歴史社会学者・小熊英二氏が、朝日新聞の「論壇時評」に興味ある記事を書いていました。

朝日新聞デジタル
(論壇時評)観光客と留学生 「安くておいしい国」の限界

国連世界観光機関(UNWTO)の統計では、2000年から2017年で、国際観光客到着数は2倍に増えたそうです。そのため、世界のどこに行っても、「マナーの悪い観光客に困っている」という話を聞くようになったのだとか。

今は世界的な観光ブームと言ってもいいのかもしれません。そのいちばんの要因は、グローバル資本主義によって、かつて「中進国」と言われた中位の国々が底上げされ豊かになったからでしょう。もちろん、その“豊かさ”が格差とセットであるのは言うまでもありません。

一方、日本は、2016年の国際観光客到着数で世界16位です。ただ、増加率が高く、2012年から2017年で3倍以上になったそうです。

日本の観光客数が急増したのも、中国や韓国や台湾だけでなく、タイ、マレーシア、フィリピン、シンガポール、インドネシアなど、経済成長したアジアの国々から観光客が訪れるようになったからですが、小熊英二氏は、もうひとつ別の理由をあげていました。

日本が「安くておいしい国」になったからだと言うのです。たしかに、「円安」によって観光客が増えたというのは、よく言われることです。

 ここ20年で、世界の物価は上がった。欧米の大都市だと、サンドイッチとコーヒーで約千円は珍しくない。香港やバンコクでもランチ千円が当然になりつつある。だが東京では、その3分の1で牛丼が食べられる。それでも味はおいしく、店はきれいでサービスはよい。ホテルなども同様だ。これなら外国人観光客に人気が出るだろう。1990年代の日本は観光客にとって物価の高い国だったが、今では「安くておいしい国」なのだ。


つづけて、小熊氏は、つぎのように書いていました。

このことは、日本の1人当たりGDPが、95年の世界3位から17年の25位まで落ちたことと関連している。「安くておいしい店」は、千客万来で忙しいだろうが、利益や賃金はあまり上がらない。観光客や消費者には天国かもしれないが、労働者にとっては地獄だろう。


「安くておいしい国」というのは、裏返して言えば、それだけ日本が日沈む国になりつつあるいうことなのかもしれません。外国人観光客が増えたからと言って、テレビのように「ニッポン、凄い!」と単純に喜ぶような話ではないのかもしれません。

日本は、観光客だけでなく、留学生も増えています。なぜ非英語圏の日本に(ベトナムやネパールなどから)留学生が押し寄せているのかと言えば、日本は外国に比べて留学生の就労規則が緩く、「就労ビザのない留学生でも週に28時間まで働ける」からです。しかも、その「週28時間」も、ほとんど有名無実化しているのが実情です。その結果、「留学生」と言う名の外国人労働者が日本に押し寄せているのです。

政府は、昨日(5日)、外国人労働者の受け入れ拡大に向けた「骨太の方針」を決定したばかりですが、しかし、忘れてはならないのは、それは日本が「豊かな国」だからではないのです。3Kの単純労働の仕事で、若くて安い労働力が不足しているからです。ただそれだけの理由です。

一方で、低賃金の外国人労働者の流入が、単純労働の仕事を支えている非正規雇用などの「アンダークラス」の賃金を押し下げる要因になっているという指摘もあります。また、この国には、生活保護の基準以下で生活している人が2千万人もいるという、先進国にあるまじき貧困の現実があることも忘れてはならないでしょう。

しかし、日本人は、『ルポ ニッポン絶望工場』の出井康博氏が書いているように、いつまでも自分たちが豊かだという「上から目線」がぬけないのです。二言目にはアジア人観光客は「マナーが悪くて迷惑だ」と言いますが、そんな「マナーが悪い」アジア人観光客が既に自分たちより豊かな生活をしている現実は見ようとしません。と言うか、見たくないのでしょう。(こんなことを言うと発狂する人間がいるかもしれませんが)そのうち北朝鮮だって、日本より豊かになるかもしれません。100円ショップの商品まで持ち出して「ニッポン、凄い!」と自演乙するのも、そんな哀しい現実から目を反らすための、引かれ者の小唄のようにしか思えません。


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2018.06.06 Wed l 社会・メディア l top ▲