立憲民主党と国民民主党は、一応表向きは”消極的反対“あるいは”判断保留“のポーズを取っていますが、どうやら内閣総理大臣に戒厳令まがいの”独裁的な権限“を与える「新型インフルエンザ対策特別措置法改正案」について、ほとんど審議もせずに成立させることを自民党と合意したようです。

以下は、13日付の共同通信の記事です。

KYODO
国会に事前説明なら賛成も
立民・国民、修正か決議求める


 新型コロナウイルスの感染拡大に備えた新型インフルエンザ等対策特別措置法改正を巡り、立憲民主、国民民主両党は、私権制限を伴う緊急事態宣言に関し、国会への事前説明などを義務付けられれば賛成する方向で検討に入った。発令中の「適時報告」も条件とし、与党に改正案の修正か付帯決議を求める考えだ。関係者が7日、明らかにした。
(略)
 政府は、特措法改正案を10日に衆院へ提出し、13日にも成立させる意向だ。
(同上)


早速、安倍首相の”極右仲間”の有本香氏が夕刊フジのコラムで、「新型コロナで“挙国一致”も左派は妨害!? 朝日新聞、共産党、社民党は『国難』を乗り越える気がないのか」という記事を書いていました。

Yahoo!ニュース
夕刊フジ
新型コロナで“挙国一致”も左派は妨害!? 朝日新聞、共産党、社民党は「国難」を乗り越える気がないのか

「挙国一致」「国難」、それは全体主義の常套句です。戦前も「挙国一致」や「国難」を掲げた問答無用の翼賛体制のもと、天皇制ファシズムの“暴走”が始まったのでした。立憲民主党や国民民主党の旧民主党は、文字通り「国難」突破のために、「挙国一致」の翼賛体制にみずから(進んで)身を預けたと言えるでしょう。有本氏のコラムに、いつもの立憲民主批判がないのは、極右から「合格」のお墨付きをもらったからかもしれません。

もっとも、今回の改正案の土台になった新型インフルエンザ等対策特別措置法は、民主党政権のときに作られた法律です(そのときも共産党と社民党は反対しています)。安倍・枝野の党首会談の写真を見ると、消費税増税のときの野田・谷垣会談が彷彿とされ、なんだか民主党政権の悪夢がよみがえってくるようでした。

あらためてこういう野党は怖いなと思いました。ある意味で、自民党より怖い。

先日の京都市長選で、両党は自民党や公明党と一緒に現職候補を推薦しました。京都市長選だけではありません。過去には横浜市長選においても、旧民主党は林文子市長を支持してオール与党体制に与しているのです。それは、今回のような翼賛体制の地方版と言っていいでしょう(そして、今になって自治労横浜など市関係4労組と一緒に、「裏切られた」などと言って被害者ヅラしているのです)。

何度もくり返しますが、こんな政党を野党と言うのでしょうか。立憲民主党に随伴する左派リベラルの市民派は、こんな政党に一体なにを期待しているのでしょうか。

しかも、立憲民主党が身過ぎ世過ぎのために偽装する野党的ポーズは、悪しき左翼性だけを残した左派リベラルを通して、左の全体主義へ架橋されているのです。それは、前も書きましたが、国会前デモなどに端的に表れていました。

思えば、ダイヤモンド・プリンセス号の乗客のうち27人の重症化が判明したのが先月の20日でした。しかも、そのうち2人が死亡したのです。でも、安倍政権が新型コロナウイルスの対策本部を開いたのは、3日後の23日でした。

23日現在で、韓国のPCR検査の検体数は2万件でした。一方、日本(21日現在)は、693件しかありませんでした。にもかかわらず、我が国は感染者数が少ないと胸を張っていたのです。そして、対策本部も開かずに、連日、税金(内閣官房機密費)を使って、極右仲間やメディアの幹部とお食事会を開き、美酒に酔い痴れていたのです。

ところが、それからわずか10日後に突然、全国の公立学校の一斉休校を決定し、併せて不要不急の外出やイベント等の自粛を呼び掛け、さらに緊急事態宣言に向けての特措法改正まで表明したのでした。誰がどう見ても、場当たり的にしか見えないでしょう。

これで、安倍首相は、戒厳令まがいの“独裁的な権限”を行使し得る法的な裏付けを手に入れることができるわけで、まさに転んでもただでは起きないファシストの正体見たり枯れ尾花という感じです。

マスクもない、除菌スプレーもウエットティッシュもない。しかも、重症化するまで検査も受けられない。緊急事態なのは無能な政府の方で、”戒厳令ごっこ”をしている場合じゃないだろうと思いますが、そんなことはお構いなしに極右仲間におだてられて令和のヒットラーにでもなった気分なのかもしれません。

旧民主党の連中は、今までもいざとなれば”敵失”を演じて安倍政権の苦境を救ってきました。そうやって政権の延命に手を貸してきたのです。それが、今回は「国難」を口実に、さらに露骨に手を差し伸べているのでした。

立憲民主党に随伴する左派リベラルは、”第三の道”なんて非現実的で、今の構図の中で「よりましな」政治を選択するのが現実的で賢明な方法だと言っていましたが、立憲民主党のどこが「よりまし」なのでしょうか。今更ですが、左派リベラルの彼らが依拠しているのは、とっくに終わった”古い政治”でしかありません。それが、立憲民主党を「よりまし」と考える発想につながっているのです。

ホントに「政治を変える」ためには、立憲民主党ともどもヘタレでトンチンカンな左派リベラルにも、きっぱりと引導を渡す必要があるでしょう。何度も言いますが、そこからやり直すしかないのです。


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