八杉神社

またはじまった神頼み。普段の不信心を棚に上げて、まったく現金なものです。

隣駅の菊名駅の近くに八杉神社というのがあり、案内板に「無病息災」と書いていましたので、さっそくお参りしました。ほかに「商売繁盛」のご利益もあるみたいで、なんだか一石二鳥で得した気分でした。欲をかくと霊験も半減するような気がしないでもありませんが、下衆な私は「病気が治りますように」「商売が繁盛しますように」と交互に願い事を唱えました。

大倉山路地1

日曜日の朝、菊名から大倉山へと住宅街の中の道を歩いていると、人通りも少なくていつもと違うゆったりとした、どこかなつかしい時間が流れているような気がします。大倉山にはけもの道のような狭い路地が縦横に走っていますが、おそらく昔の畔道か野道の名残なのでしょう。

大倉山出身の建築家の隅研吾氏が三浦展氏との対談集『三低主義』(NTT出版)の中で、「隅研吾の原風景」と題して大倉山での少年時代のことを語っていましたが、隅家が大倉山に住むようになったのは、大井で医者をやっていたお祖父さんが戦前に農作業小屋を造ったのがきっかけだったそうです。かの白洲次郎・正子夫妻が町田に武相荘を作ったのとちょうど同じ時期だそうですが、当時の大倉山にはそういった大正モダニズム流の田園生活にふさわしい風景があったのでしょう。路地はその名残なのです。大倉山が「私有主義的郊外」のいやらしさから多少なりとものがれることができているとしたら、それは路地のおかげかもしれません。

大倉山路地2

大倉山路地3

大倉山路地4

大倉山路地5
2010.05.09 Sun l 横浜 l top ▲