老人漂流社会


年の瀬もおしせまりましたが、ご多分にもれず、この時期になると、いつにも増して「人身事故」で電車が停まることが多くなります。一方、安倍晋三首相は、アメリカの警告を無視して、突然、靖国神社に参拝し、カルトな(歴史修正主義的な)ナショナリズムを煽り、海外から「挑発的だ」「周辺国との関係改善に逆行する」と批判を浴びました。このふたつのニュースは、今のこの国を象徴する光景だと言えます。

高橋源一郎氏は、朝日新聞の論壇時評で、この国の政治家が「DVの加害者に酷似しつつある」と書いていましたが、まさに言い得て妙だと思いました。まるで足手まといであるかのように、「弱者」をバッシングし切り捨てる一方で、国を愛せよと「愛国心」を強いる政治家たち。「愛国」の声が大きくなればなるほど冷たくなっていく社会。

今年の1月20日に放送されたNHKスペシャル「終(つい)の住処(すみか)はどこに 老人漂流社会」を書籍化した『老人漂流社会』(主婦と生活社)で紹介されているのは、経済功利主義のもとで「死に場所もなく、さまよい続ける」老人たちの非情な現実です。

この番組のポスターには、つぎのような衝撃的なキャッチフレーズが付けられていました。

歳をとることは罪なのか。

 「迷惑をかけたくない」と高齢者が思い込む原因を作っていたものは、誰もが高齢者になるにもかかわらず、高齢者を排除してきた私たちの社会だ。
 お年寄りを敬いなさい ― かつての日本、私たちが子どものころは、そう教えていたはずだった。しかし、競争社会の激化が価値観を変えてしまったのだろうか。いつの間にか、お年寄りを”ノロマの役立たず” ― そんな目で見下すようになってしまったような気がする。誰もが歳を重ね、いつかは高齢者の仲間入りをするにもかかわらず、現役世代の私たちは、どこかで線を引き、壁を作ってしまったのではなかろうか。


 歳をとることが罪だとお年寄りたちが感じてしまう今の日本。超高齢社会を迎え、これから成熟期に入らなければならないときに、その多くを占める高齢者が主役になれない。たとえ脇役だとしても、前を見ることをどこか恥じ入り、目を伏せて生きていかなければいけないという社会 ― やはりそれはおかしいだろう。


番組では、高齢になり身体の自由がきかなくなったひとり暮らしの老人が、「病院から病院、そして短期滞在の介護施設(ショートステイ)へと、居場所を転々とせざるを得ない」現実が、丹念な取材のもとに描かれていました。これが「老人漂流社会」と言われるこの国の現実なのです。

背景にあるのは、「高齢化」と「単身化」と「貧困化」の超高齢社会の現実です。

2012年団塊の世代が65歳に達し、65歳以上の高齢者人口が3000万人を超えました。そして、2040年まで高齢人口は増えつづけ、ピーク時には3800万人になると推計されているそうです。

また、高齢者の「単身化」も同時に進行しています。生涯独身や離婚等で、高齢者の単身世帯は急激に増えており、既に2012年の時点で500万所帯を超えているそうです。さらに、「単身高齢者世帯」の予備軍とも言うべき高齢者同士で暮らす世帯も、1000万所帯を超えているのだとか。このように、「家族がいることを前提にした社会保障制度は、もはや機能不全を起こしている」のが現実なのです。

一方、「貧困化」も深刻な問題です。2012年現在、月に6万6000円(満額)の国民年金だけで生活している人は、800万人程度いるそうです。なかでも単身世帯の場合、年間200万円未満の公的年金受給者は、全体の79.5%(2011年厚生労働省統計)で、さらに年間100万円未満(月に8万3000円以下)の人は41.8%にものぼるそうです。

そんな生活のなかで、病気をして身体の自由がきかなくなり、病院や施設の間を行ったり来たりして預貯金を使い果たせば、あとは生活保護に頼らざるを得ません。今の生活保護受給者215万人の背景には、このような「貧困化」する高齢者の問題が伏在しているのです。

みずほ情報総研・主任研究員の藤森克彦氏は、「日本は主要先進国のなかでも高齢者の貧困率が高い」と指摘しているそうです。なかでも単身世帯の貧困率が高く、高齢男性の貧困率は38.3%、女性は52.3%にのぼっているそうです。

「一般的に『日本の高齢者は豊かだ』と言われますが、それは幻想です。数字を見ると、はっきりわかる。なかでも単身の高齢者や、未婚者・離婚者の貧困率が高い。今後、単身化や未婚化という傾向は一段と高まっていくことが予想されていて、より高齢者の貧困率が高まっていくことが懸念されます」と警鐘を鳴らす藤森氏。

年金受給額が年100万円未満の人の場合、身体の自由がきかなくなったら、現実的には(費用の面で)入ることができる施設は、特養(特別養護老人ホーム)しかありません。でも、特養は圧倒的に数が不足しており、入所待ちが2年とか3年の場合が多い。そのために、療養病床の病院や老健施設や介護施設のショートステイを出たり入ったりするしかないのです。そうするうちに預貯金も財産もなくなり、より「貧困化」に拍車がかかるのです。

そして、そんな低収入の老人が行き着く先のひとつに、「無料低額宿泊所」や「簡易宿泊所」があります。私も若い頃、ボランティアで通っていたことがありますが、いづれももともとはホームレスの人たち向けに作られた「宿泊所」です。

家庭の事情で父親の面倒を見ることができない娘が、自治体の福祉課に相談に行ったら、担当者からこう言われて、ショックを受けたそうです。

「子どもが親の面倒をみられないというなら、生き先を見つけるのは簡単じゃないですよ。収入も限られているようですし、ホームレスの人たちが入るような施設に行ってもらうしかないですね」


これが、知能程度だけは「庶民的」なおぼっちゃま総理大臣が「国を愛する」ことを強いる国の現実です。

私たちにとって、『老人漂流社会』に登場する老人たちは、決して他人事ではありません。彼らは、明日の自分の姿でもあります。私たちは、ともすれば自分の老後のことは見ないように考えないようにする傾向がありますが、それは、老後が見たくない、考えたくない、嫌なことであり、不安なことだからです。

でも、「高齢化」「単身化」「貧困化」は、自分自身の問題なのです。「国を愛する」ということは、この国の総理大臣のように、株価の上昇に国の価値を求め、カルトでヘイト(民族排外主義的)なナショナリズムの妄想にとりつかれて近隣諸国を挑発することなのか。生きることに絶望して電車に飛び込む人たちや、「漂流」の果てに誰に看取られることなくひとりさみしく死を迎える老人たちのことを考えるとき、「国を愛する」というのはどういうことなのかをあらためて考えざるを得ません。

5年前に夫を亡くした40代の女性が、取材班に寄せたつぎのような声も、なんの不自由もなく育ったおぼっちゃま総理大臣には、所詮馬の耳に念仏なのかもしれませんが、でも私は、こんな女性のような思いのなかにこそ「国を愛する」ことの意味があるように思えてならないのです。

 夫の死後、ダブルワークをしながら、娘と必死で生きてきました。番組の内容は、私の将来を見ているようで暗澹たる気持になりました。ああした結果になるのは、自己責任なのでしょうか・・・。
 ほとんどの人は、幸せになりたくて真面目に生きています。そのなかで、ふとしたきっかけで落ちてしまったら、今の日本の社会は這い上がるのが厳しい気がいたします。同じ時代に生きている仲間なのですから、助け合って、息のしやすい社会になってくれたらと思います。ひとりでも多くの人が仲間を思い、手を差し伸べてくださる社会になりますように・・・。


>> 「福祉」の現場
2013.12.29 Sun l 本・文芸 l top ▲
ソチ五輪の出場権を争うフィギュアスケートの全日本選手権では、私も高須クリニックと同じように、安藤美姫を応援していましたので残念な結果になりましたが、でも短期間でよくあそこまで復活したものだと思います。マスコミに内緒で出産し、父親の公表を避けたというだけで、安藤美姫は『週刊文春』や『週刊新潮』からまるで非国民のように叩かれたのですが、だからこそよけいがんばってもらいたいと思っていました。

文春や新潮と関係ある作家やライターたちは、ヘイトスピーチ(民族排外主義)や特定秘密保護法に追従し、中韓との戦争を煽るような両社の姿勢について、社内は反対する意見が多いけど、売るために仕方なくやっているというような説明を受けているようですが、そんな子ども騙しのような話を真に受ける日本ペンクラブの作家やライターたちって、どんなおめでたい人種なんだと思わざるをえません。

石原慎太郎氏と文春の関係、あるいは1969年に『諸君』が創刊された際の社内事情を考えると、文春が手段として仕方なく特定秘密保護法に賛成しているとはとても思えません。社内は反対する意見が多かったけど仕方なかったというのは、戦争に協力した文春の戦後の弁解やナチスに協力したドイツのジャーナリストたちの弁解と同じです。それもまた戦争協力屋の常套句と言うべきでしょう。

しかし、それは文春や新潮だけではありません。

朝日新聞は、特定秘密保護法が国会で可決した日に、ゼネラルエディター兼東京本社編成局長の杉浦信之氏のつぎのような談話を掲載しました。

(前略)
私たちは、この法律が施行されたときに一般市民が罪に問われる可能性を、専門家の助言や過去の事例をもとに何回も報じてきた。こうした懸念を非現実的と批判する人たちがいる。しかし、治安維持法を含め、この種の法律は拡大解釈を常としてきた。

税金によって得られた政府の情報は本来、国民のものだ。それを秘密にすることは限定的でなくてはならない。わたしたちは、国民に国民のものである情報を掘り起こして伝え、国民の知る権利に奉仕することが報道の使命であることを改めて胸に刻みたい。

戦後の日本社会は、権力闘争も政策対立も、暴力ではなく言論で解決する道を選んだ。ときに暴力で言論を封殺しようという動きも、自由な言論を支持する国民がはねのけてきた。言論の基となる情報の多くを特定秘密という箱の中に入れてしまう法律は、70年に及ぶ戦後民主主義と本質的に相いれない。

私たちは今後も、この法律に反対し、国民の知る権利に応える取材と報道を続けていく。


その言やよしですが、しかし一方で、朝日新聞は、ホントに「国民の知る権利」に応えていると言えるのか、そう問いたい気持もあります。

福島第一原発の事故の際、ただちに健康に影響はないという政府の発表を無批判に垂れ流したのは誰か。海洋汚染の問題にもずっと目をつむっていたのは誰か。現在も進行中の農水産物の汚染の問題に対しても、「東北を応援しよう」という美辞麗句を並べるだけで、見て見ぬふりをしているのは誰か。

それは、原発問題だけに限りません。ヒットラーばりのやりたい放題の強権政治に走る安倍首相に対しても同様です。

朝日新聞などは、昭惠夫人が「嫌韓」の安倍首相とは逆に「親韓」派で、原発再稼動にも消費税増税にも反対していて、昭惠夫人は「家庭内野党」だとか二人は「仮面夫婦」だとか言ってますが、ホントにそうなのか。気が弱くて人一倍猜疑心が強いと言われる安倍首相のことですから、もしそれがホントなら決して看過するはずはありません。彼の国の三代目なら間違いなく銃殺刑でしょうが、日本の三代目だってなんらかの対処はするはずです。第一次安倍政権の失敗を教訓に、昭惠夫人はガス抜きの役目を担っているのではないか。だから、昭惠夫人もマスコミのインタビューに積極的に応えているのではないか。私にはそう思えてなりません。

先日、山岡俊介氏が主宰する「アクセスジャーナル」に、つぎのような記事が掲載されていました。これは、11月24日に、フリージャーナリストの寺澤有氏とおこなった「情報統制・国民監視時代の生き方」という「緊急対談」に関する記事の冒頭部分(無料部分)です。

(前略)
 本紙・山岡らは法律の専門家ではないし、法律の話をしても面白くないので、(1)この法案を通そうとしている安倍晋三首相がいかに矛盾に満ちた人間か、(2)法案が通ったら拡大解釈し恣意的に使う具体例として、安倍首相の最大のスキャンダルについて話した。
(1)については、安倍首相が特定秘密保護の対象にするもののなかには対韓国、北朝鮮との有事、テロ関連も含まれるが、安倍首相の最大の政治資金源が、父・安倍晋太郎外相(故人)時代から地元の在日系パチンコ、貿易、産廃などの会社であり、下関の自宅も事務所の(元)持ち主もそうであること、その見返りに日本への帰化に便宜を図るなどしており、安倍首相はそういう意味ではひじょうに“ねじれた”人だということを話した。
 本紙・山岡は90年以降、10回以上下関現地取材を行い、今年4月の参院山口補選(安倍首相の“国家老”だった元下関市長が当選)直前にも取材して来ている。
(2)については、安倍首相の下関の自宅放火事件の真相について取り上げた。
(アクセスジャーナル 2013年12月1日の記事より)


昭惠夫人の「親韓」も、安倍首相のこのようなダブルスタンダードな姿勢と関係があるのではないでしょうか。

山口の安倍家は、福岡の麻生家のようにこれといった実業をもってないので、いかがわしい虚業家たちと関係を持たざるをえなかったという声もあるくらいで、もしかしたらネトウヨたちが卒倒するような「愛国者」の顔をもっているのかもしれません。

でも、「国民の知る権利」を標榜するマスコミは、そういった側面からの報道はいっさいおこなっていません。あたかも安倍首相と昭惠夫人が同床異夢の仮面夫婦であるかのように報道するだけです。そして、案の定、そんな報道の影に隠れて、安倍首相はやりたい放題の強権政治に突き進んでいるのです。マスコミが言う「国民の知る権利」というのは、ただ単にガス抜きや目くらましの役割を果たしているだけではないのか。私は、「国民の知る権利」と聞くと、どうしても眉に唾したくなるのです。
2013.12.24 Tue l 社会・時事 l top ▲
ユーミンの罪


酒井順子の『ユーミンの罪』(講談社現代新書)を読みました。

この本は、1973年の「ひこうき雲」から1991年の「DAWN PURPLE」までの20枚のアルバムに収められた楽曲を仔細に辿ることによって、70年~80年代の若い女性たちがどうしてあんなにユーミンに惹かれていったかを解明する、いわば若い女性たちの精神史とも言うべものです。ちなみに、著者の酒井順子は、立教女学院高校でユーミンの後輩に当たるそうです。

ユーミンのなにが「罪」なのか。酒井は「あとがき」でつぎのように書いていました。

 女が内包するドロドロしたものも全て肯定し、ドロドロをキラキラに変換してくれた、ユーミン。私達は、そんな風に甘やかしてくれるユーミンが大好きでした。ユーミンが描くキラキラと輝く世界は、鼻先につるされた人参のようだったのであり、その人参を食べたいがために、私達は前へ前へと進んだのです。
 鼻先の人参を、食べることができたのかどうか。それは今もって判然としないところなのですが、人参を追っている間中、「ずっとこのまま、走り続けていられるに違いない」と私達に思わせたことが、ユーミンの犯した最も大きな罪なのではないかと、私は思っています。


酒井は、ユーミンは「瞬間」を歌にする人だと言います。ストーリーやイデオロギーや感情そのものを歌にするのではなく、「感覚であれ、具体的な事物であれ、一瞬『あ』と思ったこと、一瞬強力に光ったもの」、その瞬間をすくい上げ、歌に仕立てていくのだと。

 「日差しがこうだとか、波の具合がこう」(略)といったシチュエーションは、幸福な人しか切り取ることができないし、また幸福な人しか享受できないものです。喰うや喰わずの人にとって、日差しとか波とかの具合いなど腹の足しにもならぬでしょうし、健康でない人にとっても然り。すなわちユーミンの歌は、平和で満ち足りた世であるからこそ誕生し、そして人々に受け入れられていったものではないでしょうか。


私は、この酒井の分析は、吉本隆明が『重層的な非決定へ』(大和書房1985年刊)で書いていたつぎのような文章と符合しているように思えてなりません。吉本隆明もまた「肯定の思想」(現代思想2008年8月臨時増刊号)と言われた人でした。

『an an』(1984年9月21日号)が、「現代思想界をリードする吉本隆明のファッション」と題して、コム・デ・ギャルソンを着た吉本の写真を掲載したことに対して、埴谷雄高が、コム・デ・ギャルソンなんて「日本を悪魔」と呼ぶアジアの民衆を収奪した「ぼったくり商品」ではないかと批判し、吉本と埴谷の間でいわゆる「コム・デ・ギャルソン論争」がおきたのですが、その公開書簡のなかで吉本は埴谷につぎのように反論していました。

 埴谷雄高さん。
総じて消費生活用の雑誌は生産の観点と逆に読まれなくてはなりませんが、この雑誌(引用者注:『an an』)の読み方は、貴方の侮蔑をこめた反感とは逆さまでなければなりません。先進資本主義国日本の中級ないし下級の女子賃労働者は、こんなファッション便覧に眼くばりするような消費生活をもてるほど、豊かになったのか、というように読まれるべきです。


そして、吉本隆明はつづけて、埴谷の「左翼性(左翼的倫理)」をこう批判します。

やがて「アンアン」の読者である中学出や高校出のOLたち(先進資本主義国の中級または下級の女子賃労働者たち)が、自ら獲得した感性と叡知によって、貴方や理念的な同類たちが、ただ原罪があると思い込んだ旧いタイプの知識人を恫喝し、無知の大衆に誤謬の理念を根付けるためにだけ行使しているまやかしの倫理を乗り超えて、自分たちを解放する方位を確定してゆくでありましょう。


これを吉本は、「理念神話の解体であり、意識と生活の視えざる革命の進行」であると言います。この時代、セゾングループは感性の経営を謳歌し、私たちに最先端の消費文化を提示しました。ユーミンの歌に、そんな爛熟した資本主義の「豊かな」時代の気分が横溢していたのは間違いないでしょう。

しかし一方で、その「豊かさ」もまた、絶えざる差異化という資本主義のオキテから逃れることはできないのでした。それは、恋愛も例外ではありません。

酒井順子は、ユーミンの歌について、「助手席性」・時間の不可逆性・「軍歌」・「額縁性」などといったキーワードを使って詳細に分析していましたが、私がいちばん象徴的だと思ったのは「助手席性」です。

ユーミンの歌の主人公たちは、「中央フリーウェイ」のように、助手席にすわり、助手席の自分に満足している場合が多いのですが、しかし、それは必ずしも受け身な「古い女性」を意味しません。女性たちは「選ばれる人」ではなく「選ぶ人」なのです。どの助手席にすわるのかを「選ぶ権利」は、あくまで自分にあるのでした。

それは、スキーやサーフィンをしている彼が好きというより、スキーやサーフィンをしている彼を持つ自分が好き、という感覚です。スキーやサーフィンのみならず、「スポーツカーに乗る彼を持つ私」でもいいし、「××大学に通う彼を持つ私」でもいいでしょう。


たとえば、「ノーサイド」でも(先日の国立最後の早明戦でユーミンが歌った「ノーサイド」は感動ものでしたが)、ラブビー部の、しかも中心選手の彼の活躍をスタンドから見ている自分という、属性やシチュエーションが肝要なのだと言います。

それは、当時の女子大生の間に、「へら鮒釣り研究会とか奇術研究会の彼を持つよりも、体育会のクラブに所属する彼を持つ方が、ヒエラルキー的には上、そして体育会の中でも、バドミント部とか少林寺拳法部より、ラグビー部やアメフト部の方が上」という序列があったからです。そして、その先に、三谷友里恵に代表されるような”お嬢様ブーム”があったと言うのです。

もちろん、そういったヒエラルキーが消費生活の進化に伴う差異化、つまりブランド化と軌を一にしていることは言うまでもありません。ユーミンは、そんな時代の意匠を甘美なメロディに乗せて描く天才だったと言ってもいいのではないでしょうか。

でも、そんな時代の気分もバブル崩壊とともに大きく変質していきます。

今の若者が歌の歌詞に求めるのは、心のしんどさに対して、対症療法的効果を持つ言葉。「心の傷を癒すためにアカプルコを旅する」といった非現実的なシチュエーションよりも、「あなたは悪くない。そのままでいいんだよ」と言ってもらいたいのです。


こんな屈折もロマンもないベタな時代は、酒井が言うように、ユーミンに限らず歌を作る人間たちにとって、しんどい時代だと言えるのかもしれません。もう「私をスキーに連れてって」の時代ではないのです。助手席にすわって、甘い夢に酔いしれる時代でもないのです。今や苗場プリンスホテルの恒例のコンサートに来ているのは、ほとんどが「ポロシャツの襟を立て」たり「脱いだセーターを肩にかけている」ような(時間が止まった?)中年の男女だと言うのも頷ける気がします。

>> ユーミンの歌
>> ユーミンを聴く
2013.12.18 Wed l 本・文芸 l top ▲
先月25日、セゾングループ代表だった堤清二(辻井喬)氏が亡くなりました。

私が西武百貨店を担当するようになったのは、渋谷にロフトができる3年前の1984年からです。1985年には、「西武流通グループ」から「セゾングループ」へと名称を変更するなど、西武が絶頂期にあったイケイケドンドンの頃です。もちろん、名称変更の裏には、グループから「西武」の名前を消したいという堤氏の意向があったのは間違いないでしょう。

のちに、ロフトの3周年記念だったかのパーティが、公園通りにある東武ホテルで行われたことがありました。会費が政治家の政治資金パーティ並みにバカ高かったことを覚えていますが、でも、出入り業者の間で話題になったのは、会費のことではなく、会場が東武ホテルだったということでした。言うまでもなくそれは、異母弟(西武鉄道の堤義明氏)との確執を物語るかっこうのネタだったからです。

また、「堤清二は離婚パーティをおこなった」とか西武百貨店のなかにあるラッピングの店は「愛人がやっている」とかいった噂もありました。堤清二氏には、そういった”奇人変人”のイメージがありましたが、おそらくそれは、辻井喬という詩人のイメージと重なっていたからではないでしょうか。

「セゾングループ」への名称変更をきっかけに、西武は「生活提案型マーケティング」から「生活総合産業」へと脱皮をはかることになります。その頃の考えを堤清二氏は、セゾンの社史編纂をおこなった上野千鶴子氏との対談『ポスト消費社会のゆくえ』(文春新書・2008年)のなかで、つぎのように語っていました(以下、引用はすべて同書)。

辻井 その頃の私の考え方として、消費者として自立することは、社会を構成する人間として自立することにつながる。そういう思想があったことは事実ですね。


いわゆる「自立した消費者であれ」という考え方です。

池袋西武のなかにあった西武美術館(のちのセゾン美術館)で「美術と革命展」が開催されたのが、池袋西武を担当する前の1982年ですが、私はそれを観たときの衝撃を今でも忘れることはできません。池袋西武の担当の女の子に、「あれはすごかったね」と言ったら、「ああ、あれは会長の個人的な趣味でしょ」と言ってました。堤氏は、西武美術館が他の美術館と違ってコンテンポラリーアート(現代美術)にこだわったことについて、「自分は死んでも応接間に飾るような装飾的絵画は手を出さない」という「固い決意のようなもの」があったからだと言ってました。今あらためて聞いても、デパートの経営者のことばとは思えませんが、それがセゾンがセゾンたりえた理由なのだと思います。ちなみに、その前年には、マルセル・デュシャンの回顧展を日本で最初に開催しているのでした。

私は、海外のポスターやポストカードを卸す出入り業者にすぎませんでしたが、渋谷のパルコや池袋の西武百貨店に行くと、とにかく刺激に満ちていて、楽しくてなりませんでした。それは、地方出身の私にとって、都会の(東京の)最先端の消費文化がもたらす刺激でもありました。そして、その消費文化のなかには、美術や文学など感性的なものも多分に含まれていたのです。なにより感性が大事だと言われているような気がしたものです。

上野千鶴子氏は、西武(セゾン)は「低賃金女性労働力の活用策としてすば抜けていた」と皮肉を言ってましたが、たしかに仕事で接する女の子たちは、みんな売り場の担当を任されて生き生きと仕事をしていたように思います。仕事をとおして彼女たちの感性が私たちにもダイレクトに伝わってくるのでした。私はほかのデパートも担当していましたが、それはほかのデパートにはないものでした。そういったところにも、セゾングループのDNAであるベンチャー・スピリッツが生きていたように思います。

でも、私が担当した頃から、既に渋谷の街が変質しはじめていたのです。それは、渋谷の街が体現する東京の消費文化の変質でもありました。堤氏は、つぎのように言ってました。

明らかに八〇年代に入ってから、渋谷の街が汚くなってきた。渋谷センター街にファーストフード店が進出してきて、若者が道端にベタッと座り込んでそこで夜を明かすようになった。
(略)
これは予想外だった。自分がやりたかったことと、まったく違うことが起こっているという感じでしたね。


それは、上野氏が言うように、消費が「横並び消費」から「ステータス消費」という垂直分解に向かう、その兆候だったのです。つまり、「消費が金持ちと貧乏人の二極」に分解していることを示したものでした。いわば、今の格差社会の前兆でもあったのです。

そして、それは同時に、社会的なコミュニケーションモードの変化を促すものであり、百貨店の基盤そのものが消滅することを意味していたのでした。

上野 今日、百貨店が成り立たなくなっている状況は、新聞や総合雑誌の凋落現象と同じ。コミュニケーション媒体それ自体のセグメンテーションが起きていて、偶発性の高いノイズはシャットアウトする。つまり、人は自分が聞きたい情報しか聞かなくなっているのです。この現象はアメリカが先行し、日本が追随しています。そうなると、ますます「万人のための」とか、「総中流社会の」という百貨店の社会的な基盤そのものが、急速に消滅してくると思えます。


堤清二氏は、従来の前近代的な百貨店のシステムを壊して、法人資本主義的な百貨店経営の合理化を図った(上野千鶴子氏)のですが、その百貨店の歴史的な使命の終わりを見届けるなかで氏自身も人生の幕を閉じたと言えるのかもしれません。かつての堤ファン(セゾンファン)のひとりとしては、(月並みな言い方ですが)やはり、ひとつの時代が終わったんだなという感慨を抱かざるをえません。

>> 『セゾン文化は何を夢みた』
>> 『無印ニッポン』
>> 渋谷と西武
2013.12.14 Sat l 訃報 l top ▲
ヒットラー


特定秘密保護法が今日公布されました。これで今日から1年以内に施行されることが決定しました。

ドイツ思想が専門の三島憲一教授(大阪大学名誉教授)は、以前、朝日新聞(2013年8月18日「ニュースの本棚」)に「民主主義は意外と脆い」と題して、ワイマール憲法下でヒットラーが全権委任法を公布し、「世界で最も民主的な憲法」と言われたワイマール憲法を無効化した当時の状況を書いていましたが、あらためてそれを読むと、今のこの国の状況とよく似ているように思えてなりません。

第一次世界大戦の敗戦によってドイツ帝国が崩壊したことに伴い生まれたワイマール憲法は、「先進大国で最初に男女平等の選挙権を導入」するなど、画期的な憲法でした。しかし、現実の政治は、今の日本と同じような小党乱立で、いわゆる「決められない政治」の状況にありました。

そこでヒットラーが登場するのですが、ヒットラーは「選挙で選らばれた」のではありません。大統領選挙では対立候補のヒンデンブルクに敗れています。また、ナチス党も総選挙では第一党を確保したものの、絶対多数を獲得していませんでした。しかし、選挙後の組閣もできないような混乱のなかで、ヒンデンブルク大統領は「仕方なく」第一党の党首であるヒットラーを首相に指名したのでした。

そうやって民主的な手続きで首相になったヒットラーは、首相になると国会議事堂放火事件や共産党の国会議員たちの拘束など、さまざまな謀略を駆使します。そして、テロの脅威を煽った上で、全権委任法を国会に提出して全権を掌握するのでした。その全権委任法にしても、共産党議員の逮捕拘束はあったものの、反対したのは社会民主党だけで、国会で過半数の賛成を得て一応合法的に成立しているのです。

全権委任法というのは、立法権を国会から政府に委譲する法律ですが、それは、なにが「特定秘密」なのかを国会に開示する権限が「特定秘密」を指定した行政機関の長にあるとする特定秘密保護法の考えと通じるものがあります。つまり、特定秘密保護法は、ヒットラーのときと同じように、国会が形骸化される道を開くものと言えます。あとは権限を手に入れた官僚の胸三寸なのです。

一方、ヒットラーの登場をもたらした思想的な萌芽が、実はワイマール憲法のなかにあったという指摘もあります。現代ドイツ史の重鎮ハンス・モムゼンが、『ヴァイマール共和国史』という著書のなかで、そう指摘しているそうです。三島教授は、つぎのように書いていました。

 この憲法は帝政時代を懐かしむ旧勢力との妥協の産物でもあった。社会民主党の初代大統領エーベルトですら「自由はしっかりした国家秩序のなかでのみ発展できる」と強調した。この発言をモムゼンは批判する。国家は国民と別に存在しており、国民は国家理性に服すべしという上からの目線の秩序思考が潜んでいるというのだ。


三島教授は、「ヒットラーにいたる道は必然ではなかった、多くの時点で別の可能性があった」と書いていました。「憲法の民主的な側面を生かすことはできたはずだ」と。にもかかわらず、民主的な憲法の下でヒットラーの台頭を許してしまったのです。

民主主義は意外と脆いという認識こそ戦後西ドイツの基盤となった。それこそ、ワイマール体制の崩壊から現代の民主制が学ぶ教訓であろう。


今の日本にその「教訓」が生かされているとはとても思えません。それどころか、閣僚や政権与党の幹部のなかには、ヒットラーと同盟を組んだ戦前の日本をなつかしむような思想の持ち主さえいるのです。

マスコミがさかんに喧伝していた「決められない政治」「国会のねじれ」が解消された結果が、これです。このあとには、集団的自衛権の行使や共謀罪の新設など、ナチスと同じように民主的な憲法を空洞化する政策が目白押しです。

しかし、考えてみれば、「決められない政治」や「国会のねじれ」は議会制民主主義の特質であり、それだけ民主主義が機能していることの証しと言えなくもないのです。でも、そういった理性的な意見は封じられ、政治的停滞をもたらす”負の根源”のようにマスコミは言い立てたのでした。その結果、1930年代初頭のヒットラーが台頭する時代に国民の間に蔓延した、議会制民主主義に対する失望とよく似た状況が現出したのでした。

反対派も同様です。「次の選挙で民意を示そう」というようなおためごかしの常套句や、反対運動を政党党派の宣伝の場のようにしか考えてない「左派」特有のセクト主義などを見るにつけ、本当に危機感をもっているのだろうかと思ってしまいます。そういった反対派のテイタラクもまた、ヒットラー登場前夜のドイツとよく似ているのでした。
2013.12.13 Fri l 社会・時事 l top ▲
ずっと欲しくてたまらなかった某老舗ブランドのステンカラーのコートを、清水の舞台から飛び降りるつもりで(ちょっとオーバーか)買いました。これでステンカラーのコートは、スプリングコートを入れると6着目です。年を取ると、なぜかステンカラーのコートがほしくなるのでした。

でも、私がホントに欲しかったのは、ツイードのステンカラーのコートです。と言うのも、父親がずっとツイードのステンカラーのコートを着ていたからです。

父親が着ていたのは、ややグリーンがかったヘリンボーンの柄で、比翼仕立てにラグラン袖のベーシックなロングコートでした。家ではコートと言わずにオーバーと言ってました。

父親は自営業(写真屋)でしたので、普段はコートを着ることはありませんでした。それこそ年に何度か余所行きのときに着るくらいでした。そのためか、私が物心ついたときから亡くなるまで、ずっと同じコートを着ていました。洋服ダンスを開けると、白元の虫よけ剤の臭いが漂うなかにいつもそのコートが掛けられていたのを覚えています。

若い頃、ステンカラーのコートなんてダサくて爺臭いイメージがありました。でも、不思議なことに年を取るとステンカラーのコートがいいなあと思うようになったのでした。そして、それとともに、父親のあのコートが思い出されてならないのでした。

余談ですが、小林秀雄や中野重治も、なぜか私のなかでは暗い色のステンカラーのコートを着ているイメージがあります。やはり、ツイードのコートは存在感があるからでしょうか。なによりクラシカルなツイードのコートには、白髪が似合うような気がします。

最近は、年齢を問わずみんな同じような恰好をしています。サラリーマンは、ボンディング加工で両脇にタブベルトが付いたショート丈のコート。カジュアルな場合は、猫も杓子もダウンです。でも、あえてトラディショナルでベーシックなものを着て、それで個性を出すという方法もあるのではないでしょうか。

政治の世界では、ネトウヨやアベノミクスの新自由主義者たちが「保守」を名乗っていますので、「保守」というと、小狡い(決して賢くはない)差別主義者か拝金亡者のイメージがありますが、本来「保守」には”差別”や”お金”とは真逆の高い倫理性に裏打ちされた孤高の精神があり、そういった矜持とダンディズムがあるはずなのです。それは、トラディショナルなおしゃれにも通じるものがあるように思います。

何着も持つより、父親のように一生もののコートを仕立てて、その一着のコートをずっと大事に着るのも逆におしゃれかなと思ったりします。でも、コートをオーダーメイドで仕立てるとなると、かなり高価になりますし、普段着るには、別の意味でもちょっと重すぎるような気がしないでもありません。

それで、今回もツイードのコートを仕立るのは見送ったのでした。でも、もう少し白髪が増えたら着たいなと思っています。そして、ほかのコートを処分して、一張羅のコートで残りの人生をすごすのもいいなあと思っています。
2013.12.08 Sun l 日常・その他 l top ▲
とうとうと言うべきか、やっぱりと言うべきか、特定秘密保護法が成立しました。これで、同法は、今月中に公布され、公布から1年以内に施行されることになります。

ツワネ原則」の採択を主導した米国の「オープン・ソサエティー財団」の上級顧問で、元米政府高官のモートン・ハルペリン氏は、特定秘密保護法について、「21世紀に民主国家で検討されたもので最悪レベルのもの」と強く批判した(朝日新聞デジタルの記事より)そうですが、この「21世紀に民主国家で検討されたもので最悪レベルの」法律によって、日本の社会が大きく変わるのは間違いないでしょう。もっとも、今までもことあるごとに「戦前に逆戻りだ」とか「ファッショの時代が到来する」とか散々言われてきましたので、今さら言ってもオオカミ少年のホラ話のようにしか聞こえないのかもしれませんが。

あるニュース番組の解説者が、慎重審議を求める世論の声を無視して、与党がここまで強硬姿勢をとったのは、あと3年選挙がないのでそれまでに国民は忘れるだろうとタカを括っているからだと言ってましたが、さもありなんと思いました。彼らの期待どおり、国民は喉元過ぎれば熱さも忘れることでしょう。それも今まで散々くり返されてきたことです。『原発ホワイトアウト』が書いているように、それは「日本人の宿痾」とも言うべきものなのです。

これからネットに限らず、「反日だ」「(韓国や中国の)スパイだ」「テロ行為だ」「そんなにこの国が嫌なら出て行け」というような声がますます大きくなっていくことでしょう。この法律は「クーデターと同じだ」と言った人がいましたが、それが決してオーバーな話ではないことがいづれはっきりするのではないでしょうか。「つぎの選挙で民意を示そう」というようなもの言いも、なんだかいつもの気休めのようにしか聞こえないのです。

「尖閣」や「竹島」は、権力者にとって文字通り”打ち出の小槌”のようなものでしょう。「尖閣」や「竹島」でナショナリズムを煽れば、どんな法律でもどんな政策でも可能なのです。特定秘密保護法はまだ入り口で、これから「尖閣」や「竹島」を盾に本格的な翼賛政治と”右旋回”がはじまるのではないでしょう。その意味では、ヘイトスピーチと特定秘密保護法はつながっているのだと思います。にもかかわらず、「つぎの選挙で民意を示そう」なんて能天気なことを言っているだけでホントにいいのかと言いたいのです。

堤清二氏が亡くなったことに関連して、たまたま辻井喬(堤清二)氏と上野千鶴子氏の対談『ポスト消費社会のゆくえ』(文春新書)を読み返していたのですが、そのなかにつぎのような発言がありました。

辻井 (略)「九条の会」で、「伝統やナショナリズムのアレルギーを解除しなさい。そうしなければ、その体質を逆に改憲派に利用されてしまいます。その危険性がいま時々刻々と進んでいますよ」と、くり返し述べています。
上野 はい、それはおっしゃるとおりです。そのアレルギーが強すぎるために、公共性の理念をナショナリズムの名のもとに、右に全部持っていかれてしまいました。


また、内田樹氏は、Twitterでつぎのようなエピソードを紹介していました。

(略)『街場の中国論』で中南海は何を考えているのかあれこれ忖度したら、公安が僕のところに来ましたよ。なんで中国共産党の内部事情を知ってるんだって。毎日新聞に書いてあることを組み合わせるとそれくらいのことはわかりますと答えましたけど。


中国共産党の内部事情を本に書いただけで公安の刑事が訪ねてくる。一般の国民は、そんなこの国の現状をあまりにも知らなすぎるのです。しかも、これからはそういったことが大手をふってまかりとおるようになるのでしょう。

一方、特定秘密保護法は、そういった「治安立法」の側面だけでなく、アメリカの要請によって作成された経緯からもわかるように、TPPなどと同じように「日本を、取り戻す。」(自民党のポスター)のではない「日本を、売り渡す。」側面があることも忘れてはなりません。「情報の共有」というのは、とどのつまりそういうことでしょう。

しかし、60年安保や70年安保のときと同じように、今回も民族主義を標榜する右派を先頭に、みんなこぞって”アメリカ世”に拝跪したのでした。そこにあるのは、産経新聞や読売新聞や新潮や文春が体現する対米従属愛国主義とも言うべき偏奇な”戦後的光景”そのものです(それこそが「戦後レジューム」という言うべきでしょう)。今回も「愛国」と「売国」が転倒した”戦後の背理”が見事に示されているように思います。

私は、ネットに掲載されていたつぎのことばが目にとまりました。

これは、アウシュビッツから生還したイタリアの作家・プリモ・レーヴィのことばだそうです。法案成立を受けて彼のことばを引用している人がいたのです。

それはヨーロッパで起こった。信じがたいことに、ワイマール共和国の活発な文化的繁栄を経験したばかりの、文化的国民全体が、今日では笑いを誘うような道化師に盲従したのである。だがアドルフ・ヒトラーは破局に至まで、服従と喝采を得ていた。これは一度起きた出来事であるから、又起こる可能性がある。これが私たちが言いたいことの核心である。
(プリモ・レーヴィ・『溺れる者と救われるもの』より)


誰がデマゴギーをふりかざし旗を振ったのか。誰がおべんちゃらを言って媚へつらったのか。誰が沈黙して見て見ぬふりをしたのか。私は、せめてそれくらいはしっかりと目に焼き付けておきたいと思いました。
2013.12.07 Sat l 社会・時事 l top ▲
内外の批判にもかかわらず、今週末の会期末に強行採決する方針に変わりはないと言われている特定秘密保護法案ですが、新聞報道によれば、昨日、国際連合人権高等弁務官事務所のトップ・ナバネセム・ピレイ人権高等弁務官がジュネーブで記者会見して、特定秘密保護法案について、「何が秘密を構成するのかなど、いくつかの懸念が十分明確になっていない」と指摘、「国内外で懸念があるなかで、成立を急ぐべきではない」と政府や国会に慎重な審議を促したそうです。

国連の人権保護機関のトップが懸念するほど、特定秘密保護法が基本的人権を侵害するとんでもない法律であるというきびしい見方が世界からされているのは事実のようです。

併せて、日本弁護士連合会・秘密保全法制対策本部長代行の江藤洋一氏は、今日の参議院国家安全保障特別委員会の参考人質疑で、自民党の石破茂幹事長が法案に反対する市民のデモをテロに例えたことについて、「この法律が言論弾圧、政治弾圧に利用される可能性を示唆している」と批判したという報道もありました。

特定秘密保護法案に対しては、日本弁護士連合会・日本新聞協会・民放連(民間放送連盟)・日本外国特派員協会・日本出版者協議会・日本雑誌協会・日本書籍出版協会・アムネスティ・インターナショナル日本・歴史学研究会・全国保険医団体連合会のほかに、浄土真宗大谷派(東本願寺)やカトリック正義と平和協議会(日本カトリック司教協議会)や日本キリスト教協議会など、仏教やキリスト教の団体も宗教宗派を越えて反対表明しています。

そんな特定秘密保護法案をめぐる動きのなかで、私は、ネットの反応の鈍さが気になって仕方ありません。多くの人たちが指摘するように、この法律がネットにも深刻な影響をもたらすのは間違いないでしょう。ヘタすれば警察の捜査の手が伸びることだってあるでしょう。現にアメリカでは、「愛国法」による摘発を怖れて相当数のブログが閉鎖されたそうです。

にもかかわらず、ネットサービスを手掛ける企業はどこも沈黙したままです。再生可能エネルギーや薬のネット販売では、あれほど熱心にロビー活動をしていたヤフージャパンや楽天も、特定秘密保護法に関しては”我関せず”の姿勢に終始しています。

ヤフーニュースなどポータルサイトで配信されるニュースは、産経新聞や読売新聞の記事が多く、それらの扇動的な偏った記事がヘイトなナショナリズムを生み出す一因になっているように思いますが、特定秘密保護法に対するネット企業の沈黙も、そんな”大人の事情”と関係があるのではないかと勘繰りたくなります。

たしかに、ヤフーニュースを見ても、ジャーナリズムの見識というのがまるで感じられません。そこにあるのはニュースの価値をアクセス数で換算するお金の論理だけです。編集に携わっているのは元新聞記者などが多いそうですが、彼らにはジャーナリストとしての見識や誇りはないのかと思ってしまいます。

ヤフーニュースがネットユーザーに大きな影響力を与えているのは事実で、ネットユーザーのなかにはヤフーニュースが世の中のすべてと思っているような情弱な人たちも少なからずいます。今やヤフーニュースなどは、そういった公共的な役割を担っている部分もあるように思います。

しかし、当人たちにその自覚はないようです。彼らも所詮、ネットの守銭奴(の使い走り)にすぎないということなのでしょうか。

追記
ネットには直接関係ありませんが、折しも今日、映画監督や映画評論家、俳優、映画館主などが「特定秘密保護法案に反対する映画人の会」を発足させ、「法案の内容や拙速な国会審議を批判する声明」を発表したという報道がありました。会には4日間で264人が賛同し、そのなかには、大林宣彦監督、宮崎駿監督、是枝裕和監督、井筒和幸監督、俳優の吉永小百合さん、大竹しのぶさん、脚本家の山田太一氏、ジェームス三木氏などが名を連ねているそうです。(秘密保護法案、映画人ら269人反対 吉永小百合さんも 朝日新聞デジタル)

ほかには、大貫妙子、鴻上尚史、後藤正文(アジカン)、坂本龍一、高橋幸宏、ピーター・バラカン、堀潤(元NHK)、巻上公一、村上龍などが発起人代表に名を連ねる「表現人の会」や「医師と歯科医師の会」や「学者の会」など各界各層のさまざまな人たちが反対の意思表明をしています。

でも、ネットのセカンドメディアは、中国や韓国の「反日」ニュースはどんなささいなことでも毎日伝えるけど、これらのニュースはほとんど伝えていません。
2013.12.03 Tue l ネット・メディア l top ▲
高橋源一郎氏による今月の朝日新聞の「論壇時評」(暗い未来「考えないこと」こそ罪)は、示唆に富んだ内容でした。

私は、高橋氏の文章を読むにつけ、地方から若者がとどめもなく流出することと、「朝鮮人は死ね」というようなヘイトスピーチがネットだけでなく街頭にまで溢出していることには、関連があるような気がしました。

私自身も地方の出身なので、田舎を出て行く若者の気持は痛いほどよくわかります。よくマスコミや識者は、情報化社会(IT社会)になれば、日本のどこに居ても情報が手に入るので、別に都会で生活する必要はないというような言い方をしますが、むしろそれは逆でしょう。

若者たちが求めるのは、情報ではなく、その情報が映し出す現実なのです。しかも、今の若者たちが求めている現実は、ボードリヤールの言う「ハイパーリアル」な現実とも言えるものです。

今の若者たちにとって、「ハイパーリアル」な現実こそ「ここではないどこか」なのです。それは、どんどんものを買え、お金がなくてもものを買えというような過剰な消費生活と表裏一体なものです。また、それは、高橋氏が言及する『なんとなく、クリスタル』のときからそうであったように、なにがホンモノでなにがニセモノか、なにがオリジナルでなにがコピーかわからないような空虚なものでもあります。

一方で、高橋氏が指摘するように、「都市に若者たちを受け入れる能力は、もうなく、『使い捨て』られる若者たちには子どもを生み育てる余裕がない」という、ハイパーではないリアルな現実もあります。「ハイパーリアル」な空虚な現実と寄る辺ない生のリアルな現実。その狭間で「朝鮮人は死ね」というようなヘイトスピーチが生まれ、それを支える「凡庸な悪」が私たちの間に広がっているのはないか。

「凡庸な悪」というのは、ユダヤ人虐殺(ホロコースト)を直接指揮したナチスの親衛隊のアドルフ・アイヒマンについて、アメリカの哲学者ハンナ・アーレントが語ったことばだそうですが、高橋氏は、つぎのように書いていました。

アーレントは、アイヒマン裁判を傍聴し、彼の罪は「考えない」ことにあると結論づけた。彼は虐殺を知りながら、それが自分の仕事であるからと、それ以上のことを考えようとはしなかった。そこでは、「考えない」ことこそが罪なのである。


つづけて高橋氏は、こう言います。

 わたしたちは、原子力発電の意味について、あるいは、高齢化や人口減少について考えていただろうか。そこになにか問題があることに薄々気づきながら、日々の暮らしに目を奪われ、それがどんな未来に繋(つな)がるのかを「考えない」でいたのではないだろうか。だとするなら、わたしたちもまた「凡庸な悪」の担い手のひとりなのかもしれないのだ。


ヘイトなナショナリズムを煽り、自分たちに反対する人間に「左翼」というレッテルを貼り、デモを「テロ」と断じる。そんなネトウヨのような今の政権を見ると、まさに情報化社会の刹那的で二律背反的な現実とファシズム(全体主義)は背中合わせなのだということを痛感させられます。

3.11でなにか変わったのか。「きずな」とか「パワー」とか「勇気」とかいった空疎なことばをただふりまわしただけで、私たちはなにも変ってないのではないか。そして、そんな弛緩した日常のなかに「凡庸な悪」が潜んでいるのではないか。

ナチスの蛮行やボスニア・ヘルツェゴビナやコソボの民族対立(民族憎悪)に対して、「人間の愚かさ」を口にすることはできるけど、それを自分たちの民族憎悪にむすびつけて考えることはできないのです。「未来を考える」ことができないというのは、そういった想像力をはたらかせることができないということではないでしょうか。
2013.12.01 Sun l 社会・時事 l top ▲