最近、散歩もご無沙汰気味です。そのために、このブログも画像が少なく文字ばかりの味気ないものになっています。

散歩が滞っているのは、雨がつづいているということもありますが、もうひとつは、11月にパシフィコ横浜でAPEC(アジア太平洋経済協力会議)があるからです。それに伴い、みなとみならい周辺は各県から派遣された機動隊によって厳重な警備が実施されているため、散歩もしずらい雰囲気なのです。田代まさしもその余波で逮捕されましたが、彼を赤煉瓦倉庫の駐車場で職務質問したのも福岡県警の機動隊だったとか。酷暑の夏もやっと終わり、散歩にいい季節になったというのに、これではストレスがたまります。

一方、体重はその後も「停滞期」にあります。毎日ほぼ同じ時刻に体重計に乗るようにしているのですが、これが見事なほど同じ位置で針がピタリととまります。ちなみに、この「停滞期」の体重は10数年前のレベルで、前回のダイエットの目標体重でもありましたので、それなりの成果は得ていると言えます。しかし、今回はさらに5キロ減の20年以上前のレベルまで下げるという大目標がありますので、今はその手前で立ち止まっているという状況です。

誤解を怖れずに言えば、ダイエットを成功させるには、ある程度のナルシシズムも必要です。気持が萎えたとき、なにをバネにして奮起するかと言えば、自己愛しかありません。デパートなどでエスカレーターに乗っているとき、壁のカガミに映った自分の姿を見ると愕然としますが、それを前向きな気持に変えるのもナルシシズムです。近所のスーパーでレジ袋に商品を詰めているとき、思わず「どこのおっさん?」と言いたくなるような柱のカガミの中の自分が目に入ってもなお、「がんばらなくっちゃ」と思えるかどうかです。それが成否の分かれ目なのです。
2010.09.29 Wed l 健康・ダイエット l top ▲
Face book

今までウェブコンテンツの入口は、もっぱらGoogleなど検索エンジンが主導していましたが、これからは検索エンジンだけでなくSNSもその役割を担うようになるのではないかと言われています。CNET Japanでも「時代はインターネットからソーシャルネットへ?」というテーマで、6人のパネリストの意見を掲載していました。

その中で私は、江島健太郎氏の意見にすごく考えさせられるものがありました。インターネットの未来というのは、私達にとっては必ずしもバラ色だとは限らないのです。しかし、もはやインターネットのない世界は考えられません。「新しい公共」と言うなら、ネットだって新しい公共かもしれないと思うことさえあります。つぎつぎと新しいサービスが登場していますが、それが私達の生活とどう関わりがあるのか。私達は、もう少しネットのあり様というのを考える必要があるのではないでしょうか。(全文を転載するのは気がひけるのですが、示唆に富んだ意見なのであえて紹介させてもらいます)
http://japan.cnet.com/panel/story/0,3800077799,20420087-10003182,00.htm

ソーシャルグラフはPage RankじゃなくてHuman Rankみたいなものなので、ネットが「現実社会の一部」から「現実社会そのもの」になっていく過程ではソーシャルグラフが重大な価値を持つようになるというのはそのとおりだとおもいます。

「現実社会そのもの」になる、とはつまり、これまでは一部の好事家のものに過ぎなかったネットが本格的に現代文明の骨組みになっていくということであり、したがって文明のもつ暴力的な側面、つまり好むと好まざるとにかかわらず地球上の全人類を飲み込んでいき、さまざまなものを破壊したり再構築したりという現象が、これからますます加速するでしょう。

問題は、20世紀以降の我々は「アメリカ文明」とでもいうべき文明期に生きており、特に冷戦以降、その同質化圧は世界中を飲み込んでいます。各地域民族がどんなに文化的・社会構造的な独自性を強調しようとも、文明レベルでは疑いようもなく「アメリカ的なもの」への同質化が進行しています。

そういう中で、Human Rankのような「アメリカ文明」の矛先がダイレクトに向かう先にあるものが、アメリカから来たものに飲み込まれずにいられるか、というのは非常に興味深い点です。その昔、マイクロソフトのようなソフトウェアやテクノロジーはアメリカからきたものが成功しても、ネットのサービスは非常にハイタッチなものだから、ローカリティを大事にした日本独自のものが繁栄するのだ、というようなことが2000年頃には言われていました。それは、ある時点までは事実でしたが、今やどうでしょう。Twitterはあっさりと日本で普及し、Facebookも伸びています。この潮流に逆転は起こりうるのでしょうか。

ひとつ考え方のヒントになりそうなのは、「グーグルはアンチSEOである」ということです。SEOとは、ユーザが望む情報を提供するというゴールに照らしてノイズであり悪である、という立場です。つまり、SEOは、ユーザサイドではなく、セルサイドの立場にたった「売らんかな」のロジックなのです。

よって、ソーシャルグラフを提供する事業者自身がSGOという言葉を言い出すことには、理想や目標があまりにも低すぎないか?ダークサイドに落ちるのが早すぎないか?という率直な感想を持ちます。良質なソーシャルグラフは「アンチSGO」なスタンスを貫く事業者によって達成されることでしょう。

歴史に学べば、この戦場もTwitterやFacebookで終わりではなく、まだこの世に知られていないサービスが急成長することもありうるでしょう。しかし、徹底的にユーザサイドに立ったサービスは、ますますアメリカからしか出てこなくなった、という印象を拭えません。とても残念です。(たとえばYelpが日本に進出したら食べログがどうなるか想像してみましょう)

徹底的にユーザサイドに立つというのは、難しい目標だからこそ、優秀な人々を十分にひきつけておけるだけの魅力的な高い理想として機能します。仕事の達成から得られる喜びが、マズローの欲求5段階説でいうところの最高位のself actualizationとなるのです。人はパンだけで生きるものではない。そういった人間の心理をしたたかに利用しているのがアメリカ企業である、と考えてもあながち間違いではないでしょう。

そんな企業が日本から出てくるのか。自分たち自身の課題でもありますが、まずは自分たちが置かれている立場を認識するところから。一歩一歩進みたいものです。

2010/09/16 07:07:07


もはやネットはなくてはならないものであるからこそ、もっと批判にさらされるべきです。ネットに対しての批判があまりにも足りない気がします。新しいサービスが登場するたびに、「すごい!」「すごい!」と礼讃するだけの事情通の発言は、眉に唾して聞く必要があります。それは、セコさとあざとさばかりが目立つ日本発のサービスと表裏一体のものです。

どうして日本ではGoogleのような会社が出てこないのか。「ネットの可能性」を論じるなら、そのことをもっと深刻に考える必要があるのではないでしょうか。
2010.09.27 Mon l ネット・メディア l top ▲
今日のヤフーニュースにつぎのような記事が出ていました。

 テレビ番組のアンケートコーナーが「ヤラセだ」と因縁をつけ、収録スタジオが入る新宿アルタ内に脅迫の落書きをしたとして、警視庁新宿署は威力業務妨害の疑いで埼玉県坂戸市鶴舞、アルバイト、×××容疑者(37)を逮捕した。

 同署によると、××容疑者は、フジテレビのバラエティー番組「笑っていいとも」で、スタジオ観覧者100人に出演者がアンケートし、該当者が1人ならば商品が当たるコーナーに憤慨。「制作者のヤラセは許せないので、コーナーをやめさせようと思った」と容疑を認めている。(以下略)
(産経新聞 9月24日(金)12時47分配信)


実は私もあれはヤラセではないかと思っていました。案外そう思っている人は多いのではないでしょうか。あんなに1人的中が頻発するのはどうみても不自然です。以前はあんなに1人的中が出てなかったように思います。数年前にタモリの携帯ストラップを配るようになってから(?)、急に的中率が上がったのです。

だからといって、わざわざ東武東上線と山手線を乗り継ぎ、坂戸から新宿のアルタまで出かけて直接行動に走るというのは、あまりにも直情的ですが、ただ、私はこの犯人の”義憤”の5%くらいは理解できます。タモリだってホントは心の中で、「またかよ」「しょうがねえな」なんて思っているのかもしれません。

もっとも、テレビというのは、こういったヤラセというか、「お約束」で成り立っているところがあります。だから、その手の”暗黙の了解”を媒介するには、お笑い芸人がうってつけなのでしょう。にもかかわらず、この犯人のように「王様は裸じゃないか!」と青筋を立てて怒るのは、それこそ「身も蓋もない」「シャレがわからない」ということになるのかもしれません。しかし、むしろ問題なのは、丸の内や新橋の街頭やネットの掲示板などでよく見かけますが、王様は裸なのに王様は裸ではないと本気で思いこんでいるような人達ではないでしょうか。それに比べれば、この犯人は王様が裸だとわかっている分、まだ救いがあるように思います(半分冗談ですが)。

いづれにしても今回の事件をきっかけに、再び昔のように的中率が下がったら笑えます。今後の「笑っていいとも!」から目が離せません。
2010.09.24 Fri l 芸能 l top ▲
今日は朝から病院めぐりでした。まず、秋の健康診断のために旧知の病院に行きました。いつも通り採尿と採血と心電図とレントゲン撮影を行いました。年に2回やってますので、もう手慣れたものです。体重をはかる際、「前回より体重が減っていますが、なにか理由がありますか?」と言われました。「待ってました」とばかりに、「はい、ダイエットをやってます!」と答えたものの、ちょっと声が大きすぎたかなと思いました。胴回りをはかったときも、「前より3.5センチ細くなっていますね」と言われましたが、そう言った係の女性がなんだかうらやましそうな目で私を見ていました(と勝手に妄想)。

ただ、聴力をはかる際、ちょっと手間取りました。たしかに、最近また左の耳の聴力が落ちているのです。適当に勘で答えたので、係の人も戸惑ったみたいです。

そのあとは地下鉄に乗って、次の病院に行きました。先日の検査の結果を聞くためです。検査の結果は数値が下がっており、このまま経過をみましようと言われました。ひとまず安心です。その際、先生から健康診断と同じ項目が並んだ「検査結果報告書」を渡されました。昔は採血しても、たとえば肝機能なら肝機能の検査をするだけでしたが、今は自動的に全ての項目の検査ができるのですね。肝臓も腎臓も血液も異常なし。ただ、コレステロール値が少し高いと言われました。これは、今年の春の健康診断でも指摘されたことです。家系からみると遺伝的な因子はなさそうなので、「ダイエットをつづけて、野菜を食べることと運動を心がければいいでしょう」と言われました。それを聞きながら、今日の健康診断は無駄だったかなと思いました。どうみても重複しています。考えてみれば、春も重複していますので、今年は健康診断を4回したことになります。

病院のあとは、新横浜まで戻り、ラーメンとチャーハンと餃子を食べました。早くも気のゆるみが出たみたいです。しかも、チャーハンは大盛なのです。それから満腹になったお腹を抱えて駅ビルに行き、三省堂書店で本を買いました。そして、歩いて帰ったのですが、帰る途中、今度はコンビニでアイスクリームを3個買いました。アイスクリームが入った袋を下げて帰りながら、ふと「喉元すぎれば熱さも忘れる」ということわざが頭に浮かんだとさ(半分ヤケです)。
2010.09.22 Wed l 健康・ダイエット l top ▲
Hello Again~昔からある場所~

最近のお気に入りは、JUJUの「Hello,Again ~昔からある場所~」です。言うまでもなくMy Little Loverのカバーですが、JUJUもまさるとも劣らずいいのです。

歌詞の中にも「夜の間でさえ 季節は変わっていく」というフレーズがありますが、この歌は今のような季節の変わり目によく似合うような気がします。「リグレット」という言葉がとても新鮮でした。主人公が江ノ電の「鎌倉高校前」におりて行くミュージックビデオも、あじさいの季節の湘南を舞台に人生の哀歓が表現されていてとてもよかったです。

いくつになってもどんなに年をとっても、なにかの拍子にふと恋愛の記憶がよみがえることがあります。そうやって恋愛というのは、ままならない人生を生きる私達にとって、どこかで心のよすがになっているような気さえします。歌詞にあるように、誰しも「君の声が今も胸に響く」ことがあるのではないでしょうか。

他に、古内東子の新曲「特別な街」もちょっと平板だけどいいなと思いました。「恋愛至上主義」は悪いことではないのです。少なくとも、ネットにひきこもり、妬み僻み嫉みを合理化するだけのヘタレな(恋愛もできない)男子に比べれば、はるかに真っ当だと思います。

>>つないでいたい

JUJU - Hello,Again ~昔からある場所~

2010.09.20 Mon l 芸能 l top ▲
民主党代表選で菅再選を見届けてから、いつものように郵便局&散歩に出かけました。「小沢待望論」が盛り上がる現在の日本は、「天皇親政」を実現しよう青年将校が登場した状況と似ている、と書いていた有名ブロガーがいましたが、実際には「小沢待望論」もネットの一部だけで、世間ではそれほどでもなかったということでしょうか。それにしても、小沢一郎のことになると、支持するしないに関わらず、どうしてみんなこのように誇大妄想に陥り、ことさら虚像化したがるのでしょうか。それが不思議でなりません。

個人的には、菅か小沢かという二者択一論なんてまったくナンセンスだと思いますが、今回もマスコミの”小沢憎し”の情報操作は尋常ではありませんでした。この国では明治以来の官僚統治システムに楯突く政治家は、常に”金権政治家”として葬り去られる運命にあるそうですが、霞ヶ関の意向を受けて検察が仕掛けた「政治とカネ」の問題は、ここでも大きな役割を果たしたのです。自民党の新しい幹事長の石原伸晃氏は、菅再選なら協力すべきところは協力するが、小沢政権なら徹底して対決する、と言ってましたが、自民党やマスコミや官僚の援護射撃で再選された菅政権に、一体なにを期待しろというのでしょうか。ヤワラちゃんが応援する小沢一郎も悪い冗談ですが、自民党が応援する菅政権も悪い冗談です。この先に待っているのが、哀しいほどの対米従属と財政再建に名を借りた増税翼賛体制であるのは明白です。どうも「政治とカネ」がそのための目くらましになっているように思えてなりません。マスコミの罪は大きいのです。

そんなことを考えながら、菊名の駅前をとおりすぎて、東横線の踏切を渡りました。駅はよく利用するものの、菊名のことはまったく知らないので、周辺を歩いてみようと思ったからです。ウソかマコトか、菊名には「菊名夫人」という呼び方があるそうです。「菊名夫人」なんていうと、なんだかフランス書院のポルノ小説のタイトルみたいですが、シロガネーゼと同じように、菊名に住んでいるハイソな(古い?)御婦人という意味だそうです。それを聞いたとき、私はどこにそんな人間がいるんだと思いました。菊名のあのゴチャゴチャした駅周辺を思い浮かべると、とてもそんなハイソな御婦人がいるとは思えませんでした。

ところが、踏切を渡ると、三方に上り坂が延び、それに沿って立派な門構えの一戸建てが並んだ扇状の住宅街が出現したのです。やはり、ここでも”横浜の法則”は生きていたのでした。つまり、成りあがった人間は丘の上に住むという法則です。我々下層貧民は、駅から5分だとか自慢をしていますが、所詮は湿気の多い、昔はレンコン畑だったような低地に住むしかないのです。ただ、地元の事情通によれば、名にし負う「役人天国」の横浜市にふさわしく、今は丘の上の住人は公務員若しくは元公務員が多いそうです。私は坂道を上りながら、こういうところに「菊名夫人」は住んでいたのかと思いました。

しばらく尾根伝い(?)に住宅街の中を歩いたあと、あてもなく坂道を下ると、池のある大きな公園に突きあたりました。そして、その先に妙蓮寺の駅が見えました。かつて妙蓮寺に住んでいた四方田犬彦さんが、『散歩の達人』の中のエッセイで、妙蓮寺のことを書いていたのを読んだ覚えがありますが、妙蓮寺も落ち着いたいい街ですね。東横線沿線というと、どうしても駅周辺のゴチャゴチャしたイメージが浮かびますが、駅から離れると閑静な住宅街が広がっているところが多く、東横線沿線が住宅地として人気がある理由がなんとなくわかった気がします。この伝でいけば、「妙蓮寺夫人」もいるのかもしれません。

妙蓮寺から横浜方面の電車に乗って、「馬車道」で下車しました。と言って、どこか行くあてがあるわけではありませんので、馬車道から伊勢佐木町をブラブラしました。昔で言う「伊勢ブラ」ですね。今は「伊勢ブラ」なんて言うと、風俗通いのように思われますが、昔は「銀ブラ」にかけて横浜でも「伊勢ブラ」というのがあったのだそうです。伊勢佐木町は前の記事(伊勢佐木町から横浜橋)のすぐあとに、案の定、神奈川県警の浄化作戦があったみたいで、外国人の姿がめっきり少なくなっていました。彼らにしてみれば、11月のAPECまで息をひそめて嵐がとおりすぎるのを待つしかないのでしょう。

伊勢佐木町の有隣堂に寄ったのですが、ほしい本がなかったので、みなとみらいのくまざわ書店に向かっていたら、途中の万国橋のあたりでときならぬ豪雨に襲われました。それで、ほうほうの体でワールドポーターズに駆け込み、2階の通路にあるベンチで雨が小降りになるのを待ちました。雨に煙る夕暮れの汽車道を眺めていたら、ちょっとせつない気持になりました。隣のベンチでは、ワイシャツ姿の中年の男性が、缶ビールを飲みながら弁当を食べていました。家に帰りたくなんだろうかと思いました。

平日でしかも雨ということもあるのか、みなとみらいはどこも閑散としていました。クィーンズスクエアでは、みなとみらい線の改札口の前にあったブックファーストもいつの間にか撤退していて、シャッターがおりていました。さもありなんという感じですが、くまざわ書店にしても事情は同じなのでしょう。

帰って万歩計を見たら、今日は1万6千歩でした。
2010.09.14 Tue l 横浜 l top ▲
最近、よくバスに乗っています。移動する際、どうしても電車や地下鉄が中心になりますが、しかし、バスは路線の違う駅と駅を結ぶような経路が多く、電車で遠まわりするよりかえって便利な場合も多いのです。

今日の朝も横須賀線がとまってしまいました。途中の駅に停車したまま、まったく動く気配がなく、車内放送は「只今線路を点検しております」「しばらくお待ちください」とくり返すばかりでした。見ると、反対方向(鎌倉方面)のホームに電車が来ると、乗客が電車をおりてそっちへ乗り換えているのです。おそらく戸塚駅まで戻って東海道線に乗り換えるのだろうと思います。私もつられて反対方向の電車に乗り換えました。

乗客達は、戸塚駅に着くと、階段をのぼって東海道線の上りホームに移動していました。しかし、既に東海道線のホームは人があふれていました。私は別に急ぐわけではないので、いったん改札口を出ました。別に市営地下鉄で横浜駅に行く方法もあるのですが、私はふと、バスはないんだろうかと思い、バスの案内図をさがしました。すると、戸塚駅と横浜駅を結ぶバスがあったのです。しかも、ちょうどバスが出発する時間です。

急ぎ足で駅前の乗り場に行って、「横浜駅東口」行きのバスに乗りました。バスは南区の県立こども医療センターを経由して井土ヶ谷・吉野町・長者町を通る路線で、1時間ちょっとで横浜駅の東口のバスターミナルに着きました。私はいちばんうしろの一段高くなった座席に座るのが好きなのですが、沿道の商店がシャッターを上げたり内水したりと、忙しそうに開店準備をしているのが見えました。そんな朝の光景がなんだかとても新鮮でした。

そう言えば、昨日も電車には一度も乗らずにずっとバスを乗り継いで移動しました。吉行淳之介さんに「角の煙草屋までの旅」というエッセイがありますが、路線バスは文字通り日常の小さな「旅」という感じです。

昨日は病院に行きました。半年に一度の検査の日でした。検査結果によっては入院してさらに精密検査をする必要がありますよといつものように先生から念を押されました。私にとって、この半年ごとの検査が、いつの間にか生活の中で節目になっている感じです。検査の結果がセーフだと、とにかくこれから半年は穏やかにすごすことができるのです。今度の検査がセーフだったら、ちょうど検査入院の費用と同じくらいなので、前からほしかったバッグを買おうと思っています。いわば自分への”ご褒美”のようなものかもしれません。

こうして考えると、ありきたりな表現ですが、人生もまた「旅」ですね。ただしバスの「旅」と違って、黄昏時のちょっとさみしくて哀しい「旅」です。
2010.09.09 Thu l 日常・その他 l top ▲
巣鴨2929

来るべき老後に備えての予行演習というわけではないのですが、今日は巣鴨に行きました。と実は、私にとって巣鴨は思い出のある街なのです。

高山文彦氏の『エクストラ-中上健次の生涯』(文春文庫)を読むと、中上健次も私と同じ高田馬場の予備校に通っていたようですが、私もまた中上健次と同じように名ばかりの予備校生で、当時はほとんど住所不定の状態でした。それで一時、巣鴨の地蔵通りのすぐ脇に入ったところにある友人のアパートに居候していたことがありました。ある夜、友人が「明日は5時に起きる」と言うのです。聞けば、毎月4の付く日がとげぬき地蔵の縁日なのですが、縁日の翌朝は早く起きて、地蔵通りに落ちているお金を拾って歩くのだとか。これが結構な金額になるのだそうで、「早く行かないとホームレスに先を越されるからな」と言ってました。

当時は縁日になると、包帯を巻いて杖をついた傷痍軍人の物乞いが地蔵通りの入口に立っていることもありました。もちろん、戦後40年以上経って、傷痍軍人などいようはずもありません。あるとき、歩道橋の下で休憩している彼らに、友人が「儲かりますか?」と訊いたらしいのです。すると、途端に鬼のような形相になり、襟首をつかまれて「ぶっ殺すぞ!」と言われたのだとか。友人は、「あいつらには近づかない方がいいぞ」と言ってました。

巣鴨2932

車ではしょっちゅう通っていましたが、こうしてのんびり地蔵通りを歩くのは久しぶりでした。巣鴨は舗道も広くゆったりしていますし、知る人ぞ知るときわ食堂をはじめ、定食屋も多く、今も昔もひとり者には暮らしやすい街だと思います。地蔵通りから一歩中に入ると、まだ昔の民家も残っていました。もしやと思って、友人のアパートがあった路地に入ってみましたが、さすがに友人のアパートは残っていませんでした。

地蔵通りにはきれいな娘がいる蕎麦屋があって、娘目当てに好きでもない蕎麦を食べに行ってました。娘がオスカー・ピーターソンのファンであることまで聞き出したのですが、なぜかそのあとの記憶が残っていません。なにか記憶を消したくなるような出来事があったのでしょうか。その蕎麦屋を探したのですが、残念ながら見つかりませんでした。

また、サラリーマンの頃、フランス帰りの芸術家崩れで占有屋をやっていた知人がいて、彼が巣鴨のビルを占有していたことがありました。私も一度訪ねて行ったことがあるので、そのビルを探したところ、今は立派な会社が入居するビルになっていました。ちなみに、占有屋の知人は、ある日突然連絡がつかなくなり、以後音信不通のままです。

巣鴨2944

とげぬき地蔵の本殿の前では、やや素人ばなれした背広姿の中年男性が、横綱の土俵入りのような大仰な動作で、二礼二拍一礼してお参りしていました。でも、とげぬき地蔵は、高岩寺というれっきとした曹洞宗のお寺のはずです。さらにあろうことか、男性はお地蔵さんの前でも同じように二礼二拍一礼していました。

ビートルズ以後の世代である我々は、年をとっても巣鴨詣でをすることはないだろうと思っていますが、ホントにその心配はないのでしょうか。仮に永井荷風が現代に生きていたとしても、荷風は絶対に巣鴨へは行かなかっただろうと思います。そういう老人になりたいものです。とか言いながら、ビートルズもローリングストーンズも関係ないくらい老いさらばえると、やはり、念仏をとなえながらお地蔵様の膝や腰をタオルでこすっていたりするのかもしれません。巣鴨には縁起ものの赤い下着を売る店がありますが、赤いパンツをはいて塩大福を食べている自分の姿なんて想像したくないですが。

巣鴨2950

帰りは、地蔵通りからそのまま庚申塚をぬけて大塚駅まで歩きました。大塚駅の前では、会社帰りのサラリーマンといった感じの初老の男性が、駅から出てくる若い女性に片端から声をかけている姿が目に入りました。以前は渋谷のセンター街でそういった光景をよく目にしましたが、大塚にもラブホテルがありますので、おそらく「お金をあげるのでホテルに行かない?」と”援交ナンパ”をしているのだと思います。「おっさん、なに考えてるの?」と言いたくなりますが、世の中にはそういった煩悩にまみれた、救いようのない人間もいるのです。しかし、仏教に「摂取不捨」という言い方がありますが、仏教ではこういう煩悩熾盛の人間こそ救われる、救われなければならないと言うのですね。特に親鸞以後の考え方はそうです。巣鴨詣での善男善女にすれば、「じゃあ、あたしたちはなんなのよ」と言いたくなるでしょうが、仏教というのはときに理不尽に思えるほど慈悲深いのです。

一方で、つらつら考えるに、そんなアホなおっさんと私達はどう違うんだろうという思いもあります。私達だって、煩悩熾盛の人間であることには変わりがないのです。「摂取不捨のご利益」というのも、実は誰も救われないという逆の意味もあるんじゃないか。ふとそう思いました。私達のまわりを見ると、むしろそう考えた方が納得できるような気さえします。ホントは善男善女なんてどこにもいないのかもしれないのです。夕暮れの大塚駅前で発情しているおっさんを見ながら、凡夫の私はそんなことを考えました。
2010.09.03 Fri l 東京 l top ▲
みなとみらい2927

夕方、郵便局に行ったついでに、そのままま電車に乗って「馬車道」で下車。伊勢佐木町から横浜橋、そして横浜橋から黄金町、日ノ出町を経由して桜木町まで戻り、みなとみない、馬車道、横浜駅といういつものコースを散歩しました。

それにしても、伊勢佐木町のディープ化はますます進んでいます。そのうち、神奈川県警の大浄化作戦があるのかもしれません。手ぐすねひいて待っているような気がしないでもありません。

商店街を歩いている人達の半分くらいは外国人です。伊勢佐木町はチンピラまがいのアジア系の青年が多いのが特徴ですが、他に中南米系の白人とアフリカ系の黒人の姿も目立ちます。一種のステータスなのか、アジアのチンピラ青年達は、シルバーのラメで背中に絵や文字がプリントされた黒色のTシャツを着ていることが多いのですが、あの手のTシャツは昔、麻布十番がまだ陸の孤島だった頃、十番の紳士服店のショーウインドでよく見かけたことがあります。持ち手がついたワニ皮もどきのセカンドバックといい、社会学風な言い方をすれば、ヤンキー文化とは別にチンピラ文化というトライブもあるのかもと思いました。

伊勢佐木町の商店街にも、いくつかオープンカフェの店がありますが、表の席に座っているのは見事なくらい外国人ばかりです。彼らはなぜかいつも鋭い視線を通りに放っていて、一種異様な雰囲気をかもしだしていました。伊勢佐木町の食いもの屋に行くと、ホントにお客をなめたような店が多いのですが、それは従業員の多くがアジア系外国人の若者だからです。もちろん、私は排外主義者ではありませんので、外国人を雇うのが悪いと言ってるのではありません。ただ、客商売なのですから、「日本的おもてなし」の一端でも彼らに教えるべきではないかと思うのです。「賃金が安いならなんでもいい」という考え方こそ”外国人差別”と言うべきでしょう。

伊勢佐木町に集まって来る外国人の多くは、いわゆる出稼ぎ外国人労働者がドロップアウトしたものなのでしょう。神奈川県もまた、東京というメガロポリスの周縁域としての役割を担わされ、3Kの職場が集中していますので、伊勢佐木町のように、リストラなどで職を失った彼らが吹きだまり不良化する場所がどうしても出てくるのですね。寿町にも外国人の日雇労働者が多いそうですが、彼らもまた同じような事情にあるのでしょう。

また、伊勢佐木町一帯では、夕方になると、派手な格好をした風俗嬢達が香水のにおいをまき散らしながら出勤してくる光景に出くわしますが、彼女達の多くも外国人なのです。いかにもという感じの女の子がヘルスに入って行ったので、「ああ、こういうところで働いているのか?」と中をうかがっていたら、すかさず口髭をはやした男性従業員が出てきて、「旦那さん、どうぞ。いい子いますよ」と手招きされました。「いや、いや、見てただけですから」「見るだけでなく中に入ってくださいよ。サービスしますよ」という男性従業員の声をふり払いその場をあとにしましたが、「どうして、オレが”旦那さん”なんだよ」と思いました。

横浜橋の商店街になると、もっとディープ度が高くなります。考えてみたら、錦糸町や蒲田の一部に似たような雰囲気がありますが、都内でも千葉でも埼玉でもここまでディープ度の高い商店街はほかにないように思います。ただ、前にも書きましたが、横浜橋に関しては、私はこういった「アジア的混沌」みたいな街は嫌いではありません。

今、たまたま文庫化されたばかりの原武史著『滝山コミューン一九七四』(講談社文庫)を読んでいるのですが、横浜橋のような商店街は、ああいった民主主義幻想を露ほども疑わない”郊外”とは対極にあるものです。余談ですが、最近の若い評論家や学者達の多くが『滝山コミューン』のような郊外型民主主義の環境で育った世代であるという事実は、案外大きいように思います。まるで時計の針が40年も50年も戻ったような彼らの政治オンチぶりや啓蒙主義は、そういった郊外型の戦後民主主義幻想からきているような気がしてならないのです。

この酷暑のせいなのか、途中で胸がドキドキしはじめ、少し息苦しくなりました。熱中症ではないのでしょうが、このまま横になりたいというような気分でした。それで、みなとみらいの横浜みなと博物館の裏の芝生の上で、しばらく仰向けになりました。すると、海から吹いてくる風がとても心地よくて、気分も落ち着いてきました。

帰って万歩計を見たら、2万歩を超えていました。
2010.09.01 Wed l 横浜 l top ▲