横須賀線で帰る途中、鎌倉駅で下車して北鎌倉まで歩きました。意気込みだけは強かったのですが、ダイエットは早くも停滞気味です。それで、もっと歩かなければという強迫観念のようなものがあるのです。

小町通りをぬけて、鶴岡八幡宮の横を走っている鎌倉街道を道なりに進めば、北鎌倉まで30分くらいです。昔、何度か車でこの峠道を通ったことがあります。そこにはせつない恋の思い出もあります。北鎌倉駅の手前の踏切を渡るとき、突然、彼女が亡くなったお父さんの話をはじめて、涙を流していた姿を思い出しました。幸せになっていればいいなと思います。女友達にそんな話をしたら、そう思われること自体、「女性にとっては迷惑」なのだとか。別にひきずっているわけではありませんが、この男と女の違いはなんなのでしょうか。

明月院の入口のところで、鎌倉街道から横に逸れて線路沿いの小路を歩いていたら、横の路地からモデルのような若い女の子がすっと現われて、私の前を駅の方に歩きはじめたのでした。ハーフのようなきれいな顔の女の子でした。そう言えば、鎌倉の駅前の島森書店に寄ったときも、やはり、背の高いモデルのような女性が文庫本売場で本を選んでいました。

鎌倉では、ときどきこのようにいかにも血統のよさそうな女の子と遭遇することがあります。彼女達に共通しているのは、足がすっと伸びてきれいだということです。人間も馬と一緒で、血統は足に出るのでしょうか。いわば人間のサラブレッドのようなものかもしれません。

鎌倉仏教によって、仏教がそれまでの「国家護持」から「個人の救済」という性格をもつようになったのだそうです。つまり、仏教が民衆の信仰の中に入ってきたのです。北鎌倉の東慶寺は、女人救済の”駆け込み寺”として有名ですが、東慶寺の石段の下に立つと、封建時代の因習にしばられ、せっぱつまった女性達がこの石段を駆け上って行ったんだなという感慨を覚えます。もちろん、サラブレッドの女の子だって、みんななんらかの苦悩を背負って生きているはずなのです。

石原吉郎に『北鎌倉』という歌集がありますが、一時、石原吉郎もよく北鎌倉を訪れていたそうです。石原吉郎の自宅は埼玉の上福岡だったので、上福岡から電車を乗り継いで鎌倉まで出かけていたのです。

鎌倉の山はいづれも応えざる
 こたえざるをしもしるしとせむか

鎌倉の坂をとがめて立つ桜
 とがめてつひに道標となる


あの頃、お寺めぐりでもしておけばもっといい思い出ができたかもしれないのに、と日が傾きはじめた北鎌倉の小路を歩きながら思いました。

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2010.07.05 Mon l 鎌倉 l top ▲