ヘイト・スピーチ対策法案が12日の参議院法務委員会で可決し、翌日の13日の本会議でも可決、衆議院に送られました。これにより今国会で成立するのは確実になったとメディアは伝えています。

ただ、法務委員会では全会一致で可決されましたが、本会議では反対が7名、退席(棄権)が1名出たそうです。

反対したなかには、ヘイト・スピーチの規制そのものに反対している日本のこころなど右派政党の議員とともに、社民党の福島みずほ副党首や又市征治幹事長、それに生活の党と山本太郎となかまたちの山本太郎議員が含まれていたため、法案を推進した人たちの間で物議をかもしています(吉田忠智社民党党首は退席して棄権)。

山本太郎議員は、参議院本会議での採決のあと、オフィシャルブログで反対した理由をつぎのように書いていました。

山本太郎の小中高生に読んでもらいたいコト
ヘイト法に反対した理由

この法案の条文に必ず書かれている、「本邦外出身者」って何だろう?

「本邦の域外にある国又は地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するもの」って事らしい。

この「本邦の域外にある国又は地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するもの」には、大きく分けて2つの問題が含まれる。

1.差別を撤廃する法律のはずが、差別から守られる者を限定した事。

これは差別の解消を目指す理念法ですから、など言い訳にならない。人種差別撤廃条約の締約国である日本が、条約を国内法化するならば、条約の精神を汲んだあらゆる形態の人種差別を禁止する内容を目指さなければならないが、その対象を限定し、狭めた。

2.適法に居住しない者は守られない。

適法じゃないなら、違法に滞在してるんだから、差別されて当然、とあなたは考えるだろうか? 適法に居住していない者の中には、難民申請中の方なども含まれるだろう。

2つの問題点に対して、「附帯決議に書かれているから心配するな。」と言う人もいるだろう。残念ながら附帯決議に法的拘束力はない。

問題がある条文は附帯でカバーしたから大丈夫、って話にはならない。問題がある条文自体が法律の本文に入っているということ、つまり、その表現が使われている時点で、理解していないか、意図を含んでいる事になるのではないか?

(以下略)

(引用者註:改行を原文から修正しました)


たしかに、山本太郎が書いているように、「排他的な運動がここまで拡がったのは、警察に大きな責任がある」と言えるでしょう。

「国家公安委員会が通知を出し徹底もできたはずだ」「ヘイト集団の軽犯罪行為に対しては既存の法律でも対応はできた」「しかし警察はほとんど対応しなかった」のです。

どうしてこの法案が、すべての外国人やマイノリティを対象とせず、わざわざ「適法居住要件」なるものを設けているのか。そこには、個人の人権より国家の安寧と秩序を一義に考える意思が表現されているように思えてなりません。

また、山本太郎のブログで注目されるのは、ヘイト・スピーチ法案が盗聴法と刑事訴訟法の改正案がバーターで審議され、同改正案も成立の可能性が高くなったという事実です。

改正案の危険性については、下記のビデオで宮台真司と神保哲生氏がわかりやすく伝えています。

BLOGOS
焼け太りの捜査権限の拡大を許すな

今回の改正案では、「可視化と引き換えに、盗聴法の対象事件を大幅に拡大し、事実上、ほとんどの事件で盗聴を可能にする盗聴法の改正と、共犯者が捜査に協力することで刑が軽減される司法取引の導入が謳われている」のですが、実際に可視化されるのは、「裁判員裁判の対象事件と特捜案件に限られるため」、全事件の3%にすぎないのです。

一方で、今まで薬物犯罪や銃器犯罪など主に暴力団関連の4分野に限定されていた盗聴の対象を一般の刑事事件まで拡大し、立会人も必要ではなくなるのです。しかも、盗聴するのは、電話だけでなく、メールやLINEなども対象になると答弁されています。要するに、刑事事件の口実さえあれば、警察はいつでもどこでも私たちの電話やメールやLINEを盗み聞きしたり盗み見たりできるようになったのです。

さらに、司法取引の導入で、共犯者が”密告”すれば刑の軽減をはかることが可能になり、しかも、法廷では”密告者”の氏名等をあきらかにしなくてもよくなったのでした。そのため、今まで以上に誘導尋問が増え、自分が助かるためにウソの証言をしたり、”密告者”に偽装した第三者が立件に有利な証言をしたりして、逆に冤罪が増えるのではないかと懸念する声もあります。

今回の改正は、自白の強要や証拠の捏造など検察の不祥事をきっかけにもちあがったのですが、上記の記事が指摘するように、逆に捜査権限の拡大になっており、官僚が得意な名を捨てて実を取る”焼け太り法案”の典型とも言えるのです。

でも、ヘイト・スピーチ対策法案を推進した人たちは、こういった改正案が併行して審議されていたことにはまったく触れていません。山本太郎が書いているように、ヘイト・スピーチ法案の成立を焦るあまり、刑事訴訟法の改正案には目をつぶったのではないか。それを含んだ上での”妥協の産物”だったのではないか、という疑問を抱かざるを得ないのです。少なくとも参議院法務委員会では、ヘイト・スピーチ法と刑事訴訟法改正案が抱き合わせで審議されたのは事実なのです。

一方、ヘイト・スピーチに反対していたカウンター周辺の人たちの間では、当然ながら山本太郎に対する批判が沸き起こっています。

有田芳生議員は、ツイッターで「現場の異常さ、当事者の切実な人生がわからなければ『脳内操作』で軽々と評論ができるのでしょう」と批判していました。   

また、つぎのような辛辣な声も現場からありました。

Twittert田中一彦2016年5月14日
https://twitter.com/tanakazuhiko/status/

しかし、それでも私は、山本太郎の指摘は間違ってないと思うのです。何度も言いますが、今回の法案を「一歩前進」と評価する人たちのなかに、国家や法律というものに対する能天気な認識や期待感をどうしても感じてならないのです。その結果、名を捨てて実を取る”官僚の罠”にはまっているのではないか。

先頃群像新人賞を受賞した崔実(チェシル)の「ジニのパズル」(『群像』6月号)にも、朝鮮学校に通う主人公が、警察を名乗る男たちに差別的なことばを浴びせられ、性的な屈辱を受ける場面が出てきますが、しかし、主人公は、その屈辱を誰にも言わずに自分のなかに秘匿するのでした。そんな主人公の少女の胸のうちにある諦観や怒りややり切れなさや悲しみに、在日が置かれた理不尽な現実が描かれているのだと思います。在日の存在を治安問題の観点でしかとらえない旧宗主国の本音。それこそがヘイト・スピーチの本質であって、あの関東大震災の朝鮮人虐殺にも通底しているものなのです。山本太郎が言う警察が動かなかった意味と背景をもっと考えるべきでしょう。

まして、山本太郎を呼びつけてしばこうとか、山本のブログは中核派が書いたのではないかなどというTwitterの書き込みは、なにをかいわんやです。彼らは、自分たちの意に沿わない人間に対して、ヘイト・スピーチをおこなっている連中とまったく同じ口調で同じセリフを吐き、同じレッテル貼りをおこなっているのです。これでは、「どっちもどっち」と言われても仕方ないでしょう。

私は、今回の法案成立が、反原発の国会前デモが野田首相(当時)との面会によって急速に収束したのと同じ轍を踏んているように思えてなりません。


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