香港情勢は、重大且つ悲劇的な局面を迎えています。戦いの先頭に立つ学生たちに対する香港政府の弾圧は熾烈を極めています。国際政治の冷酷な現実の前で、学生たちは文字通り孤立無援の戦いを強いられているのです。

香港政府の姿勢の背後に、中国共産党の意向(と指示)があるのは子どもだってわかる話でしょう。「一国二制度」が如何に欺瞞に満ちたものであるのかが如実に示されているのです。と同時に、恐怖政治と表裏一体の共産党権力の実態が白日のもとにさらけ出されてもいるのです。共産党の言う「人民民主主義」なるものが、ファシズムの別名でしかないことをあらためて確認させられた気がします。

「革命的左翼」を名乗る日本の新左翼の党派が、今回の香港情勢にどのような見解を示しているのか、興味があったので各党派のサイトを見てみましたが、多くは、まったく触れてないか、あるいは触れていても「学生たちの戦いが香港政府を追いつめている」程度のサラッとしたものでした。香港の学生たちに連帯せよというようなアジテーションすらありませんでした。まして、中国共産党を批判する論調は皆無でした。

反スターリン主義を標榜する新左翼の党派が、スターリン主義の権化のようになっている自己撞着を考えれば、ある程度予想されていたことではありますが、今更ながらに左翼のテイタラクを痛感させられました。

日本の新左翼は、ハンガリー動乱をきっかけに既成左翼を乗り越えるべくトロッキズムを旗印にその産声をあげたのですが、もはやそういった思想的なデリカシーも失ってしまったということなのでしょう。なんともおぞましい光景なのかと思ってしまいます。

中国共産党の姿勢が示しているのは、人間を機械論的に解釈する左翼思想特有の(非人間的な)ものの考えです。それは、かの前衛主義に由来するものです。埴谷雄高ではないですが、前衛主義が大衆蔑視に裏付けられているのは言うまでもないでしょう。

いづこの共産党もなにかにつけ「人民大衆」を口にするのが常ですが、そんな共産党が人民大衆ともっとも遠いところで専制権力を恣(ほしいまま)にしているのです。それは、日本の左派リベラルも無関係ではありません。前にも書きましたが、大衆運動でときに見られる左派特有の“排除の論理”も、本質的には中国共産党の恐怖政治と通底するものがあるのです。

私は、再掲になりますが(文学的情緒で語ることを笑われるかもしれませんが)、次のような石原吉郎のことばを思い出さざるを得ません。

 日本がもしコミュニストの国になったら(それは当然ありうることだ)、僕はもはや決して詩を書かず、遠い田舎の町工場の労働者となって、言葉すくなに鉄を打とう。働くことの好きな、しゃべることのきらいな人間として、火を入れ、鉄を炊き、だまって死んで行こう。
(一九六〇年八月七日)

『石原吉郎詩文集』(講談社文芸文庫)・解説より


「反権力」「反体制」あるいは「野党」や「大衆」というだけで、どうしても甘く見てしまいますが、私たちは、右だけでなく左の全体主義に対しても、もっと深刻に考える必要があるのでないでしょうか。そして、二項対立の思考から自由にならなければならないのです。


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2019.11.19 Tue l 社会・メディア l top ▲
沢尻エリカが合成麻薬のMAMDを所持していたとして、麻薬取締法違反容疑で逮捕されましたが、逮捕したのは、マトリ(厚生労働省麻薬取締部)ではなく、マトリのライバルと言われている警視庁の組織犯罪対策課でした。

今回の逮捕は、安倍政権の「桜を見る会」の疑惑隠しのためではないかという見方がありますが、あながち的外れとは言えないでしょう。週明けからメディア(特にテレビのワイドショー)は、沢尻逮捕のニュース一色になることでしょう。安倍晋三首相の、あの二度に渡る「異例の」ぶら下がり会見を見ても、官邸が「桜を見る会」の疑惑にかなり慌てていたのは間違いないのです。

どこかのフリーターが逮捕されたのではニュースにもならないし、なんのインパクトもありません。有名芸能人でなければならないのです。

共産党が国会質問のために資料請求したその日に、内閣府は「桜を見る会」の招待者名簿を破棄したそうですが、これはモリカケ疑惑のときとまったく同じで、まさにマフィア化する政治の面目躍如たるものがあると言えます。

招待者名簿の破棄は、どう考えても証拠隠滅で、公職選挙法及び政治資金規正法違反容疑で言えば、沢尻エリカ以上の逮捕要件ではないのかと思ってしまいますが、ときの政権の「違法」行為に対しては、国家ぐるみで隠ぺい工作に手を貸すのでした。「上級国民」ではないですが、法の下の平等なんて絵に描いた餅にすぎないのです。

「桜を見る会」の疑惑に見られるのも、国家(税金)を食い物にする構造です。安倍政権は、言うなれば”営業右翼”のようなもので、「改憲」や「嫌韓」を錦の御旗にしながら国家を食い物にしているのです。また、国家を食い物にするだけでなく、国家を細切れにして、アメリカ=グローバリズムに売り渡してもいるのです。何度も言いますが、ここにも「愛国」と「売国」が逆さまになった“戦後の背理”が見事なほど見て取れるのでした。私たちはまず、声高に「愛国」を叫ぶ者たちをこそ疑わなければならないのです。右翼風に言えば、安倍晋三首相は日本にとって獅子身中の虫ではないのか、そう思えてなりません。

あだしごとはさておき、MDMAは、「エクスタシー」という俗称があるように、”キメセク”で使われる「セックスドラッグ」として有名なクスリだそうです。大麻などとはまったく性格の異なるクスリなのです。そう言えば、不倫相手の銀座のホステスを死なせた押尾学も、使用していたのがMDMAでした。ASKAがクスリに溺れるきっかけになったのもMDMAだと言われています。

溝口敦著『薬物とセックス』(新潮新書)によれば、男性がMDMAを多用すると勃起不全になるので、男性が女性に投与するケースが多いそうです。

同書には、次のようなMDMAの体験談が掲載されていました。

  <服用から三〇分程度たつとスイッチをオンしたようにガツンと効果が表れて薬効が切れるまで、瞳孔が開き、高い声が出るようになり、歯が折れたり内頬がザクザクになるほど無意識に歯を食いしばり続けます。
   音楽やSEXが最高に気持よくなり、一緒に使用している人と深い友情、愛情に結ばれているように思えます。
   実際はタイプでは全くない不細工な異性なのにもかかわらず、色っぽい美人に見えて、尋常じゃない性欲がやってきますが、チン〇ンは立ちません。
   しかし覚醒剤同様に全身クリトリスになったと思わんばかりの快感があります。
   効果が出ている間は体温調整が分からなくなり、現状が暑いのか寒いのか分からなくなります。
   人によってはクラブなどで効果が切れるまで永遠に踊り続けたり、酷い幻覚を見て苦しんだり、痙攣や嘔吐して、最悪の場合、死にます>


もちろん、合成麻薬も裏社会のシノギになっており、元締めから蜘蛛の糸のように伸びた売人のネットワークは、社会の隅々まで張り巡らされているそうです。そして、彼らがまず最初にやるのがヤク中を作ることなのです。

今回もまた、捜査情報がTBSにリークされていたようですが、これからもヤク中の有名人は、ことあるごとに権力者の都合で利用され、(目くらましのために)晒し者にされ市中引き回しの刑に処されるのでしょう。よく言われるように、そのための「リスト」があるのかもしれません。「麻薬撲滅」なんて単なる建前にすぎないのです。そして、いつだって「悪は栄え、巨悪は眠る」のです。
2019.11.17 Sun l 芸能・スポーツ l top ▲
昨日、秩父の皆野の山に行きました。地図に載ってない小さなものも含めると6つ(だったか?)の山を縦走する、皆野アルプスと呼ばれるコースです。山自体は標高600メートル強の低山ですが、途中、鎖場や痩せ尾根が連続する箇所があり、知る人ぞ知るスリリングなコースでもあります。

皆野アルプスは、秩父鉄道の皆野駅から町営バスに乗り、「秩父華厳の滝」で下車して登山道に入るのが一般的です。また、途中で尾根を下るコースもあり、いづれも町営バスが通る道路に降りることができます。

ただ、皆野駅まで行くのに、東武東上線と秩父鉄道を利用しても池袋から2時間以上かかるため、私は、8時すぎのバスには間に合いませんでした。次は10時まで待たなければなりません。それで、皆野駅から歩いて30分足らずの「大渕登山口」から「秩父華厳の滝」に至る”逆コース”を歩くことにしました。

天気は最高に良かったものの、山中ですれ違ったのは、高齢男性のソロと中年女性5人のパーティの二組だけでした。マイナーな山なので、もともと登山者が少ないのかもしれません。私自身も、つい先日「皆野アルプスはあなどれない」というネットの記事を読んで、その存在を初めて知ったのでした。

女性のパーティには若い男性が付き添っていましたが、おそらくガイドなのだと思います。鎖場や痩せ尾根は、それなりに危険が伴いますので、初心者だけだと足が止まってしまうのかもしれません。

鎖場の場合、登りはそんなに難しくありません。足場さえしっかりしていれば、鎖も不要なくらいです。岩をトラバースするところもありましたが、足場があるので、そんなに難しいとは思いませんでした。難しいのは、下りです。斜度の大きい、それこそ上から覗き込むような岩場が一ケ所あり、一瞬足が止まってしまいました。岩の間に積もった落ち葉が前日の雨で水分を含んているので、不用意に足を乗せるとツルッと滑るのでした。

女性のパーティとすれ違ったのはその鎖場でした。彼女たちは「華厳の滝」の方から来ましたので、私とは反対の登りでしたが、ガイドのアドバイスを受けながらひとりひとり慎重に登っていました。

たしかに皆野アルプスはあなどれないけど、しかし、バラエティに富んだ楽しい山行でした。大山なんかよりよほど魅力があります。

急登もありますが、それほど長くなく、ひと登りすれば平坦な道になり、それから下って行きます。そして、下ったあとは再び急登の登り返しになります。そういったことが何度もくり返されるのです。もちろん、自信のない人は、鎖場や痩せ尾根をスルーすることもできます。

こんな魅力のある山がどうして人に知られてないのだろうと思いました。皆野町役場は、皆野アルプスを売り出しているようで、役場に連絡すれば、ハイキングのパンフレットを郵送してくれるサービスまであります。

山中の案内板はわかりやすいのですが、なぜか登山口がわかりにくいので、登山口に案内板を設置したり、トイレを充実させれば、もっとハイキング客を呼び込むことができる気がします。言うまでもなく、将来のためには(そして、観光客としてお金を落としてくれることを期待するなら)、中高年の登山者ではなく、山ガールを呼び込む工夫が必要でしょう。

破風山(はっぷさん)の山頂からの眺望も目を見張るものがありました。私は30分以上いて、昼食(と言っても、コンビニのおにぎり2個)を食べたのですが、その間誰も登って来る人はいませんでした。

私は、また行きたいと思いました。それくらい楽しい山でした。登りはじめたのが9時で、下山したのが14時30分でしたので、ちょうど5時間半の山行でした。歩数は2万5千歩でした。

帰りは、「秩父華厳の滝」から町営バスで皆野駅に戻りました。ただ、秩父鉄道の乗り継ぎの便が悪くて、西武の秩父駅に着いたのが16時すぎになりました。

秩父駅では、名物のわらじカツ丼を食べました。でも、出て来たのは、わらじというより煎餅のような薄っぺらいカツでした。そこで、私は思い出したのでした。昔、やはり秩父駅でわらじカツ丼を食べて「失敗した」と思ったことがあったのです。

もっとも、考えてみれば、わらじも煎餅と同じように厚みはないのです。わらじを厚底靴のように勝手に思っていた私の方が間違っていたのかもしれません。

秩父から西武線に乗って、いつものように東飯能で八高線に乗り替えて八王子に向かい、八王子から横浜線で帰ったのですが、東飯能からは立ちっぱなしの上、帰宅ラッシュに遭ってクタクタになりました。横浜線のラッシュは、山手線のラッシュに負けないほどで、先日のラグビーワールドカップを思い出しました。通勤ラッシュも格闘技なのです。登山よりしんどい。


皆野アルプス1

皆野アルプス2
猿岩

皆野アルプス

皆野アルプス3
破風山からの眺望

皆野アルプス4
同上

皆野アルプス5
同上

皆野アルプス6
破風山山頂の祠

皆野アルプス7

皆野アルプス8

皆野アルプス9
崖のような鎖場

皆野アルプス10

皆野アルプス11

皆野アルプス12

皆野アルプス14

皆野アルプス13
下ったあと見上げる

皆野アルプス15

皆野アルプス16

皆野アルプス17
ここが一番怖かった。下山の最後のあたり。岩の上の水分を含んだ枯葉がツルツルに滑るのです。崖下に落ちる可能性があるのでへっぴり腰で渡りました。
2019.11.13 Wed l 山行 l top ▲
茨城の常磐道で発生したあおり運転で、「ガラケー女」に間違われてネットで身元を晒され被害を受けた女性が、先日、フェイスブックで身元を晒した愛知県豊田市の市議の男性を刑事告発したという報道がありました。女性が記者会見で言明した法的処置について、その後の報道がないのでどうなったのだろうと前に書きましたが、事態は進展していたのです。

男性は和解を申し出たそうですが、被害女性は拒否したとのことです。そのためかどうか、後日、男性は責任を取って(?)市議を辞職したという報道もありました。

いい歳して、しかも市議会議員という公的な立場にありながら、やっていることはそこらのガキと同じなのです。彼を市会議員に選んだ豊田市の有権者の見識も「ご立派」としか言いようがありません。もしかしたら、男性は次の選挙で再び当選する自信があるので辞職したのかもしれない、と穿った見方さえしたくなりました。

テレビに出ていた男性を見ると、スーツの襟に日の丸のバッチと拉致被害者救出のブルーリボンのバッチが付けられていました。ブルーリボンも、今や極右の証明のようになっていますので、彼もまた、ネトウヨのひとりなのでしょう。市議会議員がネトウヨになったのか、ネトウヨが市議会議員になったのかわかりませんが、なんだか日本の劣化を象徴するような光景に見えました。

朝日新聞が、引きこもりに関して、47都道府県と20の政令指定市にアンケート調査した結果によれば、引きこもりでいちばん多かったのは40代だそうです。また、ヘイトなブログに煽られて、朝鮮学校への補助金支給を求める声明に名を連ねた弁護士に対して懲戒請求をおこない、逆に不当な請求で名誉を傷つけられたとして訴えられたネトウヨも、40代がいちばん多かったそうです。私が常々言っているとおり、この二つのデータのかなりの部分は重なっているように思えてなりません。

あいちトリエンナーレの「表現の不自由展」への電凸も、こういった中高年のネトウヨが中心になって引き起こされた公算が大きいのです。“思想戦”と呼ぶにはあまりにお粗末と言うしかありません。既存メディアは、そんな「ネット世論」に迎合して、彼らの行為をさも「もうひとつの市民の声」であるかの如く大きく見せることに手を貸したのでした。

安倍首相の「戦後レジームからの脱却」をめざす「愛国」主義も、内閣の顔ぶれを見てもわかるとおり、結局、なんとか会議やなんとか教会やなんとか科学に行き着くのでした。「日本を、取り戻す」と言っても、所詮はその程度なのです。このようなカルトに支えられた「愛国」主義に対して、民族主義の立場から危機感が示されてもよさそうですが、そういった話も聞きません。ここにも日本の劣化が象徴されているように思えてなりません。
2019.11.09 Sat l 社会・メディア l top ▲
一昨日、箱根の金時山に登りました。金時山は、金太郎伝説で有名な山です。麓には、金太郎のモデルになったと言われている平安時代の武将・坂田公時を祭る公時神社(金時神社)があります。

行きは、新宿バスタから小田急の高速バスを利用しました。高速バスは、箱根側の登山口である「乙女峠」「金時神社入口」「金時登山口」のいづれにもバス停があり、都内から金時山に登るにはとても便利です。新宿からは2時間ちょっとで着きました。料金も1800円と格安です。ただ、往復ではなく、帰りに別の交通手段をとるとなると、(後述するように)台風19号の影響で箱根登山鉄道が運休しているため、代行バスに乗る方法(運行ルート)が複雑で苦労することになります。

ネットで調べたら、「金時登山口」の矢倉沢ルートが登山者がいちばん少ないそうなので、「金時登山口」から登ることにしました。「金時登山口」のバス停から仙石原の別荘地の中を15分くらい歩くと登山道の入口がありました。ネットに書いていたとおり、私以外は誰も歩いていません。「金時神社入口」の公時神社ルートと合流するまですれ違ったのは一人だけでした。

しかし、公時神社ルートと合流すると、登山道はいっきに賑やかになりました。私は、このブログを読むとわかると思いますが、腹の中は真っ黒なのに、表向きは気さくで愛想がよいので(でも、ホントは人間嫌い)、登山道で出会った人たちともすぐ打ち解けてバカ話をしながら登りました。でも、それも一時(いっとき)で、やがて置いておかれるのでした。「後半に強い」はずのアミノバイタルもまったく効果がありません。後半バテバテになるのが私の大きな課題です。それには、サプリに頼るのではなく、地道に鍛錬するしかないのでしょう。

30年ぶりに山に登ったという74歳の人にも、付いて行くことができませんでした。その人は、山に行くのにどんな格好をするかわからないので、普通のズボンをはいてきたと言っていましたが、そんな人にも置いておかれたのです。もっとも、毎日5キロ走っているそうで、「やっぱり走っていると違うのかな」と言っていました(おそらくそれは、私と比べての発言だと思います)。

若いカップルとはトレランシューズの話で盛り上がったのですが、やがて置いておかれました。私から見れば、彼らは文字通り岩から岩を飛び跳ねて行く天狗のようでした。

金時山の頂上からの景色には目を見張るものがありました。雲ひとつない快晴でしたので、雪を頂いた富士山もまるで絵画のようにくっきりと目の前に聳えているのでした。また、大涌谷や芦ノ湖、遠くには南アルプスや駿河湾まで見渡せました。

今まで登った山の中では、眺望はピカイチでした。初めて頂上に立った人は、(晴れていることが前提ですが)目の前に現れた雄大な景色に「おおっ」と感嘆の声を上げることでしょう。スニーカーで登ってきた若い女の子の二人連れも、頂上に着くなり「ずごい!」「すごい!」と感動した様子でした。

私は、登る途中で顔見知りになった人から記念写真のシャッターを押すのを頼まれ、写真屋の息子なので、「いいですかぁ、行きますよ」「笑って下さい」「じゃあ、もう一枚行きます」などとサービス精神旺盛にやっていたら、「私もお願いします」「私も」とつぎつぎに頼まれて、さながら記念写真の係のようになりました。

頂上はあまり広くなく、それに頂上に設置されたベンチには、頂上にある2軒の茶屋がそれぞれ「営業用」の貼り紙をベタベタと貼ってあり、茶屋を利用しない登山客が勝手に利用すると叱られるらしいので(結構有名な話)、登山客たちは岩場に座って休憩したり弁当を食べたりしていました。

金時山は、国立公園の中にあるれっきとした国有地です。ベンチを設置したのは茶屋かもしれませんが、土地は茶屋の所有ではないのです。事情を知らない登山者が利用したからと言って、「叱る」などというのはおかしな話です。

本来なら休憩用のベンチも国や自治体が設置すべきでしょう。「登山の経済学」に書いているとおり、国立公園であるにもかかわらず管理を民間任せにしている弊害がこういうところにも出ているように思いました。

私も岩場に座ってしばらく景色を眺めました。バスの中で昼食用のおにぎりを食べてしまったので、昼食がありません。登山口のバス停の前にコンビニがあるので、そこで買えばいいやと思っていたのですが、なんとコンビニは閉店していました。かと言って、頂上の茶屋で昼食を食べる気にはなりません。まわりでは持参した弁当を食べたり、ガスバーナーでお湯を沸かしてカップ麺を食べたりしていましたが、私は水を飲んで我慢しました。

金時山のいいところは若い登山者が多いということです。もちろん、中高年もいますが、ほかの山のように、中高年で溢れるという感じではありません。若い人がいると、なんだか華やいだ雰囲気に包まれ、いいなあと思いました。後半地味にきついところはありますが、大山などに比べたら間違いなく「初心者向け」の山と言えるでしょう。箱根観光のついでに、トレッキング感覚で登るのもありなのではないかと思いました。

しかし、今回の私の目的は金時山だけではありません。もうひとつの目的は、仙石原のすすきを見ることでした。

距離的には近いはずですが、すすきが群生する草原にどう行けばいいのかわらないので、地元の人に訊いたら、とても親切に教えてくれました。

企業の保養所などが並ぶ一帯をぬけると、目当ての草原が見えてきました。ただ、実際に行くとちょっとがっかりしました。この程度の草原なら、私の田舎にはいくらでもあります。それに、台風の被害を受けたのか、舗道の工事をしていたため、交互通行の車道の端を歩かなければならず、ゆっくりすすきを堪能することもできませんでした。観光客も少ないようで、午後2時すぎなのに、既に店じまいしている蕎麦屋もありました。

なんと言っても、箱根登山鉄道が運休している影響は大きいのです。すすきの草原にある「仙石高原」のバス停から小田原に降りて、小田原経由で帰ろうと思っていたのですが、まず道路の両側にあるバス停のどっちから乗るのかもわからないのでした。私は、サラリーマン時代、彫刻の森美術館を担当していましたので箱根にはよく来ていましたが、いつも車でしたのでバスにもケーブルカーにも乗ったことはないのでした。

バス停では10人くらいの人がバスを待っていました。日本人だけでなく外国人観光客もいました。でも、バス停の表示を見ると、どうも小田原方面とは違うようです。私は、道を渡って向かいのバス停に行きました。すると、そこに「強羅経由小田原行」の表示がありました。時間を見ると15分後に来るようになっています。横に屋根付きの待合所がありましたので、そこでバスを待つことにしました。しばらくすると、向かいのバス停に待っていた人たちも、道を渡ってこっちへやって来ました。大半は女性でしたが、彼女たちも「強羅経由小田原行」に乗りたいみたいで間違いに気付いたのでしょう。

そのうち、バス停に次々と人がやって来て20人くらいになりました。でも、時間になってもバスはやって来ません。10分すぎ20分すぎてもやって来ません。何台かやって来たのですが、「強羅経由小田原行」ではありません。

バスを待つ人たちは増える一方です。日本人のおばさんのグループも、しびれを切らして「おかしいよね」と言い出しました。

私は、「登山鉄道が運休しているので、強羅かどこかから代行のバスが出ているはずなんだけど、バス停にはそのことがまったく書いてないんでわからないんですよ」と言いました。すると、おばさんたちも「どうなっているの」「これじゃわからないわよ」と口々に言っていました。

「『強羅経由小田原行』のバスがあれば、直接小田原に行けるんじゃないかと思っているんですが、肝心の『強羅経由小田原行』が来ないんですよ」
「ホント、全然来ないじゃない」と憤慨していました。

そうこうするうちに、また行先不明の(よくわからない行先の)バスが来ました。私は、乗車口に行って、「路線バスの旅」の太川陽介のように(いや、見た目は蛭子さんか)、運転手に「小田原に行くにはどうすればいいんですか?」と訊きました。すると、運転手は、「二つ目のバス停で降りて、向かいのバス停で待っていれば宮城野営業所行きのバスが来ますので、それに乗って強羅駅か宮城野営業所で降りれば代行バスに乗り替えることができます」と言うではありませんか。

それで、私は、バス停で待っている迷える仔羊たちに向かって、「これに乗ればいいらしいですよ」と言いました。バスの中でも、おばさんパワーがさく裂して、「まったくどうなっているのよ」「ホントにわかりにくいわよ」「箱根登山バスって不親切よね」と口々に不満をぶちまけるので、バスの乗客たちはキョトンとした顔で、一同(その中には私も含まれる)を見ていました。

二つ目のバス停が近づいて来たので、私は車内に響き渡るような大きな声で、「次で降りますよ」と言いました。いつの間にか添乗員のようになっている自分がいました。バス停を降りると、「あっちですよ」と道路の反対側を指差して案内する始末です。私の後ろを20人くらいの多国籍の人間たちが、ゾロゾロ付いて道路を渡り、目指すバス停に向かっていました。

「こりゃ、バスガイドが持っているような旗が必要ですね」と冗談を言ったら、おばさんたちもゲラゲラ笑っていましたが、それでも冷静に、「でもね。道の反対側のバス停だとまた来た道を引き返すことになるんじゃないの?」と言うのです。言われてみればそうです。「まったくわけがわかんない」「どうなっているの」と再びおばさんパワーがさく裂していました。

しかし、バスは引き返すわけではなく、途中で違う道に曲がったのでした。そして、九折の山道をしばらく走ると強羅に着きました。強羅に着くと、バスの運転手が、「箱根湯本や小田原に行くのなら、宮城野営業所の方が代行バスが多く出ていますので、宮城野営業所まで行った方がいいですよ」と言うのです。それで、宮城野営業所まで行くと、そこから代行バスが始発で出ており、やっと小田原まで降りることができたのでした。

日本人でも戸惑うくらいだから、外国人観光客たちは余計そうでしょう。おばさんたちが言うように、バス停に代行バスの案内がまったく出ていないのには、呆れるばかりでした。

バスに乗っていた外国人観光客の中では、アジア系の若者、それもカップルが目立ちましたが、彼らを見ていると、日本に非常に気を使っている様子が伝わってきました。おばさんたちがバスに乗ると、次々と席を立って席を譲ろうとするのです。おばさんと言っても50~60代で、席を譲る対象の年齢ではありません。彼らを見ていると、気の毒なくらい気を使っているのがありありとわかるのでした。

また、バスでは「車内での飲食はまわりの迷惑になりますので、ご遠慮ください」というアナウンスが数か国語でくり返し流されていました。でも、そんなアナウンスにお構いなしにバリバリお菓子などを食べているのは日本人の若者ばかりで、外国人観光客は誰ひとりものを食べている人間はいませんでした。それどころか、気の強そうな女の子は、口をもぐもぐさせている日本人の若者を睨みつけていました。

「ニッポン凄い!」と自演乙している間に、経済的にアジアの国からキャッチアップされ、さらに品格やマナーの点でも、アジアの同世代の若者から軽蔑の眼差しで見られるまでになっているのです。日本に観光旅行にやって来て、箱根観光を満喫しているアジアの若者たちは、少なくとも日本の平均的な若者たちより豊かであるのは間違いないのでしょう。それは、「ニッポン凄い!」の人間たちには見たくない現実かもしれません。

帰りのバスに気を揉んでウロウロしたことですっかり疲れてしまいました。金時山より疲れました。このところ、丹沢の表尾根に金時山と人気の山に行きましたので、今度は誰にも会わないような山行をしたいと思いました。そして、もっとのんびり山を歩きたいと思いました。


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2019.11.08 Fri l 山行 l top ▲
今週の水曜日、丹沢の表尾根に行きました。ただ、バスを利用してヤビツ峠から登ったので、塔ノ岳まで行くには時間的に厳しく、途中の烏尾山(からすおやま)で引き返しました。そして、三ノ塔から尾根を下って秦野戸川公園に降りました。

近所の人も、夏にヤビツから登ったけど、思った以上に時間がかかって帰りは夜になり、「遭難するかと思いましたよ」と言ってましたが、たしかに塔ノ岳は表尾根を歩いていくつかピークを越えなければならないので、標準タイムでも7時間近くかかるのでした。

途中で会ったソロの女性も、以前登ったとき、やはり烏尾山までしか行けなかったので、今回は山小屋に宿泊する予定で来たと話していました。

車で来て、早朝から登りはじめれば日帰りは可能ですが、バスだとよほどの健脚でなければ、どうしても時間切れになってしまうのです。まして、これからの季節は日が短いので、よけい行動時間が限られてしまいます。

ただ、塔ノ岳だけでなく、途中のピークにはそれぞれ宿泊できる小屋があるし、三ノ塔にも新しく避難小屋ができていましたので、たとえ時間切れになっても緊急に泊まることは可能です。

早朝5時半すぎに自宅を出ましたが、東急東横線・JR横浜線・小田急線と乗り換えて、秦野駅に着いたのは7時半すぎでした。秦野駅からヤビツ峠までは、バスで30分かかります。ヤビツ峠行きのバスは、平日は午前と午後の二便しかありません。つまり、行きと帰りが一便づつしかないのです。

秦野駅前のコンビニで買い物してバス停に向かったら、既に20人くらいが並んでいました。しかも、前の方にはザックが10個くらいまとめて置かれているのです。あとでわかったのですが、ザックは中高年の登山サークルの人たちのものでした。つまり、場所取りをしていたのでした。

しかも、あとから来たメンバーに向かって、「こっち」「こっち」と言ってどんどん割り込ませるのでした。私は、よほど注意しようかと思いましたが、後ろには外人もいたし、これから山に行くのに気まずい空気になるのも大人げないと思ってぐっと我慢しました。

恐らく丹沢をホームグラウンドにする人たちなのでしょう。近所の人も、塔ノ岳をホームグラウンドにする中高年のグループがいくつもあって、「我が物顔でどうしようもないんだよ」と言ってましたが、これがそうなのか思いました。

そのあともいくつかのグループ(団体)がやって来て、出発間際になると80人くらいが並びました。そのため、臨時バスが出て、午前便は2台運行することになりました。

バスに乗るのも、さながら通勤電車の椅子取りゲームのような様相を呈していました。山の中では「こんにちわ」と挨拶するので、みんな「いい人」に見えるのですが、図々しい人間はどこに行っても図々しいのです。山にも泥棒はいるし、痴漢だっているのです。中には、ナンパ目的で登山サークルに加入するおっさんだっているそうです。加入時の確認事項として、ナンパ目的についてわざわざ注意書きしているサークルもあるくらいです。

私は、幸い最後部の座席に座ることができたのですが、6人ぎっしり座っていたにもかかわらず、横に座っていた登山サークルのおばさんたちが、ほかのおばさんに「あと一人くらい座れるよ、詰めれば大丈夫よ」などと言って、勝手に座らせたのでした。

私は人一倍身体が大きいので、身動きひとつできず窮屈でなりませんでした。しかも、隣のおばさんからは、洗濯物の生乾きの臭いが漂ってきて、なんだか罰ゲームに遭っているようでした。

ふと、隣のおばさんのザックのサイドポケットを見ると、アミノバイタルのドリンクが入っているのに気付きました。おそらく百名山かなんかのツアーに参加した際にガイドから配布され、アミノバイタル信者になったのでしょう。

私は、底意地の悪さを抑えることができず、「アミノバイタルって効果あるんですか?」と尋ねました。おばさんは、ちょっと戸惑った表情を見せながら、「結構、効きますよ」と言っていました。

私は、下記の『選択』の記事を読んだばかりなので、「へぇ、そうですか。効果に科学的な確証はないそうですよ」「トクホ以下だという話さえあるそうですよ」と言いました。すると、おばさんは嫌な顔をしてそっぽを向いてしまいました。

『選択』
「アミノ酸」神話に騙される日本人

ヤビツ峠からは、表尾根に向かう人と大山に向かう人に分かれます。また、表尾根へも二ノ塔と塔ノ台経由で向かう人に分かれます。

ただ、二ノ塔のルートが圧倒的に多く、登山サークルの団体の多くも二ノ塔に向かうみたいです。私も二ノ塔に向かうのですが、団体が一緒だとソロで来た意味がないので、みんなが出発するまでベンチに座って時間を潰しました。

隣に座っていた中年の男性に、「今日は人が多いですね」と言うと、「ホントに、びっくりしましたよ」と言ってました。

「表尾根の方ですか?」
「いや、大山です。表尾根に行きたいんですが、今日は親父の付き添いなので大山に行きます」

私は、子どもの頃、父親と山に登ったときのことを思い出しました。そのときの思い出が今も心に残っているので、こうして山に来ているようなものです。

「お父さんが一緒なんですか。それはいいですね」
「もう80を超えているので一人で山に行かせるわけにはいきませんからね」と言ってました。

話をしていると、トイレに行っていたお父さんがやって来ました。「息子さんと山に登るなんて、いいですね」と言うと、「登れるかどうかわかりませんよ。それに、もしかしたらこれが最後の登山になるかもしれないし」と言いながら、嬉しそうに笑顔を見せていました。そして、「お先に」と言って、二人で大山に向けて登山道を登りはじめたのでした。

バスも出発して、峠には誰もいなくなったので、私もそろそろ出発しようと、トイレに行きました。ヤビツ峠に常設されていたトイレは、台風による停電で使用できず、代わりに工事現場にあるような仮設のトイレが設置されています。

私は、トイレに入ると、思わず「ゲェー」となりました。便器の中は紙があふれ、異臭が充満しているのでした。こんなところでよく用を足すなと思い、あわてて外に出ました。そして、小便なら山の中ですればいいやと思ったのでした。

それ以来、食事のときに、ヤビツのトイレの光景が目の前に浮かんで来るのでした。子どもの頃、カレーライスが出ると、どうしても人糞を思い浮かべる変な癖がありました。思い出したらいけないと自分に言い聞かせるのですが、言い聞かせれば言い聞かせるほど思い出されるのでした。それと同じフラッシュバックに未だ苦しめられています。

二ノ塔への登山道は、アスファルトの林道を30分くらい歩いた先にあります。ずいぶんゆっくりしたつもりだったのですが、登山道に入ってしばらく歩くと、前を行く団体が見えてきました。30人くらいのあの登山サークルの団体です。「これはまずい」と思って、立ち止まり、写真を撮ったりして時間を調整しました。

ところが、さらにしばらく行くと、団体の中から5~6人のおばさんたちが遅れはじめたのでした。その中には、バスの中で横に座っていたおばさんもいました。先行部隊はおばさんたちを置き去りにして、前に進んでいました。私は、「最低のパーティだな」と思いました。バス停の態度を思い出し、やっぱりと思わずにはいられませんでした。

仕方ないので、おばさんたちを追い抜くことにしました。「すいません。お先に」と愛想を振りまいて通り過ぎながら、心の中では「アミノバイタルの効果はなかったみたいだな」と悪態を吐いている自分がいました。

二ノ塔から三ノ塔は、想像以上に荒れていました。と言って、台風の影響で荒れているのではありません。人跡で荒れているのです。考えてみれば、高尾山と並ぶ人気の山なので、荒れるのも当然かもしれません。二ノ塔から三ノ塔に向かう尾根道が、台風で崩落していましたが、あんなに踏み固められれば崩落するのも当然だろうと思いました。

表尾根の風景はたしかに見ごたえがありましたが、登山道が荒れていたので、なんだか痛々しささえ覚え、登山の楽しみが半減しました。

丹沢名物の“階段地獄”も、荒れた山にさらに屋上屋を架すようなものでしょう。もちろん、階段の設置も、多くはボランティアの手によるもので、「いつも整備していただいてありがとうございます」と登山者が言う気持もわからないでもありません。

しかし、階段は、歩きやすくするためというより、道が踏み固められることで水はけが悪くなり、土砂が雨で流されるので、それをせき止める役割の方が大きいのです。言うなれば、“階段地獄”はそれだけ山が荒れている証拠でもあるのです。

折しも、『週刊ダイヤモンド』のウェブ版・ダイヤモンドオンラインで、「登山の経済学」という記事が連載されていますが、その中で、登山道の多くが国立公園の中にあるにもかかわらず、その整備が山小屋や登山愛好家の有志によって支えられているお寒い現状が報告されていました。

ダイヤモンドオンライン
日本の山が危ない 登山の経済学

私たちが登る山のほとんどは、国立公園や国定公園、あるいは県立公園の中にあります。しかし、国や自治体は、登山道の整備などにあまり予算を割くことはなく、民間任せになっているのが現状です。

その結果、大山のように、「初心者向け」と言いながら、「転落事故が多く発生しています」と警察から警告が出されるような山も多くあるのです。そして、事故があっても「自己責任」で済まされるのです。話が反れますが、たとえば、ヤビツ峠のトイレのお粗末さなども、そんな山の現状を象徴しているように思います。

でも、山に行く人たちは、それでも「ありがたい」と感謝するしかないのです。山に行くなら感謝しなければならないと強要されているような感じすらあります。

山小屋も、今や風前の灯だそうです。この近辺で言えば、頂上まで行くのに時間がかかる塔ノ岳や雲取山などでは、山小屋はなくてはならない存在です。でも、その経営は、山好きの篤志家の善意に支えられているのです。国立公園で商売をする“特権”を与える代わりに、登山道の管理をやれと言われているようなものです。

私は、富士山だけでなく、どこの山でも入山料を徴収すればいいんじゃないかと思います。同時に税金も投じて、登山道を誰でも安心して歩けるように整備すべきだと思います。それが植生を守ることにもなるのです。

小泉武栄著『登山の誕生』(中公新書)によれば、日本は世界有数の登山大国だそうです。アメリカやフランス、ドイツ、イギリス、イタリアなど、登山用具のメーカーでもおなじみの登山が盛んな国でも、頂上をめざして登るクライマーはごく一部で、あとは登山鉄道や登山道路で山の上まで行き、山の中を歩いて楽しむハイキングやトレッキングのスタイルが大半なのだそうです。

ヨーロッパでは、200年以上前までは山は「悪魔の棲家」と思われていて、「山に住むスイスやチロルの人々は、偏見や差別にさらされていた」そうです。だから、ヨーロッパから輸入された登攀思想には、「征服」や「撤退」など軍事用語が並んでいるのでしょう。

一方、日本では、弥生時代から山には神が住むと信じられ、山岳信仰がはじまったと言われています。稲作=農耕社会にとって大事な雨乞いと山の信仰が結び付いた「雨乞山」などは、その代表例でしょう。

日本では登山(クライミング)とハイキングやトレッキングがごっちゃになっていますが、どうして日本はハイキングやトレッキングではなく、登山がこれほど普及したのかについて、『登山の誕生』でもいろんな理由があげられていました。

しかし、私は、自分の経験から、『登山の誕生』ではぬけている理由があるような気がしました。それは、日本人の体格です。日本人の体格が登山に向いているという点も大きいように思います。

私は、身長が185センチで体重が83キロですが、私と同じような大男と山で遭遇することはめったにありません。有名な登山家でも、大半は身長が160センチ台で、体重も60キロ台です。競馬の騎手と同じで、登山の場合、体重が軽い方が有利なのです。私の場合、他人より10キロ以上重い荷物を背負って山に登っているようなもので、息が上がるのも当然なのです(と、山でよく言われる)。

ダイヤモンドオンラインの記事にあるように、登山を取り巻く環境が大きく変わろうとしているのは事実でしょう。

それを考えるとき、私は、山ガールの存在は大きいのだと思います。今の中高年登山者たちは、(自分も含めて)早晩足腰が立たなくなり、山に行けなくなるでしょう。彼らは、子どもの頃、親と山に登った記憶で再び山に登り始めた人が多いのですが、山ガールたちはそういった”記憶の継承“とは無縁です。もちろん、ヨーロッパから輸入された登攀思想とも無縁です。だからこそ、山ガールたちが、日本にハイキングやトレッキングの新しい山の文化をもたらす可能性があるのではないかと思うのです。

そうなれば、投資ファンドからヨドバシカメラに売られた石井スポーツや、同じようにユニクロかワークマンに売られるのではないかと噂されている好日山荘なども、従来の商売のスタイルから根本的に脱却することを迫られるでしょう。それは、彼らにとってもいいことなのだと思います。

私は、ヤマレコの登山アプリを使っていますが、紙の地図とコンパスも、登山雑誌などが言うほど必要ではなくなってきました。一応、紙の地図とコンパスは持って行きますが、もしスマホの電池が切れたらとかスマホが壊れたらとか、そんな理由でわざわざ千円もする山と高原の地図を買って持って行くほどの必要性は正直感じません。実際に、若い人の中には紙の地図を持ってない人も多いのです。登山アプリのほかに、ネットの登山関連のサイトからダウンロードしたルート図を持っている人が多いようです。

今のような山の現状が続くなら、せっかく山に興味を持った山ガールたちも、山にそっぽを向いてしまうでしょう。あんなトラウマになるようなヤビツ峠のトイレなど、もってのほかです。「山ってそんなもんだよ」「トイレがあるだけありがたいよ」とおっさんたちは言いますが、そんなおっさんたちがいなくなったら(それはもうすぐです)、あとはいいように踏み荒らされた無残な山が残るだけなのです。


2019年10月30日表尾根1
ヤビツ峠

2019年10月30日表尾根2
売店は閉店

2019年10月30日表尾根3

2019年10月30日表尾根4

2019年10月30日表尾根5

2019年10月30日表尾根6
大山

2019年10月30日表尾根7
二ノ塔

2019年10月30日表尾根8
向こうに見えるのが三ノ塔

2019年10月30日表尾根9

2019年10月30日表尾根10
二ノ塔と三ノ塔の間にある崩落場所

2019年10月30日表尾根11
三ノ塔

2019年10月30日表尾根12
三ノ塔から烏尾山を望む

2019年10月30日表尾根13
丹沢の山々

2019年10月30日表尾根14
三ノ塔全景

2019年10月30日表尾根15
同上
2019.11.02 Sat l 山行 l top ▲