最近また身体の調子がよくないのですが、昨夜も午前2時すぎに身体の変調で目を覚ましました。そして、気を紛らすために、パソコンを立ちあげたら、このブログのアクセス数が、アベノミクスの株価のように異常な勢いで伸びていました。

アクセス解析で調べたら、今年の1月にアップした記事・『狂人失格』にアクセスが集中していたことがわかりました。言うまでもなく、これは、昨夜、ヤフーニュースに掲載された「中村うさぎさんらに賠償命令 小説モデルの訴え認める」(朝日新聞デジタル)という記事の余波によるものです。

幸か不幸か、私の記事が「狂人失格」あるいは「優花ひらり」というキーワードで上位に表示されていたため、判決の記事に興味をもった人たちが検索してアクセスしてきたのでしょう。新聞各紙も朝刊でこのニュースを伝えていますので、今日もアクセスはつづいています。

それにしても、モデルの女性が本当に中村うさぎを訴えていたとは、正直驚きました。たしかに、そういった話はありましたが、ブラフ(はったり)だろうと思っていたからです。

もっとも作家というのは、前も書きましたが、訴えられて当然のような存在なのです。太宰治ではないですが、”人非人”なんだからそれは仕方ないと思います。モデルを特定されれば、誰だって訴えられる可能性があります。

ただ、細かいことを言えば、モデルが特定されたことに関して、中村うさぎのほうに多くの非があるかのような認定には、ちょっと首をひねらざるをえませんでした。

『狂人日記』が発売されたとき、モデルの女性のブログには、書店の棚に並べられている『狂人失格』の写真とともに、つぎのような記述がありました。

中村うさぎさん、あまり本人不在のところでの、

誹謗中傷はやめてくださいね!!

それでは、優花ひらりこと渚 水帆は密かに

この本のヒットを願っています!!


なんのことはない、本人が小説の主人公は自分だと「宣伝」しているのです(別の日には、中村うさぎの「狂人失格発売記念トークショー」の告知も貼られていました)。そのため、検索エンジンで「狂人失格」「優花ひらり」と検索すれば、彼女のブログがトップページに表示されるようになったのです。私もそうやって彼女のブログを知りました。

私はブログを仔細にチェックしたわけではないので確認していませんが、もしかしたらその前に、女性が中村うさぎとのやりとりをブログで公表していた可能性もあります。いづれにしても、「狂人日記」の発行部数はわずか5千部(少ない!)だそうですから、もし自分で「宣伝」しなければ、これほど拡散することはなかったかもしれません。判決でも一応原告の「宣伝」を認定しており、それを勘案して慰謝料を100万円に減額したと言うのですが、それでも中村うさぎの代理人の弁護士は、判決に対して、「雑な事実認定」と批判していました。

それに、コメント欄での誹謗中傷や罵詈雑言は、「狂人失格」のずっと前からくり広げられており、とてもじゃないけど『狂人失格』の比ではありません。しかも、個人情報を晒された上に、注文していない商品が自宅に届いたり、ご主人の勤務先に凸電したりする行為にまでエスカレートしていったという話まであります。コメントを書き込む人間たちもまた「普通ではない」のです。それでも女性はコメント欄を閉じることはなく、コメントを「承認」しつづけたのです。だから、そんな彼女に中村うさぎも興味をもったのでした。

ネット以前には発言の場を与えられなかった人たちが、ネットというツールを得て、発言をはじめたのが今の「ネットの時代」です。梅田望夫氏は、『ウェブ進化論』で、それを「総表現社会」と呼んで称賛しましたが、現実はそんな能天気なものではないことくらい私たちでも知っています。ネットには、リアル社会(私たちの日常)の尺度では測れない現実が存在していることもたしかなのです。

どういういきさつであれモデルが特定されたのは事実ですから、名誉毀損は名誉毀損で、それは仕方ないと思います。ただその一方で、私は、今回の判決に対して、ネットの”特異性”を従来の(市民的価値に基づく)倫理観で裁くことの矛盾を感じてなりませんでした。事実は小説より奇なりと言いますが、ネットは小説より奇なりなのです。

>> 『狂人失格』
2013.05.31 Fri l 本・文芸 l top ▲
もう少し大風呂敷を広げた話をー。

橋下発言について、元外交官の方が、21世紀の今日、民主主義や人道主義や平和主義や国際協調主義が世界の共通語であって、それを前提にしない限り、国際的にはとても受け入れられないと言ってました。たしかに、人権なんてなきに等しい独裁国家の憲法だって、一応民主主義や人道主義や平和主義や国際協調主義の理念を謳っているのが普通です。たとえ「建前」であっても、それが幾多の悲惨な歴史を経て人類が到達した、国際的には誰しも否定できない理念だからです。もちろん、その理念とはほど遠い現実があることもたしかで、だからそれをどう実現していくかが私たちに与えられた課題なのです。

橋下発言に代表されるような歴史修正主義的なトンデモ史観は、常識的に考えても、とても世界に受け入れられるものではないのです。橋下発言に対して、ネットでは圧倒的に擁護する意見が多く、ある意味では橋下発言はネットから生まれたとも言えますが、それは国際的に見れば”カルトの妄想”に近いものです。実際に「カルト」ということばを使って報道している外国メディアもあると聞きました。

日本だけがどうして非難されなければならないのか。日本はいつも貶められている。日本の誇りを取り戻そう。そうやって「法難」を煽るやり方は、かつてのオウムにも見られましたが、カルト宗教の常套手段です。それが「カルト化する日本」と呼ぶゆえんです。

最近、「すごい日本人」「リスペクトされる日本」などと日本(人)を自画自賛するテレビ番組がやたら目に付きますが、それも同じ流れのなかにあるのでしょう。

しかし、世界に誇るクールジャパンにしても、(私も以前書きましたが)実際は日本国内で言われるほど受け入れられているわけではないのです。『紙の爆弾』(6月号)という雑誌の「クールジャパンはなぜ幻に終わったのか」という業界人の匿名座談会が、そのあたりの事情をあきらかにしていました。

それによれば、80年代から90年代に、たしかに日本のコンテンツの黄金時代があったそうですが、この20年、日本のゲーム輸出は、6千億円でほぼ横ばいだとか。一方、世界市場は5倍になっているので、相対的にシェアは下がっているのだそうです。

―― アニメや漫画は、どうなのでしょう。フランスの「ジャパンエキスポ」で二〇万人以上が集まったと騒いでいますが。
(引用者注:アニメ編集プロダクションスタッフ) ネットが普及したおかげで日本のアニメファンが交流しやすくなった。それで小さな町で孤立していた「オタク」たちが表に出てきただけですよ。別に増えているわけではない。秋葉原にガイジンさんが増えているのは「ヘンタイ」系のグッズが豊富で、この手の児童ポルノスレスレのグッズは日本でしか手に入らないからです。


中国も経済的に行き詰ってきたと日本ではさかんに言われていますが、実際はアジア、とりわけ東アジアにおいて中国の存在感は政治的にも経済的にも増すばかりなのです。いづれアジアの覇権が、中国とロシアが主導する上海協力機構に移っていくだろうと言われていますが、そうなったとき、日本はどうなるのか。私には、「孤立」「没落」という文字しか思い浮かびません。

今や、中国や韓国はシェア争いをするライバルなのです。ライバルと競争するには、相手を正しく知り分析して戦略を立てなければ、勝ち目がないのは言うまでもありません。今のように、トンデモ史観で「自演乙」するだけでは、最初から勝負を下りているようなものです。

橋下発言は、こんな自閉的な「カルト化する日本」から出るべくして出てきた発言だと言えます。そして、橋下発言を擁護した東浩紀のトンチンカンぶりを見てもわかるように、いわゆる現代思想も完全に破産しているのです。時代を語る知もなく、世界の共通語さえも共有することができない今のこの状況こそ、日沈む国の深刻な現実を物語っているように思えてならないのです。

>> 続・”国営マンガ喫茶”
2013.05.30 Thu l 社会・時事 l top ▲
ダイエットですが(やっぱり書いてしまった!)、現在7キロ減です。ダイエットをはじめたのが今月の初めですから、まだひと月足らずです。

方法は至って簡単で、まずとにかく歩くこと。1日に1万歩は必須で歩いています。それも日常の生活のなかでつとめて歩くようにしています。たとえば、あえて遠くのスーパーに行くとか、電車に乗るときも二駅先の駅まで歩くとか。

もうひとつは、食事制限です。でも、今回は過激な方法を避けて、1日おきに夕食をぬくという方法にしました。と言っても、完全にぬくのはやはりつらいので、夕方の早い時間に蕎麦やサラダなど軽いものを食べています。1日おき、つまり2日に一度そうやって制限するだけです。もっとも、そうやって食事制限をすると、それ以外のときもおのずと食べる量に気を付けるようになるし、間食もしなくなるので、意外と波及効果が大きいのです。

目標は10キロ減ですからあと3キロです。しかし、ここらあたりで少しブレーキをかけて、しばらくは今の体重を維持することに専念しようかなと思っています。

私の場合(私に限らず誰でもそうかもしれませんが)、問題はリバウンドなので、どうすればリバウンドを回避できるかというのが最大のテーマです。だからと言って、このまま永久にダイエット中のような「緊張感のある」日常生活を送るのは無理だし。

7キロ減でも、自分で見る限り、クリス松村のような皺くちゃ顔にはなっていませんので、その点は安心しました。堀江貴文は1年9カ月の服役中に体重が95キロから65キロに減ったそうですが、顔つきを見ると、昔の95キロのときのほうがあきらかに若いし溌剌としていました。『いつまでもデブだと思うなよ』の岡田斗司夫氏も然りで、あそこまで痩せるとなんだか痛ましささえ覚えます。見た目でダイエットするのは、こんな陥穽もあるのだということをしっかり肝に銘じて、残り3キロに邁進したいと思っている所存でございます。

2013.05.29 Wed l 健康・ダイエット l top ▲
安井かずみがいた時代


島崎今日子『安井かずみがいた時代』(集英社)を読みました。

これは、フリーランスのライター兼編集者の島崎今日子が、作詞家の故・安井かずみと交遊があった人たちに、当時の思い出とその人となりを聞き書きした本です(初出は『婦人画報』の連載)。

安井かずみは、60年代の後半から70年代・80年代にかけて数々のヒット曲を生み出した知る人ぞ知る作詞家です。しかし、1994年3月肺がんのため、55歳で早すぎる生涯を閉じたのでした。

巻末の「楽曲リスト」を見るにつけ、そのヒット曲の多さとともに彼女の作詞家としての才能を今さらながらに痛感せざるをえません。「リスト」のなかから私が口ずさむことができる楽曲をあげれば、つぎのようになります。

「若いってすばらしい」槙みちる
「青空のある限り」ザ・ワイルド・ワンズ
「恋のしずく」伊東ゆかり
「シー・シー・シー」ザ・タイガース
「ラブ・ラブ・ラブ」ザ・タイガース
「経験」辺見まり
「わたしの城下町」小柳ルミ子
「自由に歩いて愛して」PYG
「片想い」中尾ミエ
「あなただけでいい」沢田研二
「折鶴」千葉紘子
「赤い風船」浅田美代子
「危険なふたり」沢田研二
「草原の輝き」アグネス・チャン
「危ない土曜日」キャンディーズ
「激しい恋」西条秀樹
「よろしく哀愁」郷ひろみ
「不思議なピーチパイ」竹内まりや

安井かずみより下の世代の私でさえこれだけ列記することができるのですから、同世代の人たちにとっては、文字通り安井かずみが作った歌が青春の思い出と重なって、もっと感慨深いものがあるのではないでしょうか。

ムッシュかまやつは、安井かずみが最も輝いていたのは70年代だと言ってました。

僕は、ZUZU(引用者注・安井かずみの愛称)のことサンジェルマン・デ・プレをちょっと切り抜いて持ってきたみたいな感じの人だと思ってずっと見ていました。七〇年代はフランス文化の時代だったけれど、ロンドンにもパリにもモードにも対抗して、ヒッピーみたいなファッションがあった。いつもカルチャーとサブカルチャーの両方があって、彼女も僕もそのどっちにものっかっていたかった。もうあんな人は出てこないと思う。


実際に作詞家としての活躍のみならず、時代の先端をゆくファッションで着飾り、ロータス・エラン(のちにメルセデス4ドア)を駆って、夜ごと六本木のイタリア料理店「キャンティ」に出没し、華麗な人脈のなかで「小動物のように飛び回っていた」(ムッシュかまやつ)彼女は、当時の若い女性たちのロールモデルであり、憧れの対象でもあったのです。

私自身、東京で初めて勤めた会社が六本木でしたので、「キャンティ」がある飯倉片町のあたりもよく知っています。「キャンティ」には90年代の終わりに2~3回行ったことがあるだけですが、それでもこの本を読んでいたら、私自身のあの”甘酸っぱい時代”のことが思い出されて、ちょっとセンチメンタルな気分になりました。

たしかに70年代から80年代にかけての「時代の気分」というのはあったのだと思います。そして、安井かずみが、その「時代の気分」を体現するひとりだったことは間違いないでしょう。

安井かずみは、「私はフェリスだから」といつも言っていたそうですが、彼女が横浜生まれの横浜育ちで、小学校からフェリス女学院に通ったということも大きかったように思います。

当時私が勤めていた会社の社長は、70年代にヨーロッパ(主にフランス)のポストカードやポスターを日本に最初に紹介した人物として有名で、のちに会社が倒産したとき(!)、その功績が日本経済新聞にも出たほどですが、彼は大学を出たあと、会社を興すまで芸能界の周辺にいて六本木界隈で遊んでいたそうで、よくその頃の話をしていました。

そんな社長がいつも口にしていたのは、如何に横浜に憧れたかという話です。昔の横浜は今と違って活気があって輝いていたし、横浜にしかない先進的な文化もあり、スノッブな若者たちにとって憧れの土地だったのです。

しかし、「救急車のように」男をとっかえひっかえしていた安井かずみが「運命の人」加藤和彦と知り合ってから、彼女の生活は一変するのでした。親友の加賀まりこは「今度はいい人なのでうまくいきそうよ」と言っていたそうですが、加藤と結婚してからは、一心同体と言ってもいいくらい二人の生活を優先し、健康的で家庭的な生活に変えていくのです。それにつれ、独身時代の友達も離れていったそうです。さらに仕事でも、加藤が書いた曲にしか詞を書かないようになり、売れっ子作詞家の地位も未練なく捨てたのでした。

でも、そんなハイソでエレガントで仲むつまじい生活も、実は演技の部分もあったのではないかという関係者の証言があります。そのひとり吉田拓郎は、加藤和彦の傑出した才能は認めながらも、二人の生活についてはかなり辛辣に語っていました。

「(引用者:加藤和彦は)雑誌ではヨーロピアンナイズされた粋な男のように書かれているけれど、むしろ鈍臭くて、女から見て魅力を感じるわけがないんですよ。だから、自分より先を歩いてくれる女じゃなきゃダメな加藤がZUZUを選んだのはわかるんですけど、歴戦の兵(つわもの)のZUZUがなんでそんな頼りない男に熱を上げたのか、さっぱりわからない」


「久しぶりに会ったZUZUは、お前、そんなことしないだろう、と思うくらい家庭の中にいる女をやっていた。なんかちっちゃくなったなって。加藤のほうは立派な男になっていました。お酒が飲めなかった男がワイン通になっていて、えらく一流好みになっていた。(略)」


また、ちょっと長くなりますが、二人の家に泊まったときのつぎのようなエピソードも語っていました。

「朝、『ねぇ、朝ご飯よ』とパンケーキを焼いてもってきてくれるんですよ。市販のパンケーキ・ミックスなんです。『えっ、お前んち、朝からこんな甘いもん食っているのか』と言いながら、甲斐甲斐しくインスタントのパンケーキを焼いて持ってきてくれるZUZUというのは、僕らからすると絵的におかしいな、と思うわけです。家はまるでホテルで、まったく生活感のない空間でした。普通、夫婦で十年近くも暮らせばもうちょっと漂ってくるものがあるけれど、それがまるでない。もっと言えば、あの六本木の家には暮らしなんて存在していなかった。人間は普通、あんなところに長年いたら疲れてしまいますよ。そんなものやるわけがないはずの加藤がZUZUと一緒にテニスやゴルフをやっていたのも、僕には、関係を維持するために必死になって共通の話題を作っているようにしか見えませんでした」


なんだか中村光夫の「私小説演技説」を思い出しますが、安井かずみの実妹のオースタン順子も、吉田拓郎の証言を裏付けるようなことを言ってました。

「姉は電話で私に『順ちゃん、表向きはそうやっているけれど、そんなもんじゃないのよ』と言ってました。誰にでも表と裏はありますけれど、二人の理想的な絵の中に自分たちが収まるように演じていたところはあったのでしょう」


安井かずみの死から7カ月後、二人の別荘があったハワイのカルパニアで散骨式が行われたのですが、夫の加藤和彦は翌日、「友達を待たせているので」と言ってそのままイタリアに飛び立ったのだそうです。その待たせていた友達というのが、新しい恋人の声楽家・中丸三千繪でした。葬儀の際、「僕は、ZUZUとイエス・キリストと三位一体でこれから生涯生きていきます」と挨拶して参列者の涙を誘った加藤和彦は、1周忌を待たずに中丸三千繪と再婚して周囲を驚かせたのでした。安井かずみの主治医だった東京医大の加藤治文は、成田空港で加藤和彦にばったり会った際、「僕の新しい妻です」と中丸を紹介されて、「腰がぬけるくらい」驚いたという話をしていました。

それにしても、写真を見ると、ファッションといいメークといい、安井かずみと鈴木いづみはホントによく似ているなと思います。年齢は10歳違いますが、同じように70年代を疾走した鈴木いづみは、「老衰したい。ジタバタみぐるしくあばれて『死にたくない』とわめきつつ死にたい」(『いつだってティータイム』)と言っていたのですが、老衰どころかわずか36歳で自死してしまいました。安井かずみはスピード狂だったそうですが、彼女もまた、鈴木いづみと同じように、フルスロットルで「太く短く生きた」と言ってもいいのかもしれません。

ムッシュかまやつは、「こんな疲弊していく日本を見たくなかっただろうから」早く亡くなったのは「ちょうどよかったんじゃないかな」と言ってましたが、たしかに、安部首相の肝入りで設置された「アジア文化交流懇談会」の席に、有識者気取りでアナクロな政治家と一緒に座っている、かつての親友のコシノジュンコの姿を見なくて済んだだけでも、「よかった」と言えるのかもしれません。

二十代

先日、たまたま押し入れの衣装ケースのなかから当時の自分の写真を見つけました。手に取ると、「ああ、あの頃は若かったなぁ」とせつないような哀しいような気持になりましたが、私たちは、これから70年代から80年代のキラキラ輝いていた時代の思い出を抱えて、(鈴木いづみも安井かずみもいない)老後を送ることになるのでしょう。そう思うと、再びせつないような哀しいような気持になりました。

>> 加藤和彦さんの死 
2013.05.24 Fri l 本・文芸 l top ▲
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午後から用事で新横浜に行ったついでに、新横浜~小机を歩いたあと、小机から桜木町までJR横浜線で移動して、さらに桜木町駅~汽車道~赤レンガ~象の鼻パーク~山下公園~みなとみらいを歩きました。

家を出る前、テレビ東京のMプラス11というニュース番組を観ていたら、アベノミクスの広告塔のようなテレビ東京にしてはめずらしく、最近の株式市場の動きは投機的な色彩を帯びているというような解説をしていたので、「あれっ」と思いました。その時点では日経平均はまだ35円高でしたが、今のような株高でもトレーダーはあまり儲かってないと言うのです。と言うのも、今の株高は日経先物などのデリバティブ取引によるところが大きく、そのため売買が日経平均株価に採用されている225社に偏りすぎている(全体的には値下がり銘柄が多いのに平均株価は値上がりしている)からだそうです。

実際にアベノミクスなんて言っても、ほとんどおまじないみたいなもので、まだなにもはじまってないのです。むしろ円安によって輸入価格が上がっているという負の側面が出ているくらいです。にもかかわらず、マスコミはアベノミクスのおかげで高額商品が飛ぶように売れていると書き、日経平均株価も安倍政権が誕生してからわずか5カ月で1.8倍も上昇したのです。

これを「異常」と思わないほうがおかしいのです。書店に行くと、アベノミクスで強い日本が帰ってくる式の礼讃本のオンパレードですが、そのなかにわずかながらアベノミクスに懐疑的な本もあります。しかもよく見ると、棚に面出ししている(表紙を見せるように横置きに並べられている)本のなかで、懐疑的な本のほうがあきらかに減っている(売れている)のです。つまり、それだけ急激な円安・株高をもたらしている今の状況が「異常」だと思っている人も多いということなのでしょう。それは真っ当な感覚のように思います。

象の鼻パークの突堤で堤防の上に座わり、しばらくボッーとしていました。海から吹いてくる風がとても心地よかったです。こうして海の近くにいると、大桟橋から出港する船が鳴らす汽笛の音が、海風に乗って遠くのほうに流れていくのがわかりました。

『安井かずみがいた時代』のなかに、安井かずみが山下公園の岸壁に座っている写真があり、渡辺プロ創業者の渡邊美佐(安井かずみと同じ横浜出身)は、本のなかで、あの写真がいちばん好きだと言ってましたが、四方に広がる海辺の風景を眺めていたら、ふとその写真のことを思い出しました。

それから何気にスマートフォンでニュースをチェックしたら、そんな午後の物憂い気分を吹き飛ばすように、「日経平均1143円暴落」という見出しが目に飛び込んできたのです。そして、家を出る前に観たテレビ東京のニュースのことを思い出したのでした。

そんなに都合よく円安をコントロールし、円安のメリットだけを享受できるのか。1千兆円近くにまで膨張した公債残高(国の借金)をどうするのか。ましてただ輪転機で日銀券を増刷するだけのような金融政策でホントに景気がよくなり、安倍首相が言うように「強い日本」が復活するのか。素人考えでも疑問は尽きません。

世界の金融市場に流れているお金は、私たちが働いて稼ぎ生活のために消費するお金の総額、つまり実体経済(GDP)の24倍だと言われます。そんな巨額のマネーが、私たちの日常とはかけ離れたところで日々飛び回り、株や為替などのマネーゲームを繰り広げているのです。しかも、そのマネーは、パソコンのテンキ―で打ちこまれるだけのバーチャルなお金です。

今の円安・株高でアベノミクスを礼讃するマスコミの姿勢は、橋下氏の慰安婦発言と同じで、実体経済とファイナンス(バーチャルなマネーゲーム)を都合よく接合する詭弁のようにしか思えません。そして、尖閣や竹島で排外主義的なナショナリズムを煽るのと同じように、アベノミクスで景気がよくなるだろうという期待感を煽っているだけです。いちばんの不安材料である長期金利の上昇についても、マスコミは適当な説明でお茶を濁すだけなのです。

円安に誘導し、それによって株高を演出する今の金融政策は、どう見ても、「劇薬」どころかいちかばちかの「大博打」のようにしか思えません。「成長戦略が実現しないと、失望して再び円高・株安に戻る懸念がある」と新聞が書いていましたが、考えてみれば、失望すると円高になるというのもおかしな話なのです。

先日も顔見知りのネトウヨが、「アベノミクスで景気がよくなりますよ。バブルが来たほうがチャンスがありますよ」と言ってました。ネトウヨにとって安倍首相はヒーローですからそう言いたい気持はわからないでもないですが、でも彼はやがて40になろうかという万年フリーターです。国民年金は未加入で、健康保険証も持っているフシはありません。もし病気になって働けなくなったら、生活保護を受けるしかないのです。しかし、彼はネトウヨですから、”ナマポ叩き”もことのほか熱心です。

「でも、あなたのようなフリーターには関係ないんじゃないの。むしろ円安で物価が上がり、さらに消費税も上がれば、実質賃金は目減りするので、生活は苦しくなるだけだ。百歩譲って景気がよくなったとしても、あなたと同じような非正規雇用の社員が増えるだけで、あなたが正社員に登用されて生活が劇的によくなることはまずあり得ないよ」と言ったら、黙ってしまいました。

ただ、新橋や丸の内のサラリーマンたちへのインタビューを聞いても、言っていることはこのネトウヨのフリーターと五十歩百歩なのです。それがこの国の現実なのです。

TPP参加に見られるように、アベノミクスが小泉構造改革と同じ新自由主義的な流れのなかにあるのは多くの識者が指摘しているとおりです。自民党のなかにも、この政策に異議を唱える勢力はなくなったかのようで、今や自民党は”新自由主義政党”と言ってもいいくらいです。

新自由主義というのは、究極的には関税を撤廃し国境線もなくなりフラット化した市場のなかで苛烈な競争をする、文字通り食うか食われるかの市場原理主義です。だから、グローバル企業にとって国民国家の論理なんてただの手かせ足かせでしかなく、国民国家が解体する(身軽になる)方向に進むのは理の当然です。楽天やユニクロのように、社内公用語を英語にしたり、世界同一賃金にしたりするのも、ある意味で当然でしょう。ところが一方で、安倍政権は、ネトウヨが狂喜乱舞するように、極右政治家を重用し、歴史修正主義や排外主義的なナショナリズムを前面に出し、マスコミを使って国民を煽っているのです。

これは一見矛盾するような気がします。しかし、内田樹氏に言わせれば、決して矛盾しているわけではなく、むしろ両者はコインの表裏の関係にあるのだそうです(内田樹の研究室)。なぜなら、グローバリゼーションの「『企業利益の増大=国益の増大』いう等式」の「その本質的な虚偽性を糊塗するために、過剰な「国民的一体感」を必要とする」からです。「『そうしなければ、日本は勝てないのだ』という情緒的な煽りがどうしても必要」だからです。

これは「戦争」に類するものだという物語を国民に飲み込んでもらわなければならない。中国や韓国とのシェア争いが「戦争」なら、それぞれの国民は「私たちはどんな犠牲を払ってもいい。とにかく、この戦争に勝って欲しい」と目を血走らせるようになるだろう。
国民をこういう上ずった状態に持ち込むためには、排外主義的なナショナリズムの亢進は不可欠である。だから、安倍自民党は中国韓国を外交的に挑発することにきわめて勤勉なのである。外交的には大きな損失だが、その代償として日本国民が「犠牲を払うことを厭わない」というマインドになってくれれば、国民国家の国富をグローバル企業の収益に付け替えることに対する心理的抵抗が消失するからである。


要するに、「国民国家の国富をグローバル企業の収益に付け替える」ためには、排外主義的なナショナリズムは格好の方便だというわけです。「愛国」でもなんでもないのです。

金融市場には既に国境線がなくなり、完全にグローバル化し歯止めが利かなくなっているのは言うまでもありません。今日の暴落に対しては「利益確定売り」の「調整」だという声が大半ですが(「だからたいしたことはない」とでも言いたげですが)、ホントにそんな能天気な話なのか。

仮に今日の暴落が「調整」だったとしても、ヘッジファンドというのは、売るために買うわけですから、いづれしゃぶり尽くされて日本が売られるのは火を見るよりあきらかです。そのときは、一部で指摘されているように、国債暴落や財政破綻も現実味を帯びてくるでしょう。私たちにできることは、どこかのネトウヨのように無定見に踊る(踊らされる)ことではなく、自分たちなりの方法でその日に備えることではないでしょうか。もうそれしかないのです。


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いつものベンチ
2013.05.23 Thu l 社会・時事 l top ▲
安井かずみがいた時代


今日も用事で行った豊島区界隈を3時間近く歩きました。と言って、池袋まで歩いて帰ろうと思ったものの、方向音痴のため、道に迷って住宅街のなかをウロウロしただけなのですが。しかし、怪我の功名と言うべきかもしれません。おかげで今日の歩数は1万5千歩を越えました。

ほうほうの体で池袋に着いて、例の『安井かずみがいた時代』を買おうと、まず東武百貨店のなかにある旭屋書店に行きました。旭屋書店も以前に比べて売り場が縮小されていましたが、案の定、「在庫なし」でした。それで、池袋駅のコンコースを縦断して東口のリブロに行きました。備え付けのパソコンで在庫検索をすると、「芸術」のコーナーに在庫があることがわかりました。

でも、「芸術」のコーナーは、メインの売り場からかなり離れた別館(?)の3階にあり、顧客も疎らな売り場です。その片隅に5~6冊平積みにして置かれていました。

これだけ大手の書店をまわってもどこも「在庫なし」の状態なのに、こんな目につかない売り場の片隅に平積みされているというのは、配本がアンバランスで販売機会を失っているような気がしてなりません。これじゃ著者が気の毒です。

表紙の帯には、「おもしろかった。ファンだった私には、待ちに待っていた本でありました。すごい力作!!」という山田詠美の手書き風の推薦文が載っていました。

たまたま私は、山田詠美の最新作『明日死ぬかもしれない自分、そしてあなたたち』(幻冬社)を読んでいたのですが、退屈でつまらなかったので途中で放り出したばかりだったのです。山田詠美さん、他人の本が「おもしろい」と言う前に、あなたこそ面白い小説を書いてください、と言いたくなりました。

ネットの時代になり、オタクたちのネトウヨ化が最近とみに目に付くようになりましたが、どうして彼らはあんなに単純にトンデモ話(陰謀論)にイカれるのか。その”原点”というべき1989年の宮崎勤逮捕直後に出版された『Mの時代』(太田出版)をアマゾンで買いました。この本、新刊の定価が1100円なのに、中古にはプレミアムが付いて1800円になっていました。

買ったまままだ読んでない本も溜る一方なので、気合いを入れて(!?)本を読まなければと思っています。

『安井かずみがいた時代』の感想は、後日読み終えたら書きます。
2013.05.19 Sun l 日常・その他 l top ▲
最近、このブログをつづけるのがしんどい、というかパソコンで文章を打つのがしんどいのですが、橋下氏の「妄言」のおかげで、しばしそのしんどさから解放された感じです。

その後も橋下氏の暴走は止まらないのでした。昨夜(14日夜)から今日(15日)にかけてTwitterを30回も更新し、「人間、特に男に、性的な欲求を解消する策が必要なことは厳然たる事実」「米軍が法律で認められた日本の風俗業を利用することに何ら問題はない」「法律で認められた風俗業を否定することは、それこそ、自由意思でその業を選んだ女性に対する差別だと思う」などと持論を展開したそうです。

ところが、今日になって、一転、記者会見で釈明をはじめたのでした。曰く「今、慰安婦制度が必要とは言っていない」、曰く「今となっては絶対にダメだと思うことを当時、世界各国がやっていた。なぜ日本だけが特別に批判されているのかということを問題提起したい」、曰く「日韓基本条約に基づき、法的に解決済みと言っていることの方が元慰安婦を傷つけている」と。

別に「日本だけが特別に批判されている」わけではないのですが、日本だけが批判されているという”被害妄想”は、歴史修正主義者の特徴です。そうやって日本が不当に貶められていると主張し、偏狭な(排外主義的な)ナショナリズムを煽るのが彼らの常套手段です。

強制であれ自発的であれ、戦争中であれ平時であれ、日本であれどこの国であれ、売買春が女性の尊厳を踏みにじる重大な人権侵害であることはまぎれもない事実で、それは現代社会の共通認識です。だから、売買春の背後にある戦争や貧困の問題を解決していかなければならないと言われるのです。

橋下氏の一連の発言が、女性を「性の道具」と見做す”男根主義”に基づいているのはあきらかで、それも歴史修正主義者(=国粋主義者)の特徴と言えるでしょう。

それにしても、夜中に30回もTwitterを更新して持論を展開したとは、なんだか異様な感じさえします。いやしくも橋下氏は公党の代表であり大阪市長なのです。ネットに引きこもったニートとは違うのです。真夜中に一体誰に向けて持論を展開したというのでしょうか。

橋下氏もまた、ネットでヒーローになった気分なのかもしれません。ネットの場合、終日張り付いている一部の人間が、暇にまかせてくり返し書き込みをするので、あたかも「同調者」が多いように錯覚するのです。そのため、乗せられて暴走しかねないのです。

橋下氏は、爆笑問題の太田光の妻・太田光代が社長を務める芸能プロ・タイタンに所属して、茶髪グラサンのタレント弁護士として名を売ったのですが、一方で、アイフルの子会社の商工ローン・シティズの顧問弁護士をしていて、「腎臓を売ってカネを返せ」式の追い込みの片棒を担いでいたことはよく知られています。また、それ以外にも、大阪の飛田新地の料理組合の顧問弁護士もしていたそうです。飛田新地というのは、昔の青線を彷彿とするような、いわゆる「ちょいの間」が密集する(”自由恋愛”が建前の)売春街で、料理組合は、売春する女性たちに「ちょいの間」を提供している料理店の組合です。ある週刊誌は、橋下氏を「売春街の守護神」と書いていましたが、なんのことはない、橋下氏は売春業も飯のタネにしていたのです。それで年収3億円を稼ぎ、ポルシェやハーレーを乗りまわしていたのです。

サラ金の顧問弁護士をしていたので大阪に「サラ金特区」を作ると言い、売春街の顧問弁護士をしていたので「買春のすすめ」を説く。大手パチスロ会社との関係で、お台場にカジノ構想をぶち上げた石原慎太郎氏とよく似ています。これでは、三島由紀夫が「愛国心は嫌いだ」と言った理由もわかるような気がします。

石原氏を「愛国者」&「理想の上司」に持ち上げたフジテレビと同じように、橋下氏を「改革の旗手」「将来の総理大臣」と持ち上げたABC朝日放送や『週刊現代』をはじめとするマスコミ。そんなマスコミに乗せられて、なんの見識もなくただ単純に熱狂的に支持した大阪府民。所詮馬の耳に念仏なのでしょうが、彼らの責任はきわめて大きいと言わねばなりません。

そして、今、アベノミクス(安倍政権)に対してもまったく同じことがくり返されているのです。

<参考>
飛田遊郭
http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=KKQOamvpyYQ
2013.05.15 Wed l 社会・時事 l top ▲
橋下徹氏の「慰安婦制度が必要なのは誰だって分かる」発言には、共産党の書記局長ならずとも戦慄を覚えました。

さらに今月初めに沖縄県の米軍普天間飛行場を訪問した際には、同飛行場の司令官に、「もっと風俗業を活用してほしい」と進言した、と橋下氏みずからが明らかにしたのでした。しかし、「司令官は凍り付いたように苦笑いになって『禁止している』と言った。『行くなと通達を出しているし、これ以上この話はやめよう』と打ち切られた」(朝日新聞デジタルの記事より)そうです。

この話を聞いて、敗戦直後に”性の防波堤”として旧内務省が作った、「特殊慰安施設協会」のことを想起した人もいたかもしれません。高見順は、『敗戦日記』(中公文庫)のなかで、この「特殊慰安施設」について、つぎのように書いています。

世界に一体こういう例があるのだろうか。占領軍のために被占領地の人間が自らいちはやく婦女子を集めて淫売屋を作るというような例が―。
(略)
戦争は終った。しかしやはり「愛国」の名の下に、婦女子を駆り立てて進駐軍御用の淫売婦にしたてている。無垢の処女をだまして戦線へ連れ出し、淫売を強いたその残虐が、今日、形を変えて特殊慰安云々となっている。


日本の政府は占領軍のために、自国の婦女子を「淫売婦」に仕立てて提供したのです。しかも、「特殊慰安施設協会」なる名称からわかるように、そこには戦争中の従軍慰安婦のノウハウが生かされているのは間違いないのです。

橋下氏の発想は、当時の内務官僚のそれとまったく同じです。まさに「愛国」と「売国」が転倒した”戦後という時代の背理”を象徴する発言だと言えます。そして、橋下発言は問題発言なのか?、と相変わらずトンチンカンにのたまう東浩紀も含めて、彼らの(ネトウヨレベルの)お粗末でゆがんだ認識がはからずも露呈したと言うべきでしょう。

アメリカ議会調査局は、今月初め、「安倍晋三首相やその内閣の歴史問題に関する発言や行動は、地域の国際関係を混乱させ、米国の国益を損なう懸念がある」という報告書をまとめ、そのなかで、「安倍首相は日本の侵略を否定する歴史修正主義的な歴史観をもっている」と指摘したそうですが、橋下氏の発言も、こういった一連の歴史修正主義的な流れのなかから出てきたのは間違いないでしょう。その意味では、今回の発言は不用意な発言などではなく、確認犯的な発言と言ってもいいのではないでしょうか。

橋下氏には、ものの考え方以前に、人としてあるべき根本のものが欠けているように思えてなりません。『週刊朝日』問題の際、落解放同盟の組坂繁之委員長は、「Business Journal」のインタビューで、橋下氏のことを「ある意味では、『部落の鬼っ子』みたいな感じでしょう」と言ってましたが、橋下氏は、子どもの頃、自分たち家族に向けられる世間の目に対して、小さな胸を痛めたことはなかったのでしょうか。いや、なかったはずはないのです。橋下氏は、「大変な困窮家庭」(上原善弘氏)で育ったと言われます。だから、それをバネに努力してのし上がってきたのでしょう。にもかかわらず、こうして弱者に対して配慮のカケラもないような発言を平然とするというのは、『どん底』の高山文彦氏ではないですが、なんだか人間のおぞましささえ覚えてならないのです。

>> 週刊朝日問題を考えた
>> 『どん底』
2013.05.14 Tue l 社会・時事 l top ▲
2013年5月10日


久しぶりにみなとみらい界隈を散歩しました。実はダイエット・・・を、いや、やめときます。いつも同じことをくり返しているので、ちゃんと成功してから話すことにします。

おっさんだって、なんとか薄着の季節に間に合わせたいと思っているのです。この前、TOKYO MXの夕方の番組で、中村うさぎだったか誰だったかが、男性も「女にモテたい」という気持を忘れたらおしまいで、そうなったらあとは「おばさん化」するだけだと言ってました。それを聞いて、再び、いや三度(たび)、いや四度、いや五度、いや六度、一念発起することにしたのです。

加齢臭プンプンのおっさんが、黄ばんだ歯をむき出して若い女の子に色目を使っているのを見るにつけ、「その前にモンダミンで口をすすいだら」と言いたくなりますが、なんの根拠もなく自分だけは違うと思っている私は、死んでもああいう風にはなりたくないと思うのでした。

途中、横浜みなと博物館の横のベンチでしばらく休憩しました。夕暮れの海辺の風景を眺めていると、さまざまな思いが去来します。その思いの中心にあるのは、やはり孤独感です。

最近、私がよく見ているブログに、新藤厚氏の「閑人舎通信」というのがあります。新藤氏は、長野県佐久市在住の元「フライデー」の記者で、以前、山岡俊介氏が主宰する「アクセスジャーナル」に、「元フライデー名物記者・新藤厚の『右翼界交友録』」(のちに「往時茫々日記」と改題)を連載していたのですが、その延長でこのブログを知ったのでした。ペンション経営の失敗や病気などもあって、数年前から「憲法25条の生存権に依拠して」生活扶助を受けていると書いていました。

現在、「家賃は公営住宅で約一万円。光熱・通信費が意外にかかって二万五千円~三万円。衣食費がやはり二万五千円~三万円。ちょっと節約すれば国営老齢年金で丁度採算が合う」生活をしていて、時折「反貧困ネットワークのパーソナルサポート」で紹介されたゴミの仕分などのアルバイトで、小遣い稼ぎをしているということです。

「適応障害による抑鬱症」のためなのか、自殺未遂も2度経験しているそうです。しかし、ブログの文章からは、アベノミクスに憤慨し、ハローワークに通い、本を読み、山歩きに出かけ、そして酒を飲み、たしかに経済的な悩みは尽きないけれど、孤独な老後の生活をそれなりに懸命に生きているように見受けられます。なにより私の老後もこんな感じではないかと思うのでした。

ただ一方で、持病の腎臓疾患が進行しているため、終活預金をはじめる決意をする話などは、身につまされるものがありました。

 そこではたと困ったのがエンディングマネーの不足だった。昨年から月に三千円の終活預金をはじめるつもりではいたのだがついつい飯代に消えてままならなかった。
 実は終活資金は意外にかかるのである。アパートの撤退費用、ゴミの処分費用、火葬費用、埋葬墓地費用等々で二十万円ぐらいは必要なのである。
 逆算すると腎臓を三年長持ちさせたとして月に五千円の預金が欠かせない。ハードルは高いが煙草の節煙でなんとか捻出させねば死ぬに死ねないことになる。
(2013/04/15)


今度「ナマポ老人瘋癲日記」というタイトルで「アクセスジャーナル」の連載が再開されるようですが、高齢化社会の切実な現実を映している新藤厚氏のブログは、これから老後を迎える私たちにとっても、決して他人事とは思えないのです。

夕闇に映える観覧車のイルミネーションを見ていたら、ふと脈絡もなく、朝日新聞のBOOK欄で紹介されていた島崎今日子の『安井かずみがいた時代』(集英社)を読みたいと思いました。それで帰りに、ランドマークプラザのくまざわ書店とコレットマーレの紀伊國屋書店、そして、伊勢佐木町の有隣堂をまわってみましたが、どこも品切れでした。
2013.05.10 Fri l ネット・メディア l top ▲
今日の朝日新聞デジタルに、最近東京の新大久保や大阪の鶴橋などでくり広げられているヘイトスピーチのデモに関連して、つぎのような記事が出ていました。

「在日特権を許さない市民の会」(在特会)などの団体が「朝鮮人を殺せ」と連呼するヘイトスピーチ(憎悪表現)デモを繰り返している問題が、9日の参院法務委員会でとり上げられた。谷垣禎一法相は「憂慮に堪えない。品格ある国家という方向に真っ向から反する」と語った。
(2013年5月9日18時26分配信)


しかし、谷垣法相も法務省も警察庁も、法的な規制については、「注視」すると発言するにとどまり、積極的な姿勢は見せなかったそうです。

ヘイトスピーチのデモについては、保守派の桜井よしこ氏や小林よしのり氏らも懸念を表明していますし、右翼・民族派の間でも批判の声が多いと言われます。

小林よしのり氏は、『ゴーマニズム宣言』(小学館『SAPIO』連載)で、「彼らは自分が気に食わない者は誰でも『在日朝鮮人』と決めつけ、気に入らないことがあれば何でも『在日の陰謀』にしてしまう」(「許容できるデモ、愚劣なデモ」)と書いていました。

彼らが主張する「在日特権」なるものが、ほとんど妄想の類にすぎないことは、今さら言うまでもありません。まさに「彼らは『在日特権』がなくなってから『在日特権』を叫び、『愛国』を主張することに何のリスクもなくなってから『愛国』を叫び、それを口実に、自分の差別感情を正当化しているにすぎない」(『ゴーマニズム宣言』)のです。

しかし、問題をそこで済ましてしまうのは、一面だけしか見てないことになります。小林よしのり氏が言うように、「弱者こそが人を差別する」という側面もあるからです。

「小泉構造改革が弱肉強食社会を急速に促進した結果、若者を中心に膨大な『弱者』が生み出されてしまった」「ネットの関係でしか他者から承認されない寂しい『弱者』たち…」「そんな人間をネトウヨは吸収し、拡大してきた」(前掲『ゴーマニズム宣言』)のはたしかでしょう。

身近にも「在日」が日本を支配する式の妄想にとりつかれたような人間がいますが、そういった人間たちはなにも特別な浮いた存在なんかではなく、ごく普通に当たり前のようにいるのです。

ひとりひとりはやや気弱で人の好いところもありますが、ただ、おしなべて能力的にすぐれているとは言い難く、人生がうまくいっているとは思えない人間が多いのも事実です。言うなれば彼らは、人生がうまくいかない負の感情を「在日」やナマポ(生活保護)叩きで発散させ、そうやって自分が置かれた現実から目をそむけているだけです。そして、ネットにあふれる陰謀論は、そんな自分を合理化するのにうってつけです。だから、彼らは暇があればネットに張り付き、都合のいい情報だけを集め、「ネットこそ真実」と信じて疑わないのでしょう。

山本一郎氏と安田浩一氏は、そんな彼らについて、『ネット右翼の矛盾』(宝島新書)のなかで、つぎのように語っていました。

山本 知能の不足としか言いようがないと思います。ロジカルに考える力がない。
 だから、ロジカルに考える力も、考えたことを人に表明する力も備わっていないので、結果的に暴力的な言論にならざるを得ない。同時に行動においても、デモに参加するだとか、ネットで人を罵倒するといったレベルで収まってしまうということなんだと思います。


安田 日の丸以外に何か誇示するものを持たない人々なんじゃないでしょうか。人間って、自分は何者であるのか、といった具合に、自分を説明できる人とできない人がいると思うんです。何も持たない人、あるいは自分を説明することのできない人が、いきなりナショナルな方向に向かってしまう。(略)
 本当なら個々に物語を持っているはずなのに、本人は物語を持ってないと感じている。あるいは物語を語る力量がない。そういう人にとって、ナショナルなものというのは、すごくラクなんですよね。


一方で、かつて学生たちの左翼運動を煽った”進歩的知識人”と同じように、「愛国」の名のもとに彼らを煽り、彼らに「在日」やナマポといった「見世物」を与えた右派メディアや右派の「文化人」たちがいたことも忘れてはならないでしょう。彼らは今になって、「あんなのは『愛国』でもなんでもない」と梯子を外しシラを切っているのです。

側近議員をとおしてネトウヨにシンパシーを送っている安倍首相にしても同様です。今はヒーローのように映っているのかもしれませんが、そのうち”悪魔”に変わるのは間違いないでしょう。

山本 (略)生活は苦しい。家庭はうまくいってない。仕事もうまくいってないどころか、そもそも仕事がない。そんな中で、自分のストレスや自己嫌悪する姿をネットに投影した結果として、自分以外の誰かを攻撃したい衝動に駆られる。それがネット右翼活動に結びついていく。これって、彼ら自身の問題というよりは、日本社会の閉塞感がもたらしたものじゃないかと思ったりもします。
(前掲『ネット右翼の矛盾』)


TPPの問題ひとつとっても、アベノミクスは小泉構造改革の比ではなく、多くの若者を社会の最底辺に転落させるでしょう。ネトウヨは決して他人事ではなく、私たちの身近にあるすぐれて今日的な問題なのだと言えます。
2013.05.09 Thu l 社会・時事 l top ▲
最近、高校のクラス会の案内状がたてつづけに届きました。どうして「たてつづけ」なのかと言えば、東京の同窓会と九州の地元の同窓会の両方から案内状が届いたからです。

私が出た高校には、結構しっかりした同窓会が各地にあるのですが、現在、東京の同窓会も、地元の同窓会も、いづれも「会長」(世話人)は私の同級生がやっているようです。それくらい私たちも年を取ったということでしょう。

東京の同窓会のサイトには、新しい会長による挨拶が写真付きでアップされていました。それを見た私は、一瞬「このハゲたおっさんは誰?」と思いました。名前はたしかにかつてのクラスメートです。でも、まるで古参の区議会議員のような風格の写真と名前がどうしても一致しないのです。

高校を卒業してから彼とは一度も会っていません。たしか私が受験で上京するとき、駅に見送りに来てくれたように記憶していますが、それが最後でした。以後、同じ東京にいながら、一度も会ってないのです。以前は仕事でしょっちゅう新宿にある彼の職場の前を通っていましたが、それでも職場に寄って声をかけることもありませんでした。

なにか彼に会いたくない事情があったわけでもないのです。ただめんどうだっただけです。私は変わったところがあって、旧交を温めるというような人間関係が好きではないというか、どうも苦手なのです(そのくせいつまでも過去に拘泥しているところがありますが)。

東京のクラス会の案内状には、前回行われたクラス会の記念写真が同封されていました。でも、そこに写っていた中年のおっさんやおばさんたちに、ひとりとして昔の面影を見つけることはできませんでした。名簿を見ると、東横線沿線にも何人か住んでいますので、どこかですれ違ったことがあるかもしれません。でもこれじゃわかるわけないなと思いました。

ただ、勝手な話ですが、一度も出席してないのにこうして忘れられずに案内状が届くことに対して、最近はちょっとありがたいなと思うこともあります。槇原敬之の「遠く遠く」ではないですが(でもあのようなリリカルな気持をもつにはあまりに年を取りすぎていますが)、今年はせめて欠席のハガキくらいは出そうかなと思いました。
2013.05.08 Wed l 日常・その他 l top ▲
このところ再び迷惑メールに悩まされていました。

迷惑メールは仕事にも支障がきたしますので、メールアドレスを収集されないように、メールフォームを使ったり、アドレスの文字列を画像で表示したりと、それなりに対策を講じているつもりでした。

しかし、また迷惑メールが届きはじめたのです。アドレスがスパム業者に流れたようです。それもFacebookから流れたように思えてならないのです。と言うのも、最近やたらとFacebookから「友達のリクエスト」なるメールが届いていたからです。しかも、リクエストしているFacebookのユーザーを見ると、大半は商品を購入していただいたお客様でした。

私はFacebookをやっていませんので、どういったシステムなのかわかりませんが、もしかしたら勝手にメールが送信されるようになっているのかもしれません。そして、その過程でスパム業者にアドレスが流れたのかもしれません。

プロバイダーのメールフィルターやメールソフトの「電子メールルール」などでフィルタリングした結果、大半のメールはシャットアウトできたのですが、ひとつだけどうしてもシャットアウトできないメールがありました。なにやら株を推奨する英文メールなのですが、ご丁寧にも毎回アドレスを変えていて、しかもメールの文面にもフィルターをかけられないように「工夫」しているのです。

”GTRL”という社名(?)なのですが、単に”GTRL”なら簡単にシャットアウトできます。ところが、たとえば”G_TRL”というように、文字の間にスペースやアンダーバーなどを入れて、簡単にフィルターをかけられないようにしているのです。毎回そうやって組み合わせを変えてくるのです。

そのため、アドレスや本文の文字列にフィルターをかけても、結局イタチごっこになるだけです。まるでこっちをあざ笑うかのようにメールが届くので、メールを見るのさえ忌々しくてなりませんでした。ネットで推奨されていた対策ソフトも使ってみましたが、やはり効果は限定的で、”悪魔のメール”はそれをすり抜けてやってきます。

それで、なにかいい方法はないかと頭を抱えて考えていたときでした。ふと、Gmailの迷惑フィルターが非常に優れていたことを思い出したのです。まさにそれは”神の啓示”のようでした。

そこでメールをいったんGmailに転送して、それから別の受信用のアドレスに転送するようにしてみました。つまり、Gmailのフィルターに1回通すようにしたのです。するとどうでしょう。見事にあの憎き”悪魔のメール”をシャットアウトすることができたのでした。一時は日に20~30通届いていたメールも、ピタリと止みました。ざまあみろ!という感じで、あらためてGmail の優秀さに感嘆した次第です。

Google に関しては、サジェスト検索のワード候補(予測表示機能)があまりにひどくて(最近は気に入らない人間を「在日」認定するために、集団的な書き込みが行われているフシさえある)、先日も東京地裁で名誉棄損の判決が下されましたばかりですが、ただ今回に限っては、すなおに”Thank you, Google!”と言いたい気持です。
2013.05.05 Sun l ネット・メディア l top ▲