ヘレン・メリル

ネットの仕事は深夜にすることが多いのですが、そのときはいつもヘッドホーンで音楽を聴きながらやっています。そのときの気分によって、宇多田ヒカルであったり中森明菜であったりローリング・ストーンズであったり大西順子であったりするのですが、今夜はヘレン・メリルを聴いています。今夜は何故かヘレン・メリルを聴きたくて仕方ありませんでした。

ジャズ・ボーカルがやけに心に滲みるときがあります。最近は若いときほどジャズを聴いていませんが、ときどきふと、無性にジャズを聴きたくなることがあります。ロックは外向きだけど、ジャズは内向きだと言った人がいましたが、なんとなくわかりますね。また、ジャズは好きだけど、ジャズ喫茶やジャズファンは嫌いだと言った人もいましたが、それもわかります。

若い頃、アルバイトのお金が入ると高円寺の古本屋に行って、筑摩書房から出ていたドフトエフスキー全集を1冊づつ買いそろえていた時期がありました。そのあとは必ず高円寺の裏通りにあったジャズ喫茶に行って、わくわくしながら買ったばかりの本をめくったものです。私に限らず、そんなロシア文学とジャズがセットになった時代がありました。

その店では、いづれも私より上の世代でしたが、社会からドロップアウトしたような個性的な人達が集まっていました。俳優の天本英世さんもよく見かけましたが、工事現場で働いてお金が貯まると海外を放浪し、たまにしか顔を見せない人や未だに政治的な運動に関わっていて、のちにみずから命を絶った人もいました。みんな、そうやって人生と苦闘していたのだと思います。

外は昨日からの雨がつづいています。やはり若い頃に読んだスコット・フィッツジェラルドの『雨の朝パリに死す』という小説を思い出しました。そう言えば、フィッツジェラルドもジャズ・エイジあるいはロスト・ジェネレーションと呼ばれていましたが、この小説のバックに流れているのも間違いなくジャズなのです。
2009.05.30 Sat l 芸能 l top ▲
称名寺

横浜出身のモデル・小泉里子さんが、ラジオ番組の中で、地元のオススメスポットとして、金沢区の称名寺をあげていましたので行ってみました。

シーサイドラインの「海の公園柴口」で下車して、海の公園とは反対の坂道を上り、住宅街の中を5~6分歩くと、称名寺の赤門が見えてきました。ちなみに、「海の公園柴口」の隣が「八景島」で、私が生涯でいちばん恐怖を味わったジェットコースターのある八景島シーパラダイスは海の公園の対岸にあります。

赤門をくぐると参道が伸びており、両隣は昔からの民家が軒を並べていました。中には参拝客相手に食べ物屋を営んでいる家もありましたが、平日でしたので、どこも店は閉まっていました。参道の先には仁王門があり、現在は通りぬけることができません。仁王門と言うからには当然、中から阿吽像(金剛力士像)が睨みをきかせていました。

仁王門の横から境内に入ると、まず、阿字(あじ)池と朱塗りの反橋が目に飛び込んできました。反橋と言えば、個人的には川端康成の小説を思い出しますが、川端康成の小説の舞台は大阪の住吉大社なのです。阿字池は、思ったより大きな池ではありませんでしたが、昔はもっと小さくて、これでも整備されて大きくなったのだそうです。庭園は「浄土式庭園」という平安末期の様式で、きれいに整備されており、年に数回ライトアップされるそうです。平日の午後でしたので、境内は人もまばらで、ほとんどが犬の散歩をしている近所の人達でした。

称名寺の背後は市民の森となっており、緑豊かな山林がつづいていました。昔は称名寺は山の中腹にあったのでしょう。しかし、今は駅からつづく坂道のまわりは典型的な新興住宅地になっています。隣には称名寺と縁の深い金沢文庫がありますが、残念ながら時間がなかったので、今回はパスせざるを得ませんでした。

小泉さんは、称名寺にはなんとも言えない空気感があると言ってましたが、それにはやはり、人の少ない平日がおすすめです。木陰のベンチに座って、静謐な時間が流れる境内の風景を眺めていると、しばし日常の些事も忘れ肩から力がぬけていくような気がします。

帰りは、来たときとは逆の坂道を下って京浜急行の「金沢文庫」駅を利用しました。やはり、京急の方が古いので、京急側の住宅地は年季が入った建物が多く、私はふと、『歩いても 歩いても』の風景を思い出しました。もっとも、金沢文庫の住宅地は海とは反対側なので、坂道を下ると海が見えてくる『歩いても 歩いても』の舞台は、隣の金沢八景あたりではないかと言われていますが。

坂道を下っていると、私の前をひとりの老人が歩いていました。白い開襟シャツに綿のズボンをはいて、やや背中が丸まった白髪の紳士でした。しばらく歩くと、老人は生垣に囲まれた古い家の門の中に入って行ったのです。その門の上には文字もほとんど消えかかった板の看板が掲げられいました。門の中では、やはり年老いた男性が中腰になって花樹の手入れをしていました。前を通りすぎるとき、「先生、どうもすいません」「いえ、いいんですよ」といった会話が耳に入りました。年老いて廃業した町医者とそこにやってきた昔からのなじみの患者。私は、(やや強引ですが)なんだか『歩いても 歩いても』のシーンが再現されているような錯覚さえ覚えました。

こういった古い住宅地を歩いていると、子供の頃を思い出します。もうこういったほのぼのとした生活は望むべくもないのですね。そう思うと、なんだかさみしい気持になりました。

帰って駅の近くのスーパーでレジに並んでいたら、うしろの主婦が何度もカートを私にぶつけるのです。ぶつかっているのはわかっているはずですが、知らんぷりなのです。スーパーのレジや駅の券売機などでやけに前の人間をせかせる、この手の人間はよくいますが(そのくせ自分のときはゆっくり財布にお金を戻したりしてまったく気を使わないけど)、いい加減頭にきたので、「ぶつかってますよ!」と言ったら、「この人、なに?」みたいな顔をしてむくれていました。道を歩いていて自分からぶつかっても、相手を睨みつけるようなタイプの人なのでしょうが、今日はよけい「ああ、(まだ人々にデリカシーがあった)昔がなつかしいな~」なんて思ったりして、いつの間にか回顧主義者になっている自分がいました。


称名寺1

称名寺2

称名寺3

称名寺4

称名寺5

称名寺6
2009.05.26 Tue l 横浜 l top ▲
花粉症ということもあって、私は1年の半分くらいは外出するときはマスクをしていますが、手持ちが残り少なくなったので、買いに行ったところ、新型インフルエンザの影響でどこも売り切れでした。何軒かのドラッグストアやスーパーをまわったのですが、いづれも棚は空っぽでした。

それで思い出したのですが、今朝、まだ開店前だというのに駅前のドラッグストアの前に行列ができていたのです。私は「セールかな?」と思っていたのですが、あれはマスクを買い求める人達だったのですね。テレビのニュースでも、患者が入院している病院の前からレポートする記者が、これみよがしにマスクをしているのを目にしますが、いくらなんでもそれはやりすぎだろうと言いたくなります。

アメリカなどでは新型インフルエンザも普通の風邪と同じような受け止め方しかしてないそうで、それはそれで問題があるように思いますが、一方でこの国の過剰な反応には、記者のマスク姿に象徴されるように、ある種の異様ささえ覚えます。特に、ニューヨークに行った川崎市の高校の生徒が感染した件で、学校側の対応に批難が集中し、いわゆる”学校叩き”が行われているのを見るにつけ、若い頃に流行った「差別と排除の力学」「テロルとしての日常性」という言葉を想起せざるを得ませんでした。まさにそこにはニッポン社会特有の「世間」がむき出しになって露出しているように思います。

たまたま今夜、J-WAVEを聴いていたら、番組の中で、厚生労働大臣の専門家チームの一員である神戸大学医学部の岩田健太郎教授に電話インタビューしていましたが、その中で情報の公開ということに関連して、岩田教授が「感染した方の学校がどこで、職業がなんで、どういった行動をしたかなどは、専門的な見地から見るとほとんど意味がなく、あれは単に興味本位なもので、患者さんにはお気の毒な話ですね」と言っていたのが印象的でした。今にはじまったことではありませんが、そうやって俗情と結託して「世間」を煽っているのは誰なのか、私達は冷静になって考える必要があるのではないでしょうか。

それにしても、はてなダイヤリーに「神戸大学の岩田健太郎教授の言葉にぐっときている今~H1N1の世界的流行の中で」という記事がありましたが、岩田教授の話には示唆に富んだものが多く、私もいろいろと考えさせられました。

新型インフルエンザに関する情報についても、岩田教授は、「成熟とはあいまいさを受け入れることだ」というフロイトの言葉を引き合いに出して、「あいまいさを受け入れることが大事」だと言ってました。情報というのは常にグレーなもので、白か黒か、いいか悪いか、やるかやらないかをはっきり言えるものではないと。しかし、「世間」の同調圧力というのは、白か黒かいいか悪いかはっきりした解答を求める傾向があります。そういった単純明快さを至上とし(単純明快でなければ理解できない?)、付和雷同して極端から極端に走るような考え方の先にあるのは、ネットで日々くり返されているような犯人探しと村八分的な「差別と排除の力学」による「テロルとしての日常性」です。

また、新しい情報には必ずガセネタも含まれているので、情報を鵜呑みにしてはならないと言ってました。だからと言って、有益な情報もあるので完全に無視するのではなく、「適切な猜疑心」を持った「中腰の姿勢」で向き合うことが大事だと。これはネットを考える上でも参考になるように思いました。

ものごとを冷静に受け止めることができるというのは、それだけ知性や見識があるからです。そう考えるとき、マスコミも含めて、まるで悪魔でもやってきたかのようにことさら大騒ぎをしているのがどういうタイプの人達であるかは今更言うまでもないように思います。
2009.05.22 Fri l 社会・時事 l top ▲
壱万円札

定額給付金・ハイブリット車購入資金の助成・高速料金の千円均一・省エネ家電のエコポイントなど、いわゆる麻生内閣の景気対策を見るにつけ、かつて故・江藤淳氏が「国家・個人・言葉」(講談社学芸文庫『アメリカと私』所収)に書いていた、「倫理の源泉であることを引き受けたがらぬ国家は、ただ金をためろ、輸出を伸ばせ、というだけである」「個人は、したがって孤独であり、なにをもって善とし、なにを悪とするかを知らない。人はただ生きている」(引用文の順序は小熊英二著『<民主>と<愛国>』新曜社より孫引き)という文章を思い出しました。

さしずめこれをもじって言えば、「倫理の源泉であることを引き受けたがらぬ国家は、ただ金を使え、ものを買え、というだけである」「個人は、したがって孤独であり、なにをもって善とし、なにを悪とするかを知らない。人はただ生きている」と言うべきかもしれません。国家主義者ならずとも「この国は大丈夫か?」と思ってしまいますが、しかし、かく言う私も偉そうなことは言えないのです。「唯物功利の惨毒」(夢野久作)におかされ、このところやたら散財しています。その意味では、従順なニッポン国民と言えるのかもしれません。

「貨幣の物神性」という言葉がありますが、この高度資本主義社会に生きる私達は、常にお金に縛られて生きるていると言っても過言ではありません。新聞に出ている事件の多くはお金にまつわるものです。お金の悩みは尽きないし、ときにお金の悩みほど深刻なものはありません。わずか数万円のお金のために人を殺す者さえいるほどです。お金の前にはなにが「善」でなにが「悪」なんて考えることさえ無力な気がします。

誰しも「ああ、もっとお金があればなぁ~」と天を仰ぎ溜息を吐いたことはあるでしょう。「幸せはお金で買えると思いますか?」と質問されても、「そうは思いません」とはっきり答えることのできる人は少数ではないでしょうか。「人生に必要なものは、勇気と想像力とほんの少しのお金だ」というのはチャップリンの有名なセリフですが、この現代社会では「ほんの少しのお金」ではとても幸せになれそうもありません。

吉本隆明氏と中学時代の同級生だった川端要壽氏の『堕ちよ!さらば―吉本隆明と私』(河出文庫)という本に印象深い話があります。失業中であるにもかかわらず、友人や知人、親戚などに寸借詐欺まがいに金を無心しては競馬場通いをして、すっかり身を持ち崩してしまった筆者は、ある日、吉本宅を訪ね、意を決して三千円(昭和38年の話)の借金を申し入れたのだそうです。すると、吉本氏はこう言ったのだとか。

(前略)吉本は千円札を三枚、私の手に握らせると言った。
「俺のところもラクじゃない。しかし、この金は返さなくてもいいんだ。なあ、佐伯(注:筆者のこと)。人間ほんとうに食うに困った時は、強盗でも何でもやるんだな」


この言葉はなんだか親鸞思想を彷彿とさせますが、お金について、あるいは生きていくということについて、深く考えさせられるものがあるように思います。

お金に苦労したからお金が全てだと考えるのか、それとも、お金に苦労したからお金が全てではないと考えるのかでは、大きな違いがあります。常にお金に縛られて生きることを余儀なくされているからこそ「お金が全てではない」と言いたい気持はありますが、しかし、そう言い切るにはまだまだ人生の修行が足りない気がします。
2009.05.18 Mon l 日常・その他 l top ▲
ウェブはバカと暇人のもの

光文社新書の4月の新刊『ウェブはバカと暇人のもの-現場からのネット敗北宣言』(中川淳一郎著)と『ヤンキー進化論-不良文化はなぜ強い』(難波功士著)が面白かったです。新横浜駅の三省堂書店で購入したのですが、同店の新書のコーナーでもこの二冊はよく売れているようでした。

『ヤンキー進化論』については、後日あらためて書こうと思っていますが、ネットに関しては、私は仕事の関係で1日の多くの時間をネットですごしている、いわばネットのヘビーユーザーと言ってもいいかもしれません。そんな私から見ると、どうしても衆愚化した面ばかりが目に付いてならないのです。

私はインターネットの前は、ワープロでパソコン通信をやっていました。東芝のルポというワープロに秋葉原で買ってきたモデムをつないで、ニフティサーブのフォーラムなどによく出入りしていました。田口ランディさんを知ったのもその頃です。パソコン通信は最盛期でも恐らく100万~200万人くらいの規模だったのではないかと思いますが、それでもごく限られた人達の世界でしたので、衆愚化とはまったく無縁でした。それに比べれば、今のネットは散々たるものだと言わざるを得ません。

まして『ブログ論壇の誕生』(佐々木俊尚著/文春新書)などと言われると、「どこが?」と突っ込みを入れたくなります。実際に『ブログ論壇の誕生』の巻末でリストアップされている、「オピニオンリーダーになるような」著名ブログの一覧を見ても、とてもじゃないが「論壇」なんて片腹痛いと思いました。むしろ、私は、『ウェブはバカと暇人のもの』の著者の中川氏がまえがきで書いていた、次のような意見に同意せざるを得ません。

悲しい話だが、ネットに接する人は、ネットユーザーを完全なる「善」と捉えないほうがいい。集合知のすばらしさがネットの特徴として語られているが、せっせとネットに書き込みをする人々のなかには凡庸な人も多数含まれる。というか、そちらの方が多いため、「集合愚」のほうが私にはしっくりくるし、インターネットというツールを手に入れたことによって、人間の能力が突然変異のごとく向上し、すばらしいアイデアを生み出すと考えるのはあまりに早計ではないか?


これは、インターネットのニュースサイトの編集者の立場から見た文字通りの実感なのでしょう。

「ネットで流行るのは結局『テレビネタ』」だとか、「ネットはプロの物書きや企業にとって、もっとも発言に自由度のない場所」だとか、「ネットが自由な発言の場と考えられる人は、失うものがない人だけである」などというのは、よくわかる話ですね。また、今は亡きナンシー関さんがもしあの辛口コラムをブログでやったら、すぐ炎上してうまくいかないだろうという話も、かつて『噂の真相』の彼女のコラムを愛読していた人間としては、わかりすぎるくらいよくわかる話でした。(ちなみに、『ヤンキー進化論』でも冒頭から彼女のコラムが取り上げられていましたが)

インターネットの技術についても、2ちゃんねる管理人の西村博之氏は自著『2ちゃんねるはなぜ潰れないか?』(扶桑社新書)の中で、「昔からあったさまざまな技術を、さまざまな営業サービスを駆使して見せ方を変え、売っているにすぎないのです。」「今後インターネット技術では発明は生まれないでしょう。」と書いているそうですが、新しいサービスが出るたびに「すごい!」「乗り遅れたら大変だ!」と騒いでいるのは、腹に一物の業界関係者やIT関連のメディアなどに煽られ「ネットに過度の期待をしている(させられている)」人達で、ホントにネットに通じている人は案外さめた目で見ているのではないでしょうか。

私達は、ネットに対するさまざまな幻想を一度疑ってみる必要があるのかもしれません。そして、ネットにふりまわされるのではなく、ネットという便利なツールをうまく活用するためにも、「たかがネット」との正しい付き合い方をもう一度考えるべきかもしれませんね。その際、次のような含蓄のある言葉は参考になるように思います。

ネットは情報革命の主役ではない。あくまでも電話を頂点とする情報革命の第二段階以後の担い手でしかない。
(中略)
ネットは便利である。こんな便利なものは本当に珍しい。だが、電話ほどの画期性はない。ネットがない時代も日本は成長していた。高度成長期にもバブル期にもネットはなかった。その程度なのである。だから、その程度の期待値で良いのである。あくまでもさまざまなものを本当に便利で効率的にしてくれただけだ。電話によってもたらされた「革命」のあとに来た「繁栄」を担っている程度である。


ネットがない時代にもともと優秀だった人は、今でもリアルとネットの世界に浮遊する多種多様な情報をうまく編集し、生活をより便利にしている。ネットがない時代に暇で立ち読みやテレビゲームばかりやっていた人は、ネットという新たな、そして最強の暇つぶしツールを手に入れただけである。


>>ウェブ時代
2009.05.12 Tue l ネット・メディア l top ▲
ダイエット

ダイエットのその後ですが、10キロ減という目標をほぼ達成しました。問題はこれからですね。過去の経験から言っても、この体重をどう維持していくかがいちばんの問題です。目標を達成したからといって安心すると、また情け容赦ないリバウンドが待っています。これからも、ややペースをゆるめながら、いわば「ダイエットのある生活」をつづけていかなければなりません。この大衆消費社会に生きる身としては、そうやってみずからの欲望をコントロールするしかないのです。

ちなみに、私のダイエット法はふたつポイントがあります。ひとつは、朝と夜の食事を逆にすることです。もうひとつは、一日に1万5千歩歩くことです。特に、歩くことについては、散歩だけで1万5千歩を歩くというのはかなり時間もかかりますし、それに毎日そうやって散歩しなければと考えると義務感が伴い苦痛になってきます。それで、散歩にこだわらずに、とにかく日常生活の中で歩くことを心がけるのが最善の方法です。まして東京のような都会で電車通勤などをしている場合は、ちょっとした心がけさえあれば1万5千歩なんて簡単にクリアできます。

にもかかわらず、階段を使わずに横から割り込んででもエスカレーターに乗ろうとしたり(東横線の横浜駅!)、電車に乗れば人を押しのけて座席に座ろうとするのは、もったいないなと思いますね。その一方で、ナイロンのジャージを着て首にタオルを巻き、公園の中を歩いたりジムに通ったりと、まるで苦行のようなダイエットをしている姿を見るにつけ、もっと日常生活を工夫すればその方が楽なのにと思ってしまいます。

と、友達にこんな話をしたら、「はい、はい、あんたが大将」と言われました。
2009.05.07 Thu l 健康・ダイエット l top ▲