一昨日、女優の原節子が9月に亡くなっていたというニュースがありました。もちろん、私は、原節子は小津映画でしか知りません。私たちにとって、原節子は最初から”過去の人”でしたので、亡くなったというニュースを聞いて少なからず驚きました。95歳だったそうです。

原節子は、42歳で女優を引退し、以後、マスコミといっさい接触を断って、鎌倉の浄妙寺の近くで、甥夫婦と暮らしていたそうです。今回公表が遅れたのも故人の意志だったとか。そんなみずからの美学を貫いた生き方があの”原節子伝説”を創ったと言えるでしょう。

また、先週は、NHKスペシャルで、「いのち 瀬戸内寂聴 密着500日」というドキュメンタリーをやっていました。93歳になった瀬戸内寂聴の日常を追ったドキュメンタリーでしたが、番組を見ているうちに、いつの間にか瀬戸内寂聴に母の面影を重ねている自分がいました。

年齢も1歳違いということもありますが、瀬戸内寂聴を見ていると、(縁起でもないと言われるかもしれませんが)病院のベットに寝ていた死の間際の母の顔がオーバーラップしてくるのでした。

老いの現実。それは、やがて私たちにも容赦なくやってくるのです。黄昏を生きるというのは、なんとせつなくてなんと物悲しいものなんだろうと思います。

私は、認知症は”死の苦悩”から解放してくれる神様からの贈り物だと思っていますので、まわりには迷惑をかけるかもしれませんが、認知症になって死ねたらいいなと思っています。

母は認知症になることもなく、末期ガンが発見されるまで一人暮らしをしていました。ドクターは、「認知症を患うこともなく、ずっと自分のことを自分でやってきたお母さんは幸せな老後だったと思いますよ」と言ってましたが、私はホントにそうだろうかと思いました。

不肖の息子は、月に一度電話で話をするくらいでしたが、母はいつも「もういつ死んでもいいと思っちょるけど、なかなか死なせてくれないんよ」と言っていました。私も母と同じくらいの年齢まで生きたら、やはり同じようなことを思うのかもしれません。そうやって”死の苦悩”を抱いて残りの日々をすごすくらいなら、認知症になったほうが余程いいと思うのです。

私は、今、民俗学者の六車由実氏が書いた『介護民俗学へようこそ! 「すまいるほーむ」の物語』(新潮社)という本を読んでいます。六車氏は、大学教員から介護ヘルパーに転職し、さらにグループホームの施設責任者になった方ですが、この本は、民俗学の手法を使ってホームのお年寄りに「聞き書き」したものです。

柳田国男は、ひとりひとりが「物語を語れ」「物語を創れ」と言ったのですが、「すまいるほーむ」の物語のなんと豊穣で感動的なことか。「聞き書き」のなかから、ひとりひとりのお年寄りの人生の物語が光芒を伴って浮かび上がってくるのでした。昔、生きるってすばらしいという歌がありましたが、「聞き書き」を読んでいるとホントにそう思えるのです。そして、みんな、そうやって自分の物語を抱いて旅立って行くのだなとしみじみ思うのでした。


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2015.11.27 Fri l 日常・その他 l top ▲