トランプが発令したイスラム圏7カ国の国民の入国を一時的に停止する大統領令によって、アメリカ国内だけでなく世界が混乱しています。

ここまで大統領令の“威力”を見せつけられると、アメリカは法治国家ではなく人治国家じゃないのかと思ってしまいます。トランプはもともと政治家ではないので、突飛な発想を実行に移すことになんのためらいもないのでしょう。こんなことをやっていたら、目には目をで、YouTubeにアメリカ人の首切り映像がアップされる怖れさえあるでしょう。

”トランプ現象”というのは、日本で言えば、ネトウヨで有名なTクリニックの院長が大統領になったようなものかもしれません。核のボタンやCIAを動かす権限がT院長の手に渡ったのです。そう考えれば、背筋が寒くなるのは私だけではないでしょう。

果たして、4年の任期を全うできるのかという声もありますが(本人は2020年の次期大統領選の出馬も既に表明しているそうですが)、問題はトランプよりトランプの周辺にいてバカ殿を利用している政商たちでしょう。彼らにとって、戦争も格好のビジネスチャンスなのです。

このような内向きの政策が可能なのも、アメリカ人は世界を知らない無知な国民だからだという指摘があります。

Compathy Magazine
日本にも当てはまるかも!アメリカ人が海外に行かない3つの理由

上記の記事によれば、2014年のアメリカ人のパスポート保有率は36%で、それに対してイギリス人やオーストラリア人は70%なのだそうです。ちなみに、同年の外務省の旅券統計によれば、日本人のパスポート保有率は24%で、海外に出国する人の割合は14%だそうです。日本人は、アメリカ人より海外に行かないのです。

ただ、日本人の場合、欧米に対するコンプレックスがありますので、実際に行かなくても海外に対する関心だけは高いのです。しかし、アメリカ人には、極東に対するコンプレックスなんてありません。そのため、他国民に非人道的な措置をとれば、自分たちがそれだけリスクを負うことになるという発想もないのでしょう。まして世界には自分たちと違う文明や違う宗教の人々がいて、そういった人々とも共存していかなければならないという初歩的な発想さえないのでしょう。反トランプのデモをしているのは、海外に行くことの多いニューヨークやワシントンなど都会の高学歴のエリートたちなのかもしれません。

アメリカの学校では、「地球についてあまり教わらないことが多」く、「外国語をあまり勉強しない、交換留学プログラムに参加しない、世界の国々の事情について話さない」そうです。私たちが抱いているアメリカ人のイメージと実際のアメリカ人の間には隔たりがあるようです。それが、“トランプ現象”がいまひとつ理解できない理由のように思います。

いづれにしても、トランプの”錯乱”で、アメリカが超大国の座から転落するのにさらに拍車がかかるのは間違いないでしょう。トランプは、その引導を渡す役回りを演じていると言えるのかもしれません。

今回の入国制限について、アップルやマイクロソフトやグーグルやフェイスブックやツイッターなどのIT企業がつぎつぎと懸念を表明しています。そのため、いち早くトランプタワーを訪れ、トランプ一家に揉み手して、トランプから「マサ」などと呼ばれ親密さをアピールした孫正義氏の無定見な銭ゲバぶりが、よけい際立っています。『あんぽん 孫正義伝』で著者の佐野眞一氏が指摘していた孫正義氏の「前のめりに突っ走る危うさ」が、ここにきて露呈したような気がしないでもありません。

「朝鮮では食えず日本への渡航を繰り返した元鉱山労働者の祖父と、朝鮮で戦前に生まれて日本に渡り、戦後母国に戻って、再び日本に密航してきた父」「日本に密航後、鳥栖駅前の朝鮮部落に吹き寄せられるように住み着いた孫一家は、養豚と密造酒づくりで生計を立て、金貸しを経て、やがて九州一のパチンコチェーン経営者となった。そして、その一家から孫正義という異端の経営者が生まれた」(『あんぽん』より)のです。孫正義氏は、典型的な「在日」の歴史を背負った、言うなれば”移民の子”なのです。”移民の子”が移民排斥を主張するファシストをヨイショしているのです。人間のおぞましさを見た気がするというのは、決してオーバーな表現ではないでしょう。

孫氏ばかりではありません。入国制限について、「コメントする立場にない」と言った「宰相A」を筆頭に、株価が上がりさえすればそれでいいと言わんばかりに”トランプラリー”を煽ってきたテレビ東京(日経新聞)の証券アナリストなど、この国はトランプに対して最低限の見識さえもてない”下等物件”(©竹中労)ばかりです。彼らは、無知なアメリカ人に対して、(骨の髄まで対米従属が染みついた)情けない日本人と言うべきかもしれません。


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ヘイトクライムが当たり前のような時代。「トランプの時代」をひと言で言えば、そう言えるのかもしれません。小泉政権の頃、「扇動政治」ということばがさかんに使われましたが、ヘイトクライムで国民の負の感情を煽り国家主義的な運動に動員する手法は、ファシズムそのものでしょう。もちろん、それは、日本とて例外ではないのです。

そんななか、やっぱり「上か下か」ではなく「右か左か」が重要だという声があります。それを現実の政治に即してわかりやすく言えば、トランプやアベやハシシタ流のポピュリズムに、SEALDsや野党共闘の「左派リベラル」を対置するという考えでしょう。

しかし、私たちは、「左派リベラル」がまったく対抗勢力になり得てない現実をもう嫌になるほど見てきたのです。そもそも(何度も言いますが)、民進党なんて野党ではないのです。民進党を、野党と呼ばなければならない不幸をもっと深刻に受け止めるべきでしょう。民進党は自民党と中間層の奪い合いをしているだけです。

既存の「左派リベラル」が、大衆(特に下層の人々)から離反しているのはあきらかでしょう。彼らは、中間層の声を代弁しているにすぎないのです。(後述する記事にあるように)なにより大衆に語りかけることばをもってないのです。

ブレイディみかこ氏は、「ポピュリズムとポピュラリズム:トランプとスペインのポデモスは似ているのか」という記事で、「年収3万ドル以下の最低所得層では、(略)前回は初の黒人大統領をこぞって支持した人々の多くが、今回はレイシスト的発言をするトランプに入れたのだ」と書いていました。

Yahoo!ニュース
ポピュリズムとポピュラリズム:トランプとスペインのポデモスは似ているのか

そして、つぎのような『ガーディアン』紙のオーウェン・ジョーンズの文章を紹介していました。

ラディカルな左派のスタイルと文化は、大卒の若者(僕も含む)によって形成されることが多い。(中略)だが、その優先順位や、レトリックや、物の見方は、イングランドやフランスや米国の小さな町に住む年上のワーキングクラスの人々とは劇的に異なる。(中略)多様化したロンドンの街から、昔は工場が立ち並んでいた北部の街まで、左派がワーキングクラスのコミュニティーに根差さないことには、かつては左派の支持者だった人々に響く言葉を語らなければ、そして、労働者階級の人々の価値観や優先順位への侮蔑を取り除かなければ、左派に政治的な未来はない。


また、ブレイディみかこ氏もつぎのように書いていました。

エル・パイス紙(引用者注・スペインの新聞)は、ポデモスとトランプは3つのタイプの似たような支持者を獲得していると書いている。

1.グローバル危機の結果、負け犬にされたと感じている人々。

2.グローバリゼーションによって、自分たちの文化的、国家的アイデンティティが脅かされていると思う人々。

3.エスタブリッシュメントを罰したいと思っている人々。

「品がない」と言われるビジネスマンのトランプと、英国で言うならオックスフォードのような大学の教授だったイグレシアスが、同じ層を支持者に取り込むことに成功しているのは興味深い。


前も書きましたが、トランプに熱狂した下層の人々は、本来なら革命に熱狂する人々だったのかもしれないのです。まさにナチス(国家社会主義ドイツ労働者党!)のときと同じように、革命の「条件」がファシストに簒奪されているのです。

ネオコンの出自はトロッキズムだと言われるように、左翼のインターナショナリズムがグローバリゼーションと思想的に近しい関係にあるのは否定できないでしょう。左翼がグローバリゼーションを批判するのは、思想的に矛盾しているとさえ言えるのかもしれません。

「右派ポピュリズムを止められるのは左派ポピュリズムだけ」というのは、含蓄のあることばだと思います。生活保護の基準以下で生活している人が2千万人もいるこの日本でも、ポデモスやSNP(スコットランド独立党)のような、(”急進左派”と呼ばれる)下層の人々に立脚した政治が待たれますが、そのためにも、右か左かではなく、上か下かの視点が大事なのだと思います。


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2017.01.29 Sun l 社会・時事 l top ▲
松方弘樹の死に対しての梅宮辰夫のコメントに胸がしめつけられるような気持になりました。老いて先に逝く友人を見送る(見送らなければならない)悲しみがよく出ているように思いました。

Yahoo!ニュース(日刊スポーツ)
梅宮辰夫、盟友松方さんの死に「寂しいし、悲しい」

松方弘樹が脳リンパ腫で入院したのは、昨年の3月だそうですから、約10か月間の闘病生活を送ったことになります。その間、定期的に見舞いに行っていた梅宮辰夫が話す闘病の様子は、老いの哀しみやせつなさがしみじみと伝わってきます。それにしても、死に行く人たちというのは、どうしてみんな立派なんだろうと思います。「病と戦う」とか「死と戦う」という言い方がありますが、「戦う」姿は立派なのです。

ごく身内の人間だけで見送られる最期。これも“家族葬”や“直葬“が主流になりつつある現在ではよくある光景でしょう。そのなかに親しくしていた友人がいたら、どんなにうれしいでしょう。

人生の最期は、やはり悲しみで幕を閉じるのです。人間は、泣きながら生まれてきて、泣きながら死んでいくのです。悲しみを悲しみとしてとらえる、人生に対する謙虚な考えがなにより大事なのだと思います。

先日、同年代の知り合いと話をしていたら、親の話になりました。正月に父親が倒れて救急車で大学病院に運ばれたそうですが、近いうちにリハビリを受けるために転院しなければならないけど、リハビリの病院も、いわゆる“90日ルール”で短期しか入院できないので、そのあとどうするか、頭を悩ましていると言ってました。

お母さんが数年前に亡くなったことは知っていましたが、お母さんが亡くなったあと、お父さんは実家でひとり暮らしをしていたのだそうです。しかも、奥さんの実家も老々介護の両親が二人で暮らしており、そのため、夫婦の間で、お互いの親について干渉しないという取り決めになっているのだとか。

亡くなったお母さんは末期がんだったそうで、最後のほうは認知もはじまり、実家に行っても「何しに来たんだ」「帰れ」などと言われてつらかったと言ってました。当時は、そんな様子は微塵も見せずに、いつも冗談を言って明るく振舞っていましたので、その話を聞いてびっくりしました。

親の姿は、明日の自分の姿でもあります。病院に勤め多くの患者を見てきた知人は、親孝行な子ども(特にひとり娘)ほど過剰な負担を抱え苦労すると言ってました。そのために共倒れしたら元も子もないので、ある程度の“親不孝“は仕方ないのではないかと言うのです。私がその話をしたら、やはり子どもが娘ひとりしかいない彼は、「だから、老後は世界を放浪して旅先で死ぬのが理想だよ」と言ってました。趣味が音楽なので、路上演奏で旅費を稼ぎながら世界を放浪してそのまま死ぬのが理想なのだと。

私は、その話を聞いて、五木寛之が書いていた「林住期」という古代インドの考えを思い出しました。彼の理想には、単に荒唐無稽とは言えない、彼なりの人生に対する考えがあるように思いました。
2017.01.26 Thu l 訃報 l top ▲
実話BUNKAタブー2016年2月号


トランプがツイッターで、LLビーンの商品の購入を呼び掛けたことで、逆にLLビーンの不買を呼び掛けるツイートが広がり、反トランプの不買運動がにわかに注目を集めています。

トランプが購入を呼び掛けたのは、創業者の孫娘がトランプを支持する政治団体に献金したからだそうです。トランプの政治観は、損得勘定だけだという批判がありますが、献金してくれたから購入を呼び掛ける、こういったところにもトランプの政治家としての資質に疑いをもたざるをえません。

就任式で、メラニア夫人が着ていたブランドはラルフローレンだったそうですが、私は、去年今年とたてつづけにラフルのダウンを買ったばかりで、なんだかこのニュースを見てラルフを着るのが恥ずかしくなりました。

私は身体が大きいので、普段はアメリカの(安い)ブランドばかり買っているのですが、LLビーンもそのひとつです。折しも今日、LLビーンからカタログが届いたばかりで、今年の冬は、ラフルのダウンにLLビーンのセーターとコーデュロイのスラックス、それにニューバランスのスニーカーが定番でした。役員がトランプ支持を表明したニューバランスも不買運動の対象になっていますので、これでは不買運動が歩いているようなものです。

不買は過剰反応ではないかという声もありますが、それだけトランプに反発する声が大きいということでしょう。アメリカの反トランプデモを見ると、「FASCIST」という文字をよく目にしますが、日本ではなぜかそういった見方は少ないようです。

メディアの報道も危機感の欠けた的を外したものばかりです。80年前のナチス政権誕生の際も、おそらくこんな感じだったのではないかと想像されますが、しかし、今回は日本の“宗主国”の大統領なのです。その影響はヒットラーの比ではないでしょう。

「宰相A」同様、いち早くトランプタワーを訪問し、トランプをヨイショした孫正義氏は、さすがネットの守銭奴の面目躍如たるものがあると言えるでしょう。幼少期、在日朝鮮人として差別を経験した人間が、長じてヘイトクライムの権化のような人物にすり寄り揉み手しているのです。

『あんぽん 孫正義伝』(佐野眞一著・小学館)によれば、孫正義氏が生まれたのは、佐賀県の鳥栖駅に隣接する「豚の糞尿と密造酒の強烈な臭いがする朝鮮部落」だったそうです。そして、多くの朝鮮人の子どもたちと同様、日本人から汚いとか近寄るななどと言われて石を投げられた経験があり、そのときの傷跡が今でも頭に残っているそうです。それが今では石を投げる人間の側に立っているのです。かつての自分と同じように差別に苦しんでいる子どもたちがいることなど、まるで頭にないかのようです。お金のためなら悪魔にでも魂を売るのでしょうか。私は、そこに人間のおぞましさのようなものさえ覚えてなりません。そして、編集権の独立と無縁なYahoo!ニュース(Yahoo!トピックス)が、トランプ批判にどこか遠慮がちなのもわかる気がするのです。

一方、日本では、南京大虐殺を否定する元谷代表の著書を客室に常備しているアパホテルや、東京MXテレビで沖縄ヘイトのニュース番組を制作しているDHCなど、トランプまがいの社長が率いる会社が批判を浴びています。

1年前の『実話BUNKAタブー2016年2月号』(コアマガジン)には、『日本会議の研究』の著者の菅野完氏が書いた(と本人が明らかにしている)「愛国ネットウヨ企業大図鑑」という記事がありました。記事では、不買運動をしたくなるような、トンデモ思想に染まった「ネトウヨ企業」がずらりと紹介されていました。

アリさんマークの引越社、ゴーゴーカレー、アパグループ、イエローハット、カドカワ(ニコ動とKADOKAWAの持株会社)、DHC、フジ住宅、高須クリニック、播磨屋おかき。大企業では、出光興産、九州電力、ブリヂストンサイクル、JR東海などの名があがっていました。しかも、そのなかには、ブラック企業として知られている会社も多いのです。

今後、孫正義氏のように、トランプ詣でする経営者が続出するのは間違いないでしょう。これも「本音の時代」のひとつの姿と言えるのかもしれません。
2017.01.23 Mon l ネット・メディア l top ▲
昨日の夜、馬車道から東横線に乗ったら、すぐ脇の座席に作家の某氏が座っているのに気付きました。私も、氏の作品は何冊か読んだことがあり、ナショナリズムをテーマにした著書は、このブログでも紹介したことがあります。氏は、新書を読んでいたのですが、見ると本には付箋がびっしり貼られていました。氏は、気になる部分にマーカーペンでラインを引き、さらにラインを引いたページに付箋を貼っていました。

それは、私と同じ読書スタイルでした。しかも、その付箋も私が愛用しているのと同じフイルム素材のものでした。氏は、時折、眉間に皺を寄せた険しい表情で車内の乗客をみまわしていました。週末の乗客を軽蔑しているのかなと思いました。だったら、それも私と同じです。作家のように、わが道を行く独立不羈の精神をもっていれば、ときに世間に対して不遜になることもあるでしょう。

一方、私はと言えば、最近、めっきり本を読む量が少なくなっています。年を取り、老眼鏡が手放せなくなったのですが、老眼鏡をかけて本を読むことに、どうも違和感を覚えてならないのです。

昨日は、健康診断に行ったのですが、視力が0.6と0.7でした。先生から「眼鏡をかけていますか?」と言われたのですが、「老眼鏡をかけるだけです」と答えたら、「眼鏡をかけなくて困ることはないですか?」と訊かれました。たしかに夜間車を運転する際、以前に比べて見づらくなったことは事実です。運転免許証の更新でひっかかる可能性もありますので、いづれ眼鏡を作らなければならないのでしょう。そうなると、ますます本を読まなくなるのかもしれません。

考えてみれば、別に本を読まなくても困らないし、あたらしい知識なんて必要ないのです。人生にとって、そんなことは取るに足りないものです。「アベ万歳」「ハシシタ(?)万歳」「トランプ万歳」「Google万歳」と言っていれば、なんとか人生は進むのです。むしろ、沖縄の土建業者のように、おいしい人生を手にすることができるのかもしれません。

マル激トーク・オン・ディマンドで内山節氏が言ってましたが、「自由・平等・博愛」といった近代の理念は、欧米の先進国が世界の富を収奪し独り占めする、そんな構造を前提に成り立っていた幻想にすぎなかったのです。近代が行き詰った現在、近代の理念をかなぐり捨てた「本音の時代」になってきたというのは、そのとおりでしょう。内山氏が言うように、差別や搾取や戦争というのは、もともと近代の社会が内蔵していたもので、それが表に出てきたにすぎないのです。

むき出しの「本音の時代」というのは、アベやハシシタやトランプに象徴されるような、ヘイトクライムが跋扈するあらたなファシズムの時代にほかなりません。その「本音の時代」を生きぬくには、私たちもまたみずからの「本音」を対置することをためらってはならないのです。

かつて中上健次は、韓国の開発独裁を支持するような文章を書いて物議を醸したのですが、それは、韓国の民主派は高級ホテルで高級ワインを飲みながら軍事独裁政権を批判しているエリートばかりで、彼らは、独裁政権からもたらされるささやかなおこぼれを頂戴するために、両手を広げて歓声をあげている民衆の情念から遊離しているというような内容でした。

収奪の構造を前提にした近代の理念をア・プリオリなものとして捉え、一方でその前提である収奪の構造を批判するリベラル派の矛盾。それは、日本でもいくらでも見ることができます。

何度でも繰り返し言いますが、右か左かではないのです。上か下かなのです。
2017.01.22 Sun l 社会・時事 l top ▲
神奈川県小田原市の生活保護を担当する生活支援課の職員たちが、「保護なめんな」「生活保護不正受給撲滅チーム」などとプリントしたジャンパーを作製し、それを着用して受給世帯を訪問していたというニュースが問題になっています。

毎日新聞
小田原市職員 「保護なめんな」ジャンパーで受給世帯訪問

このジャンパーは2007年に作られたのですが、この10年間で60名の職員が自費で購入していたそうです。会見では、如何にも役人らしくジャンパーを制作したいきさつを説明して弁解していましたが、ジャンパーの文言の意味を知らなかったというのは、どう考えても嘘でしょう。文言の意味も知らずに、5千円近くも出してあんなチープなジャンパーを購入するでしょうか。傷害事件で下がったモチベーションを上げるためという側面があったにせよ、ああいったジャンパーを作ったこと自体、受給者を見下すネトウヨ的思考が職場を支配していた証拠と言われても仕方ないでしょう。

厚労省の調査でも、生活保護費の不正受給は、件数で全体の2%、金額では1%以下です。むしろ不正受給で問題すべきは、ヤクザにやさしく一般人にきびしい窓口の対応でしょう。小田原市役所の担当者たちが、「生活保護不正受給撲滅チーム」とプリントしたジャンパーを着て、ベンツに乗って生活保護を受けているような強面の受給者のもとを訪問したのならわかりますが、おそらくその手の受給者は見て見ぬふりだったのでしょう。生活保護の担当者がみずからの権限をかさに、受給者の女性に関係をせまったという話がときどき表に出てきますが、彼らがやっていることは、公務員の特権をかざした弱い者いじめにすぎないのです。問題の本質は、公務員の思い上がった意識なのです。

宮崎学は、以前、公務員を「小市民的特権階級」と呼んでいましたが、とりわけ地方では、彼らのめぐまれた生活ぶりは際立っており、住民の嫉妬と羨望の的になっていると言っても過言ではありません。それが、このような傲慢な公務員が生まれる背景になっているのではないか。

何度も言いますが、日本の生活保護の捕捉率は10パーセントにすぎず、これは他の先進諸国に比べて著しく低い数字です。そのため、生活保護基準以下であるにもかかわらず、生活保護を受給してない人が2千万人もいると言われているのです。要するに、セイフティネットが充分機能してないのです。ところが、日本では、捕捉率が低いことが、逆に受給者は特権だ甘えだ贅沢だというような、本末転倒した”生活保護叩き”に使われているのです。

今回の問題は、外部からの指摘で表面化したそうで、内部の職員たちが指摘したのではないのです。護憲や平和や共生や格差解消を訴えている、“左派リベラル”の自治労の組合員たちが指摘したのではないのです。むしろ逆に、着用していた職員のなかには、自治労の組合員もいたのかもしれません。

自治労(職組)が、当局や議会と一体となって地方自治を食い物にしているという批判がありますが、たしかに身近な自治体を見ても、そういった批判は当たらずとも遠からずといった気がします。今回の問題は、(皮肉ですが)まさにマルクスが言う「存在が意識を決定する」好例と言えるのかもしれません。

公務員はめぐまれているというような話をすると、左派の人間から軽蔑のまなざしで見られ、鄧小平の先富論のような屁理屈(昔の”国民春闘”と同じ屁理屈)で反論されるのが常ですが、しかし、そういった”左派的思考(屁理屈)“は、もうとっくに「終わっている」のです。「自治体労働者への攻撃を許すな!」というスローガンにどれほどの説得力があるというのでしょうか。公務員問題に右も左もないのです。
2017.01.18 Wed l 社会・時事 l top ▲
韓国では朴槿恵大統領の職務が停止させられ、“政治の空白”が生じていますが、その間隙を縫って、「従軍慰安婦」問題をめぐる日韓対立が先鋭化しています。

朴大統領の友人である崔順実の国政介入疑惑は、逮捕・訴追されたとは言え、まだ裁判中で刑が確定したわけではありません。それに、朴大統領の関与がどの程度であったのか、充分解明されているとは言えません。傍目から見れば、週刊誌のスキャンダルレベルの域を出てない気もします。にもかかわらず、国会では朴大統領に対する弾劾訴追案が圧倒的多数で可決され、朴槿惠大統領は、実質的に国家元首としての権限を失ったのでした。

このヒステリックな手のひら返しは、如何にも韓国らしいなと思います。今までの大統領経験者も、世論の手のひら返しによって、似たような末路を辿っていますが、それは、韓国の政党政治の未熟さだけでなく、韓国社会の特異性や韓国人の気質も、多分に関係しているように思えてなりません。

そもそも独裁者・朴正煕の娘を大統領に選んだのは、韓国の国民なのです。朴正煕は、日本の陸軍士官学校を卒業して、陸軍中尉(日本名・岡本中尉)まで務め、解放後、軍事クーデーターで権力を掌握すると、岸信介ら自民党の保守政治家と通じ、請求権の放棄の見返りで得た経済協力を元手に、日韓の利権を築いた典型的な「親日派」です。

折しも、アクセスジャーナルでは、年明けから「安倍晋三首相自宅放火事件の闇」なる連載がはじまっていますが、アベシンゾーの下関の実家が地元では「パチンコ御殿」とヤユされるように、アベ家が韓国系パチンコ業者と浅からぬ関係があるのはよく知られた話です。アベのダブルスタンダードは、(ややオーバーなもの言いをすれば)朴正煕のダブルスタンダードとパラレルな関係にあるのです。

独裁者の娘(しかも、「親日派」の娘)を選んだ責任はどこ吹く風、今度は一転して口をきわめて罵っている韓国世論。まるでアイドルグループのコンサートのように、お揃いのジャンパーを着て、お揃いのプラカードを掲げ、いっせいにシュプレヒコールを上げる弾劾集会を見るにつけ、(日本のリベラル派の間では、民主主義の発露だと称賛する声が多いようですが)私は気持の悪さしか覚えません。あれじゃなにも変わらないだろうなと思います。

問題となっている少女像にしても然りです。あの無垢な少女像は、「従軍慰安婦」のイメージをあまりにもデフォルメしすぎていると言ざるを得ません。無垢な少女のイメージによって隠蔽されているのは、朴裕河が『帝国の慰安婦』で書いているような、慰安婦たちを直接集め管理し搾取した朝鮮人業者たちの存在です。そうやって「不純物を取り出して純粋培養された、片方だけの『慰安婦物語』」(『帝国の慰安婦』)が作られているのです。

朴裕河が言うように、朝鮮人慰安婦が中国人やオランダ人などほかの慰安婦と異なるのは、その大半が「管理売春」であったという事実でしょう。だからと言って、それが「自発」か「強制」かなんて関係ありません。日本軍が「慰安所」の設置を指示し、それを積極的に利用したのはまぎれもない事実です。「従軍慰安婦」が日本帝国主義による戦争犯罪であるのは、もはや議論の余地もないほどあきらかで、それは世界の常識ですらあります。だから、少女像の問題が取り上げられるたびに、細かい議論は隅に置かれ、日本が犯した蛮行のみが世界の人々に知られることになるのです。その意味では、あの少女像は、プロパガンダの装置としては効果絶大と言えるでしょう。

日本の国粋主義者たちが否定すればするほど、日本の戦争犯罪が流布される矛盾(パラドックス)。「愛国」を叫べば叫ぶほど、日本の”恥の歴史”が世界に拡散される泥沼。それは、ひとえに日本人がみずからの戦争責任を明らかにしなかったからです。ドイツのように、みずからの手で戦争犯罪を裁くことがなく、戦勝国による極東軍事裁判以外はすべて頬被りして曖昧にしたからです。それどころか、岸信介のように、占領国に協力することで、戦争犯罪者が権力の座に復帰さえしているのです。そのため、今だに中国や韓国から戦争責任を問われ、謝罪を要求されることになるのです。そして、日本人は、いつまで謝罪しなければならないのだと苛立つのです。そんな苛立ちも、中国や韓国から見れば、お門違いにしか見えないでしょう。

「従軍慰安婦」の問題の本質は、慰安婦の悲劇をどう受け止めるかでしょう。戦時性暴力ではないという日本の「愛国」者の主張は、とうてい世界に受け入れられるものではないでしょう。慰安婦の存在は戦争、それも植民地支配がもたらした悲劇であり、個々の元慰安婦たちは、女性として筆舌に尽くしがたい悲劇を強いられたのです。私たちは、それから目をそらすことはできないのです。

韓国の次期政権を見据え(あるいはトランプ政権誕生を見据え)、政治的な鞘当てがおこなわれていると見る向きもありますが、私たちは、そんな政治的な思惑に惑わされることなく、慰安婦の根底にある問題を見過ごしてはならないのです。「愛国」か「反日」か、「嫌韓」か「親韓」かなんてどうだっていいのです。それこそ日本人の常識が問われているのだと思います。


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週刊SPA!


OECDの「ワーキングレポート22」でも、日本の貧困率は24か国中、メキシコ・アメリカ・トルコ・アイルランドと並んでワースト5に入っています。しかも、日本の場合、他の先進国に比べて生活保護の捕捉率が著しく低くく、それがさらに日本の貧困を深刻なものにしているのです。

安倍政権が登場してから、政治も経済もトップダウンのほうが効率がよく、中国や韓国との競争にも有利だという考えが優勢になっているように思いますが、そういった考えが、非効率でかったるい民主主義を呪詛し、単純明快で手っ取り早い全体主義(的なもの)を志向するようになるのは当然でしょう。これこそが、メディアが盛んに喧伝していた「決められる政治」の姿なのです。

しかも、アベノミクスを見てもわかるとおり、経済のトップダウンが求めているのは、グローバル資本主義なのです。

『週刊SPA!』新年特大号(1/3・10号)は、「日本型貧困の未来」という特集を組んでいましたが、貧困は決して他人事ではなく、これからますますリアルな問題として私たちの身近にもせまってくるでしょう。

特集には、つぎのようなリード文がありました。

安倍首相は、「相対的貧困率は大きく改善した」と語り、波紋が広がっている。空前の株高に見舞われた‘16年末の日本経済。しかし、最新データによれば、所得格差は過去最高水準に達し、子どもの貧困率は16.3%と高い数値を示す。日本では確実に増え続ける生活困窮者。彼らが跋扈する日本の未来はいったい何が待っているのか?


記事では、「稼げない職業ワースト10」として、①タクシー運転手、②ビル・マンション管理人、③介護士、④百貨店店員、⑤製造・組立工、⑥保育士、⑦塾講師、⑧理容・美容師、⑨パチンコ店店員、⑩医療事務を上げていましたが、しかし、記事が前提としているのは、年収300万円前後の正社員です。今や全労働者の4割は派遣やパート(アルバイト)の「非正社員」なのです。20代に至っては、半分以上が非正規雇用です。現実はもっと深刻だと言えるでしょう。

アベシンゾーもトランプやプーチンと同じように、トップダウンの独裁的な政治をめざしているのは間違いなく、そうやって政治的にも経済的にも中国に対抗していこうというわけなのでしょう。

そもそも中国や韓国がライバルになったのは、彼らがキャッチアップしてきただけでなく、日本が没落したという側面もあるはずです。しかも、それらのライバル国は、かつて「二等国」とか「劣等民族」と呼んで蔑んでいた旧植民地の国です。私たちの感覚でも、いつの間にか気が付いたら中韓がライバルになっていたのです。

安倍政治には、声高に「愛国」を叫び、なりふり構わずグローバル資本主義に拝跪することで、かつての”栄光”にすがろうとする、旧宗主国の歪んだ心理があるように思えてなりません。でも、安部政治が掲げる「愛国」は、沖縄への対応を見てもわかるとおり、ただの従属思想にすぎません。

特に非正規雇用の割合が高い10代~20代の男性に、安倍政権の支持率が高いそうですが、そこにはトランプに熱狂した(「白いゴミ」と呼ばれる)白人の下層労働者と共通するものがあるように思えてなりません。

住民の約半数にあたる3400人の日系の出稼ぎ外国人が居住する、愛知県の保見団地を取材した写真家の名越啓介氏は、「外国人労働者が形成する日本”スラム”化の近未来」という記事のなかで、つぎのように言ってました。

「(略)彼らには、決して恵まれない環境でもそれを笑いに変える力強さがある。自分の経験では貧困だからこそ、その裏返しからくる底抜けの明るさを持っていると思うんです。例えば、お金のない日本人は結婚や子どもを諦めがちですが、保見団地の人らは働き手が増えるからと、子どもを産む。とにかく元気ですよね」
 貧困をもろともしないバイタリティ。日本の貧困の未来にとって、彼らのマインドは一つの希望になるかもしれない。


藤田孝典氏も、ノンフィクションタイラー・中村淳彦氏との対談(「貧困の未来は絶望しかないのか!?」)で、社会保障改革が間に合わない今の30代以上はもう手遅れで、貧困と付き合っていくしかない「貧困が当たり前」の世代になると言ってました。

グローバル化した経済が格差(「貧困が当たり前」の社会)をもたらし、その格差が全体主義を招来するというのは、わかりやすいくらいわかりやすい話です。もとよりグローバル資本主義にとって、国民国家なんて足手まといでしかないのです。

私たち日本人もこれからは、”全体主義と貧困の時代”をしたたかに且つしぶとく生き抜くバイタリティが求められているのです。


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2017.01.03 Tue l 社会・時事 l top ▲