「若者達の海外旅行離れが深刻」という新聞記事を読んで、海部美知氏の『パラダイス鎖国』(アスキー新書)という本を思い出しました。その背景には、たしかに、海外旅行するにも「お金がない」若者達の下流化の問題(=雇用問題)も伏在しているように思いますが、やはり一番大きな要因は、海部さんが書いているように、海外に魅力を感じない若者が多くなったということではないでしょうか。それは、興味のあることだけに関心が向きそれ以外にはまったく関心を持たないというネット社会特有の“蛸壺化”や普段から地元志向が強いと言われる内弁慶的な現代の若者気質などが関連しているように思います。まさに企業も個人も内向きになりお山の大将を目指す「パラダイス鎖国」のような現実があるのかもしれません。

その海部氏がみずからのブログTech Mom from Silicon Valleyの中で、グーグルやマイクロソフトは「メディチ家」か(4/25)というWeb2.0の現状を考える上で興味深い記事を書いていました。私達素人目から見ても、とにかくなんであれ広告収入をあてにするしかないという貧弱なビジネスモデルそのものが最初から問題だったように思いますが、その行き着く先が、「結局こういう人たちは、最終的にグーグルかマイクロソフトに買ってもらうことを目的に起業しているし、投資家もそのつもりでいるだろう」というような身も蓋もない話では「Web2.0は終わった」と言われても仕方ないのかもしれません。

個人レベルで言えばブログの普及がありますが、ブログを公開する際、コメントとトラックバックを受け付けることがWeb2.0的だ(!)という言葉を信じてとんでもない目に遭った人も多いのではないでしょうか。先頃、ブログの40%はスパム(ゴミ)だというニフティの調査がありましたが、たしかに、私達の目の前にあるのは、当初喧伝されていたWeb2.0的理想像とはあまりにもかけ離れた現実ばかりです。そして、挙句の果てが”言葉狩り”と”ネット規制”というのではあまりにお粗末としか言いようがありません。

以前紹介した『ウェブ社会の思想』で著者の鈴木謙介氏は、ウェブ社会での民主主義のあり方について、「工学的民主主義」と「数学的民主主義」というふたつのモデルを提示していました。「工学的民主主義」というのは、「入ってはいけない部屋に鍵をかける」ような技術的な規制(アーキテクチャ)を施すというもので、たとえば、今議論の的になっている”出会い系”や”ポルノ”などいわゆる有害サイトにアクセスできないようにフィルタリングをかけるネット規制などがその好例です。

一方、「数学的民主主義」というのは、グーグルの検索システムに見られるように、「ハッカーの世界でよく使われる『目玉の数が増えるほどハグが減る』」という原則を「自動的に行えるようにした」システムで、民主的な意志決定の分母の数が増えれば、おのずと民主主義の阻害要因になるようなノイズ(雑音)は低くなるはずだという、かのウィキペディアに代表される“集合知”と同じような考え方に基づくものです。鈴木氏はこれを「消極的自由」と呼んでいましたが、要するに、(民主的な)システムさえしっかりしていれば、水は低い方に流れることはなく、案外正しい意見に落ち着くものだという考え方です。

やや楽観的なきらいはあるにせよ、私は、この「数学的民主主義」こそがWeb2.0が私達にもたらした“知恵”ではないかと思っていますが、ネットにあふれるさまざまなノイズに対してこの“知恵”をうまく使いこなすことができるかどうか、それがこのネット社会に希望を持てるかどうかの試金石になっているように思えてなりません。
2008.04.30 Wed l ネット・メディア l top ▲