先日、「STAP細胞論文を巡り、神戸市にある理化学研究所の研究室からES細胞(胚性幹細胞)が盗まれたとして理研OBが告発していた問題」で、神戸地検が不起訴を決定したというニュースがありました。

毎日新聞
理研ES細胞窃盗 神戸地検が不起訴「事件自体疑わしい」

言うまでもなく、これは、実際は小保方晴子さんを告発したものです。しかし、神戸地検は、「窃盗事件の発生自体が疑わしい」として不起訴処分にしたのです。

小保方さんの『あの日』(講談社)では、この「ES細胞混入ストーリー」は、研究のリーダーであった山梨大学の若山照彦教授や若山研に関係する理研関係者らによって巧妙に仕組まれたストーリー(要するに、責任逃れのストーリー)だと書かれていますが、今回の不起訴処分によってそれが証明されたとも言えます。しかし、記事にもあるように、このストーリーは既にひとり歩きしており、理研の調査委員会でも「混入説」が結論付けられているのです。でも、理研が調査をやり直すという話は聞きません。

あらためてあの小保方バッシングとはなんだったのかと思わずにはおれません。小保方さんならずとも、そら恐ろしいまでの報道犯罪と人権蹂躙だったのではないか。

本来科学論争であるべき問題が、理研の事なかれ主義や研究者間の足の引っ張り合いやマスコミの売らんかな主義とそのための「ネット世論への迎合」によって、研究者の人格攻撃へと暴走してしまったのです。その結果、「常に水は低いほうに流れる」ネットの格好の餌食になり、小保方さんがとんでもないウソ付きのとんでもない女性のように仕立てられたのです。

おそらくこのニュースを見ても、小保方さんをとんでもない女と信じ込んでいるネットのゲスたちは、ニュース自体を信じないのかもしれません。小保方バッシングは、それほどまでに「ほとんどビョーキ」と化しているのです。

もちろん、小保方さん自身が世間知らずの学者バカで、どこか的外れなところがあることは事実です。彼女が瀬戸内寂聴と対談している『婦人公論』(6/14号・中央公論社)も読みましたが、どうしてこんな対談に出たのか首をひねらざるをえませんでした。世間知らずなところをいいように利用されている気がしてならないのです。対談の内容も実に薄っぺらで、とりたてて書くほどのものはありません。瀬戸内寂聴にしても、バッシングのときは沈黙し見て見ぬふりをしていたくせに、今になって応援するはないだろうと思いました。グラビアもどきの写真といい、この対談に出た小保方さんの真意が私には理解できませんでした。こんな彼女の世間知らずなところがゲスたちの標的になったのは間違いないでしょう。

『あの日』については、複雑に入り組んだ人間関係や研究内容とその手順、あるいは各論文の撤回に至る経緯などが事細かに綴られていますが、素人にはわかりにくい部分も多く読むのに苦労しました。瀬戸内寂聴は、登場人物をひとりひとりノートに書き出して読んだそうですが、その気持がよくわかります。

そのため、若山教授の暗躍や毎日新聞の須田桃子記者やNHKの「Nスぺ」スタッフの傍若無人な取材や週刊文春のスキャンダルのでっち上げなど、わかりやすい部分だけがクローズアップされる結果になっているのです。もちろん、それらが小保方バッシングを構成する上で重要な役割を果たしたのは事実ですが、しかし、本来科学論争であるべき問題がどうして逸脱し暴走したのかというこの問題の本質を考えるとき、隔靴掻痒の感は否めませんでした。

外国では日本の報道は「クレージーだ」と言われていたそうですが、こんなバッシングが許されるなら、科学に限らずどんな問題でも、すべてが低劣なスキャンダルと化してしまうでしょう。それは、誤解を恐れずに言えば、今の舛添バッシングにも言えるのです。税金を食い物にしていると言うなら、舛添の背後にある東京都の役人たちの問題も取り上げるべきでしょう。それは、シャネル大好き市長の横浜も同じです。

小保方バッシングとはなんだったのか。あの狂気のようなバッシングをくり広げたマスゴミやジャーナリスト、それに与した科学者たち。朝日新聞のWEBRONZAには、最近も「なぜ小保方氏への同情論が消えないのか」というような記事が出ていましたが、これなどはバッシングに悪ノリした下劣な記事の好例と言えるでしょう。彼らに反知性主義を批判する資格はないのです。

マスゴミとネットが密通して作り上げる私刑の構造。それが現代の全体主義の姿です。「反戦平和」を謳い左派リベラルの立場に立つある有名ブログは、週刊文春の「乱倫研究室」のような記事を真に受けて、小保方さんと自殺した笹井芳樹教授の”道ならぬ関係”が騒動の根幹にあるような書き方をして小保方バッシングに与していましたが、それなども現代の全体主義を象徴していると言えるでしょう。


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STAP騒動は「ほとんどビョーキ」
2016.05.31 Tue l ネット・メディア l top ▲
沖縄県うるま市で二十歳の女性会社員が殺害され遺体で見つかった事件で、死体遺棄容疑で逮捕された容疑者は、元アメリカ海兵隊員で、退役後、基地内でコンピューター関連の仕事をしていた軍属だそうです。

事件の2、3時間前からわいせつ目的で相手を物色し、面識のない被害者の女性を見つけて後方から棒で頭を殴ったという。女性の骨には刃物の傷が残っており、県警は、シンザト容疑者が女性に騒がれないよう背後から襲撃し、性的暴行を加えた上で強い殺意を持って刺殺した計画的な事件の可能性があるとみて殺人容疑なども念頭に追及する。

毎日新聞
「暴行発覚恐れ殺害」…米軍属が供述


事件を受けて日本政府はアメリカ政府に「強く抗議」し、「再発の防止」と「綱紀粛正の徹底」を求めたそうです。また、アメリカ政府も「最大限の遺憾の意」を表明したということです。しかし、これらは、事件が起きるたびにくり返されてきた”儀式”にすぎません。

「強く抗議した」と言っても、どう見てもそれはアメリカに「お願いしている」だけです。日本は「強く抗議する」ほどの独立国としての気概などありません。と言うか、あろうはずもないのです。だから、北朝鮮にもバカにされるのです。

でも、この国の「愛国」者たちから、そんな日本政府の”弱腰”を指弾する声はまったく聞こえてきません。それどころか、彼らは、沖縄の米軍基地は中国からの侵略を防ぐ抑止力で、米軍基地撤去を唱える沖縄のブサヨは中国共産党の手先であると言うのです。挙げ句の果てには、夜間に出歩く女性のほうに非があったかのように言う者さえいる始末です。

総理大臣からニートまで、彼らが口にする「愛国」は、「愛国」と「売国」が転倒した(逆立ちした)戦後の”背理”のなかにあるカッコ付きの「愛国」にすぎないのです。

『永続敗戦論』のなかで、著者の白井聡は、「永続敗戦」(対米従属)を所与のものとする世界観の歪みは、「今やほとんど狂気の域に接近している」と書いていました。本来外交目標を達成するための手段でしかない「日米基軸」が自己目的化しているところに、「戦後日本の病理が凝縮されている」と言うのです。

第二次安倍内閣で内閣官房参与に任命された元外務事務次官の竹内正太郎は、「米日の関係を『騎士と馬』に擬えている」のだそうです。

ここまで来ると、彼らの姿はSF小説『家畜人ヤプー』のなかの「ヤプー=日本人」そのものである。この作中世界において、完全に家畜化され白人信仰を植えつけられた日本人は、生ける便器へと肉体改造され、白人の排泄物を嬉々として飲み込み、排泄便器を口で清めるのである。
『永続敗戦論』


「アメリカを背中に乗せて走る馬になりたい」と考える日本の外交エリートたち。そんなゆるぎない「日米基軸」が日本外交の目標だと答える彼ら。それは、戦後日本を覆う”倒錯”です。「愛国」とは、その”倒錯”をマゾヒスティックに信奉することなのです。それが対米従属を国是とするこの国の哀しい姿なのです。『家畜人ヤプー』を絶賛した三島由紀夫は、「愛国心は嫌いだ」と言ったのですが、その気持がわかろうというものです。

一方、報道によれば、容疑者の黒人青年の実家はニューヨークのハーレムにあり、ご多分にもれず若い頃は素行が悪かったそうです。そこに見えるのは、堤未果が『貧困大国アメリカ』(岩波新書)でレポートしていた「経済的徴兵」です。貧困層の若者が経済的な理由から軍隊にリクルートされ、ヤクザの鉄砲玉やイスラムの自爆テロ要員と同じように、”殺人機械”に仕立てられ戦場に送られるのです。

昔、実家の近所に農業高校の分校があり、父親が仕事の関係でよく行っていたのですが、父親が話していたのは、成績や素行が悪くてなかなか就職が決まらない卒業生は、”最後の手段”として自衛隊に入れられるのだそうです。「教え子を戦場に送るな」なとどスローガンを掲げている高教組の組合員の先生たちが、「あいつは自衛隊しかないな」なんて言いながら入隊者を振り分けていたそうです。安保法制の際も指摘されていましたが、「経済的徴兵」はよその国の話ではないのです。

誤解を恐れずに言えば、素行の悪いハーレムの若者が海兵隊に入り、「国を守る」とか「自由を守る」とかいった美名のもとに、徹底した洗脳教育を受けて”殺人機械”に仕立てられるのです。除隊しても、”殺人機械”としての思考様式や行動様式は、そう易々とぬけるものではないでしょう。言うまでもなく、軍隊に入るということは、人を殺す訓練を受けるということです。欲望と殺人が短絡した行為のなかに、軍隊で受けた訓練が介在してないとは言い切れないでしょう。


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『琉球独立宣言』
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2016.05.24 Tue l 社会・時事 l top ▲
群像6月号


第59回群像新人文学賞を受賞した崔実(チェシル)の「ジニのパズル」(『群像』6月号)を読みました。

主人公のジニは、アメリカのオレゴン州の高校に留学している在日の少女です。下宿先の主は、ステファニーという絵本作家です。ジ二は、ハワイの高校を退学してオレゴンにやってきたのですが、オレゴンの高校も退学処分になろうとしています。

 全校生徒、全員のロッカーが並ぶ長細い廊下に腰を落ち着けた。廊下の端から端までは、ゆっくり歩いたって二分は掛からない。
 ガムテープでぐるぐる巻きにしただけの悲惨な修理が施されたヘッドフォンを耳にかけて、レディオヘッドのセカンドアルバム『ザ・ヘンズ』を流した。そうして視線の先を行きかう靴を眺めるのが、私の日課だった。


ジニは、そんな孤独ななかにいます。10代の在日の少女が抱く孤独と焦燥。それを主人公は、「空が今にも落ちて来そう」という言い方をするのでした。

「人生の歯車が狂い始めたのは、五年前のことだ」とジニは言います。それは、中学進学を機に、日本の学校から北区十条の朝鮮学校に入ったことです。そこからジニの告白がはじまります。

ジニの母親のアッパ(父親)は、家族を日本に残して北朝鮮に帰国しています。そのアッパから娘(ジニの母親)に届いた手紙がジニの告白の途中に挿入されています。最初は「北朝鮮は、とても住み心地が良い国だぞ」「こっちに来て正解だったと思う。どんどん発展していくぞ」と書いていましたが、そのうち「アッパのことは、忘れるんだ。いいな。どうか、次の手紙は待たないでくれ」と書いてくるようになります。そして、やがて、アッパは病院にも行けないような極貧のなかで亡くなるのでした。

朝鮮語を話せないジニにとって、日本語が禁止の朝鮮学校はまったくの異世界で、常に違和感がありました。なにより気になったのは、教室の正面に恭しく掲げられている金日成と金正日の肖像画でした。いつも誇らしげに微笑んでいる二人。それはジニにとって「気持の悪いもの」でしかありませんでした。

肖像画が掲げられているのは、「終戦後、日本に残った在日朝鮮人が自らの文化を守り、教育を受ける為の支援として、北朝鮮がお金を出してくれたことへの感謝の気持ちなのだという」のです。しかし、北朝鮮に渡ったあと収容所に入れられた家族を取り戻すために、大金を使って交渉し、奇跡的に日本に「帰国」させることができた話を親戚のおばさんがしているのを聞いたジニは、つぎのように思うのでした。

 一体、誰を返してもらえたのだろうと、その晩考えた。一体どれほどのお金を払ったのだろうか。北朝鮮では奇跡が起これば、人の命をお金と交換できる。なんて素晴らしい国なのだろうか。そのような素晴らしい国に作りあげ、いつまでも支配している金一家の肖像画を私は学校に行くだけで毎日拝むことが出来る──。
 間違いだ!
 私は、間違いを発見した。どうして、こんなにも簡単な間違いを見つけられなかったのか。教室にある肖像画は間違いである。学校中に飾られている肖像画は間違いである。


テポドンが発射された日、朝鮮学校の生徒たちは、チマチョゴリを鞄のなかに入れて、体操着で通学するよう連絡が来ます。チマチョゴリ姿だと心ない日本人から嫌がらせを受けるからです。学校にも水道に毒を入れたとか、女生徒を拉致し裸にして吊るなどという脅迫が殺到します。しかし、友人のニナが忘れたせいで、ジ二にはその連絡がきませんでした。そのためにチマチョゴリで家を出たジニは、電車のなかで乗客たちの冷たい視線にさらされるのでした。うっかりして急行電車に乗ったジニは、池袋で下車し、十条に引き返そうとします。しかし、その前にふと懐かしくなってパルコの地下のゲームセンターに入るのでした。

そこで、警察を名乗るスーツ姿の三人の男に囲まれたジニは、ゲームセンターの外に連れ出され、「朝鮮人ってのは、汚い生きものだよな」などということばを浴びせられた上、性的な嫌がらせを受けるのでした。その日以来、学校を休んだジニは、やがて「革命」を起こすことを決意するのでした。

ジニは、「革命」を決行するために三週間ぶりに登校します。真っ先に教室に入ったジニの目には、つぎのような光景が映っていました。

誰もいない教室は、とても神聖な場所に見えた。ベランダの窓から差し込む太陽の日差しは半分カーテンに遮られ、柔らかい光の影が教室を優しく照らしていた。教室がより一層、愛おしく見えるように演出されているみたいだ。その光の中に舞うチリのような白い埃までも、まるで小さな妖精みたいだ。ただ、黒板の上に居座る、いつもの金一家がそれを汚していた。北朝鮮は支配できても、国境を越えた日本の朝鮮学校までいつまでも同じだと思うな。こんな学校の体制のせいで、くだらない大人の誇りのせいで、大切な友達まで傷付くようなことになったら、学校もろともぶっ壊して、お前等にだって地獄を見せてやる。


そして、ジニは、天国のハラボジ(おじいさん)に訴えるのです。

朝鮮学校に通っているのに、どうして今現在の北朝鮮から目を逸らすのだろうか。学校と政治は関係ないと言われた。だったら、どうして政治的なものが校内にあるの。感謝の気持ちを表しているものだなんて、そんな理由があるか。感謝している人だけ、心で勝手に感謝して、子供たちのために、取り外せば良いじゃない。大人って、ずるいよ。
 子供相手に脅迫してくる日本人も、子供が犠牲になっても変わらぬ学校の連中も、いとも簡単に人の命を奪う金の糞独裁者も、みんなみんな、糞食らえだ。ハラボジ、私は、絶対に目を逸らさない。逸らすもんか。会ったことがなくても血の繋がった家族が北朝鮮にいるんだ。だから、ハラボジ、私は、絶対に目を逸らしたくない。全員を敵に回しても、目を逸らしたくないよ。


私は、この小説を読んで、その熱量に胸苦しささえ覚えました。そして、若い頃親しくしていたガールフレンドを思い出さないわけにはいきませんでした。彼女もまた十条の朝鮮学校を出ていたのです。この小説の主人公と同じように、中学から朝鮮学校に入ったと言ってました。

どうして朝鮮学校に入ったのか訊いたら、親が朝銀から融資を受けるためだったと言うのです。融資をあっせんする代わりに、子どもたちを朝鮮学校に入れることを総連から「指導」されたらしいのです。

彼女は、本を読むのが好きで、特に林真理子のファンでした。モデルをしていたのですが、ショーのあと、楽屋に林真理子が来て直接話をしたこともあるそうで、感激したと言ってました。ただ、一度か二度手紙をもらったことがありますが、日本語で文章を書く訓練を受けてないので、それはまるで子どもが書いたようなたどたどしい文章でした。私は、手紙を読んで、これから日本の社会で生きていくのは大変だろうなと思いました。

まだ拉致問題がマスコミに取り上げられる前でしたが、既に一部の人の間ではその噂がささやかれていました。彼女は、李英和の『北朝鮮 秘密集会の夜』を読んでショックを受けたと言ってました。それで、私は、崔銀姫と申相玉の『闇からの谺』を読むことを勧め、その感想を聞いた覚えがあります。

親たちは、帰国した人間たちのなかには厄介払いされた人間も多いと言っていたそうです。帰還事業には、建て前はともかく、鼻つまみ者を祖国建設の美名のもとに厄介払いで帰国させる、そんな一面もあったのでしょう。

彼女も、学校の集会で、このたび何々トンム(君)が祖国に帰国することになりました、皆さんでお祝いの拍手を送りましょうなどと校長から紹介されるのを見ながら、「バカじゃないの。あんな貧しい国に帰ってどうするの」と思っていたそうです。実際に朝鮮学校の生徒ほどブランド好きはいないと言っていました。大人はベンツやロレックス、子どもはヴィトンやプラザが大好きなのです。

また、朝鮮大学から北朝鮮の大学に留学して帰国した知り合いが、突然行方不明になり、家族から居場所を知らないかと電話がかかってきたこともあったそうです。そういった不可解なことも身近で起きていたのです。

金日成が死んだとき、「悲しくないの?」と聞いたら、「なんで私が悲しまなければならないの?」と言ってました。テポドンなんてまだない頃でしたので、金日成が死んでまた北朝鮮のことが話題になるのが嫌だなと言っていました。

その彼女もやがて小説の主人公と同じように、アメリカに旅立って行ったのでした。アメリカに行くのに、朝鮮籍より韓国籍のほうが便利なので、韓国籍に変えると言ってましたので、おそらく韓国籍に変えたのでしょう。

朝鮮学校の日常が小説になったということは特筆すべきことです。また、拉致やテポドン以後の北朝鮮に対する若い在日の葛藤が小説になったということも特筆すべきことと言えるでしょう。在日という理不尽な存在。理不尽なものにしているのは、旧宗主国の私たちの社会です。ヘイト・スピーチはその一端にすぎません。それより、大多数の日本人のなかにある”サイレントヘイト・スピーチ”のほうがはるかに問題でしょう。在日の問題は、私たち日本人の写し鏡でもあるのです。

選評では、「素晴らしい才能がドラゴンのように出現した!」(辻原登)、「何としても世に送り出さなければならない作品だ」(野崎歓)と絶賛されていましたが、少なくとも又吉直樹なんかよりホンモノであるのは間違いないでしょう。この作品によって、文学が国家や民族や政治的イデオロギーなどからまったき自由であり、自由でなければならないのだということを再認識させられたのはたしかです。

ジニは、ステファニーから「逃げたら駄目よ。逃げたら、そこで終わりなの」と言われます。「だけど、私には過去がくっ付いてくる。それこそ、逃げ場のない過去だよ」とジ二は言います。だから、受け入れるしかないんだとステファニーは言います。それがどんな空であれ、落ちてくる空を受け入れるのだと。すると、ジニは、ステファニーの腕のなかで「赤子のように声をあげて泣いた」のでした。

 もしかしたら、私は待っていたのかもしれない。いつか、誰かが私を許してくれる日を。落ちてくる空を。それが、どんな空であれ、許し、受け入れることを。誰かに、良いんだ、と。それで良いんだ、と。認めてもらえる日をずっと待っていたのかもしれない。


作者は、「受賞のことば」のなかで、「作家として生き抜いてやりたい」と書いていました。上の文章はその覚悟のようにもとれます。文学という苦難の道をどう生き抜くのか、作者の今後の作品を待ちたいと思いました。


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『ハンサラン 愛する人びと』
「かぞくのくに」
2016.05.21 Sat l 本・文芸 l top ▲
ヘイト・スピーチ対策法案が12日の参議院法務委員会で可決し、翌日の13日の本会議でも可決、衆議院に送られました。これにより今国会で成立するのは確実になったとメディアは伝えています。

ただ、法務委員会では全会一致で可決されましたが、本会議では反対が7名、退席(棄権)が1名出たそうです。

反対したなかには、ヘイト・スピーチの規制そのものに反対している日本のこころなど右派政党の議員とともに、社民党の福島みずほ副党首や又市征治幹事長、それに生活の党と山本太郎となかまたちの山本太郎議員が含まれていたため、法案を推進した人たちの間で物議をかもしています(吉田忠智社民党党首は退席して棄権)。

山本太郎議員は、参議院本会議での採決のあと、オフィシャルブログで反対した理由をつぎのように書いていました。

山本太郎の小中高生に読んでもらいたいコト
ヘイト法に反対した理由

この法案の条文に必ず書かれている、「本邦外出身者」って何だろう?

「本邦の域外にある国又は地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するもの」って事らしい。

この「本邦の域外にある国又は地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するもの」には、大きく分けて2つの問題が含まれる。

1.差別を撤廃する法律のはずが、差別から守られる者を限定した事。

これは差別の解消を目指す理念法ですから、など言い訳にならない。人種差別撤廃条約の締約国である日本が、条約を国内法化するならば、条約の精神を汲んだあらゆる形態の人種差別を禁止する内容を目指さなければならないが、その対象を限定し、狭めた。

2.適法に居住しない者は守られない。

適法じゃないなら、違法に滞在してるんだから、差別されて当然、とあなたは考えるだろうか? 適法に居住していない者の中には、難民申請中の方なども含まれるだろう。

2つの問題点に対して、「附帯決議に書かれているから心配するな。」と言う人もいるだろう。残念ながら附帯決議に法的拘束力はない。

問題がある条文は附帯でカバーしたから大丈夫、って話にはならない。問題がある条文自体が法律の本文に入っているということ、つまり、その表現が使われている時点で、理解していないか、意図を含んでいる事になるのではないか?

(以下略)

(引用者註:改行を原文から修正しました)


たしかに、山本太郎が書いているように、「排他的な運動がここまで拡がったのは、警察に大きな責任がある」と言えるでしょう。

「国家公安委員会が通知を出し徹底もできたはずだ」「ヘイト集団の軽犯罪行為に対しては既存の法律でも対応はできた」「しかし警察はほとんど対応しなかった」のです。

どうしてこの法案が、すべての外国人やマイノリティを対象とせず、わざわざ「適法居住要件」なるものを設けているのか。そこには、個人の人権より国家の安寧と秩序を一義に考える意思が表現されているように思えてなりません。

また、山本太郎のブログで注目されるのは、ヘイト・スピーチ法案が盗聴法と刑事訴訟法の改正案がバーターで審議され、同改正案も成立の可能性が高くなったという事実です。

改正案の危険性については、下記のビデオで宮台真司と神保哲生氏がわかりやすく伝えています。

BLOGOS
焼け太りの捜査権限の拡大を許すな

今回の改正案では、「可視化と引き換えに、盗聴法の対象事件を大幅に拡大し、事実上、ほとんどの事件で盗聴を可能にする盗聴法の改正と、共犯者が捜査に協力することで刑が軽減される司法取引の導入が謳われている」のですが、実際に可視化されるのは、「裁判員裁判の対象事件と特捜案件に限られるため」、全事件の3%にすぎないのです。

一方で、今まで薬物犯罪や銃器犯罪など主に暴力団関連の4分野に限定されていた盗聴の対象を一般の刑事事件まで拡大し、立会人も必要ではなくなるのです。しかも、盗聴するのは、電話だけでなく、メールやLINEなども対象になると答弁されています。要するに、刑事事件の口実さえあれば、警察はいつでもどこでも私たちの電話やメールやLINEを盗み聞きしたり盗み見たりできるようになったのです。

さらに、司法取引の導入で、共犯者が”密告”すれば刑の軽減をはかることが可能になり、しかも、法廷では”密告者”の氏名等をあきらかにしなくてもよくなったのでした。そのため、今まで以上に誘導尋問が増え、自分が助かるためにウソの証言をしたり、”密告者”に偽装した第三者が立件に有利な証言をしたりして、逆に冤罪が増えるのではないかと懸念する声もあります。

今回の改正は、自白の強要や証拠の捏造など検察の不祥事をきっかけにもちあがったのですが、上記の記事が指摘するように、逆に捜査権限の拡大になっており、官僚が得意な名を捨てて実を取る”焼け太り法案”の典型とも言えるのです。

でも、ヘイト・スピーチ対策法案を推進した人たちは、こういった改正案が併行して審議されていたことにはまったく触れていません。山本太郎が書いているように、ヘイト・スピーチ法案の成立を焦るあまり、刑事訴訟法の改正案には目をつぶったのではないか。それを含んだ上での”妥協の産物”だったのではないか、という疑問を抱かざるを得ないのです。少なくとも参議院法務委員会では、ヘイト・スピーチ法と刑事訴訟法改正案が抱き合わせで審議されたのは事実なのです。

一方、ヘイト・スピーチに反対していたカウンター周辺の人たちの間では、当然ながら山本太郎に対する批判が沸き起こっています。

有田芳生議員は、ツイッターで「現場の異常さ、当事者の切実な人生がわからなければ『脳内操作』で軽々と評論ができるのでしょう」と批判していました。   

また、つぎのような辛辣な声も現場からありました。

Twittert田中一彦2016年5月14日
https://twitter.com/tanakazuhiko/status/

しかし、それでも私は、山本太郎の指摘は間違ってないと思うのです。何度も言いますが、今回の法案を「一歩前進」と評価する人たちのなかに、国家や法律というものに対する能天気な認識や期待感をどうしても感じてならないのです。その結果、名を捨てて実を取る”官僚の罠”にはまっているのではないか。

先頃群像新人賞を受賞した崔実(チェシル)の「ジニのパズル」(『群像』6月号)にも、朝鮮学校に通う主人公が、警察を名乗る男たちに差別的なことばを浴びせられ、性的な屈辱を受ける場面が出てきますが、しかし、主人公は、その屈辱を誰にも言わずに自分のなかに秘匿するのでした。そんな主人公の少女の胸のうちにある諦観や怒りややり切れなさや悲しみに、在日が置かれた理不尽な現実が描かれているのだと思います。在日の存在を治安問題の観点でしかとらえない旧宗主国の本音。それこそがヘイト・スピーチの本質であって、あの関東大震災の朝鮮人虐殺にも通底しているものなのです。山本太郎が言う警察が動かなかった意味と背景をもっと考えるべきでしょう。

まして、山本太郎を呼びつけてしばこうとか、山本のブログは中核派が書いたのではないかなどというTwitterの書き込みは、なにをかいわんやです。彼らは、自分たちの意に沿わない人間に対して、ヘイト・スピーチをおこなっている連中とまったく同じ口調で同じセリフを吐き、同じレッテル貼りをおこなっているのです。これでは、「どっちもどっち」と言われても仕方ないでしょう。

私は、今回の法案成立が、反原発の国会前デモが野田首相(当時)との面会によって急速に収束したのと同じ轍を踏んているように思えてなりません。


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辺見庸のSEALDs批判
左の全体主義
2016.05.17 Tue l 社会・時事 l top ▲
私は、マスコミが血眼になって舛添東京都知事を叩いている図には、当初からずっと違和感を抱いていました。文字通り坊主憎けりゃ袈裟まで憎いような感じで、”舛添叩き”はエスカレートするばかりですが、「どうして舛添だけが」という気持はどうしてもぬぐえませんでした。

舛添知事に比べ、週に3日しか登庁せず、同じように”大名旅行”が指摘されていた石原慎太郎元知事は、一部の新聞を除いて、マスコミから叩かれることはほとんどありませんでした。石原元知事の場合、都のプロジェクトに息子を登用するなど、その公私混同ぶりは舛添知事の比ではありませんでした。でも、石原元知事は不問に付され、舛添知事だけが叩かれているのです。なにか変です。

そう思っていたら、リテラにつぎのような記事がアップされていました。

リテラ
舛添より酷かった石原慎太郎都知事時代の贅沢三昧、登庁も週3日! それでも石原が批判されなかった理由

たしかに、今回の”舛添叩き”は、週刊文春の記事によってふってわいたようにはじまったのです。このブログでも何度も指摘していますが、週刊文春にしても週刊新潮にしても、石原を批判することは絶対にないのです。それは、文壇タブーがあるからです。石原の公私混同は、作家と政治家の混同でもあるのですが、その文壇タブーをいいことにやりたい放題のことをやってきたのが石原なのです。そんな文壇タブーを真に受けて、世のサラリーマンたちは石原を「理想の上司」にあげていたのです。それは、石原だけでなく、田母神に60万票を投じた東京の有権者と同じおバカな構造と言えるでしょう。

また、文春の”舛添叩き”に我が意を得たとばかりにはしゃいでいる野党の政治家などは、マスコミの空気に乗って舛添を「批判」しているビートたけしや橋下徹と同じただ機を見るに敏なだけの”下等物件”(©竹中労)と言えるでしょう。Twitterに「文春快進撃」と書いていた中東専門のジャーナリストなんて、どこまでバカなんだと言いたくなりました。

舛添が叩かれた背景に、韓国学園への都有地の貸出しやヘイト・スピーチに対する発言などによって、ネットで舛添が”親韓派”と見られていたことが関係しているように思えてなりません。それに、安倍と距離を置き、オリンピック問題でぎくしゃくしている都知事の首のすげ替えを狙う与党の思惑などが絡んで、文春に標的にされたのではないのか。そこにも、「旧メディアのネット世論への迎合」(大塚英志)や「ネットとマスメディアの共振が『私刑化』する社会を拡大させている」(藤代裕之)構造が伏在しているように思えてなりません。

能天気な文春賛美は、「ヘイト・スピーチ対策法」と似ています。法律によって、やつら(国)に”権限”を与え、ヘイト・スピーチをおこなっている下衆な人間たちを締め上げてもらうという甘い夢を抱いているのかもしれませんが、でも、やつらに”権限”を与えれば、その”権限”がいつ自分たちに向かってくるかもしれないのです。「ヘイト・スピーチ対策法」が”理念法”で、罰則規定がないからというのは、理由にはならないでしょう。”理念法”であっても、”裁量”と”権限”は付与されるのです。そこには、国家や法律というものに対する能天気な認識や期待感が垣間見えて仕方ないのです。

「タブーなきスキャンダリズム」を標榜していたのは『噂の真相』でしたが、文春の場合はタブー満載のきわめて眉唾なスキャンダリズムです。自分たちが文春の掌の上で弄ばれているだけだという自覚もなしにはしゃいでいるとしたら、政治家やジャーナリスト失格と言うしかないでしょう。


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甘利スキャンダルと野党のていたらく
文壇タブー
2016.05.13 Fri l ネット・メディア l top ▲
先日、突然、見覚えのある名前でメールが届きました。それは、以前取引していた雑貨店で働いていた女の子の名前でした。びっくりしてメールを送ると、当時働いていた仲間で、最近LINEのグループを作ったので入りませんかという、LINEへの招待でした。

私が彼女たちの店に行っていたのは、もうかれこれ15年くらい前です。店は都内のターミナル駅の商業ビルのなかにあったのですが、しょっちゅう顔を出し、おしゃべりをしたり、ときには店の手伝いもしていました。ビルにあるほかの店の人たちから、エリアマネージャーだと間違われるくらい親しくしていました。

単なる取引業者であったにも関わらず、職場の飲み会にも出席していましたし、クリスマスやバレンタインなど忙しいときは応援に駆り出されたりしていました。店の性格上、店長以外働いているのは若い女の子ばかりでしたが、それほど違和感もなく溶け込んでいたのです。

彼女たちの何人かは既に結婚し、LINEで子どもに作った弁当の画像を見せ合ったりしていました。そんな様子を見ていると、みんな確実に人生を前に進めているんだなとしみじみ思いました。

あの頃はみんな若かったのです。私だけがあの頃からおっさんでしたが、それでも、今よりずっと若い感覚のなかで生きていました。LINEで「あの頃はいつも楽しそうにしていましたね」と言われましたが、実際はそうでもなかったのです。10年近くつづいた恋愛に破れ、親友と仲たがいし、借金も抱え、結構深刻ななかにいました。

しかし、それでも傍目に楽しそうに見えたというのは、まだどこかに”余裕”があったのかもしれません。それだけ若かったということなのでしょう。今から考えれば、なにより身体が元気だったことが救いだったように思います。元気であれば、バイタリティもわいてくるのです。

長い間会ってないということもあるのでしょうが、LINEをやっていると、今のほうがなんだかわけもなく疎外感のようなものを覚えるのでした。自分のメッセージがどこかトンチンカンのように覚えてならないのです。LINE特有の空気を読むことができないのです。

団塊の世代の橋本治は、『いつまでも若いと思うなよ』(新潮社新書)という本のなかで、人間は自分という「アク」がたまって大人になるんだと書いていました。

 アクが溜まって大人になる。大人になるということは、そのように「自分」が蓄積して行くことで、「自分」が溜まってしまうと、そう簡単に身動きが出来なくなる。体が重くなるし、思考もまた重くなる。
 山菜や野草と同じで、人間も若い時にはアクが出ない。でも年と共に「鍋の中にそんなに安い肉入れるなよ、アクばっかりだ」状態になる。「アク」というのは短絡して「老い」と錯覚されるが、「アク」は「老い」ではない。「アク」は、自分の中から生まれる自分で、それが生まれなければ老いることも出来ない。
(略)
 かく言う私だって、四十を過ぎてアクだらけになる前に、「自分の体にアクが出ている、もう若くはない」ということは承知している。別に見る気もないのに、鏡や窓ガラスに映った自分を見ると、「今までに見たことないような自分」がいる。つまり、アクが出たということなのだが、そんな事実を突然突きつけられたって、どうしたらいいのかは分からない。だから、「もうアクは出ているけど、なかったことにしよう。まだごまかせるから」と思って、ないことにする。


でも、自分のことを考えると、もはやなかったことにしたり誤魔化したりできないほど「アク」だらけなのです。LINEにうまく乗れないのも、「アク」だらけだからでしょう。

言うまでもなく、昔はなつかしいのです。ただ、年を取ってくると、なつかしいだけではなく、せつないとか哀しいとか、そんな別の感情が付随してくるようになるのです。

私は、彼女たちがまぶしくてなりませんでした。昔は年は離れていても、そんな気持を抱くことはありませんでした。私だって同じように恋愛をしていたし、同じようにいろんなものに関心をもっていたからです。仕事柄、今流行っているものはなにかとか、これから流行るものはなにかなんてよく話していましたし、そういった最先端の若者の風俗にも興味をもっていました。逆に同年代のおっさんたちと話をするのが退屈なくらいでした。

金原ひとみが『蛇とピアス』で出てきたときも、かつて私が扱っていた商品が小説のなかに出ていたということもあって、世代は違っても、私がいた場所の近くで書かれた小説だという認識をもつことができました。でも、金原ひとみも年を取ったけど、私も年を取ったのです。

たしかに、誰かも言ってましたが、あの頃は若かったと思うことほど痛ましいことはないのです。
2016.05.07 Sat l 日常・その他 l top ▲
九州の観光地における地震の影響は、ますます深刻になっているようです。別府の友人の話では、既に休業した観光ホテルもあるそうです。団体客のキャンセルが大きいと言ってました。

また、別の温泉地の友人は、関東に出稼ぎに行こうかなと言ってました。冗談か本気かわかりませんが、私は、来ればいいじゃないかと言いました。

今回の地震で被害を受けた阿蘇周辺の温泉は、文字通り火の国の恵みなのです。阿蘇山によって、外輪山の端にある私の田舎も、温泉という観光資源に恵まれたのです。その観光資源が地震によって苦境に陥っているのでした。

阿蘇のような雄大な景色は、関東のほうではなかなかお目にかかることができません。その雄大な景色の至る所に亀裂が走っているのを見ると、あらためて自然の脅威というのを考えないわけにはいきません。と同時に、なんだかせつない気持になるのでした。

私は、草原の端に立って、遠くの山裾に微かに見える建物がなんなのか、そこにたしかめに行くのを密かな楽しみにしていました。子どもの頃、山を越えた先になにか知らない世界があるような気がして、いろんな思いを馳せたものです。文字通り、山の彼方の空遠くに幸い住むと思っていたのです。そういった想像力は、阿蘇のあの雄大な景色が育んでくれたように思います。

ネットで知ったのですが、旧黒川村出身の詩人の蔵原伸二郎という人が、「故郷の山」と題して、つぎのように阿蘇の景色を謳っていました。2月に墓参りに帰ったときに、私のなかに映った情景もそれと同じでした。

故郷の山

わが故郷は荒涼たるかな
累々として火山炭のみ
黒く光り
高原の陽は肌寒くして
山間の小駅に人影もなし
 
祖先の墓に参らんと
ひとり
風はやき荒野をゆく
これぞこれ
わが誕生の黒川村か
重なり重なり
波うち怒れる丘陵
 
ああ 黒一点
鳥の低く飛び去るあたり
噴煙たかく
大阿蘇山は
神さぴにけり

(詩集『乾いた道』)

2016.05.06 Fri l 震災・原発事故 l top ▲
今日のスポーツ各紙は、ジャニーズ事務所の社長・ジャニー喜多川氏が、9月解散説が再び飛びはじめているSMAPについて、「解散をきっぱり否定した」という記事をいっせいに掲載していました。

日刊スポーツ
SMAP解散説否定…ジャニー社長「絶対ないです」

「僕は、命にかけても…。SMAPは、わが子と同じですから。彼らは僕に相談なしで、とかくするはず、絶対ないです。心配は、全然ないです。解散なんて冗談じゃない」


「小学校のころからやっていて、向こうも(ジャニー氏を)親と同じように思っている」(略)「彼らが僕を信じている以上に、僕も彼らを全面的に信じていますから。ピンからキリまで、うそをついていたって、何をしたって、すぐ分かっているんですよ。何かあれば、こっちに来ますよ。もともと、そんな(解散の)気持ちは毛頭ないですよ。みんな含めて」


ジャニー喜多川氏はそう言うのですが、じゃあ、騒動以来今まで沈黙していたのはどうしてなのか?、どうして今になって突然こんな発言をするのか?という疑問はぬぐえないのです。それに、SMAPとしての活動が事実上停止している現状を考えれば、今回の「親心をにじませたような」発言は矛盾しているように思えてならないのです。

ジャニー喜多川氏のこの発言は、世間に対してというよりメンバーに対しておこなったものであって、真意は別にあるように思えてなりません。私には、この発言は、あらためて、解散なんかさせないぞ、解散したら芸能界では生きていけないぞ、というメンバーに対するメッセージのようにしか思えないのです。芸能界のオキテに照らせば、そう解釈するのが自然な気がします。

そもそも今回の騒動は、SMAPにとって、去るも地獄、残るも地獄、解散も地獄だったのです。ジャニー喜多川氏の発言は、文字通りそれにトドメを刺すものと言えるのではないでしょうか。

ジャニー喜多川氏が言うように、小学生のときから芸能界に入っているメンバーたちは、40をすぎたとは言え、それこそ世間知らずのとっちゃん坊やにすぎないのです。芸能界の魑魅魍魎たちが相手では、最初からドン・キホーテになるのは目に見えていたのです。だからと言って、芸能界の外で生きることなんて、とてもできないでしょう。これからもやくざな芸能界で、蛇の生殺しのアイドル人生を生きるしかないのです。中高年になってもなお、アイドルを演じなければならないというのは、考えようによってはこれほど悲惨なことはないでしょう。


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