27日に板門店でおこなわれた文在寅韓国大統領と金正恩朝鮮労働党委員長による南北首脳会談は、「予想」をも裏切るほど画期的なものでした。まさに「歴史的」な会談になったと言ってもいいでしょう。一連の流れが中国(あるいは中朝)主導でおこなわれ、韓国にアメリカとの橋渡しを要請したのは中朝のほうだ、という話は本当ではないかと思いました。いづれにしても、北朝鮮の”本気度”をひしひしと感じました。

同日に発表された「板門店宣言」は、つぎのように謳っています。

The Korean Politics(コリアン・ポリティクス)
[全訳] 「朝鮮半島の平和と繁栄、統一のための板門店宣言」【2018南北首脳会談】

3.南と北は朝鮮半島の恒久的で強固な平和体制構築のために積極的に協力していく。

朝鮮半島での非正常的な現在の停戦状態を終息させ、確固とした平和体制を樹立することは、これ以上、先延ばしすることができない歴史的な課題だ。

(1)南と北はいかなる形態の武力も互いに使わないという不可侵合意を再確認し、これを厳格に遵守する。

(2)南と北は軍事的な緊張が解消し、互いの軍事的な信頼が実質的に構築されることにより、段階的に軍縮を実現していくことにした。

(3)南と北は停戦協定締結から65年になる今年に、終戦を宣言し、停戦協定を平和協定に転換し、恒久的で強固な平和体制の構築のための南北米3者、南北米中4者会談の開催を積極的に推進していくことにした。

(4)南と北は、完全な非核化を通じ、核のない朝鮮半島を実現するという共通の目標を確認した。

南と北は、北側が行っている主動的な措置が朝鮮半島の非核化のために大きな意義を持ち、重大な措置だという認識を共にし、今後、各々が自己の責任と役割を果たすことにした。

南と北は朝鮮半島の非核化のため、国際社会の支持と協力のために積極的に努力することにした。


当事国の国民ならずとも(同じ東アジアに生きる人間として)、感動を覚える宣言です。

同時に、戦争を回避するために、政治生命を賭けて北朝鮮とアメリカの橋渡しをおこなった文在寅と、排外主義的な「愛国」主義を掲げ、旧宗主国の尊大な態度でネトウヨ的言動をまき散らす安倍や麻生を対比すると、政治家の器の違い、それも大人と子どもほどの違いを痛感させられるのでした。同じ対米従属でも、「愛国」者としての矜持に雲泥の差があるのです。ここにも、「愛国」と「売国」が逆さまになったこの国の戦後の”背理”が示されているように思えてなりません。「愛国心という言葉は嫌いだ」と言った三島由紀夫ではないですが、私たちはまず、この国の「愛国」者こそ疑わなければならないのかもしれません。彼らはホントに「愛国」者なのかと。

韓国の大統領府によれば、金正恩は会談の席上、「『いつでも日本と対話を行う用意がある』と述べた」そうです。

TXNNEWS(テレビ東京)
金正恩氏、日朝対話に意欲表明

これに対し、安倍総理は、「日本も北朝鮮と対話する機会を設け、必要ならば文大統領に助けを求める」と表明し、文在寅も日朝間の対話の橋渡しを「喜んで引き受ける」と述べたそうです。また、安倍総理は、文在寅が会談の席で拉致問題を提起したことに対して、「文大統領の誠意に感謝申し上げたい」と述べたのだとか。

昨日まで、嫌中憎韓を煽っていた「宰相A」が、韓国の大統領に「助けを求める」とは開いた口が塞がりません。これがこの国の「愛国」者なのです。

何度も言っているように、私たちは、民主党→民進党→立憲民主党(+国民民主党)が野党第一党である不幸と同時に、安倍晋三や麻生太郎のような「幼稚な老人」がこの国の指導者である不幸も、併せて痛感せざるを得ないのです。

しかし、それは政治家だけではありません。

私は、首脳会談の中継をテレビ朝日の「ワイド!スクランブル」で観ましたが、スタジオには、辺真一、金恵京、末延吉正、鈴木琢磨、デーブ・スペクターがコメンテーターとして出演していました。

辺真一は、「コリア・レポート」の発行人で、朝鮮問題の専門家。金恵京は、日本大学危機管理学部准教授。末延吉正は、元テレビ朝日政治部部長で現在は東海大学教授。安倍晋三とは同郷で親しく、ブレーンのひとりと言われています。鈴木琢磨は、毎日新聞の編集委員(元『サンデー毎日』記者)で、やはり北朝鮮問題の専門家です。

画面は、板門店の軍事境界線を挟んで両首脳が握手をしているシーンを中継していました。そして、金正恩がまず軍事境界線を跨いで南側に行き、それから金正恩が文在寅を誘って、二人で手を取りながら、今度は北の方に跨いで行ったのでした。

そのとき、鈴木琢磨や辺真一は、我が意を得たとばかりに、「これは北朝鮮の演出ですよ」と興奮気味に言ってました。このシーンが、偉大な首領様が南の指導者を北側に呼び寄せたということになり、北の国民向けのプロパガンダに使われるのだと。そのために、金正恩が文在寅を誘って北側に軍事境界線を跨がせたのだと。文在寅が北側に行った際、金正恩が両手を重ねて文在寅と握手をしていたシーンに、辺真一は、「手を重ねるのは迎える側の礼儀だから、国内向けにわざとそうしているのだ」というような解説まで加えていました。

しかし、翌日の朝鮮中央テレビでは、なんのことはない、軍事境界線を挟んだ一連の行為がノーカットで放送されたのでした。彼らが言うように、北側で両手を重ねて握手するシーンだけが放送されたわけではなく、朝鮮中央テレビになんの演出もなかったのです。

こういったところにも、北朝鮮問題の「専門家」や「識者」のお粗末さがよく表れています。彼らは、北朝鮮について、非情・横暴・嘘八百の独裁国家というありきたりな認識しかなく、「専門家」ズラしながら、近所のおっさんでも言えるようなことをただ言っているだけです。金正恩には深謀遠慮があるから信用できないと言いますが、外交交渉に深謀遠慮があるのは当たり前でしょう。金正恩だけでなく、文在寅にもトランプにも深慮遠謀はあるでしょう。

「核放棄」は金王朝を守るためためなどという論評も、独裁国家という一面しか見てないように思います。アメリカが主張する「完全な非核化」は、田中宇氏が言うように、イラクの「大量破壊兵器」やイランの「核合意」やシリアの「化学兵器」や、あるいは「リビア方式」と呼ばれるリビアの「核廃棄」の例をあげるまでもなく、ともすれば国を潰すための「永遠の濡れ衣」になりかねないのです。それがアメリカの深慮遠謀です。だからこそ、よけい「体制保証」に固執せざるを得ないのでしょう。「体制保証」=金王朝を守るためというのは(その一面はあるにしても)、あまりにも短絡的な見方と言わざるを得ません。それに、金正恩だって、空腹に喘ぐ国民に少しでも食料を配給したいという為政者の顔も当然もっているでしょう。

言うまでもなく、朝鮮戦争は今だ休戦状態にあり、しかも、北朝鮮にとって、戦争終結の交渉相手は韓国ではなくアメリカ(国連軍)です。戦争によって分断された小国が、国家の存亡を賭け、超大国相手に外交戦をおこなわなければならない(ならなかった)のです。それを考えれば、「瀬戸際外交」にも”三分の理”はある(あった)と言えるでしょう。

「核放棄」の問題も、どうして大国が核をもつことは許され、小国が核をもつことは許されないのかという、誰しもが抱く(はずの)素朴な疑問もあって然るべきでしょう。どうして大国の核は「正義」で、小国の核は「悪」なのか。小国が核をもつと、「ならず者国家」と言われるのか。

トランプが”大審問官”のように「正義」を体現して、北朝鮮の「非核化」を裁可し、北朝鮮の国家の命運を決めるというのは、どう考えてもおかしな話です(だから、北朝鮮は中国やロシアに、「体制保証」の後ろ盾になってもらうことを求めたのでしょう)。このように、日本のメディアでは、”裸の王様”がいつの間にか”大審問官”になっているのです。

もうひとつ忘れてはならないのは、独裁国家の中枢における”開明派”の存在です。今回の南北首脳会談で、その存在がはっきりしたことです。彼らは文字通り命を賭けて独裁者に進言したはずです。その際、金正恩が永世中立国のスイスに留学し、少年時代の多感な時期に、”西側”の教育を受けていたということも無視するわけにはいかないでしょう。

しかし、この国の「専門家」や「識者」たちは、国交がなく言いたい放題のことが言えるのをいいことに、「血も涙もない」独裁者を誹謗し、そう印象操作することしか念頭にないかのようです。これでは、櫻井よしこの後釜を狙う三浦瑠麗のスリーパーセル発言や当日もやらかしたデーブ・スペクターのトンチンカンな発言を誰も笑えないでしょう。ガナルカナル・タカや立川志らくの木を見て森を見ない痴呆的なコメントと、たいして違いはないのです。

要するに、「専門家」や「識者」たちは、日本政府の”敵視政策”の枠内で、(「ならず者国家」という)予定調和の発言をしているにすぎないのです。だから、いつもあのように、上から目線なのでしょう。「板門店宣言」についても、日本のメディアはおしなべて懐疑的冷笑的で、朝日から産経まで大きな違いはありません。旧宗主国のバイアスがかかった夜郎自大な国のメディアでは所詮、朝鮮半島の「新しい流れ」を理解することはできないのかもしれません。蚊帳の外に置かれているのは、政府だけでなく、メディアも同じなのです。
2018.04.29 Sun l 社会・メディア l top ▲
安倍政権にとって、「北朝鮮の脅威」は神風ならぬ「北風」と言われているそうです。北朝鮮がミサイルを発射すると、まるで空襲警報のようにJアラートが鳴り響き、メディアは戦争前夜のようにセンセーショナルに報道します。すると、支持率が下落した安倍政権は、待ってましたとばかりに「北朝鮮の脅威」を煽り、再び支持率を回復してきたのです。それを「北風が吹いた」と言うのだとか。

その典型が昨年10月の衆議院選挙でした。安倍政権は、野党(民進党)の”敵失”があったとは言え、「逼迫」する北朝鮮情勢を前面に出し、この選挙は「国難突破」の選挙だとアピールして、自公で憲法改正の発議に必要な三分の二を超える313議席を獲得、大勝したのでした。

また、野党も、「北朝鮮情勢が逼迫しているときに選挙などしている場合か」などというもの言いに終始し、結果的に「国難」を共有したのでした。

それから半年。明後日(27日)、板門店で開かれる南北首脳会談では、朝鮮戦争の「終戦」を確認する平和宣言が出される見通しで、その最終調整がおこなわれているそうです。今回は、北朝鮮も核開発を凍結する姿勢を見せており、南北融和の”本気度”を感じてなりません。

となると、あの「国難」って一体なんだったのかと思わざるを得ません。「国難」だと大騒ぎして、気が付いたら、日本は蚊帳の外に置かれていたのです。安倍政権の「最重要課題」である拉致問題も、トランプや文在寅にお願いするしかないようなあり様です。

ところが、ここに至ってもなお、日本政府は、「非核化が約束されてない」「それまでは最大限の圧力をかけつづけるべきだ」、とまるで負け犬の遠吠えのように「圧力」を強調し、融和ムードに水を差すことに躍起となっています。メディアも(特に産経新聞などは)、そんな政府に歩調を合わせ、非核化の履行を巡り米朝が決裂する可能性もあるかのような(そうなることを願っているような)、ヨタ記事を流しています。これが「国難」のあられもない姿です。

田中宇氏が言うように、「完全な非核化」なんて口先だけで、誰もそんなことを期待してないのでしょう。韓国もアメリカも中国もロシアも、「北朝鮮が核を持ったままの恒久和平」という現実的な和解の道を模索しているというのは、その通りなのでしょう。要は「核保有」(=戦争)と「恒久和平」(=平和)のどちらに重きを置くかで、それを判断するのが政治でしょう。もとより私たちにとっても、(ファシストやネトウヨではない限り)戦争を挑発する政治より、平和を希求する政治のほうがいいに決まっているのです。

田中宇の国際ニュース解説
北朝鮮が核を持ったまま恒久和平(有料配信)

一方、日本政府は、拉致問題においても、他力本願で米韓にお願いし、あとは「圧力」をかけつづければ北朝鮮がひれ伏して拉致被害者を差し出してくるなどと主張して、傍観するだけです。拉致したのは北朝鮮なんだから、そうするのが当然だとでも言いたげですが、無為無策を荒唐無稽な”原則論”で誤魔化しているだけです。そのくせ外務省は、両首脳が座る椅子の背や食後に出されるデザートのチョコレートに描かれた朝鮮半島の絵に、竹島が含まれていることを取り上げて、韓国政府に抗議したのだそうです。外務官僚たちは、よほど目を凝らしてテレビの画面をチェックしていたのでしょう。もしかしたら、虫眼鏡でも使っていたのかもしれません。

何度も言っているように、世界は間違いなく多極化するのです。朝鮮半島の緊張緩和もその流れのなかにあり、東アジアの覇権が中国に移るのは間違いないのです。ただ、そのなかに、(表向きには”非核化”だが、実際には)「核を保有する」北朝鮮が入ってくることの意味は、想像以上に大きいと言えるでしょう。だからこそ、「恒久和平」の道をさぐり、あらたな秩序を構築する必要があるわけで、そういった関係国の平和外交の真価が問われているのだと思います。しかし、東アジアの旧宗主国の夜郎自大な国は、メディアも含めて、硬直した敵視政策から抜け出せずに、ひとり茶々を入れ流れに棹差すだけです。これでは蚊帳の外に置かれるのも当然でしょう。


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2018.04.25 Wed l 社会・メディア l top ▲
さる16日の夜、民進党の小西洋之参院議員が、国会近くの路上で、防衛省統合幕僚監部の三等空佐から「お前は国民の敵だ」と暴言を浴びせられた問題について、東京新聞は社説でつぎのように書いていました。

このニュースを聞いて、戦前・戦中の旧日本軍の横暴を思い浮かべた人も多かったのではないか。

 一九三八年、衆院での国家総動員法案の審議中、説明に立った佐藤賢了陸軍中佐(当時)が、発言の中止を求める議員に「黙っておれ」と一喝した事件は代表例だ。

 佐藤中佐は発言を取り消したものの、軍部は政治への関与を徐々に強め、やがて軍部独裁の下、破滅的な戦争へと突入する。


東京新聞・社説(東京新聞TOKYO Web)
幹部自衛官暴言 旧軍の横暴想起させる

これは、シビリアンコントロールという民主国家のイロハから言っても、とうてい看過できない問題でしょう。田母神の例をあげるまでもなく、自衛隊内部でも、既にネトウヨ思想が蔓延している証左と言えるのかもしれません。

一方、つぎの画像は、この事件を伝えたYahoo!トピックスのコメント欄のスクリーンショットです。

Yahoo!ニュース
「お前は国民の敵だ」 現役幹部自衛官が野党議員に暴言

自衛官暴言ヤフコメ1
自衛官暴言ヤフコメ2

まさに水は低いほうに流れるを地で行くようなコメントのオンパレードです。シビリアンコントロールなんてことばも、彼らには馬の耳に念仏なのでしょう。政治関連のニュースのコメント欄には、排外主義的な主張をしている某カルト宗教の信者たちが常駐していると言われていますが、これでは、Yahoo!ニュースはカルト宗教の信者たちを使って記事をマネタイズしている、と言われても仕方ないでしょう。誰であれ、記事がバズれば、その何倍にもなってアクセスが返ってくるからです。Yahoo!ニュースの政治関連の記事に、ネトウヨと親和性が高い産経新聞の記事が多いのも、それゆえでしょう。

Yahoo!ニュースは、いつまでこのようなコメント欄を放置しつづけるつもりなのでしょうか。記事を書いた記者たちに対してこれほどの侮辱はないでしょう。それは、ジャーナリズムに対する侮辱でもあります。私は、新聞やテレビがYahoo!への配信をやめればいいのに、とさえ思います。前も書きましたが、Yahoo!ニュースの編集者には、新聞社からの転職組も多いのですが、ジャーナリズムをどのように考えているのか、彼らに問いただしたい気がします。

『サイゾー』の今月号(5月号)に掲載されていたウェブ編集者と雑誌編集者の匿名座談会によれば、同じYahoo!JAPAN系列のニュースサイト・BUZZFeed(Japan)は、高給をエサに新聞社などから若手の記者を引き抜いている一方で、社員の流出も止まらないそうです。たしかに、BUZZFeedを見ると、ニュースサイトを謳いながら、まるでテレビのワイドショーみたいに、YouTubeやInstagramなどから拾ってきた動画や写真を面白おかしく紹介したり、コンビニのコスメが「神」だとか、どこどこのお菓子が「無敵」だとか、そんな記事ばかりが目に付きます。また、犬猫の動画や身近な素材をテーマにしたクイズや性格診断は、もはや定番になっています。そうやってなりふり構わずアクセスを稼ぐことを強いられているのかもしれません。

先日も、ソフトバンクの939億円の所得逃れ(申告漏れ)のニュースがありましたが、たしかに”ネットの守銭奴”のもとでニュースサイトを運営する苦労もわからないでもありません。しかし、だからといって、ネトウヨやカルト宗教の信者に魂を売ってどうするんだと言いたいのです。そうやってニュースを台無しにしているという認識はないのかと思います。

これも既出ですが、藤代裕之氏も、『ネットメディア覇権戦争』のなかで、コメント欄にいくら問題があっても、Yahoo!は閉鎖する気なんてなく、「理由は単純で、コメント欄がアクセスを稼いでいるから」だと書いていました。

再度、同書のなかから、Yahoo!ニュースに対する、まさに箴言と言うべき藤代氏の批判を引用しておきます。

言論に責任を持たず、社会を惑わす企業は、ニセモノのメディアに過ぎない。


 組織的にリスクを回避する仕組みがなく、体制も整わない中で、新聞記者に憧れたトップがいくら旗を振っても、ニセモノのジャーナリズムは本物にならない。



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2018.04.21 Sat l ネット l top ▲
日本テレビ系のNNNの最新世論調査によれば、安倍内閣の支持率は、とうとう“危険水域”と呼ばれる30%を切って26.7%にまで下落したそうです。

livedoor NEWS
内閣支持率26.7%“発足以来”最低に

また、朝日新聞がこの週末におこなった世論調査でも、安倍政権の支持率は“危険水域”目前の31%に「低迷」しているそうです。

朝日新聞デジタル
安倍内閣支持、低迷31% 不支持52% 朝日世論調査

安倍政権もいよいよ断末魔を迎えつつあるのかもしれません。

安倍総理と麻生副総理には、幼い頃乳母がいたそうですが、なんの苦労もせずに、小さい頃からおだてられて年を取ると、あんな不遜だけが取り柄のような「幼稚な老人」になるんだろうなとしみじみ思います。彼らは、漢字が読めないだけでなく、おそろしく世間や人間のことも知らないのでしょう。そして、そんな自分を対象化することもないのでしょう。

そんな「幼稚な老人」がこの国の最高権力者として権勢を振い、官僚を平伏させ、国のかじ取りをしているのですから、おぞましいとか言いようがありません。しかも、彼らは「愛国」者を自認しているのです。

しかし、それでもなお、私は、顰蹙を買うのを承知の上で、二人の「幼稚な老人」に対して、塚本幼稚園の園児たちと同じように、「安倍ガンバレ!」「麻生ガンバレ!」と言いたい気持があります。そう易々とやめてもらっては困るのです。もっと悪あがきをしてもらいたいのです。

世論調査を見ると、安倍内閣の支持率は下落しているものの、かと言って野党の支持率が伸びているわけではありません。すべての野党の支持率を足しても自民党一党の支持率に及ばない、いわゆる「一強多弱」の状態であることには変わりはないのです。「安倍やめろ!」と言っても、安倍がやめたら、自衛隊を「国防軍」に格上げすることを主張する石破内閣(?)が生まれるだけでしょう。

これでは、ソ連が崩壊して喜んだのもつかの間、今度はプーチンの独裁政権にとって代わられたのと同じです。ソ連共産党であれ、統一ロシアであれ、全体主義に身を委ねるロシア国民の意識は変わってないのです。

森友文書の改ざんやPKOの日報隠蔽は、なにも中央の高級官僚や自衛隊の幹部だけの問題ではないでしょう。たしかに、人事権を官邸に握られた高級官僚たちが、ときの政権に忖度したという側面はあるのかもしれません。しかし、その根底には、「存在が意識を決定する」(マルクス)ではないのですが、国家を食い物にし国民を見下す公務員の思い上がった意識があまねく伏在しているのは間違いないでしょう。

先日、田舎に帰ったら、田舎の病院の事務長に役場の職員が天下りしていたのでびっくりしました。昔はそんなことはありませんでした。聞けば、事務長の席は退職する職員の指定席になっているそうです。当の役場の職員たちは、「これは天下りではなく、ただの再就職だ。天下りというのは、中央の官僚が関連団体に就職を斡旋されることを言うので、自分たちは違う」と嘯いていました。このように天下りも、今や市町村の職員にまで常態化しているのです。財務省の事務次官のセクハラ問題にしても、公務員の驕りをひしひしと感じます。驕っているのは、政治家だけではないのです。

要は、国民=有権者=納税者がいいようになめられているからでしょう。しかし、街頭インタビューなどを見ても、多くの国民が言っていることは、テレビのワイドショーが言っていることのオウム返しにすぎません。これではなめられるのも当然でしょう。

たしかに政治は、個々人の生活や人生にとって二義的なものです。彼らに高い政治意識をもつべきだと言っても、政治党派の党員ではないのですから、それは無理な相談でしょう。吉本隆明が言うように、私たちにとって「政治なんてない」のです。政治なんてどうだっていいのです。

ハンナ・アーレントは、『全体主義の起源』のなかで、ナチズムの時代を振り返り、「政治的に中立の立場をとり、投票に参加せず政党に加入しない生活で満足している」「アトム化」した大衆が、不況や戦争で生活や人生が脅かされると、一転して全体主義運動に組織される政治の怖さを指摘したのですが、しかし、哀しいかな、そういった政治の怖さを経験しないと骨身に染みないのも大衆なのです。

だからこそ(と言うべきか)、「幼稚な老人」が偉そうにふんぞり返り、支持率が”危険水域”に入るような内閣は、国民=有権者=納税者にとって、これ以上ない”反面教師”と言えるでしょう。安部政権によって「政治の底がぬけた」と言った人がいましたが、「政治の底がぬけた」おかげで、国家を食い物にするこの国の政治の構造が私たちの目にも見えるようになったのです。この手の政治に対しては、無用な希望をもつより、絶望するほうがまだしも”健全”と言えるでしょう。なによりこんな「幼稚な老人」を支持し、彼らをふんぞり返らせたのは、私たち国民なのです。国民はみずからの民度に合わせた政治家を選ぶ、と言われますが、今になって他人事のように迷惑がるのはおかしいでしょう。


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2018.04.15 Sun l 社会・メディア l top ▲
今日、Yahoo!トピックスに、『女性セブン』が2014年に掲載した安室奈美恵に関する記事について、発行元の小学館が「お詫び」を掲載したという日刊スポーツの記事がアップされていました。

Yahoo!ニュース
安室洗脳記事 女性セブン謝罪

また、朝日新聞デジタルも、同様の記事を掲載していました。

朝日新聞デジタル
女性セブン、安室さん記事でお詫び 男女関係報道など

ちなみに、日刊スポーツは朝日新聞系列のスポーツ紙です。

『女性セブン』は、安室の事務所から事実無根と訴えられていたそうで、おそらく、引退を間近に控え、両者でなんらかの”手打ち”がおこわれたのでしょう。

手前味噌ですが、”洗脳記事”が出た当時、私は、このブログにつぎのような記事を書きました。

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安室スキャンダルと”劣化”の構造
※一部リンク切れあり

芸能人が独立すると、見せしめのために、人格を否定するようなスキャンダルが流されるのはよくある話です。女性週刊誌やスポーツ紙などの芸能マスコミがそのお先棒を担ぎ、さらに、ワイドショーがそれを追いかけて、テレビからも締め出しを食うのです。そうやって独立した芸能人は兵糧攻めに遭うのです。それが怖い怖い芸能界のオキテです。

何度も言いますが、そうやって芸能マスコミやテレビ局が芸能界をアンタッチャブルなものにしているのです。

今回、小学館は彼女の引退ビジネスに乗り遅れるのを懸念して、頭を下げたということなのでしょう。小学館は、児童書を手掛ける一方で、『SAPIO』などでもひどいヘイト記事を垂れ流しており、お金のためなら悪魔にでも平気で心を売る出版社です。

私は、件のねつ造記事に関わった記者や編集者(編集長)を、芸能マスコミから永久追放するくらいのきびしい処分が必要ではないかと思いますが、もちろん、彼らは口を拭い、これからも悪徳プロダクションと結託して、ねつ造記事を流しつづけるのでしょう。

一方、”洗脳記事”をなんの見識もなく掲載し、アクセスを稼ぐためにコメント欄に常駐する「バカと暇人」(中川淳一郎)を煽ったYahoo!ニュースは、相変わらず他人事です。しかし、そうやってねつ造記事をマネタイズするYahoo!ニュースも同罪であることは言うまでもありません。


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『芸能人はなぜ干されるのか?』
2018.04.13 Fri l 芸能・スポーツ l top ▲
代表戦しか観ない俄かサッカーファンの私でさえ、ワールドカップ本戦を目前にしたハリル解任には、違和感を禁じ得ませんでした。

ハリルの戦術(あるいは性格?)に問題があったとは言え、この時期に監督を入れ替えて、ホントにワールドカップ本戦に効果があると思っているのでしょうか。どう考えても、混乱や戸惑いしかもたらさないように思います。

日本代表の低迷は、なにも今にはじまったことではないのです。低迷の原因は、ときの代表監督の戦術だけにあるのではないのです。それはむしろ些末な問題です。どんな優秀なドライバーでも、車のエンジンが貧弱ではレースに勝てないのです。杉山茂樹氏は、ハリルホジッチのサッカーは「サッカーの質が悪い」と言ってましたが、それは監督の問題ではなく選手の問題でしょう。

日本代表の低迷の原因は、スポンサーの関係で海外に移籍する選手は多いものの、実際に世界に通用する選手が少ない、そういった選手が育ってないということでしょう。それは、日本のサッカー文化や選手の育成の問題です。強いて言うならば日本サッカー協会の問題でしょう。

直近のベルギー遠征の結果に危機感を抱いたと言ってますが、それは、日本代表の”真の実力”が見えたにすぎないのです。まるでボクシングの「咬ませ犬」のような海外のチームをホームに招待しておこなわれる、スポンサー主催の親善試合だけでは”真の実力”ははかれないのです。ハリル自身がこの時期の海外遠征を切望したと言われていますが、そうやって日本代表の”真の実力”を知る必要を感じたからでしょう。

セルジオ越後氏は、西野監督になったら通訳が必要ないので、選手とのコミュニケーションもよくなるだろうと言ってましたが、もしそれが本当ならあまりにレベルの低い話で呆れるばかりです。選手の意見を聞かないハリルの独裁的な姿勢が、選手との信頼関係を損なったなどという報道がありますが、ナショナルチームはサッカー同好会ではないのです。常にきびしい結果を求められる代表チームの指揮官が、妥協を排し独裁的にならざるを得ないのは当然でしょう。それに、出場機会の減った選手が不平不満を漏らすのは、スポーツの世界ではよくある話です。一方で、香川や岡崎や本田などスター選手の起用法をめぐって、スポンサーの不評を買っていたという話もあります。解任の本当の理由は案外、そのへんにあるのかもしれません。

代表監督の交代劇のたびに、協会の任命責任や協会内部の派閥の問題が指摘されていますが、協会の役員たちは責任を取らず、いつも現場に責任を押し付けるだけです。

不都合の責任を外国人監督ひとりに押し付けるだけの日本サッカー。そんな協会を忖度するだけのスポーツメディア。なんと夜郎自大な国の夜郎自大な対応なんだろうと思います。そうやって日本サッカーの”真の実力”という現実から、いつまでも目を背けつづけるつもりなのでしょう。


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ブラジルの大敗と自由なサッカー
マラドーナ
2018.04.09 Mon l 芸能・スポーツ l top ▲
ビートたけしの“独立騒動”に関して、リテラが『噂の真相』の記事を引用して、さらにつぎのような記事をアップしていました。

リテラ
愛人問題を森社長の責任にスリカエ、たけし軍団の声明文がネグるオフィス北野“株問題”の真相とたけしのタブー

たけし軍団の声明文に書かれた「デタラメな主張」。水道橋博士は、「たけし軍団は徒弟制度の中にある。いわゆる芸能事務所と違う。師匠が言うことは絶対」とテレビで言ってましたが、だからと言って、デタラメを言っていいということにはならないはずです。

リテラが書いているように、たけしだけでなく軍団の古参メンバーも、たけしが太田プロから独立してオフィス北野を設立した経緯や、26年前(!)に森社長がオフィス北野の筆頭株主になった経緯などは当然知悉しているはずです。にもかかわらず、森社長が「裏切った」「いつの間にか筆頭株主になっていた」などと主張するのは、極めてタチが悪い言いがかりと言うべきでしょう。

また、オフィス北野の従業員の給与の問題やたけしが軍団のために持ち株を売却したという話も、彼らが言っていることは嘘ばかりだとか。そもそも愛人を「ビジネスパートナー」と呼んでいることからして、彼らの主張は眉に唾して聞く必要があるでしょう。それは、森友文書の改ざん問題で、改ざんを「書き換え」と呼んでいるのと同じようなものです。

まして、水道橋博士やガダルカナル・タカは、ワイドショーでコメンテーターを務めているのです。それを考えれば、悪い冗談だとしか思えません(たけしがニュース番組のキャスターを務めているのは、悪夢を見ているような話ですが)。

たけし軍団が今のお笑いの世界からズレており、お笑い芸人として終わっているのは誰の目にもあきらかです。たけしの後ろ盾を失ったら、芸能界で生き残るのは難しいでしょう。だから、あれほど必死なのかもしれません。

今回の”独立騒動”に対して、芸能マスコミは相変わらず及び腰です。たけしの番組のカラミもあるのでしょう、テレビのワイドショーも、たけしを”善人”あるいは“被害者”と見るスタンスを崩していません。たけしのいかがわしさを指摘する声は皆無なのです。

もっとも、たけしを登用している限り、テレビがたけしに肩入れするのは当然と言えば当然かもしれません。そのため、Yahoo!ニュースのコメント欄なども、テレビ報道を真に受けた情弱なコメントで溢れています。

私は、森昌行社長がたけしと決別して、北野映画の「影の監督」であったみずからの役割について”衝撃の告白”をすることを期待していますが、ただ、芸能界に跋扈する魑魅魍魎の存在を考えれば、それはとても無理な相談かもしれません。

何度も言いますが、芸能マスコミやテレビ局が、芸能界をアンタッチャブルなものにしているのです。今回の“独立騒動”でも、その一端が垣間見えているように思えてなりません。
2018.04.05 Thu l 芸能・スポーツ l top ▲