一昨日の夜のことですが、蛇に噛まれる夢を見ました。手で払っても払っても蛇がまとわりついてきて手首のあたりを噛もうとするのです。それで、恐怖のあまり夜中に目が覚めました。目を覚ましてからもどこかに蛇がいるんじゃないかとあたりを見まわしたほどです。

その話を知人にしたら、蛇が出るのは金運にめぐまれるいい夢だと言われました。それを聞いて、「しまった!」と思いました。私はもう7~8年ほぼ毎週ロト6を買い続けている隠れロトマニアなのですが、何と昨日に限って買うのを忘れたのでした。ロト6は毎週木曜日が抽選日で、抽選日の前夜にこんな夢を見たというのは、文字通り“神の啓示”だったのかもしれません。なんだか「ロト6で3億2千万円を当てた男」になるチャンスを逃がしたような気がしてなりませんでした。

大雨は各地で被害をもたらしているようですが、こちらでも夜半激しい雨に見舞われました。”ゲリラ雷雨”とはよく言ったもので、外を見たら小降りになっていたので、近所のコンビニまで買い物に出かけました。ところが、ものの2~3分も歩いたところで、突然、闇空を切り裂くように稲光が走ったと思った瞬間、雷鳴が轟き、滝のような激しい雨が降り出したのです。もはや傘も気休めでしかなく、全身ずぶ濡れになってほうほうの体でコンビニに辿り着いたら、女性の店員から「大丈夫ですか?」と言われました。それくらい私の格好がひどかったのでしょう。まったく何もかもがついてない気がしました。

帰宅してタオルで髪を拭いていたら、ふと、子供の頃の台風の日のことを思い出しました。台風の日というのは、何故かハイな気分になった覚えがあります。停電すると、家族みんなが茶の間に集まってロウソクの灯りのもとでトランジスタラジオから流れる台風情報に耳を傾けました。NHKのアナウンサーが重々しい声で台風は只今どこどこのあたりを通過していますと伝えると、「いよいよ来たな」と子供心に身構えるような気持になりました。父親が「雨と風が止んだら台風の目の中に入った証拠だ。もうすぐやってくるぞ」と興奮気味に話すのを聞きながら、なんだか大きな目をした怪物が嵐の中をのしのしやってくるようなイメージを抱いて全身に力が入ったものです。

仏教では欲に溺れる(欲しいものが手に入らない)苦しみを「苦不得苦」と言いますが、あの頃はもちろんロト6で3億2千万円を当ててやるなんていう欲もなかったので、苦もなく幸せだったのかもしれません。
2008.08.29 Fri l 日常・その他 l top ▲
女優の深浦加奈子さんが亡くなったというニュースを聞いてびっくりしました。深浦さんとは以前、友人がやっていた店で何度かお目にかかったことがあります。とても気さくで明るい方でした。ちょうど「たそがれ清兵衛」が公開されたあとだったので、その話をした覚えがあります。新聞記事によれば、5年前にS状結腸ガンを発病され、闘病しながら仕事をされていたそうです。ということは、あの頃はもう既にガンを発病されていたのでしょうか。あの明るい笑顔からはとてもそうは見えませんでした。

速度が問題なのだ。人生の絶対量は、はじめから決まっているという気がする。細く長くか太く短くか、いずれにしても使いきってしまえば死ぬよりほかにない。どのくらいのはやさで生きるか?
『いつだってティータイム』


これは、若い頃好きだった作家の鈴木いづみの言葉です。最初にこの言葉と出会ったのは、まだ高校生のときでしたが、九州の片田舎の高校生には衝撃的な言葉でした。五木寛之は鈴木いづみのことを「一周速すぎるトップランナーだ」と言ってました。よく考えれば、この言葉には日本の仏教の死生観と通じるものがあるように思います。

人生だけでなく、愛情の絶対量も苦しみの絶対量もはじめから決まっているのかもしれません。この宇宙の時間の中で見れば、私達の一生なんてそれこそ瞬きするほどの一瞬のことでしかありません。そう考えると、なんだかこんな人生でもいとおしく感じられるものです。煩悩具足の凡夫たる私達はそう思ってこの生を全うするしかないのでしょう。
2008.08.26 Tue l 訃報 l top ▲
目まいのする散歩

不思議なもので、お盆がすぎた途端に朝夕はめっきり凌ぎやすくなり、吹く風が心地良く感じられるようになりました。今日は日中でも気温が26度までしか上がらず、どことなく秋の気配を感じました。“処暑”とはホントによく言ったものだと思います。

オリンピックの野球(日本対韓国戦)を観終わってから散歩に出かけました。環状2号線の大豆戸の交差点から新横浜まで歩きましたが、帰って万歩計を見たら7千歩弱でした。散歩と言っても歩数はたいしたことがないのです。それに比べて、電車で出かけて一日仕事をすると大概1万歩は超えています。カロリーの消費(運動)という点から考えれば、普段の生活でなるべく歩くように心がけた方がよほど合理的で効果的な気がします。

武田泰淳の『めまいのする散歩』(中公文庫)を再読しました。前に読んだのはたぶん20年以上前だったと思います。散歩する楽しみというのは、途中で出会う風景や人を見てあれこれ空想することにあります。やはり、”身体”というのは大事で、汗をかいて歩きながら考えることとパソコンの前で考えることには、それこそ千里の径庭があるように思います。

武田泰淳は、散歩の途中、最新のファッションで「楽しげに、無神経に」原宿の表参道を歩いている若者達を見て、「何と沢山の苦悩が、そのあたりの空気に浮遊していることだろう」と書いていましたが、これこそ小説家の眼だと思いました。先日の芥川賞の選評ではないですが、小説がその苦悩にまで届くような言葉を持っているかどうかでしょう。

帰ってからノートパソコンのHDDを交換しました。普段はデスクトップを2台使っているのですが、他にHDDのエラー表示が出たままもう1年くらい放置しているノートパソコンがありました。それで、ふと思いついて、自分でHDDを交換することにしたのです。実際にやってみると、実に簡単でした。デスクトップなどよりはるかに簡単です。メモリも既に増設しているのですが、さらに2Gに増設すべくネットで注文しました。これでノートパソコンも完全に生き返ることでしょう。
2008.08.22 Fri l 本・文芸 l top ▲
文藝春秋9月号

新聞に京都の「行く夏を惜しむ大文字送り」という記事が出ていましたが、たしかに九州でも8月のお盆の行事は夏の終わりを告げるイメージがありました。子供の頃、お盆に行われる盆踊りや花火大会を見ながら、「ああ、これで夏も終わりなんだな~」と思ったものです。それはなんだか祭のあとのさみしさのような感覚がありました。お盆をすぎると、海や川で泳ぐのも禁じられたものです。

昔は今のようにエアコンが普及してなかったので、夕方になるとよく近所の人達が家の前に出て、世間話に興じながら夕涼みをしていました。そして、そこにはいつも笑い声が絶えませんでした。私達子供も日が暮れるまで手足を真っ黒にして遊んだものです。遊び疲れて家に帰ると、家の前で立ち話をしていた母親が、「さあ、さあ、ご飯にしようかね」「早く手と足を洗いなさいよ」といつも決まって言うのでした。近所の人達もみんなニコニコ笑っていました。あの頃は、今より経済的に豊かではなかったけど、しかし、みんな明るかったように思います。

『文藝春秋』9月号に掲載されていた芥川賞受賞作・楊逸の「時が滲む朝」を読みました。天安門事件に象徴される“民主化世代”の波乱の人生を二人の若者を通して描いた小説ですが、作者自身も父親が文革によって農村に下放され、家族ともども辛酸を舐めた経験を持っているのだそうです。そんな常に政治に翻弄される中国人の人生を描きたかったのかもしれませんが、しかし、小説としては、正直言って薄っぺらだと思いました。「風俗小説」の域を出ていないというような選評がありましたが、むべなるかなと思いました。(もっとも、そう批判した当の選考委員自身が、いつも時流に阿るような「風俗小説」しか書いてないことを考えると、その選評は悪い冗談だと思いましたが‥‥)

それにしても、天安門事件の背景にある民主化要求の中身はこんなチャチなものだったのでしょうか。小説に書かれている内容はあまりにお粗末と言わざるを得ませんでした。それだけでもこの小説は興ざめでした。北京オリンピックの聖火リレーの際、沿道を埋めた留学生達が五星紅旗をうち振り「中国加油(がんばれ)!」と叫んでいる光景を見るにつけ、あの”民主化世代”はどこに行ったんだろうと思いましたが、しかし、個人的には、共産党の腐敗を告発し民主化を要求する壁新聞を貼った彼らは今でもどこかに存在しているのだと思いたい気持があります。

テレサ・テンや尾崎豊が出てくるのも、意地悪い見方をすれば、お約束だなという気がしないでもありませんでした。作者自身が実際に民主化運動の体験がないからなのか、作品に切実感がないのです。選考委員の小川洋子が書いているように、「浩遠(注:主人公)の苦悩は、内側に深まってゆかない」のです。それが「風俗小説」だと言われる所以なのかもしれません。一方、川上弘美は、「この小説に出てくる人たちを、どんどん好きになってしまった」とまるでカルチャーセンターの合評会のような無邪気な感想を述べていましたが、もしかしたらそれがこの小説にもっともふさわしい評価なのかもしれないと思いました。
2008.08.17 Sun l 本・文芸 l top ▲
秩父林道

秩父・祠

朝早く起きて、久しぶりに秩父の山に行きました。横浜に引っ越してから秩父に行くのは初めてでした。ヒグラシの鳴き声が響く夏の木洩れ陽の中を息を弾ませて登って行くと、林道脇の樹木の間にぽつんと小さな祠が見えてきました。いつの頃からか、私は秩父に来ると必ずこの祠にお参りをするようになりました。一時は毎週のように来ていた時期もありました。今考えれば、何かにすがるように必死に手を合わせていた気がします。とどめもなく流れる汗をぬぐいながら祠の前に立つと、何だかなつかしい感情に包まれている自分がいました。

そして、あらためて田口ランディの「空っぽになれる場所」という文章を思い出しました。前も書きましたが、秩父に来るといつもこの文章を思い出すのです。

 かつて、私はいつも言葉に縛られていた。「好き」とか「嫌い」とか言って、自分の言葉に縛られていろんな人を憎み続けたり、必要以上に愛し続けたりしてしまった。一度「嫌い」と言うとその言葉に捕われて人を傷つけた。

 一度「好き」と言ってしまうと、その言葉に捕われて自分の本当の心が見えなかった。クリアすることができなかったのだ。空っぽになってみることができなかった。空っぽになれさえすれば、その瞬間瞬間に新しい思いが入るのに、それができなかった。

 空っぽにならないと、新しい閃きは入ってこない。空きがない心は、すべてを拒否してしまう。

 ある時、ひょんなきっかけで空っぽになった。屋久島で、すごく苦労して一人で山に登ったのだ。めちゃくちゃしんどくて、だあだあ汗をかいて、頂上まで行った時はへろへろで、とにかくもう歩かなくていいんだと、脱力してでんぐりがえったら、自分が本当に空っぽになった。

 そのとき、真っ青な空が自分の中に落っこちて来たように感じた。

田口ランディのコラムマガジン 2000.4.18「熊野、春の一日」)


やはり、自分は自分だと言うしかないのです。何だかんだと言っても自分の人生はこれしかない。この山奥の風景の中にいると、何があろうと微動だにせずに時を刻みつづける自然の偉大さを考えないわけにはいきません。キルケゴールが言うように、「人生は後ろ向きにしか理解できないが、前向きに生きなければならない」のです。そのためにも、日々の生活で抱えすぎた感情をときに洗い流して自分を空っぽにすることも大切なのではないでしょうか。手の平で陽の光を遮りながら空を見上げると、どこまでも澄み切ったような空の碧さと森の緑のコントラストがとてもきれいに感じました。
2008.08.13 Wed l 日常・その他 l top ▲
CNET Japanに「こんな『個人サイトはいやだ』ベスト20」という面白い記事が載っていました。gooランキングが発表した「個人のウェブサイトで困ってしまうことランキング」を紹介した記事なのですが、それを見ると、思わず肯きたくなる項目が多く、サイトを運営する身としては非常に参考になりました。

【個人のウェブサイトで困ってしまうことランキング】
1.画像が多くて、重い
2.ポップアップがどんどん開く
3.アフィリエイトバナーがたくさん貼られている
4.「準備中」「作成中」のコンテンツだらけ
5.なにかあったら音が鳴る
6.よく分からないプラグインを勝手にインストールしようとする
7.リンクが切れているところが多い
8.なんのためらいもなくPDFファイルへのリンクが貼られている
9.トップページからFlash
10.目に優しくない背景色(黄色や赤色など)
11.過激な主義・主張(差別、原理主義的な思考など)
12.マウスカーソルになにかキャラクターがくっついてくる
13.文字が小さすぎる/大きすぎる
14.ブラウザのサイズを勝手に変えられる
15.サイトを見ても何を伝えたいかがわからない
16.右クリック禁止
17.エイプリルフールネタは「サイトを閉鎖しました」「管理人は死亡しました」
18.ほかのページが新規ウインドウで開く
19.機種依存文字を多用している
20.個人の顔写真、タレント写真など無許可の画像を掲載
(goo調べ 集計期間:2008年5月21日~2008年5月23日)

【企業のウェブサイトで困ってしまうことランキング】
1.情報が数ヶ月間更新されていない
2. 画像が多くて、重い
3.「準備中」のコンテンツだらけ
4. リンク先がPDFファイル
5.トップページからオールFlash
6.ポップアップがどんどん開く
7.情報が多すぎで探している情報にたどり着けない
8.商品一覧などの一覧ページがない
9.突然音が鳴る
10.問合せ先が明記していない
11.サイトを見ても何を伝えたいかがわからない
12.商品の詳細情報がない
13.ブラウザのサイズを勝手に変えられる
14.サイト内検索が出来ない
15.会社案内の地図がわかりにくい
16.目に優しくない背景色(黄色や赤色など)
17.全体的に文字が小さい
18.公式ブログがスタッフの内輪ネタばかり
19.右クリック禁止
20.サイトメニューが英語で書いてある
(goo調べ 集計期間:2008年5月21日~2008年5月23日)

トップページからいきなりFLASHがはじまるとたしかにイライラさせられますね。また、PDFファイルへのリンクも然りです。変な言い方ですが、「思いやりがない」気がします。また、「右クリック禁止」のサイトもときどきありますが、一体何を隠したいんだろうと思ってしまいます。企業サイトの「公式ブログがスタッフの内輪ネタばかり」とか「サイトメニューが英語で書いてある」とかいったのも同様で、要するに、ともすれば独りよがり(自己満足)になりがちなネットの特徴が出ているように思います。また、これらはSEOの観点からも参考になるように思いました。いづれにしても、以って自戒とすべしです。
2008.08.09 Sat l ネット・メディア l top ▲
グーグルでストリートビューというサービスがはじまったというので、さっそく試してみました。ストリートビューというのは、マウスを使って地図上の道を辿っていけば、実際の風景が写真で表示されるサービスです。しかも、それが360度の角度で見ることができるというので、「画期的」だとか言われていますが、実際の撮影はきわめて原始的な方法で行われており、360度撮影できるLadybug2というカメラを取り付けた車で公道を走って撮影しているのだそうです。当然、表示される画像(写真)はライブではなく、撮影した日時のものにすぎません。そのために、男性が職務質問を受けている場面が写っていたり、高校生同士のラブシーンが写っていたりと、早くもプライバシーの問題にからめて話題になっているようです。

写真は今のところ車が走ることのできる公道沿いだけで、路地の奥までは写っていませんが、しかし、それでも住所がわかれば個人の家が特定される危険性はありますね。実際に、私の住居は表通りにあるため、ばっちり写っていました。たまたま洗濯物を干してなかったのでよかったけど、もしベランダに洗濯物を干していたら、それも写っていたでしょう。

泥棒の下見に使われるのではないかという声もあるようですが、それより懸念されるのはやはり、ストーカーではないでしょうか。たしかに、地図を辿っていると、ある種のぞき趣味のような、そんな人間の劣情を刺激する面がなきにしもあらずです。自分の住居の写真をモニターで見たときは、やはり気色の悪さを禁じえませんでした。中には「楽しい」と言う人もいるようですが、それは自分の家が写ってないとかサービス対象外の地域に住んでいるとか、所詮他人事だからでしょう。

アメリカでは不動産会社の営業などに使われているそうですが、グーグルの狙いは、言うまでもなくこれをローカルサービス(Google - ローカル)などのリスティング広告に応用することなのでしょう(既に地図上ではリンクされています)。しかし、この場合、担保になっているのが私達のプライバシーだということも忘れてはならないのではないでしょうか。
2008.08.06 Wed l ネット・メディア l top ▲
ZARD.jpg

このところずっとZARDを聴いているのですが、親しみやすいメロディでいい歌が多いなとあらためて思いました。ZARDがヒットを連発していた90年代、私は必ずしも同時代的に聴いていたわけではありませんが、メロディは知らず知らずのうちに耳に入っていたみたいで、今聴くとやはり、なつかしい気持になります。

また、ZARDの場合、タイトルが秀逸なのです。中でも、主に織田哲郎が曲を書いていた90年代の歌に秀逸なのが多いと思いました。「不思議ね‥」「眠れない夜を抱いて」「負けないで」「きっと忘れない」「この愛に泳ぎ疲れても」「こんなにそばに居るのに」「サヨナラは今もこの胸に居ます」など、なんだかタイトルを聞いただけでせつない恋の思い出が甦ってきそうです。

私自身もあの頃は溌剌としていたように思います。やはりまだ若かったからでしょう。人は心の持ちようだとか、年を取ってもいつまでも若い気持を持ち続けたいものだとか言いますが、それは単なる慰めにすぎません。この年になって初めてわかりました。若い気持なんて持ち続けられるわけがないのです。ましてや恋をするにしても、もう若いときのような恋ができるはずもありません。別に年寄りらしくあるべきだとは思いませんが、最近、どうもそのあたりを勘違いしている中高年が多すぎる気がします。せつない恋の思い出を胸に、黄昏に涙するのもひとつの生き方ではないでしょうか。

森鴎外は、「夜中、忽然として座す。無言にして空しく涕洟す」(夜中に突然起きて座り、ただ黙って泣きじゃくる)と日記に書いていたそうですが、私にも似たような経験があります。思い出はつらすぎるけど、だから思い出なんだと言えないこともないのです。

1年以上に渡って病魔と闘っていた坂井泉水もやはり、眠れない夜を抱えていたのかもしれません。早朝、慶応大学病院の通用口の手すりに腰かけ何を考えていたのでしょうか。雨に煙る神宮の森に目をやりながら、やはり、思い出に泣きたくなるような気持の中にいたのかもしれません。
2008.08.05 Tue l 芸能 l top ▲
万国橋上

今日も馬車道から万国橋に行きました。私は、この“万国橋”という名前が好きです。如何にも横浜にふさわしい名前のような気がします。だからと言って、橋桁に万国旗がはためているわけではなく、実際は地味なごく普通のコンクリートの橋です。ただ、橋の上から見えるみなとみらいの夜景は横浜随一と言われており、テレビドラマにもよく登場したりして、名前だけは有名のようです。しかし、私のお気に入りは、みなとみらいとは反対側の運河沿いの遊歩道にあるベンチです。ベンチに座っていると、水面を渡る風に乗っていろんな思いも運ばれて来るような気がします。ときにはこの人生の来し方行く末に思いを馳せ、もっと遠くへ行きたいと思うこともあります。

横浜は来年が開港150周年ということでいろんな記念行事が予定されていますが、江戸時代の横浜は、戸数90戸弱の半農半漁の寒村(横浜村)だったそうです。それが、ペリー艦隊の来航により、世界に開かれた日本の窓口として、あるいは西欧文化を直接吸収できる最先端の国際都市として、人々のあこがれの街となり、今日の横浜のイメージが形作られてきたわけで、考えてみれば、今の横浜はわずか150年の歴史しかないのです。

横浜開港資料館編『横浜・歴史の街かど』(神奈川新聞社)にも、「その発展には目を見張るものがあり、有名な横浜市歌には『むかし思えば苫屋(とまや)の煙、ちらりほらりとたてりしところ』と、粗末な小屋(苫屋)しか建っていなかった村が大都市に発展したと誇らしげに歌っています。」と書かれてありました。ちなみに、横浜市歌というのは、今から100年前の開港50年を記念して作られた、生粋の横浜市民であれば誰でも知っている(?)市民の愛唱歌だそうです(いわば、ハマっ子の踏み絵みたいなものかもしれません)。このように、横浜は、ほかの都市に比べて急激な発展を遂げたことによって、今でも近代化(西欧化)の痕跡をいろんなところで見ることができるのでしょう。

横浜に住むようになってからというもの、横浜に関連する本をかなりまめに読んできたつもりですが、中でも平岡正明『横浜的』(青土社)、同『ヨコハマ浄夜』(愛育社)、山崎洋子『天使はブルースを歌う』(毎日新聞社)、松葉好市/小田豊二『聞き書き 横濱物語』(集英社)などで描かれている横浜に興味をもちました。それは普段私達が見ているものとは別の横浜です。

『ヨコハマ浄夜』や『天使はブルースを歌う』でも紹介されていますが、毎年終戦記念日前後に赤レンガ倉庫でひとり芝居「横浜ローザ」を上演されている横浜出身の女優・五代路子さんが、ご自身のオフィシャルサイトの中で、“「メリーさん」そして「ローザ」への思い”と題して次のような文章を書かれているのが目にとまりました。

メリーさんと握手をしたのは平成6年12月の寒い夜でした。
その時、その白い小さな手から、熱いものが激しく私に流れ込んで来たような気がしました。あれは一体何だったのでしょう・・・。

その時メリーさんは私たちが何気なく見ていた風景の中に、切り絵のように立っていました。私はその姿を見るうち、いつのまにか時代を超えて、風景の向こうにもう一つの横浜の顔を見たような気がしました。それは昭和という時代の顔 --- 伊勢佐木町にあった米軍の飛行場、カマボコ兵舎、PX、MP、米兵・・・。

メリーさんから商店街の方達へ届けられるタオルに添えられた名前は「雪子」だったと聞きました。「想い出の指輪を盗まれた」と化粧品屋・柳屋のおかみさんに訴え、泣きじゃくる子供のような顔。美術展や音楽会に出かけ、ふりまく笑顔のひとつ、ふたつ。好奇の目に向かいつつも、無表情と強い意志を持つまなざしのひと光・・・。色々な顔を持っていたメリーさん。ただ立ちつづけるその白塗りの姿を私たちの心に残してメリーさんは何も言わず、この横浜を去って行きました。

戦争が私たちの街を、時代を襲い、ただ「生きよう!」という気持ちを燃やし続けたメリーさんを決して忘れてはならないと思います。
(http://www.with.if.tv/michiko-sonota/maryrosa.htm)


こんなところに、私達のようなよそ者にはわからない横浜の歴史があるし、ハマの人間の横浜に寄せる思いがあるように思いました。横浜市歌を歌うことのできない俄か市民の私には、ちょっと羨ましい気もしました。
2008.08.01 Fri l 横浜 l top ▲