民主党の起死回生は、菅直人氏に託すことがほぼ決まりのようですが、彼はパフォーマンスが好きな政治家なので、どんなパフォーマンスをやってくれるか楽しみです。と、そんな「M1」でも見るような気持でないと、とてもじゃないがつきあってられないという感じです。

私は、今の政治の混迷を考えるとき、二大政党制なるものが元凶のように思えてなりません。これによって政党が有権者の多様な意識をくみ上げることができなくなり、政党政治が機能不全に陥っているように思うのです。政治に限らずますます価値が多様化する時代の中で、二大政党制なんてむしろ時代錯誤もはなはだしいと思います。二大政党制というのは、あくまで権力を争う側の都合でしかなく、要するに一部の勢力(二大政党)で政治を支配して、権力をたらいまわしするということであり、いわば政治的なカルテルのように思えてなりません。

先日の「ツイッター賛美論」のつづきになりますが、東浩紀は朝日の「論壇時評」で、政権交代によってネット言論が活性化したと書いていましたが、それは二大政党制の自民党か民主党かという「ニ項対立」がわかりやすくてネット向きだからにすぎません。要するに、善悪二元論風なゲーム感覚で(ときにネットが好きな陰謀史観も加わって)、自民党がいいか民主党がいいかと言ってるだけです。そういった新手の床屋政談を「活性化」と言うのならそうかもしれませんが、少なくとも私は、ネットで床屋政談以上の論議にお目にかかったことがありません。

つまり、政治を語る側も二大政党制を前提にした偏狭な政局論に陥っていて、「政治はどうあるべきか」「状況をどう切り拓いていくか」というような”大状況”の話はまったく姿を消してしまったのです。仮に「論壇」なるものがあるとすれば、こういった不毛な言論状況(ベタな言説)こそ問われるべきで、それはフローかストックかなんていう話ではないと思います。

ところで、私がひそかに愛読しているブログに「風塵社的業務日誌」というのがあります。これは風塵社という小さな出版社の社長がみずからの日常をつづったブログで、零細業者の悲哀がユーモラスを交え正直に語られていていつも面白く読んでいます。

その6月3日付の記事に、つぎのような菅直人氏に関するエピソードが書かれていました。

(略)菅直人氏は、お金には苦労した人だ。苦労していることが清廉さとイコールで結ばれるのかどうかは、知らない。10年以上昔にこんなことがあった。菅が鳩山と民主党を華々しく立ち上げた直後の話で、参院選があったころだろうか。弊社が資金繰りに追われてどうしようもなくなっていて、高利の街金に手を出していたころ、弊社の某(小生ではない)が池袋の街金に飛び込んだそうな。すると、そこに先客として待っていたのが菅直人。
その街金が合法的なところ(いわゆるノンバンク)だったのか非合法なところ(いわゆるヤミ金)だったのかは知らないが、お金がなければ飛び込まないようなところであるのは確かである。


もしホントなら、その菅直人氏が今や財務大臣から総理大臣になろうというのですから、ある意味ですごい話ですね。私も昔、知人から新宿ゴールデン街で菅夫妻によく遭遇したという話を聞いたことがありますが、この記事に書いているように、この10年間ずっと親がかりの二世議員が総理大臣をつとめてきた中で、菅氏は森喜朗以来のたたき上げの総理大臣なのです。それが今回の「田舎芝居」で唯一のとりえなのかもしれません。
2010.06.03 Thu l 社会・時事 l top ▲