インターネットイメージ

関東地方も寒波襲来とかで底冷えの一日でした。駅前まで買物に行くのにも、耳が冷たくてなりませんでした。「ちぎれるくらい」とまではいきませんが、日が陰る前にこんなに耳が冷たくなるのは横浜ではめずらしいことです。

埼玉に比べれば横浜は暖かいなと思っていましたが、先日、静岡の人と話をしていたら、「横浜より静岡の方が全然暖かいですよ」と言ってました。私もサラリーマンの頃、静岡を担当していて、毎月2泊3日で静岡に行ってましたが、そんなに暖かったっけと思いました。どんどん記憶も薄れているのです。

静岡と言えば、父親が亡くなったとき、ちょうど静岡に出張中で、朝、浜松の駅ビルのメイワンの1階にある公衆電話から、九州の病院にいる母親に電話したことを覚えています。いくら記憶が薄れても、あの朝のことだけはいつまでも忘れずに残っています。

ところで、寒いからよけいそう思うのか、最近、やたらダウンのジャケットやコートを着ている人が目につきます。それも若者の場合は猫も杓子もファーのフード付きです。私はダウンよりキルティングのジャケットの方が好きなので、もう1着キルティングのジャケットを買おうとネットを探したのですが、いいものがありませんでした。圧倒的にダウンが多いのです。しかも、ほとんどが若者向けです。ネットでは相変わらず若者信仰が強いのです。

ネットで買物をする場合、まず私達の年代向けのものを探すことからはじめなければならず、それがひと苦労です。さらに私の場合、サイズが大きいので(XL)二重の苦労があります。「私達の年代向け」と言っても、別に特別なものではなく、ごく普通の(!)、トラッドなもの、オーソドックスなものです。それすらないのです。それで、現在、私がもっぱらネットで利用しているのは、エディバウアーLLビーンランズエンドです。ネット広しと言えども、この3つしかないのです。今日も結局、キルティングのジャケットをあきらめて、エディバウアーでダウンジャケットを買いました。

このようにネットは意外と世間が狭いのですね。”ネット言論”なんて言いますが、それも「多様な」というには程遠く、ほとんど似たような言論で埋め尽くされているのが実情です。ネットは同調圧力がはたらきやすいので、どうしても単色に染まる傾向があると言われますが、その同調圧力なるものも、ただ付和雷同をそう言い換えただけで、要は水は低い方に流れるということなのです。

ネットにはいろんなものがある。そんなネットに対する幻想が「ネットには限りない可能性がある」というつぎの幻想につながっているように思います。でも、ホントに「いろんなものがある」のでしょうか。ネットには叡智が集まっているという見方もありますが、一方でネットは悪意の塊だという言い方もあります。でも、私が言いたいのは、たかがXLのキルティングのジャケットさえ探せないのがネットだということです。

ポータルサイトだってYahooとmsnと各プロバイダーのサイトくらいです。ショッピングモールだってYahooと楽天しかありません。まして検索エンジンは95%以上がGoogleです。キーワードでヒットしても、その多くはアフィリ用のサイトです。実際はそんなに「いろんなものがある」わけではないのです。しかも、ネットが成熟するにつれ、一部の先行者によってネットがどんどん整序されリアル社会化されているのを感じます。検索エンジンもある意味ではその役割を担っているように思います。でも、ネットというのは、もともとそういった権力や権威が生まれる方向とは逆の方向にあったはずです。そう考えるとき、いまひとつはっきりしないところもありますが(アメリカの謀略説さえあるようですが)、ネットのコアなユーザーがウィキリークスに喝采を送る気持はわからないでもないのです。
2010.12.30 Thu l ネット・メディア l top ▲