私は知らなかったのですが、先月末、作家の辺見庸氏がブログでSEALDsを痛烈に批判していたそうです。しかし、なぜか辺見氏のブログはすぐに閉鎖になったみたいで、今はその文章を読むことができません。なにがあったのでしょうか。

私は、ほかのブログに転載されている文章を読みましたが、まだこんなまともなことを言う人がいたんだと思うと、なんだか少し救われた気がしました。

つぎの文章は、下記のブログに転載されていたものです。

Blog「みずき」
http://mizukith.blog91.fc2.com/

だまっていればすっかりつけあがって、いったいどこの世界に、不当逮捕されたデモ参加者にたいし「帰れ!」コールをくりかえし浴びせ、警察に感謝するなどという反戦運動があるのだ?だまっていればいい気になりおって、いったいどこの世の中に、気にくわないデモ参加者の物理的排除を警察当局にお願いする反戦平和活動があるのだ。
よしんばかれらが××派だろうが○○派だろうが、過激派だろうが、警察に〈お願いです、かれらを逮捕してください!〉〈あの演説をやめさせてください!〉と泣きつく市民運動などあるものか。ちゃんと勉強してでなおしてこい。古今東西、警察と合体し、権力と親和的な真の反戦運動などあったためしはない。そのようなものはファシズム運動というのだ。傘をさすとしずくがかかってひとに迷惑かけるから雨合羽で、という「おもいやり」のいったいどこがミンシュテキなのだ。ああ、胸くそがわるい。絶対安全圏で「花は咲く」でもうたっておれ。国会前のアホどもよ、ファシズムの変種よ、新種のファシストどもよ、安倍晋三閣下がとてもとてもよろこんでおられるぞ。下痢がおかげさまでなおりました、とさ。コール「民主主義ってなんだあ?」レスポンス「これだあ、ファシズムだあ!」。

かつて、ぜったいにやるべきときにはなにもやらずに、いまごろになってノコノコ街頭にでてきて、お子ちゃまを神輿にのせてかついではしゃぎまくるジジババども、この期におよんで「勝った」だと!?おまえらのようなオポチュニストが1920、30年代にはいくらでもいた。犬の糞のようにそこらじゅうにいて、右だか左だかスパイだか、おのれじしんもなんだかわからなくなって、けっきょく、戦争を賛美したのだ。国会前のアホどもよ、安倍晋三閣下がしごくご満悦だぞ。Happy birthday to me! クソッタレ!
(辺見庸「日録1」2015/09/27)


何度も言いますが、全体主義は右だけの話ではないのです。左も同じです。「党派性」「党派根性」などという常套句を使って相手を攻撃する党派政治。それは、「勝てない左派」の伝統芸とも言えるものです。もしかしたら右の全体主義より左のそれのほうが、口が達者な分性質(タチ)が悪いのかもしれません。

案の定、辺見氏の発言は、ネットで罵詈罵倒の嵐に晒されているそうです。ブログの閉鎖もそれと関係あるのかもしれません。「反戦」や「反原発」の”絶対的な正しさ”の前では、異論・異端は許さない、異論・異端は「安倍政治」を利するだけというわけなのでしょうか。でも、それは、どう見ても、自由な精神や自由な言論とは相いれないものでしょう。それで「民主主義の復活」「ぼくらの民主主義」(高橋源一郎)とはよく言ったもんだと思います。

国会の内外で繰り広げられていたのは、虚妄の秩序のなかでの陣取り合戦にすぎないのです。反ファシズムで競合するのではなく、右と左がファシズムで競合している悪夢のような政治の光景にすぎないのです。「政治の危機」や「民主主義の危機」を叫んでいるからと言って、彼らがその「危機」から逃れられているわけでも、もちろん免罪されているわけでもないのです。


関連記事:
左の全体主義
ものみな”選挙の宣伝”で終わる
安保法制反対派の「いやな感じ」
2015.10.07 Wed l 社会・時事 l top ▲