また体調がすぐれず、この週末は寝たり起きたりの生活をしていました。ずっと身体のことが頭から離れず、気分も暗くなるばかりでした。病院に行ったら、免疫機能が低下しているので、時間をとってゆっくり休んでくださいと言われました。

最近、やたらと人の悪口ばかり言っている自分がいます。私は人一倍「いい人」でありたいと思うようなナルシシスティックな人間ですが、その分「意地の悪い」部分もかなりあります。ただ、最近の悪口は、意地が悪いというより被害妄想のような側面が強いように思います。やたらものごとを悪い方に解釈してしまうのです。だから、あとで「しまった」ということも多く、そして、自己嫌悪に陥るというパターンです。

この先にあるのは、間違いなく「老化」ですね。年をとると、こうやって”意地悪婆さん”になるのではないでしょうか。郵便局やスーパーなどで興奮して大声を出している初老の男性によく遭遇しますが、それは明日の自分の姿なのかもしれません。

定年退職した人をみると、再就職するにしてもほとんどはマンションの管理人か警備員か送迎バスの運転手か清掃のような仕事しかないのです。職業に貴賎はないと言うけれど、これらは仕事のわりに給料も安く社会的にも軽く見られる裏方仕事であることは事実でしょう。しかも、大半は契約社員かアルバイトなので会社からも軽く扱われるのです。

昔勤めていた会社にも守衛の方がいて、夜遅く会社に戻ると、受付にすわっていました。しかし、その方がどんな人であるかなんてまったく関心もなく、名前すら覚えていません。要するに眼中になかったのです。そういえばそんな人がいたなといった程度でした。

ただ年をとったというだけで、そんな眼中にも入らないような存在に追いやられれば、いつの間にか社会に対して疎外感を抱くようになるのは当然かもしれません。そして、今までの生き方や仕事に対する誇りや自信も打ち砕かれるような気持になるのではないでしょうか。一方で、気持だけは若いつもりでも肉体的な衰えは隠しようがないのです。そのギャップがいっそう苛立ちをつのらせることになるのでしょう。

社会的に軽く扱われる自分。自分をもちあげてくれるのは、セサミンEプラスと青汁と黒酢のCMだけというような、そんな哀しく情けない老後を支えてくれるものがやはり必要なのかもしれません。体調がすぐれず弱気になると、よけいそう思います。それは、家族でも趣味でも友達でも信仰でもなんでもいいのだと思います。でないと、”悪口ばかり言う自分”のような負の世界に沈澱していくだけのような気がします。

染色体の先端にテロメアという構造があって、テロメアは細胞分裂をくり返すごとに短くなり、それがある程度短くなると細胞分裂ができなくなるのだそうです。いわゆる細胞の死滅がおこるわけで、それが「老化」のメカニズムだといわれています。

テロメアの寿命までまだ時間はある。元気を出してがんばろう。
2011.08.29 Mon l 日常・その他 l top ▲
島田紳助引退のニュースは、「激震が走った」はオーバーにしても、「驚きをもって」列島をかけめぐったことは事実でしょう。

このニュースに関しては、やしきたかじんの「たい積したマグマが爆発する前の超措置法だ」というTwitter での発言が、もっとも核心を衝いていたように思います。

会見前から一部のマスコミの間では「紳助逮捕」がささやかれていたようですし、そもそも問題視された6年前の”親密メール”のネタ元が警察であるのは明白で、要は逮捕を免れるために引退というケジメをつけたというのは、充分納得できる見方だったと言えます。

勝谷誠彦の女性マネージャーに対する暴行事件では、吉本興業は一貫して紳助を擁護しました。そのため、被害者のマネージャーは、被害者でありながら意に反して退職に追い込まれたのです。しかし、今回、会社は紳助を見棄てるかたちで、さっさと先に逃げたのでした。その姿勢の違いが、お家騒動に決着をつけた昨年の上場廃止にあるのは間違いないでしょう。

紳助の引退について、橋下徹大阪府知事は、自分がいま府知事でいるのも「紳助さんのおかげです」と言ってました。また、東国原前宮崎県知事も知事選に出るとき、いちばん最初に相談したのは「紳助さんだった」と言ってました。タレント知事の誕生も、「紳助さんのおかげ」だったというわけです。

別に紳助に限った話ではないでしょうが、「ケツ持ち」なる言葉が未だに存在する芸能界というのは、今更ながらに「カタギにはできない」仕事なんだなと思います。ただ、それがタレント知事まで生みだしているとなれば、「芸能界は特殊だ」というだけでは済まされない問題もあるのではないでしょうか。

今、テレビは「残念」「お世話になった」「潔い」「紳助さんらしい」などといった芸能人たちのコメントであふれていますが、それも紳助の番組を残すためのテレビ局の弁解のように受取れないこともありません。たけしも同様ですが、竹中労風に言えば「分をわきまえず偉ぶる芸人」紳助をここまでピノキオにしたテレビ局の”罪”は大きいと言わねばなりません。

一方で、どこのチャンネルをひねっても出てくるのは同じ顔ぶれの芸人ばかりというような今の状況にいい加減辟易しているのも事実ですので、これをきっかけにテレビ界を席巻している”お笑いブーム”が急速にしぼんでいくことも考えられます。もともと今の”お笑いブーム”は、”韓流ブーム”と同じで、コストカットというテレビ局の台所事情によって作られたブームにすぎないわけですから、状況次第で(”お笑いブーム”を牛耳る吉本との関係次第で)用済みにされる可能性はあるのです。そう考えれば、ひな壇芸人たちに「激震が走った」のは事実かもしれません。
2011.08.25 Thu l 芸能 l top ▲
昨日、今年の夏いちばんの暑さだったそうですが、原宿で人と会う用事があったので午後から出かけました。

用事のあと、ついでに原宿界隈を散歩しました。といっても、表通りはとても散歩する状態ではないので、裏道を選んで散歩しました。

残念ながら写真は撮っていません。デジカメで写真を撮ろうとしたら、カメラがまったく反応しないのです。「故障?」と思ってなかを開けたら、電池が入っていませんでした。充電したまま本体に戻すのを忘れていたのです。年をとると、このように毎日がハリー・ポッターです。

歩いているうちになんだかさみしい気持になりました。若い頃は歩いていると必ず誰か知り合いに会ったものです。でも、今は知っている人に会うこともありません。それどころか、なんだか知らない街にでも来ているかのような気持になりました。

途中、私が事務所を借りていた場所を通りました。昔、私はサラリーマンをしながら、一方で事務所をもって別の仕事をしていたことがありました。いわゆる二足のわらじで、事務所にはアルバイトの女の子まで雇っていました。しかし、借りていたビルは既に建て替えられており、周辺の雰囲気も全然変わっていました。かろうじて角の郵便局が当時のまま残っているだけでした。

会社を辞めてしばらくして、同じ会社に勤めていた人間と会ったら、「変わりましたねえ」「別人みたいですよ」と言われたことがありました。たしかに、あの頃は若くてバイタリティがあったなと自分でも思います。

ついでに駐車場を借りていた場所に行ったら、おしゃれなビルが建っていました。アパレルの会社が入っていた角のビルは、今は空いているらしく、ショールームだった部屋のガラスに「テナント募集」の紙が貼られていました。

ビルの前の路上では、個性的な格好をした若者たちが煙草を吸っていました。彼らもやがて年をとったら、孤独感と疎外感を抱きながら、同じ通りを歩くことになるんだろうかと思いました。

表参道から脇道に入り、キラー通りと呼ばれている外苑西通りにいったん出て、再び原宿駅の方に戻り、最後は表参道の反対側からキャットストリートを通って渋谷まで歩きました。

グレイのポロシャツを着ていたのですが、ふと気が付くと、脇の下などに黒く汗が浸みだしていました。いかにも加齢臭+汗の臭いプンプンのおっさんといった感じなので、汗をひかせようと、渋谷の駅裏にある喫茶店に入ったのですが、案の定「節電」でいっこうに涼しくないのです。しかも、店内は煙草の臭いでむせるほどでした。それで、よけい暗い気持になりました。
2011.08.19 Fri l 東京 l top ▲
群像9月号

『群像』(講談社)9月号に掲載されていた川上未映子の新作「すべて真夜中の恋人たち」を読みました。

それにしても、小説を読むと、どうしてこんなに疲れるのだろうと思います。おそらく、それだけこっちの感性がゆさぶられるからでしょう。小説を読むというのは、ある意味で身体的な行為だと言えます。読むことで激しくゆさぶられる感性。そして、作品をとおしてみえてくる自分という存在。電子書籍云々の問題ではなく、ネットに抗する文学の存在価値は絶対にあるのだと思います。だから、私たちは小説を読みたいと思うのでしょう。問題は、作家がそれに応えることができるかどうかではないでしょうか。

私は私であって私ではない、そんな存在の不確かさは、この作品でも描かれているように思います。たとえば、主人公の親友の石川聖のつぎのようなことばが象徴的です。

「・・・なんだかね、たとえばさ、うれしいとか悲しいとか、不安とか、色々あるじゃない。テレビみて面白いなあとか、エビを食べておいしいなあとか、なんでも。でもね、そんなのっていつか仕事で読んだり触れたりした文章の引用じゃないのかって思えるの。何かにたいして感情が動いたような気がしても、それってほんとうに自分が思っていることなのかどうかが、自分でもよくわからないのよ。いつか誰かが書き記した、それが文章じゃなくてもね、映画の台詞でも表情でもなんでもいいんだけど、とにかく他人のものを引用しているような気持になるのよ」
「引用?」
「そうね。自前のものじゃない感じ」
「それは実感がもてないということ?」
「ううん。それとはちょっと違くて。実感があるから、これがあほみたいなのよ」と聖は言った。「ひとそろいの実感も手応えもあるから、混乱するのね。でも、信じきれない。だからこれはいったいなんだろうって、何か思ったり感じたりするたびに、そんなあほみたいなことを思うのよ。(略)」


さしずめ埴谷雄高なら、これを「自同律の不快」と言ったかもしれません。だから、恋愛にしても、土台になる感情がぐらぐらなのだから、深刻に考える必要はない、と聖は言います。実際に、聖は「誰とでも寝る」と陰口をたたかれるくらい、多くの男性ととっかえひっかえつきあっているのでした。

一方、主人公の入江冬子は、聖とはまったく逆のタイプの女性です。34才になる今ままで恋愛体験はほとんどなく、「年に一度だけ、誕生日の真夜中に、散歩に出ることが楽しみ」であるような孤独な人生を送っています。でも、そんな孤独にいつまでも耐えられるほど、人の心は強くありません。酒を飲めなかった彼女も、孤独の日々を徐々に酒でまぎらすようになっていくのでした。

そして、たまたま訪れたカルチャーセンターで、彼女は、58才の物理の「高校教師」(のちにそれがウソだとわかる)である三束(みつつか)と知りあい、恋がはじまるのでした。ただ、その恋愛は、「アホらしい」と思えるくらい、ただ「三束さん」「三束さん」と心のなかで呼びつづけるだけのような、奥手でプラトニックなものです。しかも、そんな恋愛でも、彼女は酒の力を借りなくては向き合うこともできないほどでした。

”平凡”と”凡庸”は違うのだと思いますが、この恋愛はきわめて”凡庸”なものです。光はなにかに反射しないと視覚できないので、私たちがみている色は、無数の光のなかのごく一部の光が反射したときにみえる色にすぎないのだという、光についての会話に、川上未映子の真骨頂である哲学的なきらめきが垣間見えるような気がしないでもありませんが、この小説で描かれている恋愛には、残念ながらそういった哲学的な深みにつながるようなリアリティはありません。それに、この小説に出てくることばも、「乳と卵」や「ヘヴン」のような輝きは感じられませんでした。

(略)三束さんの顔をみないまま頭を下げ、テーブルを離れ、外へでた。扉まで、八歩だった。この夜の入り口のどこでこんな音が生まれるのか想像もできないほどの雨のなかに立てば、わたしの全身は一瞬で輪郭を奪われ、目をあけることもできなかった。バッグの底から、髪の先から、ひじから顎から雨は流れ落ち、わたしはスニーカーのなかのかかとで雨を踏み、これ以上はひきのばせないくらいの長い一歩を何度もかさねた。角をまがるところまで来たとき、ぎゅっと目を閉じて、息を吐いた。そして祈るような気持ちで五秒をかぞえ、ゆっくりとふりかえってみた。でもそこには、誰の姿もなかった。


こういった三文小説のような”凡庸”な描写をみせつけられると、やはり、興ざめせざるをえないのです。むしろ、10年ぶりに会った高校の同級生の早川典子の不倫の告白とつぎのようなもの言いのほうがはるかにリアルティがあるように思いました。

「なんで入江くんにこんな話ができたのかっていうとね」と典子は言った。
「それは、入江くんがもう私の人生の登場人物じゃないからなんだよ」
 典子は私の顔を見て、にっこりと笑った。
「そうじゃなかったら、わたしはこんな話、人に言えなかったわ」


私たちのような煩悩具足の凡夫が生きているのは、石川聖や早川典子のような世界なのです。そして、そんな”平凡”な日常から自分との格闘がはじまるのだと思います。電気を消しても物に吸収されない一部の光は、窓から外に飛びだして宇宙空間に逃げていくこともあるという三束の話は感動的ですが、そういった話が暗示する”生の深淵”も、むしろ石川聖や早川典子のなかにあるのだと思います。

二番煎じだとかパクリだとかといったネットでのいわれなき中傷も、歯がゆい作品の出来からきているような気がしないでもありません。いづれにしても、この程度の小説はジレッタントたちが集まる同人誌などにいくらでもあるのではないでしょうか。

>>『ヘヴン』
>>「乳と卵」
2011.08.15 Mon l 本・文芸 l top ▲
先日の朝日新聞に、「『フクシマの情報公開怠り住民被曝』NYタイムズ報道」という見出しで、つぎのような記事が出ていました。
 

東京電力福島第一原発の事故をめぐり、米ニューヨーク・タイムズ紙は9日付紙面で、日本政府が緊急時迅速放射能影響予測(SPEEDI)のデータを事故直後に公表することを怠ったために、福島県浪江町など原発周辺自治体の住民らが被曝(ひばく)している可能性が高いと伝えた。

 長文の記事は、菅政権との対立で4月に内閣官房参与を辞任した小佐古敏荘・東大大学院教授が、事故直後にSPEEDIのデータ公表を政府に進言したが、避難コストがかさむことを恐れた政府が公表を避けたと指摘。「原発事故の規模や健康被害のリスクを過小評価しようとする政府に対し、社会の怒りが増大している」と論評した。

 そのほか、原子炉のメルトダウンを裏付けるデータ公表の遅れや、校庭での放射性物質の基準値をめぐるぶれなども問題視した。(ニューヨーク=田中光)
(asahi.com 2011年8月10日1時45分配信)


この記事を読んで、逆に「朝日よ、恥を知れ」と言いたくなりました。こういった記事は、本来なら朝日など日本の新聞が書くべき記事です。にもかかわらず日本のマスコミは、ただ”大本営発表”を垂れ流すだけで、政府と一緒になって真相を隠していたのです。

それにしても、「避難コストがかさむことを恐れた政府が公表を避けた」なんて、なんという政府なんだと思います。と同時に、暗欝な気分にならざるをえませんでした。私たちには、住民(国民)の被爆より「避難コスト」の方を優先する、そんな政府しかないのですから。

こういう実態を知ると、(話は大きくなりますが)国家は誰のものかという疑問を抱かざるをえません。今回の大震災と原発事故で、私たちが遭遇したのは、実はそういう疑問ではないでしょうか。間違っても東浩紀が言うように、危機に際して自分たちの国家に誇りをもつようになったというような、そんな単純なものではありません。

前述した生活保護の「総額抑制」もそうですが、この手の発想はあきらかに官僚のものです。ただ、内田樹氏が『下流志向』で指摘していたように、私たちもまた同じように、ものごとを経済合理性(費用対効果)で適か不適か必要か不要か得か損かを考える発想に縛られているのです。それは、情報を独占し国家を簒奪する者たちにとって実に都合のいい発想だと言えます。(再び宮台真司の口真似をすれば)そうやって官僚や政治家に「依存」している限り、よらしむべし知らしむべからずの政治で「統制」されるのは当然で、それこそ”衆愚政治”と言うべきかもしれません。

東日本だけでなく、島根県の堆肥からも暫定基準値を超えるセシウムが検出されたというニュースがありましたが、このようにコスト計算ばかりして放射能汚染の拡大を放置するような、とんでもない政治を支えているのは、ほかならぬ私たち自身なのです。そして、脛に傷をもつようなワルたちが暗躍する民主党の次期政権では、このとんでもない政治がより合理化されるのは間違いありません。
2011.08.13 Sat l 震災・原発事故 l top ▲
郵便局に行かなければならない用事があったのですが、ついでに散歩をしようと思って、電車に乗って本町の横浜港郵便局に行きました。みなとみらい線の「日本大通り」で下車すると、港郵便局はすぐ近くです。このあたりは、県庁をはじめ地方裁判所や県警本部やハローワークや日銀などが集まった、いわば横浜の官庁街であり中心地です。もっとも地図でみると意外に狭くて、せいぜい300~400メートル四方くらいで、そのなかに本町・北仲通り・海岸通り・元浜町・大田町・相生町などの地名が入っているのです。そして、まわりを桜木町や伊勢佐木町や元町(石川町)などに囲まれていて、これがいわゆる「関内」と呼ばれる地域です。

関内は、このように住居表示が非常に細かく町の数が多いので、逆にわかりにくい面があります。しかも、目印になるような道路や建物がないため、ときに方向感覚を失うことがあり、休日などは、観光に来たとおぼしき人たちが、道に迷って戸惑っている姿をよくみることがあります。

郵便局で用件を済ませたあと、関内周辺を目的もなく歩きました。今日は山下公園や赤煉瓦倉庫やみなとみらいはあえて外しました。日曜日は人が多くて歩きにくいからです。中華街や元町をぬけるときも、人の通りが少ない裏道を選んで歩きました。

歩いていると、やたら若いカップルとすれ違うのですが、それも横浜の特徴です。「横浜」というイメージに、やはり若いカップルはあこがれるのでしょうか。

途中、寿町も通りました。そこは、若いカップルとはまるで違う世界がありました。寿町で目に付くのは、路上駐車の車とゴミの山とドヤ(簡易宿所)の前の自転車です。昼間から酔っぱらって通りをウロついている人がいるのも相変わらずですが、しかし、昔と比べたら通りに出ている人は少なく、しかも高齢の人が目立つようになりました。それになんといっても、殺気立った雰囲気がなくなりました。周辺にはマンションやテナントビルが押し寄せていますので、寿町もますます肩身が狭くなりたそがれていくのだろうと思います。

しかし、もちろんドロップアウトする人たちが減るわけではありません。ただ、寿町のような簡易宿所が自然発生的に一ヶ所に集まるような街(ドヤ街)の形態がなくなるというだけです。そうやってドロップアウトした人たちは街に拡散して行き、私たちの目から見えなくなるのです。

先日、生活保護の受給者が200万人を超えるようになったことで、財政負担の増大に悲鳴をあげている地方自治体と厚労省が、生活保護制度の抜本的な見直しに向けて協議をはじめたという記事がありました。そして、そこでも医療費などと同じように、「総額抑制」論が前面に出ているのです。都市部では、最低賃金や基礎年金との”逆転現象”が出ていることをあげて、如何にも生活保護が「めぐまれている」かのような言い方がされるのですが、それはただ最低賃金や基礎年金がもともと生活できないくらい低いからにほかならなりません。また、働く意欲のない人間は3~5年で給付を打ち切るという案も出ているようですが、そういった”裁量”を役所に与えると、それこそ血も涙もないお役所仕事に転化するのは目にみえています。その記事には、「働かざる者食うべらからず」という見出しが付いていましたが、「食うべからず」ということは「死ね」ということなのか、と言いたくなりました。

先日も寿町近くで生活している受給者の住まいを尋ねて話を聞く機会がありましたが、こんなところがあったのかと思うようなタコ部屋のようなアパートで、正直言って、「みじめ」と言ってもいいような生活ぶりでした。陰でベンツに乗っているような人間が、なぜか公営住宅に住み生活保護を受給している極端な例を持ち出して、生活保護は「不労所得」「怠け者の巣」のように言う人もいますが、それは「強いものには下手に出て、弱いものには居丈高な態度に出る」小役人の習性で、強面の要求を断ることができなかった窓口に問題があるだけの話です。

今の世の中をみるとき、生き方が下手な人や身体が弱い人や知的障害のある人や家庭的にめぐまれず満足に学校に行けなかった人などにとって、かなりしんどい社会であることは事実でしょう。また、失業や離婚や病気など人生のアクシデントによって、経済的に困窮する状態に陥る人だっているでしょう。そんな人たちが最低限の生活を維持するために制度を利用するのは、憲法で保障されている国民の権利なのです。にもかかわらず、制度を利用する人が多くなったので締め付けをして制限すればいいというのは、まさに本末転倒した話だと思います。それこそいちばん政治や行政の手が必要な部分ではないでしょうか。だったら、行政・議会・組合がタッグを組んで、地方自治を食いものにしている現状をどうかする方が先ではないか、と言いたくなります。

相互扶助の精神ではなく、いたずらに損得勘定や嫉妬心や差別心などの俗情を煽るような政治というのは、宮台真司風に言えば、「依存と統制」の政治の最たるものだと言えます。彼らが親しき隣人であり、明日はわが身かもしれないという想像力が、今の世相には決定的に欠けているように思います。だから、こんなタチの悪い政治が跋扈することになるのでしょう。

そんなことを考えながら、たそがれていく寿町のなかを歩きました。

>>ワーキングプア
2011.08.07 Sun l 横浜 l top ▲
私は、若い頃、某自動車ディラーで、トラックやバスなど商用車の営業をしていたことがありました。その当時、お客さんのなかに、野菜や肉牛などを直接買い付けるブローカーの人たちがいました。家畜を扱う人は「ばくろう(馬喰)」と呼ばれて昔からいましたが、「ばくろう」だけでなく、どの商売にも一匹狼のようなブローカーの人たちがいて、独自に商品を流していたのです。

今回の原発事故で、放射性物質に汚染された野菜や肉牛などが出荷停止の処置がとられたというニュースを聞くたびに、私は、ホントに大丈夫なんだろうか、ホントにすべてが出荷停止されているんだろうか、という疑問をおぼえてなりませんでした。農産物が、農協などを通した「正規」のルートだけで流れているわけではないということを、過去の経験から知っているからです。

それにもうひとつは、ついこの前までマスコミを賑わせていた(はずの)食品偽装の問題もあります。あの常態化した手口を使えば、産地の偽装、つまり、放射性物質に汚染された農産物をロンダリングするくらいいくらでもできそうです。

ところが、いつの間にか、農産物の放射能汚染の問題も、生産者や販売業者の性善説を前提に、「風評被害」の側面ばかりが語られるようになりました。それに、汚染されているのは、ホウレンソウやかき菜やパセリやブロッコリーやカリフラワーや稲わらだけなのか、また汚染されている地域も福島県や茨城県や栃木県や群馬県だけなのか、という疑問もあります。放射性物質は県単位で飛散するわけではないのに、汚染対策が県単位でおこなわれるのもおかしな話です。また、専門家のなかには、海洋汚染による魚介類の汚染の方がより深刻だと言う人もいますが、魚介類の対策はどうなっているのか、やはり、県単位でおこなれるのだろうかと思います。こうなったらもう笑い話です。

要するに、東日本をおおう放射能汚染は、実際はどうにもならない状態にあるのではないか。本来なら数十万数百万単位の住民の移住や、東日本一円の土壌除染が必要なのだけど、現実にはとても無理なので、そういった「笑い話」のような対策でお茶を濁すしかないのではないか。そう思ったりします。

テレビで「東日本を食べて応援しよう!」とTOKIOが言ってますが、ホントに大丈夫なんだろうかと思います。食べて応援したい気持はやまやまですが、現実はそんな単純なものではないのではないかと思ったりします。

そして、そんな私の疑問が、実は現実に存在していることを、前述した『別冊宝島1796号 日本を脅かす!原発の深い闇』(宝島社)の記事が指摘していました。著者は福島在住の記者だそうです。「『地元在住記者』が苦渋の告発!流通の闇に消える福島産『被爆食品』」(吾妻博勝)と題され、つぎのようなリード(要約文)が付けられていました。

県内で買い手を失った食品が、産地を隠して密かに首都圏へ出荷されている。地元民でさえ忌避するのに、なぜ「福島産を食べよう!」といえるのか。


記事では、つぎのような”告白”を紹介していました。

各種山菜を都内の卸業者に送り届けてきた会津地方の男性は、「今年は放射能のおかげで競争相手が少ないから採り放題だった」と前置きして、こう打ち明ける。
「福島産だと、卸業者も『それでは売れない』と言うので、話合ったすえ、新潟、山形県産にして出荷することにした。セリ(卸売市場)にかけるわけじゃないから、そんなことどうにもなるわけさ。本当の産地を言ったら、店が売ってくれないから仕方ないよ。俺だって生活がかかってるしな。(以下略)」


また、浜通りの屋内退避指示圏(緊急避難準備区域)の住民で、家族とともにいわき市に避難している別の男性の”告白”もありました。

「10年以上前から付き合いのある業者から、『東日本大震災と放射能騒ぎで東北産の山菜が品不足だ。関東のスーパーではタケノコが1本800円もするので、そっちでなんとかならないか』と言われた。浜通りではタケノコから基準値オーバーのセシウムが検出され、県が採取、出荷自粛を呼びかけていたけど、自粛したら俺たち一家が干上がってしまう。竹林の持ち主が、『竹がこれ以上増えたら手に負えなくなる。どんどん採ってくれ』と言うので、3日に1回のペースで東京に運んだ。もちろん、トラックでね」


男性は現在、同じ「原発難民」の友人と組んで、イチゴ農家からイチゴを安く買い集めて東京に運んでいるそうです。「タケノコと同じで福島産とは言えないので、千葉、埼玉、栃木産として売っている。売値は、関東産の相場の半分だから買い取り業者は大喜びだ」と。

原発事故の被害に遭って日常生活を奪われ、それでもなおこのような手段で生活の糧を得なければならない事情を考えるとき、彼らを責めるのは酷でしょう。しかし、一方で、食の安全を考えるとき、生産者や販売業者の”善意”にすがるしかない”危うさ”をおぼえないわけにはいきません。

そして、「風評被害」なる言葉がひとり歩きして、結果として問題の本質を隠ぺいする役割を果たしている現実がここにあるように思います。これでは学校給食が心配だという声も当然でしょう。子どもの健康が心配だから保育園や幼稚園をやめさせたとか、家族で西日本に引っ越したとかいった行動も、決して過剰反応だとは言えないように思います。

もちろん、これは氷山の一角にすぎません。生産者の反発やパニックを怖れたのか、農業用水の水質調査をする前に、政府(農水省)が作付けを認めた稲の収獲もこれからはじまりますが、安全性については当初から懸念する声がありました。その場合、自主流通米や闇のルートで流れる米はどうなるのか。被災地域以外の米はホントに大丈夫なのか。疑問は尽きません。

食物連鎖による内部被爆の問題は、これからが本番なのです。米やセシウム牛はまだ入口にすぎません。そして、それは、今後数十年にわたって私たちの食生活に暗い影を落とすことになるのです。いづれにしても、チェルノブイリの例をみるまでもなく、幼い子どもやお母さんたちにとって、深刻な現実が待ち構えていることは間違いないでしょう。
2011.08.03 Wed l 震災・原発事故 l top ▲