石田純一   

芸能ネタを。

朝、テレビをつけたら、デヴィ夫人がえらい剣幕で「こんなのおかしいわよ!」と叫んでいる場面が目に飛び込んできました。なんだろう?と思ったら、石田純一とプロゴルファーの東尾理子が、ギリシャのエーゲ海で”公開プロポーズ”したことに対して怒っていたのでした。

デヴィ夫人曰く、”公開プロポーズ”なんて要するにプライバシーを切り売りしているだけだ。プロポーズはもともと二人だけのもので、公開するようなものじゃない。石田純一のコメントはすべてがわざとらしくて計算されたものでしかないと。

ごもっともですね。私も”公開プロポーズ”を見るにつけ、村西とおる監督ではないですが、芸能人というのはやはり「カタギ」ではないなとあらためて思いました。

石田純一にすれば、今更トレンディドラマでもないでしょうから、そうやってみずからのプライバシーを切り売りすることで、バラエティやイベントの引き立て役として芸能界で生きていくしかないのかもしれません。生産手段をもたないプロレタリアはみずからの労働力しか売るものがないと言ったのはマルクスですが、芸が枯渇した芸能人はもはやプライバシーを売るしかないのでしょうか。芸能人というのは並みの神経ではできない職業であることはたしかですね。

フェラーリに乗りつづけるために石田純一も必死なのでしょうが、ただ、テレビの前に鎮座するのが市民社会の公序良俗を旨とする「お茶の間の論理」であることを考えれば、そうそう計算どおりにいくとは限りません。一歩間違えば、プライバシーを切り売りする「いやらしさ」が鼻につく場合だってあるのです。

ほかならぬ私自身も、今まではこの22歳の年の差カップルにみずからを重ねあわせてひそかに期待するものがありましたが、今度は一転して”理子パパ”の気持になっている自分がいます(笑)。なんだか世間知らずの東尾理子は名うての結婚詐欺師に籠絡され、一途な気持をいいように利用されている気がしないでもないのです。

ホントにこのまま順調にいくんだろうか、もしかしたらそのうち目がさめてひと波乱あるのではないかと期待半分で思ったりしますが、しかし、そうなればそうなったでしばらくはマスコミの関心を引くことができるわけで、石田純一はどっちに転んでもタダでは起きないようになっているのですね。

いづれにしても、バラエティ番組ではややずれた(KYな)存在として重宝されているデヴィ夫人ですが、今回の”公開プロポーズ”に関しては至極マトモだったように思います。
2009.09.30 Wed l 芸能 l top ▲