ひとりで山に行くのは全然苦ではないし、自分にはこのスタイルが向いていると思っていますが、ただ、自己流なので専門的な知識や技術があるわけではありません。また、今の自分がどれくらいのレベルにあるのか、客観的に知ることもできません。

それで、ベテランの登山家などに指導を受ける教室のようなものはないか、ネットで調べていたら、ある登山サークルのウェブサイトに、2010年前後の山ガールや団塊の世代による“山ブーム”の頃と比べると、現在はハイカーの数が半減していると書いているのが目に止まりました。私は、今も”山ブーム”がつづいているものと思っていましたので、半信半疑ながら「へぇ~、そうだったのかぁ~」とどこかで聞いたような台詞を心の中で呟きました。

たしかに、団塊の世代が高齢化して、山登りができなくなったという側面はあるでしょうが、後続の世代は、団塊の世代ほど山に興味を持ってないということなのでしょうか。そう言えば、昭和30年代に登山ブームがあり、そのときに親に連れられて山に登った世代が、昨今のブームを支えているというような話を聞いたことがあります。

私も若い女性向けの輸入雑貨を扱う仕事をしていましたのでよくわかりますが、ブームは所詮ブームなのです。登山も例外ではなかったということなのかもしれません。

本多勝一氏は、先に紹介した『新版・山を考える』とは別の『貧困なる精神T集・「日本百名山」と日本人』(2006年・金曜日)でも、中高年ハイカーによる百名山ブームを「メダカ社会の共鳴現象」と書いていましたが、そういった浮薄な現象がやがて終焉を迎えるのは理の当然と言えるでしょう。

ある登山愛好家のブログにも、山小屋で中高年夫婦の次のような会話が耳に入って呆れたというような記事がありました。妻が「××山は怖いから登りたくないわ」と言ったら、夫が「××山は百名山ではないから登らなくていい」と言ったのだとか。山に対する冒涜だと書いていましたが、その気持はわからないでもありません。

また、別のブログでは、山の中に使用済みのティッシュがよく捨てられているけど、ティッシュを持ち帰るくらいの心使いもできないのかと憤慨していました。たしかに、私もよく目にします。山に登ると、やたら洟水が出てティッシュで洟をかむことがありますが、それを平気で山の中に捨てているのです。これでは、食べ残したものを捨てるなんて朝飯前でしょう。そして、ついでに、ユガテの監視カメラではないですが、花や果物も盗んで帰るのでしょう。

ある登山ガイドの方のブログでは、登山関連のキュレーションサイトから執筆依頼が来るけど、その際、アマゾンで販売している登山用品を必ず取り上げてほしいという条件が付くので、それが嫌で断っていると書いていました。登山の初心者がありがたがって読んでいるキュレーションサイトの記事にも、ステルス広告が埋め込まれているのです。それどころか、百名山のように、今や山自体が商品化しブランド化しているのです。

ハイカーが半減したという話がもしホントなら、旅行会社や登山メーカーや登山用品の販売店は大変でしょうが、他人に煩わされずに静かに山(自然)と向き合いたいと考えている人たちにとっては、あるいは無用に人間が食べるものへの好奇心をそそられ、その結果迷惑がられて駆除される熊にとっても、むしろ歓迎すべきことと言えるのかもしれません。
2019.08.19 Mon l l top ▲