安全保障関連法案が、昨日の衆院特別委員会での強行採決につづき、今日、衆議院本会議でも与党と次世代の党の賛成多数で可決。今後は参院の質疑に移りますが、これで憲法の「60日ルール」が適用できるため、実質的に今国会での成立が確実になりました。

 異論封じへの伏線はあった。5月28日の特別委で、首相が自席から民主党議員に「早く質問しろよ」とヤジを飛ばした。政府の説明責任を放棄するような姿勢に批判が集まった。また、6月25日の首相に近い自民党議員の勉強会で、議員が「マスコミを懲らしめるには広告料収入がなくなるのが一番」「沖縄のゆがんだ世論を正しい方向に持っていく」などと述べ、政府に批判的な報道や世論を威圧する発言も飛び出した。
 自民幹部の一人は法案の作成過程も問題視する。議員が幅広く法案の作成過程に関与することなく、「一部の幹部だけで法案が作られ、党内議論で意見しようとすれば、作成を主導した高村正彦副総裁に論破された」。異論に耳を傾けぬ党内の空気が醸成された。首相に近い参院議員の一人は「消費税や年金と違い、国民生活にすぐに直接の影響がない。法案が成立すれば国民は忘れる」と言い切る。

朝日新聞デジタル
安保法案「成立すれば国民は忘れる」 強行採決の背景は


たしかにこの記事が言うように、法案が安倍内閣の独裁的な手法によって作成されたのは事実でしょう。

「法案が成立すれば国民は忘れる」という側近議員の声は、痛いところを突いていると言えます。おそらくマスコミの話題も、多くの国民の関心も、明日になれば又吉の芥川賞受賞に移っていることでしょう。

一方、昨日の強行採決に抗議するデモで、「選挙に行かなかった人間たちが、こういう暴挙を許しているんだ」という声がありましたが、それを聞いて私は、「なに言っているだ、民主党政権のあのテイタラクを忘れたのか」と言いたくなりました。

彼らはよく「選挙に行こう!」と呼びかけ、あたかも選挙に行けば世の中が変わるかのような幻想をふりまいていますが、ホントにそうなのか。そもそも、選挙に行ってどの政党に投票しろと言うのか。私は、むしろ「選挙なんか行っても仕方ない、なにも変わらない」という無関心層の声こそ、今の政治の本質を衝いているのだと思います。

私は、そんな”正しさ”の前に思考停止するような反対派の体質に、どうしても違和感を覚えてならないのです。

民主党を「極左」呼ばわりするのは、「中国が攻めてくる」というのと同じネトウヨの病的な妄想でしかありませんが、仮に民主党が「左派」だとしても(もちろん、「左派」ですらありませんが)、民主党や共産党のような「勝てない左派」に、今さらなにを期待するというのでしょうか。

自民党の高村副総裁か谷垣幹事長だかが、「民主党のなかにも(安保法制に)賛成している人がいる」と言ってましたが、たしかに、民主党の議員たちの発言を聞いても、すべてに反対というわけではないのです。「国際貢献」という点では、民主党も異論はないのです。それは、民主党政権の頃から言われていたことでした。

もちろん、対米従属を国是とするこの国では、「国際貢献」であれ「TPP」であれ、常に主語はアメリカです。安部首相は、「日本のため」「日本の国民の生命と財産を守るため」と言ってますが、その前に「アメリカのため」という前置きがあるのは言うまでもありません。

経済政策でも、民主党のかなりの部分は、新自由主義的な考えで占められています。「国際貢献」とグローバル資本主義は表裏一体ですが、民主党は間違ってもグローバル資本主義に反対する政党ではありません。グローバル資本主義を認める限り、軍事的な「国際貢献」や「集団的自衛権」が必要とされるのは当然でしょう。それで、違憲だと言っても、政治的には辻褄が合わないのです。

民主党の議員たちが泥舟から逃げ出さないのは、有力な支持母体である連合の票があるからですが、その連合は労使協調路線をとる総評の右派と旧民社党系の同盟が一緒になってできたナショナルセンターです。労組の立場から原発や防衛産業の利益を守るという主張が、民主党のなかに、なんの矛盾もなく存在しているのです。

福島瑞穂が言うように、「自民党と民主党はカレーライスかライスカレーかの違いしかない」のです。実際に、民主党では護憲派は少数です。そんな民主党が「9条を守れ」「戦争をするな」と言っても、眉に唾したくなるのは当然でしょう。

どうして日本では、シリザやポデモスやSNPのような本気の政治、「勝てる左派」が出てこないのか。どうしてお揃いのプラカードを掲げ、お揃いのスカーフを首に巻いて、「安倍政権は追い詰められている」などというおためごかしのことばに喝采を送る、そんな運動しかないのでしょうか。
2015.07.16 Thu l 社会・時事 l top ▲