渋谷駅前_3116

紅葉狩りに行かなければと思いつつも、なかなか暇がなくて時間ばかりがすぎています。そのうち紅葉の季節が終わるかもしれません。そう思ったらやけに苛立ってなりません。どうしてこんなに紅葉にこだわるんだろうと自分でも思います。柳美里は、『創』(12月号)のエッセイ「今日のできごと」で、鬱の進行により「廃人寸前の」最悪の精神状態にあることを吐露していましたが、(柳美里に比ればなんと牧歌的なんだろうと思いますが)もしかしたら私がこうして紅葉にこだわるのも、一種の”メンヘラ”かもしれないと思ったりします。

今日は午後から仕事関係の知人と会うために渋谷に行きました。週末の渋谷は人人人で、さすがにうんざりします。最近、渋谷などを歩いていても、見るからにナルシシストの男の子が多いなと感じます。この手の男の子は一見草食系に見えますが、実はDVも多いのだとか。なんとなくわかる気がします。

通りが見渡せる喫茶店で、おじさん二人はそんな「今の若いもんは」みたいな話をして溜飲を下げ同病相憐れむのでした。いやだねぇ~。

そのあと知人はアップリンクに「ベオグラード1999」という映画を観に行くので、一緒に行かないかと誘われました。私もこの映画には関心がありましたし、今夜の上映後のトークショーのゲストが映画評論家の松田政男さんだというので行きたい気持はやまやまでしたが、あいにく明日は朝早くから出かけなければなりません。そのために帰って済ませておかなければならない仕事があるので、泣く泣く断りました。

待ち合わせの前に本屋で本を探していたら、『希望の作り方』という書名の本が目に入りました。買わなかったのでどんな内容かわかりませんが、よく「希望」がなければ生きていけないなんて言いますが、ホントに「希望」がなければ生きていけないんだろうか、と考えました。そもそも人生に「希望」なんてあるんだろうかと思います。自分の人生を見ても、どこに「希望」があるんだと思います。

All it needs is courage, imagination, and a little dough.
(人生に必要なものは、勇気と想像力とほんの少しのお金だ)


これは映画「ライムライト」の中のチャップリンの有名な台詞です。寺山修司は「マッチ1本の幸せ」と言ってましたが、マッチ売りの少女だって、マッチのほのかな灯りの中で、つかの間の夢を見ることで生きていけたのです。たしかにそれを「希望」と言えばそう言えるのかもしれませんが、だからと言って、無理して「希望」を探したり「作ったり」、「希望」があるかどうかにこだわったりする必要もないように思います。それよりも、なにかして楽しいと思えるような気分とか、なになにが好きだとかいうような気持とか、そういった日常の些事の中にあるちょっとした気分や気持が大事な気がします。

人間というのは、「希望」がなくても生きていけるのです。それどころか「絶望」の中にあっても生きていける。というか、生きていかなければならないのです。

 わたしには、養わなければならない息子が在る。
 書かなければならない小説が在る。
 いま、自殺するわけにはいかない。
 生きる―。

 
柳美里はこう書いていましたが、たしかに柳美里ならずとも生きていくのはしんどいなと思います。(何度も同じことを書きますが)哀しみは人生の親戚と言いますが、哀しみだけでなく苦しみもせつなさもやりきれなさもみんな人生の親戚です。でも、なんとしてでも生きていかなければならない。生きることにこそ価値があるのだと思います。傲慢であろうが卑劣であろうが身勝手であろうが、それが我らが凡夫の道です。

そんな脈絡もないことを考えながら、おじさんはナルシシスト達をかき分けて帰ってきました。

渋谷駅前_3121
2010.11.27 Sat l 本・文芸 l top ▲
宇多田ヒカルが「無期限活動休止」というニュースを聞いたとき、私は「やっちゃったな」と思いました。こんなことを言うと宇多田ファンから叱られそうですが、むしろ引退してくれた方がよかったように思います。そうすれば、宇多田ヒカルは山口百恵と同じように”伝説”になるでしょう。

「無期限活動中止」する理由は「人間活動専念」で、「常識的」な大人になることだそうですが、彼女がそこまで世間的な「常識」にこだわるのなら、むしろ常識がないのは、7回も離婚と復縁をくり返している両親や、娘が稼いだ1億円近くの大金をもってラスベガスでギャンブルに興じていた母親ではないかと皮肉のひとつも言いたくなります。

彼女の夢は作家になることだそうですから、もしかしたら作家に転身なんてこともあるのかもしれません。どこぞのイケメン俳優のように、田舎芝居のような出来レースで作家デビューなんていうことになったら目も当てられませんが、ただ、宇多田ヒカルなら条件付きで読んでみたいという気持はあります。アクセスジャーナルで、藤圭子を発掘した芸能評論家の渡辺正次郎氏が、「怨嗟の連鎖? 藤圭子(宇多田ヒカルも)が母(祖母)の葬儀に出なかった理由」(有料記事)と題して、藤圭子と実母との複雑な関係などを暴露していますが、そういったドロドロした家族関係を題材にすればいい小説が書けるかもしれません。

先行配信された「Goodbye Happiness」もさっそくダウンロードして聴きましたが、(ネットでは相変わらず絶賛の嵐ですが)やはりマンネリ感は否めませんでした。もしかしたらそういうことも「無期限活動休止」の理由かもと思いました。

「常識人」であろうがなかろうがそんなことは、宇多田ヒカルにとって、彼女の才能にとって、どうでもいいことです。渡辺正次郎氏も書いていましたが、芸能人なんてもともと「売るためには何でもする」非常識な存在なのです。そんなに「常識人」になりたいのなら、やはり芸能界から足を洗って、彼女が言うように「家賃がいくら」「電車の乗り換えはどうする」というような”小市民的日常”の中で、つつましやかでささやかな幸せを求めた方がいいように思います。残念だけど。

>>宇多田ヒカル賛
>>宇多田ヒカル
2010.11.23 Tue l 芸能 l top ▲
仙石由人官房長官が自衛隊を「暴力装置」だと発言したことに対して、産経新聞や朝日新聞などが「失言」だとヒステリックに批判しているのを見るにつけ、私は「なんで?」と思いました。軍隊や警察が「暴力装置」であるというのは、政治学(国家論)のイロハです。だから政治的中立性がよりきびしく保持されなければならないという仙石長官の発言は、至極真っ当なものです。かの池田信夫氏でさえも(といったら叱られるか)、ブログでつぎのように書いていました。

軍隊が暴力装置であり、国家の本質は暴力の独占だというのは、マキャベリ以来の政治学の常識である。それを「更迭に値する自衛隊否定」と騒ぐ産経新聞は、日本の右翼のお粗末な知的水準を露呈してしまった。(アナーキー・国家・ユートピア


民主党を支持するかどうかは別にして、最近のマスコミはこのように常軌を逸しているとしか思えない異常な報道が目につきます。いやしくも言論を生業とする人間(機関)がこのように言葉狩りをするなど、絶対に許されることではありません。こういった言葉狩りの背後にあるのは、左右を問わない全体主義です。彼らが口にする「言論・表現の自由」なるものも、要するにこのような言葉狩りをする自由なのでしょう。北朝鮮や中国の全体主義を批判しているからといって、全体主義の免罪符にはならないのです。産経新聞の北朝鮮や中国批判は反共の側面が強く、全体主義批判は単なる方便にすぎないのです。

先日の健康診断でも「難聴あり」「耳鼻科で検査をしてください」と指摘されていたのですが、2~3日前から左の耳がますます聞こえづらくなりました。ただ、耳たぶを引っ張るとよく聞こえるのです。昨日も仕事先で左耳の耳たぶを引っ張りながら話をしていたら、相手の担当者から「なにしているんですか?」と言われました。それで、「こうすればよく聞こえるんですよ」と言ったら、「もしかしたら耳垢がつまっているんじゃないですか?」と言われました。綿棒を使うとつまってしまって、そのうち聞こえなくなることもあるのだそうです。

「年で難聴になったのかと思っていたけど」
「会社の人間も耳がつまって聞こえなくなり病院に行った者がいますよ」「耳鼻科に行った方がいいですよ」
と言われたので、今日、駅の近くの耳鼻科のクリニックに行きました。

朝いちばんで行ったのですが、既に待合室はいっぱいでした。見ると、大半は幼稚園から小学校くらいの子供と付添いのお母さん達です。本棚には絵本がずらりと並んでいて、受付の棚にも怪獣やロボットのフィギュアが所狭しと並べられていました。まるで小児科の待合室のようです。そんな中、185センチの無精ひげのおっさんが文字通り身のおきどころがないといった感じで、ひとりぽつんと背を丸めて座っているのでした。

先生から「どうされましたか?」と訊かれたので、症状を話したら、隣室のベットに横になるように言われました。そして、左の耳を覗き込んだ先生は、「やっぱり、耳垢がつまってますね」と言って、頭上の器具を使って耳垢を除去してくれました。右の耳も同様に除去して、ものの2~3分で処置は終わりました。

「耳掃除はよくしますか?」
「はい」
「じゃあ、これから耳掃除はしないでください」
「はい」

これで”治療”は完了です。治療代は3割負担で1280円。すると、今まで難聴だと思っていた耳がウソにようによく聞こえるようになりました。まるで川上未映子の『ヘヴン』のラストシーンのようで、帰途、ちょっとした感動を覚えました。
2010.11.22 Mon l 健康・ダイエット l top ▲
日本映画監督・俳優論

『日本映画[監督・俳優]論』(ワニブックス【PLUS】新書)を読みました。この本は、絓(すが)秀実氏のインタビューによるいわば萩原健一の日本映画論ですが、個人的には萩原健一と絓(すが)氏が組んで本をつくったということに、まずびっくりしました。私は、絓(すが)秀実氏の本は昔からけっこうマメに読んでいるつもりで、先日も『吉本隆明の時代』(作品社)を読み終えたばかりでした。

「国をすてようと思ったことがある」と言う萩原健一について、絓(すが)氏は、「中上健次に似ている」と書いていました。「アメリカン・ドリームのような『欲望』ではなく、いかなる意味でも実現不可能な名づけえぬ『衝動(欲動)』」に二人の共通点があるのだ、と。

萩原は、欲動を演じられる数少ない俳優である。それは、誰もが感得している萩原の、あの過剰さが可能にしているものだろう。一般に萩原は欲望の過剰さが指摘される俳優だが、それは欲動という過剰さにほかならない。そして、中上健次もまた、欲望を描く作家ではなく、欲動の作家であった。


それにしても、この本で自在に発揮されている萩原健一の批評眼には目をみはるものがあります。つかこうへい氏は、かつて文芸誌で対談したあと、ショーケンの「感受性の質の高さに圧倒された」と書いていたそうですが、その気持はよくわかります。

たとえば、神代辰巳監督について、ショーケンはつぎのように語っていました。

 これはあの人のいいところでもあるんだけど、名刀を持っているくせして、止めを刺せない優しさがあるんです。獲物を捕ってもさらに止めを刺せ、というんだ。でも刺せない。それがあの人の優しさなんだな。止めを刺せよ。もう死んでるも同然じゃないか。これ以上生かしておいたらかわいそうだよ。生き物なんだから。映画監督なら止めを刺さなきゃ。それが黒澤にも溝口(健二)にも小津(安二郎)にもあるんだよ。人間としての残酷さが。


まさに映画や文学の本質を衝いた言葉ですね。

最近、政治の季節を知らない口舌(屁理屈)の徒の間で、「新左翼文化」なる言葉がまことしやかに流通していますが、この萩原健一の感性と知性もまた、絓(すが)氏が書いているように、60年代後半の政治の季節が生んだ時代の空気と無縁ではないのでしょう。

絓(すが)氏による巻末の「あとがき」風の文章に、”百年の孤独を生きる、現代の「危険な才能」”というタイトルが付いていて、「百年の孤独」なんて焼酎の銘柄じゃないかと思ったら、今年が大逆事件からちょうど百年という意味だったのです。この本を読むと、なるほどと思いますね。そして、日本映画の腑抜けどもがショーケンを使えない理由もわかった気がしました。

>>ショーケンはカッコええ
2010.11.15 Mon l 芸能 l top ▲
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今日は午後から川越に行きました。川越に行くのは、横浜に引っ越して以来なので、約4年ぶりです。10数年前、まだ川越が今ほどメジャーではなかった頃、大分の地元で街おこしをやっている友人に川越のことをメールに書いたことがあります。

若者相手のかわいいペンションの時代は終わった。これからは中高年だ。中高年がけん引するホンモノのレトロブームが来る。その成功例が川越で、今後の街づくりの参考になるんじゃないか、というようなメールを送りました。すると、市の職員などを伴って九州から視察にやって来たのです。

その際メールに添付した川越の写真がいつの間にかフォルダごと消えてしまいました。それで、あらためて写真を撮りに出かけたのでした。

言うまでもなく川越は、その後、NHKの連続ドラマの舞台にもなったりしてすっかりメジャーになりました。しかし、その分、作りものじみた部分が目立つようになり、逆につまんなくなった気がしないでもありません。

でも、団塊の世代の足腰が立たなくなるまでこのレトロブームはつづくのではないでしょうか。まったくどこに行っても「ちい散歩」ごっこの中高年ばかりです。

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2010.11.14 Sun l 東京 l top ▲
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尖閣諸島沖ビデオのネット流出事件は、実に「いやな感じ」(高見順)がしました。ビデオの公開にさまざまな意見があるのはわかりますが、あくまでそれを判断するのは政治です。どんなに愚鈍な政治であろうとも、それが民主国家としての最低限のルールです。犯人の海上保安官は「国民が知るべきだ」と言ったそうですが、一介の公務員のどこにそんな権利があるのか、と言いたいですね。海上保安官の行為は、シビリアンコントロールの否定にもつながりかねない、きわめて重大な”公務員の犯罪”です。しかし、そういった問題の本質がいっさい問われることなく、ただ情緒的扇動的な報道がくり返される今の状況は、まったく異様だとしかいいようがありません。

APEC開催中とあって横浜はどこも警察官の姿ばかりが目立っています。ましてみなとみらいは散歩どころではありません。それで、今日は秋の風情を求めて神宮外苑に行きました。しかし、渋谷の街も警察官がやたら目につきました。渋谷郵便局に寄って、そのまま青山通りを通って神宮外苑まで歩いたのですが、青山通りでは車道に警察官がずらり並んで検問も行われていました。

絵画館前ではいちょう祭りの準備が行われていましたが、まだ少し早い感じでした。いちょうと言えば、子供の頃、近所の神社の境内にあったいちょうの木を思い出します。私達はその神社を「天神様」と呼んでいましたが、この季節になると、木の下の黄色に敷きつめられた落葉の上でよく相撲をとったりして遊んだものです。

青山通りを歩いていて、ふといつもと違うなと思いました。最近、自分はこんな歩き方だったかなと思うことがあって、歩いている自分に違和感を抱くことが多かったのですが、今日はまわりのペースにあわせて大股でさっそう(?)と歩いている自分がいて、気分も爽快でした。

考えてみたら、歩く自分に違和感を覚えたのは横浜に引っ越してからです。横浜の人は都内と違って歩くのがのろくて、特に横浜駅のような人ごみでは、自分のペースで歩けないもどかしさをいつも感じていました。歩くことひとつにも、そういった「身体の記憶」というのがあるのだということがわかりました。

神宮外苑3001

神宮外苑3013
2010.11.11 Thu l 東京 l top ▲
今日は午後から二俣川の運転免許試験場に免許証の再交付に行きました。まさか大阪市清掃局の職員達のような人間に拾われて、中から現金がぬきとられ仲間と山分けされたわけではないでしょうが(山分けするほど入ってなかったけど)、やはり財布は出てきません。それであきらめて再交付を受けることにしました。

二俣川は、横浜駅から相鉄線に乗り換えて急行で最初の駅です。相鉄線沿線というのは、ローカルな雰囲気がただよっていて、ある意味ではもっとも横浜らしいと言えるのかもしれません。駅ビルの階段の下では、ひと昔前のツッパリスタイルの少年達がたむろして嬌声をあげていました。彼らはいわゆるゼロ年代の「下流系Bボーイ」ではなく、ソフトリーゼントにナイロンのジャージといったような古典的なテイストが特徴で、まるで昭和にタイムスリップしたかのような光景でした。

私は深夜に散歩をすることが多く、口の悪い友人から”深夜の徘徊”なんて言われていますが、最近も駅近くの路地ですれ違ったサラリーマン風の男から突然、「ぶっ殺してやる!」と殴りかかられそうになったことがありました。しかも、こういったことは一度や二度ではないのです。50~60代のおっさんでも薄い色付きのメガネをかけた得体の知れないおっさんがウロウロしていて、狂犬のように言いがかりをつけてきたりします。何ヶ月もわたって道路に生理用品がばらまかれていたこともありましたし、東横線沿線といえども決して治安がいいとは言い難く、こんな深夜の道を肌もあらわな若い女性がよくひとりで歩いているなと思うくらいです。

でも、二俣川の駅前の光景を見るにつけ、まだ大倉山の方がマシかなと思いました。いくらなんでもこの平成の時代に駅前でヤンキーがたむろしているなんてことはないですから。

免許証の再交付に行ってびっくりしたのは、再交付を受ける人間の多さです。申請に来た人間は受付順にグループ分けされて免許証が交付されるのですが、私は12番目のグループでした。おそらく今日の最後のグループだったと思いますが、見るとひとつのグループは大体100人近くいるのです。ということは、単純に計算しても1日に千人以上(?)の人間が再交付を受けていることになります。落としたとか盗まれたとか、理由はいろいろでしょうが、ホンマかいなと思いました。

しかも、外人が多いのですね。私達のグループは最後だったので40~50人と少なかったのですが、その中にも見るからに肌の色が違う人物が数人いました。また、カップルで来ている人間もいましたが、「なんで?」と思いました。一緒に落とすなんてあり得ないので、家に泥棒が入って一緒に盗まれたとかいうことなのでしょうか。

もっとも申請に使う写真を試験場で撮ったら、これが見事なくらい手配写真の顔で、いちばん怪しいのはお前だろうと自分でつっこみを入れましたが。
2010.11.05 Fri l 日常・その他 l top ▲