今夜、テレビ朝日の「甦る歌謡曲」という番組で、天童よしみが美空ひばりのすごさを語っていました。天童よしみによれば、美空ひばりがすごいのは、低い音から高音へ「しゃくる」ことがなく、最初から高音で歌いはじめるところだそうです。その代表曲が「哀愁波止場」なのだと。

もちろん、私たちにとって、美空ひばりは物心ついたときから”過去の人”でした。私たちが最初に買ったレコードは、ビートルズやローリングストーンズなどで、美空ひばりのレコードを買うなどもはや考えられませんでした。

私は、さっそくYouTubeで「哀愁波止場」を聴いてみました。「哀愁波止場」は、船乗りの愛しい人を待つ女心を唄った歌です。それは、「三月待っても逢うのは一夜」のようなせつない関係です。愛しい人が好んで口ずさんでいたのは、「五木の子守唄」でした。

YouTube
哀愁波止場

高音の裏声で描かれる夜の波止場の情景。それは美空ひばりでなければ描けない世界です。そして、私たちはいっきにその歌の世界に引き込まれていくのでした。

竹中労は、評伝『美空ひばり』(朝日文庫)のなかで、つぎのように書いています。

(略)真に民衆的なるものを戦後史に問うなら、とうぜん我々はページをくりなおさねばならない。そう、「屋根なし市場」から、美空ひばりが民衆とともに歌でひらいた廃墟の一ページを、起点とすることから始めなくてはならぬのである。(略)
 ゲテモノと嘲られ、ものまねと蔑まれながら、『悲しき口笛』『私は街の子』『越後獅子の唄』と、ひばりのうた声は庶民大衆の心の琴線に共鳴して、『リンゴ追分』のせつせつたる絶唱を生み、『哀愁出船』『哀愁波止場』戦後歌謡曲の最高峰へと昇華していくのである。彼女をささえたのは民衆の惜しみない拍手、それ以外になかった。


そこには、今の”邦楽コンテンツ”とはまるで違う、文字通り大衆音楽としての歌謡曲のありし日の姿があるのです。美空ひばりの高音域には、今のデジタル技術では捉えられない大衆の情感が表現されているのです。

でも、もう大衆はいないのです。プロレタリアもいない。竹中労は、60年安保のあと、「党派の神話」に決別してアナーキズムに「回心」する当時の心境について、「哀愁波止場から太平天国へ」という言い方をしていましたが、もちろん左翼もいないのです。右翼もいない。あるのは、コンテンツとして消費される「護憲ビジネス」や「愛国ビジネス」だけです。


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2016.01.07 Thu l 芸能 l top ▲