もしこのまま横浜に住みつづけるとしたら、次に住んでみたい街は根岸です。根岸の駅前は東横線沿線のようにゴチャゴチャしてなくて舗道も広いし、住んでいる人のレベルも比較的高そうです。と、こんな言い方は嫌味に聞こえるかもしれませんが、横浜の場合、こういったことは案外重要です。

横浜は常に「住みたい街」の上位に位置して、「オシャレな街」だとかいったイメージがありますが、実際は”東京型市民”と言われる「エリートサラリーマン」や「あざみネーゼ」や「山手のお嬢様」(半分は”横浜型市民”ですが)がいる一方で、”横浜型市民”の典型である「おっちゃん労働者」や「古典的なヤンキー」なども多く、いろんな階層の人間が混在するバラエティ豊かな街なのです(マイクロマガジン社『これでいいのか横浜市』)。地域にもよりますが、決してガラがいいとは言い難いし、車や電車のマナーもよくありません。「オシャレな街」には似つかわしくないJRAの場外馬券場が多いのもゆえなきことではないのです。

そのため、横浜には「どこに住むか?」「どこに住んでいるか?」といった土地のヒエラルキーみたいなものが隠然と存在します。また、黒澤映画の「天国と地獄」が象徴的ですが、平坦な土地が少なくて坂が多いため、どうしても坂の上と下という明確な区分け(棲み分け)がしやすいという側面もあるように思います。五木寛之も沢田研二も萩原健一も北原照久もみんな丘の上に住んでいます。かつての”歌う不動産王”千昌夫も山手の丘の上に住んでいたそうです。もちろん、成功した華僑達も丘の上に住んでいます。成り上がったら丘の上へというのが横浜のパターンなのです。

根岸1

横浜にはいくつかの「高級住宅地」と呼ばれる丘の上の土地がありますが、根岸の根岸旭台や根岸台もそのひとつでしょう。そして、その丘はかの最強の高級住宅地である山手の丘へとつながっているのです。根岸の駅前に立ったら、誰しも「あの丘の上に住みたい」とあこがれの眼差しで緑におおわれた丘の上を見上げるのではないでしょうか。

ドルフィン」の前を通り丘の上にのぼると、やたらヒルトップやヒルサイドという名称が付けられた低層のマンションが建っており、なんだか威厳さえ覚えるような高級感を漂わせています。坂をのぼりきったところには、”FIRE STATION”と赤い文字で書かれた米軍の消防署があり、サンディライオンのシールでおなじみのややレトロな消防車がずらりと並んでいました。もともとこのあたり一帯は米軍に接収されていたそうで、今でも消防署の先は贅沢なスペースの中に米軍住宅が広がっています。隣接する根岸森林公園ではフィリピン人のメイドさんがベビーカーに乗った金髪の子供を散歩させていましたが、如何にも昔のユーミンが好みそうな光景ですね。

根岸2

根岸森林公園は、日本で初めての西洋式の競馬場の跡で、米軍に接収されていたときはゴルフ場だったとか。この公園があるだけでも根岸の丘は高級住宅地の要素を充分かなえている気がします。ウーン、こんなところに階級社会が残っていたのか、そんなオーバーなことさえ考えさせられました。そう言えば、某中央官庁の職員住宅もしっかり建っていましたが、なんだか官尊民卑を象徴するような光景だと思いました。

しかし、丘の上を貫く車道から脇に入ると、光景が一変します。まるで斜面にへばりつくように庶民的な家が密集しており、ケモノ道のような細い道が家々の間をぬうように蛇行しています。そんな坂道を適当に下ったら、山手トンネルの先に出ました。そして、山手トンネルをぬけて元町から中華街を通って帰ったのですが、金融危機の影響なのか、元町の通りにもシャッターの下りた店がいくつかありました。

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2009.06.24 Wed l 横浜 l top ▲