北鎌倉3710


今朝、北鎌倉駅で途中下車して東慶寺にお参りしました。午前のまだ早い時間でしたが、既に北鎌倉駅周辺は大勢の人たちで賑わっていました。やはりここでも「ちい散歩」ごっこの中高年の男女が目立ちます。横須賀線の下り電車が着くたびに、これでもかといわんばかりのリュックを背負ったおっさんやおばさんたちがホームにはき出される、いや、降り立つのでした。

北鎌倉駅は小津映画の頃とほとんど変わらないローカルな雰囲気のただよう小さな駅で、改札口も狭いのですが、そこに我先に中高年のおっさんやおばさんが殺到するので、ちょっとした混乱が生じるのでした。そのため、電車が着くたびに、駅員が「あぶないですから、押さないで一列に並んでください!」と叫んでいました。

東慶寺は、北条貞時が開祖した臨済宗円覚寺派の禅寺です。ちなみに、北鎌倉周辺のお寺は、臨済宗円覚寺派か臨済宗建長寺派のお寺が多く、下賤な言い方をすれば、北鎌倉は臨済宗の縄張りで、円覚寺と建長寺が”シマ”を分け合っている感じです。仏教をメッカと呼ぶのは変ですが、北鎌倉はいわば禅寺のメッカでもあるのです。

東慶寺は、もともと尼寺で駆け込み寺(縁切り寺)として有名ですが、本堂や境内は、やはり円覚寺や建長寺に比べると小ぶりです。ただ、境内の奥にある墓地には、西田幾太郎、鈴木大拙、高見順、谷川徹三、小林秀雄、田村俊子、野上弥一郎・弥生子、岩波茂雄、和辻哲郎、安倍能成、堀田善衛など、錚々たる作家や哲学者のお墓があるそうです。

境内では中高年の男女に混じって、ひとりでやってきたとおぼしき若い女性がぽつんぽつんと歩いていました。そんな女性をみると「いいなぁ」と思いますね。ひとりで北鎌倉に来るなんてなんて素敵なんだろうと思います。私は当時つきあっていた彼女とミーハー気分で来たことはありますが、ひとりで北鎌倉を訪れるなんて発想はまったくありませんでした。私も若い頃、ひとりで北鎌倉のお寺を訪れるような気持があったら、もう少し違った目でこの人生をみることができたかもしれないなんて思ったりしました。私たちは、煩悩にまみれ悪行を重ねながら生きているのです。それは生きている限り逃れられない業ですが、そうやって自分と向き合うことができるかどうかというのは、同じ人生でも大きな違いがあるのではないでしょうか。「念仏申さんと思ひたつ心」というのは、そういうことなのでしょう。

一日に一寺訪れて、鎌倉で百寺巡礼することが私のひそかな目標なのですが、それもやはりこの人生に対する後悔の念からきているように思います。石原吉郎も晩年よく北鎌倉を訪れたそうですが、極北の地で絶望の際をさまよいながら、生と死の原初の闇をみつめてきた詩人の目に、境内の奥にあるこの静謐な風景はどう映っていたんだろうと思いました。

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2011.06.23 Thu l 鎌倉 l top ▲