午後4時すぎ、雨もあがったみたいなので、散歩に出かけました。といって、あてもなく駅に向かって歩いていたら、ちょうど「鶴見駅西口行き」の市営バスが来たのです。最近、トレッサの方をまわって鶴見駅に行くあたらしい路線ができたというので、一度乗ってみたいなと思っていたところでした。それで、目の前にあったバス停でバスに飛び乗りました。ところが、綱島通りに出て港北区役所の先の大豆戸の交差点に差しかかったら、バスは2号線の方に向かわずにそのまま直進するではありませんか。なんのことはない、乗ったのは、菊名から東高校を経由する従来の路線のバスだったのです。

終点の鶴見駅西口では、郵便局に用事があったので、交番で郵便局の場所を聞いて豊岡郵便局に行きました。用事を済ませて、さて、このあとどうしようかと思いました。そして、ふと、茅ヶ崎に行ってみようと思ったのです。私は茅ヶ崎に一度も行ったことがないのです。茅ヶ崎在住の人間に言わせれば、茅ヶ崎なんて「なんにもない」「むしろ辻堂の方が街だ」そうですが、やはりこの目で見ないことには話になりません。それで、東海道線に乗るべくホームにあがったら、なにを間違えたのか京浜東北線のホームでした。そそっかしい私にはよくあることですが、再び階段を上り下りして東海道線のホームに行くのも面倒なので、そのまま京浜東北線の上り電車に乗りました。

まったくこの行きあたりばったりの人生を象徴している感じですが、結局、東京駅まで乗って八重洲ブックセンターに行くことにしました。八重洲地下街から地上にあがったら、ちょうど八重洲ブックセンターの手前の新光証券の株価のボードの前で、テレビカメラを抱えた外人のカメラマンと一眼レフを手にした日本人のカメラマンがそれぞれ帰り支度をしているのが目に入りました。新光証券のボードは株価が大きく変動したときなど、よくテレビのニュースに登場するおなじみのスポットですが、ということは今日も大きく変動したんだろうかと思いました。帰って調べたら、終値はそんなに大きく下落してはいないものの、一時今年の最安値を更新したようです。

八重洲ブックセンターで本を買い込んだあと、重い本の袋を提げて、銀座に行きました。銀座の表通りでは中国人観光客の姿がやたら目に付きました。よくテレビなどでも銀座のデパートは今や中国人観光客でもっているようなことを言ってますが、現実は想像以上です。さすがにひと頃のように白ナンバーではなくなったものの、大手の観光バスに比べると、社名も入ってない貧弱なバスが至るところに路上駐車しています。中国人観光客はもっぱらこの手のバスに乗ってやって来るのです。しかも、観光と言ってもひたすらお買い物です。

買物を終えた彼らは松屋銀座のショーウンドウの前でずらり路上に座り込んでいました。今までの銀座では決してお目にかかれない光景ですが、なにより格を重んじる(はずの)銀座のデパートも、背に腹は代えられず、軒先で地べたに座られても目をつむるしかないのでしょう。また、博品館の周辺もすごいことになっていました。銀座にとって、爆裂団はお断りでしょうが、銀聯カードで買物をする観光客は熱烈歓迎なのです。爆裂団とブランドを買いあさる観光客。この二つの現実こそ今の中国を象徴している気がします。

もっとも日本人だって昔はそうでした。さすがに爆裂団はいませんでしたが、同じようにお上りさん感覚の団体旅行で顰蹙をかった時代がありました。筒井康隆さんに『農協月に行く』(角川文庫)という小説がありますが、首からカメラをさげたノーキョーの団体客が場違いな格好でハワイへ押しかけたのもそう遠い昔の話ではありません。新興工業国が経済的に先進国に追いつき追い越すことを「キャッチアップ」と言いますが、まさに因果はめぐるのです。

いづれにしても、中国が主役の”アジアの時代”が目の前にせまっているのはあきらかです。その流れはもはや避けようがない。ある日、自分達の会社が中国資本に買収されて、中国人の上司がやってくるなんてことも現実になるでしょう。そのとき”嫌中”だけでやっていけるのか。銀座のデパートがプライドを捨てて中国人観光客に揉み手している姿は、来るべき”アジアの時代”における日本の姿を先取りしているように思えてなりません。そして、そんな光景を前にして、ふと、アングロサクソンのハゲタカ資本主義と中国の向銭看資本主義(=「拝金社会主義」)に挟撃されるこの国の行く末を考えたりしました。それがこれからやってくる(多極化された)世界の姿なのです。
2010.08.12 Thu l 社会・時事 l top ▲