今日、渋谷の本屋に行ったら、朝日文庫の『松田聖子論』が復刊されていて、ちょっとびっくりしました。著者の小倉千加子氏が、『文藝春秋』の2012年8月号に書いた文章(第4章・あなたに逢いたくてー東アジアの女系家族)があらたに追加され、「増補版」となっていました。

文庫の発売から23年(単行本の発売から25年)、『松田聖子論』が復刊されるほど、今また松田聖子に関心が寄せられているというわけなのでしょうか。

『文藝春秋』の文章もそうですが、やはり三度目の結婚というニュースが大きいのかもしれません。ただ、私自身は、前の記事(『松田聖子論』)でも書いたように、木嶋佳苗被告の事件も無関係ではないように思うのです。

木嶋佳苗被告に関しては、前の記事のくり返しになりますので、言及するのは避けますが、次のような文章を読むにつけ、私は、木嶋佳苗被告が、バッシングされる松田聖子を「好きだ」と言った理由がよくわかるのです。(以下、引用はすべて第4章からです)

 度重なる不倫騒動、そして神田正輝との離婚という激動の三十代を経て、本人は辛かったでしょうが、聖子はますます輝いていきました。現在ではスキャンダルを超越した存在にまで到達したといってもいいでしょう。
 これだけのスキャンダルにまみれても、彼女が潰れなかったのは、女性という生き物が他人の視線の数で自己の存在を確認する生き物だということをよく理解しているからです。バッシングによって一時、雲隠れしても、しばらくするとフラッシュを浴びたくなる自らの性質を自分で分かっているのです。
 男性は、社会的地位、家柄など自己確認できるものはありますが、現代の女性は他人の視線なしに自信を持つことが難しいのです。まして芸能界にいる女性なら尚更です。


小倉千加子氏は、松田聖子は美空ひばりのような国民的歌手になっていくのではないかと書いていましたが、美空ひばりの頃と違って、もはや「国民的歌手」なんて存在する時代ではありませんので、いくらなんでもそれは買い被りというものでしょう。

それよりも、やはり、現代の母娘関係における松田聖子の存在のほうがよりリアルな気がします。それは、次のようなものです。

 今の日本の母親たちの最大の問題点は、娘に依存しないと生きられないということです。これが娘の晩婚化の最大の原因になっているといってもよい。だから娘の自立を恐れるという感情が強い。夫に何も期待できない五十歳前後の母親にとって、幸せになるために必要なのは自立するための経済力と娘の自立です。
(中略)
 多くの母親は、娘に恋人ができて結婚が近づくと、「しなくていいわよ」と本能的に動いてしまう。しかし聖子の場合、娘の自立=結婚を妨げようとする必要はない。なぜから彼女はワーキングウーマンとして経済的に自立しており、女性としての資源を身に付けているからです。


「身体は嫁いでも心は実家に置く」娘。「将来は介護士にもなりうる」娘。そういう娘にとっても、あるいは、そうやって娘に頼って(娘を縛って)生きていかざるをえない母親にとっても、松田聖子は自分たちができないことをやってのけるあこがれの存在なのでしょう。ポイントは単に経済的な自立だけのような気もしますが、女性の人生にとって、それがいかに大変かをいちばんよくわかっているのも女性なのです。

同時代的に松田聖子に喝采を送った世代の女性たちの関心が、最近、韓流スターに向いているのがやや気になりますが、ワンレン・ボディコンを謳歌した女性たちにとって、でも、日本的土着性から自由になれなかった女性たちにとって、女性性を逆手に自分の手で時代を切りひらいていった松田聖子が、いつの時代も輝いて見えるのは当然でしょう。

ただ、小倉千加子氏も書いているように、今回の(三度目の)結婚にいくらか守りが入っている感はなきしもあらずで、結婚でどう変わるのか、今までどおり輝きつづけることができるのか、ファンならずとも興味があります。「ただのおばさんになりたい」なんて言い出さないことを願うばかりですが、いづれにしても、これほどまでに時代と世代を越えて女性たちに影響を与えつづけてきた松田聖子が、日本のアイドルのなかで傑出した存在であることは間違いないでしょう。

>> 『松田聖子論』
>> 松田聖子という存在
2012.09.22 Sat l 芸能 l top ▲
酒井法子が12月に舞台で芸能界復帰することになったそうです。本人は、「罵声を浴びてもかまわない」と言っているそうですが、介護の仕事だったら罵声を浴びることはないのに、どうしてそこまで芸能界にこだわるのでしょうか。なんて言うのは、カマトトというものでしょう。

芸能人というのは「普通」ではないのです。吉本隆明が芸能界のことを「特殊××」と言ったら、差別発言だとして人権団体から抗議されたそうですが、やはり彼らは「特殊」なのです。私たちの感覚とは違うのです。一度でもスポットライトを浴びて生きてきた人間は、なかなかそんな生活から抜けだせないのでしょう。

一般社会なら、覚せい剤の常習者でクスリをぬくために逃亡したような人間が、職場に復帰するなどあり得ないでしょう。それがあり得るのが芸能界で、芸能界が「特殊」な世界であるゆえんです。なんだか酒井法子を通して、あらためて芸能界とはなにか、芸能人とはなにか、ということを考えさせられた気がします。

私は、芸能界という「特殊××」にいながら、一般社会に対して偉そうに説教を垂れたり、市民的な価値観を口にして善人ぶる手合いが嫌いです。社会の底辺で技芸に生きている身でありながら、「分をわきまえず偉ぶる芸人」(竹中労)が反吐が出るほど嫌いです。それは差別ではありません。「河原乞食」なら「河原乞食」でいいじゃないかと思うのです。市民社会の公序良俗とは別の価値観で生きる「河原乞食」の矜持はあるはずです。そして、砂を噛むように味気ない私たちの日常に、慈雨のようなすぐれた技芸をみせてくれるのが彼らのあるべき姿で、であるからこそ私たちは、彼らに対して、その技芸に対して、心から拍手喝さいを送るのです。

「河原乞食」がいやなら芸能人をやめればいいだけの話です。「河原乞食」であるからこそ、彼らはベンツやポルシェなど高級車を乗りまわし、シャネルやプラザなどの高価なブランドで身を飾り、田園調布や成城に豪邸を構えることができるのです。しかし、世間の人々から羨ましがられたり妬まれたりすることはあっても、尊敬されることはありません。芸能人は所詮芸能人なのです。プライバシーを暴かれ、あることないこといちいち芸能マスコミに書きたてられ、そのたびに世間の好奇の目に晒されるのです。一方で彼ら自身も、ときにプライバシーを切り売りして、それを飯のタネにすることも厭わないのです。文字通り、彼らは、真正なことばの意味において、やくざな存在なのです。どんなに成金な生活を送ろうとも、社会の底辺で技芸に生きることには変わりがないのです。そして、そういった「河原乞食」としてのみずからの存在を自覚し、それに徹しようとする者だけが一流の芸人(芸能人)たり得るのです。それがいやなら芸能人をやめればいいだけの話です。

酒井法子が芸能人をやめられないのも、彼女を利用しようというまわりの思惑もあるのでしょうが、なにより彼女自身が「普通のお嬢さま」ではないからでしょう。いわばカタギではないからです。彼女がどれだけの技芸の持ち主かわかりませんが、だったらこれから「罵声」をはね返すような「河原乞食」の気概と技芸をみせるしかないのです。世間に身を晒して芸能界で生きるには、それしかないのです。

>> 魔性
>> 「介護の勉強がしたい」
>> 酒井法子の芸能界復帰
2012.09.21 Fri l 芸能 l top ▲
栗ごはん

季節柄栗ご飯を食べたくなり、近所のスーパーに「栗ご飯の素」を買いに行ったときのことです。炊き込みご飯の素だとか鶏五目ご飯の素などが置いてあるコーナーに行ったのですが、肝心な栗ご飯の素だけが見当たりません。それで、近くで品出しをしていたアルバイトの少年に、「栗ご飯の素が見つからないんだけど。どこにあるの?」と尋ねました。

すると、少年はお米売り場に行って、周辺の棚を探していました。しかし、やはり見当たりません。そして、「ここにもないということは、置いてないと思いますが」と言うのです。

「エッ、置いてない? でも、今は栗の時期じゃないの?」
「はぁ、置いてないというか、売切れたんじゃないかと」
「売切れた? やはり時期だからよく売れたんだ?」
「はぁ、そうかと」
「わかった、わかった。いいですよ」
と言って、私はほかの売り場に行きました。

ところが、惣菜売り場に行ったら、通路のテーブルの上に、江崎グリコの栗ご飯の素が売っていたのです。「なあんだ、ここにあるじゃないか」と思った私は、すぐに先ほどの品出しの少年のところに行って、「あそこにあったよ」と言いました。

「はぁ、そうですか」
「また訊かれたら答えられるように、よく覚えておいたほうがいいよ」
「はぁ、わかりました」
「じゃあ、そういうことで」と私。
「このオヤジ、なんなんだ? いらぬおせっかいだよ」と思われたかもしれません。

さらに私は、その勢いを借りて、入口の横にある「総合案内」に行き、そこにいた女性店員に、「栗ご飯の素もほかのご飯の素と同じコーナーに置いておくべきじゃないかな。でないと、お客さんが見つけるのに苦労するよ」と忠言したのでした。女性店員は、「貴重なご意見ありがとうございました」と言ってましたが、心なしか私にはそれが皮肉のように聞こえました。彼女も「このオヤジ、なんなんだよ? なにが栗ご飯の素だよ」と思ったかもしれません。でも、私は、栗ご飯の素に燃えていたのです。
2012.09.19 Wed l 日常・その他 l top ▲
このブログは、知り合いの間では評判がよくありません。なかには「自己顕示が鼻につく」という辛辣なものもありますが、いちばん多いのは、「内容がネットショップに似つかわしくない」という意見です。

たしかに、ネットショップの店長やスタッフのブログというのは、商品を紹介したり、当たり障りのない、正直言って、どうでもいいような日常の出来事を書いているのが大半です。

本音を隠して揉み手をするのが商売人の基本ですから、ショップの「付録」としては、「当たり障りがない」ということがなにより大事なのかもしれません。私も当初はそんなブログにしようと思っていました。ところが書き進むうちに本音がぽつりぽつり出るようになり、気が付いたらこのような「ネットショップに似つかわしくない」夜郎自大なブログになっていたのでした。

自己嫌悪に陥りブログをやめようと思ったこともあります。ところが、いつの間にかやめるにやめられなくなっていたのです。というのも、ブログの記事が大手のメディアや見知らぬ方のブログで紹介されるようになり、その結果、ブログの存在が、本体のSEO(検索エンジンで上位に表示されること)で、欠かすことのできない重要な要素になっていったからです。

シールマニアは、メインのキーワードで、ここ7~8年ずっと10位以内をキープしています。言うまでもなく、検索エンジンの順位は、ネットショップにとっては生命線です。そのためには、このブログの存在も無視できなくなったのです。たとえば、細かい話ですが、本体のトップページにリンクを貼るか、違うページに貼るかによっても順位が違ってくるのです。

検索エンジン(特にGoogle)の特徴のひとつに、どれだけ質の高いサイトからリンクされているかということがあります。それがサイトの評価につながるのです。そして、怪我の功名と言うべきか、「ネットショップに似つかわしくない」内容のおかげで、逆にブログとして一定の「評価」を得て、それが本体のSEOに貢献する結果になったのでした。

SEO関連の掲示板などでは、このようなサテライト(衛星)サイトからのリンクは、かえって順位の下落を招くという意見が多いのですが、それこそ小手先の施策でしかSEOを語ることができない素人の浅知恵というもので、要はサイトの質次第なのです。

まして、ブログをやめるなど、(ややオーバーな言い方をすれば)ショップにとってみずから首を絞めることにもなりかねません。言うなれば、どこかの社内不倫と同じで、本体とブログはいつの間にか切っても切れない関係になってしまったのです。もうこうなれば駆け落ちか心中しかないでしょう。

そんなわけで、これからも今までと変わらず、まわりの不評にもめげずに、多少は書く内容に気を使いつつ、でも、できる限り正直に忌憚なく書きたいことを書いていきたいと思っています。皆様には、今後とも寛容なお心でお付き合いただければと思う次第でございます。
2012.09.15 Sat l ネット・メディア l top ▲
2012-09-13 01

池袋に行ったついでに、ふと前に住んでいた街へ行ってみようと思い、東武東上線の電車に乗りました。

途中、川越駅で下車しました。川越駅のホームにある立ち食いそば屋で久しぶりにそばを食べたくなったからです。私はここのかき揚げそばが好きでした。ところが、よく見ると、店の造りが変わっています。店名も違っている。もしやと思って入ってみると、案の定、別の店に変わっていました。

以前はおばさんたちがきりもりしていましたが、新しい店は、頭にタオルを巻いた若い男性がふたりできりもりしています。おばさんたちは、仕事をしながらいつも人の悪口ばかり言っていました。しかし、新しい店のふたりは人の悪口なんてとんでもない、いっさい無駄口を叩かずテキパキと手際よく仕事をこなしています。お客さんが帰るときは、「ありがとうございました!」「行ってらっしゃいませ!」と挨拶もぬかりがありません。前のおばさんたちとは雲泥の差です。

しかし、現実は不条理です。私は、悪口三昧のおばさんたちが作るそばのほうが好きです。どうして店が変わったんだろうと思いました。私は、がっかりして再び電車に乗り、前に住んでいた街に向かいました。

川越周辺はどこもそうですが、前に住んでいた街もご多分にもれず地元のスーパーYの牙城です。それはますます拍車がかかり、街の最寄駅には東西ふたつの改札口があるのですが、なんとその両方に店舗を構えているのでした。

東口には改札口から歩道橋でむすばれたショッピングモール(複合商業施設)がありますが、そこもYの経営です。さらにショッピングモールから100メートル先にも店舗がありました。ショッピングモールができたら当然、その店舗は閉鎖するものと思っていました。ところが、そのまま閉鎖せずにつづけたのです。また、別の方角に行けば200メートル先にも店舗があります。つまり、駅周辺の200~300メートル四方のなかに同じ店舗が三つもありました。

そして、10年近く前に新しく西口ができました。すると今度は西口の駅前にも店舗を構えたのでした。ただ、さすがに店舗が密着しすぎていると思ったのか、東口の100メートル先の店舗は閉鎖されていました。といっても、むざむざと撤退するはずもなく、系列のドラッグストアに変わっていました。はす向かいにマツキヨがあるのですが、今度はマツキヨを追い出す作戦なのかと思いました。

マーケティング用語に「ドミナント戦略」というのがありますが、これもYなりの「ドミナント戦略」なのかもしれません。要するに、閉鎖したあとに競合店が進出してくるのは恐れているからでしょう。それにしても、病的なほど他店の進出を恐れている感じがしないでもありません。

私は、「恐れ入りました」といった感じで、思い出深い街をあとにしたのでした。

>> 最後の日
>> 一抹のさみしさ


2012-09-13 02

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2012.09.13 Thu l 日常・その他 l top ▲
最近、一青窈がカバーした「時代」をよく聴いています。一青窈が「こんな時代だから」と言う「こんな時代」とは、言うまでもなく大震災と原発事故のことを指しているのですが、私は、人生の黄昏を迎えつつある自分の年齢をこの歌に重ねて聴いています。

駅前通りを歩いていたら、クリーニング店のドアに「3rd anniversary sale」という文字が貼られているのが目にとまりました。私はその店を利用したことはありませんが、それを見て、「もう3年も経ったんだ」としみじみとした気持になりました。

また、帰ってテレビをつけたら、9.11の同時多発テロを題材にした映画をやっていました。そして、「9.11から11年」というテロップが画面の下に流れていました。私は、それを見て、「もうあれから11年か」と再びしみじみとした気持になりました。

深夜、コンビニに行って、清算を済ませて出口のドアの前に立ったとき、闇夜のガラスに映った自分の顔に愕然としました。そして、思わず「おっさん・・・」と心のなかで呟いている自分がいました。

若い頃は鈍行だけど、年をとると急行になり、特急になり、そして、最後は超特急になる、と言った人がいましたが、まったくそのとおりで、時間の経つのが怖くてなりません。この先に待っているのは、藤枝静男の『悲しいだけ』のような日常なのか、そう思うと、いたたまれない気持になります。そして、矢沢永吉ではないですが、「時間よ止まれ」と叫びたくなります。

「予備がないと不安症候群」の人間は、このように必要以上に老いの到来を先取りして不安にさいなまれるのでした。

>> 「不安症候群」
2012.09.12 Wed l 日常・その他 l top ▲
先日、仕事先で政治の話になった際、その場にいたひとりが「野田って頭がおかしいとしか言いようがないよ」とぽつり言ったら、みんなも「ホントにそんな感じだよな」「普通の感覚では理解できないよ」と口々に言ってました。

その理由はいまさら言うまでもないでしょう。ところが、本人は続投の意思が固く、今月の代表選に再び出馬するようです。しかも、誰が見たって民主党凋落の張本人なので、党内では総スカンかと思ったら、実際は逆で、再選間違いなしだそうです。

まったく民主党というのは、「普通の感覚」では理解できない政党です。どう見ても自殺行為をしている(みずから解体する方向に向かっている)としか思えないのですが、野田氏を支持する民主党の議員たちにそんな切迫感はないみたいです。

ある人は「マニフェストはなにひとつ実行されず、やらないと言っていた増税だけが実行されたなんて冗談みたいな政党だよ」と言ってましたが、それが「普通の感覚」でしょう。ところが、民主党の議員たちに言わせれば、それが「決断する政治」ということになるのです。まったく常人には理解しがたい感覚です。

数日前の朝も、駅前で、民主党の現職国会議員が街頭演説をしていましたが、私はそれを見て、「エエッ、まだこんなことしているのだ?」と思いました。今日のていたらくを考えると、とてもじゃないが有権者に顔向けできるとは思えないし、もう次の選挙もあきらめていると思っていたからです。実際に、私が見ている限り、ビラを受け取る人なんていませんでした。誰が見ても「民主党は終わった」としか思えないのです。

民主党の議員たちが能天気に現実を糊塗しつづける理由のひとつに、連合(日本労働組合総連合会)の存在があります。彼らにとって、有力な支持母体である連合の組織票は大きな魅力です。「党内改革」なんて詭弁を弄しながらいつまでもドロ船にいつづけるのも、その魅力から離れられないからでしょう。

連合のなかには、自治労や日教組など、かつての官公労の組合も名を連ねています。官公労の組合も大きな票田で、民主党のなかには組合出身の議員も多く、輿石東幹事長が日教組の出身であるのはよく知られています。自治労や日教組は、かつては左派の有力組合で、戦後の労働運動をけん引する存在でした。いわゆる「革新幻想」の担い手だったのです。

しかし、政界再編のなかで民主党に合流してからは、そのイメージも大きく変わりました。今回の消費税増税や原発再稼動も然りで、ひと昔前なら一大反対運動を展開したでしょうが、今回は政権与党に同調して、明確に反対の姿勢はとりませんでした。昔のイメージをもっていた人にはさぞショックだったでしょうが、むしろこれは自治労や日教組の本質が露わになっただけだとも言えます。戦後政治の一角を担った「革新幻想」も完全に終わったのです。

では、右でも左でもない未来に向かう政治はあるのか。そこで出てくるのが「エコ」です。先日も、鶴見済が『完全自殺マニュアル』以来12年ぶりに『脱資本主義宣言』(新潮社)という本を書いたというので読んでみたら、エコ宣言の本だったのでびっくりしました。『完全自殺マニュアル』の著者のコペルニクス的転回とも言える”未来志向”にはただ戸惑うばかりでした。

一方、日本でも先月、緑の党が誕生しました。緑の党誕生の背景に、福島第一原発の事故があったのはたしかでしょう。緑の党誕生の思想的なバックボーンになったとも言える中沢新一氏の『日本の大転換』(集英社新書)も読みましたが、しかし、そこで使われている言葉が現実の政治に機能するかと言えば、ちょっと疑問を持たざるを得ませんでした。

「小さな太陽」を地上に持ち込むことによって「内閉化」する原発技術と、市場が社会を包摂するなかで外部性を失っていった資本主義システムはパラレルな関係にある、という指摘は鋭いものがあると思いましたし、これからの文明は、ユダヤ思想が生んだ一神教的(超越論的な)な考え方から仏教的な中庸思想に向かわねばならないという主張は示唆に富んでいると思いました。しかし、それを私たちをとりまく政治や経済や社会の現実にどう適用するかと考えると、私の勉強不足かもしれませんが、やはりいまひとつ具体性に欠ける気がしてなりません。

「エコ」を個人の”自己満足”から社会の”自己満足”にどう止揚していくのか、そこには、私のような人間の想像力ではとても及ばないくらい、大きな課題があるように思えてなりません。それこそ「日本の大転換」どころではない、世界史的な思想転換が必要な気がします。それに、中沢新一氏は否定していましが、私は、どうしても「エコ」のなかに、現代版ラッダイト(機械打ち壊し運動)のような発想を見てしまうのです。それでは元も子もない気がします。

個人的には、右であれ左であれなんであれ、”動員の思想”からできる限り身を離していきたいと思っています。まるでタイムカプセルに乗ったかのようなアナクロな政治が跋扈する今の状況では、政治に絶望したり無関心であることのほうが、むしろ知的で賢明な態度であるような気さえします。埴谷雄高が言った「政治の幅は生活の幅より狭い」というのは当たり前の話で、安易に政治の誘惑や扇動に乗らない(乗せられない)姿勢も大事ではないかと思っています。”動員の思想”からは批判されるでしょうが、私は、こういう時代だからこそ、あえてシニカルな目が必要ではないかと思うのです。
2012.09.08 Sat l 社会・時事 l top ▲
以前、私はこのブログで、中村うさぎが老いとどう向き合うか楽しみだと書きましたが、たまたま買った『週刊文春』(9月6日号)のコラム「さすらいの女王」で、彼女がそのあたりの心境を吐露していました。

余談ですが、倉田真由美も岩井志麻子もマツコデラックスも、テレビに出るようになって完全に世間に取り込まれ、ただのつまらないおばさんになってしまいましたが(あのわざとらしさはなんとかならないものかと思いますが)、そのなかで唯一中村うさぎだけがデカダンスの砦を守ってがんばっているように思います。

これは辛酸なめ子なども言えますが、テレビに出て世間に顔が知られメジャーになると、これほど牙をぬかれ変わるものなのかと思います。世間のふるいにかけられると、見事なほどホンモノとニセモノに分かれるのです。あとは賞味期限が切れればポイ捨てされ、昔の読者から冷たい目で見られるのがオチでしょう。

50代の半ばになった中村うさぎは、老残の恐怖をこう書いていました。

(略)いくら美容整形でも限界ってものがあって、さすが五十四歳にもなると顔の皮を引っ張ろうが注射でシワを消そうが、二十代には対抗できない。
 ライバルはせいぜい四十代。あと十年経てば、ライバルは五十代になるんだろう。でも、六十代と五十代が張り合って、なんか意味があるの?
(中略)
だが、人間の寿命が飛躍的に伸びた現代、五十代なんてまだまだ人生の半ばを過ぎたばかりなのである。
もうとっくに閉経したっていうのに、日本人の平均寿命(約八十六歳)からすると、女王様はあと三十年以上も生きていかねばならないのだ。セックスも恋愛も遠ざかり、体力も知力も衰えていく一方なのに。あと三十年も何をして過ごせばいいの? ああ、長生きするのが怖い~っ!
(「さすらいの女王 698」・長生きするのが怖い~っ!)


人生の黄昏を前にしたせつなくもかなしい気持に男も女もありません。カガミに映った自分の顔に愕然とするのは男も同じです。

同年代の友人は、「若い女の子から見ると、おれたちはもうただの路傍の石よ」と言ってましたが、それでも街中できれいな子を見ると、「おれも若ければなぁ~」と年甲斐もなく思ったりするものです。そして、おのれの”おっさんぶり”をいやというほど思い知らされるのでした。一方、女性は、中村うさぎも書いているように、どっちかと言えば、同性との比較対象でみずからを見るところがあるようです。それだけによけいきついのかもしれません。

もっとも厚労省が発表する”平均寿命”というのは、複雑な計算式で算出された「その年に生まれた人間の平均余命」で、必ずしも私たちの平均寿命(平均余命)を示しているわけではないそうです。だから、平均寿命が86歳で現在54歳なのであと30年余命があると考えるのは、あまり根拠のある話ではないのです。

それに仮に86歳まで生きたとしても、多くの場合認知症になったり介護を必要としたりするでしょうから、自立して生きる年数はもっと少ないと考えたほうが現実的でしょう。まだ54歳で人生の半分をすぎたばかりだと考えるのは、あまりにも楽観的すぎる気がします。それに、彼女のように不摂生な生活していれば、思ったより早く病魔におそわれ寝たきりになる可能性も高いかもしれません。自分で考えるほど人生は長くはないし、いつまでも浮世の欲望に苦しむことはないのです。

もう少しです。今後の中村うさぎに期待しましょう。

>> 『愛という病』
2012.09.01 Sat l 本・文芸 l top ▲