先日、LGBTを告白した勝間和代氏に対して、「芸能界からも温かい声」というような記事がありました。メディアの受け止め方も好意的なものばかりです。

電通は、「電通ダイバーシティ・ラボ」という専門組織を立ち上げ、「LGBT市場規模を約5.9兆円と算出」しているそうです。LGBTも既に美味しいビジネスになりつつあるのです。もちろん、だからと言って、性の多様性を認める社会に異議を唱える者などいようはずもないのです。

と思ったら、久田将義氏が編集長を務めるニュースサイト・TABLOに、勝間氏のカミングアウトに対して、「批判的な声が浴びせられている」という記事が出ていました。

TABLO
LGBTを告白した勝間和代さんに早くも「ビジネスLGBTでは」の声

・じゃあもう少し、弱者やマイノリティに優しい人であってくれ
・おっ今はLGBTブームなんや! それで本でも書いたろ!
・LGBTが流行ってるから一枚かんでおこうという下衆な魂胆
・こいつ大人の発達障害が話題になった時も 自分は「発達障害かもしれない」 とかカミングアウトして すぐに、講演会開いて、イベント開いて、NPOから発達障害の普及大使かなんかに任命されて 執筆したりしてたよな 今度はLGBTか
・この前隠れ巨乳なこともカミングアウトしてたよな
・娘もいい年だろうにそんな母親のカミングアウト聴きたくないだろ
・これ単なる生々しい性癖の告白だからな
・こいつの趣味 PC、バイク、麻雀... 料理もするが、見栄えより効率重視 男性脳は男性脳だわな
・バイクゴルフ麻雀全部飽きたっぽいし同性愛もすぐ飽きるだろ
・ものすごい生き急いでる感は結構好き


私は、2ちゃんねるが5ちゃんねるに変わったのも知らなかったくらいですが、ネットにはまだこういった声が残っているのかと思うと、少し安心したような気持になりました。「じゃあもう少し、弱者やマイノリティに優しい人であってくれ」というのはまさに至言で、今までの勝間氏を見ていると、今回のカミングアウトが、電通がLGBT市場を試算する話とどこか似たものがあるような気がしてならないのです。

しかし、メディアにそういった視点はありません。ただ同調圧力に与するだけです。もちろん、その同調圧力は、視聴率や売上部数やアクセス数など、ニュースをマネタイズするビジネスにつながっているのです。

メディアの同調圧力がもっとも歪なかたちで出ているのが、日大の悪質タックル問題です。先日は、朝日新聞に元日大全共闘の闘士たち(と言っても、SEALDs大好きの70すぎの爺さんたち)まで登場し、日大の体質は、日大闘争のきっかけになった古田体制の頃からなんら変わってないなどとコメントしていました。文字通り坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとばかりに、今や日大は日本中から袋叩きに遭っているのです。日大生の就職活動にまで影響を及ぼしているなんて、いくらなんでもそれはないだろうと思いますが、メディアは真顔でそういったニュースまで流しているのです。

日本国民を敵にまわすようですが、あれはどう見てもチーム同士で話し合うような問題でしょう。日大の体質云々は言いがかりのようなものです。日大の体質に問題があるとしても、それはタックルとは別の問題でしょう。日大の対応が遅れたと言いますが、遅れたというより戸惑っていたのだと思います。もちろん、記者会見を開くような問題でも、まして(元水泳選手が偉そうな)スポーツ庁が乗り出すような問題でもないでしょう。問答無用の上下関係や空疎な精神論を強いる日本の学生スポーツの”体育会的体質”が根っこにあると言えば、そう言えるのかもしれません。だとしても、それは日大だけの問題ではなく、関学も同じでしょう。

週刊文春が公開した、試合直後に内田監督が記者たちと談笑していたテープでは、内田監督は、日大のタックルがひどいなんてよく言うよ、1年前の関学はもっとひどかったよというようなことを言ってました。そして、その場にいた記者たちも笑っていたのです。ところが、タックルの映像がYouTubeに上げられると、日大に対する批判が沸き起こり、日大は“国賊”のようになって行ったのです。映像をYouTubeに上げた行為の妥当性についても検証されるべきだと思いますが、そういった意見は皆無です。

監督とコーチの記者会見の際に司会を務め、その横柄な仕切りが炎上した、日大広報部顧問のY氏についても、唯一、スポーツ報知が次のような記事を載せていました。

スポーツ報知
“逆ギレ司会者”にも一分の理…アナウンサーは取材者なのか出演者なのか

こういった「一分の理」を書くことも、ジャーナリズムにとって大事なことではないでしょうか。

さらにこじつければ、眞子さまの婚姻をめぐる報道にも、同じような同調圧力が見え隠れしているように思えてなりません。元週刊現代編集長の元木昌彦氏は、プレジデントオンラインに次のような記事を書いていました。

PRESIDENT Online
"眞子さま報道"で問われる元婚約者の品性

たしかに、小室さんのお母さんがあそこまで叩かれるのなら、その情報を提供した(売った?)人物の素性もあきらかにすべきでしょう。プライベートな個人間のトラブルをメディアに提供する行為は、品性だけでなく、その倫理性も問われるべきです。また、そのリスクも、当然みずからで負うべきでしょう。

ものごとには表もあれば裏もあるのです。見る角度(立場)によって、捉え方が違ってくるのは当然です。多事争論ではないですが、さまざまな角度(立場)から報道するのがジャーナリズムのあり方でしょう。でなければ、どこにものごとの本質があり、真実があるかもわからないでしょう。北朝鮮から日大まで、今のメディアは、ただ同調圧力に与するだけで、誰でも書けるような(文章自動作成ツールでも書けるような)記事を書いているだけです。

メディアは、そやって獲物を見つけ、血祭りに上げることで、ニュースをマネタイズしているのです。この手の血祭りは昔からありましたが、最近は「旧メディアのネット世論への迎合」(大塚英志)によって、報道が増幅されより狂暴になっているように思います。「日大の悪質タックル問題は、いっこうに出口が見えない」などとメディアは言ってますが、メディアが勝手に出口を塞いでいるだけです。そうやってサディスティックになぶり殺すまでやるつもりなのかと思ってしまいます。

メディアにとって、獲物さえ見つかれば、衆愚を煽ることなど赤子の手をひねるくらいたやすいことなのでしょう。しかも、衆愚に右も左もないのです。保守もリベラルも関係ないのです。そして、同調圧力は、まるで集団ヒステリーのように、一切弁明も許さず異論や反論も徹底的に叩く、問答無用なものへとエスカレートして行くのでした。「少し頭を冷やせ」とたしなめる者がいない社会。そんなメディアが主導する同調圧力に、私は全体主義ということばしか思い当たりません。
2018.05.30 Wed l 社会・メディア l top ▲