マルハニチロホールディングスの子会社アクリフーズ群馬工場で製造された冷凍食品から農薬マラチオンが検出された事件について、一部のメディアは「フードテロ」と呼んでいました。

聞けば、アクリフーズ群馬工場300人の従業員のうち、なんと8割が非正規雇用なのだそうです。こういうのを「ブラック企業」と言うのではないでしょうか。

偽計業務妨害の容疑で逮捕された49歳の契約社員は、2005年10月から同工場に勤務していて、給与は19万円だったそうです。しかも、8年経っても給与は上がらず、それどころか勤務評価によって逆に賞与が減額されたそうで、そのことに不満を漏らしていたと言われています。実際に生活が苦しかったのか、工場の仕事とは別に新聞配達のアルバイトもしていたようです。

一方、テレビやネットには、アニメの「ワンピース」の海軍大将に扮した契約社員のコスプレ写真が流れていましたが、40のおっさんのその姿は、私たちの目にはただ「イタい」としか映りませんでした。

逮捕された契約社員には妻子がいたようですが、世代的に言えば、彼は「フリーター第一世代」です。つまり、フリーターの先頭世代はもう50歳を迎えようとしているのです。そして、「ワンピース」のコスプレに象徴されるように、彼らは、本格的にアニメなどサブカルチャーに影響されたオタクの第一世代でもあります。ちなみに、宮崎勤は1962年生まれで、生きていれば今年で52歳です。また、オウム真理教の幹部たちも、上祐史浩(1962年)、青山吉伸(1960年)、遠藤誠一(1960年)、新実智光(1964年)、井上嘉浩(1969年)、土谷正実(1965年)、中川智正(1962年)、岡﨑一明(1960年)と、圧倒的にこの世代が多いのが特徴です。

彼らは、政治的イデオロギーとは別の回路でこの社会の矛盾に突き当たったのです。うだつのあがらぬ人生と言えばそれまですが、正社員→契約社員→派遣社員という二重三重の差別構造のなかで、会社や社会に対する不満を募らせていったというのは容易に想像できます。その意味では、今回の犯罪も「秋葉原事件」と同じ構造上にあると言えるのではないでしょうか。

中国や韓国に対して挑発的な発言をつづける安倍首相が、その一方で、セールスマンのように東南アジアやアフリカへの「歴訪」をくり広げているのを見てもわかるとおり、今や中国や韓国は経済的にも日本の競争相手になったのです。日本と肩を並べるくらい台頭(キャッチアップ)してきたわけです。その焦りが今の”鬼畜中韓”のヘイトでファナティックなナショナリズムにつながっているように思えてなりません。そして、その競争は、いかにコストを削減するかという競争でもあります。従業員の8割が非正規雇用というこのブラックな会社の背景には、そういったコスト削減競争の苛烈な現実が伏在しているのです。それがグローバリズムの本質でもあります。

中国や韓国と競争するなかで、この国に先進国で「最悪」と言われる格差社会が生まれたのも当然と言えば当然でしょう。「愛国」の声が大きくなればなるほど、社会が冷たくなっていくのはゆえなきことではないのです。平岡正明は、「あらゆる犯罪は革命的である」と言ったのですが、彼と同じように挑発的な言い方をすれば、今回の「フードテロ」はたったひとりの”階級闘争”という見方もできるのではないでしょうか。

左翼も右翼も新旧を問わずその存在価値を喪失した現在、こういった政治的イデオロギーとは無縁な私的な「テロ」が、これからもゲリラ的に自然発生的に生まれる可能性はあるのではないでしょうか。「イタい」おっさんがやった今回の「フードテロ」ですが、そこには今の社会が抱える矛盾や病理が凝縮されていると言っても過言ではないでしょう。私たちにとっても決して他人事ではないはずです。

>> 秋葉原事件
2014.01.29 Wed l 社会・時事 l top ▲
先日、東京新聞に、「『全生園は私の支え』 宮崎駿氏、『人権の森』構想を全面支援」という見出しで、つぎのような記事が掲載されていました。

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2014012090100115.html

多摩全生園を囲っている柊の垣根ひとつとっても、そこには筆舌に尽くしがたい入所者の悲惨な歴史とこの国の医療行政が犯した暗黒の歴史が刻印されているのです。宮崎駿氏の多摩全生園に寄せる思いに共鳴する人も多いでしょう。もちろん、私もそのひとりです。

ただ、その一方で、宮崎駿氏をはじめとするスタジオジブリの姿勢について、違和感を覚える部分があることも事実です。それは、ヘイトスピーチの巣窟になっているニコニコ動画との関係についてです。

ニコニコ動画を運営する株式会社ドワンゴの川上量生会長は、スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーと意気投合して、会長職のまま「プロデューサー見習い」としてスタジオジブリに入社、週に1回出社して同社で「修行」しているのだそうです。

川上会長は、スタジオジブリとの関係について、「ジブリで学んだことをドワンゴで練習してジブリの仕事に活かす戦略です」(ニコ動とジブリは「サブカル界の正反対」 ドワンゴ川上会長、2足のわらじで見つめる未来)と言ってました。

一方、スタジオジブリは、同社が発行する小冊子『熱風』では護憲の立場を明確にしており、宮崎駿氏らは日本共産党の選挙パンフレットにも「推薦人」として名前を連ねるくらい、同党のシンパとしても知られています。そんなスタジオジブリがもっているリベラルでヒューマンなイメージと川上氏との関係を考えると、戸惑いを禁じえません。

ニコ動は、言うまでもなくヘイトスピーチにとって欠かすことのできないプロパガンダの拠点です。ニコ動とヘイトスピーチの「親密な関係」を指摘する人もいるくらいで、ニコ動があったからこそ、ヘイトスピーチが街頭に進出することになったと言っても過言ではないでしょう。お金のためならヘイトスピートでも利用する川上氏の姿勢は、ネットの守銭奴の面目躍如たるものがあります。あれはただ自分たちが預り知らぬところでユーザーが勝手にやっているだけだと言うなら、それこそ「凡庸な悪」(ハンナ・アーレント)と言うべきでしょう。

ハンセン病とヘイトスピーチ。文字通り「正反対」のこの問題について、スタジオジブリはどう折り合いをつけているのか。そう問い質したい気持があります。川上会長のように、「言霊」の問題として片付けるのでしょうか。あるいは、ヘイトスピーチにも「言論の自由」があるとでも言うのでしょうか。

私は、こういったところにもスタジオジブリの「きれい事」があるように思えてなりません。スタジオジブリの作品が体現する平和や人権や共生ややさしさや思いやり、あるいはせつなさや哀しみといったものは、純粋培養された恣意的な場所でしか成立しえない「きれい事」、夜郎自大な自己完結のセカイにすぎないのではないか。

ハンセン病の悲惨な歴史を思う気持と「朝鮮人を殺せ!」というヘイトスピーチを見て見ぬふりするスタジオジブリの姿勢には、どう考えても合点がいかないのです。

>> 『差別とハンセン病』
>> インディーズ文化の精神
2014.01.25 Sat l 芸能 l top ▲
明日(1/23)告示される東京都知事選挙。

原発推進か脱原発か反原発か、どれがホンモノでどれがニセモノかよくわかりませんが、しかし、これだけは言えるのではないでしょうか。3.11までみんな原発推進(黙認)だったということです。

3.11まで反原発の運動をしていたのはごく少数派でした。だから、あれだけの弾圧や嫌がらせを受けたのでしょう。日本共産党にしても、朝日新聞にしても、濃淡はあれ、実質的には原発をクリーンエネルギーとして推進(黙認)していました。朝日新聞なんて原発推進が「社論」だったのです。朝日新聞の科学部は、原発に反対する人間は記者として採用しないと明言していたくらいです。

それがどうでしょう。まるで昨日までの軍国主義者が一夜明けたら民主主義者や社会主義者になっていたあの敗戦のときと同じように、どこを向いても脱原発や反原発ばかりです。再稼動派にしても、将来は脱原発と言ってますので、今すぐか将来かの違いがあるだけです。そういった違いで争っているだけです。

そもそもイノセに433万票という「ギネスもの」(本人の発言)の大量得票を与えた、東京都民のなにに期待するというのでしょうか。彼らの”改心”に期待するのでしょうか。要するに、彼らは、今も昔もただ寄らば大樹の陰、風にそよぐ葦にすぎないのです。

もちろん、『原発ホワイトアウト』を地でいくような原子力ムラの巻き返しもありますが、その原子力ムラにしても、今までどおり推進できるとは誰も思ってないでしょう。読売新聞と産経新聞の細川叩きはすさまじいものがありますが、それは原発とは別の改憲派の卑しい心根と深謀遠慮によるものです。

そんななかで、私は、マスゾエやホソカワやウツノミヤよりもっと興味のある人物がいます。あの昭惠夫人です。マスコミの報道では、昭恵夫人は脱原発派だということでした。そして、安倍総理に対しては家庭内野党だと言われていました。

でも、最近は昭恵夫人の声がまったく聞こえてこなくなったのです。東京都知事選で、脱原発が争点になった途端に口を閉ざした感じです。ホントに仮面夫婦で家庭内別居あれば、今こそ脱原発の声を上げ夫に反旗を翻してもよさそうな気がしますが、なぜか急に貝のように口を閉じてしまったのです。

北海道大学の山口二郎教授は、1月7日付けの朝日新聞のインタビュー記事(「家庭内野党」か「応援団」か 発信続ける安倍首相夫人)に対して、つぎのようにTwitterで批判していました。

1月7日Twitter

「猿芝居」を真に受け、「昭恵夫人、お願いします」なんて言っていた反原発派もおそまつと言うしかありません。船井総研の故船井幸雄氏でさえ、生前、安倍首相のことを、「平気で『ええかげんなこと』を言う人」とブログで酷評していたそうですが、この昭恵夫人の「猿芝居」は、「原発事故での健康被害は今までもこれからも一切ない」「汚染水は完全にブロックされている」などというあの安倍総理のウソ臭さに通じているのは間違いないでしょう。なんだか「どんなウソでも言う」オウムと似てなくもありません。
2014.01.22 Wed l ネット・メディア l top ▲

 マスメディアから圧倒的な量の情報が奔出すればするほど、オウム真理教はより不可解な存在になっていく。
 当然だろう。警察やマスコミのように社会規範からの逸脱を断罪するだけでは、彼らを理解できるはずがないのだ。
 議論が回避されている宗教の宗教性を徹底して批判することで、わたしたちはわたしたち自身に接近しなければならない。
 神に似せて人間が造られたのではなく、人間に似せて神が造られたと同様、宗教もまた共同体に似ている。
 "オウム真理教"という教団はあっても、そのような宗教はない、とまず知るべきなのだ。
 仏教は、快楽と苦行の"中道"をゆくのであり、オウム的修行を要請しない。"最終戦争"は"末法思想"とさえ結びつかないキリスト教の思想である。反バラモン教の宗教運動であるヒンズー教の神・シヴァを主宰神とすることはあり得ない。
 諸行が無常であることを知らず、ハルマゲドンの到来を怖れる姿は、煩悩にまみれ切った醜悪な姿というべきだろう。
 彼らは絶対的な価値観に身を投じたわけではない。自分たちの価値観に沿って、各宗教を都合よくつぎはぎしているだけなのだ。
 息を止めたり、空中を浮揚したり、セックスを我慢したり。自分ではたいそう苦しい修行を重ねているつもりだろうが、彼らにとって本当に苦しいのは、職場のつきあいだったり、親との折り合いをつけることだったり、セックスをすることだったりするのだ。
 結局彼らはただただ自分を愛しているにすぎない。
 オカルト・軍事・SFおたくで、自分だけを溺愛する偏差値エリートは、われらが親しき隣人である。
 わたしたちは"オウム真理教"に、わたしたちの姿を極相において見ているのだ。
 建設途上で挫折した"オウム国家"が恐怖・嫌悪されるのは、最も異質なものほど最も近しい存在であるからである。 (歪)


これは、地下鉄サリン事件から2ヵ月後の『噂の真相』(1995年6月号)の「撃」という匿名コラムに掲載された文章です。

地下鉄サリン事件からさかのぼること5年前の1990年に、オウム真理教は、熊本県阿蘇郡波野村に土地を取得し、「日本シャンバラ化計画」と称して数百人の出家信者が修行する施設を建設しようとしました。そのため、周辺住民の間で反対運動が起こったのですが、波野村は私の実家も近いため、田舎の友人や実家の母親たちは、既にその頃からオウムに強い関心をもっていて、世間の人たちよりはるかにオウムについての知識を有していました。

また、同年(1990年)オウム真理教が衆議院選挙に出たとき、恵比寿の駅前で象の被り物をした信者たちが選挙カーの上で、歌を歌っていたのを見たことがあり、「あれがオウムか」と思ったことを覚えています。田舎の母親は、その「ショ、ショ、ショーコ、ショーコ」という歌を幼稚園児の姪が覚えて人前で口ずさむので、「困っちょる」と言ってました。

地下鉄サリン事件が起きたとき、田舎の人たちはみんな口をそろえて「やっぱり」と言ってましたが、しかし、私には、オウムがどうしてあんなことをしたのか、そもそもオウムとはなんだったのか、まったく理解の外でした。私は、オウムのことを知りたいと思い、連日の洪水のようなオウム報道を横目に、以前より興味があった仏教の本などを片っ端から読み返してみましたが、でも、私の疑問が氷解することはありませんでした。当時、港区の南青山にあった東京総本部(のちに村井秀夫が刺殺された現場)に直接行って、書籍などを購入したりもしました。その際、応対した信者から、「名前と住所を教えてください」と言われましたが、「ただ本を買いたいだけですから」と言って断りました。しかし、建物から出たら、今度は公安の刑事に取り囲まれ職務質問を受けるはめになったということもありました。

そんななか、この匿名コラムの文章によって、私は、文字通り目から鱗が落ちた気がしたのでした。そうか、彼らはオタクだったのか、と。だったら、オウムというより、”オウム的なもの”は私たちの身近にいくらでもあるのではないか。むしろ、そっちのほうが問題ではないのか、と私は思いました。

地下鉄サリン事件から19年、目黒公証人役場の事務長・仮谷清志さん拉致監禁致死事件や宗教学者の島田裕巳氏宅爆弾事件に関与したとされる平田信被告の裁判員裁判がはじまったことで、再びオウム真理教に対する関心が高まっています。それで、私は、当時の問題意識を呼び起こすように、新進気鋭の宗教学者・大田俊寛氏が書いた『オウム真理教の精神史』(春秋社)を読みました。

オウムとはなんだったのか。著者は、つぎのように書いています。

(略)ロマン主義的で全体主義的で原理主義的なカルトであるというのが、その答えである。そして、ロマン主義、全体主義、原理主義という思想潮流が発生し、社会に対して大きな影響力を振るうようになったのは、近代という時代の構造、より具体的に言えば、国家が此岸の世界における主権性を獲得し、宗教や信仰に関わる事柄が「個人の内面」という私的な領域に追いやられるという構造そのものに起因していると考えることができる。


もっと具体的に言えば、今の社会は、近代国家という「虚構の人格」から「個々人の『死』に関する事柄」が「排除されている」。そのために、「他者=死者との『つながり』のなかで生きるということは、人間にとってもっと重要かつ公的とされるべき事柄でありながら、近代の社会ではそれがスムーズに行われない」ために、「近代社会の表面から追い払われた『死』の問題は、さまざまな幻想を身にまとってやがて回帰してくることになる」。そのひとつとして、オウムがあると言うのです。

オウムの背景に、宇野正美の「ユダヤ陰謀論」や武田崇元の「霊学的終末論」や五島勉の「ノストラダムの大予言」シリーズなど、『ムー』(学習研究社)や『トワイライトゾーン』(ワールドフォトプレス)のようなオカルト雑誌を舞台に展開された80年代のオカルトブームがあったことは、多くの人が指摘しているとおりです。しかし、それは日本で突然生まれたものではないのです。

著者によれば、80年代のオカルトブームは、「キリスト教原理主義の終末論が日本的オカルト想像力と混淆し、徐々に大衆的ポピュラリティを獲得していった」もので、オウムの教義や世界観には、仏教やヒンズー教だけでなく、『ヨハネ黙示録』やノストラダムスが著わした『諸世紀』など、「キリスト教的な幻想」も刻印されていると言います。著者は、そのように、神智学からニューエイジ思想まで、さまざまな異端思想が「日本の『精神世界』に引き継がれている」構造のなかに、オウムを見ているのでした。だから、コラムが言うような「各宗教を都合よくつぎはぎしている」「混淆主義(シンクレティズム)的な傾向」があるのは、むしろ当然だと言うのです。

しかし一方で、私は、『オウム真理教の精神史』に対して、どこか隔靴掻痒の感を抱かざるえませんでした。と言うのも、そこには『噂の真相』のコラムにあるようなオタクという視点が欠落しているからです。

オウムは、コラムが言うように、オタクの極相に生まれたのではないか。オタクがカルト化したのがオウムだったのではないか。やはり、そう思えてならないのです。

その意味では、「オウムは終わってない」のです。むしろオウム(”オウム的なもの”)は、私たちの日常に深く入り込んでいると言えます。実際に、ネットの掲示板や動画サイトなどは、文字通りオタクたちの書き込みであふれています。そして、セカイ系のアニメから派生した軍事オタクやヘイトスピーチのネトウヨのように、オタクが(政治的に)カルト化しているのをひしひしと感じざるをえません。

ネトウヨや産経新聞や安倍首相らが信奉する歴史修正主義は、本当の歴史は別にある(陰謀によって真実が隠されている)という”偽史カルト”の一種と言ってもいいでしょう。総理大臣や閣僚が靖国に参拝しただけで、どうしてあんなに(中国や韓国だけでなく)海外から批判されなければならないのか。国内ではそれがまるでわかってないかのようです。オウムの後継団体にあらたに入信する若者が増えているというのもわからないでもないのです。このように”カルト化するニッポン”にとって、オウムはすぐれて今日的な問題だと言えるのではないでしょうか。

九州の山間のムラの人々が対峙したオウム。あれから20数年。オウムの幹部たちの多くは獄窓につながれています。しかし、グローバル資本主義の進展に伴い、世の中はますます殺伐としたものになり、人々はますます”寄る辺なき生”を生きることを余儀なくされ、それにつれ、”オウム的なもの”は社会の隅々にまで拡散し、政治の中枢に影を落とすまでになっています。その危機感を私たちはどれほど自覚し共有しているでしょうか。
2014.01.20 Mon l 社会・時事 l top ▲
2014年1月13日1


連休最後の夜。変な話ですが、食事を兼ねて散歩に出かけました。新横浜まで歩いて、新横浜で中華を食べ、食事のあとは市営地下鉄で桜木町へ。桜木町からはいつものように汽車道、万国橋、海岸通り、関内、伊勢佐木町、坂東橋、黄金町、初音町、日ノ出町をまわって、再び桜木町に戻ってきました。そして、馬車道からみなとみらい線に乗って帰ってきました。都合1万7千歩の散歩でした。

みなとみらいや伊勢佐木町を除くと、休日の夜の横浜の街は人通りも少なく、寂寥感さえ覚えます。平岡正明は、それを「場末感」と呼んだのですが、それが横浜の街の魅力でもあるのです。

今日は成人式だったので、桜木町駅は、色鮮やかな振袖姿の女の子が目に付きました。そんな賑やかな駅を背に、私は繁華街とは逆の方向に歩いて行きました。目の前にまっすぐに伸びている人通りの絶えた舗道を進んでいると、なんだか引き返すことのできない片道切符の道を歩いているような気持になってきます。

田舎の友人から届いた年賀状には、誰々がビルの階段から転落して救急車で運ばれたとか、誰々が脳梗塞で倒れたとか、誰々が腎臓の手術をしたとか、誰々が大腸の手術をしたとかいった、同級生の話が書き記されていました。また、別の友人の年賀状には、只今ガンの治療中だと書いていました。

私の田舎では、「後ろをふり返る」とは言わずに「あとをふり返る」と言うのですが、歩け、歩け、あとをふり返らずに歩け、そう自分に言い聞かせながら歩いているような感じでした。そのうち散歩することさえ苦行になってくるのでしょう。だから、いまのうちにできる限り遠くまで歩いて行きたいと思うのでした。


2014年1月13日2

2014年1月13日3
2014.01.13 Mon l 横浜 l top ▲
さる10日、沖縄県議会の臨時本会議で、仲井眞弘多知事が米軍普天間飛行場移設の前提となる名護市辺野古沿岸部の埋め立てを承認したのは公約違反だとして、知事の辞任要求決議を野党などの賛成多数で可決したというニュースがありました。

すると、その記事を掲載したYahoo!ニュースは、つぎのようなコメントであふれたのでした。

「そんなに中国の属国になりたいのか?」
「じゃあ、県議会だけで、沖縄を大陸から守ってみろよ!」
「大陸人と仲良くする・・・なんてのは、バカだよ(笑)」
「沖縄県議会は頭おかしい連中の集まりか」
「マスゴミはこういう時は数の暴力とは言わないのかね」
「中国人に買収された議員たちの行動です」
「中国から独立しようとする少数民族は知っているけど、自ら進んで中国に編入されようとするのは初めて見た」
「反対派って中国のスパイ?」

これがいわゆる「ネット世論」というやつです。

もっともYahoo!ニュースにしても、こういった「ネット世論」に対応するかのように、最近はとみに嫌中や嫌韓のゴシップ(まがいの)記事が目に付くようになっています。メディアが発信する多くの記事のなかから、どうしてわざわざそんなキワモノの記事ばかりをピックアップして掲載するのか。そこにはPV(ページビュー)至上主義というカラクリがあるからです。これはヤフーに限らずJ-CASTニュースなど、いわゆるセカンドメディアの特徴でもあるのですが、彼らにとってニュースの価値は、PVが唯一の基準なのです。つまり、多くのアクセスを稼ぐニュースが、ニュースとして価値があるというわけです。

でも、そのアクセスの中身は、上記のような脊髄反射のネトウヨたちなのです。なかには特定の政治的宗教的意図をもった人間たちが、複数のIDを使って組織的に書き込みをしているケースもあると言われています。

Yahoo!ニュースやJ-CASTニュースなどは、そんな声を唯一の基準にして、ニュースサイトの編集をおこなっているのです。それでは戦争や排外主義を煽るようないびつな編集になるのは当然でしょう。Yahoo!ニュースの担当者は元新聞記者などが多いそうですが、PV至上主義の編集であれば別に元新聞記者でなくても誰でもいいのではないかと言いたくなります。

ネットのニュース編集者であり、『ウェブはバカと暇人のもの』や『ネットのバカ』の著者でもある中川淳一郎氏は、『週刊東洋経済』のインタビュー(ページビュー至上主義にモノ申す!)で、PVには「悪魔の誘惑」があると言ってました。そして、「ネットは無法地帯です。何らかの規制をしないかぎり、勝つのはならずものと非紳士。それがPV争奪戦の真理です」と言ってました。

PVは言うまでもなく質より量の論理です。しかも、それは、お金のための指標でもあるのです。そのため、PVの質を問われることはないのです。PV至上主義にとって、質はまったく意味がないのです。

いつの時代でも戦争や排外主義を煽る者と煽られる者がいますが、Yahoo!ニュースやJ-CASTニュースなどにとって、戦争や排外主義も所詮はお金を稼ぐためのネタというわけなのでしょうか。腐ってもジャーナリズム、セカンドメディアもジャーナリズムです。ジャーナリズムとして最低限譲れないもの、踏み越えてはならないものがあるはずです。現代社会が幾多の戦争の果てに曲がりなりにも到達した(はずの)「平和」や「人権」や「共生」といった理念や見識を彼らに求めるのは、そんなに難しいことなのでしょうか。
2014.01.13 Mon l ネット・メディア l top ▲
ちょっと個性的な歌い方をする女性シンガーがいて、いいなあと思ったので彼女のブログにアクセスしてみました。

ブログを読んでいると、「ずっとほしかったもの」としてアクセの写真を掲載している記事がありました。そのアクセの写真は、あきらかにどこかのサイトの商品画像をコピペしたものです。あれっと思いながら読み進むと、案の定、記事の最後に、「興味があったらココにアクセスしてね」と某ファッション通販サイトへのリンクが貼られていたのです。

なんのことはないステマです。まだこんなことをやっているのかと思いました。そう思った途端、彼女に対する興味も急速に萎えてしまったのでした。せっかくいい歌を歌っているに、(ややオーバーな言い方をすれば)すべてが台なしです。

ネットというのは、どうしてこんなに金、金、金なのでしょうか。それがあまりにも露骨なのです。それは、別に芸能人に限りません。一般のブログでも、いいこと書いているなと思っても、最後にAmazonのリンクが貼られていると、なんだかセコさが垣間見えて興ざめせざるをえないのです。

もちろん、ヤフーや楽天などネット企業も同様です。最近のヤフーの検索結果のページがやけにゴチャゴチャしているのに気付いた人も多いのではないでしょうか。

特に商品名を検索すると、検索結果のページに「NAVERまとめ」や「Yahoo!ショッピング」や「ヤフオク」や「Coneco net」や「Yahoo!知恵袋」などのリンクがデカデカと表示され、目ざわりでなりません。検索結果のサイトがその間に埋もれている感じで、非常に見ずらいのです。

どうしてこんな状態になったのか。それは、「Yahoo!ショッピング無料化」と関係しているのは間違いないでしょう。無料化に伴い、ヤフーは収益源を広告収入にシフトする戦略に転換したからです。そのために、検索結果に上記のようなヤフーが関係するサイトを優先的に表示することで、広告枠を増やそうとしているのでしょう。

でも、私たちがネットを見る場合、検索はなくてはならないものです。検索はもはや「公共」であるとすら言えます。だからこそ検索は、できる限り公正でなければならないと言われるのです。

その検索結果のメインページに、自社のサービスに誘導するリンクをべたべた貼りつけるのは、あまりにも節度がなさすぎると言わざるをえません。芸能人のステマと同じように、セコさばかりが目立つのです。

ヤフー取締役会長の孫正義氏は、昨秋の「Yahoo!ショッピング無料化」のカンファレンスで、「ヤフーやソフトバンクグループはインターネットの揺籃期から日本のインターネットがどうあるべきかということを考えてきたが、自由であることが期待されているインターネットにあって、eコマースの分野だけは不自由なままだった」「2013年10月7日をeコマース革命の日にしたい。革命とは主役の交代を意味するが、ヤフーが他の企業に代わって主役になるという意味ではなく、売り手のみなさんが主役になるということ。日本の買い物を変えるというのがYahoo! JAPANの思想であり、みなさんといっしょに新しい夜明けを迎えたい」と熱っぽく語ったそうです。

しかし、曲がりなりにも10年ネット通販をやっている立場から言えば、ネット通販の「自由」を奪っているのは、ヤフーであり楽天でありアマゾンです。意地の悪い言い方をすれば、「Yahoo!ショッピング」がなくなればそれだけeコマースが「自由」になるのです。

たしかに言っていることはご立派ですが、やっていることは結構えげつないと言わざるをえません。そして、そういった姿勢がネットを非常に歪んだものにしているように思えてならないのです。
2014.01.12 Sun l ネット・メディア l top ▲
101年目の孤独


高橋源一郎のルポルタージュ『101年目の孤独』(岩波書店)を読みました。「弱者」と呼ばれる、さまざまなハンディを背負って生きている人たちのもとを訪ね、作家のナイーブな感性で、彼らとの出会いを語り、そして、彼らの存在に光を当てる、そのことばはとても静謐でやさしさに満ちているのでした。それは、かつて失語症を経験した著者らしいことばだと思いました。

 ダウン症の子どもたちのアトリエ、クラスも試験も宿題もない学校、身体障害者ばかりの劇団。それから、重度の障害者を育ててきた親たちが、そんな彼らのために国や県を動かして作った施設、あるいは、平均年齢が六十歳を超える過疎の島で原発建設に反対する人たち、認知症の老人たちと共に暮らし最期まで看取ろうとしている人たち。あるいはまた、夜になると公園や駅の近くを歩き回り、病気のホームレスたちを探し、施設に入れ、あるいは彼の行く末を考えている人たち。
 ひとつの単語にすれば「弱者」ということになってしまうだろう、彼らのいる場所を訪ねるようになった理由の一つに、好奇心があることは否定しない。
 けれど、もっと大きな理由は、別にある。いや、大きな理由が他にあったことに、わたしは、途中で気づいた。それは、その「弱者」といわれる人たちの世界が、わたしがもっとも大切にしてきた、「文学」あるいは「小説」と呼ばれる世界に、ひどく似ていることだ。


著者は、「彼らがわたしたちを必要としているのではない。わたしたちが彼らを必要としているのではないか」と言います。そして、つぎのようにつづけるのでした。

 彼ら「弱者」と呼ばれる人びとは、静かに、彼らを包む世界に耳をかたむけながら生きている。彼らには、決められたスケジュールはない。彼らは、弱いので、ゆっくりとしか生きられない。ゆっくりと生きていると、目に入ってくるものがある。耳から聞こえてくるものがある。それらはすべて、わたしたち、「ふつう」の人たちが、見えなくなっているもの、聞こえなくなっているものだ。また、彼らは、自然に抵抗しない。まるで、彼ら自身が自然の一部のようになる。わたしたちは、そんな彼らを見て、疲れて座っているのだ、とか、病気で何も感じることができなくなって寝ているのだ、という。そうではないのだ。彼らこそ、「生きている」のである。
 「文学」や「小説」もまた、目を凝らし、耳を澄まさなければ、ほんとうは、そこで何が起こっているのか、わからない世界なのだ。


次男が急性脳炎で国立成育医療センターに運ばれ、2か月の間、同センターに通っているうちに、著者は、同じように重い病にかかって入院している子どものもとに通ってくる母親たちの表情がとても明るいことに気づいたのでした。それで、著者は、3つの難病を抱え、もう何年も自宅に帰ってない6歳の子どもをもつ母親に、どうしてそんなに明るくなれるのか、病気の子どもの傍にいることは苦痛ではないのか、訊ねたのでした。すると、母親はこう答えたそうです。「だって、可愛いんですもの」

この当たり前のことば。この母親のことばは、なんと私たちの胸に響いてくるでしょう。人間や世の中というのは、私たちが考える以上に簡潔で素朴なものではないでしょうか。だからこそ、そこから生まれることばは私たちの胸に響くのではないか。

著者は、イギリスにあるマーチン・ハウスという「子どもホスピス」をNHKのスタッフとともに訪ねます。そこで出会ったベアトリスという4歳の女の子。彼女のその深いブルーの瞳によって射抜くように見つめられているのを感じながら、こう思うのでした。

(略)いままで味わったことのない感情が、わたしのなかで動いていた。
 それは、マーチン・ハウスの中を歩きながら、その中で、人びとと話しながら、感じたものでもあった。いや、次男が、医者から宣告を受け、そして、いろんな場所を訪ねるようになってから、いつも、少しずつ感じていたものでもあった。
 わたしは、まだ、それをうまく説明することができない。すぐにことばにすることができない。でも、それは、「ある」のだ。
 それは、わたしが、小説とか、文学というものを書いている時、感じるなにかでもあるような気がした。


ベアトリスは、父親のアンドリューに「わたし、死ぬの?」と訊ねたそうです。「子どもホスピス」の子どもたちは、よくその質問をするそうです。しかし、それはみんな一度だけです。その理由を訊いたら、スタッフはこう答えたそうです。「知りたいことは一度でわかるのです。そして、それ以上、訊ねることが親を苦しめることを、よく知っているからです」と。

マーチン・ハウスのチャプレン(聖職者)は、「ここは悲しみの場所ではない」と言います。それは、悲しみだけの場所ではないという意味なのでしょう。死は悲しみだけではないのです。著者もつぎのように書いていました。

(略)こんなにも夥しい死に囲まれているのに、ここは,なんと清冽で、なんと明るい場所なのだろうか。ここで、人びとは、たくさんの話をする。それも、ゆっくりと、それから、同時に、たくさんの沈黙を味わう。そして、静かに、また考える。ここでしか感じることができない時間が流れている。


私は、以前、東京郊外のキリスト教系の病院のホスピス病棟を訪ねたことがありました。その病棟は、木々に囲まれ、チャペルの横にありました。長い廊下を歩いていくと、ほかの病棟とは違った静かでゆったりとした時間が流れているような気がしました。

ちょうどひとりの患者さんが息をひきとったところでした。家族も病棟のスタッフたちも、とても落ち着いてそのときを受けとめている感じでした。

ふと見ると、隣の病室では、年老いた男性の患者がベットの端に腰かけて朝刊を広げていました。音声が消された枕元のテレビでは、ミニスカートの女性キャスターが口をパクパクさせて今日の天気を伝えていました。また、廊下の向こうでは、清掃スタッフのおばさんがゴミ袋を手に、リネン室や看護師の詰所のゴミを回収していました。モップを手にした別のおばさんもいました。

死を前にしても、そうやっていつもの朝が来ていつもと変わらない一日がはじまる。その光景を目にした私は、感動すら覚えたのでした。深い悲しみのなかにある家族にとって、いつもの日常がすぐそばにあるというだけで、どんなに救いになるでしょう。死は特別なものではないのです。むしろ当たり前のこととして私たちの前にあるのです。

愚劣な政治とそれに随伴する愚劣な文学。その背後で進軍ラッパのように鳴らされる「永遠のゼロ」のような動員のことば。そこにあるのは、国家の名のもとに、死を特別なものに祭り上げる政治の(偽善の)ことばです。

著者は、重症心身障害児の通所施設で、重症心身障害をもって生まれた赤ん坊を抱かせてもらったときのことをこう書いていました。腕のなかの赤ん坊は、たじろぐほど強い視線で自分を見つめていたと言うのです。

 わたしが生涯を捧げようとしている「文学」というものが何に似ているか、と訊ねられたら、わたしは、あの時、抱いていた赤ん坊のことを思い出すのである。


私たちが求めることばは、このような文学のことばです。どこまでもナイーブでどこまでも静謐でどこまでもやさしいことば。当たり前とかいつもの日常というものがかけがえのないものであることを、教えてくれるようなことばです。そんな私たちの胸深くに降りてくることばなのです。
2014.01.05 Sun l 本・文芸 l top ▲