4か月後にせまった東京オリンピック開催について、国際陸連をはじめ、各国の競技団体が次々と延期を求める要請を行ったことで、IOC(国際オリンピック委員会)もやっと重い腰を上げたようです。声明によれば、4週間以内に延期を含めた検討を行い結論を出すとのことです。IOCの腰が重かったのは、テレビの放映権等開催に伴う利権が絡んでいたからでしょう。

IOCの表明を受けて、安倍首相も23日の参院予算委員会で、延期を容認する意向を示したのでした。すると、森喜朗大会組織委員会会長も小池百合子東京都知事も、次々と延期容認を表明。併せてメディアも、IOCや日本政府が延期に大きく傾いたといっせいに伝え始めたのでした。なんだか官邸によって延期論が解禁されたような感じです。

前日までは、みんな、延期などあり得ない、予定どおり準備を進めると言っていたのです。ワシントン・ポストは、このような姿勢に対して、20日の社説で、IOCや日本政府がオリンピックを開催できるかのように振る舞っているのは「完全に無責任だ」と批判していました。一方、日本のメディアは、日本政府が公式発言とは別に延期を検討しはじめていることをいっさい伝えず、ワシントン・ポストのように延期すべきという持論を主張することもありませんでした。

安倍首相の顔色を窺っているのは、内閣総理大臣の嘘に整合性を持たせるために、公文書を改ざん・隠蔽する官僚だけではないのです。メディアも、そして特措法改正に賛成して安倍首相に超法規的な権限を与えることを容認した立憲民主党などの野党も同じなのです。このような翼賛的な光景に対しては、なんだか全体主義のシュミレーションを見ているような気さえします。

20日、JOC(日本オリンピック委員会)委員の山口香氏は、朝日新聞のインタビューで、「アスリートが十分に練習できていない状況での開催は、アスリートファーストではない。延期すべき」との考えを示しました。これは、多くの人たちの本音を代弁した常識論とさえ言えるでしょう。

朝日新聞デジタル
JOC理事の山口香さん「五輪、延期すべき」

しかし、山口氏の発言に対して、JOCの山下泰裕会長は、「安全、安心な形で東京大会の開催に向けて力を尽くしていこうというときに、一個人の発言であっても極めて残念」と不快感を示したそうです。

でも、代表選手の選考も行われてない国も多い中で、4か月後のオリンピック開催なんて、誰が考えても無理な話です。オリンピックどころではないというのが本音でしょう。

にもかかわらず、政府の予定通り開催するという方針に盲目的に従い、誰が考えても無理なことを無理だと言った山口氏に対して不快感を示すなどというのは、無謀な戦争を「聖戦」と言い募り、総動員体制のプロパガンダを担った戦前の大政翼賛会を彷彿とさせます。

それから3日後、安倍首相が延期を容認する発言を行うと、山下会長も一転して延期やむなしと発言していました。こういった(柔道が強いだけで)頭の中が空っぽでなんの見識もない人物は、空っぽなだけに逆に怖いなと思います。こういった人物が全体主義では先鋭的な役割を演じるのです。

今の状況では、たとえ延期しても、1年後に開催できる保証はどこにもありません。違約金やあらたな会場の確保といった事務的な手続きも含めて、延期が往生際の悪い選択であるのはあきらかで、常識的に考えれば中止するしかないでしょう。

森友問題の決裁文書の改ざんを強要されて自殺した近畿財務局職員に対する安倍首相や麻生財務相の態度を見ても、まるで時代劇に出て来る悪代官のようですが、官邸が無法地帯と化し、こういった犯罪が公然とまかりとおるのも、安倍一強という翼賛体制ゆえで、メディアや野党が安倍一強にふれ伏しているからでしょう。

新型コロナウイルスは、欧米からウイルスの故郷であるアフリカ大陸へ広がりつつあり、さらなる感染の拡大が懸念されています。感染規模から言っても、100年前のスペインかぜに匹敵すると言っても過言ではなく、あと1年で終息するとはとても思えません。オリンピックなんてできるわけがないのです。

「東京オリンピックは”復興五輪”なので、是非開催してもらいたい」と福島の住民が開催を熱望しているというような記事が出ていましたが、もしそれがホントなら、”復興五輪”の広告塔になっている「好感度ナンバーワン」のサンドイッチマンともども衆愚の代表と言うしかないでしょう。喉元過ぎれば熱さを忘れるではないですが、原発の次はオリンピックなのかと言いたくなります。安倍首相が言う「(オリンピックで)感動を分かち合う」という言葉の背後に、動員の思想が伏在していることを忘れてはならないでしょう。”復興五輪“を熱望する福島の住民は、その尖兵の役割を担っている、と言うか担わされていると言っていいでしょう。
2020.03.24 Tue l 社会・メディア l top ▲