2018年12月9日14


関内に用事があったついでに、いつものように日本大通りから山下公園、さらにみなとみらい界隈を散歩しました。

紅葉もほぼ終わり、日本大通りや山下公園のイチョウも、黄色い葉がかろうじて枝に付いている感じでした。

日曜日とあって、横浜はどこも多くの観光客で賑わっていました。横浜に来る観光客で特徴的なのは、カップルが多いということです。そのなかを、大男のオヤジがいっそう背を丸め歩いているのでした。

例年赤レンガ倉庫で催される「クリスマスマーケット」も、大変な人出で、歩くのも苦労するほどでした。もともと「クリスマスマーケット」はドイツかどこかのマーケットを真似ていて、販売されているのも海外のクリスマスグッズが主でした。ところが、よく見ると、ずいぶん様変わりしており、グッズは影を潜め、食べ物の店が前面に出ているのでした。もちろん、多くはクリスマスと関係のない食べ物屋ばかりです。やはりクリスマスも「花より団子」なのかと思いました。

若い頃から輸入雑貨の仕事に携わり、クリスマスのカードやグッズを扱ってきた人間としては、ちょっとさみしい気持になりました。輸入雑貨の黎明期には、芸能界の周辺にいた人間などが海外からめずらしい雑貨をもち帰って、一旗揚げようと目論んでいたのです。あの三浦和義などもそのひとりでした。元グループサウンドのメンバーが立ち上げた会社もありました。もちろん、私はずっとあとの世代なので、古い人たちから、やくそんな「よかった時代」の話を聞かされました。でも、今も生き残っている会社はほとんどありません。

そう言えば、この時期は休みもなく働いたもんだなあ、と昔をなつかしんだりしました。この時期が一年でいちばんの「書き入れ時」でした。

帰りに、いつものように、ランドマークタワーのくまざわ書店に寄って、本を買いました。会社に勤めていた頃、くまざわ書店も担当したことがありました。当時は八王子にある小さな書店にすぎませんでした。ところが、会社を辞めてしばらく経ったら、いつの間にか全国区に急成長していたのでびっくりしましたが、TSUTAYA(蔦屋書店)などと同じように、大手取次会社の資本が入ったからでしょう。

本を物色していたら、モデルと見紛おうようなきれいな娘(こ)に遭遇しました。あまりジロジロ見ると、変態オヤジと思われそうなので、さりげなく視線を走らせましたが、きれいな娘に胸をときめかすなんて、なんだか昔にタイムスリップしたような気分になりました。と同時に、田中康夫の『なんとなく、クリスタル』に漂っていた、あの虚無感が思い出されるのでした。人は変わっても、街はいつの時代もきらびやかで若いままなのです。

年をとると、どこに行ってもなにを見ても、さみしい気持になるばかりです。


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今、私が住んでいる街は、横浜では人気の住宅地で、「どこに住んでいるのですか?」と訊かれて、駅名を言うと、決まって「いいところに住んでいますね」と言われます。

私は、10年弱しか住んでない新住民ですが、昔は町工場などが多かったそうです。東横線沿線ということもあって、工場跡地にマンションが建てられ、農地だったところが宅地に整備されて、人気の住宅地に変貌したのでした。

昔の名残なのか、駅近くの路地の奥に、飲み屋ばかり入った”長屋”のような建物があります。2階建ての横に長い木造の建物で、1階に居酒屋や小料理屋などが6軒入っています。昔は、工場で働く人たちが仕事帰りに立ち寄る憩いの場だったのでしょう。もっとも、こういった建物は、背後に工場地帯を控える駅などではよく見かけました。ところが、先日、前を通ったら、既に2軒看板が外され閉店していました。様子から察するに、どうやら取り壊しになるみたいです。

私が来た頃は、駅の周辺の路地には、まだ古い飲み屋やアパートが残っていました。しかし、ここ数年でつぎつぎと取り壊され、新しい建物に代わっています。

前も書きましたが、そんな古い木造の、それこそ「○○荘」などと名前が付けられたアパートには、低所得の高齢者たちも多く住んでいました。建物が取り壊される度に、住人たちはどこに行ったのだろうと気になって仕方ありません。

金融緩和やオリンピック景気で、土地バブルが再来していると言われており、銀行による積極的な融資によって、古いアパートがつぎつぎと新しく建て替えられているのです。駅周辺の古いアパートも、あと2~3軒を残すのみとなりました。

今日、別の路地を歩いていたら、やはり古いアパートが壊され、シートに囲われた新しい建物が建築中でした。近所の人に聞くと、新しい建物は県内でチェーン展開する保育園になるそうです。

周辺のマンション住民のために保育園が建てられる。そのために追い立てられる低所得者。オーバーと言われるかもしれませんが、なんだか今の格差社会を象徴するような光景に思えてなりません。

反発されるのを承知で言えば、「日本死ね」も所詮は恵まれた人たちの話にすぎません。待機児童の問題では、母親が働かなければ生活が成り立たないような話がいつも強調されますが、当事者の多くは「中」の階層に属する人たちです。間違っても「弱者」ではないのです。「弱者」を盾にみずからを主張しているだけです。もちろん、2千万人もいると言われる生活保護の基準以下で生活している低所得者なんかではありません。

一方で、彼らは、各政党にとってメインターゲットの有権者でもあります。自民党から共産党まで、彼らの歓心を引こうと競って耳障りのいい政策を掲げています。待機児童問題がこれだけ大きくなったのもそれゆえです。まさにプチブル様々なのです。

左翼の概念が右へ右へとずれ、左派がリベラル化するにつれ、左派は上か下かの視点を失っていったのでした。

ジジェクも、現代は「ファシズムが文字通り左派の革命に取って代わる(代理をする)事態を表している」(『ポストモダンの共産主義)』と書いていましたが、アメリカのトランプ現象やヨーロッパを覆う極右の台頭に見られるように、プチブル様々の社会から置き去りにされた人々のルサンチマンを吸収したのは、左派ではなく極右です。上か下かの視点を持っているのは極右の方で、階級闘争は極右の代名詞にすらなっています。ナチスと同じように、”革命”が極右に簒奪されたのです。リベラル化して現実を見失った左派は、歌を忘れたカナリアになってしまったのです。


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