坂口安吾の随筆で歯痛に悩んでいる話を読んだことがありますが、私はこのところ胃痛に悩んでいます。みぞおちのあたりがキューッと痛くて仰向けになり上体をそらすといくらか楽になります。そうやって仰向けになっていると、ジーンと胃酸が下から上にのぼってくるような感覚があります。知り合いの病院でその話をしたら、「胃カメラを飲んで検査しましょうよ」と言われましたが(営業?)、私は胃カメラやバリウムが苦手なのでなかなか決心がつきません。

そう言えば、父親もよく「胃が痛い」と言ってましたが、私もとうとう「胃が痛い」年齢になったのかと思いました。父親と同じように、最近は「あっさりしたものが食べたい」というのが口癖になりました。若い頃、肥満や腰痛や胃痛などとはまったく無縁な人間だと思っていましたが、結局、どれも経験することになりました。要するに、タカを括っていただけなのですね。それが若さゆえの傲慢というものでしょうか。

ただ、怪我の功名ならぬ”胃痛の功名”もあります。体重がさらに減ったのです。2キロ減って、20代の体重まで戻るという目標まであと3キロになりました。喜んでいいのかどうか。
2009.06.27 Sat l 健康・ダイエット l top ▲
もしこのまま横浜に住みつづけるとしたら、次に住んでみたい街は根岸です。根岸の駅前は東横線沿線のようにゴチャゴチャしてなくて舗道も広いし、住んでいる人のレベルも比較的高そうです。と、こんな言い方は嫌味に聞こえるかもしれませんが、横浜の場合、こういったことは案外重要です。

横浜は常に「住みたい街」の上位に位置して、「オシャレな街」だとかいったイメージがありますが、実際は”東京型市民”と言われる「エリートサラリーマン」や「あざみネーゼ」や「山手のお嬢様」(半分は”横浜型市民”ですが)がいる一方で、”横浜型市民”の典型である「おっちゃん労働者」や「古典的なヤンキー」なども多く、いろんな階層の人間が混在するバラエティ豊かな街なのです(マイクロマガジン社『これでいいのか横浜市』)。地域にもよりますが、決してガラがいいとは言い難いし、車や電車のマナーもよくありません。「オシャレな街」には似つかわしくないJRAの場外馬券場が多いのもゆえなきことではないのです。

そのため、横浜には「どこに住むか?」「どこに住んでいるか?」といった土地のヒエラルキーみたいなものが隠然と存在します。また、黒澤映画の「天国と地獄」が象徴的ですが、平坦な土地が少なくて坂が多いため、どうしても坂の上と下という明確な区分け(棲み分け)がしやすいという側面もあるように思います。五木寛之も沢田研二も萩原健一も北原照久もみんな丘の上に住んでいます。かつての”歌う不動産王”千昌夫も山手の丘の上に住んでいたそうです。もちろん、成功した華僑達も丘の上に住んでいます。成り上がったら丘の上へというのが横浜のパターンなのです。

根岸1

横浜にはいくつかの「高級住宅地」と呼ばれる丘の上の土地がありますが、根岸の根岸旭台や根岸台もそのひとつでしょう。そして、その丘はかの最強の高級住宅地である山手の丘へとつながっているのです。根岸の駅前に立ったら、誰しも「あの丘の上に住みたい」とあこがれの眼差しで緑におおわれた丘の上を見上げるのではないでしょうか。

ドルフィン」の前を通り丘の上にのぼると、やたらヒルトップやヒルサイドという名称が付けられた低層のマンションが建っており、なんだか威厳さえ覚えるような高級感を漂わせています。坂をのぼりきったところには、”FIRE STATION”と赤い文字で書かれた米軍の消防署があり、サンディライオンのシールでおなじみのややレトロな消防車がずらりと並んでいました。もともとこのあたり一帯は米軍に接収されていたそうで、今でも消防署の先は贅沢なスペースの中に米軍住宅が広がっています。隣接する根岸森林公園ではフィリピン人のメイドさんがベビーカーに乗った金髪の子供を散歩させていましたが、如何にも昔のユーミンが好みそうな光景ですね。

根岸2

根岸森林公園は、日本で初めての西洋式の競馬場の跡で、米軍に接収されていたときはゴルフ場だったとか。この公園があるだけでも根岸の丘は高級住宅地の要素を充分かなえている気がします。ウーン、こんなところに階級社会が残っていたのか、そんなオーバーなことさえ考えさせられました。そう言えば、某中央官庁の職員住宅もしっかり建っていましたが、なんだか官尊民卑を象徴するような光景だと思いました。

しかし、丘の上を貫く車道から脇に入ると、光景が一変します。まるで斜面にへばりつくように庶民的な家が密集しており、ケモノ道のような細い道が家々の間をぬうように蛇行しています。そんな坂道を適当に下ったら、山手トンネルの先に出ました。そして、山手トンネルをぬけて元町から中華街を通って帰ったのですが、金融危機の影響なのか、元町の通りにもシャッターの下りた店がいくつかありました。

>>ユーミンを聴く
2009.06.24 Wed l 横浜 l top ▲
”国営マンガ喫茶”などとヤユされている国立メディア芸術総合センター(仮称)構想のニュースを聞いたとき、ふと、『パラダイス鎖国』(アスキー新書)の海部美知氏が3年前に自身のブログ「Tech Mom from Silicon Valley」に書いていた、「日本製アニメは『東洋の魔女』時代のバレーボールか?」という記事を思い出しました。

よく「日本のアニメは世界に誇る文化だ」などと自画自賛する声を耳にしますが、案外そうでもない現実を海部さんはアメリカの例をあげて書いていました。もともと日本人というのは(日本人に限らないのかもしれませんが)、みずから神話を作りそれに酔い痴れる傾向がありますので、なんでも一歩下がって冷静に聞く必要があるのかもしれません。

アメリカにおいて、日本のアニメ、とりわけポケモンが一世を風靡したのは事実ですが、それにはアメリカのメディアの事情によるものが大きく、「偶然の産物」だったと海部氏は書いていました。

ポケモンが流行った頃、テレビメディアの規制変更によって(一定の比率で子供番組を流すと、放送ライセンスの取り扱いに優遇を与えるという政策によって)、「子供番組」の特需があったにもかかわらずコンテンツ制作が追いつかなかったため、窮余の策として手っ取り早く輸入して流さざるを得なかったという業界事情があったのだとか。その結果、たまたま(?)ポケモンがヒットしたというわけです。

しかし、ポケモン以後、日本のアニメの影響力はむしろ低下の一途を辿っているように見える、と書いていました。どうやら一部のオタク市場の中にある「ジャパン・クール」を過大視しているのが実態のようです。海部氏はそういった状況をつぎのように辛辣に書いていました。

(前略)たまたまアメリカや他のポテンシャルの高い国が手薄だったときに、日本が頑張って金メダルを取ったけれど、その後他の国が本気を出してきたらあっというまに沈んでしまったバレーボールみたいなものに見えるのである。ポケモンの流行は、一過性の「東洋の魔女」だったように見えるのである。

それなのに、まだ日本の新聞などでは、「日本はアニメが強い」「日本のアニメで、ジャパン・クールが受けている」と言い募っているのを聞くし、役人がそれに便乗して税金を無駄に使って不必要な仕事を作り出しているようだ。


もちろんこれは国立メディア芸術総合センター構想のはるか前に書かれていますが、けだし慧眼です。
2009.06.20 Sat l 社会・時事 l top ▲
「金を使え、ものを買え」という政府の掛声に乗せられて、相変わらず散財の日々を送っています。あれから春夏もののジャケットも誂えました。これで、今年に入ってなんと3着目です。紺のウインドベンの結構お気に入りの(もちろん、アメリカントラッドの)ジャケットなのですが、同時進行でダイエットをしていたため、出来上がりを見ると胴回りがややゆったりしている感じで、袖口もちょっと長く感じられました。

もちろん、「直し」もきくのですが、わざわざ持っていくのは面倒臭いので、近所の「仕立て直し」をやっているところで袖口だけ詰めてもらうことにしました。よく利用するスーパーの近くに、門のところに小さく「仕立て直し」の看板を下げている家があったので、とりあえず、ヤフーの電話帳で電話番号を調べて電話してみました。すると、案の定、実物を見てみないとわからないという返事でしたので、実物を持って行くことにしました。

で、件の家に行って、玄関で「すいません、先ほど電話した者ですが‥‥」と言うと、奥から出て来たご婦人が怪訝な顔をして、あきらかに戸惑っている様子でした。

「あの~、○○さんのお宅では?」
「いえ、違いますよ」
「エッ、仕立て直しの○○さんではないのですか?」
「ああ、それならその線路の先の方ですよ」
「エッ」

つまり、同じ「仕立て直し」をやっている家でも、私がそうだと思い込んでいた家と電話した家は違っていたのです。

そうなると、私の本領発揮です。
「ああ、そうですか。まあ、いいや。面倒臭い」「実はこのジャケットの袖口を詰めてもらいたいんですよ」

正直そうなご婦人は、「○○さんでなくていいのですか?」
「いいです。いいです。電話しただけですから」

電話した○○さんには申し訳ないことをしましたが、このように最近はとにかくなんでも面倒臭くて、いい加減になっている自分がいます。ただ「金を使え、ものを買え」と言うだけのどこかの国の政府と同じで、これは末期症状なのかもしれません。

>>お金が全てではない
2009.06.19 Fri l 日常・その他 l top ▲
東芝太尾アパート1

以前、「東芝太尾アパート」のキーワードでアクセスしてきた方がいらっしゃいました。どうしてこのキーワードでヒットしたのか不思議ですが、大倉山から菊名に向かう途中の裏道にこの東芝太尾アパート(正確には”東芝太尾家族アパート”)があります。

ところが、先日、前を通ったら、既に建物は無人と化し入口が板で封鎖されていました。以前、山本哲士さんが、ご自身のブログ「ホスピタリティの場所」で「日常にしみこむ金融危機の波及」と題して、「スイスもついにおつりをごまかしはじめた」話を書いていましたが、このアパートの封鎖もやはり金融危機と関係があるのでしょうか。

東芝太尾アパート2

実際に住んでいる人間から言えば、その理由がいまひとつわかりませんが、住宅地として人気のある大倉山には昔は社宅も多くあったようです。友達の話では、全日空の女子寮があったのだそうで、ウソかホントか「よく車で迎えに行ったよ」と言ってました。また、別の知人も、以前勤めていた中央官庁の外郭団体の職員住宅があったとかでなつかしそうに話していました。東芝の社宅もそのなごりだったのかもしれません。

駅近辺は昔からの細い路地が縦横に走っており、人気の住宅地(!?)にあるまじき歩行者と自転車のトラブルが絶えませんが、その中に古い木造のアパートが建っている一角がありました。駅から数分の場所にもかかわらず、まるでそこだけは時代から取り残されたようにノスタルジックな雰囲気を漂わせていました。ところが、そのアパートもいつの間にか取り壊されて更地になっていました。あのアパートには何人かのひとり暮らしのお年寄りが住んでいたはずですが、皆さんどうしたのでしょうか。
2009.06.15 Mon l 横浜 l top ▲
最近、もの忘れがひどくなりました。老化現象がはじまったのでしょうか。右手の指先もずっとしびれたままだし、細胞がどんどん死んでいるのが目に見えるようです。ときどき背中がやたら痒くてならないのですが、友達にその話をしたら「それは老人性皮膚掻痒症だ」と言われショックを受けました。なんでも年齢に結び付けれられるのは悔しいですが(しかも、必ず「老」の文字が入る)、これも寄る年波には勝てないというわけでしょうか。

今日も郵便局で郵便物を出そうとしたら、ふと、代金引換郵便を持ってくるのを忘れたことに気づきました。「あっ、忘れた!」と素っ頓狂な声を上げたので、窓口の職員から「大丈夫ですか?」と言われてしまいました。

そのあと、伊勢佐木町の有隣堂に行きました。詩人の鈴木志郎康さんの詩で、鈴木さんの地元である亀戸(江東区)をうたった詩があったことを思い出し、無性に読みたくなったからです。たぶん高校生の頃に読んだのではないかと思います。鈴木さんの詩集も持っているはずなのですが、なにせ部屋中本の山でどこにあるかわからないため、探すより買った方が手っ取り早いのです。

ところが、帰りの電車で、ほかの本は買ったものの、肝心な『鈴木志郎康詩集』を買うのを忘れたことに気づいたのでした。何のために有隣堂に行ったのか、自分でもただただ呆れています。

また、最寄り駅に着いてから、醤油を買わなければと思ってコンビニに寄ったのですが、帰宅してから今度は肝心な醤油を買うのを忘れたことに気づいたのでした。コンビニに入る前までは「醤油」「醤油」と頭の中でお題目のように唱えていたのですが。

こんな感じで、今日は肝心なものはなにひとつ買えないままでした。これは、前頭葉の神経細胞がまとまって死んでいる証拠なのかと思ったのですが、ものの本によれば、もの忘れを思い出すというのは脳が健康な証拠なのだとか。なんだかややこしい話です。

以前、大庭みな子さんが対談かなにかで、ものを忘れるというのは神様からのプレゼントだというような話をしていたのを読んだことがあります。ものを忘れることで人間は救われているのだと。なるほどそうかもしれません。ものを忘れることで苦悩から解放されるということはあるでしょう。認知症がすすんだお年寄りを見ていると、そう思う(そう思いたくなる)ことがあります。しかし、その一方で、忘れたいと思っていることに限って、記憶の根が深くなかなか忘れることができないという面もあります。もっとも、そうやって神様が気まぐれなのは、まだ若い証拠なのかもしれませんね。悲観するにはまだ早い?
2009.06.11 Thu l 日常・その他 l top ▲
開港150周年の横浜。開国博Y150のベイサイドエリア、新港パーク近辺を歩きました。それにしても、平日とは言え、ご覧のとおりおせいじにも盛り上がっているとは言い難い状況です。どう見てもフジテレビのお台場冒険王(?)に負けています。

地元紙や情報誌はいつものように提灯記事ばかりですが、好きな人とだったらどこへ行っても楽しいでしょうから、好きな人と一緒ならいいかもしれません。実際にその手のカップルが多かったように思います。ちなみに、横浜市は市内の小学生の3年生以上を強制的に学校単位で見学させているそうです。

ところで、開港50周年のときは森鴎外作詞による「横浜市歌」が作られ、開港100周年のときはマリンタワーが建てられたのですが、さて、150周年の目玉は何なのでしょうか? まさか、あの巨大クモとか? 

IMG_002.jpg

IMG_005.jpg

IMG_003.jpg

IMG_004.jpg

IMG_006.jpg

IMG_007.jpg
今月オープンした象の鼻パーク。

IMG_008.jpg
クイーンの塔(横浜税関庁舎)

IMG_009.jpg
キングの塔(神奈川県庁)

IMG_010.jpg
記憶の積層・1

IMG_012.jpg
記憶の積層・2

IMG_013.jpg
記憶の積層・3

IMG_014.jpg
記憶の積層・4

IMG_015.jpg
ワールドポーターズ

IMG_016.jpg
汽車道・1

IMG_017.jpg
汽車道・2
2009.06.08 Mon l 横浜 l top ▲
私の知り合いの女の子で、本をほとんど読まないという子がいます。彼女は誰もが知っている難関大学を卒業した才媛なので、その話を聞いたとき、俄かに信じられませんでしたが、本人によれば、高校時代に推理小説を一冊読んだことがあるきりだそうです。

活字中毒の私から見れば、まるで異星人のように思えますが、現実にそういった若者は少なくないようです。ただ、一方で、彼らはネットに対する依存度は非常に高く、なんでもすぐネットで検索して調べることが半ば習慣化しています。あるとき彼女に得意分野の理数系の問題に関して質問した(というか、彼女の見解を質した)ところ、なにやらネットで調べはじめたのでした。どうしたんだろうと思って画面を覗いたら、なんと「教えてgoo」で調べていたのです。だったら最初からあなたには訊かないよと思ったのですが、そのときは黙っていました。

ところが、梅田望夫さんはこういった若者達を肯定的に見るのですね。別に自分の頭の中に知識を入れておく必要はなく、ネットにあればいつでも取り出し可能だし、またネットでは大衆の叡智によって日々高度な知識が蓄積されているので、その方が合理的だというようなことを書いていました。ネットに高度な知識が蓄積されているかどうかはともかく、私は、これは「コピペすりゃいいんだ」と言っているのと同じではないかと思いました。人間というのは、自分の頭でものを考え、自分の言葉で表現することが大事だと思ってきましたが、ややオーバーな言い方をすれば、もう自分の言葉を持つ必要はない、自分の意見もネットで見つければいいんだ、と言われているような気がしないでもありません。そう考えると、これは人間のあり様に関わる根本的な問題を含んでいると言えるのかもしれません。

誰かも言ってましたが、もやは人間は「考える人」ではなくただの「調べる人」になった感じです。人間というのは生きていると、ときに頭をふりしぼって、それこそ頭がおかしくなるくらい考えなければならないときがありますが、もはやそんな苦悩とは無縁なのでしょうか。

藤原智美さんは『検索バカ』(朝日新書)の中で、最近の学生はレポートもネットからコピペして作成し、それを平気で提出するので、大学の教官が頭を抱えているという話を紹介していましたが、さもありなんと思いました。大学のレポートだけでなく、ブログなども、今朝何を食べてどこへ行ったというような極私的なもの以外は大半(と言ってもいいくらい)がコピペです。

それはブログだけでなく、アマゾンのカスタマーレビューや映画評なども同様です。中には実際に本を読んでなく映画も観てないで書いたとしか思えないようなものも多く含まれています。グルメのブログでも、実際に行ってみると、そんなにおいしいとは思えないのに、ネットではどうして揃いも揃って似たような評価ばかりなんだろうと思うことがあります。もしかしたら、当人達にとってはそれが当たり前すぎて、今さらコピペしているという意識さえないのかもしれません。ところが、アマゾンのカスタマーレビューを見てその本を購入するかどうか決めたり、中にはもうそれだけで読んだつもりになる(わかったつもりになる)という人もいるそうですから、何をかいわんやです。

梅田さんはその後、水村美苗さんの『日本語が滅びるとき』(筑摩書房)の書評をめぐってネットからシッペ返しを受ることになるのですが、実際に読んでない人間があたかも読んでいるかのようにいっぱしの意見を言うことができるのがネットなのですね。ただ、(何度も同じことをくり返しますが)「ネットではご飯は食べられない」ので、やがてリアルすぎるくらいリアルでシビアな現実に身を晒されたとき、自分の言葉を持ってないことの深刻さを痛感することになるのではないでしょうか。人生というのは、生きていく中で遭遇するさまざまな出来事をいわば批評することでもあるわけですから、自分の言葉をもってないというのは致命的ですね。そして、そのとき、ネットは所詮ネットにすぎなかったんだということに気付くのでしょうが、それではもう手遅れでしょう。
2009.06.06 Sat l ネット・メディア l top ▲
その後の「ダイエットのある生活」も依然として10キロ減の体重をキープしており、順調に推移しています。と言っても、苦行のようなストイックな食生活をしているわけではありません。たまにですが、大分県人が好きな鶏のから揚げも食べていますし、暑い日はアイスクリームも食べています。朝と夜のメニューは逆にしていますが、食事も三食きちっと食べています。

散歩はたまにしているだけで、とにかく普段の生活の中で歩くことを心がけています。今までは出かけた途中で買物をする際も、なるべく荷物が重くならないように考えて買物したものですが、今は逆に重い方が好都合だと思うようになりました。東横線の横浜駅でエスカレーターに乗客が殺到し、中国の都市のような醜い光景が繰り広げられているときも、それを横目で見ながら階段を利用すれば精神衛生上も好都合です。

私の経験から言えば、食事制限や散歩やジョギングやスポーツジムというのは、あくまで”従”で補助的なものと考えた方がいいように思います。でないと、義務感が生じて挫折するお決まりのコースを辿ることになるような気がします。

いずれにしても、この状態をしばらくキープして、さらにあと5キロ落とそうかと思っています。今の体重は15年前のレベルですが、あと5キロ落とせば20年前のレベルにまで戻りますから。

かくしてあの過ぎ去りし青春の日々に向って「ダイエットのある生活」はまだまだつづきます。

>>ダイエットのある生活
>>いつまでもメタボと思うなよ
2009.06.04 Thu l 健康・ダイエット l top ▲
このところなんだか「年を取った」話がやたら多くて恐縮ですが、昨日も「年を取ったな~」と痛感する出来事がありました。

郵便局に代金引換郵便を出しに行ったときのことです。若い男性の職員がいたブースに行き、郵便物を差し出すと、彼は戸惑った感じで封筒の上に貼ってあるラベルをめくって裏の文面を読みはじめたのです。ふと、彼の胸を見ると「研修中」の名札が下がっていました。

私は咄嗟に「こりゃダメだ」と思いました。というのも、この時期になると、郵便局に新しく入った職員達が研修と称して窓口に座っていることが多く、そのたびに同じような質問を長々とされて、ほぼ毎日郵便局に通っている私はいい加減うんざりしていたからです。切手や葉書の販売などはさすがにスムーズにいくみたいですが、取扱い頻度の少ない代金引換郵便などになると途端に手が止まってしまうのです。先日などは確認のために何度も奥に引っ込んで、なんと1通の代金引換郵便を出すのに10分近くもかかったことがありました。

それで、私は、「こっちに頼むからいいよ」と言って、いきなり新人職員の彼から郵便物を取り上げると、隣のブースの女の子に「これ、お願い」と渡したのでした。郵便物を取り上げられた彼はまさにハトが豆鉄砲を食らったような顔をしていました。

口はばったいことを言うようですが、先日の『週刊ダイヤモンド』でも特集されていたように、郵政民営化と言っても所詮は巨大な独占企業が生まれただけですから、かんぽの宿売却問題で垣間見えたような利権の問題も含めて、非常にいびつな形で民営化がすすめられているような気がしてなりません。民営化は自分達に都合のいいところだけで、都合の悪いところ(競争のないところ)では相変わらず「お上」の商売がまかりとおっています。だって、1通の郵便物を処理するのに10分近くもかかっているのを上司が見て見ぬふりをするなど、サービスを生業とする民間企業だったら考えられません。

とは言え、そのあと「自分も年を取ったな~」としみじみ思いました。若い頃だったら、胸の中で舌打ちをしながらも我慢して新人の彼に付き合ったことでしょう。しかし、最近は我慢できなくて即行動ということが多くなりました。その堪え性のなさや図々しさや厚かましさは、やはり年齢からくるものではないでしょうか。オバサン化ならぬオヤジ化している証拠ですね(そう言えば、最近やたらと酢の物が食べたくなりますが、あれもオヤジ化?)。そのうち「暴走老人」(藤原智美)なんて言われるようになるのかもしれません。
2009.06.01 Mon l 日常・その他 l top ▲