よくブログについてテクニックなるものを紹介している文章がありますが、大半は、どんなタイトルにすればいいか、本文にどうキーワードを配置すればいいか、被リンク(外部リンク)をもらうにはどうすればいいかなどといった、SEO、つまり検索エンジンで上位に表示されるためのテクニックであって、いわゆる「文章読本」でもなければ書く内容に関するものでもありません。それでは本末転倒したせこいブログやあざといブログが氾濫するのもむべなるかなと思います。もちろん、そのテクニックにしても、高度なアルゴリズムに基づいて作られている検索エンジンからみれば、素人の浅知恵、下衆の勘ぐりのようなものです。

たしかに、ブログをつづけるのはかなりしんどいものがあります。誰に?なんのために?なんて考えたら、もう書くのがいやになってきます。あとで読み返して自己嫌悪に陥り、思わず削除したい衝動に駆られることもしばしばです。

そんな経験からいえば、永井荷風と林真理子のつぎのような言葉がブログを書く上で参考になるように思います。

『断腸亭日乗』を書いた永井荷風は、日記について、こう語っていたそうです(新潮社『永井荷風 ひとり暮らしの贅沢』より孫引き)。

「日記というものはつまらない記事のあいだにときどき面白い箇所がある。そういう風にしなくては味がありません」(中村光夫『≪評論≫永井荷風』)


また、林真理子は、以前『編集会議』(休刊)という雑誌のインタビュー・「私のエッセイ作法」(2003年11月号)の中で、エッセイストになる5つの条件をあげていました。それによれば、第1が「意地の悪さ」、第2が「好奇心」、第3が「文章力」、第4が「自腹を切ること」、そして、第5が「ひとに嫌われても平気でいられる強さ」だと。

要は、テクニックではなく、何を書きたいか、そして、それをどう書くかですね。もちろん、文章を書くことは、日本語の文法や自分のボキャブラリーの制約の中で書くわけですから、それ自体は”虚構”です。でも、”虚構”だから、自分が表現できるとも言えます。

荷風が言うように「つまらない記事のあいだにときどき面白い箇所がある」、その程度でいいのではないでしょうか。そう考えれば、いくらか肩から力がぬけるような気がします。

これはブログに限らず商用サイトも同様で、検索エンジンで上位表示されるためにやたらテクニックに走り自己撞着に陥っている人達がいますが、内容(商品)がよければおのずとアクセスが集まり、結果的にSEOの効果も見込めるようになるのです。このようにみずからのはからい(自力)ではなく、他力の世界に身をまかせるのが一番の近道だというのは、SEOについても言えるのかもしれません。
2009.10.22 Thu l ネット・メディア l top ▲