週刊読書人のウェブサイトを見ていたら、次のような短歌が目に止まりました。

見送ると汽車の外(と)に立つをさな子の鬢の毛をふく市の春風

これは、歌人の太田水穂の若かりし頃の歌で、1898年(明治31年)の作だそうです。

週刊読書人の「現代短歌むしめがね」というコラムで、歌人の山田航氏が紹介していました。

週刊読書人ウェブ
現代短歌むしめがね

山田氏は、同コラムで次のように書いています。

太田水穂は1876(明治9年)に長野県東筑摩郡広丘村(現在の塩尻市)に生まれ、長野市にあった長野県師範学校(信州大学の前身の一つ)に進学した。この歌は師範学校を卒業して、現在の松本市に小学校訓導として赴任するために、長野を汽車で去った体験にもとづく。
(略)
遠くへと旅立つ自分と、汽車の外から見つめてくる恋人。恋人の鬢の毛が春風に揺れている。実にロマンティックな一首だ。


1898年と言えば、今から120年前です。いつの時代も恋愛は存在したのです。

私がこの歌に目が止まったのは理由がありました。もしかしたら、前にも書いているかもしれませんが、二十歳のときに見たある光景が今でも心の中に残っているからです。この歌によって、そのときの光景が目の前によみがえってきたのでした。

当時、私は、九州の別府にある国立病院に入院していました。別府は、私が高校時代をすごした街でした。実家は、別府からだと汽車とバスを乗り継いで3時間近くかかる熊本県との境にある山間の町にありました。

今と違って、私達の頃は高校を卒業すると、地元を離れ、関西や関東の大学に行くのが一般的でした。そのため、別府に戻っても、親しい同級生は誰一人残っていませんでした。

その日、私は、外泊許可をもらい、実家に帰るために別府駅から汽車に乗ったのでした。

4人掛けのボックス席の前の席には、70歳をとうにすぎたような年老いた男性が座っていました。そして、外を見ると、同じ年恰好の女性がホームに立っていました。二人は黙ったまま、時折窓ガラス越しに目を合わせていました。

やがて発車を告げるベルがけたたましく鳴り響き、汽車がゆっくりと動き始めました。二人は手を挙げるでもなく、ただ目を合わせているだけです。汽車がホームを離れ、見送りにきた女性の姿が見えなくなりました。すると、目の前の男性は、背広のポケットからハンカチを取り出して目頭を拭きはじめたのでした。

老いた二人のしっとりとした別れ。昔の恋人が久しぶりに会いに来て、再び別れるシーンだったのではないか、と私は勝手に想像していました。

そのあと、男性は、何かに思いを馳せるように、ずっと窓の外の風景に目をやっていました。

ロマンティックというのは、たしかに古い感覚ですが、しかし、いつまで私達の胸を打つものがあります。
2018.10.10 Wed l 本・文芸 l top ▲