別に年の瀬だからといって憂国を気取るわけではありませんが、最近、この国をみると、「魚は頭から腐る」ということばをしみじみ思い出します。

大王製紙は、前会長から弁済されない可能性のある44億7400万円を貸倒引当金として特別損失に計上する四半期報告書を提出したことで、どうやら上場廃止は免れたようです。一方、オリンパスも、投資家の間では上場維持の見方が強くなっているみたいで、株価が動きはじめています。

しかし、これほど投資家を欺く行為はないでしょう。経済のイロハから言っても、資本主義の原則を否定する重大な犯罪だと言えます。にもかかわらず、何事もなかったのように上場は維持されるのです。

社員の立場からみても、井川意高前会長がマカオのカジノに注ぎ込んだ150億円は、彼らが日々尻を叩かれて稼いだお金なのです。社員のなかには数十万円の借金に苦しんでいる人間だっているかもしれません。それもギャンブルに使ったわけではなく、家族の病気や子どもの進学で必要だったのかもしれません。あるいは、数万円のお金を使い込んで、懲戒解雇になった社員だっているかもしれません。業績が下向きになったからといって、リストラで退職に追いやられた社員だっているでしょう。そんな社員たちを尻目に、バカ息子は六本木で芸能人と遊び惚け、カジノの罠にはまったのです。

オリンパスにしても同様です。ミスをして責任をとらされ、左遷された社員だっているでしょう。でも、役員たちは自分たちのミスを隠して責任逃れをしていたのです。それも社員から見たら気が遠くなるような途方もない金額の損失です。

社内恋愛禁止だとか言いながら、上の方が片っ端から女子社員に手をつけている会社は、なにも武富士やグッドウィルだけではないでしょう。私もそんな会社を知っています。

もっとも、社員たちだって、一方では「自分も偉くなってあんな特権を手に入れたい」と思っているのです。それがこの国の「社畜」たちの本音であり、いつまで経ってもなにも変わらない理由なのですね。

もちろん、これは会社に限った話ではありません。同じように六本木で芸能人と遊びまわっていた政治家が、やがて大臣になり、福島第一原発の収束がどうの、避難地域の見直しがどうのと言っているのですから、「地震が来たら原発に逃げ込めば安全だ」などと言って原発の広告塔をつとめていたビートたけしが、原発問題を扱う番組で司会をしているのと同じように、悪い冗談だとしか思えません。

この無責任体系はどこから来ているのでしょうか。江藤淳が言うように、国家が倫理の源泉になる役割を放棄しているからでしょうか。私は、ロラン・バルトの『表徴の帝国』を思い出さないわけにはいきません。たしかに西欧からみた日本像にはとんちんかんな面もありますが、ただ彼が日本の文化や風俗に見出した”意味の欠如”や”空虚な中心”といったポストモダンな特徴のなかに、この無責任体系を解く手がかりがあるように思えてならないのです。
2011.12.20 Tue l 社会・時事 l top ▲