先日亡くなった鶴見俊輔氏の『日常的思想の可能性』(筑摩書房)を読み返していたら、こんな文章が目に止まりました。

 詩人の鮎川信夫は「政治嫌いの政治的感想」という文章を、一九六一年二月に書いている。この文章によると、安保反対の運動は、進歩的文化人のあやまちの総決算だそうだ。反対の根拠が薄弱である。大新聞が安保強行採決を非難して大きく書きたてた。その論調をうしろだてにして、反対運動が大規模におこった。やがて新聞の論調は、デモのゆきすぎを非難する方向にかわり、デモの指導をした進歩的文化人は新聞の変節にフンガイした。しかし、新聞の論調がかわるのはこれまで毎度のことだし、新聞をアテにしていては革命などできるわけはない。こういう軽い運動が、新聞とともに消えていったのはあたりまえのことだ。
 こういう鮎川のまとめが、大衆運動としての安保闘争について、かなりのところまであたっていることを認めるところから、再出発したい。
(「さまざまな無関心」)


60年安保の際に、鶴見氏らが中心となって反戦市民グループ「声なき声」の会が結成されたのですが、その6年後の6・15(東大生・樺美智子さんが国会デモで「死亡」した日)に集まったのは僅か9名だったそうです。でも、鶴見氏は、「運動の波がひいてしまったあとで、運動の中にのこり、その中でつみかさねがおこるような場所」が必要なので、「声なき声」の会の存在意味はあるのだと書いていました。

この文章から49年。私は、今の安保法制反対運動も、鮎川氏が批判するようなお決まりのパターンをくり返しているように思えてならないのです。

忘れてはならないのは、マスコミがSEALDsを持ち上げるようになったのは、安保関連法案が衆議院を通過してからだということです。つまり、実質的に法案の成立が確実になってから、いつものようにマスコミの「アリバイ作り」がはじまったのです。実際に反対派の人たちのTwitterなどを見ても、マスコミが書いていることをオウム返しに言っているような発言が目立ちます。そうやって踊らされ持ち上げられ、そして落とされるいつものパターン。

原発事故のあと、あの数万人を動員した官邸デモのエネルギーが、野田首相(当時)との面会に収斂され、一気に熱が引いていったのと同じように、今回もデモのエネルギーが野党の国会対策に収斂され、法案成立とともに「波が引く」のは目に見えています。選挙に行かないやつが悪い、デモに参加しないやつが悪い、そういったおためごかしの総括で運動のエネルギーは「蒸発」していくのです。

フレディみかこ氏が言うように、現代は右か左かではなく上か下かの時代なのです。反対派は、国会前に来ているのは組織に動員された人たちではない「普通」の人たちだと言ってますが(今回に限らずいつもそう言うのですが)、その「普通」ってなんだろうと思います。選挙に行かない、デモにも参加しない、そういう「地べたの人間」たちのなかにある“政治”にこそ目を向けない限り、明日はないのだと思います。

政治は国会(対策)のなかだけにあるのではないでしょう。にもかかわらず、反原発でも反安保法制でも、無理やりにでも国会のなかに封じ込めようとしているように思えてなりません。

鶴見氏は、少なくとも「声なき声」の会の再出発にあたって、この鮎川氏の”批判”を思想的な起点に据えようとしたのですが、今の安保法制反対運動にはそういった謙虚な姿勢さえないのです。

反対派は「安部総理は追い詰められている」と言ってますが、実際はますます「意気軒昂」という話があります。たしかに、あの薄ら笑いを見ると、追い詰められているどころか、ファシスト特有の”サディズム的快感”に酔い痴れているように見えないこともありません。少なくとも、「子どもの頃から嘘つきだった」バカボン(赤塚不二夫の漫画の主人公ではなく、バカなボンボンという意味です)にとって、この国会は文字通り本領発揮とも言えるのです。

「安部総理は追い詰められている」というのは、いかがわしいSEO業者と同じで、成果を誇大に強調するセールストークと考えたほうがよさそうです。要は、「今度の選挙は是非わが党へ」と言いたいのでしょう。そうやって安保法制反対のエネルギーは「勝てない左派」の愚劣な政治に回収されていくのです。花田清輝の口吻を真似れば、ものみな”選挙の宣伝”で終わるのです。
2015.08.02 Sun l 社会・時事 l top ▲