先日、「文春砲は腰抜け」という記事を書きましたが、訂正しなければならないのかもしれません。今週号(9月29日)では、豊洲移転問題に関連して、石原慎太郎のことを取り上げていました。ついにタブーが破られたかと思いましたが、でも、やはりどこか腰が引けている感はぬぐえません。芸能人のスキャンダルのときのような”冴え(意地の悪さ)”はありません。

週刊文春(9月29日)号
総力取材 豊洲の「戦犯」 石原とドン内田

都議会のドンは、元テキヤだそうです。しかも、豊洲の問題で権勢をふるった当時は、なんと落選中の身だったとか。にもかかわらず、「自民党東京都連幹事長に留任。都議会に部屋と車が用意され、都政に大きな影響力を持っていた」のです。そして、ドンがおこなったのが、豊洲移転に反対する民主党との「交渉」です。と言うのも、当時、民主党は都議会でも大躍進し、与野党の勢力図がほぼ拮抗していたからです。

折しも、『原発ホワイトアウト』のモデルでもあった泉田裕彦知事が突然出馬撤回した新潟県知事選挙について、つぎのようなニュースがありました。

Yahoo!ニュース(産経新聞)
新潟県知事選、野党3党に推され東大卒の医師が出馬表明 前長岡市長と一騎打ちへ

 共産、生活、社民の3党は今月17日、米山氏の擁立を民進党県連に要請したが、同県連は申し出を断り自主投票を決めていた。米山氏は民進党に離党届を既に提出しており、無所属で知事選に出馬する方向。


出馬表明した米山隆一氏は、民進党の新潟5区総支部長で、次期衆院選の公認候補にも内定していたそうです。

にもかかわらず、民進党は他の野党から要請されていた米山氏の擁立を断り、米山氏は離党して立候補することになったのです。どうしてなのか。それは、米山氏が東京電力柏崎刈羽原発の再稼働について、泉田知事同様、慎重な姿勢をとっているからです。

東京電力柏崎刈羽原発の再稼働に直接関係する新潟県知事に、慎重派の知事が誕生することは、電力総連に牛耳られた連合を支持母体とする民進党としても容認できないのでしょう。野ブタが復権したのも別に驚くことではありません。むしろ、民進党が野党を名乗ることの不幸(この国の政治の不幸)を考えるべきでしょう。

豊洲の移転問題においても、ドンの裏工作によって、民主党は妥協を重ね、豊洲移転の障壁ではなくなったのでした。民主党(民進党)も、伏魔殿の一員であることには変わりがないのです。

今週号では、石原と鹿島の関係にもちらっと触れていますが、もちろん、利権は豊洲移転だけではありません。むしろ本丸は、東京オリンピックのほうでしょう。

それにしても、この国の「愛国者」は、いつの時代も責任転嫁ばかりです。関東軍の上級士官たちも、部下や邦人を置き去りにして、満州から真っ先に逃げ出し、先を争って“昨日の敵“に取り入ったのでした。そして、公職に復帰すると、再び「愛国者」ズラして、戦後の日本はエゴイズムがはびこり、国を愛することが疎かになっている、などと国民に説教を垂れていたのです。

醜い弁解と責任転嫁に終始する石原こそ、この国の「愛国者」の典型と言えるでしょう。忘れてはならないのは、そんな石原を新橋や丸の内のサラリーマンたちは、かつて「理想の上司」として崇めていたことです。文春や新潮ばかりでなく、フジサンケイグループなども、まるで「救国のリーダー」のようにヨイショしていたのです。

豊洲移転問題でも、みんな口をそろえて「知らなかった」と言うばかりです。誰ひとり責任を取ろうとする人間はいません。それは、あの戦争のときから変わらないこの国の姿です。

テレビのワイドショーなども、徐々に腰砕けになっており、この問題の落としどころを探っているフシさえあります。来年になれば問題も沈静化して、計画どおり移転がはじまるだろうという見方も出ています。昨日のTBSの番組では、角谷浩一というコメンテーターが、誰の責任か追及するのは生産的ではない、みんな良かれと思ってやったことだ、というようなことを言ってましたが、そうやって沈静化がはかられるのでしょう。

築地市場の歴代の市場長の天下り先を見ると、「東京メトロ代表取締役副会長」を筆頭に、目も眩むほどの豪華さです。また、直接工事等に関わった部署の担当者たちの多くも、ゼネコンなどに天下りしているそうです。今回の問題の根っこにあるのは、このような役人天国の問題です。そして、その役人天国と持ちつ持たれつの関係を築くことで伏魔殿と化した議会の問題があるのです。当然ながら、そこに利権が生まれ、利権によって行政が動かされる現実があるのです。その中心に鎮座ましましていたのが、「愛国者」且つ「救国のリーダー」且つ「理想の上司」の「空疎な小皇帝」(斎藤貴男)石原慎太郎だったのです。
2016.09.23 Fri l ネット・メディア l top ▲