東電OL殺人事件

昨日の午後から今日の午前にかけて、このブログが驚異的なアクセス数を記録しました。普段は大体300~500くらいなのですが、この1日で4万以上のアクセスがありました。その大半は、2007年6月の記事「東電OL殺人事件」へのアクセスによるものです。この記事に関しては、ときどき2ちゃんねるがらみでアクセスが伸びることがありますが、それでもせいぜい2000~3000くらいです。今回のアクセスはまさに「驚異的」というしかないほど、とびぬけているのです。

それは、昨日、新聞各紙が次のような記事を配信したからです。

東電OL事件、再審の可能性…別人DNA検出

東京都渋谷区で1997年に起きた東京電力女性社員殺害事件で、強盗殺人罪により無期懲役が確定したネパール国籍の元飲食店員ゴビンダ・プラサド・マイナリ受刑者(44)が裁判のやり直しを求めた再審請求審で、東京高検が、被害者の体から採取された精液などのDNA鑑定を行った結果、精液は同受刑者以外の男性のもので、そのDNA型が殺害現場に残された体毛と一致したことがわかった。

 「(マイナリ受刑者以外の)第三者が被害者と現場の部屋に入ったとは考えがたい」とした確定判決に誤りがあった可能性を示す新たな事実で、再審開始の公算が出てきた。

 この事件でマイナリ受刑者は捜査段階から一貫して犯行を否認。同受刑者が犯人であることを直接示す証拠はなく、検察側は状況証拠を積み上げて起訴した。

 2000年4月の1審・東京地裁判決は「被害者が第三者と現場にいた可能性も否定できない」として無罪としたが、同年12月の2審・東京高裁判決は逆転有罪とし、最高裁で03年11月に確定した。

 マイナリ受刑者は05年3月、東京高裁に再審を請求した。

 同高裁は今年1月、弁護側からの要請を受け、現場から採取された物証についてDNA鑑定の実施を検討するよう検察側に求めた。これを受け、東京高検が精液などのDNA鑑定を専門家に依頼していた。

(読売新聞・7月21日3時1分配信)


他にも、事件現場のアパートの空き部屋の鍵を受刑者がもっていたことが逮捕の決め手になったにもかかわらず、鍵は事件の数日前に大家に返却されていたことが逮捕後判明したとか、事件後、豊島区巣鴨の民家の庭に捨てられていた被害者の定期入れから受刑者の指紋が検出されなかったとか、関係者の証言が途中で受刑者に不利なように180度変わった(なかには警察が就職を世話して証言を変えさせた例があった)とか、現場にあったコンドームやティッシュなどの遺留品の存在と受刑者をむすびつける検察側の主張に論理的な矛盾があるなど、当初から弁護側は強引な捜査手法とともに状況証拠の杜撰さを指摘していました。

また、逮捕されたのがネパールというアジアの果ての貧しい国から出稼ぎに来ていた青年であったことも、事件に暗い影を落としたのです。『東電OL殺人事件』(2000年5月新潮社刊))の佐野眞一氏が書いているように、「これがもし、韓国人もしくは中国人が逮捕され、冤罪の可能性がでてきたならば、事態は相当かわった方向に進展していった」かもしれないのです。受刑者の場合、当初は支援団体のひとつも作られず、唯一頼るべき在日ネパール大使館も「そっけない反応」だったそうです。その裏事情について、佐野氏はつぎのように書いていいました。

ネパールは日本のODA(政府開発援助)の最大援助国である。ネパールのアクション次第では、せっかく築いた日本との友好関係にヒビがはいるかもしれない。下手すれば、ODAを削減される恐れもある。大使館がそう考えたとしてもまったく不思議ではなかった。


一方、私は、この事件に福島第一原発の事故を重ねる誘惑にかられてなりません。それはいうまでもなく、東京電力という会社の体質との関連です。当時も一部では、”東電の闇”との関連を指摘する見方がありました。もちろん、それは妄想の域を出ないものでした。しかし、もう一度、そんな妄想を抱きたくなります。

どうして東電をはじめ電力会社にあれほどの警察・公安関係者が天下っているのかと言えば、それは、ひとえに「核テロ」を大義名分にして、原発問題を治安問題として扱ってきたからにほかなりません。それが地域住民の思想調査や原発反対派への尾行やいやがらせなどにエスカレートしていったのです。山本太郎が「Twitterでの発言は必ずチェックされる」と言っていたのは、決してオーバーな話ではないのです。それが原発問題のもうひとつの側面であり、”東電の闇”につながる背景でもあるのです。そういった背景がこの事件の捜査を非常に荒っぽいものにした、あるいは荒っぽいものにしなければならい事情があったということはないのでしょうか。

ただ、事故によって、東電をとりまく状況も大きく変わりました。それに伴いこの事件も、発生から14年にして今までとは違った色合いを帯びてきたような気がしないでもありません。これをきっかけに再審への道がひらかれて、事件の真相があきらかになり、横浜刑務所の獄窓から無実を訴えている受刑者が、1日もはやく祖国の家族のもとに帰ることができるように願うばかりです。
2011.07.22 Fri l 社会・時事 l top ▲