舛添要一東京都知事は、辞任したというより引きずりおろされたと言ったほうが正確でしょう。しかも、辞任後も、まるで水に落ちた犬を叩くみたいに、メディアは自宅まで押しかけてバッシングをつづけているのです。

この常軌を逸した”舛添叩き”について、小林よしのり氏は、ブログでつぎのように書いていました。

舛添が一言も語らず去っていく気持ちはよくわかる。
何を言っても揚げ足取られるだけで、火に油を注ぐ結果にしかならないからだ。
それでも「黙って去っていくとは何事か」とコメンテーターは言っている。「男の器が小さい」などと罵っている。

残酷非道の民主主義は一体何を望んでいるのか?
おそらく舛添が素っ裸で泣きながら街の中を這いずり回る姿が見たいのだろう。
それでも嘲笑って文句を言うのが愚民どもの残酷性だ。

集団リンチをまだ続けたかった愚民主主義


”舛添叩き”について、ネットでまともな批判をおこなっていたのは、私が知る限り、小林よしのり氏と『保守の本分』の著者で近著『日本会議の研究』(扶桑社新書)が話題になっている菅野完氏だけでした。

小林よしのりBLOG
舛添都知事をギロチンにかけよと熱狂する民衆
集団リンチをまだ続けたかった愚民主主義

HARBOR BUSINESS Online
「舛添叩き」が衆愚の極みである理由

小林氏は、「フランス革命当時の民衆の娯楽はギロチンによる処刑だった。日本人の中にも、上に立つ者をスキあらば引きずり下ろして、リンチにかけたい、処刑台に上げて、首が斬られる姿を見たいという心理が大いにあるのだ」と書いていましたが、”舛添叩き”が国民の負の感情のはけ口になっているのはたしかでしょう。

アベノミクスがどうだとか、株価がどうだとか、求人倍率がどうだとか言われていますが、国民の生活実感は「景気が悪い」ままで、格差は広がるばかりなのです。そんな時代閉塞の現状(石川啄木)には、常に舛添のようなスケープゴート(負の感情のはけ口)が求められるのです。

明日は参院選の公示日ですが、今朝も地下鉄の駅前の舗道では、共産党の宣伝部隊が駅に向かうサラリーマンたちに「戦争法廃止の政府を」などというビラを配っていました。それを見て、「なんだ、文春の記事に踊ったくせに」と心のなかで悪態を吐いている自分がいました。

文春の記事に踊った無定見な政党や、刑法改正に賛成した政党や議員などは間違っても支持したくないと思いました。全体主義には、与党も野党も、右も左も、改憲も護憲もないのです。


関連記事:
”舛添叩き”の奇異な光景
『保守の本分』
2016.06.21 Tue l 社会・時事 l top ▲