東海道新幹線のぞみ車内で乗客が焼身自殺を図った事件。老後を前にした人間には身につまされる事件でした。

死亡した70才の老人は、杉並区西荻の家賃4万円の風呂なしのアパートで独り暮らし。年金は、35年間加入して2カ月で24万円だったそうです。

以前の記事でも紹介しましたが、厚生労働省年金局の「平成23年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」によれば、月額平均受給額は、国民年金で54682円(厚生年金の受給権がなく国民年金だけの人は49632円)、厚生年金で152396円です。

報道によれば、彼は、20数年流しをやっていて、「その後、鉄鋼会社に勤務するも、その会社が倒産。送迎バスの運転手や清掃会社で働くなどして、生計を立てていた」そうです。そんな職歴から言えば、2ヵ月で24万円という年金額は、決して少なくなかったのです。

テレビのニュースに出ていたアパートは、おせいじにもきれいとは言い難い木造の「安アパート」でした。でも、月に12万円の年金で家賃や税金や健康保険料を払ったらほとんど残らず「生活ができない」と嘆いていたそうです。働けるうちは、なんとかやりくりできるけど、70才になり仕事を辞めた途端、「年金だけでは生活できない」過酷な現実を前にして絶望感を抱いたことは、容易に想像できます。

彼は今年の3月に産業廃棄物処理の仕事を辞めたそうですが、住民税や健康保険料は前年の収入に基づいて計算されるため、いわゆる「租税公課」が生活を圧迫していたことは充分考えられます。どこの自治体でも、逼迫した財政を維持するために、住民負担はもはや生活実態とかけ離れたものになっており、とりわけ、住民税非課税のボーダーラインに近い低所得世帯ほど負担割合が大きくなり、真面目に”納税者の義務”を果たそうとすればするほど生活が苦しくなるという理不尽な現実があるのです(※その後の報道によれば、国民健康保険料の支払いが10カ月分納で月2万円だったそうです)。家賃や税金や健康保険料を払ったらほどんど残らず「生活できない」というのは、決してオーバーな話ではないでしょう。

岩手のお姉さんが地元で一緒に暮らそうと誘ったが、畑仕事はできないと断られたそうです。お姉さんは、こんなことならもっと強く誘えばよかったと言っていたそうですが、月に12万円の年金額は、家賃もいらない田舎であればなんとか暮らせないことはないでしょう。しかし、いくら「安アパート」でも、家賃を払いながら東京で暮らすには、私たちの経験から言ってもとても無理な金額と言えます。

近所に40年来の知り合いもいて、草野球のチームにも入っていたというので、、西荻界隈に古くから住んでいて地域にもそれなりに溶け込んでいたようです。岩手から上京して、東京でさまざまな仕事をしながら35年間律儀に年金保険料を納めてきたのです。マスコミはパチンコ好きだったとか消費者金融に借金があったとかいう話を針小棒大に取り上げて、「どうしうようもない人間」のように書き立てていますが、彼は私たちのまわりにもいるごく普通の地方出身者のひとりなのです。年金も平均より多い。でも、それでも老後に絶望して、こんな最期を迎えねばならなかったのです。

新幹線の乗客の話では、「ホームレスかと思った」くらい服装も粗末だったそうです。頭からガソリンを被る際は、涙を流していたという目撃談もあります。

一方、この事件を報じる同じ新聞には、「路線価:東京都心部『億ション』完売」という記事が出ていました。

毎日新聞
路線価:東京都心部「億ション」完売

現在、東京では史上空前の「億ションブーム」なのだそうです。その多くは、投資と相続税対策なのだとか。この対象的な二つのニュースは、富める者はますます富み、貧しい者はますます貧しくなっていく、格差社会の非情な現実を映し出していると言えます。

どうしてこんな社会になったのか。さらにやり切れないのは、世間の人間たちが、まるで他人事のように(!)、ワイドショーのコメンテーターたちと一緒に、焼身自殺した老人に悪罵を浴びせていることです。そこには、明日は我が身という一片の想像力さえないのです。


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2015.07.13 Mon l 社会・時事 l top ▲