感染の世界史


  学校や公的機関は閉鎖され、外出する人は全員マスクで武装した。サンフランシスコでは、マスクをしていない者を警察が逮捕した。町の入り口は自警団が固めて見知らぬ人を追い返した。あやしげな治療薬や薬がはびこった。劇場の入り口には「咳くしゃみをするものの入場禁止」の掲示が張り出された。まるで一四世紀のペスト流行のときのような様相になった。


これは、石弘之氏の『感染症の世界史』(角川ソフィア文庫)に書かれていた文章です。でも、新型コロナウイルスの話ではありません。100年前のスペインかぜの話なのです。びっくりするくらい、今の状況とよく似ています。

スペインかぜは、1918年に最初の患者(ゼロ号患者)が発生して1921年に収束するまでに、当時の世界の人口18億人のうち3分の1が感染、3~5%が死亡したと推定されているそうです。また、スペインかぜによって、第一次世界大戦の終結も早まったと言われています。兵士たちが感染して、戦場死より感染死の方が多くなり、戦争どころではなくなったからです。しかし、戦争の終結により帰国した兵士たちによって、さらに感染は拡大して行ったのでした。

『感染症の世界史』によれば、これまで約5400種のウイルスと約6800種の細菌が発見されているそうですが、これはごく一部で、著者の石氏は、「あらゆる生物を含めれば、ウイルスの総種類数は1億種を超えることになるかもしれない」と書いていました。さらに細菌まで含めると途方もない数になるのです。ウイルスの大きさは、1億分の1メートルしかありません。細菌はウイルスの50倍くらいだそうです。私たちは、そんな微細なウイルスや細菌に囲まれて暮らしているのです。

(略)「ピロリ菌」「エイズ」「パピローマウイルス」「ハシカ」「水痘(水ぼうそう)」「成人T細胞白血病」「結核」などの原因になる病原性微生物は、いづれもアフリカが起源と見られる。宿主の人とともに進化しながら、世界に拡散していったものの子孫だ。
(『感染症の世界史』)


女優の夏目雅子の命を奪った「成人T細胞白血病」は、「ヒトT細胞白血病ウイルスI型」に感染することで発病する病気ですが、このウイルスの起源は、西アフリカの霊長類だそうです。約20万年前にアフリカ大陸で誕生した私たちの祖先が、数万年かけて世界各地に渡った「壮大なグレートジャーニー」によって、ウイルスも日本列島にやって来たのです。そして、日本人の体内に棲み着いたのです(現在、国内の感染者は100万人いるそうです)。

しかも、あらゆる生物が進化するように、ウイルスや細菌も進化しているのです。中には、人間の体内に侵入したあと、さらに人体の環境に順応するように変異するウイルスもあるそうです。そうやって宿主の細胞内に侵入したウイルスの大半は、宿主の死まで生涯に渡って体内に留まりつづけるのです。

同じコロナウイルスでも、新型コロナウイルスは、遺伝子が変異した新しい型なので、従来の治療法が通用しないのは当然でしょう。だから、世界中が感染の拡大に怖れおののいているのです。古市憲寿や橋下徹や堀江貴文らのように、「インフルエンザと同じでたいしたことない」というような単純で「バカっぽい」話ではないのです。

同じコロナウイルスのSARSの流行について、『感染症の世界史』は次にように書いていました。

   今後、どんな形で新たな感染症が私たちを脅かすのだろうか。それを予感させるのが、中国を震源とする重症急性呼吸器症候群(SARS)の突発的な流行であろう。


単行本の発売は2014年ですが、『感染症の世界史』は、上記の文章によって、今回の新型コロナウイルスの流行を警告(予告)していたと言われているのでした。

中国の広東省深セン市でSARSの最初の感染者が出たのは、2002年11月で、収束したのは翌年の2003年9月でした。WHOによれば、世界30ヶ国(地域)で8098人の感染者が出て、死者は774人だったそうです。

一方、新型コロナウイルスは、発生から僅かひと月で、156ヶ国(その他も含む)に広がり、3月17日現在で、感染者は178368人、死者は7095人です(厚労省発表)。感染規模は、SARSとは比較にならないほど大きいのです。

SARSは収束するまで1年近くかかったのですが、新型コロナウイルスはその感染規模から考えても、1年で収束するとはとても思えません。田中宇氏が書いていたように、「人類の60%以上が感染するまでウイルス危機が続き、ワクチンなどの予防策が出てこない限り、ウイルス危機はこれから2年続くことになる」というのが現実的な話かもしれません。

株価の変動は、マネーゲームの側面もあり、必ずしも実体経済を反映しているとは言えませんが、しかし、誰が見ても、新型コロナウイルスが世界経済に大きな危機をもたらすのは必至のように思います。米中の”覇権争い”もますます熾烈を極めるでしょう。

そんな中で、アジアの東端にある“カルトの国”は、哀しいかな、検査数を抑えて感染者を少なく見せる姑息なやり方で、「感染の拡大を食い止めている」「封じ込めに成功している」と自演乙しているのです。そのため、下記の記事にあるように、アメリカの専門家からは、「日本の検査数は少ない」「韓国を手本にすべき」と指摘されるあり様です。

朝日新聞デジタル
「日本のPCR検査少ない」米専門家が指摘 手本は韓国

至極真っ当な指摘と言えるでしょう。と言うか、これが常識なのです。でも、今の日本では常識が通用しないのです。それが“カルトの国”であるゆえんです。

また、WHOのテドロス事務局長も、次のように呼びかけています。

   目隠ししながら火を消すことはできない。誰が感染しているのかわからずに、このパンデミックを止めることはできない。すべての国に簡単なメッセージを伝えたい。検査に次ぐ検査を。疑わしいケースはすべて検査してほしい。


Yahoo!ニュース
ロイター
パンデミックを止めるためには「検査、検査、検査」=WHO

日本には耳の痛い話ですが、でも、今の日本にはこの声も届かないのです。

メディアの中でも、政府の対応を批判する声はどんどん影をひそめています。厚労省が、感染者数の中でクルーズ船の感染者は除くべきだと言ったら、いっせいにクルーズ船の感染者を除いた感染者数に変更されています。また、安倍首相が、退院した人の数も伝えるべきだ言ったら、退院者数も伝えるようになっています。

怖いのは、満足に検査もしないまま、オリンピックのために(予定どおりできるわけがないのに)政府が見切り発車で収束宣言を行うことでしょう。しかし、私たちは、翼賛化する状況においても、政府の対外向けの(バレバレの)隠蔽工作のために、私たち国民の健康がなおざりにされているということだけは忘れてはならないでしょう。私たちの国の政府は、国民の健康よりオリンピック開催を優先するような政府だということを肝に命じておくべきでしょう。
2020.03.18 Wed l 本・文芸 l top ▲