今日、ESWL(体外衝撃波結石破砕術)を受けました。ESWLは、一応手術扱いになるそうで、手術承諾書(同意書)の提出を求められました。ただ、私が受けた病院は、入院の必要はなく、日帰り(外来)で行われました。

ESWLを受けるに際して、ネットの体験談などが非常に参考になりました。特に初めて受ける場合は、どうしても不安なので、ネットで検索することが多いのです。それで、私も、誰かのお役に立つことができればと思い、今日の体験をブログに残すことにしました。

ESWLを受けるのに、食事制限などはありません。薬は事前に2種処方されました。ひとつは、お腹の中のガスの気泡を放出させるガスコンという薬です。これは、施行日前日に「1日3回食後」に服用します(1日分のみ)。もうひとつは、前日の就寝前に服用する下剤が1回分だけです。

施行は午後2時からですが、検査があるので、45分前の午後1時15分までに来院してくださいと言われました。

病院に行くと、まず尿の採取とレントゲンの撮影がありました。そして、そのままレントゲン室の前で待っていると、担当の看護師さんがやってきて、レントゲン室内の更衣室に案内されました。パンツ一枚になって、その上に甚兵衛のような病衣を着るように指示されました。

看護師さんに「痛いんでしょうか?」と訊きました。看護師さんは、「痛くないとは言いませんが、人それぞれですね。痛がる人もいますし、そのまま眠ってしまう人もいますよ」と言ってました。

石のサイズや硬さやあるいは石がある場所などによって、痛みは人によって違うようです。

着替えを終えると、レントゲンと同じような機械が設置されたベットの上に仰向けに寝るように言われました。そして、「(痛み止めの)座薬を自分で入れたことがありますか?」と訊かれました。「いいえ」と言うと、「じゃあ、失礼して入れさせていただきます」と言って、横向きにさせられ、パンツを下げられると、ペンキャップのような座薬をいきなり肛門に差し込まれました。私が思わず「ああっ」と声を上げると、「声が出るくらい奥に入れなければダメなんですよ」と言ってました。

さらに、心電図の電極を両胸と左手の指先に付けられ、点滴の針を右腕に刺されました。心電図と点滴の準備が終わると、放射線技師がやってきて、右の腰を浮かしてくださいと言われました。腰を浮かすと、そこに斜めに切られたゴム製の枕のようなものを差し込まれ、腰部が左側にやや傾斜するような恰好になりました。

ベットは左の腰部のあたりがくり抜かれていますので、そうやって左の腰背部から衝撃波を当てるのでしょう。

ただ、衝撃波を正確に当てるためには、身体の位置の調整が必要で、身体を微妙に動かしたりして、調整するのに10分くらいかかりました。調整が終わると、ベルトで身体をきつく縛られ固定されました。

モニター室のなかにいたドクターが私の傍にやってきて、「じゃあ、始めますよ」「よろしくお願いしま~す」と大きな声で言いました。

すると、パチパチという音とともに左の腰背部に微かな痛みが走りはじめました。ネットで、「輪ゴムで弾かれるような痛み」と書いていた人がいましたが、まったくそんな感じです。でも、すぐに慣れ、ほとんど痛みは感じなくなりました。そのあと、衝撃波のパワーが(4段階に)上げられていったのですが、パワーが上がるとパチパチという音も大きくなり、痛みも強くなります。しかし、いづれもすぐに慣れました。

パワーを上げるたびに「痛くないですか?」と訊かれるのですが、「大丈夫です」と答えました。担当の看護師さんは、「よかったです」と言ってました。なかには、ひどく痛がる人もいて、途中でパワーを上げるのをやめることもあるそうです。

1時間近くかけて都合3500発の衝撃波を当てられました。私は、途中、眠くなりうつらうつらしたくらいです。その間、モニター室ではドクターや看護師さんがおしゃべりに興じていました。手術と言っても、緊張感のまったくない手術なのです。

ESWLを終えると、再びレントゲン撮影をされて、担当医の説明がありました。担当医は、PCのモニターに映し出された術前術後の写真を指差しながら、「このように石にヒビが入っています。あとは無事排出されることを願うばかりですね」と言いました。私は、「破砕」ということばから粉々に砕かれるイメージをもっていましたので、「ヒビ」と言われて意外な気がしました。「ヒビ」が徐々に拡大し、やがて割れて尿管を流れはじめるということなのでしょうか。ずいぶん気の長い話だなと思いました。「もし、これでダメなら、内視鏡手術など次の処置も考えなければなりません」と言われましたが、一回でダメだったら二回・三回と再施行もありなのではと思いました。

次回の診察は1か月後を指定されました。薬の処方もなく、治療費を精算してそのまま帰宅しました。治療費は再診料も含めて、3割負担で6万円弱でした。

病院を出たあと、お腹が空いたので、近くの食堂でニラレバと餃子の定食を食べ、そのあとスーパーに寄って夕飯のおかずを買って帰りました。

帰ったら、それこそ赤ワインのような血尿が出ましたが、それも一度だけで、そのあとは普通の尿に戻りました。
2017.03.29 Wed l 健康・ダイエット l top ▲
日本会議の研究


私たちが忘れてはならないのは、森友問題の思想的な背景です。むしろ、それこそが森友学園問題の本質と言えるのかもしれません。

菅野完氏の『日本会議の研究』に、その背景が書かれていました。

 安倍政権を支える「日本会議」の事務総長・椛島有三も、安倍の筆頭ブレーンと目される伊藤哲夫も、内閣総理大臣補佐官である衛藤晟一も、政府が南京事件の記憶遺産を阻止すべく頼った高橋史郎も、全員が「生長の家」から出た人々だ。だが、椛島有三や伊藤哲夫を輩出した宗教法人「生長の家」本体は、1983年に政治運動から撤退している。
 しかし、その路線変更を良しとしない古参信者たちが今、教団に反旗を翻し「生長の家原理主義」運動を展開中であり、その運動に稲田朋美や百地章など、安倍政権と深いつながりを持つ政治家・学者が参画している。さらにこの「生長の家原理主義」運動は、塚本幼稚園の事例のように、政治の世界だけでなく、市民社会の中にあって、ファナティックな右傾化風潮を醸し出す要素の一つになっている。
(『日本会議の研究』)


少し注釈が必要かもしれません。伊藤哲夫氏は、日本政策研究センターというシンクタンクの代表で、「安倍政権の生みの親」と言われる安倍首相のブレーンの一人です。同時に、日本会議の常任理事(政策委員)でもあります。衛藤晟一氏は、自民党比例区(九州ブロック)選出の衆院議員で、自民党大分県連会長です。安部首相の側近中の側近です。高橋史郎氏は、最近よく耳にする「親学」の提唱者として有名な教育学者です。百地章氏は、集団的自衛権が合憲であると主張する数少ない憲法学者で、やはり、安倍首相のブレーンの一人です。伊藤哲夫氏と同じく日本会議の常任理事(政策委員)です。

世代的に下の稲田朋美氏を除いた彼らは、60年代後半に全共闘運動に対抗すべく結成された右派(民族派)学生運動を担った活動家たちです。その母体になったのは、生長の家の学生信者の全国組織である生長の家学生会全国総連合(生学連)です。

生学連の名を轟かせたのは、1968年の長崎大学における「学園正常化」運動でした。長崎は、同年の佐世保エンタープライズ寄港反対闘争の現場であり、長崎大学の自治会は、社青同解放派の学生組織である反帝学評(反帝国主義学生評議会)の学生たちが握っていて、他の大学と同様、バリケードストが行われていました。それに対して、生学連のメンバーが中心になって結成された長崎大学学生協議会の学生たちが、「学園正常化」「スト打破」を掲げ、ときに全共闘の学生たちと暴力を伴った衝突を繰り返しながら、ついに自治会を“奪還”し、バリケード撤去に成功したのでした。右派学生が自治会を握るというのは、全共闘運動最盛期においては、稀なケースで、一躍長大学生評議会とそれを率いた議長の椛島有三氏は、右派(民族派)学生運動のヒーローになったのでした。ちなみに、その頃、早稲田大学で「学園正常化」の運動を行っていたのが、のちに新右翼「一水会」を結成した鈴木邦男氏です。鈴木氏も生長の家の信者で、生学連のメンバーでした。

長崎大学の成功によって、九州学生自治連絡協議会(九州学評)が結成され、さらにそれは“九州学評方式”と呼ばれて全国に広がり、翌年(1969年)、全国組織の全国学生自治連絡協議会(全国学評)が結成されます。全国学評の初代委員長は、生学連書記長の鈴木邦男氏でしたが、しかし、鈴木氏は僅かひと月で、生学連の次の書記長・安東巌氏らの“クーデター”によって解任されるのでした。

一方、九州学評の執行委員長は椛島有三氏で、副委員長は、大分大学で「学園正常化」運動を行っていた衛藤晟一氏でした。その頃、隣の別府大学で「学園正常化」運動を行っていたのが、のちに小泉チルドレンとして衆院議員を一期務めた井脇ノブ子氏です。

森友学園の籠池理事長も生長の家の信者で、世代的にはやや下ですが、関西大学で右派学生運動をしていたという話があります。

また、全国学評には、”理論団体”として全日本学生文化会議がありましたが、その結成大会の実行委員長だったのが当時佐賀大学の学生であった百地章氏です。

やがて右派学生運動は、全共闘運動の退潮とともに終息に向かいますが、オルガナイザーの椛島有三氏は、全国学評の後継(社会人)組織として、日本青年評議会を作るのでした。その日本青年評議会こそが、日本会議の実質的な事務局を兼ねている組織です。そして、日本会議の大会などイベントの際、スタッフとして手足になって動いているのが、現在も存在する全日本学生文化会議の学生たちです。

彼らが共有するのが、生長の家の創始者・谷口雅春の「神国日本」思想です。その政治運動の原点に戻ることを目指す「生長の家原理主義」なのです。

Joe & Santaro
生長の家原理主義とは:「古事記と日本国の世界的使命」の妄想

このように、日本会議のルーツは、68年の長崎大学の右派(民族派)学生運動にあり、50年経てもなお、宗教的な紐帯で結ばれた当時のメンバーが、戦前回帰をめざす草の根の保守運動を行っているのです。謂わば彼らの”持続する志”として、日本会議があるのです。

日本会議(=日本青年評議会)は、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」や「民間憲法臨調」などさまざまな「フロント団体」を使って改憲運動を行っていますが、まず地方に改憲をめざす運動体を作り、その働きかけで県議会や市町村議会で改憲求める決議を行い、それをもって国会で実現をせまるという戦略をとっているそうです。それは、かつて元号法制化運動で成功した戦略を踏襲したものだそうですが、私は、なんだか毛沢東の「農村から都市を包囲する」革命戦略を思い出しました。

それにしても、どうして安倍首相は、「生長の家原理主義」の関係者に周りを固められ、その影響を受けるようになったのか。そのことについて、菅野完氏は、つぎのように書いていました。

それまでの総理総裁と比べ、安倍の党内権力基盤は驚くほど脆弱だ。日本会議や「生長の家原理主義ネットワーク」をはじめとする「一群の人々」が安倍の周りに群がり、影響力を行使できるのも、この権力基盤の脆弱さに由来するのではないか。安倍は他の総理総裁よりつけこみやすく、右翼団体の常套手段である「上部工作」が効きやすいのだ。
(同上)


それは、まるで安倍首相のサラリーマン時代の上司が言うように、「子犬が狼の子と群れているうち」に「狼の子」に「感化」されてしまったような感じですが、しかし、同じ「狼」でもそれはとんでもない「狼」なのです。ときの総理大臣が戦前回帰を目論む国粋主義的なカルト思想(それも、特定の宗教的カルト思想)を信奉する一群の人たちの影響下にあるというのは、呑気に片付けられるような話ではないでしょう。森友学園問題は、そんな(カルトに国が浸食される)由々しき現実の一端が顔を覗かせたとも言えるのです。


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生長の家の声明
2017.03.26 Sun l 社会・時事 l top ▲
ネットメディア覇権戦争


先日、DeNAのキューレーションサイト(まとめサイト)の無断転載等の問題に関連して、同社が設置した第三者委員会の報告書が発表されました。

内容については、下記の記事が詳しく伝えていました。

INTERNET Watch
DeNA、創業者の南場智子氏が代表取締役に復帰、キュレーションメディア事業の第三者委員会報告書を受けガバナンス強化

背景にあるのは、PV至上主義です。ネットのコンテンツの多くは、基本的に無料ですので、ネットでお金を稼ぐには広告が主体になります。そのためには、どれだけ多くのアクセスを稼ぐかがなにより重要なのです。そして、アクセスを稼ぐためには、記事の量産やSEO対策が必須です。それが今回のように、コンプライアンスが二の次になった要因でしょう。

こういったネットのしくみを作ったのは、Googleです。今でこそGoogleは、「品質に関するガイドライン」なるものを設けて、コンテンツの質を重視するようなことを言ってますが、しかし、アドワーズやアドセンスの課金に対する(唯一の)指標が、クリック数であることには変わりがありません。ネットでお金を稼ぐには、PVを無視することはできないのです。

DeNAも、キューレーションサイトから撤退するとは言ってませんので、これからは今までのような粗雑で露骨なPV至上主義ではない、もっと巧妙なPV至上主義を模索することになるのでしょう。

もちろん、それは、ネットニュースも同じです。

藤代裕之氏は、近著『ネットメディア覇権戦争』(光文社新書)で、「ネットの話題がマスメディアの恰好のネタ元」になっていることが、今のような偽ニュースの拡散につながっていると書いていました。それこそが、大塚英志氏が言う「旧メディアのネット世論への迎合」ということでしょう。

そして、そのなかで大きな役割を果たしたのが、Yahoo!ニュースやJカス(J-CASTニュース)などのミドルメディアだと言います。

 ネットをネタ元にしたニュースが溢れる現状は、ソーシャルメディアとマスメディアの関係を追い続けてきた私の立場からすると、驚きである。
 約10年前、ブログやSNSが拡大していた時期に、既存メディアは、ネット上にはコンテンツのコピーが溢れており、著作権法違反でるという批判や、何の社会的価値もない便所の落書きといった、ネットを蔑む発言を繰り返していたからだ。
 だが、人々の発言が増えるにつれて、情報はネットからマスメディアへと「逆流」するようになった。YouTubeに投稿されて国際問題にまで発展した尖閣諸島の海上保安庁動画流出や、東日本大震災の津波や被災動画を経て、ソーシャルメディアのコンテンツはニュースへと位置付けられていく。
(略)
 従来、マスメディアから流れていたニュースは、ミドルメディアの登場で、人々からマスメディアへと「逆流」することになった。そしてこの構造は、ネットの世論らしきものを生み出している。


しかし、炎上に参加している「ネット民」は、ネットユーザーのわずか0.5%にすぎず(国際大学グローバル・コミュニケーション・センター山口真一研究員『ネット炎上の研究』)、ネトウヨと呼ばれる「ネット民」の比率は、ネット利用者の1%を下回る(大阪大学大学院・辻大介準教授『インターネットにおける「右傾化」現象に関する実証研究』)という調査があります。これが「ネット民大勝利」「ネットで話題」の実態なのです。

 本来マスメディアは、ネットに出回る情報を検証して、それを伝える役割があるが、ネットの情報に振り回されているのが現実だ。
 ネットで小さな波紋を起こして、、それによってミドルメディアが騒ぎ、マスメディアを動かしていく手法は、世界に広がっている。トランプ現象、そしてイギリスのEU離脱(Brexit)も同じだ。権力者や著名人の過激な発言は、アクセス数を稼ぐ格好のネタだ。ネットとマスメディアの共振で広く流布されるようになっている。


「そして、このような炎上の構造を、何らかの意図を持った国、企業、ユーザーが、利用したらどうか」(どうなるか)と警鐘を鳴らすのですが、実際にヤフーは、Yahoo!ニュースを利用して、自社の事業のために世論誘導を行ったり、ライバル会社の商品に対するネガキャンを行った「前科」があるそうです。

さらに藤代氏は、ミドルメディアの姿勢をつぎのように批判します。

 多くの人は、まさか自分たちが見ているニュースが、ここまで汚染されたり、偏ったりしているとは思わないだろう。人々のニュースへの信頼を利用して、プラットフォーム企業が巨額の利益を上げている。(略)「人々が発信する情報を掲載しているだけ、後は各自の判断で」というプラットフォーム企業の常識は、もはや通用しない。


藤代氏は、取材を受けるのにメディアを選別するヤフーの宮坂社長を、「取材に対してウソをつくトップがいるような組織に、信頼と品質など担保できるわけがない」と批判したところ、逆に「ネット民」から批判を浴び炎上したそうです。ただ、その際、ニュースサイトや広告代理店の関係者から、「ヤフーにはジャーナリズムの素人しかいない。ニュースの判断などできるはずがない」「これまでも何かと条件をつけて配信料を値下げしてきた。発信者支援などごまかしに過ぎない」「ヤフーが考える方針に従わないと、嫌がらせをされた」「社内の数字が達成できないからと、営業努力を求められた」などという声が、藤代氏のもとに寄せられたそうです。

そもそもYahoo!ニュースには、「編集権(編集の独立)」というニュースメディアとしての最低限のシステムも考え方も存在してないのです。Yahoo!ニュースがピューリッツァー賞を目指す(宮坂社長のことば)なんて、片腹痛いと言わねばなりません。Yahoo!ニュースにとって、ニュースは所詮、マネタイズする対象でしかないのです。

その典型がコメント欄でしょう。

 差別発言や誹謗中傷が溢れ、ヤフー自身も極端なレッテル貼りや、差別意識を助長させるような投稿があったと認めているニュースのコメント欄(略)。このコメント欄はプラットフォーム部分とされ、プロ責(引用者注:プロバイダ責任制限法)対応となる。つまり、事後対応でよいため、無秩序な状態が放置されてしまうのだ。


ヤフーは、とかく問題の多いコメント欄に対しても、「メディアとプラットフォームの部分をうまく使い分け」責任回避をしてきたのです。もちろん、いくら問題があっても、コメント欄を閉鎖する気なんてないそうです。「理由は単純で、コメント欄がアクセスを稼いでいるから」です。つまり、バイラル効果でお金を生むからです。Yahoo!ニュースの政治関連の記事に、ネトウヨと親和性が高い産経新聞の記事が目立つのも、故なきことではないのです。

こう考えてくると、藤代氏のつぎのようなヤフーに対する批判は、的を射ていると言えるでしょう。

 言論に責任を持たず、社会を惑わす企業は、ニセモノのメディアに過ぎない。


 組織的にリスクを回避する仕組みがなく、体制も整わない中で、新聞記者に憧れたトップがいくら旗を振っても、ニセモノのジャーナリズムは本物にならない。



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Yahoo!ニュースの罪
『ウェブニュース 一億総バカ時代』
私刑の夏
2017.03.22 Wed l ネット・メディア l top ▲
尿管の石は、来週、ESWL(体外衝撃波腎尿管結石破砕術)で破砕することになりました。

尿管結石は今回で4回目ですが、今回は石が大きいので、自然排出は望めないのです。もっとも、毎月通っている泌尿器科で、もう2年くらい前から、腎臓にある石が直径10ミリを越えているとかで、破砕をすすめられていたのですが、自覚症状もなかったので、ずっと先延ばしにしていたのでした。

先日、そのかかりつけの泌尿器科に行って、「先生、実は、石が尿管に落ちました」と言いました。すると、先生は、「とうとう落ちましたか」と言って、レントゲンで確認してくれました。

石は大きく、しかも尿管の上の方にあるので、「ESWLで大丈夫でしょう」と言ってました。「病院ではTUL(経尿道的尿管砕石術)をすすめられるのですが?」と言ったら、「その必要はないでしょう」「TULは麻酔をして5~6日入院しなければならないので大変ですよ」とアドバイスしてくれました。

なんだかセカンドオピニオンを受けた感じで、かかりつけ医がいると、こんなとき便利です。 ただ、ESWLの場合、一度で完全に破砕されるとは限らないので、何度かの破砕も覚悟しなければならないと言われました。

破砕を受ける総合病院には、救急時も含めて今まで三度受診しましたが、既に医療費が3万円以上かかっています。その病院の場合、ESWLは「日帰り手術」で済むのですが、それでも6万円くらいかかると言われました。破砕のあとも何度か通わなればならないでしょうし、都合10万円は負担しなければならないでしょう。結石も結構お金がかかるもんだなとあらためて思いました。

かかりつけの先生に、「やっぱり、先生から言われていたときに破砕すればよかったですね」と言ったら、「人間というのはそんなもんですよ」と言って笑っていました。
2017.03.20 Mon l 健康・ダイエット l top ▲
安倍挨拶状
上は、先ほど菅野完氏のツイッターにアップされた安倍首相の挨拶状です(クリックで拡大可)。籠池理事長は以前、安倍首相が塚本幼稚園に来る予定だったけど、総裁選に出馬したため、スケジュールの調整が付かず来ることができなくなった、と言ってました。それを裏付ける資料と言えるでしょう。

森友学園問題は、ここ数日で、国会から籠池理事長にイニシアティブが移った感じでした。

籠池理事長にしても、籠池理事長の「窮鼠猫を噛む」路線への転換に一役買った菅野完氏にしても、当然リスクはあるでしょう。特に、出る杭を打つことを生業とする週刊誌にとって、安倍夫妻より籠池理事長や菅野氏のほうが素材としては美味しいはずです。脛に傷を持たない人間なんてそうそういるものではありません。その意味では、菅野氏はあえて火中の栗を拾ったと言えなくもないのです。

一方で、フリーライターの菅野氏にマイクを向けて、籠池理事長の情報を得ようとするマスメディアの連中には、それこそ「恥を知れ」と言いたくなりますが、しかし、悲しいかな、森友学園問題は今後ますますテレビ局を中心とするマスメディア主導で収束が図られる、そういう方向に進むのは間違いないでしょう。

来週の証人喚問は、国会と籠池理事長によるイニシアティブ争奪の“最終決戦”の場と言っていいのかもしれません。しかし、自民党の竹下亘国対委員長の「総理に対する侮辱だ」ということばが象徴するように、「ほとんど独裁者気分」の「宰相A」相手に一介の「民間人」が「窮鼠猫を噛む」ことは、至難の業と言えるでしょう。

菅野完氏の『日本会議の研究』(扶桑社新書)に、今の森友学園問題を予見しているかのような箇所がありました。戦前に出版された(旧)生長の家の経典『生命の實相』を掲げて講演する稲田朋美氏と、教育勅語を唱和したり「愛国行進曲」や「日の丸行進曲」を合唱する塚本幼稚園を並べて紹介した上で、つぎのように書いていました。

 この2つの写真、一見何ら関係のないように見える。しかし、「『生命の實相』を掲げて講演する稲田朋美」と「愛国行進曲を唱和する塚本幼稚園」の間には、極めて太い関係性があるのだ。


その「太い関係性」というのは、“生長の家原理主義”です。

日本会議の中心メンバーが、(旧)生長の家の学生信者たちによる民族派学生運動の元活動家たちで占められていることはよく知られた話ですが、その思想的な核にも、谷口雅春の「神国日本」思想を信奉する“生長の家原理主義”があるというわけです。

昨日、瑞穂の國記念小學院の現場で、視察に訪れた参院予算委員会のメンバーたちを籠池理事長が応対していた際、「森友学園は悪くない!」「森友学園がんばれ!」と絶叫する、「ほとんどビョーキのような」女性の声が聞こえていましたが、あれは在特会元大阪支部長の女性活動家の声だそうです。その声をバックに、籠池理事長は、「我々がこの学園をつくり上げようとしたのは、みなさん方のご意志があってこそだと思っております。そのご意志のなかには、大変恐縮ですが、安倍内閣総理大臣の寄付金も入っておりますことを伝達します」と“爆弾発言”を行ったのでした。

私は、そのシーンを観ながら、先日、毎日新聞のウェブサイトに載っていた下記の記事を思い出したのでした。

毎日新聞ニュース
新ナショナリズムの正体! 「森友学園」問題と「世界のアベ」を解読=伊藤智永

「世界のアベ」を自認する安倍首相が、好きな外交で得た「尊大な自信」と「英雄気分」を、「校庭にゴミの埋まった未認可小学校の『「疑惑』など、実にくだらないイチャモン」でケチを付けられてイライラしているというのは、そのとおりかもしれません。だから、あのように、すぐキレるのでしょう。

でも、問題は、「雄大な外交戦略と卑俗な雑事の落差」だけではないのだと言います。

 しかし、安倍首相の苛立ちは、外交と内政、雄大と卑俗の落差ばかりが原因ではない。日露・日米首脳会談と学校法人「森友学園」問題は、実はどちらもナショナリズムの発露という特徴が共通している。ただし、外交ナショナリズムはグローバリゼーションの潮流に棹(さお)差し、そこで生き残るため、さらに果敢な攻勢に打って出る新しいナショナリズムであるのに対し、日本会議的なナショナリズムはステレオタイプの旧来「保守」型であり、グローバリゼーションへの積極的対応や親和性は薄い。

 水と油の新旧ナショナリズムが、引き離そうとしても磁石のN極とS極のように安倍氏の両脇にぴたりと張り付き、安倍「保守」政治のねじれで首相本人もよじれている。「保守」という多義的な価値観のずれが日増しに拡大し、安倍「保守」政治が引き裂かれつつある。安倍政治から「保守」の要素が引き剥がされて、国内自足的な旧態「保守」とは同居し難くなっている。そのジレンマにもがく苛立ちも深層に底流している。


今日、瑞穂の國記念小學院の現場で見られた光景は、その新旧のナショナリズムの解離と対立を映し出していると言ってもいいのかもしれません。もちろん、籠池理事長の「窮鼠猫を噛む」路線への転換も、個人的な感情だけでなく、その脈絡でとらえることも可能でしょう。

安倍首相の「なんちゃって右翼」は、大好きなおじいちゃんの名誉を復権し、そのおじいちゃんに溺愛されたボクが辿り着いた「自己愛の世界」にすぎないのです。あくまで”趣味のようなもの”なのです。その”趣味”である「稲田朋美」や「森友学園」のお粗末さが現在、露わになっているのですが、彼らが依拠する”生長の家原理主義”に象徴されるような、復古主義的で「国内充足的な」ナショナリズムは、もはやボクの足をひっぱる都合の悪いものになりつつあるというわけです。籠池理事長の「仲が良かったのに裏切られた」という発言は、いみじくもその本質を衝いているとも言えるのです。


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『保守の本分』
2017.03.17 Fri l 社会・時事 l top ▲
安倍三代


今国会の森友学園問題における答弁でも、安倍首相の「息を吐くように嘘を言う」性格や、批判に対してすぐ激高する子どもじみた性格が、これでもかと言わんばかりに出ていました。

それは、安倍首相だけではありません。昭恵夫人の講演などを見ても、その喋り方からして、おせいじにも頭がよさそうには見えません。

昭恵夫人は、森永製菓の創業家のお嬢様でしたので、小学校からずっと聖心女子学園に通っていました。しかし、「勉強が嫌い」(本人の弁)で成績が悪かったため、多くの同級生たちが進む聖心女子大には入れずに系列の専門学校に行ったのですが、昭恵夫人自身も、週刊誌のインタビューで、そのことがコンプレックスだったと言ってました。それで、第一次安倍政権のあと、(大卒の資格がなくても入れる)立教大学の大学院に入り、修士号を取得したそうです。

安倍晋三首相も、小学校から大学まで吉祥寺の成蹊学園に通っていました。私も安倍首相に近い世代ですので、当時の成蹊大学のことを知っていますが、知名度は低かったものの、決して“バカ大学”ではありませんでした。早慶や上智には及ばないものの、明治や立教などとは充分肩を並べるくらいの大学でした。ほかで言えば、明治学院や青学や学習院と同じくらいでした。

ただ、それはあくまで外部からの一般入試の場合です。高校の同級生で成蹊に行った人間がいますが、その人間はよく「付属から来た人間はバカが多い」と言ってました。安倍首相自身も、受験(受験勉強)を経験してないことがコンプレックスだと言っていたそうです。

青木理氏の『安倍三代』(朝日新聞出版)を読むと、成蹊の同級生たちは、安倍晋三氏について、「可もなく不可もなく、極めて凡庸で何の変哲もない“いい子”だった」と口を揃えて言ってました。大学のゼミの指導教官も、晋三氏がゼミでなにか発言しているのを聞いたことがなく、卒業論文が何であったかも「覚えていない」そうです。

母方の祖父の岸信介も、父方の祖父の安倍寛も、父親の安倍晋太郎も、みんな東大を出ています。しかし、晋三氏は小学校から大学までいわゆるエスカレーター式で上り、受験勉強も経験してないのです。同級生の話では、晋三氏の成績は、東大はおろか、早慶も無理だったそうです。

父方の祖父の安倍寛は、故郷の山口県(旧)日置村の村長や山口県会議員を経て、国会議員を二期務めた政治家です。しかし、安倍晋三氏とはまったく異なる政治信条をもつ人物でした。二度目(1942年)の国政選挙に出馬した際は、戦争中で、全政党が解散させられた、文字通りの翼賛選挙でした。そのなかで、安倍寛は、大政翼賛会の推薦を受けない“非推薦候補”として、特高警察や憲兵隊の監視や妨害を受けながら、当選を果たしたのでした。その際の選挙スローガンは、「富の偏在は国家の危機を招く」というものでした。軍の暴走と無謀な戦争を怒り、農村の窮乏を訴えた、「反骨と反戦の政治家」だったのです。

父親の安倍晋太郎も、タカ派の福田派に属しながら、子どもの頃、父親に対する官憲の弾圧を目にしたことや新聞記者をしていた経験から、護憲を明言する平和主義者で、バランス感覚にすぐれた政治家だという評価があります。また、安倍晋太郎は、六高(旧制第六高等学校)時代、生涯の友となる韓国出身の同級生と出会っています。そのため、在日朝鮮人に対する偏見もなく、実際に地元の山口では在日の支援者も多くいたそうです。そういった懐の深さもあったのです。

しかし、安倍晋三氏は違います。著者の青木理氏は、こう書いていました。

成育過程や青年期を知る人々にいくら取材を積み重ねても、特筆すべきエピソードらしいエピソードは出てこない。悲しいまでに凡庸で、なんの変哲もない。
(略)
しかし、それが同時に不気味さを感じさせもする。なぜこのような人物が為政者として政治の頂点に君臨し、戦後営々と積み重ねてきた“この国かたち”を変えようとしているのか。これほど空疎で空虚な男が宰相となっている背後には、戦後70年を経たこの国の政治システムに大きな欠陥があるからではないのか。


少なくとも学生時代も、サラリーマン時代も(と言っても僅か三年ですが)、今のような右翼的な言動は微塵もなかったそうです。いつからネトウヨのような思想をもつようになったのか。

もしかしたら安倍晋三氏のそれは思想と言えるようなものではないのかもしれません。安倍晋三氏こそ、「なんちゃって右翼」と呼ぶべきなのかもしれないのです。所詮は、「趣味」のレベルでしかないのではないか。

晋三が敬愛してやまない岸信介にせよ、父方の祖父の安倍寛にせよ、あるいは父の安倍晋太郎にせよ、青年期から政治家を目指す気概に溢れ、天賦の才に加えてかなりの努力も尽くしていたが、晋三の周辺をいくら取材してもそんな様子は微塵も感じられない。
『安倍三代』


青年期までの晋三には、たとえば岸の政治思想を深く突きつめて思索を重ねた様子はなく、そうした思想を下支えする知を鍛えあげた痕跡もなく、血肉化するための努力を尽くした気配もない。
(同上)


大学の恩師である加藤節成蹊大名誉教授も、「彼(晋三)は大学4年間で、自分自身を知的に鍛えることがなかったんでしょう」と言っていたそうです。そして、安倍首相には、ignorantの「無知」とshamelessの「無恥」の二つの「ムチ」があると酷評するのでした。

サラリーマン時代の上司は、今の安倍晋三首相について、「(政界入り後に)周りに感化された」んじゃないか、「子犬が狼の子と群れているうち、あんなふうになってしまった」んじゃないかと言っていましたが、言い得て妙と言うべきかもしれません。

安倍晋太郎の番記者であった元共同通信記者の野上忠興氏も、『安倍晋三 沈黙の仮面』(小学館)で、つぎのように書いていました。

(略)安倍氏は、「気が強く、わがまま」(養育係の久保ウメ)で、「反対意見に瞬間的に反発するジコチュー(自己中心的)タイプ」(学友)だ。それが、父・晋太郎氏が懸念した「政治家として必要な情がない」一面につながっている。


こういった上げ底の薄っぺらな夫婦が、「一強」などと言われ、巨大な権力を動かすその頂点に鎮座ましましているのです。さらに、2021年までの、日本の憲政史上稀に見る長期政権まで視野におさめているのです。


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2017.03.14 Tue l 社会・時事 l top ▲
森友学園の籠池理事長が記者会見し、小学校の認可申請を取り下げ、みずからも理事長を退任することをあきらかにしたそうです。

つぎつぎとあきらかになる不正。「不認可」は既定路線でしたので、「苦渋の決断」(籠池理事長)をせまられた、そう追い詰められたと言えなくもないでしょう。

森友学園は、籠池夫妻が実権を握り、「愛国」教育に舵をきってから、退園者が続出、経営状態が急速に悪化したと言われています。

森友学園が、大阪府(私学審議会)と国土交通省と伊丹空港を運営する関西エアポートに、それぞれ金額が異なる工事請負契約書を提出した件では、昨日、施工業者が大阪府の聞き取りに対して、「学園側の虚偽説明に基づき作成したことを認めた」というニュースがありましたが、これが取り下げの決定打になったのかもしれません。

今回の問題は、豊中市のひとりの市議が情報開示の訴えを起こさなければ、そして、朝日がそれをスクープしなければ、間違いなく闇に葬られたのです。

言うまでもないことですが、国有地は、財務官僚のものでも、与党の政治家のものでもないのです。国民の財産なのです。補助金は、財務官僚や与党の政治家たちがポケットマネーから出しているわけではないのです。私たちが納めた税金なのです。このデタラメぶり、ザル加減は、一体なんなんだろうと思います。私は、広瀬隆氏の「私物国家」ということばを思い出さざるを得ませんでした。

小学校用地の“値引き”をめぐって、森友学園と近畿財務局の交渉が本格化していた時期に、安倍首相が国有地を担当する財務省理財局の迫田英典局長(安倍首相の選挙区と同じ山口県出身)と何度も会っていたという話がありますが、その迫田氏は、現在、国税庁長官です。週刊新潮が書いているように、「税の徴収を司る者が国有財産を叩き売りしていたなんて、トンだお笑い種」で、「ブラックジョーク」としか言いようがありません。

森友学園の塚本幼稚園は、安倍政権がすすめる「教育再生」を先取りした将来の“あるべき教育の姿”と言っていいのかもしれません。「愛国」者たちにとって、”理想の幼稚園”だったのではないか。そして、「安倍晋三記念小学校」(瑞穂の國記念小學院)を戦前的価値を称揚する「教育再生」の“モデル校“にしたかったのかもしれません。

教育勅語についても、安倍首相は「大変すばらしい理念が書いてある」と国会で答弁していますし、下村博文元文科大臣も在任中、「至極まともなことが書かれていると思う」と発言しています。また、稲田朋美防衛大臣も、先日の国会で、「教育勅語の精神は取り戻すべきだと今も思う」と発言しています。それどころか、稲田氏は、文科省が塚本幼稚園が「教育勅語を教えるのは適当ではない」と新聞取材に答えたことに対して、「なぜいけないのか」と担当者を「恫喝」したなどという話さえあるのです。

小沢一郎氏に言わせれば、稲田朋美氏は安倍首相の「趣味のようなもの」だそうですが、塚本幼稚園も、稲田氏同様、安倍首相の「趣味」だったのではないか。だから、ほとんどビョーキのような「愛国」教育を「素晴らしい」と言い、“名代“の昭恵夫人が小学校の名誉校長になったのでしょう。「(籠池氏は)私の考え方に非常に共鳴している方」という安倍首相の国会答弁が示すように、籠池理事長と安倍首相は、ネトウヨまがいの極右思想を共有した相思相愛の仲だったのでしょう。

上西小百合議員が言うように、実行部隊は松井一郎大阪府知事をはじめとする大阪維新の政治家やその関係者たちだったのかもしれませんが、その裏で安倍首相を含めた「愛国」者たちの邪な思惑がはたらいていたと考えてもおかしくないのです。

松井一郎知事は、自民党の府議会議員時代から日本維新の有力メンバーとして活動していたそうです。安倍首相の日本会議を媒介とする大阪の”改憲人脈”は、自民党より大阪維新が中心だと指摘する人もいるくらいです。

上西小百合議員は、今日の認可申請取り下げに関して、つぎのようにツイートしていました。


また、産経新聞も、問題が発覚する前は、塚本幼稚園の「愛国」教育について、下記のように、まるでパブ記事とみまごうような記事を書いていたのです。みんな、安倍首相の「趣味」を共有していたのです。

産経WEST
安倍首相夫人・アッキーも感涙…園児に教育勅語教える“愛国”幼稚園 「卒園後、子供たちが潰される」と小学校も運営へ

そして、問題が発覚したら、今度は手のひらを返したように、「愛国」者たちは森友学園を見放したのです。籠池理事長が恨みがましく言うように、「尻尾切り」を行ったのです。

安倍首相周辺では、「国家戦略特区」を利用して、「腹心の友」に36億円の国有地を無償譲渡したと言われる、加計学園の問題が新たな疑惑として浮上していますが、愛国心を方便に国家(日本)を食い物にする「愛国」者たちこそ、“フェイク“あるいは国を食む”シロアリ”と言うべきでしょう。
2017.03.10 Fri l 社会・時事 l top ▲
痛み止めも効かず、明け方まで痛みに苦悶していたものの、幾分収まったのでそのまま寝てしまいました。

そして、目が覚めて、病院に行こうかどうしようかと迷っていたとき、そんな「喉元過ぎれば熱さも忘れる」傲岸な考えを打ち砕くように、再び痛みが襲ってきたのでした。吐き気を催すような痛みです。まだ歩くことはできましたが、じっとしていることもできないような痛みでした(知人は、床をのたうちまわったそうですが、そこまでひどくはありません)。

それで、慌てて病院に電話して、受診の予約をしました。行きのタクシーに乗っているときも、検査をしているときも、待合室で診察の順番を待っているときも、断続的に襲ってくる痛みを耐えるのに必死でした。吐き気だけでなく、全身から汗がダラダラ流れてくるのでした。

今日は泌尿器科の専門医なので、昨夜のCTスキャンと今日のレントゲンの結果を、図を使って詳しく説明してくれました。石は腎臓から尿管に移動しているものの、まだ途中で止まったままだそうです。石自体が大きいので、このまま自然排出するのはむずかしいかもしれないと言われました。来週始めの診察日は予約でいっぱいなので、一週間後の診察日を予約しました。

「でも、このまま一週間排出されないということもあり得ますね」
「そうですね。その可能性が高いです」
「じゃあ、その場合、痛みがずっとつづくということですか?」
「そうなりますね」
「ひゃ~、この痛みはなんとかなりませんか?」
「痛み止めで凌ぐしかありませんね」

一週間後、石の状態を見て、破砕する手術が必要になるかもしれないと言われました。その際、対外から衝撃波を当てて破砕するESWL(体外衝撃波腎尿管結石破砕術)と、内視鏡を使ってレーダーで破砕するTUL(経尿道的尿管砕石術)の二つの方法があると言われました。石の大きさや石のある場所(尿管の上か下か)によって、選択肢も違ってくるそうです。

痛みが出たらどうするか、どうやって耐えるか、不安です。昨夜、処方してもらった痛み止めに加えて、座薬の痛み止めも処方してもらいました。

石を排出するには、水分をとることと、運動をすることだと言われました。それで、診察のあと、歩いて帰りました。外は冬の寒さでしたが、まだ残っている痛みで全身は汗びっしょりでした。ダウンを脱いでシャツ一枚で歩きました。途中、何度も道端にしゃがみ込みたくなりました。なんだか頭もクラクラしてきて、気もうつろといった感じでした。

ところが、痛み止めの薬が徐々に効き始めたのか、帰ったら急に眠くなり、そのままベットで寝てしまいました。そして、数時間後、目が覚めたときには、嘘のように痛みがなくなっていました。もちろん、石は排出していません。

ドクターは、石によって尿路の流れが悪くなっているので、水腎症の症状も出ていると言ってましたが、次回の診察日まで一週間、そのまま放置して大丈夫なのかと思いました。

痛みの原因は、尿が尿管に移動した石でせき止められ腎臓に逆流することによって、腎臓に圧がかかるからだそうですが、午後からは不思議と痛みが出ていません。このままずっと行ってくれればいいなあと思いますが、尿管に石がとどまっている限り、そんな甘い考えは通用するはずもないのです。

痛みがなくなったので、本屋へ行こうと駅のほうに向かっていたら、顔見知りの商店主に会いました。その商店主も長年の”石持ち”で、石が大きいため、ESWLで何度も破砕を試みるものの、まだ完全に排出されてないそうです。今日も、血尿を伴って小さな石が出ていると言ってました。「石のことならなんでも聞いてくださいよ」と言ってました。なんだかそう言って、胸を張っているような感じでした。

「でも、ものは考えようで、血尿が出るということは良くなっている証拠なんですよ。それだけ石が動いているということなんです。だから、前向きに考えることにしているんです」と、文字通り口角泡を飛ばしながら自論を展開していました。
2017.03.09 Thu l 健康・ダイエット l top ▲
昨日の午後からお腹が痛くなりました。私は、腎臓に石がある、(金持ちではなく)”石持ち”なので、尿管結石かなと思いましたが、しかし、過去の経験から見て(尿管結石は三度経験しています)、どうも痛みの場所が違うような気がするのです。尿管結石の場合は、下腹から脇腹、そして腰にかけて痛みがあるのですが、今回は胃のあたりが痛いのです。

食べ過ぎかもしれないと思いました。それで、近所のドラッグストアに行き、薬剤師に相談して、漢方胃腸薬を買ってきました。薬を飲むと、痛みも和らぎました。やっぱり、食べ過ぎだったんだと思って安心していました。

ところが、それから数時間後、突然、前にも増した激しい痛みに襲われたのでした。慌てて服を着替え、タクシーを呼んで、隣の駅にある救急病院に駆け込みました。

病院では、血液検査と腹部のCTスキャンを受けました。検査結果が出る間、点滴を受けながら待ちました。

夜の待合室には、4~5人の“先客”と付き添いの人がいましたが、ほとんどがそのままベットに寝かされ、入院病棟の方に運ばれて行くのです。その様子を見ながら、もしかしたら、自分も入院になるのではないか、尿管結石ではなく、大動脈解離で緊急手術になるのではないかなどと考えたりして、だんだん不安になってきました。ひとり暮らしなので、入院になったら、着替えの下着などどうすればいいんだろうと思いました。

検査の結果は、結石でした。このブログで調べたら、前回症状が出たのが2008年の1月でしたので、9年ぶりの再発になります。とりあえず、痛み止めを飲んで様子を見た上で、明日か明後日、泌尿器科を受診してくださいと言われました。初診でもあったので、受診料は薬代を含めて、3割負担で1万円を超えました。

かかりつけの病院でも、前から破砕をすすめられていましたので、今回石が排出されなかったら、破砕治療を受けるしかなさそうです。

ただ、痛み止めを飲んでもまだ痛みが残っています。今夜は、不安な長い夜になりそうです。


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2017.03.09 Thu l 健康・ダイエット l top ▲
安倍夫妻との関係が疑惑をよんでいる「安倍晋三記念小学校」(瑞穂の國記念小學院)の土地売却問題ですが、大手マスコミ(特に読売新聞と産経新聞)が“自主規制”していたため、今ひとつわかりにくい面があります。

本来なら時系列や関係図で疑惑をわかりやすく説明するはずですが、今回はそういったものがほとんどありません。疑惑をスクープした朝日新聞や昭恵夫人の講演ビデオを流したテレビ東京などを除いて、独自取材による記事はきわめて少ないのです。これこそ報道の自由度ランキング(「国境なき記者団」)72位の国にふさわしい光景と言えるでしょう。

森友学園に対しては、二つの側面から疑惑があります。ひとつは、財務省が権限をもつ国有地の売却問題です。もうひとつは、大阪府が権限をもつ小学校新設の認可の問題です。

まず土地売却の疑惑ですが、問題が明らかになったのは、、市民オンブズマンの活動をしているひとりの豊中市議の提訴がきっかけでした。2016年、豊中市にある国有地が、「安倍晋三記念小学校」(瑞穂の國記念小學院)の開校を申請している運営母体の森友学園に売却されたのですが、その売却額が非公表になっていたのに疑問をもった市議が、売却額の公表を求めて提訴したのです。そして、2017年2月8日、売却額が公表され、その金額の低さ(値引き額の多さ)に注目が集まったのでした。

この土地は、当初は国と森友学園の間で、10年間賃貸し、そのあと時価で売買することを約束した定期借地契約になっていました。ただ、森友学園が賃貸契約を結ぶ前、別の学校法人が、撤去費用や汚染土除去費用を差し引く同様の条件で、5億8000万円で購入を希望していたものの、金額面で折わなかったという話があります。また、上記の学校法人と同じかどうかわかりませんが、毎日新聞の最新の記事では、2012年に同じ豊中市にある大阪音大が7億円で購入する意思を示したけど、国が9億円以上の金額にこだわったため、やはり折り合いが付かなったそうです。

その後、森友学園が近畿財務局の公募に応じるのです。もっとも、公募と言っても、実際は森友学園との随意契約でした。国有地の売却を競争入札ではなく随意契約で行うのは前例がないそうです。ところが、森友学園は、取得資金が用意できませんでした。すると、近畿財務局は、売買ではなく賃貸契約に変更するのです。買主の都合で契約を変更することも、新規に学校を建設するのに国有地を定期借地契約で借りるのも、前例がないそうです。このように、森友学園に対して、前例のないさざまな便宜がはかられたのでした。

2016年3月、森友学園から近畿財務局に対して、杭打ちをしている際、地中に生活ゴミが埋められていることが判明したと通告があります。すると、今度は一転して、売買に向けた動きがはじまるのでした。 しかも、前年(2015年)には、もとの登記簿上の所有者であった国交省大阪航空局が、地下3メートルまでのゴミの除去費用として、既に1億3200万円を負担しているのです。

2016年3月14日
通告を受け、近畿財務局の依頼で大阪航空局が現地調査を行います。民間の専門業者ではなく、大阪航空局が現地調査を行うのです。

2016年3月24日
森友学園が賃貸契約をやめて買取ると申し出ます。

2016年4月14日
大阪航空局は、ゴミの撤去費用として、8億2200万円の見積を行います。専門外の大阪航空局がゴミの撤去費用の見積を行うのも初めてだそうです。しかも、森友学園の籠池泰典理事長は、問題発覚後、ゴミ撤去の実費は1億円くらいだと"”証言”しているのです。

2016年5月31日
国有地の不動産鑑定評価額が9億5600万円と決定。

2016年6月20日
撤去費用を差し引いた1億3400万円で売買契約が結ばれます。国は既に撤去費用として1億3200万円を負担することになっていますので、実質的には200万円で9億5600万円の土地を手放したことになります。1億3400万円という金額は、周辺の土地に比べて10分の1の価格だそうです。しかも、校舎の建築費用に対して、別途、6千円の補助金まで付けられているのです。要するに森友学園は、携帯電話と同じ「実質0円」で、9億5600万円の土地を手に入れたことになります。

取得代金の支払方法についても、前例のない破格の条件が付けられています。頭金が2700万円で、残りの1億円は10年間の分割(年1100万円)で延滞利息は1%だそうです。

しかも、どういう経緯でそういった破格の条件になったのか、交渉の記録は既に破棄されおり、確認しようがないと国会で答弁されています。

この小学校に関しては、当初「安倍晋三記念小学校」と付けることを学園が希望し、「安倍晋三記念小学校」の名称で寄付金集めも行われていました。国会でも問題になっていますが、実際に昭恵夫人が名誉校長に就任していました。

昭恵夫人が初めて系列の塚本幼稚園を訪れたのは2014年だと言われています。フジテレビで流れた映像では、2014年4月、塚本幼稚園で、「日本国のために活躍されている安倍晋三内閣総理大臣を一生懸命支えていらっしゃる昭恵夫人、本当にありがとうございます。ぼくたち、わたしたちも頑張りますので、昭恵夫人も頑張ってください」と園児が言うと、昭恵夫人は「感動しちゃいました」と言って涙ぐんでいました。日本国を「我が朝鮮」、安倍晋三内閣総理大臣を「偉大な金正恩同志」と置き換えれば、北朝鮮の幼稚園とそっくりです。

また、森友学園のサイトには、つぎのような安倍昭恵名誉校長の挨拶文が掲載されていました。

籠池先生の教育に対する熱き思いに感銘を受け、このたび名誉校長に就任させていただきました。

瑞穂の國記念小學院は、優れた道徳教育を基として、日本人としての誇りを持つ、芯の通った子どもを育てます。

そこで備わった『やる気』や『達成感』、『プライド』や『勇気』が、子ども達の未来で大きく花開き、其々が日本のリーダーとして国際社会で活躍してくれることを期待しております。


塚本幼稚園での講演で、昭恵夫人は、「(こちらの教育方針は)主人も素晴らしいと思っている」「せっかくここ(塚本幼稚園)で芯ができたものが(公立の)学校に入った途端揺らいでしまう」と発言していました。

塚本幼稚園は、教育勅語を暗唱させ、排外主義的な教育をおこない、運動会の選手宣誓で「大人の人たちは、日本が他の国に負けぬよう、尖閣諸島・竹島・北方領土を守り、日本を悪者として扱っている中国・韓国が心を改め、歴史で嘘を教えないようお願いします。安倍首相がんばれ、安倍首相がんばれ。安保法制国会通過よかったです」と年端もいかない園児に言わせるような、「ほとんどビョーキのような」幼稚園なのです。

その「芯」が公立の小学校に行ったら「揺らいでしまう」と昭恵夫人は言っているのです。だから、「芯」が揺らがないように独自の学校が必要だとでも言いたげです。

また、自身のフェイスブックにも、つぎのような写真とコメントを載せていました。

https://www.facebook.com/akieabe/

もうひとつは、大阪府が権限をもつ認可の疑惑です。こちらの問題は、上西小百合議員が孤軍奮闘しています。

もともと森友学園と大阪維新の会は近い関係にあったと言われています。松井一郎大阪府知事と籠池理事長は、ともに日本会議の有力メンバーです。また、同じ改憲論者として、森友学園と橋下徹氏(豊中市在住)との関係を指摘する声もあります。上西議員のツイッターによれば、ハシシタと同じ大阪北野高校ラグビー部出身の籠池理事長の息子は、日本維新の会(旧大阪維新の会)の足立康史議員の私設秘書だったそうです。

上西議員自身、維新の議員になった際、塚本幼稚園を視察してその素晴らしさを広めろと命じられたのだとか。


そして、上西議員は、党本部に送ったそのときの報告書をツイッターに載せていました。

2014年10月
まだ土地取得をしていなかったにも関わらず、森友学園は小学校の新規開校の認可申請を大阪府に行います。認可申請後、大阪府は財務省と協議を行い、その結果、財務省は近畿財務局をとおして森友学園と国有地の借地契約を結んだのでした。

その前の2011年、学園側から私立小学校の設置認可審査基準の緩和の要望があり、それを受けて同年12月4日、大阪府は審査基準の緩和を決定したのでした。それは、幼稚園しか設置してない学校法人に、借入金があっても設置を認めるという内容で、まるで森友学園のために緩和したみたいですが、実際に緩和後の小学校の認可申請は森友学園の1件だけだそうです。

2014年12月
大阪府は、認可申請を私学審議会に諮ります。しかし、財務状況に不安あるなどの理由で、いったんは認可が見送られます。

2015年1月
翌月、森友学園の申請を再審査するためだけに、臨時会が開かれます。そして、開校に向けた進捗状況を報告するという条件付きで、「認可適当」の答申がなされたのでした。それも、前例ないほどのスピード認可でした。

ただ、開校をとりまく状況はきびしいものがあり、1・2年生各80名の定員に対して、1年生が45名、2年生が5名しか応募がなく、さらに今回の問題で1年生5名が入学を辞退したそうです。寄付金頼りの財政状況も問題で、職員に対して1学期分の人件費しか用意できてないという声もあります。

また、松井一郎大阪府知事が、タダ当然で手に入れた森友学園の土地について、「転売禁止条項がついているから、法人が転売で儲ける事はできない」と発言していることについて、転売禁止条項の有効期間は10年で、そのあとは転売可能で、「転売できない」というのは嘘だと上西議員が指摘していました。

一連の経緯の過程で、安倍首相が国有地を担当する財務省理財局の同郷の幹部(のちに国税庁長官に昇進)と頻繁にに接触していたという話もありますが、森友学園を特別扱いした背景に政治家の関与がなかったなんて、常識的に考えても通用しない話でしょう。日本会議を媒介とする安倍首相の大阪の”改憲人脈”が裏で動いていたとか、実父の椿原泰夫氏が籠池理事長と親しい関係にあった稲田朋美氏が、安倍夫妻と森友学園を繋いだのだとか、さまざまな話がありますが、なんらかの大きな力がはたらいたのは間違いないでしょう。(※その後、稲田朋美氏の夫が森友学園の顧問弁護士をしていたことが判明)

今回の問題で浮かび上がってくるのは、石原や田母神某と同じように、国家(日本)を食い物にする「愛国」者たちの腐れ切った姿です。彼らがやっていることは、愛国心を方便にした「愛国」ビジネスです。「愛国」がマネーロンダリングならぬ“タックスロンダリング”に使われているのです。右翼民族派は、どうして怒らないのだろうと思います。

また、国会答弁では、子どもの頃から言われていた、安倍首相の平気で嘘を吐く性格やすぐキレる性格が、はからずも露呈されているように思います。答弁で連発していた「印象操作」という言い方は、産経新聞の「ブーメラン」同様、ネトウヨの常套句とも言うべきものです。

このブログでも、政権の中枢が「ほとんとビョーキのような」宗教的なカルト思想に冒されている問題(その怖さ)を指摘したことがありますが、今回、その一端があきらかになったと言っていいでしょう。

昨年、安倍昭恵夫人にインタビューした東京工業大学准教授の西田亮介氏によれば、昭恵夫人は安倍首相について、つぎのように話していたそうです。

「主人自身も特別な宗教があるわけじゃないんですけど、毎晩声を上げて、祈る言葉を唱えているような人なんですね」


BLOGOS
「日本の精神性が世界をリードしていかないと地球が終わる」 安倍昭恵氏インタビュー

こういった夫婦が長期政権の冠に祭られているのです。右か左かどころではなく、日本にとってきわめて深刻な問題と言えるでしょう。

個人的には、昭恵夫人について、「家庭内野党」だなどという記事を書いた朝日新聞の女性記者や、昭恵夫人を高江のヘリパッド基地反対運動の現場に連れて行った三宅洋平らのお粗末さを、今更ながらに思わないわけにはいかないのでした。
2017.03.02 Thu l 社会・時事 l top ▲