噂の真相2002年5月号


ビートたけしが「オフィス北野」から独立して、愛人と一緒に設立した新事務所に移籍するというニュースが話題になっています。ちなみに、(俄かに信じがたいけど)事務所名の「T.Nゴン」というのは、「T」がたけし、「N」が愛人の頭文字で、「ゴン」が二人の愛犬の名前だとか。もしこれが本当なら「色ボケ」と言われても仕方ないでしょう。

ただ、私が興味があるのは、たけしの「色ボケ」より、「世界の北野」などと言われた映画監督・北野武の虚像が、これでようやく白日のもとに暴かれるのではないかということです。

リテラも、今回の“独立騒動”に関して、下記のような記事を掲載していました。

リテラ
ビートたけし「恩人を切り捨て愛人と独立」の報い…“陰の共同監督”を切り捨てて北野映画は撮れるのか

リテラは、休刊した『噂の真相』の旧スタッフたちが中心になって運営されているそうですが、私が知る限り、かつて北野武の虚像を記事にしたのは『噂の真相』だけです。

それで、私は、本棚の奥から『噂の真相』のバッグナンバーを引っぱり出して、関連する記事を読み返してみました。たけしは、独立について、「軍団を含め、これまで背負ってきたものをいったん下ろしたい」と言ったそうですが、記事を読むと、そのことばの意味もなんとなくわかるような気がするのでした。

フライデー事件(1986年)以降、たけしのまわりでは右翼や闇社会の人間たちが見え隠れするようになりました。それは、芸能界復帰に関する右翼団体とのトラブルに、広域暴力団の組長に仲介を頼んだためと言われています。事件をきっかけに、太田プロから独立したのも、そのカラミだったそうです。1992年、新右翼の大物が参院選挙に出馬した際、たけしが横山やすしらとともに記者会見の席に座っていたのも、そういった裏事情があったからなのでしょう。しかし、その手の人間たちも徐々に離れていったと言います。

以下、長くなりますが、記事から引用します。

 愛娘、北野井子の売り出しの際、大物右翼の同席の記事が潰される一件があったように、『フライデー』事件以降、たけしの周辺には常に闇人脈が群がっていたのは周知の事実だろう。ところが、いまやその闇人脈でさえたけしから離れていっているのである。(略)
 こうした厳しい状況は、たけし本人が一番理解しているだろう。「映画を撮るために、テレビで金を稼いでいる」と虚勢をはるが、本音はわずらわしいテレビの仕事を離れ、映画に集中したいのではないか。
 だが、たけしはそれでもなおテレビから離れられないのだ。たけし軍団や前述した愛人たちの存在があるからである。
「今やオフィス北野は完全な映画製作会社で、芸能部門は放し飼いですからね。古株のダンカンやガナル・タカあたりはまだしも井出らっきょあたりは、まだまだたけしの庇護が無ければやっていけない。実際、食い詰めた大森うたえもんが独立したけどすぐに潰れてしまった。軍団を養っていくためにも、たけしは自分の番組を無くすわけにはいかないんだ」(前出・事務所関係者)
 そしてもうひとつ。最大の理由が、数々の愛人スキャンダルを乗り切ったことで、今や”マザコン”たけしの母親代わりとして確固たるポジションを得た幹子夫人の存在だ。
 たけしのギャラは、基本的にはオフィス北野からたけしの個人事務所である北野企画に支払われているが、この金は幹子夫人がいっさい管理しているという。(略)
 妻や弟子たち、さらに愛人たちへの責任をも背負い、どれだけ落ち目になったとしても、たけしはブラウン管でその醜態を晒し続けなければならない事情があるのだ。
(『噂の真相』2002年5月号・『フライデー』スクープで判明した北野武「権威」の残像と凋落との因果)


また、ほかの号では、北野映画について、つぎのような記事を掲載していました。北野映画では、「沈黙」や「無表情」が絶賛されると沈黙や無表情のシーンをやたら増やしたり、青色のトーンが「キタノ・ブルー」と評価を受けると、今度は青色を多用するようになったのだとか。もっとも「キタノ・ブルー」にしても、撮影監督の柳島克己氏が『ソナチネ』でたまたま「そういった色彩で撮っただけ」だそうです。

そして、北野映画において「影の監督」と言われたのが、オフィス北野の社長で、北野映画のプロデューサーを務めた森昌行氏なのです。

「もともとたけしさんは、映画監督としては信じられないくらい無責任な人で、ロケハンも自分はいかず他人まかせ。とくにプロデューサーの森さんにはオンブにダッコで、キャスティングやスタッフの選定も全部決めてもらっていた。今や北野映画に不可欠といわれている久石護の音楽だって、起用を決めたのはたけしさんじゃなく、森さんだしね。ただ、そんなたけしさんも、演出と編集だけは絶対に人に口をはさませなかったんです。(略)ところが、『HANA-BI』から、その演出と編集まで森さんに頼り、ほとんどいいなりになって作ったんです」(前出・元スタッフ)
 実際、『HANA-BI』における森の姿はまさに「影の監督」といってもいいものだった。撮影中はたけしにぴったり張りつき、ワンカット撮るたびにたけしとひそひそ話し合い、撮影が終わればラッシュを見て、たけしの相談に乗る――。(略)
 しかも、この傾向は作品を重ねるごとに強くなり、「BROTHER」にいたっては、撮影現場にたけしが不在で森がメガホンをとっている光景までが一部で目撃されている。
(『噂の真相2001年3月号・映画「BROTHER」』で絶賛された北野武の映画監督手腕と辛口両断!)


そうやって「世界の北野」が作られていったのです。

既出ですが、ビートたけしは、東日本大震災の前年、『新潮45』に掲載された電事連のパブ記事のなかで、つぎのように発言しています。

原子力発電を批判するような人たちは、すぐに「もし地震が起きて原子炉が壊れたらどうなるんだ」とか言うじゃないですか。ということは、逆に原子力発電所としては、地震が起きても大丈夫なように、他の施設以上に気を使っているはず。 だから、地震が起きたら、本当はここへ逃げるのが一番安全だったりする(笑)。
(『新潮45』2010年6月号)


これもまた、ビートたけしの虚像を表していると言えるでしょう。たけしがイタいのは、滑舌や笑いのセンスや事務所のネーミングだけでなく、その知性や見識においても然りなのです。芸能マスコミは、そんなたけしを持ち上げ、批判を封印し、タブー視していたのです。


関連記事:
「官邸にキタノ」
水道橋博士
2018.03.31 Sat l 芸能・スポーツ l top ▲
このところ体調がすぐれず、ずっと寝てすごしていました。先日、病院に行ったら、また一つ薬が増えました。これで毎日4種類の薬を飲まなければなりません。

田舎に帰って高校時代の同級生と食事に行ったときのことです。食べ終えると、向かいの席の同級生は、やにわにカバンから「内服薬」と書かれた袋を出して、テーブルの上に薬を並べたのでした。私は、それを見て思わず苦笑しましたが、もちろん、私とて例外ではありません。私たちの年代になると、食後と就寝前の薬が日課になってくるのです。

年を取ってくると、身近なことに思い煩わされるようになります。所謂「大状況」より「小状況」が切実な問題になってくるのです。言うまでもなく、その先にあるのは「死」です。しかし、死に至るまでにも、身過ぎ世過ぎの苦悩はつづくのです。

体調がすぐれないと、ひどく弱気になっている自分がいます。深夜、ひとり湯船に浸かり、水滴のついた天井を見上げながら、無性に悲しい気持になることがあります。人生に対して後悔の念に襲われ、いたたまれない気持になるのです。「夜中、忽然として座す。無言にして空しく涕洟す」という森鴎外の気持が痛いほどわかるのです。

「ナマポ老人」などと自嘲しながら、本や政治などについて精力的に記事を書いていた高齢者のブロガーがいました。昨日、久しぶりにブログにアクセスしたら、昨年の11月から更新が途絶えていました。しかも、昨年は3本の記事しかアップされていません。本や政治などの発言はすっかり影を潜め、生活苦を訴える書き込みが並んでいるだけです。

低年金のために生活扶助を受けている人間は、「生活保護」ではなく「年金生活者(生活保護併用)」と呼ぶべきだと書いていました。「ナマポ老人」などという、世間の顰蹙をものともしないような“開き直り”も影を潜めていました。

吉本隆明が言うように、ホントに困ったら強盗でもなんでもするしかないのです。生活するのに切実な状況に陥ったら、本や政治などの話をしている余裕はなくなるのです。「大状況」なんて衣食足りた上での話です。

そう考えれば、森友文書改ざん問題に関する参院予算委員会の集中審議を見て、「自民党はどうして青山某や和田某のような下等物件(©竹中労)を質問に立たせたんだろう?」「自爆しようとしたのか?」などと憤慨したり呆れたりするのも、まだまだ若い証拠なのかもしれません。政治に悪態を吐いているうちが華かもしれないのです。


2018.03.20 Tue l 日常・その他 l top ▲
週刊ダイヤモンド7月26日号

アベ経済マフィア


上のイラストは、2014年、『週刊ダイヤモンド』(7月28日号)がアベノミクスを特集した際の、表紙と特集ページに掲載されていたイラストです。特集については、当時、私は下記のような感想を書きました。

関連記事:
アベ経済マフィア

週刊ダイヤモンド』では「アベ“経済”マフィア」となっていましたが、今や政治までがマフィア化しているように思えてなりません。麻生太郎財務大臣は、12日に決裁文書の改ざんを認める会見をおこなった際、「佐川が」「佐川が」と佐川宣寿前理財局長の名前を何度も挙げ、改ざんは財務省及び佐川宣寿氏の責任だと強調する一方で、みずからは「進退を考えてない」と厚顔無恥に開き直ったのでした。

フジテレビの「グッディ!」で麻生氏の会見を取り上げた際、コメンテーターの長谷川聖子氏が麻生氏を「悪代官」とコメントしたことが話題になっていますが、当日、たまたま「グッディ!」を観ていた私も、「悪代官」は言い得て妙だなと感心したものです。そして、上のイラストを思い出したのでした。

安倍晋三氏には『美しい国へ』(文春新書)、麻生太郎氏には『とてつもない日本』(新潮新書)という著書があります。二人とも自他ともに認める「愛国」者で、「ニッポン凄い!」の元祖のような人物です。また、安倍氏は「云々」と「でんでん」、麻生氏は「有無」を「ゆうむ」と読み間違うなど、(「愛国」者のわりには)日本語に不自由なところもよく似ています。もちろん、二人ともおぼっちゃまの三世議員です。

安倍夫妻が疑惑を追及されても、「バカげた質問」とせせら笑ってやりすごす一方で、極右思想を共有しメール交換するほどの親しい関係にあった籠池夫妻は、大阪拘置所の「独居房」に半年以上も勾留され、接見や手紙のやり取りも禁止されているそうです。既に拘禁症状が出はじめているという話さえあります。口封じのために、精神に変調を来すまで勾留するつもりなのかもしれません。

財務省が決裁文書を改ざんしたのも、司法当局が籠池夫妻を長期勾留しているのも、安倍政権がマフィア化している証拠のように思えてなりません。

北朝鮮問題においても、韓国政府は米朝首脳会談をお膳立てして国際的に高く評価されています。一方、蚊帳の外に置かれた日本政府は、メディアを使って「会談なんて成功するはずがない」「トランプが騙されているだけだ」と負け惜しみを言うのが関の山です。経済だけでなく、政治までもが、韓国の後塵を拝するまでになっているのです。

報道によれば、米朝首脳会談では、朝鮮戦争の終戦宣言や休戦協定に代わる平和協定が議題に上る可能性さえあるそうです。ついこの前までの戦争前夜のような応酬を考えると、あまりの変わりように驚くばかりですが、これが外交というものなのでしょう。

拉致問題が置き去りにされることを怖れる日本政府は、会談前に安倍総理が訪米し、拉致問題を取り上げてもらうようトランプ大統領に懇願するそうです。しかし、日本政府は、昨日まで、圧力をかければ困窮した北朝鮮が拉致被害者を差し出してくるなどという荒唐無稽な強硬論をとっていたのです。しかも、被害者家族や世論の反発を恐れ、北朝鮮の調査報告書の受け取りも拒否しているのです。交渉の叩き台さえないのです。それでは、北朝鮮も「解決済み」の姿勢は変えず、交渉のテーブルに上がることはないでしょう。

こう見てくると、「ニッポン凄い!」の自演乙も、なんだか滑稽にすら思えてきます。この国のかじ取りをする二人のおぼっちゃま政治家の尊大な態度が示すように、日本自体がますます夜郎自大でトンチンカンな国になっているように思えてなりません。


関連記事:
森友学園問題の思想的背景
薄っぺらな夫婦 青木理『安倍三代』
2018.03.15 Thu l 社会・メディア l top ▲
ルポ川崎


磯部涼『ルポ川崎』(CYZO)を読んだ流れで、ヒップホップグループBAD HOPのドキュメンタリーをYouTubeで観ました。

YouTube
MADE IN KAWASAKI 工業地帯が生んだヒップホップクルー BAD HOP

もう20年以上前ですが、川崎の桜本にある病院にお見舞いに行ったことがありました。そのとき、ちょうどロビーで赤ちゃんを抱いた若い夫婦に遭遇しました。出産した妻が退院するので夫が迎えにきたみたいです。

ただ、二人はどう見てもまだ10代の少年少女でした。しかも、髪はアイパーを当て剃り込みを入れた、見るからにヤンキーといった感じでした。一緒に行った友人は、「ああいった光景はここらではめずらしくないよ」と言ってました。

お見舞いのあと、車を病院の駐車場に置いて、友人が「朝鮮部落」と呼ぶ桜本や池上町を歩きました。友人もまた在日朝鮮人で、実家は都外にあるのですが、桜本や、多摩川をはさんだ対岸の大田区に親戚がいると言ってました。親戚の多くは、もともと鉄くずなどの回収業や土建業をやっていたそうです。

大きな通りから一歩なかに入ると、粗末な造りの家が密集した一帯がありました。しかも、路上に車がずらりと停められているのです。なかには、廃車にされたまま打ち捨てられているのでしょう、原形をとどめないほどボロボロになった車もありました。友人は「みんな、違法駐車だよ」「車庫なんてないよ」と言ってました。

BAD HOPのドキュメンタリーを観ていたら、ふとそのときのことを思い出したのでした。

ドキュメンタリーのなかで、「いちばん好きなライムってありますか?」と質問されて、リーダーのYZERRが答えたのは、つぎのような「Stay」のライム(韻)です。

14でSmoke Weed
15で刺青
16で部屋住み


「部屋住み」というのは、ヤクザの事務所に住み込んで見習いになることです。

「Stay」のBarkのパートには、つぎのようなリリック(歌詞)があります。

オレの生まれた街 朝鮮人 ヤクザが多い
幼い少女がチャーリー 絶えぬレイプ、飛び降り
金のために子どもたちも売人か娼婦へ
生きるために子どもたち罪を犯す罪人かホームレス
こんなところで真面目なんて難しい
積み重なる空き巣に暴行、毎夜の悪さは普通だし
15の頃には数十人まとめて逮捕
それでも一度のことじゃないから反省ない態度
とって繰り返し 気づけば暗がり 切れないつながり黒いつながり
進路は極道かハスラー なるようになったお似合いのカップル
(『ルポ川崎』より転載)


「チャーリー」はコカイン、「ハスラー」はクスリの売人という意味のスラングです。

言うまでもなく、ヒップホップは、70年代にアメリカの黒人やヒスパニックなどマイノリティの社会で生まれたアンダーカルチャーで、人種差別や貧困や犯罪などが背景にあります。川崎の少年たちが、ヒップホップに惹かれていったのは当然でしょう。BAD HOPのラップが体現しているのは、彼らの実体験に基づいた不良文化です。そして、そこで歌われているのは、都市最深部の風景です。

桜本のコミュニティセンター「ふれあい館」の職員であり、みずからも在日コリアンである鈴木健は、“川崎的なるもの”という「ドツボの連鎖」から抜け出すためにも、「BAP HOPの存在は大きい」と言います。

「(略)だからこそ、成功してほしい。これまでも川崎からはラッパーは出てきていますけど、“川崎なるもの”にとらわれて挫折してしまった人もいる。BAD HOPが起こしたムーブメントが大きくなって、どこに行っても彼らにあこがれた子どもたちがラップをしているような現在、仮に彼らが挫折してしまったら、ダメージを受ける子どもたちは多いだろうから」
(同上)


小学生が「将来の夢」の欄に、「ヤクザ」と書くような環境。ヤクザになることが、「普通に育ったヤツが高校に行くのと同じ感覚」のような人生。ヤクザになれないヤツは、クスリの売人か職人になるしかない現実。「そこにもうひとつ、ラッパーという選択肢をつくれたかも」と彼らは言います。自分たちは、ラップによって変われたのだと。先の「Stay」のなかで、Barkもつぎのように歌っています。

この街抜け出すためなら欲望も殺すぜ
ガキの頃と変わらない仲間と目にするShinin
We Are BAD HOP ERA 今じゃドラッグより夢見る売人


また、下記の「Mobb Life」でも、成り上がることを夢見るほとばしるような心情が表現されていました。

掃き溜めからFly
この街抜け出し勝つ俺らが
まだまだ足りない
数えきれんほど手に札束
誰にも見れない
景色を拝みに行くここから
収まらないくらい
俺ら仲間達と稼ぐMoney


YouTube
BAD HOP / Mobb Life feat. YZERR, Benjazzy & T-Pablow (Official Video)

『ルポ川崎』では、川崎を標的にしたヘイト・デモに対してカウンター活動をおこなっているC.R.A.C.KAWASAKIなども取り上げられているのですが、著者は川崎の若者たちで交わされるつぎのようなジョークを紹介していました。

 川崎の若者たちと話していると、いわゆるエスニック・ジョークのようなものが盛んに飛び交う。
「お前の親は北朝鮮だろ?」
「ふざけんな、韓国だよ」
「北朝鮮っぽい顔しているんだけどな」
「どっちも同じようなもんだろ。なんなら日本人も」
 端で聞いているとぎょっとするが、そのポリティカル・コレクトネスなど知ったことではないというような遠慮のなさは、外国人市民との交流のなさから生まれる被害妄想めいたヘイトとは真逆のものである。


今、読んでいる桐野夏生の新作『路上のX』は渋谷が舞台ですが、やはり都市最深部の風景を描いた小説と言っていいでしょう。『ルポ川崎』のなかに、「自由は尊いが、同時に過酷だ」ということばがありましたが、けだし資本主義(社会)は自由だけど、同時に過酷なのです。都市最深部の風景が映し出しているのは、差別や貧困や犯罪と共棲する(せざるをえない)過酷な現実です。私はあらためて、リアルなのは右か左かではなく上か下かなのだと思いました。


関連記事:
ふたつの世界
2018.03.10 Sat l 本・文芸 l top ▲
2018春節01


中華街の春節のイベントも、昨日(3月2日)が最終日で、夕方から媽祖廟で「元宵節燈籠祭」という奉納舞がおこなわれるというので、中華街に行きました。

しかし、行ってがっかりでした。媽祖廟は改装中で、入口の通路が工事の囲いで覆われていました。しかも、通路が見物客で溢れているため、中でおこなわれている奉納舞がまったく見えないのです。

もっとも中国の旧正月である春節は、2月15日~2月21日だそうです。「元宵節燈籠祭」も、観光用に引き伸ばされた春節のイベントのひとつにすぎないのでしょう。

「元宵節燈籠祭」の見学をあきらめ、江戸清で豚まんを買い、伊勢佐木町で蕎麦を食べて帰りました。

中華街は言わずもがなですが、伊勢佐木町も歩いていると、至るところから中国語が耳に飛び込んできます。若い中国人のチンピラも相変わらず目につきます。一方、隣の福富町に行くと、途端にコリアンの店が多くなるのです。これこそアジア的混沌と言うべきかもしれません。

前も書きましたが、横浜市立大卒で横浜の事情に通暁している馳星周あたりが、伊勢佐木町や福富町を舞台にしたピカレスク小説を書いたら、きっと面白いものが書けるのに、とあらためて思いました。


2018春節05

2018春節04

2018春節09

2018春節11

2018春節03

2018春節06
2018.03.03 Sat l 横浜 l top ▲