新宿駅~高尾駅~上野原駅~石楯尾神社バス停(登山口)~三国山~【生藤山】~熊倉山~浅間峠~上川乗バス停~武蔵五日市駅

※山行時間:約6時間(休憩含む)
※山行距離:約10キロ
※標高差:638m
※山行歩行数:約25,000歩
※交通費::3,274円

人によっては三頭山から高尾山までを「笹尾根」と呼ぶ人もいますが、厳密には三頭山から浅間峠までを笹尾根と呼ぶのが一般的なようです。その浅間峠より東側の尾根上で、前から気になっていた生藤山(しょうとうさん)に登りました。

私は、高尾山やその周辺の山には一度も行ったことはありません。このブログを読んでいただければわかるように、ひとりで山を歩くのが好きなので、あの人の多さは最初から選択肢に入ってないからです。

生藤山も、私の中では“高尾山グループ”の中に入る山のようなイメージがありました。実際に、(高尾山周辺の地理には疎いのですが)、生藤山から陣馬山や高尾山まで縦走する人も多いようです。

でも、実際に登ってみたら、“高尾山グループ”とはまったく別の山であることがわかりました。ちなみに、山で会った人たちの間では、陣馬山も非常に評判がよくて、私が“高尾山グループ”の話をすると、「高尾山とは関係なく行くことができるので、毛嫌いしないで一度行ってみたらいいですよ」「お勧めですよ」と言われました。

新宿駅から午前6時48分発のJR中央特快・高尾行きに乗りました。そして、高尾で中央線に乗り換えて、山梨県の上野原駅で下車しました。上野原駅は、駅舎が建て替えられたばかりのようで真新しく、駅前もきれいに整備されていました。Googleのストリートビューで見ると、バス停のある南口周辺は、以前は草ぼうぼうの原っぱだったようです。

上野原駅から「井戸」行きのバスに乗って、終点のひとつ手前の「石楯尾神社(いわておのじんじゃ)」というバス停で降りました。終点の「井戸」にも登山口はありますが、私は、「石楯尾神社」から登ることにしました。私が乗ったのは、8時32分発のバスでしたが、次は14時台しかありません。

バス停の係の男性に訊いたら、「井戸」行きのバスを利用するのはほとんどが登山客だそうです。しかし、今は平日だけでなく、土日も「ウソみたいに」乗客が少ないと言ってました。

今日、上野原駅から乗ったのは、私も含めて8人でした。彼らは、不要不急の外出は控えて下さいというお上の要請を無視して、弁解の余地のない不要不急の外出をしている不心得者です。

8人のうち6人は女性でした。いづれも2人連れが3組で、残りの男性は子どものように身体が小さい高齢者と年齢のわりに若作りの大男(私)の2人です。その中で、男性2人と女性1組の4人が「石楯尾神社」で降りました。あとの4人(女性2組)は、終点の「井戸」から登るようです。

「石楯尾神社」で降りた女性の2人連れは、60歳前後でどうやらどこかの登山グループに入っているみたいです。グループ内で計画されていた山行が、自粛ムードでことごとく中止になった話をしていました。計画されていた山行の責任者なのでしょう、「〇〇山の✕✕さん」というような言い方をしていましたが、「申し込んだけど、メールで中止の連絡が来て」と言っていました。

そうやって中高年のおっさんやおばさんたちが山を介してメールで連絡を取り合っているのでしょう。語弊があるかもしれませんが、なんだか気持が悪いなと思いました。単独行が好きな私には、まったく考えられない世界の話です。

生藤山の手前に、昔は三国峠(さんごくとうげ)と呼ばれていた三国山があり、三国山から生藤山までは10分くらいです。今回のルートの休憩ポイントは、甘草水(かんぞうすい)という湧き水がある地点と三国山、そして生藤山です。いづれもベンチ(と言っても3つか4つ)があります。バスで一緒だった人もほかのルートから登って来た人たちも、それらのポイントで休憩していました。

生藤山の手前には岩が剥き出しになった急登がありますが、それ以外は子どもの遠足でも使えるような、まったく危険な箇所もなく登りやすい道でした。今日は絶好の登山日和でしたので、峠を越えると木々の間から雪化粧した富士山を眺めることができました。三国山までのピストンなら、子ども連れのハイキングにはうってつけのルートだと思いました。

生藤山はヤマザクラで有名ですが、途中で会った男性の話では、桜の木は病気になってほとんど花が付いてないそうです。登山道を登り詰めた佐野川峠(ほかのルートから合流する)から甘草水の休憩ポイントまで一緒に歩いたのですが、「昔はこのあたりは桜並木だったんですよ」「この時期になると大勢の登山者で賑わっていましたよ」と言っていました。しかし、今は見る影もありません。

見ると、桜の木は手入れがされてないため、大きくなりすぎているように思います。これは桜に限らず、60年代から70年代に植えられたスギやヒノキは、その後、外国産の安い木材が入ってきたり、林業の人出不足などで、手入れがされず放置され荒廃した山も多いのです。

男性の話では、桜の時期は甘草水のベンチで「酒盛りが行われていた」そうです。

次の三国山や生藤山でも、休憩しているのはほぼ同じ顔触れでした。男性は単独で、女性は2人連れとその構成が決まっていました。そして、自然と自粛ムードの中で山に来た話になりました。

「休日は目立つので、出かけにくいですね」
「そうそう、平日なら通勤客に紛れることができるけど(笑)」
「でも、どうしても他人の目が気になって」
「それで、電車の中ではずっと寝たふりをしていましたよ(笑)」

みんな、そんな話をして盛り上がっていました。なんだか同類と会えて、ホッとしている感じでした。

上野原のバス停で、とっくに70歳をすぎているような女性の2人組(終点の「井戸」で降りた)が「これが最後と思って来ました」と言っていたので、私は、もう歳なので人生最後の山行で来たのかと思いましたが、どうやらそうではなく、緊急事態宣言の発令も近いので、そうなったら山に来れなくなるからという意味だったみたいです。なんだか新型コロナウイルス=戦争、緊急事態宣言=戒厳令のようです。社会を覆いつつあるこの全体主義の空気に、ファシストたちは、してやったりとほくそ笑んでいることでしょう。

生藤山からは、熊倉山などいくつかのピークを越えて浅間峠まで歩きました。浅間峠は、1月に笹尾根を歩いた際に登っています。今回は前回とは逆コースで、浅間峠から檜原街道の「上川乗」のバス停まで下りました。生藤山から先は誰にも会いませんでした。私にとってはこれ以上のない山行になりました。

考えてみれば、自粛ムードのあとの山では、ハイカーはまだしもトレランのランナーはすっかり姿を消しています。ハセツネカップという有名な大会のコースでもある今回の尾根でも、ひとりも会いませんでした。トレランの大会がことごとく中止になっているということもあるのでしょうが、トレランの人たちは権力に弱いヘタレな人間が多いのかと思いました。もとより、ブームに乗る(乗せられる)人間というのはそういうものかもしれません。

帰りは、いつもの五日市線・八高線・横浜線・東横線を利用して帰ってきました。最寄り駅に着いたのは午後6時をまわっていましたが、駅前のスーパーに寄ったらレジの前は勤め帰りのサラリーマンやOLで長蛇の列でした。店内の棚も空いているところが目立ちます。週が明けたばかりなのにどうしたんだろうと思ったら、明日、緊急事態宣言が発令されるというニュースが流れたことがわかりました。扇動され動員される人々(そういう役割を担った衆愚たち)の愚行がまたはじまったのです。これからは、彼らのようなミニ・アイヒマンたちによって、自粛を破った者たちに対するバッシング(不謹慎者狩り)がはじまるのでしょう。


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上野原駅南口

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石楯尾神社の隣にあった蠶影神社(こかげじんじゃ?)。蠶は蚕(かいこ)と同じで、要するに養蚕業が盛んだった頃のお蚕さんを奉る神社のようです。尚、石楯尾神社は、日本武尊の東征に関連したこの地方ではよくあるおなじみの神社です。

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登山口までの車道。

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麓の集落には至る所に春の花が咲いていました。

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登山口。

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祠。ここでもお賽銭をあげて手を合わせました。

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歩きやすい登山道。

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『山と渓谷』の付録の「山の花ポケット図鑑を」持って行きましたが、ページを開くことはなかった。

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佐野川峠に到着。

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佐野川峠道標(指導標)。

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本家の笹尾根よりこっちの方が笹が多い。

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甘草水の休憩ポイント。

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ここから生藤山の山頂までは富士山を見ることができます。

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甘草水の休憩ポイントにあった桜の花。

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甘草水の謂われ。甘草水も、日本武尊が東征の際、喉の渇きを潤したとかいった謂れがあるそうです。ウソばっかりと心の中で呟いている自分がいました。

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三国山。ここにも休憩ポイントがあり、上の生藤山が狭いので、三国山で昼食を食べる人もいました。

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生藤山。狭い山頂にベンチが4つありました。団体が登って来たら一般の登山者はさぞ迷惑でしょう。生藤山や三国山では、ほかの登山者から口頭で山座同定をしてもらいましたが、お喋りばかりしていて写真を撮るのを忘れてしまいました。

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三国山から浅間峠(せんげんとうげ)に向けて歩きます。以後、誰にも会わず文字通りの単独行。

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最初のピーク軍刀利神社(ぐんだりじんじゃ)の元宮。別名・軍刀利山。軍刀利神社も日本武尊神話(渡来人による日本制圧の英雄譚)に由来する神社だそうです。

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次のピークが見えてきた。

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熊倉山。

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さらに登り返しが続き、次のピークが見えてきた。

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名もなきピークの道標。

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登ったり。

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下ったり。

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栗坂峠。

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栗坂峠からはもっぱら下りになります。

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そして、最後のポイント浅間峠が見えてきた。

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浅間峠。3ヶ月ぶりです。ここでリュックを降ろして、食べ残していたパンを食べました。

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足元には、新緑が芽吹いていました。ウグイスも鳴いていました。「春だったね」という吉田拓郎の歌を思い出しました。

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あとはひたすら下るだけです。生藤山の道に比べると、傾斜が大きい。

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ここでもお賽銭をあげて手を合わせました。

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木道を渡ると登山道は終わりです。

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上川乗バス停。バスを待っていると、2人のハイカーがやって来ました。反対側の浅間領から下りてきたのだと思います。
2020.04.06 Mon l 山行 l top ▲