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昨日、女優のアンジェリーナ・ジョリーがアフリカのナミビアで女児を出産というニュースがありました。父親はご存知のとおりブラッド・ピットです。

彼女は既にカンボジアとエチオピア出身の2人の孤児と養子縁組していますので、これで3人の子供の母親となるわけです。

アンジェリーナ・ジョリーは、国連難民高等弁務官事務所 (UNHCR) の親善大使として精力的に難民の支援活動を行っていることでも有名です。

自著『アンジェリーナ・ジョリー 思いは国境を越えて』を読むと、難民支援活動が彼女自身の生き方とつながっていることを痛感します。

今回の出産でも、子供の写真をみずから雑誌社に260万ポンド(5億2千万円)で売却して、そのお金をユニセフを通じてめぐまれない子供たちの救済活動に寄付するのだそうです。

彼女は全身の至るところにタトゥーを入れていることでも有名ですが、同じタトゥーでも、渋谷のセンター街でウンコ座りして通行人にガンを飛ばしている若者達のそれとはまるで違ったものに見えるから不思議ですね。

ホンモノであるかどうかというのは、要するに、生き方につながっているかどうかではないでしょうか。

それが、彼女がかっこよく見える所以なのでしょう。
2006.05.29 Mon l 芸能 l top ▲
いつの間にか毎日の生活の中でメールは結構大きな存在になっています。

私の場合、仕事の関係もあってPCのメールも全て携帯に転送するようにしているのですが、そのため、1日で大体70~80通のメールが届きます。それこそしょっちゅう携帯のバイブが鳴っている感じです。

しかし、それでも「メールが来なくてさみしいな~」と思うことがあります。

というのも、仕事関係は別にして、プライベートなメールが少ないと、なんだか疎外されたような気持になるからです。

私自身、携帯メールに関しては結構マメな方だと思います。メールが届いたらなるべく早く返事を出さなければ、と思います。まして、返事を出さないなんて考えられません。

よく忙しくて返事が出せない、という話を聞きますが、1行か2行のメールを打つ時間さえないのだろうか、と不思議でなりません。

だから、返事がもらえないとすごくショックで、無視されたような気持になります。

最近も何人かの友人にメールを送ったものの、まるで申し合わせたみたいに誰からも返事が来ないのです。1日経っても2日経っても3日経っても誰からも返事が来ません。

もしかしたら何かのトラブルで彼らのアドレスが着信拒否になっているのではないかと、思わず携帯の設定を確認したくらいです(笑)。

ところが、実際に会ってみると、メールの返事を出してないことなどおくびにも出さずに、いつもと変わらない態度なのです。それで、私の方も、結局、どうして返事をくれないのか、と言い出せないままで終わってしまいました。

ただ、世の中には私と同じようにメールにこだわる人もいるのではないでしょうか。

ある女性は付き合っていた彼からメールが来なくなったので、もし2週間経ってもメールが来なかったら別れようと思い、とりあえず2週間待ったのだそうです。しかし、結局、メールが来なかったので、別れのメールを送ったと言ってました。

あまりにも無謀な、という声もあるかもしれませんが、私は彼女の気持がよくわかります。

たかがメールと思うなかれ、あえてそう言いたい気がします。
2006.05.27 Sat l 日常・その他 l top ▲
ある日、渋谷の取引先の店に行ったときのことでした。

お母さんと小学校低学年くらいの女の子がやって来て、店頭に設置してある回転什器のシールを眺めていました。

しかし、女の子は目が不自由のようでした。彼女はシールをひとつひとつ手に取って、「これは?」と横にいるお母さんに尋ねるのです。

すると、お母さんは、「お馬さんの親子が鼻を突き合わせて草を食べているよ」などと詳細に説明するのです。特に配色について細かく説明していたのが印象的でした。

お母さんの説明に耳を傾けながら、女の子の心の中では色鮮やかなシールの絵柄が描かれていたのでしょう。

「どんな仕事をしているのですか?」と訊かれて、「シールを扱っています」と答えると、「夢のある仕事でいいですね」とよく言われるのですが、当人にはあまりその実感はありませんでした。だから、「夢があるなんて言っても商売は商売ですからね」なんて答え方をするのが常でした。

でも、そのとき、店内から二人の様子を眺めながら、「いくらか夢のある仕事をしているのかな~」なんて、少し自分の仕事に自信を持つことができた気がしました。
2006.05.25 Thu l 日常・その他 l top ▲
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春の一日、深川から門前仲町界隈の下町探索に出かけました。

清澄庭園(写真)・深川江戸資料館・深川不動・富岡八幡などをそぞろ歩きしながらまわってきました。

深川というと、江戸時代の庶民の生活を描いた時代小説などによく登場しますが、たしかに隅田川を渡るとガラッと雰囲気が変わって、なんだかホッとした気持になります。

江東区も近年表の通りにはオフィスビルが目立つようになり、足早に行き交うサラリーマンの姿も多くなりましたが、通りから一歩中に入ると、まだ昔ながらのゆったりした日常が残っているところがあります。

特に我々地方から来た人間は肩肘張って生きているところがありますので、文字通りスーツを脱いで普段着に着替えたような気持になります。

永井荷風ではないが、永代橋の上から隅田川を眺めていたら、上京して20年、思えば遠くに来たもんだ、なんていつの間にか感傷的になっている自分がいました。
2006.05.23 Tue l 東京 l top ▲
名古屋に対しては格別な思いがあります。

ポスターやポストカードを輸入する会社に勤めていた頃、私は名古屋を担当しており、月に一度月曜から金曜まで名古屋に出張していました。当時、名古屋だけで50軒近くの取引先がありました。

名古屋を担当する際、名古屋は独特なところなので苦労するぞ、とまわりから言われました。たしかに、”名古屋モンロー主義”などと言われるくらい、排他的な面がなきにしもあらずでした。また、「大阪で集金できたら一人前、名古屋でものを売ったら一人前」という言葉もあると聞きました。

初めて名古屋駅に降りたとき、まだ今のような立派な駅ビルではなく昔ながらの古い建物でしたので、私は少なからず落胆したのを覚えています。よく東京・大阪・名古屋などという言い方をしますが、私も名古屋は東京と比肩するような大都市だと思っていたからです。しかし、どちらかといえば、「大きな地方都市」といった感じで、実際に名駅や栄の地下街などを歩いていると、顔見知りの人にばったり会ったりするのでした。

気質の違いなど、最初は戸惑うことも多かったのですが、慣れてくると、名古屋の人達は東京とは比べものにならないくらい暖かいものがありました。信用されるまでにやや時間がかかりますが、一旦信用されると、彼らの人の好さ、懐の深さをすごく感じました。

やがて、親しい友達も沢山できたし、名古屋の女の子と恋にも落ちました。一時は本気で名古屋に引っ越そうかと思ったほどです。

当時、名古屋を揶揄するタモリのギャクが流行っていましたが、まさにタモリから揶揄されていたようなどこかあか抜けないところが、逆に名古屋の良さのように思います。名古屋と言えば尾張商人ですが、たしかに昔ながらの”分限者”も多いので、絵画のコレクターなども多くて、文化的に豊穣な土地柄でもあるのです。
2006.05.17 Wed l 東京 l top ▲
先日、某全国紙の記者の方から取材依頼のメールが来ました。今度、「ネット社会」をテーマにした連載を企画しており、その中で、ウェブショップを運営している立場からグーグルなど検索エンジンの存在についてどう思うか、話を聞きたいというのです。記者の方は4月25日にエントリーした記事を読んでメールを送って来たみたいです。

『ウェブ進化論』の影響なのか、最近、グーグルに関する書籍や雑誌の特集が目につきます。折りしも、先週、グーグルが日本でも年内に書籍検索のサービスをはじめるというニュースがありました。時価総額16兆円の豊富な資金力を背景に、インターネットの世界に次々と壮大な戦略を打ち立てるグーグルは、まさにあらたな神たり得る存在である、といっても決して過言ではないでしょう。というより、もうパンドラの箱は開けられたのではないでしょうか。我々があれこれ騒いでも、インターネットの神は既にひとり歩きをはじめているのかもしれません。

我々のような弱小業者がわずかなお金で手軽にショップを開設でき、しかも、大資本のショップと対等に軒を並べて商売ができるというのは、やはり、インターネットが産業革命以来のパラダイムシフトだといわれる所以であり、我々がそのメリットを大いに享受していることはたしかです。そのことは強調しても強調しすぎることはないと思います。また、それが、ネットが自由で民主的であるという幻想にもつながっているのではないでしょうか。

だからこそ、インターネットの世界を一元的に統御しかねないグーグルの動向に、多くの人が不安や懸念を抱くのも当然といえば当然かもしれません。
2006.05.15 Mon l ネット・メディア l top ▲
使い方が悪いのか、マウスがよく壊れて困っています。

光学式のマウスを使っているのですが、本体とコードの接続部がダメになることが多く、大体数ヶ月に一度買い換えるような状態です。

そんな折、最近、無線マウスがよく売れている、というネットのニュースを目にしました。そうだ、無線だったらいいかもしれない、と思って、早速、購入しました。

しかし、実際に使ってみると、はっきり言って、失敗でした。

ポインターの精度に難があり(小刻みに動いて定まらない)、特に、コピー&ペーストする際、ついつい力が入るため、肩が凝って仕方ありません。

友達にこの話をしたら、彼も同じような経験をしてすぐ有線に買い換えたそうです。

また、別の詳しい人間に聞いたところ、同じ無線でも光学式よりレーザー式の方がまだしもストレスが少ない、と言ってました。(私の場合、光学式でした)

それにしても、あのネットのニュースは何だったのでしょうか。

ネットには一見沢山の情報が溢れているみたいですが、でも、案外真実の情報は少ないのが現実ですね。それが、玉石混交だといわれる所以なのでしょう。
2006.05.07 Sun l 日常・その他 l top ▲
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ゴールデンウィークですね。

今朝、都内から自宅に帰るのにいつもの電車に乗ったら、車内はハイキング姿の家族連れなどで通勤ラッシュ並みに混雑していました。

私も山に行くのが好きで、それが埼玉から離れられない理由のひとつでもあります。

特に秩父周辺の山にはかつて毎週のように通っていた時期もありました。

田口ランディさんが以前ネットで連載していたコラムの中に、「空っぽになれる場所」というとっても好きな文章があるのですが、私にとって秩父の山は文字通り「空っぽにになれる場所」といっていいかもしれません。

峠に車をおいて半日くらいひとりで山の中を歩いていると、なんだか自分が取り戻せるような、そんな気がします。

私自身、九州の山国育ちなので、山に行くようになったのはいわば先祖返りしているのではないか、なんて思うことがあります。

あの草いきれと木漏れ日には遠い日に思いを馳せるようななつかしさがあり、そして、ときにふとたまらず涙が溢れてくることさえあります。

たしかに、日々の生活の中で、どうでもいいことにこだわったりどうでもいいことを抱え込んでいる自分を感じることがあります。ときどきそれらを洗い流し自分を空っぽにすることも必要ではないでしょうか。
2006.05.03 Wed l 日常・その他 l top ▲