラル”が要求されるのは当然でしょう。もちろん、シロウトでも、例外ではありません。

しかし、メルカリを見る限り、その「言うまでもない」ことさえ理解してない出品者が少なからず存在しているようです。彼らは、ネットで簡単に金儲けができる、箪笥の中で眠っている不用品がお金になるなどという幻想を煽られて、サービスに参加したのでしょう。しかし、肝心な”商モラル”を教えてくれる者は誰もいないのです。その結果、モラルが欠如し、商売を愚弄しているとしか思えないシロウトが跋扈するようになったのです。しかも、彼らは、シロウトであるがゆえに、「別に悪気があるわけではない」なんて言われて、最初から免罪されているのです。

ここにも、金を掘る人間より金を掘る道具を売る人間が儲かるネットビジネスのカラクリが顔を覗かせているように思えてなりません。シロウト商売に振り回される利用者(購入者)こそいいツラの皮でしょう。

私は、メルカリを退会する際、「必須」となっていた「退会理由」を次のように書いて送りました。

「初めて購入し支払い手続きをしたものの、3日経っても出品者から連絡がないので、しびれを切らして当方から連絡したところ、『売り切れました』『キャンセルの手続きをします』のひと言で済まされました。知人にこの話をしたら、メルカリではよくあることだと言われました。とても怖くて利用する気になりません。」

でも、あとで考えれば、なんだかドン・キ・ホーテのような気がしないでもありません。メルカリの担当者も、「退会理由」を一瞥してプッと噴き出したかもしれません。いい歳したおっさんがメルカリなどを利用したこと自体、間違っていたのかもしれないと思いました。
2018.10.09 Tue l ネット l top ▲
さる16日の夜、民進党の小西洋之参院議員が、国会近くの路上で、防衛省統合幕僚監部の三等空佐から「お前は国民の敵だ」と暴言を浴びせられた問題について、東京新聞は社説でつぎのように書いていました。

このニュースを聞いて、戦前・戦中の旧日本軍の横暴を思い浮かべた人も多かったのではないか。

 一九三八年、衆院での国家総動員法案の審議中、説明に立った佐藤賢了陸軍中佐(当時)が、発言の中止を求める議員に「黙っておれ」と一喝した事件は代表例だ。

 佐藤中佐は発言を取り消したものの、軍部は政治への関与を徐々に強め、やがて軍部独裁の下、破滅的な戦争へと突入する。


東京新聞・社説(東京新聞TOKYO Web)
幹部自衛官暴言 旧軍の横暴想起させる

これは、シビリアンコントロールという民主国家のイロハから言っても、とうてい看過できない問題でしょう。田母神の例をあげるまでもなく、自衛隊内部でも、既にネトウヨ思想が蔓延している証左と言えるのかもしれません。

一方、つぎの画像は、この事件を伝えたYahoo!トピックスのコメント欄のスクリーンショットです。

Yahoo!ニュース
「お前は国民の敵だ」 現役幹部自衛官が野党議員に暴言

自衛官暴言ヤフコメ1
自衛官暴言ヤフコメ2

まさに水は低いほうに流れるを地で行くようなコメントのオンパレードです。シビリアンコントロールなんてことばも、彼らには馬の耳に念仏なのでしょう。政治関連のニュースのコメント欄には、排外主義的な主張をしている某カルト宗教の信者たちが常駐していると言われていますが、これでは、Yahoo!ニュースはカルト宗教の信者たちを使って記事をマネタイズしている、と言われても仕方ないでしょう。誰であれ、記事がバズれば、その何倍にもなってアクセスが返ってくるからです。Yahoo!ニュースの政治関連の記事に、ネトウヨと親和性が高い産経新聞の記事が多いのも、それゆえでしょう。

Yahoo!ニュースは、いつまでこのようなコメント欄を放置しつづけるつもりなのでしょうか。記事を書いた記者たちに対してこれほどの侮辱はないでしょう。それは、ジャーナリズムに対する侮辱でもあります。私は、新聞やテレビがYahoo!への配信をやめればいいのに、とさえ思います。前も書きましたが、Yahoo!ニュースの編集者には、新聞社からの転職組も多いのですが、ジャーナリズムをどのように考えているのか、彼らに問いただしたい気がします。

『サイゾー』の今月号(5月号)に掲載されていたウェブ編集者と雑誌編集者の匿名座談会によれば、同じYahoo!JAPAN系列のニュースサイト・BUZZFeed(Japan)は、高給をエサに新聞社などから若手の記者を引き抜いている一方で、社員の流出も止まらないそうです。たしかに、BUZZFeedを見ると、ニュースサイトを謳いながら、まるでテレビのワイドショーみたいに、YouTubeやInstagramなどから拾ってきた動画や写真を面白おかしく紹介したり、コンビニのコスメが「神」だとか、どこどこのお菓子が「無敵」だとか、そんな記事ばかりが目に付きます。また、犬猫の動画や身近な素材をテーマにしたクイズや性格診断は、もはや定番になっています。そうやってなりふり構わずアクセスを稼ぐことを強いられているのかもしれません。

先日も、ソフトバンクの939億円の所得逃れ(申告漏れ)のニュースがありましたが、たしかに”ネットの守銭奴”のもとでニュースサイトを運営する苦労もわからないでもありません。しかし、だからといって、ネトウヨやカルト宗教の信者に魂を売ってどうするんだと言いたいのです。そうやってニュースを台無しにしているという認識はないのかと思います。

これも既出ですが、藤代裕之氏も、『ネットメディア覇権戦争』のなかで、コメント欄にいくら問題があっても、Yahoo!は閉鎖する気なんてなく、「理由は単純で、コメント欄がアクセスを稼いでいるから」だと書いていました。

再度、同書のなかから、Yahoo!ニュースに対する、まさに箴言と言うべき藤代氏の批判を引用しておきます。

言論に責任を持たず、社会を惑わす企業は、ニセモノのメディアに過ぎない。


 組織的にリスクを回避する仕組みがなく、体制も整わない中で、新聞記者に憧れたトップがいくら旗を振っても、ニセモノのジャーナリズムは本物にならない。



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2018.04.21 Sat l ネット l top ▲
出川哲郎のCMでおなじみの仮想通貨取引所コインチェックにおいて、顧客から預かっていた580億円相当の仮想通貨NEMが流出した事件で、真っ先に思い浮かべたのは、先日、朝日新聞に載っていた下記の岩井克人氏のインタビュー記事です。すべては、この記事に尽きるように思います。

朝日新聞デジタル
(インタビュー)デジタル通貨の行方 経済学者・岩井克人さん

そもそも「通貨」という呼び方が間違っていると言った人がいましたが、仮想通貨(デジタル通貨)は、あくまで貨幣という幻想、貨幣になるであろうという幻想で成り立っているものにすぎないのです。

しかし、岩井氏は、投機の対象になった仮想通貨は、貨幣になるためには「過剰な価値」を持ちすぎたと言います。

 「(略)あるモノが貨幣として使われるのは、それ自体にモノとしての価値があるからではありません。だれもが『他人も貨幣として受け取ってくれる』と予想するからだれもが受け取る、という予想の自己循環論法によるものです。実際、もしモノとしての価値が貨幣としての価値を上回れば、それをモノとして使うために手放そうとしませんから、貨幣としては流通しなくなります」


貨幣は、価値が安定していることが大前提なのです。それが「だれもが『他人も貨幣として受け取ってくれる』」という安心(信用)につながるのです。

――一方、使える店やサービスは増えており、日本も資金決済法を改正して通貨に準ずる扱いにしました。この動きのギャップは、どう考えればよいですか。

 「値上がりしているので事業者が受け入れを始める一方、人々は値上がり益を期待して貨幣としてはあまり使わない、という矛盾が起きています。もちろん、価値が下がると思い始めたら人々は急いで貨幣として使おうとするでしょうが、その時、事業者は受け入れを続ければ損をするので、受け入れをやめるはずです。ただ、投機家はこうした動きのタイムラグを見越し、だれかがババをつかんでくれると思って投機をしているのかもしれない。現実に多少なりとも支払い手段として使われている以上、対応した法整備は必要ですが、それが貨幣になることを保証しているわけではありません」


仮想通貨が投機のババ抜きゲームの対象になるのは必然かもしれません。しかも、百歩譲って投機=投資の対象として見ても、インサイダー取引きやノミ行為がやりたい放題の”仮想通貨市場”は、最低限のマネーゲームの体も成してないとさえ言えるのです。

また、デジタル技術で支えられた「匿名性」や「自由放任主義」が、ジョージ・オーウェルが描いた超管理社会と紙一重だというのは、慧眼と言うべきでしょう。

コインチェックの社長も20代ですが、流出の報道を受けて、渋谷のコインチェックの本社に押しかけてきた顧客も、ネットで不労所得を得ようとする若者たちが大半でした。

ネットには、「できれば汗を流して働きたくない」と思っている人間が、働かなくても金儲けができるような幻想を抱く(抱かせる)一面があります。そういった情弱な人間たちに幻想を抱かせて金儲けをする仕掛けがあるのです。しかし、そこにあるのは、金を掘る人間より金を掘る道具を売る人間のほうが儲かる(山本一郎)身も蓋もない現実です。

金を掘る道具を売る人間は、宝探しの犬のように、「ここに金があるぞ」「早く掘らないと他人に先を越されるぞ」とワンワン吠えて煽るのです。ネットで一攫千金を夢見る人間たちは、所詮「煽られる人」にすぎないのです。
2018.01.28 Sun l ネット l top ▲
座間のアパートで9人の遺体が発見された事件。身の毛がよだつとは、こういうことを言うのでしょう。

当初は、容疑者が自殺サイトを利用して、自殺志願の女性を物色していたと伝えられていましたが、実際に利用していたのは、ツイッターなどSNSのハッシュタグだったそうです。ハッシュタグで「死にたい」と呟いている女性を見つけ、コンタクトを取っていたのです。

容疑者は、実家のある座間に帰る前は、歌舞伎町で風俗関係のスカウトマンをしていたことがわかっています。ただ、今どきのスカウトマンは、路上で声をかけるだけでなく、SNSでわけありの女性を見つけて、風俗店に紹介することもあるのだとか。つまり、ネットで女性を物色するのはお手のものだったのです。

誰しも一度や二度は「死にたい」と思ったことはあるでしょう。「死にたい」と思うことほど孤独な心はありません。「死にたい」と思う心は、本来人に吐露するようなものではないはずです。だから、カウンセラーは、人に相談しなさい、話せば心が楽になりますよ、とアドバイスするのです。

SNSで「死にたい」と呟くのは、もしかしたら「死にたい」のではなく、「死にたくない」からかもしれません。カウンセラーが言うように、誰かに話して心が楽になりたかったのかもしれません。

若者事情に詳しい(と自称する)評論家が、今の若者たちにとって、リアルな日常とネットは別のものではなく、地続きでつながっているのです、と言ってましたが、たしかに今の若者たちは生まれたときからネットが身近にあるのです。ネットに無防備になるのも当然かもしれません。

しかし、街で声をかけてきたら、あんなに短期間のうちに「親しく」なれるでしょうか。お互いを理解し信頼を得るまでには、膨大な時間と労力を要するはずです。でも、ネットだとあっさりその壁を乗り越えてしまうのです。そして、今回のように、「死にたくない」気持を逆手に取られて、みずから死を招いてしまうことにもなるのです。

私は、風俗で働く(容疑者のようなスカウトマンによって風俗に沈められる)女性と「死にたい」と呟く女性には、共通点があるように思えてなりません。そのひとつがメンヘラです。容疑者もそれがよくわかっていたのではないでしょうか。”現代の女衒”にとって、ことば巧みに誠実さや優しさを装い、メンヘラ傾向のある女性の心のなかに入り込み、女性を手玉に取ることなど、赤子の手をひねるくらいたやすいことだったのでしょう。また、そういった女性たちは家族やまわりの人間たちとの関係も希薄で、社会的にも精神的にも孤立しているということも知り尽くしていたのかもしれません。

ネットにあふれるお手軽にデフォルメされた「人間観」や「死生観」。そんなものは嘘っぱちだよと言っても、リアルとバーチャルの境目もない今時の若者には所詮、馬の耳に念仏なのかもしれません。

殺害方法にしても、あきらかに狂気を感じますが、しかし、報道ではその狂気が見えてこないのです。切り刻まれた内臓や身体の部位がゴミとして回収されたというのも、俄に信じがたい話です。背後に臓器売買の闇の組織があるのではないかという陰謀論が出てくるくらい、理解しがたいものがあります。

ネットには、自己肯定の無限ループとも言うべき側面もあります。「克己のない世界」(中川淳一郎氏)であるネットでは、夜郎自大な自分が肥大化するだけです。相模原の事件の”優生思想”もそうですが、”ネットの時代”は、私たちが知らないところで、とんでもない(狂気を内に秘めた)モンスターを生み出しているのかもしれません。でも、もう後戻りはできないのです。


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2017.11.05 Sun l ネット l top ▲
先月発売された丹野未雪の『あたらしい無職』(タバブックス)という本を読みたいと思い、新横浜の三省堂や新宿の紀伊国屋や池袋の三省堂やジュンク堂などをまわったのですが、小出版社の本だからなのか、どこにも在庫がありませんでした。

同書には電子書籍もありますが、私は、新刊本はできるなら紙の本で読みたいと思っている古いタイプの人間なので、今度はネットで購入しようと、通販サイトをチェックしました。

仕事の関係で、Tポイントが結構貯まるため、まずTポイントが使えるヤフーショッピングで検索してみました。しかし、ヤフーショッピングに出店している店も、いづれも在庫はなく、取り寄せるのに1週間から10日かかると表示されました。

つぎに、ジュンク堂と丸善と文教堂が共同で立ち上げたhontoという通販サイトにアクセスしてみました。在庫はあったのですが、お急ぎ便は送料が260円か350円かかります。

結局、プライム会員になっているアマゾンで注文しました。プライム会員だと送料無料の上、当日便で届きます。しかも、アマゾンでは、同書が「残り11点」となっていました。

最初からアマゾンにすればよかったと思いました。アマゾンは、当日便など宅配業者への負担が問題となっていますが、しかし、ユーザ-の立場からすると、掛け値なしに便利なのです。文字通り、アマゾン最強なのです。

当日便や時間指定の問題では、ユーザーも便利さだけを求めるのではなく、その裏にある労働問題などへも目を向けるべきだという声がありますが、しかし、それは資本主義社会において、ないものねだりの意見のように思えてなりません。

クロネコヤマトや佐川急便が”強気な”背景には、彼らが業界で圧倒的なシェアを占めているからにほかなりません。通販では如何にも赤字だみたいな話がありますが、しかし、巨額な利益を得ている独占企業であることには代わりがないのです。労働問題にしても、サービス残業で摘発されたことからもわかるように、アマゾン云々よりクロネコヤマトのブラックな体質こそが問題なのです。アマゾンのせいにするのは本末転倒です。人手不足なら、人材が集まるように労働条件を改善すればいいだけの話です。彼らは、莫大な内部留保をもたらす利潤率をそのままにして、人手不足を嘆いているにすぎないのです。

ここにも資本のウソ、ご都合主義が表れているように思えてなりません。的場昭弘氏が『「革命」再考』で書いていた、「資本は儲けるときはコスモポリタンで博愛的」だけど、「儲からなくなると、途端に国家にすがり国家主義的」になるのと同じです。

以前から言われていたことですが、アマゾンや楽天は、いづれ自前の宅配ネットワークをもつようになるでしょう。その動きは今後益々加速されるでしょう。そして、やがてアマゾンや楽天が、ヤマトや佐川のライバルになるのだろうと思います。

資本主義社会において、競争は当然で、それは決して悪いことではないのです。ヤマトや佐川の“殿様商売”のほうが不健全なのです。

そもそも翌日配達や時間指定など、今のような個人向けのサービスをはじめたのは、ほかならぬクロネコヤマトなのです。ところが、今度はそのサービスを値上げの口実にしているのです。ヤマトのやり方は、無料で顧客を囲い、シェアを占めると一転有料化して利益を回収する、ヤフーなどネット企業の手口とよく似ています。

若い頃に読んだ『都市の論理』という本で、著者の羽仁五郎が、公社・公団などは資本主義に社会主義的な要素を持ち込もうとする発想で、資本主義の良いところと社会主義の良いところを合体させようと思っているのかもしれないけど、それは両方の悪い面が出るだけだ、と書いていたのを思い出します。資本主義社会において、競争原理を否定するような論理こそ反動だということを、ゆめゆめ忘れてはならないでしょう。


2017.08.19 Sat l ネット l top ▲
(ヤフー系列の)BuzzFeedに、Yahoo!ニュースがヤフコメについてアンケートを実施したという記事がありました。

BuzzFeed News
「ヘイトの温床」の厳しい声も ヤフコメに期待することは?ユーザーから意見募る

私も何度も書いていますが、ヤフコメが「ヘイトの温床」であることは、もはや誰もが認める事実でしょう。Yahoo!ニュースがやっと(!)重い腰を上げようとしているという声がありますが、しかし、今までのヤフーの対応を見ていると、それも甘い見方のような気がします。

これほど厳しい指摘があるにもかかわらず、どうしてヤフーはコメント欄を閉鎖しないのか。その理由は、以前に紹介した藤代裕之氏の『ネットメディア覇権戦争』のつぎの一文に集約されています。

 ヤフーは、メディアとプラットフォームの部分をうまく使い分けてきた。
 差別発言や誹謗中傷が溢れ、ヤフー自身も極端なレッテル貼りや、差別意識を助長するような投稿があったと認めているニュースのコメント欄も同様だ。このコメント欄はプラットフォーム部分とされ、プロ責対応となる。つまり、事後対応でよいため、無秩序な状態が放置されてしまうのだ。
 ヤフーは、専門チームが24時間365日体制でパトロールを行い、悪質なコメントをするユーザーのアカウント停止措置、不適切コメントの削除といった対応を行っているというが、コメント欄を閉鎖する気はないようだ。理由は単純で、コメント欄がアクセス数を稼いているからだ。
(藤代裕之『ネットメディア覇権戦争』・光文社新書)


ニュースをマネタイズするためには、バズるのがいちばん手っ取り早い方法です。謂わば故意に「炎上させる」のです。そうやって倍々ゲームでアクセスを稼ぐのです。そのためには、ヘイトコメントはなくてはならないものです。

通常のニュースメディアのように、編集権が確立していないYahoo!ニュースにとって、ニュースも所詮はアクセスを稼ぎマネタイズするためのアイテムにすぎないのでしょう。Yahoo!ニュースの編集者たちに、ジャーナリストとしての自覚や矜持は必要ないのです。むしろそんなものは邪魔なのでしょう。それが、Yahoo!ニュースがニュースサイトというより、どちらかと言えばまとめサイトに近い存在だと言われる所以です。

Yahoo!ニュースが2年前に行った調査によれば、コメント欄を利用しているのは80%以上が男性で、そのうち30~50代の男性が50%を占め、なかでも40代が突出して多いのだそうです。

不惑の年のいい年こいたおっさんたちが毎日飽くことなくあんな低レベルなコメントを投稿している姿を想像すると、なんだかおぞましささえ覚えますが、彼らは一体どんな人間たちなのか、普通のサラリーマンなのか、そのあたりの属性がいまひとつはっきりしません。

排外主義的な主張をしているカルト宗教の信者たちが、コメント欄に常駐しているという話があります。また、自民党が組織した自民党サポーターズクラブの存在を指摘する人もいます。ネトウヨには、そういった紐付きの人間たちが多いのも事実でしょう。

しかし、Yahoo!ニュースには、コメント欄が特定の人間たちに占領される懸念などまったく頭にないかのようです。Yahoo!ニュースがカルト宗教の信者たちの書き込みを利用しているとしたら、Yahoo!ニュースと統一教会で集団結婚した日本人花嫁を「世界ナゼそこに?日本人」で紹介するテレビ東京は、同じ穴のムジナと言うべきかもしれません。

BuzzFeedの記事では、下記のツイートが紹介されていましたが、こういうまともな声がもっと広がるべきでしょう。



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『ネットメディア覇権戦争』
『ウェブニュース 一億総バカ時代』
2017.06.23 Fri l ネット l top ▲
前に紹介した『ネットメディア覇権戦争』(光文社新書)で、著者の藤代裕之氏はつぎのように書いていました。

 歴史作家の半藤一利と保坂正康は、『そして、メディアは日本を戦争に導いた』で、戦争が売り上げを伸ばすことをジャーナリズムは学んだと指摘している。満州事変、日中戦争、太平洋戦争の間、朝日新聞の部数は150万部から350万部に倍増、毎日新聞も250万部から350万部に増加した。ネットニュースのメディアにとっては、猫コンテンツや炎上、偽ニュースはアクセスを稼げる。かつての新聞にとっての戦争のようなものだ。新聞も戦争報道では多くの虚報や誇張を繰り返していた。


もちろん、これは、今の北朝鮮情勢をめぐる「明日は戦争」キャンペーンの前に書かれたものです。

たまたま先日、『噂の真相』の匿名コラム「撃」の1992年から2004年までの分をまとめた『「非国民」手帖』(情報センター出版局)を読み返していたら、つぎのような文章が目にとまりました。

 《平和と民主主義》という理念が強固に確立された現在、《戦争》という名辞が忌避されているだけで、真剣に考えることは逆に抑圧されている。
 そしてその一方では、北朝鮮核疑惑を契機として、《戦争》への扇動が確実に隆起している。《国土防衛》や《世界秩序維持》や《邦人救出》のために、と。これこそが十五年戦争へと導かれたセリフではないか。
(94年8月号/歪)


1994年と言えば、自社さ連立の村山内閣が誕生した年です。同時に、日本社会党は、国旗・国歌、自衛隊、日米安保等で基本方針の大転換を行い、自滅への道を歩みはじめたのでした。

23年前も今と同じようなキャンペーンが繰り広げられていたのです。

私などは、挑発しているのはむしろトランプ政権のほうではないか、ホントに危険なのは金正恩よりトランプのほうではないか、と思ってしまいますが、そんなことを口に出して言おうものなら、それこそ「非国民」扱いされかねないような空気です。

キャンペーンを仕掛ける側にとって、北朝鮮はまさに格好のネタと言えるでしょう。北朝鮮は、国交がないため、言いたい放題のことが言える好都合な相手です。それに、(見え見えの)瀬戸際外交を行う北朝鮮は、「ソウル(東京)を火の海にする」「全面核戦争も辞さない」などと感情をむき出して大言壮語する、謂わば「キャラが立つ」国なので、「明日は戦争」を煽るには格好の相手でもあるのです。

なかでも、Yahoo!ニュースなどネットニュースとテレビのワイドショーの悪ノリぶりには、目にあまるものがあります。

今やネットニュースにとって、「猫コンテンツ」などより、「明日は戦争」キャンペーンのほうが手っ取り早くアクセスを稼げるコンテンツなのでしょう。と言うか、「明日は戦争」キャンペーンそのものが、究極の「偽ニュース」と言ってもいいのかも知れません。

ご多分に漏れず部数減に歯止めがかからず、早晩政敵の「赤旗」に部数を抜かれるのではないかと言われている産経新聞は、最近ますますネトウヨ化に拍車がかかっていますが、アクセスを稼ぐために、そんな産経のフェイクな記事を使って戦争を煽っているYahoo!ニュースを見るにつけ、私は、藤代氏のつぎのような指摘を思い出さざるをえません。

 私は多くのヤフー社員を知っている。真面目でいい人が多いが、事件記者として汚職事件や暴力団などを取材したり、調査報道チームの一員として政治家や企業の問題を暴いたり、といったリスクの高い取材を行い、ジャーナリズムとしての経験を積んだ人は少ない。
 記者というのは剣豪に似ている。剣道などで強くなると、竹刀を交える前から相手の身のこなしなどで強さが分かるという。記者同士でも、ニュースなどについて話をしていると、ニュースの切り口、事実性への評価、取材すべきポイントなどで、実力を測ることができる。剣豪が負ける相手とは立ち会わない冷静さを持つように、できる記者ほど冷静で、多くを語らない。経験が乏しい素人ほど、実力を過信する。私がヤフーで「できる」と感じた人は、ごく一握りしかいない。
(『ネットメディア覇権戦争』)


これが「ヤフーにはジャーナリズムの素人しかいない」と言われる所以ですが、僭越ながら私も以前、このブログで、Yahoo!ニュースについて、つぎのように書いたことがありました。

Yahoo!ニュースに決定的に欠けているのは、野党精神(=「公権力の監視」)であり、弱者に向けるまなざし(=「弱者への配慮」)です。でも一方で、それはないものねだりなのかもしれないと思うこともあります。なぜなら、ウェブニュースの「価値基準」は、「公権力の監視」や「弱者への配慮」にはないからです。ウェブニュースの「価値基準」は、まずページビューなのです。どれだけ見られているかなのです。それによってニュースの「価値」が決まるのです。それは、ウェブニュースの”宿命”とも言うべきものです。
『ウェブニュース 一億総バカ時代』


先の戦争の前夜、メディはどのように戦争を煽ったのか。あるいは、ヒットラーが政権を取る過程で、メディアがどのような役割を果たしたのか。どうやって全体主義への道が掃き清められていったのか。私たちは、それをもっと知る必要があるでしょう。


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『ネットメディア覇権戦争』
2017.04.27 Thu l ネット l top ▲
ネットメディア覇権戦争


先日、DeNAのキューレーションサイト(まとめサイト)の無断転載等の問題に関連して、同社が設置した第三者委員会の報告書が発表されました。

内容については、下記の記事が詳しく伝えていました。

INTERNET Watch
DeNA、創業者の南場智子氏が代表取締役に復帰、キュレーションメディア事業の第三者委員会報告書を受けガバナンス強化

背景にあるのは、PV至上主義です。ネットのコンテンツの多くは、基本的に無料ですので、ネットでお金を稼ぐには広告が主体になります。そのためには、どれだけ多くのアクセスを稼ぐかがなにより重要なのです。そして、アクセスを稼ぐためには、記事の量産やSEO対策が必須です。それが今回のように、コンプライアンスが二の次になった要因でしょう。

こういったネットのしくみを作ったのは、Googleです。今でこそGoogleは、「品質に関するガイドライン」なるものを設けて、コンテンツの質を重視するようなことを言ってますが、しかし、アドワーズやアドセンスの課金に対する(唯一の)指標が、クリック数であることには変わりがありません。ネットでお金を稼ぐには、PVを無視することはできないのです。

DeNAも、キューレーションサイトから撤退するとは言ってませんので、これからは今までのような粗雑で露骨なPV至上主義ではない、もっと巧妙なPV至上主義を模索することになるのでしょう。

もちろん、それは、ネットニュースも同じです。

藤代裕之氏は、近著『ネットメディア覇権戦争』(光文社新書)で、「ネットの話題がマスメディアの恰好のネタ元」になっていることが、今のような偽ニュースの拡散につながっていると書いていました。それこそが、大塚英志氏が言う「旧メディアのネット世論への迎合」ということでしょう。

そして、そのなかで大きな役割を果たしたのが、Yahoo!ニュースやJカス(J-CASTニュース)などのミドルメディアだと言います。

 ネットをネタ元にしたニュースが溢れる現状は、ソーシャルメディアとマスメディアの関係を追い続けてきた私の立場からすると、驚きである。
 約10年前、ブログやSNSが拡大していた時期に、既存メディアは、ネット上にはコンテンツのコピーが溢れており、著作権法違反でるという批判や、何の社会的価値もない便所の落書きといった、ネットを蔑む発言を繰り返していたからだ。
 だが、人々の発言が増えるにつれて、情報はネットからマスメディアへと「逆流」するようになった。YouTubeに投稿されて国際問題にまで発展した尖閣諸島の海上保安庁動画流出や、東日本大震災の津波や被災動画を経て、ソーシャルメディアのコンテンツはニュースへと位置付けられていく。
(略)
 従来、マスメディアから流れていたニュースは、ミドルメディアの登場で、人々からマスメディアへと「逆流」することになった。そしてこの構造は、ネットの世論らしきものを生み出している。


しかし、炎上に参加している「ネット民」は、ネットユーザーのわずか0.5%にすぎず(国際大学グローバル・コミュニケーション・センター山口真一研究員『ネット炎上の研究』)、ネトウヨと呼ばれる「ネット民」の比率は、ネット利用者の1%を下回る(大阪大学大学院・辻大介準教授『インターネットにおける「右傾化」現象に関する実証研究』)という調査があります。これが「ネット民大勝利」「ネットで話題」の実態なのです。

 本来マスメディアは、ネットに出回る情報を検証して、それを伝える役割があるが、ネットの情報に振り回されているのが現実だ。
 ネットで小さな波紋を起こして、、それによってミドルメディアが騒ぎ、マスメディアを動かしていく手法は、世界に広がっている。トランプ現象、そしてイギリスのEU離脱(Brexit)も同じだ。権力者や著名人の過激な発言は、アクセス数を稼ぐ格好のネタだ。ネットとマスメディアの共振で広く流布されるようになっている。


「そして、このような炎上の構造を、何らかの意図を持った国、企業、ユーザーが、利用したらどうか」(どうなるか)と警鐘を鳴らすのですが、実際にヤフーは、Yahoo!ニュースを利用して、自社の事業のために世論誘導を行ったり、ライバル会社の商品に対するネガキャンを行った「前科」があるそうです。

さらに藤代氏は、ミドルメディアの姿勢をつぎのように批判します。

 多くの人は、まさか自分たちが見ているニュースが、ここまで汚染されたり、偏ったりしているとは思わないだろう。人々のニュースへの信頼を利用して、プラットフォーム企業が巨額の利益を上げている。(略)「人々が発信する情報を掲載しているだけ、後は各自の判断で」というプラットフォーム企業の常識は、もはや通用しない。


藤代氏は、取材を受けるのにメディアを選別するヤフーの宮坂社長を、「取材に対してウソをつくトップがいるような組織に、信頼と品質など担保できるわけがない」と批判したところ、逆に「ネット民」から批判を浴び炎上したそうです。ただ、その際、ニュースサイトや広告代理店の関係者から、「ヤフーにはジャーナリズムの素人しかいない。ニュースの判断などできるはずがない」「これまでも何かと条件をつけて配信料を値下げしてきた。発信者支援などごまかしに過ぎない」「ヤフーが考える方針に従わないと、嫌がらせをされた」「社内の数字が達成できないからと、営業努力を求められた」などという声が、藤代氏のもとに寄せられたそうです。

そもそもYahoo!ニュースには、「編集権(編集の独立)」というニュースメディアとしての最低限のシステムも考え方も存在してないのです。Yahoo!ニュースがピューリッツァー賞を目指す(宮坂社長のことば)なんて、片腹痛いと言わねばなりません。Yahoo!ニュースにとって、ニュースは所詮、マネタイズする対象でしかないのです。

その典型がコメント欄でしょう。

 差別発言や誹謗中傷が溢れ、ヤフー自身も極端なレッテル貼りや、差別意識を助長させるような投稿があったと認めているニュースのコメント欄(略)。このコメント欄はプラットフォーム部分とされ、プロ責(引用者注:プロバイダ責任制限法)対応となる。つまり、事後対応でよいため、無秩序な状態が放置されてしまうのだ。


ヤフーは、とかく問題の多いコメント欄に対しても、「メディアとプラットフォームの部分をうまく使い分け」責任回避をしてきたのです。もちろん、いくら問題があっても、コメント欄を閉鎖する気なんてないそうです。「理由は単純で、コメント欄がアクセスを稼いでいるから」です。つまり、バイラル効果でお金を生むからです。Yahoo!ニュースの政治関連の記事に、ネトウヨと親和性が高い産経新聞の記事が目立つのも、故なきことではないのです。

こう考えてくると、藤代氏のつぎのようなヤフーに対する批判は、的を射ていると言えるでしょう。

 言論に責任を持たず、社会を惑わす企業は、ニセモノのメディアに過ぎない。


 組織的にリスクを回避する仕組みがなく、体制も整わない中で、新聞記者に憧れたトップがいくら旗を振っても、ニセモノのジャーナリズムは本物にならない。



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2017.03.22 Wed l ネット l top ▲
キュレーションサイト、いわゆるまとめサイトの問題は、DeNAのWELQに端を発し、サイバーエージェントのSpotlightやby.S、DMMのはちま起稿などへと、さらに問題は拡大しています。また、個人向けのNAVERまとめにプラットフォームを提供しているLINEにも批判が集まっています。

まとめサイトの問題は、著作権侵害の無断転載だけではありません。ステマや煽りやデマの拡散など、なんでもありのモラルなき姿勢が問われているのです。言うまでもなく、それは、まとめサイトがニュースや情報をマネタイズするための手段と化しているからです。ありていに言えば、まとめサイトというのは、広告を売るための「メディア」にすぎないのです。

民放のテレビニュースにも、当然ながら広告主がいます。ただ、テレビニュースなどは、営業(広告)と報道(編集)は分離しているのが建前です。それが編集権と呼ばれるものです。編集権の独立は、ニュースメディアの前提であり生命線なのです。しかし、ネットでは違います。そもそも通常言われるような編集権など存在しないのです。

広告枠を少しでも高く売るためには、より多くのアクセスを集めなければなりません。そのため、Yahoo!ニュースやJ-CASTニュースなどのように、煽りやデマの拡散が日常的におこなわれるようになるのです。

とりわけ、芸能ニュースや中国・韓国関連の海外ニュースなどは、煽りやデマのオンパレードです。芸能ニュースや海外ニュースのアクセスランキングは、その手のまとめ記事ばかりと言っても過言ではありません。

テレビ番組での出演者の発言を体よくまとめて記事にするライターを「コピペライター」と呼ぶそうですが、そういった「コピペライター」は、DeNAなどがやっていたように、ランサーズやクラウドワークスのようなクラウドソーシング会社から調達されるそうです。

DeNAの場合、ライターが千人くらい登録されていて(報酬は一字1円から0.5円だと言われていますが)、多くはフリーターや学生や主婦のアルバイトだそうです。彼らにライターとしてのモラルを要求するのはどだい無理な話でしょう。

さらに深刻なのは、オリジナルの記事をコピペして別の記事を作成する文章ソフトが、既に存在していることです。テーマやプロットを設定すれば、自動的に小説を書いてくれる小説作成ソフトがありますが、おそらくそれと似たようなソフトなのでしょう。そうやって量産されたコピペ記事がネットメディアを埋め、情報の真贋が検証されないまま、SNSなどを通して拡散され、マネタイズされていくのです。

一方、まとめサイトが猖獗を極めている背景に、Googleの検索の問題があることを多くの人が指摘しています。要するに、Googleの検索がいかがわしい(邪悪だ)からです。まとめサイトは、Googleの検索のいかがわしさを利用していると言えなくもないのです。しかも、Googleのシェアは、PCでは90%以上です。Googleの検索さえ逆手に取れば、多くのアクセスを集めることができるのです。

ネット通販も、当初は個人サイトばかりでした。しかし、やがてメーカーや問屋などが、個人サイトをパクって参入してきたのでした。そして、今や個人サイトは圏外に追いやられ、検索の上位は企業サイトや楽天やアマゾンなどショッピングモールのページで独占されています。それは、「NPO、公共団体、教育機関、法人企業」など”オーソリティサイト”を優遇するというGoogleのアルゴリズムがあるからです。

まとめサイトも同じです。最初は少額なアフィリ目当ての個人サイトが主でした。しかし、やがて、企業が参入することで、広告も数億円規模にまで拡大し、今回のような問題が生まれたのです。

Googleの独占体制がつづく限り、こういった問題はこれからもどんどん出てくるでしょう。まとめサイトを批判している既存メディアにしても、建前はともかく、利益率90%以上と言われる、濡れ手で粟のおいしいビジネスに食指が動かないわけがないのです。実際に、参入を虎視眈々と狙っている既存メディアの話も出ています。そのうちキュレーションサイトの主体は、新興の(ぽっと出の)ネット企業から老舗の既存メディアにとって代わられるのかもしれません。今回の問題も、そういったネットのリアル社会化・秩序化・権威化の過程で出てきたと言えなくもないのです。まるでGoogleの邪悪な検索に群がる蛆蝿のようですが、これがネットの現実なのです。
2016.12.28 Wed l ネット l top ▲
今日、Amazonの定額読み放題サービス「Kindle Unlimited」に関して、下記のようなニュースがありました。

Yahoo!ニュース
講談社、Amazonへ強く抗議 「Kindle Unlimited」から説明なく全作品消され「憤っております」

私は「Kindle Unlimited」を利用してないので、今ひとつわからないのですが、おそらく講談社が配信していたのはコミックなのでしょう。それで、定額の読み放題にしたら、アクセスが殺到して、講談社に支払うロイヤリティがかさ張り採算がとれなくなったので、ランキング上位の作品を削除したのではないでしょうか。さらに、講談社の抗議で、ほかの作品もすべて削除されたのでしょう。

これこそ、AmazonやGoogleなどにありがちなアロガントな姿勢と言えます。AmazonやGoogleがこういった姿勢を取る(取ることができる)のも、EUなどと違って、日本の公正取引委員会がまったく動かず、AmazonやGoogleの寡占を野放しにしているからです。

Googleの検索などはその最たるものです。Yahoo!JapanがGoogleの検索エンジンを採用したのは、今から6年前の2010年7月からですが、それによって、PC検索におけるGoogleのシェアは90%以上になったのでした。これは、誰が見ても健全な状況とは言えないでしょう。しかも、Googleは広告会社なのです。圧倒的なシェアを背景に、検索と広告を連動させることで莫大な利益を得ているのです。

私のサイトは、今年の1月にメインのキーワードで圏外に飛ばされました。それまで10数年トップページにいたのですが、突然、圏外に飛ばされたのでした。理由はまったくわかりません。サイトになにか手を加えたわけではありません。

「SEOに詳しいと称する人間」に言わせれば、アルゴリズムが変わったからだと言うのですが、そうであれば順位が下落するだけでしょう。6位が15位とか30位とか100位とかになったというのなら理解できます。それがどうして、検索にひっかからないような圏外に飛ばされるのか。

Googleには、「Search Console」というサイトオーナーに向けたサイトがあり、そこに登録すれば、ペナルティなどを与えられた場合、修正箇所が指摘され、それを修正して再審査をリクエストするというシステムがあります。一見、Googleお得意の民主的なシステムのように思いますが、しかし、それはあくまで表向きのポーズにすぎません。実は、「Search Console」で指摘されないペナルティというのがあるのです。私のサイトの場合も、「Search Console」ではなにも指摘されていません。

「SEOに詳しいと称する人間」に言わせれば、「Search Console」に指摘されないペナルティは、Googleに「悪質」と判断されたペナルティだそうです。そんなバカなと思います。10数年、むしろ優遇されていたサイトが、なにも手を加えてないにもかかわらず、ある日突然、圏外に飛ばされたのです。どこが「悪質」なのでしょうか。

そう言うと、「SEOに詳しいと称する人間」はハグかもしれないと言うのです。でも、1年近くハグのままだというのも、とても常識では考えられません。

もっとも、突然、圏外に飛ばされたのは自サイトだけではありません。同じ業種で競合していたサイトも、過去に圏外に飛ばされた例がいくつもあります。それどころか、10年くらい前からネット通販をやっていた同業サイトのなかで、圏外に飛ばされずに残っていたのは、自サイトくらいでした。

私は、「SEOに詳しいと称する人間」たちが言う、“SEOの法則”も、(それが正しいと仮定すれば)逆にGoogleの”難癖”のようにしか思えないのです。

たとえば、「重複コンテンツ」がその典型です。通販サイトでは、「拡大画像」や「ランキング」や「おすすめ」や「カテゴリー別」など、どうしてもGoogleの言う「重複コンテンツ」が発生します。それがペナルティの対象と言われたのでは、ネット通販が成り立たないほどです。まして、通常、オーナーたちは、通販サイトを運営する上で、「重複コンテンツ」なんてほとんど意識してないでしょう。「重複コンテンツ」に「悪意」なんてあろうはずもないのです。

私は、先日、自サイトにあたらしいページを作成しました。そして、レスポンシブ・ウェブデザインになるようにviewportを設定した上で、Googleの「モバイルフレンドーテスト」でチェックしてみました。ところが、「モバイルフレンドリーではありません」という“不合格”の評価が下されたのです。「テキストが小さすぎて読めません」とか「リンク同士が近すぎます」とかいった改善箇所が指摘されていました。

しかし、自分のスマホで表示してみると、スマホの画面にすっぽりおさまっており、別に支障があるわけではないのです。文字やリンクが、小さすぎるとか近すぎると言われても、スマホの画面ではそれは当たり前です。スマホの小さな画面では、いづれにしても拡大しなければならないのです。モバイルフレンドリーが言う適正サイズなんて、なんの意味があるんだろうと思いました。

むしろ、Googleの検索結果を見ると、Googleが言うモバイルフレンドリーなんてただの気休めでしかないことを痛感させられます。その証拠に、上位はGoogleに広告を出しているサイトで占められています。しかも、同じサイトの違うページが複数表示されている例も多くあります。それこそ「重複コンテンツ」と言うべきでしょう。

それどころか、モバイルフレンドリーに対応してないサイトが上位に表示されているケースさえあります。しかも、そのサイトは、モバイルフレンドリー未対応にもかかわず、PC表示よりモバイル表示のほうが順位が上なのです。

素人のオーナーにとって、Googleが要求するモバイルフレンドリーに対応するには、技術的にもハードルは高く、専門の業者に頼まなければ、普通は無理でしょう。そうやって高いハードルの対応を要求しながら、実際の検索はまったく別の基準でおこなわれているのです。これでは、口コミサイトを謳いながら、評価のスコアはユーザーのスコアと違うものを使っていた食べログと同じです。アルゴリズムなんていくらでも操作ができるのです。

モバイルフレンドリーは、言うまでもなくGoogle独自の基準で、きわめて恣意的なものです。今やネットにおける検索は、公共なものと言っていいでしょう。公共のものである検索が、一(いち)広告会社の利益のために使われており、そのために検索のルールが都合のいいように捻じ曲げられているのです。理不尽なペナルティで多くのサイトが検索エンジンから消えている一方で、同一サイトのページが重複して上位に表示されている矛盾が、なによりその”不都合な真実”を示していると言えるでしょう。

キーワードのマッチングにしても、以前に比べてトンチンカンな事例が多くなっています。たとえば、「パン」というキーワードでも(便宜上、「パン」の例を出しているだけで、実際の「パン」の検索とは関係ありません)、店名にたまたま「パン」という文字が入っているだけで、食べ物のパンとはまったく関係のないサイトが上位に表示されていたりするのです。

別にBingの肩をもつわけではありませんが、Bingにそういった例はあまりありません。また、同一サイトのページが重複して表示される例も、Googleに比べてきわめて少ないように思います。それになにより、Googleで圏外に飛ばされたサイトも、Bingではちゃんと表示されています。

昔は、むしろ逆でした。MicrosoftのMSNに比べて、Googleのほうが優秀であるのは誰の目にもあきらかでした。それで、Googleはユーザーの圧倒的な支持により急成長したのです。当時、Googleが今のように邪悪になるなんて誰が想像したでしょうか。

今のGoogleの寡占状態は、どう考えても健全とは言えません。日本のネットの健全化のためにも、寡占状態は解消すべきでしょう。聞けば、Yahoo!JapanとGoogleの契約は二年ごとの更新のようです。素人の浅知恵でGoogle対策のSEOにうつつをぬかすより、検索エンジンの寡占状態を解消する方向に声をあげたほうがよほど生産的だと思うのです。
2016.10.03 Mon l ネット l top ▲
私は、国会のなかの様子を知るには、今や上西小百合議員のツイッターをチェックするに限ると思っています。

上西議員のツイッターは、粘着質のネトウヨからの罵詈雑言であふれています。それは、まるで『狂人失格』のモデル女性のブログに巣食う、ネットストーカーたちを彷彿とさせるような光景なのでした。

しかし、上西議員は、そんなことにひるまず意気軒高です。昨日の衆院本会議の安倍首相の所信表明演説の際、自民党の議員たちがいっせに立ち上がって拍手をした、まるで北朝鮮か中国の国会のような光景に対しても、上西議員はつぎのように批判していました。



余談ですが、上西小百合風に言えば、Yahoo!ニュースというのは、コメント欄が示すとおり、「猿」に余計な知恵をつけるメディアと言えるのかもしれません。

さらに上西議員は、自民党の補完勢力である民進党をヤユすることも忘れていません。


民進党の蓮舫新代表が、みずからの派閥の親分である野ブタの復権をはかったことに対しても、シニカルに批判していました。




このような野党不在の翼賛国会の現状を上西議員は「絶望的な状況」と言うのです。SEALDsなどよりよほど今の政治の深刻さを自覚していると言えるでしょう。

右か左かなんて関係ないのです。むしろ、色眼鏡をかけてない分、今の政治の病理=「絶望的な状況」がよく見えるということもあるのではないか。腐臭を放つ政治状況に対して、はっきりと「臭い」と言えるのは、彼女が大阪維新を除名されて、孤立無援な、だからこそなにものにも縛られない自由な身になったからでしょう。これからも上西議員のツイッターは要チェックです。


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上西議員の発言はまとも
2016.09.27 Tue l ネット l top ▲
カカクコムが運営する口コミサイト「食べログ」で、また”疑惑”がもちあがっているようです。

Yahoo!ニュース
ねとらぼ
食べログの評価が3.0に突然リセット 飲食店オーナーの書き込みが物議

「食べログ」は、過去にヤラセの口コミが問題になったことがありましたが、そのときは、「食べログ」はどちらかと言えば“被害者”の立場でした。しかし、今回は違っています。

SNSに投稿したレストランオーナーによれば、「食べログ」の営業担当者から、ネット予約機能を使わないと検索の優先順位を落とすと言われたものの、予約機能を拒否したところ、「食べログ」のスコア(評価点数)が3.0にリセットされた(下げられた)のだとか。しかも、リセットは、経営する4店舗全部でおこなわれたそうです。それに対して、カカクコムは、予約機能とスコアは「無関係」と言っているようです。しかし、投稿を読む限り、スコアになんらかの手が加えられたのは間違いないでしょう。経営者の怒りはわからないでもありません。

どうしてネット予約機能を使わないと検索順位を落とすと言われたのか。それは、ネットの予約機能が広告に連動しているからです。要するに、広告を出せば、検索順位を優先して上位に表示すると言いたかったのでしょう。もちろん、それをあからさまにやればユーザーの反発を招くので、スコアや予約機能などさまざまなサービスを使って広告であることを巧妙に隠しているだけなのです。

そもそも今回リセットされたスコアにしても、個々のユーザーがレビューの際に付けるスコアの平均ではないのだそうです。私は、表示方法も同じなので、でっきりユーザーのスコアの平均だと思っていました。ところが、ユーザーのスコアではなく、「食べログ」が独自の基準で算出した(いかように操作できる?)スコアなのだそうです。何のための口コミサイトかと思ってしまいますが、それが、今回の騒動のポイントでしょう。

もっともこれは、「食べログ」に限った話ではありません。Googleなども同じです。たとえば、Googleショッピングも広告なのです。アドセンスを利用しないとGoogleショッピングに表示されません。それどころか、Googleの検索順位の上位をアドセンスの広告ユーザーが占めているは、半ば常識です。SEOなんて、所詮は素人の浅知恵にすぎないのです。

忘れてはならないのは、カカクコムもGoogleも営利企業だということです。しかも、その収益の大半を広告で稼いでいる会社なのです。検索システムを自分で作っているというのは、検索のルールを自分で決められるということです。アルゴリズムなんていくらでも操作できるのです。

言うまでもないことですが、カカクコムやGoogleは「公正中立な神」なんかではないのです。ましてや、彼らに「公正中立な神」であることを求めるのは、八百屋で魚を買うようなものです。たしかに、Googleは、今やネットにおいて“全能の神”のような存在になっています。しかし、その“全能の神”は、収益の90%をアドセンスやアドワードの広告で稼いでいる営利企業でもあるのです。

「食べログ」やGoogleが「公正中立」を装っているのも、広告の効果を高めるためです。広告枠を高く売るためなのです。

今回の問題で、カカクコムに「公正中立」を求めるような方向に進むのなら、それこそネットに「公正中立の神」が存在するかのような幻想をふりまくだけの、トンチンカンな反応と言わねばならないでしょう。


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2016.09.09 Fri l ネット l top ▲
Windows10ロゴ


私は現在、デスクトップとノートの二台のPCを使っています。主に仕事によって二台を使い分けているのですが、OSはデスクトップがWin7でノートがWin8でした。

Windows10の無償アップグレードがはじまったとき、どうしようか迷ったのですが、とりあえずノートのほうをアップグレードしました。アップグレード自体も問題なくすんなりとおこなわれました。

一方、デスクトップはメインのネットの仕事に使っていますので、さまざまなソフトを使っています。また周辺機器も日常的に使用しているものばかりで、Win10との互換性に不安があったので、アップグレードは保留していました。

しかし、貧乏性の習いで「無償」の誘惑をどうしても拭うことができません。ノートで確認してみると、ソフトも周辺機器も、特別問題はなさそうでした。

それで、意を決して(!)アップグレードを試みたのですが、何度やっても失敗するのでした。ネットで調べてみると、どうもWindows Updateの「更新プログラムの確認」ができないことが原因のようでした。更新プログラム自体はインストールされているようですが、なぜか「最終確認」が2015年の3月で止まったままなのです。

もちろん、現実的にはWin7でもなんら支障はないのです。そのため、いったんはアップグレードをあきらめてこのままWin7で行こうかと思いました。ところが、貧乏人の哀しい性で、やはり「無償」の文字が目の前にチラついてならないのでした。更新期限が近づくと、よけい「アップグレードしなければ損」みたいな気持になってくるのでした。しかも、そんな浅ましい気持はどんどんエスカレートして、「こうなったら意地でもアップグレードしてやる」というようなレベルまで行ってしまったのでした。それが更新期限(7月29日)の二日前です。

最新の「更新プログラムの確認」ができるようにするにはどうすればいいのか。素人考えで思いついたのは、「システムの復元」です。しかし、「復元ポイント」を見ると、今年の3月の日付しかありません。それ以前がないのです。引っかかるものがありましたが、とりあえず、3月のポイントで復元してみることにしました。

ところが、それが”悪夢”のはじまりでした。ハードディスクがビジー状態になり、にっちもさっちもいかなくなったのでした。いつまでたっても復元が完了しないのです。

仕方なく強制終了しましたが、その途端、パソコンの動作が異常に重くなったのでした。ネットにつないでも、昔のアナログ回線の頃のような緩慢な動きをするだけです。パソコンが不調になると頭が真っ白になることがありますが(それだけ実務的にもパソコンに依存しているからでしょう)、もうこうなったらリセットしてOSを再インストールするしかないなと思いました。まるで元プロ野球選手(清原のことです)や有名女優の夫の元タレント(高知東生のことです)ように、全身から汗が噴き出し異常な興奮状態に陥っていた私には、それしか思いつかなかったのでした。

とりあえずセーフティモードで立ち上げて、仕事用のデータを外付けのハードディスクにバックアップしました。仕事用のデータは週に一回はバックアップしていますので、2~3日分をバックアップするだけです。顧客データ等は、契約しているサーバーに保存されていますので、バックアップの必要はありません。

バックアップを終えてから、Win7を再インストールしてパソコンをリセットしました。そして、Win10のアップグレードを試みると、今度はすんなりと進み、アップグレードは完了したのでした。

ところが、アップグレードしたあとにとんでもない“忘れ物”をしていることに気付いたのでした。「マイピクチャ」のフォルダに入っている画像をバックアップしてなかったのです。そこには、今までデジカメで撮った写真が入っていたのです。

今のパソコンに買い替えたのは4年前ですが、そのときはWindowsの転送ツールを使ってデータを移動したので、外のメディアに保存していませんでした。あわてて,、押し入れの段ボール箱のなかから古いCD-Rを探し出して再生してみたら、さらにその前の2002年ににパソコンを買い替えたときに保存したデータしか残っていませんでした。つまり、2002年以後のこの14年間に撮った写真が消えてしまったのです。未編集のまま撮ったものを次から次に入れていましたので、数千枚は優にあったと思います。

14年間パソコンのなかのデータをいっさい保存してなかったという、このIT社会に生きる人間にあるまじき怠惰な態度は、迂闊どころではなく、文字通り自業自得と言うしかありません。

なんのことはない、14年間に撮った写真で残っているのは、わずかにこのブログにアップしたものだけになったのです。ブログをつづけるのは、結構しんどいものがあり、自己顕示の塊のような記事を読み返しては、自己嫌悪に陥ってやめようと思ったことも一度や二度ではありません。でも、ブログに残った写真を見ると、やめないでよかったのかなと思ったりもするのでした。今はそう思って自分を慰めるしかないのでした。

追記:
その後、データ復元ソフトを使って、6~7割くらいの画像が復元できました。
2016.07.31 Sun l ネット l top ▲
北海道の男児行方不明事件に関連して、尾木ママのブログが炎上しているそうです。尾木ママは、しつけのために置き去りにしたことについて、ブログで「虐待」だと批判し、さらに「置き去りそのものが真実なのか疑いたくなる」とか「警察に逮捕されることでしょう」などと両親の犯罪さえ匂わせていたのでした。そのため、今、批判にさらされているのです。

こういうお粗末な人物が、教育の専門家としてメディアでもてはやされ、法政大学で教鞭を執っているのですから開いた口がふさがらないとはこのことでしょう。テレビでわけ知り顔にコメントしているのは、この手の”下等物件”ばかりなのでしょう。そして、彼らはテレビで顔を売って、週末に講演で荒稼ぎするのです。

もっとも、尾木ママのような”陰謀史観”は、ネットではめずらしいことではありません。たとえば、この事件に対するJ-CASTニュース(Jカス)の記事は、犯罪まがいのひどいものでした。情弱な尾木ママも、Jカスの記事を見て、「ネットで真実を見つけた」つもりになったのかもしれません。

Jカスは、男児が発見される前の6月2日には、つぎのような意味深な記事を発信していました。

Yahoo!ニュース
北海道の男児「置き去り」深まるナゾ 服装、理由などの説明「変化」が気になる人も

 北海道七飯(ななえ)町の林道で小学2年の男児(7)を置き去りにした、と両親が明かしてから6日目に入った。自衛隊も出動したが、2016年6月2日夕現在も見つかっておらず、ナゾが深まっている。

 「置き去り」を巡っては、父親の説明が次々に変わり、初動捜査などに影響したと報じられた。
(略)
 当初は、5月28日夕に山菜採りの途中ではぐれたとの話だったが、車の中に山菜がないなど不自然な状況があった。父親は翌朝になって、男児が車や人に石を投げつけたため、「しつけ」として林道に置き去りにしたと話を変えた。その場所に5分ほどして戻ったが、男児の姿はすでになかったともいう。

 その後、男児の服装についても当初説明のジーパンではなく、紺色系のジャージズボンを履いていたなどとした。例えば、29日早朝のテレ朝系「ANNニュース」では、警察によると、男児は「Tシャツにジーパン姿で、サンダルを履いている」と報じていた。サンダルは後に「赤い運動靴」に変わっている。

 さらに、函館新聞の6月1日付記事によると、置き去りにした後、車に追いついた男児を再び乗せ、今度は遠めの場所に置き去りにしたと父親は話しているという。

 東京スポーツもこの日発売号で、警察関係者の話として、置き去りにしたという現場で警察犬が出動したが、臭いにまったく反応せずに現場から動かなかったと報じた。

 こうした不可解な状況に、ネット上では、様々な憶測が書き込まれている。

  「なにかをまだ隠してる」「ホントに置き去りにしたのか?」「そもそもそこに来ていない可能性...」

 2ちゃんねるでは、スレッドが2日夕現在で80以上にも達しており、中には、根拠のない憶測も出ているほどだ。


2ちゃんねると東スポの記事を根拠に、七飯町役場に電話取材して記事をでっち上げる。Jカスのいつものやり方です。こうして”陰謀史観”がネットに拡散されるのです。

これは、「在日特権」でも「中国が攻めてくる」でも、あるいは「小保方バッシング」でも「干される芸能人」でも、みんな同じです。ときに東スポが週刊文春に変わるだけです。

Jカスは、そうやってアクセスを稼ぎ、ニュースをマネタイズしているのです。また、Yahoo!ニュースのアクセスランギングで、このJカスの記事が1位になっていたように、Yahoo!ニュースなどに転載されることで、さらに何倍にもなってアクセスが返ってくるのです。

ウキペディアによれば、J-CASTニュースは、『AERA』や『週刊朝日』などに在籍していた朝日新聞のOBたちが作った会社だそうです。そう言えば、朝日新聞デジタルの「イチ押し週刊誌」というコラムをJカスのシニアエディターなる人物が担当していますが(Jカスの編集者が週刊誌の記事を”批評”するなんて悪い冗談みたいな企画ですが)、それも朝日新聞との人的なつながりで仕事が発注されているのかもしれません。

さらにJカスは、男児が発見されたあとも、つぎのような記事をアップしていました。

Yahoo!ニュース
「無事発見の美談でおしまい」に違和感の声 北海道置き去り、「状況が不自然」と首ひねる人も

 一方で、「(話が出来過ぎていて)不自然」などと、「無事救出の美談」に違和感を持つ人もいるようだ。「水だけ」で丸5日以上も暮らしながら、男の子が自分で歩けるほど元気だったことや、発見された自衛隊施設の管理をめぐる証言の「食い違い」など、依然、謎も残されている。


これでは確信犯と言われても仕方ないでしょう。JカスやYahoo!ニュースがこうやって「ネットの真実」を捏造し、ネトウヨのような「ほとんどビョーキ」の人間たちを生み出しているのです。尾木ママもママと(まんまと)それに引っ掛かったのでしょう。


関連記事:
”不謹慎狩り”と私刑の構造
『ウェブニュース 一億総バカ時代』
2016.06.06 Mon l ネット l top ▲
前回の記事のつづきですが、電話をしてもなかなかつながらないので、「OCNテクニカルサポート」に状況を書いて、メールを送信しました。

すると、翌日、返信がありました。内容は、パソコンの履歴を確認してテクニカルサポートに電話してくださいという実に簡単なものでした。なんのことはない、やはり電話をしなければならないのです。

それで、きょうの朝、メールに記されていたテクニカルサポートに電話しました。電話口に出たのは女性でした。私は、もう一度、電話口の女性に、メールに書いたことを最初から説明しました。説明し終えると、女性は、「そういった話は別の部署になりますので、折り返し担当者から連絡を差し上げます」と言うのです。私が「このまま待ちますよ」と言ったら、「いや、かなり時間がかかると思いますので、折り返しお電話を差し上げます」と言い張るので、私は仕方なく携帯電話の番号を伝えて電話を切りました。

午後遅く、携帯に電話がありました。今度は男性の担当者でした。担当者は、「テレビ電話など利用されたのではないですか」と言うのです。いや、テレビ電話どころか、YouTubeなど動画も観てないと言うと、「USB端末を他の方が使ったということはないですか」などと言う始末です。まったく話にならないのです。

こう書いても、多くの人は、OCNの担当者と同じように、「勘違いだろう」「知らない間に使っているのに気が付いてないだけだろう」と思うのかもしれません。しかし、当日(3月15日)出先でパソコンを使ったのは1~2時間です。書きものをして、ネットでYahoo!や朝日新聞などを閲覧した程度です。そのあとはパソコンの電源を切っています。シャットダウンする際、更新プログラムなどのダウンロードもありませんでした。どう考えても3~4Gを使うなどあり得ないのです

それにしても、こんなことを書けば書くほどむなしくなります。オーバーなことを言えば、冤罪被害者と同じで、いくらやってないと言っても、ただその声がむなしくはね返ってくるだけです。OCNは日本を代表するプロバイダーだ、だから正しい、という事大主義的な「認知資本主義」が前提にある限り、なにを言っても信用されないのでしょう。でも、昨年のように、「システムトラブル」でデータ容量が消えることは現実にあるのです。

結局、昨年とまったく同じやり取りに終始しました。USB端末のデータ量が一日で3~4G消えたのも同じですし、OCNの対応も同じでした。もっとも、「テクニカルサポート」と言っても、彼らもまた派遣やアルバイトにすぎないのです。だから、テレビ電話だなんだと突飛なことを言ってその場を言い逃れるしかないのでしょう。言い逃れるのが彼らの仕事なのでしょう。

いつもなら5G前後の使用量が、今月は10G近くにはね上がりそうです。今までは容量オーバーによる速度制限なんてまったく心配する必要がなかったのですが、このままいくと今月は容量オーバーになりそうです。しかも、その増えた分は、わずか1日(正確に言えば、わずか1~2時間)で使ったことになっているのです。なんとも理不尽な話で、忌々しい気持にならざるを得ません。


関連記事:
「安い人材」と社会のブラック化
クレーマーになってやる
2016.03.22 Tue l ネット l top ▲
深夜、何気にスマホのOCNモバイルONEのアプリをチェックしたら、データ容量の残りが異常に少ないことに気付きました。

私が契約しているのは5Gのプランで、それをスマホ用の音声付SIMと、出先に置いているノートPC用のUSB端末でシェアしているのですが、通常二つのSIMの使用量は5G前後です。モバイルONEの場合、残った容量を翌月に繰り越すことができるのですが、以前SIMのトラブル(下記の記事参照)で5G補てんされたので、毎月10G前後でスタートして、5G前後を繰り越すというパターンをくり返していました。

そういった通常のパターンからすると、今の時点でまだ7Gくらい残っていてもおかしくないのです。ところが、2Gしか残っていませんでした。それで、アプリでSIMごとの使用量を確認すると、USB端末のSIMが通常の倍以上になっていることがわかりました。しかも、3月15日に1日で3G以上使っており、全体の使用量がいっきに上がっているのです。

でも、出先のノートPCを使うのは2日に1回くらいで、使用する時間も夜間1~2時間くらいです。まったく使わないときもあります。むしろ最近は以前より使ってないくらいです。3月15日に3G使うなんてとてもあり得ないのです。

実は、昨年もまったく同じトラブルがありました。

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クレーマーになってやる

そのときも今回と同じUSB端末のトラブルでした。ノートPCの使用状況から言っても、一度にそんな大きなデータ量を使うなど絶対にあり得ないといくら説明しても、カスタマーフロントやテクニカルサポートの担当者は「当社に間違いはありません」「お客様の勘違いではないですか」とくり返すばかりで、ラチがあきませんでした。ところが、後日、モバイルONEのシステムの不具合で繰り越しデータ容量が消失していたとして、5Gが補てんされたのでした。

OCNに電話をしても、前回と同じように、カスタマーフロントからテクニカルサポートにたらいまわしされ、挙げ句の果てに「当社に間違いはありません」とまず結論ありきの詭弁を聞かされるのは目にみえています。自分の主張を通そうと思えば、そこから粘り強く何度もやり取りをしなければならないのです。その労力と時間を考えるとうんざりします。クレームを入れると、いつの間にこちらがそんなに使ってないことを証明をしなければならないかのような話の展開になるのですが、それもおかしな話です。どうして顧客が説明責任を負わなければならないのかと思います。

スマホの普及によって、私たちはおのずとモバイルの通信データ量に関心をもつようになりましたが、その肝心なデータ量の計算がホントに信用に値するものなのか、ホントにトラブルなどで消失したりしてないのか、私たちにはいっさいわからないのです。疑ったらきりがありませんが、実際に、自分の与り知らぬところで通信データ量が消えていることがあるのです。

「認知資本主義」を相手にするには精神的にタフでなければクレーマーにもなれないのです。でも、二度目となるとさすがに「もうつきあってられない」という気持になります。
2016.03.19 Sat l ネット l top ▲
最近ネットで、タレントのGENKINGの発言が話題を呼びました。GENKINGは、ご存知のとおりInstagramで有名になった、文字通りネットから生まれたタレントで、Instagramのフォロワーは84万人を誇るそうです。

TechCrunch Japan
Googleは使わない、SEO対策しているから——Instagram有名人のGENKINGが語った10代の「リアル」

GENKINGの発言は、3月3日・4日、福岡で開催された「B Dash Camp 2016 Spring in Fukuoka」というイベントの「次のビジネスを仕掛けるなら、Instagramに乗れ!」と題したセッションの場で発せられたものです。セッションには、フェイスブックやセプテーニ(ネット広告会社)などの企業の担当者も同席。タイトルからもわかるとおりInstagramを使ったマーケティングはどうあるべきかをディスカッションしたもので、彼らの立場から言っても、「これからはInstagramだ」という意図が隠されているのは間違いなく、発言の内容は多少割り引いて考える必要があるでしょう。

ただ、それでもなお、もはやキーボードで文字を打つことさえできない(と言われている)若い世代にとって、Googleの検索がリアルじゃないという発言は注目すべきものがあるのです。フェイスブックやInstagramがGoogleに比べてどれだけマシか、どれだけリアルかという問題はさて措いても、たとえば「Googleで検索すると文字が出てくるし、(検索結果は)SEO対策されている。あとはスポンサー(広告)とかが上がってきて…ネットってリアルじゃない」というような発言は、たしかに正鵠を射ていると言えるでしょう。若い世代が、Googleの検索のカラクリに気付いているとしたら、それは歓迎すべきことではないでしょうか。

このブログでも再三書いているように、今やGoogleの検索はGoogleに都合のいいサイトを上位に表示するものでしかありません。アルゴリズムもそのためのものでしかないのです。それが広告と一体化した今の検索の実態です。Googleでは求めるサイトにたどり着けない、ただ誘導されているだけのような気がする。そう思っているユーザーは多いはずです。

「一昔前ならGoogleで検索して化粧品のランキングを見ていたが、いまは見ません。結果にウソが多いのも若い子は知っている。自分が使っている化粧品が良くなくても、(ネットの)評価がいいと『ウソだな』と思う。Instagramは個人がやっているからウソがない」


こういった発言も、TJの記事が書いているように「すごく核心をついた話」に聞こえます。Google やYahoo!や楽天やAmazonや食べログや価格コムやアットコスメなどに踊らされるネットユーザー。もちろん、Instagramにも広告が入っているわけで、Instagramとて例外ではないのですが(それに、1枚の写真をアップするのに800枚の写真を撮るというのは、とてもリアルとは言えないでしょう)、でも、スマホ世代の若者たちが、とにかくGoogleを冷めた目で見るようになっているというのは、ただ踊らされるだけのユーザーに比べれば”一歩前進”と言えるでしょう。たとえ、彼らがさらに巧妙化されたあらたなカラクリに踊らされているとしても、です。

Googleが右サイドの広告を撤廃したのも、検索と広告の一体化の結果にすぎないのです。撤廃したと言っても、商品に関連するキーワードだと、「Googleショッピング」の広告が連動して表示されるのです。そうやって広告の効果を高め、広告単価を引き上げる狙いがあるのでしょう。間違っても”脱広告”に進んでいるのではないのです。むしろ逆で、より巧妙化しより検索と一体化しているのです。
2016.03.16 Wed l ネット l top ▲
シール検索2016月1月15日 


以前も取り上げましたが、上記は、本日、Google で「シール」と検索(PC検索)したトップページの画像です。5、6、7位と同じサイトのページが表示されています。しかも、ご覧のとおりタイトルも非常によく似ています。以前取り上げた記事が、昨年の12月17日で、以来ずっとつづいていますので、これは一時的なハグとはとても言えないでしょう。

Google の腹話術師たち
http://zakkan.org/blog-entry-1116.html

折しもGoogle の検索順位は、先週末に「コアアルゴリズムのアップデート」が実施され、かなり大幅な変動がありました。しかし、主に変動したのは、2ページ目以降です。アドセンスのスポンサーサイトが上位を占めるトップページは、「アップデート」などどこ吹く風で、このような”おかしな現象”がずっとつづいているのです。

その先週末の変動で、自サイトは圏外に飛んだのでした。しかも、その後、いっこうに復活する気配はなく、石原吉郎やソルジェニーツィンと同じように、このままラーゲリで強制労働の長期刑が科せられる可能性が高い気がします。

もちろん、Search Console(Google が提供するサイトオーナーのためのSEOツール)に「重要メッセージ」は届いていませんし、「手動による対策」にもスパムの警告はありません。自サイトの場合、「手動のペナルティ」ではなく、「自動のペナルティ」を科せられたのです。従ってサイトを手直してGoogle 様に「再審査」をお願いする方法もありません(お願いしたくもないけど)。「自動」で解除されるのを待つしかないのです。もちろん、永遠に解除されない可能性もあります。これほど理不尽な話はないでしょう。

ところが、SEO関連のサイトは、順位が下落したのにはちゃんと理由があると言うのです。ただ「品質ガイドライン」に抵触しているのがわかってないだけだ、と。彼らは、いつもそうやって「品質ガイドライン」をお題目のように(バカのひとつ覚えのように)唱えるだけです。

これ見よがしにトップページを3つのページが占めるサイトと圏外に飛ばされたサイト。そこにどれだけの「品質」の違いがあると言うのでしょうか。ふざけるなと言いたいです。むしろ、トップページを占めている3つのページこそ重複コンテンツではないのか。

現在、「シール」で上位に残っているのは、めったに更新もしないようなメーカーのサイトだけで、「シール」の通販サイトで上位に残っているサイトはひとつもありません。多くは圏外に飛ばされています。その代わりに、「シール」とは関係がなく、たまたま店名に「シール」の文字が入っているアイスクリーム屋やバッグショップのページがいくつも上位に表示されています。

このように、Google のアルゴリズムにおいては、通販サイトは(「シール」に関係のないアイスクリーム屋やバッグショップの後塵を拝するほど)大きなハンディを背負わさせているのです。でも、何度も言いますが、商品画像や説明文を重複コンテンツと看做されたら、通販サイトなんて成り立ちません。そんな基準がつづく限り、通販サイトが上位に来ることはないでしょう。

Googleはどうしてこんなおかしな検索エンジンになってしまったのか。やはり、それは、Google の広告に依存した体質が関係しているように思えてなりません。いつの間にか“検索のための検索“ではなく、”広告のための検索”になってしまったからでしょう。
2016.01.15 Fri l ネット l top ▲
とうとうと言うべきか、ついにと言うべきか(同じ意味ですが)、自サイトがメインのキーワードで圏外に飛びました。最後は60~100位を行ったり来たりしていましたが、昨日の午後、突然、姿を消してしまいました。検索順位を調べるツールでは、「300位以下」の表示になっています。

Google は年が明けてからペンギンアップデートの更新をおこなうとアナウンスしていますので、この”変動”はそれに関連したものかもしれません。実際にネットでも、自サイトと同じように、圏外に飛ばされたという書き込みがチラホラ見られます。ただ、まだ本格的な変動には至ってない感じです。

Google 帝国の親衛隊たちは、今さらのようにGoogle から「低品質」の評価を受けるには理由があると言うのですが、言われるまでもなく「低品質ガイドライン」なんて百も承知です。「品質ガイドライン」に抵触しないようにするのは、SEO にとって初歩の初歩でしょう。むしろ、Google の悪口を言ったから圏外に飛ばされたんだと言われたほうがよほどすっきりします。

調べてみたら、このブログで、今年の4月のモバイルフレンドリー以前に検索順位について書いたのは、なんと10年前だったということがわかりました(下記参照)。この10年間、SEOにおいてはそれなりに幸せな日常を送っていたということなのでしょう。

このまま流刑地に送られてラーゲリ暮らしになるのか。あるいは、取り調べだけで釈放されるのか。しばらくゲシュタポの動向を見守るしかありません。と言うか、全体主義国家では、もはやそうするしかないのです。ほかに手はないのです。


関連記事:
検索サイト
2016.01.10 Sun l ネット l top ▲
思うところがあって、ドメインを下記のように変更しました。これでタイトル(雑感)どおりのドメインになりました。

http://zakkan.org/

自動的にあたらしいドメインに移動になりますので、ブックマーク等の変更は必要ありません。

2016.01.09 Sat l ネット l top ▲
先日、津田大介氏のツイッターにつぎのような投稿がありました。

津田大介ツイッター2015年12月29日
引用元:https://twitter.com/tsuda/status/682005205639016456

これは、Facebookに投稿されたヘイト(人種差別)な書き込みを削除せず放置したことが、人種差別や民族憎悪を扇動した罪に当たるとして、ドイツのハンブルグの捜査当局がFacebookのマネージャー三名を扇動容疑で捜査しているというニュースを受けて投稿されたものです。

一方、その動きを受け、Facebook・Google ・Twitterの三社がヘイトな書き込みを24時間以内に削除することに合意したというニュースもありました。

もちろん、これはドイツの話です。日本ではヘイトな書き込みはし放題です。もっとも日本は、国連人種差別撤廃委員会が指摘したように、「朝鮮人を海に沈めろ」というようなヘイトなデモが許可され、しかもそれを合法的なデモとして警察が警護しているような国なので、ヘイトな書き込み云々以前の問題があると言えるでしょう。

今回の従軍慰安婦問題に関する日韓合意についても、Yahoo!トピックスには、合意以降、「慰安婦少女像 撤去に猛反発」「日韓合意 元慰安婦ら猛反発」「10億円拠出 少女像移転が前提」「韓国 記憶遺産不参加を否定」「慰安婦少女像移転 66%が反対」「元慰安婦ら 日本相手に訴訟」「慰安婦合意 韓国では破棄論も」など、「合意しないほうがよかった」とでも言いたげな記事がつぎつぎにアップされていました。すると、ヤフコメ(コメント欄)には、「やっぱり」「これだから韓国は信じられない」というようなお約束のコメントが殺到するのでした。

Yahoo!トピックスがどうしてそんな「合意しないほうがよかった」みたいな記事を優先的に掲載するのかと言えば、そのほうがアクセスが稼げるからです。そんなヘイトな感情を煽る記事のほうがFacebookやTwitterなどSNSに転載される可能性が高く(所謂バズって)、アクセスが何倍にもなって返ってくるからです。ニュースをマネタイズするには、とにかくアクセスを稼ぐ必要があるのです。

私は、今回の日韓合意の先に、日韓安保協定、6カ国協議再開(米朝国交正常化)、日韓からの米軍の撤退、日韓朝中米露6カ国による集団安保体制というアメリカのアジア外交戦略を見る田中宇氏の「国際ニュース解説」を興味をもって読みましたが、もちろん、Yahoo!ニュースにはそんな視点は皆無です。Yahoo!ニュースだけを見ていると、田中氏の「解説」なんて荒唐無稽に思えるに違いありません。

田中宇 国際ニュース解説
日韓和解なぜ今?


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Yahoo!ニュースの罪
『ウェブニュース 一億総バカ時代』
2016.01.06 Wed l ネット l top ▲
同じことのくり返しになりますが、昨日(1/4)、自サイトがメインのキーワードで90位に下落しました。前回の記事(12/25)のあと、50位前後まで”回復”していたのですが、再び90位に下落したのです。こうして1週間から10日前後で下落・”回復”をくり返しています。

しかも、順位は徐々に落ちています。7位~20位で始まり、20位~40位、30位~50位、40位~70位、50位~90位と右肩下がりに下降しているのです。

で、昨日、私は、いつものようにサイトを更新しました。と言っても、別にむずかしいことをしたわけではありません。h1タグのみ使っていたトップページに、h2とh3を加えただけです。すると、ほどなく再び50位に戻ったのでした。これは今にはじまったことではありません。次回は逆のパターンをすればいいのです。いつもこのくり返しなのです。

Google には、順位が一定の期間で上下をくり返すヨーヨー現象というのがありますが、たしかに自サイトの事例はヨーヨー現象と言えばそう言えるでしょう。しかし、通常言われるヨーヨー現象にしては、その間隔があまりにも短い気がします。また、hタグの付け替え程度でヨーヨーが起きるというのも、あまりにも単純すぎてちょっと理解しがたいものがあります。

なんらかのフィルターがかけられているのは間違いないでしょうが、どうしてフィルターをかけられたのか、さっぱりわかりません。どう考えても理不尽な気がしてならないのです。香港で中国共産党に批判的な書店の関係者5人が相次いで失踪したというニュースがありましたが、それと同じで、突然秘密警察がやって来て、理由もなく拘束されたような感じです。

でも、SEO関連のサイトなどは、それにはちゃんと理由があると言うのです。彼らはなんでもわかったふりをするのです。わかったふりをすることがSEOなのでしょう。

SEOでは説明できない”不可解な現象”をどうして指摘しないのか。Google のアルゴリズムが、普遍的な価値に基づいた公平で公正なものであると本気で思っているのでしょうか。

今のウェブは、Googleが支配する全体主義国家のようなものです。言うなればSEOは全体主義を称賛することしかできない床屋政談のようなもので、それがSEOをしてバカバカしいと思うゆえんです。
2016.01.05 Tue l ネット l top ▲
先日(12/17)の記事から数日後、自サイトはPC検索で90位台までさらに下落しました(モバイル検索は70位台)。もう見事としか言いようがありません。ここまで落ちると、逆に清々しささえ覚えます。

考えてみれば、今年の4月までPC・モバイルともに4~6位でした。その状態は10年間つづいていました。それがわずか半年ちょっとであれよあれよという間に90位台まで下落したのです。

もちろん、通常の更新以外に、サイトになにか手を加えたわけではありません。どうしてこんなに下落したのか、その理由をGoogle に訊きたい気がします。

さしずめSEO業者であれば、Google の「品質ガイドライン」に沿ったサイト作りをしてないからだと言うのでしょう。そして、牽強付会に、あれこれ”問題点”を上げていくのでしょう。あるいは、順位を決定するアルゴリズムは日々進化しているので、従来のやり方がいつまでも通用すると思っているのが間違いだ、というような常套句で煙に巻くのかもしれません。

一方で、モバイル検索のトップページ(1位~9位)で、モバイル対応しているサイトが3つしかなく、あとはモバイル未対応のサイトで、しかも、それらの多くは、4月21日のモバイルフレンドリー以降にトップページに登場したとか、モバイルフレンドリー以降、モバイル未対応にもかかわらず大幅に順位を上げたのは、Google のアドワード(スポンサー)サイトか公共団体のサイトばかりだという、“不可解な現象“があるのです。しかし、そういった現象に対して、彼らが的確な説明をしているのを見たことがありません。

検索順位の上位をめざし、そのノウハウを提供するというのなら、Google のガイドライン云々以前に、そういった”不可解な現象”をどう捉えるかという視点も必要ではないでしょうか。

自サイトに関しても、ここまで順位が下がるというのは、なんらかのペナルティを科せられたのは間違いないでしょうが、だからと言って、合理的な理由があるわけではないのでしょう。もちろん、Search Consoleに、”警告”のメッセージは来ていませんし、「HTMLの改善」でも「サイトでコンテンツの問題は検出されませんでした」となっています。

ネットに飛び交っているSEO話なんて、気休めにもならない与太話にすぎないのです。「品質ガイドライン」などに関係なく、検索と広告の「一体化」によりSEOは無効になった、無効になりつつあるのだと思います。それがGoogle がめざすこれからの検索の姿なのです。
2015.12.25 Fri l ネット l top ▲
シール12月16日1
シール12月16日2


上は、昨日、「シール」のキーワードで検索した際、表示されたPC検索のトップページの画像です。

同じサイトの明らかに意図的に似せたタイトルのページが6位と7位に並んで表示されていました。こういった現象は昨日に限った話ではありません。今年の4月21日のモバイルフレンドリー以後、同じような現象がほぼ日常的に起きています。とても単なるハグとは言い難い現象なのです。

一方、(自サイトの例を出すと、単なる愚痴だと受け取られかねないので気がひけるのですが)自サイトは「シール」のキーワードで10年以上トップページを維持していたものの、4月21日以降、トップページから転落。現在、PC検索で50位、モバイル検索で35位に低迷しています。もちろん、モバイルフレンドリーにも適応済みで、モバイル検索のページでも「モバイル対応」のラベルが付けられています。にもかかわらず大幅な下落に見舞われたのでした。

しかも、その下落には“不自然“と言ってもいいようなパターンがありました。最初は20位くらいに下落しました。それで、サイトを更新すると、10位くらいに戻りました。しかし、1週間から10日経つと、25位に下落。再び更新すると15位に戻り、それから30位、40位、50位、60位、80位と段階を追って順位が下がっていったのでした。今も更新すると、1週間から10日順位が戻る現象はつづいています。また、モバイル検索も、同じパターンで、常にPC検索より10~15位上に表示されています。

これはなにを意味するのでしょうか。やはりなんらかのペナルティを科せられたのか。

先日、Google が検索結果の品質を評価するガイドラインの完全版を公開したというニュースがありました。しかし、私たちは、そういった”公式見解”ではなく、その裏にある邪悪なシステムにこそ目を向けなければならないのです。収益の9割を広告で稼ぐ一企業が、検索で圧倒的なシェアをもち、ウェブを統御している、その不健全な現実をこそ直視する必要があるのです。

ちなみに、皮肉と言うべきか、マイクロソフトのBingでは、自サイトはここ数日「シール」で1位に表示されています。もちろん、Google とBingで順位が違うのは当然です。でも、どうしてここまで順位が違うのかと思わざるをえないのです。それは、自サイトだけではありません。Google で圏外に飛ばされているサイトも、Bingでは上位に表示されています。また、Bingでは上の画像のような一部のサイトに見られるおかしな現象もありません。

なによりGoogle の品質ガイドラインに照らせば、上の画像のようなサイトこそ、故意に過剰な操作をおこなったとしてペナルティが課せられてもおかしくないのです。でも、現実は逆です。なぜなら上のサイトは、Google のスポンサー(アドワーズ)サイトだからです。

独裁国家であっても、一見民主的な権利を並べたような憲法を制定しているのが常です。「民主共和国」を謳っている国が、独裁国家である例はいくらでもあります。Google のガイドラインもそれと似たようなものかもしれません。

SEO関連のサイトがバカバカしいのは、あきらかにおかしな現象に対しても、Google の”公式見解”をそのまま鵜呑みにして、まず結論ありきで帰納的に説明するだけで、その裏にある邪悪なシステムに誰も触れようとしないことです。おかしいということさえ誰も言わないのです。それでは、Google の腹話術師と言われても仕方ないでしょう。


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2015.12.17 Thu l ネット l top ▲
先日、朝日新聞の「学びを語る」というシリーズ企画に、「ネットの万能感 『世間を知っている』と自信過剰に」という情報教育アドバイザー・遠藤美季氏のインタービュー記事が出ていました。

朝日新聞デジタル
(学びを語る)ネットの万能感 「世間を知っている」と自信過剰に 遠藤美季さん

「2012~13年の厚生労働省研究班の調査によると、ネット依存の傾向がある中高生は全国に推計約52万人いる」そうです。

しかし、これは中高生に限った話ではないのです。中高生と一緒に、2ちゃんねるやニコ動に常駐している、いい年したニートやフリーターのなんと多いことか。

今やフリーターの第一世代は50代に入ったのです。彼らの特徴は、「世間話」ができないことです。彼らには「世間」がないのです。「世間」や「社会」に対して基本的な経験や知識が欠けているからです。

そのためによけい、ネットで得た知識によって、誰よりも世の中を知っていると思い込み、2ちゃんねるやニコ動で攻撃的な書き込みをすることで、他人を支配したつもりになり、「万能感」に酔い痴れ、自分が大きくなったつもりになるのです。そこにあるのは、ネット特有の夜郎自大な性向です。ヤフコメも同じですが、それではますます社会と乖離し適応できなくなるのは当然でしょう。

一方でネットには、社会に適応できないことが自由だと勘違いさせる、そんな自己を合理化する”屁理屈”も用意されているのです。特にネットの黎明期には、その手の言説があふれていました。たとえば梅田望夫氏なども、『ウェブ進化論』で、リアル社会に適応できなくても、ネットで充分特化した生き方ができるなどとさかんに喧伝していました。もちろん、現実がそんな都合のいいものではないことは言うまでもありません。

それに、彼らの唯一の情報源であるネットにしても、多分に人工的に工作されたものでしかないのです。まして、ネットに”自由な言論”があるとかネットこそ真実なんて思っている人間は、あまりにも能天気だと言わざるを得ません。

『紙の爆弾』(鹿砦社)12月号に掲載されていた「世論を動かすアメリカの情報操作 『サイオプス』の正体」という匿名座談会に、つぎのような発言がありました。サイオプスというのは、サイコロジカル・オペレーションの略で、アメリカ国務省が指揮するアメリカ陸軍の「心理作戦」のことです。作戦を担う特殊部隊は、1万人規模の組織だとか。

X(引用者註:軍事ジャーナリスト) 九月に日本最大手のポータルサイト「Yahoo!」が、嫌韓を煽るからと「サーチナ」との契約を解除した。ところが、嫌韓や嫌中を煽っていたのはサーチナじゃなくて「レコード・チャイナ」(レコチャイ)で、こっちが国務省資本のサイオプス部隊といわれているんだ。だいたいサーチナはソフトバンクの孫正義が所有している。むしろ、レコチャイの情報工作を円滑にするために、潰すように圧力をかけられたとしか思えないんだよ。
Y(引用者註:週刊誌記者) 実際、中国共産党の批判を辿っていくと、だいたいネタ元はカナダのネットニュースサイト「エポックタイムズ」、日本語名の「大紀元」なんだよ。もともとは文化大革命に亡命した華僑という触れ込みだが、経営しているのはアメリカ国務省。法輪功の信者を死刑にして臓器売買をしているとか、共産党の腐敗や賄賂といった情報は、ここから発信されている。とはいえ中国政府に批判的な大紀元のニュース発では信憑性が薄くなる。そこでレコチャイが情報の受け手となって情報のロンダリングをしてきた。


レコチャイは、嫌中のニュースを2ちゃんねるのスレッドに立て、ヘイトな書き込みを煽り、系列のまとめサイトがその書き込みを掲載して拡散するのだそうです。また、中国の掲示板でも中国のユーザーを挑発して、「反日」的な書き込みを煽り、それを記事にして日本で配信するのだとか。Yahoo!の国際ニュースのアクセスランキングで上位を占めているのは、そんな煽り記事ばかりです。

そんなアメリカの情報工作のお先棒を担いでいるのが、自民党のネットサポーターズクラブ(J-NSC)です。約1万人いると言われる会員たちが、従属思想を「愛国」と言い換え、日々嫌中嫌韓の書き込みをして、安倍政権に批判的な書き込みや記事を「反日」として炎上させるべく工作しているのです。

それが、ネットでなんでも知っているつもりになり、「万能感」に酔い痴れている者たちが拠り所とする情報の実態なのです。
2015.11.23 Mon l ネット l top ▲
Google のパンダアップデートがはじまったとき、シールの通販をしていたあるサイトが検索ページから姿を消しました。それまでメインのキーワード(シール)で2ページ目(11~20位)に表示されていたのですが、どこを探しても見つけることができません。圏外に飛ばされたのです。

そのサイトで使われていた商品画像は、メーカーの画像をそのままコピペしたものでした。また、商品の説明文も、多くはメーカーの説明文を流用していました。その意味では、Google の言う典型的な「低品質なサイト」と言えます。そのためにパンダアップデートの餌食になったのは間違いありません。

しかし、オリジナルの商品を扱ってない小売店がメーカーの商品画像や説明文を流用することは、通販サイトではよくあることなのです。サイトの管理人にしても、別に悪意があってやっていることではないでしょう。それに、リアルな店舗ではそんなことは常識で、販促のために、メーカーがみずから作成したポスターやポップを小売店に提供しているケースさえあります。

ところが、リアル店舗では常識なことでも、ネットだと「悪意のある行為」と看做され、ペナルティが課せられるのです。でも、それはあくまでGoogle の基準にすぎません。Bingでは、件のサイトはペナルティを課せられることなく、ずっと2~3ページ目に表示されています。

Google は、同じ画像を異なったサイトが使うと、ネットが混乱してユーザーを惑わすからというようなことを言ってますが、だからと言って、Google のように「低品質なサイト」を締め出してないBingがユーザーにとって快適ではないのかと言えば、もちろんそんなことはありません。むしろGoogle よりバランスのとれた検索結果を提供しているくらいです。

このような独善的なGoogle の基準が、結果的に通販サイト、それも零細な通販サイトに非常にきびしいものになっているのは事実です。当初は、パンダアップデートは、検索の上位を占領しているまとめサイトなどを排除するための基準だと言われていました。しかし、蓋を開けてみたら、まとめサイトではなく通販サイトが標的になっていたのです。

現在もパンダアップデートが進行中で、パンダアップデートは終了するまで数ヶ月かかるとGoogle は表明しています。そのためか、Google の検索ページは、(何度も同じことを書きますが)同一サイトの似たようなページが重複して表示されるなど、混乱した状態がつづいています。しかも不思議なことに、ページが重複して表示されているサイトの多くは、アドワーズのスポンサーサイトです。

Google に言わせれば、まだアップデートが終了してないので「テスト中」ということになるのかもしれませんが、であればこれほどユーザーを愚弄した話はないでしょう。これではハンドルもブレーキも効かない未完成車を公道で走らせて「テスト」しているようなものです。もしかしたら、交通ルールはオレたちが決めるので、公道で「テスト」しても構わない、ほかの車にぶつけても構わない、と思っているのかもしれません。

Google は数ヶ月前から検索エンジンに「RankBrain」という人工知能を導入しているそうで、さっそくネットの事情通たちは「すごい」「すごい」と大騒ぎしていますが、私にはただのお粗末な暴走車にしか見えません

SEOのサイトを見ても、大半はGoogle の「品質に関するガイドライン」をコピペした、まるでGoogle の腹話術師のようなサイトばかりです。しかも、その多くはアフィリサイト向けのSEO話にすぎず、通販サイトにとって参考になるような情報はほとんどありません。そもそも、「NPO、公共団体、教育機関、法人(スポンサー)企業」を優遇するという前提を問題にしない限り、「1位になるための対策」なんて意味がないのです。
2015.11.14 Sat l ネット l top ▲
昨日、Business Journalに、宮永博史・東京理科大学大学院MOT(技術経営専攻)教授の「iPhoneの広告ブロック機能、グーグルに大ダメージ?高いiPhone依存が急所に」という文章が掲載されていました。

これは、既にロイターなども伝えていますが、アップルがiPhoneなどで広告をブロックできるようにする(具体的には、ブロックするアブリのダウンロードを解禁する)方針を打ち出したことについて書かれたものです。

Business Journal
iPhoneの広告ブロック機能、グーグルに大ダメージ?高いiPhone依存が急所に

REUTERS ロイター
米アップル、iPhoneでの広告ブロック容認 グーグルに打撃

BLOGOS
iPhone新製品に広告ブロック機能、広告一辺倒ビジネスの終わりの始まり?

ダウンロードしたアプリにくっついてくる広告がうざいというのは、誰しもが思うことで、その広告をブロックすることが可能になったというのは、iPhoneユーザーにとっては歓迎すべきことでしょう。

記事にもあるように、既にアップルの最新OS・iOS 9に「標準搭載されているブラウザ・ソフトのSafariには、広告をブロックする拡張機能が追加されており、専用のアプリをインストールすると広告をブロックできる」そうです。同時に、楽天やヤフオク!やAmazonなどで商品をクリックすると、その商品の広告がいつまでもつきまとってくる行動ターゲティング広告(その基になるユーザーの行動を追跡するトラッキング機能)も拒否できるそうです。これらはパソコンでは従来より可能でしたが、モバイルにおいても可能になったのです。

今後スマホやタブレットなどモバイルがネットの主流になるのは間違いなく、当然ネット広告もモバイルが主戦場になると言われています。Google がパソコン検索とモバイル検索を分離し、モバイル検索ではスマホに対応したモバイルフレンドリーのサイトを優遇すると表明したのも(実際はウソですが)、そういった流れを視野に入れているのは間違いないのです。

アップルがこのような大胆な方針を打ち出した背景には、広告に依存しない収益構造をもっているからです。アップルの収益の70%はiPhoneなど端末代で、残りはアップルストアの売上だそうです。アップルは広告に頼らなくてもいいのです。

一方、アップルの方針によって大きな打撃を受けるのがGoogle です。Google は、アップルと違って収益の90%がアドセンスなどの広告収入なのです。しかも、モバイルのブラウザのシェアを見ると、日本ではGoogle (android)が強いのですが、世界的にはSafariが45%とトップで、アップルとGoogle のシェアはほぼ互角なのです。

さらに、記事にあるように、ゴールドマンサックスの調査によれば、2014年のグーグルのモバイル広告収入118億ドル(約1兆4,600億円)のうち、実に75%の90億ドル(約1兆1,100億円)がiPhoneからのアクセスによるものだそうです。今回の方針が、Google にとって大きな打撃になるのは間違いありません。

ネットでは、アップルの方針によって、広告一辺倒のネットのビジネスモデルが終わりを告げるのではないかという声がある一方で、ユーザーにとってネットの”無料経済”はもはや当たり前のことになっており、それから脱却することは考えられないので、”無料経済”を支えている広告の”ありがたみ”をユーザーが再認識するきっかけになり、結局元の木阿弥になるのではないかという楽観的な見方もあります。

でも、今回のアップルの方針が私たちに突き付けた問題の所在は、そういったところにあるのではないと思います。

先日、ヤフーがソニー不動産と資本・業務提携したことに伴い、「大手不動産業者で組織する不動産流通経営協会(FRK)」が、「不動産情報サイト『Yahoo!不動産』を運営するヤフーへの物件情報の提供を12月10日に打ち切る」というニュースがありました。理由は、ポータルサイトの中立性を損なうヤフーの姿勢を疑問視したからだそうです。

CNET Japan
不動産業界団体、ヤフーへの情報提供を打ち切り--ポータルとしての中立性を重視

これは、広告においても同じでしょう。検索サイトが同時に広告業者を兼ねるという現実に対して、当然検索の中立性に疑問をもってもいいはずです。欧州委員会が再三指摘しているのも、まさにその点なのです(Google が、Google ショッピングに登録しているスポンサーサイトが上位に表示されるように検索順位を操作しているという疑惑です)。でも、日本ではなぜかそういった声がまったく出てこないのです。

言うまでもなく、検索順位を決めるアルゴリズムは、Google が独自に開発したものです。Googleのさじ加減ひとつで、いくらでも順位の操作が可能なのです。まして、Google は、収益の90%を広告収入に頼る広告業者でもあるのです。YouTubeやGoogle マップなどGoogle のサービスは広告のためにあるのです。それは検索も同じで、検索だけが中立なんてあり得ないでしょう。

たとえば、通販サイトが、メーカーの商品画像や商品名や商品の説明文を流用したり、同じ商品画像を使ってカテゴリー別や売れ筋(ベスト10)など別のページを作ることは、重複コンテンツと看做され、順位を下げるマイナス要因になるというSEO の“常識“がありますが、そんなのはすべてウソです。

いや、正確に言えば、私たちのような零細なサイトにとっては、たしかにそれらはマイナス要因になっています。しかし、「NPO、公共団体、教育機関、法人企業」には関係ないのです。

その証拠に、大手の通販サイトはメーカーの商品画像や説明文を堂々と流用していますが、まったく関係なく検索の上位に掲載されています。零細なサイトが同じことをおこなったら、大きく順位を下げるでしょう。実際に、モバイルフレンドリーが実施された今年の春以降、その傾向が強くなりました。一方、「NPO、公共団体、教育機関、法人企業」のサイトでは、逆に重複コンテンツとしか言いようのないページが並んで表示されている事例がいくらでもあります。

すべては広告がらみの思惑によるものなのでしょう。考えてみれば、検索に公平性や中立性が担保されているというのは、何の根拠もない話です。「そうあるべきだ」と”希望的観測”で勝手に思っているだけです。

最近のGoogle とマイクロソフトのBingの検索を比べると、Bingのほうがはるかにまともに見えます。Bingには、Googleによってペナルティを受け圏外に飛ばされたサイトもちゃんと掲載されています。それに、Google のように同じサイトのページが重複して掲載されるという”珍現象”もありません。もちろん、前も書いたように、「シール印刷」のアドワーズ(スポンサー)サイトが上位を占めるという不自然な現象もありません。どちらがユーザービリティにすぐれているかは一目瞭然でしょう。

Google のDon’t be evil(邪悪にならない)というスローガンには、マイクロソフトに対する皮肉が込められていたと言われていますが、今やそれが逆になっているのです。これこそ皮肉なことはないでしょう。

Google は、アップルの方針に対抗して、早速広告をブロックできないようにするアプリの配布をはじめたそうです。これなどもGoogle のアロガントな姿勢を示していると言えるでしょう。広告頼りの危機感がますますGoogle を邪悪にしているのです。


関連記事:
LINEとGoogleが示すネットの現実
Google がめざす「検索の終わり」
これからの検索の方向性
2015.11.02 Mon l ネット l top ▲
先日、下記のような 記事が目に付きました。

Yahoo!ニュース
日本人のTwitter好き「異常」

 Twitter Japanの笹本裕代表は「日本は『バルス』で最高秒間ツイート記録を持つなど、世界的にも“異常”なほどTwitterがよく利用されており、本国の社員から『どうして日本人はこんなに使うの?』と聞かれることもしばしば。普及具合、活用の幅などあらゆる点で世界をリードしている」と話す。


おそらくそれは、日本人は、外国人に比べて、(文化的に)他人とのコミュニケーション能力に劣るところがあるからではないでしょうか。

昔、2ちゃんねるに常駐している人間のことを「一行バカ」と言った人がいましたが、さしずめ今は「140文字バカ」の時代なのです。もちろん、それはツイッターだけではありません。ヤフコメなども同様ですが、お手軽に一行か二行で”自己主張”する傾向はネット全体に蔓延しているのです。

文章を書くことは、同時にものを考えることでもあります。文章を書くなかで、ものの考えがより深まっていくのはよくあることです。でも、ツイッターなどは、ものを考えることにはつながりません。言うなれば、捨て台詞を吐くようなものです。面と向かっては吐けないけど、顔の見えないネットではいくらでも吐けるのです。それが、建前と本音を使い分けて生きる日本人には向いているのかもしれません。日本はほかの国に比べてイタズラ電話が多いそうですが、ツイッターで他者攻撃をするのは、イタズラ電話と似たものがあるのかもしれません。そして、「140文字バカ」たちは、負の感情を元手にした(ひとりよがりの)全能感に酔い痴れるのでしょう。

このブログの記事も、知らない間にはてなブックマークなどに引用され、一行か二行のコメントを付けられることがありますが、いらぬおせっかいで迷惑な話です。ときどきはてなブックマークを拒否することはできないのだろうかと思うことがあります。私は、そういう「双方向」なんてまったく信用していません。

たしかに、ツイッターは「電車の遅延や地震の発生」などの際、身近な情報として役立つ面がなきにしもあらずですし、企業などの情報発信ツールとしてもそれなりに有効だとは思いますが、一方で、ツイッターがネットの”自己表現”をお手軽に劣化させたのも事実でしょう。

ツイッターが招来した捨て台詞を”自己表現”と勘違いする時代。ツイッターが登場した際、「『論壇』がネットを中心に『復活』しつつあり、その『突破口』になっているのがツイッターだ」と宣った”痴識人”(東浩紀ですが)のことが今さらながらに思い出されてなりません。


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ツイッター賛美論

2015.09.15 Tue l ネット l top ▲
先日、FC2からメールが届きました。以下がその内容です。

平素は、FC2(fc2.com)をご利用いただき、誠にありがとうございます。

日本の一部のマスメディアからFC2創業者が、国際警察機構(ICPO)を通じて国際指名手配を受けたという報道がなされておりますが、誤報であることを当該マスメディアからの文書で回答を受けております。

FC2は、従前と変わらぬようコンプライアンスを重視しユーザー様のご要望・ご期待に沿えるよサービスを提供して行く所存です。

今後ともFC2をよろしくお願いいたします。

FC2(fc2.com)は、今後もユーザーサイドの視点で、利用者の皆様が快適にお使いいただけるよう努めてまいります。

FC2, Inc.


もしFC2の言うことがホントなら、むしろ犯罪を犯しているのは、メディアのほうでしょう。メディアは、警察のリークで記事を書いたのでしょうが、何の裏付けも取らずに、みんなで渡れば怖くないとばかりに、揃って”飛ばし記事”を書いたのでしょうか。たしかに、ICPOを通じて国際指名手配したというわりには、続報がないのです。

折しも、ハンガリーの南部の町で、国境を越えてきた難民の子供や子供を抱いた男性に対して、取材中の地元テレビ局の女性カメラマンが足を蹴ったり足を引っかけたりして転倒させている映像が波紋を呼んでいますが、その映像を見ながら、もし日本に朝鮮半島から難民が押し掛けてきたら、日本のメディアはどう報道するのだろうと考えないわけにはいきませんでした。ヨーロッパの多くのメディアのように、最低限の客観性を保ちながら報道できるでしょうか。こんな”飛ばし記事”を平気で書くようなメディアに、最低限であれ客観性を求めるのはないものねだりのような気がしないでもありません。

難民を足蹴にしたカメラマンが所属するテレビ局は、移民排斥を主張する極右のインターネットテレビだったそうですが、私はそれを聞いて、フジサンケイグループを連想しました。

産経新聞は、昔は取材をしないで記事を書くイメージがいつもつきまとっているような”二流新聞”(謂わば一般紙のなかの東スポのような扱い)でしたが、ネットの時代になるとなぜかメジャー扱いされるようになったのでした。Yahoo!ニュースでも政治関連のトピックスでは(特に中韓に関する問題や重要な政治テーマのときは)、産経の記事の掲載が際立っています。それが、”ネット世論”がヘイトでゆがんだものになっている一因でもあるように思います。

フジテレビは、数年前に、赤字を垂れ流している産経新聞を牛丼のすき屋(ゼンショーホールディングス)に売却しようとしたのですが、ゼンショーの都合でとん挫したと言われています。私は、産経の身売りが不調に終わったことが未だ悔やまれてなりません。産経新聞は”牛丼屋の新聞”こそふさわしい気がします。

私は、毎朝、「めざましテレビ」を見ていますが、加藤綾子アナのあのさわやかな笑顔の背後に、排外主義的なナショナリズムを掲げ、戦争を煽っているフジサンケイグループの”「正論」路線”が控えているのかと思うと、一種のおぞましささえ覚えてなりません。

メディアが警察のリークで”飛ばし記事”を書くと、日ごろマスコミを”マスゴミ”呼ばわりしているネット住民たちも、記事を鵜呑みにして、いっせいに”FC2叩き”に走るのでした。まさに踊る(踊らされる)アホの典型ですが、もしかしたら、既にFC2の創業者兄弟も「在日」認定されているのかもしれません。

ユーザーのひとりとして、FC2にはがんばってもらいたいと言いたいです。ライブドアのような”火事場泥棒”に負けるな、はてなのような”偽善者”に負けるなと言いたいです。たとえ、わいせつ動画に関与していたとしても、です。

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ブログの移転
2015.09.13 Sun l ネット l top ▲
先日の記事で、PCでは広告を非表示にできるけど、スマホでは広告を非表示にできないというライブドアブログの”巧妙”な仕様について書きましたが、ところがそこには露骨な”区別”が存在していたのです。

スマホで広告の表示を拒否できないのは個人のユーザーだけで、「NPO、公共団体、教育機関、法人企業」は、スマホでも広告を拒否できるのだそうです。ライブドアの公式ブログでも、「『広告非表示プラン(無料)』は、NPO、公共団体、教育機関、法人企業を対象としたプランで、PC、スマートフォン、ケータイでの広告は非表示となります」と記載されていました。

ここにも、ネットの秩序化・リアル社会化・権威化の流れが示されていると言えます。さすがLINEで、機を見るに敏だなと思いました。

これはGoogleの検索も同じです。モバイルユーザーが見やすいサイト、つまり、モバイルフレンドリーにしないと検索順位を下げるとさんざん脅された挙句、4月21日にいざ蓋を開けてみたら、モバイルフレンドーに対応してないサイトが突如、下位から「飛び級」でトップページに登場してきたのでした。それも、ひとつやふたつではありません。しかも、その”異変”はPCだけではありません。肝心なモバイルの検索においても同様でした(さらに現在は、PCもモバイルもほとんど順位に違いがなくなりました)。

モバイルフレンドリーにしないと順位を下げるというあのGoogle の警告は一体なんだったのか。モバイル検索の1ページ目に表示されているサイトのなかでも、「スマホ対応」のサイトは2~3つしかありません。

「飛び級」で登場したサイトを見ると、見事なほどLINEの方針と重なります。「NPO、公共団体、教育機関、法人企業」など、Google が言うオーソリティサイトばかりです。しかも、「法人企業」の多くは、Google のアドワーズユーザー(広告主)です。

ネットの収益源は未だに広告頼りで、それはGoogle もLINEも事情は同じです。そう考えれば、ネットの秩序化・リアル社会化・権威化は当然の流れとも言えるのです。

そんな流れのなかで、モバイルフレンドリーに見られるように、個人ユーザーはいいように振りまわされ、いいようにコケにされるだけなのです。Google はよく「ユーザービリティ」ということばを使いますが、それは自分たちの都合をそう言い換えているにすぎないのです。

歌田和弘氏によれば、Google の”Don't be evil”という有名な理念について、スティーブ・ジョブズは、「うそっぱちだと激しく怒っ」ていたそうです。

歌田和弘の『地球村事件簿』
グーグルに対して怒りまくったスティーブ・ジョブズ

また、特許侵害をめぐってGoogle と抗争中のオラクルのCEO・ラリー・エリソン氏も、同様の発言をしているそうです。オラクルの場合、目クソ鼻クソという感じがしないでもありませんが、少なくとも実際のビジネスの現場では、GoogleもただのEvilな会社にすぎないということなのでしょう。

バカのひとつ覚えのように、Google が「すごい」「すごい」というだけのネットの事情通たち。Google がロゴを変えると、まるで大事件であるかのようにいっせいに書き立てる事大主義。なかには、Google の誰々が妊娠したなどとという記事を書いていたSEO業者までいました。


「シール」検索結果1
「シール」検索結果2

これは、本日、「シール」でPC検索したトップページの画像です。ずらりと並んだ「シール印刷」のタイトル。SEOではタイトルが検索順位に大きく影響すると言われていますが、これが世界中の優秀な頭脳が集まって開発したパンダやペンギンやモバイルフレンドリーの現実なのです。
2015.09.02 Wed l ネット l top ▲
FC2ブログ


このブログは、ご覧のとおりFC2のサービスを利用しています。2014年のニールセンの調査によれば、PCからの利用者数では、FC2は月間平均22445千人で、Yahoo!・Google につづいて3番目です。ただ、最近はスマホからの利用者が増加して(逆にPCは10~20%減少)、ネットサービスの主戦場がスマホに移りつつありますが、スマホになるとFC2は10位に下落するのです。

ニールセン
ニールセン2014年 日本のインターネットサービス利用者数ランキングを発表

そういった焦りもあったのか、FC2の実質運営会社の社長や創業者の弟など関係者が、動画投稿サイトのFC2動画において、投稿されたわいせつ動画を投稿者と「共謀」してサーバーに保存し配信したとして、わいせつ電磁的記録媒体陳列の疑いで、3度逮捕される事態になっています。そして、今度はアメリカ在住の創業者にも逮捕状が出され、指名手配されたというニュースがありました。報道によれば、FC2は単に配信の”場”を提供しただけでなく、「投稿の配信で得た利益を投稿者と折半する契約を交わす」など、積極的に関与していたのだとか。

22445千人のかなりの部分は動画などの利用者で、そういったエロ目的の利用者から得た利益によって、FC2が提供するさまざまな無料サービスが成り立っており、私たちがそれをありがたく利用しているわけです。タダでサービスを利用しながら、FC2の”違法行為”をけしからんと言うのもどうかなと思いますが、ブログを利用する身としては、ブログサービスの行く末に一抹の不安を抱かざるをえないのは事実です。

仮にFC2の経営が行き詰ったとしても、これほど多くの利用者がいるサービスがおいそれと消えることはないと思いますが(ライブドアブログのように、ほかの会社が受け継ぐ可能性が高いとは思いますが)、ただ、ネットの場合、ある日突然、サービスが停止ということもなくはないのです。実際に、私もFC2の前に、同じような災難に遭った経験があります。

このブログは曲がりなりにも10年つづけていますので、10年間の記事がすべて消えるというのはやはり忍びがたいものがあります。それで、万一のことも考え、ネットで情報を収集していたら、ライブドア公式ブログのなかに、「FC2ブログからライブドアブログへのお引っ越しの方法」というのを見つけました。その日付から見ても、摘発を受けてのFC2ユーザーの動揺を狙ったものとしか思えません。抜け目がないのです。

試しに手順に従ってやってやってみたら、拍子抜けするくらい簡単に移転ができました。

ライブドアのブログ
http://sealmania.blog.jp/
※削除しました。リンクが切れています。

移転にかかった時間は、10分程度でした。ただ、自分でカスタマイズしている部分がありますので、その部分を手作業で修正しなければならず、完全に移転するにはもう少し時間がかかります。

と言っても、実際にライブドアに移転するかどうか、まだ決めかねています。私は、ブログに広告が表示されるのが嫌なので、FC2は広告が表示されない有料サービスを利用しているのですが、ライブドアの場合、有料サービスがないのです。前はあったみたいですが、現在は有料サービスが廃止され、パソコン版に限っては無料でも広告が表示されなくなったそうです。それはそれで画期的なサービスだと思いますが、しかし、その代わりスマホ版の広告が拒否できなくなったのです。

ブログの利用者がPCからスマホに移っていることを睨んで、PCの広告は非表示にするけど、これから主戦場になるスマホの広告は非表示にすることができないようにするというライブドアのやり方は、さすがに親会社がLINEだけあって、なかなか巧妙だなと思います。とは言え、広告が拒否できないシステムには、やはり違和感を抱かざるをえません。

私自身は、FC2のブログは使い勝手がよくてすごく気に入っています。ただ今後のことが不安なだけで、できればこのまま使いたいというのが本音です。

それにしても、今回のFC2の摘発をとおして、ネットの秩序化・リアル社会化をあらためて痛感されられた気がします。利用者数がYahoo!・Googleにつぐ第3位の会社でさえ収益源を”違法行為”に頼らざるをえないほど、ネットのビジネスモデルはきわめて脆弱で限られているのです。Google にしても、世界中の優秀な頭脳が集まっているとか言われ、今でこそさまざまなベンチャービジネスに触手を伸ばしていますが、現実は不透明な検索やユーチューブに見られるように、グレーなことをやって大きくなったのです。しかも、収益の大半は、未だに広告なのです。

そう考えれば、利用者数第3位とは言え、弱小会社であるがゆえに当局に狙い撃ちされた感のあるFC2には同情を禁じ得ません。なんとか踏ん張ってもらいたいけど、結局はいいように叩かれてボロボロになったところで、リアル社会のヒモ付きのどこか大手の会社に、ユーザーともどもタダ同然で買い取られるのかもしれません。もしかしたら既にそういう筋書きのなかで、FC2の運命が弄ばれているのかもしれないのです。
2015.08.27 Thu l ネット l top ▲
さらば、ヘイト本!


昨日のYahoo!トッピックスに、「鳩山氏、ひざまずき合掌」という見出しを見て、私は思わず心のなかで「出たっ!」と叫びました。と言って、お化けが出たのではありません。出たのは、Yahoo!ニュースお得意の排外主義を煽る嫌中憎韓の記事です。

Yahoo!ニュース
鳩山氏、ひざまずき合掌=植民地時代の刑務所跡で―韓国

記事自体は、時事通信から配信されたものですが、なかでもネット住人たちにインパクトを与えたのは、記事に添えられていた鳩山由紀夫氏が正座している写真でしょう。

別の記事には、土下座をして頭を下げているような写真もあり、実際に「土下座」ということばも使っていました。記事を受けて、コメント欄は鳩山氏への罵詈雑言で溢れていました。文字通り発狂していました。

Yahoo!ニュースにしてみれば、「してやったり」という感じなのかもしれません。これこそ三田ゾーマ氏ではないですが、「バカを煽って金儲けするウェブニュース」の典型と言えるでしょう。

どうしてYahoo!ニュースのコメント欄はバカばっかりなのか。それは、Yahoo!ニュースがページビューを稼ぐために、そんなバカたちを煽っているからです。コメント欄のレベルが、Yahoo!ニュースのレベルをよく表しているのです。

Yahoo!ニュース編集部の井上芙優氏は、『Journalism』(朝日新聞出版)に、「ニュースの“見られ方”“見せ方”の変容に因って、取材して書く・撮る人材“だけ”がジャーナリストを名乗っていた世界は変わろうとしている」「これからはどんなメディアでも、新人を育てるに当たって“取材をするから育つ”“取材しないから育たない”といった単純な対立軸に当て嵌めることはできない」(「取材をしない」ニュース編集部 いかに報道マインドを根付かせるか)と書いていましたが、私に言わせればよく言うよという感じです。

ちなみに、下記の「BUZZAP!」によれば、 鳩山氏の「ひざまずき」「土下座」は、「韓国では「クンジョル」と呼ばれる最上位の敬意を示す作法であり、屈服の意を示す土下座とは全く別物」だそうです。

BUZZAP!
鳩山元首相の韓国での謝罪を「土下座」と勘違いした一部ネット民が大発狂、実は韓国式の最敬礼「クンジョル」でした

こんなことは、調べればすぐわかるはずです。フジテレビも、如何にも土下座したかのようなニュースを流していましたが、Yahoo!ニュースやフジテレビのやり方は、しらばっくれた確信犯的な印象操作と言えるでしょう。そして、実はそれは、ヘイト本を作るやり方とそっくり同じなのです。

『さらば、ヘイト本!』(ころから)では、実際にヘイト本の「製造」に携わった元編集者たちが、その内幕を語っていました。

編集プロダクションの社員のもとに、クライアントの出版社から届いた企画書には、「保守層や韓国に批判的な層が留飲を下げる目的で作る」と書いていたそうです。その企画書に基づいて、編集者がまずやったのは、韓国の中央日報や朝鮮日報、聯合ニュースの日本語の電子版にアクセスして、日本を非難している記事を片端から拾い集めることだったそうです。それがヘイト本のネタになるのです。もちろん、その場合、日本を褒めているような記事はいっさい無視するのが鉄則です。

と言っても、編集者は、思想的には無色です。宝島社からの依頼で、ヘイト本を作っていた編集者の某氏が心がけていたことは、「読者ではなく、版元の担当者に納得してもらうものを作る」ということだったそうです。そこには「愛国」も「憂国」もないのです。ただ、”嫌中憎韓”を金儲けの手段にする無節操な商売人のソロバン勘定があるだけです。

ヘイト本は、もともとでたらめな世界なので、裏取りは必要なく、ネットで拾ってきた情報をネタに、もっともらしく記事に仕立て上げさえすれば、いとも簡単に本ができる、元手がかからないおいしい商売でもあるのです。

初期のネトウヨたちのバイブルになった山野車輪の『マンガ嫌韓流』(晋遊舎)も、「嫌韓流のネタは編集者がネットで探して何の知識も素養もない山野に伝えた」そうです。なんとそれからあの「嫌韓流」のシリーズがはじまったのです。

── 山野車輪は、こういったものに知識はなかったのですか。
「要するにネットだけです」
── 確信犯的に。
「もともとネット上に漫画はあったんですが、間違いだらけだったり」
(略)
── 山野サンは誰が見つけてきたんですか?
「これも、いま原作をやっている人が会社をやめているんですが、彼がネットで見つけてきたんです」
(略)
── 山野さんはどんな人物ですか。やっぱり、こういうようなことを自らネットに上げていたぐらいですから、本人も嫌韓なんですか。
「本人は、そうじゃないと言うんですけど、そんなに物事を掘り下げて考える人ではないので。もともと漫画をちゃんとやりたかった人です」


「ネトウヨは本を読まず、動画をメインとして情報を仕入れるので」、雑誌の記事もタイトルと目次しか読まないとか、いくらヘイトな番組を流しても、テレビのワイドショーの視聴者は、ヘイト本の読者にはならないとか、なるほどと思える話もありました。

売れりゃなんでもいい。そんな考えに立てば、「溜飲を下げる目的」という企画書に見られるように、負の感情を煽って売るのがいちばん手っとり早いのです。それは、Yahoo!ニュースも例外ではありません。

しかし、ヘイト本が、ヘイトスピーチに見られるように、(民族間の)憎しみを生み出し、それを煽っていることは事実です。ただ金儲けのために、ヘイト本を出している思想的には無色の編集者や、ページビューを稼ぐために、排外主義や差別を煽る記事をあえてトップページにもってくるYahoo!ニュースの編集者たちは、そのことにあまりにも無自覚だと言えるでしょう。

でも、無自覚であることは罪なのです。ハンナ・アーレントが言うように、「悪は悪人が作り出すのではなく、思考停止の凡人が作る」のです。「売れりゃなんでもいい」のか。ページビューを稼げればなんでもいいのか。所詮、馬の耳に念仏なのかもしれませんが、Yahoo!ニュースのジャーナリスト気取りの編集者たちにそう問いたい気がします。

もっとも、嫌中憎韓のヘイト本は売れなくなっており、業界的には「オワコン」なのだそうです。ヘイト本に代わるのは、テレビ東京的慰撫史観の書籍版だとか。日本(日本人)は世界中でリスペクトされているというあれです。そうやって懲りない連中は、二匹目のドジョウを狙っているのです。


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『ウェブニュース 一億総バカ時代』
2015.08.14 Fri l ネット l top ▲
先日、「晴練雨読」というSEO関連のサイトにアクセスしたら、トップページにつぎのような”お断り”が出ていました。

検索順位情報の提供、ページランク情報の提供、およびそれらを使用した各種の分析結果情報の提供は、終了しました。
(2015年7月25日・管理人)


晴練雨読
http://www.seiren-udoku.com/

「晴練雨読」は、常時Google の検索順位をチェックしていて、独自の基準に基づいた「変動情報」を公開していました。私もサイトを立ち上げた当初から、「晴練雨読」を「お気に入り」に入れて、「変動情報」を参考にしていました。もちろん、それは、Yahoo!JapanがGoogle を採用するずっと前のGoogle とYSTの二強の時代からです。

「晴練雨読」が「検索情報」をやめたというのは、検索が技術的にもSEOの観点からも、本来の機能を失ったということなのでしょう。つまり、地域によって検索結果が異なるローカル検索や個人によって異なるパーソナル検索が進化したことにより、汎用的な「変動情報」の提供が不可能になったからでしょう。

同じように、やはり「お気に入り」に入れて、検索順位のチェックに利用していた「DW230」の「検索順位比較ツール」も、パンダアップデート以後、順位が表示されない状態がつづいています。

DW230
無料SEO対策 検索順位比較ツール

10数年前、Google が登場したとき、その検索の精度の高さに私たちは驚き且つ感動しました。そして、Google はいっきにネットユーザーの支持を集めたのでした。

でも、圧倒的なシェアを占め一強時代になった今、もはやGoogle は検索の精度を高めることより、ほかのことに興味が向かっている気がしてなりません。

昨日、Google が、持ち株会社「アルファベット(Alphabet)」を新たに設立し大規模な組織再編をおこなうというニュースがありました。

CNET JAPAN
グーグル、組織再編を発表--新会社「Alphabet」設立、グーグルが子会社に

それによれば、Google 傘下にある先端技術研究部門や物流事業や健康・医療事業や投資事業などをGoogle から切り離して持ち株会社の傘下に置き、同時にGoogle本体も持ち株会社の傘下に置かれ子会社化されるのだそうです。尚、アドワーズやアドセンスやYouTubeやGoogleマップなどのサービス・広告部門は、そのままGoogle のなかに残るそうです。

今回の組織再編が、従来の検索事業を中核に置いたビジネスから、検索に依存しない多角的な方向に舵を切る、その方向性を示しているのはたしかでしょう。それは、ちょっと意地悪な見方をすれば、おいしいラーメンを作るために日々努力した結果、多くのお客の支持を集め、店が繁盛すると、いつの間にか日々の努力を忘れて、チェーン展開したりインスタントラーメンに商標を提供したりして金儲けに走る、どこかの人気ラーメン店と似ている気がします。

あのゴチャゴチャした検索結果のページが、なにより今の検索のあり様をよく表していると思いますが、さらにその先にあるのは検索と広告の一体化です。これではGoogle が検索の精度を高めるのに興味を失うのも当然です。ありていに言えば、もう検索の精度を高める必要はないのです。

実際に、10年以上検索順位をチェックしている経験から言っても、Google の検索の精度はどんどん落ちているように思えてなりません。最新の順位を見ても、トップページの上位に掲載されているのは、アドワーズユーザーの企業サイトばかりです。現在、パンダアップデートの更新中ですが、上位を独占するアドワーズユーザーの顔ぶれにほとんど変化はなく、小刻みに変動をくり返しているのは、10位前後と2ページ目以降のサイトだけです。

検索にも徐々に広告の要素が加えられているように思えてなりません。広告で表示されると、「優良なリンクをもらっている」と評価され、検索順位において優遇されるのです。欧州委員会がEU競争法(独占禁止法)違反で指摘したのも、Google ショッピングに関連したそのようなカラクリに対してでした。

このようにGoogle の検索では、どれが検索でどれが広告なのか、ますます曖昧になっているのです。そして、最終的にGoogleがめざしているのは、「検索の終わり」だと言われています。「検索の終わり」というのは、Google がユーザーの嗜好に合わせて、ユーザーの代わりに検索するようになることです。これも認知資本主義の一種と言えますが、そうなれば、Google の検索にますます広告の要素が強くなるのは当然でしょう。

また、ネットショップにおいても、Google は、検索で表示した商品に、直接「買物ボタン」を設置する実験を既にはじめているそうです。つまり、通販サイトにアクセスしなくても、検索ページから直接商品が買えるようになるのです。その場合、決済は通販サイトではなくGoogle 内においておこなわれますので、その手数料がGoogle に入る仕組みです。しかし、Google の狙いはそれだけではないでしょう。「買物ボタン」で買い物ができるようになるには、Google と通販サイトが契約しなければなりません。それに、当該の商品ページが検索順位の上位に表示されなければ、通販サイトもGoogleもメリットがないのは言うまでもありません。そこにあらたに広告が介在する余地が生まれることになるのです。

検索の公共性ということを考えれば、Google がやろうとしていることは、あきらかにオキテ破りです。でも、Google も民間会社にすぎないのです。より多くの利益を得ようとするのは資本の原理です。市場の独占を放っておけば、資本が自己増殖しリバイアサン(怪物)になるのは理の当然です。今回の組織再編はその表われと言えますが、だからこそ、再三指摘されるように、シェアが90%を超えるような邪悪(evil)な状況を解消し、正常な競争が求められるべきだと思うのです。Google をリバイアサンにした責任もあるでしょう。
2015.08.12 Wed l ネット l top ▲
やれやれ、今度はOCNです。

私のスマホはOCNモバイルONEのSIMを刺しているのですが、先日、モバイルONEのアプリを見たら、繰越しのデータ容量がいつもより極端に少ないことに気が付きました。

私は月5GBの容量の契約をしているのですが、モバイルONEの場合、月末時点で余ったデータは翌月に繰り越すことができます。私は、動画などはほとんど見ないので、月に使用するデータは大体3.5~4GBくらいです。それで繰り越し分も含めて通常だと8.5~9GBくらいあるはずなのですが、今月に限っては6GBしかないのでした。

モバイルONEのSIMは、スマホに刺している分と出先で使用するノートPC用のUSB端末の分の二つをシェアして使っているのですが、アプリで確認するとノートPC用のSIMの使用量に”異常”があることがわかりました。それで、なにかの間違いだろうと思って、OCNのカスタマーズフロントのフリーダイヤルに電話しました。

電話口に出たのは、委託先のコールセンターのアルバイトとおぼしき若い男性で、私が”異常”を説明すると、案の定、最初から「間違いなんてあり得ない」と言わんばかりの言い方をするのでした。

ノートPCのSIMの使用量が多いのは、Windows10をダウンロードしたからではないかと言うのです。予約はしているけどまだダウンロードしてないと答えると、今度は自動的にダウンロードしたのを気が付いてないだけではないかなんて言う始末です。

「いや、デスクトップを見てもWindow10ではなく今までと同じですよ」
「私はWindows10の画面を見たことがありませんので新しいデスクトップの画面がどんなものかわからないのですが、もしかしたらWindows7と見分けがつかないのかもしれません」
「(なに言ってるだ、こいつ)Windows10のトップ画面は予約する際にマイクロソフトのページに出ているので、その違いくらいわかるよ」
「では、Windows10をダウンロードするために、事前にいろんなファイルがインストールされたのかもしれませんね」
「でも、Windows10の画面を見たこともないような素人にそう言われても説得力はないな」
(カッコ内は私の心の声です)

そう言うと、急に口ごもり、「ちょっとお待ちください」と言って、誰かに相談をはじめたようでした。

そして、「こちらでは専門的なことはわかりかねますので、今から申し上げますテクニカルサポートのほうへかけ直していただいて、そちらでご相談していただけますか?」と言って、別のフリーダイヤルの番号を案内されたのでした。

私はめんどうだなと思いながら、教えられたテクニカルサポートにかけ直しました。テクニカルサポートの電話に出たのは女性でした。OCNの社員かどうかわかりませんが、フムフムというように結構偉そうにこちらの話を聞いていました。でも、答えは同じでした。

「それはマイクロソフトの問題ですね」
「間違いではないと」
「そうです。マイクロソフトによってWindows10に関連したアップデートがおこなわれたのだと思います。でも、それはマイクロソフトの問題なので、どうしてそんなに大きなデータになったのかというのは、こちらではわかりかねます」
「でも、今までそんなデータ量を使うことはなかったのですよ」
「今度のWindows10は特別ですよ」
「ひと月分を1日で使うこともあると?」
「はい、それはあります」

いつまでも堂々巡りのやり取りをしていても仕方ないので、私は、釈然としないまま電話を切ったのでした。たしかに、Window10に関連するアップデートであれば、大量のデータ通信もあり得るかもしれませんが、しかし、3.3GBのデータを使用した日、ノートPCは出先で1時間くらい使っただけなのです。それに、シャットダウンするときも、別に更新プログラムのダウンロードなんてありませんでした。

ところが、今日、突然、OCNからつぎのようなメールが届いたのです。タイトルは、「『OCN モバイル ONE』一部お客さまの繰越容量が表示されない事象について」となっていました。

OCNモバイルONE不具合メール

私は狐につままれたような気持になりました。そして、モバイルONEのアプリを確認したら、いつの間にか今月のデータ量が9.8GBに増えていたのでした。

「繰越容量消失」というのもよくわからない話ですが、私の”異常”もそれと関係があったのでしょうか。だったら、あのカスタマーフロントとテクニカルサポートの応対はなんだったんだと言いたくなります。ただ、言い逃れるためだけに、適当なことを言ったのか。

OCNの不具合にWindow10のアップデートが関係していたのかどうかわかりませんが、不具合の言い逃れに、(これ幸いとばかりに)アップデートが使われたのはたしかなのです。

要するに、コールセンターなんて、当社はアフターサービスをおこなっておりますというアリバイ作りのためにあるようなものなのでしょう。そのために、かたちばかりの「カスタマーフロント」を外部委託しているのでしょう。コールセンターに任されているのは、簡単な手続きの仲介だけです。だから、少しでもクレームめいたことを言おうものなら、マニュアルに従ってクレーマー扱いされるのです。お客様は神様どころか、お客様はクレーマーみたいな考えしかないのでしょう。そうかと言って、なにも言わなければ、ミスさえ認めず泣き寝入りさせられるだけなのです。

マスコミもクレーマー問題を針小棒大に扱うので、なんだか自由に文句が言えない風潮のようなものがありますが、私は、これも「認知資本主義」の一種かもしれないと思いました。

『はたらかないで、たらふく食べたい』(タバブックス)の著者の栗原康氏は、同書のなかで、「認知資本主義」について、つぎのように書いていました。

大切なのは、なんらかの情報がはいってきたら、期待されたとおりの反応をしめすこと、けっして迷わないこと、躊躇しないこと、いっけん人間の頭脳を活用するようになったこの社会は、じつのところほんとうのことをいってしまえば耳だけを重視するようになった社会である。これこれこういう情報がはいってきたら、なにも考えずにいわれたとおりにうごくこと。ようするに、上から命令されたら、それにしたがえということだ。


なにも考えずに、なにも疑わずに言われたとおりに従うこと。それが「認知資本主義」の要諦です。クレーマーは、いわば「認知資本主義」に弓を引く不届き者とも言えます。

正しいと思ったら遠慮なく文句を言うこと。クレーマーになってやるというくらいの覚悟でないと、「私どもは間違っておりません。お客様の勘違いではないですか?」という「認知資本主義」の常套句(マニュアル)に言い負かされるだけです。
2015.08.08 Sat l ネット l top ▲
アラタナ24hというサイトに、辻正浩氏という「SEOコンサルタント」の方のインタービュー記事が載っていましたが、これからの検索の方向性を知る上で、大変参考になりました。

アラタナ24h
辻正浩氏が明かすSEOの考え方【1】今後のGoogle、SEOの方向性
辻正浩氏が明かすSEOの考え方【2】SEOは今後も必要な技術なのか?

モバイルフレンドリー以後のGoogle の検索は、私たちの目には「混乱」のようにしか映りません。常にめまぐるしく順位が変動しており、しかも、それはモバイルフレンドリー、つまり、モバイル向けにサイトを適応しているかどうかというような簡単な話ではなく、従来のSEOの常識では測れない”奇々怪々”なものです。現在、パンダアップデートが更新中ですので、バンダアップデートの影響のように言う人が多いのですが、この小刻みな変動が始まったのは、モバイルフレンドリーが始まってからなのです。モバイルフレンドリーのアップデートに乗じて、アルゴリズムに別の要素が加わったのは間違いないのです。

具体的には、Google が言うオーソリティサイト、いわゆる企業などのブランドサイトがモバイルフレンドリーの対応如何に関係なく優遇されているのが特徴です。そして、その多くはGoogle のアドワーズユーザーと重なっているのです。

今や個人がネット通販をはじめても、楽天などショッピングモールにでも出店しない限り、ほとんど成功は見込めません。昔のようなチャンスはないのです。なぜなら検索で上位に表示することがほぼ不可能だからです。既にネットは、ウェブ2.0の頃のような理想とはほど遠い状況にあり、ロングテールなんていうことばも、いつの間にか死語になってしまいました。ネットはますます秩序化・権威化・リアル社会化してるのです。

Google の検索における最近の動きとして、辻氏は、”ローカル系”、”モバイル系”、”エージェント型検索”の三つをあげていました。

”ローカル系”というのは、「検索する場所によって検索結果が変わることです」。つまり、横浜と大分では検索結果が異なり、それぞれの地元のリアル店舗や会社などのサイトが優先して表示されるようになっているのです。

それでなくても検索で表示されたサイトの間に、Google やYahoo!が自社のサービスコンテンツを挿入させていますので、トップページの「10件表示」も、実際は8~9件しか表示されていません。ローカル検索でその地域のサイトが優先して表示されると、トップページの表示枠はますます少なくなるのです。とりわけワリを食うのは、地域に限定されない無店舗の通販サイトです。辻氏もつぎのように言ってました。

ECサイトを運営している場合では、多くの場合マイナスです。いままでは上位に全国対応のインターネット通販サイトが表示されていたキーワードで、各地域に限定されたリアルの店舗が表示される状況もいくつか確認できています。


つぎの”モバイル系”で、辻氏が今後「怖いと思っている」のは、App Indexingの影響だと言ってました。

App Indexingのなかで特に大きな影響をもたらすと言われるのは、検索結果にアプリが表示されるようになることです。Googleも、アプリのあるなしが今後検索順位に影響を与えるようになると明言しているのです。

スマホ対応にしても、アプリの格納にしても、Google は「ユーザーに快適な検索体験を与える」ためと言ってます。しかし、それはGoogle の考える「ユーザー目線」にすぎません。本来「快適」であるかどうかを判断するのはユーザーでしょう。

同じスマホで見るにしても、情報量が少ないスマホ用のサイトや画面のズームインやズームアウトができないレスポンシブデザインなどより、PCサイトのほうが「快適」な場合だってあるでしょう。ユーザーの好みやサイトの性格によって違うはずなのです。

それに、辻氏も言っているように、スマホ対応やアプリの格納が必要のないサイトだってあります。まして、個人の通販サイトなどがアプリを作成するには技術的にも資金的にも大きな負担です。でも、アプリを作らないと検索順位では不利になるのです。逆に言えば、それが可能な企業サイトが有利だということです。

極めつけは、”エージェント型検索”です。「横浜 おすすめ」と音声検索すると、横浜の観光名所が表示されるテレビCMがありましたが(あっ、あのCMはGoogle ではなく、ジャパネットたかただったか?)、あれをさらに進化させたのが”エージェント型検索”です。辻氏は、つぎのような具体例をあげていました。

例えば誰かと電話していて、「明後日の19時から飲みに行こうよ!じゃあお店探しとくね!」となって電話を切った途端、画面に「あなたは◯◯さんとは最近A店とB店に行って満足だったようです。この店に近い場所であなたと●●さんの好みにも合ったC店はどうですか?」と出てくるようなものが”エージェント型検索”です。エージェント、代理人が勝手に調べて、検索する前に検索結果を教えてくれるわけですね。


これを便利と考えるか、おせっかいと考えるか、あるいは怖いと考えるか、人それぞれでしょう。

この”エージェント型検索”こそ究極の検索と言えるのかもしれません。つまり、検索なのか広告なのか見分けがつかないからです。今の検索結果が表示されるページが、昔と違ってゴチャゴチャしているのも、検索で表示されたサイトと広告サイトの見分けがつけにくいようにしているからですが、”エージェント型検索”では、検索そのものが広告と一体化(未分化)できるのです。このように検索技術は、ネット上に氾濫する膨大な情報を整理するという当初の目的から逸脱して、今や広告のための”手段”と化しているのです。

”ローカル系”も”モバイル系”も”エージェント型検索”も、すべては広告の効率と価値をあげるためです。PC検索とモバイル検索を別にするのも、今はまだそうなっていませんが、PC向けとモバイル向けに別の広告を出すようにしたいからでしょう。

App Indexingでアプリを検索の対象にするのも、ゆくゆくはアプリに広告を表示するためと言われています。資本主義は、地理的な拡大(収奪する周縁)が限界に達したとき、仮想空間というあらたな”周縁”を作りだし延命を図ったのですが(それが今のグローバルな金融資本主義ですが)、Google もそうやってあらたな広告の空間を作り出しているのです。そのためにGoogle は、「ユーザーに快適な検索体験を与える」ため、ユーザービリティのため、と称してみずからのルールを押し付けているのです。それがGoogle がarrogantと言われるゆえんです。

Google の売上げ660億ドル(約7兆8千億円)の90%はアドセンスやアドワーズの広告収入です。検索は事実上、そのためのプラットフォームになっているのです。しかも、Google は検索だけでなく、モバイルにおいてはOSまで独占しつつあります。

検索の公共性を考えれば、(現実にはGoogle とBingの二つの選択肢しかないのですが)Google の圧倒的なシェアを解消することが肝要でしょう。でないと検索はますます歪んだものにならざるをえないでしょう。Google であれどこであれ、営利企業である限りあくなき利益を追求するのは当然で、検索と広告が一体化するのはある意味では自然の流れなのです。だからこそ、ユーザーにとってなにが「快適な検索体験」なのか、それを主体的に選択できるような環境(公平な競争)が必要なのだと思います。
2015.08.04 Tue l ネット l top ▲
例の「モバイルフレンドリー」のアップデート以後、Google の検索がおかしなことになっています。

以下が「シール」で検索した場合、トップページに表示された本日現在の順位です。

PC
1 ウィキペディア◎
2 Google 画像検索
3 A社
4 B社
5 C社(商品情報)◎
6 C社
7 C社(商品検索)◎
8 D社
9 E社
10 F社

モバイル
1 ウィキペディア◎
2 A社
3 B社
4 C社
5 D社
6 E社
7 G社◎
8 H社
9 I社

◎印が「モバイルフレンドリー」のサイトです。これを見ると、PC検索でもモバイル検索でも順位がほとんど変わらないことがわかります。少なくとも検索順位においては、「モバイルフレンドリー」に対応しているかどうかはほとんど関係がないと言ってもいいでしょう。

そもそもユーザービリティというのは、あくまでユーザー自身が判断することです。Googleが決めるものではないでしょう。Google の「モバイルフレンドー」に対応してなくても、ユーザーにとっては見やすいサイトだってあるでしょう。また、その逆もあるはずです。検索分野で圧倒的なシェアを握っていることをいいことに、Google が基準を設定し、それを強要すること自体が間違っているのです。それこそarrogant(傲慢)以外のなにものでもないでしょう。

しかも、アップデート以後、Google の検索において、arrogantな一面を示すような”おかしな現象”がずっとつづいているのです。上記の表で言えば、PC検索におけるC社がそれです。トップページに、C社のページが3つも表示されているのです。こんなことは通常の検索ではあり得ず、そのため、2つのサイトが割を食って2ページ目にはじき出されているのです。それでなくても、検索の際の「ページあたりの表示件数」が10件(デフォルト)であっても、「画像検索」や「ニューストッピックス」など自社のサービスを勝手に挿入するため(Yahoo!の場合は、「NAVERまとめ」や「Yahoo!ショッピング」や「ヤフオク」など)、実際は8件もしくは9件しか表示されないのです。Googleが独占するようになって、いつの間にか表示件数が削られてのです。これではあまりにも不公平、理不尽と言わねばなりません。

この現象について、私は、(先日のブログでも書きましたが)欧州委員会がGoogle に対して、EU競争法(独占禁止法)違反の疑いで、「異議告知書」を送ったというニュースを想起せざるを得ませんでした。

と言うのも、欧州委員会は、そのなかで、Googleが自社のGoogle ショッピングの表示を優先するように検索結果を操作したと指摘しているのですが(Google は否定)、上記のC社はそのGoogle ショッピングに商品を掲載しているサイトだからです。

Google ショッピングは、以前は無料のサービスでしたが、2013年2月から日本でも有料化され、アドワーズに広告配信しなければGoogle ショッピングに掲載されないようになりました。つまり、クリック課金型広告のアドワーズと一体化したのです。ショッピングと謳っているものの、実体は広告なのです。

C社の前はA社とB社が同じように重複して表示されていました。A社とB社も、アドワーズに広告を出稿しているサイトです。つまり、Google に広告を出稿しているサイトに限って、”おかしな現象”がつづいているのです。ハグにしては、あまりにも長すぎます。4月末からずっとこの状態がつづいているのです。

欧州委員会が指摘したGoogle の”よこしまな試み”と、この”おかしな現象”はホントに関係ないのか。”よこしまな試み”が”おかしな現象”を招いているこのではないのか。そんな穿った見方さえしたくなります。Google において、検索の公平性は担保されているのでしょうか。

しかし、日本では、EUのように、寡占体制の弊害を指摘する声がまったくと言っていいほど出てこないのです。それも不思議でなりません。

SEO関連のブログなども、Googleがどんなサービスをはじめたとかなんとか、どうでもいいような記事ばかりですが、この“おかしな現象“がなにを意味するのか、専門家(?)らしく解析してもらいたいものです。そのほうがよほどSEO に役立つはずです。

関連記事:
Google は「すごい」のか
2015.05.31 Sun l ネット l top ▲
昨日、朝起きてパソコンを立ち上げたらネットにつながりません。モデムの電源を落として再起動したり、パソコンに接続しているコードを何度も抜き差ししてみましたが、同じです。コードがおかしいのかと思って、別のコードに代えてみましたが復旧しません。どうやらネットのトラブルみたいです。そんな場合、スマホでデザリングすれば急場は凌げるのですが、あいにくノートPCは別の仕事場に置いたままになっています。

パソコンが使えないと仕事にも差し支えます。注文書や納品書は、カートの契約先のサーバーにありますので、ダウンロードして印刷することができないのです。なによりメールができないのが痛いです。ちょうど今朝、商品も入荷したのですが、サイトの更新もできません。

でも、私は、そのうち回復するだろうとタカをくくっていました。しかし、1時間経ち、2時間経っても、いっこうに回復しません。スマホでOCNのサイトにアクセスしてみましたが、どこにも障害情報が載っていません。

さらに、3時間経ち、4時間経って、とうとう正午をまわってしまいました。さすがに不安になって、スマホで情報を探しました。そして、行き着いたのが、2ちゃんねるのOCN関連のスレでした。スレは、ネットにアクセスできないOCN利用者たちの呪詛する書き込みであふれていたのでした。しかも、OCNのサイトには何の情報もないのに、2ちゃんねるにはさまざまな情報がアップされていました。話が逆じゃないかと思いました。

2ちゃんねるには、イー・アクセスの障害情報へのリンクも貼られていました。それによると、神奈川県の旧アッカ回線の通信障害のようです。

私は、15年以上OCNのADSLに加入しているのですが、OCNのADSLはもともとアッカ(アッカ・ネットワークス)が提供する回線でした。しかし、途中で、アッカがイー・アクセスと合併し、回線は「イー・アクセス(旧アッカ)」という表記に変わりました。

ところが、今日の2ちゃんねるの書き込みで初めて知ったのですが、イー・アクセスの経営は既にソフトバンクに移っており、現在、旧アッカの回線はワイモバイルになっていると言うのです。いつの間にか、私が加入している回線は、ソフトバンクに変わっていたのです。

でも、旧アッカの回線がOCNに提供されていることには変わりがありません。回線はソフトバンクなのに、サービスはOCN(NTT)。これでOCNのサイトに障害情報が載ってなかったのが合点がいきました。

メール便を廃止したクロネコヤマトもずいぶん無責任だなと思いましたが(まともに残業代も払わず「ブラック企業」と批判されたような会社が、ユニバーサルサービスが基本の郵便事業に参入しようとしていたこと自体、悪い冗談だったとしか思えませんが)、今回の障害に関してはOCNも無責任と言わねばなりません。

今回は一部の地域だけだったのでニュースにもなりませんでしたが、20時間以上ネットにつながらなかったというのは、前代未聞のトラブルと言ってもいいでしょう。それこそ総務省から行政指導が入ってもおかしくないようなトラブルだと思いますが、親方日の丸のOCN(NTT)と口八丁手八丁のソフトバンクのことですから、お咎めなしで終わるのでしょう。結局、私たち利用者がコケにされただけなのです。

関連情報:
障害情報 : イー・アクセス - アッカ・ネットワークス
2015.05.17 Sun l ネット l top ▲
Google.png


先日、「モバイルフレンドリー」に関する記事を書きましたが、Google がアナウンスしたとおり、4月21日以後、検索順位に変化がありました。しかし、自サイトに限って言えば、いささか甘く考えすぎていたと言わざるを得ません。僻んだ言い方をすれば、Googleを信用しすぎた、Googleに踊らされた感じです。

Google は、事前に、スマホなどモバイル端末にやさしいサイト、つまり、「モバイルフレンドリー」なサイトを評価するアルゴリズムのアップデートを4月21日に世界で同時に実施する、とアナウンスしました。

そのために、自分のサイトが「モバイルフレンドリー」であるかどうかを確認できるように、「モバイルフレンドリーテスト」のページまで設けていました。そして、それに”合格”すれば、モバイル検索において、「スマホ対応」のラベルが付くようになりました。「スマホ対応」のラベルは、謂わばGoogle にお墨付きをもらったようなもの、そう思っていました。ところが、実際に蓋を開けてみると、「スマホ対応」は言われるほど意味がないことがわかりました。

私が観察するキーワードで言えば、21日以降、モバイル検索でもPC検索でも、そんなに大きな違いは出ていません。順位の変動も拍子抜けするくらい小幅です。下記は、今日現在のモバイル検索の順位です。

1位 A ◎ 
2位 B
3位 C
4位 D
5位 E ◎
6位 E ◎
7位 F
8位 G
9位 H ◎ ※自サイト
10位 I


◎印が「スマホ対応」のサイトです。10位のなかに、「スマホ対応」のサイトは、4つしか入ってないのです。しかも、そのなかで5位と6位はページが違うだけで同じサイトです。ちなみに、E社はアドワーズの広告を出しており、アドワーズでもトップに掲載されています。また、2位のB社と3位のC社は、サイトのタイトルがほとんど同じで、最初、E社と同じように、同じ会社なのかと思ったほどです(E社のタイトルもこの2社と似ています)。

さらに驚くことに、7位のF社と8位のG社は、いづれもモバイル未対応なのですが、21日以降、逆に順位がアップしてトップ10に登場したのでした(もちろん、それらは公共性のあるサイトではありません)。

Google は、モバイル対応してないと、21日以降モバイル検索の順位が下がると警告していました。自サイトにもそのようなメールが届きました。Google の警告を額面通りに受け取れば、モバイル対応すれば、少なくとも順位が下がることはないだろうと思うのが普通でしょう。まして、モバイル対応してないサイトが順位が下がるどころか、逆に順位が上がるなど想像だにしませんでした。念のために言っておきますが、これはモバイル検索での話です。

長いものに巻かれる傾向のある日本では、Google を「すごい」「すごい」と言って、文字通り神の如く崇める人が多いのですが(ネットなんてそんな”信者”ばかりです)、ホントにGoogle は「すごい」のかと思ってしまいます。

むしろ、前も書きましたが、ますますアロガント(傲慢)な面が目立つようになっているのではないか。上記の順位にしても、以前はページあたりの表示件数は10件でした。検索サイトからのアクセスにおいて、1ページ目か2ページ目かでは天と地の差があります。だから従来は「トップ10」という言い方も成り立っていました。

ところが、いつの間にかトップページには8位(あるいは9位)までしか表示されず、9位(10位)以降は2ページ目に表示されるようになっていたのです。その代わりに、「画像」や「ニューストピック」など自社のサービスのリンクが挿入されています。キーワードによっては、YouTubeのリンクが貼られている場合もあります。Yahoo!に至ってはもっと露骨で、Yahoo!ショッピングやヤフオク!などのリンクが貼られています。要するに、自社のサービスを入れるために、表示の件数を削っているのです。

弱小サイトにとって、検索順位は命綱です。そのため、なんとか上位(トップ10)に入るように、SEOに四苦八苦しているのです。Google のやり方は、 そんな弱小サイトにとってアロガント以外のなにものでもないでしょう。

先日、わいせつ動画を放置していたとしてFC2の「運営会社」の社長らが逮捕されましたが、YouTubeも事情は同じでしょう。さすがにわいせつ動画は少ないものの、違法動画ならいくらでもあります。「削除が追いつかない」「表現の自由との兼ね合いで対応しづらい」とかなんとか言いながら、違法動画に広告を貼ってマネタイズしているのですから、「確信犯」と言われても仕方ないでしょう。

先月(4/15)、欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会が、Googleに対して、「欧州における検索市場での独占的地位(欧州では9割)を乱用し、検索結果を自社に有利になるよう操作した」「EU競争法(独占禁止法)に違反した疑いがある」として、「異議告知書」を送ったというニュースがありました。

ITmedia ニュース
EU、Googleに検索事業に関する異議告知書送付 Androidの調査も開始

具体的には、Google ショッピングの表示を優先するように検索結果を操作したというものですが、こういった欧州委員会の姿勢には、検索というのは公共性が高く、公平でなければならないという考えがあるからでしょう。でも、日本ではそういった考えは少ないのです。どうして欧州委員会のような視点がないのだろうと思います。

そもそも「スマホ対応」にしても、(前の記事と矛盾しますが)その基準はあくまでユーザーにあるはずなのです。モバイルで見にくいサイトであれば自然と淘汰されるはずです。ユーザーから見て、情報量の少ないスマホ用サイトよりPCサイトのほうが見やすい場合だってあるわけで、別にGoogle に強制される話ではないでしょう。Google がPC検索とタブレット検索とモバイル検索に分けているのは、そこになにか別の思惑があるからではないかと勘ぐらざるを得ません。そして、その思惑に振りまわされるのが、androidユーザーと私たちのような弱小サイトなのです。

15年前、Googleが登場したとき、私たちは感動しました。たしかに掛け値なしに「すごい」と思いました。しかし、今のGoogle に、あのときの感動はありません。Google らしい斬新なサービスも久しく目にしていません。耳にするのは、金にものを言わせた買収の話ばかりです。Google は、今でも胸を張って”Don't be evil”と言えるのか、そう問い質したい気持です。


関連記事:
Don't be evil
10年目のグーグル
2015.05.02 Sat l ネット l top ▲
Google は、2月27日に、ウェブマスター(サイトのオーナー)に向けて、下記のような”重要なアナウンス”をおこないました。

Google では、4 月 21 日より、ウェブサイトうがモバイルフレンドリーかどうかをランキング要素として使用し始めます。この変更は世界中の全言語のモバイル検索に影響を与え、Google の検索結果に大きな変化をもたらします。この変更によって、検索ユーザーは、クエリへの関連性が高く使用端末にも適した高品質な検索結果を見つけやすくなります。

Google  ウェブマスター向け公式ブログ
検索結果をもっとモバイル フレンドリーに


つまり、スマホなどモバイルで検索した場合、モバイルで見やすいサイトであるかどうかを判断して、その結果を検索順位に反映させるというものです。PCやタブレットの検索は今までどおりですが、スマホの検索は、従来のアップデートの比ではないくらい大幅な順位変動が発生するとGoogle も認めています。

自サイトに於けるアクセスの割合は、スマホが55%、PCが40%、タブレットが5%です。今やスマホを意識したサイト作り、つまり、Google の言う「モバイルフレンドリー」は避けてとおれない現実なのです。「モバイルフレンドリー」と見なされずに、ペナルティを与えられてスマホの検索で順位が落とされることは、検索順位が生命線の独立系の弱小通販サイトにとっては、死活問題と言っても過言ではないでしょう。

「モバイルフレンドリー」の基準はいくつかあるのですが、Googleが推奨するのは、スマホでアクセスしたらサイトのサイズがスマホの画面サイズに合致するように設定する「レスポンシブWEBデザイン」です。

最近のあたらしいソフトで作成したサイトであれば、「モバイルフレンドリー」に適用させるのは簡単なのですが、自サイトのように10年以上も前の古いソフトで作成したPC用のサイトを「レスポンシブWEBデザイン」に変えるのは至難の業です。だからと言って、あらたにサイトを作り変えるには、時間も手間もかかりすぎるし、SEO上のリスクも大きすぎる。それで、数日間、連日徹夜して悪戦苦闘した結果、なんとか「モバイルフレンドリー」に変えることができました。

もちろん、「モバイルフレンドリー」と言っても、あくまでGoogle の基準に合致しただけで、スマホから見てホントに見やすいサイトであるかどうかは別です。将来的には、今のような付け焼刃ではなく、十全にスマホに対応した「レスポンシブWEBデザイン」のサイトを作るべきでしょう。ただ、それでも「モバイルフレンドリー」以前と以後とでは、アクセスの内容に変化が表れてきました。

ネットの環境もここ数年で大きく変わりしました。なによりスマホの普及が進んだことが大きく、それは、デバイスの問題だけにとどまらず、ネットの閲覧の仕方をも変えたのでした。通販サイトの目線で言えば、いわゆるウィンドーショッピングのようなランダムな閲覧の仕方はなくなり、目当ての商品やショップに直行するようになってきたのです。「ネットサーフィン」なることばも、スマホに関しては死語になりつつあるように思います。それだけに、ショッピングモールに頼らない(頼れない)独立系の弱小サイトにとって、SNSなどの口コミとともに検索順位がますます重要になっているのです。

話が飛躍しますが、私は、昨今の若者たちの権威や権力に弱い事大主義的な傾向と、それに伴う差別や非寛容さの特徴も、このような直行直帰する行動様式のスマホ(モバイル)の普及とどこか関連があるような気がしてならないのです。ネットはもともと夜郎自大なものですが、スマホによってますます異論を排し他者(=比較検証)が不在の世界にタコツボ化・夜郎自大化しているのではないか。その意味では、若干ニュアンスが異なるものの、信州大学や東京大学の学長の発言もわからないでもないのです。そして、あらためて、社会を一元的に管理する(管理しようとする)”ネットの神の采配”を考えないわけにはいかないのでした。

関連記事:
あらたな神
グーグル
2015.04.13 Mon l ネット l top ▲
「電波芸者」ということばは、70年代か80年代の初め頃、どこかの雑誌の匿名コラムで、田原総一郎氏に対して言っているのを目にしたのが初めてだったように思います。

それが今や「電波芸者」だらけです。「電波芸者」は、本来とても恥ずかしいことなのに、いつの間にか権威ズラしてのさばるようになっています。いつからテレビに出ることが恥ずかしいことではなくなったのか。

テレビ朝日の「報道ステーション」のコメンテーターをつとめていた古賀茂明氏が、27日に最後の出演をした際、官邸からの圧力で”降板”させられたと発言したことに対して、「電波芸者」たちがいっせいに批判を浴びせています。その代表格が、竹田圭吾氏と江川詔子氏でしょう。

二人はそれぞれTwitterでつぎのように批判していました。

竹田圭吾Twitter20150327

江川詔子Twitter20150327

二人ともテレビに出る「機会」が非常に「貴重」なものだと思っているみたいです。だから、その「機会」を大事にしなければならないのだと。

それにしても、竹田氏は、「責任」や「義務」ということばをどっちに向けて言っているのかと思います。竹田氏の発言は、自民党の政治家などが、自由には「責任」や「義務」が伴うことを忘れていると言うのとよく似ています。

江川氏も然りです。古賀氏は、今回の”降板”の裏にある官邸の圧力や、テレビ朝日や根っからの「電波芸者」である古舘伊知郎周辺の報道機関にあるまじき”事なかれ主義”を批判しているのですが、江川氏は、それを「個人的な恨み」だと矮小化しているのです。そうすることで、「電波芸者」であるみずからを合理化しているように見えます。もしかしたら、「私は大丈夫ですよ」と言いたいのかもしれません。

私の友人に講演を斡旋する仕事をしている人間がいますが、彼によれば「テレビに出ている人」というだけで講演の依頼が多く、講演料も跳ね上がるのだそうです。だから、ワイドショーのコメンテーターやキャスターなどは、平日はテレビで顔を売り、週末は講演で地方をとびまわって荒稼ぎしているのだとか。

かくも「電波芸者」は金のなる木なのです。テレビ局様々なのです。そして、そのおいしい仕事を維持するためには、権力に対して「責任」と「義務」という恭順の意を示すことを忘れてはならないのです。

竹田氏や江川氏らの“古賀批判“は、眉に唾して聞く必要があるでしょう。彼らがときに口にする「政府批判」(らしきもの)も、単なる「ガスぬき」にすぎないのです。マツコ・デラックスや有吉弘行の”毒舌”と同じような「お約束芸」です。それがテレビというものです。それを彼らは、大事にしなければならないと言っているのです。

そもそも今回の問題の背景にあるのは、安倍政権によるメディア介入疑惑(のはず)なのです。NHKや朝日新聞に対してのさまざまな手段を使った圧力。メディア関係者との定期的な会食による懐柔。NHKの従軍慰安婦に関する番組に事前に介入し内容を改変させたり、ネトウヨ御用達のヘイト出版社、産経やワックや青林堂の本を大量買いしていたことが政治資金報告書の「書籍購入記録」であきらかになったりと、安倍総理の言論に対する認識が(民主主義者とは思えないような)きわめてゆがんだものであるのは、もはや周知の事実です。

古賀氏が1月の放送で「I am not ABE」と発言した直後から、官邸の圧力で古賀氏が降板させられるのではないかという噂がささやかれはじめたのも、そういった背景があったからです。また、前の「報道ステーション」のコメンテーターで、現在「ワイド!スクランブル」のコメンテーターをつとめている末延吉正元政治部長が、同郷の「宰相A」=安倍総理ときわめて親しい関係にあることを本人が週刊誌などで公言していますので、テレビ朝日に対してよけい神経質にならざるを得ない面もあったのでしょう。ニュースステーション」の関係者たちは、古賀氏の行為を「テロだ」と騒いでいたそうですが、それを言うならNHKや朝日新聞に対する権力の介入こそ「テロ」と言うべきでしょう。

竹田氏や江川氏の発言は、そんな官邸の介入疑惑やテレ朝報道局の臭いものには蓋をする姿勢から目をそらす役割を果たしているように思います。「電波芸者」たちは、文字通りその役割を演じているのです。
2015.03.29 Sun l ネット l top ▲
笑顔がかわいいE-girlsのAmiチャンに関して、ネットにつぎのような記事が掲載されていました。

Yahoo!ニュース
E-girls・Ami、「逃走中」の言動で批判殺到……「性格悪すぎ」

livedoor'NEWS
E-girlsのAmiが「逃走中」で仲間を売った上に自首し炎上

しかし、私はこれらの記事を読んでも、なにが問題なのか、さっぱりわかりませんでした。何度読み返しても、なぜ「視聴者」が「反感」を抱くのか、「性格が悪すぎ」などと思うのか、その理由がわかりませんでした。

たかがテレビ番組なのです。Amiチャンの「自首」を批判する「視聴者」は、このゲームがガチだと本気で思っているのでしょうか。だとすれば、彼らは、現実と虚構の区別ができない誇大妄想か、はたまたパラノイアなのか。

言うまでもなく、出演者たちは、番組のなかでそれぞれ与えられた役割を演じているだけなのです。「性格」とか「人間性」とか、そんなことばが出てくること自体、もはや理解の外です。

考えてみれば、いつの時代にもこの手のおめでたい人間はいました。ただネット以前は、当然ながらほとんど相手にもされなかったし、彼らが表現する手段も機会もありませんでした。ところが、「総表現社会」(梅田望夫)のネットの時代になると、SNSや掲示板や動画サイトや、あるいは芸能人のブログやYahoo!ニュースのコメント欄などで、彼らがいっせいにイタい「自己主張」をはじめたのでした。しかも、そこで示されているのは、「逃走中」や「テラスハウス」のようなバラエティ番組をガチだと思い込むような「頭がお花畑」の感覚です。

これでは、腹にイチモツの政治家やメディアに煽られるのがオチで、デマゴーグの権化のような「宰相A」(田中慎弥)が彼らのヒーローであるのは当然でしょう。

一方で、PVを稼ぐために、彼らを「ネット世論」として利用しているのが、Yahoo!トピックス、J-CASTニュース、ニコ動、アメーバブログなどのネットメディアです。こんなバカバカしい記事を配信しているRBB TODAY やスポニチアネックスも同様です。なぜなら、ネットメディアにとってPVが広告収入の指標で、「バカと暇人」の彼らがいちばんPVを稼いでくれる存在だからです。そのために、彼らの夜郎自大な勘違いをますます増長させているのです。

これがネットの日常です。ネットにおいては、水は低いほうに流れるのが常ですが、その水はドブ川のほうに流れていると言えます。そして、そのドブ川は、ヘイト・スピーチや偽史カルトで仮構された(「宰相A」がトリックスターをつとめる)「もうひとつの日本」につづいているのです。
2015.03.19 Thu l ネット l top ▲
冷たい雨が降っているなか、病院に行ったついでに、新横浜のドコモショップで解約の手続きをしました。

既にOCNからSIMが届いているのですが、今のドコモで契約しているプランは日割り計算ができないため、「月末に解約したほうがいいですよ」とお客さまセンターで言われたので、今日まで延ばしていたのでした。

窓口で担当したのは、名札に「研修生」と書かれた若い男性でした。私は、彼も「派遣」か「契約社員」なんだろうなと思いました。隣のカウンターでは、空港のグランドホステスと見紛うような、やけに首のスカーフが目立つ制服を着た若い女性が応対していましたが、その後ろには同じ制服を着たフジテレビの宮澤智アナ似の女性が座って、若い担当者の応答に耳を傾けていました。隣の女性も「研修中」で、そうやってフォローしながら実戦訓練しているのでしょう。

店内を見渡すと、平日の昼間で、しかも悪天候だからなのか、客は少なく、なぜかラフな格好をした中高年の男性が目立ちました。隣も40代後半くらいのナイロンのジャンパーを着た冴えない感じの男性でした。なにやら早口で(しかもぞんざいな言葉使いで)、「研修中」の担当者に向かってスマホに対する浅薄な知識を延々と披歴していました。私は、こういうお客が携帯電話会社にとって「おいしいお客」なんだろうなと思いました。

今やスマホも「下流ビジネス」(もっと露骨な言い方をすれば、DQN相手のビジネス)のひとつになっているような気がしてなりません。あたらしいiPhoneがどうだ、スペックがどうだというような話を聞いていると、吉野家と松屋の牛丼の違いがどうだという話と似た感じがしてならないのです。新型のiPhoneを手に入れるために、早朝からApple Storeに行列を作っている人たちを見ると、私は、朝からパチンコ屋の前に並んでいる人たちと重なって見えて仕方ないのです。おそらく彼らは携帯に月に何万円も使い、それこそ歩きながらでも食事をしているときでもトイレに入っているときでも、いっときもスマホから目を離さない(離すことができない)、スマホにとり憑かれたような生活を送っているのではないでしょうか。そして、私は、村上福之氏の『ソーシャルもうええねん』(Nanaブックス)のつぎの文章を思い出さないわけにはいかないのでした。

 ケータイコンテンツの世界は、クーラーのきいた涼しいオフィスビルのパソコン上で作られた仮想アイテムに、汗水流して働くトラックの運転手さんなどのブルーワーカーがお金を払う不思議な世界です。


「研修生」の彼に解約を申し出ると、別に理由を聞くでもなく「かしこまりました」と言って、淡々と手続きをはじめました。なんだか拍子抜けするくらいでした。もっとも、彼もまだ慣れてないみたいで、手続きをするのが手いっぱいの様子でした。

やっと書類が出来上がったと思ったら(と言っても、簡単な書類が3枚でしたが)、「最終確認をさせていただきますので、少々お待ちください」と言って、胸元のマイクで「書類の確認をお願いします」と告げたのです。すると、上司(社員?)とおぼしき男性が出てきて、書類をさっとめくって承認印を押し、一礼して立ち去って行きました。

私は15年以上もドコモを使っていましたので、さすがに寂しい気持が湧いてきました。それで、「お世話になりました」と挨拶したら、「研修生」の彼は、雨の日はそう言うように教育されているのか、たどたどしい口調で「足元にお気を付けてお帰りください」と言って一礼していました。

店を出ると、外はいちだんと雨脚がはやくなっていました。私は、傘をさすと肩をすぼめて歩道橋を上がり、駅ビルのほうに向かいました。でも、やはり、心のなかにはしんみりとした感情が残っていました。

それから、新横浜駅の三省堂書店で、本日発売されたばかりの田中康夫の『33年後のなんとなく、クリスタル』(河出書房新社)を買って帰りました。

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2014.11.26 Wed l ネット l top ▲
私は、ドコモに加入して来月でまる12年になります。もっとも、途中、携帯電話を紛失して数ヶ月だけ他社に加入していた時期がありますので、通算すれば15年以上ドコモに加入しているはずです。

しかし、今月でドコモを解約することにしました。理由は、ドコモの新料金プランにまったくメリットがなかったことと、来るべきSIMフリーの時代に備えるためです。

携帯電話の料金プランは、ご存知のように、音声通話とパケット通信(データ通信)の二つの柱によって成り立っています。今、私が加入しているのは、通話の部分が「タイプXiにねん」(802円)で、パケットの部分が「Xiパケホーダイフラット(7G)」(5700円)です。これにスマホの割賦払いが加わり、月に大体8000円~9000円くらい払っています。

割賦払いは今月で終了しますが、それに伴い端末代金を補てんする「月々サポート」(1900円)も終了しますので、来月以降、今より1000円くらい安くなり、7000円~8000円の支払いになる予定でした。

ただ、私が加入しているのは、既に新規契約の受付を停止している旧料金プランです。新プランに移行すると、旧プランより2000円くらい負担増になるのです。いつまでこの旧プランを契約できるのか、当然そういった不安を抱きます。それで、ドコモのお客様センターに電話して確認しました。すると、答えは以下のようなものでした。

①機種変更をしなければそのまま旧プラン継続可能。
②機種変更すれば、iPhoneの場合は新プランに強制加入。iPhone以外は旧プランの継続は可能だが、「月々サポート」1900円は適用されない。

つまり、機種変更すれば、旧プランであっても「月々サポート」がなくなるので、新プランとほとんど変わらなくなるのです。この新料金プランの仕組みは、ドコモだけでなく他社も似たようなものです。今回ドコモが主導した新料金プランは、収益源である通話料金を無料アプリに奪われないように一定額確保し、携帯電話料金の高止まりを狙う「邪悪な」意図がミエミエなのです。

新料金プランと旧料金プランの違いは、主に通話の部分です。パケットの部分は、金額的にはそう違いはありません(家族でデータ量をシェアできるとかありますが、それも私には関係ない)。新料金プランに移行すれば、2916円で電話がかけ放題になるというのが謳い文句です。しかし、私のようにあまり電話をかけなくて、月に通話料金が1000円以下のような人間は、逆に負担増になるのです。それに今はLINEやカカオトークなど無料(格安)アプリもありますので、「電話のかけ放題」というのは、ドコモが言うほどメリットはないのです。

そこで、目をつけたのが同じNTTグループのOCNモバイルONEでした。ドコモと同じ回線で、データ量4Gのプランで1566円(税込)でした。ただ、その場合、ひっかかったのがテザリング(「デザリング」ではなく「テザリング」が正しいらしいので、そっちに統一します)でした。私は、たまに出先でパソコンを使うことがありますので、テザリングが必要なのですが、しかし、ドコモの端末ではテザリングができないのです。MVNOはNTTのドコモの回線を使い、SIMもドコモのSIMなのに、テザリングができないというこの不思議。なんでもドコモの端末には、デザリングを規制するために、テザリングすると接続先(APN)を変更する機能が組み込まれているからだそうです。こういったところにも、ユーザーの利便性を無視したドコモの夜郎自大な体質が垣間見えるのでした。

それは、料金も然りです。ドコモは言わば(回線=インフラの)メーカーのようなもので、そのメーカーが小売と卸しを両方やっていて、MVNO業者は、ドコモから回線を卸してもらいそれを小売しているのです(だから、ドコモのSIMを使うのです)。ところが、利用料金(商品代金)は、メーカー直で買うよりメーカーが卸した小売店で買うほうがはるかに安いのです。通常の商売ではこんなことはありえないでしょう。

テザリングができないので、スマホ用のSIMとは別にPC用のUBS端末もレンタルすることにしましたが、それでも全部で3千円足らずでした。ドコモの半分以下です。OCNモバイルONEにすると、電話番号が090や080ではなく050のIP電話になり、メールも携帯(キャリア)メールが使えないという”制約”がありますが、それもデメリットとは言えない程度の話でしょう。追記:12月より音声付SIMが発売され、従来の携帯と同じように番号ポータビリティ(MNP)が可能になりました。

なにより、やっと2年の割賦が終わったばかりのスマホを無駄にしたくないという気持がありました。ドコモが嫌だからと言って、ソフトバンクやauに乗り換えれば、端末もあらたに買い替えなければならないのです。もっとも、端末のSIMフリーが義務づけられれば、このような特殊ニッポン的なシステムも改変され、海外と同じように端末メーカーと通信業者の区分けが明確になって、もっと自由に端末を選ぶことができるようになるはずです。もちろん、たとえばandroidの場合、Google のIDでログインしてさらにドコモのIDでログインしなければならないとか、Gmailがあるのに別にドコモメールがあり、そのために電話帳が二つあるとかいった、ややこしいことも徐々に解消され、テザリングに規制をかけられるような理不尽なこともなくなるでしょう。あとは通信方式が統一されて、さらに競争が進むことを願うばかりです。

今までは資本主義社会にあって資本主義のメリットを充分享受できない体制にあったのです。そのガラパゴスな体制をつくったのがNTTドコモです。たしかに、SIMフリーになっても、インフラ(回線)をNTT(ドコモ)が独占している限り、ガラパゴス体制はつづきますが、それでも今までよりいくらか資本主義のメリットを享受できるようになるはずです。その第一歩が今回の「ドコモにさよなら」なのです。
2014.11.08 Sat l ネット l top ▲
まだ途中までしか読んでないのですが、大塚英志氏の新著『メディアミックス化する日本』(イースト新書)のなかで、KADOKAWAとドワンゴの合併に関連して、つぎのような文章がありました。

「世論」を極端な方向に誘導した朝日新聞など旧メディアは糾弾される一方で、例えばニコ動上の「世論」形成に対して、川上量生も角川歴彦も、自らが「責任」を問われるという感覚がそもそもないでしょう。もし朝日新聞の報道がつくり出した「空気」の責任を朝日というメディや、その経営者に問うことが妥当なら、プラットフォームの責任をプロバイダ責任制限法を持ち出してよもや免責することはあってはならないわけです。自分たちが「発話」のためのプラットフォームの提供者だから、その中身に責任はないというのは、一方でその投稿をコンテンツとしている以上、通用しないロジックです。


言うまでもなく、ニコ動はヘイト・スピーチの一大拠点です。そして、ドワンゴは、その「流言飛語」の「多元的発話システム」を「マネタイズ」しているのです。つまり、ヘイト・スピーチや歴史修正主義のようなカルト思想に「場」を提供することによって、金儲けをしているのです。金儲けをしている限り、間違っても責任がないなんていうことはないでしょう。

今までヘイト・スピーチを煽っていた政治家や官僚や桜井よしこなどの”右派文化人”たちは、ここにきていっせいに手のひらをかえしたように、ヘイト・スピーチの梯子を外しはじめていますが(そして、先日の飯田橋の暴力事件に警視庁公安部が乗り出してきたことからもわかるように、これからヘイト・スピーチに対する規制が本格化するのは間違いないと思いますが)、だからと言って、彼らがこれまでヘイト・スピーチを煽ってきた責任から逃れられるわけではないのです。それは、ニコ動も同じです。

 そもそも「個人の表現の自由」がより広く個人に与えられ、それに基づく「合意形成」がなされることは、民主主義システムの見果てぬ夢でした。それがWEBである程度可能になった時、それを運用する企業に「倫理」が不在なのは解せません。けれど、少なくともぼくも多少はインサイダーな話が漏れ伝わる立場にいたこともあるKADOKAWAやドワンドで、その経営陣がこのような「倫理」について言及したことを知りませんでした。


川上量生はジブリ関係者の前では「ぼくの夢はニコ動からネット右翼を追い出すこと」とかつて語っていますが(そういうオフレコ発言を書くのはフェアではないかもしれませんが、彼は公人なので)、問題なのはむしろ彼がニコ動というプラットフォームのもたらしたものに責任を持つ意思がないことです。安倍に政治的に加担するならすればいいのです。しかし、彼に限らずプラットフォームのトップは、「ニュートラル」などというものではなく「責任」という概念を全く持つことのできない、いや「それって何?」と本気で思える人たちです。


たしかに、ネットというのは「発話」(発言)すること自体は「自由」です。その意味では、「民主的」と言えるのかもしれません。しかし、現実において、私たちが「発話」するためには、ニコ動や2ちゃんねるやTwitterやFacebookやLINEなどなんらかのプラットフォームを利用しなければなりません。そして、プラットフォームを利用すれば、「発話」は立ちどころにあらかじめコントロールされたシステムのなかに組み込まれることになるのです。「一人ひとりの断片的な書き込みやツイートは、実は今や『民意』という『大きな物語』に収斂する仕掛け」になっているのです。私たちの「発話」は、その”宿命”から逃れることはできないのです。

一企業の金儲けの論理のなかに「言論・表現の自由」が担保されているというこのあやふやな現実。これがネット「言論」なるものの特徴です。そして、それは、私たちの「発話」だけに限った話ではないのです。Google 検索やYahoo!ニュースなどもまったく同じ構造のなかにあるのです。

先日、テレビの深夜番組で、Yahoo!トピックスが取り上げられていましたが、それによれば、Yahoo!トピックスを担当するのは、わずか25人だそうです。25人が国内にある3つの拠点に分散して、日々のニュースを編集しているのだとか。メンバーを見ると、ほとんどが20代後半~30代の新聞社や通信社の元記者たちでした。そんな彼らが、契約先からあがってくる記事を取捨選択し編集して、まとめサイトと同じようにトップページに掲載する作業をおこなっているのでした。

新聞記者というのは、みずから取材してみずから記事を書くことに生きがいを見いだすのが普通ではないでしょうか。そのために新聞記者になったのではないか。でも、彼らは取材することはありませんし、みずから記事を書くこともありません。一日中パソコンの前に座って他人が書いた記事をピックアップするだけなのです。

と言うことは、彼らは記者の落ちこぼれではないのか。ジャーナリストになれなかった人間たちではないのか。私にはそう思えてなりませんでした。本来なら靴底を減らして取材し、自分で記事を書くことに生きがいを見い出すはずなのに、それを捨てた人間たちなのです。そんな25人の青年たちが、月間45億ページビューというとてつもない影響力をもつYahoo!トッピックスを編集しているのです。そして、その背後には、言うまでもなくあのソフトバンクの拝金思想、いや、企業の論理が伏在しているのです。おそらくそこには、「編集権」という考えさえ存在してないのでしょう。

私は、その番組を見て、どうしてときおりYahoo!のトップページにヘイトな記事がアップされるのか、その理由がわかったような気がしました。2ちゃんねるの内紛によって、その一端があきらかになりましたが、政治権力にとって、一企業のあけすけな論理で運営されているニュース媒体をコントロールすることなど、それこそ赤子の手をひねるように簡単なことでしょう。むしろ、コントロールされてないと考えるほうが無理があるのではないでしょうか。

Yahoo!は、間違っても「報道機関」ではないのです。Yahoo!ニュースの担当者は、間違っても「ジャーナリスト」ではないのです。ネットにおいてはニュースさえ、「責任」も「倫理」もない、お金の論理に支配された(身も蓋もない)構造のなかで流通しているのです。そのことを忘れてはならないでしょう。

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2014.11.02 Sun l ネット l top ▲
案の定、「誤報」問題以後、朝日新聞の紙面から安倍政権に対する批判的な記事が消えています。

この国のメディアは、カルトな政権にあっけないほど簡単に膝を屈したと言えるでしょう。どうしてなのか。そこには、アメリカの占領政策の置き土産にすぎない「言論の自由」に依拠する”あなたまかせの思想”しかなかったからです。朴槿恵大統領に関する記事をめぐり、産経新聞の加藤達也前ソウル支局長が韓国の検察に在宅起訴されたことに対して、日本政府が「『言論の自由』の観点から憂慮を表明し抗議した」というのは、まさに「言論の自由」のご都合主義を表わしていると言えます。朝日新聞の「言論の自由」は「反日」として封殺するが、産経新聞やヘイト・スピーチの「言論の自由」は、「民主主義の根幹」だとして「守る」のです。竹中労が言っていたように、「『言論の自由』なんてない」のです。あるのは「自由な言論」だけです。

この手の話は、どうしてもベタな政治の話にならざるをえないのですが、先日、Yahoo!ニュースに、つぎのような記事が掲載されていました。

Yahoo!ニュース
正恩氏側近が訪韓 北、経済難・孤立焦り…対南懐柔で打開狙う

人の振り見て我が振り直せという諺がありますが、どうやら安倍政権に「恋ボケ」した産経新聞や読売新聞(読売も同じ記事を書いていた)は、北朝鮮の「孤立」に、彼の国の誘惑に乗って「調査団」の訪朝を検討している自国の「孤立」と「焦り」を重ねて見ることはできないみたいです。

拉致に関する日朝合意に、アジアで孤立を深める日本の焦りが反映していることは、誰の目にもあきらかなのです。北朝鮮は、そんな日本の足元を見る「したたか」な外交を展開していると言えるでしょう。これでは、拉致問題が外交カードに使われ、北朝鮮に「ふりまわされる」のは当然でしょう。

また、北朝鮮サイドから見れば、日朝合意の裏に、関係が冷えていると言われる中国への「恋のさや当て」があるのはたしかで、日本は北朝鮮に二重に利用されているとも言えるのです。世界の常識ではこんな外交を「無能」と言うのですが、しかし、サティアンのなかでは、その「無能」が「愛国」になるのでした。そして、中国も韓国も北朝鮮も、日本なしでは生きていけないので、ホントは日本との復縁を切望しているのだと自演乙するのでした。

先月末、インドのモディ首相が来日した際も、日本のメディアは、経済・安保で連携強化をはかり、国境問題で中国と対立するインドとの間に対中包囲網を築くことを確認した、とまるで”明日は戦争”みたいな記事を書いていました。しかし、その10日後、タジキスタンで開かれた上海協力機構(SCO)の首脳会議では、インドの加盟申請を受け、2015年からインドが正式メンバーとしてSCOに加盟することが決定したというニュースが流れたのでした。対中包囲網どころか、対日包囲網が築かれているのです。あの日本の報道はなんだったんだと思いますが、このメディアのネトウヨ化こそ、カルト化するニッポンを象徴する光景と言えるでしょう。

中国とロシアとインドが経済的利害を一致させ、経済的な同盟関係を結ぶ上海協力機構(SCO)が、これからのアジア経済をけん引していくのは間違いありませんが、そのとき仲間外れにされた「カルトの国」がどうなっていくのか、想像したくもない近未来です。カルト思想は、サティアンのなかでしか通用しない妄想ですから、こうなったらテレビ東京がやっているように、日本(人)は世界中でリスペクトされているというような「慰撫史観」(宮台真司)で、ますます夜郎自大に自閉していくしかないのかもしれません。

折しもネットでは、書評家でフリーライターの豊崎由美氏の以下のようなツイッターでの発言が論議を呼んでいますが、ここにも「言論の自由」の虚妄が露呈されているように思います。

豊崎由美@ガタスタ屋ですが、それが何か?
豊崎由美@ガタスタ屋ですが、それが何か?

豊崎氏の発言は、「一部」という断りがあるものの、よく耳にする「どっちもどっち」論です。でも、これはなにも語ってない、なにも考えてない、ただの事なかれ主義です。文筆家でありながら「排外主義」のことばの意味も理解していない、思考停止の最たるものです。

豊崎氏は、片山さつきではないですが、「言論の自由」は誰でも等しく天賦として与えられ、何人も侵すことのできない基本的な人権だと思っているのでしょうか。少なくともものを書く人間であれば、その「建前」に気づいてよさそうですが、そんなデリカシーさえないようです。もしかしたら、この発言には取引先の文春や新潮に対する”政治的配慮”がはたらいているのかもしれませんが、だとしたらもっとタチが悪いと言えます。彼女の仇敵である百田尚樹のほうが、単細胞な分、よほど”正直者”に思えるほどです。

ただ一方で、豊崎氏のトンチンカンな発言によって、「あたらしいことば」がどこにあるかということがあらためてわかったような気がします。豊崎氏の言う「穏やかな対話」というのは、文字通り「閉ざされた言語空間」で予定調和のことば(常套句)をかけあい、現実を糊塗するだけの、「話せばわかるごっこ」にすぎません。でも、話してもわからないこともあるのではないか。況んや、「本音モード」というカルトな時代においてをや、です。私たちに今、求められているのは、このような迷妄する現実に冷水を浴びせる「あたらしいことば」なのです。「あたらしいことば」は、建前も本音も、右か左かという政治的イデオロギーも、「言論・表現の自由」という天賦説も凌駕し、「どっちもどっち」論の虚妄を露呈させるような、ぬきさしならない、それこそ豊崎氏のような(能天気な)「民主主義者」が眉をひそめるような、ある意味暴力的なことばが飛び交う場所にしか生まれないのではないか。

そして、そんな”講壇民主主義”とは真逆の「あたらしいことば」こそが、サティアンで自演乙するテレビ東京的「慰慰史観」を溶解させ、ベタな政治の風景も含めて、見たくないけど見なければならない現実を私たちの目の前に提示する役割を担っているのだと思います。何度も言いますが、「言論の自由」なんてないのです。あるのは「自由な言論」だけです。
2014.10.12 Sun l ネット l top ▲
加藤典洋氏は、ツイッターで、今まで朝日新聞の購読をやめていたけど、今回のバッシングを機会に購読を再開しようと思っていると書いていましたが、私はその発言にはどこか違和感を抱かざるをえませんでした。

加藤氏は、今まで何度となくくり返されてきた「政治と文学」論争について、『敗戦後論』のなかで、つぎのように書いていました。

文学は、時の権力に対してどれだけ芸術的な抵抗をしたか、という観点ではかられるべきではない。このような考えなら、これまでもしばしばたとえば芸術至上主義などによって示されてきた。(略)
 しかし、文学は、そのような「観点」、芸術という観点、芸術的抵抗という観点、国家という観点、つまり文学という行為の外に立ち、これにいわばイデオロギーとして働きかける、どのような「観点」の正しさにも抵抗するのではないか、それが文学の本質なのではないか。
(『敗戦後論』所収「戦後後論」)


しかし、私は、こういった「文学の本質」が文春や新潮に対する文芸家たちの事なかれ主義を招いているように思えてならないのです。

朝日新聞バッシングに血道を上げる雑誌には「売国」「国賊」「反日」の大見出しが躍る。敵を排撃するためには、あらん限りの罵詈(ばり)雑言を浴びせる。まるで戦前・戦中の言論統制だ。ネットではおなじみの風景だが、活字メディアでも「市民権」を得つつある。「嫌韓本」で一線を越えた出版界には、もはや矜恃(きょうじ)もタブーもないのかもしれない。安倍政権が「戦争できる国」へ突き進む中、「売国奴」呼ばわりの横行は、あらたな「戦前」の序章ではないのか。 (林啓太、沢田千秋)

東京新聞
朝日バッシング 飛び交う「売国」「反日」


朝日新聞に批判的な向きも、『週刊文春』九月四日号には驚いたに違いない。メーン見出しは「朝日新聞『売国のDNA』」。朝日新聞が取り消し・訂正した「吉田調書」や慰安婦報道にとどまらず、「サンゴ事件」など朝日の過去の誤報を持ち出しながら「売国のDNAは脈々と受け継がれている」と指弾した。
(同上)


このような「一線を越えた」文春や新潮に対して、加藤氏が言うような”文学絶対主義”は、もはやただの方便にすぎないのではないか。

そもそも文学はそんな特権的なものなのでしょうか。「高尚」な文学談議と「売国」「反日」の見出しが躍る雑誌には、どう考えても整合性はないのです。「私たちも不本意でやっているのです。先生にいい小説を書いてもらうために、あれは商売としてやっているだけです」というような編集者の弁解を真に受けているのでしょうか。でも、読者はそんなアクロバティックな観念で小説を読んでいるわけではないし、そんな弁解を真に受けるほど世間知らずではないのです。

私は、朝日新聞を応援するという加藤氏のベタな書き込みを読んだとき、テレビのワイドショーにコメンテーターとして出ている大学教師や評論家や有名ブロガーたちのことを想起せざるをえませんでした。彼らの書くものは、それなりに考えさせられるものがないわけではありません。ところが、テレビの前では、誰でも言えるような実にありきたりでつまらないことしか言えないのです。

もちろん、そこには、”お茶の間の論理”に媚びを売る彼らの”志操”の問題もあるでしょう。でも、それだけでなく、むしろその落差のなかに、書くことの本質が示されているように思えてならないのです。私たちは、ものを書くことによって、現実を仮構しているのではないか。私たちが思ったり考えたりすることも、書きことばに直せばたちまち”常套句”に収斂され、あらかじめ定められたものに虚構化されるのではないか。私たちは、それを「現実」と思い込んでいる(思い込まされている)だけではないのか。コメンテーターたちが書いているものも、ただの手慰めな虚構にすぎず、彼らは、ときと場合によってそれらを使い分けているだけではないのか。

ものを書くということは所詮、おためごかしにすぎないのです。まして今のように、”お茶の間の論理”が尖鋭化しカルト化すれば、ものを書くことはますます現実と遊離しトンチンカンに見えてきます。仮に”常套句”に抗い、虚構のなかに真実を見つけることばがあるとすれば、それは、大岡昇平のように、無残で過酷な現実に打ちのめされた先にある、吉本隆明が言う「還相」の過程で獲得したことばしかないのではないか。それを「文学のことば」と言えばそう言えるでしょう。朝日新聞を応援すると表明することに、そんな真実を見つけようとする「態度」があるとはとても思えないのです。

「文学的態度」から言えば、朝日新聞なんてどうだっていいのです。バッシングのいかがわしさと朝日新聞を応援するということはまったく次元の異なる話です。それよりまず隗より始めよで、文春や新潮と自分との関係を問い直すことが肝要でしょう。「一線を越えた」文春や新潮こそ、「文学のことば」を政治に従属させようとする反動と言えるのです。そんな現実と拮抗することのないことばに、真実なんてあろうはずもありません。
2014.10.06 Mon l ネット l top ▲
上原多香子の夫が自殺したニュースに関連して、私のブログにも「上原多香子 関東連合」「上原多香子 西麻布迎賓館」というキーワードでアクセスしてきた人が何人かいました。おそらく、1年前に書いた「上原多香子の名誉毀損」という記事が、そのようなキーワードでヒットしたからでしょう。

「ネットは悪意の塊」というのはまさに至言で、ネットには、人の不幸をこういった視点でしか見ることができない人間が(それも少なからぬ数)いるということなのでしょう。

でも、忘れてはならないのは、彼らはみずから検証するデータも知識も知能ももってない情弱な人間であるということです。ネットにおいては、「悪意」というのは「無知」と同義語なのです。そして、そんな彼らこそ”煽られる人”でもあるのです。

週刊文春は、こういった悪質な記事を数多く捏造してきました。そんな文春が朝日の誤報を口を極めて罵っているのですから、開いた口が塞がらないとはこのことでしょう。誰かが言っていたように、人殺しがコソ泥を罵倒しているようなものです。

もちろん、それは、文春だけではありません。新潮も読売も産経も同様です。むしろ、彼らの誤報&捏造は朝日の比ではありません。朝日バッシングが官邸主導の周到に用意されたシナリオに基づいておこなわれているという見方もありますが、今のメディア状況では、そのカラクリがあきらかにされることはないでしょう。

ここぞとばかりに、朝日バッシングをくり広げている産経新聞や読売新聞ですが、森達也氏が「リアル共同幻想論」(ダイヤモンドオンライン)で書いているように、産経や読売も過去に同じように「吉田証言」を記事にしているのです。

産経新聞は、1993年に「人権考」というタイトルで、「吉田証言」を大きくとり上げ、そのなかで、「被害証言がなくとも、それで強制連行がなかったともいえない。吉田さんが、証言者として重要なかぎを握っていることは確かだ」(『加害 終わらぬ謝罪行脚』)と書いているそうです。しかも、その企画によって、産経新聞大阪本社「人権問題取材班」は、第1回坂田記念ジャーナリズム賞を受賞しているのです。また、読売新聞も、1992年8月15日の夕刊で、「百人の朝鮮人女性を海南島に連行した」という吉田氏の発言を紹介しているそうです。

それどころか、産経新聞には、編集局長(当時)の山根卓二氏がKGBのスパイだったという驚くべき過去さえあるのです。旧ソ連の諜報機関・KGBのエージェントで、のちにアメリカに亡命したスタニスラフ・レフチェンコが、1982年に米下院情報特別委員会で、山根氏の実名をあげて証言しているのです。

リテラ
編集局長がKGBのスパイだった!? 産経が頬かむりする「売国」的過去

産経や読売が頬かむりをして、朝日を叩いている図は、敗戦を「戦後」と言い換えて、みずからは責任を取らず、卑屈なまでに”昨日の敵”に取り入った戦争指導者とよく似ています。それはなにより、「愛国」と「売国」が逆さまになった「戦後」という時代の背理を体現しているとも言えるのです。

今や朝日新聞は、慰安婦の存在自体を否定するカルトな歴史修正主義者たちの格好の餌食となり、ほとんどサンドバック状態と化していますが、しかし、ここに至ってもなお、田原総一郎ら社外の有識者による第三者委員会を立ち上げ「検証」作業をおこなうというのです。一体なにを「検証」するつもりなのでしょうか。これからはリスクが伴う調査報道を避けて、記者クラブの発表により特化した報道に心がけますとでも言って、”反省のポーズ”をとるつもりなのでしょうか。

取材に誤報は付き物です。記者クラブが存在せず、調査報道が主体の欧米の新聞は、それこそしょっちゅう誤報&訂正をくり返しているそうです。朝日だけでなく、産経も読売もどこも誤報を犯しています。まして文春や新潮は、誤報どころではなく、上原多香子の記事のように、確信犯的に俗情と結託した「私刑」の記事を捏造しているのです。

私は、欧米の新聞のように、「はい、訂正しました。これでおしまい」と、どうして言えないのかと思います。「愛国心はならず者の最後拠り所」(A・ピアス『悪魔の辞典』)なのです。「誤報なんていくらでもあるじゃないか」「お前たちだって同じことをやっているじゃないか」と開き直るくらいの気概がなければ、ますます付け込まれ、要求がどんどんエスカレートするだけでしょう。今のようにカルトが跋扈して、「戦争前夜」(半藤一利氏)のような状況を招いているその責任の一端は、朝日の姿勢にもあるのではないでしょうか。

私は、この国の政治が加速度的に右旋回(カルト化)するその梃子の役割を担っている(担わされている)ところに、朝日新聞の”罪”があるのだと思います。それは、朝日の官僚的な体質と危機管理のなさによるものですが、今の経営陣にその自覚があるとはとても思えません。彼らがやろうとしているのは、きわめて官僚的で姑息な対応でしかありません。そして、彼らはみずからの責任を偽装するために、(これまた戦争指導者と同じように)「無条件降伏」というジャーナリズムの死を選択しているように思えてならないのです。

朝日新聞の経営陣は、朝日のコアな読者が「誤報」問題をどう考えているかということがまるでわかってないのではないか。コアな読者が失望したのは、「誤報」そのものより、あとの対応とその姿勢に対してなのです。
2014.10.03 Fri l ネット l top ▲
「吉田清治証言」の記事取り消しに関する朝日新聞へのバッシングは、エスカレートするばかりです。安倍首相も、「世界に向かってしっかりと取り消すことが求められている。朝日新聞自体が、もっと努力していただく必要がある」などとわざわざコメントして、バッシングをさらに煽っているのでした。

朝日が最初に「吉田証言」を記事にしたのは1982年9月ですが、既に90年代の初めには、慰安婦問題を調査する関係者の間でも、「吉田証言」に対して疑問を呈する意見が出ていたそうです。木村伊量社長も記者会見で言っていたように、朝日の訂正はあまりに遅きに失した感は否めません。そこには、日本を代表するクオリティペーパー(?)たる朝日の夜郎自大な体質が露呈しているような気がしてなりません。

もっとも、「吉田証言」を記事にしたのは、朝日だけではないのです。読売新聞も産経新聞も(共同通信も毎日新聞も)、同じように「吉田証言」を大々的に取り上げているのですが(産経新聞は書籍化して「第1回坂田記念ジャーナリズム賞」という賞まで受賞しているのですが)、もちろん訂正もしていません。それどころか、みずからは頬かむりをしたまま、連日、朝日バッシングをくり広げてているのです。別に朝日の肩をもつわけではありませんが、どうして朝日だけがこのように執拗にバッシングされるのかという疑問はどうしてもぬぐえません。

うがった見方をすれば、今回のバッシングとNHKの人事問題がリンクしているような気がしてならないのです。というのも、2001年NHK教育テレビが放送したETV特集・「問われる戦時性暴力」という慰安婦問題を扱った番組に対して、安倍晋三氏が中川昭一氏(故人)とともに、内容が「反日的」だとしてNHKに圧力をかけて番組内容を改変させた(と言われている)”事件”があったのですが(それが今回のNHK人事の伏線になっていると言われているのですが)、その際、安倍氏らの介入を記事にして二人の行為を批判したのがほかならぬ朝日新聞だったからです。ちなみに、当時、安倍氏らと一緒になってNHKに抗議をしていた「愛国」団体の多くは、のちにネットから進出した団体を除いて、今のヘイト・スピーチをおこなっている団体とほぼ重なっています。

また、上記の安倍首相の「世界に向かってしっかりと取り消す」という発言に、慰安婦の存在そのものを否定する歴史修正主義的な底意があるのは間違いないでしょう。そして、その先に、「戦時性暴力」を認めた「河野談話」の空洞化&見直しの狙いがあることは疑いえないのです。

しかし、「河野談話」が作成された経緯を見れば誰でもわかることですが、「河野談話」と「吉田証言」はなんら関係がないのです。あたかもそれらが関係があるかのように言い放つバッシングには、あきらかに意図的なウソ(情報操作)があります。「河野談話」を作成するために政府が二度に渡っておこなった調査においても、「吉田証言」は「信憑性が疑わしい」として調査の対象から外されているのです。その意味では、「問題の核心は変わらない」という朝日新聞の発言は、開き直りでもなんでもなく事実を言っているだけです。

Peace Philosophy Centre
緊急寄稿「河野談話検証報告を検証する」(田中利幸)

日本政府は、1991年7月に公表した「第一次調査」のなかで、慰安所の設置や管理及び「慰安婦」の募集や管理等について、当時の政府や軍が関与していたことは認めたものの、慰安婦にするために女性を強制連行したことについては、「資料が見つからない」として認知を留保したために、内外の批判を浴びました。そのため、翌年の1992年から「第二次調査」を開始し、1993年8月4日にその調査結果を公表しました。

政府(内閣外政審議室)は、「いわゆる従軍慰安婦問題について」と題したこの第2次調査の結果を、1993年8月4日に公表したが、その中で以下の3点を調査対象としたことが説明されている。

調査対象機関:
警視庁、防衛庁、法務省、外務省、文部省、厚生省、労働省、国立公文書館、国立国会図書館、米国国立公文書館

関係者からの聞き取り:
元従軍慰安婦、元軍人、元朝鮮総務府関係者、元慰安所経営者、慰安所付近の居住者、歴史研究家

参考とした国内外の文書及び出版物:
韓国政府が作成した調査報告書、韓国挺身問題対策協議会、太平洋戦争犠牲者遺族会など関係団体等が作成した元慰安婦の証言集等。なお、本問題についての本邦における出版物は数多いがそのほぼすべてを渉猟した。」

その結果として、「慰安所」の経営と「慰安婦」の募集については、以下のように報告している。

「(6)慰安所の経営及び管理:
 慰安所の多くは民間業者により経営されていたが、一部地域においては、旧日本軍が直接慰安所を経営していたケースもあった。民間業者が経営していた場合においても、旧日本軍がその開設に許可を与えたり、慰安所の施設を整備したり、慰安所の利用時間、利用料金や利用に際しての注意事項などを定めた慰安所規定を作成するなど、旧日本軍は慰安所の設置や管理に直接関与した。

 慰安婦の管理については、旧日本軍は、慰安婦や慰安所の衛生管理のために、慰安所規定を設けて利用者に避妊道具使用を義務付けたり、軍医が定期的に慰安婦の性病等の検査を行う等の措置をとった。慰安婦の外出の時間や場所を限定するなどの慰安所規定を設けて管理していたところもあった。いずれにせよ、慰安婦たちは戦域においては常時軍の管理下において軍と共に行動させられており、自由もない、痛ましい生活を強いられたことは明らかである。

 (7)慰安婦の募集:
 慰安婦の募集については、軍当局の要請を受けた経営者の依頼により斡旋業者らがこれに当たることが多かったが、その場合も戦争の拡大とともにその人員の確保の必要性が高まり、そのような状況下で、業者らが或は甘言を弄し、或は畏怖させる等の形で本人たちの意向に反して集めるケースが数多く、更に、官憲等が直接これに加担する等のケースもみられた。」
(緊急寄稿「河野談話検証報告を検証する」)


これは、日本政府が発表したれっきとした調査結果です。それを今になって反故にするような態度をとっているのですから、国際社会にとうてい受け入れられるものではないでしょう。朝日新聞がどうしたというような話ではないのです。

しかも、「性奴隷」「強制連行」は、それだけにとどまりません。

(略)日本軍将兵が女性を暴力的に略取してきて強姦し、長期間にわたって性奴隷として監禁した例は、抗日武装活動が激しかった中国大陸北東部やフィリッピンでは数多くあったことがこれまでの調査研究で明らかとなっている。さらにインドネシアでは抑留所に入れられていたオランダ人市民女性を日本軍が文字通り強制連行して「慰安所」に送り込み、強姦したうえで性奴隷にしたこと(いわゆる「スマラン事件」)が戦後のオランダ軍による戦犯裁判でも明らかにされた。
(同上)


慰安所や慰安婦については、中曽根康弘元首相(当時は海軍主計官)やフジサンケイグループの元議長で、産経新聞の社長でもあった故・鹿内信隆氏(当時は陸軍経理部)も、それぞれ自著で、自慢げに”証言”している事実さえあります。

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中曽根元首相が「土人女を集め慰安所開設」! 防衛省に戦時記録が
「女の耐久度」チェックも! 産経新聞の総帥が語っていた軍の慰安所作り

一方、朝日をバッシングする人たちのなかには、朝日の「罪」の本質は、「河野談話」より「クマラスワミ報告」のほうにあるという意見もあります。つまり、朝日の「吉田証言」が慰安婦問題を「性暴力」と認定した国連の「クマラスワミ報告」に根拠を与え、そのために世界に「性暴力」という間違ったイメージを流布させることになったという意見です。しかし、「クマラスワミ報告」の「性暴力」の記述も、朝日の記事とは直接関係がないとクマラスワミ氏自身も明言しているのです。

リテラ
朝日誤報と国連の批判は無関係…安倍政権の慰安婦問題スリカエを暴く

また、もうひとつの誤報、同じ「吉田」なのでややこしいのですが、福島第一原発の事故に現場で対応した吉田昌郎元所長(故人)に対して、事故の4ヶ月後から政府の事故調査・検証委員会が行った聴取記録、いわゆる「吉田調書」をめぐる誤報も、なんだか意図的なものを感じてなりません。

朝日はどこからかのリークによって「吉田調書」の一部を手に入れ、誤報につながるスクープをものにしたのですが、朝日のスクープのあと、今度は産経新聞が朝日のスクープを否定する記事を書いているのです。もちろんそれもリークによるものでしょう。相反するふたつのリーク。そして、今回の公開によって朝日の誤報がはっきりしたのでした。

公開するかどうかは政府の胸三寸でしたので、そこになんらかの計算がはたらいていたとしても不思議ではないでしょう。「吉田清治証言」の記事取り消しのあとの絶妙のタイミングで一転方針が転換され、公開された「吉田調書」。それによって、朝日新聞はさらにバッシングの嵐に見舞われ窮地に陥ることになったのでした。

ただ、「吉田証言」に対しての朝日バッシングは、逆に言えば、慰安婦問題に再び光を当て、慰安婦問題を国民的議論の俎上に乗せるいいチャンスだとも言えるのです。

それは、戦争責任に頬かぶりをして、国体を守るために、”昨日の敵”に取り入り、「敗戦」を「終戦」と言い換えた戦後の虚妄をあきらかにするチャンスでもあります。もっとありていに言えば、おじいちゃんの戦争責任を否定するために、ヘイトなナショナリズムを煽り、戦争を煽っている末裔のいびつな「愛国」心をあきらかにするチャンスでもあるのです。

たしかに、慰安婦問題は、日本人にとって見たくないもの、認めたくないものかもしれません。それは、私たちの祖父や父親の世代がおこなった悪夢のような”恥ずかしい行為”です。もちろん、彼ら日本兵は、赤紙一枚で戦争に駆り出された”被害者”という一面もあります。それに、戦時の極限状況がもたらした特殊な行為という側面もあるかもしれません。でも、そこにはまぎれもなく兵士の欲望のはけ口にされ、女性の尊厳を蹂躙され戦争の犠牲になった女性たちがいることは事実なのです。その事実を事実として認めるのが、近代社会に生きる人間としての最低限のあり方ではないでしょうか。それは、戦時でも平時でも関係ないはずです。どの国でもやっている、誰でもやっているというのは、低劣な言い逃れにすぎず、とうてい近代社会の論理に受け入れられるものではないでしょう。ましてや、その事実から目をそむけている限り、ソ連兵やアメリカ兵が日本人婦女子に対しておこなった蛮行を批判することができないのは当然でしょう。

 大日本帝国陸軍は大局的な作戦を立てず、希望的観測に基づき作戦を立て(同盟国のナチス・ドイツが勝つことを前提として、とか)、陸海軍統合作戦本部を持たず、嘘の大本営発表を報道し、国際法の遵守を徹底させず、多くの戦線で戦死者より餓死者と病死者を多く出し、命令で自爆攻撃を行わせた、世界で唯一の正規軍なのである。(引用者注:原文では「唯一の」に傍点あり)
(『愛と暴力の戦後とその後』赤坂真理・講談社現代新書)


私たちが目を向けるべきは、中国や韓国の「反日」な世論でも、朝日新聞の報道でもなく、こういった戦争に私たちの祖父や父親たちを駆り出した戦争指導者たちの責任なのではないでしょうか。そして、どうして他国民に対しても自国民に対しても戦争責任があきらかにされなかったのか、誰も責任をとらなかったのか、という問題にもう一度立ちかえり、戦後を検証することではないでしょうか。朝日新聞バッシングは、そのいいチャンスなのだと思います。

しかし、文春や新潮の問題でも示されているように、(江藤淳の言い方を”反語的”に借用すれば)戦後の「閉ざされた言語空間」では、そのせっかくのチャンスを生かすことができないのは自明でしょう。象徴天皇制と平和憲法がワンセットになったのがアメリカの占領政策でした。そんな「天皇制民主主義」(加藤典洋氏)のもとにおいては、改憲派も護憲派も、「保守」と「革新」も、単に「一つの人格の分裂」、ジキルとハイドでしかないのです。「改憲」やヘイト・スピーチが文春や新潮に支えられているように、「反戦」や「反核」も文春や新潮に支えられているのです。そういった戦後の「閉ざされた言語空間」に依拠している限り、せっかくのチャンスを生かすことができず、「本音モード」としての「熱狂なきファシズム」(想田和弘氏)に飲みこまれるのがオチでしょう。

『敗戦後論』で加藤典洋氏が書いていましたが、マーク・ゲインの『ニッポン日記』によれば、連合軍総司令部民政局長のコートニー・ホイットニーは、自分たちで作成した憲法草案を日本側の検討チームの閣僚たちにつきつけた際、「総司令官マッカーサーはこれ以外のものを容認しないだろう」と述べて、日本側に15分間検討の時間を与え、「隣のベランダに退いた」のだそうです。するとほどなく爆撃機が1機、「家をゆさぶるように」検討チームがいる家屋すれすれに飛んで行き、そして、15分後、部屋に戻ったホイットニーはこう言ったのだとか。

”We have been enjoying your atomic sunshine”

加藤典洋氏は、平和憲法の武力放棄条項が、このように「武力による威嚇の下で押しつけられ、さしたる抵抗もなく受けとめられた」、その「矛盾」「自家撞着」を「ねじれ」と表現したのでした。その結果、「戦後」の日本は、平和憲法の理念は称賛するが、それを信じてないという「二枚舌」(「自家撞着」)のなかで生きることになったのです。

新憲法は、そのあと、天皇の勅語とマッカーサーの支持表明を経て、国会で採択され公布されるのですが、このホイットニーのジョークを「屈辱」と感じた日本人がどれだけいたでしょうか。戦後の虚妄をあきらかにするためには、私たちは、まず、アメリカの核の傘の下(atomic sunshine)で空疎なことば(与えられた常套句)を弄ぶだけの「閉ざされた言語空間」を対象化することからはじめなければならないのです。すべてはそこからはじまるのだと思います。『永続敗戦論』で白井聡が書いていたように、戦後はまだ終わってはいないし、まだはじまってもいないのです。

※タイトルを変更しました(9/20)

>> 『永続敗戦論』
2014.09.17 Wed l ネット l top ▲
昨年、2ちゃんねるで個人情報が流出した際、ライトノベルの某作家が2ちゃんねるのなかで同業者や出版社を誹謗中傷する書き込みをしていたことが判明し、批判を浴びて謝罪しましたが、彼もまたある意味でネットに人生を支配されていたと言えなくもありません。

ネットというのは狭いマイナーな世界です。いくら同業者を誹謗中傷しようとも、社会的な影響力なんてまるでなく、ただの自己満足にすぎません。ところがネットにのめり込み、人生を支配されるようになると、そういった客観的な視点を失って、ネットの評判に一喜一憂するようになるのです。でも、それってたかだか数十人の評判にすぎないのです。しかも多くは遊び半分の”釣り”かもしれないのです。

ネットにのめり込むとまわりが見えなくなり、それこそ頭隠して尻隠さずみたいな醜態を演じることにもなりかねません。2ちゃんねるにのめり込むあまり、自分の個人情報が売られて、書き込みが特定されるなんて夢にも思わなかったのでしょう。2ちゃんねるがログを売っているというのは、10年以上前から指摘されていました。如何にもネットに習熟しているように見えて、そういう知識に疎いのが彼らの特徴です。

もちろん、それは一般の人たちも例外ではありません。「ネットこそ真実」「ネットがすべて」の人間は別にめずらしくありません。作家やライターなど、メディアで仕事をしている人間ですらそうなのですから、メディアにもともと縁のない人間たちは、なおさらでしょう。ネトウヨなどが典型ですが、彼らは、検証するデータや知識をもってないので、初めて触れたネットの情報に感動して舞上がり「真実を知った」つもりになるのです。そして、ネットに人生を支配されるのです。

ネットの情報は玉石混淆だと言いますが、それを見分けるには、それこそ人一倍、メディアの情報に通じ専門的な知識がないと無理でしょう。「ネットがすべて」「ネットこそ真実」の人間たちの特徴は、自分たちにわからないもの、理解できないものは、「真実」ではないと否定するその反知性主義にありますが、もとより彼らは無知蒙昧であるがゆえに反知性主義にならざるをえないのです。

芸能界が魑魅魍魎と言っても、魑魅魍魎だと言っている人間たちが魑魅魍魎の場合だってあるのです。もしかしたら、魑魅魍魎と言っている人間たちが魑魅魍魎を利用しているのかもしれないのです。ライトノベルの作家の例にも見られるように、ときにネットがメディア内のトラブルや思惑に利用されることもあるのです。そして、情報操作が別の情報操作に使われる場合だってあるのです。ネットには歯止めがないので、それはいくらでも可能です。

ネット・リテラシーということばがありますが、そもそもなんでもありの世界にリテラシーなんて意味があるのかと思ったりもします。たしかにネットは便利なツールです。でも、それはあくまで「ツール」にすぎないのです。いつの間にか、その「ツール」が生活そのものになり、人生を支配され、生き方をも縛ってしまう。それは、どう考えても本末転倒です。Googleや梅田望夫氏(なつかしい!) が言うように、ネットは必ずしも人を幸せにするとは限らないのです。パソコンを閉じて街に出よう(寺山修司の「書を捨てて街に出よう」のもじりですが)ではないですが、ときに一歩下がったところから自分とネットとの関係を眺めることも必要ではないでしょうか。

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ツイッター賛美論
2014.07.29 Tue l ネット l top ▲
ネットには”嫌儲”と言われる考え方があるのだそうです。つまり、お金のためというのを嫌う考え方です。たしかに、ネットを見ると、ヤフーにしても楽天にしてもドワンゴにしても2ちゃんねるにしても、身も蓋もないような拝金主義が目に付きます。もっとも、ネットの場合、ビジネスモデルが広告か課金か限られたものしかないので、どうしてもそのカラクリが目に見えてしまうという側面もあるのでしょう。

私自身のなかにも”嫌儲”のような考えがあります。特にブログで、アフィリ(アフィリエイト)を貼っていたり、有料にしたりしていると、途端に興ざめするのです。自分のブログでは広告が表示されるのも嫌なので、逆にお金を出して広告を非表示にしているくらいです。

ブログを書く場合、アフィリを貼ったり有料にしたりすれば、それを意識しないで書くことはできないでしょう。どうしてわざわざそんな不自由なことをしてブログを書かねばならないのかと思います。私たちは、依頼され原稿料をもらってブログを書いているわけではないのです。だから、完全とは言えないけど、ある程度は自由に自分の意見を書くことができるのです。もちろん、ブログを公表する上では、さまざまな制約があることはたしかでしょう。でも、そのなかでもできる限り自由に自分を表現したいと思って書いているはずです。

たかが数千円、数万円のお金のために、不自由な思いをしてブログを書く必要があるのかと思います。だったら、ほかで商売をすればいいのです。よくサーバー代くらいは稼ぎたいからという声を聞きますが、そんなセコいことを考えずにサーバー代くらい自分で出せよと言いたくなります。金額の多寡に関わらずお金がからむと、別の要素が入ってくるのは否定できないでしょう。

そういった不自由なブログは、まず文体にその不自由さが表われるのです。それは、新聞や週刊誌などと同じような「制度化された文体」です。表現の仕方に暗黙のルールがあり、それを無視することができなくなるのです。

たとえば、ブログで本や映画について書く場合、ネタばれはルール違反だという意見などもそうでしょう。ブログで書いているのは書評や映画評ではないのです。まして、どこかの評論家がお金をもらって書くような解説でもありません。ただの感想文です。なのにどうしてそこにネタばれはルール違反というような、業界の(?)ルールを押し付けてくるのか。それに、ブログの場合、どこまでがネタばれでどこまでがネタばれでないかなんていちいち意識して書いている人間なんていないでしょう。しかし、アフィリや有料ブログだとこうはいかないはずです。いちいち意識して書かなければならないのです。「制度化された文体」にならざるをえないのです。

本の感想を書くと、なかには著者が自分のTwitterなどに、「こんなにネットで評判になっています」とでも言いたげに、勝手にブログを紹介してコメントを付けている場合があります。しかも、紹介しているブログの多くはAmazonのアフィリのために書いたような、実際に読んでいるのかどうかもわからないようなブログです。そんなブログと一緒に並べられ(ミソもクソも一緒にされ)、その上、ネタばれだなんだと言われると、釈然としない気持にならざるをえないのです。

もっとも、考えてみれば、ネタばれというのは、実際に読んでいる証拠と言えなくもないのです。Amazonの広告文の文句をそのままコピペしたようなブログに比べれば、ネタばれのほうがはるかに誠実で真実味があると言えるのかもしれません。

ネット企業の拝金主義もブログのアフィリも著者の「自演乙」の宣伝も、根っこは同じで、要するに「セコい」ということでしょう。”嫌儲”は、ネットに蔓延するそういった「セコさ」に対する反発なのではないでしょうか。ネットにおいては、「セコさ」は自由の反対語なのです。もともとネットには、オープンソースや無料経済の思想がありましたが、ネットがリアル社会化するにつれ、そういったネットが本来もっていた自由な考え方が片隅に追いやられてしまったのは事実でしょう。”嫌儲”は、そんなネットのあり様にアンチテーゼを提示しているとも言えるのです。

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2014.07.27 Sun l ネット l top ▲