SEALDsに同伴し野党共闘を支持していた「リベラル」と言われる人たちの間で、民進党の蓮舫新代表が野ブタを復権させたことなどに失望して、「新しいリベラル政党」を作る動きがはじまっているそうです。

私は、それを聞いて、なにを今更と思いました。そんなことは最初からわかっていたことです。SEALDsを持ち上げ、既成政党幻想を煽ってきたみずからのお粗末さ、トンチンカンぶりをまず自覚することでしょう。と言うか、こういう無定見な人たちは、余計なことをせずにさっさと退場してもらうのが一番でしょう。

ブレイディみかこ氏は、貧困問題に取り組んでいる運動を取材した文章のなかで、つぎのように書いていました。

 右派にしろ、左派にしろ、近年台頭しているムーブメントは、ミクロで起きていることをマクロの政治に持ち込む方向性で支持を広げている。ポデモスが地方政党と連合して運動を戦ったのもその一つの表れだろう。地方で起きているミクロな現実が中央政府のマクロにちっとも反映されないので自ら中央に乗り込んでいこうとする地方政党のエネルギーを、ポデモスが吸収したのだ。

「ミクロ(地べた)をマクロ(政治)に持ち込め」(『This Is JAPAN』・太田出版)


貧困支援の社会運動家で、『下流老人』や『貧困世代』の著者でもある藤田孝典氏は、これを「ミクロとマクロの連続性」と言っているそうです。上から目線で(文字通りマクロな目線で)「新しいリベラル政党」を作るなんておこがましいのです。

たしかに憲法問題も大きなテーマでしょう。しかし、それと同じように、あるいはそれ以上に、貧困問題も喫緊の大事なテーマです。生活保護バッシングや”貧困女子高生”バッシングに反撃することのなかに、ミクロからマクロにつながる政治的な回路があることを知る必要があるでしょう。リテラも記事を配信している、どちらかと言えば、「リベラル」な立ち位置にあったと言っていいビジネスジャーナルが、”貧困女子高生”をバッシングするために、あのようなねつ造記事を書いたことの深刻さをもっと考える必要があるでしょう。

何度も言いますが、右か左かではないのです。上か下かなのです。「憲法を守れ」とか「民主主義を守れ」と声高に主張しているからと言って、それが全体主義の免罪符になるわけではないのです。

「新しいリベラル政党」なんて(おそらくできもしないでしょうが)、所詮は民進党の同工異曲にすぎません。


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2016.09.28 Wed l 社会・時事 l top ▲